自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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第19話 天に至りし見神の詩人

 ローマ帝国最前線都市、メディオラヌム。

 先の会戦で大勝を収めたローマ軍は、メディオラヌムの防備の強化に心血を注いでいた。その理由は無論、超神聖ローマ帝国とネオローマ連合の侵攻を警戒してのことである。

 あの戦いから数日が経過したが、ネロたちの敵である二国の動きはなかった。

 軍の再編に手間どっているのか、もしくは動けぬ事情があるのか。現代のような通信手段が無いこの時代において、戦争は思ったよりも緩やかに時間が過ぎていく。

 そもそも、隣の都市に移動するまでに数日を費やすような時代だ。

 現代に溢れる膨大な娯楽は、このような余暇を埋め尽くすために発明されたのかもしれない。のんびりと軍備を整えている陣中の様子を見て、マシュはぼんやりと思った。

 装備の点検を行い、物資を指定の場所に運び、必要な分の糧食を管理する。輜重は軍隊という名の生き物にとっての生命線である。これを怠っては勝敗以前に、戦うことすらままならないだろう。

 そんな折に、ひとりの男が呟いた。

 

「……オレの宝具って地味だよな」

 

 場の視線が一気にペレアスに集まる。彼は虚ろな目で、憎たらしいほどに真っ青な空を見上げていた。

 彼の宝具が強力なことには間違いないが、見栄えの点で言うと他のセイバーには確かに見劣りするだろう。エクスカリバーやバルムンクのような豪華絢爛な宝具に憧れるのも無理はない。

 凍り付いた空気。いたたまれない雰囲気が流れ、ノアが口を開く。

 

「おまえの場合は原作からして地味だがな。セイバーの癖に剣の逸話が少なすぎるだろ」

「お前に言われると無性にムカつくんだが!? くそっ、オレに知名度さえあれば!!」

「確かにペレアスという名前で有名人といえば、ペレアスとメリザンドの方ですからね。いささか分が悪いと思われます」

 

 マシュに容赦ない事実を突きつけられ、ただでさえ虚ろだったペレアスの瞳から、さらにハイライトが失われていく。

 ペレアスとメリザンドとは、20世紀最大のフランスの作曲家ドビュッシーが手掛けたオペラである。もちろん、アーサー王物語におけるペレアスとは何ら関係がない。

 ドビュッシーが傾倒していたワーグナーという作家は、トリスタンとイゾルデというオペラの作曲を担当した。トリスタンの人気がうかがえる結果であろう。

 一部始終を聞いていた立香(りつか)は何の気なしに言った。

 

「思い切ってイメチェンしてみたらどうですか? 宝具はもうどうにもならないので、別のところで地味さを払拭していきましょうよ!」

「良いこと言うじゃねえか。こういうのは地道にやっても意味がないからな。荒療治くらいが丁度いい」

「待てお前は関わってくるな! おもちゃにされる未来しか見えねえ!」

 

 ペレアスが遁走しようとしたその時、幕屋を突き破ってネロが現れる。

 

「話は聞かせてもらったぞ! 皇帝ネロの名の下に、これよりファッションショーを開催する! もちろん主役はペレアスだ!」

「うわあああああ嫌だああああァァァ!!」

 

 そんなこんなで。

 都市の大広場に建てられた特設ステージに、ローマ帝国が擁するサーヴァントとマスターたちが集められた。よほど暇なのか、ステージの前にはちらほらと兵士の姿も見えた。

 カエサル然りカリギュラ然り、ローマ皇帝はかなりの浪費家揃いだが、ネロの浪費癖も負けず劣らずのものだ。64年のローマ大火のあとに彼女は黄金宮殿(ドムス・アウレア)を作り、市民から大顰蹙を買うという事件も起きている。

 ステージの端からペレアスが登場する。彼は豪奢な金ピカの鎧に身を包んでおり、首や手首からきらびやかな宝石をあしらった装飾をぶら下げていた。

 ネロとエリザベートは自信満々にペレアスの横で笑っていた。当の本人が無表情で絶望しているとも知らずに。

 

「どうだ! 余とエリザベートが合同で手掛けたこの戦装束は! 敵味方双方を魅了する戦場の華──うむ、我ながら見事な出来と自負している!」

「アイドルたる者、ファッションにも敏感でなきゃね。私としては血糊とか付いてた方がオシャレだと思うんだけど」

 

 ジャンヌは南極の氷よりも冷ややかな目つきで言った。

 

「悪趣味ね。美的センス崩壊してるんじゃないの?」

「わたしもこれは少し嫌いですね。間違えました、嫌いというより不快です」

「一人称が(オレ)になってそうだよね」

「戦場でこんなの着てたら、真っ先に狙われて危なくない?」

 

 女性陣からの評価は散々だった。相当な成金趣味でない限り、誰でも同じ評価を下すに違いないだろうが。

 

「なっ!? 黄金だぞ、宝石だぞ!? こんなものは付ければ付けるほど美しくなる魔法の物体であろう!」

「そうよ! カレーで言う福神漬けみたいなものじゃない! あったらあっただけ嬉しいじゃない!」

 

 騒ぎ立てる二人に立香は、

 

「すみません、この場合はカレーと福神漬けじゃなくて福神漬けが九割になってるんですが。お皿いっぱいに脇役載せられても困ります」

「え、待って立香ちゃん。オレってそんなに存在感ない? 漬け物程度の男になるのは嫌だァ!」

「自惚れんなペレアス。おまえは食い物に例えたら、カレーでも福神漬けでもなくらっきょうだ」

「結局漬け物かよ!!? 巡り巡ってもカレーのお供じゃねえか!!」

 

 ペレアスの悲痛な叫びがこだまする。

 ネロとエリザベートはよもやここまで酷評されるとは思っていなかったのだろう。二人は地面に手と膝をついて撃沈する。正直、それをしたいのはペレアスのほうだった。

 そこで、ブーディカが立候補する。

 

「じゃあ次はあたしに任せてよ。これでもちゃんと王妃やってた時は、着付けの勉強もしてたから」

 

 ペレアスはブーディカによって、舞台裏へと連れて行かれる。彼は死んだ魚の目をしていた。

 しかし、ネロやエリザベートとは違ってブーディカは真っ当な感性を持っている。少なくとも前より酷くなることはないだろう。

 数分後、ペレアスは着替えを終えて出てくる。

 裸の上半身に布を巻き、右手と左手にはそれぞれ斧と盾。防具と言えるのは頭部の兜くらいで、他はほぼ無防備に近い。伝統的なケルト戦士の装いであった。

 1世紀のケルト戦士はほとんど全裸のような格好をしていたのだが、そこはデキるお姉さんのブーディカ。配慮の見える結果である。

 立香は顎に手を当てながら言う。

 

「なんか蛮族感が凄いですね」

「騎士なんて蛮族みたいなもんだろ」

「リーダーにだけは言われたくないと思いますが」

「何にしろ無難にまとまってて面白くないわね」

「おい、ここまで身を切ったんだからもっと感想をくれ!!」

 

 ペレアスの悲痛な叫びを横目に、ノアはわざとらしくため息をついた。

 

「分かってねえな。ファッションは足し算だけしてれば良いって訳じゃねえんだよ。おまえらがやったことはラーメンにトンカツ乗せるようなもんだからな。どう考えても胃もたれするだろ。ラーメンはラーメンのままで良いんだよ。引き算をする勇気を持て」

「軍服風の礼装着てる足し算男が何言ってるんですか? カロリー高すぎて胃もたれします」

「さっきペレアスさんのことらっきょうって言ってましたよね。らっきょう単品とか絶対に嫌ですよ」

 

 ノアはマシュと立香の口撃を飄々と受け流し、

 

「という訳で俺が暇つぶしに作った魔術をかけるぞ。新たに得た竜殺しの個性を活かしてやるよ」

「でもペレアスさんって対魔力ありましたよね?」

「ほぼほぼ死んでる設定じゃない。ランクCの対魔力とか無いも同然でしょ」

「ジャンヌちゃん、それ以上はオレの心が死ぬからやめようか」

 

 もはやファッションとは遠くかけ離れていたが、それをツッコむ者は誰もいなかった。人間は肝心な時に歯止めがかけられない生き物なのだ。

 ノアは右手に魔力を集めると、それをペレアスに向けて放つ。

 

「オラァァ喰らいやがれェェェ!!」

「ぐあああああああ!!!」

 

 カッ、とまばゆい光が生じた後、ペレアスを中心に大爆発が起きた。ステージが一瞬にして黒煙に包まれ、衝撃波が髪を逆撫でる。

 明らかに死人が出るような爆発だが、ステージには傷ひとつ付いていなかった。何とも都合の良い状況に、マシュはただ目を細めた。

 立香は口元を手で覆いながら、泡を食うように言う。

 

「大丈夫ですか! ペレアスさ……」

 

 そこで、彼女は言葉を失った。

 爆発の中心地に立ちすくむペレアスと思しき人物。黒染めの鎧と外套を纏い、左手は鋼鉄製の義手。何よりも目を引くのは身長ほどの大剣を背負っていることだ。

 ノアは台本らしきものを取り出す。仰々しく咳払いすると、彼はその文面を読み上げた。

 

「それは剣というにはあまりにも大きすぎた。大きく、分厚く、重く、そして大雑把すぎた。それはまさ──」

「おいこれ竜殺しってかドラゴン殺しじゃねえかァァァ!!!」

 

 ペレアス渾身の飛び蹴りをくらい、ノアは地面を転がった。倒れ伏す彼に、ここぞとばかりにエリザベートとネロが追い打ちをかけに行く。

 

「結局足し算してるじゃない! 素材の味がどうにもならないから味付けでごまかそうとしてるじゃない!!」

「しかもパクリとはどういうことだ! 余は芸術家として許せぬ!!」

「待て待て、竜殺しもドラゴン殺しも変わらねえだろ。ちょっと絵柄に書き込みが増えただけだ」

「増えすぎて連載止まってますけどね」

「先輩もリーダーも気軽に第四の壁を越えないでください」

 

 マシュが呆れたその時、ひとりの兵士が馬を駆ってネロの元へやってくる。彼の慌てようは、顔色の見えづらい兜の上からでも読み取れるほどだった。

 馬の息も切れており、相当の距離を飛ばしてきたことが分かる。並大抵の事態ではないことを察し、緩みきっていた空気が引き締まる。

 彼は馬の背から降りると、ネロの前に膝をついた。

 

「ほ、報告! 我が軍が次の攻撃目標としていたマッシリアの都市が消滅しました!」

 

 ネロは何度か目を瞬かせると、首を傾げる。

 

「…………消滅? まさかまるっきり消えた訳ではなかろう」

「いえ、まるっきり消えました」

「なんだその急展開は!? 劇だったらブーイングが飛び交うところだぞ!」

「まあ落ち着きなよ。どうして消えたのかまだ聞いてないんだからさ」

 

 ブーディカに諌められ、ネロは平静を取り戻す。危うく皇帝の威厳を失いかけていたネロは、深呼吸を挟んで経緯を兵士に問い質した。

 それによると、神祖ロムルスと白髪の女性がマッシリアで争い、戦いの末に都市が吹き飛んだのだという。

 ひとつの都市を消すほどの力を持った英雄たちの激突。ネオローマ連合の首領であるロムルスと対抗できる存在───三国の間では『神の鞭』と呼ばれる超神聖ローマ帝国の切り札であった。

 ネロはこめかみを指で揉みほぐしながら唸る。

 

「なぜこのタイミングで切り札を出してきた? 両国共にそこまで窮した訳でもあるまい。立香よ、軍師としてこれをどう見る?」

「何か事情があったのかもしれませんね。どちらかが私たちを狙っていたなら、わざわざ戦わずに無視していれば良かったんですし」

「うむ、余もそう考える。して、その事情とは?」

「さっっっぱり分かりません! 読めなかった……この私の目をもってしても!」

「先輩は南斗五車星だった……?」

 

 頭を悩ませるネロと立香。彼女たちに畳み掛けるかのように、続けて騎馬兵が走り寄って来る。彼は先客がいることを見て口ごもったが、ネロが手で制した。

 

「良い、何があったか報告せよ」

「は、はっ! それが──超神聖ローマ帝国の将を名乗る者が、我が軍に寝返りたいと……」

「…………超神聖ローマ帝国?」

「はい、超神聖ローマ帝国です」

 

 ネロは半ば涙目で立香たちに振り返り、

 

「余は頭痛がしてきた! もう寝るぞ!」

 

 引きこもろうとする皇帝を全員で止める羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 

 それは、数日前のこと。

 超神聖ローマ帝国首都、裁判所。

 空には真円の月が昇り、無数に灯された松明が暗い法廷を照らす。

 その部屋の中には、たったの三人しかいなかった。

 議場の中央に立たされた赤いコートの男を見下ろすように、カエサルとレフが並ぶ。

 男の顔面は真っ青に染まり、ダラダラと冷や汗を垂れ流している。氷河に投げ出されたかのように全身が震え、右へ左へ視線を泳がせていた。

 彼は戦場から帰還したばかり。自分で手当てしたのか、包帯が雑に巻き付けられている。

 カエサルは愉悦の笑みを浮かべる。どん、と鞘に収まった剣で床を突き、精一杯の威厳を込めて言う。

 

「何か申し開きは──」

「申し開きしかありませんよォォ!! 私は絶対に敗戦の責は負いませんからね!? ダンタリオンが弱かったのが悪いんですよ、何ですかアレは!? ただのデカいだけの大根じゃないですか!!」

「死刑」

「イヤアアアアアアア!! この鬼畜! 外道! 来た見た太った!」

「よし、そこに首を差し出せ。私手ずから裁きを下してやる」

 

 罵り合う皇帝と詩人。レフは額に青筋を立てると、不毛な言い争いを一喝して収めようとする。

 

「もういい、黙れ! 貴様らには問い質したいことがある。カルデアの連中が来たことは良い。だが、ネオローマ連合との戦いで奇襲を受けたことはどう説明するつもりだ……!」

 

 怒気を越え、殺気をも孕んだ眼差しが赤いコートの男を貫く。

 先の軍事行動の機密を握っていたのは、赤いコートの男だ。何処を何時、如何ほどの規模の軍勢で攻めるのか。ローマ軍が大勝をあげた要因はその情報を握っていたからだ。

 カルデアの戦力が加勢したのも予想外ではあったが、元々レイシフトのタイミングを読むことなどできない。戦術上での奇襲を受ける覚悟はできていた。

 だが、今回の敗戦では、ネオローマ連合を抑えてローマ帝国を落とすという戦略を台無しにされた。情報の流出源に当たりをつけるとするならば、その出処は限られている。

 

「どこから情報が漏れたのか……いやはや、全くもって見当がつきませんねえ。機密の管理はカエサルさんも関わっていたことでもありますし。犯人は私かカエサルさんですよ」

「ならば貴様だな。虚偽の報告書を私に提出し、ローマ帝国に情報を流した。これで説明がつく」

「──えっ? そういう流れになります?」

「他に何が考えられる? 今回の軍事行動の管理者は貴様だ。私は上がってきた書類を確認しただけ。そもそも私が敵国に情報を流すメリットがないだろう」

 

 赤いコートの男は、暫時考え込んだ。しばし沈黙が流れた後、彼は堰を切ったように喋り出す。

 

「…………よっ、よよよよくもそんな詭弁が思い浮かびましたねえ!? 地獄の最下層にどんな罪人が落ちるか知ってますか!? 裏切り者ですよ! イスカリオテのユダと同じですよ、ブルータスですよ!!?」

「裏切り者は貴様だろう」

「証拠はあるんですか!?」

「証拠ならある」

 

 男は糸で引き寄せられたように、レフの方を向いた。

 

「ローマ帝国とネオローマ連合の兵を尋問して訊いた。赤いコートの男が超神聖ローマ帝国の機密を流しているとな」

「ああ、これ赤じゃなくて朱色……」

「お前がそれを朱色と思っていようが関係ない。証言したのは他人なんだからな。以上を踏まえて、もう一度訊いてやる───申し開きはあるか?」

 

 赤いコートの男は右の口端だけをひくつかせながら、顔色を土気色に染める。

 もはやこうなっては言い逃れのしようはない。最初からレフは裏取りを済んでいたのだ。犯人は自分かカエサルか、選択肢を絞った時点で自分がそうであると自白しているも同然だ。

 見事にカマをかけられた。男の表情がレフからどう見えていたかは知る由もない。彼は顔をうつむかせ、すすり泣くような声をあげた。

 力量差は考えるまでもない。男は数いるサーヴァントの中でも、単純な戦闘能力なら間違いなく最弱クラスの英霊だ。腕っ節ひとつ取っても、訓練された人間にも勝つことができない。

 ぎぎ、と左の口端が持ち上がる。腹の奥からせり上がる声を喉で歪め、歯の隙間から押し出す。

 この窮地において彼は────

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 ───笑っていた。

 面を上げ、レフに双眸を向ける。

 

「そういえば、思い出しましたよ」

 

 意図のつかめない言葉。レフはほんの少しだけ眉根をひそめた。

 

「マクシミリアン・ロベスピエール。確かに、彼は本来あの特異点にはいなかったはずの存在でした。人理焼却という人類史の大災害に際して、私たちがあの女に集められるまでは」

 

 詩人は天を仰ぐ。

 まるで、その先にいる何かを見据えるように。

 

「───遥か高次元、永遠の領域(プレーローマ)に坐す知恵の女。人間という生物種の罪業の一端を顕す七人の英霊、『暗黒の人類史』……人理焼却の黒幕──かの魔術王とあの女は繋がっていると見ました」

「……黙れ」

「私をダンタリオンの依り代にして、言うことを聞かせていたのもあの女の入れ知恵でしょう? カルデアの方々を始末しきれなかった失敗を取り返すのに躍起になっているようですしねえ」

「貴様……!!!」

 

 総身を圧迫する濃密な殺気。極寒の冷気にも似たその空気に晒されながら、赤いコートの男は満面の笑みを浮かべた。

 

「そういうことで、今言った情報を持って私はローマ帝国とカルデアに寝返ります!! 特にカルデアの方々には高く売れるでしょうねえ!? ケツまくって逃げるんで、全力で捕まえに来てどうぞ!!」

 

 瞬間、辺りを照らす松明のことごとくが燃え尽きる。

 天井を崩落させ、月光が射し込んだ。

 しかして、その光は別の何かによって遮られた。

 夜空を真っ二つに引き裂く巨塔。

 表面に群れる眼球は血走り、殺意を込めて詩人を睨みつける。

 魔神柱・フラウロスは咆哮を轟かせた。

 

「───殺す!! 貴様の魂を一片残さず焼き尽くし、その後にカルデアの連中を──ノアトゥールを殺す! 小娘共は後回しだ、今は貴様とあの男が最大の障害………!!!」

 

 その啖呵を、詩人は鼻で笑った。

 彼は懐から詩を書き付けた紙の束を右手で取り出す。

 

「そうですか? 私はあの赤毛の少女こそを、最も警戒すべきだと思いますが……たくさんあるその眼も、節穴ばかりでは不便でしょう」

「よく回る舌だ、死に際の強がりは見苦しいぞ!!」

「……いえ、私は死にませんよ」

 

 右手で握り締めた紙の束。それをまとめる糸を歯で引き抜き、天へと紙片を放り投げた。

 夜空を舞う数十枚の詩。

 表面に書きつけられた文字が光となって宙を浮遊する。

 それらは全て、先の戦争の死者を悼むものだった。

 

「お見せしましょう、私の宝具を」

 

 そして、現実は心に塗り潰される。

 

 

 

 

 

 

「───『至高天に輝け、永遠の淑女(ディヴァーナ・コンメディア)』」

 

 

 

 

 

 

 それは、戦いと呼べるものではなかった。

 一方的な強奪、略奪、簒奪。

 逃れる術など存在しない。

 発動させた時点で、結末は確定する。

 理不尽で。 

 不条理で。

 それでいて、美しい。

 勝負は一瞬で決着がついた。

 夜空を二分する巨塔の姿は既に無い。

 レフ・ライノールは地面に四肢を放り投げ、土の味を思い知らされていた。

 実力だけで言うならば、能力を数値で比べたならば、レフ──フラウロスに敗北の余地などない。100回戦って、10万回は殺せる相手だったはずだ。

 それが、こうして。

 目の前が赤く染まるほどの気力でもって立ち上がろうとするが、その体のどこにもそんな力は残されていない。

 かろうじて息をするフラウロスの顔を覗いて、赤いコートの男は素っ頓狂な声を発した。

 

「今ので生きてるとか嘘でしょう……!? 彼女が手心を加えた様子はありませんでしたし……流石、魔術王の眷属と言ったところですね」

 

 そう言い残して、男は崩壊した裁判所を後にしようとする。

 カエサルは密やかに微笑をたたえながら、男の背に向かって言った。

 

「トドメは刺さなくて良いのか?」

「ええ、私が手を下すのはここまでに。彼を裁く剣は、他にふさわしい者がいます」

「そうか、ならば行け。『神の鞭』を差し向けてくるだろうからな」

「そのようですねえ。ロムルスさんが来てくれることに期待しましょう。お言葉に甘えさせていただきます」

 

 ああそうだ、と彼は思い出したように付け加える。

 

「これを言うと狂人扱いされるのですが。私、生前に貴方の姿を見たことがあるんですよねえ。貴方の魂の偉大さは、あの辺獄(リンボ)の中にあって輝いていました」

「ふっ、当たり前だろう。今はこんな姿だが、美青年と謳われていた私だぞ」

 

 おどける皇帝の前に、詩人は跪く。

 一切の諧謔を含めず、道化の仮面を取り払って。

 

「私はかつて政治家を目指していました。一瞬でも貴方に仕えられたことは、この身に余りある栄誉です」

「ああ、存分に噛み締めろ。不忠な部下にくれてやるには、少々値が高くつくがな」

「……では、お別れです。アレキサンダーさんとの戦いはすぐでしょう。不忠な部下の、最後の贈り物です」

 

 

 

 

 

 

 

 

「───という経緯があってですねえ! 是非私めをローマ帝国で取り立ててくださいませ!!」

 

 時を戻して。

 ローマ軍の諸将たちの前で、赤いコートの男はべらべらと口車を大回転させた。

 その気迫たるや、百戦錬磨の英雄たちが割り込むことをためらうほど。……というよりは、彼の舌の回りように引いていただけだった。

 ネロも皇帝として相対したのを後悔したが、すぐさま表情筋を締め直す。

 

「……う、うむ。ここは我らが宮廷魔術師に助言を乞おう。ノアならば如何にする?」

「処刑で良い……と言いたいところだが、俺たちにとって気になる情報があった。それを聞いてからだな」

「ええ、気の済むまで付き合いましょう。あ、そちらの方々は久しぶりですねえ」

 

 数日前、ダンタリオンと戦った立香たちには、男の顔は見覚えがあった。魔神柱へと変貌を遂げ、ジャンヌの炎に焼かれても生き延びた。にわかには信じられないが、こうして目の前にいる以上疑いの余地はない。

 ジャンヌは男と立香の間を遮るように立つ。これみよがしに手に火を灯し、彼女は硬質な声で言った。

 

「少しでも妙な動きをしたら焼くわ。精々真剣に答えなさい」

 

 立香は男の目を覗き込む。

 鏡のような瞳。その男を探るということは、自らの内面を手で掻き乱すことと同義であった。

 見られていることに気づくと、彼は緩やかな笑みを返す。その表情からは邪気も邪念も感じ取れない。命を賭ける恐怖ですら、彼は感じていない。

 その異質さに、立香は畏れを覚える。

 

「暗黒の人類史。おまえとロベスピエールはその七人の内の二人ってことだな。他の連中のことを教えろ」

「そうですねえ、場所が場所だけに曖昧な記憶ですが……おそらく第四特異点と第五特異点に送られた英霊は、特に警戒すべきでしょう。アレは神霊に片足を踏み入れています」

「その場所──永遠の領域(プレーローマ)にはどうやったら行ける?」

「真っ当な手段では不可能でしょう。何せ人理焼却からも逃れるほどです。……ですが、そうですねえ、原初の世界を開闢した一撃──対界宝具によって、あの領域までの次元に孔を開ければどうにかなると思われます」

 

 対界宝具。この世界そのものに影響を及ぼすことのできる、絶大な力を有した宝具。それを持ち得る英霊は、長い人類の歴史の中でも数少ないだろう。

 ノアは無機質な視線で男を射抜く。

 

「ロベスピエールが覚えてたのは、おまえが言う()()()のこととカルデアの存在だけだ。なぜおまえはあいつより多くの記憶を保持していられる」

「経験の違いですかねえ。私は生前、地獄と天国を旅したことがあるので、別次元に連れて行かれるのも慣れています。大抵は異世界での出来事は覚えていないことが多いのですが」

「なるほどな。おまえのことは良く分かった」

「本当ですか! じゃあ───」

 

 ノアは邪悪な笑顔で男の手を取った。非力な彼では抜け出せそうもないほどに、がっちりと力を込められている。

 

「万が一にも裏切らないように、俺が下僕としておまえを飼ってやる。感謝しろ」

「どこに感謝する要素があるんですかねえ!!? 差し出がましいようですがネロさん、これは国家の信用に関わる事件ですよ!」

「余は別に構わぬぞ? 降伏した将の扱いなど古今東西、割と雑であるしな!」

 

 何故か自慢気に言い放つネロ。赤いコートの男は絶望の面持ちで頭を抱え込んだ。

 

「そうだ、こっちもローマでした……!」

「亡命するにせよ、ローマしかないのがこの特異点ですからね。そこは少し不憫というか……」

「マシュ、私はそろそろローマがゲシュタルト崩壊してきたよ」

 

 男の扱いが決まりかけていたところに、ブーディカが口を挟む。

 

「敵国の動きとかは分からないの? カルデアにとっては価値ある情報をくれたけどさ、ローマ帝国にとって利益のある情報は貰ってないよね」

「オレたちに取り入ってローマ帝国を内から崩すなんて見方もできそうだしな。皇帝の側近なんだ、少しは有益な情報は持ってるだろ」

 

 ペレアスとしても、彼を殺すことは望んでいないのだろう。情報を差し出すことを促すような物言いだった。

 赤いコートの男は待っていたとばかりに、笑顔を輝かせる。

 

「近い内にネオローマ連合が、超神聖ローマ帝国に対して攻撃を仕掛けます。両国の陣容と、戦場でどのような陣形を取ってくるかくらいは見当がつけられると思います」

 

 ペレアスとブーディカは納得して頷いた。

 敵が動く時期と、どのように攻めてくるか。この二つが分かっていれば、遅れを取ることは早々あり得ない。

 

「そうか、やっぱり殺すには惜しいな。オレもこいつを引き入れるのに賛成だ。安心しろ、軍に入ってきた間諜を始末したことは何回もある」

「地味に脅すのやめてくれません?」

「おい待て、今のオレに地味という言葉は禁句だ」

「いや何があったんですか!?」

 

 男を除いた全員は顔を見合わせる。そしてゆっくりと向き直り、立香は顔に深い影を落としながら、

 

「……本当に、知りたいですか──?」

「人が何人か死んでるトーンじゃないですか! 私もその犠牲のひとりになりそうな展開じゃないですか!」

「俺の魔術の実験台になるんだろ?」

「誰がいつそんな契約をしましたか!? ブラックにも程がありますよ! 雇用契約は奴隷契約じゃないですからね!?」

「『フフ……カルデアでは職員に人権なんか無いんですよ』」

 

 ロマンの狂気的な発言に、男は震え上がった。何しろ、彼は長年カルデア(ブラック企業)で勤務してきた職員(しゃちく)のひとりである。その言葉には実感が籠もりすぎていた。

 ジャンヌはやかましく喚く男に、釘を刺すように言い放つ。

 

「別にアンタがどうなろうと私は知ったこっちゃないけど、真名も明かさずに寝返ろうなんて虫が良すぎるんじゃない?」

 

 彼女に追随して、ネロも首肯する。

 

「一理、いや百理あるな! そういうまだるっこしいのは余は嫌いだ!」

「……では、遅ればせながら自己紹介をさせていただきましょう」

 

 彼は皇帝と諸将たちの面前で跪き、深く礼をした。

 その顔貌は密やかに咲く花の如く微笑み、磨かれた鏡面のような瞳を煌めかせる。

 

「──我が真名はダンテ・アリギエーリ。戦闘では役に立たぬ穀潰しですが、以後お見知りおきを」

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