自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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レフが死んでから二回も風邪を引きました。第二特異点クライマックスです。


第22話 そして、月へ到る物語

「……うむ! その決闘、余が預かった! 第5代ローマ皇帝の名において命ずる、双方剣を収めよ!!」

 

 青天に高く響く声。

 戦場の喧騒が嘘のように静まり返り、アレキサンダーとカエサルも言葉を失う。

 目を丸くして唖然とする二人の様子を見て、何を思ったかネロは胸を張って得意気にふんぞり返った。

 決闘を仕切るところまでは百歩譲ろう。敵同士が殺し合う分には構わない。むしろ、それは軍を率いる者として歓迎するべきだ。

 が、剣を収めろとはどういう了見なのか。何故か上から目線で命令した上に、元々戦いに割り込んできたのは彼女たちの方である。この小娘は一体何を考えているのか───カエサルの思考回路は、概ねそんな経路を辿った。

 その時、彼は自らの体を縛る契約が消えたことを感じ取る。

 ロムルスたちが離反した後、レフは超神聖ローマ帝国のサーヴァントたちに、裏切りを禁ずる魔術的束縛を掛けていた。

 それが消えたということは。

 

(……死んだか。この乱入者さえいなければ、我らが描いた絵図は欠くことなく完成していただろうに)

 

 そして、レフの死はアレキサンダーも察していた。魔神柱に列なる者が発する異質な気配。それが戦場から失せたことに気付かぬ彼ではない。

 深く息を吐くと、彼は剣を担いでネロに向き直った。

 

「こうなっては言い訳のようなものだけど、ローマを三国に割る計画を立てたのは僕らなんだ。ロムルスの離反が発端ではあったけどね。大軍師・諸葛孔明の天下三分の計ってやつさ」

「第三勢力が睨みを効かせている状況では、やすやすと軍は動かせないからな。カルデアの者共が来るまでの時間稼ぎだ。仮に分裂前の連合とローマ帝国が矛を交えたなら、成す術なく貴様らは敗北しただろう」

「……つまり──余の手助けをしてくれたと?」

 

 ネロの脳裏に湧き上がる疑念。エリザベートはそれを代弁するかの如く、食ってかかる。

 

「そんなことして何の得があるのよ。バンドが音楽性の違いで解散するみたいなこと?」

「ほう。それは中々言い得て妙だぞ、妖怪歌ヘタトカゲ娘」

「誰が妖怪歌ヘタトカゲ娘よ!! この毛根死滅メタボリックカイザー!!」

「黙れ! これはシーザーカットだ! れっきとした髪型だ!! 生え際が後退しているのではなく私が前進しているだけだ!!」

「メタボリックカイザーの部分は良いのか……?」

「そもそも今の姿はハゲてないからね」

 

 突然、罵り合いを始めるカエサルとエリザベート。彼らの姿はまるで縄張りを争う犬のようであった。

 カエサル帝は生前、その頭髪の薄さを政敵から揶揄され続けていた。部下や民衆からもハゲの女たらしとあだ名され、月桂冠を被る許可を得た時は喜んだほどである。

 反面、多くの人間を虜にする魅力の持ち主だったことに疑いようはないだろう。年下の小娘と言い争う姿さえ見なければ。

 カエサルは一旦咳払いを挟み、最低限皇帝の威厳を取り戻そうとする。ネロとて、偉大なる先帝に敬意を抱いていない訳ではない。話の流れを戻す助け舟を出すことにした。

 

「それで、天下三分の計を仕掛けた理由とは一体何なのだ?」

 

 カエサルは額をきらめかせて、

 

「無論、あの男───レフ・ライノールへのあてつけだ! あの詩人ならともかく、あろうことか私を使役しようとするなど、無礼千万にも程がある!! あと純粋に気に入らん!!」

 

 自信満々に言い切る。考え得る理由としては大人気なく、俗っぽい動機だった。しかし、彼の顔には一切諧謔の色はなかった。

 ネロとエリザベートはレフという男のことは、カルデア一行から伝え聞いた程度にしか知らなかった。が、人類そのものを見下すような言動を取るあの男が、英霊にだけ態度を変えるとは考えづらい。

 使い魔の如く扱われたこと。それはまさしく、彼の誇りを汚す行為だったのだ。

 ネロとエリザベートの二人はこくこくと頷く。

 

「ふむ、余は一理あると思うぞ。ブルータスに裏切られた者が言うのは、少々ブーメランしておるが」

「要は人付き合いが下手ってことでしょ? 他人の心が分からないキャラ付けって、カッコいいけど不便よね。ボロも出やすいし、アイドルとしては致命的だわ!」

「……僕はいま、レフ・ライノールに同情してるかもしれない」

 

 なぜかアイドルの土俵に上がらされたレフに、アレキサンダーはそこはかとない同情を感じたのだった。

 彼はわざとらしくため息をついて、三人の注意を自らに集める。

 

「そういう訳でさ、カエサルとの戦いは僕たちにとってのご褒美みたいなものなんだ。剣を収めろって命令は聞けないな」

「当然横槍を入れても構わんぞ? むしろ二人でかかってこい! 後輩にはハンデをくれてやらんとな!」

 

 彼らはともに偉大な王。

 そんな男たちと刃を交える栄誉を、ネロは解していた。

 その上で、断定する。

 それは我が王道ではない、と。

 言わばこれは予定調和。ローマが三分割された時から、彼らが遂行していた計画だ。思えばダンテが逃走してきた際、追手の『神の鞭』とロムルスが激突したのも、彼らが繋がっている証だったのだろう。

 すました顔でそれを語らなかった詩人も腹立たしいが、何よりも癪に障るのは手のひらの上で踊らされていた自分自身だった。

 踊るのは好きだが、踊らされるのは論外だ。それも舞台が誰かの手の上となれば尚更。

 ───ならば、あくまでも、どこまでも、振り回してみせよう。

 それが、自らの王道と信じて。

 

「後輩ときたか……であるならばカエサル帝よ、我らには共に乗り越えねばならぬ敵がいる!!」

 

 ネロは言い放つ。

 溢れんばかりの覇気。カエサルは眉根を寄せて、彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「神祖ロムルス──ローマを作り上げた建国王! 畏れ多くも彼と兵刃を交えることは、今この瞬間、この戦場でしか成し得ぬ奇跡! ローマの皇帝に名を連ねる者として、これほどの壁はあるまい!!」

 

 それを受けて、カエサルは薄く微笑した。

 神祖を打倒する。ついぞこの地上の誰も叶えられなかった功業。無類無欠の建国王を超えるという響きは、彼の芯に深く反響した。

 人間は現実にないものを乗り越えることができない。ローマにおける理想と化したロムルスもまた、そのひとつであろう。どれほどの皇帝が未来に出てこようと、過去の建国の覇業を超越することはできないのだ。

 だがしかし、サーヴァントとは、基本的に既に死した存在が喚ばれるもの。本来有り得ざる対決が、この時だけは叶う。

 ネロは勢い良くアレキサンダーに顔を向ける。

 

「前人未踏の覇業を成し遂げた征服王とて、ローマを手中に収めたことはない! どうだ? 三者手を取り、神祖に立ち向かうというのは!」

 

 アレキサンダーは思う。

 己を試す。身ひとつで、どこまで通用するか知りたかった。

 なぜなら、この姿は大帝国を築く前の未完成品だ。征服王となる以前、可能性だけが秘められた器。

 その器に過ぎない自分が、ローマの権化たるロムルスを討つ。それは征服王ですら手の届かなかった大業に違いない。

 過去である自分が、未来の征服王を凌駕する。

 ───偶には、乗せられてみるのも悪くはない。

 彼らの返答は、寸分の狂いもなかった。

 

「「──乗った!」」

 

 

 

 

 

 

 中空に輝く虹色の剣戟、炎の嵐。

 その爆心地には、『神の鞭』とジャンヌがいた。

 ジャンヌは必死に旗と剣を手繰り、猛然と振るわれる斬撃に対抗する。が、それはひとつでも最適手を踏み外せば崩れる拮抗状態だった。

 常人の域を越えているという点では同じ。単純な攻撃力ではジャンヌがやや上回る。射程距離は比べるべくもない。

 それでも押されているのは、一撃一撃に込められた鋭さの差。

 膨大な火力で敵を圧殺するジャンヌとは違い、その剣は機械の如き精密さで急所へと振るわれる。

 それは無機質と言い換えても良い。

 無機質故に、攻撃に際して発露する殺気が一切存在せず、気付いた瞬間には喉元に刃が迫っている。剣聖の至る無我の境地とは真逆、破壊という概念に特化したがために起こる斬撃の最適化。過程は違えど、辿り着く結果に変わりはない。

 一際大きい刃金が鳴り響く。

 ジャンヌの黒剣が弾き飛ばされ、流れるように虹色の刃が首元を刈り取る───その直前。

 ぴたり、と剣が止まる。苦し紛れに旗を薙ぐが、それは後方に跳んで躱される。

 『神の鞭』は人形のようにその場に立ち尽くしていた。剣先もだらりと垂れ下がり、追撃の気配もない。隙だらけの立ち姿は、戦場にあるまじき様子であった。

 彼女は変わらない仏頂面で、しかしどこか真剣な表情で呟く。

 

「……ひとつ、訊きたい」

 

 剣の苛烈さからは想像もできないような透き通った声。ジャンヌは動揺を悟られぬように短く答えた。

 

「なによ」

 

 『神の鞭』は己の裡から黄金の杯を取り出す。

 

「聖杯が欲しいのか?」

 

 単調な問い。予想だにしなかった一言に、ジャンヌが作り上げたポーカーフェイスは一瞬で崩れ去った。

 

「──はあっ!? なんでアンタがそんなの持ってんのよ!?」

「そう言われても……その、なんだ、困る」

「その台詞、バットで丸ごと打ち返すわ」

 

 聖杯といえばこの時代を歪めている原因。カルデアが回収しなくてはならない最優先の目標だ。決して、引き出物のコップ感覚で出てきて良いものではない。

 ジャンヌもかつてそれに触れたことがある。故に、その聖杯が偽物の類でないことは容易に察せられた。

 受け取る瞬間に斬りかかる算段か。彼女は不意打ちを警戒していると、

 

「私はこれに操られていたが、術者が死んだことで体を縛る力も消えた。もう戦う意味はない。……命は壊さない」

 

 たどたどしく、ぎこちない言葉遣い。

 ジャンヌは呆れたようにため息をつくと、びしっと指を差して言う。

 

「アンタ、名前は?」

「それが必要なのか?」

「分かってると思うけど、聖杯は私たちがこの時代に来た目的よ。提供者の名前くらい聞いておくのが筋でしょう」

「なるほど、そういうしきたりか。礼儀正しいのは良い文明だ」

「い、良い文明……?」

 

 聞き慣れない表現から、ジャンヌは変人の匂いを嗅ぎとった。『神の鞭』は無機質な表情をほんの少しだけ紅潮させる。

 

「私はアルテラ。聖杯を───」

 

 その時。アルテラとジャンヌの間に巨大な筋肉の塊が吹き飛ばされてくる。スパルタクスの急な来訪に驚く間もなく、ペレアスが追随した。

 彼らが来た方向から、朱色の樹槍を携えたロムルスが悠々と姿を現す。

 

「聖杯の受け渡し、今暫く待ってもらおう」

「……敵に言われて待つとでも?」

 

 ロムルスは微笑を返した。

 彼の表情の真意を読み解く前に、聞き慣れた声が背中を叩く。

 振り返ると、そこには敵であるはずのカエサルとアレキサンダー、孔明を引き連れたネロの姿があった。

 彼女は聖杯を手にしかけていたジャンヌを見て、泡を食ったように慌て出す。

 

「待て、ジャンヌよ! 特異点修復は喜ばしいが、今されるととても困る!!」

「見せ場は多い方が良いものね、アイドル的に考えて!」

「私はアイドルじゃないんですけど……」

 

 彼女は困惑した顔で否定する。

 敵の親玉であるカエサルを連れていることもそうだが、孔明が青ざめた顔色で腹を抱えてうずくまっている光景に、ジャンヌの混乱は加速した。

 アレキサンダーは孔明の顔を覗く。

 

「どうしたんだい、先生。お腹でも打った?」

「100%お前らのせいだ! 王が簡単に敵の言葉に乗ってどうする!? どこぞの皇帝は信頼する側近に裏切られたのだぞ!」

「いや待て、私は生前、死に方を問われた際に思いがけない死を望んだのだ。つまり、あの暗殺は予告ドッキリのようなものだろう」

「自分の死を予告ドッキリで片付けるな!!」

 

 ジャンヌはがっくりと肩を落とした。その心境は推して知るべしであろう。隣の芝生は青く見えると言うが、実際はどこも変わらないのだ。

 やんわりと失望していると、上空からブーディカの戦車が飛んでくる。ジャンヌの真横で停止すると、レフ討伐に向かっていた面子がぞろぞろと降りてくる。

 ダンテ、ノア、マシュと続いて戦車から身を乗り出すが、最後尾の立香(りつか)だけは一風変わった見た目をしていた。

 全身を血みどろに染めた姿。何食わぬ顔の四人とは裏腹に、ジャンヌは目を白黒させる。

 

「あ、ジャンヌ久しぶり〜。具体的には二週間くらいかな?」

「何言ってんのよ!? どんな大激戦!?」

「それはもう聞くも涙語るも涙の死闘を──」

 

 立香が謙遜して頭を掻いたその瞬間、彼女の右目がずるりとこぼれ落ちた。

 

「あっ目玉落ちた」

「ギャーッ!! 立香ぁぁぁ!!?」

 

 ぶくぶくと泡を吹いて卒倒するジャンヌ。立香は目玉を手で受け止めると、それをこねくり回しながら言う。

 

「リーダー、ちょっとイタズラやりすぎたかもしれません」

「だから言っただろ、口から心臓まろび出るくらいで丁度良いんだよ」

「どっちも洒落にならないわよ! むしろより重傷になってるじゃない! というかマシュ、アンタこいつら止めなさいよ!!」 

「ジャンヌさん、わたしはもうツッコミ役からは解放されたんですよ……」

「はあ!? 勝手に逃げるとか許されざるんですけど!」

 

 何はともあれ、役者は出揃った。

 ネロはひとり前に進み出て、ロムルスに切っ先を向ける。

 

「いざ、最終決戦! 敵も味方も振り回す───それが余の王道である!!」

 

 もつれた戦いの総決算。彼女の刃はさながら乱麻を断つ快刀だ。

 だとすれば、それを受け止めるが神祖の役目。

 ロムルスはアルテラの横に並び立つ。

 

(ローマ)と共に戦う気はあるか?」

「……私は、私には、相応しくない」

 

 アルテラはかぶりを振る。

 この剣は数多の破壊を成してきた。

 ひとたび鞘から抜けば後には何も残らない羅刹の刃。区別も種別もなく、向かう者すべてを薙ぎ払う。

 そんなモノが、他者の想いを受け止めることなどできない。

 壊すか、壊されるか。

 この身は結局、痛みを与えることしかできないのだ。

 ロムルスは包み込むような声音で、

 

「──剣は、壊すためだけにあるのか」

 

 そこで、何も言い返せなかったのは。

 

「剣も槍も所詮は道具。使い方次第で如何様にもなる」

 

 剣以外の何かを望む少女に、彼は何物をも与えることはない。

 それは彼女が掴むもの。ロムルスが贈ることができるのは、剣の使い方を教授することだけだった。

 だから。

 

「……試してみたくなった。私の剣に、何ができるか」

 

 走る虹色の残像。

 三色の刀身が鞭のようにしなり、ネロたち目掛けて振るわれる。

 直撃すれば間違いなく一掃される。ペレアスは身を屈めながら叫んだ。

 

「お前ら、避け───」

「退け、ペレアス!!」

 

 背後から爆進するスパルタクスに、ペレアスは弾き飛ばされる。彼は脇腹を深く切り裂かれながらも、勢いを緩めることなく突進した。

 ペレアスは空中で体勢を変え、二本の足で着地する。

 

「なんかオレ最近良いところ無くねえか!?」

「おまえはドラゴンボールで言ったらヤムチャだからな。ほら、さっさと突撃しろ。足元はお留守にするなよ」

「黙れプーアル!!」

「……戦ってる最中もこんな感じなんですねえ、この人たち」

 

 ダンテは呆れ半分敬い半分で笑った。

 この戦いは、つまるところ王たちの我が儘だ。

 自らが王道を貫き通すための衝突。

 それ故に、彼らはその宝具を切り抜ける必要があった。

 

「『すべては我が槍に通ずる(マグナ・ウォルイッセ・マグヌム)』」

 

 ロムルスが有する最大最強の攻撃。

 万象を押し流す奔流。

 ローマが積み重ねた歴史を結集した一撃は、まさしく彼の全て。かつて果たした偉業の象徴であった。

 眼前を埋め尽くす樹海を前にして、ネロは好戦的な笑みを浮かべる。

 高揚、歓喜、畏敬。

 あらゆる感情を綯い交ぜに、王たちは並び立ち剣を振るう。

 神秘は古いほどに力を増す。

 ローマという国を打ち立てた英雄。ロムルスはあらゆるサーヴァントの中でも、最強の一角にあることは違いない。

 ローマの始まりであるが故に、ローマのことごとくを手中に収める。その国に列なる者は、誰もが彼の内にあるということになるのだ。

 だが、そんな理屈は魔術の世界で語られるものでしかない。

 ネロ・クラウディウスという人間にとっては、未来こそが至宝。たとえそれが燃え盛るが如く破滅的な美であったとしても、灰と化すまで踊り続ける。

 ローマを興した。故に強い───それがどうした。

 始まりの偉業を否定することは誰にもできない。けれど、この国を、この歴史を形作るのは何時だって後に残された人間たちだ。

 無尽に襲い掛かる樹木を切り払い、しかして体を傷付けられながら、ネロは叫ぶ。

 

「見よ! ローマですらも貴方に牙を剥く! この有り様は想定していなかったのではないか!?」

「否、それもまたひとつのローマの在り方である! 人がこの自然に産み落とされた瞬間より、完全に新しい概念が発生することはない───それでもお前が誇れるモノは、その程度か!! (ローマ)を超克する信念を見せてみろ!!」

 

 人間は解釈する生き物だ。目に見えるあらゆる事物に名前を付けることで、論理的な思考力を獲得した。

 全ては自然より始まり、それを糧に思考することで人類は発展する。高度に発達した科学技術も、過去にあった材料を組み合わせることで成立した概念だ。

 ロムルスは人間の思い違いを正す。

 ローマとは世界。人類が作り出したものは何もかも、世界の変形にすぎないのである。

 それはきっと、絶望だ。

 もはやオリジナルは存在しない。ロムルスですら、世界をローマと解釈する考え方を担うだけに留まるのだから。

 されども、彼は高らかに叫ぶのだろう。

 我が愛しき世界よ、永遠なれ──と。

 

「貴方は本気で、この世界を愛しているのだな」

 

 強欲にも程がある、と彼女は苦笑する。

 しかしそれはお互い様だろう。この胸に渦巻く愛は、とっくに留まることを知らないのだから。

 

「───同じように、余も人間を愛している!!」

 

 樹木の包囲を突破し、ネロとロムルスは己が得物を振り回す。

 縦横無尽に繰り出される槍撃。

 剣を持つ手が重く痺れる。一合打ち合う度に五指から感覚が損なわれていく。

 それとは裏腹に剣撃は勢いを増していく。拮抗から凌駕へ、無我夢中で放たれた斬撃はロムルスの槍を弾き飛ばす。

 

「散華するが如き隣人愛──それがお前のローマか」

「然り。余の愛を受け取れ!!」

 

 一閃。

 赤き刀身が、ロムルスの胴を袈裟に断ち切った。

 

「「───素晴らしい」」

 

 重なる声。

 感嘆の音色。

 ダンテは、アルテラは。

 想いは違えど、同じ感情を得ていた。

 

(こんな殺し合いがあるのか)

 

 情の介在しない殺戮とは異なる戦い。

 何もかもを焼き払う破壊の剣とはまるで正反対。

 ───この剣は、手向けとしよう。

 この一撃を切り抜けられないようでは、人理焼却を引き起こした黒幕に勝つなど夢のまた夢。

 空に浮かび上がる魔法陣。

 アルテラの霊基に許された一度限りの必殺宝具。

 

「『涙の星、軍神の剣(ティアードロップ・フォトン・レイ)』───!!!」

 

 天空から地上へ発射された光の柱。

 拡散し、無数に分かれた光が大地へ降り注ぐ。

 ダンタリオンが放った流星とは一線を画す、神の落涙。

 煌々と輝く流星を眺め、ノアはカエサルとアレキサンダー、孔明を振り返って言った。

 

「おい、おまえらの中でアレ防げるやつとかいねえのか」

「「「…………」」」

「……マシュ、ブーディカさん、お願いします」

「いつも通りですね、先輩」

「これだけ人数いて二人だけっていうのも悲しいなあ……」

 

 マシュとブーディカが前に進み出たその瞬間、ひとつの巨体が二人の間を抜き去る。

 それは案の定スパルタクス。地を震わせるような雄叫びとともに突貫し、落涙の一滴と真正面からぶつかり合う。

 が、ひとつの星とひとりの人間。番狂わせなど起きようはずもなかった。体ごと押し潰される間際、彼は吠えた。

 

「『疵獣の咆吼(クライング・ウォーモンガー)』!!」

 

 霧散する流星。傷付けば傷付くほどに力を高める彼の宝具は、死に際に無類の威力を発揮した。

 単騎で万軍に匹敵する特攻。上空へ向けて飛翔したスパルタクスは花火のように爆散する。笑顔でサムズアップする彼を幻視したノアとペレアスは、声を揃えて叫んだ。

 

「「何やってんだアイツはァァァ!!!」」

「いいなあ、大人の僕だったら勧誘してたよあの人」

「仲間にした瞬間反逆されるだろうがな」

「なんでアンタらそんなに冷静なのよ!?」

 

 緊張感のないアレキサンダーと孔明を尻目に、マシュは盾を地面に突き立てる。

 

「と、とにかく数は減りました! ブーディカさん合わせてください、仮想宝具展開します! 『疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)』!!」

「いまいちしまらないけど……『約束されざる守護の車輪(チャリオット・オブ・ブディカ)』!!」

 

 魔力を以って編まれる守護の円盾。

 降り注ぐ落涙は果たして、ひとつまたひとつと円盾に阻まれる。

 スパルタクスの突撃が、もしくはブーディカの支援がなければ、その守りは揺らいでいたかもしれない。この防御は誰が欠けても成り立たなかっただろう。

 ダンテは砕け散っていく涙の星を視界の端で捉えながら、ひたすらに筆を動かしていた。

 ロムルスが謳う世界の輝き。

 ネロが信ずる人間への愛。

 そして、新たな在り方を模索する少女。

 彼はその美しさを目の当たりにし、心を打ち震わせていた。

 立ち位置としては第三者。傍観者にすぎないにも関わらず、その胸中を席巻する嵐は勢力を拡大する。筆を持つ手は震え、眼には涙すら浮かぶまでに。

 ダンテ・アリギエーリという詩人はその卓越した技法だけでなく、他者より遥かに感受性が優れていた。

 ベアトリーチェという少女がいた。

 彼女に恋心を抱いたのは、ダンテが九歳の頃。すれ違っただけの、一度目にしただけの彼女の美しさに、彼は魂を奪われるほどの恋情を燃え上がらせたという。

 外界から美を発見する眼力は、芸術家に欠かせない素質だ。ダンテの鋭敏な感受性が、彼の詩作に大きな影響を与えたことは間違いない。

 だから、分かってしまう。

 他者の善意も悪意も、目を凝らせばすぐに。

 

「私は、皆さんに感謝しています」

 

 ダンテは言った。その手に文字が書き連ねられた紙片を握りしめながら。

 インクも乾ききっていない内に書き上げた即興詩。

 

「ネロ帝。私より至高の芸術を贈らせていただきたく存じます」

「うむ、派手にやれ! そこまで大きく出たからには、終幕に相応しきモノを用意しておるのだろうな?」

「もちろん。目も眩むような絶景をお見せしましょう」

 

 紙片が舞う。

 文字が平面上から解き放たれ、雪花さながらに景色を白く染めていく。

 否、それは空間に干渉しているのではない。世界そのものをキャンバスに見立てて、己の心象風景を塗りつける魔術の秘法。

 固有結界───かつて彼が至りし境地が、ここに顕現する。

 

 

 

「ああ至上の光、いと高く人の思いを超える者よ、汝の現れし様を少しく再び───『至高天に輝け、永遠の淑女(ディヴァーナ・コンメディア)』」

 

 

 

 純白の太陽。

 渦巻く天使の群れ。

 穢れなき光が全天を照らす。

 およそ肉体に囚われたままでは、到底辿り着けない領域。神が坐す第十の天・至高天(エンピレオ)。その光景を表すには、人間の言葉はいささか無力であった。

 

「───天上の薔薇。この大輪こそが、貴女に相応しい」

 

 薔薇の皇帝へ贈る一輪の華。

 思わず息を呑むほどの美景。ネロとカエサルはその眺めを一望すると、訝しげに言った。

 

「これが其方の心象風景か。なんというか……思ったより綺麗すぎぬか?」

「そうだな。硫酸の沼くらいが貴様には似合っているぞ。自分の心まで騙すとは器用なやつだ」

「嘘つきは悪い文明」

「随分とボロクソ言ってくれますねえ! 彼女を見てもそんなことが言えるか楽しみですよ! ブヘヘ……!!」

「あ、悪人面がひどいです……」

 

 マシュは美観を台無しにするようなダンテの表情に怖気が立つ。

 そこに、ひとりの女性が舞い降りる。

 ベアトリーチェ。鮮烈に輝く美しさではない、素朴な雰囲気の乙女。ダンテが信仰に等しい愛を生涯捧げた淑女であった。

 彼女は海中を漂うくらげのように浮かび上がり、アルテラの手を優しく取る。 

 

「貴女に残されたのは破壊ばかりではありません。いつかまた、数多の英雄が集う場所にて逢いましょう」

「……お前の目には、何が見えているんだ?」

「いえ……ただ、予感がするのです。雲を掴むような曖昧なものですが」

 

 ベアトリーチェが手を引く。

 向かう先は透き通った日輪の中。

 天使の群れの只中に聖杯のみを残し、アルテラは誰をも手にかけることなく、現世を去った。

 ネロは聖杯を掴み、マシュに手渡して、

 

「さらばだ、カルデアの勇士たちよ。余はきっと──笑顔の絶えない国を作ってみせる!」

 

 彼女は笑み、そして幕が下りる。

 ──第二特異点、定礎復元。

 

 

 

 

 

 

 カルデアに戻った瞬間、立香は待ち構えていたロマン以下医療スタッフに、たんかで運ばれていった。

 

「ふふふ……最近出番がなかったからね! 張り切らせてもらうよ!!」

 

 その時、ロマンのテンションが異常に上振れていたが、それを指摘する者は誰もいなかった。

 マシュとジャンヌが立香を追って管制室を出た後。無言で佇むノアを、ペレアスは指差して言う。

 

「殺気出てんぞ、さっきから」

 

 ノアはこめかみの辺りを揉みほぐして、

 

「……ほら、収まっただろ」

「いや全然収まってねえよ! 瞳孔がギンギンに開いてるじゃねえか!! 何があった!?」

 

 深いため息。ノアは数秒うつむくと、呟くように言った。

 

「藤丸がレフの攻撃を防げないのは分かってた。それを知りながら、作戦を優先した俺に苛ついてただけだ」

「立香ちゃんは納得の上で乗っただけだろ。自分を責めるより仕事を果たした部下を誇れよ」

「むしろ意外ですねえ、貴方なら仇敵を倒してはしゃいでいるかと思いました」

 

 ノアとペレアスの後方から声が響く。

 ぞわりと悪寒が背中を走り、二人は後ろに振り向いた。

 そこにいたのは、ニコニコと笑みを浮かべるダンテだった。ペレアスは口元をひくつかせて、震えた声で問う。

 

「なんでここにいるんだ!?」

「………………確かに───!! え、なんで私ここにいるんですかねえ!? もう戦いたくないのに!!」

「「知るか!!」」

 

 

 

 

 

 

 それはいつかの時代、どこかの世界の話。

 民衆を振り回した皇帝がその座から追われ、小刀で自らの喉を掻き切ろうとしていた。

 細かく震える指先。

 何度も命を絶とうと思い立ち、直前で留まる。

 幾多の慚愧を繰り返し、湧き上がる涙を抑え込んだ。

 彼女の治世に自由はなかった。

 子どもの地位を盾に政治に干渉しようとする母アグリッピナ。己が利益のために対立する元老院。

 体に結び付けられた鎖を解き放とうともがき、終わりは唐突に訪れた。

 クーデターによって、彼女はローマ郊外へと逃亡することとなったのである。

 小刀を手に取る。

 透き通った刀身に震えが伝わる。

 ひたりと首に触れた冷感に、怖気が走った。

 ───駄目だ、また死ねない。

 だって、まだ何者にも愛されていない。

 誰にも嘆かれず、民衆の敵となって死ぬことなど受け入れられるはずがない。

 なぜなら、この身は産まれ落ちた時から母の権力欲を満たす道具でしかなかったのだから───────

 

〝───ネロ。我が愛しき妹の子。余は、たとえどんな結末を辿ろうと、おまえの道を祝福する。決して独りにはさせない〟

 

 耳に馴染んだ優しい声に、そう言われた気がした。

 飛び散る赤い華。

 彼女は血に沈みながら、空を仰ぐ。

 そこには、月が白く輝いていた。

 ……68年、ネロ・クラウディウスは自決した。

 ひとりの暴君がこの世から失われた。これはただそれだけの話だ。

 だが、その物語は。

 ───がしゃん、と少年/少女が操る人形が崩れ落ちる。

 それは即ち、彼/彼女の死を意味していた。

 たったひとりが残る聖杯戦争、その予選。

 ウィザードとしての才も能も持たない者が勝ち抜けるほど、この戦いは甘くはなかったのだ。

 周囲に積み重なる無数の死体。

 その一角に成り果てる。

 死は逃れ得ない終着だ。どんな人間も、それを否定することはできなかった。

 それならば。

 そうなのだとしても────!!!

 

「諦めたくない……!!」

 

 物語は終わらない。

 彼の、彼女の話は、まだ終わるには早すぎた。

 

「よく言った、名も知らぬ路傍の者よ」

 

 その邂逅は、まさしく奇跡。

 

「その願い、世界が聞き逃そうとも、余が確かに感じ入った!」

 

 それは、遠く離れた別の世界。

 あなたとは、わたしとは、決して交わらない世界線。

 

「───其方が余の奏者(マスター)か」

 

 遥かなる月に、新たなる物語は幕を開けるのだろう。




天上の薔薇、もしくはparadiso cantoと調べれば至高天が描かれた絵画を見ることができます。ダンテの固有結界はそれと同じ風景です。
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