自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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第44話 マハトマックス・怒りのデスロード〜ケルト式スパルタ教育スカサハ編〜

 サンドクリークでの戦いを終えて三日後。

 アメリカ合衆国の永久保存という目的を改め、ケルト軍の打倒を誓ったエジソンはダ・ヴィンチの名画にも劣らぬ見事な土下座を披露し、Eチームとその他諸々のサーヴァントたちと円満に手を結ぶこととなった。その際にテスラが渋ったことは言うまでもない。

 彼らはクー・フーリンが言い残したホワイトハウスでの決戦に備え、一旦アメリカ軍の本拠地に身を寄せた。その道中、ノアに調教されたケルト兵たちも加わり、飛行円盤の下をモヒカンが爆走するというカオスな情景が描かれ、それを目撃したロマンは椅子から落ちた。

 兎にも角にも、仕事は山積みである。とりあえず現地に行って敵を殺す思考のケルト軍とは違い、アメリカ軍はれっきとした近代の軍隊だ。

 サンドクリークの戦いで被害を受けた軍の再編成、怪我人の治療、敵地の偵察、フォウくんのエサやり等々の任務に、アメリカの事務処理部隊と最近出番のなかったロマンは忙殺されていた。

 とはいえ、切り札であるマスターとサーヴァントたちは最低限の業務くらいで残りの時間は暇そのもの。アメリカ軍の本拠地では平和な時間が流れている。

 しかし、その中に暗い情念を滾らせるひとりの男がいた。

 彼の名はダンテ・アリギエーリ。言わずと知れたEチームの穀潰しである。

 ダンテの最近の悩みといえば、戦闘も解説もこなせるマシュに自分の役割を奪われる不安くらいであった。が、この特異点において彼は大きい悩みを抱えることになった。

 レフをボロ雑巾にし、アルテラとヘラクレスをも昇天させた宝具。それが虹蛇に打ち破られ、アイデンティティの喪失に見舞われたのである。

 しかし、この程度で屈するダンテではない。脳内でかつて自分を追放した黒党の連中を懲らしめると、彼はすぐに筆を執った。

 今度こそ宝具で虹蛇を仕留めてみせる。人類史最高峰の詩文の才はその一点に注ぎ込まれようとしていた────!!

 

「ドロー4だ。引け、アルジュナ」

「残念だったな、ドロー4返しだ」

「返ってくるのオレだけどな。オレもドロー4で。テスラ、あるか?」

「当然だとも。天才はいつかいかなる状況でも未来を見通すことができる。私もドロー4だ! 滅べエジソンンンンンン!!!」

「ぐわああああああああ!!!」

 

 アメリカ軍本拠地、書斎。その部屋ではダンテが執筆に勤しむ後ろで、いい歳をした大人たちが全力でUNOを繰り広げていた。

 インドの不仲コンビと電流戦争の勝者と敗者、そしてペレアス。ダンテは紙に走らせていたペンをぽろりと落とし、勢い良く振り返る。

 

「他の部屋でやってくれませんかねえ!!? あと公式ルールだとドロー4をスタックすることはできませんから!!」

 

 五人が静謐の書斎に古今東西のボードゲームを持ち込んできてから、ダンテの執筆はたったの一行しか進んでいなかった。普段は湯水の如く文章が湧いてくる詩人の本領も形無しだ。

 よりにもよってテスラにしてやられたエジソンは散らばったカードの中に倒れていた。さながら闇のデュエルの敗者である。

 テスラは得意気に微笑むと、ダンテに言った。

 

「落ち着きたまえ、ミスター・アリギエーリ。私たちはなにも貴方に嫌がらせをしようと、ここで遊戯に興じているのではない」

「その割には本気で楽しんでいるように見えましたが……?」

「いいや、これはそもそも遊びではない」

「ええ、カルナと決着をつける前哨戦です」

「それはそれで重いんですよインドコンビは!二人とも目が血走ってますし!」

 

 ペレアスは散乱したカードをまとめ直した。六人分に手札を分けると、その内のひとつをダンテに差し出す。

 

「よく考えてみろよ。オレたちがここにいなかったら、あの人に特訓させられてたぞ」

 

 そう言われて、ダンテはちらりと書斎の窓を流し見る。

 十字に仕切られたガラスの向こう側には中庭が見える。そこでは、スカサハによる凄惨な特訓が行われている。立香やマシュが傍観する横で、今まさにノアがスカサハに小足からの昇龍を決められている場面だった。

 何かまた余計なことを言ったに違いない。彼の大きな体が紙切れの如く吹き飛んでいくのを目撃して、ダンテはカードを受け取る。

 

「ま、まあ、もうすぐお昼ですし、ここいらで休憩するのも悪くないでしょう。私、ほんの少し人の心が読めるのでこういうゲームは強いですよ」

「そんな特技があるのですか。キャスターのサーヴァントなだけはありますね」

「あ、アルジュナさんの褒め言葉が心に沁みる……最近は散々なことしかなかったですからねえ!!」

 

 ダンテの目にはうるうると涙が溜まっていた。外見は二十代後半程度だが、精神が五十六歳の人間がする表情としては中々に無様であった。

 未だショックで気絶しているエジソンのたてがみをわしゃわしゃと弄くりながら、ペレアスは指摘する。

 

「ある意味いつも通りだろ。散々じゃなかったことがあんのか?」

「ペレアスさん、どんな時でもそこそこ地味な活躍をしてるあなたには私の気持ちは分かりませんよ。ええ、地味なあなたには分かりませんとも」

「おい地味って言うんじゃねえ! 途中からオレが地味キャラみたいになってるだろーが!!」

 

 思わず吼えるペレアス。アルジュナとカルナはこくこくと頷きながら、

 

「確かに、山の三つ四つは消し飛ばせないとインパクトに欠けますね」

「目からビームを出せないサーヴァントは二流」

「インド基準で物を語るな! 剣からビーム出せないのに目から出せる訳ねえだろ!!」

 

 相変わらずぶっ飛んだ世界観のアルジュナとカルナの言い草に、ペレアスは辟易した。

 インドの二大叙事詩ラーマーヤナとマハーバーラタには『ブラフマーストラ』という戦士たちの必殺技が登場する。ブラフマー神の加護を受けた武器・攻撃の総称であり、その形態は使い手によって多種多様だ。

 神の加護を基本技にしているインド戦士からすれば、ビームの市場価値は低いのだろう。アーサー王やガウェインの聖剣を指咥えて見ていたペレアスには、果てしないカルチャーショックである。

 ようやく目覚めたエジソンはむくりと起き上がると、満面に笑みを広げて言った。

 

「案ずるなペレアス卿。発明王と謳われた私の超技術に掛かれば、剣からビームを出すことなど造作もないぞ!」

「超技術? ふ、誇張表現も甚だしいな直流馬鹿め。交流の素晴らしさも見抜けなかった貴様は超技術(笑)くらいが妥当だ。頼るなら私にするといいぞ、目を改造して殺人光線を照射できるようにしてやる」

「黙れ! 死ぬ寸前まで資金繰り如きに苦労していた貴様に言われてたまるか!! テスラ(死)!!」

「おおっと、凡骨(馬)の嫉妬は見苦しいなァ〜? 貴様程度の技術力の男はワクワクさんと一緒にガラクタを製造しているのがお似合いだ!!」

「ワクワクさんがとばっちりを受けているのですが……?」

 

 天才(笑)の口喧嘩を目の当たりにしたアルジュナは、思わずワクワクさんに同情した。彼とて好きで微妙なおもちゃを作っているのではない、背後に汚い大人の事情が潜んでいるからこそなのだ。

 ダンテは何の気なしに言った。

 

「……ということらしいですよ? ひとつここは地味っぽさを払拭するために、サイボーグ化も悪くはないのでは」

「ダンテ、お前はひとつ勘違いしてる」

 

 ペレアスは鋭い目つきで言いつける。

 その真剣さたるや、コンビニで昼食の弁当を吟味するサラリーマンに匹敵していた。青い眼差しに射竦められた四人はごくりと息を呑む。

 ペレアスは叫ぶように声を発する。

 

「いいか、ビームなんてのはただのおまけだ。たとえメガ粒子砲を貰ったとしてもオレは嬉しくねえ。……そう! オレが本当に欲しいのはエクスカリバーなんだよ!!」

「もうこの人騎士辞めた方がいいんじゃないですかねえ!!?」

「顧客のニーズに応えるのが商品開発のコツだが、流石にエクスカリバーは厳しいな」

「聖剣を求めるよりも眼輪筋のトレーニングをした方がまだ有意義だろう」

「眼輪筋のトレーニングくらいでビーム撃てるんですか!?」

 

 慌てふためくダンテとは対照的に、テスラは落ち着いた顔で疑問を口にした。

 

「確か、エクスカリバーはベディヴィエール卿の手によって湖の乙女に返還されるのだろう。アーサー王の死後はペレアス卿の細君が持っていたのではないか?」

「湖の乙女ってのは実は三姉妹でな。オレの嫁は次女なんだが、エクスカリバーを受け取ったのは長女……義姉さんだったんだよ」

「では、アーサー王に聖剣を渡した湖の乙女は長女だったのですか?」

「いや、それはオレの嫁だ。ランスロットの義母でもあるから、アロンダイトも持ってたらしいぞ。義姉さんは聖剣の受け取り役だったって訳だ」

 

 ダンテは顎をつまみながらうなり声を上げる。

 

「私はペレアスさんから話を聞いて知っていましたが、いつ聞いてもややこしいですねえ。神曲の天国篇くらいややこしいのではないでしょうか」

「あんなお前の神学論をぶちまけた意味不明な詩よりは遥かに明快だろうが!! 湖の乙女にも色々と事情があったんだよ!」

「ペレアスを全面的に支持する訳ではありませんが、キリスト教徒でない私には煉獄篇辺りから割と理解不能でした……」

「くっ! アルジュナさんも地獄篇が好きなのですか! 私が苦しんでいる姿を見るのがそんなに楽しいですか!!?」

 

 カルデア屈指のアホ詩人は仇を見るような目でペレアスとアルジュナを睨んだ。神曲の中ではダンテは天国に到達するまでほぼほぼ苦しみっぱなしなのだが、今更指摘する気力はなかった。

 エジソンは芯の固い髭を右手の人差し指と親指で、くりくりと弄くりながら言う。

 

「神曲といえば、1911年にイタリアで地獄篇をモチーフにした映画が公開されていたな。一足先にワーナー兄妹に輸入されてしまったが。惜しい金脈を逃したものだ」

「ふ、結局金儲けか。星の開拓者であるミスター・アリギエーリの作品がそんなことに使われるとは、彼も浮かばれまい」

「私としてはとっくに死んでるので別に良いのですが……なぜ私が星の開拓者なんでしょうかね? 交流送電を発明した訳でも、世界一周をした訳でもないですし」

「ほとんど死に設定だからな」

「ペレアスさん、余計はことは言わないでください」

 

 首を傾げるダンテに、テスラは紳士然とした笑みを向けた。

 

「世界一周ならしたではないか───地獄、煉獄、天国とな」

 

 テスラは続ける。

 

「現代イタリア語の礎を作ったこともそうだが、あれら三つの異界を人の身で踏破し、その存在を証明した。おそらくキリスト教世界では初めてな。これを星の開拓者と言わずして何と言う」

 

 彼の説明を聞いて、五人は納得した。

 数多の罪人と悪魔が巣食う地獄を抜け、煉獄にて自らが背負う罪を祓い、神が坐す至高天に辿り着く。生きながらにしてその旅路を経験したダンテは、キリスト教徒が恐れ敬う世界が実在することの生き証人なのだ。

 それは、聖書に書かれた世界だけを信じるしかなかった西洋諸国の人々の蒙を啓くに等しい。事実、カトリック圏ではダンテの神曲は聖書とほぼ同列に扱われることが多い。

 ダンテは得意気に微笑みつつ、ペレアスたちを流し見る。

 

「いやいや、そんな大したことはありませんよ。私はただ三人しかいないフィレンツェの統領で、世界三大詩人で、近代文学を誕生させて、現代イタリア語の源流になっただけの人物ですから! そういえばペレアスさんはどんな偉業を成し遂げられたので?」

 

 果てしなく調子に乗るダンテ。相変わらず無表情のカルナを除いた四人はその変わり様に顔色を青くする。人間とはここまで恥知らずになれる生き物なのだ。

 とはいえ、普段の彼ならここまで調子に乗ることはなかっただろう。それもこれも、虹蛇に宝具を無効化されたことで、自己不信に陥っていたことが原因なのである。

 それを差し引いても、享年五十六歳の男がする態度ではないが。

 露骨に煽られたペレアスは言い返すでもなく、すたすたと書斎の窓へ歩いていく。それを勢い良く開け放つと、彼は戦場さながらの大声を飛ばした。

 

「スカサハさあああああん!! ここでダンテのやつがサボってましたァァァ!!!」

「ああああああ何やってくれてんですか!! 私をあの地獄に叩き落とそうなんて絶対に許しませんよ!」

「二度目の地獄巡りということか」

「カルナさん、そういうことを言う暇があるならペレアスさんを止めてください!」

「自業自得では……?」

 

 アルジュナがぼそりと呟いた瞬間、書斎の床をばりばりと突き破って、スカサハが突然現れる。

 罪人を氷漬けにする地獄の冷気にも等しい殺気。ダンテの全身を突き刺す気配は、かつて地獄の最深部で味わった感覚を思い起こさせた。

 ダンテは首の筋肉をぎこちなく動かして背後を向く。そこにいたのは、顔面を般若の面そのものに歪めたスカサハだった。

 

「ギャーッ!? ひ、表情筋に鬼が宿ってるゥ!」

 

 気圧されたダンテは思わず尻餅をついた。戦士の威圧は時として人の精神に作用するのだ。スカサハは彼の赤いコートを掴んで書斎の外に歩いていく。

 

「昼まで時間がないからな、1秒が365秒に感じるほどの修行をさせてやる」

「精神と時の部屋───!?」

「いや、単純にそれだけ辛いだけだ」

「そんなの拷問以外の何物でもないじゃないですか! イヤアアアアアア!!」

 

 ずるずると引きずられていくダンテの無様な姿を見て、アルジュナはぼんやりと思った。

 

(…………寝返ったのは失敗だったかもしれない───!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アメリカ軍の本拠地に着いてから、立香(りつか)たちEチームかしまし三人娘はノアが受けていたスカサハの特訓に付き合わされていた。

 幾多の戦士を育て上げた影の国の女王だけあって、人を鍛えることには血が騒ぐらしい。立香はスカサハに対してお節介な親戚のおばさんのような親近感を抱いていた。鉄拳が飛んでくることは間違いないので、決して口に出すことはなかったが。

 そんな修行はサーヴァントたちの目を引いたようで、初日はかなりの盛況ぶりを誇っていた。が、一日目にロビンが真っ先に逃げ出し、二日目にネロが涙目でスカサハに敗走。そして三日目の今日はダンテが書斎に引きこもり、中庭は閑散としていた。

 結局連れ戻され、見るも無惨な肉の塊となったダンテを尻目に立香たちは昼食を摂った。そして、午後の特訓を再開しようと中庭に向かった時のことである。

 

「スカサハさん! リーダーが消えました!!」

「それは聞き捨てならんな。然るべき仕置きを下さねば……手分けして捜すぞ! 私は外を見てくる!」

「先輩、わたしたちも行きましょう! これはリーダーを合法的に苦しめるチャンスですよ!」

「Eチームで一番恐ろしいのはアンタな気がしてきたわ……」

 

 ニンジンを目の前にぶら下げられたロバの如く興奮するマシュを見て、ジャンヌは内心寒気を覚えた。

 しかし、ノアに恨みがない人間はカルデアにはいない。Eチームのヴォルデモートとは彼のことである。そんなわけで、ジャンヌも今回のノア捜索には並々ならぬ情熱を燃やしていた。物理的にも燃えていた。

 ジャンヌは顎に手を当てながら考える。

 

「とは言っても、どこに行ったのかしら。建物の中で鬼ごっこになったら面倒ね」

「食い意地の張ったリーダーのことですし、厨房や食糧庫では? 魔術を使って姿を隠蔽している可能性もあるので、感覚を研ぎ澄ましていきましょう」

「う〜ん、厨房か食糧庫か……エレナさんの部屋とかは? 魔術オタクにとってはアニメキャラがテレビから飛び出してきたようなものじゃない?」

「それはそうかもしれませんね。今までまともなキャスターが仲間になったことがありませんから。ダンテさんは宝具しか取り柄がなかったくせにそれも通用しなかったですからね」

 

 マシュがダンテを扱き下ろすと、彼女たちの元に人間大のハンバーグがのそのそと歩いてくる。現実離れも甚だしいコズミックホラーじみた肉塊はダンテの声で喋り出し、

 

「ふふふ……そう言っていられるのも今のうちですよ、マシュさん」

「「「ギャアアアアアアア!!!」」」

「スカサハさんに地獄を見せられて新しい詩の天啓が降りてきたのですよ……書く気がもりもり湧いてきました!! 今なら源氏物語にも負けない傑作ができそうです!!」

 

 そう言うと、人間大のハンバーグことダンテは颯爽と走り去っていった。途中通りがかったアメリカ軍の人間は泡を吹いて倒れていくが、それもやむなしだろう。

 抱き合って怯え竦んでいたEチーム三人娘は落ち着きを取り戻すと、互いに目を見合わせた。

 

「人ってあんな状態になっても生きられるんだね」

「人なのアレは!? 人と言って良いの!?」

「…………今日の夕食はハンバーグですね。チーズが入ってるやつが良いです」

「だったら付け合わせは焼きなすびね。火加減はウェルダンで」

 

 異形という言葉すら生温い存在になったダンテを記憶の隅に追いやりつつ、立香たちはエレナの部屋を目指して進んだ。

 道中で青い顔で慌ただしく動く職員と何度かすれ違う。

 普通の人間より遥かに能力が高いサーヴァントだが、それでもできることには限りがある。

 彼らは基本的に人間だ。代わりはどこにもいないし、それはこの時代に住む人々も同じ。アメリカという巨大な組織を運営する以上、エジソンひとりの手では務まらない。

 だからこそ、この本拠地は人で溢れているのだが。立香はエレナの部屋のほど近くに着いたところで異常に気付いた。

 鼻腔を擽る、香料の柔らかな香り。それは歩を進める度に強くなり、嗅覚が痺れるような感覚に陥る。

 立香は顔の下半分を右手で隠して呟く。

 

「……そういえば、ここまですれ違う人はいたけど、こっちに来てる人はいなかったよね」

「言われてみれば、そうね。忙しそうなのも逃げてるだけだったのかしら。嫌な予感しかしないわ」

「待ってください、何か音が聞こえます」

 

 マシュはエレナの部屋の前で両脇の二人を止める。しんと辺りが静まり返ると、確かに部屋の外まで聞こえるほどの物音が響いていた。

 ギシギシと何かを揺らすような音。断続的に鳴り響くそれはどこか叙情的な含みを孕んでいる。

 意図の読めない音の羅列に、三人は揃って小首を傾げた。部屋の中の物に悟られないように、小声で話す。

 

「わたしはこの部屋の中でリアルムカデ人間の実験をしている可能性に賭けます」

「なんでいきなり賭けが始まるのよ。まあここにアイツがいるとしたら、十中八九人体実験系でしょうね」

「リーダーへのマイナス方面での信頼がすごい……」

 

 彼女らは部屋の扉に耳をくっつける。

 耳をそばだてて聞こえてきた音は、

 

「ええ……とってもいいわ、ノアトゥール……上手よ……」

「おいおい、才能ありすぎだろ。イくのが癖になってんじゃねえか」

 

 全身が凍り付く。立香とマシュが虚ろな目になって数秒後、ジャンヌは盛大に鼻血を垂れ流しながら黒炎をチラつかせる。

 

「これは焼くしかないようね…………」

「ジャンヌさん、表現が古いです。えっちな場面に遭遇して鼻血垂らすとか、最近は中々お目にかかれませんよ。ねえ、先ぱ───」

 

 マシュは立香の横顔を覗いて、言葉を中止した。

 血の気が引いた顔。瞳孔が収縮し、親指の爪を噛む。立香は即座に表情に熱を取り戻し、拳を力強く握り締める。

 

「ま、まだそういうことだと決まってはいない!! 突入しよう!」

「行くんですか!? もしそうだとしたら、いたたまれない空気になりますよ!?」

「大丈夫、年齢制限的にR-18な展開はありえない───!!」

「立香、そういうことを言うのは止めなさい!!」

 

 立香は扉を彼方へ跳ね飛ばす勢いで開く。

 

「警察です! 青少年健全育成条例に対する違反行為はただちにやめなさい!!」

「三人に勝てるとは思わないことです!!」

「こいつらとひとくくりにされたくないわ……」

 

 人質と犯人が立てこもる建物に乗り込む機動部隊のように突撃した三人は、そこで異様な光景を目撃した。

 大量に設置された香炉。色付いた煙が閉ざされた室内を埋め尽くし、床には複雑な幾何学模様が隅々まで行き渡っている。

 その中心には拘束具付きの椅子に括り付けられたロビン・フッドがおり、その後ろにはエレナとノアがそれぞれ片手をロビンの側頭部にあてがっている。女児体型のエレナは身長が足りないのか、小さい台に乗っていた。

 ノアは五指でロビンの頭をまさぐりながら問う。

 

「今、何が見える?」

「あっく、蜘蛛、蜘蛛が見えます! 水晶の渓谷に、あっ、いる蜘蛛が、あっあっあっこっちに迫ってきて……うわあああああああ!!」

「あら、変ね。ちょっと六千年前の水星に意識を飛ばしただけなのに。霊視だと蜘蛛はあんまり良い解釈はされないから、次は思い切ってM78星雲辺りに行ってみましょうか!」

「待て、惑星ニビルも捨てがたいぞ。こいつにアヌンナキと接触させてシュメール文明の真実を解き明かすのはどうだ?」

「ええ、とってもマハトマね! それなら、ロビンの意識を二つに分裂させてそれぞれ別の星に送り込んでみましょうか」

「ちょ、もうやめ……あっあっあっ、お、オレがオレでなくなるゥゥゥ!!!」

 

 ロビンの全身が感電したようにガタガタと震える。その瞬間、立香とマシュの拳がノアとエレナの顔面にめり込んでいた。

 二人の体は激しく後方に吹っ飛び、壁に当たって止まる。彼らは潰れたアンパンのようになった顔を両手で押さえて叫ぶ。

 

「「ぐふうううううう!!」」

「とうとう禁忌の実験に手を出しましたね!? 危うくロビンさんが廃人になるところでしたよ!!」

「落ち着け藤丸。これは人類の歴史の謎を解明する一大プロジェクトだぞ。ロビンを人柱にすることで古代宇宙飛行士説やイルミナティの人類支配の真相を知れるなら安いもんだろうが」

「リーダーがついに陰謀論に脳を支配されてしまいましたね。頭にアルミホイルでも巻きます?」

 

 マシュは道端の痰を見るような目をノアに向けた。凍てつかんばかりの視線はかのメドゥーサの魔眼に匹敵するほどの不吉さを含んでいる。

 椅子の上で震えたままのロビンを横目に、エレナは立ち上がる。彼女は不敵に笑うと、どこからともなく黄金色の缶を取り出した。

 立香は脈絡のないアイテムの登場に眉根を寄せて、

 

「なんですかそれ? 礼装でもなさそうですし」

「ふっふっふ……頭にアルミホイルを巻くなんて手法はもう時代遅れなのよ。今の時代はこれ、テスラ缶! 万病を治すと言われる人類最新の聖杯よ! テスラの科学力は世界一ね!」

「う、胡散臭すぎる……近代魔術の祖が霊感商法にハマってどうするんですか!?」

 

 ニコラ・テスラは何かと陰謀論の話題にされやすい人物である。本人も生前、スピリチュアル方面に傾倒していた時期があったため、疑似科学の理由付けとして適していたのだろう。本物の神秘を扱うエレナが騙されていては本末転倒なのだが。

 しかし、エレナが掲げた缶だけを撃ち抜くように室内に雷が落ちる。床に黒焦げになった缶が転がり、その上に被さるように一枚の紙が落ちてきた。

 立香はそれを拾って読み上げる。

 

「〝私に風評被害を撒き散らす商売人どもに裁きを下してくる〟……ですって。そもそも誰から買ったんですか」

「え、ノアトゥールからだけど?」

「金色に塗った缶にコンクリ詰めるだけで売れるってすげえよな。パラケルススも真っ青の錬金術じゃねえか?」

「くっ! 金の亡者め! テスラさんには内緒にしてあげるんで私にも分け前をください!!」

「アンタの方が金の亡者じゃない! どうせガチャに消えていくだけなのに!」

 

 アホ四人のやり取りを背中に受けながら、マシュは囚われのロビン・フッドを椅子から解放する。彼は数度皮膚を痙攣させ、ゆらりと立ち上がった。

 どんな狂気的な体験をしたのか、頬は痩せこけて肌は土気色になっており、瞳の焦点はどこにも定まっていない。幽鬼という表現がぴったりな有様だ。

 これまでとは別人のようになってしまったロビン。マシュは立っているだけでおぼつかない背中に向けて話しかける。

 

「た、体調はいかがです?」

「行かねえとな……」

「え?」

「エリア51でレプティリアンがオレを呼んでる……」

「一体何の情報を受信したんですか!?」

 

 マシュの制止もむなしく、ロビンは扉を開けてどこかに旅立ってしまった。

 それと入れ替わるようにスカサハが現れる。彼女は睨めつけるような目つきでノアに向かって歩いていく。

 ダンテなら一瞬で土下座の体勢を取っていたところだが、そこはEチームのリーダー。不遜に口元を歪め、膨大な魔術回路を励起させる。

 

「来るのが遅かったなァ! 俺は既にエレナ・ブラヴァツキーの薫陶を受けてマハトマに触れた! 這いつくばって謝んなら今のうちだぞ!!」

「『貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)』!!」

「宝具はズルだろうがァァァ!!」

「むしろノアトゥールはなんで勝てると思ったのかしら!?」

 

 ノアの体は背後の壁ごと外に投げ出され、中庭に墜落する。空中を滑って戻ってくる二本の槍を受け止め、スカサハは立香たちに言った。

 

「さあ、午後の訓練を始めるぞ!!」

 

 そんなこんなで、舞台を中庭に移して。

 ノアとエレナ、Eチーム三人娘はスカサハの前で正座させられていた。彼らの後ろの茂みには、目を赫々と輝かせたナイチンゲールが怪我人の発生を待ちわびている。

 

「まずは手始めに、1秒間に100発のパンチを打つことからだな」

「どこが手始め!? ペガサス流星拳使えたら人としてはもうゴールしたようなものですよ!」

「おいおい、情けねえな藤丸。おまえの小宇宙はペガサス流星拳如きで満たされんのか?」

「それ以前の問題ですけど!?」

 

 立香の嘆きにマシュはこくりと首肯した。

 

「マスターが戦闘できるようになるとわたしたちサーヴァントの出番が減りますからね。フォウさんのように空気化するのはなんとしてでも避けなくてはなりません」

「一理あるわね。あの哀しきモンスターには絶対になりたくないわ」

フォフォウフォウフォウ(ディスられてると聞いて来ました)

「やだ……この子たち、出番に貪欲すぎるわ……!!」

 

 エレナがジェネレーションギャップに戦慄する中、スカサハは呆れたため息をついて、

 

「これだから現代っ子は。しかし、影の国も昔のようなスパルタ教育一辺倒ではない。最近は少子化が進んで、めっきり戦士が減ったからな。私の城も寒風が吹く有様だ」

「影の国も時代の煽りを受けてたんですね」

「ああ、世知辛い世の中になったものだ。近頃の子どもはやれゲームだのパソコンだのをピコピコやっているのだろう。己の身一本で戦場を駆け抜けようという気概が足りん」

「べ、別にそこまでは求めなくていいんじゃない? 時代とともに社会も価値観も変わってきているのだし」

 

 何やら面倒くさい感じになってきたスカサハをエレナは宥める。見た目は子どもとはいえ、中身は大人の彼女は数少ない常識人だった。

 そこで、スカサハは右手に槍を、左手にチクワを出現させる。

 

「新しい知識を取り込み、私は現代っ子向けの修行を考えた。今からチクワとゲイボルクを投げるから、うまく槍を避けてチクワだけを食え」

「今更ハットリくん方式!? まだまだ全然古いんですけど!!」

「長く生きすぎて時間感覚バグってんのか!? 今はもう昭和平成飛ばして令和なんだよ! ハットリくんもハットリおじいさんになってんだよ!!」

「な、なんだと……!? しかし案ずるな、もうひとつ考えてきたものがある。このお立ち台に乗ってジュリアナ東京を百倍速で───」

「まだ古りーんだよ! バブルになっただけじゃねえか! 男をナンパする特訓でもするつもりか!?」

 

 マスター二人から非難の嵐をくらったスカサハは逆上して槍を振るうでもなく、地面に体育座りになった。

 若々しい外見とは裏腹に、その背中には往年の哀愁が漂っている。彼女は地面にのの字を描きながら、ぼそぼそと喋り出す。

 

「ふ、ふふ……そうか、あの輝かしい昭和はもう終わったんだな……影の国からラジオ中継でシンザンのラストランを聞いていた頃が懐かしい……」

「なんで影の国で競馬やってるのよ!? しかも日本の! 本当にケルトの英雄なの!?」

「先輩、わたしは何だか可哀想になってきました」

「うん。あんなに強いスカサハさんがこんな闇を抱えてたなんて……」

 

 何気ない立香の一言に、エレナは目を剥く。

 

(今の子にとっては古い=闇……!? まずい、まずいわ!)

 

 エレナもスカサハほどではないが、実年齢はアレである。気の良い彼女の習性として、若者から白い目で見られることは避けたかった。

 エレナは帽子を外して顔を扇ぎながら、これみよがしにノアたちに視線を差し向ける。

 

「あ、あー! なんだか喉が渇いてきたわね! ここは若い子が多いみたいだし、最近流行りのタピオカが飲みたくなってきたわ!」

「エレナさん、タピオカはもう古いです」

「ぐはぁ!! 私も結局古い人間だったのね!? ちょっと自分は流行に詳しい感じを出してたのが余計に恥ずかしいのだわ!!」

フォフォウフォウフォフォウ(サーヴァントだから古いのは仕方ないね)

 

 エレナは赤面して地面を転がりまわった。本来ならばノアたちを教導すべき年長者が揃って自爆するという異常事態。お開きになりかけたその時、Eチームの前に緑衣の男が飛び出す。

 森の英雄、ロビン・フッド。ノアとエレナの強制霊視実験によって正気を失っていた彼は、目に爛々とした光を取り戻していた。

 ただし、どんな冒険を潜り抜けてきたのか緑衣はボロボロに朽ちており、総身に浅くない傷を負っている。

 元凶であるノアは自らの行いを忘れたかのように言う。

 

「なんだ、戻ってくるのが早かったな。エリア51はどうだった?」

「ふざけんじゃねえアホ白髪!! こちとら宇宙人にUFOで連れ回されて銀河一周の旅を終えてきたとこなんだよ! オレを実験台にした責任を取れ!!」

「人類初の偉業じゃねえか。非難される謂れはねえぞ。むしろ泣いて感謝するのが筋だろうが」

「うっせえ! その腐った性根を叩き直してやる!」

 

 意気揚々と放たれた一矢をノアはすんでのところで躱す。その矢は真っ直ぐ飛んでいき、座り込んでいたスカサハの後頭部にぐっさりと突き刺さった。

 

「……あ、やべっ」

 

 空気が凍りつく。

 極寒の夜を思わせる静寂。その静けさが逆に恐ろしい。スカサハは微動だにしないで佇んでいた。

 ロビンはミイラのような顔色になって、震えた声を絞り出す。

 

「お、オレとお前のどっちが謝るべきだ…?」

「おまえ以外にいるかァァ!! 俺を巻き込むんじゃねえ、更年期の女の恐ろしさを知らねえのか!? さっさと土下座しろ!!」

「おい馬鹿、この状況で更年期というワードを出すな! 余計怒らせちゃうだろうが!!」

「……………………ノアトゥール、ロビン・フッド」

 

 その時、二人の運命は決定していた。

 スカサハが音もなく立ち上がる。

 彼女の後ろに影の国への門がブラックホールのように開く。魔の豪風が吹き荒び、ノアとロビンは脱兎の如く逃げ出した。

 しかし、スカサハは一歩で二人の前に回り込む。彼らが最期に見た光景は、

 

「逃げられるとでも思ったか? 死ね」

「「うわああああああああ……!!!」」

 

 名状しがたく冒涜的な、慄然たる憤怒の形相であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『えー、それでは! これより対ケルト軍作戦会議を始めます!!』」

 

 夜、アメリカ軍本拠地の食堂。

 アメリカが擁するサーヴァント全員が揃い踏みした部屋の中に、ロマンの気の抜けた声が響き渡る。

 そこらでまばらな拍手が起こる。彼の補佐役であるはずのマシュは会議そのものよりも、目の前の食事に夢中になっていた。だが、その程度の塩対応でめげるロマンではない。ここ最近のマシュの反抗期もようやく慣れ始めた頃だ。

 彼はきょろきょろと辺りを見渡し、疑問を投げかける。

 

「『……若干名、姿が見えない人たちがいるんだけど』」

 

 若干名という言葉が指すのはノアとダンテ、そしてロビンのことだった。

 何気ない疑問も、午後の特訓の顛末を知る者からすればタブーに違いない。鉛のように重い空気が食堂に流れる。

 立香はどこかに目をそらして言った。

 

「ダンテさんは書斎にいるらしいです。リーダーとロビンさんはミンチになりました」

「『一体何があったんだ!? 人がミンチになったことを冷静に受け止められるほどボクは大人じゃないぞ!』」

「もうやめましょう、ドクター。あの人たちは土に還ったんです。わたしたちにできることは、そう、祈りを捧げるだけ……」

「いえ、諦めるのはまだ早計です。忘れましたか、ここには私がいるということを!」

 

 そう言って、ナイチンゲールは席を離れた。数十秒後、彼女は両肩に二人の包帯男を担いで戻ってくる。

 一見して見分けはつかないが、その二人がノアとロビンであることに間違いはなかった。一方の片割れは自力で歩き、立香の横の空いた席に倒れ込むように座った。どうやらこちらがノアらしい。

 スカサハの後頭部を突き刺した下手人であるロビンはノアよりも重傷のようで、簡易的なベッドに寝かされる。

 立香はノアから漂う薬品臭さを手で払い除けた。

 

「相変わらずすごい生命力ですね。てっきりダンテさんみたいにハンバーグ状態で出てくるかと思いました」

「そこはヤドリギ様々だな。死にかけたのはレフの爆弾以来だ。ダンテの野郎はサボりか? ペレアス」

「いや、あいつは本業の詩作中だ。オレらがいくら話し掛けても聞こえてなかったみたいだから、とりあえず置いてきた。ハンバーグ状態は解けてなかったぞ」

「よくペンを握れたわね……ウサギになった時もあまり気にしてなさそうだったし、適応力イカれてるんじゃないの?」

 

 何はともあれ、ノアとロビンは復帰した。ロマンは長年カルデアでパワハラを受け続けた人物、気の取り直し方には長けている。彼は咳払いを挟んで、

 

「『そ、それじゃあまずはカルデアで解析した情報の報告から始めよう』」

 

 その報告の内容は以下の通り。

 レイシフト直後。アメリカ領にいた立香たちは通信ができたものの、ケルト領にいたノアたちは通信が繋がらなかった。ダンテの実験によってケルト領以外なら通信ができるという証明がなされたが、ここには根深い問題が潜んでいた。

 それは、ケルトの支配領域が特異点を固定化する楔となる性質。端的に言えば、ケルト軍が一定範囲の領土を占有した場合、それだけで特異点が成立し、修復が効かなくなってしまうのだ。

 北米大陸を舞台とした陣取り合戦。さらには、虹蛇もそこに関係している。

 虹蛇は魔力の量に応じて、豊穣をもたらす雨と生命を簒奪する日照りの天候を使い分ける。この土地の古き民の嘆きの化身である彼女が天候によって影響を及ぼした地域は、ケルト軍と同じように特異点となってしまう。

 立香たちが荒野の真ん中でまみえた森は、虹蛇の豊穣の雨が育てたものだった。

 虹蛇は取り戻そうとしているのだ。

 海の外の人間に穢される前の、自然豊かな北米大陸を。

 

「『ケルト軍は戦力を集中するためにホワイトハウスに撤退したようだけど、共に北米大陸を特異点化する虹蛇が加わったことは最悪に近い。何しろ、虹蛇はそこにいるだけで一帯を特異点にしてしまえるからね』」

「ふむ、こちらが大分優勢と思っていたが、まだまだ逆転敗北の芽はあるということだな。あの麗しい姿の虹蛇と触れ合う夢は諦めなくてはならぬか……」

「美人なら何でも良いのか? とにかく、虹蛇をどうにかしなくては戦争の形にすら持ち込めぬだろう。余が相手をしても良いが」

 

 ラーマの言葉には誇張も慢心も一切なかった。実際、インド勢の三人は最強格のサーヴァントだ。埒外のしぶとさを誇る虹蛇でも、その三人を同時に相手取るのは悪夢でしかないだろう。

 エレナもその提案に同意する。

 

「いくら虹蛇と言っても死ぬことには死ぬわ。〝インドの先制攻撃だべ!〟みたいな具合で倒せそうではあるわね」

「でも、私は少し危険だと思います」

 

 立香の元に視線が集まる。注目にうろたえることなく、淡々と話を続けた。

 

「ケルト軍は四人もサーヴァントを失ったのに、気にしてる素振りがなかったですよね? ここにいる全員を敵に回しても勝てるくらいの奥の手があったりしそうです」

「立香ちゃんが可能性として考えてるのはあるのか?」

「魔神柱が出てきてないのは怪しいですね。わざと虹蛇に戦力を集めさせて一気に……って素人の考えですけど」

「仮定を元にしてはいますが、その上で筋は通っている。問題はどうやって虹蛇だけを誘き寄せるか、ですね。乱戦は味方にも被害を出してしまいますから」

 

 アルジュナの言にエジソンが反応する。

 

「虹蛇は私に恨みを抱いている。私を囮とすれば自ずと寄ってくるはずだ」

「そのまま食われても良いぞ? 凡骨だけあって噛みごたえはあるだろう」

「今ここで貴様を噛み砕いてやろうかテスラァァァ!!」

「ほざいたなエジソン! 我が雷で炭にして世界を回すエネルギー源になってもらうぞ!!」

「『どんだけ仲悪いんですかあなたたちは!?』」

 

 殴り合いに発展したエジソンとテスラを無視して、ノアはエリザベートを指差した。

 

「囮に使うならそこのトカゲ女も入れとけ。クー・フーリンの槍に霊核を貫かれたせいで戦えない」

「それはお前が治したんだろ?」

「魔槍の呪いのせいで霊核を全取っ替えする必要があった。他にも事情があったが……とにかく、今のそいつはポルシェに軽自動車のエンジン積んだみたいな状態だ。あの馬鹿みたいな声量も出せねえぞ」

「なにそれ!? ハリボテにも程があるわよ! みんなに歌を届けられないなんてアイドル失格だわ!!」

「あの天上の美声は聞けぬのか……なんたることだ、世界の損失と言う他ない!」

 

 揃って嘆き悲しむエリザベートとネロ。彼女ら以外の全員が安心感を覚えたことは言うまでもないだろう。

 エリザベートの霊核は魔槍の呪詛に侵されていた。ノアがエリザベートの霊核と全く同じ物質を創ることは可能だったが、初めて見るモノを複製する際には実物を参考にする必要がある。猫を知らない人間が猫を絵に描けないのと同じだ。

 その時、ノアが参考にすべき霊核は呪いによって穢されていた。呪われた霊核は複製できても、その前の正常な霊核は情報がないため創ることができなかった。

 ただし、壊れた物体であってもその元の形を推測することはできる。

 ノアは推測を基盤に霊核を創り、エリザベートに与えた。あくまで推測は推測、本物と同じものにはならなかったのだ。

 カルナは静かに主張する。

 

「虹蛇はオレとアルジュナに任せると良い。あの日照りだけは厄介だが」

「生命を奪う日照りですか……許せませんね。私が治療します」

「『じゃあ、虹蛇を倒すメンバーは決まったということで───』」

「待ったあああああ!!」

 

 食堂の扉が荒っぽく開け放たれる。

 人間大のハンバーグが飛び跳ねながら、ホログラムのロマンに近づいていく。

 

「『うわっ、グロっ!? 誰なんですか!』」

「見て分からねえのか? ダンテに決まってんだろ」

「そうですよドクター。どうしちゃったんですか」

「『え、ボクがおかしいのこれ!?』」

 

 困惑するロマンに追い打ちをかけるように、ハンバーグが喋り始める。

 

「虹蛇討伐、私にも一枚噛ませてください! 私の新作で二殺はしてみせます!!」

「一回も殺せなかった挙句戦意喪失したお前がか?」

「スカサハさん、私も男です。やると言ったからにはやってみせましょう。虹蛇を瞬殺できれば、カルナさんとアルジュナさんを他の戦場に加勢させることもできるでしょう」

「……そうか、ならばやれ。戦いを本領としない男がそれを言うのだ、お前に任せよう」

 

 いつになく真剣な声音。ハンバーグになったダンテの表情をうかがい知ることはできないが、それだけでもスカサハを説得するには十分だった。

 そしてそれは、Eチームの人間も同様だった。ペレアスは小さく笑う。

 

「それでこそ男だ。ディナダン卿もケイ卿もやる時はやる人だったからな。ほんの少しだけ見直したぜ」

「ボルボックスからミジンコくらいには株が上がったな」

「微生物の域は出ないんですか!? 顕微鏡で見ないと存在を認識できないんですか!?」

「わたしはゾウリムシが好きです」

「アンタの好みは聞いてないわよ」

 

 ハンバーグが人語を発するという異常事態にも慣れ始めてきた頃、アルジュナがおそるおそる手を挙げる。

 

「あの、作戦に異論はないのですが、私とカルナがひとまとめにされているのは何故です?」

 

 彼らの因縁はこの場では誰もが知るところだった。神の介入を受けた決闘の勝者と敗者。マハーバーラタにおける不朽のライバルだ。

 ペレアスは水で唇を濡らして、

 

「殺し合ったことはあっても共闘したことはないんだろ? 試しに一回やってみればいいじゃねえか。ランスロットとガウェインみたいなもんだな」

「たとえが悲惨すぎないかしら……確かにその二人は共闘も殺し合いもしたんでしょうけど」

「その点円卓ってすごいですよね。ランスロットさんの離反で割れたのに、モードレッドさんの叛逆でさらに分裂したんですから。テーブル粉々ですよ」

「『そういう気が滅入る話はやめませんかダンテさん』」

 

 場の雰囲気が奈落に落ちかける。テスラとの喧嘩を終えたエジソンは、腫れ上がった顔を晒しつつ咳払いした。

 

「と、とりあえず配置は決まったな。今回の戦場はホワイトハウスと虹蛇の二つ。前者に関しては私が参謀本部と擦り合わせておこう」

「では、ここからは固いのは抜きにしたパーティだな! マイクを持ってまいれ! エリザベートの代わりに余の歌を披露しよう!!」

「もはやツッコむ気力すら起きないわ」

「と言いつつそれがツッコミになるという高等技術。さすがですジャンヌさん」

 

 その後、自前のコンサート場を用意するために宝具を使おうとするネロと他全員との格闘が巻き起こった。

 夜更け。コンサート会場から命からがら脱出した立香はノアを探し回っていた。特に用があるわけでもなかったが、寝る前の暇潰しとして辺りを歩き回る。

 ノアは自室にもいなければ、エレナの部屋にもいなかった。魔術オタクらしく、三日間の夜時間はエレナと魔術の手習いをしていたそうだが、今夜に限ってその姿はないと言う。

 どうせまたろくでもないことをしているのだろうが、万が一がある。立香はエレナと共にノアを捜索することになった。

 

「私、人探しは得意よ? ノアトゥールは多分外にいるわね。第六感がビンビンに反応してるわ!」

「私のゴーストが囁いてるんですね!? 早速行きましょう!」

 

 玄関を通り、外に抜ける。

 呪術師にとって人探しや物探しといった行為は、古来より生業のひとつとして確立されていた。並々ならぬ霊感を持つエレナからすれば、それらはお手の物だろう。

 彼女が第六感に導かれた先は建物に隣接する雑木林の中だった。

 暗い木陰の間に、ちらちらと揺らめく灯火が見えた。同時に、何か不吉な言葉が連なって立香とエレナの耳に届く。

 ぼんやりとした明かりに蠢く人影を発見し、立香は上擦った声を出した。

 

「ええと、リーダー?」

 

 不意の呼び掛けに、人影はくるりと振り返る。

 真っ白な着物を纏ったノア。頭頂には二本のロウソクが角のように突き立っている。右手に藁人形が、左手には金槌と五寸釘を握りしめていた。

 日本の伝統的な呪詛のスタイルを踏襲したコスプレをするアホの姿を見て、立香は恐怖より困惑が勝った。

 

「………………何やってるんですか」

 

 ノアは今日イチの真剣さで告げる。

 

「スカサハ……俺は今からあの女を────呪う」

「いつになくアホですね!? 味方をガチで呪おうとする人なんて見たことないですよ!!」

「あいつには正面から掛かっても勝てねえ。となれば、呪いしかないだろ。俺を散々コケにしやがったあの女に鉄槌を下してやる!!」

「か、完全に逆恨みじゃない……!!」

「俺に上から目線で接すること自体が罪だ! おまえらに見られようが知ったことか、俺はあいつを呪うぞ藤丸ゥーッ!!」

 

 木の幹に取り付けた藁人形に釘を打ち付けようとした刹那、どこからともなく飛来した紅き魔槍がノアの尻に突き刺さった。

 彼は生まれたての子鹿のように震えながら絶叫する。

 

「ギャアアアアアアア!!! なんでまたケツだァァァ!!?」

「あ、なんか槍のお尻に紙が付いてますよ。〝呪詛返しを心得ていないとでも思ったか馬鹿め〟って書いてあります」

「こんな物理的な呪詛返しは私も初めて見たわ。ちょっと解析させてくれる?」

「それより前にボラギノール持ってこい!!」

 

 ノアの気迫に圧され、エレナはボラギノールを求めて建物に走っていった。

 立香はノアの尻に刺さった槍を掴みながら、

 

「本当にアホですねリーダーは。相手はサーヴァントですよ?」

「サーヴァントなんざ関係あるか。あいつらも突き詰めれば俺たちと同じ人間だろ───おい待て、優しく抜けよ」

「ふんっ!」

「ぐああああああ!! 藤丸てめえ何やってんだァーッ!!」

「締まりが良かったんでつい……」

「俺のケツのことを少しは考えろ!!」

 

 とは言っても、ゴキブリ並の生命力を誇るノアである。中腰になりながらもゆっくりと二本の足で地面に立った。

 エレナが戻る気配はまだない。この時代のアメリカにボラギノールは存在しないため、マシュの盾を利用した召喚陣を使わなくてはならない。

 立香はサンドクリークの戦いを思い返して言う。

 

「そういえば、あの時なんで私の位置が分かったんですか? 通信も繋がらなかったのに」

「……おまえの髪留めは俺の魔力を込めた糸で編んである。その気配を感知しただけだ」

「じゃあいつでも私の位置は丸分かり…? それはそれで恐ろしい気が」

「そこは気合い入れてないと分からないようにしてる。じゃないと鬱陶しくて仕方ないからな。おまえを守るのはリーダーとして当然の役目だ」

 

 肌の温度が高くなるのを感じた。

 役目、役割。たとえそういう理由があったとしても、彼は自分を守ろうとしてくれているのだ、と。

 気恥ずかしいような、嬉しいような、名前の付けられない感情が湧き上がる。けれど、胸の片隅にはもやりと堆積した想いがあった。

 それを口に出そうとした瞬間、近くの茂みが葉の擦れ合う音を立てる。

 反射的に視線を傾けた先には、しゅるしゅると舌を巻く蛇がいた。

 

「ギャーッ! へっ、蛇ィィィ!!」

 

 立香は思わずノアの腕に飛びつく。

 ノアは蛇と立香に冷たい視線を送る。

 

「……素手でゴキブリ掴めるやつが蛇を恐れるか?」

「マシュとジャンヌの手前ずっと隠してたんですけど私、蛇だけは無理なんです! 虹蛇なんて見たら卒倒間違いなしなくらい苦手ですから!!」

 

 立香は蛇に対するトラウマをつらつらと語り始めた。

 それは彼女が小学校に入学する直前、休みの日に藤丸一家で動物園に繰り出した時のことである。

 藤丸(兄)は爬虫類コーナーで、ある看板を見つけた。

 

〝ニシキヘビに巻き付かれる体験──!? これはやるしかない!!〟

〝私は縄の方が……〟

〝お母さん、何を言ってるのかな? 子どもの前だよ?〟

〝いこう、これはわたしのじんせいにおいて、かけがえのないものになるとおもう──!〟

〝妹がこの年で達観してる件について〟

 

 そんなやり取りを経て、一家はニシキヘビに巻かれることになった。当たり前だが、動物園の蛇は人間に危害を加えないようにしっかりと調教されている。むしろ、次々と訪れる人間に巻き付かなくてはいけない蛇の方が大変だろう。

 人間に巻き付き疲れたニシキヘビの体験を終えた時、事件は起こった。立香と藤丸(母)が目についた屋台に疾走したところを、藤丸(兄)が制止する。

 彼は立香の背中を指し示して、

 

「───お兄ちゃんは私の服に蛇のうんこが付いてるって言ったんです。絶対あのニシキヘビの仕業です。それから私は蛇が苦手に……」

「…………………………クッッッソくだら」

「くだらなくないですよ! 服に汚物を付着させながら歩き回ってたことに気付いた私の気持ちを考えてください!!」

「尚更くだらねえよ! 百歩譲ってトラウマになるのは蛇のうんこであって蛇じゃねえだろ!!」

「坊主憎けりゃ袈裟まで憎いんですよ! むしろこの場合は逆ですけど!!」

 

 不毛な言い合いを続けることに嫌気が差したのか、ノアは足元の枝を拾うとそれを使って蛇を追い払った。

 森の中に虫や鳥の鳴き声が響く。

 ノアは右腕にしがみつく立香に告げた。

 

「ほら、行ったぞ。さっさと離れろ、藤丸」

 

 しかし、彼女が離れることはなく。

 小さな声で、立香は言った。

 

「……名前」

「は?」

「名前で呼んでくれないんですか」

 

 空気がしんと静まり返る。

 ノアは煩わしげに息を吐き、左手の人差し指で立香の額を小突いた。

 

「頼み込んでる内は呼んでやらない。どうしても俺にそうさせたいなら、名前で呼びたいと思わせてみろ」

「…………勝負ってことですね。分かりました、絶対に名前で呼ばせますから」

 

 それを、木陰から覗く少女がいた。

 彼女はボラギノールの箱を握り締めて、踵を返す。

 

「若人のやり取りは眩しいわね……エレナ・ブラヴァツキーはクールに去るわ!」

「待て、ボラギノールは置いてけ!!」

 

 そうして、決戦前の安穏とした時間は過ぎていった。

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