自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録 作:なまゆっけ
全ての発端は、カルデアスが色を失ったことであった。
地球の魂の複製であるカルデアスは、常に青い光を灯している。カルデアスの光は人類文明が存続しているという証なのだ。
しかし半年前、唐突に文明の明かりは消えてしまう。それが意味することは、言うまでもなく人類史の終焉。2016年を区切りに全ての文明が滅亡すると宣告されたのである。
当然、カルデアは原因究明に力を尽くした。その末に発見したのが、2004年の冬木。だが、誰もが疑問に思った。極東の島国の、さらに一地方都市。そんな場所が滅びの原因であると考えられるだろうか、と。
「調査を重ねた結果、2004年のこの冬木市で特殊な聖杯戦争が行われたことが分かったわ。本来は一般人にも市街にも被害を与えることなく終わったはずなのだけれど、特異点の発生で結果が狂ったと考えるべきね」
ノアがペレアスを召喚した後、一行は冬木市内の調査に移っていた。サーヴァントが増えたことで格段に効率が上がり、危なげなく任務を遂行できている。
その間、所長はEチームのマスターたちに対して、特異点F調査計画の発端から説明していた。説明会に参加していた立香はその内容を知っているはずなのだが、寝ていたので覚えているわけがなかった。
「「話が長い」」
「こ、このアホマスターどもは……!! いい、この特異点を発見するまででも色々なドラマがあったんだから! ドキュメンタリー映画一本は楽勝で作れるわよ!?」
今日何十回目かの怒り顔をするオルガマリー所長。オタクと一般人が同じコンテンツの話をしても、熱量に差がありすぎて伝わらない現象の好例である。
とはいえ、Eチームの頭脳でも話の要旨は理解できる。ノアは呆れた顔をしながら、話をまとめた。
「要は特異点発生の原因が聖杯である可能性が高いってことだろ。だったら街中を調べるのは無駄だ。俺なら人目につかない場所に隠す」
「…………リーダー、普段からそうしてくれると先輩もわたしも助かるのですが」
「マシュの言う通りですよ。リーダーの素行のせいでどれだけEチームの評価が落ちたと思ってるんですか」
立香に図星を突かれたノアは、ぴきりと青筋を立てた。
「藤丸、おまえにだけは言われたくねえ! 説明会で爆睡してビンタ食らうような奴にはな!! せっかくシリアスムード出そうとしてたのに台無しじゃねえか!!」
「あの時は、時差ボケとか旅の疲れとかその他諸々で人生最大の睡魔が襲ってきてたんです! そもそもその前に面接で所長を怒らせたのはリーダーじゃないですか!!」
「醜い責任の押し付け合いが始まりましたね……人間ああはなりたくないものです」
彼らの頭の中からは、ここが危険な場所であるということはすっぽりと抜け落ちていた。
見れば見るほど馬鹿な連中に守られているという事実に、所長は頭を抱えた。レフも草葉の陰でこの状況を哀れんでいるに違いない。この状況で少しでもまともそうなペレアスに視線を投げると、
「いやアレ
なんだかよく分からないことを口走っていた。じっとりとマシュを見つめるその姿は 、所長からすれば変態にしか見えなかった。
だが、ここで挫ける所長ではない。この程度の窮地はいくらでも乗り越えてきたのだ。必ずやEチームの手綱を取り、帰還してみせると意気込んだその時、ロマンから通信が入る。
「『みんな、注意してくれ! サーヴァントの反応が接近している! 数は3、北東にひとつと南西にふたつだ!』」
切羽詰まったロマンの声を受け、和らいでいた空気が一気に緊張する。
この場において、対サーヴァント戦を経験した者はひとりとしていない。加えて、数の上でも遅れを取っている。所長の判断はほとんど撤退の選択肢に傾き掛けていた。
しかして、サーヴァントの追跡を受けながら探索を行うのは至難の業だ。襲撃の度に逃げていてはジリ貧になるだけだということも、所長は理解していた。
立香は眉を眉間に寄せながら、提案する。
「──戦いましょう。逃げていてもどうにもなりません。ですよね、リーダー?」
「ああ、南西の二体は俺とペレアスで引き受ける。危なくなったら呼べ」
「心配いらないですよ。私とマシュが揃えば向かうところ敵なしですから! ねっ、マシュ?」
「はい、相手から来てくれているのですから、後は見て勝てばいいだけの話です」
立香たちの位置から南西に数百メートル離れた地点。ノアとペレアスは、二体のサーヴァントと邂逅する。
一方は長い鎖の両端に短剣を取り付けた武器を得物とする長髪の女性。もう一方は髑髏の仮面で顔を、黒いローブで体を隠した英霊であった。
そしてなぜか、彼らの姿は黒い霧に包まれていた。体や着衣の表面にも濃い影がへばりついている。まるでこの世界からそのカタチだけを黒くくり抜いたかのような異質さを感じ、ノアは眉をひそめた。
じっと目を凝らして敵を見つめる。
──確かに、サーヴァントに近い反応ではある。しかし。霊基が破損しているのか、何かに汚染されているのか、はたまたその両方か。とにかく、純正のサーヴァントに対して、彼らは一歩及んでいない。
ノアは二体の敵に向けて指を差す。
「ペレアス。この程度余裕だ、一秒で片付けろ」
「待て、一秒は流石に無理だ十秒にしろ。というかここは多めに言っといてオレにカッコつけさせるところだろうが」
「うるせえ、剣からビーム出せばあんな奴ら瞬殺だろ」
「剣からビーム出すような連中と一緒にすんじゃねえ! オレは真っ当な剣士だ!」
煽るようなノアの発言に、二体のサーヴァントが反応することはなかった。そもそも意思疎通を図ることすらできないのだろう。
ノアの言葉に偽りはない。いくらサーヴァント並のスペックを持っていたとしても、英霊の意識がないのなら脅威度は格段に下がる。
新人のパイロットが戦闘機に乗った場合と熟練のパイロットが戦闘機に乗った場合。どちらがより機体の性能を引き出せるかと言えば後者だ。
開戦の火蓋を切ったのはノアだった。
右手の指先に魔力の光が点灯する。流れるような速さで空中にルーンを刻印し、それを唱える。
「
最初に炎の波が地面を舐めるように迸った。範囲が広いとはいえ、それを躱すことは容易。空中に飛び上がり、難なく回避する。
次に襲い掛かったのは鋭い氷の弾丸。雹の如く降り注ぐこれも、鎖に阻まれ短刀に撃ち落とされ、一発として到達することはない。
程度にもよるが、魔術師の攻撃はサーヴァントからすれば脅威にはなり得ない。悠々と初撃を迎え撃った二つの影は、攻撃に意識を傾け───
「……
───ノアが背中に隠し、左手で描いたルーンを見落としていた。
瞬間、雷撃が落ちる。雷神トールの
二体の明暗は一瞬の内に分かたれた。長髪のサーヴァントは直撃を受けても、傷ひとつ受けていない。
対して、髑髏の仮面は地面に叩き落とされ、肉体を上手く動かせないでいる。魔術に対する耐性の差が、彼らの命運を分けたのだ。
その隙はまさしく致命的。背後に回ったペレアスの刃が首元を刈り取った。
髑髏の仮面も英霊のひとりだ。僅かに残った英雄の矜持か、死に際にペレアスに向けて短刀を投擲する。
「お前とは、真っさらな状態でやり合いたかった」
その一投は彼には届かない。短刀の切っ先は剣の柄頭で受け止められていた。
黒い影が闇夜に溶ける。同時に、鋭い剣閃がペレアスの首筋と膝裏を狙う。
通常あり得ない角度からの二面攻撃。鎖を巧みに操った、英霊の名に恥じぬ技だ。
けれど、ペレアスも伝承に名を残した英霊だ。生前幾度となく潜ってきた死線に比べれば、その攻撃は温いとすら言えるほど。
膝を狙った短剣を足で踏み付け、その場に固定する。首への一撃は、顔をそらすことで回避した。伸び切った鎖を剣に巻きつけることで無力化する。
距離は互いに目と鼻の先。窮した影のサーヴァントは徒手空拳に移行するが、それより速くペレアスの一撃が敵の顔面を打ち据える。
「──!!?!?」
彼女には何が起きたか理解することすらできなかった。振りかぶったのはほぼ同時。故に攻撃が到達するのも同時でなくてはおかしい。否、単純な敏捷力で言えば自らが上回っていたはずなのだ。
その答えは、ペレアスの左手にあった。握られているのは剣の鞘。これによって生まれた間合いの差が、そのまま勝敗の差となったのである。
剣を心臓に突き立てる。その女は、自らの名を知らしめることもなく、霧散した。
ペレアスは剣を鞘に納めると、何かを振り払うように声を張り上げる。
「どうだ、見たかオレの華麗な剣術を!! ビームなんて無くてもオレは強い!!」
「どこが華麗なんだよ。勝てれば何でも良い我流の型じゃねえか」
「黙れ、お前が女ならオレに惚れてた」
「抜かせ、俺が女なら警察に通報してた」
「おいやめろ惚れた女に何回も騎士を差し向けられたトラウマを刺激するな」
「……心にいくつ古傷持ってんだよ」
一方、立香とマシュの戦場。
彼女らが対峙したサーヴァントは、僧侶の風体をした英霊であった。大矛を棒切れでも扱うかのように軽々と振り回し、目にも止まらない連撃を繰り出す。
斬撃と打撃を織り交ぜた攻撃の数々は、影に汚染された身であっても陰りを見せない。
褒めるべきはマシュだろう。彼女は大盾を構え、危うげながらも攻撃を防ぎ切っている。死と隣り合わせの戦いを知らなかった少女が、こうもサーヴァントと渡り合っているのだから。
だが、戦況は良いとは言えない。守勢に回っているだけでは敵は倒せないのだ。
(だから、リーダーはセイバーの召喚を狙ったんだ。マシュには足りない攻撃の手を補うために)
彼らはここにいない。いずれにせよ耐えていれば、ノアとペレアスは必ず勝って戻ってくるだろう。立香はそれを当てにするつもりはなかった。
敵のサーヴァントに指を差し向け、ガンドを放つ。
呪いの黒弾は過たず敵を捉える。が、皮膚に触れた途端に呪いは弾け飛んだ。敵の身には何ら痛痒を与えられていない。
「あれ、効いてない!?」
「サーヴァントの対魔力よ! 魔術は効かないと思いなさい!」
「所長…分かりました、ありがとうございます!」
その時、一際大きい刃金が鳴り響いた。
マシュは立香の前まで後ずさり、
「先輩、このままでは千日手です。何か作戦などはありますか?」
「……うん、ひとつだけ」
立香は小声で作戦を伝える。それを聞いて、マシュは驚いたような顔をするが、すぐに表情を引き締めた。
「──行きます!!」
マシュは後ろ手に盾を携え、一直線に突撃する。
完全に防御を捨てた構え。それ故に、この後マシュが取るであろう行動を読むのも容易かった。
前のめりになるほど全身を使って大盾を投擲する。敵サーヴァントは低く体勢を屈めてそれを躱し、えぐり上げるように矛を振るう。
体勢を崩したマシュにそれを避ける余裕はない。
「緊急回避! 瞬間強化!!」
筋力と敏捷。マシュはその爆発的な激成を受け、斬撃の寸前で踏み止まった。しかし勢いは殺さず、無我夢中で蹴撃を繰り出す。
その一撃は、霊核を打ち抜いた。
サーヴァントにとっての急所を破壊された僧形の男は、地面に膝をついた。一陣の風が吹き、砂像のように塵となってその体は消えていく。
それを見届け、マシュは糸が切れたように座り込んだ。
「か、勝てた……これでリーダーにマウントを取られずに済みますね」
「そうだね! もしリーダーの力を借りたら、一生ネチネチ言ってきそうだし……」
「あ、アナタたちも大変なのね……」
初の対サーヴァント戦で勝利を収めたにも関わらず、なぜか雰囲気が落ち込んでしまう。どこまでも質の悪い男である。
「ところでマシュ、アナタ宝具は使わないの?」
「いえ…使えないのです。わたしに力を預けてくれた英霊は、自分の真名も宝具の名も告げずに消えてしまいましたから」
「そんなはずがねえ。英霊が英霊である限り使えるのが宝具ってやつだ。オレの見立てでは魔力が詰まってるだけだな」
不意に割り込んできた声。三人がその方向に振り返ると、青いローブを纏った男がいた。杖を手にし、如何にも魔術師然としている。
一目見て、彼女らはそれがサーヴァントであることを理解した。
所長はカルデアに連絡を繋ぎ、掴みかかるように叫ぶ。
「……ロマニ? サーヴァントの反応があるなら教えなさいよ!!」
「『ひいいいいいい! ごめんなさい! 気付いてなかったんです!!』」
「あー、言っとくがオレは敵じゃねえ。むしろ協力者だ」
果たして信じさせる気はないのか、なんとも軽いノリで言葉を吐く魔術師。所長は彼を睨めつけた。
「わたしたちが簡単に信じるとでも?」
「アンタが信じるかどうかはオレが決めることじゃねえ。ただ、オレは大聖杯の場所を知ってる。そう悪くない条件のはずだが?」
「至れり尽くせりじゃないですか! 是非手を組みましょうよ! この人は良い人な気がします!」
「その心は?」
「勘!!」
という訳で。
「オラオラァ! 逃げてるだけじゃ宝具使うなんざ夢のまた夢だぞ!!」
「こ、この人頭がおかしい……リーダーよりスパルタなんですが!?」
マシュは地獄の特訓を受けていた。魔術師と手を組むことになったカルデア一行だが、大聖杯を目指す前に宝具の問題を解決する必要があった。
宝具とは英雄を英雄たらしめる奇跡の象徴であり、俗な言い方をすればサーヴァントの必殺技である。その効果は等しく強力無比。そのため、サーヴァントとの戦いにおいて宝具を使えないというのは、大きなハンデになるのだ。
だからこそ、マシュの特訓を否定する者は誰もいなかった。特にノアは食い気味で賛成した。その際、マシュの恨めしげな視線が彼に向けられていたが、気にする素振りすら見せなかった。
マシュを除く一行は、その様子をただ見守ることしかできない。
「あの人はどんな英雄なんでしょうね、リーダー。槍が欲しいとかぼやいてましたけど」
立香はノアに話を振るが、その返事が返ってくることはなかった。
ノアはひたすらに、青い魔術師の戦いを凝視していた。ただ眺めるのではない。その戦いから、まるで何かを探り取るように見つめている。
彼らが主に使用する魔術。それはルーン魔術だ。大神オーディンがかつて手に入れた原初の文字。見れば、青い魔術師はルーンを刻むことで戦っていた。
神秘は古いほど強い。同じルーン文字であっても、両者が扱う魔術には大きな差がある。すなわち、ノアはこの戦いからルーンの真髄を学び取ろうとしているのだ。
立香は魔術には疎いが、それがどれほど重いものであるかは理解している。
「あ…ごめんなさいリーダー。邪魔しちゃいました」
「いや、良い。聞こえてる。本職が槍使いでルーンも使える英雄だろ。複数のクラス適性を持つってことはかなり高名な英雄だ。可能性があるとしたらクー・フーリンだが、正直合ってる自信は無い」
「自信がないって、リーダーらしくないですね。どうしてなんです?」
「ルーン文字はゲルマン人の文字だが、クー・フーリンはケルトの出身だ。ケルト人はオガム文字を使う。……まあ、時代の流れの中で互いの文字が持ち込まれることはあるがな」
そう、ルーン文字とクー・フーリンは源流を異にしているのである。ゲルマン人とケルト人では信仰も異なる。
ただし、サーヴァントとはクラスに当てはめて、英雄の一側面を具体化したものだ。クー・フーリンといえば
そう締めくくると、ノアは立香に鏡を手渡した。それを受け取り、覗き込んでも何ら変哲のない鏡に過ぎない。
「……絶世の美少女が写ってますね」
「アホか、自分の顔色見てみろ。血の気が引いてるだろうが。所長のところ行って休んでこい」
「でも、マシュが頑張ってる手前そんなことできませんよ」
「違うな。おまえがここで突っ立っててもキリエライトが宝具を発動できるとは限らない。マスターあってこそのサーヴァントだ、大人しく寝てろ」
立香はしぶしぶと所長のところに行く。幸い物資は潤沢だ。ロマンの指示を受けて休んでいれば、回復は早いだろう。
そこで、霊体化していたペレアスがノアに声をかける。
「おい、少し面貸せ」
「ビームのことまだ気にしてんのか?」
「違えよ。お前自身に関することだ、来い」
彼らは離れた場所に移動する。ちょうど開けた広場に辿り着くと、ペレアスは剣を引き抜いてノアに突きつけた。
抜き身の剣を人に差し向けることは、冗談では済まされない。張り詰めた空気のなか、切り出したのはペレアスだった。
「言っとくが、円卓で一番長生きしたのはオレだ。死んだ人間はそれこそ数え切れないくらい見てきた。その上で言う、お前の目は死のうとしてる奴の目だ」
ノアは笑いも怒りもしなかった。口を閉じ、視線を剣の表面に這わせる。その沈黙は、紛れもなく肯定の意を表していた。
長く短い時間、ノアは黙り込んでいたかと思えば、呟くように口を開く。
「……根拠が薄いな」
「全く薄くねえよ。オレの人生の厚みナメんな。いいか、お前はまるで背負うものがないかのように、傍若無人に振る舞いやがる。それがオレには鼻持ちならねえ。お前が戦う理由は何だ? 本音で話せ」
それを聞くまで剣を退かすつもりはない──ペレアスの澄んだ瞳は、そう語っていた。
彼は円卓の一員として、数々の戦場を経験した最高峰の剣士だ。目にした死は敵味方問わず千や二千を軽く超えているだろう。
戦地で死ぬ人間は二つに分けられる。背負うものの重さに押し潰された者か、背負うものの重さを忘れた者だ。そういった人間は、死の重圧から解放され擦り切れるまで自壊し続ける。
ペレアスが戦う理由を問うた訳。それはノアに背負うべきものを思い出させるためであった。
「そうだな──おまえの言うことは
右手で剣を掴む。皮膚が切れ、白い手袋を赤に染めていく。
「八年前、俺は家の人間全員を殺して旅に出た。行き着いた先がカルデアだ。俺が戦う理由? そんなのは単純だ」
ノアは言う。
「
それは、ペレアス以外の誰も知ることがない本音。ノアトゥールという男が背負う真実であった。
横になる立香に、ノアはいきなりやってきて、
「あいつに宝具を使わせる方法を考えた」
「やります!」
跳ね起き、聞かれるまでもなく同意する。そこに一切の疑いもなければ嘘もなかった。
一方、マシュは息も絶え絶えに盾を持ち上げていた。魔術師が撃ち出す炎を防いでも、宝具を発動する兆しは全く見えない。
体力、気力共に極限まで使い果たしている。そんな相手にも、青い魔術師は遠慮することはなかった。
それどころか、周囲の魔力がかつてないほどに練り上げられていく。純粋な炎が燃え上がり、樹木がのたうつ様は神々しさすら感じさせる。
「我が魔術は炎の檻、茨の如き緑の巨人。因果応報、人事の厄を清める社」
宝具の詠唱が高らかに興じられる。
青い魔術師が有する最大最高火力の必殺技。
火炎で身を焦がした樹木の巨人が立ち現れ、腕を叩きつけるように振り下ろす。その直前だった。
「あっ、あんなところにミキプルーンの苗木がある〜!」
大根役者の三文芝居をしながら、立香がふらふらと巨人の前を横切ろうとする。
「
「倒壊するはウィッカーマン! 善悪問わず土に還りな──! 容赦はしねえ! 『
知性なき巨人に攻撃を止める選択肢はない。マシュは咄嗟に立香の前に躍り出て、盾を突き出した。
守り切れなければ、諸共殺される。
先程のサーヴァント戦とは違う、他人の命を背負う感覚にマシュの手は震えた。
(……死ぬ。殺される。守れない──守りきらなきゃ)
体感時間が引き伸ばされ、脳内を無数の感情が駆け巡る。
宝具は英霊の偉業の具現。人々の願いの結集体。事ここに至り、マシュはその真髄を思い出した。
(──ああ、そうか)
なるほど、こんなに簡単なことはない。
自分がいま最も望むこと。
それを表現するだけで良いのだから。
「先輩を、守ります!!」
瞬間、白い光が解き放たれる。複雑な紋様を為したそれは巨大な円盾と化し、燃え盛る巨人の腕を押し留めた。
次第に腕は崩れていき、遂には全身にまで崩壊が及ぶ。マシュは青い魔術師の宝具を防ぎ切ったのである。
立香の顔がほころび、喜色を露わにする。だが、当のマシュは目に見えるほどの怒りの炎を纏っていた。吹雪のように冷たい声で彼女は言う。
「先輩、リーダー、わたしの前に座ってください。今すぐ」
「絶対やだ」
「俺は悪くない」
「どちらも弁解の余地なく重罪です!大人しく裁きを受けてください!!」
ギャーギャーと喚きながら逃げる立香とノアを、マシュが追いかけ回す。もちろん走力でデミサーヴァントに勝てるわけがないため、二人は即座に制裁をくらうことだろう。
一部始終を見ていた所長とロマンは、安堵のため息をつく。
「『所長。マシュの宝具の名前、どうします?』」
「……『
「『ロード・カルデアス……、いやあ、大きく出ましたね所長! ツンデレですか!?』」
「ロマニ、クビにするわよ」
今回で決戦の準備が整いました。
次回は早めに更新できると思います。