自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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第34話 霧の都に刻まれた傷跡

 ナーサリー・ライムの世界から脱出したEチームは、事前に伝えていたジキルのアパルトメントにて待ち合わせを行っていた。

 僥倖だったのは、今までうんともすんとも言わなかったカルデアとの通信が回復したことだ。おそらくはペイルライダーの存在が変質した影響で、ロンドンを覆っていた黒い乱気流が消えたためだろう。

 通信が途絶えていた間、カルデア側はサボっていた訳ではなく、マスターたちの存在証明や録画、音声記録の確保などに動いていた。通信が繋がらないならば、復旧は現地に任せて他の機器の修復に努めたのである。

 その努力が報われるかは別にして、結果的に通信を妨害していた原因を取り除くことに成功したのは、ロマンたちの目論見通りだった。

 そんな訳で、ジキルのアパルトメント。

 彼の部屋は間取りが広く、書斎の他にも客室が用意されている。数人が寝泊まりする分には何ら問題はないのだが、ある誤算があった。すなわち、ノアたちの合流である。

 それにより、ジキルのアパルトメントは三密などクソ食らえな過密状態になっていた。彼は重傷の身を引きずりながら、黒板を引っ張り出して言う。

 

「ええと、それでは、これまでに手に入れた情報の確認を踏まえて、作戦会議を……」

「うおおおおお! ペレアスのマスター、てめえイカサマしやがっただろ!! どうしてジョーカーのファイブカードなんて状況が発生すんだ!?」

「イカサマなんて言い掛かりはよせ、これは俺が引き寄せた当然の結果だ。俺ほどの人望になればジョーカーが五枚集まってくることだって不思議じゃない」

「その前にまずポーカーのルールが破壊されてんだろうが!!」

「凝り固まった常識を壊すのが天才の宿命だからな。ああ自分の才能が憎い……!!」

 

 ジキルの声はモードレッドとノアの口論に呑まれて消えていく。直後、モードレッドの鉄拳が机を叩き壊し、その破片がダンテとアンデルセンの顔面に命中した。

 ちなみにディーラーをしていたペレアスには一発も当たらなかった。ほぼ魔界のようなブリテンを生き抜いた男の幸運は格が違うのだ。

 ノアとモードレッドによって、居間は混沌とした惨状に早変わりする。そこに、台所からEチーム三人娘とフランケンシュタインが、床に飛び散った木片とトランプを避けつつやってくる。

 彼女たちはエプロンを着て、色とりどりのドーナツが載ったお盆を両手に持っていた。

 立香(りつか)は目の前の惨状が視界に入っていないかのように、お盆を床に置く。ダンテは赤くなった額を左手で擦り、もう一方の手でドーナツを取る。

 

「ほう、ドーナツですか…大したものですね。ドーナツは手を汚さず簡単に糖分を摂れるらしく、米軍のレーションにも採用されているほどです」

 

 彼は手に取ったドーナツをかじると、その瞬間に口から吹き出す。

 

「ぶっほォ!! 辛っっ!!?」

 

 ノアとペレアスは咳き込むダンテをニタニタと眺め、順に言った。

 

「オイオイオイ」

「死ぬわアイツ」

「二人とも、少しは心配しようという気概を見せてください!! 立香さん、これはどういうことですか!?」

「盛り上がるかなと思って生地にラー油を練り混んだやつをいくつか作ったんですけど、まさか初手で引き当てられるとは思いませんでした」

「食への冒涜───!!」

 

 このやり取りを経て、アンデルセンは伸ばしかけていた手を直前で止めた。彼も幸運の低さには定評がある。下手に手を出せば外れを引くことは間違いないだろう。

 ノアはドーナツの地雷原から無造作にひとつ取り出す。それを口に運ぶと、黒板の前に立つジキルに指図する。

 

「作戦会議はいいがその前に、おまえは前回どこで何やってたんだよ」

 

 ナーサリー・ライムの世界はペイルライダーの力を借りることで、ロンドン全土に行き渡っていた。黒い霧に触れれば意識を奪われ、名無しの女王の支配する地に行き着く。

 それで考えれば、ジキルも例外なくあの場所にいたはずなのだ。魔霧は屋内に入ってこないが、黒い霧はそれに当てはまらない。

 ジキルはげっそりとした表情を隠そうともせずに答える。

 

「ミイラのコスプレさせられて、誰も助けてくれずに草原で転がってたんだ。おかげで僕は暗所恐怖症に……出番も貰えないなんて──!!」

 

 彼は恐怖の記憶を思い出し、部屋の隅でガタガタと震え始める。予想よりも悲惨なことになっていたジキルに、一同は口を噤んだ。

 今も全身に包帯を巻いているジキルの姿は未だにミイラのそれである。奇妙なオブジェに成り果てた彼に代わって、ロマンが進行役を引き継ぐ。

 

「『ジキルさんがこんな状態なので、とりあえずはボクが進めますね。まずはノアくんが時計塔の書庫から持ち出してきた大量の盗品についてだけど』」

「人聞きが悪いな。アレは人類の功績を残すための慈善事業だろうが」

「『という戯言は置いといて、問題はやはりアレだろう。マシュ』」

 

 マシュは呼び掛けに応じて、ひとつの冊子を取り出して見せる。

 

「こちらは時計塔の書庫に残されていた『超☆天才探偵のワトソンくんでも分かる調査ノート 〜初歩的なことだよ、カルデアの諸君〜』という本です」

「…………シャーロック・ホームズ?」

 

 立香がぼそりと呟くと、マシュは目の前にニンジンを垂らされたロバの如く食い付いた。

 

「そうです! 流石は先輩ですね!! タイトルは中々にふざけていますが、これはかの名探偵が実在した可能性を示す一級資料に成り得るのではないでしょうか!? ちなみに『初歩的なことだよワトソンくん』という台詞は原作では一度も使われておらず、俳優のウィリアム・ジレットが舞台で言ったのが初出だそうです。他にも───」

「一気に早口で喋り始めたわね。厄介なオタクの習性そのまんまじゃない。立香は分かるのかしら」

「いや、私もそこまで詳しいわけじゃないんだよね。小学生の時、なんとなく頭が良さそうに見えるから読んでたというか」

「なんという不純な動機!?」

 

 膝から崩れ落ちるマシュ。小学生の考えることなので仕方ないといえば仕方ないが、それにしてもあんまりな理由である。

 作家陣の三人は納得したように頷く。

 

「確かに動機としては淀みに淀んでいるが、作家としては印税が入ってくれば万々歳だからな」

「むしろ、現代では吾輩たち墓の下で腐り果てて骨になってるので、どう読まれようが知りようがないですからね」

「私なんか作家業で生計を立てていたわけではないですからねえ。追放されるまでは政治と土地転がしがメインでしたし」

「『ダンテさんは奥さんが資産家一族の生まれでしたもんね! アリギエーリ家の家主は実質的には奥さんだったとか』」

 

 政治家としてフィレンツェの統領にまで登り詰めたダンテだが、実は彼の家はそこまで裕福ではなかった。事実、妻のジェンマ・ドナーティの持参金は少なく、二人の結婚は両家の同盟としての意味合いが強かった。これが、二人の結婚生活がネガティブに語られる大きな根拠であろう。

 とはいえ、後ろ盾なくして政界に足を踏み入れることはできない。それを利用して成り上がったダンテの政治手腕は中々のものであったと推察できる。

 ロマンの発言を聞いて、Eチーム三人娘とフランケンシュタインはじとりとした目つきになった。

 

「ヒモかぁ……」

「ヒモですね」

「ヒモじゃない」

ウゥウゥゥゥ……(これは紛れもなくヒモ)

「な、なんて人聞きの悪い! 話が横道にそれまくってますし、私はちゃんと働いてましたから!」

 

 もはやEチームの中では固定化されつつあるダンテのダメ人間疑惑が強くなったところで、ロマンは話を元に戻す。

 

「『それで、あの冊子には興味深い情報があったんだ。──題して、英霊召喚の真の目的』」

 

 サーヴァントとは、あくまで英霊の一側面がこの世に具現化した存在だ。ペレアスのようにいるかどうかも分からない英霊を、それぞれのクラスに当てはめることで現実の使い魔として使役する。

 それら七騎のサーヴァントを戦わせることで聖杯の降臨を促すのが、冬木市を発端とした聖杯戦争。これが英霊召喚術の目的とされてきた。

 しかし、資料によると、本来の降霊儀式・英霊召喚とは七騎を競い合わせるものではなく、何かひとつの脅威に対して七つの力をぶつけるものなのだと言う。

 したがって、冬木の聖杯戦争における召喚術はそれを扱いやすく改造したもの、ということになる。

 ペレアスはむくれっ面でドーナツを頬張りながら、

 

「……オレを例にする必要あったか?」

「妥当だろ。こんなことなら円卓の騎士として活動した記録だけじゃなくて、他のも処分しときゃ良かったな」

「それは洒落になってねえだろうがモードレッドォォォ!!!」

「ハッ! 丁度良い、ここでどっちが上か決めてやるよペレアスゥゥゥ!!」

 

 プロレス技を掛け合う円卓の騎士たちを尻目に、ロマンは話を続ける。

 

「『まあ今のはアンデルセンさんの分析の受け売りなんだけどね。我らがマスターたちの意見を聞こうか』」

「特に異論はねえな。ソロモン王ファンの俺からすれば気になるのは、召喚魔術と喚起魔術の用法が逆になってることくらいだが、そこはまあいい。召喚術が喚起術の意味合いを含むようになって久しいからな」

「私もリーダーと同じで特には……誰が資料をまとめてくれたかの方が気になります」

「先輩、わたしには分かりますよ」

 

 マシュは自信ありげに言い切る。ルール無用の残虐ファイトを繰り広げるペレアスとモードレッド以外の目が彼女に集まった。

 

「それは当然シャーロック・ホームズに違いありません! 数々の難事件を解決してきた彼は、この人理焼却という事件にとうとう重い腰を上げたのでしょう! これはもはや解決したも同然ですよ!!」

「盛り上がってるところ悪いけど、ホームズっていうのは小説の登場人物なんでしょう。実在するはずないじゃない」

「考えが甘いと言わざるを得ませんね。ジキルさんにフランケンシュタインさん、ナーサリー・ライム……架空の人物だと思われていた人たちがこんなにもいるというのに!」

「ま、マシュ! 目がバッキバキになってるから! ストップストップ!」

 

 暴走したマシュをなんとか立香が諌める。若干名を除いて、再度聞く態勢が整えられると、ジキルが復活してきてチョークを手に取る。

 

「そろそろ出番消滅の危機を感じてきたから、僕が話を進めよう。もうひとつはフランケンシュタイン邸で発見された資料についてだ」

「私たちが苦労して取ってきた情報ですね! いやあ、あの激戦をリーダーにも見せたかったですよ! 褒めてくれても良いんですよ?」

「その後にナーサリー・ライムにとっ捕まってたじゃねえか。赤点ギリギリの及第点だな」

「でも、もたらしてくれた情報は及第点どころか合格点と言って差し支えないよ。なんて言ったって、ロンドンを覆う霧の黒幕に迫ることができたんだから」

 

 フランケンシュタイン(孫)が遺した文書。そこにはこう書いてあった。

 〝私はひとつの計画の存在を突き止めた。名は『魔霧計画』。実態は未だ不明なままだが、計画主導者は『P』『B』『M』の三名。いずれも人智を超えた魔術を操る、恐らくは英霊だ〟──そこで、ジキルは黒板の裏から両手で抱えるほどの鉄塊を持ち出してくる。

 それは、ノアたちがウェストミンスター宮殿前で交戦したヘルタースケルターの頭部だった。この時代の西暦と『チャールズ・バベッジ』という名が彫られていた。

 アンデルセンは鼻を鳴らす。

 

「なるほど。ロンドンを闊歩する機械人形と魔霧計画とやらの主導者が繋がったという訳か。イニシャルをコードネームにするとは、随分と杜撰だな」

「もしくは、バレても構わないという意思表示かもしれない。魔術に長けているなら、名前を介した呪いへの対抗策も当然有しているだろう」

「そいつらが英霊なら、確かに呪っても意味がねえな。逆に呪詛返しでこっちが殺られるまである。で、チャールズ・バベッジってのは誰だ?」

「『チャールズ・バベッジはイギリスの数学者で計算機科学者だね。蒸気機関を用いて、階差機関と解析機関という世界初のコンピュータを考案した人物だ』」

 

 バベッジは現代ではコンピュータの父と称されるほどの偉人である。

 彼の生きていた当時、実験や事業に使う計算は数十人もの計算手を必要としていた。そこに疑問を覚えたバベッジは機械に計算を任せるという発想を生み出し、そのために階差機関と解析機関を考えた。

 それが実現することはなかったが、彼の閃きは後の機械文明を招来する──まさにプロメテウスの火であったに違いない。

 立香は顎に手を当てて述べる。

 

「スチームパンク系の話だと大体触れられますよね。蒸気と霧も繋がりますし、他の二人も何とか当てられそうですけど、イニシャルだけだと選択肢が多すぎるかも」

「それはそうですねえ。提示されているヒントも高度な魔術を使うということくらいです。私よりは真っ当なキャスターではあるのでしょうが」

「『望みなしと思われることもあえて行えば、(Without hope, when also mixing and doing to seem, )成ることしばしばあり(there is often a thing it'll be.)』。的中せずとも、予想くらいはしておくべきでしょう」

 

 ノアは目を輝かせて、

 

「Pから始まる名前で最も有名な魔術師はパラケルススだろうな。ここより後の時代も含めるならポール・フォスター・ケースやパメラ・コールマン・スミスか。その繋がりで行くとMはマクレガー・メイザースと妻のモイナ……メディアの再登場もワンチャンあるな」

「『おお……流石魔術オタク。人選がマニアック過ぎる……』」

「ひとつ確実に言えるのはここからリーダーのうんちくが始まりそうなことくらいですね。その前に別の話題に行きましょう」

 

 マシュの提案にノア以外の全員が同意する。一方、デスマッチを演じていたモードレッドとペレアスは、それぞれ天井と床に上半身をめり込ませた奇っ怪なオブジェと化していた。

 凄惨な現場を背景に映しつつ、ジキルは黒板に地図を広げた。ロンドン全土を網羅したその地図には、いくつかのマーカーが施してある。

 

「現状確認が済んだところで、やってもらいたいことは二つある。ひとつは娼婦連続殺人の調査と、もうひとつはワイルドハントが破壊行動を起こした地点の記録だ」

「『同時に、立香ちゃんたちが記憶改変を受けた可能性について、こちらで調査を進めておく。もしかしたらフランケンシュタイン邸での記録が残っているかもしれないからね』」

 

 ノアは片手に持っていたドーナツを口の中に放り込み、すっくと立ち上がる。

 

「善は急げだ。そこで突き刺さってるアホ二人も回収して、さっさと行くぞ」

「Eチーム再始動ですね! これだけサーヴァントがいたらもはや負ける道理なんてないですよ!」

「あ、私どもはここに残りますね」

 

 うなぎのぼりになる立香のテンションに水を差すような一言。それを言ったのはダンテだった。

 彼を含めた作家陣は示し合わせたかのように、これみよがしにジキルの介護を始める。

 

「いえ、こちらとしても着いていきたいのは山々なのですが、ジキルさんがこの通り怪我を負っているので介抱する人間が必要だと思うのです!」

「全くその通りだ。万が一この部屋を敵に突き止められた場合、ジキルひとりではどうにもならないだろう。誰かが護衛に回らなくてはな!」

「くっ……一分の隙もない理論武装! これにはシェイクスピアも諸手を挙げて降参するしかない!!」

「人として恥ずかしくないの? アンタらは」

 

 そうして、Eチームの調査は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吹けば飛ぶような詭弁を並べ立てる作家たちを置いて、モードレッドとフランケンシュタインを加えたEチーム(ダンテ抜き)は霧の都に繰り出した。

 与えられた任務は二つ。ロンドンを騒がせる娼婦連続殺人の調査と、ワイルドハントの破壊の形跡を辿ることだった。ジキルの伝手により、連続殺人の情報はスコットランドヤードで手に入れられることになったが、問題は後者である。

 なにしろ、オティヌス率いるワイルドハントは神出鬼没。ロンドンの各地に突如として現れる彼らは、その特性を駆使して捕捉されることなく破壊を撒き散らしてきた。

 そうなると、その足跡を記録するためにはひたすら地道な作業が求められる。ジキルが負傷した地点とウェストミンスター宮殿の分は既に判明しているが、それでも骨が折れることは違いないだろう。

 そんな訳で、Eチームは人手を二つに分けてロンドンを調べることにした。

 茫々たる景色に、どこか気楽な声が響く。

 

「1888年ロンドンでの殺人事件といえば、やっぱり切り裂きジャックですよね。さしずめ、私たちはそれを追う少年探偵団!」

「ペレアスは間違っても少年なんて歳じゃねえけどな。若作り騎士」

「おい、誰が体は大人頭脳は老人だ」

「へえ、ボケてる自覚はあったのね。意外だわ」

 

 厳正な組分け(グーとパーで分かれるアレ)の結果、結局いつもと変わらないメンバーになっていた。唯一外れたマシュがその瞬間気絶したことは言うまでもない。

 マスター二人が固まることは危険に思われたが、サーヴァントほどの体力は人間にはない。ロンドンを歩き回る方はもう一方の班に任せ、彼らはスコットランドヤードを目指していたのである。

 棘に溢れたジャンヌの言葉は、しかしペレアスのメンタルを傷付けるには至らない。というより、彼は自分の剣に頬ずりして話を聞いていなかった。

 ジャンヌは良い歳こいた大人の奇行に、顔を引きつらせる。

 

「えぇ……本当にボケたの? 前々からその気はあるように思ってましたけど」

「どうしちゃったんですか、ペレアスさん。そんなことしてもエクスカリバーにはならないですよ」

「おまえら、そんなに言ってやるな。なまくらソードを聖剣だと思い込んでる一般はぐれ騎士だぞ」

「違えよ! これを見ろ!!」

 

 ペレアスは剣をすらりと引き抜く。

 済んだ水晶のような刀身。それは、ナーサリー・ライムの世界にて、ジャバウォックを打倒するためにシェイクスピアとダンテが造り出したヴォーパルソードだった。

 立香たち三人は絶句する。あの世界で得た物体は何ひとつとして、こちらに持って帰ってくることはできなかった。ヴォーパルソードもその例に漏れず、あの世界の消滅とともに失くなったはずなのだ。

 

「もしかして、わざわざ造ってもらったんですか!? それだったらエクスカリバーとかガラティーンみたいにしてもらえば良かったじゃないですか!」

「いや、オレも最初はそう思ったんだが、それだと光って王様の真名解放ボイスが鳴るだけの『DXエクスカリバー』になるって言われてな」

「希望小売価格6000円とかですかね。そっちの方がすごいんじゃ……!?」

「モードレッド辺りに高く売れそうだな。とりあえず円卓の騎士全員呼んで来い。ああ、おまえは追放されてるから無理か」

「お前で切れ味試しても良いんだぞ?」

 

 そうして歩いていると、ロンドン警視庁本部であるスコットランドヤードの庁舎が見えてくる。

 この時期のロンドン警視庁の本部は、組織の規模の拡大に土地の容量が追いついていない状態であった。事実、二年後に本部庁舎は別の場所に移転し、人数は創設当時の1000人から13000人にまで膨れ上がっていたと言う。

 そんなスコットランドヤード。本来ならアポイントメントなど取れるはずもない社会不適合者の四人はジキルの名前という大義名分を得て、ずかずかと庁舎に入り込む。

 前回のコスプレも大概だが、この時代の人間にとって四人の服装も奇異なものに見えたのだろう。彼らを見る周囲の目は冷たかった。

 そこで、代表者らしき中年男性が小走りで出迎えてくる。彼の顔を見て、立香以外の三人は声を揃えて言う。

 

「「「八百屋のおっさん!?」」」

「はい、どうも皆さん。八百屋のおっさんです」

「あれ、知り合いなんですか? 話が早くて助かりますけど」

「おまえが檻の中でニートやってるのを証言したおっさんだ」

「なるほど、私の天才的ファインプレーはこのおじさんを通じてみんなに伝わったんですね。お手柄じゃないですか!」

「……アンタも大概よね。ええ、本当に」

 

 そして、四人は応接室に招かれた。

 机には犯行現場が示された地図と、それぞれの現場に残された遺体の写真が置いてある。

 被害者は五人。遺体は共通して生前売春を行っていた女性であり、心臓が取り除かれていた。凶器から指紋に至るまで証拠は残されておらず、犯行の目撃者もいなかった。

 

「犯行は全てここ三週間で行われています。犯人の手口の巧妙さもさることながら、霧のせいで一向に捜査が進んでいないのが現状ですね」

「これだけ見ると切り裂きジャックで決まりっぽいですけど……」

「『切り裂きジャックの仕業とされている五人の殺人は三ヶ月ほどの期間を掛けて行われている。これほどの短期間ではないはずだ』」

「だからといって、違うとも言い切れないでしょう? ただでさえ史実とは違う場所なんだから」

「『……なんだろう、ジャンヌちゃんに正論を言われるとは思ってなかった』」

「は??」

 

 ジャンヌは空中に投射されたロマンの像を睨みつける。

 すると、一時的に映像が乱れて切羽詰まった声だけが響いた。

 

「『ギャアーッ! コンソールが燃えた!? 誰か消火器持ってきて!!』」

「『私が今飲んでるアイスティーでもいいかい?』」

「『その程度の水量で消火できるとでも!?』」

 

 異様な光景を目の当たりにして、八百屋のおっさんことスコットランドヤードのおっさんは固い苦笑いを浮かべる。

 

「あ、あの。ところで事件解決の糸口は見えそうですかね」

「藤丸、おまえの推理力とやらを見せてみろ。具体的には次の犯行の予測だな」

「全く見当がつきませんね。私、逆転裁判でも攻略サイト見ながらやってたくらいですし」

「ゲームの面白味が死んでるじゃねえか、現代っ子が。おまえみたいなのがネタバレを氾濫させんだよ」

「私はネタバレとか気にしないんで……あ、でも私が切り裂きジャックだったら、ここに残った証拠を消しに行こうと考えます」

 

 その時、一発の銃声が鳴り響いた。

 一拍置いて、立て続けに火薬の爆発音が鼓膜を揺らし、怒号が入り混じる。ノアはいち早く立ち、応接室の扉を蹴破って負けじと怒号を飛ばす。

 

「パンパンパンパンうっせえんだよ!! 中国の爆竹大会でもやってんのか!!?」

「楽しそうですよね、アレ」

「どう考えても殺人犯が襲撃に来てるに決まってんだろうが!?」

 

 ペレアスはノアを押し退けて、エントランスホールに乗り出した。

 室内を縦横無尽に駆け巡る銀髪の少女。飛び交う銃弾はその影すらも捉えることはなく、虚しく壁に弾かれる。

 少女の身のこなしの巧みさというのもあるが、警察官たちの銃の腕も並以下だった。銃撃の姿勢が整っているだけで、他は素人に毛が生えた程度だ。

 

「イギリスの警察は銃を持たないって聞いた覚えがあるんですけど!?」

「街に変な機械人形が練り歩いてる状況で、そんなことも言ってられなかったんですよ! 正直付け焼き刃以下ですが!」

「あんなんじゃ百年やっても当たらねえぞ。射的でもやらせとけ。そもそもサーヴァントに神秘の籠ってない攻撃は効かないがな」

 

 弾丸の雨を悠々と掻い潜り、少女は逆手に持った短剣を警察官の首を刈り取ろうと振るう。

 ギン、と鈍い金属音。ペレアスの剣が寸前で少女の刃を食い止めていた。

 

「なぜあなたがここにいるの?」

「オレがどこにいようがオレの勝手だろ」

「……やっぱり、あの時殺しておかなきゃだめだったんだ」

 

 銃弾が割った窓から濃霧が流れ込む。

 魔霧とは異なり、殺傷性においてはそれすらも上回る濃硫酸の霧だった。霧に巻き込まれた警察官は次々に倒れていく。

 ジャンヌは炎を纏わせた剣で硫酸霧を切り払うが、その進行がいくらか遅れるだけで消滅することはない。

 

「あんなのを人間が吸ったら直ぐに死ぬわよ。外の霧の方がまだマシね」

「う〜ん、残念なことに、逃げる訳にもいかなそう」

 

 立香の言葉の通り、警察署の壁を突き破って動く死体が現れる。ワイルドハントの尖兵たる死者の狩人であった。

 ペレアスは銀髪の少女を追っている最中であり、彼の援護は期待できそうになかった。が、死者の尖兵が何人束になろうと、ジャンヌには傷ひとつ付けられないだろう。

 最大の脅威は硫酸の霧。ノアは四本の木の杭を掌中に形成すると、自らを囲うように足元にそれらを打つ。

 さらに続けて、紙垂の付いた縄を投影魔術で用意すると、彼はエントランスホール中に響く声で言った。

 

「全員、目を閉じて口と鼻を隠せ! 動ける奴は俺の近くに来い! 動けない奴は回収されるのを待ってろ!!」

「私が回収役ってことね。アンタに使われるのは気に入らないけど、やるしかないか」

 

 ノアは縄に魔力を込めると、それはひとりでに動き、円になるように周囲に張り巡らせる。

 立香は言われるままにしながら、

 

「リーダー! 常人が目瞑ったまま動くのは無理があるんですが!!」

「魔術師の目は必ずしも肉体のそれには頼らない。第六感を研ぎ澄ませ。霊視に長けたエレナ・ブラヴァツキーなら、目隠ししても電流イライラ棒くらいはクリアできるぞ」

「私に今その境地に至れと───!?」

 

 立香は口と鼻を押さえる右手の代わりに左手を前に出しつつ、よろよろとあらぬ方向に進んでいく。

 ノアは立香の左手を乱暴に掴み、近くに引き寄せる。彼はもう一方の手の人差し指と中指を立て、親指で他の指を隠した手印を作った。

 仏教や道教、陰陽道で多用される、刀を模したと言われる印相であった。ノアはその手に力を込め、唱える。

 

「〝掛けまくも畏き伊邪那岐大神、筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に禊ぎ祓へ給ひし時に、生り坐せる祓戸の大神等諸々の禍事・罪・穢有らむをば、祓へ給ひ清め給へと、白すことを聞こし召せと───恐み恐みも白す!〟」

 

 室内を満たす霧は縄の縁から逃れるように逸れていく。

 穢れを祓う言の葉。かつて黄泉の国より生還したイザナギが、体の穢れを祓うために水で清めた際に生まれた神々に、清浄を乞う呪文であった。

 縄の内側は簡易的な結界。不浄なるものを遠ざける安全地帯だ。宝具である硫酸霧の効果から完全に逃れることはできないが、絶命は免れる。

 ノアの手を握り締めて、立香は口を開く。

 

「日本語、喋れたんですね」

「英語で詠唱する訳にもいかねえからな。同音異義語が多すぎて苦労したが……藤丸、手ぇ離せ」

「……あ、はい!」

 

 立香は慌てて手を離す。ノアは体内に少量しか血を回していないためか、その体温は他人に比べて低い。それでも皮膚に残る温かさを確かめて、彼女は目を薄く開ける。

 結界の影響で粘膜の痛みはない。立香も魔術師の端くれ、常人よりは霧の効果も薄く、呼吸に小さな違和感が残るだけだった。

 結界に群がる死体たちはジャンヌの火炎にその側から焼き払われる。彼女は両腕に抱えた警察官を縄の内側に放り込んだ。

 その折に、ロマンからの通信が入る。

 

「『消火完了! 状況を報告してくれ!』」

「ナイフを持った銀髪の幼女のサーヴァントが攻め込んできた。恐らくは藤丸の考察が正しい。ペレアスが今追ってるが、逃げられる可能性も考慮すべきだろうな」

「『堂々と姿を現したということは、記憶改変能力を持っているかもしれない。ここで仕留めたいところだけど……』」

「そういえば、その記憶改変の調査はどうなったんですか?」

 

 立香に問われ、ロマンは沈黙した。

 彼は冷や汗を滲ませて、弱気に言う。

 

「『それについてだけど、音声録音のログに不自然な部分があったんだ。おそらく、敵には記憶だけじゃなく記録にまで作用する力があると推測される』」

「切り裂きジャックは遺体以外何の証拠も残さなかったんでしたっけ。せっかく正体が分かるかもしれないのに」

「だったら、改変能力がどこまで影響を及ぼすか試すまでだ」

 

 ノアは右腕の袖をまくると、肘の裏から這い出た木の根が皮膚に『Jack the Ripper』という文言を縫い込む。

 

「それに、ペレアスがまだアイツを逃したと決まった訳じゃない。腐っても円卓だからな」

 

 ───一方、スコットランドヤード警察署の外。

 霧中に閃く無数の銀閃。空を滑る刃の礫を剣で以って叩き落とし、少女に迫る。

 単純な近接戦闘ではペレアスが上回るが、霧の影響で彼の敏捷は低下している。姿を消して奇襲に徹する鬼出電入の戦法と相まって、互いに決定打のない戦いが続いていた。

 どこからともなく少女の声が反響する。

 

「ここまで死なないヒトはあなたが初めて。……どうして?」

「どうして…って言われてもな。それに対する答えはいくつか持ってるけどよ」

 

 かん、と剣の腹で肩を叩いて軽妙な音を鳴らす。

 

「──そうだな、お前にはこう返してやる。どんなことがあっても死にたくないからだ。参考になったか?」

 

 それは、彼女にどう響いたのか。

 少女は無機質な声音で返す。

 

「全然、わからないよ」

 

 だって。

 

()()()ことなんて、一度もないんだから───!!」

 

 短刀を構え、背後から突撃する。

 狙うは喉元。

 最速無音の一撃。

 彼女が見たのは、見計らったかのように踵を返すペレアスの姿だった。剣と肩の甲冑で打ち鳴らした音。その反響を分析し、少女の位置を特定したのだ。

 彼は短刀を持つ手首を押さえる。

 

「お前は、ここでは殺さない」

 

 どうして、と再度問わせることはなかった。

 

「ウチの詩人はビビリでヘタレでポンコツだが、腰抜けじゃない。あいつならオレよりもお前のことを分かってやれる」

 

 だが、と彼は付け加える。

 

「騎士として、無辜の民を苦しめた罰は与えさせてもらう」

 

 白刃が踊り、血の華が咲き乱れた。

 少女の右腕が肩口から断たれ、ペレアスに手首を掴まれたまま、だらりと垂れ下がる。

 直後、悲鳴をあげることすらなく少女は逃げた。硫酸の霧も引いていき、ロンドンの街角にペレアスだけがぽつねんと取り残される。

 彼はふと気がついたように辺りを見回し、握っている腕を見て絶叫した。

 

「…………なんだこの腕!? 怖っ! しかもここどこだよ!」

 

 ペレアスがひとり右往左往していると、後ろからノアたちが駆けつけてくる。

 人間の片腕を持って佇むペレアスと、腕の表面に『Jack the Ripper』という文字を書き込んだノアの目が合う。

 

「オレの時代でもそんなダサいタトゥーしてるやつはいなかったぞ。中二病拗らせすぎだろ」

「おまえこそ純然たる不審者じゃねえか。人の腕ぶら下げるとか猟奇殺人鬼か?」

「こんな時にまで煽り合うとか馬鹿なの? 逃げられたせいで、多分また記憶を弄くられてるわよ」

「そうですよ。私なんか綺麗さっぱり忘れちゃってます」

「『……ん? みんなは覚えてないのかい?』」

 

 現地の四人と違い、ロマンだけはスコットランドヤードでの一部始終を記憶していた。何か珍しいものを見るような視線を受けながら、彼は考察する。

 

「『通信を介しているからか、そっちとは次元を異にしているからか……直接対峙していない第三者は改竄されないってことなのかな』」

「久々にやったじゃないですかドクター! これで次会ったとしても、対策が立てられますよ! いつもそんな活躍をしてくれればいいのに!」

「初めて役に立ったじゃない。てっきり中身のない言葉で会話を長引かせる、壊れたラジオだとばかり思ってました」

「『なんだろう、素直に喜べないぞ……!!?』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロンドン、リージェントパーク。

 リージェントパークはロンドン北部の王立公園とその周辺地域を指す。無数の薔薇が咲く庭園を有し、ロンドン市民の憩いの場となっているその公園は、今や見る影もなかった。

 荒涼たる灰色の砂漠。オティヌスの聖槍を受けたであろうリージェントパークは、大きなクレーターだけになっていた。超高温で熱されたためか、砂礫の中にはガラス片が入り混じっている。

 マシュはクレーターの縁から周囲を見渡し、手に持っていた地図に赤く丸を示す。

 彼女がそうして記した円はウェストミンスター宮殿とジキルが傷を負った地点を含めて、都合九つ。それらはロンドン全体に点々と置かれているのではなく、北部から南部にかけて、繋げると縦長の六角形になるように印が付けられている。

 どこかで見たことがある、とマシュは思った。確信できないのは、それにどこか欠けた部分があったからだ。

 

(この六角形にはまだ先がある。魔術的記号としては六芒星(ヘキサグラム)の暗喩? いや、この先があるとしたらまだ……)

 

 黙考するマシュの頭に、モードレッドの高笑いが響いてくる。

 

「オティヌス……許せねえ! 父上とオレの島をこんなことにしやがって!!」

ウウゥウゥウウゥ……(唐突な高潔な騎士ムーブだと!?)

「モードレッドさんが義憤に駆られるのも当たり前でしょう。主君の土地が他者に踏み躙られているのですから」

 

 モードレッドは犬歯がきらりと輝くくらいの爽やかな笑顔で、

 

「ああ! なんてったって、ブリテンを穢していいのはオレだけだからな! オティヌスだとか言う奴に先を越されて黙ってる訳にはいかねえだろ?」

「まさかのヤンデレだった──!?」

ウゥウゥゥ……(中に誰もいませんよ?)

 

 思わぬ闇を垣間見たマシュとフランケンシュタインは顔を青くした。

 ひょっとしたら円卓の騎士にまともな人間はひとりもいないのではないか。マシュの脳内にはそんな考えばかりが募っていく。

 不信感で満たされた脳内とは裏腹に、彼女の胸中は何やら奇妙な親近感で満たされていた。その出処は判然としない。けれど、彼女たちの共通点に由来することは間違いなかった。

 フランケンシュタインはすっと手を挙げる。

 モードレッドとマシュの視線が集まり、彼女は言った。

 

「ぶっちゃけずっと唸ってるのも面倒くさいから普通に喋っていい?」

「「──キャラが壊れたァーッ!!」」

「……うなるの、めんど、くさい。これからは、こうやってしゃべるから」

「今更取り繕ったところで意味ないですよ!?」

 

 フランケンシュタインは青褪めた顔で呟く。

 

「じゃあどうしろと……?」

「自分からボロ出したアホに言うことなんて何もねーよ! 聞き返してくんな!」

「ひ、ひどい。なんでそんなこというの……? かなしい……」

「こっ、これは自分を弱者に見せることでモードレッドさんを悪くする高等テクニック──! フランケンシュタイン博士はこれほどまでに高性能な人造人間を生み出していたんですね!」

「お前はなんで興奮してんだ」

 

 モードレッドは呆れてため息をつく。

 すると、後方で砂利が擦れ合う足音がする。即座に振り向いた三人が見たのは、白衣を纏った長い黒髪の美青年だった。

 彼は三人の顔触れを確認すると、緩く微笑む。

 

「貴女がたも私と同じ調べ物をしていると愚考します。ここで情報交換をするというのは如何でしょう」

「──ほざけよ、下郎」

 

 目にも留まらぬ速度でモードレッドは踏み込んだ。

 風も音も追いつかぬ一刀。青年の喉元に滑り込んだ刃はしかし、するりと空を斬る。

 空虚な手応え。確実に命中したはずの一撃は、一歩も動いていないというのに何の痛痒も与えられていなかった。

 得心がいったモードレッドは忌々しそうに吐き捨てる。

 

「魔術師か。己の像だけを遠隔地に飛ばすシケた技だ」

「我らの世界では『星幽体投射』と言います。他者に物理的作用を引き起こすことはできませんが、後ろ暗いこの身にとっては重宝する魔術です」

「知るか、さっさと引っ込め。オレたちの捜査の成果をてめぇに渡してたまるか」

「───ワイルドハントの王が貴方の父君であるかもしれないとしても?」

 

 滲み出る怒気が急速に冷えた。

 しかし、それは怒りという感情そのものが消え失せたのではない。噴火を待つ火山のように、激情が内側に押し込められただけだ。

 それを前にしてなお、男は流暢に喋り出す。

 

「ワイルドハントは別名『オーディンの渡り』……北欧神話の主神に端を発する伝承ですが、死者の軍団を率いる頭領と伝えられているのはオーディンばかりではありません」

 

 みしり、とクラレントの柄が軋みをあげる。

 

「フランシス・ドレイク、フィン・マックール、テオドリック大王……そして、アーサー王。ブリテンを護った王がその土地に暴威を振るうとは、これほどの皮肉はないでしょう」

「──は! なんだよ、怒って損したぜ」

 

 モードレッドは刀身に赤い雷を込め、男を切り払う。それだけでその像は解けていった。

 

「その魔術の対処法は良く知ってる。マーリンの野郎が好んで使ってたからな。魔力で作った映像は魔力をぶつければ霧散させられる」

 

 叛逆の騎士は笑う。

 

「王は何をしようとも王だ。オレ以外の誰にもあの人を解釈することは許さない。てっきりオーディン如きに父上の存在が上書きされたかと思ったぜ。それに憶測は信じない質でな。お前の話に惑わされるとでも思ったか」

「──安易に手を出した私が愚かでしたね。揺さぶりを掛けようと思いましたが、ここは退くとしましょう」

 

 男の姿は消える。それを見届けて、フランケンシュタインは実直な感想を述べた。

 

「う〜ん、すなおに、かっこいいとはおもえない……」

「うるせえ! 記録も済んだだろ、とっととジキルのとこに戻るぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジキルのアパルトメント。

 外出組の帰宅を待ちながら、ジキルは作家たちの饗宴を見せつけられていた。

 彼らはジキルが冷蔵庫で冷やしていたシードルを無断で持ち出した挙句に目の前で酒盛りを行い、雑談に耽っていた。

 顔を真っ赤にしたダンテは軽やかな口調で語る。

 

「現代では作家論の時代はとっくに廃れて、もっぱらテクスト論の文脈で新しい読みが試みられていますが、それもそれで手詰まりな感が否めませんねえ。そもそも情報化社会のせいで民族意識が希薄になってきた今、もう一度文学研究の在り方を問うていくべきではないでしょうか? 学問にもカビは生えます。新風を吹き込まねば、文学の地位はますます揺らいでいくことでしょう」

「ふむ、作家というよりは学者寄りのダンテ氏らしい意見ですね。ですが吾輩は生粋の劇作家、研究は領分ではありません。その立場で言わせてもらうと、言語のみを使った創作という形態に民衆が飽いてきているのでは? 演劇や漫画、アニメーションのように視覚や聴覚に訴えかけられる表現効果が誕生した以上、ノベルや詩の分野も何か新たな手法を考え出すべきかと」

「なるほど、文芸も何らかの進歩を行わねばならないということですねえ。確かにそれをしようとした者はいます。ライトノベルもその流れにあり、商業的には一定の成果を挙げたとも言えますが……やはり小説という型に当てはめる上で、どうしても限界はあります。私としては言語が持つ本来の魅力を活かしてほしいですねえ。そろそろ私やシェイクスピアさんを過去の遺物にしてほしいものです」

「いやいや、それは難しいでしょう! 我らは人類史に冠たる世界三大詩人なのですから!」

「ああ、そうでしたね! 失念していました!」

「「ハーッハッハッハ!!!」」

 

 恍惚の表情を浮かべてうわ言を吐き散らかす二人。グラスを口に運ぼうとするも、酔いのせいで遠近感が掴めないのか、顔面に中身をぶち撒けてしまう。

 ジキルは何か可哀想な生き物を見る目で二人を眺め、何やら黙りこくるアンデルセンに眼差しを送った。

 彼は澄み切った涙を流しながら、唇を震わせる。

 

「……ここが、天国か───!!」

「えぇ……」

 

 世界三大童話作家、アンデルセン。彼は即興詩人という作品の中でダンテを賛美しているが、それに負けず劣らずのシェイクスピアファンでもある。

 彼らは共に貧困家庭に生まれ、そこから成り上がるためにまず俳優を目指したという過去がある。アンデルセンはシェイクスピアの作品を好み、それにのめり込んでいたという経緯も無視できないだろう。

 さらに、俳優を断念したアンデルセンは次に詩の道を志してもいた。生憎その分野で芽が出ることはなかったが、彼の創作人生の大きな礎となったのは、まさしくシェイクスピアとダンテなのである。

 ジキルも文学をそれなりに嗜む立場だが、眼前のそれはただのイタイおっさんたちの酒盛りである。素面の時はまともに話していただけに、ダメージは大きかった。

 ふと気付くと、酔いが頂点に達した作家たちは手を繋いで踊っていた。中央のアンデルセンの背が低いせいで、宇宙人の有名な捕獲写真のように見えなくもない。

 

「「「Amazing grace how sweet the sound〜♪」」」

「誰か助けてくれええええええ!!」

 

 ジキルの悲痛な叫びが轟く。

 その直後、アパルトメントの扉が開いて外出組が帰ってくる。彼らは室内の惨状を目にして、思わず言葉を失った。

 沈黙も束の間。アメイジンググレイスを叫び歌う三人を薙ぎ倒すように、ノアがドロップキックを放つ。

 

「オラァァァ!! 俺抜きで酒盛りしてんじゃねえ! その林檎酒は俺のもんだァァァ!!」

「僕のだけどね!? 本当は!!」

「おまえのものは俺のものだろうが」

「急に冷静になってジャイアン理論振りかざすのやめてくれないかな?」

「『……そこの精神年齢ガキ大将は置いといて、情報の確認といこうか』」

 

 一同は持ち帰った情報を共有した。

 最大の手柄は記憶の改竄を行うサーヴァント──ジャック・ザ・リッパーの外見的特徴とその力の一端が判明したことだろう。

 ペレアスが奪った腕からジャックの体格や年頃も予測が立てられ、年端もいかぬ子どもであることも分かった。

 

「子ども、ですか。世も末ですねえ」

「……同情でもしたか? 奴は殺人者だぞ」

 

 ダンテは眉根を寄せる。アンデルセンの問いは彼の答えを引き出すためのものであり、決してそれが本心だけだとは言えない。

 

「どんなに純粋な存在でも──だからこそ、過ちは犯さずにはいられないでしょう。ジャック・ザ・リッパーには何か、大きく欠落した部分があるのだと思います」

「俺たちが言えたことではないがな。奴が何を抱えているのか、問うてみる必要があるようだ」

 

 そしてもうひとつの成果物は、マシュが記録した地図だ。六角形になるように配置された九つの印。そのことは理解できるのだが、逆に言えばそこまでしか理解できなかった。

 ペレアスは眉間に皺を寄せて言う。

 

「……さっっっぱり分からん!」

「わたしはどこかで見た覚えがあるのですが……単に六角形を作りたいなら点は六つで事足ります。九つであるというところに何か仕組みがあると思うのですが」

「だろうな。これの完成形は六角形でも六芒星でもない」

 

 ノアはそう言うと、ペンを取って新たに円を書き込む。地図上ではウェストミンスター宮殿から、真南の離れた地点であった。

 それを見て得心したのは数人。ジキルは目を丸くして、

 

生命の樹(セフィロト)──!」

「そうだ。生命の樹(セフィロト)は十個のセフィラで構成され、カバラでは宇宙的真理を表すとされる。根源流出説に則り、これを用いて根源を目指す魔術師もいる」

「これが完成したら……どうなるんですか?」

 

 ノアはほんの一瞬考え込み、

 

「…………重要なのはこれの意味じゃない。十個目の地点が判明したことだ。つまり、オティヌスを待ち構えて奇襲できる」

 

 オティヌスがロンドンに刻んだ九つのセフィラ。しかして、未だそれは完成には至らず、最後の地点が証明された。要するに、ワイルドハントの王を仕留める決戦の地が呈示されたのだ。

 立香は目を輝かせる。

 

「ついに敵の尻尾を掴んだんですね! ところで、生命の樹を使った儀式ってエヴァのパク──」

「『よーし! みんな頑張ろう! いつオティヌスが来るかは分からないけど、その時が今回の分水嶺に違いない!』」

「語るに落ちてますよ、ドクター」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロンドンの地下に張り巡らされた鉄道網。地下を走る列車は1860年代では夢物語とされていたが、それを叶えたイギリスの国力がうかがえる施設である。しかし、当時の掘削技術では事故が多発し、何人もの作業員が身体の欠損や肺病に罹患した。

 ロンドンを巡る鉄道網には、人の血がこびりついている。

 陽の当たらぬ淀んだ闇は、この街で暗躍する者にとってはこの上なく好都合であった。闇の深奥、地下鉄よりも深き場所に彼らはいた。

 蒸気を噴き上げる鋼鉄の鎧を纏った男は聞き返す。

 

「……生命の樹?」

 

 白いローブの男と、濃紺色の髪の鋭い目つきをした男が答える。

 

「ええ。これは言わば根源へ至るための道標です。第一のセフィラより段階的に世界が流出し、物質界である第十のセフィラに行き着く」

「第一のセフィラとはすべての流出源であり、すなわち根源だ。魔術師の活動はしばしば生命の樹になぞらえて、この樹を登る作業とも言われる」

「──オティヌスは根源を目指している、と?」

 

 黒ずんだ壁に白色のチョークで描かれた生命の樹の図。鋭い目つきの男はその頂点である第一のセフィラを指す。

 

「否、これは手順を逆にしている。本来底辺から頂点を目指すのに対し、オティヌスは第一のセフィラからこの図を描いている。これが意味するのは、自らを根源へ到達させるのではなく根源から何かを引き出すために儀式を行っているということだ」

「オティヌスを名乗る者が根源より引き出すモノはいくつか考えられます。ひとつは北欧神話の主神としての神格──もしくは、その宝具」

 

 生命の樹の十個のセフィラは四つの世界に分類される。

 上から流出界(アティルト)創造界(ブリアー)形成界(イェツラー)活動界(アッシャー)。これを下るごとに霊的要素は薄まり、物質的な側面が強まる。中国や日本の神話で混沌の世界が撹拌されることで物質が生まれるように、世界は曖昧な状態を経て実体を得るのだ。

 故に、オティヌスが根源より取り出そうとしているモノは物質である可能性が高い。

 そう締めくくり、白いローブの男は言った。

 

「必中必殺の神槍グングニル……それがオティヌスの手に渡ったならば、私たちに勝ち目はありません。最大限の戦力を以って迎え撃つべきです」

()()の召喚も最終段階にまで進んでいる。残すは───」

「───動かすか、アングルボダを」

 

 脈動する大聖杯。

 霧が充満し、世界の位相を歪める。

 アングルボダとは北欧神話においてロキとの間に、世界蛇ヨルムンガンドやヘル、そしてオーディンを喰い殺した大狼フェンリルを生んだ女巨人。

 その名を冠した蒸気機関は静かに胎動し、目覚めの時を待っていた。

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