自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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第13話 神を撃ち落とす者

 マクシミリアン・ロベスピエール。

 フランス革命期における最重要人物のひとりであり、独裁者として知られている。

 彼は市民による共和制を急進的に推し進めるジャコバン派(山岳派)に属しており、後に政権を握ることとなった。

 1793年1月──議会を主導した彼らは、国王ルイ16世と王妃マリー・アントワネットの処刑を決定する。その後も立て続けに反対勢力の粛清を行い、いつしか恐怖政治と呼ばれることとなる。

 テロリズムの語源ともなった恐怖政治は苛烈を極め、共和制を志してきた民衆の心は次第に離れていった。

 ロベスピエールの結末は、皮肉にもギロチンによる処刑だった。彼の終わりを、そして覇権を決定付けたと言える事件。それは彼の盟友でもあるジャン・ポール・マラーの暗殺であろう。

 議会の主流となっていたジロンド派とジャコバン派の対立が深まっていたその頃。

 当時、ジャコバン派のリーダーを務めていたマラーは、面会に訪れたひとりの少女に暗殺される。

 彼女の名はシャルロット・コルデー。

 後世に暗殺の天使とも評される乙女。

 その手口に何ら特別なところはない。隠し持っていた一本のナイフで、マラーを刺殺したのである。

 ジロンド派の支持者とも言われていた彼女が、ジャコバン派のトップであるマラーを殺害する──それは、ロベスピエールにとってこれ以上ない絶好の機会だった。

 ロベスピエールはマラーを神格化し、ジロンド派への弾圧を強めた。友の死を利用することで、彼は敵勢力の追放を実現したのだ。

 加えて、マラーの暗殺を受けて独裁は強化され、粛清の嵐が吹き荒れることとなる。

 とある少女の義憤は。

 もしかしたら、きっと。

 ロベスピエールを恐怖政治へと導くものだったのかもしれない。

 

 

 

 ノアはひとり、草原を征く。

 肌を突き刺すような神霊の気配。カルデアのレーダーに頼らずとも分かる、異質な魔力。数km離れた場所からでも理解できるほどの威圧感が、纏わりついて離れない。

 デオンとサンソンは通信機を通じて、ロベスピエールの動きを知らせてくれていた。

 彼は顕現した理性の女神と一緒に、オルレアンへと移動してきている。その目的はおそらく、ジャンヌと竜の魔女の戦いに横槍を入れることだろう。

 拮抗している戦場に、強力な第三勢力が介入すれば崩壊は免れない。

 そのため、誰かがロベスピエールを止めねばならなかった。

 会敵する地点は、オルレアンまでに点在する小さな街のひとつ。竜の魔女に焼き払われた土地だ。

 彼の両肩には今や多くの責任がのしかかっている。

 ジャンヌたちの戦場を守ること。サンソンとデオンの因縁を晴らすこと。人理修復のため、敗けられない戦いであること。

 最善ではなく、最高の結末を迎えるために。

 どれが欠けてもいけない。ひとつでも成し遂げられなければ、即ち彼にとっては敗北に過ぎないのだから。

 でもそれは、ノアだけが背負うものではなかった。

 

〝自分だけで抱え込むのはやめてください。私も一緒に背負います。──せめてこの手だけでも護り切れるように、強くなりますから〟

 

 冬木の特異点。

 数え切れないものを失った戦いの後、彼女はそう言った。

 だから、これはひとりの戦いではない。例えどんなに重い荷物であっても、分け合って背負うと誓ったのだ。

 カルデアのリーダー、ノアトゥール・スヴェン・ナーストレンドとして、ロベスピエールを討つ───他には何もいらない。

 廃墟の街が見える。

 遠くの空には天を突く光の柱。

 革命の夢と人間の自由。そして、遥か未来へと進歩していく理性の女神が、彼を待ち受けていた。

 それは紛れもなく、人々の理想。

 幻想を骨子として創り上げられた貴き神。

 ロベスピエールという男の象徴とも言うべき存在なのだろう。

 だが、だからこそ、その神は打ち砕かなくてはならない。この時代に共和制が誕生することを人類史は認めないからだ。

 街へと踏み出したその時、切っていたはずの通信が入る。

 いつもの間の抜けた顔とは違う、ロマンの真剣な表情。ノアは思わず呆れてため息をついた。

 

「……ロマン、藤丸の方はどうした?」

「『それなんだけど、はっきり言ってボクの出る幕がない! 本職は医者だからね、軍の指揮なんてできるはずもない。だからこうしてやってきたんだ!』」

「体良くサボってるだけじゃねえか! バトルの解説役やりたいだけだろ!」

「『安心してくれノアくん、この日のためにジャンプ漫画を読み込んで解説の何たるかを勉強してきたから!』」

「逆に不安だわ! ジャンプ漫画で解説を学ぼうとする視野の狭さがな!」

 

 緊張していたはずの空気が、見る見る間に弛緩していく。

 そう、ロマニ・アーキマンとはこういう男だ。何も考えていないようなフリをしておきながら、誰よりも他人を見ている。

 本人の気質故か、医者の職業病か。少なくとも信頼はできるとノアは踏んでいた。

 

「『こんなのでも今はカルデアの指揮官だからね。申し訳無いが、キミのことも色々と調べさせてもらった』」

「……シバやラプラスを使えば、分からないことはほぼ無いだろうな。それでおまえはどうするつもりだ?」

「『うん、だからボクはこう言わせてもらうよ』」

 

 彼の声は、包み込むように優しかった。

 

「『──カルデアの仲間として、キミをひとりにはしない』」

 

 ノアは面食らったように、呆けた顔をする。

 その言葉が何を意味していて。

 彼の如何なる核心を突いたのか。

 それはまだ、分からない。

 けれど、ただひとつ確実に言えることがある。

 

「ああ、それなら見てろ。──俺の全力をな」

 

 ロマンもまた、共に重荷を背負う物好きなのだ。

 

 

 

 

 ロベスピエールは逃げも隠れもしなかった。

 武器と言えるのは、左腰に佩いた剣と彼の背後に控える女神のみ。

 彼を信じる民衆を引き連れることもしない。一般人を盾にとって戦えば、サンソンやデオンは動けないと知っていながら。

 むしろそれは敗北だ。

 人間は平等だ。平等でなくてはならない。もし彼らを死なせるなら、自分も死ぬ必要がある。ロベスピエールの誇りがそうさせない。

 故に、これは当然。自らが革命の意志を表現しなければ、人々は着いてこない。この時代にも自由と平等は成るのだと、教えてやらねばならなかった。

 ひとりの魔術師と共に、二人の仇敵が姿を現す。

 処刑人と騎士。フランス王家に忠誠を誓った彼らを前にして、泰然と在り続ける。

 これこそが乗り越えるべき壁。

 我らの自由と平等なる社会の実現を阻む敵だ。

 

「……フランス革命の初期。我々の目的は決して君主制の打倒ではなかった」

 

 ロベスピエールは口を開く。

 女神の威光を後背に、愚者に言い聞かせるように語る。

 

「『国民、国王、国法』──市民と君主が手を取り合うことで、世の中を改革する。その意識の元に我々は動いていた。だが、あの男は、ルイ16世はそれを裏切った! 貴族に振り回され何もできず、挙げ句の果てにはフランスから逃げようとしたのだ!!」

 

 ルイ16世。彼はただひたすら、時代に翻弄された男だったと言えよう。

 彼は工学の知識に明るく、ギロチンの刃を斜めにするよう指示するなど、才覚に溢れた人物だった。

 さらには国民の声に耳を傾ける度量をも有し、身分格差の撤廃や農奴制の廃止を目指して政治を行った。その王の姿は、多くのフランス国民を惹き付けたことだろう。

 しかし、ある事件でルイ16世の評判は地に落ちることとなる。

 ヴァレンヌ事件。国王一家が密かにフランスから亡命しようとした事件である。この亡命の目的は他国の軍隊の力を借りて、激化する革命運動を鎮圧するというものだった。

 自国の王が他国の軍隊を引き連れて攻めてくる。それを理解したフランス国民たちの動揺は想像に難くない。

 ロベスピエールは憤怒を露わにして、何かに食い付くように言葉を吐く。

 

「故に、私は理性の女神を信仰する! 神に見捨てられ、王に逃げられたフランス国民の新たな導き手として!! 無知蒙昧なる愚物、ルイ16世とマリー・アントワネットに代わって私が自由と平等を実現してみせる!!!」

 

 ぶつり、と痛々しい音が立つ。

 サンソンは自らの唇を噛み切っていた。血が滴り、口端から流れていく。燃え滾る感情を前に、一切の痛痒はなかった。

 憎悪を込めた灼熱の視線で以って、ロベスピエールを睨みつける。

 

「その果てが──恐怖政治か」

「然り。だが、アレは無知な女の愚かしさより端を発したものだ。マラーひとり殺したところで何も変わらない。むしろ運動を激化させることは目に見えていたはずだ」

 

 ああ、とわざとらしく、独裁者は笑った。

 

「あの女を処刑したのは貴様だったな、サンソン」

 

 瞬間、甲高い金属音が響く。

 サンソンの剣が振り抜かれ、激突した刃鳴り。その斬撃を受け止めたのは、他でもないデオンだった。

 鍔迫り合いの状態から、持ち前の膂力でサンソンを吹き飛ばした。彼は力なく地面に膝をついて項垂れる。

 

「まともにぶつかって勝てる訳がないだろう。それにキミは、少し乗せられすぎだ。人を煽るのは彼の常套手段だよ」

「白百合の騎士か。生前の決着でもつけに来たか?」

 

 デオンは振り返って、サーベルの先端を突きつける。

 

「そうだよ。あの時、キミを殺していれば処刑は行われなかったかもしれない。王家に仕えた騎士として、命令は果たすつもりだ」

「ルイ16世とマリー・アントワネットの処刑を行ったのは私ではない。議会の意思だ。ヴァレンヌ事件を思い出せ、善悪で語るなら奴らに否がある」

「キミの理屈ではそうなんだろう。でも、生憎私が剣を振るうのは善悪ではなく好悪の問題だよ。キミが気に入らないから殺す」

 

 そこで、デオンはふと微笑んだ。

 

「……ああ、王家の命令という建前が崩れてしまったね。私の腹芸なんてこんなものか」

 

 ぞくりと肌が粟立つような笑み。

 善悪ではなく好悪で殺す。つまりそれは、どれだけ相手が正しかろうが関係ない。どうあっても死を与えるという宣告だ。

 デオンの殺意を受け止め、ロベスピエールは愉しげに舌打ちした。

 彼の目線はノアに向く。カルデアに残された希望であるマスターは、白い目をして立っている。

 どこか呆然としているように見えるその態度は、ほんの僅かに神経を逆撫でた。

 ノアはその視線に気付くと、大きなあくびをして、

 

「で、話は決まったか?」

「この状況を理解しているのか、貴様」

「誰よりも理解してるに決まってんだろ。おまえが邪魔だからぶっ飛ばす──それ以外に何がある?」

「……呆れたぞ。頭が軽ければ言葉も軽いか。貴様らはこの革命の意志を理解しようともしない愚者だ。そんなことで我らが理性の女神を打ち倒そうとは、蒙昧の極みだな!!」

 

 一瞬、場の空気が静まり返る。その静寂を打ち破ったのは、ノアの咆哮だった。

 

「うっせえええええ!! たかが殺し合いに大層な理屈を持ち込んでくんじゃねえ! 面白くもねえやり取りをゴチャゴチャ続けやがって、尺稼ぎか!? サンソンとデオンもだ、こんな野郎に喋らせるくらいなら俺に回せ、ここ最近出番が少ないんだよ!!」

「……キミ、因縁を解消しろって言ってただろう?」

「話し合いで決着が着くなら戦争なんて起きるか! ましてや今は聖女でさえ戦った時代だろうが!」

 

 ノアはサンソンの腕を取り、無理やり立ち上がらせる。

 

「……どうせロベスピエールはおまえを理解しようとしない。一回くらい馬鹿になって暴れてみろ」

 

 サンソンは前を向き、デオンとロベスピエールの姿を視界に入れた。

 ──そうか、今だけは、大層な理由なんていらないのか。

 処刑人として多くの人間を殺してきた。誰もが罪を侵した人間であり、そこに助かる余地など一片もない。

 心を殺して処刑を執行してきた。

 王を殺し、王妃を殺し、ロベスピエールでさえも生前に殺した。

 誰も彼も同じだ。

 罪業はこの身を、この魂を蝕む毒だ。

 刃を落とすということは、毒杯をあおるということ。

 その度に体の重さが増していく。

 心の痛覚が死んでいく。

 そうして無痛症に成れたなら、きっとこうして思い悩むことはなかっただろう。

 悔恨を止める。ただそれだけのことを、サンソンは拒否し続け、命を奪う痛みに心を摩耗させていた。

 

〝きっと、フランスは良くなりますか?〟

 

 それは、歴史には残らなかった会話。

 処刑の直前、シャルロット・コルデーは朗らかな笑みで、サンソンに問うた。

 彼は一瞬躊躇して、

 

〝……ええ。マラーの死によって、暴力の連鎖は止まるでしょう〟

 

 嘘をついた。

 彼女に悟られないように、微笑で。

 華のような笑顔で、乙女は言った。

 

〝こんな私でも皆さまの役に立てたなら、幸いです───〟

 

 サンソンとシャルロットが共に過ごした時間は、処刑場に移動するまでのおよそ二時間ほどしかなかった。

 彼女はその間、一切の動揺を見せなかった。恐怖が振り切れて、心を麻痺させる罪人は何人もいたが、平時の心境を保ったままの人間は片手で足りる。

 死ぬと分かっているのに、その美しさには一点の曇りもなかった。滅びの美学、なんて擦り切れた言葉では表現できない、生に向かう活力が表情に宿っていたのだ。 

 彼女の矜持は死の瞬間まで揺らぎすらしなかった。その美しさに魅せられると同時に、絶望した。

 ──フランスは、彼女のような悲劇を生み出すようになったのか。

 確かに、彼女の行いはロベスピエールの独裁政治を招くものだった。マラーの死を悲しんだ者もいただろう。

 けれど、だとしても、彼女の行いと在り方が愚かの一言で断定されることはあってはならない。

 ──ロベスピエール、なぜ、お前は。

 あの終わりでは、納得できなかったのか。

 どれだけ議論を交わしあっても、サンソンとロベスピエールが和解することはない。王家に忠誠を誓った者と、市民に革命をもたらそうとした者。その在り方は正反対だ。

 どうあっても交わらぬ平行線だと言うのなら、力でそれを捻じ曲げるしかない。

 結局は野蛮な理屈だと、人々は嗤うことだろう。でもそれで良い。言葉で伝わらない相手を黙らせるには、拳をぶつけ合うしかないのだから。

 この戦いだけは、怒りも憎しみも抱えて良い。

 純然たる殺意で刃を振るえ──!!

 

「お前は、お前だけは、この手で殺す」

「吼えたなサンソン! 首切り人形でしかなかった貴様に何ができる……!!」

 

 理性の女神が起動する。

 人間を束縛より解き放つ啓蒙の光。

 自由と平等の権化。

 唯一神に取って代わる新たな神。

 その玉体が、燃え盛る。

 透き通るような白い炎。宙を舞う火花は雪のように降り注ぎ、そして儚く消えていく。

 それは炎の花弁。理性の女神ここに在り、と爛漫と咲き誇る美徳の照覧であった。

 穢れ無き神の真の姿。

 跪きそうになるほどの圧倒的な魅力。

 思えばそれは当然だろう。理性とは人間全てが持ち合わせるもの。その化身たる女神に頭を垂れることは、何ら可笑しい行為ではない。

 ……そう考えた自分に、吐き気を催す。

 

「それが、おまえの神か」

 

 前とは比較にならない魔力がある。

 霊基そのものも強化されているのか、小規模の神霊と認められる程度の格は有しているようだ。サーヴァント二体など優に蹴散らすことができるだろう。

 それはロベスピエールだけの力ではない。街の人間全員の信仰心を束ねた結果だ。

 宝具が人間の幻想によって構成されるモノならば、この女神はその真骨頂だ。ペレアスのように個人間で紡いだ繋がりとは違う。大衆の力に頼るからこその強さがここにある。

 

「そうだ! 弱き者たちの力で───私は勝つ!! 革命の理想(ユメ)が終わることはない!!」

 

 ロベスピエール自身は反英雄でありながら、矜持とする宝具はどんな英雄にも負けない輝きを放つ。

 この矛盾した在り方が彼の強みなのだろう。ノアは獲物を前にした獣のように、口角を上げた。

 

「その理想(ユメ)───俺が壊す」

 

 ごきり、と右の手首を鳴らす。

 力を込めた右手の五指を自らの心臓に突き立てる。

 唇から一筋の血が伝う。それでもなお笑顔が崩れることはなく、腕を薙ぐように手を引き抜いた。

 人差し指と中指の間。

 そこには、金色の鏃。素材は樹木でできており、淡い光を纏っている。

 それが現れた瞬間、周囲の魔力が塗り替わる。理性の女神から発せられる信仰の光が、ノアの周りだけは鳴りを潜めていた。

 なぜなら、宿している神秘の強度が違う。

 この女神を、この時代を、この世界を塗り潰すに足る神秘を、その鏃は秘めていた。

 魔術に精通していないサンソンやデオンでも本能で理解できる。

 あの鏃は、不可逆の死を与えるものだと。

 ノアの右腕。その表面を、緋と金の線が走る。

 

 

「───〝()()()()()()()()()〟」

 

 

 弑逆の魔言が、奏でられる。

 

 

「〝光輝なる神々の世に終わりを告げる〟」

 

 

 ……『巫女の予言』、三十一節より。

 

 

「〝さらば、バルドル。栄光の美神。無敵にして不死の者〟」

 

 

 オーディンの子、紅に染まる神バルドルに定められた運命をわたしは見た。

 

 

「〝賛辞に満ちた貴様の名を、我が罪業の矢にて奪い去ろう〟」

 

 

 野面に高く、ほっそりと、それは美しい宿り木の枝が生い茂っていた。

 

 

「〝畏れよ。滅びよ。地に落ちよ〟」

 

 

 ほっそり見えるこの木が危険きわまるわざわいの矢にかわり、ヘズがそれを射た。

 

 

「〝我が名と共に、ラグナロクは舞い降りる〟」

 

 

 フリッグは、ヴァルハラの惨事に、フェンサリルで慟哭した。

 

 

「〝無より出でて神を穿つ〟──!」

 

 

 …………そして、弑逆は果たされる。

 

 

 

 

 

 

     「『神約・終世の聖枝(ミストルティン)』」

 

 

 

 

 

 

 疾走する一条の黄金光。

 世界を引き裂き、穴を穿つ。

 神殺しの一撃は、理性の女神を貫いた。

 辺りがしん、と静まり返る。

 女神の心臓。ぽっかりと開いた穴から、向こう側の空が見えた。

 それだけでも致命傷。だが、ロベスピエールだけは理解していた。

 ヤドリギの矢が例え腕や足を貫いていたとしても、理性の女神は殺されただろう、と。

 直撃した時点で、死を免れる術は無い。

 神という存在を問答無用で殺す。これはそういった概念であり、世界に刻み付けられた規則だ。

 故に、逃れ得ない。

 女神は消滅し、炎の花弁だけが残る。

 灼熱の花吹雪の中を、処刑人と騎士は駆け抜けた。

 ノアはただひとつのルーンを、彼らに贈った。

 

teiwaz(テイワズ)──元最高神のルーンだ! 後はおまえらが決めろ!!」

「「──言われなくとも!!」」

 

 戦士へと捧ぐ勝利のルーン。

 後は三人の世界だ。口を挟む余地もなければ、手を出す無粋をするつもりもない。

 ノアは短く息を吐くと、ロマンに問いかける。

 

「ロマン、解説役はできそうか?」

「『……解説を挟む暇がなかったんだけど』」

「だろうな。俺の詠唱が完璧すぎてモナリザにアレンジを施すようなものだったからな」

「『ノアくん、アレは世間一般的には中二病って言うんだよ』」

「少年の心を忘れてないだけだ。まあ俺は世間一般に当てはまらない天才だがな!」

 

 鮮血が飛び散る。

 サンソンとデオンの連撃。ロベスピエールはそれらを捌き切れずに、傷を増やしていく。

 浅いが手数の多いデオンと、遅いが深手を与えるサンソン。彼らの剣を前に、反撃の隙すら見出すことができない。

 それでもロベスピエールは生き延びていた。必死に剣を振るい、傷を無視して体を動かす。

 もはや彼にある武器は、身を焦がすような信念と理想のみ。そのふたつが、操り人形の糸のように体を縛っていた。

 しかし、想いだけで勝てるほど勝負の世界は甘くない。一合の度に血を流し、全身を真っ赤に染める。

 

「──革命を望む人々のために、私は負ける訳にはいかない……!!!」

 

 虚ろな幽鬼のように、ロベスピエールは声にならない叫びをあげた。

 ──誰にも理解されずとも良い。

 彼の生まれは決して裕福ではなかった。平民の家に生を受け、六歳の頃に母が死に、十歳の頃に父が家を捨てた。

 長男であったロベスピエールは十歳にして家長となり、弟や妹を護らなければならなかった。彼は勉強に打ち込み、優秀な成績を残して奨学金を得る。

 進学先は数多くの偉人を輩出した、最高峰の学術機関ルイ大王学院であった。

 そこで、彼は運命的な出会いを果たす。

 ルソーの社会契約論。これまでのキリスト教的世界観と、王権神授説を否定する新しい価値観。

 ──なぜ、人間は平等ではないのか。

 男であるから偉いのか。女であるから卑しいのか。貴族ならば、金持ちならば、他人を踏みにじっても良いのか。

 ロベスピエールは、時代が生み出した怪物だった。

 この夢は、何よりも優先されなければならなかったから。

 ひとりまたひとりと腹心が去っていっても、抱いた理想は捨てられなかった。

 理想の重みは、彼を徐々に呑み込んでいく。沈んで、沈んで、光の届かない水底でも抱え込んだ理想は手放せない。

 溺死して、骨と化してもなお。

 そして、残ったモノは。

 ──神は、なぜ母を連れて行ったのか。

 彼女に何の非があった?

 婚姻の前に子を孕むことがどうして悪い?

 自分の子を必死に愛して育んだ彼女は、周囲から冷たい目を向けられて死んでいった。

 そんな最期を迎える道理がどこにあったのだ。

 神を恨んだ。

 神を憎んだ。

 平民の生き血を啜って、私腹を肥やす貴族たちが許せない。

 フランスを見捨て、あろうことか武力を振るおうとした王家が気に入らない。

 それ故に、ロベスピエールは恐怖政治に走り、粛清の嵐でもって世の中を清めようとした。

 間違いだとは、分かっていながらも。

 そう、結局、私は。

 ───人間が、嫌いだった。

 

「『百合の花咲く豪華絢爛(フルール・ド・リス)』!!」

 

 大輪の百合を描く、華麗な剣舞。

 刹那、ロベスピエールはその美麗な剣技に目を奪われる。

 ──思い出せ、フランス王家は、ルイ16世は国民を見捨てたのだ。

 彼らの悲痛を体現する者としての誇りが、魅了を弾く。

 しかして、刃は砕け散る。

 デオンの膂力から繰り出される斬撃に、ロベスピエールの剣は耐えきれなかったのだ。

 サンソンが間合いを詰める。

 剣を振るったのはほぼ同時。得物の差が、勝敗を分けた。

 

「……またしても、貴様は私の命を奪ったという訳だ」

 

 サンソンの剣がロベスピエールの心臓を刺していた。引き抜かれようとする刃を、力ない手が掴んで止める。

 

「──これでも、満足できないのか」

「人が、真に平等を手に入れるまでは」

「…………そうか」

 

 短い問答。

 彼らは、初めて目を見つめ合い。

 優しく、丁寧に、刃を引き抜いた。

 ロベスピエールの体が地面に横たわる。彼らが視線を交したのはそれきり、サンソンはノアの方を振り向く。

 

「僕はオルレアンへ向かう予定です。デオン、貴方はどうする」

「もちろん、助太刀するさ。フランスの一大事だからね」

 

 ノアは少し考えて、

 

「俺はここでやることがある。先に行ってろ──ああ、その前に」

「「?」」

「俺に感謝の言葉を述べてから行け! 小間使いが主人に媚びるようにな!!」

「「……」」

 

 サンソンとデオンは顔を見合わせて、気持ちの良い笑顔を浮かべた。

 

「「フランス万歳(ヴィヴ・ラ・フランス)!!」」

 

 そう言って、ランサーにも劣らない速さで彼らは走り去る。ノアは遠ざかっていく背中を眺め、倒れたロベスピエールに近寄る。

 傍らに腰を落ち着け、からかうように言う。

 

「……起きろよ。死んだフリはもういい」

「馬鹿め。私は今まさに死んでいる最中だ」

「言い方の問題じゃねえか」

「ふん。それで、貴様の目的は何だ?」

 

 ノアは、突きつけるように言う。

 

「おまえの裏で糸を引いてる奴は誰だ。カルデアのことも知ってる素振りだったな。レフの野郎とはグルなのか?」

「レフなんぞは知らん。私たちはあの女に選ばれただけだ。カルデアという組織のこともその時教えられた」

「随分と思わせぶりだな。ジャンプの敵キャラか? 第二第三のロベスピエールが出てくるなんて冗談は言うなよ」

「貴様は何を言っているんだ……」

 

 ロベスピエールは眉をひそめた。

 彼の体は既に消えかかっており、この世に留まっていられる時間はもう少ない。

 これ以上は情報を引き出せないだろう。ノアはそう判断し、土を払いながら立ち上がる。

 消滅の間際、ロベスピエールはか細い声で訊いた。

 

「貴様の生きる未来の社会は、私たちのものより良くなっているか」

 

 ノアは断言する。

 

「──いいや。形が変わっただけで、おまえの時代と何も変わらねえよ。人間は人間だ」

 

 ロベスピエールは、納得したように苦笑した。

 

「…………ああ、やはり──道は、遠いか」

 

 人間のことは嫌いだ。

 けれど、人間全員が嫌いな訳ではない。

 せめて、母のような人間を増やさぬように。

 そんな優しい未来を抱いて、ロベスピエールは息を引き取った。

 神と王に見捨てられた悲痛と悲哀は、その顔にはなかった。




『巫女の予言』は谷口幸男訳『エッダ─古代北欧歌謡集』より引用させていただきました。
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