自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録 作:なまゆっけ
ノアたちが石兵八陣を脱出した場面から時間は遡り。
ローマ軍左翼最前線。
既に超神聖ローマ帝国の横陣に深く切り込んでいたローマ軍左翼だが、その地帯だけは一般兵の姿は見当たらない。
理由は単純明快。
一歩でもそこに足を踏み入れれば死ぬからだ。
炸裂する魔力の嵐。大地を焼き焦がす熱視線。それらは敵味方の区別なく、ただ立香たちを屠るために暴れ狂う。
津波のように迫りくる暴威を後方に背負いながら、ブーディカは自らの
それは反撃のためではない。この状況で最も護り抜くべき人間を救出するためであった。
「
「───はい!」
差し伸べられたその手を、少女は力強く掴む。
立香は戦車の上に引き上げられ、即座に後ろを振り返った。一面に立ち込める黒い霧。それは濃密な魔力を孕み、地上に滞留している。
息をつく間もなく、彼女は叫んだ。
「マシュ! ジャンヌさん!」
ブーディカの働きによって立香は危機を免れたが、マシュとジャンヌはその限りではない。定かならぬ安否を確かめるため、声をあげた。
返答はない。
しかし、代わりとばかりに炎の旋風が巻き起こる。黒霧を吹き飛ばし、辺りを光と熱で塗り潰す魔炎。せめぎ合う黒と赤の境界に、マシュとジャンヌはいた。
「こちらは問題ありません、先輩! いえ、いきなりこんな強敵と戦うことになったのが問題といえば問題ですが!」
「確かに…! こんなことになるならリーダーと代わってもらえば良かった!」
「アンタたち、減らず口を叩いてる余裕があるなら手と足を動かしなさいよ!」
マシュの盾は淡い白光を発しており、それが彼女たちを守ったことは明白であった。元より聖剣と邪竜の息を耐え抜いた防御。立香は自らの心配が杞憂であったことを知り、胸を撫で下ろす。
一瞬にして破壊の波を撒き散らした敵。
戦場の中心では、漆黒の悪魔が屹立していた。
魔神柱・ダンタリオン。
天を突く醜い肉の巨塔。その表面に群生する眼球は、絶えず視線を彷徨わせている。
目は口ほどに物を言うとはこのことだろう。黙していても、その眼差しに秘められた殺意と敵意は物理的な威力をも伴っているかのようだった。
おそらくそれは比喩ではない、と立香は確信する。それと同時に、カルデアからの通信が繋がる。
「『立香くんのバイタルに異常が見られる! これはおそらく呪いによるものだ!』」
ロマンの声は緊迫感を帯びていた。
心拍数が上がり、体の芯に鈍い痛みが響く。じわりと浮く汗を拭い取り、立香は歯を食いしばる。
ブーディカは戦車の進路を反撃のために折り返そうとしていたが、その半ばで停止させる。
「呪い──!? あの嫌な感じのする目のせいか。とりあえずここから離れて……」
「いえ、このまま進んでください! 逃げても勝てません。呪いは私でどうにかします!」
呪いをかける上で、その対象を見るという行為は最もポピュラーな手法のひとつだ。
邪視。目に人を害する魔力が宿るという信仰は普遍的に存在する。ギリシャ神話のメドゥーサやケルト神話のバロールは邪視の代名詞であると言えるだろう。
ダンタリオンの邪視にメドゥーサやバロールほどの威力はないが、それでも立香を蝕むのには十分だった。サーヴァントには通用しないようだが、常人である彼女に呪いをかけることはそう難しくない。
だが、これは魔術による攻撃だ。サーヴァントが振るう剣や槍はどうしようもないが、魔術は対策を立てることができる。
立香は指先に魔力を集め、光に変換する。それをもって、服の上に紋様を刻んだ。
横に伸ばした楕円の中に、真円が描かれる。それは人間の目を表しており、邪視の魔除けとして世界中で見られる印であった。
邪視は多くの地域で信仰されていたため、それに対する防御の手段もまた数多く存在する。動物の角やナイフなど鋭利な物体、目の印もそのひとつである。中東やイタリアでは、手の平に目を描いたものが護符として扱われている。
魔術師としての立香の腕前は未熟なものの、利用した印は古来より信仰されてきた。対抗策として最上とは言えずとも、最適には近い。
早鐘を打つ心臓が普段の調子を取り戻し、体内に蓄積された痛みが引いていく。
立香は安堵とともに息を吐き出す。
「ドクター、私は大丈夫です。リーダーに教わった知識が役に立ちました」
「『こちらもバイタルが正常値に戻ったことを確認した。レイシフト前に伝えた作戦は覚えているかい?』」
「高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応、ですよね!」
「それは行き当たりばったりってやつなんじゃないかな?」
言いながら、ブーディカは苦笑いした。
戦車を引く二頭の白馬がふわりと地面を離れる。それに追随して車体が浮かび上がり、車輪が空を掻く。
ケルト系のイケニ族の女王であったブーディカの戦車は神々からの加護を受け、強力な防御能力と飛行能力を備えている。かつて二人の娘を乗せたこの宝具は、彼女の誇りそのものだ。
それに立香を乗せることに、何ら迷いはない。
血生臭い戦いとは無縁だった少女。流されるままに人理を救う使命を課せられ、戦場に放り出される。その心情を慮り、ブーディカは剣を強く握り締めた。
ローマに復讐するため戦った。
ブリテンのため、亡き夫のために剣を取ったあの日。戦場に出る恐怖を憎しみで押し潰したことを、彼女は決して忘れはしない。
──二度と、自分のような人間が生まれないように。
立香を守る。ただそれのみを誓い、ブーディカはそびえ立つ魔神柱を睨んだ。
数々の戦士を率いた勇敢な笑顔を見せ、彼女は立香に言った。
「しっかり掴まってなよ? ここから先は安全運転できそうにないから──!」
それは飛翔というよりは疾走。
八本の馬脚が空を蹴り、車輪が宙を駆る。
ダンタリオンの巨躯に比べれば、二頭立ての戦車と言えど蜂が周りを飛んでいるようにしか感じないだろう。
魔力が悪意を持って渦を巻き、強烈な暴風を引き起こした。
回避すれば接近は能わず、防御すれば熱線で撃ち落とす魔の渦動。対するブーディカはさらに速度を上げ、その渦中へと突撃する。
誰もが墜落を予想したが、その時はいつまでも訪れない。
絶えず変化する風の流れを読み、それに合わせて戦車を走らせる。一度風を読み間違えれば彼方へ跳ね飛ばされ、一歩戦車の操作を誤れば地面に叩き落とされる。卓越した騎乗スキルが無ければ成し得ない絶技だ。
ブーディカは剣に魔力を込め、真名を解き放つ。
「『
剣身より放たれる光弾。ひとつひとつの威力は恐れるべくもないが、問題はその数。
刃を一振りする度に五つもの光弾が撃ち出され、ダンタリオンを苛む。標的の大きさ故に詳細な見当をつける必要もなく、吸い込まれるように巨体に直撃する。
蜂の一刺し。それが幾度となく続けば、ダンタリオンにも限界が来る。空飛ぶ戦車にいくつもの視線を差し向け、その瞳に熱を集束させた。
「優先順位変更。まずは戦車を───」
それを遮るように、炎の波がダンタリオンの表皮を攫う。
「……へえ、私たちは取るに足らない存在ってこと?」
ジャンヌは不敵な笑みを貼り付け、纏う火を一層漲らせる。額には青筋が立っており、般若もかくやという形相にマシュは絶句した。
剣に炎を灯し、ジャンヌは駆け出す。
彼女は自らを守る盾であるマシュすら置き去りに、燃え盛る旗と剣の双撃を叩き込む。
凄絶な炎の乱舞。ダンタリオンの血が流れた瞬間に蒸発する大火力が、連続して浴びせられる。
オルレアンの戦いでは複数の敵に火力を分散させていたが、今回の敵は一柱。彼女が持つポテンシャルの全てを、眼前の悪魔に注ぐことができた。
ジャンヌは目を見開いて、
「カルデアに来てから、あのアホ魔術師に振り回されてこっちは頭に血が昇りきってるのよ! ダンタリオンだか何だか知ったこっちゃないわ! 大人しく燃えなさい!!」
「「…………」」
立香とマシュは心の底からジャンヌに同情する。
炎の強さは、ノアへ向けられた恨みの量なのかもしれない。そもそも初対面からして、激辛麻婆豆腐を口にさせられた仲である。彼女の恨みは正当な所しかなかった。
「じ、ジャンヌさんがそんなに溜め込んでいたなんて……今度リーダーを麻婆の刑に処しておきますね」
「強く生きてください……ジャンヌさん。わたしは貴女の味方です」
「『うん、まあ、ボクも専門外ではあるけどカウンセリングとかできるから、医務室に来てくれたら相談に乗るよ』」
「憐れまれるのもそれはそれでムカつくんですけど!!?」
彼女の嘆きに呼応して、火炎は勢いを増す。
それを黙って見過ごすダンタリオンではない。ブーディカへと向けていた意識を割き、ジャンヌの警戒へ回す。
空を駆ける戦車が蜂であるなら、巨体の直下で暴れるジャンヌは蟻。だが、その攻撃力は魔神柱の命にすら届き得る凶悪な熱を秘めている。
──一刻も早く排除すべきはこの蟻。
ダンタリオンはソロモン王が使役した七十二の悪魔の一柱だ。人間が持ち合わせる痛みも苦しみもなければ、逡巡することもない。
即断即決。思考から行動に繋げる速度は、この場の誰よりも頭抜けていた。
網の目の如く走る熱線。ジャンヌは即座に後方へと跳び、それらを潜り抜ける。
宙に浮いた一瞬。回避行動を取れないその瞬間をダンタリオンは狙っていた。
ジャンヌの横合いで魔力が弾け飛ぶ。純粋なエネルギーだけを使ったその爆発は、単純故に強力。余波だけで腕や足の一本は奪っていくだろう。
そうなれば、立香たちの戦力はほぼ半減する。攻撃の要であるブーディカとジャンヌ、その片方が脱落するのだから。
空気が震えるほどの轟音。
ダンタリオンにまぶたがあったなら、それは限界まで開かれていただろう。
「ジャンヌさん、怪我はないですか!」
身の丈を超える盾を携えた少女。マシュは背後のジャンヌを無傷で守り通していた。
ダンタリオンの思考回路は即断即決。不合理に動くことはなく、確実に敵を追い詰める一手を最速で導き出す。
ならば、次に打つ手を読むのは容易い。
道理に外れた行動を取らないということは、動きをすべて想定できるということ。どのような攻撃をしてくるかは分からないまでも、誰を標的にするかは読める。
ダンタリオンにとって、現状最も脅威なのは誰か。マシュがジャンヌへの攻撃を警戒することに、何ら不合理な点はなかった。
ジャンヌはマシュの問いを受けて、顔ごと目を背ける。
「ええ、傷ひとつないわ。私ひとりでもどうにかなったでしょうけど。……でも助かりました。あ、ありがと」
「……せ、先輩! パターン青、ツンデレです! リーダーの偽物のツンデレとは違う本物のツンデレがきました!」
「見てくださいブーディカさん! あれが真っ当なツンデレですよ! ウミガメの産卵くらいの希少映像ですよ!」
「『ウミガメの産卵映像はよくテレビでやってるんじゃないかな?』」
「……アンタたち後で燃やすわ」
思わず気が抜けるようなやり取りに、ブーディカは口角を上げた。
───ああ、この戦いは、良い。
彼女の戦争は、いつだって悲愴と憎悪に満ち溢れていた。
戦車が通ったあとには何も残らない。
ローマ人は全て敵だ。
禽獣にも劣る畜生の群れだ。
捕虜を取ることもしなければ、奴隷として売ることもしない。
ただ殺して殺して、殺し尽くした。
ブーディカが起こした反乱では、およそ八万人のローマ人が犠牲になったと言われている。その犠牲の多くは民間人が大半を占めていた。
火の輝きに魅せられた蛾のように。
死という名の断崖へ向かって疾走を続けるだけの戦争。後に残した轍を振り返る間もなく、彼女は生を終えたのだ。
けれど、この戦は違う。
歌物語のように勇壮で勇猛で。
世界を脅かす敵を討つための戦い。
絶望に落ちるのではなく、希望へ向かうことのできる──英雄のように。
「うん。やっぱりあたしにはこういう戦いの方が性に合ってるかな!」
煌めく無数の光弾。さながら満天の星空の如くその空域を埋め尽くし、ダンタリオンの肉を削ぎ落としていく。
滝のように流れる血が巨塔を赤く染めた。
どこまでも目障りな蝿を撃ち落とすべく、指向性を持った衝撃波が辺りを薙ぎ払う。
ブーディカはそれを予定調和のように躱し、攻撃の手を緩めない。そのことを、ダンタリオンは理解することができなかった。
──なぜ当たらない。なぜ一方的に嬲られている。
魔神柱の霊基はサーヴァント数体分。単体性能では大きく勝り、一対三のこの状況でも遅れを取ることはない。そのはずだった。
しかし、現状として痛打を与えることはできていない。持ち前の耐久力で命を繋いではいるが、それもいつかは限界が訪れるだろう。
ダンタリオンはあくまで機械的に、判断を下した。
体表に叢生する眼球が、泡のように増える。
「──『焼却式 ダンタリオン』」
その時、天より流星が降り注いだ。
否、それは魔神柱の頂点より地上に散布された極大の魔力塊。とはいえ、晒される側にとっては隕石が落下してくるのと何ら変わりはない。
攻撃が回避されるというなら、避ける隙間を潰す。攻撃が防御されるというなら、数の暴力で押し切る。
赤黒く禍々しい光を発する隕石群。空が落ちてくるかのような感覚に、立香は息を呑んだ。
空気を裂く轟音に負けじと、彼女は声を張り上げる。
「全員マシュのところに集まって! 宝具でこの場を切り抜けます!!」
「了解──仮想宝具、展開します!」
全身の魔力を盾に込める。
これまでの経験で、マシュは自分の宝具を完全にモノにしていた。
今回相対する流星群は間違いなく最大にして最多。
だがしかし、最強には程遠い。
騎士王が操る星の聖剣。あの一撃に比べれば───!!
「『
真上へ向けて巨大な円盾が形成される。
それはまるで咲き誇る華のように。しかして、その有り方は儚さとは真逆の位置にあった。数多の雨に晒されても折れぬ勇壮さを備えた大輪。それを目指して仲間は集う。
ブーディカと立香は悠々と盾の真下に滑り込む。攻撃のため、ダンタリオンに接近していたジャンヌだけが、未だ避難できないでいた。
「ジャンヌさん、令呪を──」
鬼気迫った立香の声。
数瞬先には隕石に押し潰される。そんな状況で、ジャンヌの胸中にあったのは心が霞がかるような違和感だった。
全身に炎を灯し、彼女は返答する。
「──必要ないわ。取っときなさい」
火炎が瞬き。
流星が落ちる。
次の瞬間、世界から色が失われた。
視界を端から端まで塗り潰す巨石群。次いで衝突音が聴覚の許容できる範疇を超え、音が失われる。
そんな状況にありながら、胸中に堆積する違和感は消えなかった。
世界を色づかせるように、疑念を打ち払うように、少女の声が無音を打ち破る。
「大丈夫ですか、ジャンヌさん。全身煤まみれじゃないですか! 念のために応急手当かけときますね!」
それでようやく、違和感の正体に気付いた。
「ねえ」
「何ですか?」
「なんでアンタ、私に敬語使ってるのよ」
これ以上ない率直な疑問。
質問を真っ向からぶつけられ、立香は怯んだ。
「じ、人類史に冠たる英雄に敬意を払ってですね……」
「そういう割には尊敬の念が感じられないんですけど?」
「誠意は言葉ではなく金額って言うじゃないですか。海より広い私の尊敬の感情も言葉にしたら伝わらないのかもしれません」
「その言い訳が既に敬意を感じさせないのよ!」
これは潮目が悪い。立香は自身の不利を感じ取ると、大げさな身振りで立ち上がった。
会話の間にも隕石は降り続いていた訳だが、盾と衝突する頻度は徐々に少なくなっていた。じきに攻勢に打って出ることもできるだろう。
「さ、さあ! ここが正念場だよ! ジャンヌも前に出過ぎないように注意して! 大丈夫、マシュの背後はセコムも裸足で逃げ出すくらい安全だから!」
「先輩、それは流石に手のひら返しが早すぎます!」
「その手首は、きっとモーターで出来ていた……」
「先輩はサイボーグだった……?」
愚にもつかないやり取り。それを終えて、立香はジャンヌの目を見据える。
「とりあえず、こんな感じでどうかな、
「……ええ、悪くないわ」
ジャンヌはマシュの防御範囲の限界まで歩き出す。両手に旗と剣を携え、彼女は言った。
「──令呪を寄越しなさい、
その一言に、もはや返答はいらない。
立香の手の甲から赤い光が解き放たれる。一画を残し、令呪の膨大な魔力がジャンヌの総身に宿る。
「敵の攻撃が終わります!」
マシュの合図とともに、ジャンヌは翔んだ。
炎を進行方向とは逆に噴射し、一直線にダンタリオンを射程に収める。
ブーディカの戦車ほどの飛行能力はなく、滞空もできないが速度は一級品。隕石に巻き込まれなかったのも、この滑空によるものだった。
湧き上がる莫大な魔力。追随して炎の勢いが強まり、左手の剣へと集束する。今までとは遥かにかけ離れた炎の純度を目の当たりにしたダンタリオンは、赤いコートの詩人の声で言った。
「いや、それは私まで死ぬやつ───」
依り代となった男の声は、届かない。
「『
令呪の援護を受けた彼女の炎は限界を超えて勢力を強め、魔神柱の巨体を呑み込んだ。火柱と化したダンタリオンは、煌々と輝きながら崩れていく。
天を突く巨塔は成す術なく灰へと還される。
ここに、ローマ軍左翼の戦いは終わりを告げたのだった。
三国のローマの激突。
それを制したのは、皇帝ネロの軍であった。
ロンバルディア平原の中央に位置する交通の要衝・メディオラヌムを抑えたことで、ローマ帝国はイタリア半島から侵攻の手を伸ばす土壌を得た。
それだけでなく、超神聖ローマ帝国とネオローマ連合の将を削ることができたのも大きい。ノアと立香両翼の軍が名だたる将を受け持ったことで、ネロの中央軍は存分に活躍することができたのだ。
結果的にはローマ帝国の大勝利なのだが、
「率直に言おう、余は機嫌が悪い!!」
ネロは頬張ったリスのようなふくれっ面でむくれていた。
戦争の後処理を終えた後、メディオラヌムの街に入ったローマ軍。今後の計画のために軍議を開いた直後の発言がこれである。
超神聖ローマ帝国とネオローマ連合の主立った将と激突したのは、ノアと立香たちである。今回の勝利にネロ率いる中央軍の活躍も不可欠なのだが、両翼のそれには及ばない。
つまりは、戦場で目立てなかったことが不満なのだった。
「戦果を挙げられるかどうかってのは運の要素も大きいからな。それに中央軍が気張らなきゃオレたちも自由に動けなかっただろ?」
「そうそう。功を焦って空回りすることもなかったんだからさ、気軽に考えれば良いよ」
「そうは言っても、余は目立ちたい! 慰められるのも悪い気はしないでもないが、讃えられてこその皇帝であろう!」
ペレアスとブーディカはフォローに回るが、ネロの表情は晴れない。そんな彼女に、エリザベートはなぜか勝ち誇りながら、
「どうやらネロを過大評価してたみたいね。私はこの美声で右の戦場を勝利に導いたもの! 戦果でも歌唱力でも上を行ったことを見せつけちゃったかしら!」
「くっ! 確かに戦果で劣ったことは認めるが歌唱力は認められぬ! どちらがより観客を沸き立たせるか、兵士の前で勝負と行こう!」
「ふふん。トップアイドルとしてその挑戦状、受けて立つわ!」
阿鼻叫喚の地獄絵図が作り出されることが決まった。
そのやり取りから離れたところで、ノアと立香は絶句していた。
彼らの視線の先には、何やら神秘的な紙片や歯車、果てには心臓が積み重なっていた。一見すればおどろおどろしいサバトの儀式である。
立香は粛々と口を開く。マスター二人の顔は心なしか描き込みが多くなっていた。
「ダンタリオンを倒したらこんな残骸が……」
「宝の山じゃねえか。魔神柱だったか? 1本と言わずに600万本くらい生えてくれ」
「あの、お二人の作画が劇画調になってるんですが」
ダンタリオンの残骸は、カルデアの運営に欠かせない素材の山だった。礼装として加工するもよし、燃料として活用するもよしの希少素材ばかりである。
しかし、見てくれはクセのある殺人現場だ。マシュは召喚サークルを通じてカルデアに素材を送り届けようとした。
……送り届けようとした。
「うわ、見てくださいリーダー! この心臓まだ動いてますよ!? つついたらビクビクしてるんですけど!!」
「甘いな藤丸。動脈の管に指突っ込んでみろ、浜に打ち上げられた魚みたいに跳ねるぞ」
「わぁ本当だぁ〜! 次はこの歯車とか突っ込んでみます?」
「オイオイ何言ってんだ。一応貴重な素材なんだぞ? ……三つまでにしとけ」
「「アヒャヒャヒャヒャ!!」」
そんな悪魔たちの哄笑を遮るように、ジャンヌは二人の頭上から拳を落とす。
「アンタたち頭おかしいんじゃないの!? 私より魔女っぽいことやってるじゃない!!」
「いや、いつジャンヌがツッコむかと」
「おまえはツッコミの反応が遅いんだよ。俺たちの欲しいタイミングでできるようにしろ」
ノアの暴論に、立香はこくこくと頷いた。
「こればっかりはリーダーの言う通りだよ。じゃあ、それを踏まえてもう一回……」
「今みたいなくだらない寸劇をもう一度見ろってこと!? アホか!」
「なんだよ、結構できるじゃねえか」
「なんでアンタは採点する側に回ってるのよ!?」
ジャンヌは肩で息をしながら、馬鹿二人の相手をさせられていた。その一部始終を間近で見せられたマシュは、かつてない同情を覚える。
「いつからわたしたちはお笑い集団になったんでしょう?」
「『それは割と最初からじゃないかな!』」
ローマ軍左翼、戦場跡地。
ダンタリオンの焼却式によって平原は跡形もなく掘り返されていた。月の表面のように多数のクレーターが穿たれ、緑の草原は岩場に作り変えられている。
その戦いに割り込む者はいなかったため、運悪く巻き込まれた者以外の死体はなかった。その死体も、人間の原形を留めてはいない。
荒れ地の中心には、唯一生存者がいた。
頭部に戴いた月桂冠。赤いコートで身を包んで座り込み、懐から取り出した紙の束に筆で文章を書きつける。彼の衣服はところどころが焼け焦げ、頬にも浅くない傷が刻まれている。
彼の集中力は常軌を逸していた。
瞬きもせず、息すらしていないのではないかと思わせるほどの無表情で、手だけを忙しなく動かす。口の端から垂れ落ちる血にも頓着はしない。
そこに、アレキサンダーと孔明がやってくる。赤いコートの男は彼らの来訪にすら気付かない。剣を振るえば容易く命を刈り取れるほどに、男は文章をしたためることに熱中していた。
アレキサンダーと孔明はため息をつく。征服王の手が男の肩を揺すり、ようやく紙の束から視線を外す。
「ようやく、君の詩人らしいところが見れたよ」
赤いコートの男は紙と筆を懐にしまう。彼は気だるげに月桂冠を脱ぎ、頭を軽く掻いた。
「やあ、これは恥ずかしい。作家にとって、執筆途中の作品を見られることほど歯がゆいものはありません。ところで、アレキサンダーさんは随分と見た目が変わりましたね?」
男の言うように、アレキサンダーは以前の幼い姿ではなく、青年ほどの姿に成長していた。彼は何でもないことのように、
「『
けたけたと笑うアレキサンダー。いたずらな笑みに、孔明は肩を竦めた。
「……やれやれ。あんなものに変身して、よく生きていたものだ」
「私自身かなりの物好きと自覚しておりますが、アレと心中するほど酔狂ではありませんよ。依り代になるのも押し付けられたようなものですし。孔明さんも共感してくれるのでは?」
「ああ、全くだ。損な役回りを演じるのには慣れているが、今回は殊更酷かった」
「ですよねえ。私もいつかは振り回す立場になってみたいものです」
そう言って、彼らは苦笑する。
愚痴を言い合う様は、殺し合う敵同士と言うよりは親交を重ねた間柄のようにも見えた。
赤いコートの男は笑みを保ったまま問う。
「それで、ご用件は? 私を殺しにでも来ましたか?」
「「…………」」
「え、何ですかその何とも言えない目は!? ケンタウロスのケイローンさんからも同じ視線を受けた覚えがあるんですが!!」
「憐れみだよ。そもそも殺すのが目的なら、今頃さっくり斬ってるはずだからね」
「なるほど、合点がいきました。ケイローンさんくらいの人物ともなれば、私の心根を見抜くのも容易かったのでしょうね」
アレキサンダーは愛馬に跳び乗る。孔明もそれに続き、男へ視線を注いだ。
「カエサルの代わりに、お膳立てしてくれるんだろう? 」
「ええ、そう時間はかかりません」
赤いコートの男は立ち上がる。
彼の目は、地面に転がる肉片を捉えていた。
「戦争に協力するのは気乗りしませんが、あの男の言いなりになる方が憂鬱ですしねえ」
詩人は、初めて顔貌に感情をにじませる。
その表情に込められた感情とは───
「レフ・ライノール。目に物見せてやりますよ」
──静かに燃え滾る、怒りであった。