自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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ダンテを女の子にしておけば良かったと最近後悔しています。
今回で全体の章立てとしては半分が終わります。次の第六特異点はおよそ12、3話ほどになる予定です。


第46.5話 カルデアの日常・炎の料理対決

 カルデアの朝は早い。

 魔術王による人理焼却が起きてしまったこの状況で、相変わらず仕事は山積している。数日前に第五特異点の定礎復元が行われた歓喜に浸る間もなく、職員たちは次の特異点の調査に取り掛かっていた。

 時は金なりとはよく言うが、お金で失った時間を取り戻せるなら誰もギャンブルやガチャに手を出してはいないだろう。時間は何物にも代えられないのだ。職員たちが特異点攻略の調査と準備に時間を注いでいたのもそのためだ。

 とはいえ、人は休暇なしで働き続けられる生き物ではない。世の中には働かずに休み続けている人種もいるが、それはそれとして、カルデアの人間は全員ロマンの体調管理に基づいて業務を行っている。

 そんな勤務体制で、一日の中で全員が顔を合わせる数少ない機会が朝食の時間だった。

 起床して支度を整えたマシュは見慣れた廊下を歩く。曲がり角の先には鬱屈とした姿勢のジャンヌがゾンビのような足取りで食堂を目指していた。服を選ぶ余裕もなかったのか、無駄に達筆な太字で『フランス万歳』と背中にプリントされたダサさの極みのようなTシャツを着こなしている。しかも文字色はフランス国旗でお馴染みのトリコロールである。

 竜の魔女がフランスを背負うとは何の冗談なのか。前面の模様が気になるが、こんなことにイチイチツッコんでいるようでは昨今のカルデアは生き残れない。マシュはジャンヌを華麗にスルーし、そそくさと食堂に駆け込んだ。

 ジャンヌを加えて、ノアとダ・ヴィンチ以外の面子は既に揃っていた。トラブルメーカーである天才コンビがいないことで、食堂はまさしく平和。ムニエルも柄に似合わず紅茶を嗜んだりなんかしている。

 マシュは自分用の食事を盛り付けると、うつらうつらと船を漕ぐ立香(りつか)の横に腰を落ち着けた。

 

「おはようございます、先輩」

「@&#¯*>~;"☆〜〜」

「文字にすらならないとは、過去最高レベルの低血圧が観測されましたね……」

フォウフォウ(天気予報かな)?」

 

 もっとも、外界全てが消滅した今の状況では天気予報も何もないのだが。

 立香は朝が弱い。もはや天敵と言っても良い。どれくらいの天敵かと言うと、バルドルに対するヤドリギ、メイヴに対するチーズ、ムックに対するガチャピンといったところである。

 そんな状態にあっても、食事を口に運ぶことは忘れていないのだから、常軌を逸した食い意地だ。マシュは密かに戦慄した。

 この体たらくでどうやって学生生活を送っていたのか甚だ疑問だが、反対に朝に強い人間もここにいた。

 

「おはようございます。立香さんは相変わらずですねえ」

「特異点の時はしゃんとしてるのにな。オレの嫁も朝には弱かっ」

「あ、それは良いです。もう知ってるんで」

「マーリンさんにあれだけやられておいて、まだ惚気る気力があるんですね。早くも次の特異点が憂鬱になってきました」

 

 ペレアスとダンテ。彼らはいつも朝から快調な人間だった。昔は室内も室外も明かりが少なかったため、夜が来ればさっさと寝て朝早く起きる生活が基本だった。現代文明に染まりきったジャンヌと違って、二人はその辺りの感覚を残しているのだろう。

 ついでに言えば、ペレアスは騎士でダンテは下級ながらも貴族の生まれ。体に染み付いたテーブルマナーが無意識に現れており、そこはかとない高貴さを感じさせる。

 いつもの醜態と言動で損をしている、とマシュは思った。既に彼らの株はストップ安。いくら細かい点で挽回しようとも後の祭りなのだ。

 そこで、遅れてジャンヌがやってくる。

 彼女が着るTシャツの胸元には妙にスピード感のある字体で『オルレアンのてっぺんとったる!』と書かれていた。コンセプトがジャングルの密林で遭難したシャツの柄を見せつけられ、和気あいあいとしていた食堂が静まり返った。

 ジャンヌはボサついた髪の毛を手で直しながら、低い声で言う。

 

「……何よ、みんなしてジロジロ見てきて。私の顔に何かついてる?」

 

 とぼけた顔をするジャンヌ。寝起きで機嫌が悪い彼女に触れることは爆弾解除をすることに近い。比較的立香には甘いが、その彼女は白目と黒目を行き来しながら懸命に眠気と戦っている最中だった。

 立香に頼ることはできない。マシュはダンテを真正面から捉えて、小声で促す。

 

「ダンテさん、ツッコんであげてください。Eチームのツッコミ役はダンテさんなので」

「え、私がですか!? 嫌ですよ、あんな全身地雷原に特攻するのは! ペレアスさんお願いします!」

「…………『死に逝く騎士に、湖光の愛を(ル・アムール・ド・ダーム・デュ・ラック)』」

「宝具使うほどですか!? 死を覚悟するほどなんですか!?」

 

 ダンテが深く絶望したその時、食堂の扉ががばりと開け放たれる。

 姿を現したのは頭から爪先までを宇宙飛行士のような防護服で包んだ二人組。顔から人物を判別することはできないが、背の高さと消去法でノアとダ・ヴィンチであるとマシュは判断した。

 二人は同時に注射器を取り出すと、

 

「「これより強制献血を開始する!」」

 

 意味不明なことを宣う天才コンビ。ダンテは勢い良く立ち上がって抗議する。

 

「いきなり出てきて何言ってんですか! 強制献血とか献血の概念が壊れてるんですが!?」

「おまえらが俺に血を献上するから献血なんだろうが。どこか間違ってるか?」

「逆に間違ってることしか言ってないんですよ! 無理やり血を奪い取る人なんて神話でも中々見かけませんよ!」

「いいから黙って従え。これは人類、ひいては俺のためになる重要な研究に使うんだよ。その礎になれることを精々喜べ!!」

「そうだぞ、これは私とノアくんによる魔術の歴史を変える偉大な研究なんだ! ダンテさんもぎせ……協力してもらわないと!」

「私には魔術王よりあなたたちの方が危険に思えてきたんですが。世が世ならラスボスじゃないですか! 人の心を取り戻してください!!」

 

 どうやらカルデアでは考え得る限り最悪の組み合わせによる共同研究が進められていたらしい。マシュはハムエッグを貪りながら指摘した。

 

「ダンテさん、この二人は道徳の成績で0を取れるような人たちです。人間の心をいくら説いても無駄でしょう」

フォウフォフォフォウ(それはもはや人間と言えるのか)?」

「オレたちのマスターはフォウくん以下か……」

「今更ですか?」

 

 食堂に言葉の銃弾が飛び交う。その真っ只中にいたジャンヌは徐々に苛立ちを募らせていき、防護服に隠れたノアの顔面に裏拳を炸裂させた。

 痛々しい音を響かせて宙を舞うノア。ぐしゃりと墜落し、小刻みに痙攣する体をダ・ヴィンチが抱き起こす。

 

「な、なんてことをしてくれるんだジャンヌちゃん! ノアくんの顔が幼稚園児が描いた自画像みたいになっちゃったじゃないか!!」

「いや……うるさいわ、朝っぱらから」

「そんな理由でかい!?」

 

 とは言うものの、彼を心配する者はここには誰もいなかった。日頃の信頼の無さというのもあるが、大抵の重傷はしれっと回復してしまうしぶとさ故である。

 一部始終を厨房の隅に隠れて偵察していたロマンは、これ以上の波乱が起きる前に話を進めることにした。

 

「それじゃあ、全員揃ったことだし今日の業務連絡と行こうか。と言っても、Eチーム以外は引き続き特異点の調査をしてもらうことになる」

「で、私たちは?」

「Eチーム諸君はいつも通り、ボクが練ったメニューでトレーニングだね」

「本当にいつも通りですね。もう少しテコ入れをしようという気はないんですか、ドクター」

 

 ロマンはきらりと目を煌めかせて答える。

 

「テコ入れとはいかないけど、今日は午後の業務は全面休止だ! 働き詰めだと仕事の能率も下がるからね、今日の夜はみんなで第五特異点祝勝会といこう!」

 

 食堂が歓声に包まれる。休みは前から知っているよりも急に伝えられた方がお得感がするあの現象である。特に所長の機嫌ひとつで勤務時間が引き延ばされる地獄を生き抜いてきた職員たちは、喜びもひとしおだった。

 睡魔と格闘していた立香は歓声に叩き起こされる。据わった目を左右に動かして、ふと空になった食器に視線を落とす。

 すると、彼女は青ざめた顔で深いため息をついた。一挙一動を間近で観察していたマシュが真意を問うより早く、立香は声を絞り出す。

 

「私のご飯がいつの間にかなくなってる……まさか妖怪の仕業!!?」

「いえ、それは紛れもなく先輩によるものです。口元についたオムレツのケチャップが何よりの証拠です」

「どうしてご飯って食べるとなくなっちゃうんだろう───?」

「答えを知ってるはずなのに答えられない問題ですねえ。救世主に説教されてる十二使徒はこんな気持ちだったのでしょうか。立香さんの隠れた才能が見えた気がします」

「まだ寝ぼけてるだけだろ」

 

 立香の新しい可能性という名のアホ発言はペレアスによってずばりと切り裂かれた。

 何やらこの空気感に置いていかれそうになったノアとダ・ヴィンチ、ジャンヌは慌てて自分の朝食を用意して席に着いた。先程、強制献血を始めようとしていた二人は防護服を脱ぐのに手間取り、結局ヘルメットを叩き割って食事を始める。

 立香はジャンヌのTシャツを眉をひそめながら覗く。

 

「……何このTシャツ? ちょっとかわいい」

「良いところに目をつけたわね。私のオリジナルTシャツ試作号よ」

「センスが終わってますね……」

「ふっ、所詮はマシュマロなすびね。これはあえてダサさを演出しているの。お笑いで言うところの裏笑いってやつよ。ま、こういうハイセンスな着こなしはアンタには分からないでしょうけど」

「そうですね、自分がその良さが分かる人間でないということにとても安心しています」

 

 立香を挟んでマシュとジャンヌの視線が火花を散らす。微妙に流れ弾をくらった立香はすごすごと肩を竦めた。マシュとジャンヌの闇が垣間見えた瞬間である。

 今のこの二人に触れたところで活路はない。立香はもそもそと食事を口に運ぶノアとダ・ヴィンチに目をつけた。

 

「そういえば、リーダーとダ・ヴィンチちゃんは何の研究をしてたんですか? 魔術の研究だから人には教えられないかもしれないですけど」

「いや……教えてやってもいいが、まだ秘密だ。いずれおまえにも実験体になってもらうから、心の準備だけしとけ」

「い、嫌すぎる……内容伝えないで準備だけさせるとか、不安しか募らないですよ!」

「でも、立香ちゃんにとっても悪くない研究だよ? 方向性が今すこしマッドでサイコな方面に入りかけてるだけで、基本はハートフルだから! ペレアスさんもどうだい?」

「一言一句不穏過ぎるだろうが! 王様の姉のモルガンくらい胡散臭えよ!!」

 

 ダ・ヴィンチは見事に提案を突っぱねられ、抗議の意味を込めて、唇を尖らせて唸り始める。

 ノアとダ・ヴィンチがいかにマッドサイエンティストなのかは、カルデアにいる者なら全員が知っている。彼らの口から出る言葉は宗教勧誘とねずみ講の合わせ技よりも胡散臭かった。

 ダンテは食後の紅茶をティーカップに注ぐ。ふわりと漂うカモミールの香りで鼻腔をくすぐりながら、彼はゆったりと喋り出す。

 

「それにしても、祝勝会ですか。純粋に楽しむだけの祝宴は良いですね。私は政治絡みの謀略策略何でもありの宴席ばかりでしたので」

「その点、騎士は楽かもな。立ち振る舞いに気を付けとけば大体なんとかなる。飯も普段よりはマシな味になるしな」

「円卓の騎士の祝宴は興味があるわね。どんな感じだったのよ」

「騎士なんて言っても、下世話な話ばっかりだったぞ。ランスロットとトリスタンが禁断の恋がどうとかで絡んでくるのが面倒だったな」

 

 ペレアスは円卓の騎士に面倒でない面子はほとんどいないという事実を呑み込んだ。マシュはこくりと頷いて、

 

「異類婚姻譚は大抵破局しますからね。日本の昔話もそういった傾向がありますし、ある意味禁断の恋と言えるでしょう。ランスロット卿とトリスタン卿はそういった意味で絡んだのでは?」

「それにしてもランスロット卿にとって、ペレアスさんのお相手は自分の義母ですよ!? もしかして彼は変態なのでは……」

「ランスロットもダンテみたいなのに変態とか言われるなんて思ってもみなかったでしょうね」

「ははは、嫌ですねえジャンヌさん。私はEチームイチの紳士じゃないですか」

 

 というダンテの戯言を置いて、立香はノアに話しかける。

 

「あ、そうだリーダー。シチュー好きなんですよね。特別に私がいつもよりおいしいシチューを作ってあげます」

「言っとくが俺は辛口だからな。海原雄山を相手にすると思え。生のトマトをそのまま出すくらいのインパクトがないと認めねえぞ」

「マジですか。ホットケーキミックスそのまま出していいですか。至高のホットケーキミックス見せていいですか」

「先輩、その食べ方まだやってたんですか!?」

 

 マシュは絶句する。立香は未だに何物にも変われるホットケーキミックスをホットケーキミックスのまま消費するという悪行に取り憑かれているのだ。

 ジャンヌは根拠のない自信に満ち溢れた笑みを浮かべた。

 

「どうせ宴席ですし、ええ、私も腕を振るってみましょうか。そこのアホ白髪のバカ舌をぎゃふんと言わせてやるわ」

「ジャンヌさんの料理ですか。不安にしかならないですね」

「あら、口だけならどうとでも言えるわよ? ま、アンタに作れるのはなすの煮浸しくらいでしょうけど。アレ苦くて嫌いなのよね」

「…………わたしもやります。わたしの同胞であるなすの魅力を教えてあげましょう!」

フォウフォフォウフォウ(いつの間にナス科になったんです)?」

 

 マシュは瞳に炎を灯した。同胞とは言うが、なすびからすれば、彼女は自分の体を切り裂き煮えた湯に落とす地獄の獄卒である。そんな女が同胞ヅラしてくる事実には恐怖しかないだろう。

 ダンテは空のティーカップを皿に置くと、ニタリと微笑む。

 

「なるほど、料理対決という訳ですか。私も参戦しましょう。トスカーナ地方が誇るフィレンツェ料理の素晴らしさを教え込んであげますよ……!!」

「くっ! ダンテさんまで!? こうなったら私は今から仕込みをします! クレアおばさんのシチューも顔負けなくらい煮込みますから!!」

「わたしはレイシフトして最強のなすびを探してきます」

「アンタだけ趣旨が違うじゃない! グルメ界にでも行くつもり!?」

 

 ロマンは四方八方に散らばっていこうとするEチーム女子とダンテに向かって言う。

 

「…………あの、Eチームのみなさん。トレーニングがあるってこと忘れてませんか」

「「「「…………あ」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カルデア、トレーニングルーム。

 このトレーニングルームは人理修復前は筋肉に魅了された者が男女問わずひしめき合っていた魔窟である。器具もゴールドジム顔負けなほどに充実しており、密閉空間であるカルデアでの運動不足を解消するのに一役買っている。

 それだけではない。人理修復の途上で待ち受けるであろう脅威を排除するため、マスターたちが戦闘訓練を受けていたのもこの場所だ。所長から目の敵にされていたEチームのマスター二人には縁のない場所だったが。

 間取りとしては豊富な機材が揃ったジムのような施設と隣接して、広く平坦な空間が設けられている。その間は現代技術の粋を結集した強化ガラスの壁で仕切られていた。

 ただ、トレーニングというものが効果的なのは人間だけだ。座から投射された写し身であるサーヴァントは生前の姿を再現した存在であり、いくらベンチプレスを上げたところで筋力DがBやAになったりすることはない。

 その事実を痛いほどに体現する男がここにいた。

 

「ふっ───燃え尽きましたよ……真っ白に」

 

 ジムの隅に設置されたパイプ椅子。バンタム級世界王者との死闘を終えたように真っ白なダンテが項垂れていた。ダンテシンパの画家なら思わず絵画にしているであろう構図だ。

 サーヴァント故に筋トレの意味がないジャンヌは五個のダンベルをジャグリングしながら、呆れた目つきになる。

 

「カンパルディーノの戦いでしたっけ? そんな虚弱でよく生き残れたわね」

「そうですか? 馬を全速力でかっ飛ばして泣きわめきながら槍振ってたら向こうから退いていきましたが。ふふふ、皇帝派の奴らを分からせてやりましたよ」

「引かれてただけでしょ、それ」

 

 カンパルディーノの戦いは当時のイタリアを二分していた皇帝派と教皇派の衝突だった。結果は騎兵含めた兵数と兵の練度で勝っていた後者が大勝を収めた。死者は五千人とされており、八十年後に戦地を農地として耕した際は大量の人骨が見つかったという。

 約二万人が争い、五千人が死んだ。両軍合わせて総数の四分の一が欠けた事実は、戦争の凄惨さを物語っている。当時二十四歳のダンテがそこで戦死していれば、後の歴史は大きく変わっていたかもしれない。

 戦場のど真ん中で泣き叫ぶダンテの姿を想像して、ジャンヌはさらに呆れの感情を増大させた。

 そこにロマン謹製の訓練メニューを完了させた立香とマシュがやってくる。立香はほのかに上気した頬に伝う汗をタオルで拭う。

 

「また死んでたんですか、ダンテさん」

「サーヴァントなのでもう死んでますけどね。この程度、地獄巡りに比べたら余裕も余裕ですよ」

「速攻で力尽きた男が言わないでくれます?」

「さすがに筋トレだけはウェルギリウスさん任せにできないですからね」

 

 マシュは言葉の刃でダンテを突き刺しにかかるが、

 

「侮ってもらっては困りますねえ、マシュさん。私は力仕事は妻のジェンマに任せていたのです。彼女はリンゴを素手で砕き、キレた時は丸太一本を軽々と振り回す怪力の持ち主だったので!!」

「アンタのクズ度が増しただけなんですけど!?」

「資産家一族の令嬢とは思えないエピソードが出てきましたね……アリギエーリ家の家庭事情がなんとなく見えてきた気がします」

「彼岸島でもやっていけそうだよね」

 

 という無駄話はよそにして、四人はジムに隣接した戦闘訓練場に目を移す。

 そこでは、木剣を手にしたノアとペレアスが派手に斬り合っていた。斬り合うと言っても、ノアが繰り出す斬撃はペレアスに届くことはなく、ペレアスは最低限剣を振るだけだった。

 彼は伊達に円卓の騎士をやっていない。ペレアスは緩慢とも取れる動きながらも、立ち回りだけで連撃を悠々と躱す。振るう剣も隙を突いて相手の動作を修正するためのものだ。

 要は教練。ペレアスにとっては部下や新入りの騎士を手ほどきする感覚なのだろう。が、気位だけはバベルの塔並に高いノアは苛立ちを募らせていく。

 彼は前のめりに剣を振り上げて叫んだ。

 

「内臓ぶちまけやがれペレアスゥゥゥ!!」

「おい、誰がそこまでガチでやれと言った!?」

 

 ペレアスは一直線に突っ込んでくるノアの横に体を入れて、ついでに足を引っ掛ける。

 坂道の上から蹴り落とした石のようにノアは転がり、強化ガラスの壁にぶつかった。

 

「スカサハさんに指導されただけあって槍は良いが、剣はまだまだだな。振りを意識しすぎて、上半身と下半身の動きが合ってねえ。まあお前ならすぐにコツを掴むだろ。今日はここまでだな」

「勝手に終わらせようとすんじゃねえペレアス。このままじゃ俺の気が収まらねえ。一発殴らせろ」

「趣旨が変わってるだろーが! サンドバッグでも殴ってろ、ドS男が!!」

 

 ペレアスはノアの腕を掴んで強引に立たせると、戦闘訓練場から出てくる。

 ロマンに指示されたトレーニングをこなした後でも、二人の息は切れていない。Eチームのリーダーとその第一のサーヴァントはしぶとさに定評があるのだ。

 彼らが四人のもとに辿り着くと、ペレアスはからかうように言う。

 

「にしても、どんな風の吹き回しだ? お前が剣の稽古だなんてよ」

「別に、必要ができただけだ。おまえの余裕がいつまで続くか見物だな。剣使いという個性を奪って、さらなる地味キャラへと転落させてやる!」

「それだけはやめろ!! オレの数少ないアイデンティティを奪うんじゃねえ! あっ、数少ないとか言っちゃったじゃねーか!!」

「ペレアスさん……自分でも地味なことは分かってるんですね……なんだか泣けてきました」

 

 嘘くさい涙を流す立香。そこから一気にペレアスへの視線が憐れみを帯びたものになる。自ら地味キャラを露呈した男に掛ける言葉はなかった。

 ペレアスは頭を抱えてうずくまる。

 

「そんな目でオレを見るな! 同情するなら派手さをくれ!!」

「……持病の発作が起きたペレアスさんは良いとして、わたしたちはこれからどうしましょう。昼食を摂るにもまだ早い時間帯です」

「私はもうちょっと運動していこうかなあ。リーダーはどうします?」

 

 ノアは懐中時計を見て答えた。

 

「ダ・ヴィンチのラボで研究の続きだ。機材の準備くらいで急ぎでもないがな」

「例のマッドでサイコな研究ですか。私には恐ろしいことこの上ないのですが」

「見方を変えると、こいつとダ・ヴィンチが一か所に留まるってことでしょ。その分私たちの被害が減るならいいじゃない。妙なことをするつもりなら私が焼くわ」

「察するところ、昨晩からずっと二人で作業をしていたみたいですからねえ」

 

 その時。

 立香はかすかに胸の突っかかりを感じて。

 

「じゃあ、リーダーの魔術講座出張編やってください。知ってますか? 私が女王メイヴ相手に見事に呪いをキメた場面を!!」

 

 気付けば、そんな言葉を口に出していた。

 ノアとダ・ヴィンチが一緒にいることが悪いのではない。ただ、またすぐに会えるとしても、ここで別れるのは惜しいと感じた。それだけだ。

 ノアは小さく口角を上げた。

 

「ああ、あの呪いは悪くなかった。合格点をくれてやってもいい。真名を呪術の触媒にした発想も一端の魔術師らしくなってきた。つまりはそれを教えた俺の手柄だな」

「手柄を不労所得するのやめてください。でも、私はリーダーのツンデレも分かってるんで大丈夫です。もっと褒めてくれてもいいんですよ? さあ!」

 

 立香は無邪気な笑顔でノアの顔を見上げる。

 それは北米大陸の荒野、満天の星空の下で通信機越しに見た笑顔と全く同じで。

 じくり、とどこかからこみ上げた熱をノアはため息にして吐き出した。

 

「……よし、頭でも撫でてやる」

 

 ノアは右手をぬうっと突き出す。それを立香の頭の上に乗せると、前後に激しく揺さぶった。残像でブレたようになる立香は震えた声をあげる。

 

「うああああああ!! 脳みそがシェイクされる! 脳震盪になっちゃいます!!」

「おまえの小さい脳みそで脳震盪になるわけねえだろ! くらいやがれ!!」

「リーダーにだけは脳みそが小さいとか言われたくないんですが!?」

 

 立香は割と余裕だった。もしかしたら本当に脳みそが小さいのかもしれない。

 マスターたちの戯れを止める気力も失せたジャンヌは、呪いということを思い浮かべながら話を切り出す。

 

「…………それにしても。名前を使った呪いなんてものがあるなら、どんどん使っていけばいいじゃない。ロンドンの時のオティヌスなんて自分から真名を晒したんですし」

「確かにな。真っ当な聖杯戦争ではサーヴァントはクラス名で呼ぶんだったか? 王様とかはバレたところで意味なさそうだが」

「それを言ったら私もですねえ。むしろ名前を明らかにするまでもなくやられそうです」

「マシなサーヴァントがいないわね、ここ」

「ペレアスさんとかですね」

「お前だろ」

 

 魔術の世界において、自分の本当の名前を明かすという行為は非常な危険性を伴う。だからこそ、サーヴァントが名前を隠すというのも当然な流れだ。

 しかし、ここにいるのは無名サーヴァントのペレアスと、知名度だけはあるダンテ。そして、竜の魔女ジャンヌである。真名を明かしたところで大差ない面子だった。

 Eチーム一番の有能を自負するデミサーヴァントのマシュはきらりと眼鏡を輝かせる。

 

「オーディンが最初に手に入れたルーンには、呪いによって受けた傷を倍にして相手に返すものがあります。原初のルーンを操るオティヌスに呪いを掛けていたら、逆にイチコロだったでしょう」

「……久しぶりにアンタの知的な部分が垣間見えたわ」

「何を言うのです、ジャンヌさん。私は全身知能の塊で武装した有能の化身ではないですか」

「その発言が既にアホでしょうが!!」

 

 ジャンヌが怒声を張り上げたのを仕切りに、ノアは立香の頭から手を離した。

 三半規管が乱され、平衡感覚を失った立香がよろよろと動き回るのを背景にノアは語る。

 

「藤丸が使ったような東洋呪術は対魔力で防げない分、効きが遅い。よくホラー映画で呪われたやつが交通事故に遭って死ぬなんてのがあるが、裏を返せば東洋呪術は『車に轢かれる場所にいる』みてえなきっかけが必要なわけだ。ガンドなら直接ブチ当てればいいだけだしな」

「ふぅん、メイヴの時は私が天井を崩したのがきっかけだったのね」

「そういうことだ。藤丸がそこまで考えてやったなら大したもんだが……」

 

 ノアたちは前後不覚になっている立香に視線を集める。その姿はどこに出しても恥ずかしい、まさしくEチームそのものを体現していた。

 立香は平衡感覚を取り戻し、哀れみ混じりの眼差しに気付く。

 

「も、もちろん全部計算ずくだったに決まってるじゃないですか! いつまでも私がへっぽこだと思ったら大間違いですよ!」

 

 必死に取り繕うへっぽこマスターを見て、マシュは無言で白衣の内から小さな機械を取り出す。手のひらに収まる程度の板状の機器。それはボイスレコーダーだった。

 首を傾げる立香たちをよそに、彼女は遠い昔を懐かしむような声音で振り返る。

 

「あれは三日前の深夜、先輩とフォウさんと一緒に食堂でお菓子の盗み食いをしていた時のことです」

「前提からおかしくねえか!? オレたちに内緒で何やってんだ!」

「その時、ちょうど今のような魔術の話になったのですが……」

 

 マシュはボイスレコーダーの再生ボタンを押す。

 

〝食堂に人払いをかけるとは、先輩の魔術もだいぶ板についてきましたね。一体どういう理屈なんです?〟

〝ぜんぜんわからない。私は雰囲気で魔術を使っている〟

 

 そこで停止ボタンが押される。立香の魔術に対するスタンスが見え隠れした記録だ。元々魔術という分野は個々人の感性が重要になってくるため、立香が間違いとも言い切れないが、それにしてもあんまりである。

 ダンテは引き攣った顔でマシュに問う。

 

「い、色々ツッコミどころはありますが……どうしてそんなものを持っているのです?」

「もちろん、皆さんの失言を収集するためです。カルデアのありとあらゆる恥部を握った私は何者にも侵されない無敵の存在となるでしょう」

 

 このカルデアは失言と醜態のオンパレードである。マシュの計画が成就した暁には、彼女は絶対的な存在としてカルデアに君臨することになるだろう。マシュが失言と醜態を晒していないかと言えばそうではないのだが。

 心なしか二頭身化したマシュ。思わぬ危機に直面したノアたちは口々に声をあげた。

 

「おい、こいつが一番の邪悪だろ! 人の皮を被った人類悪じゃねえか!!」

「やってることがほぼマーリンなんだが!? 依り代にしてるサーヴァントの気持ちも考えてやってくれ!!」

「人によってはどんな地獄の刑罰よりも恐ろしいですねえ」

「まさかマシュがここまで堕ちきってたなんて! 薄い本が厚くなってしまう……!!」

「なりませんけどぉ!? って、それよりもあの機械を奪うわよ、聖杯より厄介だわ!!」

 

 マシュは怒涛の勢いで襲い掛かるノアたちをぬるりと躱して、トレーニングルームの扉を開け放つ。

 ノアと立香がカルデアに来るまで戦闘訓練は居残り常連だった彼女だが、その身のこなしからはそんな事実はうかがえなかった。ふてぶてしさを身につけたマシュは凡俗のなすびとは一線を画したのだ。

 彼女は無駄にアクロバティックな動きで部屋を飛び出す。そこから全速力で逃げようとした瞬間、その足はぴたりと止まった。

 遅れて追いついてきたノアたちはマシュが足を止めた原因を目撃する。

 

「優雅たれ……優雅たれ……」

 

 かつかつ、と革靴の上品な音が響く。高貴な雰囲気を纏う赤い礼服を着た男性。フォウくんと双璧を張るカルデアのマスコットキャラクター、優雅なおじさんが血走った目で歩いていた。

 それだけならば気にも留めなかったが、問題は彼の右手。赤い液体が付着した金槌を握り締めて、優雅なおじさんは廊下の奥に消えていく。

 場の温度が急激に冷え込む。立香は廊下の奥に目を送りながら、

 

「何ですか今の。何が起きたんですか!? もしかして殺人事件が……」

「おおお落ち着け藤丸。優雅なおじさんがそんなことするはずねえだろ、みんなの憧れの優雅なおじさんだぞ!?」

「お前の優雅なおじさんに対する信頼はどこから来てんだ!? ただの紅茶好きなおっさんだろうが!!」

「訂正しろペレアス。よしんば優雅なおじさんがただの紅茶好きなおっさんだとしても、それは優雅なおっさんなんだよ! 優雅という修飾語を忘れんな!」

「結局おっさんじゃねえか! 吸引力の変わらないただひとつのおっさんじゃねえか!!」

 

 すると、優雅なおじさんが歩いてきた方向から、ムニエルが床を這いずってやってくる。何があったのか、下着だけを残した半裸の状態だった。

 

「う、うう……」

 

 彼は額から血を流し、荒々しい息を吐いていた。ダンテは青褪めた顔を両手で挟む。

 

「ムニエルさん!? 頭から血を流してるじゃないですか!」

「身ぐるみまで剥がされてんな、許せねえ!」

「状況証拠からして間違いなく優雅なおじさんの仕業ね……!!」

「リーダー、助けましょう!」

「ああ!!」

 

 ノアは見るからに死にかけのムニエルの側に駆け寄り、その体を助け起こした。

 

「大丈夫かムニエル! 何があった!?」

「り、リーダー……気をつけてください。ベッドに横たわりながら、床のティッシュを取ろうとしたら落っこちちゃいました……」

「おまえそれ完全に別件だろうがァァァ!!! 何やってんだ! いや、ナニをやってんだ!!?」

「あ、安心してください……パンツは履いてます」

「知るか! そのまま寝てろ、二度と起きてくんな!!」

 

 ノアはムニエルの体をげしっと廊下の隅に蹴り転がす。

 ムニエルはうめき声を漏らすと、そのまま動かなくなった。数秒前まで彼を心配していた女性陣の目つきはドス黒く変色し、絶対零度にまで落ち込む。

 

「これから金輪際私たちに近づかないでください」

「普通に引きます」

「火葬されないだけありがたく思いなさい」

「こ…これはこれで良い…………」

 

 ペレアスとダンテは哀れな男ムニエルに十字を切った。かける言葉はどこにも見当たらなかった。

 

「と、とりあえず優雅なおじさんの生息地……倉庫に行ってみましょうか。何か分かるかもしれません」

 

 ダンテの提案に異論を示す者はいなかった。一行はムニエルを放置して倉庫を目指す。

 倉庫はその名の通り普段は使わない道具や予備の機材などを置いておく場所だが、カルデアにおいては少し意味が違う。

 立香がかつてジャンヌを喚び出した際に生まれた数々の廃棄物。その中でも唯一と言って良い成果物の優雅なおじさんが住処にしているのが倉庫だ。

 彼が倉庫に住み着いてから、紅茶の匂いが染みついたということで職員たちには概ね好評を得ている。

 彼らが倉庫に入り込むと、床には惨憺たる光景が広がっていた。

 無数の破片に砕かれたアゾット剣。血の海の如く広がる激辛麻婆豆腐。どちらもジャンヌの召喚の前座となったものである。

 マシュは探偵然とした笑みをこぼす。

 

「なんとなく事情が見えましたね。優雅なおじさんは手に持っていた金槌でアゾット剣と麻婆豆腐を破壊したのでしょう。あの赤い液体は麻婆の汁だと思われます」

「動機がないように思いますが……単なるストレス発散でこんなことをする方ようには見えませんよ?」

 

 負けじと立香も冗談めかした雰囲気で推理を披露する。

 

「きっと過去の怨恨ですよ! 麻婆豆腐が好きな人にアゾット剣で刺されたことがあるんです!」

「おいおい、それはないだろ。優雅なおじさんがそんなヘマをするか?」

「ですよね! あはははは!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カルデア内部時間で夜。

 普段は疲れきった職員が虚ろな目で栄養だけを補給する悲しい食事を行う食堂は、かつてない熱気に包まれていた。

 サーカスの団長のような仮装に身を包んだロマンはマイクを握り締めて宣言する。

 

「始まりました! 我らカルデアの特攻野郎Eチームによる料理対決の時間です! まずは厳正なる判定を下す審査員の紹介から参りましょう!」

 

 薄暗い食堂にスポットライトが灯る。その光に照らし出されたのは着慣れないスーツを纏ったペレアスだった。

 

「世界で最も美味い料理は嫁の手料理と言ってはばからない! マズメシの国からやってきた円卓の騎士、ペレアスさんです!!」

「会食の時は何回か抜け出して嫁の弁当食ってました」

「おおーっといきなりのカミングアウト! ブリテンの料理は噂に違わぬ不味さのようです! ちなみにバレたことはなかったんですか?」

「一度ガレスにバレたことはありますね。それから抜け出す時はガレスの分も作ってもらうようになりました」

「なんと微笑ましいエピソード! しかし次の審査員はこうもいかないでしょう!」

 

 スポットライトが切り替わり、ペレアスの隣に座るノアを照らす。彼はどこの美食家を意識したのか、前髪を上げて日本風の着物を羽織っている。

 

「薀蓄でも詠唱でも、文字数稼ぎなら俺に任せろ! 彼に涙を呑まされた人間はいざ知らず、中二病を患った傍若無人のドSリーダー、ノアトゥール・スヴェン・ナーストレンドです!!」

「料理の極意は美味○んぼで習いました」

「デンマーク生まれのノアトゥール審査員、意外にも日本の文化に精通している! 何かきっかけはあったんですか?」

「子どもの頃の友人の影響ですね。それと近頃はネットで無料で読めるサイトが───」

「はい次に行きましょう! 後でボクの部屋に来てネットリテラシーの勉強をしましょうね、そういうのは大体違法だから!!」

 

 ロマンは強引に問題発言を押し流した。

 スポットライトが最後のひとりを薄暗い影から浮かび上がらせる。胸元の開いたドレスを着た茶髪の女性。つまりはダ・ヴィンチちゃんである。

 

「言わずと知れた万能の天才! それは美食においても発揮されるのか!? 暗号大好き、モナ・リザはもっと好き、ダ・ヴィンチちゃんです!!」

「お色気担当で来ました」

「なんでだァーッ!! これは料理対決だから! お色気要素なんて邪魔なだけなんですが!?」

「いやでもほら、料理漫画はおいしい物を食べたら服がはだけるのがお約束だろう?」

「六十七歳の元男性が何言ってるんだ!? それこそ美○しんぼから学んできてくれ!!」

 

 審査員紹介だけで疲労困憊のロマンは咳払いして、食堂の電灯を点ける。観客の職員たちは既に死んだ魚の眼をしていた。

 だが、ここで自分が音を上げるわけにはいかない。幾度となくパワハラを受けてきた社畜の根性を発揮して、彼は仕切り直す。

 

「し、審査員の皆様にはお手元のプレートで0〜10の点数をつけてもらいます。それではトップバッター、マシュ・キリエライト!」

 

 マシュは厨房から銀の釣り鐘型の蓋をされたお盆を持ってくる。それを三人の前に置き、彼らは蓋を持ち上げた。

 醤油とバターがふわりと香る。子どもの二の腕はあろうかという巨大ななすびと、取ったら残機がひとつ増えそうな緑色をしたきのこの炒め物だ。

 調理方法は真っ当なのだが、使っている素材が常軌を逸している。唖然とする審査員たちを前に、マシュは料理の説明を始めた。

 

「今さっきレイシフトして収穫してきたなすびときのこを醤油バターで炒めてみました。捕獲レベルは1000くらいでしょうか」

「マシュ、誰が本当にグルメ界に行けと言ったんだ!? 得体の知れない食材をここまでまとめ上げたのは感心するけど!」

「料理名はなすときのこの醤油バター炒め……は安直ですから、なす&きのこ──いえ、なすきのこにしましょう」

「うん、マシュ、その名前だけはやめようか。色々とまずい気がしてならないから。これ以上変なことを言い出す前に審査の方をお願いします!」

 

 ノアたち審査員は神妙な面持ちで料理を口に運ぶ。

 特徴的な見た目からは意外なことに、味は中々のものだった。なすびのとろりとした食感ときのこの弾力が対比された、まとまりの良い一品だ。

 審査員たちは順番にプレートを挙げる。

 

「ブリテンの画用紙みたいな食感の野菜とはまるで違うな。8点」

「なすびのスポンジみたいな歯応えが嫌いなので3点」

「私もなすびは皮がキシキシしてる感じが好きな食材じゃないなあ。醤油バターのおかげで5点かな」

 

 思い思いの点数を下す審査員。マシュはノアとダ・ヴィンチに向かって言う。

 

「ペレアスさんはともかく、好き嫌いが点数に反映されすぎなんですが!!? 再審を要求します!!」

「キリエライト、おまえはひとつ勘違いをしてる。醤油バターなんてのはコンクリートでも美味くする反則技だ。ボクシングのキドニーブロー然り、定規でボタン連打然り、それに頼った時点で負けなんだよ」

「い、意味不明な理論を……!! この恨みはいつか晴らしてみせます!」

「…………という訳で、二人目に行きましょうか。ダンテさん!」

 

 なんだかよく分からない理論で敗北感を味わわせられたマシュが引き下がるのと入れ替えに、ダンテが台車を押してきた。

 彼が出したのは意外にも分厚い豪快なステーキだった。付け合わせにはポルチーニ茸のオーブン焼きが添えられ、炭火の香りが食欲をそそる。

 ダンテはペラペラと語り始めた。

 

「私がお出しするのはフィレンツェ名物のビステッカ・アッラ・フィオレンティーナでございます。ロース肉とフィレ肉を塩と胡椒でカリッと焼き上げました。バルサミコ酢とオリーブオイルをかけて召し上がってください。付け合わせはポルチーニ茸ですね。ちなみにポルチーニ茸には四つの種類があり、今回はその中でも最も美味しいとされるボエタス・アエレウスを使用いたしました。ただ、この辺りの評価は専門家の間で意見が分かれるところで、栗の木に生えたボエタス・エスティヴァリスが最高と言う人もおり、さらに見た目の面も考慮すると───」

「ポルチーニ茸小話はその辺にしてもらって良いですか、ダンテさん。まるでプロみたいなお手並みですけど、何か事情が?」

「ええ、放浪生活を送っていた時は自分で作るしかなかったので。それと子どもたちにはよく手料理を振る舞っていましたよ」

「なるほど。ダンテさんの時代は家で雇った使用人や奥さんが家事を担当しているイメージが強いんですが……ジェンマさんはそういうことはしなかったんですか?」

 

 ロマンが気軽に放った質問はダンテを震撼させた。彼は肌の色を青白くして、ガタガタと震え出す。

 

「じ、ジェンマの料理ですか……? ハハッ、アレは食への冒涜です! 海底の泥と便所の土を悪魔合体して大腸の中身をふりかけたみたいな味ですからねえ!!」

「……えー、どうやらダンテさんのトラウマを刺激してしまったようなので、審査員は実食に───」

「「「おかわり」」」

「もう食べ終わってる!!?」

 

 ステーキときのこが盛り付けられた皿の上はさっぱり綺麗になっていた。料理そのものが持つポテンシャルもそうだが、ダンテの腕前がそれを引き出した結果である。

 ノアたちはナプキンで口を拭いてプレートを取り出した。

 

「「「普通に美味くてムカつくので0点」」」

「なんでですかァァ!! おかわりまで要求しておいてそれは通用しませんよ!」

「10点でも良かったんだけどな。肉食ってる時にお前のドヤ顔がチラついて純粋に楽しめなかった」

「私は薀蓄は聞くよりも語りたい派だから」

「黒党の奴らに受けた裁判くらい酷い判定なのですが!?」

 

 騒ぐダンテをマシュは引きずっていく。一応最下位は免れたという姑息な優越感が今のマシュを支配していたのだった。ロマンは強制退出を見届け、司会を続行する。

 

「それでは三人目、Eチームのメイン火力ジャンヌちゃんお願いします!」

 

 その直後、不気味な爆発音が鳴り響き、厨房から黒々とした煙が立ち込める。この場の誰もが犯人としてジャンヌの顔を思い浮かべた。Eチームのメイン火力とは決してそういう意味ではない。

 煙の中から、煤に塗れたジャンヌが咳き込みながら現れる。爆風を間近で受けたのか、髪の毛が三度寝した後みたいに乱れていた。

 両手で抱え込むようにして持っていたお盆を審査員の前に叩きつけると、ペレアスは恐る恐る蓋を開けた。その瞬間、濃厚な焦げくささが鼻の奥を貫く。

 そこにあったのは平たい球体のような炭の山。かろうじて在りし日の形が残っているものの、あまりにも黒く焼けているせいでそれが何であったのかは見当もつかない。

 ノアが右手の人差し指と親指で炭のひとつを取り上げた途端に、それはぼろりと崩れ落ちた。

 

「……何だこれ。まっくろくろすけか?」

「………………エスカルゴですけど。何か文句でもあんの?」

「どこがエスカルゴだァァァ!! エスカルゴっうかただのカタツムリの火葬現場だろうが!! 珍味っうかゴミだろうが!!」

「食べる前から決めつけないでくれます!? ちょっと火力をミスっただけで、無事なやつはいくつかあるはずですから! 食べないと燃やすわよ!?」

 

 めらめらと炎をたぎらせるジャンヌに威圧され、審査員たちはしぶしぶ実食に移ることにした。炭と灰の山を掻き分け、どうにかして食べられそうな哀れなカタツムリを選び取る。

 中身をフォークでえぐり出し、口に突っ込む。ざりざりとした炭の感触とゴムのような身が奇跡的な不協和音を奏でていた。

 

「戦場で食わざるを得なかった雨水と泥まみれになった干し肉よりは食えなくもなかった。1点」

「論外」

「⧿800000000点」

「えー、では、ペレアスさんの甘口評価もあって合計得点は⧿799999999点ですね。すぐに立香ちゃんを呼びましょう。口直しのために」

「ぐ、ぐぬぬぬぬうううう……!!」

 

 今回初めての真っ当な評価だった。どこに悔しがる要素があったのか、ジャンヌはぎりぎりと歯を軋ませながら下がっていく。

 ロマンは食堂の換気装置を最大限に稼働させる。煤けた空気が一瞬にして浄化された。カタツムリたちの怨念は未だその場に留まっているが。

 立香はじっくり煮込んだシチューを運びつつ、この状況を好機と確信する。

 炭化したカタツムリを口にした後は何を食べても美味しく感じるに違いない。さながらブッダが断食の後に乳粥を食べて苦行を放棄したように。

 ノアたちは次々に水をあおっていた。その光景を見て、立香はどきりとする。

 美味しいと感じてほしい。

 ───誰に?

 それは、たぶん、もう決まっていた。

 

(クレアおばさんよ、私に勝利を!)

 

 この時、彼女の中ではクレアおばさんはマルタやジャンヌに並ぶ聖人として崇められていた。そこはかとなくとばっちりである。

 立香はシチューを注いだ皿を三人の前に並べて言う。

 

「藤丸立香とクレアおばさんの合作シチューです! ずずいっとお召し上がりください!!」

フォフォウ(お酒かな)?」

「ようやくまともなのが出てきてボクは安心だよ」

「いや、私のもまともでしたよねえ!?」

 

 ダンテの悲痛な叫びは誰にも届くことはなかった。所詮はジャンヌの前フリ、彼に構っている余裕などないのだ。

 審査員たちは黙々とスプーンを動かし、プレートを手に取った。

 

「嫁の料理に似てるので10点」

「私は8点かな。横に倒して∞とかはないよ?」

フォウフォフォウ(まるで八丸くんみたい)

「…………そ、それでノアくんはどうだい?」

 

 ロマンに促されるも、ノアは無言のまま遠くを眺めて黙りこくっていた。皿の上にあったシチューは綺麗に腹の中に押し込められている。

 立香はからかうような笑顔で、

 

「あれ? あんなに辛口だとか言っておいて全部食べてるじゃないですか! やっぱりこれは私の腕がなせる技ですね! さあ、採点をどうぞ!!」

「…………おまえの態度が気に入らないので0点」

「態度が0点ということは味は良かったんですか? 良かったんですよね? おかわりよそってあげましょうか? まだまだいっぱいありますよ?」

 

 しつこく煽ってくる立香に、ノアは額に青筋を立てて言った。

 

「じゃあ、クレアおばさんに10点」

「くっ……往生際が悪いですね! クレアおばさんと私はもはや一心同体、切っても切り離せない関係ですから! 実質それは私の10点です!!」

「まさか先輩がクレアおばさんのデミサーヴァントだったとは、嬉しいです。目から鱗が落ちました」

フォウフォフォフォウ(クレアおばさんとは一体)……!?」

 

 話題がクレアおばさんの哲学論に移りかけた時、ロマンは両手を鳴らして場を収める。

 

「何はともあれ、優勝者は決定しました! クレアおばさんの分を差し引いたとしても、18点で立香ちゃんの優勝だ、おめでとう!」

「えーっ!? なんだか釈然としない!!」

 

 ロマンが立香に王冠と赤いマントを被せる。あまりにもレベルの低い大会だったが、優勝は優勝だ。そこらじゅうからまばらな拍手が巻き起こった。

 敗者たちはせめて惜敗感を出すために、腕を組んで言い訳を述べる。

 

「先輩より優れた後輩など存在しない……わたしが負けるのは必然だったようですね」

「今回は審査員に恵まれませんでしたねえ。私、昔から地元では負け知らずだったので」

「どんな世界でも勝負はひとつのミスが命取りになるってことね。火力さえ間違えなければ私の優勝だったわ」

「「いや、それだけはないです。それだけはないです」」

「うっさいわ!! 二回も言うな!!」

 

 そんなこんなで、料理対決は幕を閉じた。

 最終順位は一位が立香、二位がマシュ、三位がクレアおばさん、四位がダンテで、ダントツビリがジャンヌという結果だ。次回の優勝候補はクレアおばさんとの見方が強い。

 ロマンとペレアスは祝宴を眺めて、

 

「そういえば、立香ちゃんの料理が嫁に似てるってどういう意味なんです?」

「そのままの意味だよ。あれからは真心とか……そういうものを感じた。たまにはロマンチックなことも言っとかねえとな」

「それって、つまり───」

「そっから先を言ったら野暮ってもんだ。こういうのは口に出さないのが粋だろ?」

「……そうですね。なおさら、魔術王を倒さないと」

 

 ロマンの瞳に薄い影がかかる。ペレアスはそれを流し見ると、わざとらしく声をあげた。

 

「ああ、野暮といえばオレのスープに血が入ってたことがあってな。それは実は嫁が……」

「ぐっ、せっかく良い感じで終われそうだったのに!!!」




・虹蛇のステータス
クラス:アヴェンジャー
真名:虹蛇
属性:中立・悪
ステータス:筋力 A 耐久 EX 敏捷 EX 魔力 A+ 幸運 C 宝具 A++
クラス別スキル
『復讐者:A』……復讐者として、人の恨みと怨念を一身に集める在り方がスキルとなったもの。周囲からの敵意を向けられやすくなるが、向けられた負の感情は直ちにアヴェンジャーの力へと変化する。
『忘却補正:A++』……人は多くを忘れる生き物だが、復讐者は決して忘れない。忘却の彼方より襲い来るアヴェンジャーの攻撃はクリティカル効果を強化させる。
『自己回復(魔力):B』……復讐が果たされるまでその魔力は延々と湧き続ける。微量ながらも魔力が毎ターン回復する。
固有スキル
『蛇神の神核:A』……神性スキルを含む複合スキル。仮に虹蛇そのものが召喚された場合はEXランクとなるが、アヴェンジャーのクラスに押し込められたので、Aランクに留まっている。
『地に恵みを:A』……虹を由来とする創造と雨の蛇神が持つ権能。雨を呼び寄せ、豊穣をもたらす。その雨は生物の傷を癒やし、植物の成長を促進させる。また、降雨中の虹蛇はたとえ致命傷を受けてもたちどころに治るほどの再生力を有する。耐久がEXなのはこのスキルの恩恵。
『天に災いを:A』……虹を由来とする創造と雨の蛇神が持つ権能。旱魃を引き起こし、大地に死をもたらす。『地に恵みを』が虹蛇の善性を表すなら、こちらはその逆。周囲の気温を急激に上昇させ、大地を干上がらせる。その範囲ではマナさえも死に絶えるため、魔術や魔力を利用した攻撃は威力が格段に低下してしまう。さらに範囲内の生物の生命力を奪い、自らの攻撃に転用することができる。並のサーヴァントなら寝てるだけで完封できる。並のサーヴァントってなんだ?
宝具
『夢幻の刻』
ランク:A++ 種別:対時空宝具
 ドリームタイム。虹蛇という神格が持つ複数の権能のうちのひとつ。霊基の限界で、この宝具しか持ってくることができなかった。加えて、この宝具自体も不完全なものとなっている。本来の性能なら過去や未来にも翔ぶことができる上、大規模な空間操作もついてくる。フルスペックの場合は世界中の神話や伝承にある虹を象徴する蛇神の権能を全て扱える。その上、止まった時間の中を光速で動きながらワープする芸当も朝飯前。そこまでして戦う敵はいるのか。
 オーストラリア、アボリジニの人々は過去と未来の概念を持たない。彼らにはただ現在のみがあり、そこに時間の連続性はない。真名を解放することで虹蛇は止まった時間の中を動くことができる。つまりは、現在という一瞬にも刹那にも満たない時間を引き伸ばす能力。また、真名解放をせずとも、ごく短時間の時間停止が可能。敏捷がEXなのはこの宝具のおかげ。
 ドリームタイムの他の宝具は、あらゆる植物と動物を産むものや、季節と天候を概念的に支配するもの、脱皮することで直前に受けた攻撃を克服して再生するものなどがある。どれも相応に強力だが、神殺し不死殺し竜殺しが天敵なので割と弱点を取られやすい。虹という自然現象を象徴する虹蛇はその性質上、世界中のどこでも最大限の知名度補正を受けることができる。虹を知っていれば虹蛇を知っていることになるインチキ理論。今日から君も虹蛇博士だ。ずいぶん勉強したな…まるで虹蛇博士だ。


 虹蛇に人間形態があるのは、他に考えていたfateの二次創作で主人公のサーヴァント兼ヒロインの候補だったため。
 神は何らかの概念に人格を与えられ、祀り上げられて神になるというプロセスを取る。つまりは概念→擬人化→神格化。虹蛇はその過程を行き来して人間の姿になれる。故にエジソンの宝具を受けた時は信仰を剥奪され、強制的に擬人化のところに戻されたので人間になった。もう一度宝具をくらった場合は消滅していた。
 原作の登場人物で例えるならお竜さんのような感じだろうか。
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