自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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祝忍者と極道アニメ化決定とジークアクスのあまりの素晴らしさについて書こうと思っていましたが、ダンテ実装で全て吹き飛びました。〝幻想(ユメ)〟じゃねえよな……!? なんでもするのでペレアス実装お願いします。あとザンネックのプラモ化もお願いします。


第98話 星剣の担い手と滅びの種子

「知っているか。動物園で飼われている動物は性に奔放になり、快楽を目的とした交尾が増えるらしい」

 

 そこは欲望の巷。

 あらゆる快楽と悦楽と享楽に満ちた、常夜の都。

 絶えず嬌声が響き、淫靡な色合いのネオンがスパークを繰り返す。

 常夜の闇と人工の灯がせめぎ合う影と光の空隙に、その者はいた。

 冷たく色付いた美貌。薄く輝く濃紺の髪。柔らかな微笑を浮かべる紅顔は性別を超越した蠱惑的な艶かしさを湛えている。胸元を大きくはだけるように女物の着物を着崩し、左の指先でくらくらと煙を吐くキセルを弄ぶ。

 男ではなく、女でもなく、しかしどちらでもある。

 なればこそ、亜霊はソレをこう呼んだ。

 ヒトならざる狂おしき美を宿す───魔人、と。

 

「それが生命の本質、とまで言う気はないが。至極真っ当な成り行きよな。命を脅かす脅威はなく、日々の糧を得る必要もない。そんな連中を限られた空間に放り込んでいるのだ。何も起きないはずがなく───というやつだ」

 

 きらびやかな色街の喧騒を睥睨する、どこかの寂れた屋上。着物の端がはためき、紫煙が吹き流される。その魔人を取り巻く周辺は、まるで艶本の一幕のように仕立て上げられていた。

 誰に伝えるわけでもない台詞を、誰かに投げかける。

 

「つまりは余裕だ。余裕があるからこそ、生命体は快楽を求めることができる。畢竟、人類の発展の歴史は余裕を生み出すための試行錯誤の過程と言えよう」

 

 キセルの吸い口を食み、ゆっくりと吹く。

 

「しかしな。足るを知るとは言うが、足りすぎるとそれはそれで物足りぬ。大抵は一度足りると次を欲するものだ。ガチャで狙ったキャラを当ててもすぐ別のキャラに目移りするようにな」

 

 ───では、足るを知るとはどういうことか?

 

「それは『不変(あい)』を知ることだ。愛の本質とは執着。他に代替の余地がない唯一無二。飽き果てるまで喰らおうともなお飽き足らぬ絶対の不変。そんなものがひとつでもあれば、ヒトは満ち足りた生を送ることができるだろう」

 

 魔人は視線を据える。

 色とりどりの光が浮いた夜の街。その間の微かな一点。ひとりの少女を瞳の内に捉えて。

 

「───そら、ここにも素晴らしき(不変)を持つ者がひとり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第七惑星ネツァク、総督府執務室。

 銀河皇帝は第四から第八惑星のそれぞれに地方支配の長となる総督を派遣している。彼らは強大な裁量権を与えられ、好きに資源や人材、技術を差配できる立場にあった。

 となれば、各惑星には総督たちの性格が色濃く反映される。

 星ひとつをまるまるリゾート地に作り変えた快楽主義者や、市民に重税を強いて呪術要塞を作り上げた邪悪わらびなど。あいにく後者は純愛豚兄弟に反逆されたり別の邪悪によって打倒されたわけだが、こと第七惑星に限っては、市民の反発を招くことはなかった。

 第七惑星総督フランシスコ。彼の統治は実直かつ誠実、汚職とは無縁な支配者であった。近隣の第八惑星がアッテムトに見えるほどの発展を遂げ、市民の税を社会制度に還元。今や住みたい星ナンバーワンに輝く一等星に登り詰めたのである。

 そんな成功の立役者であるフランシスコは、異次元の存在と対峙していた。

 

 

 

「…………というわけで、空間とか街とか色々壊しちゃった。ごめんね?」

 

 

 

 この世界における頂点捕食者『赤き竜』。

 かつてハレー彗星を丸呑みにした挙句、〝それじゃあシメいってくるね〟と言い放ち、第三惑星にて侍従長ロクスタが栽培するきのこ畑を食い尽くした怪物。誰もが畏れ、恐怖するバケモノはばつが悪そうにフランシスコを見上げている。

 蛇頭を模したパーカーを両手で引き伸ばし、長い前髪の奥からおずおずと覗く視線。最強生物の威厳はどこへやら、幼き竜は見た目相応のよわよわドラゴンに成り果てていた。

 しかし、それでこの竜の強大さが陰るかといえばそんなことはなく。弱々しい眼差しでさえも、鉛の如き質量を伴っている。

 胃の奥で胃液がぐらぐらと沸騰するのを感じながら、第七惑星総督フランシスコは答えた。

 

「死者どころか怪我人もいませんでしたし、空間も街もこの世界の技術ならば修復は容易い。気にする必要はありませんよ」

「そっか。じゃあ任せていいかい? ぼくが手伝うと被害が拡大しそうだし」

「ええ。この後はどうされるおつもりで?」

「太陽の中でお昼寝してくるよ。暖かくて気持ちいいんだ。きみも一緒にどうかな」

「丁重にお断り申し上げます!!」

 

 幼き竜は虚空を掴み、こじ開ける。

 

「ん、残念だ。……あ、もしかして寝てる暇があるなら敵を皆殺しにしてこいみたいな?」

「違いますが───『赤き竜』の爪牙にかかれば、邪魔者は軽く始末できるはず。なぜそうしないのです?」

「ふふ、きみともあろう者が白々しいね。〝レッドドラゴンを放てッ〟なんてしても混乱が広がる一方だよ。ぼくがいたら全部壊れちゃうしね。強さだとか勝利なんてものは案外、禍根を残すだけだったりするのさ」

 

 ───きみにも、分かるだろう?

 言の葉を受ける男の眼差しが冷気を帯びる。

 それを見て、幼き竜はくすりと微笑んだ。

 

「精々ぼくはふんぞり返っておくとするよ。むしろ、ぼくが動くような事態にならないことを期待するね」

 

 竜はバキバキと空間を踏み砕きながら、虚空の隙間に消えていく。退場まではた迷惑な有り様だ。

 フランシスコは竜の後ろ姿を見届ける。直後、滝のような冷や汗が流れ出し、彼は長大なため息をついた。

 そこからさらに数十秒。竜のドッキリがないことを確認すると、天井裏に声を投げかける。

 

「もう出てきてもいいですよ、皆さん」

 

 ほぼ同時に天井の板が外れ、いくつかの影が雪崩れ落ちてくる。それはEチーム三人娘とサクラ、そしてサフィラの一行だった。

 立香を中心として一塊になった状態で落ちてきた彼女たちの反応は、まさしく各人各様。サクラは瞳にハートを浮かべながら、立香の背中に頬擦りする。

 

「え~? もう終わりなんですかあ? 私は一晩中でも続けていられたんですけどぉ…♡」

「身を弁えなさいよ色ボケ偽神」

「彼女に更生を期待するだけ無駄です。Eチームのメイン盾は大丈夫ですか?」

「…………………」

 

 サフィラが目を向けると、マシュは立香の体の下でドクドクと鼻血を垂れ流しながら、白目を剥いて失神していた。

 彼女は大量の出血によるチアノーゼを引き起こし、皮膚が紫色になっていた。なすび本来の体色に回帰したと言えよう。

 立香は自らの胸元が真っ赤に染まっているのを見て、臨死状態のなすびを激しく揺さぶる。

 

「ちょっとマシュ! 生きてる!!?」

「あ、アヴァロンが見えました…………」

「おたんこなすびの癖にラッキースケベとか生意気ですね。舐めてるんですか? 私も舐めていいですか? 立香さんのち」

「死ね」

 

 ガスガス、とジャンヌの旗がサクラの後頭部をつつく。

 床に血の海が広がり、二つの新鮮な死体が出来上がったところで、立香は総督フランシスコの顔を見据えた。

 褐色の肌と白い髪。薄幸の美男子をそのまま絵から出したかのような優男。立香は過去の戦いの記憶を繰り返しながら、こてんと首を傾げる。

 

「天草さん……ですよね? どうしてフランシスコなんて名乗ってるんですか。教科書の落書き枠でも狙ってるんですか」

 

 天草四郎時貞。虚構特異点にて、茨木童子率いる黄泉軍とともに戦った英霊だ。しかし、立香の目には天草に歴史の教科書おもしろキャラ第一位に君臨し続ける宣教師の姿が重なって見えた。

 かくいう彼女も、兄と一緒にあの宣教師の頭を消しゴムで擦り、完全なる不毛の地に変えた思い出がある。

 天草は蚊を払うように手を動かし、某宣教師の影を遠ざけながら、

 

「ふ、フランシスコというのは私の洗礼名です。最初はジェロニモだったのですが」

「いいですね、洗礼名! 二つ名ってかっこいいです! ジャンヌは引用される側なのかな?」

「それはオルレアン奪還専用兵器の聖女サマの方でしょう。私に二つ名なんて必要ないわ」

「せ、先輩騙されないでください……ジャンヌさんはかっこいいドイツ語とかラテン語を見つけてはニヤついてる中二病魔女です…………」

「ガチでアヴァロンに送られたいんですかァ!! アンタは!!」

 

 天草はEチーム三人娘の怒涛の勢いに流され、身の置きどころを無くしていた。

 サフィラは不憫な天草を援護すべく、大きく咳払いして注目を集める。

 

「彼は私たち反皇帝派の協力者です。銀河皇帝を密かに裏切り、総督の立場を活用して、物資や情報の提供をしてくれています」

「スパイということですか。別にあなたの事情に興味はないですけど。私の特異点に乱入してくれたり、健気なくらいに仕事熱心みたいですね?」

 

 瞬く間に復活したサクラは鋭い目つきで天草を睨んだ。

 なにしろ彼は丹精込めて創り上げた虚構特異点に紛れ込んだ異物。挙句にはニニギノミコトを無敵たらしめるはずの八咫鏡を破壊した怨敵だ。神様気取りのサクラにとって、計画を乱す存在はこの上ない邪魔者だと言えよう。

 天草は柔和な笑みを浮かべて答える。

 

「無論、この身は救済に捧げたモノですから。貴女やゲーティアが勝利しては困るシモンと私とで利害の一致があっただけですよ」

「こんなこと言ってますけど、一度裏切った人間は次もやるのが道理です。立香さん、処します?」

「うん、全面的にサクラが悪いと思う」

「ああそうだ。つかぬことをお伺いしますが」

 

 柔和な笑みに、薄い影が満ちていく。

 

「───もし聖杯が余っているなら、私にひとつくれません?」

 

 その言葉にはどこかぞっとするような執念が潜んでいた。

 立香はサクラの腕を引っ張って、天草に突き出す。

 

「はいどうぞ! 返品は効かないんでよろしくお願いします!」

「はあぁ~!? 私と契約までしたのにそれはおかしくないですか! たしかに私のおなかは聖杯ですけどぉ!!」

「というか、なんでいきなりタカってきたわけ!? 聖杯なんて欲しがるキャラでしたっけ!?」

「あ、やめてください。貴女のその顔と声で言われるとトラウマが刺激されるので」

「いや何があったんですか!?」

 

 赤き竜と対峙していた時よりも顔色を悪くする天草。立香は血反吐を吐くかのような表情の彼へと声を飛ばした。

 

「そうですね……私がマラソン選手だったとしたら、ゴールテープを切った瞬間に大火事が起きて、後ろから爆走してきた観客にボコボコにされた感じでしょうか」

「結局何があったのか分からない……!!」

「ええ、まあ、そんなことはどうでも良いのです。聞けば、皆さんはそこの偽神に促されるまま流れ着いてきたとか。これからどうするかを説明する前に、今の銀河の状況を理解する必要があります。少し長くなりますよ」

「散体していいですか?」

「そもそももうネタが古いわ」

 

 立香とジャンヌが勇を失う前に、天草は早口で語る。

 この世界を牛耳る銀河皇帝と総督の一味。第一惑星ケテルに在りし、神にも等しい力を得る『熾天の玉座』の存在と、それを簒奪すべく動いている勢力があることを。

 第七特異点にてEチームの冥界行を手助けした、女神アト・エンナ。彼女率いるレジスタンスは銀河皇帝の盤石なる支配体制を崩すべく、いくつかの惑星に仲間を送り込んでいる。

 

「───その中でも最重要目標とされているのが、第五惑星ゲブラー。総督ゲッセマネが治める監獄星です」

 

 そして、と天草は続けた。

 

「つい先程、監獄星が不法侵入した宇宙船を撃墜したとの報告がありました。かの星を護る衛星『戦乙女の瞳(フォボス)』が破壊される寸前、撮った画像がこちらです」

 

 空中にスクリーンが投影される。その画像は縦横無尽にノイズが広がり、割れた視界でひとりの男を写し出している。

 ノアトゥール・スヴェン・ナーストレンド。言わずと知れたカルデアのマスター。一部では新たな人類悪になり得るのではないかと噂される要注意人物だ。

 立香は一瞬目を見開くと、すぐにけろりとした表情で言う。

 

「ノアなら大丈夫ですね。私たちも第五惑星に行った方がいいですか?」

「それよりは反皇帝派の人たちと合流するのが先では? リーダーには思う存分、盤面を掻き乱してもらうべきかと」

「ハッ、ヒヨってんの? どう考えてもアイツらが暴れてる間に他の星を落とすのが正解でしょ」

「心外ですがサクラちゃんもそこの中二病魔女と同意見です。いっそ第一惑星にカチコミかけてもいいですし」

 

 物の見事に意見は割れた。

 すなわち、進むか退くか。

 そのどれもに優劣はない。選択とは得てして無知なままに行われるものだ。ヒトにできるのは選んだ道を正解へと押し上げるため、戦う権利だけがある。

 岐路に立たされた彼女たちに、天草は告げた。

 

「第一惑星に辿り着くことはできません。第二・第三と第四・第五の惑星の間にある光無き闇の境界『深淵(アビス)』が、第三惑星以上への侵入を阻んでいます」

「宇宙船とかがあるのにですか?」

「はい。数年前、第八惑星のとある兄弟が〝たかが皇帝ひとり、純愛の光で消し飛ばしてやる〟と息巻いて、無数の同人誌を積んだ宇宙船で『深淵』を突破しようとしましたが、あえなく逃げ帰りました」

「アホなの?」

 

 ───命からがら逃亡した兄弟はこう言ったとされる。

 〝『深淵』には赤ずきんがいる〟───赤ずきんと言い表される何者かによって、彼らは撤退を余儀なくされた。今も『深淵』の周辺宙域には何冊もの同人誌がスペースデブリとなって漂っているそうだが、そのへんはどうでも良いとして。

 

「その赤ずきんが居らずとも、彼らの望みは叶わなかったでしょう。『深淵』とはこの世界における魔術の祖、シェムハザが編み出した結界ですから。生半に通れるものではありません」

 

 『深淵』の闇はあらゆる可能性を閉じ込める。

 暗中を飛ぶ、などという次元ではない。飛ぶという行為を成さしめる確率を零に還すことで、侵入・脱出の可能性を完全に封じ込める。シェムハザの結界とはそういうものであった。

 

「進むならば第四惑星を目指すが良いでしょう。ある魔術師によると〝なんか行っといたらなんやかんやでいい感じになるかも☆〟との予言が出ていますので」

「不動明王くらい言ってることがふわふわしてません?」

「第四惑星は私の出身地でもあります。皆さんを煩わせない華麗なエスコートを約束しましょう」

「わたしの他にまともなヒトがいてよかったですね、ジャンヌさん」

「あ゙?」

 

 そんなこんなで、立香一行の次なる目的地は第四惑星に決定した。彼女たちはそそくさと準備に取り掛かり、総督の執務室を一旦後にする。

 それを見届け、天草は短く息を吐いた。

 ───この身は、既に敗北を喫している。

 赤と黒、総勢十四騎のサーヴァントによる聖杯大戦。絢爛なる英雄の殺し合いにおいて、彼は確かに一度、志した人類救済の理想を掴んだ。掴んだはずだった。

 しかし、第三魔法の奇跡は星を満たすことなく、世界の裏側に消えた。自身が喫した敗北によって。

 シモン・マグスの術式によってこの世界に流れ着き、長い長い時を経てもなお、答えの出ない疑問がある。

 私はなぜ、彼に敗けたのか。

 片腕を失っていたから?

 否、それでも戦力はこちらが勝っていた。

 では、彼の力を侮っていたから?

 否、敵を安く見積もれるほどの力は自分にはない。

 ならば、彼がこちらの予想を超えた。

 私はそれに足るだけの何かを示せなかった。

 あの戦いはそれに帰結する。

 互いが互いを否定するため、持てる力の全てを、得た経験の総てを用いて戦った。天草が積み上げた理想への道程は、かの大戦のみを生き抜いた短く小さな命に破られたのだ。

 何が敗けたのか、ではない。

 何もかもが敗けた。ただそれだけのこと。

 ───本当に?

 

「……そんなわけがない」

 

 畢竟、それは疑問ではなく、ただの負け惜しみだった。

 なれど、取るに足らぬ遠吠えだとしても、やはり彼は───あのホムンクルスだけは認めるわけにはいかない。

 だって、そうだろう。

 この私の理想に手を貸してくれた者がいたのだから。それを認めるということは、彼女の献身をも侮辱することになる。

 故に、天草は誓った。

 

「理想の先を、望んでみせましょう」

 

 ───毒婦と謳われた、かの女帝に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───以下、贖罪戦争軍記全集④より抜粋。

 『七大罪の魔王』との戦いが終結した後、およそ百と四十年。

 天使アザゼルが開発したマナの操作技術によって、私たちの祖は急速に生活圏を延ばし、文明の黄金期を迎えていた。

 だが、七柱の魔王が遺した禍根は未だ根を張っていた。

 宇宙より七体の『人類悪の獣』が同時多発的に襲撃を繰り返し、第一惑星へと侵攻。天使シェムハザを司令官とした『熾天の玉座』防衛戦より端を発する一連の戦闘行動を『贖罪戦争』と称する。

 戦争末期、残る三体の獣はネフィリムの騎士によって討伐された。

 彼こそは星剣の担い手。

 たった一撃で三体の人類悪を屠った英雄。

 その名は─────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第五惑星ゲブラー。総督ゲッセマネが治める監獄星。ノアたち一行は純愛大好き兄弟謹製の宇宙船『オールト二号』ごと撃墜される憂き目に遭いつつも、監獄星に潜り込むことに成功した。

 そこは地下の一室だった。配線や配管が剥き出しになり、雑多に機器が積まれた狭い部屋。一夜を経て、彼らがいよいよ行動を開始しようとしたその時である。

 

 

 

 

 

「────みなさん。私に何か、言うことがありますよねえ?」

 

 

 

 

 

 ずしんと空気が鉛のような重苦しさを帯びる。

 一体何の執念なのか、ダンテは周囲の機材や棚を積み上げ、その頂点に腰を落ち着けていた。上半身を折り曲げ、左膝に頬杖をついたポーズはまさしくロダン作の彫刻『考える人』のようだった。

 考える人の解釈にはいくつかの説がある。その中のひとつは地獄の門の上から、堕ちた罪人を眺めているというもの。ダンテの瞳はまさに哀れな罪人を見つめる風情を醸し出している。

 その瞳が向けられる一点。ペレアスはこめかみに血管を浮き立たせ、ひくひくと唇の端を震わせながら言う。

 

「…………なんで調子乗ってるか知らねえがな、お前に言うことなんかねえよ。さっさと降りて────」

「───フッ。語るに落ちましたねえ、ペレアスさん」

「は?」

「とぼけても無駄ですよ。いの一番に突っかかってきたのが、あなたの負い目をこれ以上なく表しています。ですから……ええ、ペレアスさんにはこう言わせてもらいましょう」

 

 ダンテは地獄の底の悪魔大王もかくやとばかりのゲス面を浮かべて、

 

 

 

「───()()()()()()()()、と」

 

 

 

 眼下のペレアスを鼻で笑う。

 それと同時に、ペレアスのこめかみの血管から鮮血が噴き出した。ダンテはたった一言で彼を憤死寸前に追い込みながらも、追撃の手を緩めない。

 

「あっ、ごめんなさい。二部六章を外したペレアスさんには少し難しい話でしたね。どこぞのアホは最後の最後までパーシヴァルさんをペレアスさんだと思い込もうとしてたみたいですが。だって元ネタからして知名度が違いますもの。私がすごいと言っているのではないですよ? 私なんて世界三大詩人でルネサンス文化の先駆けで現代イタリアでは作品が義務教育程度にしかなってない人間ですからね。作品の内容としても近代文学の祖と言うべきはペトラルカくんの方で、私は中世文学を完成させただけのちっぽけな駄文作家です。私の『神曲』は形式こそ新しいですが、ペトラルカくんやボッカッチョくんは内容の方を進化させてくれました。言うなれば彼らが私の後継者となりますが……立香さんの故郷でも私の作品を大切にしてくれていたそうで。中原中也さんは〝どこの国にもゲーテやダンテまでとは言わずとも良い詩人がいるが、それらを味わわずに年中ゲーテやダンテばかりでは~〟といって当時の翻訳事情のことを愚痴っていましたが、いやはや、なんというか気恥ずかしいです。これも私の影響力の罪と言いますか……アレ? ペレアスさんにもそういう人のひとりやふたりはいますよね? 隠さなくてもいいんですよ? まあ無いなら無いでいいんですけど(笑)」

「よしリース、そっち持て。このカス詩人を捻るぞ」

「了解ですわ」

「あっあっあっ、ちょっ、待っ、ごめんなさいごめんなさい調子乗りま────ギエエエエエエエエエエエエッッッッッ!!!!!」

 

 ダンテはペレアスとリースに頭と足首を掴まれ、雑巾絞りにされた。

 いちごを潰したみたいに真っ赤に染まる背景を気にも留めず、ノアはこの世界の現地人───ならぬ、現地亜霊と現地ゴリラに告げる。

 

「おまえら、よく見とけ。これが人間の醜さだ」

「醜さっていうかアホさな気がするけど」

「つーか俺や兄者とほぼほぼ変わらんぞ」

「どこの世界にも変態はいるものだからな」

 

 純愛大好き兄弟の兄者ことピーターは腕を組んで頷いた。変態性こそは生命体に設計された逃れられぬカルマ。知性とはすなわち変態性に他ならない。

 そんな戯言は抜きにして。人間が搾られる惨殺現場の横で談笑するというカオスな情景を目の当たりにする聖人がふたり。

 一方は彼らを回収した聖女マルタ。そしてもうひとりは、

 

「あの……私たちにも少し出番をいただけると……」

 

 ペレアスが束になっても敵わない知名度を誇る竜殺しの騎士にして聖人、ゲオルギウスだった。

 マルタがノア一行を回収した後、彼らをこの地下室に案内したのがゲオルギウスだった。が、彼は清廉潔白な聖人かつ常識人である。眼前の狂気に対して取れる選択肢は無に等しい。

 

「甘えんじゃねえ。出番は自分の力で勝ち取るもんなんだよ。ウチの謎生物なんて文字数稼ぎしか能がないセリフを進化させるために、ルビで喋る芸をフランケンシュタインからパクったんだぞ」

「すみません、何を言ってるのかなにひとつ分かりません!!」

「そこのシャバ僧は無視! いつまで経っても話が進まないわ! そこの三人とゴリラはここがどこだか知ってるわね!?」

「うん。監獄星って言ったらそりゃもう。そこの兄弟はここに送られる予定だったし。ねっ?」

 

 マティア少年は純愛大好き兄弟に振り向く。

 深夜の猫の集会くらいやかましいはずの二人は、もじもじと面を伏せて視線を泳がせていた。マルタは挙動不審なその様を見て、おそるおそる話かける。

 

「ちょ、どうしたんですか。変なことしました? 私」

「「あっ……スゥ~~~ッ…………」」

「なにそのPL学園野球部みたいな返事!!?」

「気にしないであげてください。彼らは女性を目の前にするとキョドって中学二年生になっちゃうんです」

 

 マティアは言った。三次元の女性とまともに話せないオタクの悲しい性である。マルタはステゴロドラゴンスレイヤーの面を知らなければ、姉さん気質の美人でしかない。兄弟が彼女と言葉を交わすことは、イカロスを太陽で炙り焼きにするのと変わらなかった。

 ゲオルギウスは処刑寸前の時のような憐れみの視線を向け、咳払いする。

 

「と、とりあえず外に出ましょう。この惑星を知るにはそれが一番です」

 

 ゲオルギウスに導かれるまま、一行は第五惑星の地面を踏む。

 セフィロトにおける第五のセフィラ、ゲブラーは太陽系の天体において火星と照応する。そこは人類が来たるべき植民のために大量のゴキブリと藻類を送った悪魔の星────などではまったくなく、NASAの探査船の画像にありがちな赤土の大地だった。

 ひとつ、ノアたちが知る火星と異なるところと言えば、至る場所に巨大なビルが林立し、それらを繋ぐように道路が敷かれている点だ。

 が、それは一般的な都市の景観とはかけ離れている。見栄えを考慮せず、ただ建物から建物へ移動する利便性と効率性を追求した形。そこが一種の研究所であるかのように、一切の無駄を省いた導線が描かれていた。

 兄弟は近く送り飛ばされるはずだった場所を眺め、先程のキョドりようが嘘のように喋り出す。

 

「なんか……地味だな? 兄者よ。監獄星送りにされた罪人の半分は死ぬか死ぬより酷い目に遭うと聞いたが」

「うむ。ここで暮らすのも悪くなかったかもしれんな。監視は警戒しなくても良いのか?」

「問題ありません。この周辺は女神アト・エンナの第一権能───『勝利と繁栄の聖樹(エイレーネー・ヒケテリア)』の支配下にあります」

 

 ゲオルギウスは袖口から青々としたオリーブの実を取り出し、赤褐色の地面に落とす。

 それは水面に石を落としたみたいに波紋を生じながら沈んでいく。

 

「……このように、実が大地と同化することで、アト・エンナはその地に対する絶対的神権を獲得します。既に監獄星の表層は密かに取り込んでいますから、地上であれば見つかることはありません」

「あのギリシャアンチの駄女神にしては仕事してるじゃねえか。おまえらがここにいんのもあいつの差し金か?」

「そうよ。ようやくまともな話をする気になったみたいね?」

「俺がいつまともじゃない話をしたんだよ。まず目的を話せ」

 

 もはやツッコむ気力すら浮かばぬ物言い。マルタは膝を揺すって苛立ちを表現しながら、

 

「……私たちが監獄星で果たすべきは、『囚われている反皇帝派と贖罪戦争の英雄の解放』。銀河皇帝と戦うには圧倒的に頭数が足りません。そのために、この星を陥落させます」

 

 抜きん出た個は、必ずしも戦いを勝利に導かない。

 一個の戦力が対応できるのはひとつの戦場のみ。極論、それ以外の全てで負ければひとつの勝利など焼け石に水だ。戦術ではなく戦略の上で勝たなければ、第一惑星の簒奪など夢のまた夢だろう。

 ここは全惑星の罪人が収容される監獄星。皇帝に反した者たちは過去、例外なく囚えられてきた。裏を返せば、反乱の芽は未だこの地に眠っているのだ。

 そこまで聞いて、兄弟はマティアの影に隠れながら同意する。

 

「ああ、俺たちも反皇帝派ではあるからな。俺と兄者なら廃材からでも武器を調達できるぞ? とそこの綺麗なお姉さんに提案してくれ」

「むしろなんでもすると伝えるんだマティアくん。あと俺の名前も伝えてくれ。決して下心からではない。断じてない」

「だから二人は万年童貞なんだ」

「「殺すぞ」」

 

 兄弟はマティアの両耳を掴んで吊り上げる。遥かに年下の相手に対する慈悲はなかった。

 同じく、慈悲なき処刑を受けたダンテこと肉の荒縄と化したバケモノは左右に揺れながら歩いてくる。

 

「反皇帝派のことは分かりましたが、贖罪戦争の英雄についてお聞きしてもよろしいですか? この世界に来て日が浅いもので」

「いいけど誰!!? 暗黒大陸のガス生命体に捻り殺された人みたいになってるんだけど!!」

「あ、そういえばマルタさんとゲオルギウスさんとは初対面でしたねえ。ダンテ・アリギエーリと申します。影を纏ったダウナー系のイケメンキャラです。とりあえず最もレベル100にされたサーヴァント第一位を目指そうかと」

「オイ現実から目を逸らすな。あっちと違ってお前はただのおっさんだ」

 

 ペレアスはダンテの後頭部を柄頭で小突く。もっとも、現在のダンテはおっさんですらなく雑巾絞りにされた死体に過ぎないのだが。

 ゲオルギウスは胸元を擦りながら、話を引き継ぐ。

 

「この世界では、過去に三度の戦争がありました」

 

 第一の戦争、天界戦争。

 『明けの明星』による天主弑逆を発端として生じた、堕天使と天使の戦い。結果、地上の天使を除いて神の御使いはひとり残らず殺し尽くされた。

 第二の戦争、慰神戦争。

 明星を筆頭とした五羽の堕天使と二体の獣が『七大罪の魔王』を僭称し、地球上に支配圏を確立。楽園を追放された全生物の聖地奪還戦。楽園の民は長らく劣勢を強いられていたが、異界より『十二使徒』が降臨し、彼らの助力によって戦況は次第に好転。魔王討滅を成し遂げる。

 第三の戦争、贖罪戦争。

 見張りの天使シェムハザ率いる亜霊連合軍と七体の『人類悪の獣』の戦い。その決着は天使と亜霊の合いの子───ネフィリムの騎士による一撃だった。

 

「彼の名はアド・エデム。星の魔剣を振るい、戦争を終わらせた英雄。彼はいま、監獄星の奥深くに幽閉されています」

「……そんなヤツがどうして囚われてんだ? 戦争を終わらせた英雄なんだろ?」

「アレですわ。魔王を倒した勇者こそが最も恐れられる定番の流れですわ」

「違います。彼は銀河皇帝直々に世を乱す『滅びの種子』と名指しされ、投獄されました。そこの現地人たちは知っていると思いますが」

 

 マルタに急に話を振られ、兄弟はそそくさとゴリラの背中に隠れる。マティアはダニを見るような視線を彼らに注ぎつつ、

 

「種子認定ってやつだね。少なくとも惑星一個を滅ぼせるような脅威はすぐに封印されて、監獄星に持ち込まれるとか」

 

 マティアは続けて語る。

 滅びの種子に認定されるモノは生物から物体、現象まで形態に分け隔てなく、単一惑星以上を滅ぼすことのできる能力のみによって分類される。

 それらは脅威度に応じてⅥ〜Ⅰ段階の等級を与えられ、同様に六層存在する監獄星の地下牢獄にてそれぞれ管理・研究されていた。

 監獄星の罪人たちは刑務作業を課される。その内容は滅びの種子の管理と実験台であり、犯した罪の大きさによって、より危険な種子の担当に置かれる。彼らは常に死と死以上の恐怖と隣合わせにあり、使い潰される運命にあるのだ。

 リースは何の気無しに問いかける。

 

「もしかして、監獄星は確保、収容、保護がモットーだったりします?」

「確保と収容は全力でやるけど保護はしないんじゃないかな。だってこっちを滅ぼしてくるやつらだもん。研究してるのもあわよくば力を利用するか、でなきゃ処分するためだと思う」

「…………それじゃあ、アド・エデムさんも既に殺されてるかもしれませんよね?」

「そこは賭けになるわね。天使の子どもは魂の物質化で不滅の肉体を持っているそうだけど……」

 

 マルタが濁した言葉の続きはこうだった。

 ───この世界の技術ならば、魂の物質化を果たしていようとも殺す手段があるかもしれない。

 一同が口をつぐむ最中、ノアは左の鼻の穴に小指を突っ込みながら告げる。

 

「かったるい話は終わったか? んじゃ行くぞ」

 

 直後、周囲の地面がすり鉢状に撓む。

 まるでトランポリンを踏み抜いたかのような崩壊。ゴムの薄膜を貫くように地層が破れ、一同は地下監獄の最上層に連行される。

 降り立った空間は清潔という一言に尽きる、真っ白な廊下。そこを行き交っていたであろう白衣や作業服の亜人たちは、皆一様に腰を抜かしてへたり込んでいた。

 しかし、視界を埋める白は一瞬でけたたましい警報とともに赤く染まる。考えるまでもなく、侵入者に対する警告音だ。

 

「変態兄弟、この音を聞け。こいつをどう思う?」

「「すごく…うるさいです……」」

「それがおまえらの底だ。この音は俺にとってファンファーレに等しい。そう、この俺、悪魔元帥魔王閣下を祝福する凱歌のなァ!!!」

「なあ弟者。俺たちついていくニンゲン間違えたかな。冗談かと思ってたらマジで悪魔で元帥で魔王で閣下なんだが」

「兄者よ、言えることはひとつだ。これから俺たちの世界は銀河皇帝とアレが互いの魔をぶつけ合う地獄になる」

 

 兄弟がぼやいた瞬間だった。

 ノアたちを挟み込むように、機械の鎧を着込んだ部隊が現れる。手元には汎人類史の現代で言うところの突撃銃に似た火器が握られていた。漆黒に染まる彼らは何もないはずの空間から出現してみせたのである。

 瞬間移動。現代の魔術師には夢のような魔術だが、監獄星の部隊はそれを技術化していた。

 そして、彼らの武器に銃口はない。

 つまり、物体を飛ばす想定がない。

 なぜなら、対象の体内に直接銃弾なり爆弾なり毒物なりを瞬間移動させれば良い。個人の練度に関係なく、百発百中かつ必殺の武装となる。

 その引き金は武器に設定された術式を形にするためのモノだった。

 だが。

 

「「「「「ゔごろおああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!」」」」」

 

 黒装の兵士は引き金を引くより早く、天井に突き刺さる。

 左右の敵を刹那の間に狩り尽くす、神速のシャトルラン。一掃を成した者の色もまた黒。つまるところ────それは、ゴリラであった。

 マルタとゲオルギウスは一拍置いて、

 

「───ごっ、ゴリラァァァァ!!? え、普通ここは久しぶりに登場した私たちに花を持たせるんじゃないの!? なんでゴリラ!? ってか本当にアレゴリラ!!?」

「私が生前倒した竜に迫る神秘を感じるのですが。ゴリラの皮を被ったナニカじゃないんですか。ウソですよね」

「ウソじゃなくてウホだよね」

「マティアさん、それいただきました。その掛け合わせで良い詩が浮かんできそうです」

「駄作確定────!!」

 

 ゲオルギウスは気を失ったように背後につんのめる。その横で、ノアは冷静に嘯いた。

 

「うろたえてんじゃねえ。聖書にもあるだろ、〝神はゴリラに似せて人を造った〟とかなんとか」

「いやゴリラ経由する意味は!? ゴリラから人間できるとか寝ぼけてたわけ!?」

「あん? 聖人のくせにゴリラ差別か? 人間誰しもゴリラとそう変わらねえだろ。男女の区別だってゴリラが食ってたバナナくっつけただけだからな。〝やっぱこっちのがしっくりくるウホね〟って神のやつも言ってたからな」

「結局神もゴリラじゃないこの不敬野郎がァーッ!!!」

 

 聖女の鉄拳がノアを制裁するのと同時、ゴリラは両手を組んで床に叩きつける。ベジータがよくやるアレである。

 あっさりと床は崩落し、一行は次なる階層へ。

 ノアは待ち構えていた敵を雑に蹴り飛ばすと、頭を覆うマスクから通信機器をぶちぶちと引き抜いた。

 この世界の機械は全て魔術式で作動している。ノアは瞬く間に全容を把握すると、手元の機器を監獄星全域に繋げる。

 

「『喜べ。今からこの星は陥落する。シャバに出てえなら滅びの種子とやらを解放して回れ。それが唯一の道だ』」

 

 マティアたちは絶句した。

 そして確信する。この男は正真正銘、この世を混沌に陥れる悪魔で魔王だと。

 ある意味、地の利を最大限に活用した命令。監獄星が威信をかけて収容する脅威をことごとく出獄させる───戦力差を労せずして上回り、銀河皇帝の威光をも貶める一手であった。

 誰もが思いつく手でありながら、脳みその大事な部分が狂っていなくては取れない手。ノアはそれを逡巡もなく選択してみせたのだ。

 彼は獰猛な笑みを浮かべて振り向く。

 

「おまえら全員覚悟決めろ。勝つか敗けるかだ。死に物狂いで戦え」

「ノアさん、あなたこそが滅びの種子です」

「ほざけボケ詩人。まずはおまえから犠牲になれ」

「絶対に嫌です!! 今日という今日は生け贄にされたりなんかしませんから!!」

 

 ダンテはぶんぶんと首を振りながら後ずさる。すると、バキャ、という音が彼の足元から響いた。

 

「ん?」

 

 右足を上げて、地面を見る。

 人面が彫り込まれた石の祠。それが真っ二つに割れ、人面の彫刻を縦に割っていた。

 割れた顔がじとりと微笑む。その瞬間、どこからともなく出現したおじいさんがダンテを押し倒し、首を絞め上げる。

 

「お前あの祠壊したんかァァァァァ!!!」

「んげええええええ!!! 誰!? 誰なんですかこのおじいさん!? ねえ……怖いですよぉッ!!!」

「敵の装備にデータがあったぞ。それは滅びの種子脅威等級Ⅵ『絶対的死亡フラグ(テイバンノナガレ)』。祠を踏んで壊したら、決められた手順のお祓いを受けない限りおじいさんが殺しに来るらしい」

「お祓い受けても殺されそうじゃね? むしろお祓い受けた方が殺されそうじゃね?」

 

 兄者は弟者に言った。なお、このおじいさんは最初の数度は一般人でも撃退することが可能だが、次第に洒落にならないほどの悪霊に転じる。また、お祓いの手順を誤ると一発でおじいさんが殺意に満ち溢れたどうしようもない理不尽霊と化す。まさしく絶対的死亡フラグと言えよう。

 ペレアスは剣を抜き、おじいさんの首を切断する。返り血を浴びたダンテを無理やり立ち上がらせ、ため息をついた。

 

「こうなりゃヤケだ。被害が拡大する前に総督を討ち取るぞ」

「ペレアス様。ダンテさんのお祓いはどうするのです?」

「…………額に七つの大罪の刻印刻まれても大丈夫だったんだし放置で良いだろ」

「大丈夫じゃありませんよ!? あの時めちゃくちゃヘコんだんですから! この先おじいさんに付き纏われ続ける私の気持ちになってください!!」

 

 ペレアスの肩をガクガクと揺さぶるダンテ。彼の必死の訴えは当然通じず、騎士はいくつかの剣閃を迸らせる。

 ずんばらりんと床が抜け、さらに下層へと進む。一行が降りた先では、既に作業服の囚人と白衣の研究者、黒装の兵士に加えて魑魅魍魎たる滅びの種子たちが所狭しと暴れ回っていた。

 どこから手を付けたものか。一瞬思考を巡らせたその時、一行の目の前を突風が駆け抜ける。

 直線上の何もかもを吹き飛ばす風の鉄槌。倒れ伏す亜人の中に、独り立つ影があった。

 

「───問おう」

 

 小柄ながらも威風を備えた凛たる背中。そよぐ金色の髪。透き通るような声。一見徒手に見えるが、右手に渦巻く風が武装の本来の姿を隠蔽している。

 極めつけに、英霊の座で開催された『召喚時に言いたいセリフ選手権』で見事一位を飾った口上。ペレアスとリースは輝くような笑顔で、

 

「「あ、あなたは……っ!!」」

「アナタガワタシノマスターカ」

「「……アレ?」」

 

 くるりと振り返ったソレは、知性の欠片もないアホ面を晒した騎士王のような何かだった。あと右手の武器もプラスチックの切れ端を曲げて造ったみたいな貧相な棒だった。

 

「なんだコイツゥゥゥ!! 王様をバーナーで炙って溶かしたみたいな見た目しやがって!! その棒ナメてんのか、エクスカリバーっつうかヘクソカリバーだろうが!!!」

「…………でもなんだかよくよく見てみると、この造形美の欠片もないアホ面も、愛嬌があるようなないような……」

「どこがだ!? 毎年増える王様の新バージョンにしても出来が悪すぎだろ!!」

「落ち着いてくださいペレアスさん。こうなったら私が増えますので。オルタ化も別クラスもバッチコイです」

 

 ダンテは朗らかな顔で言い切った。その目はフィギュア化という野望を見据えていた。

 マティアは兄弟がそこら辺の機器から抜き取ったデータを眺めながら述べる。

 

「えーと、それは脅威等級Ⅴ『冒涜の邪神像(オカネカエシテ)』。対象の心を読み取って、最も尊敬する人物とか一番好きなキャラクターになりきるモノマネ妖怪。元ネタの能力を十分の一で再現できるけど、変装がヘタクソすぎて何を真似してもアホ面になっちゃうんだって」

「ついでに言うとそいつは俺たちの仲間だな。『七大罪の魔王』ベルフェゴールが便秘に苦しみながら創った亜霊百種らしいぞ。流石だよな魔王」

「そう言われるとこう……来るものがあるな弟者よ」

「こんなのが新しい霊長類になったら終わりでは……!?」

 

 顔面を真っ青にするゲオルギウス。邪神像は頭を振り回して、のっぺりとした声で叫ぶ。

 

「シロウ、オナカガスキマシタ。シロウオナカガスキマシタ。オナカガスキマシタ。オナカガスキマシタオナカガスキマシタオナカガ」

「やめろォォォ!! オレの中の王様のイメージがどんどん崩れていく! 中途半端に似てるせいで斬りづれえんだよ!!」

「器が小せえな。別に今までのおまえの上司とそう変わらねえだろ。つーかどんだけ増えるつもりだ。ガンダムじゃねえんだぞ」

「だとしてもコイツがガンダムに見えるか!? 百歩譲ってΖザクだろうが!!」

 

 昨今の騎士王が続々と増殖していることはさて置いて。監獄星の各地で阿鼻叫喚が響き渡るこの状況に、冷徹な声音が水を差す。

 

「『最下層だ。そこに来い』」

 

 短く、しかしそれ故、最大限に意図を伝える宣告。監獄星の隅々にまで行き渡る言葉は、たった限られた人間にのみ向けられていた。

 だからこそ、その返答も端的に終わる。

 

「上等だ」

 

 ノアという存在に世界がひれ伏すかのように、周囲の物質が歪み、遠ざかっていく。

 ダリが描いた時計の如く、硬質の床が壁がぐにゃりととろけ、各層を隔てる隔壁───それに込められた魔術防御をも無視して、彼らは最下層へ墜ちる。

 ノアは粒子魔術を理解し、熟達していく過程で、ある特異な視界を会得した。

 ベクトル場を視る眼。あらゆる力の向きを知り、その行く先を解析する。後は架空粒子を用いてベクトルに働きかければ、物質界を意のままにできる。

 彼は魔眼を持たない。この視野も経験から来る感覚に近いものであるが───魔眼を持たずとも、魔術師の眼とは尋常ならざる視界を有するモノなのだ。

 そうして辿り着いた場所は一面の闇に包まれていた。

 冷たく湿った空気が肌にへばりつき、怖気を掻き立てる。闇が生物の本能を刺激し、強制的に感覚を尖らせる漆黒の空間に、黄色の影が浮かび上がる。

 

「見知った顔がふたつ」

 

 きん、きん、と。黄衣の影が一歩を刻む度に、外套の裡から銀貨が溢れていく。

 鋼鉄を薄く研ぎ澄ましたかのような声音。鋭気を纏う言の葉は脆いほどに鋭く、皮膚にぐさりと突き刺さる。

 

「しかし、所詮は、有象無象だ」

 

 その声を聞いて、マルタは気付いた。

 その目を見て、ダンテは思い出した。

 生まれ育った村で。

 堕ちた地獄の底で。

 二人は、その男を知っている。

 

「悪いが、まともな戦いになると思うな」

 

 目深に被ったフードを払う。外套の裡から一瞬にして足元を埋めるほどの銀貨が流れ出す。

 色の抜け落ちた白髪。深い皺が刻まれた顔貌。瞳だけが生気を発する、痩せた相貌。

 詩人と聖女は彼の名を呼ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「─────()()()()()()()()()」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 人類史最高峰の反英雄はただ、己が宝具でもってのみ応えた。

 

「『この世全ての罰(アケルダマ)』」

 

 対人理宝具。遍く生命を冒涜する血と呪いと罪悪の園が、花開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を遡って。

 第六惑星のリサイタルから逃げ出してきたシャドウ・ボーダーの一行は会話もなく、月面に車両を走らせていた。

 誰もが死んだ目で作業をするロボットに成り果てている。その原因はEチームリーダーの人間狩り宣言だけではなく、

 

〝ボクはここでお暇をもらおうかな。ちょっと行かなきゃいけない場所があってね。大丈夫、指示は残してあるし目的地は打ち込んでおいたから☆〟

 

 ───ぶりっ子魔術師ダイアン・フォーチュンがキーパーソンの役割を捨てて、忽然と消えてしまったことが挙げられる。

 勝手にシャドウ・ボーダーのシステムを把握し、ナビを弄っていることにシオンは何か言いたげだったが、文句をつける前にフォーチュンは遁走していた。

 行き先は第十惑星。セフィロトにて対応する惑星は地球。フォーチュンは地球のある地点を目標に設定したという。

 ある地点───フォーチュンは電子的・魔術的なプロテクトを駆使し、行き先を隠していた。呆れるほど無駄なサプライズ精神である。

 無音が響くほどの静寂。運転手ムニエルはハンドルを手繰りながら、深く長い息を吐く。

 彼は眠たげな眼を擦り、一言呟いた。

 

「……今日は何にしようかな…………」

「ねえムニエルくんそのネタまだ引っ張る気なのかな? もう誰も覚えてないよ? 前回から結構経ってるよ? 君の天丼味しないんだから」

 

 眠気と退屈感とは運転手に課せられる重いカルマである。変わり映えのしない風景をひた走る環境に置かれた時、人はゴルゴタの丘を往く救世主と同じ境地に達するのだ。

 ムニエルはぐってりとハンドルにもたれかかりながら、

 

「新所長に訊きたいんですけど」

「な、なんだね?」

「俺ってどこをどう整形したらカッコよくなれると思います?」

「どうして私に訊いたのかね? もしかしてナメてる? 確かに私たち遠くから薄目で見たらほぼ同じ存在だけれども」

 

 困惑する新所長。人造天使カリスとダ・ヴィンチちゃんは二人の横からぬっと顔を出して言う。

 

「お二人とも愛嬌があって可愛らしいと思いますよ? 子どもウケよさそうですし」

「愛嬌でモテるなら苦労しないんだよ。精々マスコット枠が限界だから。ただでさえ俺ムニエルなんてふざけた名前なのに」

「そもそも君は顔面以前に変えるべき部分があるよね。上司を軽んじてるところとか」

「ダ・ヴィンチちゃんに言わせるとファッションが悪いね、ファッションが。年がら年中カルデアの制服じゃあイメチェンの機会もないだろ?」

 

 ダ・ヴィンチちゃんにしては真っ当な意見だった。が、ムニエルは顔をしかめて、

 

「いやいや、ドムにハイメガキャノンとかファンネル付け足してもただのゴテゴテしたドムなんですよ。もういっそ俺という存在を根底から破壊したい。粉々にしてほしい。ガンダムとは言わないからゲルググレベルにはなりたい」

「その発想が駄目なのさ。ファッションは足し算でなく引き算だよ。最初は他人の真似でいいんだ。そこでムニエルくんが参考にすべきなのは誰だと思う? カリスちゃん」

「ベイマックスですね」

「脱げってか? 俺に脱げって言ってんのか!? 他人の健康を守る以前に自分の尊厳すら守れないよ!!?」

 

 今までの眠気は何だったのか、ムニエルはカッと目を開いて叫んだ。彼にある選択肢は二つにひとつ、人間の健康を守る全裸の変態になるか、頭部をアンパンに人体改造するかである。

 シオンは聞き耳を立てつつ、ムニエルの脳髄にエーテライトを突き刺すか思案していた。

 が、幸運なことにそれが実現することはなく。

 彼女は第九惑星───地球の衛星である月から、自らの故郷を見た。

 

「……これは」

 

 地球を彩るはずの色彩は一切が失われている。

 海の青も森の緑も氷の白もなく、あるのは鋼の如き灰色の大地。それを土台として黄金の樹が伸び、各惑星を繋いでいるのだ。

 さらに、地球そのものも黄金の枝によって縫い合わされていた。あたかも一度壊れたモノを補修したかのように。

 シオンは記憶と似ても似つかない地球を見つめ、呟くように言う。

 

「地球は、放棄されていたんですね」

 

 ……あるいは、巣立ったのか。

 その一言は汎人類史の蒼き星に住まう生命体の嘆きそのものであった。

 懐郷心に浸るシオンをよそに、カリスとダ・ヴィンチとベイマックス、新所長は思い思いの言葉を吐く。

 

「これならマリアナ海溝も徒歩で行けますね」

「うーん、見た感じ私が知ってる地球とは地形が全然違うね。枝で縫ってる隙間とか多分、地球の裏側まで続いてるだろう」

「東京ビッグサイトがなくなったらどこでコミケやるんだよ……」

「会場に向かうまでに無数のオタクの死骸が積み上がりそうだな……」

「そしてやがてオタクたちの死体が養分となって草花が咲き誇るんですよね……」

「なんて美しい生命の螺旋なんだ……」

「忌み地じゃないですか」

 

 シオンは苦虫を噛み潰したみたいな顔をする。フォウくんはこの期に及んで真面目な感想が出てくるわけがないことを予見し、バアルをサンドバック代わりに拳を振るっていた。

 無駄口を叩きつつ、ムニエルはフォーチュンが残した指示の通りに虚数潜航を行い、現世へと浮上する。

 虚数空間を経由した移動は言わばショートカットだ。異次元の通り道を利用して、現世では長大な道のりも短い距離で移動できる。しかし、それは浮上する地点を誤ればまったく異なる場所に出ることにもなってしまう。

 地球の自転速度は赤道上で時速約1700km。目標が移動する速度も考慮しなければ、宇宙に放り出されることもありえる。つまるところ、ボーダー一行はフォーチュンの計算を信用するしかなく、浮上地点も未知数のままだった。

 そうして、ボーダーの観測機器が周囲を捉える。

 辺りを囲む、煤けた灰の山陵。一際大きな山の中腹に、明らかに自然物ではない建築物が横たわっていた。

 それの一部であろう、カーブを描いた部分だけが露出している。

 カリスは目を輝かせて、

 

「あれってカルデ───」

「あ、おまるだ」

「おまる!!?」

 

 ダ・ヴィンチはスナック菓子を貪りながら、カルデアの外形をおまる呼ばわりした。要はゲーム開始の初っ端に出てくるあの絵だ。

 シオンは先程の表情からさらに皺を深くした状態になる。

 

「あの、笑いというのは共感から生まれるものでして。その誰も覚えてないカルデアの一部分をおまる呼ばわりされてもですね……!!」

「まさか君にギャグの本質を教えられるとは……」

「いや、くだらない話をしてる場合かね!? 考えるべきはもっと他にあるだろう! 衝撃の展開のはずなのにしれっとしてるんじゃないよ!!」

フォウフォフォウ(逆張り野郎だからね)

 

 というわけで、異世界の異なる地球であるはずが、カルデアが存在しているという衝撃の事実に一同は驚いた。

 おまる部分の外壁には〝おかえりなさいませカルデア御一行様〟の横断幕。一行はとりあえず、車両通行口から内部に入っていく。

 で。彼らがカルデアに降り立つと。

 

「───ふ、待ちくたびれたぞ。人の子よ」

 

 赤い外套の男と天元の花と名探偵、そして包帯まみれの不審者に担がれながら、女神が姿を現した。

 燃え盛る炎のような赤い髪。濃褐色のつややかな肌。家系ラーメンで全部盛りを頼んだみたいな豊満な肢体。声までもが心をまさぐるようで、濃厚な色香を漂わせている。

 一行は確信した。

 彼女こそが女神アト・エンナ。

 なんだかよく分からないところでちょこちょこ登場したり名前だけ出たりなんかしている、微妙な立場の神霊である。

 

「…………どこかでディスられた気がするが、ま、まあいい。歓迎しよう。まずはお茶でもどうだ? お菓子もあるぞ。肩でも揉むか?」

「不遜なのか親切なのかどっちかにしてくれません?」

 

 上からふんぞり返りつつ、下手に出てくる女神。シオンはずばりと言い切った。

 下の四人は女神を雑に降ろすと、赤い外套の男は庇うように告げる。

 

「失礼した。彼女は所謂コミュ障かつ対人恐怖症なんだ。温かい目と思いやりのある対応で接してくれると助かる」

「やめてくださ───やめろママ。わた、妾を配慮が必要な風にするな。なので私を信仰してくださいお願いします」

「速い、速いよ変わり身が! そもそもアレだ、どうしてこの世界にカルデアがある!?」

「あ、じゃあその辺りは我らが名探偵に説明してもらいましょう」

 

 アト・エンナが目配せすると、自他ともに認める名探偵───第六特異点でシモンにやり込められた───ホームズはきらりと瞳を点灯させて言う。

 

「今はまだ語るべ」

「語れ」

フォウ(語れよ)

「もったいぶる意味ある?」

 

 赤い外套の男とフォウくん、そして宮本武蔵から集中砲火を受ける。一方、カルデアでは不審者で印象が固定されたエドモンは若干居心地の悪さを感じた。

 彼もまたほぼほぼ意味深なセリフしか発さない人間、回りくどさに関しては定評がある。

 ホームズは諸手をあげて降参するポーズをとった。

 

「結論から言うと、抑止力の抵抗だ。『真なる人(アダム・カドモン)』は現世をこの世界に変換した。それは即ち、汎人類史の滅亡に他ならない。故に抑止力が働き、私たちの世界を保存した結果、こちらの地球にカルデアが残されたというわけだ」

 

 そこで口を開いたのはゴルドルフだった。

 

「分からんな。なぜ保存の結果としてカルデアが残る?」

 

 ホームズは間髪入れずに答える。

 

「───カルデアスだ。地球の魂を模倣した疑似天体。『真なる人』が変換する以前の地球の環境を写し取るのに、これ以上のモノはないと断言できる」

 

 要するに。

 抑止力は汎人類史の地球をカルデアスにバックアップとして保存した。カルデアスの運用・維持にはカルデアの設備が必要不可欠だ。それ故、カルデアそのものがこの世界の地球にも残されたのである。

 カルデアはまたしても人類最後の砦となった。文字通り、全生命を抱えるカルデアスを護る要塞として。

 アト・エンナは咳払いして、

 

「第十惑星───地球は元々、私たち反皇帝派の拠点でもありました。こちらにカルデアが出現したのもつい最近。ともに戦ってくれている亜霊の方々は連れてこれませんでしたが、その代わりに最大戦力を配置しています」

 

 ……行きましょう。そう言って、アト・エンナは一行を引き連れて歩き出す。

 カルデアの職員にはとうに見慣れた道のり。薔薇十字団に対抗するため後にしたその時から、様子は変わっていない。

 管制室の扉を開く。

 そこにはやはりカルデアスと──────

 

 

 

「彼はグランドセイバー・バトラズ。ナルト叙事詩最強の英雄。神剣を振るう無敵の戦士です」

 

 

 

 ───その男はまさしく、筋肉であった。

 極限まで鍛え抜かれ、傷ひとつない肉体。どこまでも生命力に満ち溢れ、肌の上からでも脈動する肉と血の雄大さを感じさせる。

 身の丈は2mを優に超え、有り余る筋肉を見せつけるように上裸だった。彼はたくましい顔面をふにゃりと緩めて笑う。

 

「よかったな。ここにいればお前らが傷つくことは億にひとつもない。存分に俺を頼れ!」

 

 その笑顔は万人を包む太陽の光みたいに暖かかった。

 ゴルドルフ含め、ボーダー一行は安堵する。───ようやく、無条件で信頼できる仲間ができたと。

 それこそが英雄の資質。

 強く在るということの証明。

 全てを任せたくなるほどに、その笑顔は眩しかった。

 アト・エンナはむすっと頬を膨らませる。

 

「何がとは言いませんが、私との扱いの差が酷い気がしません?」

「それは俺に頼られても困るぜ?」

「……以上が、反皇帝派レジスタンスの中核メンバーだ。私のことはアーチャーでいい」

「「「「「よろしくお願いします、エミヤさん」」」」」

「なんでさ!!!」

 

 サーヴァントのミステリアスさを演出しようとしたアーチャーだが、既にカルデア一同には筒抜けだった。具体的にはムニエルが引き起こしたクーデター事件で。よいこのみんなは是非30.5話を読み返そう。

 なお、スタッフからの印象は〝ジャンヌに腕を粉砕された哀れな筋力D〟である。サーヴァントに敬意がないのはスタッフたちも同じだった。

 ダ・ヴィンチはなんとなしに問う。

 

「地球を根城にしてるそうだけど、銀河皇帝に察知されたりしないのかい?」

「されてますね。何度も襲撃はありましたし。まあ問題はありませんが」

「ほう、その心は?」

「俺が全部ぶちのめした。そんだけだ」

 

 バトラズはさらりと言った。

 なぜ第十惑星の拠点が潰されないのか。その理由はひとつ、バトラズが強いから。銀河皇帝と反皇帝派、彼我の戦力差は比べるに値しないが、それら全てを一切無に帰すのがかの英雄の存在だ。

 しかし、そうなるともうひとつの疑問が生まれる。ゴルドルフはそれを指摘した。

 

「しかし、他の星には攻めなかったのかね? それほどの力があるなら、ウチのアホ白髪みたいに総督も倒せただろうに」

「俺が召喚された役割ってのは地球を護るためでな。俺はこの星から動けねえんだよ。冠位なんていらねえモンまでくっついてきたしな」

「…………えっ? 倒したんですか、総督」

「ああ、女神様はお昼寝してたから知らないのね。えすえぬえすですっごく話題になってるわ」

 

 と言って、武蔵は拙い手つきで端末を操作し、画面を見せつける。

 そのタイムラインには逃げ出す全裸陰陽師の尻と、尻を切り抜いて加工したコラ画像が怒涛の勢いで流れていた。

 エミヤも自身の端末でネットを覗きながら、

 

「全惑星で一気にトレンド一位をかっさらっているな。〝プリケツ陰陽師〟〝プリケツ〟〝ケツ〟のワードが上位を独占している」

「アングラ掲示板にも超高画質の尻がアップされているね。『陰陽師のケツを加工して一番美味そうな桃作ったやつが優勝』スレが既にPart100まで伸びている」

「…………さてと、私はもう一眠りしてきますね。ママはおやつ作っといてください」

「誰がママだ!」

 

 女神は自身の戦略が崩壊していく音を聞いて現実逃避モードに入る。

 バトラズは地球から動けない。しかし、もし動けたとしてもアト・エンナは今まで攻勢に出なかっただろう。

 グランドセイバーの力をもってすれば、惑星ひとつは容易に落とせる。が、落とした後が問題だ。奪還を狙う敵の手から防衛する必要が生まれ、補給線も構築しなければならない。

 彼女が内部工作に徹していたのは、可能な限り多くの惑星を同時かつ短時間で奪うため。ノアの行動は彼女の戦略とは完全に相反していた。

 追い打ちをかけるように、武蔵はニュースを読み上げる。

 

「───第五惑星に不法宇宙船が無断侵入。撃墜するも、悪魔元帥魔王閣下を取り逃す……ですって」

「…………ママ、さっしー、ホムホム、今すぐ第五惑星に向かいなさい!! Eチームリーダーを拘束するのです!!」

フォウフォウ(なんかすまん)

「私たちも行くぞ! 今日という今日はあの男に鉄拳を食らわせてやらねばならん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第四惑星ケセド。

 セフィロトに対応する惑星は木星。

 そこは総督トゥリシュナが支配する歓楽星。惑星一個が丸々改造された都市型惑星でもある。

 木星は太陽系の星々の例に漏れず、生命が生きるにはあまりにも過酷すぎる環境だ。岩石の中心核の他に地面はなく、とてつもない圧力が渦巻くガス惑星である。だが、この星もまた亜霊の居住圏になっていた。

 第十惑星を土台として伸びる黄金の神樹。これが各惑星の環境を地球に近いものに改造している───サフィラはそう説明するが、生憎と立香たちはそれを話半分に聞いていた。

 というのも。

 

 

 

「みんな!! 〝麻薬(ヤク)〟キメろォォ!!」

「むっ、遊郭か……」

「ジュース一杯飲んだだけで二十万!? ふざけんな店長呼んでこい!! …………アレ? なんでパンチパーマのお兄さんがギャアアアアアアア!!!」

「腎臓肝臓大特価セール中でーす!! 今朝第八惑星で採れたから新鮮ですよ! 最近飲みすぎたなってヒトは是非!!」

 

 

 

 第四惑星はモラルというモラルが崩壊した人外魔境だった。歩きスマホの感覚で怪しげなハッパを吸い、いかがわしい店の客引きで道が埋め尽くされ、至るところで怒号が鳴り響いている。

 立香たちはげっそりとして、

 

「なにここ地獄かな?」

「ヒトの業という業が煮詰まってますね」

「そのうちソドムとゴモラみたいに焼かれるんじゃないの?」

「そこのなすびと魔女にはちょ〜っとオトナのセカイですかね? 私はとっても心地良いですけど。立香さん、あのホテルで休憩しましょ♡」

 

 マシュとジャンヌは立香を引きずっていこうとするサクラに両側から食らいついた。

 サフィラは動じぬ様子で語る。

 

「ここは第四惑星で三番目くらいに治安が悪い場所ですからね。ほとんどがクスリでキマってるのでマスクは外していいですよ」

「これで三番目なんですか!? よく崩壊してませんね!?」

「第四惑星は地域格差が激しいんです。富裕層のリゾート地は清廉潔白ですが、それ以外はお察しいただけると……」

「私たちの世界でも高級住宅街とスラム街が隣接してたりしますからね。どこでも同じということでしょうか」

 

 久しぶりにマシュが知的な発言をすると、不意にこんな声が聞こえてくる。

 

「寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 今日は世にも珍しいニンゲンのブタが入荷してるよ! 額は一万からスタート!!」

 

 世界中の人権団体から助走をつけて殴られそうなセリフ。立香たちは目を合わせて、首を傾げた。

 

「……人間? もしかしてカルデアの仲間だったり───」

「それは……かなりまずいわね」

「ええ……とてもまずいです。このままではR-18展開は免れないかと」

「面白そうですね。私、ブタさんに関しては一家言あるので」

 

 で。一行は人混みを掻き分けて、声の方向に辿り着く。

 

 

 

 

 

ムガムガモゴムゴモゴモゴムガガ(ヘリオガバルスです買ってください)!!!」

 

 

 

 

 

 …………恥部だけを隠した紐のような水着と、ボールギャグを装着したマゾブタローマ皇帝が、リードで繋がれて店頭に並べられていた。

 ジャンヌは肥溜めのハエを見るような目を向けて、言葉を吐き捨てる。

 

「…………チッ。正真正銘のブタじゃない。来て損したわ」

モゴムゴムゴムガムゴンゴゴゴ(あっ気持ちいいもっと言って)

「フランさんやフォウくんと同じ技の使い手とは……だからと言って何もありませんが。本豚も幸せなようですし行きましょう」

「私、オスブタには興味ないんですよね。調教したいのは立香さんだけなんで」

 

 一様に辛辣な言葉が投げかけられるも、ヘリオガバルスは頬を染めて悶えていた。

 立香は険しい顔で唸り、提案する。

 

「一応買ってあげる? あんなのでもサーヴァントはサーヴァントだし」

「先輩、サーヴァントはサーヴァントでもブタですよ? どちらかと言ったらブタですよ? 非常食にしかなりません」

「私の炎すら穢れそうで燃やしたくもないわ」

「私は立香さんに賛成です。あんな変態を野放しにしていたら世界に迷惑ですから」

 

 サフィラはひとり手をあげた。その横で、サクラは大量の貨幣を掌中から創造し、店主に差し出した。

 

「はい、これで足ります?」

「……問答無用で落札! すぐ使うかい?」

「いえ。恋人へのプレゼントにするので包んでください」

「サクラさん、何ほざいてるんですか。いい加減にしないと埋めますよ」

 

 マシュはチワワのような形相で唸った。偽神となすびがいくら争っても既に決着はついているのだが。

 一行はヘリオガバルスを受け取り、落ち着いた場所でボールギャグを外す。長らく四足歩行だったであろう皇帝はよろよろと立ち上がった。

 彼は妙にすっきりした表情で言う。

 

「ブヒ……おっと間違えた。人語人語。久しぶりだな淑女諸君。この世の楽園にようこそ。お前らも遊びに来たのか?」

「どうしてこんなところにいるんですか。アンナさんにシバき倒されますよ」

「アンナ? …………ん〜、知らねえな。あの真人類サマがしでかしてから、気付いたらこの星にいたんだよ。はっきり言って最高だった。もちろん策略ありきだがな。これをM.A.Z.(マゾ)戦術と名付けよう。オレはM.A.Z.の先陣を譲らないからな」

「そこに関してはマジで心底興味ないんでどうでもいいですけど……」

 

 立香は背後の四人と目を合わせる。

 第四惑星に来る前、天草が言っていた内容を思い返す。

 〝なんか行っといたらなんやかんやでいい感じになるかも☆〟……ある魔術師とやらの予言はもしや、ヘリオガバルスのことを指しているのではないかと。

 予言とは得てして理解に苦しむものだが、これもまた同様だった。結局、その予言の善悪は運命の岐路に立つ時にしか判明しないのだ。

 サクラは平坦な調子で述べる。

 

「そうですね、立香さんの言う通りどうでもいいです。そろそろ私も暴れたい気分になってきたので……駆けつけ一杯、総督でも殺っときます?」

「オマエがか? 良いぞ。おれに死を与えられるというのならな」

「────できますけど?」

 

 突如として、サクラの背後に現れた魔人。黒白の偽神は戸惑う間もなく、石の翼を振るう。

 目にも留まらぬ超高速。なれど、その魔神は石造りの羽を軽く受け止め、指先で愛撫した。

 

「英雄王に敗けてもなお、愚者で在り続けたオマエがこうも変化するとは。嬉しいぞ。死に際を看取ってやった甲斐がある」

「……その口がいつまで動いてられるか賭けます? あなたが死ぬのはもう確定しました」

「賭けか。それもまた良し。ちょうど暇をしていたところだ。今回の遊びはそれにしよう」

 

 魔人の影が消える。

 サクラの知覚をもってしても追尾叶わぬ逃走。しかし一瞬の後、ソレは誰の目にも視えるカタチで現れた。

 第四惑星、常夜の空が一層暗く影を落とす。

 夜空に輝く星々の光を遮る何かが上に在る。弾かれるように顎をあげると、星を抱えるほどに巨大化した魔貌が、大地を粘ついた笑みで見下ろしていた。

 

「───銀河皇帝が発布した、人間狩りの勅令は知っているな?」

 

 大気を震わせる大音声。びりびりと皮膚が痺れ、鼓膜が軋みを立てる。

 

「ニンゲン一匹につき、ひとつの願いを叶える。それが条件だ。だが、オマエたちでは束になろうとヤツらには勝てない」

 

 そこで。

 

「これより、大会を始める。おれが配る花弁がチップだ。それを賭け、最も多く獲得した者に七匹のニンゲンをくれてやる。勝てば七つ願いが叶う……ああ、無論、気に入った個体は己がモノとするもよかろう」

 

 ヴン、と空一面に広がるスクリーン。

 映し出されたのは、透明な結晶の中に浮かぶ七つの影。

 それは──────

 

 

 

「かつて楽園の民とともに『七大罪の魔王』へと立ち向かった『十二使徒』!! 彼らがオマエたちへの景品だ!!」

 

 

 

 ───マシュは頭を振って、否定するように呆然と呟いた。

 

 

 

 

 

「───カドックさん。オフェリアさん。芥さん。ペペロンチーノさん。キリシュタリアさん。ベリルさん。デイビットさん」

 

 

 

 

 

 彼女は呼んだ。

 何か───ほんの何かが少しずつ掛け違えていれば、支え合いながら道を歩んだであろう人々の名を。

 けれど、そうはならなかった。

 この現在は、ほんの何かが少しずつ掛け違えた未来だから。

 カルデアレイシフトAチーム。

 彼らが如何な運命を背負い、如何な足跡を辿り、如何な結末に帰したか。

 

「横紙破りはない。おれはおれの試練を乗り越えた者には平等に報いを与える」

 

 それを語る者は、もはや。

 

「───己が欲望は誰にも譲るな。永遠の果てまでも固執し続けろ。オマエがオマエを、愛するのならば!!!」

 

 …………もはや、どこにもいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「故に、俺はきみたちを救ってみせる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かの天使を、除いて。




・『滅びの種子』脅威等級
 脅威等級Ⅵ……特定の条件下において、単一の惑星を破壊もしくは居住不可能かつ復興不可能な状態に陥れる。
 脅威等級Ⅴ……特定の条件下において、複数の惑星を破壊もしくは居住不可能かつ復興不可能な状態に陥れる。
 脅威等級Ⅳ……放置していると高い確率で単一の惑星を破壊もしくは居住不可能かつ復興不可能な状態に陥れる。
 脅威等級Ⅲ……放置していると高い確率で複数の惑星を破壊もしくは居住不可能かつ復興不可能な状態に陥れる。
 脅威等級Ⅱ……恒久的な対処が必要。滅びの推進に積極的であり、出獄を許した場合、事態収拾が極めて困難。
 脅威等級Ⅰ……絶対封印措置。今後の封印持続可能性が不確定であり、出獄を許した場合、第四〜第十惑星の放棄が決定される。

・『絶対的死亡フラグ(テイバンノナガレ)』
 脅威等級Ⅵ。見たら分かる絶対死ぬやつ。最初に確認されたのは第八惑星。蘆屋道満が面白半分で造った呪物が異常増殖し、ある山村を壊滅させた。その際に発生した祠全てを封印処置したことで、現在、この種子は他星では発見されていない。

・『冒涜の邪神像(オカネカエシテ)』
 脅威等級Ⅴ。対象の最も尊敬する人物や好きなキャラクターをドヘタクソな模倣で再現する。溢れ出る解釈違いによって、対象の精神を崩壊に追い込む。亜種としてチャクラ宙返りなる技を披露する個体もいるとかいないとか。
 最初に確認されたのは第三惑星。侍従長ロクスタが最も尊敬する人物、すなわち銀河皇帝を模倣したことで、ニセ銀河皇帝を倒すべく第一〜第三惑星を巻き込む戦いが勃発。以降、銀河皇帝もしくは『赤き竜』を模倣した個体が現れた場合、十分の一の再現度と言えど、限定的に脅威等級Ⅱへの格上げが決定されることとなった。戦いが終わった後、ロクスタは一ヶ月悪夢にうなされた。

・現在判明している異聞天球界の歴史

 ■■の世紀

 5000年 天使『明けの明星』、神を弑逆。堕天使の軍勢を率い、天界にいた天使たちを皆殺しにする。また、楽園の住民は明星の手によって住処を追われる。これを天界戦争と呼称する。

 大罪の世紀
 
 5000年 明けの明星含め五羽の堕天使と二匹の獣がそれぞれの支配域を地球上に創り出す。その後、彼らは自らを『七大罪の魔王』と僭称する。

 5001年 『七大罪の魔王』が『亜霊百種』を創造。現在の異聞天球界に住まう全ての亜霊たちの祖先となる。

 5116年 楽園の住民が魔王征伐の戦を開始。後に慰神戦争と呼ばれる。

 5663年 十二使徒降臨。これにより、次第に戦局は楽園の民へと傾いてくこととなる。

 5666年 慰神戦争終結。

 ■■の世紀

 5667年 グリゴリの天使シェムハザが魔術を学問として創始する。

 5792年 グリゴリの天使アザゼルがマナの操作や術式の構築・詠唱を機械に代行させる技術を開発。自らの才覚と精神感応が肝要となる抽象的な魔術よりも、具体的で即物的なこちらが民衆に広まった。言わば工業革命である。

 5800年 機械文明の訪れによって急速な発展を遂げる最中、突如七体の獣が誕生。自らを人類悪、黙示録の獣と名乗る七体は各惑星への攻撃を開始。

 5801年 天使シェムハザを頭目として、熾天の玉座防衛戦開始。これが贖罪戦争の開戦となる。

 5822年 騎士アド・エデム、星剣によって残存する三体の人類悪の獣を斬滅。贖罪戦争終結。

 5904年 最後の人間が逝去。
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