自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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第21話 『神約・終世の聖枝』

「私の宝具は詩を捧げて創った結界に相手を取り込み、魂を奪い去るというものです。取り込める人数に限りはありませんが、魂を奪えるのはひとりだけになります。逃れる術はありません。回避も防御も不可能です。それとこれは副次効果ですが、任意の相手のステータスを強化することも可能です。概ね一段階は上がると思ってください。発動するには数十篇は詩を書かなければいけないので、今回の戦いで使うことはできないでしょう」

 

 ローマ軍、開戦前の軍議にて。

 ダンテは自らの宝具の説明をした。問答無用で対象の魂を奪う。その効果は確かに、魔神柱へと変身したレフを一方的に打倒するに足るものであった。

 彼はサーヴァントだが、素の戦闘能力は訓練した兵士に負ける程度のものでしかない。この宝具だけが攻撃として成り立つ手段であり、戦闘における生命線だ。

 それを晒すというリスク。自身の武器を献上するに等しい行為でありながらも、ダンテは微笑を崩さなかった。

 立香(りつか)は顎に手を当て、ニヤリと笑う。

 

「ほほう、つまり領域展開ですね?」

「先輩、原作が違います」

「だいたいあってる……と言いたいところですが、ええ、この場合は固有結界という言い方をすべきでしょうねえ。擬似的なモノではありますが」

 

 固有結界。術者の心象風景で現実を塗り潰す大魔術にして、魔法に最も近いとされる禁術。一個人が使える魔術としてはまさに破格であった。

 そこで、ジャンヌはダンテに厳しい目を向ける。

 

「対象の魂を奪う、回避も防御もできない……その割には、レフって奴を仕留め損ねてるのね?」

 

 それを指摘されると、ダンテはぎくりと身を震わせた。

 彼女の言は正しい。ダンテの宝具が必中必殺であるのなら、レフが生き残ったことの説明がつかないからだ。

 彼は冷や汗を流しながらも毅然ぶって、

 

「敵は魔神柱、その有り様は限りなく特殊なものですし? 効いていなかった訳でもありませんし、そもそもアレを殺し切れるかと言われれば疑問が残りますし?」

「でもさ、ダンタリオンはちゃんと倒せたよね? あれは死んだのとは違うの?」

「どうでしょうねえ。変身した私に言わせると、アレは殺せるが死なない……そんな存在かと思われます」

 

 ブーディカが率直な疑問をぶつけられ、ダンテはうろたえる。

 ダンタリオンはジャンヌに焼き払われ、文字通り消滅した。が、彼の言い振りはそれを否定するかのようだった。

 今まで異様なほどに大人しかったノアが、口を開く。

 

「──〝未だ死を克服できぬ劣等種(にんげん)らしくはある〟……アイツはそう言ってやがった。その口振りからすると、何らかの手段で不死を実現しているのかもしれねえ」

 

 彼は続けて解説した。

 ダンタリオンはダンテを依り代に喚び出された存在だ。座から召喚されたサーヴァントと同様。それを殺してもあくまで元の場所へ還るだけであり、根本的な撃破にはならない。

 つまり、魔神柱と化したレフを倒したとしても、撃退に留まる可能性が高いのだ。

 幾人もの命を奪ったあの男が、殺すこともできずに生き延びる。そんな理不尽を、立香は、Eチームは、カルデアは、認めることができなかった。

 しかしネロは、晴れやかな笑顔で問う。

 

「だがノアよ、その男を完璧にやっつける方法があるのだろう? 何せローマ帝国の宮廷魔術師であるからな! ローマ帝国の!」

「一度とはいえ私のマネージャーを務めた訳でもあるものね! もう二度と組みたくないけど!」

「というか、リーダーよくそんなこと覚えてましたね?」

「俺は恨みは死んでも忘れない主義だからな。まあそれはどうでもいい」

 

 ノアは獰猛に笑み、

 

「古今東西、死なない不死身はいない。ジークフリート然りアキレウス然りな。アイツにEチームの真骨頂を見せてやる。……なぁ藤丸(ふじまる)

「なぜそこで私に振るんですか───!?」

 

 

 

 

 

 

 思えば、あの二人がカルデアに来た時から、計画は狂い始めていたのかもしれない。

 ひとりは経歴未詳の魔術師。もう一方に至っては、レイシフトに適性があるだけの一般人だ。イレギュラーとはいえその程度。名実ともにEチームに相応しい人材。あの爆発に巻き込んで始末できるはずだった。

 今や、カルデアはEチームを軸として、既に二つの特異点を攻略している。

 本来ならばこんなことはあり得なかった。

 奴らが生き残りさえしなければ、人理焼却という偉業は万全に、盤石に、その全ての計画を終えていたのだから。

 だとしても、かの魔術王は自ら手を下すことはしないだろう。それどころか、敵とすらも認識しない。

 人類史に穿たれた特異点。それを全て潰すまでは、王の面前に立つ資格さえ無いのだ。事実、レフは王の敗北など微塵も考えていなかった。

 必ず勝つ戦い。ならば、この特異点で奴らを屠る意義は何処にあるのか。

 ───決まっている。

 彼はどこまでも機械的に、盲目的に、結論を出した。

 ───奴らが生きているから、殺すのだ。

 部屋の掃除を済ませた後、隅に見落としていたクズ紙をゴミ箱に投げ捨てるように。

 何の感慨もなく。

 何の信念もなく。

 何の逡巡もせずに、その命を摘み取ろう。

 故に、戦場で奴らと相見えたその瞬間も、彼の心は微動だにしなかった。

 軽薄な笑みを浮かべる魔術師。

 取るに足らない普通の少女。

 そして、人間の愚かさによって短命を定められた者。

 

「よお、俺たちにボコられる準備はできたか?」

「貴様こそ、ここで死ぬ心構えは十分か? その貧相な想像力では難しいだろうがな」

「ハァ? 俺の想像力ナメんな。中学二年生男子が裸足で逃げ出すからな。おまえこそ覚悟しろよ、今度こそ逃げられねえぞ」

 

 両者の視線が静かに激突する。

 周囲に兵士の姿はない。レフ自身には魔術的な防護すらなく、その威勢にはどこか陰りが見えていた。

 にわかに殺気立つ空気の中、マシュの盾の後ろからダンテが顔を出す。

 彼はレフに対してじっと目を凝らす。その男の内面を探り、魂を見透かすように。

 あるいはそれは、視覚に依らない第六感を用いた観察なのだろう。確信をもって、彼は宣告する。

 

「魂の総量が減っていますねえ。それでは魔神柱の力を振るうことすらできないでしょう。私はともかく、マシュさんには勝てませんよ」

 

 レフはダンテの宝具によって、手傷を負わされている。身体的な傷ではない。魂という生命の根本の大半を収奪されているのだ。

 こうして四人の前に立っているだけでも、本来は精一杯なはずの致命傷。そんな状態で魔神柱に変身すれば、何が起きるか分からなかった。

 欠けた器に多量の水を注ぎ込めば、水を貯めておくことはできない。水量によっては器そのものが破壊される恐れすらあるだろう。

 今のレフが魔神柱になるのは、つまりそういうこと。彼という器が自壊する可能性すら秘めている。

 

「それは違うな」

 

 否定したのは、レフではなくノアだった。

 

「アイツはソロモン72柱のフラウロスだ。ソロモン72柱といえば『ソロモン王の小さな鍵(レメゲトン)』……第一章のゴエティアだろ。俺たちと戦うくらいは楽勝に決まってる」

 

 立香、マシュ、ダンテは大いに首を傾げて、

 

「「「何言ってるか分かりません」」」

「……ちょっ、おまえらっ、今良い感じに俺の見せ場だっただろうが! 急にハシゴ外してんじゃねええええ!!」

 

 振り返って叫ぶノアに、彼女たちは口撃を続行した。

 

「リーダー、自分が分かるからって説明省くのやめた方が良いですよ。学年一位の子に勉強教えてもらった時もそんな感じでした」

「わたしはわざと説明をしないことで頭良く見せるテクニックかと思いました」

「ノアさん、私は同情しますよ。私も若い頃、才能を鼻にかけすぎて周りから嫌われてたので」

「くそっ、俺が懇切丁寧に解説してやる。耳の穴かっぽじってよく聞いとけ!!」

 

 魔術の典型的なイメージとして、地面に描いた魔法円の中に何かを喚び出すというものがある。それは悪魔や天使であったり、はたまた英霊であったりする。今日、多くの創作作品において共有されるモチーフだ。

 その起源を求めるとするならば、近世に記された魔導書(グリモワール)ソロモン王の小さな鍵(レメゲトン)』が適合するだろう。

 第一章のゴエティアでは術者を円の中に置き、三角形の中に悪魔を喚ぶという手法が紹介されている。現代ではこの手法は召喚魔術と誤認されがちだが、元来それは喚起魔術と呼称されてきた。

 外界に悪魔などの超常的な存在を現界させ、使役させる業。それこそが喚起魔術なのだ。英霊召喚も本来はこれに当たると考えられる。

 ならば、召喚魔術とは何を指す言葉なのか?

 

「──()()()()()()()()()()()()()()()。一般的には降霊術の認識に近い。力の貸し借りという関係上、器の強度は問われない。これが降霊術と違うところだな。術者は自由に力を行使でき、リスクを負う必要がない」

「そうだ。しかも私はフラウロスそのもの……神殿から離れ弱体化していようと、その力を振るうくらいならば訳はない!」

「自分自身がフラウロスであるために、不利な契約を持ち掛けられたりもしないってことだ。だから自由に魔神柱の力を使える……とんだマッチポンプだな。男のひとり遊びほど見苦しいもんはねえぞ」

「ほざけ、私にとっては貴様らとの戦い全てが遊びのようなものだ! どれほど気炎を吐いても、私を真に殺すことはできないのだからな!!」

 

 ───術式、起動。

 全身がざわめき立ち、魔術回路が励起する。肌が煮え繰り返るように泡立ち、燃え上がる真紅の眼が無数に花開く。

 異形と化したレフは、右の手のひらをノアたちにかざす。次の瞬間、空間を割るようにして炎が炸裂した。

 悪魔フラウロスは伝承上において、術者の敵を焼き尽くす力を持つ。それに触れれば最後、魂ごと体を燃やし尽くされるだろう。

 立香はマシュの背後にまわり、ノアはダンテの首根っこを掴んでその場から跳び退いた。彼らはレフを挟むような対角線上に立ち回る。

 

kenaz(ケナズ)isa(イサ)thurisaz(スリサズ)!!」

 

 宙にルーン文字が描かれる。ノアの言霊と共にそれらは解き放たれ、火と氷、雷撃がレフ目掛けて空中を走った。

 そのひとつひとつが、人を死に至らしめるに足る威力。完全な魔神柱ならまだしも、力を降ろしているに過ぎないレフが耐えられるはずもない。

 迫りくる攻撃を前に、彼は呟く。

 

「『喚起印章(Sigil)LV(55)オロバス(Orobas)』」

 

 足元に浮かぶ魔法陣。それはソロモン72柱における序列55位の悪魔・オロバスを表す紋章であった。

 契約者をあらゆる脅威から護る能力の通り、ノアが放った魔術はことごとくがあらぬ方向へ逸らされる。

 神秘は古いほどに強くなる。フラウロスが扱う魔術と、現代の魔術師であるノアとの間には埋めがたい差がある。才能ではどうにもならない。魔術としての格が違うのだ。

 レフ・ライノール、あるいはフラウロスは卓越した能力を擁する魔術師だった。現在もなおカルデアの活動の根幹を担うシステム、近未来観測レンズ・シバの開発者であることからもそれは疑う余地はない。

 

「我らが王は魔術の祖──! その眷属たる私が、貴様らに遅れを取るはずがない!!」

 

 炎が鞭のようにしなり、一帯を焼き払う。

 彼がその身に降ろしているのは、紛れもなく魔神柱の力そのものだ。攻撃をまともに受ければ、サーヴァントとてひとたまりもない。

 立ち込める煙と火を突き破るひとつの影。マシュは盾を前方に構え、レフへと突撃した。

 詠唱する隙は与えない。彼女は盾を振り回す。

 大振りの一撃。サーヴァントの筋力で振るわれたとはいえ、魔神柱の能力を降ろしたレフに見切れないほどではない。

 上体を傾けてそれを躱した途端、彼の視界は反転する。

 

(──崩した!)

 

 盾の一撃はブラフ。上体に意識を向けさせることで、マシュは相手の足を払ったのだ。

 今度こそ本命。身をよじり避けようとするレフに、流れるような動作で盾を叩きつける。

 ぐちゃり、と骨肉を叩き潰した感触が手に伝わる。普通なら勝敗を決する傷。右胸から右手にかけてを粉砕されては、戦闘を続行することすら難しい。

 けれど、それは人間に当てはめて考えた場合だ。

 ブチブチと肉の繊維を引き千切る異音を発しながら、レフは起き上がる。彼は残った左手から、マシュに魔力の弾を撃ち出した。

 驚愕したのは一瞬。彼女は即座に距離を取り、その反撃をやり過ごす。

 

「ソロモン72柱はひとつの欠けも許されない。たとえ失われたとしても復活は容易い。我らには死の概念は存在しない」

 

 怪我を負うことの恐怖、動揺。それらは人間が、その先に死という結末を考えるからこそ発生する。

 死の概念を持たない存在ならば、どれほどの傷を与えられようと頓着することはないだろう。ましてや体を砕かれた程度で、焦燥が芽生えるはずもない。

 肉の糸が布を編むように、損傷が補完されていく。その姿はもはや、魔術師とすら呼べない奇怪なものであった。

 

「私にとっては全てが児戯だ。退屈な流れ作業、その一工程に過ぎない。潰しても潰しても湧いてくる、無能で無識で無価値な人間共の顔を見るのはもう飽きた」

 

 レフは忌々しげに吐き捨てる。

 まるで、悪いのはしぶとく生きている人間の方だとでも言うように。

 立香は思わず歯噛みした。

 

「あなたにだけは、そんなことは言わせません」

 

 怒りに震えた声。それは、彼女の触れてはいけない逆鱗だった。

 何もかもが許せない。

 所長の信頼を裏切ったこと。

 キリシュタリアやヒナコを始めとした、仲間たちを手にかけたこと。

 それを成した犯人が、裁きを受けることもなく存在していること。

 誰がどう考えても悪いのは奴だ。だというのに、その男は煩わしそうに自分たちを見下し、排除しようとしている。理解しようとすらせずに。

 そんな態度が気に食わない。人間を全て無価値と決めつけて、上から目線で人間を語るその行為こそ、愚かしさの象徴ではないのか。

 ──未来があった。

 もう決して実現できない、輝かしい世界があった。

 AチームからEチームまで手を取り合って、みんなを振り回そうとするリーダーがいて、それを止める所長がいる。

 誰だって無駄な人間はいない。成功も失敗も笑って受け止められる関係が、彼らとも築けたはずだった。

 今では、夢見ることしか許されない空想。

 彼女は固く握りしめていた拳に、さらに力を込めた。まぶたに涙すら浮かべながら、強く言い放つ。

 

「───私たちの価値を、あなたに決められたくない……!!」

 

 レフは嘲るように笑い、

 

「護られるだけの荷物が何を──!!」

 

 直後、戦場を席巻する魔力の嵐。火炎の乱舞。

 サーヴァントもマスターも区別なく、全方位を吹き飛ばす魔風。四方八方から襲い来るそれに対して、回避という手段は封じられた。

 これはマスターを狙った攻撃。立香とノアさえ殺してしまえば、その時点で勝利は決まるのだ。

 

「「eihwaz(エイワズ)!」」

 

 青い魔力障壁が出現する。

 あらゆる脅威から術者を防護する壁。しかして、その腕前には大きな隔たりがある。必然、それは防壁の強度を左右する差だ。

 立香が張った障壁が豪風の刃に断ち切られる。千々に分かれた旋風が彼女の肌を浅く裂いた。

 

「ひとりでは自分の身を守ることすらできない女が、よくも大言壮語を吐いたな! 所詮貴様は、サーヴァントの背後で震えているだけの取るに足らない存在だ──!!」

 

 レフの哄笑が響く。

 風と炎が一層勢いを増し、執拗に立香たちを付け狙う。

 ノアは静かな、しかし通る声で言った。

 

「──藤丸は、俺の部下だ。おまえがアイツの何を知ってる」

 

 滲む怒気。

 燃えるような怒りではない。

 氷のように、冷たく、硬質な憤り。

 

「部外者が訳知り顔でアイツを語るな。俺以外の何者にも、藤丸を侮辱させはしねえ……!!」

 

 彼の掌中に、黄金の鏃が現れる。

 かつて無毀の美神を屠った罪業の矢。

 ──申請。

 

「まずは定義する。レフ・ライノールは不死だ」

 

 ──受理。目標に対する特攻概念を構築。

 神気が満ちる。濃密な殺意と敵意に塗れた鋭気が、レフの全身を突き刺す。

 それを目の前にして、彼は合理的に認識を改めた。

 

(成程、バルドルは神性故に死んだのではない───不死故に死んだということか)

 

 

 

 

 

 

 曰く、生と死はバランスが取れていなければならない。

 その昔、アスクレピオスという医者がいた。

 

爾千引石引塞其黄泉比良坂(ここに千引の石でその黄泉比良坂を塞いで)其石置中(その石を間に挟み)各対立而(二人は相対し)度事戸之時(事戸をわたす時)伊邪那美命言(イザナミノミコトは言った)愛我那勢命、為如此者、(愛しい我が夫、貴方の国の人間を)汝国之人草、一日絞殺千頭(一日に千人縊り殺そう)

 

 彼は死者をも蘇らせる医術を持っていた。だが、それ故に世界の法則を乱すとしたハデスの嘆願を受け、ゼウスはその雷霆でアスクレピオスを殺害した。

 アスクレピオスが乱した世界の法則。

 それは、死の不可逆性。

 それは、生命の均衡。

 

爾伊邪那岐命詔(そこでイザナギノミコトは言った)愛我那迩妹命、汝為然者、(愛しい我が妻よ、貴女がそうするならば、)吾一日立千五百産屋(私は一日に千五百の産屋を建てよう)

 

 バルドル。ジークフリート。アキレウス。カルナ。ケイローン。各々形は違えど、不死性を備えていた彼らはみな一様に死んでいる。

 なぜなら、不死とはアスクレピオスと同じように、世界の法則を乱す存在なのだ。

 

是以一日必千人死(そして、一日に必ず千人が死に、)一日必千五百人生也(一日に必ず千五百人が産まれるようになった)

 

 古事記ではイザナギとイザナミが、ある契約を交わした。

 一日に千人が死に、一日に千五百人が産まれるという理。人はなぜ死ぬのか、それに対する記紀神話における回答である。

 古代の人々は知っていたのだろう。

 生の数が死の数を上回りすぎない程度が、世界がうまく回るということを。

 不死は世界の法則を外れている。

 万人に用意された、死という名の終着。他の誰もが死んでいくというのに、彼らだけはその結末から逃がれ続けているのだ。

 不死者は不可逆性を否定し、生死のバランスを破壊する。だからこそ、彼らは死ななければならなかった。

 ならば、北欧神話におけるヤドリギとは、歪んだ世界の理を直す調律者だ。

 神殺しは結果にすぎない。

 その本質とは──────

 

 

 

 

 

 

(──その本質とは不死殺し!! 分かる、アレに貫かれれば、魔術王による復活すらもできないに違いない……!!)

 

 その上で、レフは断定する。

 

(だが、迎撃は能う! その威力と速度自体は通常の射撃宝具程度のものでしかない……なぜなら、ヤドリギが必殺足り得るのは神と不死に対してのみ───攻撃を当てて相殺することは十分に可能!!)

 

 体内で魔力を練り上げる。

 立香に背を向け、ノアの一挙一動を捉えることに全神経を集中させた。

 彼がヤドリギを撃った瞬間、それを相殺して反撃に転ずる。その腹積もりはできている。

 レフの思惑通り、ノアは詠唱を開始した。

 

 

「───〝我は世の理を正す者。此処に裁定を下そう〟」

 

 

 高らかに、凄絶に。

 

 

「〝生と死は表裏一体。誰もがいずれ地に還る〟」

 

 

 この世で唯一、平等に与えられる終わり。

 

 

「〝ああ、汝よ。なぜ死を拒む。其れは万人に定められた終末。永劫不変の真理なり〟」

 

 

 振りかざすは黄金の輝き。

 神の時代を終焉に導く黄昏の光。

 

 

「〝理を外れし者。不死不朽の罪人よ、遍く死者の声を聞け〟」

 

 

 復讐、恩讐、想いを込めて。

 

 

「〝彼らは、汝の死を望んでいる〟」

 

 

 彼は歌い上げた。

 

 

「〝いざ、断罪の矢を放たん。無より出でて不死を穿つ〟───!!!」

 

 

(来る!!)

 

 

 レフは両手を構える。それぞれにソロモン72柱の悪魔の紋章が浮かんでいた。

 片手の術式でヤドリギを防ぎ、もう一方の手で反撃する。

 そして彼は、()()()()()()を聞いた。

 

 

 

「───『神約・終世の聖枝(ミストルティン)』!!!」

 

 

 

 致命的な感覚だった。

 体験したことのない。

 経験するはずもない。

 不可逆の死の気配。

 後方より放たれた黄金の鏃が、フラウロスの心臓を貫いていた。

 今際の際、噴出するのは疑問。

 ──どうして、後ろから。

 力を失い、倒れ伏すフラウロスに、冷たい声が浴びせられる。

 

「バルドルを殺したヤドリギは、元々ロキが発見してヘズに渡したもんだ。所有権の譲渡なんざ、朝飯前にできる」

 

 そうして、理解してしまった。

 ヤドリギを撃ったのは。

 この身に致命傷を与えたのは。

 

「そこに俺の才覚が加われば、遠隔起動も余裕だ。価値を見誤ったな」

 

 立香は傷ついた体を引きずり、ノアの隣に立つ。哀憐と憤怒の入り混じった視線をフラウロスに注ぎ、

 

「あなたを殺したのは、私です。恨んでください、私も同じ気持ちだから」

 

 彼女はほとんどの魔力を使い果たしていた。ヤドリギの術式を起動したのはノアであっても、使用する魔力は立香が負担しなければならなかった。

 この絵を思い描いて、立香は最初から掌中にヤドリギを握り込んでいた。ノアの手元にあるヤドリギだけに、注意を向けさせるために。

 ミストルティンを使ったのは、彼女だった。

 立香は凡人だ。

 ノアが苦もなく消費する魔力を支払うために、全霊を尽くさなければならない。

 けれど。

 だとしても。

 彼女を侮って良い理由にはならなかった。

 

「───糞、が!! 貴様ら如き人間が私を見下すな!! なぜ負ける、なぜ敗けた……!!? その女は無能で、愚図な、魔術師にも満たない実力だというのに!!」

 

 きっと、彼が理解することはない。

 どれほど言葉を尽しても、己の負けを認めることはないだろう。

 それを分かっていながら、ノアは言った。

 

「おまえは藤丸を舐め腐った。それが唯一の敗因だ」

 

 ぽん、と立香の肩にノアの手が置かれる。

 温かく大きな手。立香は、その手が僅かに強張っているのを感じた。

 彼女は、呟くように、

 

「……さようなら。私が夢見た理想の世界には────」

 

 ああ、これは蛇足だ。

 復讐譚を語るのにこれ以上の言葉は必要ない。

 

「───あなたの姿もありました」

 

 手に入らないと思いながらも焦がれる。

 おそらく、それが、彼女の甘さであり、善性だった。

 

 

 

 

 

 

 幼き征服王は信を置く軍師を伴い、戦場を疾走する。

 相対するは、超神聖ローマ帝国皇帝カエサル。彼は剣を携え、自らの軍を指揮していた。

 雷霆を纏い猛進するアレキサンダーにとって、人間の兵士など足止めにならない。幾度の戦場を潜り抜けた勇士でさえ、彼の前では雑兵に等しい。

 

(───それなのに!!)

 

 心が震える。

 歓喜に満ち溢れる。

 それは好奇心を満たすのに近い喜びだった。

 カエサルの用兵術は、弱兵を歴戦の勇者に変える。

 アレキサンダーにとっての雑兵が時に堅牢な壁になり、時に鋭い刃となって足元を掬いに来る。群がる兵を振り払おうとすれば、カエサルは動く。

 その図体には似合わない俊敏な立ち回り。アレキサンダーの隙を突くように、愛剣を振るう。

 ざくり、と肩口から血が噴出する。カエサルの剣から血が滴り、彼は高らかに笑った。

 

「これが人を使うということだ! まさに王に相応しき戦術!! 何の因果かセイバーで召喚されたが、新たにカイザーのクラスを用意せねばならんな!!」

 

 用兵で隙を作り出し、自らが刺す。単騎では発揮できないカエサルの真骨頂。軍勢を指揮することで現れる王の才であった。

 アレキサンダーは傷口を押さえながら、苦笑を返す。

 

「自分が語源だからって無茶苦茶言うなぁ……!! 先生、宝具で一対一に持ち込めるかい!?」

「それが注文なら叶えてみせよう。『石兵八陣(かえらずのじん)』!!」

 

 途端に立ち現れる巨石の迷路。周囲の軍勢を巻き込んで、大軍師の陣地がカエサルから用兵の手段を奪った。

 皇帝と征服王は再度相対する。

 邪魔者はいない、純然たる決闘。

 単純な剣の腕だけが勝敗を決する。

 アレキサンダーは愛馬の腹を蹴り、突進を仕掛けた。

 ブケファラスの巨体に押し潰されるか、アレキサンダーの剣に首を刈り取られるか。

 カエサルが選んだ二択は、どちらでもなかった。

 

「『黄の死(クロケアモース)』!!」

 

 黄金の連撃。

 一瞬の内に放たれた斬撃はブケファラスの足を切断し、その背からアレキサンダーを吹き飛ばしていた。

 ──孔明の知とアレキサンダーの武。その両方を合わせてようやく拮抗し得る敵。

 

「……驚いた。そんな剣術も修めていたんだね」

「当然だ、皇帝だぞ私は。ブルータスに裏切られた時も、剣さえあれば逃げ切れたと自負している」

「そもそも裏切られなければ良かったじゃないか」

「やめろ! 正論を私にぶつけるな!!」

 

 二人は笑みを交わす。

 何のしがらみもない闘争を。

 剣を振りかぶったその時、きんとした高い声が響き渡る。

 

「ま〜たこの迷路!? あのクズマネージャーがいないと脱出できないじゃない!!」

「うろたえるなエリザベート! ローマ皇帝はうろたえない! 知っておるか、迷路には左手法という必勝法がだな」

「それは前に試したわよ! もうこうなったら宝具で全部吹っ飛ばして───」

 

 そこで、四人の視線がぶつかった。

 今にも切り結ぼうとしているカエサルとアレキサンダー。唖然とするエリザベートを置いて、ネロは頭を悩ませる。

 数秒、膠着した場を動かしたのはネロだった。

 彼女は大げさな身振りと共に、

 

「……うむ! その決闘、余が預かった! 第5代ローマ皇帝の名において命ずる、双方剣を収めよ!!」

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