自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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第5話 『約束された勝利の剣』

 冬木の聖杯戦争は、一夜にしてその形式を大きく変えた。原因は誰にも分からない。

 ただ、人間が姿を消したという結果だけがそこにある。

 真っ先に戦争を再開したセイバーは、キャスターを除く全ての陣営を瞬く間に全滅させたという。それによって汚染されたサーヴァントたちが、カルデアが交戦した影に包まれた英霊だったのだ。

 それほどまでにセイバーの力は強大だった。なにしろ、その者は聖剣の担い手。人々が願った星のひと振り。かの王の真名を知らぬ者はいない───

 

()()()()()。どうだ、相手に取って不足はねえだろう。槍のオレなら力に成れたんだがな、今回はアンタらに譲ってやる」

 

 大聖杯へと続く洞窟の中を、カルデア一行はひた走る。青い魔術師は、そう言って戯けたように笑っていた。

 セイバーの真名を聞いて、息を呑んだ者は何人いただろう。少なくとも、その脅威は誰もが理解しているし、畏れを抱いたことも事実だ。

 だが、真に恐怖することはない。何かに呑まれた状態で騎士王に勝つなど、どれほど不可能なことか全員が知っていたから。

 故に、青い魔術師は彼らに決戦を託したのだ。聖剣使いを護る最後の砦、アーチャーを食い止めるために。

 立香は、ぽつりと呟く。

 

「……やっぱり、あの人は良い人だったね」

「そうですね。あまり多くを語ることはできませんでしたが、またいつか逢いたいと思えるような人でした」

 

 今や彼らは、多くのものを背負っている。亡くなったカルデア職員の無念、47人のマスターたちの命、そして英霊の覚悟と献身を。

 負ける訳にはいかない。それがたとえ星の聖剣を振るう騎士王であったとしても。

 負けたその瞬間、失われるのは自分たちの命だけではないのだから。

 道が開けてくる。そこでオルガマリー所長は口を開いた。

 

「……まずは感謝するわ。どうしようもない人間が揃ったEチームだけれど、ここまで辿り着いた功績は認めてあげます」

「ふっふっふ、ようやく所長も気付きましたか! EチームのEはエリートのEだったってことに!」

「そこまでは褒めてません。これが最後の戦いよ、聞かせてちょうだい。アナタたちの覚悟を」

 

 彼らは、各々の決意を口にする。

 立香(りつか)はただ真っ直ぐに、

 

「私たちなら絶対に勝てます。なんたってマシュもリーダーもペレアスさんもいるんだから、これで勝てなきゃ嘘ですよ!」

 

 マシュは微笑みながら、

 

「ええ、事ここに至り心配する要素はありません。騎士王の聖剣であろうと、わたしがみなさんを守り切ってみせます」

 

 ノアはあくまで当然のように、

 

「俺がカルデア所長に就任するための運命の一戦だ。誰にも文句は言わせねえ完璧な勝利を収めてやる」

 

 そして、ペレアスは、

 

「嫌だ、オレはあの人に会いたくない! だってオレカムランの戦いに参加してねえし! メレアガンスが王妃様を襲撃した時も結局ランスロット任せになったしよぉ! 後ろめたさしかねえよ!!」

「「「………………………………」」」

 

 積もり積もった王への感情をぶちまける。それがこの場の空気に適したものなら良かったのだが、あろうことか士気を下げるものだった。

 ぶちん、と堪忍袋の緒が切れる音がする。この時、立香たち三人は初めて同じ感情を共有した。

 

「ペレアスゥゥゥ!! おまえっ、せっかくいい感じで決戦に繋がる流れだっただろうが! 冒頭からシリアスな雰囲気作ってたの気付いてねえのか!?」

「本当ですよ! 私とリーダーが珍しくバシッと決めたのに台無しじゃないですか!!」

「あの……もうすぐ出口です。ただならぬ魔力の気配もします。覚悟を決めてください!」

「ほんっとうに締まらないわね! アナタたちは!!」

 

 そして、騎士王が待ち受ける場所へ足を踏み入れる。

 そこは広大な地下空洞。妖しく光る巨大な水晶体が、薄暗く辺りを照らしている。魔術の心得がない人間でさえ感じ取れる、圧倒的な神秘の気配。

 しかし、それですらかの騎士王の放つ威圧感の前では無に等しい。

 漆黒の鎧、極黒の聖剣。血管のように赤い線が鎧の表面を走り、僅かに覗く肌も死人のように白い。そこに清廉な騎士王としての風格はなく、荒れ狂う竜の如き暴君の威容をたたえていた。

 黄金の瞳が闖入者たちを捉える。

 黒き騎士王は、小さく口角を上げた。

 

「──ふ、因果なものだ。縁の力とはこうも運命を曲げるか」

 

 金色の目は、確かにマシュとペレアスを視界に収めている。

 金属が擦れ合う音。ペレアスは剣を引き抜き、かつての主君に対して向ける。セイバーはそれを不遜となじることもせずに、眉を寄せた。

 視線が交わる。そこで何の想いが交わされたのか、余人に知ることは叶わない。

 

「ペレアス。……私は貴様に──」

「やめましょう、我が王よ」

 

 何かを言おうとしたセイバーを、ペレアスは言葉で遮る。たとえ変質していたとしても、彼が王に捧げる忠心は一片たりとも変化していない。

 

「オレは貴方に忠誠を誓い切れず、ひとりの女を選んだ人間です。その言葉は、オレでなく()()()()()()()()()()()()()に贈るべきだ」

 

 それに、と彼は続ける。

 

「オレたちは剣士です。言葉がなくても剣で語り合える」

「……そうか、ならば存分に語り合おう。我らが剣で──!!」

 

 莫大な魔力が嵐となって巻き起こる。

 周囲の光が点滅し、堕ちた聖剣へと呑み込まれていく。

 剣を高く掲げ、その名とともに黒き極光を解き放つ。

 

「『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)』!!」

 

 漆黒の奔流。

 それは光を奪い。

 闇をさらに深き(やみ)へ染める究極の一刀。

 極大の閃光を前に、マシュは人理の盾となる。

 

「『擬似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)』……!!」

 

 白き円盾と黒き斬撃。

 その衝突を制したのは、前者であった。

 全身から冷や汗が噴き出す。あと一歩後ずさっていれば、あと一瞬力を込めていられなければ、確実に消し飛ばされていた。背後に迫っていた敗北の予感に今気付き、マシュは戦慄する。

 

「ほう、我が聖剣を防ぐか、小娘!」

 

 圧倒的な暴威が周囲に撒き散らされる。宝具とは英霊そのものでもある故、それを凌がれたことは矜持を傷つける行いなのだ。

 とはいえ、その戦果は甚だ大きい。星の聖剣(エクスカリバー)を防ぐことは必要条件ではなく絶対条件。その一撃を凌ぐ術を持たぬ以上、どれだけ追い詰めても敗北は必定だからだ。

 盾は役目を果たした。であるのならば、次は剣の番だ。

 ペレアスとセイバーは互いに肉薄する。

 瞬間、無数の剣戟が両者の間で繰り広げられ、橙色の火花が散った。

 二人の剣術はまさに対照的。構えを崩さず剣を振るうセイバーに対し、ペレアスは足払いや拳打も厭わない無形の型。

 セイバーが堅く巨大な岩壁であるなら、ペレアスは絶えず変化する激流だ。

 激流(ペレアス)が岩壁を削り穴を空けるか、岩壁(セイバー)が激流を受け切り真っ二つに断ち割るか。この戦いはそこに帰結している。

 一撃の重さを比べれば、ペレアスのそれはセイバーには及ばない。なぜなら、赤き竜の因子を継いだ騎士王は素の筋力に加えて魔力による推進力を得ているのだ。

 全身にロケットをくくりつけているようなものだ。魔力の放出と同時に振るわれる斬撃は、爆発の如き威力を誇る。

 

「「──!」」

 

 空間が歪むような刃鳴り。両者の頬には、等しく一筋の赤い線が刻まれていた。

 剣術に然程大きな差はない。

 一撃の威力では上回っている。

 だというのに、手傷を負わされた。

 ぎ、とセイバーの口端が吊り上がる。

 

「……強いな、ペレアス」

「鍛錬する時間ならいくらでもあったんでね」

 

 短い問答。それを皮切りに、両者は再度激突する。

 先手を取ったのはセイバー。魔力放出によって音速を超えた突撃を実現し、一秒のうちに数十の斬撃を繰り出した。

 ペレアスはそれらを弾き、受け流し、そして躱す。全てが同居した異形の剣。回避と攻撃が一体となった戦闘法こそ、ペレアスの剣の深奥である。

 

(すごい──これが英雄同士の決闘!)

 

 無尽の刃が織り成す戦場に、マシュは立ち入れないでいた。その理由は二つ。

 ひとつは得物の差。剣と違い、盾を武器とするマシュの攻撃は、重いが遅い。反撃を食らう可能性を考慮して、割って入るのはペレアスが危機に陥った時のみと決めていた。

 次に、聖剣に対する防御。セイバーの宝具を防げるのは、マシュただひとり。後ろに控えるマスターたちのため、彼女は聖剣に対応できる位置につかなければならない。

 実質的な一騎討ち。しかし、ペレアスにはあってセイバーにないものが存在する。

 

berkana(ベルカナ)sowelu(ソウェイル)inguz(イングズ)──nautiz(ナウシズ)

 

 バインドルーン。複数のルーン文字を一体化させ、さらに効力を高める秘法。

 ルーン魔術は、術者によって同じ文字でも意味が異なる場合がある。それはひとつのルーンが複数の意味を持つからであり、術者の傾向を把握しなければならないため、それを解読するのは至難を極める。

 ただし、バインドルーンにおいては意味を読み取るのは比較的容易い。似た意味を掛け合わせることで効果の向上を図るからだ。

 ノアは空中に描いたルーン文字を、束縛(バインド)の意味を表す『nautiz』の掛け声とともに掌中に収めた。意味をまとめることでより効果を純化させたのである。

 対象はペレアス。頬の傷が治り、振るわれる剣の勢いが増していく。

 必要に応じて支援を行うマスター。それこそ、セイバーにはないペレアスのアドバンテージであった。

 

「う、ぉぉぉおおおおおおッ!!」

 

 裂帛の気合いを込め、ペレアスは剣撃を打ち込む。そのいくつかがセイバーの鎧を破り、その肌に傷をつけた。

 セイバーも負けじと打ち返し、見る見るうちに剣が体に届き、血を撒き散らす。防御に回るのは致命的であると判断した攻撃のみ。それ以外は甘んじて受け、剣を振るう腕に感覚を集中させる。

 それを不利と見たか、セイバーは後方へ翔んだ。大きく剣を振りかぶり、魔力を収束させる。

 宝具を警戒し、ペレアスは即座に射線上から遠ざかる。それに合わせて、マシュはマスターたちへの射線を遮った。

 だが、束ねた魔力が宝具として形を成すことはなく、地面へそれを叩きつける。

 暴風と地鳴り。土塊(つちくれ)混じりの砂塵が巻き上げられ、視界が大幅に制限される。口元を腕で抑えながら、立香は叫ぶ。

 

「マシュ! 警戒──」

 

 言いかけて、気付く。

 敵味方の姿を見失ったこの状況。セイバーが狙うとしたら、ペレアスとマシュどちらを攻撃するだろうか。

 答えはそのどちらでもない。この場には、サーヴァントよりも遥かに非力な存在がある。しかも、それを討てばサーヴァントまでもが消滅する最善の一手。

 

(狙われるのは、私たちだ)

 

 影が見えた。

 きっと、死んだことすら気付かないであろう黒の剣閃。

 その直前、立香の体は横からの衝撃に突き飛ばされる。

 

「あ──リーダー」

 

 ノアの右腕が宙を舞う。肩口からすっぱりと切断されたその腕こそが、立香の命を救ったモノだった。

 噴出する血は極めて少量。ノアの肩口からも血は出ているが、ぽたりと数滴の雫が落ちるのみである。

 なぜ。その疑問を解消する間もなく、ペレアスとマシュが飛び込んできた。

 

「お前、その傷」

 

 逡巡。しかしそれは、

 

「ペレアス、決めに掛かれ!!」

 

 その一喝で消え去った。

 脇目も振らず、ペレアスはセイバーへと剣を叩きつける。

 ──勝つ。一も二もなく勝つ。ここでマスターの想いに応えられなければ、戦士でも男でもなくなってしまう。

 彼らは剣士だ。

 言いたいことは剣で語り合える。

 

(貴方には、ひとつだけ足りないものがある)

 

 ……けれど。

 幾千の剣戟を交わしても。

 幾万の言葉で問い掛けても。

 貴方はそれに気付くことはないだろう。

 諸侯との戦いを制し。

 異民族との戦争に明け暮れ。

 そして妖精郷で眠りについてもなお。

 ならば、どう伝える。

 この胸のたぎりを。魂に燃える炎を。

 証明するしかない。

 それを知らないが故に貴方は敗けたのだと───!!!

 

「『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)』!!」

 

 黒闇の極光がペレアスに向けて放たれる。

 白銀の騎士ひとりのみを狙った斬光。もはや躱す術はない。マシュの防御も間に合わないだろう。

 光に呑み込まれる刹那、ペレアスは囁いた。

 

()()──」

 

 熱線がその身を焼く。

 魂までをも滅する光は、確かにペレアスを直撃した。

 ……もし、装備(つるぎ)の差が無ければ。

 勝負は分からなかった──最強の聖剣使いにそう思わせるほどの、熾烈な戦いだった。胸中に溢れる賛美と畏敬。強敵を打ち破ったという達成感。

 ペレアスという剣士はまさしく全力を以って迎え撃つに足る男だった。だというのに、

 

「三画全部くれてやる。『騎士王を倒せ』、ペレアス!!」

 

 勝利に水を差す、ノアの声。

 ──何を馬鹿な。その男はたったいま消えた。聖剣の極光に呑まれたのだ。

 しかし。令呪が赤光を発し、セイバーの目の前へと吸い込まれていく。そこで彼女は信じられないものを見た。

 

「何だと……!?」

「っ、らァァァああああぁぁああああッ!!!」

 

 ペレアス。彼は低く身をかがめ、今にも剣を振り抜こうとしていた。その輪郭は茫洋として、まるで陽炎のように揺らめいている。

 真一文字の斬撃。令呪三画の強化を得たペレアスは、迎撃の刃を軽々と弾き飛ばす。

 ここからは、セイバーも死力を尽くさなくてはならない。夜空に輝く満点の星空の如く、剣閃が闇の中を踊った。

 打ち合うこと都合百八十。

 時間にして五秒。

 終わりは唐突に訪れる。

 

「……か、は」

 

 血の塊が地面に落ちる。

 彼らは互いの心臓に剣を突き刺した。

 突き刺したはずだった。

 

 

 

 

 

 

「───『死に逝く騎士に、湖光の愛を(ル・アムール・ド・ダーム・デュ・ラック)』」

 

 

 

 

 

 

 セイバーの剣だけが心臓を外れ、ペレアスの脇腹を抉っていた。

 

「…………なるほど、それが」

 

 彼は生前、湖の乙女によって『ランスロットと戦えない』という加護を掛けられた。

 円卓最強の騎士であるランスロットと戦えば、命を落とす可能性があったことを知っていたのか。それとも、己が養育した男と己がひとり愛した男が戦う様を見たくなかったのか。

 ともかく、水の精霊の加護を受けたペレアスは天寿を全うし、幸せな最期を迎える。

 あらゆる騎士が逃れ得なかった──戦死という名の定めを脱して。

 ペレアスの宝具。

 それは『自身の死の運命を回避する』。

 

「湖の乙女……彼女と紡いだ愛───それこそが、()()()宝具(生き様)か」

 

 アーサー王は星の聖剣と鞘を湖の乙女から授かった。

 ガウェインとランスロットもまた同じ。強力な剣を与えられ、無双の力を振るった。

 けれども、果たして、彼女の寵愛を受けた者はひとりしかいない。

 ──ああ、勝てない。

 これほどまでに苛烈で、気高く、溺れるような愛情を私は知らない。

 そんな人間が、彼に勝てるはずがなかったのだ。そんな王が、民を救えるはずがなかったのだ。

 

(…………違う)

 

 愛していた。

 愛していたはずだ。

 誰も彼をも愛していたのだ。

 ブリテンを、民衆を、騎士たちを。

 その結末が、あの丘の光景だ。

 かつての仲間たちをこの手で殺し、屍の山でひとり自責する。

 

       〝王は人の心がわからない〟

 

 なぜだ。

 なぜ、私の愛は伝わらなかった。

 何が悪い、誰が悪い。

 教えてくれ───

 

「いや、貴公は、それを教えようとしていたのか」

 

 剣身が引き抜かれる。

 瑞々しい鮮血が飛び散り、足元を朱に染めた。

 ──そう、結局は。愛は表現しないと伝わらないのだ。受け入れられることを考えないのであれば、それは苛烈であるほど良い。

 であるなら、ペレアスの宝具はその極致だ。

 運命を歪めるほどの(あい)

 (つよさ)など要らない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その想いが結実したカタチが、これだ。

 王としてそれに応えぬ訳にはいかなかった。

 手放しかけた意識を繋ぎ止める。震える手に力を込め、地面をしっかりと踏みしめながら、聖剣を天に掲げる。

 全魔力を、全存在を、その剣に込める。

 聖剣はそれに応えた。先の二発とは比べ物にならないほどの黒光が騎士王を中心に集結する。

 消滅は近い。

 しかし、気力は万全。

 血を吐きながら、セイバーは笑った。

 

「ああ、そうか、愛とはこう表現するのか──!!!」

 

 騎士王は新たに成長し、

 

「『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)』!!!!」

 

 全身全霊を賭けた一撃を放った。

 さながら宇宙を翔ける流星の如き一刀。

 それを受け止めるのは当然──

 

「『擬似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)』!!!」

 

 魂をも震撼させる衝撃。肺の空気が絞り上げられ、全身が異様なほどに震える。

 これは手向けであり、産声だ。

 愛を表現する術を知った騎士王の、最期の煌めき。燦然と輝く星とはまさにセイバーのことであった。

 故に、防ぎきらなくてはならない。

 いつまでも過去の人間に頼っていられないのだと、未来の人間である自分が教えてやらねば、彼らは静かに眠ることさえできないのだ。

 

「令呪をもって命ずる! マシュ、『耐えて』!!」

 

 出し惜しみはない。令呪全画の力を受け取り、マシュは完全にひとつの盾となる。

 守りたい。

 誰をも守ってみせる。

 人が死ぬのはもうごめんだ。不幸故に世界を呪って生きていくなんて、そんな生き方はできやしない。

 なぜなら、マシュという少女はもっと。

 掛け替えのない人たちとの日常を、未来を、一緒に生きていきたいのだ。

 ただ庇うだけではない。

 背負うものすべてをぶつけろ──!!

 

「はああああぁぁぁぁっっ!!!」

 

 渾身の想いを込めて、彼女は吼える。

 熱線は次第に縮小し、遂には放出自体が止まった。

 

「……見事だ、盾のサーヴァント」

 

 騎士王は短く称えた。

 そして、

 

「聖杯は勝者のものだ、好きにしろ。しかし胸に刻んでおけ。グランドオーダー──聖杯を巡る戦いはまだ始まったばかりだということをな」

 

 その存在は黄金の塵となって消える。

 しん、と辺りが静まり返った。

 喜ぶ者は誰もいない。ただただ呆然と、セイバーの去った跡を見つめている。

 最初に声をあげたのは、立香だった。

 

「そうだ、リーダーの傷は大丈夫なんですか!?」

「問題ない。随分と綺麗に斬られたせいで、この程度ならすぐにくっつく。流石騎士王の剣だけはある」

 

 

 ノアは右腕を左手でひょいと拾い上げ、切断面同士を押し付ける。すると、肩口からいくつか樹木の根が飛び出し、右腕の深くまで食い込んだ。

 びくん、と右手の指が跳ねる。腕自体は相変わらずぶら下がったままだったが、少しなら動かすこともできるらしい。

 それを見て、聞き覚えのある声が響く。

 

「生命力の象徴であるヤドリギを自らの体に寄生させているのか! 道理で死なぬはずだ、ノアトゥール・スヴェン・ナーストレンド!!」

 

 そこにいたのは、レフ・ライノール。

 死んだとさえ思われていた男だった。




次回、特異点F最終回です。
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