自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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第2話 キリシュタリアの3分クッキング

 カルデアは人理保障のため、数多くの機能を有する一大施設である。名目上は研究施設なのだが、その防備の堅さは並の要塞を遥かに超えていた。

 人類の歴史を護る箱舟。カルデアにはまた、古今東西の超一級資料を収める図書室がある。そこには一般的な娯楽小説や漫画から、文学者歴史学者たちが喉から手を出して欲する文献が保管されている。

 今日も、彼女は本の頁を手繰っていた。

 (あくた)ヒナコ。人理修復の最精鋭、Aチームのひとり。ここで本を読みあさることが、彼女の日課だった。

 音のしない空間で、古書の匂いに包まれながら空想の世界へ身を投じる。まるで、誰かがいない寂しさを紛らわせるように。

 しかし、そんな時間は六日前に終わりを告げた。

 

「今日は楚漢戦争ですね。お二人はどの程度ご存知ですか?」

「「キングダムの後の時代」」

「……な、なるほど、間違ってはいません」

 

 隣の机を占領する三人組。ヒナコにとって、ひとりはよく見慣れているが、残りはまさしく六日前に初めて見た人物だった。

 

(今日もまた始まった…)

 

 マシュが教師役となった歴史の授業。生徒役は先日まで一般人だったという藤丸(ふじまる)立香(りつか)と、聞いたこともない家系の魔術師ノアトゥールである。

 この情報すらも偶然耳にしたのみで、ヒナコが調べたわけではない。だというのに耳に入ってくるということは、それなりに話題になっているからに違いない。

 なぜなら、藤丸立香という少女はマシュの鉄面皮を引き剥がし、ノアはあろうことかレフの部屋を完全に我が物としていたからだ。

 ノアという男だけ毛色が違う、とヒナコは思う。良く言えば唯我独尊、悪く言えば馬鹿。そんな評価を彼女は下していた。割合としては後者が九割ほどであった。

 それはそれとして。ヒナコにとって今回の授業は、個人的に興味深いものがあった。その眼は紙に印刷された文字を追ってはいるが、大半の意識は聞き耳を立てることに割かれている。

 

「そもそもは始皇帝の死後、趙高(ちょうこう)という宦官が実権を掌握したことが始まりで――」

 

 マシュの語りは非常に聞き取りやすいものだった。知識を頭に入れるだけでなく、体に染み付くまで昇華した証だ。

 随分と様変わりしたものだ、とヒナコは思う。

 

「……こうして、秦最後の名将章邯(しょうかん)韓信(かんしん)によって討たれました」

「秦のために戦ったのに恨まれるなんて悲しすぎる……!!」

「せ、先輩がそこまで肩入れしていたとは…」

 

 少なくとも、マシュ・キリエライトという人間はあんな苦笑を浮かべる人物ではなかった。

 

「このように、謀反を計画した韓信は命を落としました。劉邦(りゅうほう)を天下に導いた稀代の軍略家の最期としてはあまりに呆気ないと言えるでしょう。もっとも、謀反は捏造であったという話もありますが」

「国士無双の英雄、か。俺と通じる所があるな」

「白昼堂々と寝言ですか? 仮眠でも取ります?」

 

 ……少なくとも、マシュ・キリエライトという人間はあんな毒舌を飛ばす人物ではなかった。

 

(…………そうよね?)

 

 相手が相手なので言い切ることはできなかった。陸上選手と戦闘機では後者の方が速いに違いないが、前者の足が遅いとは言えないだろう。

 つまりはそういうこと。マヌケ面であんなことを言われれば誰だって同じような反応を返すのである。しかし、以前のマシュであれば、どう対応したのかは分からない。感情を表に出すことすら稀だったのだから。 

 故に、少女の変化は好ましくもあった。心が抱えておける不満には限界がある。溜め込んで決壊するよりは、吐き出してしまえる方がマシだ。

 

(何様のつもりなのかしら、私は)

 

 心には限界がある。芥ヒナコは、自分の心がとうの昔に決壊していることを知っていた。だが、塞き止める壁も無いというのに不満は積み重なっていく。

 濁流と化した想いは行き場を失っている。そこから彼女を救い出せる者もまた、今の世界には居ない。

 そんな自分がいやしくも睥睨するかのようにマシュ・キリエライトという人間を解釈している。なんて傲慢。矛盾している。

 堂々巡りの自己嫌悪に陥っていると、マシュの授業が終わっていたことに気付く。

 

「にしても、リーダーが歴史に詳しくないのは意外でした」

「義務教育受けてないし、家にそういう本も無かったからな。それを言うなら、藤丸は最近まで学生だったんだろ。どうして俺と同レベルの知識量なんだよ」

「ふっふっふっ、知ってますか? 暗記系のテストは一夜漬けしとけばそうそう悪い点は取らないんですよ。その代わりすぐ忘れますけどね!」

「意味ねえじゃねえか」

 

 ヒナコはカルデアのマスターの質の低下に危機感を覚えた。一方で、悩みも何もなさそうな会話に、憧れにも似た感情を抱く。

 

「まあでも…アレだな」

「なんですか、はぐらかすみたいなこと言って。リーダーらしくないですよ」

「先輩に同意します。モラル崩壊系男子の癖に何を戸惑うことが?」

 

 しばしの間を空けて、ノアは言う。

 

 

項羽(こうう)って色々とお粗末だよな。あくまで結果論だが、范増の言う事聞いてれば勝ってただろ」

 

 

 瞬間、飛来した本がノアの側頭部に突き刺さった。

 

「ギャアアアアアア!!?」

 

 ドクドクと血を垂れ流しながら、辺りを見回すノア。そして、ちょうど横の机にいたヒナコと目があった。

 

「「…………」」

 

 気まずい沈黙が流れる。視線の応酬はほんの一瞬。先に視線を外したのはノアの方だった。

 何食わぬ顔で向き直り、

 

「何がお粗末って、第一に人を殺しすぎたところだ。無駄な恨みを買ったせいで後の滅亡に繋がる訳なんだからな」

 

 そして、当然のように第二撃が飛んだ。

 華奢な体の何処にそんな力があるのか、飛翔する本はメジャーリーガーの剛速球と見劣りしない速度で標的に吸い込まれる。

 

「それに褒賞をケチったのも禍根を残した。将としては文句なしに最強だが、政治家としての才能は無かったようだな」

 

 またもや次撃が放られるも、ノアは微動だにしなかった。頭に本が刺さったその様相はもはや前衛芸術と化している。

 

「後は――」

「まだこのシステムが分からないんですか。馬鹿なんですか。顔面がとんでもないことになってるんですが」

「リーダー。とんでもない項羽ファンがいますよ。ここは褒めておいた方がいいですって」

 

 犯人は火を見るより明らかである。それでもノアが論評を止めなかったのは、負けず嫌いが発症したせいだろう。正直、何と戦っているのかは誰にも分からないが。

 肩を怒らせたヒナコが、どすどすと足音を立てながら三人組に近づいてくる。

 

「項羽様は最強で最高でつよくてかっこいい無敵の英雄よ。誰にも文句は言わせはしないわ!」

「いや、欠点の無さで言ったら光武帝だろ」

「はあ!? ジャンルが違うじゃない! ギャグ漫画とバトル漫画の登場人物同士を戦わせるほどの暴挙よ、それは!!」

「あの、強さ議論は悲しみしか生みませんよ!」

 

 思わず立香が止めに入るが、

 

「黙りなさい! いいわ、これから嫌というほど項羽様の魅力を思い知らせてやるわよ!!」

 

 そんな雑音は届いてすらいなかった。

 闖入者の出現に、三人は目を合わせる。

 

「そもそも誰だよ」

「確かに。でもすごい美人さんですよ」

「私と同じくAチームに所属している芥ヒナコさんです。本を嗜むのが好きな物静かな方だったはずなのですが……」

 

 どこが? というのが立香とノアの感想だった。そんな感情を込めた二人の視線を受け、マシュはさっと顔をそらす。デキる後輩といえど及びもつかないことはあるのだ。

 その後の語りは留まることを知らなかった。平時の姿からは想像もできない饒舌さで話を進め、異様な熱気を察した人々は図書室から去っていく。

 

「まず、項羽様とわた……虞美人(ぐびじん)の馴れ初めは――」

「おい、聞いたこともない話が出てきたぞ。出典はどこだ」

 

 虞美人の情報はとても少ない。彼女にまつわるエピソードは後世の創作であることが多く、その生涯は謎に包まれている。

 そんな中でヒナコがした虞美人の話は、真実であれば研究者が狂喜乱舞し、学会を震撼させるほどの情報であった。とは言っても、彼女の話はほとんどが項羽にまつわるものだったが。

 ノアの反論、もといイチャモンは全て封殺され、ただただ項羽の素晴らしさを頭に流し込まれる。

 6時間にも及ぶ演説の結果、

 

「はい、人類史最強の武将は?」

「……項羽様です」

「リーダーが洗脳された!?」

「こっちの方がマシですね」

 

 マシュの鋭い一言に、立香は妙に納得してしまうのだった。ノアはなにやらもごもごと口を動かすと、白目をむいて仰向けに倒れた。

 立香は何気なく、手元の腕時計を見る。

 

「も、もう19時……明日ってファーストミッションの日だよね。マシュと、ヒナコさんは準備とかしなくていいんですか?」

「今更私たちがすることなんて何もないわ。裏方は今が一番忙しいでしょうけど」

「そうですね。しいて言うなら調子を整えておくくらいでしょうか」

 

 現在絶賛気絶中の男がいるのだが、そもそもミッションから外されているので何も問題はなかった。

 立香はどうしたものかと思案する。気絶した人間を無理やり起こすのは良くないと聞く。医務室にでも連れて行くのが良いのだろうが、ノアは190cmもある男性だ。女子だけで運ぶには辛いものがある。

 放置しようか。そんな考えが浮かび始めた途端に、ノアはむくりと起き上がった。

 

「腹が減った」

「……リーダーが幼児退行を起こしましたね」

 

 まるで小学生である。しかし、それも無理からぬことだろう。なにせ6時間も話を聞かされていたのだから。

 異常な回復の早さに、立香は戸惑いつつも、

 

「それもそうですね、あっ、ヒナコさんもご一緒にどうです?」

 

 意表を突かれ、ヒナコはぎょっと固まる。

 

「わ、私は止めておくわ。読みたい本もあるし」

「まあまあ、そう言わずに!」

「ちょっ、離しなさい! 対人距離の詰め方イカれてるんじゃないの!?」

 

 

 

 そんなこんなで。

 一行は食堂の前にやってきたのだが、どういう訳か人っ子ひとりいない状況だった。

 食堂の扉にデカデカと張り紙がしてあった。そこに書かれた文面を、立香が読み上げる。

 

「『料理人が全員倒れたので臨時休業とします。休憩室としてお使い下さい』……え、何この学園祭みたいなノリは」

「こんなんで良いのかカルデア。他人の腹も満たせない奴が世界なんて救えるわけねえだろ」

「今回ばかりはリーダーに同意せざるを得ませんね。アン●ンマンを見習ってほしいです」

「全く隠せてないんだけど。誰がどう読んでもアンパンマンじゃない。●が逆にメタファーになっちゃってるじゃない」

 

 明らかに取ってつけたような休業の理由に、各々文句を垂れる。そうは言いつつも、誰も自分が作ると言わない辺り料理スキルの低さを表していた。

 とはいえ、彼らもそれなりに空腹だった。四人が口を閉じると、当然沈黙が訪れる。

 俗に言う無言の圧力。誰かがどうにかしろ、という醜い争いが水面下で行われていた。

 そんな状況を打開したのは思いがけぬ人物だった。

 

「……こんなところで何をしている?」

 

 突如、沈黙が打ち破られる。彼らが振り返った先にいたのは、細剣のような杖を持った金髪の美青年。もとい、キリシュタリア・ヴォーダイムである。

 立香とノアがカルデアに来てから約一週間、彼の名前を聞かない日は無かったと言って良い。なにしろ彼はAチームのリーダーで、時計塔でも別次元の才能を示した男だ。

 対するノアはEチームのリーダー。それも1000年以上も引き籠もっていた家系の正体不明の魔術師である。キリシュタリアには並々ならぬ感情を抱いているだろう。

 一方立香は、何だかよく分からないけどすごい、という一般人然とした感想を持っていた。科学を志していない人間が、アインシュタインの相対性理論のどこがどう凄いのかは理解できないのと同じだ。

 最初に口を開いたのはノアだった。意外なことに、その口が吐くのは恨み言ではなかった。

 

「丁度いいところに来たな。メシ作ってくれ」

 

 完全に頼む人間を間違えているとしか思えないノンデリカシー発言だった。

 

「リーダー、それは流石にまずいんじゃ……」

「ふ、良いだろう。手ずから料理を作るのは久しぶりだ」

「えぇ!? 良いんですか!!?」

 

 立香はひとり翻弄させられる。同じAチームに所属するマシュとヒナコはと言えば、信じられないようなものを見る目つきでキリシュタリアを見ていた。

 誘われるままに食堂の席に着かされる。キリシュタリアはてきぱきと準備をしながら、まるで一流の執事のように訊く。

 

「アレルギーなどはあるか?」

「な、ないです」

 

 そう言うと、厨房の裏へ引っ込んでしまう。

 しばらくして軽快な包丁の音や鍋を火にかける音が聞こえてくる。すると、ノアを除く三人は矢継ぎ早に喋り出した。

 

「よりにもよってキリシュタリアに作らせるとか、あんたどんな神経してるのよ」

「ヒナコさんの言う通りですよ。しかも初対面の人に頼むとか、私たちEチームの評判がまた下がりますよ」

「先輩には大変気の毒なのですが、Eチームはもはや評判どうこうではなく終わっています。もはや息をする死体です」

「私の後輩が辛辣すぎる」

 

 ノアは目を細めながら言う。

 

「待てお前ら、あいつとは初対面じゃねえ」

 

 それを聞いて、マシュと立香は思わず声を揃えて、

 

「「引きこもり魔術師なのにですか?」」

「はっ倒すぞ」

「あんたら仲良いわね」

 

 ノアが言うにはこういう経緯だった。

 ……事は二日前の深夜。いつものようにレフ秘蔵の酒を飲み明かしていたノアは、気付けば、何故か半裸で見知らぬ廊下に放り出されていた。

 

「……なんで半裸? 何故かも何も犯人はレフしかいないでしょう」

「ヒナコさん、いちいちツッコんでたら話が終わりません」

「そ、そうね」

 

 人が寝付く深夜、カルデアでは節電のため一部施設の電源が落とされ、廊下の照明も薄暗くなり、暖房の温度も下がることがある。淡く光が照らす廊下を、ノアは酒瓶片手に徘徊していた。

 しばらく歩いていると、体の芯が固まるほどの悪寒が襲ってくる。

 

「いやー、アレは怖かったな。理由も分からないし」

「半裸で夜徘徊なんてしてたら体が冷えるに決まってるでしょうが!? というか完全に不審者じゃない! もし遭遇してたらと思うとゾッとするわ!」

「悪寒だけにな」

「全然うまくないわよ! そのしたり顔をやめろ!」

 

 とにかく体温を確保するために、隅に体育座りの姿勢で座り込んでガタガタと震えるノア。そんな折に舞い降りた救世主がキリシュタリアだった。

 聞けば、手隙の彼は他の部署の仕事を手伝っていたらしい。憔悴…泥酔していたノアはキリシュタリアの介抱を受け、しばし魔術談義に花を咲かせたという。半裸で。

 そこまで聞き終え、マシュは率直な感想を口にした。

 

「憎きAチームのリーダーとよく仲良くなれましたね」

「悪いのは所長だからな」

「そうさせたのはリーダーじゃないですか。自業自得ですよ」

 

 ぐさりと立香の胸に言葉の刃が突き刺さった。マシュの思わぬ流れ弾をくらった彼女は、ふと雑音に耳を傾ける。

 鍋を何度も振り回す音。察するに火力は相当強い。嗅覚を研ぎ澄ませてみると、肉と胡椒の匂いがした。

 

「……もしかして、チャーハン作ってません?」

 

 すると、マシュとヒナコは何とも言えない苦笑じみた顔になる。

 

「あのキリシュタリアさんがですか? 正直、イメージに合わないというか……」

「そうよ。期待はずれにもほどがあるわ」

 

 しかし、ノアだけは頷いて、

 

「案外分からねえぞ。あいつみたいなのが意外と友達の母ちゃんが作るようなベチャベチャのチャーハン出したりすんだよ」

「ですよね!? でも私は水気のあるチャーハンのほうが好みですよ!!」

 

 立香の思わぬ暴露に、ノアの目は一気に汚物を見るような視線を放つようになる。

 

「藤丸、お前は異常者だ。お前はあいつの水っぽいチャーハン食ってろよ。俺たちはパラパラのやつ食うから」

「へーぇ、なら良いですよ。パラパラとパサパサを履き違えたチャーハンでも食べてたらいいじゃないですか。私はキリシュタリアさんのベチャベチャのやつで十分なんで!」

「お二人とも、キリシュタリアさんがベチャベチャのチャーハンを出すと決まったわけではありませんが!?」

 

 愚にもつかないやり取りを見て、ヒナコは大きなため息をつく。食べ物の嗜好ひとつでこれほど言い争えるのは、それほどの熱量があるからだろう。

 

(いえ、ただの馬鹿ね)

 

 一瞬羨望の念が浮かびかけたが、ヒナコはそれをきっぱりと引きずり落とす。

 彼らが駄弁っている内に、厨房からキリシュタリアが姿を現した。全員の視線が一手に集まる。

 果たして、彼が作った料理とは――――

 

 

 

 

「……なんてこともあったなぁ」

「先輩、回想オチは投げやりすぎませんか」

 

 カルデア、管制室。

 この管制室は重要施設が一挙に集まったカルデアの心臓部である。地球を複写した疑似天体カルデアスや、これを観測するレンズ・シバ。さらにはレイシフトを行うためのコフィンまでもが設置されている。

 今は人理修復の第一歩、レイシフトの実証実験が開始される直前。Aチームは先遣隊として特異点に送られる手筈だ。

 そんな重大な場面で、カルデアの問題児ことEチームの二人はずかずかと管制室に入り込んでいた。当然、所長は鬼の形相で止めにかかったのだが、レフが気を利かせたことで難を逃れた。

 立香がマシュにする話はどれも他愛のないものだった。あるいは、緊張をほぐすためにあえて任務の話は避けているのかもしれない。

 マシュの口角が自然と持ち上がる。

 藤丸立香という少女はある意味で最も無垢な存在だ。策謀と悪意が渦巻く裏の世界を知らぬ穢れ無き存在。

 魔術とはすなわち魔道。

 それに手を染める人間は、得てして何がしかの欲望に取り憑かれている。その最たる例が根源への渇望だろう。

 けれど、彼女は違う。自分と他者の平穏を、つまり長閑やかな日常を心の底から願える数少ない存在だ。

 だから、その日常の一員に成りたいと想う。それこそが、マシュが人理修復を志す理由だった。

 

「ところで先輩、リーダーはどこに?」

 

 立香は視線でノアの居場所を示す。そこはキリシュタリアのコフィン。会話の内容は聞き取れないが、ノアの顔は真剣そのものだ。

 初めて見る彼の表情に、立香とマシュが抱いた感情は驚愕であった。

 

「……驚いたな。そんな言葉が飛び出すとは」

 

 キリシュタリアははっきりと言い切る。

 

「―――ノアトゥール。()()()()()()()()()。逆も然りだ。私は君にはなれないし、(ヒト)他人(ヒト)に変わる道理など存在しない」

 

 ノアはそれを受けて、牙をむくように笑う。

 

「……それは分かってる。適材適所だ。俺にできないことをお前はできるが、裏を返せばお前にできないことを俺はできる」

「ああ、その通りだ。そもそも才能の方向性が違う」

 

 キリシュタリアはひとつの例え話をした。

 この人理修復が一本の道だったとして。その道のりには無数の困難が待ち受けている。分かれ道だってあるだろう。

 その前提において、キリシュタリアはあらゆる全ての障害を打ち払い、最適の道を歩くことができる。行動に無駄はない。必ず最適解を導き出し、果断なくそれを実行できる。

 ノアに最適解を選ぶ能力が無い訳ではない。とはいえ、一切の失敗なく道を歩き切ることは到底不可能。そんなことは、この地球上においてキリシュタリアしかいないだろう。彼だけが歩くことのできる道――それはまさしく見る者を惹き付ける完全無欠の覇道なのだ。

 それに対して、ノアは新たな選択肢を創る。道を無視して、空飛ぶ気球を持ち出すといったように。

 その選択肢が最適であるとは限らない。通常考えられぬ速度で目的地に着く最高の結末を導くこともあれば、風に流され遠回りになることもあるし、気球が墜落して最悪の結末を招くことも考えられるだろう。

 

「だが、空からの景色は地を歩くのみだった私には、思いもつかぬ絶景であることに違いはない。その道のりは、得てして劇的だ」

 

 そして、決定的な一言が、

 

「その才能(ちから)は誰かのために使え。さもなくば、終わりに待つのは自分自身の破滅だ」

 

 まるでノアを呪うように。

 まるでノアを言祝ぐように。

 その言葉は、鎖となって彼を縛る。

 最後に、キリシュタリアは微笑んだ。

 

「ノアトゥール。君の導き手は私ではない。力を捧げるなら、その者が良いだろう」

「……俺は」

 

 言いかけた瞬間。

 巻き起こった爆炎が、視界のすべてを赤く消し飛ばした。




キリ様とノアくんの会話の全貌は後々明らかになります
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