自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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第四特異点 ロンディニウムの騎士 死界魔霧都市・ロンドン
第31話  そうだ、ロンドンに行こう


 第四特異点レイシフト当日。

 恒例の如く、Eチームの面々は管制室にて待機していた。

 今回の特異点はいよいよ折り返し地点。これを乗り越えれば長い人理修復の道のりも半分に到達する。前回はだらけていたEチームのマスターたちも、今ばかりは沈黙を保っている。

 半分という言葉は人によっては違う響きを持っている。マラソン大会で半分を切ったことに絶望するか否かは個々人の運動能力に委ねられているのだ。

 厳粛な空気の中、ペレアスはぼそりと呟く。

 

「…………妖精騎士ペレアスってどう思う?」

 

 往生際が悪い騎士にその場の視線が一挙に集まる。

 しかして、誰も声を発することはない。ペレアスという超特大の腫れ物に触れようとする者はここにはいなかった。

 冷ややかな眼差しを向けられながら、ペレアスはかっと目を見開いて叫んだ。

 

「……まだ有り得ないと決まった訳じゃないだろうが!? 諦めんなよ!!」

「誰も何も言ってねえよ」

 

 ノアに盛大な指摘を受けたペレアスだが、彼の口はそれでは止まらなかった。

 

「あーあ、オレだってたまには大々的に取り上げられてみたいィィィ!! 女体化でも王様(アルトリア)顔でも何でも受け入れるからもっとチヤホヤしてくれェ!!」

 

 あまりに必死なその様に、Eチームの女性陣は教室で嘔吐した同級生を見るような目になる。

 

「ここまで来るともう悲惨の一言しかないよね」

「奥さんが妖精じゃないですか。そこでキャラ被りさせるのはないでしょう」

「男の癖にウジウジしてみっともないわね。長生きした人間のメンタルとは思えないんだけど」

 

 それに乗じて、ノアとダンテも口撃を飛ばした。

 

「そもそもおまえに需要なんてねえんだよ。いつまでその話題引っ張る気だ天丼男が」

「相変わらず成長が見られませんよねえ。ポンコツが加速してますよ」

「おい、ここぞとばかりにお前らまで攻め立てんな! というかダンテにだけはポンコツとか言われたくないんだが!?」

「あーっ! 聞きましたか皆さん、誇り高き騎士なのにこんなこと言ってますよ! ド外道の誹りは免れませんよねえ!?」

 

 ペレアスとダンテが取っ組み合いに発展しかけた時、管制室の扉が物々しく開いた。そこからロマンとダ・ヴィンチが歩いてくるのを見ると、二人は何事もなかったかのように居直る。

 ダ・ヴィンチお手製体型矯正器具の効果によって、すっかり健康体になったロマンは有り余る元気を吐き出すように喋り出す。

 

「さあみんな、ついに折り返しの第四特異点だ! 気合い入れていこう!」

「今回は1888年のロンドンが舞台だ。この時代は人類の生活様式から戦争に至るまで、全てを変えた産業革命の真っ只中だね。いやあ、私も行きたかったなあ!」

 

 今回の特異点を攻略するにあたって、歴史に疎いノアと立香(りつか)は事前に講習を受けている。

 人類史における最重要事を挙げろと言われれば、産業革命は必ず選択肢に入るであろう。この時から大量生産大量消費へと社会は移行する兆しを見せ始め、それに伴って働く人々の忙しさも跳ね上がった。

 様々な功罪が混在する産業革命だが、それを牽引したイギリスの存在が揺らぐことは間違いなく、人類史を焼くに足る特異点となるだろう。

 ロマンはノアに笑いかける。

 

「そういえば、ノアくんはここに来るまで数年間ロンドンで生活してたんだよね。19世紀と現代であまり街並みは変わっていないらしいし、土地勘が効くところもあるんじゃないかな」

「拠点にしてたのは郊外で都心の方は滅多に行かなかったがな。協会に所属してない魔術師の肩身は狭いんだよ」

「リーダー。単純に気になったんですけど、どうやって生計立ててたんですか? 社会不適合者なのに」

 

 茶化すような調子で立香は言った。ノアはそれを受けて、何故か得意気に口角を上げた。

 

「俺が社会に適合してないんじゃねえ、社会が俺に適合してないだけだ。俺がやってたのは何でも屋だ。イキり散らかしたマフィアの掃除から呪われたホテルの爆破解体まで、表裏問わず依頼を受けたな……ふっ、今となっては良い思い出だ」

「どっちも裏ですよね。完全に裏社会の住人ですよね。何でも屋の響きが急に恐ろしくなってきましたよ」

「全く先輩の言う通りですが、魔術協会のお膝元でよくそんな乱行ができましたね」

 

 他人事ではあるものの、マシュは思わず冷や汗をかいた。ロンドンには魔術協会の総本山である時計塔がある。

 その近辺で協会に所属しない魔術師が活動することは、警察署の前で痴漢をするに等しい。灯台下暗しとは言うが、時計塔の下は派手にライトアップされているのだ。

 当然、そんな場所でホテルの爆破解体をすれば注意を引くどころの騒ぎではない。とある聖杯戦争ではホテルの1フロアを貸し切って要塞化した工房を爆破させられた魔術師がいたが、それはガス爆発が頻発する冬木市だからこその所業であろう。

 ノアは気軽に頷いて思い出話を語る。

 

「一回、魔術協会に目を付けられてアフリカまで逃げたら、現地の呪術戦争に追っ手ごと巻き込まれて痛い目見たことはあったぞ。結局最後は街ひとつ爆弾で吹っ飛ばして、追っ手と酒飲んで終わったんだけどな」

「どこのハリウッド映画よ!? 現代は魔境なの!?」

「いやいや、ノアさんを基準にしたら、それこそ痛い目を見ると思っ──」

 

 ジャンヌの勘違いを止めようとしたダンテだが、立香とマシュに押し退けられて阻まれてしまう。

 彼女たちの顔は獲物を見つけた獣よりも下卑た欲望に塗れていた。

 

「そうだよ、ジャンヌ。現代は特異点にも劣らない修羅の世界──! そこら辺に手榴弾は落っこちてるし、トゲトゲの肩パッドつけたモヒカンがバイクで疾走してるなんてことは日常茶飯事だからね!」

「治安が良いと言われている日本でさえも、一歩外に出れば誤チェスト上等の大魔界ですからね。ハラキリ、ヤクザ、ニンジャ、スシだけで日本文化は大体言い表せると言われています」

「くっ! これが現代社会に巣食う闇なのね……!!」

 

 ジャンヌは驚愕の真実という名の真っ赤な嘘を教え込まれ、顔色を青くした。その一部始終を眺めていたロマンは、目に涙を溜めながら頷く。

 

「これがEチームのEチームたる所以か……っ!」

「やはりここは、唯一の常識人であるこのダンテ・アリギエーリが何とかしなくてはなりませんね。大丈夫です、政治家もやってたので人の扱いには慣れてます。結局追放されてマラリアで死んだんですけどね! はっはっは!」

「全く笑えないんですが!?」

 

 サーヴァント特有の死人ジョークはロマンには刺さらなかった。というか刺さる人間自体が少ないのだが。

 ノアと立香の目が合う。彼はからかうように言った。

 

「今度ははぐれるなよ、藤丸(ふじまる)

「フラグ建築に余念がないですねリーダーは。まさか二連続で私たちがはぐれるなんてことあるわけないですよ!」

「先輩、その発言がもはや確定させたようなものなのですが」

 

 という訳で、半分の節目である第四特異点へのレイシフトはいつも通りのだらけた雰囲気で行われるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───闇よりなお暗き漆黒の風が夜を駆ける。

 濃霧に包まれたロンドン。

 耐性を持たぬ人間を容易く死に至らしめる魔の霧を引き裂き、塗り潰すように旋風が踊る。

 それは死の黒風。意思無き病魔の化身にして、百鬼夜行(ワイルドハント)の先触れたる嵐の具現であった。

 だが、彼に未だ名前はない。

 否、そんなものを持つ必要がない。

 なぜなら、その全存在は王に追従するだけの道具でさえあれば良いのだから。

 魔の霧。死の風。それら全てを吹き飛ばす、純粋な力の暴嵐が天を突く。

 空間そのものを裂くかのような魔力の奔流は、しかし埃を落とすための前触れに過ぎなかった。

 

「突き立て、喰らえ───十三の牙」

 

 鈴を転がすような声。けれど、そこに可憐さはなく、ただ冷徹な響きがあるだけだった。

 黒き聖槍が唸りをあげる。

 立ちはだかる敵などいない。

 その槍の切っ先はロンドンという地に牙を剥く。

 

「……『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』」

 

 瞬間、極光が爆ぜた。

 音が死に、光が死に、地が抉れる。

 周辺一帯がクレーターと化し、林立していた建物は跡形もなく塵芥へと還った。そこにいたであろう生命の一切を滅ぼすことも厭わずに。

 その光景を目に焼き付ける者がいた。

 

「クッソ、がァ……!!」

 

 彼は人の悪逆をこそ愛する破滅人格。

 王が為した悪業を賛美こそすれど、憎むことなど無い。──そう、それが、人間が為した行いであったなら。

 だが、この聖槍の担い手は違う。

 嵐が家も作物も人間でさえも根こそぎ奪っていくように、ソレはただ人類にとっての害悪で在り続ける。

 理由はいらない。

 ソレにとって、壊すことが生きることであったから。

 一矢報いるべく脚に力を込めるが、膝が応えることはない。こみ上げてきた血を吐き出し、彼の一面である悪逆の人格は鳴りを潜めた。

 聖槍の担い手はその様子を一瞥すると、虚空に向かって口を動かす。

 

「ここに第八のセフィラは刻まれた。メフィスト、ジャック、後は予定通りに」

 

 彼女にとって、手負いの男は警戒するに値しない存在だった。それでもなお、彼は歯向かうように問う。

 

「お前は一体、何者だ」

 

 サーヴァントは真名を隠す。

 その行為は敵に弱点を訊くようなものであり、答える価値のないものだった。

 けれど、自然は気まぐれだ。(しぜん)の体現者である聖槍の王は、暫し考え込んで、

 

「……ふむ、そうだな。嵐の王として、今はこの名を名乗ろう」

 

 病魔の化身を従え、彼女の輪郭は闇に溶け込んでいく。視覚的にだけでなく、存在そのものが夜の暗闇に沈んでいくかのように。

 その中に黄金色の眼光だけを残して、王は言う。

 

「───我が名は()()()()()知恵の女神(ソフィア)より遣わされた人類史の暗黒点だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイシフト特有の引き伸ばされるような感覚の後、停止していた五感が機能し始める。

 目を閉じたまま息を吸い、両手を握って開く。どこにも異常はない。ゆっくりと目を開けると、そこは濃霧に覆われたロンドンだった。

 霧が太陽光を遮り、日中とは思えない異様な暗さ。立香は目を凝らして周囲を確認するが、周囲には見慣れた人影がふたつあるだけでノアたちの姿はない。

 彼女はため息を噛み殺して、己を奮い立たせる。

 

「ま、またはぐれるなんて……これからは私がカルデア最強マスターを名乗らなきゃいけないみたいだね! マシュ、ジャンヌ、まずはリーダーを探そう!」

 

 そう言って振り向いた先には、

 

「すまん、ここにいるのはイケメン騎士ペレアスとポンコツ作家のダンテだ」

「ええ、残念ながらここには無名騎士のペレアスさんと世界三大詩人のダンテしかいません」

「あれーっ!? そういう入れ替わり方!?」

 

 予想外の事態に立香は目を丸くした。

 どんな風に因果がこじれたのか、はぐれただけではなくサーヴァントまで入れ替わってしまっていた。特異点修復にトラブルは付き物だが、今回はそれ以前の問題である。

 ただ、立香ひとりだけがはぐれるという事態にならなかったのは不幸中の幸いだ。宝具が無ければ立香にすら負けかねないダンテはともかくとして、ペレアスは地味に強い。当面の身の安全は確保されていると言って良いだろう。

 立香は深呼吸して平静を取り戻す。

 

「でも、ペレアスさんとダンテさんが居てくれて良かったです。リーダーに比べたらへっぽこですけど、とりあえず二人に負けないマスターとして頑張りますよ!」

 

 意気込む姿を見て、ペレアスとダンテは困惑と感動を半々にした何とも言えない表情になる。

 

「……オレたちのマスターがこんなに優しい訳がない!! 夢、これは夢だ!」

「落ち着いてくださいペレアスさん! 気持ちは大いに分かりますがこれは現実です!」

「そうですよペレアスさん! 少なくとも私はリーダーみたいに事あるごとにマウント取ったり知識をひけらかしたりしませんから!」

「嘘つけェ! オレは騙されねえぞ! どうせエタードを寝取られた時みたいに上げて落とす作戦だろ!?」

「「寝てないのに寝取られとは───?」」

「おい、唐突な正論はやめろ」

 

 心にざっくりと切り傷をつける正論で、ペレアスの頭は冷えた。荒療治にも程があるが、彼のトラウマの深さの前ではほぼノーダメージに近い。

 近所の吠えがちな番犬から借りてきた猫のようになったペレアスは、咳払いを挟んで仕切り直す。

 

「じゃあ、まずは今後の方針を立てるためにカルデアと通信を繋いでみたらどうだ」

「それが、さっきからやってるんですけど繋がらなくて。この霧のせいですかね?」

「それもありそうですが、皆さん。上を向いてみてください」

 

 ダンテに促され、上空を見やる。

 強化魔術を掛けた瞳とサーヴァントの視力でようやく視認が能うほどに濃い霧の向こう。黒くくすんだ乱気流が幾層にも折り重なり、青い空を覆い隠していた。

 その巨大さは周辺だけに留まらない。おそらくはロンドン全体をすっぽりと包んでしまう規模。嵐の繭とでも形容すべきそれは、全神経を傾けて感じ取れる程度の微かなサーヴァントの気配を孕んでいる。

 立香たち三人は首を同時に戻すと、だらりと冷や汗をかいた。

 

「通信は繋がらない、リーダーたちもどこにいるか分からない。アレ、これ詰んでません?」

「確かにこれは問題が山積みだな。最高に地道な方法だが歩いてみるか? それでノアか味方になってくれるはぐれサーヴァントに出会えれば儲けもんだ」

「現状、それしか方法はなさそうですねえ。ペレアスさんの剣でも倒して行く方向を決めてみますか」

「あ、それとこれが最大の問題なんですけど」

 

 立香は真剣な顔で言った。が、思い当たる節のないペレアスとダンテは首を傾げる。

 

「私とダンテさんの口調被ってませんか。真面目キャラの宿命とはいえ、これは不味いです」

「第三特異点でも問題にしたことがここで響いてきますか……! しかしこの口調をやめるのは真面目という属性を失うに等しいですよ!」

「端からお前に真面目属性なんてねーんだよアホ詩人。失っても痛くない分お前が犠牲になれ」

「私は生前からこの口調なんです! 56年間で培ってきたアイデンティティを捨てさせる気ですか!? という訳なので立香さんに改めてほしい! こんなおっさんたちだからって敬語使って遠慮しなくて良いんですよ!?」

「お前今すげえダサいことに気付いてるか?」

 

 そもそも、天寿を全うしたペレアスと56歳ほどで亡くなったであろうダンテは実年齢で言えばおじいさんである。サーヴァントは全盛期の状態で召喚されるため、二人とも二十代前半程度の見た目だが、どうやら精神は引っ張られていないらしい。

 立香は悩ましそうに眉根を寄せる。

 

「でも英霊に対する敬意って必要じゃないですか?」

「一見聞こえは良いですが逆説的にジャンヌさんへの敬意がないことが露呈してますねえ」

「ジャンヌはジャンヌですからね。それ以上でもそれ以下でもない、吸引力の変わらないただひとつのマスコットです」

「本人が聞いてたら火だるまになりながら襲ってくるぞ」

「もはや妖怪なのですが……?」

 

 思った以上に根が深い問題だった。一行はこの場でそれを処理するのは難しいと判断して、ひとまずロンドンの探索を行うことにした。

 産業革命期のイギリスの景観を支えたのはヴィクトリアン建築である。工業技術の発展によって建材に鉄材やコンクリートを多用するようになった。中世とゴシックの折衷様式であり、近代ヨーロッパと言えばこれを思い浮かべる人が多いかもしれない。

 ロンドン全域にかかる霧も人間にとっては災難に他ならないが、景色の演出としてはそう悪いものではなかった。

 今までにも増してペレアスとダンテには初めて見るものばかりの光景。半ば観光気分で三人は歩いていたのだが、立香はどこか懐かしい感じを覚える。

 先行するペレアスはこまめに振り向いて、

 

「そこ、段差あるから気を付けろよ。さっきから変な気配もしてる。いつでも戦えるようにな」

 

 などと妙に親切だったり、

 

「お二人とも。私、実はお菓子持ってきたんですが要ります? 霧中のロンドンで食べるカント○ーマアムは絶品だと愚考しますが」

 

 ダンテから手渡されたお菓子をもっさもっさと頬張りながら、立香は懐かしい感覚の正体に行き着く。

 

(これは親戚のおじさんにお年玉を貰っている感覚───!! このままではマスターとしての威厳が消滅の危機に……!!)

 

 両手でカントリーマ○ムを貪っている時点でマスターとしての威厳は崩壊しているに等しかったが、その強烈な甘味の前に立香の思考はいつにも増して鈍化していたのだった。

 ペレアスとダンテは何だかんだで良識を備えた男たちだ。普段はノアの抑え役に回っているが、その枷が外れたとなれば気の良さしか残らない。

 立香が乙女ゲーの主人公のような気分を味わっていると、周囲から金属が擦れ合う音がいくつも重なって聞こえてくる。

 ペレアスはすらりと剣を抜き、一瞬遅れて立香も魔術回路に魔力を通す。

 曲がり角から姿を見せたのは、バケツ型の頭部をした鋼鉄の機械兵だった。一体何の動力で動いているのか、関節部から蒸気を噴き出しながらペレアスたちの前に立ちはだかる。意思は見られないが、穏やかならぬ事態であるのは確かだ。

 それが目視できるだけで数十体。今までの敵とは一風変わった敵を見て、三人は口をあんぐりと開けた。

 

「こ、これが産業革命で生まれた機械ってやつか!? ブリテンの科学力は世界一かよ! ちょっと誇らしいぞ!」

「いやあ〜、私の死後500年ほどでこんなものが作れるなんて、人類の技術の発展は目覚ましいですねえ。一家に一台欲しいです」

「いやいや、こんなの超オーバーテクノロジーですよ! スチームパンクすぎて世界観が迷子になってますから!」

 

 目の前の機械が人の手で造られたモノだとすれば、明らかに現代の技術レベルをも飛び越えた代物である。ましてや、この時代に存在するはずがない。

 対応にあぐねていた三人だったが、その認識は直後に固まる。

 機械兵は拳を振り上げると、ペレアスへそれを叩きつけた。

 

「──やっぱ敵か! なかなか男心をくすぐるデザインだが仕方ねえ、ぶった斬る!」

 

 彼は無駄なく拳撃を躱し、機械兵の五体に刃を滑り込ませる。

 鋼鉄の体はばらりと分解され、動くことすらできぬ鉄片へと姿を変えた。それを皮切りに、街路を埋め尽くすほどの機械兵が一斉に襲いかかった。

 

「ガンド!」

 

 簡素な詠唱とともに魔弾が放たれる。

 狙い澄ました一撃は過たず敵の頭部に命中した。

 ガンドに鋼の表皮を貫通する威力はないが、弾丸に込められた呪いが対象の動きを阻害する。ペレアスの白刃が躍り、即座に機械の体が解体される。

 如何に数の差があろうと、乱戦に長けたペレアスを仕留めることは難しい。さらにマスターの援護が加わり、一方的な展開になっていた。

 暴れ回るペレアスの死角をカバーするようにガンドを撃つ。ペレアスは目にも留まらぬ速度で機械兵を斬り刻みながら言う。

 

「立香ちゃん、魔力の方は大丈夫か!? こいつら程度なら援護無しでも十分やれるから無理すんなよ!」

「心配無用です! リーダーから貰った礼装のおかげで、魔力には全然余裕があるんで!」

「……そんな便利なもん作れるなら最初からやっとけよアイツは──!」

 

 悪態をつきながら、ペレアスは手近な機械兵を頭頂から串刺しにする。

 ノアが立香に作った髪留めの効果は魔力の吸収と貯蔵。言わば簡易的な魔力タンクである。当然、際限なく貯められる訳ではないが、立香にとっては絶大な恩恵があった。

 立香とペレアスが連携して敵を葬る様を見て、ダンテは泡を食う。

 

「はい! 皆さん! 不肖この役立たずのダンテめは何をしたら良いでしょうか!? いよいよ戦闘での私の存在意義がなくなってきたんですが!!」

「詩で他人を強化できる死に設定があるだろうが! それ使え!」

「戦闘中に執筆意欲なんて湧かないんですよねえ。魔力で文字を書くと推敲もできませんし」

「こんな時に作家魂発動するのやめてくれません?」

 

 ダンテは渋々宙に文字を走らせた。

 神の姿を目撃し、その祝福を受けた彼の紡ぐ言葉は極小の奇跡。込められた魔力が切れるまで、世界法則に文言を書き加えることができる。

 例えば〝ペレアスは強い〟という旨の詩を詠えば、その通りに極小規模の現実改変が起こる。その逆も可能だが、何ら曰くのないものを強化しようとしても効果は薄い。

 強いものを強く、弱いものを弱くすることは得意だが、言語として特徴のないものを賛美するのには無理があるのだ。はんぺんの見た目を褒めろと言われても困るだろう。

 ダンテからの後押しを受けて、ペレアスの剣戟の勢いが増す。だが、切り倒すそばから機械兵が追加されていき、辺りはスクラップの海となっていた。

 絶えず送り込まれてくる機械の群れに、ダンテは焦りを覚える。

 

「洒落にならないくらい多くないですかこれ!? 大量生産大量消費にも程がありますよ! 資本主義の闇!」

「そうですね。ペレアスさん、一旦退いて様子を見ましょう。この数に付き合ってたら消耗するだけです」

「賛成だ。こいつらを地産地消するのにも飽きてきた。さっさと逃げるぞ」

 

 ペレアスは眼前の機械兵の胴を真っ二つにする。勢いのまま後ろに跳ぼうとした瞬間、上空から人影が機械の群れに墜落した。

 その直後、豪風の如き剣戟が閃く。

 鋼鉄の巨躯が紙吹雪のように千々に吹き飛ぶ。

 局所的に旋風が巻き起こり、霧が晴れていく。中心にあった人影は全身に甲冑を着込んだ剣士だった。それは軽快に三人の方を向くと、

 

「そこのお前ら、ここはオレが引き受けた! 右の角を曲がって真っ直ぐ行けば逃げられ……」

 

 ペレアスに視線を合わせた途端、言葉が尻切れになる。対するペレアスも剣士を見て固まっていた。

 彼らはしばらくの間言葉を失い、堰を切ったように叫んだ。

 

「「あ゛ーーっ!!?」」

「え、なに? どうしたんですか!?」

 

 立香はペレアスと剣士に交互に視線を送りながら困惑した。

 そんな反応も他所にして、彼らは鳩がバズーカ食らったような顔で、同時にまくし立てる。

 

「よくもオレを円卓から追放してくれたな、王様大好きっ子が!!」

「どうしててめえがこんなところにいやがる、万年色ボケ野郎!!」

「「……はぁ?」」

 

 立香とダンテはがっくりと肩を落とす。

 ペレアスの反応から察するに円卓関係者であることは間違いないだろう。しかし見るからに険悪そうな雰囲気を醸し出しており、そこで思い当たる人物はひとりだった。

 ダンテはぽんと手のひらを叩いて、

 

「あ、もしかしてガウェインさんですか? 切っても切れない因縁がありますもんね」

「はあ!? あんな奴と一緒にすんじゃねえ、オレはモードレッドだ! 二度と言うな!」

 

 モードレッドは顔を覆う兜を収納し、ダンテに対して抜き身の刃と眼光をギラつかせた。

 ダンテはアキレウス並の敏捷を発揮して、地面に額を打ち付ける。

 

「はいすみませんでしたモードレッド様!!」

「ふん、分かったなら良い。……お前がマスターだな。ここに来た目的と経緯を答えろ」

 

 立香は頷き、これまでの事情を説明した。

 特異点と化したこの時代を修復する組織であることを伝えると、モードレッドは腕を組んで納得する。

 

「なるほどな。どうやらオレの敵ではなさそうだ。まあペレアス如きいつでも殺れるけどな」

「オレもお前に殺られるつもりはねえよ」

「はん、だったら試してみるか? 馬上槍試合とは違う真剣勝負で──」

 

 そこで、モードレッドの目は立香に向く。彼女は興味深そうにモードレッドの顔を見つめていた。

 

「おい、そんなジロジロ見んじゃねえ。鬱陶しいぞ」

「あ、ごめんなさい。アーサー王に似て凛々しい顔立ちだなと思って」

 

 立香は端的な感想を述べた。すると、モードレッドは喜怒哀楽を複雑に絡めた表情で、しかし口元を緩めながら、立香の背中を叩く。

 

「ま、まあ〜オレは父上の息子だからな! 似てんのは当たり前だろ! つうかどこで会ったんだ、ん? 教えてくれよ!」

「チョロい! この人チョロいですよ!」

「チョロいというより上手い感じにクリティカルしたような気がしますが」

「……お前ら、とりあえず敵を片付けてからにしろよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロンドンには街を横切るテムズ川が通っている。1750年にウェストミンスター橋が架けられるまで、ロンドン橋が市内で唯一の橋であった。

 そのロンドン橋付近。こんこんと流れるテムズ川を体育座りで眺める三人組がいた。

 

「先輩とはぐれるなんて、このマシュ・キリエライト一生の不覚──!!」

「しかもよりにもよってこいつと一緒とか、悪夢にしても質が悪いわ……」

「おまえらみたいな小娘二人の面倒見る俺の立場にもなってみろ。嘆きたいのはこっちだ」

 

 ジャンヌは一層深いため息をつく。

 

「ああ言えばこう言うし、ほんとテン下げなんですけど。マリアナ海溝くらいテンション下がってるんですけど」

「それで言ったら俺なんてマントル到達してんだよ。センターオブジアースなんだよコノヤロー」

「あー! 今地球のコア突破した! 人類未踏の地に足を踏み入れたわー!!」

「どこで張り合ってるんですか? このアホ白髪どもは」

「「黙れピンクなすび」」

 

 光の速さで一触即発の空気になる。それぞれがデッドボールを投げ合うような会話の中、乱闘に発展するのはもはや目に見えていた。

 しかしそこは後輩力53万のマシュ・キリエライト。煮えくり返るはらわたをなんとか鎮めて、話題を提供する。

 

「それで、これからどうしましょうか。このまま黄昏れてる訳にもいきません。何か行動を起こすべきかと」

「そうは言っても何もアテがないじゃない。この霧のせいで人もいないから聞き込みもできないし、足使うのも限界があるわよ」

 

 ロンドン全域を徒歩で隅々まで調べ尽くそうとするのは正気の沙汰ではない。Eチームは全員この時代では珍しい格好をしているため、平時のロンドンなら噂になっていてもおかしくなかったが、霧がそれを阻んでいた。

 ノアはやれやれといった風に肩をすくめて、鼻を鳴らす。

 

「せっかくロンドンまで来たんだ、行き先は大英博物館に決まってんだろ」

「……観光でもするつもり?」

「いえ、魔術協会の総本山である時計塔の本部のことでしょう。確かに、あそこになら何か情報が残っているかもしれません。リーダーにしては妙案ですね」

「そういうことだ。それだけじゃないけどな」

「他に何か目的が?」

 

 ノアは下衆い笑みを顔に貼り付ける。

 

「時計塔に存在するありとあらゆる資料と聖遺物を盗……引き取る! 最大派閥だからって何でもかんでも貯め込みやがって、既得権益クソ食らえだ!!」

「本気で言ってるんですか!? 主人公のやることとは到底思えないんですが! 下手したら歴史が変わりますよ!?」

「そんなもんは特異点を修復したらチャラだ。勇者が村人の家からステテコパンツ盗んだところで誰も咎めないだろうが」

「ステテコパンツどころかロトの剣強奪してるようなものでは……!?」

 

 という一抹の不安を抱えながらも、一行は現代も変わらぬ観光名所大英博物館を目指すことにした。

 時計塔は大多数の魔術師が所属する魔術協会の最大拠点である。超一級品の資料を揃えているだけでなく、世界各地に点在する有力な龍脈のほとんどを協会が握っている。

 カルデアに配属されたマスターの大半も魔術協会出身の魔術師たちであり、魔術と関わりを持って生きる以上、協会を無視することは不可能に等しい。

 最大規模を誇るだけあって、魔術協会の抱える人材も幅広い。部署の多さもあらゆる事態に対応するためであり、協会は盤石の態勢を崩すことはなかった。

 だが、ここは人類史に打ち込まれた楔である第四の特異点。これまでのように、何が起ころうとも不思議ではないのだ。

 つまり。

 

「「「………………」」」

 

 大英博物館の程近く。三人は目の前に広がる光景に愕然とした。

 一面の瓦礫の山。ロンドン屈指のロマンスポットである大英博物館は、世界中から観光客を集める雅さが嘘のように崩壊していた。その惨憺たる様子を受けて、ノアは膝から崩れ落ちる。

 

「ふ、ふざけんなァァァ!! おまえコレゴジラが通った跡くらい崩壊してんじゃねーか!! 怪獣大戦争じゃねーか!! 誰がやったか知らねえが首謀者だけは絶対に許してたまるか! 時計塔の仇は俺が討ってやる!!」

「リーダーなんかに弔い合戦される時計塔の身にもなってください」

「うるせえ! 俺がこの瞬間をどれだけ楽しみにしてきたと思ってんだ! 本能寺行ったら信長いなかったみたいな話だぞ!!」

「これから主君殺そうって時にそんなウキウキ気分な訳ないでしょ、馬鹿なの?」

「は? 威張りくさってる上司始末する時に高揚しない奴はいねえだろ」

「ナチュラルな狂気出すのやめてください。急に冷静になったのがサイコパス味を増してます」

 

 光秀が遠足気分で信長を殺そうとした狂人かはさておき、大英博物館が何者かに破壊されていたことは間違いなかった。

 魔術協会に恨みを抱く魔術師は少なくない。が、この状況で下手人として考えられるのは未だ姿を見せぬ今回の敵であろうということだけだ。

 マシュは瓦礫を払い除けながら述べる。

 

「時計塔の本拠地は大英博物館の地下にあると言います。この惨状では期待できなさそうですが、まだ諦めるには早いですよ」

 

 ナメクジのように地面に倒れていたノアは、がばりと起き上がった。彼は周囲に目を配ると、萎えた語気で指示を飛ばす。

 

「キリエライト、そっから5m左に入り口がある」

 

 ジャンヌは多少の嘲りを込めて、

 

「へえ、どんな根拠があって──」

「ありました」

「なんであるのよインチキ!!」

「魔力の残滓を感じたのと空気があそこに通ってた。むしろサーヴァントのおまえが先に気付くべきだろうが。これで俺がおまえより上だということが証明されてしまったなァ!!」

「ぐ、ぐぬぬぬぬ……後で絶対に燃やすわ!!」

 

 ギリギリと歯を食いしばるジャンヌを最後尾に、彼らは地下への道を突き進んだ。

 燭台が薄暗く照らす通路の中。地上の大英博物館ほどの被害は受けていなかったが、やはりと言うべきか人影は一切見当たらない。

 とうに人の失せた書庫を守るように、浮遊する魔本が次々と駆け付けてくる。それらを認識したと同時に、ジャンヌとノアは動き出した。

 蛇行する炎の鞭と紺青色の燐光が並み居る魔本を灰に還す。

 

「マスターのくせに出しゃばってんじゃないわよ。アンタの手なんて借りなくても私とマシュで事足りるわ」

「おまえがバカスカ燃やして他の本に被害が出たらどうする。今のも俺の方が速かったしな」

「はあ!? 今のは私の方が速かったに決まってるでしょう! 目ぇ腐ってんの!?」

 

 口論を交わしながら、二人はぞろぞろと湧き出す魔本を焚書していく。敵に手番を与えることなく蹂躙する攻撃の勢いに隠れて、マシュはサボることにした。

 

(リーダーとジャンヌさんは混ぜるな危険かと思いましたが、競わせてれば役には立ちますね)

 

 危険な調合も使いようということだろう。毒は自らを害するが、逆に敵を滅するのにも役立つのだ。

 手持ち無沙汰のマシュは警戒も兼ねて辺りに視線を配る。

 本棚がずらりと並んだ書庫。迷路のように入り組んだ部屋の中を、戦火を避けて動く人影が見えた。

 数はふたつ。親子ほどに背丈が離れており、何よりも気配はサーヴァントそのものであった。見るが早いか、マシュは盾を構えて飛び出す。

 彼女が動く人影を先回りして阻むと、彼らは尻もちをついて、

 

「おい見つかったぞ! 何とかしろ!」

「『期待はあらゆる苦悩のもと(Expectation is the root of all heartache.)』。物語の筋としてはここで見つかるのが妥当です。諦めましょう」

「ふざけろ! 演劇脳が極まりすぎてシミュレーテッドリアリティの域にまで達したか!? 虚構に引き篭もってないで現実を見ろ!」

「はっきり言いましょう、この状況はもはや締め切り三秒前です。これが現実なのです!」

「クソがーっ! せめて一矢報いてやる!! 同時だ、同時にやるぞ!」

「『何もしなかったら、何も起こらない(Nothing ventured, nothing gained.)』、ですか。役者の道は諦めたのですが──!!」

 

 そう言って、二人はマシュに飛び掛かった。彼女は咄嗟に身を守るために盾を振るうと、彼らは痛々しい音とともに撃沈する。

 そこから彼らの体はずるずると床に伏せっていき、死んだカエルのような格好で動かなくなった。

 

「……弱っ!?」

 

 マシュは思わず声を発すると、それを聞きつけたジャンヌとノアが駆けつけてくる。

 どうやら魔本の掃討は済んだらしく、戦っていた場所には灰と炭の山が積み重なっていた。ノアはうつ伏せの少年と壮年の劇作家を見て、臨戦態勢を維持しつつ訊いた。

 

「おまえらが大英博物館をぶっ壊した張本人か? 答えなくてもいいが、その時は拷問にかけるから覚悟しろ」

 

 ノアは青髪の少年の顔面を掴むと、五指に力を加える。

 アメリカ生まれの伝統的なプロレス技であるアイアンクローをかけられ、少年は空中にじたばたと足を泳がせた。

 

「ギャアアアア!! これがもう既に拷問だろうがアホなのかお前はァーッ!!」

「シェイクスピアはハムレットでこう言った。『物事に良いも悪いもない。(There is nothing either good or bad, )考え方によって良くも悪くもなる(but thinking makes it so. )』ってな。これが拷問かどうかは俺が決める!」

「それはそういうことじゃないだろうが! お前みたいに自意識を最上に置くやつは、他人の言葉を都合よく解釈するから嫌いなんだ! そうだろうシェイクスピア!」

 

 喚く少年を気にも留めず、壮年の劇作家は起き上がった。彼は先程のダメージが嘘のように笑顔で言う。

 

「吾輩の名言が引用されたと聞いて! ええ、アイアンクローはどうぞ続けてください。苦悶の表情というのも劇の画作りには必要ですので」

「いいから助けろォォ!!」

 

 一連のやり取りを踏まえて、マシュは顔色を驚きで染めた。一方、ジャンヌは合点のいかない目つきで二人を見る。

 

「シェイクスピア……本当ですか!? リーダー、とりあえずアイアンクローはやめて二人の話を聞きましょう。大英博物館を破壊した犯人がこんなところに隠れる利点がありませんし、無実の可能性が高いです」

「ここからが本番だろうが、無実だとしても俺はやめ」

 

 ごすん、とジャンヌの旗がノアの脳天に振り落とされる。頭頂からぷすぷすと煙を出して倒れ込む彼の背中を、ジャンヌは踏みつけた。

 

「これで良い?」

「ナイスですジャンヌさん! 悪は滅びました!」

「ハッ、ざまあみろ! 俺の顔面を圧縮しようとした報いだ!」

「物語の進行上邪魔になる人物は排される。これも作劇の基本ですね」

「主人公の姿ですか? これが…」

 

 マシュはぼそりと呟いた。

 ノアという障害を排除して、四人は情報の擦り合わせを行う。

 シェイクスピアと青髪の少年───アンデルセンははぐれサーヴァントとしてこの地に喚び出された。

 だが、不運だったのはその場所。よりにもよって破壊後の時計塔に召喚され、瓦礫が出口を塞いでいたために脱出もできなかったのだ。

 二人が魔本から身を隠しつつ細々と生活していたところを、ノアたちが乱入したのだった。

 シェイクスピアとアンデルセンは劇作家と童話作家という違いはあれど、現代もなお世界的に最高級の評価を受ける顔ぶれだ。単純に彼らの作品が人類に与えた幸福や感動は、どんな戦争の英雄であろうと及ぶことはできないだろう。

 マシュはどこからか六枚のサイン用紙を取り出した。

 

「サインください。鑑賞用と保存用と布教用で三枚ずつお願いします」

「鑑賞用と保存用はともかく布教用は腑に落ちんぞ。布教という名の転売じゃないだろうな」

 

 ノアはむくりと起き上がって、

 

「俺も布教(てんばい)用で三枚頼む。おまえらとダンテのサインでどれが一番高く売れるか試してやるよ」

「誰が貴様などにやるか、地獄の炎に裁かれろ! それよりも、ダンテのサインとはどういうことだ。ダンテが作品以外に遺したものはほぼ無かったはずだぞ」

「それが、私たちの仲間にダンテ・アリギエーリ本人がいるのです。今ははぐれてしまっていますが」

 

 マシュが補足すると、シェイクスピアとアンデルセンは興味深さを配合した感嘆の声をもらした。

 

「ほう、あの天才詩人がいるのですか! 作品もさることながら、彼の人生は中々に劇的です。是非一度お会いしたいところですな」

「……期待してるとこ悪いけど、きっと後悔するわよ。生きるの下手くそってくらいポンコツですもの」

「実際はそんなところだろうな。何もかもが完璧な人間などこの世には存在しない。作品とは魂の切り売りだが、奴の神曲は魂そのものだ。アレを読めば、不器用な人間であることは分かりきっている」

 

 と、ダンテを扱き下ろすアンデルセンだったが、マシュは疑問を覚える。

 

「アンデルセンさんは著書の中でダンテさんを褒めちぎっていますよね?」

 

 アンデルセンは作家として当初不遇の地位にあったが、『即興詩人』という小説を発表してから高い評価を得るようになる。この小説はアンデルセンの自伝的要素を持っており、イタリアを舞台とした作品内では事あるごとにダンテの話題が取り上げられている。

 中でも神曲からの引用は多く、それだけでアンデルセンがどれほど神曲を読み込んでいたのか察するに余りあるだろう。

 図星を突かれたアンデルセンは顔を背けて鼻を鳴らした。

 

「ふん、私が好きなのはダンテ本人ではなくダンテの詩だ。例えダンテが殺人を犯したとしても、あの詩の感動だけは揺らぐことがないだろうからな」

「詩人としては最高の評価じゃないですか。ツンデレなんですか?」

「あいつのは難しいこと言ってるだけだろ」

「黙れ! 貴様なぞにアレが理解できてたまるか! 神曲を百回写経してから出直してこい!!」

「アホか、神曲写経するくらいならサメ映画の全セリフ書き出してた方がまだマシだ」

 

 苦行に苦行でマウントを取りながら、ノアは書庫の資料を漁っていく。

 ここにある文献の数々は資料的価値だけでなく、カルデアにも収蔵されていない稀覯本が収められている。襲撃を受けた時計塔の魔術師が何らかの手がかりを残している可能性もあり、一行は隅々まで調べる腹積もりだった。

 シェイクスピアははたと気付き、懐から一冊にまとめられた紙束を一行に差し出す。

 

「おお、そうでした。我々も魔本から逃れながら探索を行っていたのですが、異様なタイトルの本がありまして」

「一体どんなタイトルなんです?」

「『超☆天才探偵のワトソンくんでも分かる調査ノート 〜初歩的なことだよ、カルデアの諸君〜』ですね」

「「「…………は??」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロンドンの一角にひっそりと軒を構える古本屋。そこには、誰にも目をつけられぬ一冊の本があった。

 店主とその家族は死んだように眠り、いつまで経っても目を覚ますことはない。

 その本が、ここにいるはずのない誰かを求めていたために。

 それに題名はない。体を表す名がないということは、本質がないのと同じだ。

 だから、誰の目にも留まることはない。

 だとしても、その本が持ち得るモノがあるとすれば、それは寂しいという感情だけだった。

 その感情に惹かれたモノがいた。

 書棚に眠る本を、目とも口ともつかぬ三つの点で見つめる黒い影。ソレにも未だ名前はなく、嵐の王の従者──百鬼夜行(ワイルドハント)がもたらす死の化身としての役割しか持ち合わせていない。

 サーヴァントのクラスで表すならライダー。人に乗り、獣に乗り、風に乗り、あらゆるものを乗騎として病毒を撒き散らす。

 自我はなく、感情もない。けれど、その寂しさに惹かれたのは同じ名を持たぬ存在であるからか。

 寂しさを解消するには他人と繋がるしかない。その本はどこまでも他人を求めていたが、力が届く範囲はあまりに頼りなかった。

 故に。

 病毒を感染させるライダーは、その力を奮った。

 本が抱える願いを人々に伝えるために。

 ───ありすに会いたい。

 

「……私は知恵の女神に好きにしろと言われた。貴様もその通りにしろ、ライダー」

 

 かくして、その願いは伝染を始めた。

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