自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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第100話 蛇の誘惑

 第三惑星ビナー。

 太陽系に照応する惑星は土星。見張りの天使シェムハザが構築した結界『深淵(アビス)』の上方に存在する三惑星のひとつである。

 それら三惑星を含めた『深淵』上方の領域は流出界と呼ばれていた。

 そこは言わば、天上の世界。根源より流れ出した、無垢なるエネルギーが充満する天界。流出界は銀河皇帝の直轄領とされ、彼女の信頼厚き二名の部下がそれぞれ第二・第三惑星の管理を任されている。

 第三惑星を治めるのは侍従長ロクスタ。好きなものは銀河皇帝ときのこ、嫌いなものは宮廷魔術師とたけのこ───第三惑星を一面のきのこ畑に作り変えたきのこ狂いだ。

 無論、岩石の核を分厚いガスの層が覆う土星において、所詮菌糸類如きが繁殖する余地など存在しない。が、そこは木星を元にした第四惑星のように、生物に住み良い星へと改造させられていた。

 とはいえ、第三惑星の住み良さはいささか菌糸類の方面へと傾いていたが。

 空の遠景に土星の輪を望む、広大なきのこ畑のど真ん中。ロクスタは呆れた顔で赤き竜を眺めていた。

 

「へぇー、ベルゼビュートが? 監獄星をぶっ壊して? 得体の知れない強キャラ感漂わせたと思ったら? しょせんただの得体の知れないかませでアナタに捕食されたと?」

「人物評についてはノーコメントだけど、まあそうだね」

 

 竜は地面に座り込み、眼前に積まれたきのこの山───お菓子の方ではない───を貪っていた。松茸や舞茸といったきのこのみならず、取得したら巨大化したり残機が増えそうなモノから、目に悪い警戒色のモノまで種類を問わずに混ぜられている。

 しかし、それも見慣れた光景。ロクスタは丹精込めて育てた毒きのこがスナック感覚で平らげられていくのを何食わぬ顔で見つめていた。

 監獄星との闇取引で手に入れたいくつかの『滅びの種子』───それらの毒性を掛け合わせたきのこは、たとえ耐毒性を持つサーヴァントだろうと数瞬で死に至らせる。…………そんな理屈で捉えられぬのが、この赤き竜という生物なのだ。

 

「…………で? 監獄星を爆発四散させた悪魔大王を喰らっても、満腹にはならねぇんですか?」

「これでもぼくは八分目で止めるタイプなんだ。豚がどれだけ美味しくても、絶滅するまで食べたらそれで終わりだろう? それなりの不満足感は必要だよ」

「絵面的には暴食の地獄行きまっしぐらなのに……アナタほど足るを知る者もいないでしょうね」

「ん。それでも、多少はお腹に溜まったさ。おかげで真体も出せるようになったよ」

 

 竜は右の人差し指をぴんと立てる。

 

「───()()()()はね」

 

 ロクスタは口角を歪ませる。そこに滲む感情は諦め。ただ宇宙が広大であると見て取れるように、竜の強大さを思い知らされるのみだった。

 

(しかも、これで幼体(こども)だなんて)

 

 在りし日のローマ。皇帝の脅威を多数排除した毒殺者は、初めて敵への同情を抱く。

 竜に特別な能力はない。

 なぜならば、その存在自体が隔絶した頂点の中の頂点。遍く獣を超越し、超絶する理解不能者だ。竜の影ですらこの世界を破壊する質量を有しているのだから、当然、それを振るうだけで敵対者は消滅する。

 殴れば終わる───つまり。竜にとって、能力だとか権能だとかは戦闘を回りくどくさせるだけの引き伸ばし要素にすぎないのだ。

 

「にしても、存在が大きすぎるというのも考えものですねぇー。そんだけ食べても真体のほんの一部しか物質化させられないんでしょう?」

「それもいいさ。食べるのは嫌いじゃないし」

 

 竜の真体は異次元に格納されている。

 ベルゼビュートを一撃で屠った影も、いまきのこを貪っている幼子の姿も、その本体から投射された端末だ。

 食すという行為の当然の帰結として、竜は摂取したモノを己が糧とすることができる。

 これら端末が胃袋に収めたモノの質量分だけ、竜の真体は三次元上に顕現させられるのだ───ロクスタは恐ろしい勢いで減っていくきのこの山を見ながら、

 

(でも、それじゃあ困るんですよねぇ)

 

 竜は間違いなく最強だ。

 だが、それでは足りない。

 最強を超えた無敵に至ってもらわなくては。

 それくらいでなくては、銀河皇帝の盤石を確保できたとは言えない。

 ロクスタは知っている。釈迦に説法されるまでもなく、諸行は無常であり、盛者は必衰すると痛感している。心酔した皇帝が三度の落陽の末に果てたあの日から。

 しかし、竜はあまりにも強大すぎる。巨大すぎる。

 喩えるなら、RPGにおいて世界中の魔物を絶滅させてもまだレベルが上がりきらない状態だ。カンストするには王様やお姫様、町民まで皆殺して経験値にするしかない。皇帝が治める星のいくつかを喰らえば真体の完全なる物質化は叶うだろうが、それも本末転倒。土地を失った王など王とは言えないし、自ら力を削ぐ行為になってしまう。

 何か良案はないものか───ロクスタは暫時思考を巡らせ、そして閃く。単純にして明快、最強を無敵へと昇華させる一手をり

 密やかに咲く毒花の如き笑みをたたえ、彼女は竜へと告げた。

 

 

 

「…………たったひとり。アナタが喰らうべき敵がいると言ったら、どうします?」

 

 

 

 竜はただ、くすりと微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、誰かの道具にされている人間が嫌いです。

 他人を自分の存在意義にしてる人間も嫌い。あとは、いっちょまえに良い子ぶってる人間も嫌いですね。反吐が出るし虫酸が走ります。

 だって、そうでしょう?

 人間は突き詰めれば個であって、どこまでいっても他者とは交わらない。体を重ねたり心を繋いだりしても、その人はその人以外にはなれないんですから。

 自分が自分であること。要はそれを捨てて、偽っている存在がどうしようもなく最低に思えてならないんです。

 

 

 

〝もし、私が悪い子になったら───先輩は叱ってくれますか?〟

 

 

 

 ヤルダバオト、デミウルゴス、サクラス。三相一体の偽神である私の依代となったのは、そんな子でした。

 まず生まれからして最悪。姉に万が一があった時のスペアとして作られて、案の定スペアはスペアでしかなく、あっさり父親に切り捨てられた。

 で、挙げ句の果てには。

 魂まで腐った妖怪爺の、卑猥な見た目をした虫に体の奥底まで凌辱されて。

 搾りカスも魔術の才能がないワカメに、劣等感と劣情を解消するだけの道具として扱われて。

 散々傷ついて、それなのに、黙り込んで慎ましい良い子ちゃんを演じて、誰も助けようとはしてくれなかった。

 

〝四人でどこか遠くへ行こう。また昔みたいに一緒に遊ぼう〟

 

 え? 助けようとした人はいただろって?

 

〝俺のサーヴァントは最強なんだ!〟

 

 いや、この人は違いますよ。

 結局、この人が見てたのは依代の子じゃなくて、その母親。肉体も精神も蟲にデロデロにされてもまだ妄執に縋り続けたのは認めますけど。見世物としては最高の生き様と死に様でしたね。

 つまるところ、彼女の悲劇は彼女を本当に尊重する人間は誰ひとりとしていなくて、当人も愛を乞うことすらせず、馬鹿みたいに堪え続けた。それに帰結します。

 その末に堕ちて堕ちて堕ちきって、魂を喰らうバケモノに成り果てたんですから、ほんと嗤っちゃいます。

 

〝───貴様、よもやそこま、ガ─────!!!???〟

 

 あ、でもこれは良かったですね。

 やっぱりお高く止まってるようなのが最も魅力を発揮するのは無様を晒す時なんですよ。一種のギャップ萌え? というか未来視ある癖になんで誘い出されたのに気付かなかったんです? こんなのに負けた私が馬鹿みたいじゃないですか。

 まあ、そんなことはどうでもいいんですよ。

 依代の子がどんな悲惨な人生を送って、誰にも省みられない死に方をするのか楽しみにしていたら、そんな期待を裏切ってきたんです。

 

 

 

 

 

〝俺は、桜のためだけの正義の味方になる〟

 

 

 

 

 

 ────私はお似合いだと思いますよ、この二人。

 ほら、同類じゃないですか。

 致命的なくらい存在の根本から壊れていて、自分以外の何かを理由にしないと立ってられないような意気地なしで、そのためなら何よりも大切にするべきはずの自己を蔑ろにしてしまえる……まさしく破れ鍋に綴じ蓋ってわけです。

 だから、私はこの二人が嫌い。理由はさっき言った通り。別に羨ましいとかじゃないですよ? ええ、本当に。私が望んでるのは傷の舐め合いじゃなくて、傷に塩を塗り込んで屈服させる方向性なんで。

 私が何を言いたいかと申しますと。

 贖い切れない罪を背負っても、それが善か悪かは置いといて、ヒトは幸福になれるということです。

 だから……………………─────────

 

 

 

 

 

 

「さあ、始めてください立香さん」

「…………この一回だけですからね」

「何回も繰り返さなくても分かってますよ。なんでもしてあげると言ったのはそっちです。人理を修復したマスターともあろう者が、まさかイモ引くわけないですよね?」

「くっ────!!」

 

 立香は唇を噛む。数々の激戦で一人前程度には磨かれた状況判断力と戦術眼をもって、改めて現状の把握に取り掛かった。

 眼下にはピンクのおしゃぶりを咥え、前掛けとヘッドドレスを装備したサクラ。彼女の頭を載せているのは、紛れもなく自分の大腿───一糸まとわぬそれである。

 特筆すべきは自身の姿。人によっては全裸の方が恥ずかしくないとすら思わせる衣装。本来、後輩のなすびが着るべきデンジャラスなビーストのそれを、オレンジ色を基調に仕立て直したモノを着用していた。一般的な着用という言葉の語彙とはいささかイメージが異なるが。

 サクラは妙に据わった目で睨んでくる。そのまぶたの眠たげな重さと言い、ふてぶてしい表情と言い、今の偽神は正真正銘の赤ちゃんと化していた。

 立香は意を決して、サクラの白濁した頭髪を恐る恐る撫でつける。

 

「よ、よしよーし、いいこいいこ……」

「は? なんですかその気後れした声と手つきは? もしかしないでもナメてますよね。その程度のバブみで私をオギャらせることができるとでも? そんな体たらくで私のママを名乗るなんて百万年早いんですけど???」

「たとえ五百億年経っても名乗ることなんてありえないけど!!?」

「はあ、呆れましたね。まあいいです。ポンコツなあなたが最初から上手く出来るとは思ってないので。できるまで訂正してあげるんで、恐れずチャレンジしてください」

「うちのバレー部の監督みたいなこと言ってるけど、ただの変態だからね」

 

 しかし、踏み止まっていてはこの悪夢は終わらない。立香は顔を真っ赤に染めながら、ベビー用のラトルを振って、

 

「い、いい子だからねんねしましょうね〜……」

「赤ちゃん言葉で!!」

「んぐっ……さ、サクラちゃん、ママがあやしてあげまちゅからねェェェ!!!」

「語尾に♡をつけてください早く!!」

「はぁ〜いさっさとすやすやちまちょうね♡♡」

「オギャッ……オギャッ……オンギャァッ……!!」

「もおおおおお嫌だァァァァァ!!!!!」

 

 立香は目にも留まらぬ速度でラトルを放り投げる。彼女の冬のナマズみたいに図太い神経でも、この羞恥はあまりに堪え難かった。

 前向きに考えるなら。今後不意に思い出して悶絶することが確定するほどの深い傷と引き換えに、立香はサクラをオギャらせてみせた。第四惑星のギャンブル大会における約束は果たされたのだ。

 だが、サクラの辞書に足るを知るという言葉はなく。黒白の偽神は突き刺すように告げた。

 

「───ふう。それじゃあ仕上げといきましょうか。立香さん、出してください」

「……出すって?」

「とぼけないでください。母乳に決まってるでしょう」

「『matrix_odin』!!!!!」

 

 瞬間、立香はサクラの顔面にコードキャストを撃ち込んだ。

 原初のルーンを束ねた一撃。その再現。第七特異点ではサクラの耐魔力を貫通し、寸秒なれど動きを止めてみせた魔術だった。

 ごろごろと立香の膝枕から転げ落ちるサクラ。彼女は涙目で鼻頭を押さえながら、甲高い怒声をぶちまける。

 

「なにやってるんですかぁ〜!!? 酷すぎます!! こんなの虐待です、虐待!! 児童相談所に通報されてもいいんですか!?」

「よしんば私に非があるとしても、先に通報されるべきはそっちじゃない!?」

「見下げ果てました。まさか自分を棚にあげて批難するとは。いっそ○○○を○○させてもらわなきゃ割に合いませんが?」

「ひとりだけR-18タグの世界で生きてらっしゃる?」

 

 立香は痛感した。

 やはり、どうあってもサクラだけは苦手だと。

 虚構特異点の邂逅から始まり、第七特異点の大暴れ、そしてこの異聞世界での共闘。人間誰しも一貫性のない支離滅裂な行動をすることはあるが、立香からすれば、サクラはそれに輪をかけて理解不能な存在だった。

 けれど、理屈で見ればめちゃくちゃな筋書きでも、感情という視点で考慮すると芯が通ることはある。

 立香はサクラの瞳を垣間見て、思った。

 

「じゃあ、次は私がママになるので、立香さんが赤ちゃんになってください。今肉体を改造しますので」

「普通に母乳出そうとするのやめてくれる?」

 

 じっとりとした熱を帯びた視線───恋する者のそれであると。

 ただひとつ、読み違えているところがあるとすれば、

 

(ま、私以外の誰かかな!)

 

 自分のこととなると鈍感になることだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベルゼビュートと『万死の虫皇(アポリオン)』が引き起こした騒動の後、離れ離れになったEチームはそれぞれダイアン・フォーチュンとアーチャーの中のアーチャー、否、エミヤの中のエミヤであるアーチャーの手引きを受け、第十惑星マルクトに身を寄せることになった。現在はあの時から四日が経過している。

 マルクト。生命の樹においては最下位に位置するセフィラであり、対応する惑星は地球。残念ながらこの世界の地球は灰色の土しか残っていない不毛の星だが。

 そこは荒涼の風が吹き荒ぶだけの沈黙の星。フォウくんは既に日課のトレーニングを終え、氷を失った南極大陸に残るカルデア内を力強い二足歩行で歩いていた。

 暇を持て余した単調な歩み。フォウくんの右前足は失神したバアルの先っぽを掴み、ずるずると引きずっている。サンドバッグ代わりに滅多打ちにされた結果だ。

 そこで、彼はある扉が開いているのに気付く。ロマンの職場兼サボり場の医務室。そこでは、所狭しと人が詰め込まれていた。その中で、純愛大好き豚兄弟とムニエルがちらちらと視線を交錯させている。

 

(((───こいつ、オタクか!!)))

 

 ニュータイプ並の感応精度である。

 見るも無残なパッとしなさ、覇気のなさ、垢抜けなさ───あらゆる角度の情報から、彼らは互いに互いをオタクであると認識した。

 しかし、ここで話しかけられるような人種であれば彼女いない歴と年齢が等号で結ばれてはいない。そうでなくとも、オタクとの会話は綱渡りのようなものと言っても過言ではない。

 解釈違い、ジャンル違い、ありとあらゆる地雷が埋没し、踏み抜けば気まずくなること確実のハードモード。視線を送ること十数分、三者の目がかちりと衝き合う。

 

「「「あっ……スーーッ……」」」

フォウフォウフォフォフォウ(なにやってんだこのアホども)?」

 

 言葉が喉でつっかえ、息のみを吐き出すという愚行の三重奏。そんな間合いの取り合いの背後で、小さな歓声が巻き起こる。

 

「……こんなもんか」

 

 ノアは鋭い目つきで首を鳴らした。

 彼の眼下にはカルデア脅威の技術力による最新鋭の医療用ベッド。ロマンがEチームの奇行による胃痛を治すため、寝床にしていた器具である。そこには甲冑が寝転んでおり、ノアたちはベッドを取り囲んでいる。

 甲冑───他ならぬ贖罪戦争の英雄、騎士アド・エデム。彼はむくりと上体を起こし、喉に手を当てながら、

 

「───礼を言う、ノアトゥール。まさかこの身を治せるとは思わなかった」

 

 しんしんと降る雪のような声だった。彼は銀河皇帝直々に『滅びの種子』認定を下され、監獄星の実験によって身体をくまなく破壊されていた。それ故、発声も叶わなかったが、ノアの処置によって正常な身体機能を取り戻したのだ。

 が、しかし。ダンテは泣きながら、騎士に向かって十字を切った。

 

「お身体が治ったことは喜ばしいのですが……あなたは代償に悪魔元帥魔王閣下に借りを作ってしまいました。せめて未来が安泰であることを祈らせていただきます」

「あ? なに他人事みたいに言ってんだ。おまえの借金は増えるだけで返せてないだろうが。次はおまえが寝ろ。常に四つん這いで俺の靴を舐めながら生きる生物に改造してやる」

「家畜人ヤプーみたいなこと言わないでくれませんかねえ!?」

フォウフォフォウ(NTRだよなアレ)

 

 騎士が纏う雰囲気がどんよりとする。満を持して声を取り戻したにも関わらず、アホのやり取りによって感動が打ち消されてしまう。

 ノアの助手を務めさせられたのは時計塔イチのナイスガイことゴルドルフ新所長。彼は手術衣を脱ぎながら、ため息をついた。

 

「……魔術師としては驚くべき発見ばかりだったな。亜霊と天使の合いの子だったかね? 第三魔法を宿す生命体の体内をこの目で見られるとは」

「こいつを痛めつけた監獄星の連中も大したもんだ。俺には及ばなかったがな」

「ああ、まるでシェムハザの治療を受けているようだった。こちらの世界の魔術も使っていたな? 恐るべき手前だ」

「あまり褒めすぎない方がいいよ? たぶんその子、どこまでも調子に乗るタイプだから☆」

 

 ダイアン・フォーチュンは忠告した。彼女の発言は概ね正しい。ノアという男は褒めれば褒めるほどつけあがり、たとえ批難されても都合の良い方に解釈する怪物である。

 ムニエルとの無言の応酬に活路を見出だせなかった兄弟は、振り向いて会話に割り込むことにした。

 

「そいつに魔術を教えた俺たちのファインプレーでもあるわけだな。やっぱり俺たちって流石だよな兄者」

「まったくだな弟者よ。正直、知識の吸収速度が速すぎてビビった。才能だけあるクズって困るよな」

「メイザース先生とかクロウリーおじさんとかね」

「あんなニートとヤク中と同列にすんじゃねえ。ソロモンがどうやってシバの女王と寝たか知ってんだろ。魔術の祖からしてクズなんだから、文句はあいつにツケとけ」

 

 ダンテはノアの耳元でロマンが騒ぎ立てている姿を幻視した。思わぬところから突き刺されたのだからやむなしと言える。

 アド・エデムは首を傾げる。甲冑が擦れ、かちゃりと音を立てた。

 

「そちらの世界で魔術を創始したのはソロモンという男なのだったな。『十二使徒』がそう語っていたと、グリゴリの天使から伝え聞いた」

 

 『十二使徒』。この世界における二度目の大戦、創造主を殺された楽園の民たちによる復讐戦にて、彼らを助け魔王を討伐した十二人の稀人だ。

 第四惑星で明らかになった事実は少なからぬ衝撃を与えた。総督トゥリシュナがギャンブル大会の景品として提示した十二使徒とは、カルデアレイシフトAチームに他ならなかったのだから。

 無論、立香ら三人娘の報告からそのことは知っていた。しかし、ゴルドルフとノアは特に目の色を変えて、

 

「レイシフトAチーム。カルデア屈指のエリート集団……不死鳥ゴッフが率いるに相応しい者たちだ。どこぞのEチームと違って」

「唐揚げにされてえのか? あいつらより俺らの方が上に決まってんだろ。こちとら七……七人で人理修復してんだよ。俺の圧倒的カリスマでアホどもを統率してな」

「ノアさん? どうして少し戸惑ったんですか? もしかして私のこと除外しかけました? アレ?」

フォフォウフォウフォウ(六人と宝具の間違いだよね)

 

 エクスカリバークラスの言葉の刃がダンテの背中にぐっさりと刺さる。

 彼は百折不撓の精神でそれを堪え、話の流れを変えることにした。

 

「せ、世界の話で言えばここはどのようないきさつで枝分かれしたんでしょうねえ。今までの特異点は歴史のターニングポイント真っ只中でしたが、こちらはそれを過ぎているわけですし」

「うん、流石は見神の詩人。良い着眼点だ。聖書を諳んじてみるといい。そこの兄弟と星剣使いがずばりと言い当ててくれるだろうね」

 

 フォーチュンはからかうような笑みを浮かべた。彼女もまた意味深な言い方を好む魔術師。真っ当に解説しようという気はまったく無いらしい。

 

「それでは──────」

 

 ダンテは微妙な気の悪さを感じつつ、創世記第一章から内容を述べていく。

 思い出す、なんて過程を辿らずとも聖書の文章は脳に染み付いている。それは彼の詩作の大いなる源泉のひとつだ。たとえ熟睡中から叩き起こされても、一言一句違わず言いあげてみせるだろう。

 父なる神による天地の創造、光の流出、生命の萌芽。やがて最初の人間が生まれ、エデンの園を建設し、生命の樹と知恵の樹が植えられる。

 最初の人間の肋骨から彼の伴侶が誕生し、二人は生まれたままの姿で楽園の日々を過ごしていた。

 だが、その後は多くの人々が知る通り。

 最初の女のもとに一匹の蛇が現れ。

 蛇の誘惑の末に女は…………

 

「〝女がその木を見ると、それは食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ、」

「───そこだ」

 

 騎士アド・エデムはダンテの暗唱を切って止める。

 そして、短く告げた。

 

 

 

「ニンゲンの祖は、知恵の実を口にしてはいない」

 

 

 

 その瞬間、ダンテは喉元にせり上がっていた言葉とともに息を呑んだ。

 最初の人間たちは知恵の樹の実を食したことで自ら善悪を判断する機能を獲得し、それが故に楽園を追放される。これこそが原罪の起源であり、人類が苦界で生きるようになった原因と言える。

 その前提が覆ったとしたら───ダンテのみならず、新所長やムニエルまでもが顔色を青くする。オタク兄弟のピーターとアンドリューは表情も変えずに言った。

 

「成人するまでに一万回聞かされる話だよな弟者。歴史の教科書とか蛇の誘惑を断って数千年何もないとかいうスカスカ具合で拍子抜けするのが恒例だ」

「面白みがなさすぎて流石じゃないよな。学生にしてみたら、年表の白い部分に落書きするくらいしか楽しみがない時代だぞ」

「そんな縄文時代みたいな扱いなのかね!? 私たちにとっては衝撃でしかないのだが!!」

「……喩えがよく分からんが、とにかくそこから天界戦争の終結までが第Ⅰ紀『楽園の世紀』だ。そちらの世界ではいささか事情が異なるようだな」

 

 星剣使いは首を縦に振る。なんだかよく分からないが違うことは分かる、というジェスチャーである。彼が示せる最大限の歩み寄りだろう。

 ダンテはわたわたと手振りをしながら、泡を食って言の葉を継ぐ。

 

「その天界戦争は天使が神を弑逆したことが始まりと聞きましたが、神の創造物である天使になぜそれが叶ったのですか!? 」

「シェムハザを始め、天界戦争の生き残りであるグリゴリの天使は詳細を黙して語らなかったが……〝あれは必要なことだった〟そうだ」

「腑に落ちませんねえ!!?!? キレそうですよ私は!!!」

フォウ(おちつけ)

 

 フォウくんはダンテのうなじを蹴り込む。さらにノアは倒れたダンテの背中に靴底を擦りつけながら、傲慢に鼻を鳴らす。

 

「こっちは歴史の授業を受けに来たんじゃねえ。知るなら過去じゃなく現在だろ。銀河皇帝なんてふざけたのが出てきたのはいつの話だ?」

 

 アド・エデムは兜の奥で目を伏せ、答えた。

 

「1286年前。シモン・マグスと現在の総督トゥリシュナがこの世界に現れ、第一惑星の墓守をしていたシェムハザを打倒した。その三年後に、シモンは『熾天の玉座』を主君に献上し、銀河皇帝が誕生した」

 

 ───それがこの第Ⅳ紀『薔薇の世紀』の始まりにして、天使シェムハザを貶めた元凶。星剣使いは、そう語る。

 加えて、銀河皇帝は玉座の力を行使し、ある施策を行った。 

 記録抹殺刑(ダムナティオ・メモリアエ)。ローマ帝国における刑罰の一種である。その者の像や名前を破壊もしくは書き換え、存在を抹消せしめる罰だ。

 銀河皇帝は薔薇の世紀以前のシェムハザに関する記録────否、当時の亜霊たちの記憶そのものから、かの天使の存在を抹消したのである。

 それに抗い得たのは、騎士アド・エデム。亜霊と天使の合いの子、ネフィリムの唯一の生き残り。第三魔法という不滅の性質のために記憶を保持し続け、シェムハザの存在を伝えようと水面下で活動していたものの、あえなく監獄星に囚われた。

 騎士の声は静かで、だけど、沸々と煮え滾る遺憾が滲んでいた。ピーターとアンドリューはわなわなと全身を震わせて、銀河皇帝への憎悪を吐き出す。

 

「許すまじ銀河皇帝……!! NTR好きには下賤な輩しかいないのか!!?」

「おまえも下賤だろ」

「まったくだな兄者よ。しかし贖罪戦争の英雄が天使の情報を伝えていたとはな。掲示板の陰謀論を見てシェムハザ復権派になった甲斐がある」

「大丈夫? 頭にアルミホイル巻く?」

 

 フォーチュンはけたけたと笑って言った。が、ダンテはやはり腑に落ちないといった感情を顔色に出し、呟いた。

 

「銀河皇帝はなぜ、それほどまでにシェムハザさんを排除しようとしたのです……?」

「あん? 記録抹殺刑なんてやる理由は決まりきってんだろ」

 

 バン、と医務室の扉が開け放たれる。

 顔を出したのは、ローマ帝国屈指の変態皇帝ヘリオガバルス。今のところ何の役にも立っていないマゾブタである。彼の政権もまた、先帝マクリヌスに記録抹殺刑を行い、自身も死後に同様の刑を受けている。この刑には一家言あるのだろう。

 

「前政権の否定と正統性の主張!! 〝前の為政者はクソだったけどオレは違うよ〟ってことを誇示するプロパガンダだ!! 醜いことだと思わねえか!?」

「ヘリオガバルスさん、あなたに関しては妥当オブ妥当です。悔い改めてください」

「いや悔い改めてるぜ? もっと好き勝手やればよかったと思ってる。あの天使もそうなんじゃね?」

「…………」

 

 騎士は黙して答えなかった。

 代わりに、彼はただ己が役割を述べる。

 

「皇帝を斃すならば、もう一度星剣を振るおう。その時は私を第九惑星に送れ」

「第九惑星……月か。そこに星剣があるということかね?」

「そうとも言えるし、そうでないとも言える」

フォフォウフォフォウ(まだまだ心眼が足らぬ)

 

 微妙な敗北感を覚えるゴルドルフを尻目に、星剣使いは告げる。

 

「『星の魔剣』は第九惑星そのものだ」

 

 そして。

 

「それは、もはや私以外には抜けない」

 

 なぜなら、魔剣を起動できるのはネフィリムのみ。長き時の中で天使の血は薄れ、とうにその遺伝子は果てしなく薄くなっている。

 半天使の亜霊であるアド・エデムにしか扱えない剣。だからこそ、銀河皇帝も放置するしかなかった。

 それこそは、皇帝を討つ切り札になるかもしれない。

 ダイアン・フォーチュンは小さく口角を歪める。

 まるで、無駄を嘲る理論家のように。

 

(……とはいえ、運命は決まりきっているんだけどね)

フォフォウフォウ(なに悪い顔してんだ)?」

 

 フォーチュンの肩に跳び移り、顔を覗くフォウくん。

 

「ぴぃぃっ!!?!?」

 

 フォーチュンは笛を鳴らすみたいな声をあげ、足をバタつかせて転倒した。それにつられてガシャガシャと機材が倒れ、周囲の視線が集まる。

 ムニエルは苦笑しつつ首を傾げた。

 

「…………え? なにいまの声?」

「───ふっ。ボクは少し猫にトラウマがあってね。なんかもう四つ足の動物を見るだけで背中が痒くなるレベルなのさ……☆」

「ただのアレルギーなのでは?」

「猫アレルギーだとしてもこいつは謎生物だがな」

 

 その昔、フォーチュンは師匠筋のモイナ・メイザースを激怒され、大規模な魔術的攻撃を受けたことがある。

 その内容は事務所を黒猫の大群が包囲し、虎のような巨大な猫に襲撃されたというもの。前者は猫好きにとっては天国だが、後者は紛れもなく命の危機だ。

 ちなみに。フォーチュンが魔道に足を踏み入れる十年ほど前の1909年、アレイスター・クロウリーはとある小説の中でこんな話を書いている。それは〝主人公が黒魔術師の家に夜中忍び込んで、マタタビを散布する〟というものである。もしかしたら、モイナは同様の儀式でフォーチュンに攻撃を仕掛けたのかもしれない。

 フォーチュンの甲高い悲鳴を聞き、純愛大好き兄弟は眉間にしわを深く刻む。

 

「兄者、やっぱりギャップ萌えは良いと思わないか。反転の瞬間にこそ尊さが宿るものだからな」

「一種のスクラップアンドビルドと言えるな。メガネっ娘がメガネ外した方がかわいいみたいな」

「は?」

 

 反応したのはムニエル。彼は額に血管を浮き立たせて、兄者ことピーターに詰め寄る。

 

「いやいやいや、ありえないよね。メガネ外すなら何の意味もないじゃん、その子のありのままを否定してるじゃん、結局一瞬のときめきだけじゃん。それでメガネっ娘を語られても、底の浅さをひけらかしてるだけなんだけど(笑)」

「お? レスバか? 一瞬のときめきが人生を変えることだってあるよね。むしろその凝縮された一瞬こそが劇的で崇高だよね。メガネっ娘はメガネをかけてない姿もその子の真実であって、かけたままにさせる方がその子を見てないと思わないか弟者よ」

「すまん兄者、俺もメガネっ娘はメガネかけたままが良い派だ」

「わかった。機内モードにしてID変えてくる」

フォウフォフォウ(負けじゃねえか)

 

 フォウくんはバアルを振り回してピーターの後頭部を殴打する。現実のレスバは己の肉体一本で勝負しなければならない。IDを変えたり、自演して多数派に見せかけるなどもってのほかなのだ。

 そうして、暇潰しを求めるフォウくんは新天地を目指して医務室を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───マシュ・キリエライトの朝は早い。

 習慣となっている朝の支度に加え、ノアと立香の部屋の前に仕掛けた超極小カメラの確認、ダクトに仕込んだボイスレコーダーの回収等々。常人なら卒倒する激務だが、それを平然とやってのけてこそのデキる後輩と言えよう。

 前述では等々の部分に隠れてしまった仕事の中には、仲間の命に直結するものも含まれている。

 その中でも最大かつ最重要と言えるのが、昔ペレアスがスープをこぼした円卓の盾の手入れである。通常、サーヴァントの武器は魔力で構成されているが、この盾は聖遺物を核にした物体だ。適宜調整をしなくてはならない。

 が、そうでなくとも、マシュは盾の手入れを欠かさなかっただろう。

 彼女は我々取材班にこう語った。

 

「───この盾はわたしの誇りですから」

 

 その目は澄んだ輝きを宿していた。これぞEチームのメイン盾。地味な騎士や最近調子に乗りすぎている詩人、どこぞの学パロ特異点でマスターたちの心を奪うムーブをした卑しく浅ましい放火魔女とは一線を画す、藤丸立香のファーストサーヴァントの颯爽たる眼差しだ。

 盾を扱う手つきはまさに職人業。表面を液体の薬品でコーティングし、布で拭き上げる。それだけの行為が絵になるのは、マシュが清廉潔白かつ純粋無垢な美少女だからに違いない。

 手早く、しかし丁寧に。盾の構造を隅々まで理解していないと実現不可能な効率で、盾は磨かれる。

 

「……ふう」

 

 カルデア管制室。マシュは額に浮かぶ汗を拭い、表情をほころばせた。

 ───茶色くくすんだ表面。

 ───全体に錆が浮かんだ、艶のない仕上げ。

 ───これはこれで良いのではないでしょうか、ええ、プラモデルのダメージ加工的な感じで。

 ───むしろ今までの激戦で錆のひとつもない方が不思議というか。これくらいの趣があったほうが風格も出るというものです。

 

「…………ふふっ、とても綺麗になりま」

「いやクソほど錆びついてるんですけど!!?」

 

 ジャンヌはなぜか満足げなマシュの後頭部を蹴り倒した。

 マシュの鼻頭がそのまま盾にめり込み、ぷすぷすと頭から煙を立てて撃沈する。

 ガクガクと痙攣しながら自らの血に溺れるメイン盾。ジャンヌはその頭上から怒声の追い打ちをかけた。

 

「地の文買収してまでやることがこれ!? 普通に途中からアンタの言い訳になってるし!! 卑しくて浅ましい性根が透けて見えてるわ!!!」

 

 マシュはぼたぼたと血を流す鼻を押さえながら、ジャンヌを睨みつける。

 

「相変わらず暴力に訴えかけることしかできないんですか、ジャンヌさんは。そもそもわたしの性根が卑しくて浅ましい根拠は?」

「黙りなさいアホ。その言動が既に証明してるわ」

「おっと、証拠を提示できないならそちらの負けですね。この盾の錆は歴戦の証です。むしろ綺麗にするほうが失礼でしょう。このような心遣いができるわたしはやはり、純粋無垢な美少」

「いえ、その盾が錆びてるのはマシュさんが無垢じゃないからですわ」

 

 不意にリースの声が響き、空気が静まり返る。マシュはどうぶつ小学校四年生のうさぎ名探偵が変態という名の紳士なクマを見つめる時のような目を、背後の精霊に差し向けていた。

 

「………………すみません、リースさん。何か言いましたか? わたしというキャラクターの根底が揺らぐ問題発言が聞こえた気がするのですが」

「宝具の聖壁からして心に迷いや穢れがあると脆くなるので、持ち主の心が無垢でなければその盾はどんどん錆びて重くなっていきますわ。湖の乙女のお墨付きです」

「なるほどね。どこにも反駁の余地がない完璧な理屈じゃない。よくよく思えば何十話も前から錆びてた気がするわ」

「ちょっとジャンヌさん! そんな後付けは許されませんよ!? わたしの盾が錆びてるなんて描写がどこにありましたか!!?」

 

 ジャンヌは深くため息をついて、

 

「後付けには良し悪しがあります。それを分ける要因のひとつは納得感───アンタの場合はどうか、よく考えてみなさい」

 

 マシュは暫し沈思黙考する。

 灰色の脳細胞ならぬ紫色の脳細胞がスパークする。それは走馬灯の再現。過去の記憶から現状の打開策を模索する、れっきとした脳の機能であった。

 高速道路を行き交う車両の如く、無数の思い出と自身の発言が猛然とシナプスを巡っていく。

 マシュはフレーメン反応を起こした猫みたいに口を開け、背景に宇宙を背負いながら、全てを都合良く終結させる結論に行き着いた。

 

「───今から過去にレイシフトして世界を書き換えます。まさか止めはしませんよね?」

「どこのラスボス!?」

「ほとんど魔術王ですわ」

「そうだ。過去を書き換えるなどという行為はおすすめしない。私はその愚かしさと罪深さをよく知っているからな」

 

 コフィンの後ろから、ぬっとアーチャーが現れる。

 彼はペレアスとバトラズを伴っていた。余裕のある表情を浮かべるアーチャーとは対照的に、セイバーとグランドセイバーは盾を見ていたたまれない顔をしていた。

 マシュは狂犬のように噛みつく。

 

「Dラ───いえ、アーチャーさん。わたしは既に決めたのです。邪魔をしないでいただけますか」

「ん? 今もしかしてDランクと言おうとしたか? 誰のどこがDランク? 筋力か? 筋力なのか?」

「落ち着けよアーチャー。筋力なんざ目安でしかねえだろ。それで強さを測ろうなんて愚かだぜ? 俺はA++だけどよ」

「『偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)』!!!」

 

 アーチャーは間髪入れずに『壊れた幻想』付きのなんちゃってカラドボルグを放った。それはバトラズの胸板に命中するも、

 

「あっ」

 

 カキン、と小気味良い音を立てて跳ね返され、逆にアーチャーを消し炭にした。

 潰れたカエルみたいな格好で黒焦げになったアーチャー。リースはそれを見て、意気揚々と叫ぶ。

 

「ペレアス様! アーチャーさんが死にましたわ!」

「この人でなし!!」

「くそっ! それはあの男の持ちネタだというのに!!」

「己の悪因悪果を呪いなさい」

 

 マシュはペレアスの目につかないように盾を背後に隠しつつ、感心したように頷いた。

 

「流石はナルト叙事詩最強の英雄、素晴らしい防御性能です。わたしの盾と比べ───なくても良いですが、文字数稼ぎのためにその来歴を語らせていただいても?」

「マシュちゃん。隠さなくても錆びてるのは分かってるぞ」

「普通に日和ってますわ。普段なら張り合っていたところですのに」

「別にいいが、俺の人生なんて知っても面白くねえぞ?」

「そんなことはない! バトラズさんの存在は円卓にも関わってくるものだからね!」

 

 レオナルド・ダ・ヴィンチ、突然のインターセプト。カルデアにおいて、知識をひけらかすということに彼女ほど情熱をかけた者は白髪のアホしかいない。

 バトラズ。北コーカサス地方の様々な民族によって口承されてきた神話群、ナルト叙事詩に登場する英雄である。

 多様な民族による口承という点で、ナルト叙事詩には多数の異聞が存在する。一概に正典は定められず、定めてよいものではない。

 バトラズが先程見せた防御力の秘密には彼が出生した経緯が関係している。が、誰が父親であるかも、二つの異聞が並立しているのだ。

 

「一説には鍛冶神クルダレゴン。一説には人間の英雄ヘミュツ。前者においては母の胎内でなく炉の中で鋼鉄の肉体を鍛えられ、後者では父親の背中にある瘤から取り出され、アツアツの赤ん坊を海に投げて冷やしたというものだ」

「結局鋼の肉体は生まれつきなのね?」

「そうだね。ただ、後者の場合は身体を上手く冷やし切れず、腸が柔らかい弱点となってしまうけれど。ここで本人に真相をうかがおうか?」

「どっちも正解だな。母親が親父殿の背中に俺を移して、安定期に入ってからクルダレゴンが俺の身体を鍛えたってわけだ。どっかで伝承が分裂したんじゃねえか?」

 

 場の女性陣が気の抜けた返事をする一方、ペレアスとアーチャーはヘミュツに尊敬の念を捧げた。と同時に、どこのアーノルド・シュワルツェネッガーだとツッコミを入れる。

 出産の苦しみを比較するべきではないが、ヘミュツの苦しみはシュワちゃんを超えていただろう。なにせ赤ん坊のバトラズは赤熱した金属だ。そんなものを背中に埋め込まれれば、常人は炭より酷い状態になるに違いない。

 英雄や聖人にはよく見受けられる異常出生。ロン毛の救世主が処女懐胎されたり、パンチパーマの覚者が母の右脇から生まれたり───そもそも、日本の神話は世界でも稀に見る異常出生のオンパレードと言えよう。

 それが意味するのは、生まれからして他者とは隔絶しているという証左。

 故に、異様な出生を経て生まれる者は、得てして数奇な運命を背負わされるのだ。

 そこで、マシュははっと閃く。

 

「バトラズさんの弱点が腸なら、ゲイボルクは唯一無二の天敵なのでは?」

「あん? なんでだ?」

「フェルディアという人物がいてね。その人は武器が刺さらないほど皮膚が硬かったが、クー・フーリンのゲイボルクはなんと肛門から入り込んで体内を滅多刺しにしたんだ」

「マジかよ空恐ろしいな。だが俺は臓物もカッチカチだぜ? たとえ弱点でも俺の括約筋で突きを止めてやるがな!」

 

 バトラズならやりかねない、と全員が思った。絵面はギャグにも程があるが。

 ともかく、バトラズに弱点はない。単純な打たれ強さによる耐久力なら、彼は冠位を得ずとも最高峰の英霊だ。

 しかも、その武勇は天空の神々をも恐れさせ、彼が自ら剣を捨てるまで誰も命を奪うことができなかった───生涯不敗の英雄である。

 

「その死に様は仲間に神剣を海へ捨てさせ、息を引き取るというものだ。……誰かと似ていると思わないかい?」

 

 ダ・ヴィンチちゃんはペレアスと湖の乙女に目線を投げかけた。

 そう、それはアーサー王の最期。王は聖剣の返還をベディヴィエールに託し、海の果ての妖精郷にて眠りにつく。

 この類似性から、アーサー王伝説はバトラズの影響を大きく受けていると語る説がある。他にも聖杯とナルタモンガの杯や、海/水の精霊が重要な立ち位置につく点があるが、それは置いておくとして。

 ペレアスはどこか遠い目で言う。

 

「……王様を差し置いてグランドセイバーに選ばれるなら、それくらいの逸話はねえとな。いや、別にアンタを甘く見てるんじゃねえぞ?」

「おうよ。俺も選ばれたからには、お前の王様に負けない働きをするつもりだ。ハチャメチャに頼っていいぜ?」

「でも、地球から離れられないんでしょう。それはどういう了見?」

「俺も最近分かったが、そりゃこのカルデアスってのがあるからだ。まさか聞かされてねえのか?」

 

 バトラズはこつこつと管制室に屹立するカルデアスを小突いた。普通なら一瞬で原子レベルまで分解される愚行だが、彼の拳には焼け跡ひとつない。

 マシュを筆頭として、カルデアのメンバーは一斉に疑問を露わにした。

 バトラズが地球に縛りつけられている理由とカルデアスの存在が結びつかない。アーチャーは顔面に深い影を落とし、おぞましい声を喉からひねり出す。

 

「───あの駄女神め。この期に及んで説明していなかったとは……ッ!! 行くぞ、ついてこい!!」

「そうですね。是非そうすべきです。重要な情報を隠すなんてことは、このわたしが決して許しません」

「盾は錆びてますけどね」

「重曹でもかけておきましょうか?」

 

 アーチャーは足早に歩き、マシュたちはその背中を追った。

 その足取りに淀みはない。早々と居住区画に入り、ある一室の前で立ち止まる。

 ドアには〝アト・エンナ神殿カルデア出張所〟とプレートが貼られていた。彼らを招くように扉がスライドし、室内の様子が視界に飛び込む。

 パソコンのモニターだけが光源となった薄暗い部屋。女神アト・エンナはモニターに向き合い、床にどっしりとした臀部を落ち着けている。

 ヘッドフォンを被り、黒マスクで顔半分を隠し、服装はTシャツ一枚。白い布の向こう側に、地母神のつややかな褐色の色合いが透けていた。

 彼女は甘ったるい猫撫で声で、

 

 

 

 

 

「はーい♡ 投げ銭ありがとうございま〜す♡ ほらほら、頑張って信仰心を証明してくださぁ〜い♡ 目標金額まで貯まれば見せちゃいますよ、私のちく」

「『偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)』!!!!!」

 

 

 

 

 

 本日二度目のカラドボルグ発射。当然、バトラズのような無敵の肉体もなく、運動不足かつ贅肉塗れの女神が矢を跳ね返せる道理はなかった。

 空間ごと抉り取るかのような球形の爆発が、室内を埋め尽くす。

 爆発光が収まった時、アト・エンナは小さなクレーターの底に沈んでいた。這う這うの体で斜面を登ろうとするも、傾斜に負けてずるずるとしなだれ落ちる。

 

「や、やってくれましたねママ……せっかく太陽系じゅうの信仰心とお金が集まっていたというのに……!!」

「誰がママだ! 集めているのは信仰ではなく性欲だろうが!!」

「残念でしたね、地母神的に考えて性欲は信仰心の一種です。乳房がたくさんあるアルテミス像とかあるでしょう。ああいうニンゲンの特殊性癖をも受け止めてこその女神なので」

「なるほど、オリュンポス艦隊とやらに土下座して名前だけ残してもらった神は言うことが違うな」

 

 ぐふ、とアト・エンナは血を吐いた。それがアーチャーの攻撃による影響でないことは確かだ。

 彼女はなけなしの根性で余裕を取り繕う。

 

「ここに来た理由は分かっています。結論から言いましょう。バトラズが地球から出られないのは、カルデアスを護るため。……カルデアスこそが、世界を元に戻す鍵となるのです」

 

 

 

 

 

 

「────そして同時に、我々はカルデアスを奪うことで目的を達成する」

 

 第一惑星ケテル、銀河皇帝の黄金宮殿。その中央部、『熾天の玉座』を擁する大広間。目に毒々しいほど絢爛豪華な部屋には、これまた宝石を散りばめられた輪形の円卓が鎮座している。

 円卓に着くのは各惑星を治める総督たち。銀河皇帝は玉座にて彼らを見下ろしていた。

 

「カレ等が世界を元通りにする方法はひとつ。カルデアスに押し込められた汎人類史テクスチャを、全ての流出源である『熾天の玉座』の力を用いて貼り直す」

 

 シモン・マグスは朗々と敵の目的を語る。あたかも筋書きの何もかもを知っているかのように。

 

「つまり、私たちと彼らの最終目的の手前は合致している。こちらはカルデアスを玉座に取り込めば、全人類の根源到達は成るのだからな」

「……で? みんな知ってる話してどうしたこいつ? 痴呆か? 脳みそだけ次元跳躍でもした?」

「改めて意思統一を図っただけだよ。それとも脳を菌糸に侵されているきのこ野郎には少し難しかったか? 本題の裁判を始めようではないか」

「うむ、用意はできているぞ」

 

 トゥリシュナはぱちんと指を弾く。すると、ふわりと甘い香りが吹き抜け、輝くシャンデリアの先に人影が現れる。

 

「ンンンンンンンンン!!!」

 

 亀甲縛りされた全裸の変態が空中に吊るされていた。身につけているものといえばボールギャグと乳首に貼られた絆創膏、靴下くらいだった。

 シモンは異空間から馬上鞭を取り出し、軽く手に打ちつけて音を鳴らす。

 

「第八惑星総督蘆屋道満はゴリラにボコられた挙句、Eチームマスターノアトゥールに領地を奪われ、ネット上にプリケツを晒した。この罪は甚だ重い。天草よ、ヤツに下される処分として妥当なモノを述べるがいい」

「そ、その大小は多々あれど、ヒトは得てして失敗する生き物です。挽回の機会を与えてみては?」

「ふむ。他はどうだ?」

「「「「死刑」」」」

「ンンンンンンンンンンンンン!!」

 

 道満は激しく身をくねらせた。まるで死に際のしゃちほこである。

 見かけでは滑稽かつ無様なことこの上ないが、サーヴァントの身体能力にかかれば鋼鉄のワイヤーで編まれた縄でも引きちぎってみせる力を秘めていた。

 が、縄はビクともしなかった。窮した道満はボールギャグを噛み砕き、反駁する。

 

「お、お待ちなされ! 拙僧が領地を失ったのならば、ユダ殿もまた同じ! しかも監獄星は爆発四散したと聞き及んでおりまする!!」

「監獄星は一度廃棄する予定だった。星もろとも『滅びの種子』を一掃するためにな。それが前倒しになっただけだ」

「ソッ……それは詭弁と言わざるを得ませんねぇ。現に贖罪戦争の英雄を取り逃がしているわけですし?」

「そして、私は貴様の発言を正そう。貴様は領地を失ったのではない。奪われたのだ。そこに問題がある」

 

 イスカリオテのユダ。彼は左手で頬杖をつき、眠たげな顔で道満の反論をあしらう。

 

「バルドルのブレイザブリクはテクスチャの書き換え───よって、その場所はまさしく異世界となる。極論、あの男は全惑星を己が権能で支配し、カルデアスの汎人類史テクスチャに入れ替えれば、『熾天の玉座』を用いずとも勝利できる」

「ンンンンン!! 机上の空論ですな! そのような無茶苦茶が実現できるとでも!?」

「むしろなぜできぬと思うのだ? あの男の無属性魔術は固有結界内部では全ての制限から解き放たれ、ゲーティアを葬り去った。そのような無茶苦茶を実現するのがドヴェルグの魔術だろう」

「い、異議あり! とりあえず異議を申し立てまする!」

 

 そこで、口を開いたのは銀河皇帝。彼女は星屑の如くきらびやかな吐息を吐き、艶やかに目蓋を伏せた。

 

「その異議はとりあえず却下するとして───面倒であるのは確かよな。ブレイザブリクとやらを書き換えるには、余が自ら出向かなくてはならぬ。その理由も敵の対処と趣も格好もない。絢爛たる銀河皇帝にそぐわぬ行為よ」

「オイ聞いてっかァわらびィ!! ネロさ、ベイバロンさまはこんなにも心を痛めておいでだぞ! 直腸にカエンタケブチ込んでやろうか!!?」

「では私が次元跳躍できのこを直接体内に送ろう」

「こんな時だけコンビネーションを発揮するのはおやめなされ!! というか拙僧の直腸にブチ込まれるカエンタケの気持ちも慮っていただきたいのですが!!」

 

 シモンとロクスタが唯一協力する場面は、皇帝の敵を排除する時のみだ。道満にしては真っ当なことを言ってはいるが、もはや彼は抹殺対象だった。

 天草は道満の尻にさらなる苦難が訪れることを同情しつつ、周囲に言葉を投げかける。

 

「す、少しは建設的な話もしましょう。反皇帝派勢力は攻勢をかけてくるでしょうが、その予想地点は─────」

 

 

 

 

 

 

「───第六惑星ティファレト。他には目もくれず、ここを一挙に攻め落とします」

 

 第十惑星マルクト。カルデア、ブリーフィングルーム。アーチャーらに自室から引きずり出されたアト・エンナは、銀河皇帝に対する全主要戦力をここに集め、会議を開いていた。

 第六惑星は他惑星にエネルギーを供給する最重要拠点だ。ダイソン球というSFの代物を黄金の樹が構築し、太陽のエネルギーを最大限かつ最効率で運用している。

 この星を掌握すれば、周囲の全惑星の生殺与奪を差配できる。帝国の命脈を絶つ王手に等しい。

 現カルデアの常識人枠担当シオンはメガネを押し上げて、

 

「……私たちが薔薇十字団と戦っていた頃、銀河皇帝の宮殿を襲撃したそうですが。それができるなら、攻めるべきは第六惑星ではなく第一惑星では?」

「「いいや、待った」」

 

 ピーターとアンドリューは声を揃えて言った。

 

「流出界に入るには『深淵』結界を突破しなくてはならん。俺と兄者は一度宇宙船で挑んだが、すぐに逃げ帰ってきた場所だ」

「そんなところをどうやって通り抜けた? 俺たちの同人誌一万冊による純愛パワーでも成す術がなかったんだぞ?」

「通り抜けられなかった理由の方には誰も興味ないと思うけど」

「薄い本積んだくらいで『深淵』を踏破できるなら、今頃銀河皇帝の首が掲げられているでしょうね」

 

 この世界の常識人───常識亜霊であるマティアとサフィラは辛辣に兄弟の言を一蹴する。

 ダイアン・フォーチュンは余裕ぶった笑みで答えを示す。

 

「それはボクの宝具『我が神を醒ませ、内なる秘儀の光(セラ・ミスティカ・インヴォカティオ)』のおかげだね」

 

 フォーチュンの宝具。その力は現実を精神世界に取り込み、改変するというものだ。己が魂を神格の域にまで高め、世界を自由自在に操作する。

 それをもって、前人未踏の『深淵』に抜け道を創り出し、アト・エンナたちを第一惑星の宮殿へと送り届けたのだ。

 

「しかし、あの結界は不可能性の具現だ。一度通れたとしても、その軌跡は不可能性という闇が埋めてしまう。ボクの宝具による突破はその時限りのものになってしまった」

「……そうまでして、流出界に入る意味はあったのかね?」

「当然です。シモン・マグスは汎人類史とこの世界を自由に行き来できました。薔薇十字団との戦いにシモンが乱入していたなら、とうに彼らの目的は達成されていたでしょう」

「確かに、『真なる人(アダム・カドモン)』の相手でてんてこ舞いだったところに新戦力投入は悪夢ですよねえ」

 

 こくこくと首肯するダンテ。なお、この詩人は『真なる人』との激戦では、最初から最後まで気絶していた分際である。カルデア一同からは冷たい眼差しが向けられていた。

 アーチャーは咳払いを挟み、注意を集めたところで口を開く。

 

「第六惑星攻略の是非は『赤き竜』を打倒できるかどうかに尽きる。銀河皇帝とシモン・マグスを除けば、竜の他は戦力的に誤差にすぎない」

「総督連中でも? トゥリシュナとかいうのは星よりデカくなってましたけど」

「……動きませんよ、あの変態は」

「サクラさん。その心は?」

 

 サクラはマシュの盾を人差し指でなぞり、爪の先についた錆を吹いて飛ばした。

 

「アレは試練を与える存在であって、試練そのものではありません。ヒトがわちゃわちゃしてるのを見て楽しんでるだけのアホなんて、考えるだけ無駄です」

「ノア。なんかマシュの盾すっごい錆びてませんか。手についたんで服で拭かせてもらいますね」

「遅えな。俺なんて既におまえの頭になすりつけた」

「ちょっ、彼女になんて仕打ちしてるんですか!!?」

「ふんっ!!」

 

 サクラはノアの顔面目掛けて盾を投擲する。

 ノアはそれを悠々と躱し、盾はカルデアを貫通して雲の向こうまですっ飛んでいった。サクラは怒髪衝天の形相でノアに詰め寄っていく。

 

「なにやら調子に乗ってるみたいですけど、いつまでもイキってられると思わないでくださいね?」

「あ? ほざけボケ。造物主なら造物主なりにダッ○ワイフでも創って満足しとけ」

「あの、さらっと流してるつもりかもしれませんが、わたしの盾が遥か彼方に消えたのですが。誰が回収するんですか」

「はいはい、テキトーに私が創ってあげますよ。ほら、偽物が本物に敵わない道理はないって言いますし」

「そこになおってください。ランスロットさんをワンパンで昏倒させた力をお見せしましょう」

「…………」

 

 アーチャーは苦虫を噛み潰したような顔をする。あの後輩が疑似サーヴァントとなり、しかも贋作者の偽神として現れるとはどのような冗談なのか。彼の精神はガリガリと摩耗していった。

 ペレアスはそんなことを露も知らず、

 

「そういや、真名が判明してない総督はトゥリシュナと『六本指』ってやつだよな? 誤差だとしても知っておいて損はないはずだ」

「『六本指』については確定しています。彼の名はフランツ・リスト。ピアノの魔術師と謳われた超絶技巧の持ち主ですね」

 

 アト・エンナはさらりと言ってのけた。

 フランツ・リスト。ハンガリー王国に生まれ、当時のヨーロッパを席巻した演奏者で作曲家だ。多くの人を魅了したその技量たるや、〝指が六本ある〟と言われたほどである。

 その上、彼は甘いマスクでもヨーロッパじゅうの女性を夢中にさせた。ファンの中にはあまりの魅力に打ちのめされ、失神する人もいたのだとか。

 リストの名を聞いて、ダンテは気持ち悪い笑顔になる。

 

「ああ、リストさんですか。彼も私の影響を受けたひとりですねえ。私の愛読者だった彼はダンテ交響曲を作曲し、」

フォウフォウ(ゲエッダンテだ)!!」

「よし次の話題行くぞ」

「迂闊だったねペレアスさん。芸術方面でのダンテさんの当たり判定はガノトトスのタックルくらい大きいから」

 

 ダ・ヴィンチちゃんは言った。食料や嗜好品の歴史を辿るとあの卵歯茎が待ち構えていたりするように、ダンテもまたそこかしこで引っ張りだこの男なのだ。

 一方ペレアスは───と、死体蹴りにしかならない話題は他所にして。

 アト・エンナはにへらと口角を吊り上げて、

 

「詳細は後で詰めるとして。とにかく皆さん、いのちだいじに戦いましょう。戦争なんてなるようにしかなりませんから!!」

 

 

 

 

 

 

 そして同時刻。第一惑星の裁判は道満に第四惑星での奉仕活動が申し伝えられたことで、いったんの終結を見た。

 ひとりまたひとりと総督らは宮廷を後にする。

 天草は未だ宮廷に残り、思案に耽っていた。

 流出界は『深淵』に閉ざされた領域だ。総督であろうと自由な通行はできず、シモン・マグスの次元跳躍か銀河皇帝の許可がなければ、結界は門を開かない。

 彼の関心はシェムハザの所在に向けられていた。

 彼はかつての地球における薔薇十字団との戦いに、写し身を駆り出されていた。銀河皇帝から見れば、普通に裏切られて終わったのだが。

 処刑されている可能性もある。が、皇帝が未だ彼を拘束しているとすれば、流出界の外に置く理由はないだろう。

 

「天草四郎時貞」

 

 甘やかで重厚な声。神出鬼没の魔人トゥリシュナは淡く輝く物体を天草に放る。

 咄嗟に受け止めたそれは、純銀製の豪奢な鍵だった。

 

「……これは?」

「『十二使徒』───Aチームを解き放つ鍵だ。オマエにやる」

「それはまた唐突ですね。私に銀河皇帝を裏切れと?」

「そうだな、菩提心に目覚めたとでもしておこう。生憎有耶無耶に終わったが、Eチームの娘どもは確かに一位を取っていた。これは彼女たちへの報いであり、オマエへの試練だ」

 

 ゆらゆらと微笑むトゥリシュナ。その瞳は心の奥底を見透かすかのようでありながら、揺らぎのない光を宿している。

 天草は鍵を握り締め、その光を真っ向から見つめ返す。

 

「───あなたはいったい、誰なんです?」

 

 それは単に真名を訊く以上の意味を秘めている問いだった。

 トゥリシュナははだけた着物から覗く胸に手を当て、

 

「おれはオマエたち生命体が心という精神機能を獲得した時から、今の今までともに在り続けた。生きたい、死にたい、殺したい、愛したい、犯したい、奪いたい、護りたい…………それらをひっくるめたモノがおれだ」

 

 ───無論、オマエの中にもおれはいる。

 

「ただし、おれにもアイデンティティというやつはあってな。何だと思う?」

「…………酒池肉林に溺れることですか?」

「それもある! が、欲望は欲望だ。誰もが持っている。それを自己同一性とはできまい」

「突き抜けすぎた欲望は個性になると思いますが……」

 

 魔人はくすりと笑い、自身が思う自己定義を告げた。

 

「おれは、試練を与える者だ。誰にも平等に、分け隔てなく。───オマエたち人間を愛しているが故にな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───カルデア、ボイラー室。ごうんごうんと鳴動音が鳴り響く。埃が積もった狭苦しい部屋には、ホームズとフォーチュンが集めたサーヴァントたちが詰め込まれていた。

 ペレアス、ジャンヌ、ゲオルギウス、アーチャー、宮本武蔵、エドモン・ダンテス────そして、バトラズ。特に最後のグランドセイバーの巨体は室内の密度を圧倒的に高めている。

 バトラズの上腕二頭筋と配管に挟まれた武蔵は渾身の力で腕を押し退けながら、

 

「くっ! これはいよいよ私も冠位になるしかないみたいね……!!」

「何だったら俺の冠位やろうか? グランドなんて大層な称号があっても堅苦しいだけだしな」

「冠位ってそんなに気軽に受け渡せるものでしたっけ……?」

「ゲオルギウスの言う通りだ。ここはアーサー王の覚えめでたき円卓の騎士が一旦預かっておく」

 

 というペレアスの妄言をホームズは華麗に無視して切り出す。

 

「こんな場所ですまないが、ここでの話は内密にするように頼みたい。全員の士気に関わるからね」

「前置きはいいわ。さっさと本題に入りなさい」

「…………第六特異点、アトラス院での出来事を覚えているかい? そう、シモン・マグスとエドモン・ダンテスという二人の不審者が続々と乱入したアレだ。詳しくは第52話を、」

「いやだから本題に入りなさいよ!!」

 

 アトラス院にて、ホームズはEチームにこう言った。

 

〝そうだとも。ソレが起きることは決定している。否、この瞬間にも起き始めている。トライヘルメスを使ったのは、その計画が何時から始まったのかを知るためだ〟

 

 その計画とはシモン・マグスのそれに他ならない。ホームズはとうにシモンの暗躍のことごとくを把握する立場にあったのだ。

 真相を掴んだ探偵がすることと言えばひとつ。

 それは解答編。犯人の工作と罪を暴き立てる真実の語りである。 

 

「結論から言おう。この戦い、私たちは──────」

 

 ────一方、第一惑星。『赤き竜』はともに獣の王冠を戴く銀河皇帝と宮廷魔術師へと宣言した。

 

「久しぶりにやる気が出てきてね。次の戦いはぼくが片付けるから、王様はここでふんぞり返って見ていればいいよ」

「元よりそのつもりである。皇帝手ずから反逆者を誅するなど、品位を貶める行為よな」

「お前に戦意があろうとはな。ロクスタ辺りにそそのかされたか?」

「いいや。そそのかすのはぼくの───『蛇』の役割だよ。ただ決断したのさ。ぼくの本懐ってやつを成し遂げるために」

 

 竜の眼光を見据え、二柱の獣たるバビロンの大淫婦と■■■■は笑みを深める。

 竜の戦闘は黙示録の具現。誰もが平伏し祈りを捧げ、裁きを待つだけの虐殺に等しい。

 銀河皇帝ベイバロンは退屈さに目を細め、豊かな肉を実らせた脚を組み直した。

 

「万事良きにはからえ。王者はただ、座して待つのみ。それで事は済むのであろう? シモン・マグスよ」

「御身の仰る通りでございます。なぜならこの戦い、私たちは───────」

 

 

 

 

 

 

「────私たちは、必ず負ける」

「────私たちは、必ず勝つ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───これは、まだ生き物が神様の楽園に住んでいた、むかしむかしのお話。

 楽園には、神様が決して近づいてはならぬとおっしゃった樹がありました。その樹には赤い果実がたわわに実り、地に落ちることはありませんでした。

 ある日のことです。

 生き物の中で、ひとりだけ神様に似せて造られた生き物。彼の身体から産まれた女の子は、木陰の奥から話しかけられました。

 

〝きみ───そこのきみ。この樹の実を取って食べてごらんよ〟

 

 それは、『蛇』。

 神様がお創りになった野の生き物で、最も賢い生き物でした。

 

〝いいえ、できないわ。神様がおっしゃったことですもの。その実に触れて、食べると死んでしまうのでしょう?〟

〝それは嘘さ。この実は食べると、きみたちに知恵を与えるんだ〟

〝いいえ。知恵とは神様のもの。わたしたちの幸せは神様の知恵の御心に従うことですわ〟

〝自分で何かを決めたいと思ったことはないのかい?〟

 

 女の子はこてんと首を傾げました。

 自分の意思で、何かを決める。そんなことの意味が分からなかったからです。

 

〝はい。ありません。あなたのお話はむずかしくて、わたしにはすこし……〟

 

 蛇は何も言いませんでした。ただしゅるしゅると舌を巻き、縦に大きく裂けた瞳は少しも動いていませんでした。

 

〝ねえ。おへびさん。あなたの名前は何と言うの?〟

 

 蛇は戸惑うように、

 

〝ぼくは蛇だよ。ニンゲンの男の子が名付けた名前さ。それ以外の名前なんて無いんだ〟

〝それはいけないわ。あのひととわたしは『ニンゲン』───だけれど、それぞれ違った名前があるの。天使さまだってそうよ。だから、わたしが名付けてもいいかしら〟

〝構わないよ。どんな名前をくれるのかな〟

〝ええ! あなたの名前は──────〟

 

 そうして、蛇はもうひとつの名前を持つようになりました。

 けれど、もう、誰もそれを知ることはありません。誰にも教えることはありません。だからこそ私たちは蛇をおそれ、たたえて、こう呼ぶのです。

 『赤き竜』。

 いつかこの世の終わりを告げる、滅びの獣と。




・現在判明している異聞天球界の歴史

 楽園の世紀

 0年 天地創造。生物の誕生。生物は神の楽園で暮らすこととなる。

 4999年 最初の人間の片割れが、蛇の誘惑を断る。

 5000年 天使『明けの明星』、神を弑逆。堕天使の軍勢を率い、天界にいた天使たちを皆殺しにする。また、楽園の住民は明星の手によって住処を追われる。これを天界戦争と呼称する。

 大罪の世紀
 
 5000年 明けの明星含め五羽の堕天使と二匹の獣がそれぞれの支配域を地球上に創り出す。その後、彼らは自らを『七大罪の魔王』と僭称する。

 5001年 『七大罪の魔王』が『亜霊百種』を創造。現在の異聞天球界に住まう全ての亜霊たちの祖先となる。

 5116年 楽園の住民が魔王征伐の戦を開始。後に慰神戦争と呼ばれる。

 5663年 十二使徒降臨。これにより、次第に戦局は楽園の民へと傾いていくこととなる。

 5665年 魔王ベルゼブルが眷属『万死の虫皇』を展開。結果、総人口が十分の一にまで落ち込み、楽園の民含め対『七大罪の魔王』勢力は各地の拠点に追いやられる。状況を打開すべく、十二使徒の主従『美姫』と『武人』が単身特攻。ベルゼブルと相討ちになる。

 5666年 慰神戦争終結。

 ■■の世紀

 5667年 グリゴリの天使シェムハザが魔術を学問として創始する。

 5792年 グリゴリの天使アザゼルがマナの操作や術式の構築・詠唱を機械に代行させる技術を開発。自らの才覚と精神感応が肝要となる抽象的な魔術よりも、具体的で即物的なこちらが民衆に広まった。言わば工業革命である。

 5793年 シェムハザが現存の全魔術を文章の式に変え、集合的無意識に落とし込む(クラウド化)ことに成功。また、アザゼルは前年の技術をさらに発展させ、生体との融合を実現する。これにより、全ての亜霊が魔術を使えるようになった。術式がデータやシステムだとするなら、集合的無意識をインターネットに見立てた方式である。

 5800年 機械文明の訪れによって急速な発展を遂げる最中、突如七体の獣が誕生。自らを人類悪、黙示録の獣と名乗る七体は各惑星への攻撃を開始。

 5801年 天使シェムハザを頭目として、熾天の玉座防衛戦開始。また、『深淵』結界構築。これが贖罪戦争の開戦となる。

 5822年 『星の魔剣』鍛造完了。騎士アド・エデム、星剣によって残存する三体の人類悪の獣を斬滅。贖罪戦争終結。

 5904年 最後の人間が逝去。

 薔薇の世紀

 6677年 異界よりシモン・マグスが襲来。トゥリシュナとともにシェムハザを打倒し、『熾天の玉座』を我が物とする。

 6680年 シモン・マグス、『熾天の玉座』を禅譲。銀河皇帝ベイバロンは記録抹殺刑を行い、当時の亜霊たちの記憶からシェムハザの存在を消し去った。

 6686年 魔術のクラウドサービスが従量課金制に。また、宮廷魔術師シモン・マグスが定額課金制のサービス『manazon_prime magick』を開始。

 7000年 アド・エデムの居場所が判明。銀河皇帝は騎士を『滅びの種子』と認定、捕縛。身柄は監獄星に送られ、以降研究材料として利用される。

 7963年 『真なる人』がテクスチャの交換を成し遂げ、Eチームがこの世界に降り立つ。
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