自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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第35話 人の世に神は無し

 茫洋たる月の輪郭。

 星の光も届かぬ霧の都。

 暗黒の夜に、怪風が巻き起こる。

 微風がやがて豪風へ。黒ずんだ空気が白いキャンバスに絵の具を撒くように渦巻き、魔の霧を弾き散らす。

 それはまさしく台風の目。その一帯だけが透明な空気を取り戻し、青白い月明かりが降り注ぐ。

 凍てつく光の中に、嵐の王は顕現した。その背後には煌々たる銀盤。王は淡く赫う瞳を以ってロンドンの地を睥睨し、軽やかに降り立った。

 ぽつりぽつりと、雨粒が地面を湿った暗い色に変えていく。徐々に雨音は勢いを増し、黒雲が空を覆い隠す。雲の間には雷電が瞬き、轟音が木霊する。

 閃電が地上を照らす度に、ワイルドハントの担い手である死者の軍勢が冷たい地の底から這い出した。

 それこそは嵐の王、亡霊の群れ。

 見た者は必ず死ぬと言われる、オーディンの渡りの再来であった。

 雨が降りしきる最中、オティヌスは睨みを利かせて言い放つ。

 

「───そこにいるのは分かっている。暗殺者でないにしては上等な隠形だが、私の目を誤魔化すことはできん」

 

 夜闇から浮かび上がるように、ノアは現れる。彼は堂々とオティヌスの前に立ってみせ、獣の如く獰猛に笑う。

 

「おまえこそ分かってんのか? この前偶然遭遇した時とは違って、俺たちは準備万端だ。余裕気取ってられんのも今のうちだぞ」

「ふっ、人が如何な備えをしようとそれら全てを打ち砕いていくのが嵐だ。言葉を返してやろう、貴様こそ私を討ち取れるとでも思っているのか?」

「愚問だな。俺たちはそれをやりに来てんだよ───『神約・終世の聖枝(ミストルティン)』!!」

 

 神代より伝わりし宝具の真名解放。

 オティヌスにとって致命傷となり得る黄金光が閃く。ただし、それはノアの手元からではなかった。

 オティヌスを取り囲むように四方八方から矢が放たれる。星屑の如き閃光はひとつひとつが必殺。掠りでもすれば、その瞬間に命を絶たれるだろう。

 矢が到達するまでの一瞬。それを切り取った刹那、嵐の王は一瞥しただけで逃げ場がないことを悟る。

 ならば風で吹き飛ばすか、否、

 

()()()()()()()

 

 嵐の王に付き従う一騎。青褪めた馬に乗り、疫病を引き連れた死の騎士がその声に応える。

 

「■■■■■■■■■■」

 

 彼の言葉には砂嵐のようなノイズがかかっていた。

 人間の理解の範疇を飛び越えた呪言。ペイルライダーの全身から瘴気が噴出する。それは病毒が可視化したものであり、ある種の死の具現だ。

 瘴気に触れたヤドリギは次々に枯死し、粉々になって崩れ落ちる。

 あらゆる致命傷を瞬時に回復するノアとて、それに触れればひとたまりもない。彼は舌打ちを挟みつつ、背を向けて逃げ出す。

 

「藤丸、プランBだ!! 囲んで殴るぞ!」

「はい! Eチームアッセンブルです!」

 

 立香の声が夜闇に響鳴する。

 冷えた空気を裂いて、現れるは三人の英雄。

 ダンテを除いたEチームのサーヴァントが揃い踏み、マスターたちはその後方に回る。彼らの盾たるマシュはオティヌスから片時も視線を外さずに告げた。

 

「別地点で待機していたモードレッドさんたちが到着するまで、時間がかかります。皆さんが来るまで持ち堪えましょう」

「『地点が予測できていたとはいえ、ここでワイルドハントと遭遇できたことはかなりの僥倖だ。なんとか時間を稼いでくれ!』」

 

 今回、Eチームは手勢を二つに分けた。それぞれの軸となるのはノアとダンテ。神殺しの枝を持つ者とあらゆる魂を高次元へ召し上げる宝具を持つ者。性質は違えど共に必殺の武器を有する二人を別々に据え、オティヌスの首を取る作戦である。

 嵐の王の破壊行為はリージェントパーク一帯を更地に変えたことからも分かるように、非常に広範囲に及ぶ。ワイルドハントの襲来を予測できたとしても、その正確な座標までは特定できない。

 どこに来るかも分からない襲撃に対応すべく、Eチームは戦力を二分したのだった。

 ワイルドハントに対抗するための苦肉の策。一度手を合わせたマシュだからこそ感じ取れる、オティヌスの力量。彼女とロマンの判断は堅実だ。

 ジャンヌは鼻で笑い、旗を構える。

 

「持ち堪える? 冗談でしょう。前回あんなにコケにされておいて、今更守りに入るつもりなんてさらさらないわ」

「それは今更とさらさらをかけた高度なギャグ?」

「立香、黙ってなさい」

 

 ペレアスは小さく笑って、前に踏み出す。

 

「ま、そういうことだな。何より耐えてるだけはオレたちの性に合わねえだろ。王様だかオティヌスだか紛らわしいが、ここではっきりさせとくのも悪くねえ」

「当たり前だ、やられっぱなしで引き下がれるか。雑魚は俺と藤丸で処理する。いけるな?」

「もちろんです! 私たちの底力見せつけてやりましょう!」

 

 漲るような戦意を向けられ、オティヌスは黒き聖槍に風を纏わせた。傍らに控えるペイルライダーもそれに倣って、瘴気を発する長剣を両手に顕現させる。

 両者の乗騎が低く嘶き、前脚で地面を掻く。

 相対する五人が身構えたその時、オティヌスはあらぬ方向に視線を飛ばした。

 星無き漆黒の夜空。ノアたちが遅れて違和感を感じたその瞬間、虚空に二つの巨大な燐光が灯る。追随して月光を遮るように濃密な魔霧が空に噴き上がり、甲高い駆動音を響かせる。

 天を突く鋼鉄の巨人。腕を動かすだけで大気が震え、一歩踏み出せば地上を平らにする。その頭部、二つの眼光の間に鎮座する鎧の男は高らかに命を下した。

 

「行け──アングルボダ!! 我が技術の粋を結集させて改造した決戦兵器! 全てを踏み潰し、オティヌスの首を取ってみせろ!!」

 

 砂塵を巻き上げながら、鋼鉄の巨人──アングルボダは疾走する。瓦礫が礫となって降り注ぎ、着弾して破裂した。

 その巨体が足を踏み出す度に地響きは強さを増していく。オティヌスとの激突に臨戦態勢を取っていたノアは肩を震わせて喚き散らす。

 

「なんだアレはァァァ!! 少しは世界観ってもんを弁えろ! こっちはスーパーロボット大戦やってんじゃねえんだよ!!」

 

 マシュは冷や汗を流して、

 

「リーダー、世界観を弁えないのはわたしたちEチームにも突き刺さる言葉だと思うのですが。脳天に鋭いブーメランが食い込んでます」

「いやいやいや、そんなこと言ってる場合じゃないでしょう! このままだとぺしゃんこになるわよ!?」

「落ち着いてジャンヌ。ジョースター家の伝統的な戦法を忘れたの?」

「……ってことは───」

 

 意図を察したペレアスは顔を引きつらせる。立香は満面に笑みを貼り付けて言った。

 

「そう、逃げる! あわよくばモードレッドさんたちとも合流して、フルメンバーで戦いに割り込めます!」

「それも俺たちが逃げ切れればの話だけどな。お前ら、足が千切れる準備はできたか?」

 

 ノアのおどけるような言葉に、全員は力強く頷く。

 オティヌスは遠ざかっていく背中に目を向けると、ペイルライダーに言付ける。

 

「白い魔術師──今回は引き際を弁える仲間がいたか。ペイルライダー、奴らを追え。名無しの女王の仇を討ってみせろ」

 

 それは戦士へのはからい。一度取り逃した相手との再戦を手向けにする、オティヌスからの褒美であった。

 しかして、ペイルライダーは何も言わない。彼はただ馬の手綱を引くと、腹を蹴ってノアたちの背を追った。砲弾の如き勢いで夜闇の向こうに去ったペイルライダーを見送り、嵐の王は小さく息を吐く。

 率いていた軍勢は鋼鉄の巨人に蹴り砕かれ、残るのは王ただひとり。だが、前座に過ぎない死者を倒したところでオティヌスが揺らぐことはない。

 

「アングルボダ……フェンリルを産んだ女巨人か。成程、確かに私を討たんとする者の名には相応しい」

「猛き嵐の王よ。人類の叡智たる機械の拳で貴様の五体を打ち砕いてやる」

「図体ばかりが発達して視力は衰えたか? ヒトが労した仕掛けを一掃するのが嵐だ。人間が自然を超えるなどという驕りの代償は貴様の命で払ってもらおう」

「それがおまえの慢心だ、オティヌス」

 

 会話に割り込む一刺しの声。

 オティヌスをアングルボダと挟むように、濃紺色の髪の男はその鋭い目つきを一層研ぎ澄ませた。

 嵐の王の黄金の眼光が彼を捉える。

 

「…………マキリ・ゾォルケン」

 

 名前を言い当てられたことにも動じず、彼は平然と言い返す。

 

「知識の神であるオティヌスの力か。もっとも、今は弱体化してその程度でしかないようだな」

「こんなものは手遊びに過ぎんよ。それとも勝機でも見出したか?」

「その必要はない。この状況こそが我らにとっての必勝だ……!!」

 

 ごきり、と骨が軋む。

 空気を入れた風船のように肉が膨れ上がり、内包する魂さえもが革命的な変質を遂げる。

 月にまで届かんとする禍々しき巨塔。

 無数の眼差しを漲らせ、第八位の魔神柱は猛った。

 

「我が名はバルバトス───あの方の偉大なる計画に貴様は不要だ! 故にここで潰す!!」

「ふ、見掛け倒しで終わってくれるなよ」

「ほざけ!」

 

 瞬間、魔力の暴風と隕石の如き鉄塊が嵐の王を襲う。

 建造物は跡形もなく吹き飛ばされ、衝撃波が地を舐める。振り落とされた鉄拳が地脈を打ち抜き、舞い上がる砂煙の中にオティヌスの影はあった。

 嵐の王の乗騎は当然のように空を蹴り、自在に宙を駆け巡る。

 それはさながら暗黒の彗星。

 怒濤の暴虐はしかし、彗星の尾を掴むことすらない。一陣の旋風と化したオティヌスは、虚空に槍の穂先を突き出す。

 空を埋める巨体とはいえ、その槍は標的には届かず。だが、風を支配下に置く嵐の王の刺突に間合いという概念は当てはまらない。

 豪風の大槍。空気が悲鳴を発し、不可視の矛先がバルバトスとアングルボダの体躯を打ち据える。

 オティヌスの超常の武技を受けてなお、両者の巨体は僅かに揺らぐのみ。耐久力に物を言わせて、息つく間もない連撃を繰り出す。

 天地を揺るがす轟音の最中、バルバトス───マキリ・ゾォルケンは言葉を紡ぐ。

 

「貴様は一体何が目的だ! 魔術王と手を結んだ知恵の女神の眷属であるなら、計画の一翼を担ってみせろ!」

 

 暴嵐を振るい、オティヌスは答える。

 

「まずは否定しよう。知恵の女神が魔術王と手を結んだ……それは間違いだ。あの女には何かを成す信念もなければ、体を突き動かす激情もありはしない。人理焼却が起き、気が向いたから動いたに過ぎない」

 

 迫る魔霧を気勢ひとつで払い除け、己を狙う鉄拳を回転するように躱す。伸び切った腕に槍を叩きつけると、少量の金属片が散った。

 

「もしくは、奴すらも気付かぬ原動力があったのかもしれないが───私の知ったことではないな」

「ならば、貴様は」

 

 アングルボダに搭乗するバベッジの問いに先回りする。

 

「嵐がモノを壊すことに理由が必要か? 私がワイルドハントの王として呼び出された以上、それは息をすることと変わらない」

「生命の樹を完成させることもそうなのか」

「オティヌスを名乗ったからには、その神格は取り戻さねばなるまい。できるからやっただけのこと。貴様ら人間もそうだろう」

 

 その言葉を聞いて、マキリ・ゾォルケンの心中に小さな激情の火が芽生えた。

 否、彼が憤懣を覚えたのは言葉に対してだけではない。

 嵐の具現たるオティヌスの振る舞い、その在り方。できるからやる、というだけで数多の魔術師が望み散っていった根源の一端に指を掛けようとしているのだ。

 今や人の枠組みを大きく飛び越えた魔神柱の肉体。人間の感覚では例えようもない思考回路で魔術を紡ぎ上げていく。

 この力自体は魔術王より下賜された魔神のもの。だが、それを操縦するのは紛れもなくマキリ・ゾォルケンだ。

 ダンテは変身の際に主導権を乗っ取られたが、彼と違って自らが納得済みの変身。

 肉体の形など意味がない。

 魔術で最も尊重されるのは精神だ。

 とうにこの身は蟲に侵されている。人間の範疇からは既に離れていた。目的のためならば、何もかもを捨ててみせるのが魔術師という生き物だから。

 

「逆に問おう。マキリ・ゾォルケン……貴様は一体何のために戦っている?」

 

 バルバトスの体表に群生する眼より放たれた光線。莫大な熱を伴ったそれを掻い潜り、オティヌスは問いかけた。

 

「決まっている───魔術王の偉業を完全にし、次なる計画へ歩を進めるためだ!」

 

 その時、オティヌスは初めて明確に感情を表した。短く息を吐くような笑い。そこに籠もる感情は失望と落胆、嘲り。

 荒れ果てた大地に嵐の王の黒馬が足をつける。

 

「私が予想した返答の中では最も下等だ。魔術師たる者がよもやそんな理由で戦うとはな。つまらん」

 

 激情の火が煽られ、急速に勢いを増す。

 下底から頂点に怒りが突き上げる。敵が戦う意味を認められぬのは彼もまた同じ。それどころか、オティヌスは厳密には戦う理由など持ってはいない。

 そんな者に、己を貶めされてたまるものか───!!

 

「っ、おおおおおおおおッ!!!」

 

 鋼鉄をも融解させる熱を秘めた魔力の波濤。

 光が歪むほどの風が黒き聖槍に集まる。陽炎の如く槍が曲がり、空気ががなり立てる異音が鳴り響く。

 全ての力を前方に。嵐の王は真空の一撃を放つ。

 

「───『風王鉄槌(ストライク・エア)』」

 

 熱波の中央が渦を巻いて屈曲する。

 二股に分かたれた熱風がオティヌスの周囲の瓦礫を跡形もなく蒸発させた。

 だが、この戦いは二対一。

 他方に気を取られれば背を討たれるは必定。

 嵐の王の頭頂目掛けて、機械の巨拳が振り落とされる。防御や回避を意にも介さない、圧倒的な質量の暴力。オティヌスとてまともにそれを喰らえば、成す術なく死に至るだろう。

 オティヌスは宙から一本の王笏を引き抜く。

 重厚な赤色をした金属の杖。それを掲げる。拳が触れようかという直前に一言、

 

eihwaz(エイワズ)

 

 鋼同士を強く打ち付けるような音が響き、頭上に一枚の障壁が展開した。

 アングルボダの拳は一枚の壁に阻まれて止まる。

 あらゆる物理的攻撃から自身を守る防御のルーン。ノアが好んで使うルーン文字でもあるが、その効果は彼のそれを遥かに凌駕していた。

 かの杖の名前はゲンドゥル。

 精霊の意味のガンドを召喚するとされる杖であり、オーディンの別名であるゲンドリルは『ゲンドゥルの使い手』という意味を持つ。

 まさにオティヌスが手にするに相応しき宝具であろう。が、その意味を察したのは魔術に通暁するゾォルケンのみであった。

 この地に破壊の傷跡を刻むという条件は達成されている。

 例えるなら、安全装置を外して撃鉄を起こし、弾を込め終えた拳銃。後は引き金を引けばソレは為される───!!

 

「さらばだ。魔術王の下僕。貴様らはただ無為に死んでいけ」

「させるか……!!」

 

 魔神柱の体内で編まれる超高密度の魔術式。其は一切合切を無に帰す焼却の論理だった。

 

「『焼却式 バルバトス』!!」

 

 万物を分解する破滅の光。

 正真正銘、全てを込めた一撃。

 それを迎撃するに足る手札は、オティヌスにはひとつしかなかった。

 

「『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』」

 

 無色と黒色。

 二つの極光が激突する。

 その力は全くの互角。空間がひしゃげて世界が白紙に戻る。けれども、その衝突は留まるところを知らずに加速していく。

 後は単純な力比べ。

 少しでも相手を上回った方が勝つ。

 ───勝てる。

 純粋な出力勝負ならば、魔神柱に負ける道理はない。

 オティヌスは規格外の強さを誇るものの、その存在はサーヴァントという枠に押し込められている。対するバルバトスはサーヴァント数騎分の霊基を宿している。

 次々と溢れ出る魔力をひとつの式に送り込む。

 絶頂にも等しい力の高まりを感じ、彼は既に失った手を伸ばすように目を細めた。

 視界が真っ白に閉ざされた瞬間、彼らの意識は邂逅する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、夢か幻か。

 白色の空間に彼らはいた。

 星幽体の交信か、強者特有の時間感覚の矛盾か。

 歯を剥き出しにして、彼は唸った。

 

「なぜだ───なぜ負ける!? 出力では私が完全に勝っていたというのに!!」

 

 オティヌスは静かに告げる。

 

「それは、貴様が負けたままで私と戦ったからだ」

 

 意図の読めぬ言葉。

 王は続ける。

 

「故に、貴様は私に勝てなかった。勝算とは得てして当てにならぬものだが……確率だけで言うなら私が敗北する可能性の方が高かっただろう」

 

 ならば、その勝敗を分けた差とは。

 ゾォルケンの脳はあらゆる記憶をひっくり返してその要因を探すが、思い当たるのはどれも唾棄すべき子どもの妄言に近いものだった。

 彼は喉を痛めつけるように、声を捻り出す。

 

「想いの強さなどという不確実な幻想が、勝負を決めたとでも言うのか」

 

 否定されることが前提の答え。

 オティヌスは一瞬の沈黙を挟み、

 

「……そこまで理解しておきながら、貴様は見誤ったのか」

 

 肯定され、ゾォルケンは噛み付くように言った。

 

「そんなことが、有り得るはずがない! 想いが力になるなどという理屈が通るなら、過去幾人もの魔術師が根源に辿り着いていたはずだ!!」

「随分と過大評価をしてくれたものだ。私如きを殺すことと根源への到達を同じにしてくれるな。それこそ魔術師の誇りが穢されるぞ」

 

 刺殺するような視線を向ける彼に、オティヌスは小さく首を傾けて、

 

「もう一度問うてやる。貴様はなぜ戦っている」

「魔術王の───」

()()だ、マキリ・ゾォルケン」

 

 遮り、続く言葉は彼の心臓を抉った。

 

「───貴様は、一体いつから()()()()()()()()()戦うようになったのだ?」

 

 冷水を浴びせかけられたみたいに、頭蓋が冷える。

 ……理想があった。誰にも止められないほどに燃え上がる、大願があった。

 第三魔法『魂の物質化』。

 魂とは物質界の上にある星幽(アストラル)界に属し、本来は永劫不変の存在である。肉体という器を得ることで物質界への干渉を実現しているが、肉体を得た魂はいつか必ず死ぬことが決定づけられてしまう。

 魂の物質化とは肉体という軛から解き放たれ、それのみで物質界への干渉を可能とする秘法。これによって、人間は不老不死となることができるのだ。

 マキリ・ゾォルケンはそれを追い求めた。

 いつの日かヒトが第三魔法を手に入れた時、人類種は進化し、この世に存在する全ての悲しみを取り除くことができる───そんな理想(ユメ)は、容易く踏み躙られた。

 人理焼却という大偉業を成し遂げた魔術王。

 魔術師であるなら、それがどれほどの大業か理解できぬはずがない。

 救うべきモノを焼き払われ。

 追い求めた理想は行き場を失い。

 そして、彼は魔術王の前に膝を折ったのだ。

 

「…………愚かだな、私は」

 

 あの理想は、誰かに踏み躙られた程度で止まるようなものだったのか。

 

「初めから、敵はおまえではなかった」

「ああ。貴様が真に戦うべきは私ではなく、魔術王だったのだ」

 

 その時点で、勝てるはずがなかった。

 どんなに強い力であろうとも、それを向ける方向が定まっていなければ意味がないというのに。

 

「───だが、まだ終わってはいない」

 

 本当の敵が魔術王だと言うならば、いつか彼と相対するカルデアを失ってはならない。オティヌスは彼らの行く手に立ちふさがる障壁のひとり。

 命脈を断つまでには至らずとも、手傷は負わせてみせる……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 荒涼とした風が吹きすさぶ。

 がしゃん、と黒い鉄片が地面に落ちた。

 その傍らには黒馬が無残な姿で倒れ伏し、低く嘶いて息を引き取った。オティヌスは膝をついて、その頬をゆっくりと撫でる。

 

「…………生温い一撃だったが───最後だけは私を上回ったか。賞賛を贈ろう、マキリ・ゾォルケン」

 

 オティヌスの顔面を覆う兜の表面に、深いヒビが入る。金属が耐え切れずに割れ、甲冑の下の左眼を露わにした。

 遥か頭上から声がかかる。アングルボダに搭乗したバベッジのものだ。

 

「これで勝負は振り出しだ」

「手傷を負った私ではそれの相手は難しいな。……だが」

 

 ぞぶり、とオティヌスは左の五指を左眼に突き入れた。うめき声も出さずに眼をむしり取ると、横合いにそれを捨てて王笏を足元に突き立てた。

 すると、地面に複雑な紋様が浮かび上がる。

 空を飛ぶ鳥は気付いたかもしれない。

 ロンドンに刻まれた十の紋章が繋ぎ合わさり、一本の木を象る。それこそは生命の樹。エデンの園に在りその実を口にした者に不老不死を与えると言われる樹の紋様であった。

 オティヌスは呟く。

 

「この意、この理に従うならば応えよ」

 

 生命の樹の魔法陣が輝きを失う。

 直後、オティヌスの左手に光球が現れる。その表面には紫電が這い回り、徐々に細長い光線へと形を変えていく。

 光が弾ける。

 くすんだ白銀の槍。トネリコを素材としたその造りは最低限の装飾が施されたのみで、凶悪な用途を見ただけで伝えるような無骨さを兼ね備えていた。

 穂先から石突にかけて刻まれた模様は、失われて久しい原初のルーン文字。絶大な神威を放つその槍は、必ず敵を貫き手元に戻る伝説の武具。

 必中必殺の神槍・グングニル。

 嵐の王はその槍を左手に携え、宣告した。

 

「この槍は狙った獲物は外さない。その身に刻め───『大神宣言(グングニル)』!!」

 

 神槍が手元から掻き消える。

 巨人の両腕を咄嗟に頭部に回し、本体であるバベッジを守った。

 アングルボダは五体から噴き出す魔霧の影響で、魔術的な防御力をも得ている。一度守りに入れば、オティヌスの『風王鉄槌(ストライク・エア)』をも難なく防いでみせるだろう。

 しかし。

 それを嘲笑うように、バベッジの心臓を槍が貫く。

 機体に傷はついていない。まるで最初からそこにあったかのように、グングニルは胸を貫通していた。

 

「な、に……!?」

 

 ──曰く、グングニルは〝正しい場所に止まったままではいない〟とされる。

 その語義は『揺れ動くもの』。

 

「グングニルはあらゆる時間と空間を超越する」

 

 それはつまり、どんな時のどんな場所にも存在できるということ。

 全ての空間に偏在するために、狙いを外すことはなく逃れることもできず。

 全ての時間に偏在するために、槍が放たれた瞬間より過去に敵は穿たれている。

 全次元を揺れ動き、標的を刺し殺す───これが、神槍の必中必殺のカラクリであった。

 が。

 生命の樹の術式によって神格を引きずり出し、サーヴァントの枠を一歩踏み越えたオティヌスだが、今振るった力は神の権能と呼ぶに相応しいもの。

 魔術の心得がない者にも目に見えて分かるほど、体に秘めた魔力が激減していた。立て続けに放てば、オティヌスは消滅するだろう。

 鋼鉄の鎧から鮮血が飛び散る。

 残った命の灯火。

 その使い道は、既に決まっていた。

 

「汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者……」

 

 喉からせり上がる血の塊を強引に飲み込む。

 アングルボダは本来、魔霧を吐き出す巨大魔術炉。機体の核は炉に埋め込まれた聖杯であり、大部分がバベッジが付け足した部品だ。

 故に、サーヴァントを呼び出す機能は健在。

 魔霧計画の三人が切り札と定めた英霊が、ここに降臨する。

 

「汝三大の言霊を纏う七天。抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ……!!!」

 

 そして、目も眩むような雷電が空を覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オティヌスの戦いが始まった頃。

 遠目からでもくっきりと視認できる巨体を眺めて、ダンテら作家三人組は肩を抱き合った。

 

「「「あっちにいなくて良かった〜〜!!」」」

「喜んでる場合じゃねーよ!! むしろハズレくじだ! くそっ、オレがペレアスの野郎に遅れを取るなんて有り得ねえ!」

 

 モードレッドは頭を抱えて嘆いた。フランケンシュタインは呆けたような顔で提案する。

 

「それじゃあ、もういっかい、にんげんロケットで……」

「あんなこと二度とやってたまるか! お前ら行くぞ、ついてこい!!」

「しっかり守ってくださいよ!? 私たちは実は一回刺されただけで死にますからねえ!!」

「むしろ、にんげんならそれでしんでおくべきなのでは……?」

 

 モードレッドとフランケンシュタインを先頭にして、彼らは遠景に見える巨人と魔神柱を目指して走った。

 辺りにはヘルタースケルターやホムンクルスが散らばっている。皆一様に機能が停止しており、無残な損壊を受けていた。おそらくはオティヌスの戦いに巻き込まれたためであろう。

 壊れた道を走る途中、彼らは濃霧に見舞われる。

 瞬時に全員が理解した。先日の報告にあったジャック・ザ・リッパーの能力。サーヴァントですらも影響を免れえない硫酸霧であると。

 最も速く反応したのはモードレッド。天性の直感を働かせ、半ば無意識的に剣を振るう。

 振り下ろす軌道の斬撃は半身を引いて躱される。追撃が入る前に暗殺者は霧の中に姿を消した。

 モードレッドは舌打ちする。

 

「この状況で一番厄介な奴が来やがったか…! 仕留めるぞ!」

「まっはで、おわらせる!」

「──いえ、お二人は先に行ってください。彼女は私たちで対処します」

 

 ダンテはキメ顔でそう言った。

 アンデルセンとシェイクスピアは血走った目を彼に差し向ける。

 

「俺は付き合わんぞ。殺人鬼がいるかもしれないのにこんなところにいられるか」

「吾輩も金魚にエサやりをしないといけないので……」

「ちょっ!? 上手いこと逃げようとしてもそうはさせませんよ! 前回アンデルセンさんも〝奴が何を抱えているのか問うてみる必要がありそうだ〟……とか言ってたじゃないですか!」

「人間は過去を忘れる生き物だ。そんな発言はとうに記憶から消した!」

 

 そんなことを言っている間に、モードレッドとフランケンシュタインは霧の向こう側に歩を進めていた。二人は大きく手を振りながら、

 

「後は任せたぞ! お前らの死は無駄にはしねえ!」

「みんなのこと、ぜったいにわすれないからっ……!」

「おい待て勝手に死んだことにするな! 俺たちも連れて行けええええ!!」

「聞いてください、アンデルセン」

 

 追い縋ろうとするアンデルセンを、ダンテは言葉で引き止める。

 彼はいつになく真剣な表情をして、言い諭す。

 

「私は政争に敗れ故郷を追放されました。何よりも苦しかったのは愛する子どもたちまでもが巻き込まれたことです。何の罪もない幼子が悲しむ世界など見たくない。どうか、彼女を救う手助けをして頂きたいのです」

 

 取り繕わぬ本心の吐露。

 シェイクスピアは緩やかな笑みを浮かべ、確かめるように問う。

 

「ジャック・ザ・リッパーは五人の娼婦を殺害しました。これは罪に当たるのでは?」

「──もし、天使のように純粋な存在がこの世に堕ちてきたとしたら。その子はきっと悪事を成してしまうことでしょう。善悪の概念とは社会集団の中で形成されるもの……それを知る機会がなかったであろう彼女を責めることは、私にはできない」

 

 大抵の子どもは善人でも悪人でもない。

 彼らとて人間、何もかもが綺麗な存在であるはずがない。それでも、物を知らぬ幼子の愚かしさを追及する大人は少ないだろう。

 なぜなら、それは彼らに何も教えることができなかった大人の責任でもあるからだ。

 これは果たさなければならぬ責務。

 アンデルセンが口を開こうとした瞬間、白刃が宙に躍る。

 冷たい刃が首に滑り込む寸前で、ダンテは転がるようにそれから逃れた。高い直感を有する彼だからこそできた回避。しかし、いくら反応が良かろうと戦闘を生業とする肉体ではないが故に完璧な回避とはならなかった。

 左の首の付け根から鎖骨にかけて、浅からぬ傷が走る。

 

「優しいんだね、お兄さんは」

 

 どくりと溢れる血を右手で押さえながら、ダンテは立ち上がった。

 

「でも、それが何になるの? 世界はこんなにも醜いのに」

「それは違う。世界は何物でもない。醜いのは人類です」

「そんなの、言葉を変えただけで何も違わない」

「そうかもしれません。ですが、人類には変化する余地が残されている。これは私たちに与えられた限りなくか細い希望です」

 

 ぎぢ、と歯の音が軋む音がした。

 

「じゃあ、わたしたちは永遠に救われないってことじゃない───!!」

 

 力任せに繰り出される斬撃。

 血とともに右手が飛ぶ。

 アンデルセンは欠けた右腕をベルトで縛りながら言う。

 

「──脚本ができた。やるぞ」

 

 その様を見て、シェイクスピアは表情を崩した。

 

「〝楽しんでやる苦労は、苦痛を癒やすものだ(The labor we delight in cures pain. )〟……ここまでの覚悟を見せられたら、吾輩も手伝う他ありませんね。劇の幕開けとしましょう」

 

 ──世界が閉じる。

 

「『開演の刻は来たれり、此処に万雷の喝采を(ファースト・フォリオ)』」

 

 劇の主演はジャック・ザ・リッパー。

 これは、彼女が内包するいくつもの過去、そのひとつの再演であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は、あたしのために金を稼ぐのよ。そのために産んでやったんだから」

 

 顔に布を巻いた女はそう言った。

 18世紀後半から始まった産業革命が行き渡り、イギリスは19世紀のヴィクトリア朝に爛熟期を迎えた。後の世も続く植民地の争奪の戦いにおいて抜きん出たことで、英国はかつてない栄華を築き上げたのである。

 だがその一方、庶民の暮らしは悪化していった。

 子どもや婦人までが炭鉱に駆り出される労働問題。前時代とは比較にならぬほどの生産力を得た英国社会の富は、労働者に回されることはなかった。ロンドンのイーストエンドには貧民街が形成され、売春と犯罪が横行する。

 彼女は、そんな場所に生を受けた子どものひとりだった。

 昼でもなお暗い霧の都ロンドン。

 多くの人が肺を病み、医者にかかれず死んでいく。

 

「…………うん」

「分かったならさっさと行きな。今が稼ぎ時なんだ」

 

 母親は春を売ることを生業とする女性だった。

 けれど、当時不治の病であった梅毒に罹患し、唯一の仕事も失ってしまった。鼻は欠け落ち、背中をびっしりと膿疱が埋め尽くす。傍目にも永くないことは明白だ。

 いつこの人が死ぬのか、それだけを考える人生。最初に得た感情は憎悪と苦痛。手を下すまでもなく、母親は梅毒に有効とされていた水銀を高値で買い、衰弱死を遂げた。

 ───この世は、地獄だ。

 そう思ったのは、母親の死体を川に捨てる時。夜闇と霧に紛れて、幾人もの子どもが自分と同じように亡骸を冷たい水の底に放り投げていた。

 いずれ自分もこうして死ぬ。そんな折、彼女はロンドンの路地裏で金属でできた小さな十字架を拾う。

 人に死後の幸福を確約する救世主の象徴。

 それをささやかな誇りとして、彼女は生きた。

 終わりは唐突に。

 

「お前のようなゴミが、天国に行ける訳がないだろうがっ!! 人の物を盗みやがって!」

 

 ああ、しまった。

 痛みに揺れる脳で思う。

 今回の客を取ったのは失敗だった。

 命の終わる時が来たのだと、ぼんやりと確信する。

 握り締めていた十字架がこぼれ落ちる。男はそれを奪い取ると、何度も何度も拳を振り下ろした。その衝撃に、視界が赤黒く停止してしまう。

 今際の際、聞いた言葉は。

 

「地獄に落ちろ」

 

 ───救いの余地はどこにもなく。

 生きるためには何でもした。罪を重ね続け、死後の幸福は閉ざされた。

 世界が、人間が、こんなにも醜いというなら、その救いは死んだ後にしかないのに。

 故に世界よ呪われろ。

 この怨嗟が、お前らにとっての死とならんことを願う。

 そして、次に目を開けた時。

 透き通る空気。煌めく太陽を取り囲むように天使が飛び回り、清浄なる光が世界を照らす。

 天上の薔薇。

 神の坐す至高天。

 柔らかな雰囲気の女性に抱き止められ、彼女は、ジャック・ザ・リッパーは思った。

 

「……本当に優しいんだね」

 

 密やかな眠気。

 柔らかい死の気配が、ジャックを包む。

 

「せめて虚構の中だけでは、あなたは安らかに眠るべきです。こんなことをしても無意味というのは理解していますが───」

「そうだね。結局、わたしたちは憎悪に塗れて死んでいったから」

 

 だから、と彼女は手を差し伸べた。

 

「見せてよ。あなたの望む世界を」

 

 ぞわりと漆黒の瘴気が差し伸べた手を黒く染める。

 それは彼女が抱える無数の怨嗟。絶望のままに死んだ子どもと世に出てすぐさま命を絶たれた嬰児たちの嘆きであった。

 物質化するほどの呪い。如何に天国であろうとも、直接触れれば蝕まれるのは避けられないだろう。

 

「ええ、共に行きましょう。我が旅路の果てへ」

 

 しかし、彼はその手を迷いなく握った。

 呪いが右手に移る。皮膚から肉に浸透し、骨を染めていく黒き怨み。彼の右手は墨を塗ったようになり、痛みも忘れて穏やかに微笑む。

 

「……おやすみなさい」

「──うん」

 

 少女が頷いた時、彼は意識を埋没させた。

 本来、自己のみで簡潔する魂に他者の魂が流れ込んだ影響だろう。その失墜は抗い難く、倒れ込むようにダンテは意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───夢を見る。

 否、その表現は妥当ではない。

 サーヴァントは夢を見ない。であるならば、これは自分が契約しているマスターの記憶を覗いていると解釈すべきだ。

 つまり。

 

(これは……ノアさんの記憶?)

 

 夢の共有は両者が意識を失っていなければならない。ということは、彼の身に何かがあったのか。

 ダンテの目には、そこは暗い地下牢のように見えた。明かりは乏しく、生活用品の類も簡素。背丈は低く、今のノアの腰辺りまでしかなかった。

 これは彼が幼い頃の記憶なのだろうか。

 そんな思考をしていると、固く重い扉が開く。

 僅かな光とともに白い髭を生やした老人が左手に何かを持って入ってくる。彼は扉を閉ざすと、それを幼いノアの足元に叩きつけた。

 目の光を失った、白い体色の子犬。その毛並みはおびただしい血に染められ、短い舌をだらりと放る。

 子犬の無残な死体を見せつけて、老人は物々しく口を開く。

 

「外界に出るなと何度も言ったはずだ、ノアトゥール。穢れ多きあの場所に足を踏み入れるから、こうなる」

 

 ノアは何も言わない。

 ただ眉根を寄せて、老人を睨みつける。

 

「ましてや、外の存在と関わりを持とうとするなど言語道断。お前の神秘が薄れる。であるならば、こうして繋がりを断つしかない」

 

 枯れた声でノアは言い返した。

 

「犬に神秘が理解できる訳がない。神秘が薄まるのは人間が知った時だけだ」

「……お前はこのような下等生物に手をかけている暇などない」

 

 老人は言う。

 タブーとは決して邪悪なものに対してだけではなく、その逆である聖なるものに対しても適応される決まり事だ。

 触れてはいけない、見てはいけない、訪れてはいけない───神道に穢れという概念があるように、近寄ってはいけないものは確かに存在する。

 すなわち、それがノアトゥールという少年だった。

 なぜなら、

 

「お前は我らが一族に生まれた特異点。天才と呼ぶのも生温い才能と、平均を遥かに超える魔術回路を宿した突然変異だ。その魔術の腕は300年を生きた私を優に超えている。その白い髪と青い目は一族の者にはない身体的特徴。お前こそが我らを不老不死に導く者であり、いつの日か復活すると言われた無敵の神の生まれ変わりに違いない。純白の美神の生まれ変わりたるお前が、他の穢れたモノに触れるなどあってはならないことだ」

 

 ダンテは思わず拳を握り締める。

 唾棄すべき賞賛。

 耳に障る美辞麗句。

 老人は、彼を人間としては見ていなかった。

 

「私とてこんなことはしたくもない。二度と外には出てくれるな。いいな、ノアトゥール……いや────」

 

 暗く落ち窪んだ瞳を歪めて、彼の名を呼んだ。

 

「───……()()()()()

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