自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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第40話 ケルト・インド戦士大集結

 立香(りつか)たち、ローマ合衆国が発足して翌日。彼女らはひたすらに北米大陸を突き進んでいた。

 土地の広さで言えば今まで最大。移動に時間を掛けたのは第三特異点も同じだが、今回は徒歩での移動を強いられる。海戦の名手であるドレイクの一団が操作する船上は揺れも少なく快適だった分、こちらでは自分たちの足を酷使しなくてはいけない。

 無論、ここに集ったサーヴァントたちはひとりももれなく強者だ。多少の行軍が体調に響くようなやわなつくりはしていない。

 ただし、マスターである立香は別だ。

 彼女とてちょっとやそっとで音を上げる根性ではないし、日々の鍛錬も欠かしてはいないが、それでも人間とサーヴァントでは隔絶した差がある。

 そんな訳で、ローマ合衆国の一団は立香の体力を考慮して、途中の町々で適宜休憩を挟みながら移動していた。

 その最中の一幕。立ち寄った小さな町で、昼の食事を摂っていた時のことである。

 

「…………()()()()?」

 

 マシュは思わず聞き返した。

 屋外のテラス席。立香たちの手によって、マシュの目の前に雑に皿に盛られた料理が並べられていく。

 立香は対面に座ると、ナイフとフォークで、妙に硬い塩漬け肉と格闘しながら答える。

 

「うん。お店の人に訊いたら、このまま東に進んでいくとケルト軍との国境付近らしいんだけど……」

「そこで虹色の蛇が暴れ回ってるらしいわね。噂によると、とんでもないデカさで空を飛んでるとか、常に雷雲を引き連れてるとか、瞬きしたら空の彼方に飛んでいってたとか……情報が錯綜してそうだわ」

「で、わたしたちは今からその地帯を突っ切ってリーダーたちを回収しなくてはならないということですか。毎度、ろくなことになりませんね、あの人は」

 

 カルデア三人娘は我らがEチームのリーダーの不甲斐なさにため息をついた。

 ケルト軍とアメリカ軍の支配領域はそれぞれ東西に分かれている。ノアたちはアメリカ東部、ケルト軍の領地に転移させられていた。そのため、立香たちは東を目指し、いよいよ国境付近に差し掛かるところである。

 国境とはそのまま、戦線とも言い換えられるほどに緊張度の高い地域だ。彼女たちはこれからそこを通り抜けなくてはならない。今までの経験からして、立香はこれ以上なく悪い予感を感じていた。

 マシュはポテトを口に運びながら、エリザベートに視線を投げかける。

 

「それにしても、蛇ですか……エリザベートさんはトカゲでしたっけ?」

「どっちでもないわっ!! 私をそこら辺の爬虫類どもと同じにしないでくれる!? この尻尾は竜よ、竜!」

「じゃあ何類なんだよ。そもそも哺乳類なのか?」

 

 杯を傾けていたロビンから冷静なツッコミが入る。立ち上がっていたエリザベートはすとんと座り込むと、何やらブツブツと考え始めた。

 

「私は断じて蛇でもトカゲでもないけれど、竜……人間……? 私は一体何者でどこから生まれてどこに行くのかしら……!?」

 

 顔面蒼白で頭を抱えるエリザベートを見て、立香とマシュは言う。

 

「人のアイデンティティってこんなに簡単に破綻するんだね」

「ええ、人が壊れる瞬間を目の当たりにした気がします」

「なんでそんな凄惨な場面を平常心で受け止められるのよ!?」

「カルデアでは人が壊れるなんて日常茶飯事ですからね。特に心が動くこともありません」

「……アンタがそれを言うと色々と重いわ」

 

 ジャンヌは据わった目をするマシュにぼそりと呟く。

 カルデアの闇は別にしても、ペレアスとダンテは過去に脳を破壊されているコンビである。おまけに二人のマスターは誰が何を言うまでもなく破綻しているため、立香たちが動揺することはなかったのだった。

 そこで、立香は視界の端でネロを捉えた。彼女はナイフとフォークを握りしめながら、沈痛な面持ちで塩漬け肉と向き合っている。

 

「食べないんですか?」

「うむ……余は美男美女と同じくらい美食も嗜んだがこれは口に合わぬ! 塩味が濃すぎるし、身も硬い! 持病の頭痛が出そうだ。アメリカとは豊食の国ではなかったのか!?」

 

 あからさまに不機嫌になるネロ。ロビンはわがまま皇帝のそんな姿を鼻で笑い、肉を齧り取った。

 

「そりゃアンタが皇帝だったからだろ。オレら庶民はこんなのでもごちそうだったんですがねえ」

「でも、私はネロさんの気持ちも分かりますよ。現代人には少しつらい食事です。私なんて小学生の時、グミかじっただけで歯が折れましたからね!」

「『それは生え変わりの時期だっただけでは……? もうすぐケルト軍の領地に入るけど、その前にみんなには向かってほしいところがあるんだ』」

 

 アイデンティティの崩壊に陥りかけているエリザベートを除いて、全員の目がロマンに集まる。

 彼の手元のモニターにはこの町からほど近い地域が移されており、東寄りの位置に弱々しい光点が点滅していた。ロマンはそれを指して説明を行う。

 

「『国境近くにサーヴァント反応を確認した。おそらく瀕死のはぐれサーヴァントだろう。ケルト軍の領地への最短ルートからは北上する形で外れるが、これを見逃す選択肢はない。保護して協力を求めよう』」

 

 立香たちは力強く首肯した。

 このサーヴァントは必ずしも味方とは限らない。ケルト軍の策略ということも十分考えられるが、彼女たちも総勢五体のサーヴァントを擁する状態だ。ここで薄いリスクを恐れるよりも、戦力増強を図ることを選んだ。

 ノアたちのバイタルはカルデアが常に監視している。彼らについての言及がないのは差し当たって問題が起きていないということだろう。

 立香は心の中でそう結論付けて、すっくと立ち上がる。

 

「善は急げ! 体も休まりましたし、早速出発しましょう!」

「そうね。そこのアイドルは未だに精神崩壊してますけど」

「まあ放っときゃ治るだろ。そういや、そこの猫モドキにエサはやらなくて良いのか?」

 

 ロビンが足元のフォウくんを指差す。

 自分の存在を消すことに定評のある彼は器用に皿を口で咥えて、食料を催促していた。Eチームのリーダーならそこら辺の雑草を振る舞うところだが、ここにそんな狭量な人間はいなかった。

 ネロと立香は塩漬け肉を含めた残飯を皿の上に置いた。前者に至ってはほとんど手を付けていなかったが、フォウくんには僥倖である。彼は即座に肉にかぶりつく。

 

「…………フォフォウフォウ(めっちゃしょっぱい)

 

 口の端からボタボタと肉片がこぼれ落ちる。肉は保存用にかなり塩気が効いているために、現代の食事で肥えた舌には辛いものがあった。が、フォウくんの咀嚼は止まらなかった。獣の悲しい性である。

 今の今まで撃沈していたエリザベートが跳ね起きる。自分の分の食事が無くなっていることに目を丸くして、

 

「待ちなさい、私も食べてないんだけど! 自己肯定に気を取られて全然手を付けてなかったわ!」

「もう全部こいつにあげちゃったわよ。夜まで我慢したら?」

「エリザベートはアイドルであろう。一食抜くくらい体型維持でお手の物ではないか?」

「痩せるために食事を抜くなんて手法は古いのよ! むしろ栄養を吸収しやすくなって、さらに太るなんてこともあるんだから!」

「う~ん、困りましたね……」

 

 立香は何かないものかとポケットをまさぐる。細長くすべすべした感触のものを見つけると、それを引き抜いた。

 

「そういえば、フォウくんにあげようと思ってた『ちゅ~る』がありました。食べます?」

「人間が食べてもいいものなの!?」

「大丈夫です。この前、リーダーと一緒にウソついてペレアスさんとダンテさんにあげたら笑顔で食べてましたから」

「『ネコ用おやつを笑顔で食べる英雄の話なんて聞きたくなかったなあ……』」

 

 ペレアスはともかくとして、厄介なフォロワーが多いダンテのファンが聞けば怒り狂いそうな話である。

 エリザベートは歯を軋ませて悩み、意を決してそのネコ用おやつを掴み取る。勢い良く封を開けて中身を口の中に絞り出すと、大股で歩き始めた。

 

「さあ、行くわよ!」

「ほ、本当にやりやがった……」

「望んで人を捨てましたね。わたしもこの覚悟には敬意を表さなくては」

「ただのアホでしょ」

 

 そんなこんなで、立香たちローマ合衆国はまだ見ぬはぐれサーヴァントを目指して進軍を開始する。

 代わり映えのしない一面の荒野。幸い、カルデアが捕捉したサーヴァント反応はその場所から動くことはなく、四半刻程度で目的の地点に迫ることができた。

 しかし、注目すべきところはそこではなく。

 淡々と進めていた歩がぴたりと止まる。果てしなく続く土の野原の中心に、鬱蒼とした深い緑をたたえる密林が壁のように立ちはだかっていた。

 手付かずの原野と言ってしまえば本質は同じ。だが、その密林の大気や大地からはマナが可視化するほどに溢れ、木々の合間には現代の地球上では確認されていない魔獣・幻獣の姿がうかがえる。

 豊潤な自然が織り成す緑の園。神代にも匹敵するマナの濃度は、1783年のアメリカにおいては異常そのものでしかない。

 砂漠の中心に海があるかのような違和感。密林は取ってつけたように広がり、その場所だけが異彩を放っていた。

 景色に目を奪われていたマシュは、困惑しながらもカルデアとの通信を繋げようとする。

 

「ドクター、映像を共有してください。不可解な場所を発見しました。…………ドクター?」

 

 ロマンの声が返ってくることはなかった。代わりに通信機からは砂嵐のようなノイズが響くだけで、何ら意味の見出だせる音は聞こえない。

 マシュは通信機に故障がないことを確かめながら、

 

「繋がらない……マナの濃度が原因でしょうか」

「む。ならば、引き返して迂回するか? 時間は食うが、通信が繋がる可能性もある。森を進むのにも体力を使うであろうしな」

 

 マシュはネロの提案に頭を悩ませる。

 サーヴァントの反応は遠くない。ほんの数分歩けば辿り着ける距離だ。危険はあるにしろ、森を通る選択肢もあるだろう。

 だが、この森が広大に続いていれば。迂回したところではぐれサーヴァントがいる場所を過ぎてしまうかもしれないし、その分だけ時間は無駄になる。

 考え込んでいたその時、ロビンが目の上に手をかざしながら言った。

 

「見た感じ、この森はそう広くねえ。突っ切ろうぜ、オレが案内してやるよ」

「……ああ、そういえばそうでした! ロビン・フッドといえばシャーウッドの森を根城にする義賊の類話がありますからね。森の地形を読むのはお手の物ということですか」

「そういうこった。大した技術でもないがね。問題はマスターの嬢ちゃんにとって、この森の魔力が濃すぎるところだが」

 

 カルデアから支給される礼装はレイシフト先の気候風土に合わせて調整される。現代から二百年以上離れたこの時代であろうと、環境はほぼ変わらない。神代の環境は今回の作戦では想定されていないのだ。

 立香はノアから貰い受けた礼装である髪留めに触れた。淡い黄色の布地に目立たないように織り込まれた金糸の刺繍がほのかに発光する。

 

「私のことなら問題ありません。リーダーに貰った髪留めが周りの魔力を吸収してくれるんで! むしろ充電もできて一石二鳥ですね!」

「なるほど、そりゃいい。オタクらのリーダーもなかなかやるじゃねえか」

「その言葉、今のうちに撤回しといた方が良いわよ。クズのロクデナシだから」

「おまけにアホですからね」

 

 真顔で言い切るジャンヌとマシュ。ロビンはそこはかとない恐怖を覚えた。彼はEチームの底知れない闇を感じながら、密林に足を踏み入れた。

 大した技術でもない、と謙遜するロビンだが、事実その案内は見事なものだった。未知の森をまるで散歩でもするかのような気軽さで先導し、時折迫る魔獣を弓も使わずに口笛で追い立てる。

 多少の戦闘も覚悟していた立香たちの心配は杞憂に終わった。生い茂っていた木々が途切れ、見慣れた荒野の風景に戻る。ロビンの言う通り、そう広い森ではなかったようだ。

 そして、彼女たちは燃えるような赤髪の少年が行き倒れているところを目撃する。彼は息をしているのが不思議なほどの深手を負っていた。

 立香は礼装を介して治癒魔術を起動しながら、彼に駆け寄る。

 

「大丈夫ですか! 今治します!」

 

 体に刻まれた切創と、雷に打たれたかのような火傷。髪留めに貯まった魔力をも総動員して、それらの傷を塞いでいく。

 カルデアが感知したサーヴァントの反応とはまさしく彼のことなのだろう。息も絶え絶えに、少年はうわ言を呟いていた。

 

「う、く……シータ…………」

 

 人の名前であろう単語。立香は脊椎に氷柱を打ち込まれたかのように戦慄する。

 

「───()()()!? マシュ、今の聞いた!?」

「ええ、しかとこの耳で聞きました。まさかこんなところであの人と出会えるとは───!!」

「何、知ってるの二人とも!?」

 

 エリザベートの問い掛けに、二人は焦燥しながらも目を輝かせて答えた。

 

「「間違いありません、この人は───パズーです!!」」

 

 冷めた目つきのロビンとジャンヌとは対象的に、エリザベートとネロは鼻息を荒くしてパズー(仮)に詰め寄る。

 

「なんと、かの天空城(ラピュタ)を発見した大英雄ではないか!! それをこのように痛めつけるとは、許せぬ! 立香、決して死なせてはならぬぞ!!」

「意識をしっかり保ちなさい! 貴方がここで死んだらシータは誰が守るつもり!?」

「い、いや……余はラーマ……」

 

 なんとかして声を捻り出した赤髪の少年。その顔色は失血とは別の要因で青白くなっていた。

 マシュは歯噛みして、止血を行う。

 

「くっ…! 先輩、意識の混濁が見られます。相当危ない状況かと!」

「うん! ムスカの野望は絶対に止めてみせる……!!」

「ら、ラーマ! ラーマだ! 余はラーマ!! パズーとは一体誰だ!?」

 

 鬼気迫った声。盛大な勘違いをしていた四人はぴしりと硬直する。彼女たちは冷や汗をかきながら、目を泳がせて取り繕う。

 

「「「「だ、だと思ったぁ~~」」」」

「嘘をつけェェェ!! 完全に勘違いしていたであろうが!! 今更取り繕ったところで無駄であるぞ!?」

「あの、そんなに大声出したら傷口が」

「ぐはあああああ!!」

 

 パズー改めラーマは開いた胸の傷口を押さえながら足をバタつかせた。一連の流れが逆に気付けになったのか、儚げな気配は消え失せていた。

 そうして、大方の治療が完了した後。ふらつく体をロビンに支えてもらいながら、ラーマは口を開く。

 

「余はコサラの王、ラーマだ。窮地を救ってくれたことには感謝するが、決してパズーなどという名前ではないからな」

 

 正気を取り戻したマシュはけろりとした表情で頷いた。

 

「ラーマ……インドでは今なお人気のある大英雄ですね。羅刹の王を倒す勇者で、ヴィシュヌ神の化身で、ガンジーさんも死の際に名前を呟いたという、逸話モリモリの超有名人です。ペレアスさんが劣等感を刺激されること請け合いでしょう」

「なぜそこまで知っておきながら人違いをしたのだ……!? ま、まあいい。余も事情を説明したい。早くこの場から離れよう」

「どうしてそうも急ぐ? 怪我は繕っただけで血も足りていないだろう。まだまだ本調子ではあるまい」

「それは───」

 

 と、ラーマが言いかけた時、立香たちは気付く。荒涼たる地平線の向こう側。猛烈に砂塵を巻き上げながら、走ってくる人影に。

 筋骨隆々とした糸目の大男。磨き抜かれた筋肉を見せつけるように半裸であり、螺旋状に捻れた刀身の大剣を背負っている。

 彼は右手をぶんぶんと振りながら、輝かしいばかりの笑顔で叫んだ。

 

「おぉ~~いそこの女子たちィ!! 俺と○○○を○○しながら○○○して○○○○せぬかァ!!!」

 

 放送コードを天元突破した言葉が乱舞していた。もはや何を言っているか分からない半裸の変態を前にして、立香は大いに喫驚する。

 

「うわああああああ変態だァァァ!!」

「立香、下がってなさい! あんなのに触れられたら穢れるわよ!」

「安心しろ、俺は無理やりは好まぬ! 自他ともに認める紳士だからな! ただしケルト流のだが!!」

 

 そう言って猛進する糸目男の後頭部を、後ろから追ってきた二刀の美男子が打ち据える。ごしゃり、と痛々しい音が響き、糸目男は地に伏せた。

 

「ケルト流の紳士とはそれ即ち蛮族を表します。普通にアウトです」

 

 そのさらに後から続いて、金髪の青年が美男子の肩を叩く。

 

「よくやったディルムッド。私の親指かむかむによると、R-18発言は禁句だからな」

「親指噛まないとそんなことも分からないのですか、我が王よ」

「そう言うな。実は私も危機感を覚えているのだ。親指を口に含むと何となく安心する。これは赤子の頃の記憶だろうな」

「赤子と同レベルということが露呈したのですが!?」

 

 彼らのやり取りを見て気が抜かれたようになる立香たちだが、ラーマだけは警戒を強めていた。

 

「奴らはケルト軍のサーヴァントだ。狂王との戦いで負傷した余を追ってきたに違いない」

「色々訊きたいことはあるが、つまりは敵ってことか。ついてねえな」

「会話から察するに、あちらの金髪の人はフィン・マックールでしょう。神霊に勝利したことすらある強敵です!」

 

 フィン・マックールとその騎士ディルムッド・オディナ。彼らは無数の勇士が名を連ねるケルト伝承の中でも稀有な実力を持つ英雄であり、神から授かった武装をも携えている。

 九世紀に語られ始めたアーサー王物語はケルトの逸話を吸収したものが多く、神秘の古さが影響するサーヴァント戦においては無類の強さだ。

 大剣を背負った糸目男はむくりと立ち上がり、溌剌と喋り出す。

 

「無駄な駆け引きは好かん! ラーマを渡せ。俺とて可憐な少女に剣を振るうのは心が痛む!」

 

 ネロは鼻で笑い飛ばす。白き花弁とともに己が愛剣を呼び寄せ、正眼に構えた。

 

「ふん、その駆け引き自体が無用なことは気付かぬのか? 我らの答えはとうに決まっておる。立香!」

「───はい! 絶対に断る、です!!」

 

 その瞬間、炎が爆ぜる。

 

「死ね、変態!!」

 

 ジャンヌが繰り出した黒炎の一撃。

 遍く生命を焼き尽くす波濤を、男は大剣の一振りで斬り伏せる。

 自らの技を誇るわけでもなく、彼は笑った。

 

「潔し! ますます気に入ったぞ! 我が名はフェルグス・マック・ロイ───しかと覚えておけ!!」

 

 地面が砕ける。

 強烈な踏み込みを以って、フェルグスは剣先をジャンヌへと叩きつけた。

 旗の柄を傾けて刺突を受ける。伸ばしていた両腕は折り畳まれ、彼女は衝撃に逆らわずに背面に跳んだ。

 完璧に受け切ったにも関わらず、両腕はびりびりと痺れていた。後方に押し込まれたジャンヌと入れ替わる形で、ネロとエリザベートが飛び出す。

 剣と槍。二つの斬撃。フェルグスを狙ったそれは、手前で停止する。

 赤と黄の双剣。海神マナナン・マクリルより授かった対の魔剣を手繰るディルムッドは、端的に告げた。

 

「今です」

 

 宝槍を片手にしたフィン・マックールが太陽を背に跳び上がる。

 短く息を吐き、敵へ向けて槍を投擲した。

 

「──ッ!」

 

 果たして、息を呑んだのは誰だったか。

 着弾と同時に十数メートルにも及ぶ水の柱が巻き上がる。それはまるで天より降る流水の剣。大地を深々と抉り取り、小規模のクレーターを作り出す。

 地面に突き刺さった槍はひとりでにフィンの元に飛び、その手に収まる。

 

「ほう、これで無傷とは。随分と防御に長けたサーヴァントだ」

 

 彼の目線が射抜くのはマシュ。彼女はその盾で投槍を防ぎ、マスターたちを守り抜いていた。

 ラーマを除くとしても、サーヴァントの数だけで言えば五対三。十分に勝機のある状況であり、逆に言えば敵の勝ち目は薄い。

 それでもなお、三人は余裕を崩していなかった。泰然とする敵の姿に、マシュは思わず歯噛みする。

 彼らは生粋の戦士。命を奪い奪われることに何の疑問を持たない類の人間だ。だから、数的不利を理解こそすれど恐怖することなど無いし、そんなものは幾度も引っくり返してきただろう。

 その身は死地に置かれてこそ正常。経験の差ではなく、戦いに対する心構えからして常軌を逸している。

 殺すか、殺されるか。彼らとて無為に命を投げ捨てることはしない。圧倒的な劣勢に置かれれば、撤退することもあるだろう。それをしないということはつまり、三人で倍の敵を相手取っても勝てるという自信があるからに違いない。

 ロビンはラーマを立香に託し、冷静に言い放つ。

 

「そいつらと馬鹿正直に戦う必要はない。全員で森に退がるぞ。数の差を活かそうぜ」

 

 ディルムッドは僅かに口角を上げる。

 

「それをみすみす見逃すとでも?」

 

 腰を低く落とし、双剣を広く構える。全神経を手先にまで行き渡らせ、彼は相手の一挙一動を捉えることに専念していた。

 

「隙がないわね。良いわ。私のライブ、見逃さないことより聞き逃さないことに努力しなさい───!!」

「み、みんな! 耳を塞いで!!」

 

 しかし。

 それが仇になると理解した時には、もう遅かった。

 

「『竜鳴雷声(キレンツ・サカーニィ)』!!」

 

 轟く不協和音。

 悪魔の歌声よりもなお寒々しく、火山の噴火よりも一層恐ろしいド下手糞な歌が響き渡る。

 全くの無防備だったケルト軍の三人は苦悶の表情を浮かべて、耳穴に指を突っ込んだ。

 

「うおわあああああ!! 頭が割れる!! 前言撤回、あの娘だけは無理ィィ!!」

「こんな歌声がこの世に存在するとは……!! 神への冒涜、いや世界への反逆です!」

「……………………ちゅぱちゅぱ」

「親指から口を離しなさい!!」

 

 ディルムッドは体育座りしながら虚ろな目で親指を吸うフィンを止めにかかる。

 そして、ある意味で世界トップクラスの歌声が途切れた頃には、立香たちの姿は忽然と消えていた。

 三人は頭の中にじんじんと響く鈍痛を落ち着けると、ラーマを追うべく森に入る。

 ディルムッドが数歩踏み込んだ直後、四方から放たれた矢が彼を襲う。

 おそらくは全てに毒が塗りこまれている。ディルムッドはひとつと掠ることなく、群がる矢を一息に叩き落とした。彼は薄く笑みを浮かべながら、剣を持つ手に力を込める。

 

「あの短時間で罠を仕込んでおくとは、信じ難い技量だ。この場所は彼の独壇場。注意して進みま───」

「「面倒だ」」

「…………はい?」

 

 思わず聞き返すと、フェルグスは至って冷静に、

 

「であるから、面倒だ。この分だと罠は一層数を増していくだろう。その全てに付き合っている暇などない」

「敵の長所を受けて立とうとする癖、悪癖だぞディルムッド。かっこいい騎士ムーブをしたくなるのは分かるが、相手と状況を考えろ。ホクロ引き千切るぞ」

「我が王? なんかいつもとキャラ違いません? 私のチャーミングポイントを削ろうとするのやめてください」

「お前のそれはウィークポイントだろう。グラニアを巡って争った時も……いや止めておこう。あの日以来私の脳は壊れたままなんだ」

「私が悪かったですすみませんでした!」

 

 ディルムッドの泣きぼくろは妖精から与えられたものであり、女性の心を虜にする魅了の力を持っている。それだけ聞くと世の男は羨みそうなものだが、裏目にしか出ていないのが悩みどころだった。

 フィンの三人目の妻であるグラニアはもちろん、とある聖杯戦争ではマスターの婚約者を魅了してしまっている。フィンがホクロを引き千切ろうとするのも仕方ないところである。

 フェルグスは大剣に篭もる魔力を解放する。荒れ狂う虹色の魔力。燦然と輝くそれは、空をも呑み込まんとする無双の刃であった。

 彼らから離れた地点。ケルト軍の三人から距離を離そうとしていた立香たちは上空に達する虹の巨剣を目撃する。

 

「何アレ!? 私の宝具よりキレイじゃない! ムカつくわ!」

「むしろアレ以下の宝具など想像もしたくないのだが!? くっ、余が万全であったら!」

「想定はしていたが──あれほどとは聞いておらぬ! どうする立香!?」

「全員マシュの後ろに! 孤立したら死ぬと思ってください!」

「それしかないわね。頼んだわよマシュ!」

「はい、任せてください!」

 

 ここが相手にとって有利な環境ならば、それを押し潰してしまえばいい。

 盤面をひっくり返すほどの暴力。フェルグスは宝具の真名とともに、勢い良く剣を振り下ろした。

 

「『虹霓剣(カラドボルグ)』───!!」

 

 その、寸前。

 

「『疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)』!!」

 

 大気が弾け、森が死に、大地が崩れる轟音。

 破滅の虹霓が通り過ぎた後は更地しか残っていなかった。破壊を免れたのは間合いに入っていなかった僅かな森林のみ。

 更地に立つ敵の面子を見て、フィンは呟く。

 

「……あの男の姿がない。そうか」

 

 どんな武器にも間合いがある。フェルグスのカラドボルグは長大かつ広域を殲滅するが、その範囲は前方に留まっている。

 であるのなら、フェルグスの後方・横方向ならば攻撃を受けることはない道理。

 破壊を逃れた木の上。自身の宝具『顔のない王(ノーフェイス・メイキング)』で隠形を果たしていたロビンは、既に矢を放っていた。

 

「『祈りの弓(イー・バウ)』……!!」

 

 サーヴァントをも滅する猛毒を含んだ一矢。

 それに気付いていたのはフィンのみ。だが、彼は槍を振るうでも身を躱すでもなく、ただひとりの名前を呼んだ。

 

「……───ベオウルフ」

 

 彼の横の空間が歪み、ぱしゃりと水が落ちる。現れたのは全身に傷跡が残る戦士。彼は剣を握ったままの右拳を矢に向けて振り抜いた。

 軽妙な音を立てて矢が折れる。

 それと同時に、戦士の拳が風船を割るように破裂した。

 

「だあああああ痛え!! やっぱ斬りゃよかった!!」

 

 ロビンは思わず舌打ちする。

 フィン・マックールはその鮮烈な武勇に限らず、魔術にも精通した戦士だ。水を使用した幻影魔術でベオウルフの姿も隠していたのだ。その足跡と足音、息遣いまでも偽装して。

 キャスターに匹敵する魔術。フィンが腰の水袋の中身をベオウルフの右手にかけると、傷付いた手が立ちどころに癒えた。

 フィンが手で掬った水は癒やしの力を持つという逸話に由来する宝具。ネロは眉根を寄せて、立香の前に出る。

 

「いよいよ後がなくなったな。もはやここで決着をつけるしかあるまい」

 

 その時、カルデアとの通信が回復する。焦った表情のロマンは短く告げた。

 

「『みんな! オティヌスに匹敵する規模のサーヴァントが接近している! 注意してくれ!』」

「はあ!? そんな急に言われても───」

 

 ジャンヌが焦燥を抑えつつも辺りを見渡すと、太陽の光の中に大きな槍を携えた人の影が瞳に映った。

 染め抜いたような白髪。肉体と融合した黄金の鎧。彼が放つ眼光は、いっそ陽光よりも輝かしい。

 それは比喩ではなく。

 彼の眼光は極大の熱線と化した。

 

「『梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)』」

 

 咄嗟に防御に入ろうとしたマシュの横を過ぎ、陽光の槍がケルト軍の手前で炸裂する。

 絶叫を轟かせながら吹っ飛んでいく四人に、白髪の青年は言った。

 

「退け、ケルト軍。彼女たちはオレの客人だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ケルト軍の領地。

 ケルト兵をのしてスカサハと協力関係を結んだノアたちは今───

 

「ヒャハハハハハハすっこめ雑魚ども!! 俺の力にひれ伏せェェェ!!」

 

 ───アメリカ軍の機械化歩兵を蹴散らしていた。

 オティヌスに押し付けられたゲンドゥルの杖を枝切れでも扱うかのように振るい、数倍にも強化された魔術で敵を物言わぬ鉄クズに変えていく。

 それに加えて。

 

「野郎どもォ! ノアの兄貴に続けェェ!!」

「「「ヒャッハー!!!」」」

 

 なぜかケルト軍から鞍替えしたケルト兵たちが、ノアの後方に続いて爆走していた。

 彼らはみなケルトの衣装を脱ぎ捨て、強烈なモヒカンに半裸の肩パッドという世紀末スタイルに変貌していた。しかもこの時代にはない鋼鉄のバイクに乗っている。

 心なしか画風も変化しており、劇画調の顔つきになっていたのであった。

 それを遠目から眺めていたダンテは、いたたまれない表情になりながら顔を手で隠した。

 

「ケルト軍の兵士を調略することで、内から腐らせていく作戦……ノアさんに任せたのが間違いでしたかっ! いえ、見方によっては大成功ですが!!」

 

 嘆くダンテの横で、バイクの排気音が低く鳴る。それにまたがっていたのは、先日ノアたちに絡んだ挙句ペレアスに首を斬られかけたケルト兵だった。

 彼も例に漏れずモヒカン肩パッドの世紀末スタイルであり、くちゃくちゃとガムを噛み鳴らしている。

 

「あん? どーしたんすかダンテの兄貴。バイブスブチ上げていきましょーや!!」

「ヒィ! 元のヘタレだったあなたに戻ってください! その口調はもはやモヒカンというよりチンピラですから! どうしてそんなになってしまったんですか!!」

「兄貴たちにボコボコにされて目覚めたんすよ。アレっす、最近流行りのわからせってやつ?」

「ケルト兵のわからせとか需要がなさすぎるんですよねえ……バイクもガムもどこから持ってきたんです?」

 

 変貌したケルト兵は地面にガムを吐き捨てると、葉巻を吸い始める。肺を煙で満たすと、彼は空中に紫煙をくゆらせた。

 

「ケルトバイクとケルトガムっすよ。何だったら良い売人紹介しましょうか。なんか白い粉とかも売ってるらしいっす。あとチャカとかいうよくわかんねーのも」

「ゴリゴリの闇売人じゃないですか!! 裏にギャングが繋がってるじゃないですか! ケルトって付ければセーフなことにはなりませんからね!? 自分を強く保ってください!!」

「いや、お前もなってただろ。デー○ン閣下に」

「ぐふっ!」

 

 かちかちと通信機を弄っていたペレアスに痛い部分を突かれ、ダンテはうろたえる。

 ノアに人格を改造された被害者という点ではケルト兵たちとダンテは同じだった。後者は自分から頼み込んだのだが。

 ダンテはペレアスにすがりつくように頭を下げる。

 

「ノアさんを止められるのはペレアスさんしかいません。殴るなり何なりして止めてきてください」

「……まあ、あいつは良いだろ。他人がどうにかして止まるやつでもないし、好き勝手にやらせてやれ。本当にヤバいのはあっちだ」

 

 そう言って、ペレアスが顎で指し示す方向にはスカサハがいた。

 ノアとは反対の戦場。彼女は二本の紅槍を操り、機械化歩兵を近づく側から木っ端微塵にしていた。その体運びに狂いはなく、踊り子の舞踏のような気軽さで敵を打ち砕いていく。

 あれでは雑兵が何人いたところで、スカサハに触れることすら叶わないだろう。ダンテはペレアスに視線を合わせて戦いを見ていたが、素人目にも危なげな様子はなかった。

 

「達人の目には常人より多くのことが映る、ということですか? 私の目では毛程も分かりませんが」

「実力のことじゃねえ。あれは死のうとしてるやつの目だ。そう遠くないうちに何かやらかすぞ」

「マジっすか。俺はどんな目ぇしてますかペレアスの兄貴」

「知るか! お前はノアのとこ行ってろ!!」

 

 ペレアスにバイクの排気筒を蹴られ、ケルト兵は逃げるように走り去っていった。そこで、ダンテはペレアスの手にある通信機に目線を向ける。

 

「そういえば、さっきから通信機持ってますけど、繋がらないはずでは?」

「今はな。さっき一瞬繋がったんだよ。通話はできなかったけどな」

「本当ですか!? 今までうんともすんとも言わなかったのに。……考えられるとしたら、私たちの位置でしょうか。西から東に移動して、アメリカ軍の領地に近付きました」

「ケルト軍の領地に近付くほど通信が効かなくなるのかもな。機械の不具合だったらオレにはお手上げだが」

 

 その二人の元に、ノアとスカサハが近付いてくる。どうやらアメリカ軍の機械化歩兵の掃討が終わったらしく、この場で動いているものは人間しかいなかった。

 彼らはバチバチと火花が立つほどに視線をぶつけ合いながら、

 

「俺の方が多く始末した。おまえの負けだ」

「抜かせ。貴様はモヒカンを率いていただろうが」

「あのモヒカン共は俺の下僕だ。つまり俺の手足と変わらない。負け惜しみは見苦しいぞ」

「モヒカンの分を足したとしても私の勝ちだが? もう一回数え直してこい。その場合は負けを認めることになるだろうがな」

 

 なんとも無駄な争いを繰り広げるノアとスカサハ。それに巻き込まれないことを祈りつつ、ダンテは二人に話しかける。

 

「まあまあ、敵は倒せたんだから良かったじゃないですか。これからどうします? トランプとUNOならありますよ」

「お前たちは野営地に戻れ。私はここに残る」

 

 端的に告げたスカサハの言葉には、何か確信めいた響きがあった。

 ぽつり、と天から零れた水滴がダンテの頬に落ちる。

 空を仰げば、薄暗い黒雲が漂っていた。太陽の光が遮られることで気温が冷え込み、徐々に雨脚が強くなっていく。遠くの空ではごろごろと唸るような雷鳴が轟く。

 ダンテは赤いコートのフードを被りながら、

 

「ほら、雨も降り出してきましたし、全員で戻るべきですよ。サーヴァントはともかく、モヒカンさんたちは風邪を引いてしまうかもしれませんし」

「……ダンテ、構えろ。どうもそんな状況じゃないらしい」

 

 ペレアスが言った直後、腹の奥底を揺らすかのような雷声が鼓膜を叩いた。空気が電気によって分解される異臭。突風が吹き、全員の髪を強く撫で付ける。

 バケツをひっくり返したような雨。さながら夜の闇の中で、一際光り輝く虹が空にかかる。凄絶に煌めく虹の光が大地に注ぎ、荒野にしぶとく生えていた枯れ草が緑を取り戻す。

 虹の直下ではざわざわと新しい木々が立ち上がる。それはまさしく豊穣の光。あらゆる動植物に生命力を吹き込む豊穣神の威光だ。

 だがしかし。

 その虹───否、虹色の鱗の蛇が纏い持つのは、天を塗り潰すに値する濃度の殺意と殺気。白濁の巨眼が発する眼力は物理的な衝撃すら伴って、ノアたちを叩いた。

 雨に打たれながら、スカサハが言う。

 

「あれが、虹蛇(にじへび)だ。己が土地と民を奪われた零落神。古来よりこの北米大陸に住まう人間以外は、全てが奴の仇だ。私もお前たちも、例外なくな」

 

 彼女の瞳は、焦がれていた。

 黄金の宝物を目にした冒険者のように。

 薄暗い光をたたえる眼差しを横目に、ペレアスは剣を抜いた。

 

「思ってた百倍デケえな! ノア、ダンテ、強化かけろ!」

 

 意気込む彼の眼前に、紅い槍の穂先が突きつけられる。

 

「───待て。お前たちは手を出すな」

「……あんたの技を疑う訳じゃないが、虹蛇相手に単騎は勝ち目が薄いだろ。そんな戦いは何度もやってきた、なんてのは無しで納得がいく説明をしてくれ」

「ならば、これ以上なく簡潔に説明してやろう。私が、虹蛇と、一対一で戦いたい───これで十分か?」

「ですから、その理由を───」

 

 ダンテが詰め寄ろうとしたその肩を、ノアは掴んで止める。彼は一瞬だけスカサハと視線を通わせると、鼻を鳴らして言った。

 

「もういいだろ、放っとけおまえら。今はそいつの心配よりも、モヒカン共を逃がす手伝いをしろ。あいつらが虹蛇と向き合うには荷が重すぎる」

「ですが……」

「ダンテ、今回ばっかりはオレもノアに賛成だ。強敵とサシでやりたいって気持ちは分からないでもない。ここはあの人を立ててやろうぜ」

 

 ノアとペレアスの目を見て、ダンテは理解する。

 

「え、ええ! そうですね! 私たちはモヒカンさんを逃がすのに専念しましょう! 後は任せましたよ、スカサハさん!!」

「ようやく理解したか。巻き込まれぬうちに行け」

 

 三人は背を向けてモヒカンたちの元に走っていく。スカサハはそれを見送ると、いよいよ虹蛇と対峙した。

 漆黒の天空に蠢く虹の蛇。

 サーヴァントという枠に当てはめられてはいるものの、その力は神霊と遜色ないに違いないだろう。

 影の国の女王、スカサハは数多の敵を斬り捨ててきた。数え切れないほどの命を奪い、その身は人間の規格を飛び越え、神霊の領域に近付いた。

 その果てに得たのは、自らの手で死ぬこともできぬ不滅の肉体。やがて彼女は世界の外に弾き出され、影の国の空虚な玉座に座ることしかできなくなったのだ。

 言うなれば、それが彼女への罰だったのだろう。万人に定められたはずの終着から逃れる代わりに、亡霊の国に閉じ込められた。

 故に、望むのは自らの死。

 壮絶な戦いの末に死ぬことこそが、スカサハに残された希望だった。

 唇が引き裂くような笑みを形作る。

 雨と創造の蛇神ならばこの命を終わらせられる、と────!!!

 

 

 

 

 

 

「「んな訳あるかあああああァァァ!!!」」

 

 

 

 

 

 

 虹蛇とスカサハが激突する瞬間。

 色とりどりの魔弾と真っ直ぐな斬撃が、虹蛇の横面に突き刺さった。その顔面の半分が痛々しく焼け、一直線に断ち割られた眼球から鮮血が噴き出す。

 

「…………は?」

 

 細まっていた瞳孔が拡大し、引きつっていた表情筋が弛緩する。

 ノアは呆けた顔のスカサハを指差して、悪人じみた下衆な笑顔になった。

 

「ククク、ざまあみろ全身タイツ女ァ!! 俺たちがあんな言葉を素直に聞くとでも思ったか!? 死んでもおまえの思い通りにさせてたまるか! 絶望しろ! ヒャヒャヒャヒャ!!」

「ノアさん! 発言があまりにもクズなんですが!? 悔い改めてください!」

 

 ペレアスは無言でノアの頭に拳骨を落とすと、スカサハに向き直る。

 

「ま、そういうことだ! あんたにも願望があるんだろうが、オレたちには信念がある! 他人が死のうとしてるところを見逃すなんてEチームじゃねえよ!!」

「ですね。何より他の仲間たちに顔向けできませんから。私たちの目が届く場所ではそう簡単に死ねませんよ」

「…………馬鹿者が」

 

 スカサハは顔を背けて、

 

「覚悟しておけ。この戦いが終わったら全員制裁だ」

「望むところだ! 逆におまえを奇怪なオブジェにしてやらァ!!」

「この男はいつもこの調子なのか。知性の欠片も見えないぞ」

「はい、残念ですが仕様です。返品もできないので我慢してください」

「無駄口叩いてないで構えろ! 来るぞ!」

 

 虹蛇が吼える。

 落雷の雨が降り、泥濘んだ地面が黒く焼ける。その攻撃の隙間を、スカサハとペレアスは縫うように掻い潜っていた。

 この程度ならばいくら続けようと、彼らに攻撃は当たらない。サーヴァントならば雷撃程度は悠々と躱して然るべきだろう。

 が、ここに例外がいた。

 ダンテは享年から三十歳ほど年下の男の足にすがりつく。

 

「こんなの無理です! 無理! ノアさん全力で私を守ってください!!」

「纏わり付くな鬱陶しい。雷避けならもう掛けてる。ついでに雨避けと風避けもな。分かったら突っ込んでこい」

「それは無残な死体がひとつできあがるだけなんですが!?」

 

 気の抜けるような会話を思考の端で捉えながら、ペレアスは虹蛇を睨む。

 雷撃だけならば恐れるに足らない。が、相手は少なくとも神霊に位置する格を有している。むしろ虹蛇が動かないことに、彼は警戒を強めた。

 巨体による攻撃はそれだけで脅威だ。スカサハ相手に接近したことからも、雷撃が虹蛇の本領でないことは推察できる。

 虹蛇が空でその身をよじる。光の反射によって体色が変化したように見えた。濁った眼差しがペレアスに狙いをつけ、体を伸ばしたその瞬間、眼前に虹蛇の顔が迫っていた。

 

「マ、ジか──ッ!?」

 

 大質量の突進。ペレアスは反射的に剣を振るい、それを受け流す。

 直線に横方向の力を加えることで、その向きを逸らす。その淀みのない行動は、彼が生前に磨き上げた技の結晶だ。

 思考を挟む暇も、先読みを駆使する隙もない。防御と回避に長けた剣技を使うペレアスだからこそ、凌げた攻防だった。

 頭部を過ぎ、がら空きになった胴体に刃を振り抜く。

 蛇の身体特徴では躱すことのできないはずの一刀はしかし、刃が当たる時には虹蛇の姿はそこにない。

 ペレアスの頭上を照らす虹色の光。脳天を刺激する殺気を感じ取り、虹蛇が一瞬にして上空に移動したことを知った。

 

(───瞬間移動か!? だったら……)

 

 地面ごとペレアスを呑まんとする噛みつき。最小限の動きで逃げるように躱しながら、斬撃を合わせる。

 移動先を読んだ一撃。だがそれは虹蛇が急停止することで空振りに終わった。

 そこで、ペレアスは思い出す。

 

〝我が宝具は時空を含めたあらゆる縛めを超越する! それを駆使すれば、時間停止に比する速度での連撃も可能という訳だ!!〟

 

 結局、無為に終わってしまった必殺技特訓。巌窟王エドモン・ダンテスは時間の縛めから解き放たれ、アーチャーの自爆以外では彼に掠り傷も与えられなかった。

 

(虹蛇は明らかに俺の攻撃を見てから躱した……つまり)

 

 その戦いを見ていたノアは呟く。

 

「───()()()()()()()()()。しかもあの速さ、固有時制御まで併用してんな。少なくとも倍速にはなってるか?」

 

 虹蛇の巨体は確かに脅威だが、逆に的が広く攻撃を当てやすい。その弱点を補うのが、時間停止と固有時制御。止まった時の中を倍速以上の体捌きで動くという、反則に近い能力だ。

 ペレアスとスカサハは虹蛇との攻防から、ノアは魔術的知識と洞察から敵の能力の正体に辿り着いた。

 だが、それならば説明のつかないことがある。未だ確信を持てていないダンテはその疑問を口に出す。

 

「……どうして私たちは生きているのです? 時間を止められるなら、もっと長時間止めてしまえば全員苦もなく始末できるはず」

「時間を止めるなんてのは魔法でもなきゃ実現できない。世界からの修正力が働くからな。虹蛇が止められる時間は修正力が干渉するまでの短い時間ってことだろう」

「なるほど。反対に自分の時間ならば修正力の干渉も薄いから、常に使えていられるということですね。それなら……」

「───ああ。おまえの出番だ」

 

 虹蛇の体がうねる。大牙をスカサハに差し向け、尾でペレアスを潰そうとする。

 二人は攻撃を予見していたかのように回避し、それと同時に一閃を叩き込んだ。

 分厚い虹の鱗を引き裂き、血が流れ出す。

 敵が時間を止めてしまうなら、それを想定して動けば良い。長時間、連続での時間停止ができない以上、相手の思考と動きを読み切ってしまえば、必然的に攻撃も当たるだろう。

 しかしながら、それには相手の何手先をも予測する洞察力が不可欠だ。少しでも間合いを見誤れば、成す術なく噛み砕かれる。これを戦いながらするのだから、その負担は計り知れない。

 だとしても、ペレアスとスカサハはそれをやる。

 仕留めきれないことに焦れた虹蛇は狙いを変更した。後ろに控えるノアとダンテ。本能として、弱い敵から排除するのは当然の流れと言えた。

 停止した時の中を泳ぎ、ノアの真横に移動する。

 再び時間が動き出した刹那、虹蛇が見たのは目の前を埋め尽くすほどの光球だった。

 

「───ナメんな」

 

 空気を潰すように右手を握り締める。

 それと同時に光球が弾け、膨大な熱と閃光が虹蛇の表皮を炭に変えた。

 ヤドリギの根を使って体内に魔法陣を描くことで発声を省略し、魔術発動までのタイムラグを極限まで削る。パラケルススとの戦闘で編み出した高速詠唱術のひとつだ。

 そして、それは後の前奏に過ぎず。

 

「『至高天に輝け、永遠の淑女(ディヴァーナ・コンメディア)』」

 

 天界が現世に降りる。

 天使と聖人の魂が織り成す天上の薔薇。

 神の威光が満ちるその空間は、遍く魂を救済する必中必殺の領域だった。

 

「あなたの憎しみと怒りは、あなたを苛むものでしかない。───終わりです」

 

 永遠の淑女、ベアトリーチェが舞い降りる。

 虹蛇の魂を抱き、天へ連れ去る。魔神柱と化したレフやアルテラ、ヘラクレスでさえ逃れ得なかった絶対の救済。この固有結界に囚われるということは、終わりを意味し────

 

「ふざけるなよ、海の外の人間」

 

 鉄の糸をノコギリで挽くような声。

 ベアトリーチェの手先が黒く染まり、やがて全身へと伝播していく。

 

「貴様ら十字架を崇める人間の救いを!!! 私にッ、押し付けるなああああァァァッ!!!」

 

 ぱりん、と固有結界が砕け散る。

 スカサハを除いた三人は目を剥いて声をあげた。

 

「「「…………はぁ!!?」」」

 

 絶対無謬の救済を打ち破り、虹蛇は哮り立つ。

 

「この地の罪なき民を痛めつけ、凌辱し、無残に殺しまわった一神教───血も涙もない唯一神の救いで、私を打ち倒せると思うな……!!」

 

 号哭。

 虹蛇の宣言を受け、ダンテは膝から崩れ落ちた。

 

「わ、私の存在意義……宝具だけが取り柄だったのに。ははっ……見てますか神様ァ! これがインフレってやつですよォ! 私のベアトリーチェをあんなにして、絶対許しませんからねえ!!!」

 

 そう言って虹蛇に向かっていこうとするダンテを、ペレアスは羽交い締めにして食い止める。

 

「おい、ヤケになるな馬鹿!! 突撃したところでどうにかなるような敵じゃないだろうが! あとベアトリーチェはお前のじゃねえぞ!」

「手を放してください! 虹蛇は私の唯一の活躍の機会とベアトリーチェを奪ったんですよ!?」

「元々おまえが役に立つ場面なんてそう無かっただろ。発狂すんな見苦しい」

 

 騒ぎ立てるダンテとは逆に、至って冷静な面持ちでスカサハが言う。

 

「落ち着け。お前の宝具は完全に無効化された訳ではない。少量だが、虹蛇の魂を掠め取ったはずだ」

「ということは……」

「ああ、今が攻め時だ。幸い、奴は怒りで我を忘れている。動きを読むのも容易いだろう」

 

 さらに、ダンテの固有結界の副次効果である味方への支援効果で全てのステータスが一段階上昇している。

 跳ね上がった身体能力を以って、スカサハは地面を蹴った。

 槍の持ち手を変え、上空高く跳び上がる。

 

「『貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)』」

 

 紅き魔槍の投擲。

 血濡れた光条が、虹蛇の心臓を射抜く。

 それをしても、その命を奪うまでには至らなかった。心臓の九割を破壊され、赤黒い血の雨を降らせながら、虹蛇は一本の矢となって飛翔する。

 

(時間を止めて打点をずらしたか。ならば───)

 

 次は脳を壊す。

 しかし、それが成されることはなく。

 

「『炎神の咆哮(アグニ・ガーンディーヴァ)』」

 

 荒天を切り裂く炎の矢玉が、虹蛇の頭部を跡形もなく爆散させる。

 黒雲の切れ間。燦々と降る太陽の光を浴び、空に留まる褐色の青年。誰にも気付かれずに蛇神の頭を焼き潰した弓手は、空虚な瞳をしていた。

 その眼差しは息絶えた虹蛇を見下ろす。

 

「待っていろ、カルナ。貴様も今すぐに…………!!」

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