自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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第32話 フランケンシュタインの怪物

 立香(りつか)たちがモードレッドとともにヘルタースケルターを退けた後。彼らはモードレッドが拠点としているアパルトメントに向かうことになった。

 モードレッドが言うには、ロンドンを覆う霧は人体には害となるが、屋内には入ってこない性質があるのだとか。それでなくともヘルタースケルターが街を闊歩しているため、都市機能は停止しているようなものだが。

 その説明を受けて、立香は感心して頷いた。

 

「全部モードレッドさんが調べたんですか。すごいですね!」

「いいや、何から何までオレが調べた訳じゃない。これから行く部屋の家主がインテリ野郎でな、オレはその使いっ走りだ」

「それでもすごいですよ。こんなに危険なロンドンをひとりで駆けずり回るなんて」

「ふっ、まあ悪い気はしねえな。そうだな、代わりにこいつの恥ずかしい話でも教えてやるよ」

 

 そう言いながら、モードレッドはペレアスの右肩を左拳でごすごすと叩いた。ペレアスは遠い目をして目を泳がせる。

 彼は抱えるトラウマの量だけで言うならば円卓最強最多である。一見関心のない風を装っているが、心中では昔の記憶を必死に洗っていた。

 モードレッドはけたけたと笑いながら、

 

「お前ら、こいつの二つ名知ってるか?」

 

 訊かれて、立香とダンテは考え込んだ。

 

「うーん、『毎年ゼクシィ買ってる男』とか? 未だに新婚気分抜けてなさそうですし」

「『事あるごとにノロけるクソボケ騎士』とかですかねえ。お酒入ると一分に一回は湖の乙女の話してきて面倒くさいというか…」

「お前らそれは二つ名っつうか蔑称じゃねえか!! 嘘でももうちょっと当てる気を見せてみろ!」

 

 二つ名の正解かはともかく、ペレアスという人間を表す上ではそう外れていない回答だった。図星を突かれると人間は焦ってしまうのである。

 モードレッドは意地の悪いしたり顔で言った。

 

()()()()()だよ、嘆きの騎士。戦争で敵と殺し合ってる最中も嘆き悲しんでるからってな。確かエタードとかいう女に懸想してる時に付けられたんだったか?」

 

 円卓の騎士で常に嘆いているイメージがあるのはトリスタンではあるが、その同類と言えるのがペレアスである。

 しかし、トリスタンはイゾルデとの悲恋を経ての嘆きであるが、ペレアスはエタードに対するストーカーの末の嘆きである。同じ感情であっても、そこには週刊少年ジャンプと赤マルジャンプくらいの差があるのだ。

 立香とダンテは今までのペレアスの言動を思い返す。定期的にトラウマを発症することや、レイシフト前に妖精騎士がどうの騒いでいたことから、説得力はありすぎるほどにあった。

 それを踏まえて、立香とダンテは頷いた。

 

「そんなぴったりの異名があるならみんなに言ってくれれば良かったのに! 嘆きの騎士なんてかっこいいじゃないですか、由来はアレですけど!」

「ええ、ペレアスさんにしてはまともですね。一応悲恋という共通点もありますし……あ、ごめんなさい。やっぱりペレアスさんのを悲恋とは言えません。生理的に」

「おい生理的にってどういうことだ。恋模様で言ったらお前も大概だろうが。ベアトリーチェとまともに会話したことないだろ」

 

 ここぞとばかりに口撃に回ったダンテだったが、思わぬ反撃に胸をぐさりと刺される。

 作家としても人間としても、ダンテは言うまでもなく変態である。文豪とは少なからず変態性を兼ね備えているが、失恋した初恋の人への想いを人類史に残る傑作にしてしまったのは、後にも先にも彼ひとりであろう。

 ダンテは取り繕うように口元を歪めた。

 

「い、いやいや、私のは恋ではなく愛ですから。そこを履き違えてもらっては困りますねえ。実際、天国では彼女に案内をしてもらったんで」

「それで言ったらオレだって馬上槍試合で優勝してんだよ! しかも聖霊降臨祭のめちゃくちゃデカい大会でな!」

「あの、良い歳したおじさんたちが過去の失恋話でマウント取り合ってるのを見せられるこっちの身にもなってくれませんか。キツすぎてモードレッドさん引いてますよ」

 

 布団にへばりつくダニ以下の争いを繰り広げるペレアスとダンテを、立香は言葉の刃で以って止める。

 彼女の言う通り、モードレッドは今までに見たことがないほどに青褪めた表情をしていた。百戦錬磨の叛逆の騎士は思わず血を吐いた。

 

「へっ……気持ち悪さでオレを吐血させるとはやるじゃねえかお前ら……半径10m以内に近寄らないでくれ。頼むから」

「あのモードレッドがこんな姿を見せるだと…!? なんて無駄なレア映像なんだ!」

「ペレアスさん、反省してます? ガンド撃ちますよ」

 

 そうこうしている内に、一行はモードレッドが拠点にしているアパルトメントの一室に辿り着く。

 扉を開けて室内に入ると、まず最初に薬品の匂いが鼻をついた。居間の真ん中に置かれたベッドの上には、目と鼻と口以外の全身を包帯で巻かれた人間が寝ている。

 男性か女性かも分からないその人は骨折しているのか、両手にギプスをして右足を吊っている。ミイラ男はギシギシと首を動かして、一行を視界に捉えた。

 

「やあ、よく来たね。そちらの方々は新しい協力者かい? モードレッド」

「まあな。不甲斐ないお前に代わって人手を増やしてやった。感謝しろよ」

「こんな姿にされたせいで感謝の純度が鈍るなぁ……あ、気にしないでかけてください」

 

 流暢に喋り出したミイラ男に、立香はぎょっとする。

 

「し、喋った……一瞬エジプトに迷い込んだのかと思いましたよ私は」

「うん、僕もさっきまでミイラの気分を理解してたところだよ。僕だから堪えられたけどハイドなら堪えきれなかった…」

 

 ダンテは顎に手を当てて考える素振りをした。彼は包帯で隠された顔を覗き込む。

 

「おや。その口振り、もしかしてヘンリー・ジキルさんですか? 創作の人物ではなかったのですね」

「はい、僕はヘンリー・ジキルと申します。あなたがたは?」

 

 そこで、彼らは事情の説明も兼ねて自己紹介を行った。

 ヘンリー・ジキル。現代では二重人格の代名詞としても語られる人物である。『ジキル博士とハイド氏』の舞台は19世紀のロンドン。彼はサーヴァントではなく、れっきとした人間としてこの時代にいる。

 小説が現実に基づいていたことは驚くばかりだが、それは三人の自己紹介を受けたジキルも同様だった。

 

「湖の乙女と結ばれた騎士に不世出の天才詩人、そして人類最後のマスター……お手柄だモードレッド。戦力として十分に頼もしいよ」

「チッ、立香といいお前といい、今日はよく褒められる日だ。柄でもねえってのに」

「賞賛は素直に受け取っておくものだよ。それで早速なんだけど、もうひと仕事引き受けてくれるかい?」

「オレはいいぜ。お前らはどうだ?」

 

 立香とペレアスは首肯した。若干一名ヘタレ詩人が渋っていたが、ペレアスに無理やり頭を下げさせられる。

 立香はそもそもの疑問をジキルに問う。

 

「ジキルさんはいつ怪我したんですか? かなり大げさに包帯巻かれてますけど」

「これはモードレッドの雑な治療のせいだけど、そうだね。それも含めて話していこう。……僕が負傷したのは、オティヌスと名乗るサーヴァントと交戦した時だ」

 

 ジキルの話はこうだった。

 ロンドンを覆う霧。これがもたらすのは人体への直接的な害だけではない。

 外出が制限されることで商業活動も止まり、食料の供給が滞る。この状況が続けばロンドン市民の餓死が多発するだろう。

 霧を移動できるモードレッドとジキルが手分けして食料の配給を進めていたところ、ジキルは近頃ロンドンを揺るがすワイルドハントに遭遇した。

 立香は首を傾げる。

 

「……ワイルドハント?」

「ヨーロッパに伝わる伝承のことですね。嵐が発生する冬季に魔物たちが略奪を行うというものです。日本で言うと百鬼夜行に近いでしょうか。こういうのはノアさんの方が詳しいので、何とも言えませんが」

「ノア? 誰だそりゃ。方舟のやつか?」

「「「人でなしの代名詞」」」

「ますます分からなくなったぞ!?」

 

 困惑するモードレッド尻目に、ジキルは続ける。

 ──ワイルドハントは一ヶ月前から不規則的に発生し、破壊を繰り返している。不運にもそれに直面したジキルは応戦するも及ばず、深手を負ってしまったのだった。

 ジキルはギプスで覆われた両手を器用に使って眼鏡をかける。

 

「ロンドンを取り巻く問題は二つ。霧とワイルドハントだ。これらの事件に相関性はなく、霧の発生にはオティヌスとは別の黒幕がいると僕は考えている」

「私もそう思いますねえ。ある種自然災害の体現のようなワイルドハントが、霧なんてややこしい方法は使わないでしょう」

 

 インテリ派のジキルとダンテにあわせて、ペレアスはなぜか誇らしげに腕を組んだ。

 

「やるじゃねえかダンテ。流石はEチームのブレーン、オレも同じことを考えてたぜ」

「……ま、ペレアスの野郎よりオレの方が早く気付いてたけどな」

「あっ二人ともずるいですよ! 私にも頭良いフリさせてください!!」

「な、なんて自己アピールに余念がない人たちなんだ……!」

 

 ジキルはEチームの浅ましさを目の当たりにして絶句した。だが、彼は内に潜むハイドと日夜戦う精神力を活かして心を平静に戻した。

 

「そこで、きみたちにはある場所に向かってもらいたい。この霧の発生源に近付く情報が残されているはずなんだ」

 

 モードレッドは好戦的に笑う。

 

「今からか?」

「ああ。昨日まで連絡を取り合っていたんだけど、つい先程急にそれが途絶えてね。有名な人の屋敷だから行けばすぐに分かると思う」

「どんな奴の家なんだ?」

「ペレアスなんかより有名なことは確かだろうな」

「うるせえ、放っとけ!」

 

 ジキルは包帯の一部を千切ると、咥えた万年筆でその場所の住所と家主の名前を書く。それを立香に渡すと、彼女は文面を読み上げた。

 

「フランケンシュタイン……私でも知ってるじゃないですか! この人も実在したんですね」

「その人はフランケンシュタイン博士の孫に当たる人物だ。連絡が途絶えたことから最悪の事態も予想される。くれぐれも注意してくれ」

 

 そうして、立香たちはフランケンシュタイン博士の孫の屋敷を目指して移動することとなった。

 外に出ると、霧に遮られて分かりづらいが空が茜色に染まっていた。既に日は傾き、地平線の向こうに太陽が沈もうとしている。

 ロンドンは広い。ここからどれほど速く移動しても、日が出ている内に到着することはできないだろう。朱と黒のコントラストが織り成す街を歩きつつ、ダンテはしみじみと語った。

 

「いやはや、まさかジキルさんに続きフランケンシュタイン博士まで実在したとは。作家との関わりが気になりますが、案外こういうことは多いんでしょうかねえ」

「確かに。それで言ったらマシュの大好きなシャーロック・ホームズとかも、本当はいるかもしれませんね」

 

 そもそも、と立香は思い至る。

 

「モードレッドさんもペレアスさんも、現代だとアーサー王伝説の物語の登場人物として理解されてますよね。何が実話か分からなくなってきました」

「マロリーだかキャクストンだかのことか。オレもジキルのやつの書斎で読んだが、やっぱ断片的だな。よくまとめたとは感心するけどよ」

「本人からしたらそう感じるのも無理はないでしょうねえ。ペレアスさんはどうです?」

 

 ダンテに話を振られた途端、ペレアスは苦々しい顔をした。昔話をするときのペレアスは大抵良い表情はしていないのだが、今回は殊更ひどかった。

 

「キャクストンのやつで身に覚えがない話はあったな」

「なんだよ、勿体ぶりやがって。円卓の騎士から外されでもしたか?」

「お前のせいでな! ……聖杯探求ってあるだろ。アレを成就する騎士の中にオレの名前があったのは意味不明だった」

 

 ペレアス以外の三人は顔を見合わせる。

 聖杯探求。アーサー王物語の主題の一部とも言えるこのエピソードでは、一般的に三人の騎士が聖杯を見つけ出すと言われている。すなわち、ガラハッド卿とパーシヴァル卿とボールス卿の三人だ。

 だが、キャクストン版ではペレアスの名前が加わっており、それだけなら良いものの、聖杯探求の物語内ではペレアスは全く関わってこないという異常事態が巻き起こっている。

 つまり、物語を読む限りではペレアスが聖杯探求を成し遂げた騎士というのは、真っ赤な嘘ということになるのだ。この文章の意図についてキャクストンに小一時間問い詰めたい。

 ダンテはペレアスの言に同意した。

 

「言われて思い出しましたが、それはそうですね。昔の書物にはよくあることなので無視しましたが、やはり事実無根だったと……」

 

 ペレアスは両手両膝を地面について、石畳を叩く。

 

「間違いなら間違いでそのまま聖杯探求の話に、オレを登場させてくれれば良かったのに! そこは間違えたままで良かっただろうが! オレも聖杯を見つけた騎士の称号が欲しかった!!」

 

 あまりにも必死なその痴態を見て、モードレッドは顔を青くして後ろにのけぞる。もちろん、立香とダンテも似たりよったりな反応をした。

 

「うっわ、コイツ汚え! 自分の手柄を捏造しようとしてやがる! 恥を知れ!」

「それでも騎士ですか!? ここ最近ペレアスさんに騎士道の欠片も見当たらないんですけど!!」

「だいたい、聖杯ならこれまでに見つけてるじゃないですか! そんなに目立ちたいんですかねえ!?」

 

 ペレアスは三人からの集中砲火から逃れるように、地面を転がりながら叫んだ。

 

「良いよなァお前らは絵画とかにも描かれて! ダンテは本人も作品もモチーフに引用されてるし、モードレッドは王様とツーショットのやつがあるしよォ!」

「いや、モードレッドさんのツーショットのやつはアーサー王に刺されてる場面ですよね。和気あいあいとしたものじゃなくて、がっつり殺人現場ですよね」

 

 立香は思わずツッコんだ。嘆きの騎士の本領を発揮したペレアスはこうなると非常に面倒くさい。彼を置き去りにして進むと、数秒後に子犬のような歩き姿で後ろをついてくる。

 そんな波乱を経験しながらも、一行はフランケンシュタイン博士の孫の屋敷に行き着く。とうに空は暗い色に塗り変わっていた。月の光が届かないせいで、夜の闇は一層深くロンドンを包む。

 立香は錆びた門と前庭を通り抜けて、屋敷の扉を叩く。それなりに広い家だが使用人が出るようなことはなく、虚しく音が響くだけだった。

 ダンテは嫌な寒気に身震いする。

 

「な、なんだか嫌な感じですねえ。やっぱり出直して明るい時間帯に来ません?」

「なーに言ってんだ意気地なしが。この程度でビビってんじゃねえ。良い歳した男がダセえぞ」

「モードレッドさんの言う通りですよ。円卓の騎士が二人もいますし、これくらいノリで行けば大丈夫ですって。失礼します!」

 

 立香は勢い良く取っ手を引っ張る。ぎぎぎ、と古い木扉特有の不穏な音を立てて、室内への道が開く。

 仄暗い広間。その中には妙に顔色の悪い腐った動く死体や見るからに瘴気を放つ猟犬が徒党を組んで闊歩していた。立香はぱたんと扉を閉めると、諦観混じりに笑う。

 

「……お邪魔しました〜。帰りましょうか、ここもじき腐海に沈───」

 

 声を遮るように、扉を粉砕して死体が飛び出してくる。

 立香は咄嗟に腕を構えると、

 

「ギャーッ!? ガンド! ガンド! ガンドォォォ!!」

「落ち着け立香ちゃん! そいつもう粉々になってるぞ!」

 

 パニックになる立香を押さえるペレアス。彼らを横目にモードレッドは白銀の名剣──クラレントを引き抜く。

 

「いきなりこういう展開か。手っ取り早くて助かるぜ!」

 

 踊るような歩調で広間に跳び込む。

 銀の大刀をまるで棒きれでも振り回すかのように手繰る。荒々しい太刀筋の刃は次々と自分以外の動くものを斬り伏せていく。

 それはもはや戦いではなく、虐殺だった。返り血すらも身に寄せぬ圧倒的な武威で、動く死体と猟犬を殲滅した。

 モードレッドは剣に付いた血を振り払い、ため息をもらす。

 

「チッ、殺り甲斐がねえな。これならヘルタースケルターの方がいくらかマシだ。……腰でも抜かしたか、立香?」

「い、いえ……でも、二度とバイオハザードができない体にされちゃいました……」

「立香さん、乙女がそのようなことを言うものではありませんよ?」

 

 ペレアスは鞘に納めたままの剣を担ぐ。

 

「とにかく掃除も済んだことだ、早速ガサ入れといこうぜ」

 

 一行はようやく屋敷の探索を始める。

 フランケンシュタイン博士の孫の家と言うからには特殊な装置が満載されているかと思えば、室内は質素な調度品でまとめられていた。

 魔力が感じられる物品などもなく、家主の名前を知らされていなければ一般人の家庭と見分けがつかないだろう。

 それほどまでに、この家は巧妙な偽装がなされている。

 物置部屋の奥。埃の積もった木箱に紛れるように、地下への階段が続いていた。発見者であるモードレッドは鼻を鳴らす。

 

「ビンゴだな。胡散くせえ匂いがぷんぷんしやがる」

 

 立香は地下に降りようとする背中を呼び止める。

 

「待ってください、モードレッドさん。少し怪しいです」

「あん? 特に異常はないぞ」

「だからこそ、というか。階段の隠し方も雑ですし、研究室に通じる入り口なら魔術的防護を施しているはずです。ほら、魔術師の人って大抵性格歪んでるじゃないですか」

 

 モードレッドはとある花の魔術師を思い浮かべ、苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「……あ〜、そりゃ言えてる。ロクな魔術師なんて今までに一回も見たことねえな」

 

 ペレアスはそれと同じ人物に加え、自分のマスターを想像して遠い目になる。

 

「オレはまさかマーリンに負けず劣らずのアホに会うとは思ってもみなかったけどな。それで、隠し方もなってない上に罠もないってことは……」

 

 彼の言葉を引き取って、ダンテは言う。

 

「先に誰かが見つけた、ということでしょうか。さっきのゾンビも、あんなところにいたのは不可解に過ぎます」

「はい、という訳で正解者には豪華賞品をプレゼント! メフィストフェレス特製爆弾をご堪能あれ!!」

「は──!?」

 

 瞬間、爆風が辺り一面に巻き起こった。家の至る場所に仕込まれた爆弾が連鎖的に起爆し、屋敷を含んだ一帯を焦土に変える。

 しかし、直前に二人の騎士は動いていた。モードレッドは立香を、ペレアスはダンテを示し合わせたように抱えて疾走した。

 ほんの一瞬とはいえ爆発にはタイムラグがある。その間隙を突いて常に爆風の空白地帯へと走り込めば、傷つくことはない。そんな馬鹿げた論理を実証してみせるのがサーヴァントという存在だ。

 霧よりなお濃く立ち込める煙の中。地下へ続く階段から小さな人影が飛び出し、モードレッドの首元へ短刀を振るった。

 空を切る刃に騎士の身躱しは刹那の差で遅れを取った。が、その一刀は横合いからの飛翔物に叩き落とされる。

 宙を舞う剣の鞘。それはペレアスが投擲したものだった。

 

「よっしストライク! アーチャーのクラスでもやっていけそうだな!」

「ピッチャーの間違いでは?」

 

 小さな人影は鞘に打たれた衝撃を利用して後転し、四人から間合いを取る。

 死の雰囲気を纏う虚ろな銀髪の幼女。彼女がモードレッドの首を狙った暗殺者の正体であった。年端もいかぬその姿を認識し、ダンテは目を丸くした。

 

「こ、子ども……!?」

「ただの子どもではありませんよぉ? 何せ彼女はロンドンを震撼させた連続殺人鬼ジャック・ザ・リッパー! ワイルドハントの尖兵としてこれ以上ない大物でしょう!」

 

 歌い上げるような語調。メフィストフェレスの哄笑に反して、ジャックは両頬を膨らませてむくれ面になる。

 

「メッフィー! 名前はかんたんに教えたらダメって王様に言われたでしょ!」

「おや、そうでしたっけぇ? 王様がいの一番に名乗ったではありませんか。貴女だって〝我が名はオティヌス……〟とかカッコつけたいでしょう?」

「? わたしたちの名前はオティヌスじゃないもん」

「そういうことではなくて──」

 

 敵前で話し込む二人。モードレッドは鎧から兜を展開し、剣先を彼らに差し向けた。

 

「ごちゃごちゃうっせえぞ、おしゃべり野郎ども。なんだか知らねえがお前らはぶった斬る!!」

 

 地面を蹴り、ジャック目掛けて突撃する。

 その直後、彼女は言った。

 

「──『暗黒霧都(ザ・ミスト)』」

 

 噴出する霧。一瞬にしてジャックとメフィストフェレスの輪郭は霧に溶け込み、モードレッドの剣は空を裂く。

 ロンドンに蔓延する霧とはまた異質な神秘の込められたそれは、肺を焼き目を爛れさせる硫酸が含まれていた。サーヴァントであればダメージを受けることはないだろうが、人間は別だ。

 魔術師であっても数分で命を奪うであろう酸性霧。姿を消した敵よりも優先して、モードレッドは声を張り上げる。

 

「立香! あいつらはオレとペレアスで相手するから地下室に行け! この霧だけは絶対に触れるな!」

「ええと、私は…?」

「ダンテさんは私と一緒に来てください! 二人の足を引っ張るだけなんで!」

「容赦のない事実が私の心に突き刺さる──!! しかし、やるからには身を捨ててでも立香さんの盾になる所存ですよ!」

 

 と言いつつ、ダンテは素早く立香の後を追った。

 この屋敷に来た目的はフランケンシュタイン博士の孫の安否確認と、霧に関する情報の回収だ。ここで敵を倒したとしても、その二つが達成されないままでは本末転倒になる。

 ダンテの宝具による固有結界ならば霧の影響は受けず、必殺に近い効果を有しているが、この濃霧の中では相手を射程に捉えられるとは限らない。

 勝算の薄い賭けに出るにはまだ早い。地下室への階段に向かう二人の背中に、ペレアスはぐっと拳を突き立てた。

 

「その意気だダンテェ! 乙女を守るのは騎士の誉れだ、しっかりやり遂げろよ!」

「いや、私は騎士じゃないですけどね!?」

「……と、とにかくペレアスさんモードレッドさん、後は頼みました!」

「「任せろ!!」」

 

 立香とダンテは階段を下っていく。

 足音が遠ざかっていく。霧中で剣を構える騎士たちを嘲笑うように、メフィストフェレスの声が響き渡る。

 

「円卓の騎士が二人──白兵戦では勝ち目がない。まさしく秒殺されるでしょうね」

「ペレアスのやつはただのはぐれ騎士だがな。ま、よく分かってんじゃねえか、逃げ回るのはてめぇらの方だぞ」

「いいえ、私どもは追い回す側ですよ。この身はワイルドハントの一部、遍く生者を連れ去る悪霊なれば!」

 

 ワイルドハントとは死者や精霊、歴史上の英雄たちで構成された狩猟団。あらゆる生命を枯らす冬の暴威が如き嵐の軍団は、古来よりヨーロッパの人々の畏怖の対象となっていた。

 狩猟団故に、その本質は群体。墨を落としたように地面が点々と染まり、そこから死者が這い出てくる。

 ペレアスは落ちた鞘を拾い直す。

 

「乱戦はオレの独壇場だ。どっからでもかかってきやがれ!」

「お前、王妃誘拐事件でしくじってランスロットに泣きついただろうが。忘れたのか?」

「…………今のオレは昔とは違う! なぜならオレはフランスでファヴニールを殺し、オケアノスでヘラクレスにとどめを刺してアキレウスと引き分──」

「長えよ!!」

 

 その言葉を皮切りに、霧中の戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 立香とダンテは地下通路をひた走る。

 魔術師の工房は外敵の侵入を阻む罠が仕掛けられているが、その仕掛けは全てが解除されていた。フランケンシュタイン博士の末裔と立香とでは、魔術の腕は比べるべくもない。その点では不幸中の幸いと言えた。

 研究室の扉を押して中に入る。

 石造りの室内には損壊した器具やガラス片が散在し、引き出しに至るまで執拗に破壊されていた。

 極めつけは、床に横たわる死体。肩甲骨から尾てい骨の辺りまでの背中が大きく抉られており、内臓と骨は綺麗さっぱり取り除かれている。傷口の周りは黒く炭化し、高温で熱されたことがうかがえる。

 立香は血に沈む死体の側に屈み込んで、両手を合わせる。ダンテも続いて十字を切ると、荒らされた室内を見回した。

 

「彼がフランケンシュタイン博士の孫ということで間違いなさそうですねえ。研究室は大分荒らされていますが、あの二人がやったのでしょう」

「メフィストフェレスとジャック・ザ・リッパーも、ここの情報を狙ってきたんでしょうか。一体どうして……」

「考えられる可能性は三つ。情報を求めてきたか、彼に用があったか、または別の目的があったか……最後のは考え出すとキリがないですね」

 

 何にせよ、これでジキルからの依頼は失敗してしまったに等しい。本人は既に死亡しており、残されていたであろう情報も抹消されている。

 他の手段はメフィストフェレスとジャックから話を聞き出すことだが、真名から察するに単純な説得や拷問でどうにかなる器量ではないだろう。

 ダンテは何の気なしに言った。

 

「そういえば、フランケンシュタインの怪物は最後北極点に消えたんでしたっけ。博士の血縁者と言っても、ここにいるはずもありませんか。一度会ってみたかったのですが」

「私は原作読んだことないですけど、恐ろしい化け物なんですよね。そんなのに会いたいんですか?」

「いえいえ、フランケンシュタインの怪物はイメージよりは純粋で理性的ですよ。人を襲う怪物という印象は彼が復讐に取り憑かれた後のものでしょう」

 

 事実、フランケンシュタインの怪物は溺れている少女を助けたように、人間に見境ない悪意を持っている訳ではない。人間性と教養を身につけることさえできた彼は、周りの理解さえあれば、博士の求めた『理想の人間』になる可能性もあったのかもしれない。

 しかし、物語では怪物は自ら命を絶つと言い残して北極点に向かっている。ヴィクター・フランケンシュタイン博士の傑作はこの世を去っているのだ。

 ダンテの説明を聞いて、立香は思う。

 

「でも、魔術師にとっての研究成果って自分の人生よりも大切なものじゃないですか。子孫は何をしてでも取り戻そうとしそうですけど。ほら、リーダーなんか独占欲の怪物ですし」

「ノアさんは理性のタガが外れているだけだと思いますが……確かに、魔術師の執念を考えると北極に行くくらいは訳ないでしょうねえ」

「だったら、見つからない場所に隠すくらいはすると思うんですよね。もしかしたらここに……」

「推論に推論を重ねてはいますが、ええ、探してみる価値はあるでしょう。そんな隠し場所があるなら、そこに情報を保管していたとしてもおかしくありません」

 

 二人は散乱する器具を引っくり返して回る。

 魔術師が自身の研究成果を秘匿し護るのは、知られることで神秘が薄れるためだけではない。遥か遠き根源へ至る足跡を子々孫々へと残す、研究者としての意地。

 そして、そのような執念こそが学問を発展させ、人類を導いてきた。人類史を支えてきたのは英霊たちだけではなく、史に残らぬ人々であったはずだ。

 彼らは、その執念に賭けた。

 ダンテは剥がれた石畳の下に、底に薄い朱──おそらく血で魔法円が描かれた円形の窪みがあるのを発見する。円は完全に繋がっておらず、一部途切れていた。彼は横たわる死体に視線を送り、口角を吊り上げる。

 

「……あなたの執念、しかと受け取りましたよ。立香さん、ありましたよ怪しい窪みが!」

「でかした! ……典型的な魔法円ですね。これなら私でもいけそうです」

 

 立香は床の血溜まりを人差し指ですくい、途切れた線を繋ぎ直した。

 円が欠けているのは不完全を表し、それを修復することで効力を取り戻す。そしてそれは、本人の血で描かなければならない。血は魔力を宿す触媒であるとともに、その人間の魂と肉体の情報が詰まった物質だ。

 博士の孫が魔法円を血で描いたのは、自分の血を用いて本人確認が為されなければ魔術を発動できない、一種のセキュリティであろう。

 その目論見通り、魔法円は淡い光を発した。それに反応して近くの壁が開き、隠し部屋が現れる。

 そこには表紙に『魔霧計画』と記された紙束と、白いドレスを着た少女が目を閉したまま立ち尽くしていた。突き立てるように持っていた戦槌に微弱な電気が流れると、彼女は虚ろな瞳を開けた。

 立香とダンテは息を呑む。フランケンシュタインの怪物か、もしくは実は伴侶が造られていたのか、ともかく人体工学の粋がここにあるのだ。

 少女は威風堂々と歩き出すが、ものの数歩でぱったりと倒れた。立香とダンテが恐る恐る近づくと、少女は小さく唸る。

 

「ウゥ……」

 

 何かを伝えようとしていることは分かるが、何を言いたいかは分からなかった。立香の困惑をよそに、ダンテは頷く。

 

「立香さん、どうやら彼女は動くのに電気が足りないようです」

「えっ、なんで分かるんですか!?」

「私、ほんの少しばかり心と未来を読めるスキルを持ってまして。霊感みたいなものですね。戦闘では役に立たないんですけど」

「ああ、本体がナメクジ並の強さだから……」

「立香さん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 剣風が起こり、濃霧を切り裂く。

 ペレアスとモードレッドは亡者が寄るそばから切り払い、己が拳足で打ち砕く。その度に敵の数は補充されていくが、二人に指一本触れることさえできない。

 それどころか補充が追いつかず、全滅させられることすらあった。が、彼らの刃は未だ敵サーヴァントを捉えてはいなかった。

 どこからか笑い声が響き渡る。

 

「それではご注目! 今からカウントダウンして、ゼロのタイミングで爆弾が起爆しますよぉ! 準備は良いですかァ!?」

 

 二人の騎士を嘲笑うように、メフィストフェレスは哮り立つ。

 

「それではいきますよ。さん、にぃ、いち……ゼロ! ゼロ!! ゼロ!!!」

 

 掛け声にあわせて、各所で爆発が生じる。味方の損害は度外視。補充の効く駒を吹き飛ばすのに何ら躊躇いはなく、爆炎がペレアスを襲った。

 彼は全力疾走で爆破を躱しながら、

 

「何だそれはァァァ!! そういうのは一回でお腹いっぱいなんだよ!」

 

 最後の爆風を転がるように逃れると、ペレアスは即座に剣を逆手に持ち替えた。それをそのまま、左足からすくい上げるように振り抜く。

 ガキン、と一際高い金属音が鳴り響いた。霧より放たれた短刀の一撃は白刃によって、見事に弾かれる。

 銀髪の少女は不満げに呟いた。

 

「ちゃんと隙を狙ったのに。どうやって防いだの?」

「わざと隙を作っただけだ。来るのが分かってれば防げる。次からはフェイントも混ぜてった方がいいな」

「教えてくれるんだ。優しいね。お礼に殺してあげる──!!」

 

 ペレアスはそれを威勢よく笑い飛ばした。

 

「礼ならいらねえよ! どうしてもって言うならモードレッドにツケとけ!」

「お前からぶっ飛ばしてやろうかペレアス!? クーリングオフで叩き返してやる!」

 

 モードレッドは魔力放出スキルで得た推進力を糧に、纏わり付く硫酸霧を斬り飛ばす。

 ジャック・ザ・リッパーの宝具『暗黒霧都』はサーヴァントに対しては殺傷能力を発揮しないものの、敏捷を下げるという効果がある。

 視覚を阻害し、爆弾と亡者に気を取らせてからジャックが仕留めにかかる。彼らの徹底した一撃離脱戦法に、ペレアスたちは敏捷低下も相まって影も形も掴めずにいた。

 現状、不利なのはペレアスたちの方だ。彼らの高い技量で持ちこたえているだけで、敵は幾重もの利を身に着けている。

 いつまで経っても剣が届かないのが良い証拠。揺さぶりをかけるため、メフィストフェレスは声音にこれ以上ない侮蔑を込めて嘲弄した。

 

「随分とイキった物言いですが、逃げるばかりで実が伴っていませんねぇ。逃げ回るのは私どもの方ではなかったのですかァ?」

「ハッ、てめえこそ道化師気取りの癖に煽りが下手糞なんだよ。そういうことは一撃でも当ててから言いやがれ!」

「すぐムキになって言い返すのが沸点の低さをよぉく表しているのですが? 円卓が二人も揃ってその体たらくとは……」

 

 急所を抉るように、一言を放つ。

 

「───主君の程度も知れるというもの」

 

 その時、ペレアスとモードレッドの表情から熱が消え失せた。

 心を乱す舌戦は戦場では珍しいものではない。むしろ、怒号と罵声が飛び交わぬ戦争など存在する方が少ないだろう。

 しかして、彼らは動きを止めた。

 無防備な背に襲い掛かる多数の亡者。

 ペレアスとモードレッドは同時に、同じ行動を取った。

 互いの背を襲う敵を一刀で斬り伏せる。一歩間違えれば味方を傷つけかねない行為。端から見れば両者が斬撃を浴びせたようにすら映る。

 モードレッドは口元をひくひくと痙攣させながら嘯く。

 

「オイオイオイ、どうしたペレアス。キレてんのか? 歳取った人間が寛容になるってのはどうも嘘らしいな」

「はあ? オレがあんな煽り文句真に受ける訳がねえだろ。むしろ自分自身の寛大さに憤りを覚えてるレベルだからな」

「……オレもお前も効いてないってことで良いな」

「ああ、全く効いてない」

 

 どこからどう見ても二人の怒りは脳天に達していた。努めて冷静に振る舞っているが、握られた剣柄はミシミシと軋むような悲鳴をあげている。

 メフィストフェレスはわざとらしく嘆きの声を発した。

 

「ああ、これは残念。まさか私の冗談が通用しないとは! 人間ひとりの心も揺さぶれないとは、悪魔の称号を返上しなくてはなりませんかねぇ!?」

 

 次の瞬間、ペレアスとモードレッドは明確にメフィストフェレスのいる方向へと突撃すると、剣を振り下ろした。

 突如として身を襲う二つの斬撃。泡を食って上体を仰け反らせて回避するが避け切れず、胸に縦一直線の切創が刻まれる。

 

「あれっ……怒ってないはずでは?」

 

 二人は噛み付くように吼える。

 

「「それとこれとは話が別だァァァ!!!」」

 

 視界を制限する霧中にあって、彼らは徐々に敵の姿を捉え始めていた。

 メフィストフェレスは全速力で後退しつつ、居場所を特定された理由を探った。しかし、それに考え至る前にモードレッドはがなり立てる。

 

「あんだけ闘り合ってりゃあ、いくら目が利かなくても地形くらい把握できんだよ! 足音だけはごまかせねえしな! オレたちが霧に慣れるまでに仕留めきれなかった、お前らの負けだ!!」

 

 地形と雑魚の位置を考慮し、最も安全に攻撃できる場所を割り出す。次いでメフィストフェレスとジャックの足音が特定できれば、位置は知れたも同然だった。

 だがしかし。

 距離が詰められたなら、それはそれでやりようがある。

 メフィストフェレスの宝具『微睡む爆弾(チクタク・ボム)』。射程圏内の対象の体内に爆弾を仕込む、一撃必殺に等しい殺戮手段。

 これならば、如何ようにでも逆転できる───!!

 

「『微睡む爆(チクタク・ボ)……」

「『磔刑の雷樹(ブラステッド・ツリー)』!!」

「……ギャアアアアア!!?」

 

 薄緑色の電撃がメフィストフェレスを脳天から打ち据える。

 発生源は白いドレスの少女が持つ得物。立香とダンテは地下室に続く階段からひょっこりと顔を出して、声援を送った。

 

「ナイスですよフランさん! 私と少しキャラが被ってるそこの悪魔をぶっ倒してください!!」

「いや別にどこも被ってませんけど!?」

 

 雷電を浴びたメフィストフェレスはよろよろと頼りない足取りで後ずさる。ジャックは疾風の如く駆け寄り、その首根っこを掴んだ。

 

「もう勝てない。逃げるよ」

「た、助かった……覚えておきなさい、次は絶対に殺しますからねぇ!」

 

 ペレアスとモードレッドは全力で逃げていくジャックの背を追った。モードレッドはフランケンシュタインに顔を向ける。

 

「おい、そこのお前! さっきの雷もっかい出してくれ!」

「…………ごめん、でんちぎれ」

「ちくしょう!」

 

 フランケンシュタインは魔力と電力を燃料として動くが、起き抜けでそのどちらもが足りていなかった。

 曲がりなりにも宝具を発動できたのは立香が雷のルーンで電気を補充していたからだが、先の一撃で全て使い切ってしまったのだ。

 メフィストフェレスを抱えている分、ジャックの速力は落ちていた。が、彼女の霧は未だ健在で、街に逃げ込まれれば追いつくことは難しいだろう。

 ペレアスは逆手に持った剣を担ぐように構え、一直線にそれを投擲する。

 

「くらいやがれ、ペレアス版エクスカリバァァァ!!」

「ただ投げただけじゃねえか! 父上侮辱してんのかばーか!」

 

 矢の如き速度で飛来する剣。ジャックは立ち止まり、右手の短刀で弾き飛ばす。

 だがそれは、戦場において致命的な隙。悪態を飛ばしながらも、モードレッドは既に宝具の準備を終えていた。

 白銀のクラレントの表面を赤い電流が走る。

 

「『我が麗しき(クラレント)───」

「ごめんね、メッフィー」

 

 間に合わない。そう判断を下したジャックは、首元を掴む手をぱっと放した。

 

「───父への叛逆(ブラッドアーサー)』!!」

 

 空間を焼き尽くすかのような災厄の赤雷。

 フランケンシュタインの雷撃を受けたメフィストフェレスが、それを避けることはもはや不可能だった。

 雷光に呑まれる間際、彼は断末魔を残す。

 

「け、計画の大詰めでオティヌスを裏切るつもりだったのに……私を倒しても第二第三のメッフィーが───あああああああ!!!」

 

 赤雷の直撃を受け、メフィストフェレスは金色の粒子を残して焼失する。

 しかし、その代わりにジャックの姿はどこにもなく。酸性霧も引いており、彼女はまたロンドンの闇に潜伏したのだった。

 そこで、立香は異様な違和感を覚える。

 

「……あれ?」

「どうした、立香?」

 

 すっぽりと、何か記憶が抜け落ちたような感覚。

 

「今倒したメフィストフェレスって、フランさんの宝具を受けて動けなかったはずなのに、どうやってここまで逃げてきたんでしたっけ?」

 

 残る四人は困惑し、顔を見合わせる。

 その中の誰も、答えを持っている者はいなかった。

 ダンテはダラダラと冷や汗を流して、

 

「もしかして……記憶が改竄されてます? 私たち」

 

 ジャック・ザ・リッパーは正体不明の暗殺者。

 霧の中に消えるのは姿だけではなく。

 その記憶すら、白く虚ろな霧へと連れ去るのだ。

 彼らの頭上には、漆黒の怪風が蠢いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロンドン、ウェストミンスター宮殿前。

 ぼんやりと見える月は夜空の頂上に来ていた。絢爛豪華な宮殿の威光も、魔の霧が支配するこの地ではいくらか陰ってしまっていた。

 周辺には無数の機械片が散らばっており、その内のいくつかは一体どんな温度で焼いたのか、液状に熔けている。

 大英博物館の地下でアンデルセンとシェイクスピアを仲間に加えたノアたちは、どういう訳かウェストミンスター宮殿にいたのだった。

 作家二人はやはりと言うべきか戦闘能力が低く、宮殿周辺に巣食うヘルタースケルターを倒したのはマシュとジャンヌに一任されていた。

 では、Eチームのリーダーが何をしていたかと言えば。

 

「よーし、よくやったおまえら。今後も俺の手となり足となり奴隷の如く働け」

 

 簡単に言えば、何もしていなかった。

 彼は時計塔の書庫から持ち出してきた膨大な量の書物を背負っていた。広大な風呂敷に包まれたそれは、ノアの身長に比して三倍ほどの大きさを有している。

 ぺらぺらと本のページを手繰るノアに、マシュとジャンヌは恨めしげな視線を突き刺した。

 

「『言葉が役に立たない時には、(When a word isn’t useful, )純粋に真摯な沈黙がしばしば人を説得する(sincere keeping quiet often persuades a person purely.)』。ああいえ、彼を説得するには足りないようですが」

「ふん、お前の名言集でも奴のようなアホはカバーしきれないようだな」

「俺は枠組みに囚われない天才だからな」

「ならばこう言い返してやろう、『慢心は人間の最大の敵だ(Proud, for, the human biggest enemy.)』とな。おっと、今度はシェイクスピアの名言に当てはまったようだな?」

 

 ノアとアンデルセンはバチバチと視線を衝突させ合う。

 それを見て馬鹿らしくなったマシュは落ち着きを取り戻すと、ノアに疑問をぶつける。

 

「なぜウェストミンスター宮殿まで来たんですか? この機械も異様に多いですし、少し疲れました」

 

 ノアは地面に転がるヘルタースケルターの頭部を踏みつけながら、

 

「こいつらは自動操縦ではなく遠隔操作で動かされてる。その魔力を辿った結果がここだ。どうやら司令塔の役割を果たしてたのはこいつだったらしい」

 

 数kgの鉄の塊を足の甲に乗せ、ひょいと蹴り上げる。

 マシュは山なりに飛んだバケツ頭を両手で受け止める。彼女は頭の頂点に刻まれた文章に目を凝らした。

 

「『チャールズ・バベッジ AD.1888』……え!?」

「そいつが黒幕に近い存在なのは間違いねえ。魔力の痕跡はここで途切れてるからこれ以上の追跡は無理だが、ここに来た甲斐はあった」

「そ、そうですね。目的を果たしたなら、一旦書庫に戻りましょうか」

「待て、まだここには用事がある」

 

 ノアは書物を詰め込んだ風呂敷を引きずって、宮殿に突き進む。

 

「今からここにある金目のモノ全部盗むぞ。霊体化できる奴はついてこい。キリエライトは正面から荒らして守衛の目を引け」

 

 サーヴァントの面々は暫く言葉を失った。

 

「絶対に嫌なんですが!? わたしに罪を擦り付けようとしてるのが見え見えですよ!!」

「もういいわ、私たちだけで帰りましょう。少しでも期待した自分が馬鹿だったわ」

「『今後のことなんかは(Future will be that)ぐっすりと眠り忘れてしまうことだ(I forget to sleep sound.)』。吾輩もそろそろ眠たくなってきました。あ、一応作品のネタにしたいので後で話は聞かせてください」

「やめておけ、こんな奴を題材にしたところで駄作確定だぞ」

 

 四人はぞろぞろと帰っていく。ノアは慌ててその背を追い、

 

「勝手に解散しようとしてんじゃねえ! これは人類の遺産を現代に送り届けるための保存活動だぞ!」

「寝言は寝てから言ってくれません?」

「そうよ、今から面倒事抱えるなんて──」

 

 ジャンヌがそう言った瞬間だった。

 彼女の目の前の地面が爆ぜ、土煙が巻き起こる。

 驚愕する間もなく、煙を裂いて馬に乗った騎士が姿を見せる。黒く禍々しい鎧に全身を包んだその騎士は、金色の眼光を輝かせた。

 馬上からひとりずつ視界に収めていき、最後にノアのところで眼差しは硬直する。

 黒き聖槍の王。ソレは凛とした声音で呟いた。

 

「……そうか、あの枝はここに。貴様がそれを手にするとは、皮肉なものだ」

 

 意味深な言葉。ノアはそれを笑い飛ばして、前に進み出る。

 

「いきなり出てきて何言ってんだ。今時そんなムーブは流行らねえぞ。とりあえず叩き潰してから話を聞いてやる」

 

 黒き聖槍の先がノアたちに向けられる。濃密な魔力を纏い、王は言い放つ。

 

「……来い。暫し貴様らの相手をしてやろう」

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