自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録 作:なまゆっけ
第23話 果ての海の海賊たち
「今回のレイシフト先は1573年のとある海域。時期的には大航海時代の真っ只中だね。この時代が歪むことでの人類史への影響は計り知れない。今回も気合い入れていこう!」
カルデア、管制室。
ダンテを仲間に加え、人数が増えたEチームの前でロマンは意気込んだ。
特異点攻略もいよいよ三つ目。結果だけを見れば、ここまで順調に事は進んでいる。マスターたちも未知の場所へのレイシフトに慣れたことだろう。
だが、何事も慣れた頃に重大なミスをやらかすものだ。これは世界を救う一大事、どこぞのヘルメットを被った猫のような精神では達成できない。
いつになく語気を強めた彼の言葉を背に受けながら、
「……
「……なんですか」
真剣味に満ちた声音。びっ、とノアは立香を指差して、
「ねるね○ねるねはレギュレーション違反だ。せめてブドウ味じゃなくてソーダ味にしろ」
「断ります、私本物のブドウよりブドウ味の方が好きなので。リーダーだってさっき水筒の中にポカリ入れてましたよね。水かお茶以外は禁止ですよ」
「言いがかりはよせ。アレはちょっと甘いだけの濁った水だ。おまえこそ特異点でねるねるしてる暇があると思ってんのか?」
「遠足感覚で特異点修復するのやめてくれるかなぁ!!?」
と、憤るロマンの声を聞いて、二人は気の抜けた表情で振り返る。
「おいおい、俺たちがもういくつ特異点修復してきたと思ってんだ。今回も楽勝でいけるだろ。レフもぶっ殺したことだしな」
「そうですよ。ダンテさんも仲間になってさらにパワーアップしましたからね! きっと持ち前の魔剣で敵をばったばったと──」
「あれ? 立香さんまだ私のことデビルハンターだと勘違いしてます? 違いますからね、バージルなんてお兄さんいないですからね?」
「ゆ、油断しきってる……『暗黒の人類史』という新しい敵も判明したんだ、注意していかないと!」
暗黒の人類史。人理焼却に際して産まれた特異点というイレギュラーの中でさえ、想定されていなかった英霊たち。焼却の黒幕と同一人物であるかも定かではないが、警戒しておくに越したことはないだろう。
ロベスピエールにせよ、ダンテにせよ、彼らはそれぞれの特異点を歪め得た存在である。
ダンテは何の因果か肩を並べて戦うことになったが、ロベスピエールのような者とは戦闘は避けられないだろう。相手の目的が分からない以上、行動を読むこともできない。
その危険性を説くロマンの背後から、気楽な笑みを浮かべたダ・ヴィンチが現れる。彼女は鼻息を荒くするロマンを宥めると、Eチームの面々に質問した。
「今回の特異点は海上の移動が予想されるけど、みんなは泳げるのかな? 一応、準備の良いダ・ヴィンチちゃんは特製の浮き輪を用意してあるよ」
「日本は学校で水泳の授業があるんで、私は全然泳げますよ。マシュは大丈夫?」
「はい。あらゆる状況を想定した訓練を受けていますので、問題ありません。いざとなれば盾にしがみつきます」
「それ盾ごと溺れるよね」
気軽に肯定する立香とマシュ。ノアは息を吐くように笑うと、自信ありげに言い放つ。
「俺は14歳の頃、冬のジブラルタル海峡を二時間で泳ぎ切った実績を持つ。並大抵の海じゃあこの天才を苦しめることなんてできないだろうな……!!」
「あ、私は浮き輪貰いますね。地獄巡りの時におどろおどろしい川を見過ぎてトラウマなんです。ペレアスさんはいかがですか?」
「オレはいらねえ。嫁が湖の乙女だしな、泳いだ経験も船に乗った経験も結構ある方だと思うぜ。……ところで」
ペレアスがちらりと視線を送る。その場の全員がその方向に目線を合わせると、ダラダラと冷や汗を流すジャンヌがいた。
彼女は向けられる眼差しにはっと気付き、取り繕うように喋り出す。
「な、なによ!? 私だってちょっと練習すれば、すぐ泳げるようになりますから! ええ、今回はその時間が無かっただけで!」
紅潮した顔をそむけるジャンヌに、マシュはどこからか取り出したタブレット端末を見せつける。
「ジャンヌさん、ここにプールの監視カメラの映像があります。そこでは白髪の女性が夜な夜な悲鳴をあげながら、水面に顔をつけている場面が……」
「マシュ。それ消しなさい。今すぐに。さもなきゃ燃やすわよ」
「無駄だ、映像を消すには俺の作ったロックを突破する必要がある。そのためにプログラミングの勉強までしたんだぞ」
「なんでアンタまで一枚噛んでるのよ! 嫌がらせに労力かけすぎでしょう! その得意げな顔をやめろ!!」
ジャンヌは膨らませたゴム浮き輪をノアに投げつけるが、顔を横にそらして回避される。床やコフィンにぶつかり、跳ね回った浮き輪はペレアスの眼前を通り抜けてダンテの後頭部に直撃した。
完全なるとばっちりをくらったダンテは、悶絶して頭を抱える。
「……え、今の完全にペレアスさんに当たるコースでしたよね。不幸のピタゴラスイッチになってましたよねえ!?」
「オレの幸運はA+で、お前の幸運はE。後は分かるな?」
「くっ! 幸運なんて死にステータスでしょうに!」
「ダンテさん。ジャンヌ喚ぶためにカルデアの聖晶石使い切った私の前でも言えますか?」
そう言った立香の瞳は、クレヨンで乱雑に塗り潰したみたいに黒く落ち込んでいた。心なしか二頭身に見えるその様子に、ダンテは密かに戦慄する。
そんなこんなで、冬木の特異点から数えれば四回目のレイシフトが実行されたのだった。
───迷宮を駆け抜けるひとつの影。
そこは神話の時代、数多の人間を呑み込んだ死の領域。無数の魔物が跋扈し、一度足を踏み入れれば陽の光を拝むことはあり得ない。
だが、その迷宮を疾駆する影は一糸乱れぬ走りで最奥を目指す。人を惑わす世界の中で、彼ひとりだけが正しい道筋を確信しているように。
進路上に湧き出る魑魅魍魎。常人ならば正気を保つことも難しい濃密な殺気に晒されながらも、その猛進に陰りはなかった。
キン、と黄金の斬光が迷宮を照らす。
刹那の内に繰り出された幾重もの斬撃を受け、行く手を阻んでいた魔物の群れは微塵と化した。
何者も、その後ろ髪を引くことすらできない。彼は単騎で軍勢を滅ぼし得る存在だ。知恵無き魔物の群れなど、戦いという土俵に上がることも許されていない。
それは鋼鉄の義腕を持つ大英雄。
不死身の英雄アキレウスをも苦しめた、トロイア最強の戦士ヘクトールであった。
突き当たり。彼の死角から、頭上に剛腕が叩き落とされる。
殺気だけではない。明確な意志を持った攻撃。それ故に魔物の爪よりも遥かに強く、それ故に気配を察知するのは容易かった。
砲弾が炸裂したような音とともに、迷宮の床がえぐれる。立ち込める煙の向こうに屹立する巨体を望み、ヘクトールは右手の人差し指をくるくると回す。
そこには、白い薄明かりを発する糸が巻き付けられていた。
「アリアドネの糸───見つけた時は途方に暮れたが、案外役に立つもんだ。ま、これも縁ってやつかねぇ」
それは、この迷宮に対する最悪の天敵。
かつて英雄テセウスがミノタウロスを討伐するため、ミノス王の娘アリアドネより貰い受けた糸。かつて迷宮を破る道標であったが故に、ヘクトールは一直線に最奥に辿り着くことができたのだ。
英霊は自らの伝承から逃れられない。迷宮を制したヘクトールは辺りを見回すと、わざとらしくため息をついた。
彼は槍をゆらゆらと弄び、頭を掻く。
「……なるほど、大した宝具だ。あの嬢ちゃんはもう逃したって寸法か」
敵に贈る言葉としては最大級の賛辞。しかして、返ってくるのは物理的な重圧すら感じさせる敵意のみ。
迷宮の主、雷光の意を持つ巨躯の豪傑──アステリオスは、みしりと拳を軋ませた。
今にも飛びかからんとする獣の如く牙を剥いて、彼は言う。
「そうだ、えうりゅあれは、ここにはいない……!!」
振り子のように揺れていた槍の切っ先が定まる。
アステリオスの撒き散らすような殺気とは違う。一点を貫く鋭さをたたえた、硬質な殺意。平時と変わらぬ口調で、ヘクトールは告げた。
「だったら、お前さんの首ひとつで見逃してやる。こっちも手ぶらで帰るわけにはいかないんでね──!!」
瞬間、剣閃が踊る。
己が宝具である槍を手元から消し、左腰に佩いた剣を左手で引き抜いた。
なんてことはない小技と、不意打ち。槍手が槍を捨てるという暴挙ではあるが、アステリオスの思考を乱すには至らない。
精々がさざ波を立てる程度───その隙間に、ヘクトールは入り込む。僅かな意識の偏りを突く超絶の歩法。敵の油断を誘う彼の戦術の真骨頂であった。
懐に飛び込んだ外敵を始末するため、アステリオスは拳の乱打を繰り出す。
掠めただけでもその部位を破壊するであろう剛打の嵐。間合いの内に入られたとはいえ、小指の先でも当てれば勝利に近付く攻防だ。
だというのに。
だからこそ。
ヘクトールは振るわれる拳の全てを避け切った。
なるほど、確かにアステリオスは強い。放たれる拳打の数々は、まさに雷光が如き威力と速度だ。並大抵の英霊では即座に打ち砕かれるだろう。
だが、彼は知っている。
かつて殺し合いを演じた、神速の英雄を。
手元に槍が現れる。
機械音を立てて柄が縮み、唱えた。
「──『
一条の剣線。
黄金の剣光はアステリオスの右腕を斬り飛ばし、胸を深く抉った。
その巨体が膝をつく。迷宮を構成する魔力が繙かれ、緑の密林が浮かび上がる。
それこそが世界の原風景。暗い迷宮の底では見えなかった、青白い月の光が二人を照らしていた。
ざく、と土を踏みしめる音。遠くでは波が砂浜を打ち、淡々とした静寂が場を支配する。
「終わりだ」
ヘクトールが刃を振るおうとしたその時だった。
「いや、終わらないよ? 主役が登場せずに終わる物語なんて不興にも程があるじゃないか」
どこか軽薄な声とともに。
五つの石弾がヘクトールを襲った。
燦然と輝く太陽。
どこまでも続く青空。
海は陽の光を照り返し、宝石のように煌めく。時々吹き抜ける風が心地よく肌を撫でるその船の上は、騒然としていた。
「ぐへえええぇぇぇぇ!!!」
声にならない断末魔をあげて、ひとりの哀れな水夫が甲板と熱烈なディープキスを交わす。
彼はぴくぴくと痙攣すると、力尽きたように昏倒する。周囲には同じ末路を辿った船員たちが数十人ほど転がされていた。成す術なく一蹴された仲間の姿を見て、未だ無事な水夫たちに動揺が走る。
彼らは甲板上に突如現れた三人組を取り囲んでいた。逃げ場のないこの状況で、その三人組の内のひとりが気楽に話し出す。
「……見事にはぐれましたねえ。カルデアとの通信も途絶……海のど真ん中に放り出されなかっただけマシではありますが、今までにもこんなことが?」
「待てダンテ、優秀なこの俺がはぐれる訳がねえ。この場合は藤丸たちがはぐれたと表現しろ」
「そんなことにこだわってる場合じゃねえだろ! アホか!」
「おいペレアス、これを見てもそんな口がきけるか?」
ノアはニタリと笑うと、懐からねるね○ねるね(ソーダ味)をチラ見せする。
「俺の手元にはこれがある……食料も嗜好品も限られたこの状況で一番強いのが誰か分かったか? 今すぐ土下座して謝罪するなら、三番の粉の袋を舐める権利をやるよ……ククク、おっと、早い者勝ちだがな?」
マシュと離れた以上、彼らは召喚陣を通じてカルデアから物資を受け取ることができない。
盛大な小物ムーブをするノアを見て、ダンテは口端をひくつかせた。
「い、いや……ねるねるする権利ならまだしもそんな卑しいことしませんよ。ねえ、ペレアスさん?」
そう言って彼が振り返ると、ペレアスは目にも留まらぬ俊敏な動きでノアの手首を掴んでいた。
「バカヤロォォォ!! それをねるねるすんのはオレだァァ!!」
「ペレアスさん!?」
「ハッ、強硬手段に出るとは円卓の騎士も落ちたもんだなぁ!! 安心しろ、おまえには一番の粉に三角カップの水を入れる時に床にこぼしてお母さんに叱られる呪いをかけた!!」
「妙に具体的ですね!? そんな経験があったんですか! あったんですね!?」
敵意を剥き出しにする包囲を受けてなお、緊張感のない三人組だった。水夫たちの彼らを見る目が、どこからともなく現れた侵入者ではなく猫のじゃれ合いを見つめるようなものになる。
そんな騒ぎを聞きつけ、船長室の扉が勢い良く開いた。
真っ白な髭をふんだんにたくわえた壮年の男。胸元に十字架をぶら下げ、剣をギラつかせながら目を丸くする。
「……なんだこの惨状はァ!? てめーらどっから来やがった!」
ノアは凄まじい剣幕で迫りくる顔面にも動じず、淡々と言い返す。
「勘違いすんなおっさん、先に仕掛けてきたのはこいつらだ。俺たちは降りかかる火の粉を払っただけだ」
「勝手に人の船に上がり込んだ奴の言い分を信じるとでも? この損失分はどう補填してくれんだ! 人間を大切にしろ!」
「ああ? そりゃ当然ねるね○ねるね……」
「ノアさん、少しいいですか」
船長らしき人物と睨み合うノアはダンテに肩を引かれる。ペレアスは剣の柄に手をかけており、いつでも戦闘に移行できる態勢を維持していた。
彼らは船長に背を向けて、ひそひそと話し合う。
「私あの人見覚えありますよ。『暗黒の人類史』です。間違いありません」
「まああんな濃い顔、一回見たら忘れねえだろうな。真名は?」
ペレアスの問いに答えたのはダンテではなく、聞き耳を立てていた船長本人だった。
「クリストファー・コロンブス。隠れて作戦会議か? 奥手な生娘じゃあるまいし、ンなこたぁ面と向かって訊いてこい」
三人は顔を見合わせた。いぶかしむような表情をするノアとペレアスに反して、ダンテは青い顔色をしている。
「すみません、想像以上にヤバい人がきました。コロンブスさんは功績もとんでもないですけど、闇もかなり深いですよ」
コロンブスは三人の間にぬうっと顔を出して、自然に訊いた。
「例えばどんな感じで伝わってんだ。言ってみろ」
「闇の部分で言うと、奴隷とか奴隷とか奴隷とか……あと卵とかですね」
「おいそれマジで言ってんのか。半分が優しさで出来てるコロンブス様がそんな評価な訳ねえだろ!」
「そんな面で半分が優しさは無えよ。バファリンナメんな。まさかお前、この船に奴隷積んでんじゃねえだろうな」
ペレアスに問われ、コロンブスは沈黙する。
長いようで短い静寂の最中、二人の視線は刃を合わせるように衝突する。言葉は交わさずとも、両者は目の色だけで互いの心中を看破した。
ならば、後は火蓋を切るのみ。コロンブスは酷薄な笑みを顔に貼り付けたまま、半歩下がり────
「……チッ。抜きすらしねえか」
───彼が抜き払った剣は、手首を返され奪われていた。
ペレアスは奪い取った剣を足元に突き立てる。コロンブスの剣術は確かに磨かれてはいるが、彼の本質はそこにはない。
航海者として、征服者としての腕前こそが彼の真髄。騎士として、剣と槍を生業に生きてきたペレアスとは、戦いの土俵が違うのだ。
それはコロンブスも理解していた。分かっていながら剣を抜いたのは、自身の論理に従ったがため。彼は両手を頭上に挙げた。
「あーあ、降参だ降参。やっぱ俺ぁまともに戦うなんてガラじゃねえな。ここらで商談といこうぜ」
「……ペレアス、逸るんじゃねえぞ。聞く価値はある」
「お前に言われねえでも分かってるよ。重ねた年季が違う」
ペレアスは苦笑して肩をすくめる。
奴隷を使うことに怒りを覚えたのは確かだろう。けれど、その激情が頭の芯に達しない術を彼は心得ていた。
脳の片隅に常に冷静な部分を残す。戦闘者として染み付いた習性だ。
コロンブスは甲板に尻をつくと、話を切り出した。
「今ので分かった通り、俺はお前らには勝てねえ。つまり、俺の生殺与奪はそっちに握られてるってことだ」
「まあな、俺たちは訳あって船が必要だ。何ならおまえをぶちのめして奪ってもいい」
「ところがどっこい、この船は俺の宝具だ。出すも仕舞うも思いのまま……当然、俺が死ねば船は永遠に消える。これがどういうことか理解できるか?」
「俺たちは互いに肝を握り合ってる。船が欲しい俺たちと、殺されたくないおまえ。なるほど、良好な関係が築けそうじゃねえか」
コロンブスとノアは同時に口角を吊り上げる。
悪人顔で同調する二人を見て、ダンテは心の底から嫌な予感を感じ取った。
「こ、これで一件落着しましたね! とりあえず親交でも深めます? 私UNO持ってきましたよ!」
「待て、軟弱優男。俺たちは仲良しグループじゃねぇ。このサンタマリア号に乗る以上は俺が船長だ。その上で決めることがあんだろうが」
「どうせろくでもないんでしょうねえ!」
「そう───お前らがこの船にとってどれだけ価値があるか、面接してやらァ!」
面接。ノアはその響きを頭の中で反芻すると、なぜか自信満々に頷く 。
「面接か、悪くねえ。所長は生憎見る目がなかったが、コロンブスのお手並み拝見といくか」
「……お前、マジで所長に呪われるぞ」
ペレアスはハンカチを噛んで悔しがる所長の姿を幻視した。ホラー映画なら、今夜にも祟りが起きる場面である。
そんな彼の思考を知る由もなく、コロンブスはペレアスに問う。
「お前さんには聞くまでもないだろうが、特技は?」
「剣だ。誇れたもんじゃねえがな。……あぁ、奴隷とかやったら次は斬るからな。そこは覚悟しとけよ。代わりにオレもお前の領分には口を出さない」
「ま、船には用心棒も必要だしな。採用だ。次、そこの小僧」
「来たか。こういうのは見せた方が早い」
ノアは掌中に火を灯し、握り潰すように消す。次いで風を巻き起こすと、帆船の進路を自由自在に変えてみせた。
超常的としか言えないその現象に、水夫たちは悲鳴じみた声をあげる。
「俺は種も仕掛けもある魔術師だ。火を熾したり、清潔な水を用意するなんてのは朝飯前だ。天文学の応用で航海術の真似事もできる。分かったら俺を最高の待遇でもてなせ」
日本では平安時代まで遣唐使が続いたが、航海には陰陽師が同行することも多かった。その理由は陰陽師が当時の日本における天文のスペシャリストであり、航海の助けとなるからであった。
加えて、占星術などは天文学の発展によって形式を変えることがある。魔術師にとって、天体の運行は切っても切り離せない関係なのだ。
コロンブスは大口を開けて笑うと、ノアと肩を組んで甲板の端に移動する。
「……なぁ、良い儲け話があるんだが。お前が魔術を実演して、観客に適当な杖かなんかを売りつけんだよ。学のねえやつらは絶対騙されるぜ」
「取り分は?」
「お前が7、俺が3でどうだ?」
「ふざけんな、俺が9は貰う」
「やめろゲスコンビ!」
ペレアスの拳骨がコロンブスとノアの脳天に落ちる。二人は潰れたカエルみたいに甲板に転がり、苦悶のうめき声を響かせた。
ダンテはそろりと手を挙げて、遠慮がちに言う。
「あの、私の面接は? いえ、机の上くらいでしか活躍できない人間なので、雑用くらいしかできないんですが」
「じゃあ雑用だな。そう気にすんな、人間の使い道なんて奴隷以外にも腐るほどある! 俺ほど人間の価値を知ってる英霊もいねえと断言できるぜ!?」
「ネガティブな意味にしか聞こえないですねえ……」
そこで、ノアたちはコロンブスにここに来た経緯を説明した。人理焼却という事態に始まり、カルデアやレイシフト、聖杯探索の情報を伝えた。
コロンブスはそれらの情報を咀嚼すると、顔を喜色に染めた。船首に片足をついて風を受けながら、彼は芝居がかったように言う。
「この海域には数々の聖遺物が眠っているらしい───黄金に輝く羊毛! 死者をも蘇らせる杖! 動く鋼鉄の島! 古代文明の超兵器! ククク、おまけに聖杯とはなァ!! 全部俺のもんだ……騒いできたぜ、船乗りの血がよォ!! 丁度良いビジネスパートナーも手に入ったんだ、この聖遺物争奪戦を征してやる……!!」
冷ややかな眼差しで突き刺してくるノアたちをよそに、コロンブスは広大な海の彼方へ向けて叫んだ。
「略奪王に! 俺はなる!!」
「───はっ! 今どこかで最高に汚いワンピースが始まった気がする!」
「何言ってるんですか、先輩」
日が沈み、朱に染まる海を行く船の上。レイシフトを行った立香とマシュとジャンヌは、現在そこにいた。
その船は、人類で初めて生きたまま世界一周を成し遂げた大偉人フランシス・ドレイクの
「オラ野郎ども! 久しぶりにアタシ以外の女見たからって鼻の下伸ばしてんじゃないよ! 股間握る暇があんならロープ握って接岸準備しなァ!!」
「姐さん! 下品です! 俺らだってそんな下ネタ言いませんよ!!」
「あ、でもマシュとジャンヌが赤面してますよ! もっとお願いします!」
「『立香くんはなんでそっち側なんだい!?』」
───驚くべきことに、悪魔とも恐れられたフランシス・ドレイクは女性だった。歴史家も案外アテにならないものである。しかし、既にアーサー王やネロ・クラウディウスが女性ということを知っているからか、衝撃は少なかったといえよう。
特異点へのレイシフト直後、立香たちはこの船が伝説の巨大イカ・クラーケンに襲われている場面に直撃した。ノアたちと離れ離れになったことを憂う暇もなく、戦闘に身を投じたのだった。
そんなこともあってか、彼女らはドレイクと意気投合。元々、海賊は昭和のヤンキーと近い論理で生きている連中である。共に喧嘩をした時点でダチ認定されるのは当然の帰結であろう。
急に飛んできた下ネタに不意打ちされたジャンヌは、咳払いして平静を取り戻す。
「ほんっと汚らしい連中ですね。一緒に巨大イカを丸焼きにしたとはいえ、少しでも触れようとするなら燃やしますから」
様式美ともいえる反応をする彼女に、水夫たちと一緒にクラーケンの切り身を焼いていた立香が声をかける。
「ジャンヌはイカ焼きの味付けは何がいい? 醤油とソースがあるけど」
「私はソースで……って違うわ! こっち来なさい、手篭めにされるわよ!」
「ジャンヌさんがノリツッコミまで習得するとは……これはいよいよわたしも肩の荷が下りそうです」
「マシュ。この前から私のことナメてるでしょう。決着つけてもいいのよ」
空の色は既に夕暮れ時の朱から夜の黒へと移り変わりつつあった。ドレイクたちが拠点とする島もほど近く、船員たちが連携して帆を畳み、錨を降ろそうとしていた。
もはや何百何千回と繰り返したのだろう、統制の取れた動きは立香たちの入る隙間はない。下手に手をつければ、逆に足を引っ張ってしまいそうな完成度である。
そもそも、船のふの字も知らない素人にできることは少ない。海の男がそんな女子たちを頼るという失態をやらかしはしない。その半分は優しさだが、もう半分は若い女子によく見られたいという下心だった。
ぽつねんと取り残された立香たちは、巨大イカの焼き身を口に運びながら、船の欄干に腰を預ける。
「リーダーたち、大丈夫かな。通信も繋がらないみたいだし」
「カルデアの機器では生存証明がなされていますから、少なくとも最悪の事態は免れているはずです」
「『ペレアスさんは言わずもがな、ノアくんだって腕がもげてもくっつくほどの生命力の持ち主だしね。生き残ることに関して、あの二人に並び立てる者はないとすら言えそうだ。……ダンテさんはアレだけど』」
「い、一応地獄を踏破したこともあるので、悪運には恵まれていると思います」
「ウェルギリウスがいなかったら絶対死んでたでしょ」
ダンテの地獄巡りは、彼が敬愛する古代ローマの詩人ウェルギリウスとともに行われた。『神曲』の作中ではダンテは彼に頼りっきりであり、地獄でミノタウロスと遭遇した際もダンテはウェルギリウスの影に隠れている。
ざざん、とどこへともなく消えていく波間に耳を傾けていた立香は、海に何らかの物体が浮かんでいるのを見た。
彼女は暗い海面を指差して、
「あそこに何かない?」
「わたしにはよく見えませんが……ジャンヌさん、炎で照らしてみてください」
「ライター扱いされてみたいで気に入らないけれど。これでどう?」
ぱちんと指を弾き、滲み出た火の光が海面を明るくする。
薄暗がりに垣間見える人影。茫洋とした輪郭は段々と実形を帯び、その姿を確たるものへと変えていく。
潮に濡れた紫色の髪。白魚のような肌。同性であっても思わず見惚れてしまうような、息を呑むほどの美貌の少女が波にさらわれていた。
瞬間、立香はドレイクに叫ぶ。
「ドレイクさん! 海から女の子が!」
「空からじゃなくて!? ただのどざえもんじゃん!」
「言ってる場合じゃないでしょうが! 早く引き上げるわよ!!」
とある島。
鬱蒼と生い茂る森の中を、四名の英霊が行く。
そこは幾多の魔獣が住み着く異郷。常よりも酷薄な生存競争が繰り広げられるその場所にあって、彼らを狙う魔物は皆無であった。
ひとりは弓矢を携える女狩人。その足運びに隙はなく、一度全力で駆け出せばどのような悪路も容易く踏破するだろう。
ひとりは見上げるほどの偉丈夫。鍛え抜かれたその肉体は、身に宿した超常の武技を体現するためのひとつの道具。如何なる敵も一刀で屠り去る圧力を有していた。
ひとりは身の丈以上の杖を持った少女。その動作からは武の匂いは微塵も感じられないが、どこか浮世離れした雰囲気を併せ持っている。
そして、大手を振って先頭を突き進む金髪の男。四人の中で一番弱いのは誰かと問われれば、物知らぬ赤ん坊でも指を差すであろう人物だ。が、反面誰よりも自信に満ち溢れているのは彼だった。
森にぽかんと開いた洞窟。その奥地に辿り着く。台座に置かれた金の羊毛を見て、彼は歓喜の雄叫びを喉奥から迸らせる。
「ハッハッハー! そう、これは私の手元にあるのが相応しい! 目を覆いたくなるようなトラウマがあるが、モノ自体は美しいからな!」
金羊毛を体に巻きつけてガッツポーズを取ると、人心地ついたのか、吹っ切れたような表情で他の三人に振り向く。
「ご苦労諸君! 今日はここをキャンプ地とす───」
「ふざけるな」
「■■■■■■」
キャンプ地宣言を遮るように、女狩人と偉丈夫のつま先が男の尻に突き刺さった。
男は黒ひげ危機一髪を彷彿とさせる飛び上がりを見せ、地面に倒れ込む。
「お、お前ら……それは駄目だろ、特にヘラクレス。危うくケツがミンチになるとこだっただろうが!!」
「ああそうか。お前の尻肉でハンバーグでも作って、そこら辺の魔物に振る舞ってやろうか」
「どこの猟奇殺人鬼だお前は!?」
ぎゃあぎゃあと喚く男を横目に、少女は台座に触れた。そこに何やら複雑な紋様を刻むと、柔らかな光がドーム状に広がり、台座が二つに割れる。
左右に割れた台座の中央。そこには、二匹の蛇が巻き付いたような意匠の杖が置かれていた。
少女は割れ物を扱うかのようにそれに触れ、持ち上げる。
律動する魔力。その宝具が本物であることを悟り、彼女はくすりと微笑した。
「安心してください、皆さん。目当てのものは手に入りました」
かしゃん、と杖の頂点が開き、一対の翼が飛び出す。
「───『