自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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二章は原作と大幅に変えてみようと思います。よろしくお願いします。


第二特異点 薔薇の皇帝 永続狂気帝国・セプテム
第15話 ローマvsローマvsローマ


 カルデア、管制室。

 その入り口の前で、ロマンは深呼吸をした。

 第二特異点における聖杯探索。今日はそのレイシフトを行う手筈になっている。前回と同じように、この日のために職員たちは睡眠時間を削りながら戦ってきた。彼らの気力は十分、心持ちは真剣そのものである。

 しかし、ロマニ・アーキマンという男は知っている。Eチームにシリアスな出発を求めることなど到底不可能だと。

 それを踏まえて、彼はできる限りの下準備を行った。

 今回のレイシフト先は、西暦60年の古代ローマ帝国。賛否両論飛び交う皇帝ネロの治世がなされた時代であり、西洋史特にキリスト教史に多大な影響を与えている。

 ロマンは数日前にノアと立香(りつか)を呼びつけ、ネロについての講義を実施した。ベルばらでフランス史を勉強するという悲劇を引き起こさないためだ。

 軽く咳払いをして、彼は管制室に入った。

 その中では、ノアと立香がジャンヌの両脇を固めて何やらボソボソと囁いている。

 

「皇帝ネロってのはとにかくキリスト教が大嫌いで、信者を見るやいなや捕まえて拷問にかけてたらしい。ああいや、おまえには関係ないだろうがな」

「あ、当たり前じゃない。神なんて信じて……ませんから。むしろ気が合いそうで安心したわ」

「でもジャンヌさん、聞くところによると、ネロ帝はかなりの好色だそうですよ。お眼鏡に適ったらきっと……」

「そそそそれがどうしたのよ!? 逆に手玉に取ってやるわよそんなやつ! 竜の魔女ナメないでちょうだい!!」

 

 人から教わった知識を悪用する、Eチームのマスター(げどう)たちがそこにいた。決して嘘は言っていないところが、さらに質の悪いコンビである。

 あからさまに動揺した表情をするジャンヌ。サディストのノアにとっては格好の獲物であり、立香にとっては愉悦の対象であった。

 マシュは笑いを堪えながら、形だけ止めに入る。

 

「お二人とも、純粋なジャンヌさんをからかうのは止めてあげてください」

「アンタも面白がってんじゃないわよ! 焼きなすびにしてあげましょうか!?」

「な、なすっ!? よりにもよってわたしが一番気にしてることじゃないですか! 最大のライバルじゃないですか! 先輩、どうにか言ってあげてください!」

「私としてはマシュがそこまでなすびに対抗心を持ってたことが驚きだけどね」

 

 いよいよ混沌としてきた状況を、ロマンは鎮静させようとする。が、その前にペレアスが動いた。

 彼は気取った顔でジャンヌとマシュの間に割り込む。

 

「まあまあ、落ち着け。みんなジャンヌちゃんが来て、まだはしゃいでるだけだ。まともに相手してたらキリがねえ」

「……なんか、アレね。年寄りが若作りしてるみたいで違和感があるわ」

「ぐはあああ!! 確かにジジイになるまで生きたけどよお! せっかく若い姿で召喚されたんだから若作りくらいさせてくれ!!」

「あの〜、そこまでにしてもらっていいかな? 今のところ悲しみしか生まれてないし」

 

 悶絶するペレアスに見かねたロマンが止めに入る。ジャンヌの言葉の刃は、少なくともペレアスとマシュの両名の心にしこりを残したのだった。

 それはそれとして。ようやく人の話を聞く態勢になったEチームを前に、ロマンはレイシフト前最後のブリーフィングをする。

 

「今回も適当な霊脈を見つけて召喚サークルを設置。技術部のおかげで中規模の霊脈からでも構築できるようになったからね。後は高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応しよう」

「要するに行き当たりばったりってことですね!」

「まあ計画なんて立てたところで意味がないのは間違いねえ。俺は常に想像を超えていく天才だからな」

「下回るの間違いだろ」

「アフォーウ!」

 

 一部始終を覗いていた謎生物のフォウくんは、ペレアスに同意してそこはかとない人語を発した。

 ノアとフォウくんの視線がバチバチと火花を散らす。両者はまさに犬猿の仲であり、存在を認識すれば仕留めにかかるポケモントレーナーのような関係が築かれている。

 だが、ノアは即座に掴みかかるようなことはせず、ただ指を差して言った。

 

「おい、コイツをカゴかなんかにブチ込んどけ。文字数が嵩張るんだよ。あと俺たちの出番が減る」

「フォウフォウフォフォフォウフォーウフォウ!」

「ここぞとばかりに喋り散らかしてんじゃねえええ!! 今回ばかりはおまえの密航を許してたまるか!!」

「フォーウ!」

 

 もみくちゃに格闘するノアとフォウくん。魔術をかなぐり捨てた男の姿がそこにあった。おそらく人類最初の動物との戦いもこんな感じだったのだろう。

 それを立香たちは遠い目で眺め、いそいそとコフィンに退避した。時刻を見れば、レイシフト実行の時間が差し迫っている。

 そんなことも知らずにプロレスを繰り広げるノアの背後から、ペレアスの鉄拳が脳天に下された。

 ペレアスは気を失ったノアとフォウくんをコフィンに放り込むと、何事もなかったかのように、

 

「この馬鹿が復活しない内にレイシフトやってくれ」

「ありがとうペレアスさん! じゃあみんな、頑張ってくれ!!」

 

 ロマンの手により、レイシフトが実行される。意識が飛んでいく間際、ジャンヌは呆れた顔で立香に問う。

 

「ねえ、アンタたちっていつもこうなの?」

「そうですね。でも大丈夫です! Eチーム最後の希望と言われたこの私がいるんで!」

「……今のでもっと不安になったわ」

 

 

 

 

 

 

 ──西暦60年、ローマ。連合首都改め、()()()()()()()()首都。

 

「……という訳で、僕たちは抜けさせてもらうよ。レフ・ライノールは胡散臭すぎる」

 

 紅顔の美少年。しかして王の風格を纏う若き戦士は、その美貌に好戦的な笑みをたたえていた。

 真っ向からの宣戦布告。大変恰幅の良い体型をした皇帝は、玉座より見下すように言葉を放つ。

 

「ネオローマ連合に降るか、幼き征服王よ。だが良い。共に帝国を築くことも考えていたが、貴様と刃を交えるほうが楽しみだ」

 

 面と向かって裏切りを宣言されてもなお、彼の余裕が揺らぐことはなかった。その理由は二つ。生来よりの気質と、背後に輝く聖杯の存在である。

 だが、例え聖杯の威容がなくとも、彼の表情が陰ることはなかっただろう。

 皇帝たる者、孤高は必定。

 荒れ地にひとり立とうとも、王は王として振る舞わなくてはならないのだ。

 そこで、玉座の側に侍っていた赤いコートの男が素っ頓狂な声をあげる。

 

「えっ、そんな簡単に逃がして良いんですか? どう考えてもここで殺しておいたほうが得でしょう。サウルを見逃したダビデみたいですねえ。その懐の広さに、この(わたくし)ただただ感服するばかりです」

「黙れ。詩人が口を挟んで良い場面ではない。というか、先日兵士と打ち合って負けていただろう。サーヴァントの癖にどういう了見だ貴様」

「…………ちなみに、孔明(こうめい)さんはどうするおつもりで?」

「おい無視するな皇帝だぞ」

 

 赤いコートの男が視線を投げた先。孔明と呼ばれた長髪の男性がいた。が、その姿は多くの人が想像する、かの名軍師のイメージとは全くかけ離れていた。西洋人然とした見た目をしており、見るからに苦労人の相が出ていた。

 彼は不機嫌そうな顔で、頭を掻いた。おまけにため息までついて、感情を抑えるように首を振る。

 

「フ○ック。人類史に名を残す英霊が、まさかこんな人物だったとは……世界中のキリスト教徒が泣いて悲しむぞ」

「言われてますよ、カエサルさん」

「「お前のことだ!!!」」

「……君たち、なかなか相性が良さそうだね」

 

 困ったような少年の声。孔明の答えは最初から決まりきっていた。なぜなら、彼が仕えるべき王はただひとりしかいないのだから。

 彼は幼き征服王の元へ歩み寄ると、玉座に向き直る。

 

「私もネオローマ連合に降ろう。次に会うのは戦場だ」

 

 その発言に、ふくよかな皇帝は意気揚々と笑い上げた。

 

「孔明、お前もか!」

「「「それが言いたかっただけだろ!!」」」

 

 

 

 

 

 

 カルデア一行がレイシフトした地点は、どこかの市街だった。空には光輪が輝き、生物が住まう大地を高々と睥睨している。

 それぞれの建物の軒先には日除けの布が渡され、その下に果物などの商品を並べていた。ここが市場であると認識したのも束の間、数え切れないほどの人の波が一行の目の前を通り過ぎていく。

 街のど真ん中にいきなり現れた妙な風体の連中である一行を無視して、人々は一心不乱に走り去る。その中には幼い子どもを抱えた母親や、杖をついた老人までもが混ざっていた。

 ノアと立香はそんな異様な光景に要領を得ず、首を傾げる。

 

「なんだこいつら、祭りでもやってんのか?」

「マラソン大会じゃないですか? スキップで切り抜けようとしたら、いつもより疲れた思い出があります」

「お前ら、あっち見てみろ」

 

 呆れた様子のペレアスに促され、二人は人々の走っていく方向とは反対側に目を向けた。

 おそらく街の外周をぐるりと囲んでいるであろう城壁。その辺りから黒い煙が空へ立ち込めており、無数の矢玉が降り注いでいる。

 視線を戻せば、武装した兵士の一団が人の流れに逆らって城壁へ駆け付けていた。少なくとも、これが祭りや大会ではない異常事態であるのは確かだ。

 ペレアスたちサーヴァント陣からの無言の圧力が突き刺さる。ずっしりと纏わり付くそれを振り払うように、ノアと立香は声を張り上げた。

 

「……うおおおお誰だか知らねえが許せねえェェェ!! いくぞおまえら! 俺たちでこの街の危機を救ってやる!!」

「いきなり土壇場だけどやるしかない! マシュ、ジャンヌさん、これは人理を守る戦いだよ!!」

「今更取り繕っても遅えよ!」

「こんな時でも平常運転なようでわたしは安心しました」

「アンタら無駄口叩いてる暇があるなら走りなさいよ! 馬鹿なの!?」

 

 カルデア一行はドタバタと走り出す。

 幸いにして街への被害はほとんど出ていなかった。火種が燻っていたり、投石器から撃ち出された破片が建物に刺さっている程度であった。

 城壁への道中、彼らはあるものを目にする。

 例え遠くからでも分かる、特徴的な形状。現代で見られる姿とは異なり、完全な形を残した闘技場が屹立していた。

 

「コロッセオだ! じゃあここはローマで、あそこにポルナレフが……」

「ポルナレフ? どうしてフランス人の名前が出てくるのよ」

「それを説明するには60巻くらいの内容があるんで……カルデアに帰ったら図書館に行きましょうね!」

「そ、そう。別に楽しみな訳ではないですが、頭に入れておきましょう」

 

 そうこうしている内に、彼らは城壁付近に到達する。

 鳴り響く轟音と戦士の咆哮。オルレアンの決戦でも体験した戦場の圧迫感。その空気は肺に重くのしかかるようだった。

 堅く閉ざされた城門。壁の上には弓兵が配され、外にいるであろう敵に向けて矢を撃ち込んでいる。

 戦況自体は悪くはないが、そもそもこの時期にローマが攻撃されているという事態そのものが異常だ。人理崩壊の影響に違いないだろう。

 ペレアスとジャンヌの声が重なる。

 

「「()()()()()」」

 

 反応したのは、マシュだった。

 

「……外に兵力を回しているのでは?」

「だとしても城門は固めるでしょう、普通。走ってきた感じだと、配置が間に合ってない訳でもなさそうですし」

「それか他に数を割いてるかだな。そもそもオレたちがここまで入り込めてるのも人手が少ない証拠だ。とにかく外に出てから───」

 

 ペレアスの続く言葉は、一際大きい破壊音にかき消された。すぐそばの城門が吹き飛び、向こう側から真紅のドレスを纏った少女が地面を転がってくる。

 敵ではない。誰もがそう思った。まさか自分の街の門を背中で破るという珍奇な真似をする人間は、この世にいないだろうからだ。

 ならば、この場で刃を差し向けるべきは。

 破られた門の残骸を腕の一振りで消し飛ばし、黄金の鎧に身を包んだ男は現れる。

 死肉を求めて彷徨うかのような相貌。万軍に向けて余りある狂気的な殺意は、今やたったひとりの人間に注がれていた。

 真紅のドレスの少女は自らの宝剣を杖に立ち上がる。可憐な容貌は土に塗れてなお健気にあり、双眸には澄み切った闘志を宿す。

 彼女はカルデア一行に気付くと、緊張感に満ちた声音で語りかける。

 

「そこの者共、ここは危ない。疾く離れよ!」

 

 注意が逸れたその瞬間を、狂戦士は見逃さなかった。

 跳躍、急降下。放たれた一本の矢の如く、男は強烈な拳撃を繰り出す。

 致命傷を与えるに足る一撃。まともに食らえば五体は四散するだろう威力を秘めたそれは、しかして、少女に当たることはなかった。

 地面に突き立つ黒の円盾。全力の拳を前に揺らがぬその有り様は、小さな要塞が現出したかのようであった。

 ジャンヌの手によって、炎の杭が放たれる。

 狂戦士はマシュの盾を足蹴にそれを躱し、低く唸った。攻撃を仕掛けて来ないのは反撃を警戒してのことだろう。

 ぽかんと口を開けてそれを眺めていた少女は、明るい笑顔を輝かせた。

 

「おお、おおおお!? これはもしや余が夢にまで見た両手に華の楽園ではないか!! どうだ、余の側仕えになる気はないか? 言っておくが後悔はさせぬぞ、贅を尽くした饗宴を毎夜開くと約束しよう!」

「その口振り、もしかして貴女は……」

 

 彼女はマシュの問いかけに、大きく胸を張って答える。

 

「うむ、余はローマ帝国第5代皇帝ネロ・クラウディウスである!」

 

 その時、戦場の喧騒までもが静まり返ったように、場の空気は膠着した。

 ジャンヌは途端に顔色を青ざめさせると、目にも留まらぬ速さで立香の背中に回り込んだ。

 

「ね、ネロって言ったらキリスト教徒を取っては食い殺す悪逆非道の残虐皇帝じゃない!」

「んなっ!? 確かに倒錯的な趣味があることは自覚しているが、猟奇的な性癖はないぞ!? サトゥルヌスでもあるまいし!」

「リーダー、やりすぎちゃいましたね。ジャンヌさんの中で恐怖が増大しすぎてますよ」

「その前にネロ帝の性別が違うじゃねえか。古今東西の歴史書の記述を書き直す必要があるぞ」

「んなことよりさっさと門を塞ぐべきだろ! 敵兵がなだれ込んで来てんぞ!」

 

 ペレアスの切迫した声を皮切りに、狂戦士はネロへと躍りかかった。が、彼の攻撃はことごとくマシュの防御の前に阻まれる。

 しかし、危機を迎えていることも事実だ。ローマの防御網に穴が開いた以上、そこから敵が侵入してくることは間違いない。

 その陥穽を塞ごうと戦力を集中させたところで、別の場所から突破されるということも考えられる。現状は後手に回るしかない戦局だった。

 門へ飛び出そうとするペレアスを、ノアは手で制止する。

 

「待て。確かにおまえが行けば止められるだろうが、それよりも良い策がある」

「……聞いてやるよ、言ってみろ」

「門を塞げばいい。そうすりゃ敵は外と分断されて、俺たちは奴らを囲んで叩ける。数的有利を取った上でな」

「本末転倒って言葉知ってるか?」

「本末転倒、上等じゃねえか。それを可能にするのが魔術師だ。マーリンを思い出せ」

「アイツのことなんか思い出したくもねえよ! 嫁が湖の乙女ってだけで何回絡まれたことか……!!」

 

 ノアはトラウマに苛まれるペレアスを尻目に、立香に合図する。彼らは人差し指に魔力の光を灯した。

 

藤丸(ふじまる)、おまえが一番得意なアレでいく。文字に使う魔力は最低限で良い。声に魔力を乗せることを意識しろ」

「はい! 修行の成果を発揮してみせます!」

 

 宙に文字が刻まれる。

 防御の意味を示すルーン。その利便性故に二人が幾度か使用してきた魔術だった。

 

「「──eihwaz(エイワズ)!」」

 

 立ち現れる防壁。労力を要するまでもなく、薄青色の魔力壁が破られた門を閉ざす。

 余波とはいえ、ヴラド三世の攻撃を防いだこともあるその防壁は、文字通り誰ひとりとして通すことはない。

 混乱した敵兵の中にペレアスは躍り出ると、剣を投げ捨て、鞘を振る。

 人間の目には残像すら捉えることの叶わぬ剣技──使っているのは鞘だが──は、十数人の敵を一度に昏倒させた。

 ネロは感嘆の声を漏らす。

 

「魔術師に、これほどの技を持つ剣士──これは、困った。全員欲しいぞ!」

「なんか目つけられちゃいましたよ、リーダー!」

「ああ、流石ローマ皇帝だ。目が高い。ただし俺の値打ちは値千金じゃ済まないがな!」

「むう、なんと強欲な。しかし欲だけなら余は地上の誰にも負けない自信がある! 値打ち物は何としてでも手に入れたくなるのが浪費家の常だ!」

「すごい…! 全く自慢にならないことをあんなに堂々と言うなんて!」

 

 そう言って、立香はおどけた。

 ネロ帝はドムス・アウレアという黄金宮を建築したほどの浪費癖がある皇帝としても知られている。性別はともかくとして、歴史書の記述は間違っていなかったらしい。

 軽口を叩き合えるほどに、戦況はネロたちの有利に傾いていた。ペレアスによって敵兵は無力化され、サーヴァントの数でも上回っている。

 黄金の鎧の男の周囲をローマ兵たちが取り囲み、武器を向ける。事実、彼に逃げ場は残されていなかった。

 太陽は彼方の地平線に沈みかけていた。東の空は既に暗い色に染まっている。

 白きかんばせを覗かせる月を望み、男は口の端を歪めた。

 

「『我が心を喰らえ、月の光(フルクティクルス・ディアーナ)』!!」

 

 地上に射す、月女神の狂光。

 ──第3代ローマ皇帝カリギュラ。暴君へと堕した王。史にその悪名と悪行を刻んだ狂気の皇帝、その宝具の発露であった。

 西洋では古くから、月が人を狂わせると考えられていた。ギリシャ神話のアルテミスを発端としたその信仰は、狼男や魔女のモチーフに色濃く跡を残している。元々地母神であったアルテミスやアテナの信仰は主神ゼウスよりも古く、キリスト教が成立しても完全に消えることはなかったのである。

 ともかく、月は古代ヨーロッパにおいて、魔術的な存在として畏敬を集めていたのだ。

 カリギュラの宝具はまさしく狂気の月の体現。

 人を狂い落とす月光の投射。

 それを浴びた兵士たちは、目の色を変えると瞬時に殺し合いを始める。

 見境なく剣を振るい、武器を無くせば地団駄を踏むように暴れる。騒然とする集団の中をカリギュラは駆け抜け、ひとっ飛びに城壁を越えた。

 狂気に落ちたとはいえ、彼の勘は狂っていなかったのだろう。その引き際は華麗ですらあった。この切り札さえあれば、単騎で軍を相手にすることも容易い。

 必然、ペレアスたちは狂乱する兵士を鎮圧するしかない。この騒ぎを放置するという選択肢は、彼らにはなかった。

 不意に白刃が立香を襲う。

 刃が到達する寸前、それを振るった兵士の体が地面にすり下ろされるように吹き飛ばされた。

 ジャンヌとノアは互いに目を合わせて、

 

「……サーヴァントの筋力で顔面パンチはまずいだろ。R-18Gにするつもりか?」

「強化した足で鳩尾キックかましたアンタに言われたくないわよ。鎧がひしゃげてるんですけど?」

「どちらもやり過ぎなので反省してください! 先輩、怪我はありませんか!?」

「う、うん。それより他の人を──」

 

 そう言いかけて、口をつぐんだ。

 ネロとペレアスの働きにより、鎮圧は終えていた。傷ひとつ負うことも、殺すこともなく、兵士たちは地面に倒れ込んでいる。

 ネロは楽しげな表情で切り出す。

 

「其方たち、良い働きであった! 今夜は余の館でもてなそう!」

 

 なんかそういうことになった。

 

 

 

 

 

 

 豪勢の限りを尽くしたような酒宴の中で、ネロは語った。

 現在、ローマは三つに割れている。

 ガイウス・ユリウス・カエサル率いる超神聖ローマ帝国と、神祖ロムルス率いるネオローマ連合。元はひとつの連合であったものの、ロムルスの離反によって分裂したという経緯だ。

 両国共に猛将、名将揃いの強軍であり、ネロ率いるローマ帝国は苦戦を強いられてきた。

 ローマに兵が少なかった理由は、両国の侵攻を食い止めるために軍が出払っていたからだという。結果は撤退することになったが、損害はほとんど見られない。

 

「『これで人理崩壊の原因が分かったね。超神聖ローマ帝国とネオローマ連合、この二国の出現は本来の歴史にないものだ』」

「ネオローマ連合の将、諸葛孔明の天下三分の計とも言われているな。つまりローマ三国志の幕開けである!」

 

 当然、カルデアとしてはローマ帝国に助力して、カエサルとロムルスを討つことになるだろう。

 その時、示し合わせたようにローマ軍の凱旋が行われた。先頭には二頭立ての戦車を駆る赤髪の女性と、全身に傷跡を残した筋肉(マッスル)の塊がいた。

 ネロは彼らを呼び寄せると、まるで自分のことを歌い上げるかのように紹介する。

 

「ブーディカとスパルタクスだ! 余の軍にはもはや欠かせぬ将軍だぞ!」

 

 ブーディカ。その名前を聞いた瞬間、ペレアスは口に含んでいた酒を吹き出した。

 

「ぶ、ブーディカぁ!? 俺たちの尊敬する大先輩じゃねえか!! なんでローマに加勢してんだ……してるんですか!!」

「うーん、まあ心変わり? 今はローマの全部を憎んでるわけじゃないから。もしかしてキミ、同郷の英霊なのかな?」

「アーサー王と共にブリテンを護った円卓最強の騎士、竜殺しのペレアスと申します」

「へえ、そうなんだ!キミみたいな若い子に尊敬されるのはとっても嬉し───」

 

 平然と嘘をぶちかましたペレアス。そうとも知らずに、にこにこと笑うブーディカの言葉を、ノアたちは遮る。

 

「おい騙されんな! こいつ盛ってやがるぞ!」

「そもそもペレアスさんの方が歳上ですよね!?」

「知りようもない情報を盛るとか詐欺師の手口ですね」

「どこまでも浅ましいわね。半径10メートル以内に近寄らないでくれます?」

 

 という事件があったものの、ブーディカたちが持ち帰った情報は非常に大きかった。

 超神聖ローマ帝国とネオローマ連合の動向を把握するため、遠征軍は撤退を演じながら両国に間諜を送り込んだ。

 それ故に少ないとはいえ被害を受けたが、代わりにある機密を入手する。

 ローマから北西の地、メディオラヌムにネオローマ連合が侵攻する動きを見せ、超神聖ローマ帝国が対抗すべく軍を編成しているという事実。

 上手く行けば、両軍の不意を突ける貴重な情報である。しかし、ひとつ看過できない問題があった。

 その情報源が、皇帝カエサルの側近である赤いコートの男だということ。わざと機密を流すことで、ネロたちを釣り出そうとしている狙いがあるかもしれない。

 ネロは顎に手を当て思案すると、高らかに宣言する。

 

「決めた、全軍で攻めるぞ! 我らは貴重な協力者を得た。その情報が伝わらぬ内に奇襲すべきだ! ブーディカ、前線には誰が詰めている?」

「エリザベートちゃんかな。あたしは止めておいたほうが良いって言ったんだけど」

「う、うむ。あやつの歌声は歌の女神(ミューズ)にも劣らぬほどだが……なんだか急に心配になってきたぞ!?」

 

 ネロのエリザベート評を聞いて、立香とマシュは驚愕した。

 

「マシュ、今聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど気のせいかな?」

「いえ、先輩は間違ってません。耳からこの世全ての悪を注がれるようなあの歌声を気に入るのは異常者しかいません」

「どんな歌声なのよ!?」

 

 ローマはネロを大将に軍を興すこととなった。エリザベートと合流した後、両敵軍の開戦を見計らって突撃する計画である。

 そして、カルデア一行の待遇については、ネロに委ねられた。

 

「ペレアス、マシュ、ジャンヌの三名は我が客将として迎え入れる。マスターの指示のもと活躍してくれることを祈っておるぞ!」

「じゃあ、私とリーダーも?」

「二人には特別な地位を用意してある。ノアには宮廷魔術師、立香には戦略と戦術を司る軍師の役職を授けよう!」

 

 宮廷魔術師と軍師。ネロの采配による破格の待遇に、二人の反応は対照的だった。

 ノアは微笑をたたえて酒を傾け、

 

「宮廷魔術師か、悪くねえ。キャメロットで言うマーリンの位置だな」

「いや最悪なんだが。この世で一番権力を持っちゃいけねえのがお前だからな」

「男の嫉妬ほど見苦しいもんはねえなペレアス! おまえは所詮この俺の駒なんだよォォォ!!」

「『ああ、ローマ兵が不憫すぎる……』」

 

 立香は床に四つん這いになって落ち込んでいた。

 

「お、終わった……軍師なんてファイアーエムブレムでしかやったことないのに……戦術とか包囲殲滅陣くらいしか知らないよ」

「むしろなぜ包囲殲滅陣を知っているんですか……?」

 

 ジャンヌは考えることをやめた。何より、自分がツッコミ役に回らなければいけないことに絶望した。

 かくして役者は出揃い、舞台は次の場面へ。

 その脚本を執るのは皇帝か悪魔か、それとも。ただ、舞台袖にはひとりの詩人が劇の開始を待つばかりであった。

 

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