自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録 作:なまゆっけ
曙光が大地を赤く染める。
まだ青白い空を無数の飛竜が飛び交い、海魔が青紫色の触手で地を穢す。
見るも恐ろしき超常の軍勢。
その中心には、漆黒の邪竜。
何人もの勇者をその胃袋に収めた竜種の最強格。
その爪は山を削り取り、その息は万物を融解させる。その有り様はまさに御伽噺の怪物そのものだった。
竜の魔女は理解する。
これらは全て、己の憎悪の一端でしかないと。
いくら竜を揃えても飽き足らぬ。
旧支配者の眷属に手を染めてもまだ。
この憎悪は、この憤怒は、世界を千度焼いてもなお、解消されることはない。
故に、これは神への叛逆だ。
貴様が何度奇跡の手先を送り込もうと、我が憎悪で打ち砕いてみせる。
神は地上の生命を洪水で押し流した。
勝手に生物を罪深いと見限り、己で創り出したにも関わらず一掃しようとしたのだ。
なんたる傲慢。傲岸不遜なその態度は、神にあるまじき愚行だ。
ならば、あくまで傲慢に傲岸に、この世界を焼き尽くそう。神を僭称する愚者を殺すまで、この進撃が止まることはないだろう。
……その果てに、何も無いと知っていても。
──対するは人間の軍勢。
鋭い爪がないから剣を持ち、堅い鱗がないから鉄の鎧で身を守る。
特別な力など持たない。持ち得るのは敵へ立ち向かうほんの僅かな勇気のみ。
しかしそれは、祖国を脅かす魔女を倒さんと命を捨てに来た勇者の集まりだ。
たとえどんな英雄が現れようと、人類の世界を紡ぎ続けるのは歴史に残らぬその他大勢なのだから。
そして、彼らを率いるのは彼女をおいて他になかった。
朝焼けの光を柔らかく反り返す、聖女の旗印。
救国の志と少女の祈り。背後に控える兵士たちと、この旗こそがジャンヌ・ダルクの誇りであった。
主の嘆きを聞いたあの時から、フランスに身を捧げると誓った。
気が狂っていると罵られても構わない。
如何なる責め苦をも受け止めよう。
紅蓮の炎に焼かれることとなっても、この祈りだけは手放さない。
ジャンヌは澄んだ双眸をオルレアンに据える。
「……この戦いに参じた全ての戦士に、感謝と尊敬を」
──竜の魔女よ、貴女と私は決定的に違う。
「私は敵と戦うのが恐くて仕方がない。足が震え、肩がすくみ、何度も挫けそうになりました」
だって、私は何にも恨みは持っていない。
どんな残酷な結末も自分が望んだ結果で、つまりは自己責任だ。
フランスを守るという使命を帯びて戦ったあの日々には、確かに幸福があったのだから。
「けれど、何より恐ろしかったのは、仲間の命が奪われていくことでした」
この愛はどうしたら貴女に伝わるだろう。
否、それならばやることは決まっている。
憎悪しか持ち得ぬというのなら。
暴力でしか心を表せないというのなら。
何度でもそれを受け止めてみせよう。主に愛されぬ者などいないのだと、彼女に伝えなければならない。
「故に、私はみなの盾となりましょう。誰も失わぬように、傷つかぬように───小娘の絵空事と笑われるかもしれないけれど」
それは、ひとりの少女としての言葉。
死なないでほしい。傷つかないでほしい。きっと、貴方たちを守ってみせるから。
そんな綺麗事を否定する者は、誰もいなかった。
後方から、聞き覚えのある声がいくつもあがる。
「話が長すぎて足が痺れてきたぞハラペコ聖女ォォ! 校長先生の朝会か!」
「ジャンヌさん! 空気が読めないこの人は放っといて話を続けてください!」
「ええ、リーダーはわたしと先輩でシメておきますので安心してどうぞ!」
──ああ、この人たちは。
「誰がファヴニールにとどめを刺すか競争だ! 言っとくが今日のオレは百倍強いぞ! 今なら昼のガウェインを超えられる!」
「すまないがファヴニールを倒すことになるのは俺だ。生前より上手くやってみせる」
「世界を救う戦いに参加できることを喜ばしく思います。それはそれとして、とどめは私が貰いますが」
「タラスクも暴れたがっています。私も鍛え上げた拳……信仰心で邪竜を鎮めてみせましょう」
──なんて、なんて眩しいんだろう。
「ふふ、これだけの大勢の前でのライブは初めてだわ! 天にも昇るような女神の美声を聞かせてあげる!」
「兵士の皆さんが別の意味で天国に行ってしまうので止めてくださいね?」
「L! O! V! E! ジャ! ン! ヌゥゥゥ!! このジル・ド・レェ、全力を以って貴女に尽くします!!」
「うん、まあこんなノリもたまには悪くない! 最高の音色が奏でられそうだ!」
──私の心など、言わずとも伝わっていたのだ。
「さあ、誰もが貴女の号令を今か今かと待ち侘びています! 今日ばかりはわたしも騎士のように叫びましょう──
まるで劇を演じるように、花弁を散らし舞う白百合の乙女。目立ちたがり屋な王妃様の激によって、全軍が一気に沸き立つ。
フランスは幾度も深い悲しみを味わってきた。けれど、その度に幾人もの人々が立ち上がり、国を復活させた。
今回もそれと同じことをするだけだ。
全身の強張りがするりと抜ける。
あれほど早鐘を打っていた心臓が、今はとても落ち着いている。
──負ける気が、しない。
ジャンヌは力強く旗を掲げ、言い放つ。
「全軍、突撃!!!」
大地そのものが揺れるような音を立て、全軍が打って出た。
聖女の旗の下、鬨の声とともに迫り来る人間たち。その姿を見て、竜の魔女は脳髄を侵すような不快感に襲われる。
運用する兵の数と質。そのどちらも上回る相手にぶつかるなど、正気の沙汰ではない。
極めて不愉快だ。万死に値する──竜の魔女が抱いたその感情は、ファヴニールによって表現される。
口腔に収束する灼熱の魔力。
飛竜が放つ火の息とは比べ物にならない火力を一点に凝縮し、極大の光線として撃ち出す。
高ランクの攻撃宝具にも匹敵する一撃。常人であれば余波で炭になるほどの熱線。無論サーヴァントと言えど、掠るだけで灰にされるに違いない。
相対するは二人の少女。
旗を構え、盾を地面に突き立てる。
「『
「『
ジャンヌが展開した結界と、マシュが創り出した円盾が複雑な幾何学模様を織り成す。
防御という一点において特化した二つの宝具。これを超える守りは、それこそアーサー王が所有していた聖剣の鞘くらいなものだろう。
熱線が触れたそばから散らされ、花火の如く消えていく。
邪竜の一撃はついぞその防護を破ることはなかった。攻撃が止むと同時、両軍はついに矛を交える。
ジャンヌとマシュは宝具を解き、ファヴニールには目もくれずに敵の戦列を打ち砕く。
ここから先は竜殺したちの戦いだ。ジャンヌには旗頭という役目がある。
もはや意思の疎通に言葉はいらない。
ここに集まったのは一騎当千の英傑。彼らへの気遣いは、ともすれば侮辱にもなりかねない。
戦いへ飛び出そうとするペレアスに、ノアは言った。
「ペレアス、俺はおまえが竜殺しだとは認めてねえ。
「おまっ、この期に及んで!?」
だが、とノアは前置きする。彼の左手の甲に刻まれた令呪は赤い光を発していた。
「アレを倒したなら話は別だ。俺だけじゃねえ、誰もがおまえを竜殺しだと認める。ガウェインやランスロットにも並ぶ華々しい武勇だ。騎士風に言えばな」
「ランスロットは良いとしてガウェインはやめろ。顔合わす度気まずい空気になってたのを思い出すんだよ」
「ハッ、だったら『
三画の令呪が解き放たれる。
それら膨大な魔力は全てペレアスに吸収された。
ノアはこれから戦線を離脱し、ロベスピエールを討たなければならない。これが自らのサーヴァントに贈ることのできる、最後の手向けだった。
ペレアスの目はファヴニールだけを見つめていた。どこにも気負った様子はなく、いつものように刀身を担いで、鼻歌でも歌うかのような気軽さで歩き出す。
すれ違いざま、彼らは言葉を交わした。
「立香ちゃんたちに伝える言葉はあるか」
「必要ない、アイツらは俺の部下だ。ヘマをやらかす可能性なんて考えてねえよ」
「相変わらず可愛げがねえな。……お前こそしくじるなよ。逃げ帰ってきても叩き返すからな」
「言ってろ、俺の実力を見せつけてやる」
あくまで軽口を叩き合いながら。
主従は笑って、各々の敵へ向かった。
「まずは場所を変えなきゃね──『
聖女マルタの宝具解放。
在りし日、数々の人間を苦しめた悪竜が現世に実体を得て顕現する。
トゲの生えた堅牢な甲羅をその身に纏う六本足の竜。神が天地創造の際に創り出した最強の生物たるリヴァイアサンの息子とされる怪物だ。
タラスクの攻撃はシンプル故に強力無比。リヴァイアサンの息子に違わぬ巨体を活かした突進で、ファヴニールを吹き飛ばす。
激突の衝撃波で地面がめくれ、豪風が吹き荒れる。
竜種の戦いは、一挙一動が天変地異を引き起こす。常人には立ち入る隙すら与えぬ致死の嵐。
一度でも打つ手を間違えれば死は免れない。そんな暴虐の隙間を掻い潜るように、英雄たちは駆けた。
先んじるのはゲオルギウス。彼は魔女に贈られた魔法の白馬に騎乗し、アスカロンを振り抜く。
ファヴニールの鋼鉄の鱗が裂ける。宙に血液が舞うが、それはほんのかすり傷に過ぎない。
竜種の恐ろしさはその耐久力だ。全力の攻撃を重ね続けてようやく打倒できる防御力と、サーヴァントすらも一撃で屠る火力。
人間と竜では戦い方が圧倒的に違う。この戦いは、生身の人間がナイフ一本で戦車を倒すようなものだ。
タラスクという戦車があってもなお、その差は如何ともし難い。
──だが、それがどうした。
ジークフリートの剣に真エーテルの光が灯る。
「『
叩きつけるように刃を振り下ろす。
魔剣にして聖剣。歪な特性を持つ竜殺しの名剣は、莫大な魔力を剣気と変えて撃ち出した。
蒼き光条がファヴニールを焼き穿つ。
ぐらり、と漆黒の巨体が揺らぐ。
蜂の一刺し、どころの話ではない。この斬撃は、遥か昔自らを葬ったモノだ。言うなればファヴニールという概念そのものを殺す一撃であり、必滅の呪いであると言えよう。
鱗が蒸発し、赤い血潮が煙となって立ち昇る。ペレアスは露出した肉に剣を突き立て、千々に切り裂いた。
しかし、斬り込むそばから傷が修復されていく。治癒ではなく復元と表現すべきか、ファヴニールは異常な再生を果たす。
蒼蒼たる剣気に手酷く痛めつけられたはずの肉体は、既に元通りとなっていた。
頬に付着した血を拭いながら、ペレアスは口を開く。
「ファヴニールってのは再生能力まであんのか? まあトカゲらしくはあるけどな」
「いや、あれほどの再生力は無かったはずだ。何か仕掛けを施されている」
「マルタさんのタラスクが力尽きる前に対策を講じるべきでしょう。正面から戦うのは分が悪い」
このファヴニールは生前撃破したそれとは些か特性が異なっている。竜の魔女の眷属として、細工が為されていることは疑いなかった。
だが、その力が無限であるとは考えにくい。
相手の限界が分からない以上消耗戦を仕掛けるのは愚策だが、カラクリを解く必要がある。
この場でその仕組みに見当をつけられていたのは、マルタだけだった。
──あの人を騙る、偽物の匂い。
どれだけ隠していても誤魔化しきれない。この世で聖杯と呼んで良いのはただひとつ、かの救世主の血を受けたモノだけだ。
魔法の釜を原典とした願望器など、彼女に言わせれば何ら特別な道具ではない。
救世主による死者の復活。およそ現世における最上の神秘に触れたマルタだからこそ分かる。彼と実際に会ったことがあるからこそ感じる。邪竜の内に潜む聖杯との繋がり。
びきり、とこめかみに青筋が立つ。
マルタは相棒である竜の背に飛び移り、全速力で突撃をかける。
タラスクは全身から火を吹き、超高速の回転で以って空を低く飛翔する。
ファヴニールが迎撃の熱線を放つ。灼熱の光線に呑み込まれる直前、マルタはタラスクの背を蹴り空中へ跳ね上がった。
……何より、仮にも聖杯と渾名されるモノを使って人を殺すなど、あの人を侮辱するような行為は────
「───ムカつくわね。ブッ潰す」
この身を一本の杭と見立て、右腕を大きく引く。
狙いはファヴニールの脳天。
渾身の力を込めた拳を、一直線に叩き落とす。
殴りつけるのではなく殴り抜ける。
衝突の瞬間、先に衝撃波が生じ、後から音が追随してくる。目が冴えるような拳撃を受け、邪竜は僅かに怯んだ。
ペレアスは口をあんぐりと開けて、
「…………筋力D?」
「……ボクサーのクラスなのかもしれないな」
「……主婦ではなく拳闘士の守護聖人だった──?」
熱線を耐え切ったタラスクの体当たりが、ファヴニールに突き刺さる。
装甲のトゲは半数ほどが融解していたが、それでも威力は絶大。胸の肉を派手にえぐり飛ばし、盛大に血飛沫を散らす。
本来なら勝負を決めるに値する重傷だが、大きく開けた胸の穴は中心から即座に修復されていく。
そこに生じた違和感を、四人の英霊は見逃さなかった。
胸の中心から広がる再生。なぜ、中心からなのか。
(──要は、心臓が魔力の炉心だからだろ!)
ペレアスは強引に理解する。
心臓を起点に聖杯の魔力と接続することで、高い再生力を可能としている。……あくまで、マルタならそう説明をつけられただろう。
ここにノアがいたのなら、色々とうんちくを混ぜて解説することができたかもしれない。
だが、ペレアスはひとりの騎士である。騎士の家に生まれた以上、それなりの教養はあるが魔術のこととなると流石に範囲外だ。
それに、あの宮廷魔術師のせいで魔術へのイメージは大暴落。伴侶である湖の乙女も魔術の腕前を悪用しがちであったため、かなり近寄り難い学問だと感じていた。
しかし、竜の心臓が魔力炉心であることは知っている。なにしろ騎士王がそうだったのだから、円卓の者には常識と言って良い。
ファヴニールは勢い良く飛び上がる。
閃光が輝く。ほぼ同時に無数の光線が地上のペレアスたちを襲った。
軍勢を滅ぼして余りある火力を、たかが四人と一体に差し向けた。土が溶け、空気が焦げる。赤熱する大地を駆け抜ける足を、暴風が巻き取ろうとする。
今までとは段違いの攻撃密度。空飛ぶファヴニールに手出しできる隙を見出だせない。
タラスクだけは持ち前の耐久力を活かし、炎を吐いて反撃する。が、それは悠々と回避されてしまう。
上空の戦闘機を戦車の砲撃で落とすようなものだ。当てることが無謀。ジークフリートの宝具も、避けられれば意味がない。
攻撃はさらに苛烈さを増していく。
天より降り注ぐ炎はまさに、ソドムとゴモラの街を焼いた硫黄の火であった。
死の淵。絶体絶命の状況にありながらペレアスは、
「……ははっ!」
遊びに興じる少年のように、笑っていた。
──そもそも、なぜ英雄は竜を殺さなくてはならないのか?
竜=蛇殺しの物語は世界中の伝承に見られる話型のひとつである。ジークフリートを始めとして、竜殺しの話は枚挙に暇がない。それはおそらく、
キリスト教世界における竜の捉え方は単純だ。かつて多神教の地母神のモチーフであった蛇は、霊的存在の証である翼を足され、討つべき敵とされた。
しかし、根底にあるものはさらに明快だろう。
例えば、キリスト教の影響を受けずに成立した竜殺しの伝承───記紀神話における
東洋における龍とは水の化身。農耕民族である古代の日本人たちは、川から田に水を引き、作物を育てていた。しかしそれは同時に、川の氾濫に悩まされるということでもある。
そこで生まれたのが治水業。川を人間の手によって操作しようという試みである。スサノヲの
つまり、竜殺しとは人間による自然の征服行為なのである。
人間社会を脅かす自然の暴威を竜という存在に仮託し、民衆の代表者たる英雄が現れてそれを討つ。
キリスト教は主の御名において、異教の神々が住まう森林の開墾を進めた。自然を征服するという考えは、あらゆる地域で共通する理屈であろう。
それが、意味することとは。
──ペレアスの胸中は、歓喜に満ち溢れていた。
なぜなら、これは
生前、ペレアスは異民族との戦いに明け暮れていた。ピクト人がその代表であるが、彼らは元々スコットランドの先住民だ。
現代ではイギリスという国を構成するひとつの国であると聞いたその時、ペレアスの心に浮かんだのは安堵であった。
彼らとも、手を取れる時代が来たのか、と。
ペレアスは戦友と共に数々のピクト人を殺した。その中には思わず目を背けるような外道もいたし、尊敬の念を覚えるような戦士の誇りを持った相手もいた。
斬り殺した彼らの死体を見て、いつも思う。
──きっと、この男にも愛する家族がいたのだろう。
最初は憎しみで戦っていた。途中からそれは疑問に変わり、最後には哀憐になった。
どうして彼らと戦わなくてはならないのか。剣で斬り合うよりも、酒を酌み交わして語り合う方が何倍もマシだ。
けれど、彼らにも理由がある。そうさせないしがらみが、拭い切れないほどに溜まってしまっている。
その点、竜殺しというのはどうだ。
竜を殺しても誰も悲しまない。殺せばそれだけ人が救われて、名誉も手に入る。
こんなに素晴らしいことはないだろう。生前は経験できなかった戦いがそこにあるのだ。
あの人生に悔いはないが、やり残したことは山程ある。
死に際のあの言葉が忘れられない。
〝……あなた様。■■■は最期まで見守っております。息を引き取ったその瞬間に
王が眠りにつき、王妃様を追ってランスロットが死んだあの後、ペレアスは静かな湖畔に家を建てて湖の乙女と暮らした。
目を閉じた直後、嗅ぎ慣れた血の匂いと、覆い被さる彼女の体の重み、柔らかい唇の感触を感じた。共に死んだそのことに、喜びを覚えなかったとは決して言えない。
まさしくそれは、幸福な最期だった。
自らの生の全てが、彼女の死の全てが、互いに互いのモノとできたのだから。
だが、彼女にはもっと教えられたはずだ。
この世にある無数の素晴らしさ。世界の美しさと生命を大切にすることを。
…………もし、この生で、この先の特異点で、彼女と出会えたなら。
それは果てしなく低い確率だろう。それでも0%ではない。可能性が残っているなら、ペレアスに敗北は許されていなかった。
虎視眈々と、彼はファヴニールを睨む。
ゲオルギウスは愛馬を疾走させ、剣を構えた。
彼もまた竜殺しとして名を馳せた聖人。邪竜は容赦なく炎を射出する。
それに対して、回避行動は取らない。真っ直ぐ走り抜け、ついには火炎に呑み込まれてしまう。
──だがしかし、ゲオルギウスは灼熱を切り開いて現れる。
『
「───『
ゲオルギウスは毒竜を投槍によって倒したという伝説が残っている。
砦で見せた斬撃とは異なる、多数の光の槍が剣より投射される。邪竜の全身に槍が突き刺さり、動きを止める。
槍が体に食い込んでいるために、再生も不可能。マルタは杖を取り、バットのように構えた。
迷いなくそれをタラスクに叩きつけると、アフターバーナーの如き勢いで火を放射して宙を滑空する。
タラスクの巨体がファヴニールに直撃し、地上へ墜落させる。既にジークフリートは動き出していた。
「……俺はもうツッコまない。いくぞファヴニール───」
剣を邪竜の巨躯に突き立てる。
真エーテルの極光が溢れ、勢い良く剣を振り上げた。
「───『
流出する黄昏の波動。
体内からの解放を受け、山のような巨体が大きく仰け反る。
肉と骨。その中に炉心たる心臓が見た。
途端に濃くなる魔力の気配。ペレアスは破顔し、砂煙をあげながら爆走した。
「チャンス到来!! オレの活躍を見せつけてやらァァァ!!!」
「「「ほぼ横取りでは!?」」」
迫るペレアス。
ファヴニールは前肢の爪を叩きつける。
空間を割くような鋭いひと振り。人間からすれば壁が落ちてくるかのように感じられただろう。
それを前にしても、ペレアスに恐怖の感情が浮かぶことはない。
──むしろ、そうではなくては。
ノアから受け取った令呪の力。
自らが持ち合わせる剣の真髄。
そして、果てしなき想いの丈。
全てを注ぎ込んだ一刀を振り抜く──!
「お前は、良い敵だった!」
邪竜の爪を斬り飛ばし。
ペレアスは爽やかに笑って、剣を投擲した。
刃は吸い込まれるように、心臓を貫く。
魔力炉心の暴走。例えるならそれは、水が送られ続けるタンクに穴を開けるようなものだ。
傷口から莫大な魔力が漏出する。一度脆い部分ができれば後は容易い。自ら傷を広げるように、心臓は破裂した。
ファヴニールは咆哮を轟かせると、光の泡となって消えていく。
からん、と黒焦げになった剣が地面に落ち、無惨に壊れてしまう。ペレアスはほとんど炭になったそれを拾い上げる。
困ったように眉根を寄せたのは一瞬。
「まあいいか、剣なんて消耗品だしな」
「すまないが俺は良くないぞ。アレは納得がいかない」
「幸運EとA+の差だ。運も実力の内って言うだろ」
「なるほど、つまり運に頼らなければいけなかったのか」
「言葉で刺しに来るのはやめろ、エタードを思い出す」
そう言いながら、南西の空を見上げた。
白い光の柱が屹立している。この場所からでも確認できるほどの威容。考えるまでもなくそれは、ロベスピエールの奉ずる女神によるものであろう。
〝ここで背負うものができた。それを護るために俺は戦う。それだけだ〟
冬木の街で聞いた言葉が蘇る。
背負うもののために戦う──つまり、それは誰かのために命を賭すということだ。
……あれだけ好き勝手に振る舞っておきながらどの口が?
マシュがあの言葉を聞いたなら、きっとそう返したに違いない。
「……
ペレアスは不意に微笑んだ。
昔を懐かしむように。
納得したように。
「お前の理想、今はオレが代わりに護ってやる」
呟くと、彼は戦場へ向かった。
ある男の、背負うものたちを護るために。