自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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第37話  雷鳴、そして

 鼓膜をつんざくような鋭い雷音が響く。

 ロンドンの上空に寄り集まった紫電の黒雲は、さながらこの地を閉ざす天蓋。雷雲だけでなく、地上に散布されていた魔霧さえも一か所に集結していた。

 鉄屑となったアングルボダから、光り輝く聖杯が摘出される。それは導かれるように浮遊すると、あるひとりの男の心臓に吸い込まれていく。

 そして、目眩く雷光が迸った。

 彼こそが雷電の主。

 雷霆を人類の手に授けた男。

 オティヌスは無機質に、しかし微量の苛立ちを込めて彼の名を呼んだ。

 

「───ニコラ・テスラ。神の権能たる雷電を人の手に貶めた星の開拓者か」

 

 儀式を経て北欧の主神の力を引き出した嵐の王は、狂い無く男の真名を見抜いた。

 

「然り。嵐の王よ、その専横もここで終わりだ。これより先の時代に神の存在は要らない。故に、我が稲妻を以ってその身を焼き尽くしてやろう」

 

 空気を焦がす異音。

 漆黒の魔霧をちかちかと照らす蒼雷は、かつて神の手にあった稲妻。否、遥か太古の時代には神そのものであった。

 雷を体現する神格は非常に多い。その捉え方は武神と豊穣神の二つに大別することができる。北欧神話のトールなどは両方の性格を併せ持つ神であり、苛烈に敵を打ち砕く一方で農民に恵みをもたらす側面がある。

 天候は気まぐれだ。雷に打たれた家屋が火災を引き起こすことがあれば、伴う雨が作物を潤すこともある。それ故に人は雷を恐れ、神として信仰したのだ。

 だが。

 ここにあるのは神ならぬ人が操る電撃。

 荒れ狂う暴威をねじ伏せ、人類にとっての恵みだけを抽出した人理の雷。自然の脅威を表す竜が英雄に討たれるように、神たる稲妻は彼の手によって調伏された。

 すなわち、それは神を殺したと言っても良い。雷の神秘を剥ぎ取り、己がモノにしたニコラ・テスラはまさしく、人類最新の神殺しだ。

 彼とオティヌスの視線が交差する。

 視線のやり取りは数瞬。刹那に巻き起こった暴風と雷電が夜空を撹拌した。

 両者は目にも留まらぬ高速で疾駆し、轟音とともに破壊を撒き散らす。

 

「手負いだろうが容赦はしない。天のサーヴァントである貴様は、人の手によって追い落とされるが定めだ!」

 

 真空の断層を破り、電光がオティヌスの側を抜ける。黄金の瞳はそれを確認すると、僅かに息を吐いた。

 

「なるほど、確かに貴様は私を殺すに相応しい英霊だ。しかし、その傲慢こそが人の拭えぬ業と知れ」

「…………傲慢だと?」

 

 魔霧を纏い、テスラは笑う。

 ひときわ膨大な雷電を放射状に発し、彼は哄笑とともに言った。

 

「傲慢なくして何が人間か! 世界を滅ぼしかねない、飽くなき可能性への探求──それこそが人の業と呼ぶべきだろう! そう、地球をリンゴのように真っ二つに割ることすらも、私のような大天才には造作もない!!」

「……ふっ、黙って聞いていれば、論理の帰結はそこか。いささか思い上がりが過ぎるのではないか?」

「何を言っている。私は天才として当然のことを述べたまでだ!!」

 

 必殺の神槍と黒き聖槍。オティヌスは二つの槍を用いて電撃の波を打ち払う。

 隻眼の神を模倣するために捨てた左眼。残った右眼はテスラではなく、横合いを向いていた。視線を即座に戻し、オティヌスは兜の下で唇を歪めた。

 

「天才と何とやらは紙一重と言うが、貴様もその類だな。直流と交流くらい些細な違いにすぎない」

「ほざけ! 後の主流となったのは私の交流送電だ、天と地ほどの差がある! あの悪鬼のプロパガンダに苦しめられはしたが……この際だ、貴様にも交流の素晴らしさを教えてやろう!!」

「へっ! だったら地獄の鬼にでも教えてろ───『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』!!」

 

 紅の雷撃が帯電する魔霧を切り裂き、辺りを赤く染め上げる。

 その穂先が襲うのはテスラ。斜め後方からの不意打ちに反応が間に合わず、赤雷が弾けた。

 モードレッドの宝具。王剣クラレントの最大解放は触れた者を灰燼に還す焦熱の雷。サーヴァントの防御力をしても抗い難い死の一撃だ。

 赤光が鳴りを潜める。そこにあったのは焼死体ではなく、なお健在のテスラであった。彼が纏う魔霧は消し飛び、衣服のところどころが焦げているが、被害はただそれだけに留まっている。

 

「よもや、我が活性魔霧の鎧を打ち破ってみせるとは。返礼だ」

「チッ──!」

 

 テスラはモードレッドに視線を送る。それに追随するように電気が迸り、無数の矢となって騎士を襲う。

 反撃は想定していた。モードレッドは自らの宝具が破られた屈辱を感じる間もなく、風となって地面を駆ける。

 テスラが生み出す雷電に際限はない。

 聖杯を取り込み、それを動力源となした彼の魔力量は規格外。さらに、発生する余剰魔力もスキル『ガルバニズム』によって無駄なく再利用される。

 空より落ち、地を舐める雷は瞬く間に勢力を増していく。

 騎馬を失ったとはいえ、オティヌスが回避と防御に専念せざるを得ないほどの超高密度の雷光。それはまさしく、かつての雷神たちが振るった得物に相違なかった。

 だが、それが人の手が及ばないものではないことは、他ならぬテスラが証明したのだ。

 常人ならば近付いただけで炭にする雷霆の独壇場を、白いドレスに身を包んだ少女が走り抜ける。

 彼女こそは人の叡智の結晶。

 完全な人間となるべくして造られた生命体。

 フランケンシュタインは雷電に身を焦がされるどころか、自らの糧として吸収し、より速く力強く次の一歩を踏み出す。

 テスラに肉薄し、紫電を纏う大槌を振り上げる。

 自己強化を経たバーサーカーの全力攻撃。それでも破壊力はモードレッドの宝具には及ばず、魔霧に守られたテスラの肌を傷つけることはない───そのはずだった。

 

「……──!」

「つぎは、あてる」

 

 テスラが選んだのは回避。振るわれた大槌は彼の鎧を吸い上げ、動力へと変換していく。もしその場に留まっていれば、彼の上体は無残に吹き飛んでいただろう。

 

「周囲の魔力と電力を取り込み、己の力とする──『ガルバニズム』。同じ能力の使い手か!」

 

 フランケンシュタイン博士が造った人工生命体である彼女は魔力と電力を動力源とし、第二種永久機関を擬似的に実現する。

 テスラとフランケンシュタインが持っていたのは奇しくも同じスキル。しかし、テスラが生み出す電気を取り込み、身体能力を強化するフランケンシュタインは彼にとっての天敵に等しい。見境なく攻撃を撒き散らせば、その分だけフランケンシュタインを強くしてしまうのだ。

 絶え間なく降り注いでいた雷霆がぴたりと止まる。

 彼女はモードレッドに駆け寄ると、得意気に鼻を鳴らした。

 

「こんかいは、わたしがしゅやく。おとなしく、えんごして」

「……ああ、あの雷ヤローはお前にくれてやる。その代わりオティヌスはオレに寄越せ」

 

 こくりとフランケンシュタインは頷く。

 名指しされたオティヌスは淡く光る右眼を細める。

 

「因果が行き着いたか」

 

 その呟きは誰の耳にも届くことはなく。

 

「役者は出揃った。私の心臓に刃を突き立て、聖杯を手に入れた者が勝者だ。足掻いてみせろ、直流送電の欠点を認めようとしなかったエジソンの如くに!!」

「さっきからどんだけ根に持ってんだてめぇ──!!」

 

 モードレッドが額に青筋を浮かべて吼えたその時、テスラの周囲に散らばっていた瓦礫が空中に浮遊する。

 大小数十の破片のそれぞれに電流が走ると、煌めく灼熱の光雲が生成される。それはプラズマと呼ばれる物質。5000度にものぼる温度の気体が、一斉に解き放たれた。

 モードレッドとフランケンシュタインの二人は泡を食って逃げながら、

 

「おい、アレは吸収できねえのか!?」

「ぷらずまと、でんきはまったくのべつもの。りかのきょうかしょ、よみなおして」

「んなもんオレの時代にあるわけねーだろ! なんだプラズマって!」

「喜べ叛逆の騎士よ! それが学びだ!」

「うるせえ!」

 

 高笑いをあげ、テスラは磁力の反発を利用した砲弾を撃ち出す。

 プラズマに続き、フランケンシュタインのガルバニズムを対策した攻撃。亜音速で飛来する砲弾はしかし、三者各々の得物によって叩き落とされる。

 空気の流れが強引に捻じ曲げられる。黒き聖槍に風が集まり、オティヌスはそれを真一文字に薙ぎ払った。

 

「『風王鉄槌(ストライク・エア)』──!」

 

 豪風が吹き荒れる。

 不可視の斬撃は空気ごとテスラの鎧を剥ぎ取り、周囲を更地に変えた。

 電気を通した活性魔霧による防御壁。これを無効化しないことには、テスラを傷つけることは難しいだろう。

 この戦いは三つ巴。劣勢に回った者を叩くのは当然、突出した者を集中的に狙うのもまた道理だ。それ故に、モードレッドとフランケンシュタインはテスラ目掛けて疾走する。

 白刃と大槌が風を切る。魔霧の衣を失った今なら二人の攻撃は通る。テスラはかろうじてそれを躱していくが、一閃。

 

「身のこなしがなってねえな……!!」

 

 テスラの肩から血飛沫が舞い上がり、

 

「───『人類神話・雷電降臨(システム・ケラウノス)』」

 

 網膜を焼き潰すような雷光が、顕現した。

 今までとは比べ物にならない電磁投射。大気が震え、世界の位相が歪み、とめどなく電流が溢れ出す。轟音と形容するにも生温い雷鳴はモードレッドの聴覚を強かに痺れさせる。

 フランケンシュタインは無理やり攻撃動作を止めると、モードレッドの腕を掴んで引き寄せる。騎士に殺到する雷撃を受け止め、動力に換えて後方に跳んだ。

 拡散する電光は規模、密度ともに桁違い。だがしかし、それすらもほんの予兆にすぎなかった。

 みしり、とモードレッドの鎧が歪む。

 不可視の手に内臓が掻き乱され、喉の奥から血の塊がせり出した。

 

「っづ……!?」

 

 テスラが発した電流は確かに強力だが、それはモードレッドを掠りもしていなかった。だというのに、鎧が拉げて口から血を吐くという異常。

 振り返れば、フランケンシュタインとオティヌスでさえも思わず膝をついている。

 テスラは静かに、それでもはっきりと通る声音で言う。

 

「〝宇宙の秘密を見つけたいのなら(If you want to find the secrets of the universe)エネルギー・周波数・振動について考えよ(think in terms of energy, frequency and vibration)〟───電磁気を操るだけが私の本領ではない」

 

 大地が揺れる。

 彼の立ち位置を中心に地面に深い亀裂が入り、大気がびりびりと波打つ。

 

「共振現象を知っているかね? 物体には固有の振動数があり、外部から与えられた刺激がそれに近いほど強く反応を示すというものだ。詳しい説明は理科の教科書を読み直すと良い」

「ハッ、ナメんじゃねえ!!」

 

 立ち上がろうとしたモードレッドの機先を制するように、テスラは手をかざす。

 モードレッドの鎧の表面にヒビが走り、砕ける。その体は首筋を強く引っ張られたかのように押し飛ばされ、左の肋骨から嫌な音が響いた。

 オティヌスは神槍を杖に立ち上がる。

 

「なんてことはない。肉体の固有振動数と同じ振動を与えることで、五体を破壊するという訳だ。大層な宝具の割には随分と陰湿だな」

「所詮は殺し合い、使う手に陰湿も何もないだろう。そういう言葉はエジソンのような男に向けて言ってもらいたいものだ」

 

 それに、と彼は続けた。

 

「我が宝具の真髄はこの程度ではない。共振現象は慣らしだ」

 

 ニコラ・テスラは現代の文明に繋がる数々の発明を生み出したことで知られているが、彼のエピソードの中には陰謀論めいた話が点在している。

 そのひとつが地震発生装置。テスラが研究していたオシレーターという発電機の開発の一環で、彼は振動を起こす発振器の実験を行っていた。

 1898年、ニューヨークのヒューストン通りでテスラは研究室の梁に発振器を取り付けると、建物全体が揺れ始め、発振器が宙を飛び回り始めたという。それに伴って起きた地震は警察や消防を巻き込んだ騒動となり、発振器は後に地震発生装置に流用されたのだとか。

 真偽はともかく、その話が語られるのはテスラならばやりかねないという信頼ゆえだろう。

 雷電という名の神を人類文明に授けた超常の科学力。共振現象と地震すらも準備運動でしかないと言うのなら。

 オティヌスは黒き聖槍を掲げ、自身の周囲の大気を吸い取る。

 テスラの共振を利用した攻撃は、物体に振動を与えなくてはならない。彼から発された振動が対象に辿り着くまでには空気を経由する必要があるため、それを取り払うことで無効化する目論見だった。

 

「たてる?」

 

 フランケンシュタインが差し伸べた手を、モードレッドは荒々しく掴んだ。

 

「ああ、空気が震える予兆は分かった。二度と当たってたまるか」

 

 風を操るオティヌスと異なり、二人に共振に対する明確な防御手段はない。

 けれど、空気を通るということは対象を破壊するまでにタイムラグがある。常人には無に等しい時間差だが、彼らサーヴァントにはそれだけで十分だった。

 テスラの宝具が最大解放を迎える前に決着を付ける。

 紫電と振動、磁力の影響を受けた砂鉄の嵐が吹きすさぶ。

 オティヌスは聖槍に風を集めながら、悟られぬように神槍を持つ手に力を込めた。

 グングニルは切り札だ。使えばひとりは仕留められるが、その代償は大きい。

 

(名を変え、眼を捨てた───それでもやはり届かぬか)

 

 魔神柱バルバトス……マキリ・ゾォルケンとチャールズ・バベッジの奮闘は、嵐の王に確かな痛痒を与えていた。もはや全力を出せるのは数度だろう。

 磁界が渦巻き、致死の黒雲が地上を席巻する。

 王剣と大槌が赤色と翠緑色の雷光を纏う。二人は荒れ狂う磁界の中心に向けて、稲妻を放つ。

 一点突破の雷槍。渾身の魔力を込めた一撃は磁気の壁を抜け、テスラの眼前に迫った。

 

「──最大解放」

 

 その瞬間、空間が割れた。

 比喩ではない、時空の断層。

 三次元上の現象が、断絶した空間の先を超えることはできない。モードレッドとフランケンシュタインの雷撃はここではないどこかに消え去った。

 テスラの宝具の真骨頂。世界ごと対象を断ち割る空間の裂け目。超極小規模の現象ではあるが、その威力は〝地球をリンゴのように真っ二つにする〟という言に恥じぬものだ。

 なぜなら、ソレに物質の硬度など意味を成さない。対象がこの三次元上に存在するのなら、テスラは一切の例外なく切り裂いてみせるだろう。

 

「それがどうした」

 

 びしり、と亀裂が入る音がした。

 右脳と左脳が割れ、間に仕切りを立てられたような感覚。

 それら一切が無実。

 この身は嵐の王。

 全てを押し流す暴風。

 三つ巴など知ったことではない。

 すなわち、オティヌスが取った一手は。

 

「『大神宣言(グングニル)』─────『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』」

 

 二つの宝具の同時解放。

 霊基に深刻な空隙が生じながらも、オティヌスは真名解放を成し遂げた。

 あらゆる時間と空間に偏在する神槍は過たずテスラを貫き、聖槍から放たれた莫大な極光がモードレッドたちに降り注いだ。

 

「──()()()()()()()……!!」

 

 眼前に迫る死の光を前に、モードレッドは驚愕した。

 忘れもしない。

 忘れるはずがない。

 あの時、臓腑を貫き、命を奪った槍。

 予想はしていたというのに、心臓を握り潰されるような圧迫感がこみ上げる。

 しかし、オティヌスの一撃を防ぐ手段はない。

 

「『磔刑の雷樹(ブラステッド・ツリー)』!!」

 

 だから、その献身は。

 攻撃を防ぐためではなく、望みを繋ぐための。

 漆黒の光波を雷の十字架が食い止める。

 右腕が捻じれ、左腕が吹き飛び、左の足首から先が灰に帰す。霊核へのダメージはそれこそ致命的。光波が途切れると同時に、フランケンシュタインの手から大槌がこぼれ落ちた。

 モードレッドは即座にテスラに目を配る。

 彼は胸をグングニルに貫かれ、地面に伏していた。が、オティヌスの消耗は目に見えて明らか。好機を逃す手は無いと逸る戦士の本能と、身を挺して望みを繋げたフランケンシュタインへの憂慮。ほんの一瞬、逡巡するモードレッドの背を彼女は声で押す。

 

「──いって!!」

 

 これ以上なく簡潔に。

 騎士は迷いなく足を踏み出した。

 オティヌスはふらついた足取りで聖槍を構える。この状況で二つの槍を扱う利はない。そう判断しての行動だ。

 クラレントとロンゴミニアドが衝突する。

 次撃に備えて振りかぶった直後、モードレッドの拳がオティヌスの兜に突き刺さった。

 砲弾が炸裂したかのような音を立て、漆黒の甲冑が崩れる。

 その下にあった顔貌は、

 

「やはり、貴方か」

 

 生前に忠誠を捧げ、そして自らが滅ぼした国の王であった。

 少年のような純朴さと少女のような純真さを残したあの顔はいまや見違え、年相応の大人びた風貌になっているが、それでも見誤るはずがない。

 端正な眼を歪め、オティヌスは呟く。

 

「あの時とは立場が逆だな、モードレッド卿」

 

 万感の想いがある。

 到底語り尽くせぬほどの感情が、感傷がある。

 だからこそ、叛逆の騎士は剣の切っ先を敵へと差し向けた。

 

「オレが貴方の前に立った以上、やることは変わらない」

「そうだろうな。私も卿と変わらずに事を成すだけだ」

 

 王剣と聖槍。双方の先端が交わり、

 

「「故に、殺す」」

 

 両者共に手負い。

 その攻防は、時間にして一分に満たなかった。

 白刃が閃き、黒槍が躍る。

 一刻も早く相手の首を刈り取るため、一合一合が掛け値なしの全力。風切り音が鳴る度に赤い血が地面を濡らし、鎧の破片が散乱する。

 互いの剣術も槍術も見抜かれている。勝敗の行方は単純な力の差、根性、時の運───それら全ての不確定要素を捻り潰すため、両者は一層強く武器を打ち込む。

 何もかもが同じで、変わらない。

 一心不乱に槍を振るう姿、冷たい眼差し。

 宝石を思わせる瞳は、何を捉えているのか分からない。いくら覗き込んでも、見えるのは自分の姿だけだ。

 ───その瞳を、壊したいと思った。

 何を見ているのか、誰を追っているのかなど関係ない。知ったことか。

 王の、父上の視線が注がれるべきはたったひとり。

 円卓の騎士、モードレッドという人間のみで良い。

 死ぬ直前。槍に貫かれ、息を引き取るあの時でさえ王は一瞥もくれなかった。

 だったら、その瞳をモノにするのは、王を殺すことでしか成し得ない。今際の際を看取り、死を見届けることでこの存在は認められるのだ。

 モードレッドは大上段に剣を振り上げ、

 

「オレを、見ろ───!!!」

 

 オティヌスは低く身構えて突進する。

 刹那、モードレッドの本能が警笛を鳴らした。間合いの分、槍が速く到達する。何よりもこれは、生前のやり取りと同じ、最期の────

 

 

 

 

「……天才を甘く見たな」

 

 

 

 

 オティヌスの足元の地面が陥没する。

 共振による物体破壊。

 僅かに生まれたその隙は、勝敗を左右するに足りるものだった。

 鮮血が飛沫を上げる。クラレントはオティヌスの右腕を肩口から切り離していた。腕を失ってもなお嵐の王は膝をつかず、槍を杖に地を踏みしめる。

 王はただ一言、

 

「モードレッド卿。貴様の勝利だ。この首貰ってい───」

 

 その言葉を遮るように、モードレッドはテスラの横っ面を張り倒した。地面と熱烈なキスを交した彼の体を胸倉をつかんで起こし、揺さぶりながら、

 

「てめえ、よくもオレと父上の決闘に水を差しやがったな!! 死んで償え!!」

「騎士の誇りが汚されたかね? 私が生きていることを見抜けなかった其方の落ち度だろう」

「……それだ。グングニルを受けて、なぜ貴様は生きている」

 

 テスラはオティヌスの問いに、薄く微笑む。

 

「神槍は全ての時間と空間に偏在するのだろう。それを我が時空断層で以って干渉し、着弾点をズラした。サーヴァントの弱点である霊核を狙ってくるのは読めていたからな」

 

 だが、その代償は大きかった。テスラは左の鎖骨から右胸の下辺りまでをおびただしい血で染め、平静を装っているものの顔色は青褪めていた。

 聖杯を取り込んでいなければ、今にも命を落としていたであろう毀傷。もはや本気は出せないだろうが、疲弊したモードレッドとオティヌスを討ち取るだけなら十分に過ぎる。

 テスラの右腕を紫電が這う。

 それを見て、オティヌスは言った。

 

「この期に及んで勝負を諦めない気概は好ましいが、やめておけ。ここが因果の袋小路、結果を変える権利は私たちにはない」

「それは私が決めることだ。この天才の頭脳には逆転の秘策などいくらでも浮かんでくるぞ!」

「───天才だと? 聞き捨てならねえな」

 

 猛るテスラの耳に届く、男の声。

 その方向に視線を傾けると、ペレアスの肩を借りるノアの姿があった。彼らの後ろにはこれからの展開を予感したEチーム女子陣と作家たちが、生温かい目で佇んでいた。

 テスラとノアは互いを値踏みするように見つめ合う。

 

「おまえがいつの時代のどこの英霊か知らねえが、天才と名乗るに値する才能を持つのは俺を置いて他にはいない。せめて秀才くらいにしておけ、称号の重みで潰れる前にな!!」

「ふっ、才ある者故の高慢か。若いな。貴様の慢心はかつての私も経験したものだ、その驕りも許そう。簡単に聖杯を渡す訳にはいかないがな」

「そんな死に体で俺たちに勝てると思ってんのか?」

「他人の肩を借りている貴様が言うべき台詞ではないな。ともかくこの最終戦、構図は単純明快…………」

 

 二人は声を揃えて、

 

「「天才対決だ───!!」」

「何言ってんだ! アホども!!」

 

 ペレアスはノアを一本背負いして、その勢いのままテスラに投げつける。

 彼は剣を引き抜いて近付き、テスラに切っ先を突きつけた。

 

「とにかくこいつを倒せば今回は終わりだろ? さっさと聖杯取って帰るぞ」

「待て、ペレアス卿」

「待てと言われて待つやつが何処にいるんだよ。オレを止めたいなら王様でも連れてこい」

「私がその王様だが?」

 

 オティヌスの顔を見て、ペレアスは電池が切れたラジコンのように硬直した。彼はそこからアキレウス顔負けの速度で土下座に移行する。

 

「おっ、王様ご無礼お許しくださいィィィ!!!」

「モードレッド卿、どう思う」

「死刑が妥当かと」

「それだけはご勘弁ください! というか召喚されてからこっち、黒くなった王様しか見たことないんだが!? 黒くしとけばどうにかなると思うなよエ○本の修正みたいにしやがって!!」

「……ペレアス卿、そこになおれ。私手ずから叩き斬ってやる」

 

 という円卓コントを眺めて、立香はダンテの右手が真っ黒に染まっていることに気付く。

 魔術師としては半人前の立香だが、それが魔術的に善いか悪いかくらいは見分けることができる。その感覚に従うなら、ダンテの右手は後者に属する呪いの類のように見えた。

 

「ダンテさん、その右手大丈夫ですか? 中学二年生なら喜びそうですけど。〝くっ! 鎮まれ俺の右腕……!〟みたいな感じで」

「ええ、これはジャックさんの手を取ったらこうなりまして。今のところ危害を加える気配はありませんが、もしかしたら感染るということもあるかもしれませんね」

 

 冗談めかしたその言葉を聞いて、五人は青い顔をして後ずさる。

 

「ダンテさん、先輩とわたしの半径10メートル以内に近寄らないでくれますか」

「なんで呪いなんか貰ってきたのよ、返してきなさい」

「そんな捨て猫拾ってきたみたいに言われても……ねえ、アンデルセンさん?」

 

 話を振られて、アンデルセンは唾を吐き捨てる勢いで言い返す。

 

「身の丈に合わない善行をしたツケだな。俺の腕もジャック・ザ・リッパーにやられたんだ、ざまあみろ!」

「ここは諦めるが得策かと。なに、右手に呪いをかけられたくらい、煉獄篇で額に七つの大罪の刻印を刻まれた時と比べたら大分マシでしょう」

「それとこれとは話が別ですよ! いや、あの時はあの時でかなりヘコみましたけど!」

「『あの~、早めに聖杯を回収してくれるとスタッフ一同とても助かるんですが……』」

 

 ロマンの控えめな懇願をよそに、オティヌスはゲンドゥルの杖を取り出す。テスラの眼前に王笏の先で、アルファベットの『F』に近いルーン文字を上下左右逆さまに描く。

 

「『feoh(フェオ)』」

 

 feohとはルーン文字で家畜を含めた財産、広く解釈した場合は『所有』を意味する。オティヌスはそれを逆に描くことで意味を所有の反対、喪失や分離の効果を発揮する魔術を行使した。

 テスラの肉体から聖杯が分断され、王の手に収まる。つややかな唇の端を持ち上げ、金色に輝く杯を掌中で弄ぶ。

 

「ここからさらに一戦……というのも一興だが、生憎そんな余裕はない。白い魔術師、貴様らにくれてやる」

 

 そう言って聖杯が差し出される。

 立香はぱあっと笑顔を輝かせて、ノアに駆け寄った。

 

「やりましたねリーダー! これで今回の特異点も攻略完了ですよ!」

「ああ、貰えるものは貰っておく。だがその前にオティヌス……一発、いや二発殴らせろ。この前会った時に散々コケにされた仕返しがまだ済んでねえぞ」

「……おいおい、ペレアスのマスター。本当にやるつもりなら先にオレが相手になるぜ」

「上等だァァァ! この際サーヴァントとのタイマンが増えたところで関係ねえ、やってやる!!」

 

 立香はノアの臀部に指先を向けて、

 

「弱めガンド!」

 

 希釈されたとはいえ呪いの魔弾が尻に直撃し、ノアは患部を押さえてのたうち回る。

 

「馬鹿野郎ーっ! 藤丸誰を撃ってる!? ふざけるな!!」

「こうしたら大人しくなるかなって」

「ケツに撃つやつがどこにいんだ! 元々穴だらけの人体にひとつ増やしてどうする!!」

「───黙って見ていれば、くだらん。終末を迎えてさえ、人の愚かしさは治らなかったのか」

 

 その時。

 空気が、塗り変わる。

 その声には重圧があった。

 まるで世界が圧を掛けているかのような、抗い難く逃れ難い悪寒。

 

「羽虫の如く、よくぞここまで意地汚く生き延びたものだ。死を遠ざけて恐れることしかできぬ人間の愚昧も、そこまで行けば一種の特徴だ。汚らしい」

 

 その眼には諦観があった。

 迂愚な下等生物を見下す侮蔑混じりの視線は、もはや強力な呪い。

 この場の生者は等しく呼吸を忘れ、裏腹に心臓の鼓動は激しく痙攣する。

 いっそ、ここで寿命を使い果たしてしまえとでも言うように。

 神の如き威容、悪魔の如き眼光。

 隆々とした肉体は神域の芸術であり、胸の中心に華開く眼孔は直死を予感させる魔の代物。

 虚ろになっていく五感の中で、全員が確信した。

 この男こそが人理焼却の黒幕。人類とその歴史を鏖殺してみせた超越者であると。

 一滴の冷や汗を流し、アンデルセンは悪態づく。

 

「……まさか、ここで出てくるとはな。中々に作劇の妙を押さえているな───ソロモン王」

 

 王は、どこまでも冷たい声音で。

 

「如何にも。我こそは全ての英霊の頂点に立つモノ。貴様ら格落ちの劣等品とは次元を異にする最大最強の英霊……グランドキャスター」

 

 元々、七騎の英霊とはあるひとつの敵を討ち果たすために喚ばれる天の御使い。霊長の世を護る決戦術式を経て呼び出されるモノであり、聖杯戦争はそれをダウングレードした縮小版の術式に過ぎない。

 通常のサーヴァントが人間同士の戦いに用いられる武器だとするならば、冠位の名を有する彼らは全世界、全宇宙規模の最終兵器。

 理より産まれ、それをも超越する。面前に立つ魔術王ソロモンとはそういう存在なのだ。

 マシュは膝の震えを捨て置いて、彼を睨みつける。

 

「旧約聖書に記された、イスラエルの賢王ソロモン……そのあなたが、どうして世界を滅ぼそうなどとしたのですか」

「私は世界を滅ぼしたのではない。人を滅ぼしただけだ。人類を絶対的な物事の中心に置く視座に留まっている限り、私の計画を明かしてやるつもりはない」

 

 ジャンヌは不快感を露わにした表情で舌を打つ。

 

「アンタ、自分が人の上に立ってるとでも思ってんの? 神様気取りの馬鹿ね」

「その台詞、そのまま貴様に返してやろう。神を気取るという言い回しは誤りだ。この世で唯一、私だけが神たる資格を有している。よく聞け無知蒙昧、人間と神の最大の違いとは何かをな」

 

 ソロモン王は語る。

 旧約聖書において、人類の始祖であるアダムとイヴは知恵の樹の実を食すことで知恵を身に着け、楽園を追放された。誰もが知る失楽園の物語である。

 しかしながら、楽園には知恵の樹と対になるもうひとつの樹木が存在した。

 生命の樹。神は生命の樹に繋がる道に智天使ケルビムと『回転する炎の剣』とを置き、封印した。なぜ、神がそうしてまで生命の樹を守る理由があったのか。

 それは、生命の樹の実を食すことで人間が不老不死を得ることを防ぐためであると言われる。

 永遠の存在とはこの世にただひとつ、絶対の唯一神のみ。人間が不老不死を手に入れ、永遠の命を宿すことはすなわち、神と同じ存在になるということなのだ。

 神が神たる資格。

 それは、永遠性。

 

「私は死後、肉体のみでこの世に復活した。何万年の時を刻もうと死という概念すら克服できなかった人類とは違う! 世界に冠たる永遠を持つ私だけが、神の位地に相応しい!!」

 

 ソロモン王は哄笑を轟かせる。

 己が神の位にあるという宣言。ダンテは深くため息をついた。

 

「神の姿を見た私からすれば、あなたはいささか品性と美性に欠けますねえ。それに、あのダビデさんからこんな人が産まれるとは疑問でしかないのですが……どう思います? ペレアスさん」

「グランドキャスターだかソロモン王だか知らねえし興味もねえ。ただオレたちは人間だからな、人類に優しくない神様なんてとっちめるに限る」

「人間にありがちな視野狭窄だ。自らで自らの可能性を限定する……だから人類は性懲りもなく争い、殺し、死に続けているのだ。一個体の経験が他の個体に引き継がれない。これも人間の欠陥であろう」

 

 人間は学ぶ生き物だ。

 けれど、人生で経験した痛みと悲しみはその人間だけが持ち得るもの。話し伝えることはできるが、実感として刺さることは少ない。

 それだから、人は過ちを繰り返す。

 戦い、争い、容赦なく他者を踏み躙る。

 なぜなら、先人の痛みと悲しみなど今を生きる人々にとっては路傍の石にも劣る塵芥でしかないからだ。

 そう付け加える魔術王。ノアは歯噛みして、ソロモンの視線を遮るように立香の前に立つ。

 

「御託は良い。今更慌てて出てきて大物顔か? そういうのはオティヌスの野郎でうんざりだ。少しはマシな設定考えて出直してきやがれ」

「人間の汚点を煮詰めたような男だな、ノアトゥール・スヴェン・ナーストレンド。しかしそんな屑ですら殺せなかったパラケルススは貴様以下の塵か」

「はあ? 他人任せにしたツケが回ってきただけだろ。こうなってんのは全部、おまえの失敗のせいだ。グランドキャスター様は下等な人間も意のままにできないハリボテってことになるな」

「よく回る舌だ。貴様の下劣な精神をよく表している。だが許す、その突き抜けた頭の悪さは興味深いぞ。後ろに控える小娘よりはよっぽどな」

 

 立香は魔術王の眼光に負けじと睨み返し、僅かに震える声で言う。

 

「私も、他人に価値を見出すことから逃げたあなたに言うことは何もない。そうやってわがままに結論を出して、勝手に絶望して、こっちの迷惑も考えてみたら?」

 

 王の瞳が反り返す光の色が、微々に変わる。

 

「…………物を知らぬ小娘だ。余暇の解消に訪れたつもりだったが、無聊の慰みにもならん。用事を済ませて帰らせてもらう」

 

 無機質な光を灯した瞳がノアを捉える。魔術王は周囲に濁流のような魔力を脈動させて、

 

「神殺しのヤドリギ。それは我が計画遂行において───ほんの少しばかりだが───障害に成り得るモノだ。本来はパラケルススの役割であったが、貴様の突出した愚かさに敬意を払い、我が眷属が直々に手を下してやる」

 

 抗し得ない死の宣告。

 王はそれをさも当然であるかのように語り、数十にも及ぶ魔神柱を背後に展開する。

 詳しく状況を把握し得ないロマンですら理解できるほどの圧力。彼は手元のコンソールを叩きながら、Eチームに向けて叫んだ。

 

「『聖杯はすでに回収された! 間もなくレイシフトが実行される! そうすればグランドキャスターにも手出しができないはずだ!』」

「ほう、レイシフト。確かにカルデアはいまや我が千里眼を以ってすら見通すこと叶わぬ要塞だ。この世から外れた存在である神殺しのヤドリギと同じようにな」

「ぺちゃくちゃ時間をかけすぎたんじゃねえか魔術王! 残り四つの特異点、お前の終わりは案外近いかもな!」

 

 哮り立つモードレッド。魔術王は極めて冷静に、冷徹に、言葉を返した。

 

「救いようのない馬鹿か、貴様は? たかが四つ、こんなものはゲームにも満たん児戯だ。我が神殿に足を踏み入れてようやく脅威として認識してやる。ヤドリギを含めたとしても、貴様らは地を這う虫以下の存在だ」

「貴様がいくら言葉を並べようと、彼らは逃げ切るぞ」

「ニコラ・テスラ。私がいつ逃亡を許さぬと言った? レイシフト───良いではないか、そら、虫は虫らしく巣に帰れ」

「は、ぁ───!?」

 

 果たして、その声は誰のものだったか。

 魔術王がまとわりつく小虫を払うように手を動かすと、次々とEチームのレイシフトによる帰還が実行される。

 

()()()()()()()()()()()()。ノアトゥール」

 

 そう。ただひとり、ノアを除いて。

 彼は呆れたように息を吐くと、左手で後頭部を掻いた。

 

「一、二……数えんのも面倒くせえな。どうせなら七十二柱全部出してこい。ああいや、レフの野郎が死んだから今は七十一か。締まりが悪いな、死を克服したってんなら大根一本くらい蘇生させてみろ」

 

 魔術王は淡い殺気を滲ませる。

 それは赤子の泣き声に大人が抱く嫌気に等しい濃度だったが、他者に与える重圧は絶大。

 

「あまり私を見縊るなよ、魔術師。貴様の狙いがソレであることは承知の上だ。神殺しのヤドリギの本質を、私が知らぬとでも思ったか」

「……ミストルティンの本質だと?」

 

 オティヌスは訝しんだ。

 北欧の主神の神格を得た身、ノアのヤドリギが神殺しと不死殺しの性質を持ち、この世界の外部から産まれたものであることは当然理解している。

 しかして、それがオティヌス──アルトリアの限界。オーディンそのものでないが故に、ノアと魔術王が共有する視座に踏み入ることができなかった。

 とはいえ、それが魔術王がヤドリギを警戒する理由に他ならないことは誰にも予想がついていた。彼ら以外でその真実に辿り着いたのは、この場ではただひとり。

 

「チッ、なるほどな。最悪だ! お前ら、極めて癪だがそいつを必ず生還させろ! 俺は援護しかできんからな!!」

「アンデルセン、お前何か気付いたのか」

「ああ、魔術王が余裕こいてる間にお前みたいな脳筋にも分かるように解説してやる!」

「……てめえ、この状況じゃなかったら一発殴ってたぞ」

 

 青筋を立てるモードレッドを無視して、アンデルセンは語り出した。

 

 

 

 

 ───世界各地の神話・伝承には、死から復活する存在が少なからず見受けられる。

 最も有名なのはキリスト教の救世主。

 彼は人類の原罪を浄化するために磔にかけられ、死の三日後に死者の中から蘇ったとされる。

 日本の神話で言うなら、オオクニヌシ。

 皮を剥がれた因幡の兎を助けたことで、彼は兄たちを差し置いてヤガミヒメの夫に選ばれた。それにより兄たちの恨みを買ったオオクニヌシは、策略によって灼けた大岩に焼き潰されてしまう。

 だがしかし、彼の死を悲しんだ母のサシクニワカヒメは嘆願によってオオクニヌシを蘇らせる。その後、オオクニヌシはスサノヲの試練を乗り越えて国造りの偉業を果たすのである。

 死と再生の神。北欧神話のバルドルもまた、その類に含まれる神であった。

 バルドルはラグナロク後の新世界にて復活を果たす神であるが、実はヤドリギに貫かれた直後、復活のチャンスがあったことはあまり知られていない。

 彼の死を嘆いたフリッグは冥府の神ヘルに頼み込んで〝全世界の生物・無生物がバルドルのために泣くのなら、彼を生き返らせる〟という契約を結ぶ。

 だが、巨人の女に化けたロキだけはバルドルのために泣かず、復活の契約が履行されることはなかった。

 ここで考えるべきは、なぜ新世界での復活が許されたのか。それは、救世主とオオクニヌシの例を当てはめれば見えてくる。

 両者の共通点は『自分の過失によって死んだのではない』ことにある。片や人類のために、片や兄の恨みのために、彼らは死んだ。

 バルドルは罪の穢れなき存在となって再生するとされる。

 つまり、自らの行動に由来しない最期を迎えた、穢れなき純白の魂だけが死よりの復活を許されるのである。これは最後の審判の日に善人が再生するというキリスト教の教義にも繋がる。

 ───ならば、神殺しのヤドリギとは。

 

 

 

 

「……神殺しのヤドリギとは、死を以って魂の穢れを祓う浄罪の矢──!! 魔術王が欠けた魔神柱を復活させたとすれば、その存在は間違いなく変革される! それがお前には不都合だということだ、そうだろう!!」

 

 アンデルセンの声は張り詰めた緊張と高揚を含んでいた。

 

「そうだ、即興詩人。ミストルティンは殺した相手の魂の罪を祓い、復活の可能性を与える宝具。私がフラウロスを再生させることは容易いが、そうして新生したヤツが前と同じ存在となることは決してない」

 

 七十二柱のソロモンの悪魔。

 彼らは七十二柱揃ってひとつの概念を成すため、その一角が欠けようと即座に修復することができる。

 しかし、それは真の意味の再生ではない。

 水を飲み干したコップに、同様の水を注いだようなもの。復活というよりは補充という表現の方が近いだろう。

 フラウロス、レフ・ライノールは復活の可能性を与えられて死んだが、罪の穢れのない彼が前世と同じ人格となることはないのだ。

 魔術王は奥歯を軋ませる。

 

「神殺しのヤドリギは連続性を破壊する。それは()()()()()───故に、砂粒の如き矮小さであっても目端につく。その煩わしさ、ここで取り除く」

 

 呪いを孕んだ眼差しがノアを射抜く。

 内臓をかき乱されるかのような不快感を表情にも出さず、彼は濃密な怒気を込めて言い返した。

 

「やってみろよ───ソロモン王を騙る偽物が!!」

 

 そして、ロンドンでの最後の戦いが幕を開ける。

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