自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録 作:なまゆっけ
それはさながら、死霊の群れだった。
一面に広がる漆黒の死兵。彼らは首を断とうとも心臓を突き刺そうとも死ぬことはなく、ただひたすらに武器を振るう。
側面より奇襲を成功させたはずのローマ軍でさえ、その群れに打撃を与えることはできない。それどころかぶつかる側から兵が殺されていく。
近づく者全てを屠り尽くす魔の軍団。
その先頭に立つ偉丈夫は、暴嵐の如き武威を発揮していた。
得物は両手に携えた斧。それをまるで木の枝のように振り回す。彼の一振りは余波だけで並みいる兵士を宙へ弾き飛ばし、掠めただけで人を砕き散らす。
彼こそが、アケメネス朝ペルシア最後の王ダレイオス三世であった。
率いる軍はかの王朝が誇った一万人の精兵、不死隊。かつて征服王イスカンダルと戦いを繰り広げた勇士たちである。
だからこそ、対抗するのは彼でなくてはならない。
「『
漆黒の軍勢を切り裂く一条の雷光。
立ちはだかる敵を一直線に打ち砕き、迸る雷撃が一片残らず炭に変える。
音よりも疾く。
火よりも烈しく。
その猛進は誰にも止めることはできなかった。
雷光が向かう先。常人には知覚できぬ一瞬。アレキサンダーとダレイオスは引き伸ばされた体感時間の中で、己が宿敵の姿を見据えた。
口角が持ち上がり、武器を握りしめる手に一層の力が込められる。
もはや言葉は要らない。
その想いの丈は。
この昂ぶりは。
決して言葉で表せるものではないのだから。
故に、持てる力の限りをぶつけ合うのみ──!
「おおおおおォォォッ!!」
「ウォォオオオオオッ!!」
裂帛の気合いと共に、無数の火花が散る。
ダレイオスの戦斧。吹きすさぶ斬風が周囲のことごとくを細切れに刻む。その乱撃を雷電と化したアレキサンダーは掻い潜り、斬撃を放つ。
両者の戦闘は対照的な静と動。力で勝るダレイオスは、大地の踏み込みを利用した強烈な一撃を重ねていく。
速さで勝るアレキサンダーはさらなる加速を続けて相手を翻弄し、致命の機会を狙う。
一撃を与えれば勝つ。
一撃を受ければ負ける。
これはそういう勝負だ。
どちらの刃が先に魂に届くか、勝敗の差はその程度でしかないのだ。
全身の肌が粟立つような濃密な死の気配。歳若き姿となったとしても、狂気に身を投じたとしても、その感覚だけは変わることがない。
数において圧倒的な有利を誇るはずのダレイオスは、不死隊をこの戦いに介入させなかった。
不死隊はアケメネス朝ペルシアが擁する精鋭部隊だ。が、今の彼らの前には身を挺する盾にすらなりはしない。
アレキサンダーが纏う雷は、地上に知らぬ者なき全能神ゼウスの雷霆より零れ落ちたモノ。並大抵の英霊では触れた瞬間に炭になるだろう。
両者の乱舞に踏み込める者はこの場所にはいない。併せて、敵はアレキサンダーだけではないのだ。戦局を鑑みてもダレイオスの判断は妥当ではあった。
それが、建前。
本音はもっと身勝手で、個人的な感情。
──この敵は己のモノである、と。
理屈など捨てた。
舌戦で勝てるならとうにそうしている。
戦いがあった。
悔やんでも悔みきれぬ最期があった。
あの過去を、あの敗戦を雪ぐのは今しかない。
彼は死の瞬間から焦がれていたのだ。
血湧き肉踊るこの戦場を───!!
「ォォォオオオオオ!!」
空間ごと抉り取るような斬撃。
「…………ッ!」
どくり、血が溢れ出す。
ダレイオスの握る斧の切っ先。そこにから微量の血が滴り落ちていた。
アレキサンダーは額から顎の先へと伝う血を舌で受け止め、嚥下する。
──ああ、この味も変わらないのか。
それを確認すると、彼は一息に走り出す。
無邪気に、純粋な笑みを浮かべながら。
敵が強大であることに感謝するかのように。
愛馬と共に駆け、刃が一合重ねる度に少年の心は歓喜に打ち震えた。
これが乗り越えるべき壁だ。
己の価値はここで決まる。
この強敵を目の前に、自分という存在を試せること自体が、彼にとっては幸福だった。
斬撃がぶつかり合う。膂力で劣るアレキサンダーは騎乗する馬ごと吹き飛ばされ、追撃が彼の左肩を斬りつける。
噴き出す鮮血に彼は目もくれない。
一瞬でもダレイオスから目を離せば、待ち受けるのは死あるのみだ。
征服王の自分ならば、この一合も拮抗する程度はできただろう。しかし、この身は若輩の時分。単純な武芸では大きく遅れを取る。
刃の応酬はさらに密度を増していく。加速度的に両者の技は冴え、気付けば多くの傷が少年の体に刻まれていた。
弾ける雷撃がダレイオスの肌を灼くが、その技に陰りは見えない。
だが、未だ命に達する傷は見舞われていない。肉を斬り骨を断ち、そして魂にまで到達する毀傷。勝敗を分けるとしたらその一撃だ。
アレキサンダーは確信していた。
今のままでは、先に倒れるのは自分であるということを。
全力を尽くしても届かない。
死力を尽くしても、なお。
ならば、この先は。
「───『
この身に秘めた未来という名の可能性。
それを投じて戦うしかない。
天より降り注ぐ雷。その加護を宿し、彼は剣を振るった。
拮抗、しかし凌駕には至らず。だが構わないとアレキサンダーは笑う。
四方八方から襲い来る刃金。彼は愛馬の背を蹴り、その間合いへ跳び込んだ。
恐怖はない。全身に満ちる高揚感のままに、彼は剣撃の勢いを走らせる。強引に生み出した隙に体をねじ込み、敵の心臓へ剣を突き出した。
これは分の悪い賭けだ。対処されて終わるか、良くて相討ち。勝利する可能性など十にひとつもないだろう。
それでも、彼は輝かしき未来を信じていられた。
──二度目の生において、この身がどこまで通用するのか。
両者の違いは、きっとそれだけだった。
過去を雪ぐ者と、未来を望む者。
故に、その勝敗も。
「──チェイテの城からガシガシ届け♪ 今夜もアナタを監禁させて♪」
エリザベートは振り返って、
「どうかしらマネージャー! 私の美声は?」
「惜しいな。耳の奥でムカデがのたうち回るような感じで頼む」
「よく分からないけど、とにかくエモくしておけってことね!」
「ああ、エモさで言えばおまえの歌は図抜けてるからな。下の方に」
「なんだこの異次元の会話は……!?」
ペレアスの叫び声がこだまするローマ軍右翼側最前線。
そこでは、西暦60年という時代には全くもってそぐわないモノが爆走していた。
トラックの荷台の部分がライブステージと化した乗り物。いわゆるステージカーと呼ばれる車両が敵兵を弾き飛ばしながら、陣の奥深くへ切り込んでいく。
当然、ステージで歌を披露するのは自分をアイドルと思い込んでいるドラゴン娘こと、エリザベート・バートリーである。
車体に取り付けられた拡声器から彼女の声が垂れ流され、それを耳にした兵士たちは毒を含んだかのように気を失ってしまう。
戦場を直進するトラックと、そこから発される怪音波。辛い訓練を乗り越えた兵士たちが泡を噴いて倒れていくという異常な光景に、味方すら目を覆いたくなるほどだった。
もっとも、目を覆うために両手を使うくらいなら、耳を塞ぐ者が大半なのだが。
ステージカーをよく見れば、素材のほとんどは木材で出来ていた。カルデアから送られた音楽機材以外は、全てノアが現地で加工したものであった。
その動力源はというと。
「圧政者に死をォォォ!! 我らはあらゆる支配に叛逆の旗を翻す殉教者である!」
「おいまさか正気の人間はオレしかいないのか?」
「正気で叛逆は成せぬ! 血肉を切り捨てるが如き狂気の先に自由は待っているのだ!!」
「くそっ! 話が通じねえ! 叛逆繋がりでモードレッドと気が合いそうとか思ったオレが馬鹿たった!」
トラックの運転席に当たる場所。ペレアスとスパルタクスは、ひたすらにペダルを漕ぐ作業に従事していた。
彼らは共にサーヴァントの中でも平均以上の筋力を有する。その二人が全力で車輪を回せばそれなりの速度が出るのは間違いない。
そもそもこんなものを用意すること自体が謎だが、一応の戦果は出しているために文句も言えないという有様である。
「『どうだい諸君、このダ・ヴィンチちゃんが設計したマッドマックスくん2号は? Amaz○nで星五つは間違いなしの仕上がりだと自負しているけれど』」
愉悦が隠し切れない声音で話しかけてきたダ・ヴィンチ。ペレアスは噛み付くように叫んだ。
「おまえが元凶かダ・ヴィンチィィィ!! こんなのはもっと普通で良いんだよ!」
「『あいにく私の辞書に普通という字はなくてね。むしろ普通を目指そうとすればするほど斜め上を行ってしまうというか。かーっ! 天才じゃなければなーっ!』」
「天に愛された者の宿命だな。常人に理解できない発想は時として迫害されることがある。その時俺たちの胸に去来するのは悲しみだ」
「ライブが終わって気付いたらブタどもが感動のあまり気絶しちゃうから、アンコールを経験したことがないのよね。これも天才故の苦悩ってやつ……!?」
「こいつら殴りてえ……」
ダ・ヴィンチ、ノア、エリザベートの戯言を受けて、ペレアスはこめかみに青筋を立てた。狂化しているスパルタクスがツッコミに回れるはずもなく、必然的にペレアスが三馬鹿の相手をしなければならなかった。
ノアは猛進するトラックの上によじ登り、ダ・ヴィンチに言う。
「速度がイマイチだな。もっと速くならねえのか」
「『ふふふ、実はこの車には特殊なギミックを施していてね。ノアくん、あのスイッチを押してみたまえ』」
「おまえら待て、嫌な予感しかしな──」
瞬間、強烈なGがペレアスを襲った。
車体の後尾にモビルスーツ並のバーニアが生え、青白い炎を噴き上げる。
結果、莫大な加速を得たマッドマックスくんは自壊しながら彼方へとすっ飛んでいった。近くにいた者は、エリザベートの声がドップラー効果で低く聞こえただろう。
ノアは悪魔のような高笑いをあげた。
「ヒャハハハハ!! 見ろ、人がゴミのようだ!! このまま宇宙の果てまで飛んでけェェェ!!」
「あああああ! 外装とかぶっ飛んでんぞ!? さっさと止めろ!!」
「おいペレアス今何キロォ!!?」
「知らねえよ!!!」
その時、ペレアスの足元でカチリと音が鳴る。
「ん──?」
直後、唸るような轟音と同時に爆発が起きた。車体の直下で生じた爆炎はノアたちを巻き込んで、上空へ赤黒い煙を立ち昇らせる。
唐突な爆発オチを遠巻きから眺める二つの人影。
ネオローマ連合の将である
彼らの表情はまさに虚無。史上類を見ない阿呆な作戦を取った挙句、孔明が仕掛けた罠にまんまと引っ掛かった愚者たちに思うところなどない。
進撃するローマ軍左翼に対抗するために向かってきた二人だが、敵将はたった今消えてしまった。拍子抜けどころの騒ぎではないだろう。
だが、彼らがその場を離れることはなかった。爆発が起きた地点を静かに見据え、同時にため息をつく。
レオニダスは孔明に言った。
「……終わってませんね」
「ああ、あの手の馬鹿はゴキブリ並みにしぶとい」
彼らを囲う陣形が崩され、そこからノアたちが姿を現した。皆一様に全身を煤まみれにさせながら、何やら言い合いをしている。
「私の衣装がボロボロになっちゃったじゃない! これ気に入ってたのに!!」
「全ての物はいつか塵になる。それが少し早まっただけだ」
「オレたちまで塵になるところだったんだが!? 洒落になってねえよ!」
「しかし! 見ろ、敵将の元へ辿り着いたぞ! いざ、圧政者を討ち滅ぼす時は訪れた!」
ローマ帝国の客将たちとネオローマ連合の将が相対する。ここに集いしサーヴァントたちは歴戦の勇士である。一目見れば相手がどの程度の実力なのか、感じ取ることができた。
かつて圧倒的戦力差の戦争で名を挙げたスパルタの王、レオニダスは満足気に微笑む。
彼は槍を戯れに振り回し、名乗りを上げる。
「私はレオニダス。生前はスパルタの王をしておりました。こちらはネオローマ連合が誇る大軍師──」
「諸葛孔明だ。口上を述べるのは得意ではないのでな。早いところ戦いを始め……」
「いや、ロード・エルメロイⅡ世だろ」
ノアが割り込んだ言葉に、孔明はビクリと震える。明らかに動揺したその様子を見て、全員の視線が一挙に集まった。
孔明はノアから視線を外すようにそっぽを向くと、ぎこちない発音で繰り返す。
「……ショカツコウメイダ」
「グレートビッグベン☆ロンドンスター」
「ぐああああ! なぜそれを知っている!?」
身悶え始めた孔明を尻目に、ペレアスはノアに訊く。
「お前らどういう関係だ?」
「カルデアに来るまで一年間、イギリスで何でも屋をやってた時期があってな。その時に知り合った」
「でも、雰囲気からしてサーヴァントでしょう? なんで現代人が英霊になってるのよ」
「あれは英霊の力の依り代にされてると見て間違いねえ。俺たちの世界のロード・エルメロイⅡ世とは限らないがな」
そこで、ノアは自らの回想を語る。彼と同じ出来事を覚えていたなら、この世界のロード・エルメロイⅡ世が英霊の依り代にされたということになるからだ。
カルデアで所長の圧迫面接を受ける一ヶ月前、ロード・エルメロイⅡ世とノアはロンドンにて、とある話をした。
〝……以上の理由から、お前をウチで引き取ることはできない。流石に庇い切れる自信がないからな。代わりにカルデアに紹介状を書いた〟
差し出された封筒の中身を覗いて、ノアは口をとがらせて言った。
〝おい、交通費はどうした?〟
〝誰が払うか! つべこべ言わず行け! そして二度と戻ってくるな!〟
ノアはしみじみと語りを終える。彼と孔明を除いたペレアスたちの反応は、
「厄介払いじゃねえか」
「厄介払いじゃない」
「厄介払いだな!」
「厄介払いですね……」
見事なまでの満場一致だった。孔明に向けられる視線が、一気に憐れみを帯びたものになる。
ペレアスは壊れ物を扱うかのような声音で言った。
「まあ元気出せよ。これから良いことあるぜ? ……多分」
「くっ! 身に覚えのない出来事のはずなのに、何故か沸々と怒りが湧いてくる……!?」
もしこれが精神攻撃なのだとしたら、多大な成果を挙げていると言えた。同時に、彼は自分に力を託して消えた諸葛孔明に歯がゆい感情を覚える。
三国志において孔明はあらゆる因縁を持つ人物である。生前に見識のある人物と揉め事になることを厭い、自らの力を押し付けたなら流石の大軍師と言わざるを得ないだろう。
とはいえ、無策でこの四人の突破を許したわけではない。孔明が待ち受ける場所、それ即ち十重二十重の罠が仕組まれた殺し間なのだ。
「これ以上お前らのペースにさせてたまるか! これぞ大軍師の究極陣地───『
非常に俗な感情を込めて、宝具が展開される。
砂塵を引き連れ、立ち現れる巨石の迷路。抜け出す隙など無い。ノアたちがここに姿を現した時点で、この宝具の射程圏内に入っていたからだ。
岩壁によって構成された陣地。陸遜をして戦わずに撤退させた孔明の策。その中に囚われ、ペレアスらサーヴァントは一気に警戒を強めた。
通路内には砂塵が吹き抜け、地面も水を含んで泥濘んでいた。ペレアスは剣を握り直し、感覚を研ぎ澄ます。
そんな時、エリザベートは何やら笑い出した。
「こんなものが宝具だなんて、大軍師の名が泣くわね! 既に脱出法は見つけたわ!」
「……はあ?」
ペレアスは首を傾げた。こう言っては失礼だが、エリザベートに軍師を上回る知略は無いように思われる。ここにいるのが立香やマシュだったなら、順当に無視していただろう。
しかし、万が一ということもある。彼女の見つけた脱出法とやらを語るのを遮る者はいない。
「名付けて左手法! 左側の壁に手をついて進めば必ず出口に辿り着くって寸法よ!」
「それ元からあるやつだけどな。まあいい、やってみろ」
「トップアイドルは頭脳もトップってことを見せつけちゃったわね……!」
ノアに促され、エリザベートは壁に手をついた。すると、手の触れた部分が奥にへこみ、彼女の真下の地面が二つに割れる。
落とし穴。底で鋭い刃が待ち受ける穴に吸い込まれかけたエリザベートの腕を、ノアが掴んで止めた。
宙にぶら下がるエリザベートは、数瞬遅れて叫ぶ。
「……ギャーッ!? ししし、死ぬところだったんだけど!? 分かってて止めなかったでしょう、先に言いなさいよ!!?」
「こういうことだ。この迷路は罠が張り巡らされてる上に、常に道を作り変えてる。真っ当な方法じゃ脱出できない」
「良く分かったな?」
「物体の構造把握は魔術師の基礎中の基礎だ。後は魔力の流れと勘でどうにでもなる」
ペレアスは後半を聞いて察する。
「……お前、うんちく好きな割に感覚派だよな」
「俺の理屈を他人が理解できないだけだ。それより何か来るぞ、対処しろ」
通路の突き当たりから、半裸の兵士が数人現れる。円盾と槍を携えた彼らは、ノアたちへ槍を投げつける。
矢よりも速い投槍。ペレアスとスパルタクスはそれらを漏らすことなく打ち落とした。その瞬間には敵兵らは逃げており、曲がり角に姿を消す。
二人は一足飛びに追い掛けるが、角を覗いた時には敵兵は見えなかった。
孔明は敵を罠に嵌めるだけではない。テルモピュライの戦いで死闘を演じたスパルタ兵までをも使って、ノアたちを仕留めに来ているのだ。
一部始終を観察していたダ・ヴィンチは、愉しげに笑った。
「『諸葛孔明の石兵八陣は10万人の攻撃に耐えられると言われている。20万人のペルシア軍に300人で対抗したレオニダスの軍が加われば、鬼に金棒どころの話じゃないね』」
「つまり俺たちで30万人分の強さを発揮すれば勝てるってことだな」
ノアはそう嘯きながら、足元に転がる石を拾った。彼はその石にルーンを刻み、地面に落とす。
すると、ルーンを刻まれた石は生き物のように動き出した。
「探索のルーンだ。エルメロイⅡ世、もとい孔明を対象にした。行くぞ」
「そんなものがあるなら早くやりなさいよ!」
「さあ圧政者の元へ行くぞ! 我らの戦いはこれからだ!」
エリザベートとスパルタクスは、我先にとその石を追っていく。ノアはその数歩後を歩いていた。その様子を怪しんだペレアスは最後方を務める。
いくつかの角を曲がり、エリザベートとスパルタクスは人影を見た。
即座に二人は攻撃態勢に移り、槍と小剣を振りかぶる。その人影は反撃する素振りすら見せず、彼らに切り倒される。
手応えも人体のそれではない。見れば、それは精巧に作られた木の人形であった。
魔力が込められたその人形は、青白く輝くと盛大に破裂した。エリザベートはまたしても黒焦げになり、遅れて到着したノアに向き直る。
「……分かってたでしょ」
「爆発するまでは読めなかったけどな」
「こ、このクズマネージャー……!!」
「まあ落ち着け、今のは実験だ。この陣は八卦図……つまり奇門遁甲に基づいて構成されている。異なる魔術基盤で突破しようとすると相性が悪い」
ルーンによる探索は、あくまでもルーン魔術という魔術基盤の法則に則したものだ。
中国の占術である奇門遁甲に対してルーンを用いるというのは、数学の方程式で文学作品を読解しようとする行為に近い。
そこで、ペレアスは率直な疑問を口にした。
「それなら、最初から奇門遁甲ってのを使えばいいじゃねえか。ルーンは相性が悪いんだろ?」
「もっともな疑問だな。この迷路は奇門遁甲では突破できない、それが答えだ」
「ますます意味が分からなくなってきたんだが。じゃあどうすれば脱出できる?」
ノアは解説する。
奇門遁甲とは古代中国から伝わる占術のひとつである。陰陽五行説を背景に体系化されたこの占術は、周王朝の太公望や劉邦に仕えた張良、諸葛孔明など名だたる軍師たちに好まれて使用されていた。そのため、奇門遁甲は魔術としてではなく兵法としての側面が強い。
では、奇門遁甲では何を占うのか?
それは、自分の願いを成就させるためにどの方位にいつ動くか、ということである。
決まった時間、決まった方位に移動することで福を招く。ただしそれは、吉が得られる方位でなくてはならない。逆説、正しくない時間、正しくない方位に動けば禍を招くこともあり得るだろう。
その点で言えば、迷路というフォーマットは敵を凶の方位へ動かすことに長けているのである。中に囚われた時点で術者に与えられた方位へ進むしかなく、自在に凶の方位へ陥れることができる。
加えて、石兵八陣は孔明の意のままに配列を変更できる。ノアが奇門遁甲を用いて正解のルートを導き出したとしても、迷路を組み替えればそれで事足りるのだ。
「つまり、奇門遁甲を使う限り俺たちは後手に回るしかない。孔明が先手を打ち続けられる以上、原理的に脱出することは不可能だ」
「迷路の脱出法を見つけても、すぐに別の迷路を用意されるってことか」
「ああ、そこでルーンでの脱出法を試したが、結果はあの通り煙に巻かれた」
「何よそのチート!? 左手法とか言ってドヤってた私が恥ずかしいわ!!」
「そこで実験その二だ」
ノアは懐をまさぐり、一枚の紙を取り出す。それを手際よく鶴の形に折ると、空へ放り投げる。
その鶴はぴたりと宙に留まるが、即座に豪風に襲われ彼方へ吹き飛ばされた。
「上空からも無理か。予想はしてたが鳥の式神じゃあ通用しねえな」
「八方塞がりじゃない! どーすんのよ!?」
「この状況を突破する気の利いた魔術とかねえのか?」
「無いな。大軍師の肩書きは伊達じゃないってことだ」
そんな窮地で、ノアは笑った。
動物が牙を向くような笑み。好戦的なその表情に、焦燥はない。
「───
諸葛孔明の石兵八陣は、言うなれば移動する魔術工房。魔術師にとっての縄張りであり、生物の臓器に例えるなら胃袋だ。
その中に取り込んだ時点で、勝利はほぼ決まる。
必殺必勝を期した要塞──それを外に持ち出すという軍師の発想は、後にも先にも類を見ない大奇策と言えた。
しかし、軍師という生き物は常に最悪の状況を想定する性分を抱えている。己の誇りを賭けた究極陣地でさえ、盲信することはできない。
なぜなら、孔明は、エルメロイⅡ世は知っている。
幾重にも張り巡らせた策を児戯のように踏み潰す、圧倒的な武力を。
かつての聖杯戦争でまみえた、金色の英雄王を。
無敵と信じ忠誠を誓った征服王の軍勢ですら、英雄王の一刀に敗れたのだから。
──故に、この事態も思慮外ではない。
一直線に続く坂の下。ノアたち四人は迷路を攻略し、遂に孔明とレオニダスの元へ辿り着いていた。
レオニダスはサーヴァントたちに眼差しを注ぎ。
孔明はノアの足元を跳ねる小さな犬の木像に視線を向けた。
「どうやって辿り着いた?」
「式神を作った。複数の魔術基盤を混ぜてあるがな」
「……なに?」
「陰陽術は当然、ルーンと奇門遁甲と数秘術と占星術と……まあ色々だな。占いの純度を高めて迷路の変化にも対応できるようにした。式神は用途に応じて適切な動物を呼ぶ必要がある。だから嗅覚に優れた犬を形どった。おまえを探知するためにな」
その説明を受けて、孔明は思う。
(……あり得ない。フラットのように複数の魔術の良い所取りをしているのか? 否、これは魔術基盤の混合だ。結果として良い所取りになっているだけで、過程は全く違う)
魔術基盤とは世界に刻みつけられた魔術理論。ルーン魔術に代表されるように、世間の認知度が上がることでその魔術の効果は上昇する。
ただし遠坂の宝石魔術のように、その家系に伝わった魔術は魔術基盤に依らずに発動することができる。一般的に、魔術師が秘匿する神秘はこの家伝の魔術であることが多い。
一般の学問に例えるなら、魔術基盤とは文学や数学、物理学といった学術領域である。
今回、ノアが作り出した式神は東西の占術を混ぜることで、奇門遁甲では突破できず、他の魔術基盤では相性の悪い石兵八陣を脱出できるだけの占いを行った。
その占いを出力するのが、犬の木像。ソフトウェアとハードウェアにおける後者に当たるのが式神である。
だから、あり得ない。
魔術の良い所取りをするのは理屈に則している。が、魔術基盤の混合とは、ひとつの体に複数人の臓器を移植するようなものだ。必ず拒絶反応が出る。
相反する法則がその矛盾のままに成り立つ異常。
それが、こうして現前している。
(
気付いて、孔明は笑った。
声を腹から絞り出し、天を仰ぐ。
「……なるほど、この世界の私がお前を教室に招かなかったのも理解できる。だが、ここは戦場だ。この場所で相見えた以上───お前は倒す!」
レオニダスが率いる300人の兵隊が出揃う。
ここから先は、英霊のぶつかり合い。
勝利条件は単純。精強を誇るスパルタ兵を破り、孔明とレオニダスの首を取ること。
レオニダスが投槍の号令をかける直前、誰よりも速く動き出した男がいた。
「我が筋肉が、我が愛が、熱を帯びて燃え盛る! いざ叛逆ゥゥゥ!!!」
スパルタクスは撃ち出された砲弾の如く駆ける。
スパルタ兵たちは投槍の構えを解き、盾を重ねて防御態勢を取った。
その防御の威容はあたかも城壁。如何なスパルタクスの突進といえど、堅牢な守備を抜くには能わない。
盾の隙間から突き出された槍の穂先。それらはあっさりとスパルタクスの肉に刃を突き立てた。
血しぶきを噴きながら沈黙する叛逆者の姿を見て、ノアとエリザベートは唖然とする。
「何やってんだあいつはァァァ!! せっかく俺が天才的な魔術で見せ場を作ったところだろうが! 話の流れってのを考えろよ!!」
「何よあの筋肉は飾りなの? 見せ筋なの!? どこぞの筋力Dのアーチャーでもあるまいし!!」
しかし、ペレアスだけは彼を信じていた。
「……まだだ。まだアイツの筋肉は死んでねえ!!」
スパルタクスの目が見開く。
全身の筋肉がはち切れんばかりに盛り上がり、円盾の守りをこじ開ける。城壁が如き防御に生じた一点の陥穽。それをペレアスとエリザベートは見逃さなかった。
剣と槍。ふたつの斬撃が踊る。騎士と竜姫が広げた陣形の綻びを、スパルタクスが突撃することで修復困難な傷にする。
乱戦に持ち込めば、味方を巻き込む可能性がある孔明の魔術の援護射撃はない。
そして。
乱戦と対多数を得意とする英霊はレオニダスだけではなかった。
「──『
ペレアスはスパルタ兵の猛攻を物ともせず、刃を振るう。
敵の攻撃は当たらず、向こうからの攻撃は通る。そんな理不尽極まりない宝具を目の当たりにして、レオニダスは沸き立つ。
──あの時とは、逆だ。
多勢に無勢。テルモピュライの戦いはその権化のような戦争だった。
血肉を捧げ、魂を投げ捨てる戦い。苦々しい敗北を迎えてもなお、心の奥底で求めるのは、そんな闘争だ。
彼の耳に届くのは、空を駆ける雷鳴の音。徐々に接近するその音の主は、おそらく少年の征服王だろう。
アレキサンダーはダレイオスに勝ったのだ。
レオニダスは孔明に言う。
「お逃げください。あの少年は自身を導く先達を求めています。それは貴方であるべきだ」
「しかし──」
「貴方たちの計画には、ここで死ぬことは組み込まれていないはず。無駄死にを許すことはできない」
レオニダスのその言葉に、反論することはできなかった。
彼はあの絶望的な戦争を全滅するまで続けた男だ。掛け替えのない仲間たちを失い、自らも討ち果たされるまで。
そんな男の前で、命よりも矜持を取れるはずもない。
孔明は踵を返し、万感の想いを込めた一言を贈った。
「──感謝する」
……そのやり取りを見届けていた男がひとり。
スパルタ兵の包囲をいち早く抜け出したペレアスは、緩やかな笑みを口元に浮かべていた。
レオニダスは戯れるように問う。
「……追わなくてよろしいのですか」
「男の覚悟を不意にする無粋はしねえよ。……オレはペレアスだ。一騎討ちでカタをつけよう。それとも多数で嬲られるのが好みか?」
「経験がお有りで?」
「アンタほどじゃないけどな。あんなのは二度と御免だ」
両者は互いに得物を握り締める。
それが、決闘の合図だった。
「「うおおおおおおッ!!!」」
空間が軋むような金属音。
無数の斬撃と刺突が衝突し、空気を震わせる。
掛け値なしの本気。己が技の粋を詰め込んだ、至高の一撃を途切れることなく繰り出し続ける。
それと同時に、彼らは互いの強さに見惚れた。
レオニダスの槍盾一体となった堅牢な体術。盾で受け止め槍で刺す、基礎基本をどこまでも突き詰めた究極形。揺らがぬ大樹を思わせるその武は、男の実直さそのものを表しているかのようだ。
ペレアスの変幻自在の剣技。剣だけでなく拳や蹴りを有効的に使った体技に、回避と攻撃の垣根はない。掴みどころのない雲や霧のように、いくらでも変化し得る我流の剣。騎士のそれとはかけ離れた、行儀の悪い戦い方だった。
魂がひりつく。
敵の剣が肌を掠める度に得も言えぬ感動が、頭頂からつま先を突き抜けた。
国や、仲間や、妻子のために命を尽くしたあの時の強さ。槍を振るう度にそれが取り戻されていき、技を交わすことで相手を知る。
彼もまた同じ。たったひとつ、護り抜くべきもののために強さを磨いた男だ。
──ああ、なんて惜しい。
そんな剣を見せられてしまえば。
こうして刃を交えるよりも、共に肩を並べて戦うことを夢想してしまう。
レオニダスは奪うための戦いをしなかった。
スパルタという国を、愛すべき妻子を侵略者の手から護り抜く。
その在り方はどんな英雄にも劣らぬ尊きものだったはずだ。
虐待にも等しい教育を施されたスパルタにおいて、彼はどこまでも優しく在り続けた。
そう。
だから。
ぽたり、と一滴の血が地面を赤く染め抜く。
「……貴方に、賞賛を」
「……それは、こっちの台詞だ。宝具を使ったオレに深手を負わせたのは王様とアンタくらいだ」
レオニダスの胸は袈裟に切り裂かれていた。その傷は霊核へと達しており、消滅を待つのみであった。
しかし、彼の槍はペレアスの腹部を深々と突き刺している。
言葉はない。見事に戦い抜いた敵への賛辞に対して、言語はあまりにも無力だ。
だから、未来のことを。
ペレアスは、見透かすように言った。
「オレたちは、いつか一緒に戦うことになる。……そう思う」
そこには、何の根拠もない。
けれど、だとしても、二人の間には確信だけがあった。
「───ええ、その時を、信じています」
彼の魂が向かう先。
そこはきっと、魔獣の跳梁から民を守護する城壁だった。