自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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第五特異点 鋼鉄の白衣 北米神話大戦・イ プルーリバス ウナム
第39話 アメリカよいとこ一度はおいで


 気付いた時から、息苦しさがあった。

 四方を壁に囲まれて。

 ケースの中のマウスを飼育するように。

 籠の中のカブトムシが死んでいくさまを眺めるように。

 要は、わたしの存在はそんなものでしかなかった。

 英霊との融合が叶わなかった実験動物は、もはや失敗作ですらない廃棄物だ。ただそれが、世界でおそらく唯一の廃棄物であったから、生きることを許されたに過ぎない。

 普通に生きていれば得られるはずの喜びも悲しみも苦しみも、そこではすべてが無味無臭。あの人の働きによって施設を歩くことを許されても、それはさして変わらなかった。

 本当の空の色を、真実の土の匂いも知らない人間が何を糧に生きろというのか。

 わたしにとって生きるという行為は、真っ白なキャンバスに白い絵の具を塗りつけることと同じだった。

 けれど、いつからかわたしのキャンバスは鮮烈に彩られるようになって。

 そこで、明確に思ったのだ────

 

「───マシュの寿命はもう一年も持たない。……ごめん、キミたち二人には、もっと早く伝えておくべきだった」

 

 第五特異点へのレイシフトの前日、いつになく真剣な表情でロマンは言った。

 時刻は深夜。廊下は今までの静寂が嘘のように静まり返る。立香(りつか)が初めに覚えた感情は思考を空白にする驚愕。そして、後に続く悲哀が表層に現れる前に、ノアは鼻を鳴らす。

 

「だったら、俺たちがやることはひとつだな。あいつを延命させて、その間に治す方法を見つける」

 

 一拍の間を置いて、立香は素っ頓狂な声を出した。

 

「できるんですかそんなこと。私今から泣こうと思ってたんですけど」

「……マシュは元々30歳程度で寿命を迎えるはずだったのが、さらに短くなったんだ。彼女が短命なのはむしろ正常で……ボクも二人と一緒に泣こうと思ってたんだけど」

「アホかおまえら。泣いてる暇があったら頭を動かせ」

 

 ノアは壁に背中を預ける。

 

「俺の一族はヤドリギを使って不老不死を実現しようとしていた。俺が改良する前の粗悪な術式でも五百年は生きられたしな。そもそも、死ってのは万人に定められたことだろ。それを引き延ばすのはむしろ得意技だ」

「でも、ヤドリギで長生きできるのはリーダーの一族の人だけですよね? 体質が合わないから、生命力を吸い取られて死んじゃうって言ってたじゃないですか」

「うん。流石にマシュが木像にされるのは困るね」

「……ヤドリギにもうひとつ無属性魔術を加えて、あいつの体とも共生できるようにする。今思いつく中だとこれが最善策だ」

 

 まあ、とノアは続けて笑った。

 

「何はともあれ、まずは目先の特異点だ。俺たちが負けたら、あいつを助けるどころの話じゃなくなるからな」

 

 そう語る彼の姿はどこか眩しくて。

 

「俺たちが目指すのは、完全無欠の大団円だ。誰ひとりとして欠けさせてたまるか」

 

 何の気負いもなく、普段通りに言ってみせる。けれど、軽々しい印象は微塵も見受けられず、むしろ重い覚悟さえ感じられた。

 あの日、奪われたものはもう二度とは戻ってこない。だからこそ、今残ったものだけは護り抜くと。彼はそう言っているのだ。

 

「…………っ」

 

 じくり、と何か熱のようなものが込み上げて。

 立香はノアとロマンの手を取って言った。

 

「二人も、体に気を付けないと駄目ですよ。ドクターは過労気味だし、リーダーはどうせ治るからって怪我ばっかりしますし。誰が欠けてもいけないんですから」

 

 それを聞いて、ロマンは苦笑する。

 

()()()()()()()()()()、か。……うん、その通りだ」

 

 握り返すその手の力は、弱かった。

 

「───という訳なので、みなさん存分にわたしを労ってください。ええ、遠慮はいりません」

 

 第五特異点へのレイシフト当日。

 いつも通り管制室にEチームとロマン、ダ・ヴィンチが集まったときのことである。

 マシュは妙に据わった目で言った。ハムスターのように頬を膨らませながら、両手の菓子パンをむしゃむしゃと口に運ぶ姿には普段の真面目さの欠片も見当たらない。

 憎たらしいほどにふてぶてしく育ったなすびを見て、ノアは他のメンバーに振り向いて言う。

 

「おい、やっぱやめるかこいつ助けるの」

 

 ロマンは苦々しい笑みを浮かべて、

 

「いや、それは流石に……なぜこんなになってしまったかはとても疑問だけど、人間らしさは増したというか……」

 

 成長した娘の朝帰りを心配する父親のような心境だった。小一時間問い詰めたいことは確かなのだが、その結果相手の不興を買うことを恐れた心持ちである。

 それを知ってか知らずか、マシュはコフィンの上に腰掛ける。円筒状の装置の上に座ることになるため、自然と他の人間を見下ろす形になった。

 

「なぜわたしがこんなに柄でもないことをしているか分かりますか? 普段はあんなに優等生真面目系後輩キャラなのに」

「自分で言うな。それにアンタは普段から割とアホ寄りじゃない」

「そこですよ、ジャンヌさん。リーダーや先輩に対抗するため、わたしはあえてIQを下げたのです」

「人はそれを本末転倒と言う……」

 

 ロマンはさあっと涙を流す。

 争いは同じレベルの者同士でしか発生しないとはよく言うが、マシュは相手と同じレベルに成り下がって戦いを挑むバーサーカーである。本末転倒の極みだ。

 しかし、自分たちがマシュより下にいると言われたノアと立香が黙っているはずがない。実際その通りなのだが。

 彼らは示し合わせたかのように反論する。

 

「妄言もここまで極まると清々しいな。測ったことはないが、俺のIQは八兆は行くだろうからな」

「本当ですよ。私なんてローマ帝国の軍師までやったんですし、偏差値に換算したらそれこそ六億はくだらないんじゃ……?」

「お前ら、その発言がもう馬鹿だってことに気付いてるか?」

 

 冷静に指摘するペレアスにダンテが続く。

 

「まあまあ、マウントの取り合いほど醜い争いもないでしょう。今回の特異点も激闘が予想されることですし、ここらで復習しておくのはどうですか」

 

 マシュまでもがマスター二人に追随し始めた今、この場の抑え役は彼しかいなかった。混乱を避けるために話題を切り替えるファインプレーである。

 向かうことになる特異点については、例のように予習をしている。が、今回は敵の黒幕が判明した直後という事情がある。改めて兜の緒を締める必要があった。

 ダ・ヴィンチは頷くと、手元のタブレット端末にアメリカの地図を映し出す。

 

「これから向かうのは1783年の北米大陸だ。この年はアメリカとイギリスの間でパリ条約が結ばれ、アメリカの独立が認められた。ここが歪めば後の世界の歴史を主導する国が存在しなくなる……まさしくターニングポイントというわけだ」

「特異点の規模も人理定礎値も今までで最大だ。現代におけるアメリカの立ち位置を考えると、当然と言えば当然だね」

 

 ダ・ヴィンチとロマンはそう説明した。

 人理定礎値とはその時代の歴史への影響度、重要度を表す。今回の特異点はこれまでで最大の重要度を誇る場所ということだ。

 アメリカの功罪は別にして歴史を鑑みた場合、この国の消失は現代の世界を根底から作り変えてしまうだろう。数々の発明も娯楽も無くなってしまうのだから。

 立香は腕を組みながら、頭をひねる。

 

「パリ条約っていくつもあって分かりづらくないですか? たまにはハワイとかでやれば良いのに」

 

 パリ条約と名のつく条約は中世から近代までいくつも存在する。もちろん内容もそれぞれ違うため、立香のような学生には鬼門であった。

 マシュは菓子パンの袋をガサガサとまとめて、ゴミ箱に放り込む。

 

「パリは何かと国際会議の舞台になることが多いので、条約も増えてしまったという経緯があります」

「どうせ特異点では殴り合いしかしないんでしょう。覚えておく必要はないわね」

「それは流石に脳筋が過ぎるのでは……? オルレアンのキレたナイフは伊達じゃないですね」

「まあ、それが真理であるとは思いますがねえ。アメリカの特異点も一筋縄ではいかないでしょうし」

 

 ジャンヌの言う通り、今までとやることは変わらないのは確かであるが、第五特異点はまたさらに異なる事情を孕んでいた。

 ダンテは補足する。

 

「この特異点にも存在するであろう『暗黒の人類史』のサーヴァントですが、今回はより注意してもらうことになると思います。私の記憶の限りだと、少なくともオティヌスと同等の力を持っているはずなので」

 

 かつて彼は第四と第五の特異点に送られた英霊は警戒すべき、と言っていた。前回、圧倒的な猛威を奮ったオティヌスと同等以上の力を持っているとなれば、その言は妥当と言えよう。

 聞いて、立香は訝しんだ。

 

「いつも思うんですけど、ダンテさんの記憶ってあまり当てにならないですよね」

「はうっ!?」

「確かに。言うことがイチイチ抽象的なんだよ。そういうのはお前の作品くらいにしておけ。天国篇意味分からなかったぞ」

「ペレアスさん、私が本当に気にしてることを言うのやめてください。研究者が色々考えてるの見て心苦しいんですから!」

フォフォウフォウフォウ(理解しづらいって言ってるから仕方ないね)

 

 どこからともなく現れたフォウくんが、ダンテの頭の上に着地する。長らく姿を消していた彼だが、どうやら出てくるのも自在らしい。

 フォウくんは我が物顔でコフィンの中に入り込む。さも当然かのように座る彼を見て、ノアはじとりとした目つきを向けた。

 

「こいつまた着いてくるつもりか? おまえみたいな下等動物にやる出番はねえぞ」

フォウフォウ(黙れクズ人間)

「よーし、よく言った。おまえにはEチームの非常食として役に立ってもらう」

「なんで人外と会話できてるんですか。それよりもリーダーは私たちとはぐれないようにしてくださいね」

 

 立香は口を尖らせて咎める。

 第三特異点、第四特異点と続けて、彼らのレイシフト初期位置は大いにかけ離れているのが現状だ。

 歪みの強度が強い特異点故の現象であろうが、常にイレギュラーに巻き込まれるのはもはや呪いの域であった。

 ノアはなぜか得意気に鼻で笑う。

 

「そりゃこっちの台詞だ、藤丸。リーダーのいる場所が常に正しいんだよ。つまり、俺がはぐれたという表現は当てはまらない。俺がルールだ」

「それ言って良いの釈迦とジャイアンくらいだと思うんですけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅き魔槍が閃く。

 肩口を割られ、鮮血が飛び出す。

 しかし、彼は神の分け身たる大英雄。その程度の傷は足を止める理由にもならなければ、剣を振るう障害にもなりはしなかった。

 

「───『羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)』!!」

 

 光輪の刃が奔る。

 かつて、人にしか倒せぬ不死の魔王を斬り裂いた勇者の一撃。空間を割るかのような威容は、あらゆる生命にとっての致命傷となる威力を秘めていた。

 だが、

 

「破れかぶれだ」

 

 狂王はその一刀を些事と切り捨てる。

 四足獣の如き駆動を以って光輪を潜り抜け、徒手となった相手へ槍を繰り出した。

 眼前に迫る打突。決して逃れ得ぬ死の予感。頚椎に氷柱を差し込まれたかのような悪寒が走る。

 無意味な足掻きと知りながらも足を運んだその瞬間だった。

 

「『大地を創りし者(ツァゴ・デジ・ナレヤ)』」

 

 絢爛たる猛き陽光が降り注ぐ。

 一軍を滅して余りある光がひとつの束となり、狂王と大英雄との間合いを断ち割った。

 追撃を一足飛びに躱し、狂王は不満気に息を吐く。その視線の先には、巨躯のコヨーテを従える褐色の男がいた。彼が背負う太陽はなおも猛々しく、まばゆいばかりの光を放っている。

 がくり、と大英雄は膝をつく。

 見れば、彼の体には肩口だけでなく至る所に傷が刻まれていた。それでも、身に纏う気勢が少しも衰えていないのは、彼の英雄たる由縁であろう。

 男は手負いの英霊の元に駆け寄ると、己が得物を構えて狂王に向き直る。

 

「逃げろ。ここはじきに死地と化す」

 

 簡潔な要請。男の声音は至って冷静であるものの、どこかに焦りがあった。

 同時に、その言葉は端的な事実を指し示している。魔槍を振るう狂王との相対をしても、この場所が未だ死地ではないということを。

 大英雄は改めて敵を睨む。

 禍つ凶槍を携える偉丈夫。

 殺気、邪気、鬼気。あらゆる不吉な言葉を以ってしても、彼が放つ死の空気には程遠いとすら思える凶兆。

 その肉体は至上の鎧と見紛うほどに磨かれ、圧倒的な武の瘴気を撒き散らしている。

 これに加えて新たな脅威が訪れるとすれば、後はまつろわぬ邪神くらいなものだろう。だとしても、魔王を討った勇者に撤退の選択肢はなかった。

 ここで狂王を討たねば、殺戮の嵐が吹き荒れることが目に見えていたから。

 首を振って立ち上がろうとしたその時、赫々と大地を照らしていた陽光が消え失せ、辺りが一瞬にして薄暗い闇に染まる。

 ぴしゃり、と遠雷が高鳴った。

 冷えた空気が流れ込み、身を打つ弾雨が地面を暗い色に塗り変える。

 狂王は舌を打ち、吐き捨てた。

 

「来やがったな───亡霊が」

 

 はたたく雷電。

 雨雲の隙間に、二つの眼光が灯った。

 蒼き閃電がその輪郭を浮かび上がらせる。

 地上を覆い隠すのではないかと思わせる巨大な体躯。血に塗れた牙から滴る毒液は落ちた途端、たちまちに地を抉る。

 きらびやかな虹色の鱗は星の輝きにも劣らぬ凄艶さを発している。が、思わず目を背けてしまいたくなる凶相をたたえていた。

 それが身をよじるだけで大気は撹拌されて唸りをあげ、周囲の草木は風に煽られてのけぞる。

 ありとあらゆる自然の暴虐を体現する存在。

 その正体は空を泳ぐ大蛇。虹色に輝く蛇神であった。

 空気を震わせ、その口が大きく開く。それはまるで冥府の穴。並び立つ牙は地獄の針山よりも一層刺々しい。

 

「ここは、我らの土地だ。化外の者が踏み荒らすことは許さぬ」

 

 雷鳴を吹き飛ばす怒声が響き渡る。

 世界そのものを揺らすかのような大音声(だいおんじょう)は、ずしりと腹の奥に振動を伝えた。

 言の葉に込められた感情は、この世の地獄をも幻視させるほどのとめどない殺意。

 

「最悪を想像しろ。それを絶する苦痛を以って、その薄汚い生命を散らしてやる」

 

 ───その巨眼は白く濁っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂を含んだ乾いた風が吹く。

 西部劇の町並み。舗装されていない大通りを回転草がころころと移動し、物寂しい風情を織り成す。

 簡素な木造りの酒場の中、堅い雰囲気が取り巻くカウンターに、ひとりの女が腰掛けた。彼女は一息つくと、酒場のマスターに話しかける。

 

「水と、何か空腹を満たせるものを」

 

 ───彼女の名はマシュ・キリエライト。荒野を身ひとつで流浪する、凄腕の仕事人であった。

 否、身ひとつという表現には誤解がある。

 女が脇に立て掛けた得物は拳銃でもライフルでもなく、身の丈ほどの巨大な盾。数々の戦いを共にしてきた立派な相棒だ。少しばかり無口なところが玉にキズなのだが。

 周囲の客がざわめき立つ。華奢な体でそれほどの大きな武器を振り回せるのかという疑問が原因だ。が、眉目秀麗な彼女にちょっかいをかけようとする者は誰もいなかった。

 ひとりで荒野を抜け、この酒場に辿り着いた。それこそが何よりの実力の証明であるからだ。

 そんな喧騒は気にも留めずに品を待っていると、マシュの右手の甲に何かが当たった。

 琥珀色の液体が注がれたショットグラス。おそらくカウンターを滑ってきたであろうそれを見て、彼女は右を振り向く。

 

「……これは?」

「荒事を生業にする先輩からのプレゼント、ってところさ。お嬢ちゃんには刺激が強すぎたかな?」

 

 そう言ってはにかんだのは、綺麗に染め抜いたかのような赤毛の少女。マシュと年頃は変わらず、しかしどこか浮世離れした雰囲気を纏い持っていた。

 どくりと心臓が高鳴る。

 これは果たして何を意味するのか……

 

「…………そう、これこそが後に荒野の麗しき狼と呼ばれる二人の出会いだっ──」

「やっとる場合かーっ!!!」

 

 瞬間、ジャンヌの手によって立香とマシュの頭がカウンターに叩きつけられる。

 二人の頭部は見事に木製の机にめりこみ、辺りに破片がぱらぱらと溢れる。酒場のマスターは場慣れしているのか、淡々とグラスを磨いていた。

 ジャンヌは持ち前の黒炎をも立ち昇らせる勢いでまくし立てる。

 

「長いのよ茶番が! 新手の西部劇を始めてる場合じゃないでしょうが!! 誰が荒野の麗しき狼!?」

 

 マシュはまず自分の頭を引き抜くと、立香の胴体を持ち上げるようにして救出する。彼女たちは血で真っ赤になった顔をとぼけた表情に歪めた。

 

「まずは流石のツッコミと褒めておきましょう。もう少し優しくしてくれると助かったのですが。おかげで寿命が一週間は縮まりました」

「う〜ん、荒野の麗しき狼はダメかぁ。他にも色々あったんだけどね。『荒れ地に咲く彼岸花』とか『美しすぎる死神』とか」

「どれも絶妙にダサいんですけど。誰が考えたのよ」

フォウ(私だ)

「露骨に前に出るようになったわねこの謎生物……センスも終わってますし」

 

 ジャンヌのじとりとした視線がフォウくんを貫く。

 どこかの黒髭や被虐的な趣味を持つ人々にとってはご褒美以外の何物でもなかったが、あいにくフォウくんはそこまで倒錯的な趣味は持ち合わせていない。丸焼きにされる自分の未来しか見えなかった。

 マシュは顎に手を当てて、頭を悩ませる。

 

「フォウさんのネーミングセンスはジャンヌさんのお気に召さないようですね。何なら良いんですか?」

「別に何でもいいわよ、アンタらのコンビ名なんて」

「「じゃあ、チャゲアンドアスカで……」」

「西部劇要素が死んでるじゃない! 性別も変わってるし、これならさっきのがまだマシだったわ!」

フォウフォウフォフォウ(どっちがどっちなのか分からない)

 

 立香とマシュは互いに向き合う。

 

「マシュがチャゲじゃないの?」

「え、てっきりわたしは先輩がチャゲかと」

「そこ、チャゲの押し付けあいをするな! 角が立つわ、色々と!」

「『あの〜、楽しそうなのは結構なんですが、外にサーヴァントの反応があるんですよね。三つほど』」

 

 見かねたロマンから通信が入る。直後、酒場の扉が勢い良く開け放たれ、ドアベルが軽快な音を立てた。

 三人と一匹は反射的に後ろを振り向いた。

 そこにいたのは、

 

「美少女の気配がするから来てみれば、なんと大当たりではないか! おまけに珍妙な生物までいる始末──やはり余の見立ては間違っていなかったな!」

「あれ? オレらの目的って大陸縦断美少女探しの旅でしたっけ? そりゃ男としてはありがたいことこの上ないんですがねぇ」

 

 ウェディングドレスのような白い装束を着た少女と、緑衣に身を包んだ明るい茶髪の男。目を爛漫と輝かせる少女とは裏腹に、後者は呆れたように頭を掻いていた。どことなく苦労人の雰囲気がする男である。

 三人の目を惹いたのはその少女。端に目立つからということではなく、彼女の顔が忘れようもない既視感を掻き立てたからであった。

 立香は目を見開いて声をあげる。

 

「ネロさんじゃないですか! 久しぶりですね! ローマ帝国軍師の藤丸立香です!」

 

 けれど、ネロは小首を傾げるばかりだった。

 

「むぅ、ファーストコンタクトが良好なのは何よりだが、我が軍にそなたのような可憐な軍師はいなかった気がするのだが」

「……覚えてないの? 任命したのは自分でしょうに」

「いえ、覚えていないというよりは知らないのでしょう。サーヴァントとは英霊の座から喚び出される写し身なので、必ずしもあのネロさんの記憶を持っているとは限りません」

「『そうだろうね。装いも新たにしているようだし、ボクらが出会ったネロ皇帝とは少しばかり事情が違うんだろう』」

 

 マシュとロマンの解釈を聞いて、立香とジャンヌは納得する。一方的に理解を進める彼らだったが、そこそこの事情を察したネロはうずくまって床を叩く。

 

「くっ! 何をやっておるのだ英霊の座は! 気の利かないやつめ! せめて余が出会った全世界線の美男美女の記憶くらいは入れておけ!!」

「えー、そこのイモムシは置いといて、アンタらは何者だ? 初対面同士、自己紹介といこうぜ。ちなみにオレはロビン・フッドな」

 

 そこで、立香たちは自らの名前を名乗るとともにカルデアの事情を説明することになった。現地のサーヴァントに対する恒例のイベントである。

 これまでに攻略してきた特異点の簡単な概要と、世界を取り巻く危機。ロビンは想定していたより遥かに重い事件に巻き込まれていたことに気付くと、力なく項垂れていた。

 

「世界を救う戦い、かぁ〜……オレにはちょっと荷が勝ちすぎる話だ。大統王とケルトの連中だけでも胃が痛いっつうのに」

「『萎えているところ悪いんですが、こちらの情勢も説明してもらえませんか?』」

「うむ。とはいえ、そこまで複雑な話でもないぞ」

 

 復活したネロが語ったのは以下の通り。

 戦争の勝利によって晴れて独立を勝ち取ったはずのアメリカだったが、突如発生したケルトの軍勢の攻撃を受けて、アメリカ軍は半壊滅状態に追いやられてしまった。

 ケルト軍の首魁は世に名高き妖婦、女王メイヴ。アメリカの独立が阻まれたことがこの特異点が発生した原因と見て間違いないだろう。

 メイヴ率いるケルト軍に対抗するべく立ち上がったのが、大統王を名乗るサーヴァントが立ち上げた新生アメリカ軍であった。現在、この北米大陸は女王と大統王の勢力が鎬を削る戦乱に包まれている。

 立香は考え込む素振りをしながら言う。

 

「ってことは、私たちはその大統王に味方すれば良いんですか?」

 

 本来の歴史を歪めたのはケルト軍だ。彼らが聖杯を抱えている可能性は非常に高い。アメリカ軍に協力することで事態の解決を図ることは当然の流れと言えた。

 だが、ネロは気難しい表情で答える。

 

「余も初めはそう思った。しかし、大統王も大統王できな臭い雰囲気がするのだ」

「『それは、一体どうしてですか?』」

「奴らが掲げる目標がケルト軍の打倒よりも、アメリカの存続を優先しているからだ。国の在り方としては理に適っているが、大敗北を喫した後でその言い草は不気味にすぎる」

「なるほど。未だ危機的状況にあるのにも関わらず、その目はケルト軍に向いていない……何か事情がありそうですね」

 

 マシュの意見にネロは頷いた。

 話の最中、ジャンヌはそこかしこに目を配っていた。ネロとロビンが敵でないことが分かった以上、詮ないことのように思えたが、彼女は重要な事実を指摘する。

 

「事情は理解しました。ところで、サーヴァントの反応は三つだったんでしょう。残りのひとりはどこにいるのかしら」

 

 問われ、二人はぎくりと震える。ロビンは億劫さを隠しもせずに、両の手のひらを数度打ち付けて呼び出す。

 

「非常に気乗りしませんが、オレらの最後の仲間を紹介しまーす。ほら、入ってこい」

 

 酒場に乗り込んでくる少女のシルエットは、ある意味ネロよりも立香たちの記憶に残っていたものだった。

 目に優しくない色合いのシルクハット。服装も同じく毒々しい色味で、年頃の少女でも憚られるコーディネートである。

 彼女はあざといウィンクをして言い放つ。

 

「アメリカに舞い降りたトップオブトップアイドル───荒み切った人の心に光を灯すハイパーウルトラ超絶美少女───そうっ! 私はエリザベート・バー……」

「「「うわでた」」」

「何よその反応!!?」

 

 ライブと称してジャイアンボイスを振りまく破壊の権化がそこにいた。

 立香は眉をひそめて、

 

「もう何回出てると思ってるんですか。フォウくんなんか最近まで空気以下の存在感だったのに」

フォフォフォウ(あれ、なんだか涙が)……」

「味のしないガムですね」

「なんとか爪痕残そうとするひな壇芸人ね」

「『ボクもこの流れに乗っかって……あ、ダメだ。何も思いつかない』」

「それが一番傷付くわっ!!」

 

 もしここにノアがいたなら、ありとあらゆる罵詈雑言が飛び出していたところだろう。四度目の登場となったトカゲアイドルを放っておいて、マシュはネロを向く。

 

「そうだ、ネロさんに訊きたいことがあるんです」

「む、余のスリーサイズか? 趣味は芸術鑑賞と劇場公演と後先考えぬ浪費と……」

「お、多い……そうではなく、シモン・マグスという人物のことについてなのですが」

 

 シモン・マグス。新約聖書の使徒行伝に登場する人物であり、グノーシス主義の開祖とも言われる魔術師。ファウストなど、後世に登場する悪魔と契約した人物の原型とする説もある。

 反キリスト教の人物として知名度が高く、最期は十二使徒のひとりであるペテロによって、空を飛ぶ奇跡を使っていたところを撃ち落とされて墜落死した。

 シモンは常に側に連れていた聖娼ヘレンをソフィアと呼んで崇拝していた。人理焼却事件のカルデアに続く第二のイレギュラー『暗黒の人類史』。それを各特異点に送り込んだ知恵の女神ソフィアとシモンに関係があることから、マシュの質問の真意はそこにあるのだろう。

 ネロはその名前を聞き、顔を晴らす。

 

「おお、シモンか! それなら余に訊いたのは正解だ。シモンは余の宮廷魔術師であるからな。魔術の腕前を褒め称えて石像まで造ったこともある!」

「宮廷魔術師……第二特異点のアイツと同じじゃない。嫌な予感しかしないわ」

「ノアトゥールというマスターのことか。余が認めたのなら、その者もかなりの魔術師なのであろう。それで、訊きたいこととはなんだ?」

「はい。シモン・マグスが常に側に置いていたというヘレンという女性のことを教えてください」

 

 ネロはむっと唇を結んだ。

 

「ヘレン……()()()()ではなくてか?」

 

 全員の頭に疑問符が浮かび上がる。

 エリザベートはなぜか上から目線で、

 

「ヘレネーって、トロイア戦争の絶世の美女でしょ。時代が違うじゃない。ま、美しさなら私の方が上なんだけど」

「そこのトカゲ女の妄言は知らねえが、そのシモンだかはヘレンのことをヘレネーって呼んでたんだろう。多分」

「そういうことになりそうですね。どんな人だったんですか?」

 

 立香が問いを投げると、ネロは胸を張って答える。

 

「うむ、それはもうとびっきりの美人であったぞ! 後宮にもあれほどの美女はいなかった。流石の余もうっすら憧憬を覚えたくらいだ。魔術もおそらくシモンと同等以上には使いこなしていたな。ただ、人柄についてはよく分からぬ」

「というと?」

「ヘレン…ヘレネーは無口でな。余が彼女と言葉を交した数は片手で事足りる。おまけに表情も乏しかった。余の劇を見てもくすりともしないのだぞ、信じられるか!?」

「なんですって!? 感情がないのかセンスが明後日の方向にぶっ飛んでるとしか思えないわ!」

 

 エリザベートは目を丸くして驚いたが、彼女以外の全員は心を一緒にしていた。それは信じられる、と。失笑すらしないのは確かに驚愕に値するが。

 ともかく、ネロから得られる情報は打ち止めだった。シモンとソフィアの関係性と、ヘレネーの人となりを知れたのは有益なやり取りと言えるだろう。

 ロマンはこれからの方針を提案する。

 

「『まずはノアくんとの合流を目標に設定しよう。彼らと通信は取れないが、幸い現在位置は掴めている。かなり遠い地点だから、情報を集めつつね』」

 

 立香たちは力強く首肯した。

 

「よし! では行くぞ!」

 

 勢い良く踵を返そうとしたネロだったが、時間が止まったようにぴたりと停止する。

 

「……そういえば、グループ名を決めていなかったな。単にレジスタンス、では趣がないであろう」

「ユニット名ね。『エリザベートとゆかいな仲間たち』は?」

「ちゃっかり主役の座を奪うなよ。センターはカルデアの三人娘に譲ってやれ」

「私は名前なんかどうでもいいわ。立香、決めなさい」

 

 ジャンヌに唐突に振られ、立香は泡を食って、

 

「えーっと……ろ、ローマ! ローマ合衆国で!」

フォウフォフォフォウフォウ(センターを明け渡してるんですが)

「ローマ合衆国───なるほど、これは北米大陸に新たなローマを建国せよということだな!? 悪くない、むしろ良い! この地に神祖ロムルスと余の名前を轟かせてみせようではないか!!」

「『ああ、心配だ…………』」

 

 管制室のロマンは無意識にポケットの中の胃薬をまさぐっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノアたちが降り立ったのは、一面の荒野だった。

 アメリカには二つの顔がある。

 様々な事情を抱えた人間が行き交う大都市と、のどかで雄大な自然が広がる田舎。1960年代のアメリカでは数多の放浪者を産んだヒッピー文化が花開いたが、彼らが自然の景観に魅せられたのも頷ける絶景であった。

 ただし、男三人のむさ苦しいパーティでは感動できるものもない。自然を神の芸術であると言い切ったダンテだけは例外だったが、ノアとペレアスはどこまで歩いても変わらない光景に不満を隠しきれていない。

 緩やかな風の流れだけが音を奏でる静寂の場を打ち破ったのはペレアスだった。

 

「なんかこう……アレだな。人間の住む場所なんて手狭なくらいがちょうどよく思えてくるな。現代人の気持ちが分かった」

「良いことを言いますね。私は子どもが四人いたので、使用人を困らせてばかりでしたから。ただ、彼らのために部屋を多くしてあげたいというのも親心でして。難しいものですねえ」

「……別に現代人全員が好き好んで狭い部屋に住んでる訳じゃねえけどな。どの国も都会と田舎じゃあ比べ物にならないくらい地価が違う」

「人が増えたことも影響しているのでしょうねえ。ペレアスさんもそうだと思いますが、私の時代では少子化が問題になるとは思ってもみませんでしたよ」

 

 ペレアスは気のない声で同意する。

 

「単純に娯楽が少なかったからな、ブリテンは。食うか寝るか戦うかくらいだ。一回、オレの部隊の奴が娼婦にハマって大変な目になってた」

「昼ドラみてえなのはランスロットだけにしておけよ」

「そもそもアーサー王の生まれも昼ドラじゃありません? よく立派な王様になれたなと思うくらいには」

「まあ、そこはケイ卿がいたからな。王妃が襲撃された時、死体と一緒に死んだふりしてたのは流石に殴ったが。……というか」

 

 彼は立ち止まって、

 

「なんか、いつもより真面目じゃねえか。オレたち」

「…………話すこともなくなってきましたからね。実を言うと、どのタイミングでしりとりを始めようか迷ってました」

「仕方ねえな。ダンテ、UNO出せ。リーダー命令だ」

「いや、歩きながらできねえだろ」

 

 三人の間に何とも言えない空気が流れる。

 鬱々とした感情に支配されそうになるが、それを止める気力のある人間はここにはいなかった。

 ペレアスとダンテは気の短い方ではないのだが、ノアはその真逆。魔術師らしく意味のある待ち時間なら堪えることはできるが、反対に目的も何もない今の状況はまさに不得手だ。その不満がペレアスとダンテに伝染するのも半ば必然と言えよう。

 鈍化した思考では無理やりテンションを上げることもできない。頭の回転が鈍くなった方が真面目になるという逆転現象が起きていた。普段、どれほど無駄なことに頭を使っているか端的に表す現象だ。

 ダンテは気恥ずかしそうに手を挙げた。

 

「私、ちょっと小の方が催してきたので、そこの林の方で済ませてきますね」

「……そう言われるとオレもしたくなってきたな。ノア、お前は」

「待て、おまえら。良いことを思いついた」

 

 ノアは顔に影を落とす。その表情は真摯そのものであり、鬼気すら発している。

 

「荒野のど真ん中で用足したらめちゃくちゃ気持ちいいんじゃね───?」

 

 重ねて言うが、彼らの頭はほとんど回っていない。

 だから、

 

「「確かに────!!!」」

 

 こうなるのも、当然の帰結なのだ。

 もはやこのアホ三人を止められる者は存在しない。立香たちがいたならペレアスとダンテは断っただろうが、無人の場所では周囲への配慮も何もなかった。

 小高い丘の上に登り、彼らが自然への冒涜に手を染めてから数秒後。出すものを出している真っ只中で、ダンテは正気を取り戻す。

 

「…………いや、私たち何をやってるんですかねえ!!?」

 

 ノアは平坦な声で返事する。

 

「見て分かんねえのか、何ってナニ以外の何物でもないだろ」

「そうですけれども! え、危機感とか覚えないんですか大人として!?」

「おいおい、危機感の話をするならまず目を向けるところがあるじゃねえか。こんなくだらない話を39話も続けてるという事実に」

「あの、ペレアスさんまでそういうことを言われると私の立つ瀬がなくなるんですが!? せめて私たちだけは誇りを持っておきましょうよ!! あっ、少し手にかかった!」

 

 慌てふためくダンテに、ノアはへらへらと笑いながら唇を動かす。

 

「誇りを持てって言い分も理解はできる。なんたって男は股間にライトセーバーぶら下げてるジェダイの騎士だからな。おまえもフォースと共にあれよ」

「私たちのはフォースというかホースですから! シスの暗黒卿の方がよっぽど合ってますよ!」

「うるせえ俺のフォースライトニング喰らいたくなければ黙ってろ」

「どこから出すつもりですか!? え、もしかしてあそこからじゃないですよねえ!?」

 

 道端に転がっている犬の糞以下の会話を行う彼らの背中を、聞き慣れない声が叩く。

 

「おい、そこで何をやってる! ここはケルト軍の領地だぞ! 名を名乗れ!」

 

 振り向いた先には、軽装のケルト兵。ケルトの一般的な兵装である槍と盾を手にしており、その穂先はノアたちに向いている。

 思わぬ闖入者。三人は視線を交差させると、同時に言葉を返した。

 

「「「……ルーク・スカイウォーカーです」」」

「貴様らのようなルークがいるかァァァ!! 下半身を丸出しにしているジェダイなど見たこともないぞ! フォースの前にパンツと共にあれ!!」

「チッ、細けえ奴だな。穿けばいいんだろう穿けば。直接的な描写をしてなければセーフだろうが」

「その前に人として大切なものを失ってるだろうが!」

 

 平時なら、ほぼ蛮族に近いケルト兵が言っても説得力はなかっただろう。狂人はより深淵の狂気に触れた時、常人に戻るのだ。

 大声で騒ぎ立てていると、ケルト兵がぞろぞろと集まってくる。中にはケルトの祭祀を司るドルイドまでもが紛れていた。

 ノアの目に光が戻る。ケルト民族もヤドリギを信仰対象とし、彼もドルイドの魔術を扱うことから興味がそそられたのだろう。

 衝突は避けられない。膀胱を空にして万全の状態となったペレアスはすらりと剣を引き抜いた。彼は剣の腹で肩を叩きながら口角を吊り上げる。

 

「ようやく第一村人発見だな。ひとしきりボコって情報を聞き出すぞ」

「ペレアスさんは蛮族の気がありますよね。円卓の騎士はみんなそうなんですか」

「尋問は戦場の基本だ。手頃な奴を叩いて情報を搾り取るなんて、円卓に限らず誰でもやってたよ。いけるな、ノア」

「当たり前だ。オティヌスの杖の性能を試してやる」

 

 ノアの手には重厚な赤色の王笏──ゲンドゥルの杖が握られていた。前回の特異点の最後、オティヌスより貸し与えられた主神の杖。オーディンの魔術神の神格を象徴する礼装だ。

 杖の先をケルト軍に差し向ける。

 一瞬、莫大な魔力が膨れ上がり、簡潔な詠唱を口にした。

 

()()()

 

 魔狼の咆哮が響く。

 人に指を差して呪うガンドの原典。精霊を送り込むことで対象者に害をなすという、現代では失われたはずのガンドの真価がここに蘇った。

 狼の形をした魔弾が一直線に駆ける。

 直線上のケルト兵を蜘蛛の子を散らすように薙ぎ倒し、敵の陣形を真っ二つに切り裂いた。

 開戦の号砲としてはこの上ない戦果。宙を舞うケルト兵を見て、ペレアスは抗議の意味を込めてノアに視線を送る。

 

「……死んでねえよな、アレ」

「思ったより出力が強かったな。まあ全身粉砕骨折で済むだろ」

「済んでるんですかねえ、それは。あ、ペレアスさん、強化は掛けておいたので後は頼みます。後ろで見てますね」

「分かった。お前は詩でも考えてろ!」

 

 そう言って、ペレアスは敵陣に飛び込んだ。

 相手はケルト兵。一般的な兵士とは隔絶した実力の敵であるが、ペレアスからすれば数え切れないほど倒してきた雑兵と変わらなかった。

 数では圧倒的に勝っているはずなのに、彼には掠りすらしない。剣の腹で的確に相手の意識を刈り取り、雑に拳足を振るって敵を無力化していく。

 ケルト兵を一掃するのに時間はかからなかった。むしろその後の拘束に手間取ったくらいだ。

 三人は先程、用を足していた最中に話しかけてきたケルト兵に近付く。

 

「くっ…殺せ!」

 

 ペレアスはこくりと頭を縦に振った。

 

「そうか。じゃあ頭を垂れろ」

「ちょ、ちょっと待って! 本当に殺す奴がいるか!?」

「私、なんだか彼にシンパシーを感じてきました。ヘタレなところとか。ですのでノアさん、その拷問具をしまってあげてください」

 

 どこから取り出したのか、ペンチやノコギリ、果てにはアイアンメイデンまで準備していたノアの手が止まる。

 その姿にダンテは疑問を覚えた。

 乗り気になっている彼は言葉で止まるような男ではない。先の発言も半ば諦め気味のものだったため、言いなりになったことに強烈な違和感を感じたのだ。

 しかして、その疑問は即座に解消されることとなる。

 

「妙な気配がするから来てみれば、中々の手前だ。カルデアとはお前たちのことただろう」

 

 黒いタイツのような装束に身を包んだ戦乙女。人形のような端正な見た目とは裏腹に、発する空気は烈女のそれ。すらりとした体はしかし、誰にも見て取れるほどに高度な武の練度を物語っていた。

 ペレアスの警戒度が上に突き抜ける。彼はいつでも迎撃を行えるよう、寝かせていた剣の刃を立てて言う。

 

「妙な気配? さっきのガンドのことか」

「いいや、お前とそこの男のことだ」

 

 彼女が顎で指したのはダンテ。怜悧な視線に射竦められ、彼はびくりと震えた。

 

「そんな気配は出しているつもりがなかったのですが。まずは土下座でもしましょうか」

「阿呆か。その右手、呪いを受けているだろう。魂にまで浸透しているようだが、死んでいないのは奇跡だな」

「ああ、右手のことですか。これは盲点でした。それで、ペレアスさんの方については?」

 

 死に際のジャック・ザ・リッパーから受けた呪い。それはダンテの右手を黒く染め、魂にまで入り込んでいた。今は害をなしていないようで、特に彼に影響はない。

 その女性はわざとらしく鼻を摘む。

 

「女の匂いが濃すぎる。どこの女神に魅入られたのだ、お前は?」

 

 ノアとダンテは無言でペレアスを見た。かつてない誤解の予感を受け、ペレアスは慌てて否定する。

 

「ま、待て待て! オレは嫁一筋の一途な男だから! 召喚されてからこっち、女と触れ合った記憶なんて微塵もねえよ!!」

「語るに落ちた……と言いたいところだが、精霊の類に加護を掛けられているようだな。そこまでいくともはや呪いの域だぞ」

「湖の乙女のことですね。やっぱり呪いなんじゃないですか」

「人聞きの悪いこと言うんじゃねえ! これは加護だっつーの! 融通が効かないところもなんだかんだで可愛らしいだろ!!」

「流れるように惚気けましたね……」

 

 ダンテは肩を落として呆れた。他人の家庭に深入りすることほど無粋なことはないが、それでも彼と湖の乙女の関係がうかがえる発言だ。

 妙な空気感になりそうなところを、ノアは突如現れた女性を指差して、

 

「なんでそんな格好してんだ、おまえ。痴女か?」

 

 さっきまで下半身を露出していた男が言えたことではない。

 次の瞬間、超高速の豪拳がノアの顔面に叩き込まれた。

 見事一発で彼をノックアウトしてみせた女性は、その首根っこを掴んでどこかへ歩いていく。これ以上なく自業自得な結末を目の当たりにしつつも、ペレアスとダンテは彼女の後ろについていく。

 

「この男、才は目を見張るものがあるが性根が腐りきっているな。私の目的ついでに叩き直してやる」

 

 ノアのサーヴァント二人は全カルデア職員の希望を背負って即答する。

 

「「是非お願いします」」

「では着いてこい。拠点に案内する。道すがらこの土地の事情も説明してやる」

 

 北米大陸の情勢。大統王のアメリカ軍と女王メイヴのケルト軍が戦うこの場所に、彼女はケルト軍のサーヴァントとして召喚された。

 しかし、とある事情からケルト軍に付くことを思い止め、軍を離れようとしていたらしい。ダンテは思わせぶりな言い方を軽く指摘する。

 

「離れようとしていたということは、まだケルト軍に属しているのですよね。さっき言っていた目的と関係が?」

「その通りだ。この地の土着の神が召喚され、ところ構わずあらゆる戦線を荒らし回っている。神殺しとして、アレを見逃す訳にはいかん。奴を仕留めるためには軍の情報網があった方が都合が良い」

「土着の神、ですか。……まさか」

「───『暗黒の人類史』か。お前やコロンブスみたいに協力はできなさそうだな」

 

 ダンテはペレアスの言葉に首を振って同意した。彼が別次元で得た情報はきっかけさえあれば思い出すことができる。彼は何かに操られるように言葉を述べた。

 

「名を虹蛇(にじへび)と言います。アイダやエインガナ、ユルルングル……世界各地に存在する雨と創造を司る虹の蛇神を統合した神格。彼女に話は通じないと思った方が良いでしょう」

 

 ペレアスは眉をしかめる。

 

「……彼女? その虹蛇ってのは女なのか」

 

 答えたのはダンテではなく女性だった。

 

「古来より蛇は地母神の象徴だ。ティアマトやコアトリクエ、意外なところだとアテナなども蛇を象徴とすることがある。虹蛇が女であることも疑問ではない。……おっと」

 

 異常に回復が速いノアは飛び起きると、女性の手を振り払った。しかしその顔面は潰れたアンパンのようになっており、流石に全快はしていないようだ。

 彼はふらふらと歩きながらぼやく。

 

「前が見えねェ」

「自業自得だ。反省しろ」

「ええ、全くです。ファッションは人それぞれですからねえ。ところで、あなたの名前を訊いてもよろしいですか?」

 

 そして、女性は言った。

 

「───()()()()。影の国の王だ」

 

 その名乗りを受けて、ノアは口角を引きつらせた。

 第四特異点の最後。オティヌスよりもたらされた預言。

 

 〝貴様がもし神殺しの魔剣を求めるなら、影の国の女王に会え〟

 

「───……いきなりかよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北米大陸。アメリカ大統王軍、本拠地。

 その場所に、なんとも呑気な少女の声が響き渡った。

 

「いやぁ〜、乱世乱世! 今日もマハトマ占いが捗るわね! えーっと、この並びは……『新たな出会いがあるかも』?」

 

 大人びた雰囲気の少女は顎をつまんで考える。

 

「新たな出会い……地球外生命体……未知との遭遇……はっ! つまり人類は滅亡する───!?」

 

 何やらとんでもない解釈をしかけていたところをライオン頭でムキムキの大男が話しかける。

 

「毎日のマハトマ占いかね、エレナ女史。結果をお聞かせ願おう」

「あら、エジソン。とんでもないことが分かったわ! 人類が滅亡するみたいだからシェルターの準備をして!」

「既に滅んでいるようなものでは……?」

 

 面食らいかけたエジソンだが、すぐに気を取り直す。大統王はうろたえないのだ。

 彼はひとりで盛り上がっているエレナをそっとしておいて、部屋の隅に視線を投げかける。

 黄金の鎧が肉体に食い込んだ白髪の青年。神格にも近い隔絶した雰囲気を有する彼は、静かに佇んでいた。

 

「カルナくん。連日すまないが偵察を頼む。虹蛇の所在は常に掴んでおきたい」

「了解した。任せろ」

「地味な任務だが、このアメリカを救う大事な仕事だ。抜かりなく頼むよ」

「…………ああ、そうだな」

 

 カルナ。インドの神話に燦然と名を残す施しの英雄は、曇りなき眼でエジソンを見つめていた。

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