自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

53 / 117
あけましておめでとうございます。
六章だけ主役はペレアスになります。地味な彼の派手な活躍を見てあげてください。


第六特異点 輝けるアガートラム 神聖円卓領域・キャメロット
第47話 最果ての地に騎士は集う


 ───()()()()()()()()()()()

 ブリテン、辺境の城砦。

 王は正しい。

 王は間違えない。

 戦えば勝ち、弁舌を振るえば民心を掴む。

 この島を治める王とはそういうモノだった。そして、その下に集いし騎士たちもまた王によく付き従い、その采配を遺漏無く成し遂げた。

 だが、正しいだけでは、間違えないだけでは、この世界は回らない。時として人は誤りと知っていても、その選択を取らざるを得ない場合がある。

 その城砦にいたのは、そういう人々だった。

 度重なる不作。終わりの見えぬ異民族の襲来。枯れた土地をそれでも守り育て、ようやく芽吹いた命が無慈悲に奪われる。

 それを繰り返すこと三度。彼らの心は萎え、最後に残った遣る瀬無さを糧に、人々は立ち上がったのだ。

 砦を占拠するところまではうまくいった。僅かな兵糧と腹の足しにもならない武器を得て、王からの援助を乞うために立てこもる。

 その反乱はひとりの騎士の手によって、ものの数分で終わりを告げた。

 

〝あー、ウチのアホ共に告ぐ! 全員ありったけの食料を持って入ってこい! オレらはこっから飲まず食わずでキャメロットに帰るからな、覚悟しとけ!!〟

 

 砦に備え付けられた尖塔の屋根の上から声を飛ばす騎士。

 鮮やかな金の髪に透き通る湖面のような碧眼。今よりもほんの少し青臭い顔をしているが、間違いなくその男はペレアスだった。彼は騎士の誇りたる剣を佩いてもおらず、鎧を着てもいなかった。

 敵を殺す刃と身を守る鎧。その双方なくして、彼はここにいた人々を鎮圧せしめたのだ。

 砦の外で待機していたペレアスの部下はせかせかと準備を始める。その内のひとり、じとりとした目つきの男が指揮を執りながら言った。

 

〝副指揮官として皆の意見を代弁させてもらいます。騎士の癖に一切の武装をしてないのはどういう了見ですか。カッコつけですか、イキってるんですか〟

〝剣を使うのは敵に対してだけだ。この人たちは王の国民であって敵じゃねえ。だったら、防具もいらないって寸法だ〟

〝騎士っぽい建前だけは上手くなりましたね。王妃様の護衛を務めていた経験の賜物ですか。この私、感服いたします〟

〝騎士っぽいじゃなくて騎士なんだよ! しかも、ついこないだ円卓にも座りましたァ!! 知ってるか、あそこめっちゃピカピカなんだぞ!〟

 

 副指揮官はペレアスに背を向けると、ぼそりと呟く。

 

〝番外位なんてよく分からない席で調子乗って……〟

〝おい何か言ったかぶっ飛ばすぞ〟

 

 尖塔の上で苛立ちを募らせていると、後ろから軽薄な声がかかった。

 

〝やあ、ペレアスくん。円卓の騎士就任おめでとう!〟

 

 振り返った先には白いローブを着た花の魔術師。得体の知れない笑みを浮かべたマーリンの表情を視界に入れて、ペレアスは困ったように頭を掻く。

 

〝マーリン……さん〟

〝おや、さん付けで呼んでくれるのかい? 最近は私に敬意を払う人もめっきり少なくなってね。これからもそうして貰えると助かるよ。どうせだったら、マーリン様でもマーリン殿でも構わないよ?〟

〝じゃあマーリンで〟

〝あれ、敬意が消え失せた……!?〟

 

 ペレアスはこれみよがしにため息をついて、屋根に座り込む。彼の胸中を察するまでもなく、マーリンへの敬意や遠慮といったものは失われていた。

 さすがの花の魔術師も説得は無駄と感じたのか、彼の横に腰を落ち着ける。ふわりと漂う花の香りが風に乗って運ばれていく。

 

〝小規模とはいえ、徒手による反乱の無血鎮圧。これで王都に住まう者以外の人間もキミの実力を認めるだろう。……とはいえ、なぜ殺さなかったんだい? そちらの方が手っ取り早いと言うのに〟

〝オレは騎士なんて大層な称号はあっても所詮人殺しだ。けどな、一応は誇りを持ってるつもりだ。見境なく殺すなら悪魔にでも任せれば良い。そもそも、民に裁きを下すのは王であってオレじゃないだろ〟

 

 マーリンは緩やかに口角を上げる。

 

〝───それは王が彼らを殺してもやむなし、とも聞こえるけど?〟

 

 ペレアスはさも当然のように答えた。

 

〝この国で正しいのは王だけだ。王だけが正しい。あの人がそうと決めたならオレに文句はない〟

 

 その瞳に嘘はない。

 王だけが正しいというのは、裏を返せば他の誰もが間違いを孕んでいるということだ。自らをも否定する言葉を、彼はさらりと言ってのけた。

 ペレアスは鼻を鳴らして苦笑する。

 

〝まあ、その正しさもこの国にとっての正しさだ。視点が変われば正しさも変わる。全ての人間が救えるはずがない。救世主サマが現れでもしない限りな〟

〝……くくっ。似てる、似てるなあ。キミは王への忠誠の形という点において、番外位前任者と全く同じだ。性格は全く違うのに、不思議だよ〟

 

 一口に忠誠と言っても、それには種類がある。主君への尊敬、盲従、崇拝、憧憬……抱く感情が一定の形に出力される機構が身分関係であるが、その根底には確かに各人の色が存在する。

 マーリンはその心映えを見透かすように言う。

 

〝番外位の役割は遊撃。王の利益だけを考えて己を殺す潰れ役。……うん、どうやらキミが相応しかったようだ。さて、満足したことだし私は帰るよ〟

〝勝手に納得して勝手に帰るなよ。忠誠の形なんて言われてもオレは少しも理解できてないぞ〟

〝それは自分で考えるべきだ……と言いたいけど、面白そうだから教えてあげよう〟

 

 妖しく目を細める花の魔術師。

 その仕草には微塵の熱も篭っておらず、鋭い鋼の刃のような冷たさだけがあった。

 

〝ある存在をこういうモノだと規定し、滅私の奉公を捧げる。そのカタチはまるで─────〟

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カルデア、中央管制室。

 人類史に穿たれた特異点の楔を五つ打ち砕いてきたカルデアは、ついに六つ目のそれに手をかけようとしている。この戦いもいよいよ終盤戦に入り始め、ロマンはいつになく闘志を燃え立たせていた。

 しかし、彼は知っている。自分が気合いを入れれば入れるほどに、アホ面が揃いも揃ったEチームは確実に裏切ってくることを。

 そのためにロマンはいくつかの手を打ってきた。マスターたちに開いた歴史講座ではさりげなくやる気のない風を装ってみせたり、Eチーム全体の会議ではできる限りふにゃついた喋り方を心掛けてみたりといった具合だ。

 天邪鬼な彼らはこれで真面目になるに違いない。他にもっと力を入れるところがあったのではないかと思えてくるが、ロマンはその考えを即座に深海に叩き落とした。

 奴らは期待すればするだけそれを裏切ってくる悪魔のような連中だ。ロマンは首元を締め直すと、短く息を吐いて管制室の扉を開ける。

 そこで、彼は思わず尻餅をついた。

 視界を埋め尽くす、円錐形の装甲を持つ戦車。その下部にはぐるりと一周するように大砲の口が迫り出している。

 不思議と、ロマンにはそれに見覚えがあった。ルネサンス期、とある万能の天才が設計図に起こした発明品のひとつに、似た兵器があったことを思い出す。

 彼は額に青筋を立てて叫んだ。

 

「なんてモノを作ってるんだダ・ヴィンチィーッ!!!」

 

 円錐の先端がぱかりと開いて、ダ・ヴィンチの上半身が飛び出す。

 

「そう言われたなら答えるしかあるまい! 生前は日の目を見ることがなかった私の傑作が、ノアくんの無属性魔術の力を借りてこうして実体を得たのさ!」

「それはおめでとう! すぐにその粗大ゴミをしまってくれ!!」

「これを見て粗大ゴミだとぅ!? 目が腐ったかロマニ! この美しさを理解できないとは……!!」

「いや、『ぼくのかんがえたさいきょうのへいき』を図面から出されても困るっていうか……どこで使うんだこんなもの」

 

 ダ・ヴィンチが生前図面に描いた発明品は、そのほとんどが現実になることはなかった。発明を形にする作り手がいなかったことがダ・ヴィンチ最大の不幸とする見方もあるが、単にぶっ飛んだ発想に当時の技術力が追いついていなかったのであろう。

 しかし、現代に召喚されたダ・ヴィンチはカルデアの技術力とノアという悪魔の協力者を得てしまった。この組み合わせは塩素系漂白剤に酸性洗剤を混ぜるようなものである。

 ロマンがダ・ヴィンチの装甲車に目を奪われていると、いつの間にか背後に回り込んでいたノアがわざとらしいため息をついた。

 

「おいおい、ロマンなんてアダ名してるくせに男のロマンが分かってねえようだな? こういうのは実用性じゃねえ、好奇心が満たせたかどうかなんだよ。ジオングに足付け足してみたりな」

「そうそう、キミだって粘土で理想の女体を作ったことくらいあるだろう? あのほとばしる熱いパトスを思い出せ!」

「やったこと無いけど!? 中学二年生男子の美術制作じゃないんだから!」

「いざ作ろうとすると自分の下手さに絶望して投げ出したくなりますよねえ、アレ」

 

 装甲車の裏で話を聞いていたダンテはひょっこりと現れて同意した。彼に続いて残りのEチームメンバーも芋づる式に顔を出す。

 全員が全員不測の事態に慣れ切った面子だ。管制室の真ん中に巨大な戦車があることなどいちいち気にしてはいられない。

 立香(りつか)は戦車の表面を右の人差し指でつついて、

 

「魔力まで通ってるじゃないですか。この気合いの入れよう、今回はダ・ヴィンチちゃんの本気が見れるということですね!」

「その通りさ立香ちゃん! 私の精神テンションは今、モナ・リザを描いていた時に戻っているッ! なんたって今回は私もレイシフトに同行するからね!」

「俺とタメを張る天才がひとり追加、か。これはもう勝ったな。どんな相手が来ようと秒殺だ。なんなら今回は丸々スキップしても良いぞ」

「し、心配すぎる……!!」

 

 ロマンはだらだらと冷や汗を垂れ流した。Eチームとダ・ヴィンチの化学反応が何を引き起こすのか、彼には予想がつかない。

 そう、第六特異点のレイシフトにはダ・ヴィンチも同行するのだ。普段は右往左往するロマンを肴にお茶を飲むのが仕事だが、今回はEチームと共に戦うのが仕事だ。

 巨大戦車を建造したのもそのやる気の表れなのだろう。もっと有意義なものに労力をかけてほしかったところだが。

 ジャンヌは装甲車に背中を預けて、ダ・ヴィンチの顔をじとりと見上げる。

 

「アンタがいきなり参戦なんて、どんな風の吹き回し? 魔力は誰が持つのよ」

「俺だ。地味なペレアスと宝具しか使いようのないダンテはその分省エネだからな。そこにダ・ヴィンチが加わったくらい大したことねえ。メロンソーダの上にアイス乗っけたみたいなもんだな」

「それはだいぶ変わりますよ! メロンソーダとクリームソーダは別次元の存在ですからね! 進化形ですらないです!」

「マスター二人の食への貪欲さは相変わらずだねえ。それで、私が参戦する理由については……」

 

 ダ・ヴィンチはマシュとロマンを流し見る。マシュはこれみよがしに眼鏡を持ち上げて呼応した。

 

「はい、いつものブリーフィングですね。今回わたしたちがレイシフトするのは十三世紀のエルサレムです。内ゲバを極めた第九次十字軍がぐだぐだした終わりを迎え、西洋諸国への防波堤である十字軍国家を全て失った時代となります」

「エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教にとっての聖地だ。そして、非常に危ういながらも現代までかろうじて形を残してきた遺産でもある。人類史を脅かす上で、エルサレムほど効果的な場所はないだろう」

「…………それが、ダ・ヴィンチがついてくる理由? そんなに信心深い人でしたっけ」

「う〜ん、そこら辺はデリケートな話になるからノーコメントにするとして、理由は全く別だよ」

 

 ぱちんと指を弾くと、飛び出す絵本を閉じるみたいに装甲車がぱたぱたと畳まれていく。ロマンはどんな超技術だと文句をつけたくなったが、ロクな回答が得られないことを予見して口をつぐんだ。

 邪魔な巨体が消え、管制室の中央に鎮座するカルデアスが剥き出しになる。地球の魂をコピーした疑似天体、そのエルサレムのある地中海地域周辺だけが削り取られたように消えかかっていた。

 地球のコピーであるカルデアスに現れた傷は、そのまま実物の地球に刻まれつつある傷だ。ロマンは地球表面の瑕疵を眺める。

 

「現在、エルサレムとその周辺地域は空洞化しかかっている。この現象を止めない限り、たとえ定礎復元を成し遂げたとしても人類史には多大な被害が及ぶだろう。今までとは全く異なる事態を鑑みて、人理定礎値は文句なしのEXだ」

「そんな訳だから私も助太刀に入ろうと思ったのさ。少し、大分、かなり好奇心があることは否定しないけどね!」

「少しは隠そうという気概がないのですか?」

「最近のマシュマロなすびにしてはまともにツッコんだわね。ま、大体分かったわ。トラブルメーカーがひとり増えて胃が痛いってことがね」

 

 ジャンヌは茶化すような語気だったが、その芯には切実な想いが滲んでいた。Eチームの中では常人よりの感性を持つがゆえの苦悩だ。

 エルサレム。宗教観の薄い日本出身の立香でも、その場所は知っている。と言ってもロマンが話した以上のことは知らないが、宗教的政治的にデリケートな場所という印象を持っていた。

 立香はノアの側に寄る。

 

「リーダーは世界中旅してたみたいですけど、エルサレムには行ったことあるんですか?」

「一回だけ行ったことはある。キリスト教徒のフリして観光してたら、聖堂教会の代行者にバレて追いかけ回されたがな」

「ノアくんの辞書に平穏という文字はないのかい? 聖堂教会と魔術師は今でも水面下で殺し合いを続けてる犬猿の仲だぞ!?」

「それで俺も周辺の魔術師にそのことをチクってやったら、他宗教も巻き込んで危うく聖墳墓教会が全焼しかける事態に───」

「全焼しかけるってことは燃えたんですか!? ちょっとは燃えたんですか!? 聖墳墓教会って言ったら救世主が復活した場所ですからね!?」

 

 敬虔なキリスト教徒であるダンテは頭を抱えて絶叫した。

 エルサレムは二度に渡るユダヤ戦争によって破壊された経緯がある。聖墳墓教会が本当に救世主の墓のあった場所かどうかは定かではないが、それでも信仰的には重大な意味を持っている。

 そんな場所が自らのマスターの手によって崩壊しかけていたという事実。ダンテの心中は推して知るべしだろう。

 マシュはショックに悶えるダンテに冷たい視線を差し向けて言った。

 

「それでは、今回もあまり役に立たないであろう『暗黒の人類史』情報をダンテさんに聞いてみましょう。どうやら現世で本人の顔を見ないと真名も思い出せないようですし」

「そ、そうですねえ。かなり個性的な男性というか……生前の鎧のデザインに飽きたとかで知恵の女神に服を作ってもらってましたね。知恵の女神は知恵の女神で裁縫が上手でした」

「本当にどうでもいい情報じゃない。服にこだわりがある人物なんて腐るほどいるでしょう。どれくらい強そうとか分からないの?」

 

 ジャンヌは至極真っ当な指摘をする。

 知恵の女神による召喚というイレギュラーな状況に置かれてなお、服をねだる精神力は中々の強者には違いない。

 

「それが、私には武術を身につけた人の強さが理解できないんですよねえ。柔道を極めた人は握手するだけで相手の実力が分かったり、歩き姿だけで体幹のバランスを見抜いたりするそうですが……ほら、私はご存知の通りアレなので」

 

 ダンテはもごもごと言い淀んだ。

 確かに、武人の強さというのは達人同士でしか伝わらない部分がある。剣の振り方ひとつ取っても、凡人と達人ではそこから得られる情報は全く違うだろう。

 自然の暴威そのものを体現したオティヌスや虹蛇は台風や地震のようなもので、誰の目にも強さが明らかに見て取れる。そのため、前回と前々回は多少なりとも有益な情報を出すことができたのだった。実際役に立ったかは別として。

 そこで、彼らは今まで一声も発していない男がいることに気付く。

 その男の名はペレアス。普段は騒がしいはずの彼は鬼気迫る真剣な顔で佇んでいた。

 立香はその姿を見て、ごくりと息を呑む。

 

「ペレアスさん、いつもより断然気合いが入ってますね……!! 心なしか派手さがアップしてる気がしますよ!」

「マーリンさんが読んだ手紙によると、この特異点に奥さんがいるそうですからね。これは期待できると思います」

「愛の力は人を強くするって言うものね。少しでもまともになってくれるのを期待してるわ」

 

 Eチーム三人娘のコメントを受けてなお、ペレアスは微動だにしなかった。立香とダンテは冷えて固まったようになる彼を両側から揺さぶる。

 

「……あの、聞いてますペレアスさん? マシュとジャンヌがこう言ってくれることなんてそうそうないですよ?」

「そうですよ。せっかく妻に会えるかもしれないというのに、ペレアスさんらしくないですよ。いつもの嫁バカを発揮してみせてください」

「───()()()()()()()

 

 ペレアスはぼそりと呟いた。

 この場の全員が首を傾げたその時、彼は堪忍袋の緒が切れたように喋り出す。

 

「いいやこれは予感どころじゃねえ、確信だ! なんか……加護が発動しててめちゃくちゃ動きづらい! 間違いねえ、今回の特異点にはランスロットがいるぞ!!」

「待てペレアス。おまえの加護が発動してるってことはランスロットは───」

「───敵にいるってことだね! 円卓最強の騎士が敵とは、さしもの万能の天才も少し嫌になってきたぞぅ!」

「も、もうすぐレイシフトの時間だからペレアスさんをコフィンに詰め込もう! ひとりだけ取り残されるなんて洒落にならないぞ!」

「なんでまたお前が敵になってんだランスロットォォォ!!!」

 

 ノアたちは石像と化したペレアスをぐいぐいとコフィンに押し込んでいく。ペレアスにはフランスで加護が発動し、竜を目の前におあずけされた過去がある。その時はレイシフト中の出来事だったから良いものの、そもそも特異点に行けないという事態は何としてでも避けなくてはならない。

 おもちゃ箱の奥底で放置されていた仮面ライダーのような姿勢でコフィンに閉じ込められたペレアス。ダ・ヴィンチは一息つくと、ボタン型の機械と手のひら大のモニターを取り出した。

 ボタン型の機械は七つ、モニターは二つ。前者はEチーム全員に、後者はマスターコンビに手渡される。

 立香は怪訝な顔でモニターと機械を弄った。

 

「何ですか、これ?」

「発信器と、それを読み取るレーダーだね。これまで互いの位置が分からなくて苦労しただろう? それさえあれば発信器の場所からみんなの位置が特定できるってわけさ。通話機能はないけどね」

「さすが万能の天才ダ・ヴィンチちゃんですね! どうせならもっと早く作ってくれれば良かったのに!」

「ははは、それは言わないお約束だよ立香ちゃん! あ、ちなみに発信器は電気に弱いから、くれぐれも注意するように!」

 

 電気に弱くない電子機器など存在するのかと誰もが思った。ともかく、これが有用なことは確かである。オケアノス、ロンドン、アメリカとはぐれてきたEチームには必要なものだ。

 立香はダ・ヴィンチから受け取った機器を仕舞い込むと、ノアの顔を見上げてはにかんだ。

 

「今回もたぶん、また合流からですね。リーダーが来てくれるのを待ってます。もちろん、私からも探しに行きますけど」

 

 ノアは一瞬、唇を切り結び。

 

「……ああ、おまえはいつも危なっかしいからな。上司としての役目は果たす。だから」

 

 自分にだけ囁くような声。

 自分だけを見つめる蒼い瞳。

 

(そんな表情─────)

 

 それを見せられて。

 わけもわからず、胸の奥が沸き立った。

 

「何度でも、おまえを迎えに行ってやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは、命という命が死に絶えた無人の荒れ野だった。

 ただただ、骸だけが散らばる死の地平。

 未だ燃える野火はその土地に舞い降りた災いの苛烈さを今なお物語る。灰色の地面を闊歩する人影は全てが亡者。怨念と無念に取り憑かれた行き場なき魂が当て所なく彷徨う辺獄。その彼方には、絢爛なる白き都が燦然と輝いている。

 一度その地に足を踏み入れれば最後、亡者に骨の一片血の一滴までをも喰らい尽くされるだろう。

 死が死を産む叫喚の荒野はいま、死者の叫びすらも塗り潰す轟音に包まれていた。

 

「『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』ァァーーッ!!!」

 

 災厄の赤雷が奔る。

 天を焦がし、地を焼く魔の雷。四方八方へと縦横無尽に繰り出されるその様相はまるで、生命が生まれ得ぬ原始の地球を再現したかのようであった。

 雷雲の内部をも凌駕する密度の電撃はしかし、獲物を掠ることすらない。静と動を組み合わせた最小限の体捌きでことごとくを躱し、叛逆の騎士へと接近していく。

 真紅の甲冑を纏った双剣の騎士。両腕をだらりと垂れ下げ、土を舐めるような前傾で野を駆け抜けるその姿は、もはや人間のカタチをした獣だった。

 叛逆の騎士の直感は絶え間なく警鐘を打ち鳴らしていた。これは掛け値なしの全力、王より与えられた祝福が実現した宝具の連続発動だ。

 が、それを以ってしても敵には届かない。両手の剣を一度足りとも振るうことなく、ヤツは距離を縮めている。

 白銀の刃に超高熱の赤雷が凝縮される。近付かれるのならそれでいい。打ち合うと同時に雷撃を解放し、そのまま焼き尽くす───!!

 

「───生温い」

 

 左の刃が閃く。

 クラレントの剣先を殴りつけるような軌道を描き、雷電が明後日の方向に解放される。剣柄を握る両手が途轍もない衝撃に震え、皮膚の感覚が消し飛んだ。

 叛逆の騎士は瞠目する。

 切っ先を狙ったとはいえ、片腕の振りのみで斬撃の軌道を捻じ曲げる膂力。しかも一瞬にして敵の意図を見抜き、先の先を取ってみせたのだ。

 双剣の騎士が右の剣を振り上げる。痺れた両腕では防御は不可能。一歩退くより早く、右の剣柄が叛逆の騎士の兜を打ち砕く。

 破片が辺りに散らばる。叛逆の騎士の相貌が露わになり、モードレッドは吼えた。

 

「てめえ……なぜ斬らなかった。情けをかけたつもりか!!」

 

 魔力放出。その踏み出しは初速から音の壁を超え、無数の斬撃を空中に走らせた。対する双剣の騎士は一歩も動くことなく、二刀を以って剣戟を凌ぐ。

 否、凌ぐどころではない。モードレッドを上回る力と技巧で刃を跳ね返し、強引に隙を作り出す。瞬間、踵が飛び、叛逆の騎士を吹き飛ばした。

 真紅の甲冑の奥底から灯る眼光がモードレッドを射抜く。

 

「貴様の顔……大方、あの魔女の仕業か。───哀れな」

 

 叛逆の騎士は呪詛のように、

 

「───殺す……!!!」

「だが」

 

 双剣の騎士は腹の底から湧き上がる忌々しさを吐き捨てるように言った。

 

「その剣は王のものだ。貴様が手にして良いものではない」

 

 ばぢり、と空気が弾ける。

 その根源は二刀の片割れ、左の剣。

 純白の刀身を這う黄金の電閃。それは瞬く間に勢いを増していく。

 

「去ねよ、王権の簒奪者」

 

 切っ先が天を突き、大雷が落ちる。

 黄金の輝きをたたえる雷の一刀を前に、モードレッドは頭に上り詰めた憤怒をも忘れて目を剥いた。

 

「『雷光耀う(エクスカリバー)─────」

「てめえ、その剣はまさか───ッ!!!」

 

 言い終わるより早く。

 黄金の極雷が、解き放たれた。

 

「─────勝利の剣(コールブランド)』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 茫漠たる熱砂の世界。

 レイシフト直後、視界に飛び込んできたのはどこまでも広がる砂漠と砂嵐だった。

 どうせ最初の流れは決まっている。マスターたちは離れ離れになり、そこからドタバタしつつ合流を目指さなくてはならないのだ。

 マシュは意気込むように両の拳を握り締める。

 

「先輩、ジャンヌさん、気合い入れて行きましょう! 特異点修復の流れはもはやテンプレ化していますので、わたしたちならRTAをキメることすら不可能ではありません! わたしのチャート通りに行けば魔術王もワンパンです!!」

「はい、よーいスタート……ってなるかァァ! これ一応世界を救う戦いですから! どうして訳もなく時間に追われなきゃならないのよ!?」

「よっしゃあ体が動く! ランスロットがいようが知ったことか、嫁に会えることに比べたら屁でもないぜ! 今のオレは文句なしに最強だ! ノア、ダンテ、行くぞ!!」

「ペレアスさんが調子に乗ってるのが不安ですが、いつものように嘆きの騎士の本領発揮されるよりはマシですねえ。まずは立香さんたちを探しましょうか」

「「「「…………ん?」」」」

 

 マシュたちは顔を見合わせる。見慣れた顔つきの連中が立ち並び、少し離れた場所にはノアと立香もいた。

 ダ・ヴィンチは手を打ち鳴らしてケタケタと笑う。

 

「いやあ、今回は全員勢揃いで始められるようだね! 私の作った発信器がガラクタと化したのは悲しいけど!」

「最初から勢揃いなのは何気に初めてですねえ。コロンブスさんの船に転移した時からこっち、初っ端はずっとはぐれっぱなしでしたから」

「……もしかしてお前のせいなんじゃねえか? 幸運Eが感染ったんだろ」

「よしんばそうだとしてもペレアスさんも責任を感じてください! どうして私にあなたの幸運A+を感染させられなかったのですか!?」

「ダンテさん、流石にそれは無茶です」

 

 そんなやり取りを遠巻きに眺めながら、立香はぼそりと言った。

 

「…………リーダー」

「…………なんだ」

 

 彼女はニタリと片方の口角だけを持ち上げて、

 

「何度でも、おまえを迎えに行ってや」

「黙れその口縫い合わすぞ」

「大丈夫です、ちゃんと私の心のノートに書き留めておいたんで」

「じゃあ消しゴム貸せ。おまえの記憶ごと過去を消し去ってやる」

「今日消しゴム忘れたんで無理───むぐうおごごごご!!」

 

 ノアは右手で立香の両頬を挟んで力を込める。十秒後、顔のパーツが妙に中心に圧縮された立香は一同に呼びかけた。

 

「よぉし、Eチームは全員揃えば無敵です! さっそくドクターと連絡して方針を決めましょう!」

「先輩。やる気に水を差すようですが、ドクターとの連絡がつきません。砂漠という土地、もしくは砂嵐が通信を妨げていることが可能性として挙げられますが……そもそもこの特異点では通信が効かないというのは考えたくありませんね」

「ダ・ヴィンチちゃんの考えでは砂嵐説が有力だ。ほら、ロンドンの時も霧が通信を妨げていただろう? まずは砂嵐を抜けることを提案するよ」

「そうね。正直、ここで話してるだけでも砂が飛び込んできて鬱陶しいですし……徒歩で行かなきゃならないのが憂鬱だわ」

 

 口と鼻を手で隠すジャンヌ。砂と風はノアの魔術でどうにでもなるだろうが、移動手段だけはそう簡単にはいかない。

 ダ・ヴィンチはニヤリと笑い、某猫型ロボットのような裏声で言う。

 

「しょうがないなぁ〜、ジャン太くんは」

「ダヴィえもんが降臨しましたね……」

フォウフォウフォフォウ(マスコットの座は渡さんぞ)

 

 ルネサンスからやってきた万能の天才は杖の先で足元の砂を叩いた。

 すると、低い地鳴りとともに足元の土が盛り上がり、円錐形の装甲車が飛び出してくる。先程カルデアの管制室を占拠していたお手製の戦車だ。

 

「てれれれってれ〜『抹殺轢殺アーマードカー』」

「名前が邪悪すぎるんですけど!? 二十二世紀はマッドマックスみたいな世界になってるわけ!?」

「ジャンヌさん、よく考えてみてください。二十二世紀といえど人は人……悲しいことに未来の超技術は軍事方面にも転用されているのです」

「あの、子どもたちの夢を壊すようなことを言わないでくれませんかねえ?」

 

 一部から不評が殺到するが、ノアは満足げに頷いた。

 

「ま、この良さは天才にしか分からねえだろうな。こんなアホみたいな見た目なのに厳つい名前してるのとかギャップ萌えの極致だろ」

「お、ノアくんはやっぱりイケるクチだねぇ。この間抜けなフォルムと凶暴な名前のミスマッチ感が良いんだ。もはや存在そのものが萌えといえる」

「どこに萌えの要素があんだよ! 何から何まで殺意の塊だろうが! ギャップが殺意で埋まってるだろうが!!」

「ペレアスさん、いちいちリーダーの妄言に反応してたら話が進みません。とりあえず車の中に入ってみませんか?」

 

 一行はぞろぞろとアーマードカーに搭乗する。

 意外にも車内は真っ当な造りをしていた。一言で例えるならキャンピングカーの内部と言ったところだが、広さとしては一般家庭のリビングをそのまま持ってきたようなものだ。

 マシュはフォウくんを抱いて速攻でソファに寝転がり、むふーと鼻息を吐いた。

 

「中々の寝心地ですね。わたしはここに住むことにします」

「…………そこのマシュマロなすびは置いといて、良い造りなのは確かね。いつもこういう有意義な発明をしてくれれば良いんですが」

「全くですねえ。ダ・ヴィンチちゃんの背後にサタンが見えるようになって久しかったので、少しばかり安心しました。ところで、この車はどうやって動かすんです?」

「ああ、こっちに運転席が───」

 

 そう言ってダ・ヴィンチたちが運転席に目を向けると、既にノアと立香、ペレアスが機器をいじくり回していた。

 ノアはハンドルとシフトレバーを交互に動かして、

 

「なるほどな、大体理解した」

「おい馬鹿やめろ! お前がハンドル握ったら何が起きるか分からねえんだよ! ここは騎乗スキル持ちに任せろ!」

「というか理解したのって今ですよね。今までは理解してなかったんですよね!? リーダー運転免許持ってるんですか!?」

「───フッ。おまえらは何ひとつ分かっちゃいねえようだな。運転に必要なのは免許じゃねえ、心意気だ!!」

 

 重厚な排気音が鳴り響く。

 アクセルは当然ベタ踏み。ダ・ヴィンチちゃん特製魔力炉心を積み込んだエンジンが極限まで稼働し、アーマードカーは発進した。

 空気を切り裂きながら砂漠を爆走する装甲戦車。急激な発進のせいで内臓が浮いた感覚を味わい、立香は虚ろな目になる。

 

「大きい星が点いたり消えたりしている……彗星かな? いや、違うな。彗星はもっとこう、バーッと動くもんな……」

「先輩の精神が崩壊した……!?」

「立香が大人しくなる分には良いけどね。これ何キロ出てんのよ」

「そうだねえ、300キロくらい? 砂漠だから多少遅くなってるとは思うけど」

「それでも新幹線並みじゃない!」

 

 砂漠の景色は代わり映えしない。街中と違って目印になるものがなく、地形の起伏が激しいため、迷いやすい上に体力も使う魔の地帯だ。

 そのため、砂漠を移動する時は必ず案内人をつけるのだが、とにかく砂嵐を抜けることを目的としたEチームには関係のない話だった。

 精神崩壊した立香に代わって助手席に座り込んだダンテは、ノアの見張り役であるペレアスに話しかける。

 

「そういえば、奥さんは砂漠のオアシスにいるそうですが、身の安全は大丈夫なんですかねえ。まだこの特異点の状況も把握できていませんが」

「まあ、心配はいらないだろ。精霊としての力を差し引いてもかなり強いしな。知ってるか、ランスロットに剣技を教えたのは湖の乙女だぞ?」

 

 そこに、耳聡いジャンヌも入ってくる。彼女はその昔、ガウェインとランスロットのいかがわしい本を描いた実績がある。円卓の事情には興味があるのだろう。

 

「湖の乙女はランスロットの義母ですものね。教えてたとしても何ら不思議じゃないわ。アンタのお墨付きなら、かなりの腕前なんでしょう?」

「ランスロットは剣を握って三日で嫁の実力を超えたらしいけどな」

「やっぱり俺と同じ天才の類か。段々とこの特異点が見えてきたな。古今東西の天才が集まる天才特異点と言ったところか?」

「ノアさんの目には幻影でも見えてるんですか? 砂嵐見すぎておかしくなってません?」

 

 その時だった。

 砂嵐の中に二つの人影が見える。

 新幹線ほどの速度で走るこの車を超えようかという素早さで切り結ぶ二つの影。常人には立ち入ることすら許されぬ域の戦いながらも、その趨勢は誰の目にも明らかだった。

 真紅の甲冑に身を包む騎士と、深くフードを被った銀色の義手の騎士。前者が後者を圧倒し、砂漠の地を血の赤で染め上げていく。

 ダンテは顔面を蒼白にする。

 

「第一村人発見かと思ったらガッツリ殺し合ってるじゃないですか!! どうします!?」

「どうするって、どっちが敵なのかもわからないのに決められないでしょ!?」

「ノア、赤い方に突っ込め! フードの方はもう死にかけだ、両方から話を聞き出すぞ!」

 

 ノアは不敵な笑みを浮かべて、

 

「ペレアスの案で行く。ヒャハハハハハぶっ潰れろォォォ!!!」

「「「殺すな!!」」」

 

 高速で疾走する装甲車に先に気付いたのは真紅の騎士。一拍遅れて義手の騎士が察知し、両者は後方へ大きく飛び退いた。

 

「逃がすか!!」

 

 ノアは勢い良くハンドルを回転させる。それに伴って車体がコマのように旋回し、真紅の騎士の方へ直角に曲がる。

 そんな機動をして中の人間に影響がないはずがなく、運転席にいるノアとダンテ以外の人間はごろごろと床を転げまわった。

 

「うわあああああ!! ちょっと楽しい!!」

「これが宇宙飛行士の感覚───!!」

フォォォァァァァッ(ガッツリG掛かってるんですが)!?」

「はっはっは! これは酔い止めも持ってくるべきだったかな!」

 

 時速300キロで猛回転する戦車を前に真紅の騎士は動きを止めた。刹那、その上体は深く沈み────

 

「……はぁ!?」

 

 ────跳ね上げた右脚が、戦車を空中に蹴り飛ばした。

 ふわりと宙に舞い上がった戦車は直後、自重で激しく墜落する。その一部始終を目撃していた義手の騎士は全身に走る痛みも忘れて叫ぶ。

 

「ぶ、無事ですか!!?」

 

 数秒後、戦車の装甲が爆発によって吹き飛ばされる。

 黒い煙の中から、次々とノアたちが這い出てくる。彼らは皆一様に煤に塗れていた。ノアは咳き込んで、大声でがなり立てた。

 

「よくも俺たちの愛車を壊してくれやがったなクソ野郎!! おまえだけは絶対に生きて帰さねえぞ!!」

「そうだそうだ、私が丹精込めて作った作品なんだぞアレは! 『抹殺轢殺アーマードカー』の墓前で泣いて謝れ!!」

「なんておぞましい名前なんだ……!!」

 

 義手の騎士は思わず震え上がった。這い出してきたノアたちへの心配より、装甲車が臨終したことへの安堵が勝った瞬間である。

 ダンテを除いたサーヴァント陣は意気揚々と進み出る。八つの眼差しが注がれるのは双つの剣を携えた真紅の騎士。ペレアスが剣の先を差し向けた時、義手の騎士は密かに息を呑んだ。

 

「───貴方は……!!」

 

 けれど、その声は誰にも届かず。

 真紅の騎士はペレアスの顔を睨め付け、煮えた言霊を吐き出す。

 

「…………匂う。匂うぞ。貴様からは忌々しい匂いがする。ブリテンを掻き回した湖の精霊────魅入られたか、貴様」

 

 気まずい表情をするペレアス。周りから向けられる視線は気遣いの色がありながらも、どこか冷ややかだった。心なしか義手の騎士もいたたまれない雰囲気を醸し出している。

 

「スカサハって人にも同じようなことを言われたがな、オレのこれは純愛だ! 外野からゴチャゴチャ言ってんじゃねえ!!」

「というかどんだけ匂いが染みついてるんですか。それもスカサハさんに言われてましたよねえ。ファブリーズかけてあげましょうか?」

「うるせえ! オレは毎日香水使ってんだよ!」

 

 赤い甲冑から覗く眼光が細くなる。真紅の騎士は双剣の先を地面すれすれに下げた。

 

「貴様ほど湖の精霊に心を囚われた人間を見たのは二度目だ。よもやそこまで呪われているとはな」

「いや呪われてねえよ!! 加護だ加護! これ言うの何回目だ!?」

「……その妄執、斬り捨ててやる」

 

 瞬間、砂が空高く弾ける。

 それとほぼ同時、ペレアスは背後に剣を振るった。

 軋むような刃鳴り。真紅の騎士は瞬時にペレアスの背後に回り込んでいた。交差する二つの刃をペレアスの剣が押し留める。が、それは途端に押し返されていく。

 

「──なんて馬鹿力だよ!」

「貴様こそ、これで倒れぬとは余程力の逃がし方が上手いな。褒めてやる」

「そりゃどうも、っ!」

 

 ペレアスは足を前に蹴り出し、真紅の騎士を蹴り飛ばす。が、即座に踏み止まり、返しの一刀が走る───その寸前、

 

「二人でイチャついてんじゃないわよ!」

 

 大盾の一撃が、真紅の騎士の刃を跳ね返した。

 マシュはきっと目を細める。

 

「……と、ジャンヌさんなら言うところでしょう。清楚系女子の誇りとしてそんな言葉遣いはしませんが。七対一ですが、わたしは容赦しません」

「く、くく……」

 

 真紅の騎士は顔を伏せてくぐもった笑い声を絞り出す。その視線はマシュと彼女が持つ盾に注がれていた。騎士はその盾を指差して言う。

 

「はは…っ! そんなものを盾にしているとはな。それを盾にするなら、剣は椅子か? これは傑作だ。面白い少女だ。私が笑うことなどそうそうない。小銭でも持っていたら投げてやるところだ」

「な、なにがおかしいというのです!? 先輩、わたしにはこの人の笑いのツボが分かりません!!」

「たまにいるよね、そういう人。リーダーとか人が苦しんでる場面で絶対笑うし」

「笑いのツボがイカれてんのはおまえもだろ。喋るみかん(アノーイングオレンジ)で笑い転げてただろうが」

フォウフォフォフォウ(おかしいやつしかいねえよ)……」

 

 真紅の騎士は空を仰いで吐息を漏らした。

 

「七対一か。生温いな。戦場ではその何倍もの敵を斬り伏せねばならんというのに」

「それは正論ね。大勢で押し潰すのも戦場の習いだけれど────!!」

 

 ジャンヌは黒炎を振りかざす。

 あらゆる生命にとっての弱点である灼熱の劫火。真紅の騎士は剣風を以ってそれを切り払い、炎の隙間から脱出する。

 その先に待ち受けるのはダ・ヴィンチの杖による殴打。しかし、真紅の騎士は頭突きで杖を打ち返した。ダ・ヴィンチは痺れた腕をぱたぱたと振った。

 

「うへえ、本当にとんでもない馬鹿力だなあ! 今のは完全にホームランだったろうに!」

「全員で囲んで叩くぞ! ダンテは支援早くしろ!」

「ええ、やりますとも。それしかできませんからね。ええ、ええ」

 

 サーヴァントたちが交戦を開始したのを見て、ノアと立香は義手の騎士の元に走った。彼に命の別状はないものの、負った傷は浅くない。

 ノアは無属性魔術を使うまでもないと判断し、スカサハから与えられた原初のルーンのひとつ、癒やしのルーンを騎士に刻んだ。

 

(……こいつ。この傷の治り方は───)

 

 全身の切創が時間を巻き戻したように修復されていく。ノアはその傷口をいぶかしむように観察していた。義手の騎士はフードを取り、うやうやしく頭を下げる。

 

「助かりました……感謝いたします」

「……ああ。泣いて感謝してたら文句はなかったがな」

「ごめんなさい、アホなんですこの人。気にしないでください。ところで、どうして戦ってたんですか?」

「それが私には見当も……この身はただの流離人、狙われるようなものは何も持っていません」

 

 ノアはじとりとした目つきで騎士の義手を見やる。白銀の光沢を放つその義手は彼の意に合わせて自由自在に駆動していた。

 

「そうか? この義手とかよく売れるだろ。見たこともない材質で出来てるしな。何なら俺が欲しい」

「だ、駄目です! これだけは恩人であっても渡せません!」

「本当ですよ、何言ってるんですかリーダー! 腕をもぐならせめてあっちの赤い方にしてください!」

「貴女も貴女でおかしいですね!?」

 

 義手の騎士は口をあんぐりと開けて驚愕する。

 ノアの無属性魔術にかかればサーヴァントの腕一本程度は容易く治せる。立香の意図としてはそこにあったのだが、言ってないことが分かるはずもなかった。

 そこで、彼らの後ろから声が響く。

 

「……やつは騎士狩りと呼ばれている。聖都の勢力を手当たり次第に攻撃する狂犬。察するに、その成形を見て襲い掛かったのだろう」

 

 振り返ると、そこには髑髏の意匠の仮面をつけた黒衣の女性。彼女はどこからともなく現れた訳でもなく、ただ最初から立っていたのだ。

 息をも気取らせぬ隠形。髑髏の面も合わさって、アサシンのサーヴァントであることはあからさまに見て取れた。

 立香は怯えることなく問う。

 

「聖都って何のことですか? お姉さんは味方……で良いんですよね」

「その説明をする前に今の状況を理解する必要がある。少し長くなるぞ」

「んな長ったらしい話を聞いてられるか! 簡潔に説明しろ!」

「……仕方ない。まずは騎士狩りを撃退するとしよう」

 

 女暗殺者の像が歪む。

 手ブレした写真のように無数に像が重なり、それは実在の分身として分裂していく。

 それこそは彼女が持つ至高の暗殺技巧。

 自己に潜む無数の人格に分け身を与え、個体を複製する秘中の秘技。総勢八十にも及ぶ群体が、雪崩を打って真紅の騎士へと殺到した。

 続いて義手の騎士も飛び出し、敵へ刃を浴びせにかかる。

 それをしても、真紅の騎士が傷付くことはなかった。二刀流とは元々防御に優れた型。その卓越した身のこなしも相まって、怒涛の攻撃を紙一重で捌き切っていた。

 ペレアスの守りが柔だとすれば、真紅の騎士のそれは圧倒的な剛。単純な力と速さで相手の機先を制する鉄壁だ。

 左の剣が金色の雷を纏い、周囲の敵を吹き散らす。そして一言呟いた。

 

「私は逃げる」

 

 ペレアスは軋むほどに剣の柄を握り締めながら、

 

「勝手なこと言ってんじゃねえ! みすみす逃がすとでも思ってんのか!?」

「哀れだな貴様は。湖の精霊の魅了に騙されていることも気付かずに、その剣技を腐らせていくとは」

 

 真紅の騎士は殺意と憎悪を語気に迸らせる。

 

「───だが安心しろ。湖の精霊は私が殺す」

 

 ペレアスが叫ぶ驚愕の声は、雷鳴に掻き消された。黄金色の雷光が真紅の騎士を呑み込み、それとともにその姿は消失する。後に残ったのは砂漠に深々と刻まれた、焦げたクレーターだけだった。

 ペレアスはわなわなと肩を震わせ、頭を抱えて吼える。

 

「なんなんだアイツ!? 頭から尻まで意味不明なんだが!!?」

「わたしもペレアスさんに同意します! この盾を馬鹿にされた屈辱は一生忘れません!!」

「なんだかやりたい放題されてしまいましたねえ。兎にも角にも死人が出なかっただけヨシとしましょうか?」

「そうですね。私も危ないところを助けて頂き、感謝しております」

 

 義手の騎士は再度ペレアスたちに向けて礼をした。

 彼はなぜか非常に言いづらそうに自己紹介する。

 

「わ、私の名前はルキウ」

「いやべディヴィエールだろ何言ってんだお前」

「はい私はべディヴィエールですすみませんでしたペレアス卿」

「どうして嘘ついたのよ!? あっさり認めるし!」

 

 速攻で嘘を見抜かれたべディヴィエールは五体投地のような姿勢で謝罪した。その速さたるや、団長の手刀を見逃さなかった人も見逃すレベルであった。

 ダ・ヴィンチは眼鏡をすちゃりと装着する。

 

「べディヴィエール卿、アーサー王の円卓の騎士のひとりだね。王の側近を務め上げ、主君の最期にはエクスカリバーを湖の乙女に返還した忠義の騎士だ。当然、ペレアスさんよりは有名だろう」

「最後の情報はいらねえだろ!!」

「ペレアス卿、たとえ記録が処分されていようと貴方の活躍は私が覚えています。そう落ち込まれぬよう」

「優しくすんじゃねえ! あっ、ちょっと泣けてきただろうが!!」

 

 涙ぐむペレアスと彼をたしなめるべディヴィエール。無名を極めたペレアスにとって、かつての仲間からの励ましは良くも悪くも沁みたのだった。

 マシュは円卓の光と闇を同時に見せつけられ、ぼんやりと懐かしさに近い感情を覚えた。出処不明の懐旧心に、彼女は小さく首を傾げる。

 騎士狩りを撃退できたことは良いとしても、Eチームの前には疑問が山積している。真紅の騎士の正体、聖都という言葉の意味、女暗殺者の目的。それらの疑問の大半を解消してくれそうなのは、やはり髑髏面の女性しかいない。

 立香はその女ににじり寄った。

 

「それで、さっきのことですけど」

「ああ。騎士狩りは退けたが、ここは未だ危険だ。この先に難民のキャンプ地がある。移動しつつ話すことにしよう」

「罠じゃねえだろうな?」

「ここに揃ったサーヴァントたちが手を組めば私を仕留めるなど容易だろう。こちらも切羽詰まっている。騙す理由も余裕もない」

 

 それでも猜疑心が抜け切らないノアに、ダンテは言付ける。

 

「嘘はついてないと思います。心も魂も揺れていませんから。ここは彼女を信頼しましょう」

 

 ダンテ・アリギエーリという詩人は感受性に優れた作家だった。この世ならざる異界を旅したことでそれは霊感の域にまで磨かれ、不完全ながらも他者の心を読み、魂を感じる技能を身に着けた。

 話術や詐術を極めた人間ならば、嘘をつく時も全くの平常心を保つことができるだろう。だが、ダンテは心のさらに奥、魂までをも感じ取ることができる。

 人は自分の心を騙すことはできても、魂までは難しい。自己の存在を自在に偽る詐称者(プリテンダー)でもない限り、ダンテの霊感を欺くことはできないだろう。

 ノアはようやく納得し、警戒を解いた。とはいえ、奇襲に即座に反応できる程度の警戒心は残しているが。

 

「まずは名乗ろう。私はハサン・サッバーハ。十九代目の山の翁だ。百貌の、とでも呼んでくれ」

 

 ハサン・サッバーハ。立香は聞き馴染みのない名前に、疑問符を浮かべた。その仕草を見抜いたマシュとダンテは、バチバチと視線をぶつけ合う。

 

「マシュさん、私が説明します。Eチームの解説役なので」

「いえ、ダンテさんは黙って詩でも作っていてください」

「ハサン・サッバーハとはイスラムの伝承に名を残す暗殺教団の教主のことだね。複数の王朝と十字軍の要人を次々と暗殺したことから、教団の名が暗殺者を意味するアサシンの語源となったとも言われている。そのため、普通の聖杯戦争で喚ばれるアサシンはクラス名が触媒となって、ほとんどがハサンを襲名した英霊になるんだとか。場合によっては彼らが最強のサーヴァントかもね」

「「ダ・ヴィンチィィィ!!!」」

 

 マシュとダンテは解説役の座をかすめ取ったダ・ヴィンチに掴みかかった。煙の中でボコスカと殴り合う古典的な喧嘩表現を横目に、立香は感心する。

 

「暗殺教団の教主ですか。なんだかかっこいいですね! 暗殺者なのに名前が売れても大丈夫なんですか?」

「我らにとって名前とは移ろうものだ。むしろハサンという虚名を恐れてくれた方が楽に仕事が進む」

「複数のハサンを用意することで呪詛避けにもしてんのか。よく考えてやがる。それで、聖都ってのはエルサレムのことか」

 

 百貌のハサンは首肯した。

 

「正確には獅子王がエルサレムに築いた都のことを言う。元々、この地は我ら山の翁と十字軍が争う場所だったのだが……」

 

 彼女は語る。

 この特異点は聖杯を手にした十字軍と暗殺教団が争う戦火にあった。が、十字軍が召喚した古代エジプトの王が一瞬で裏切り、第三勢力を樹立。しかも、その十字軍はどこからともなく現れた獅子王によって壊滅させられてしまった。

 史実の第九次十字軍の顛末を勉強させられた立香は目を細めて肩を落とす。

 

「……史実よりは酷い状況? 一応勝ったことには勝ったらしいし……」

「勝ち切れなかったのが問題なんでしょう。内部対立で普通に帰るとか呆れます」

「神の名を利用して戦争ふっかける寄生虫ですからねえ。神を血濡れたものにするとか私的には酌量の余地がないトップオブギルティなんで。当然の帰結かと」

「うーん、ダンテさんもこの言いよう」

 

 ダンテの祖父は第二次十字軍に従軍し、そこで命を落としている。彼にとって十字軍は祖父の死のきっかけであり、後世において神の名を汚すものであった。その語気が強まるのもやむを得ない。

 百貌のハサンは言いづらそうに説明を続ける。

 十字軍を打ち砕いたのは獅子王とその軍勢だった。戦いの趨勢はもはや戦争と呼べるものではなく、虐殺に近いほどの圧勝だったと言う。

 十字軍にも実力者は揃っていた。それにも関わらず、完膚なきまでの全滅を果たしたのは獅子王の元に集う英雄たちの仕業によるものだった。

 百貌のハサンはペレアスとべディヴィエールを見据えて、告げる。

 

「……()()()()()。十字軍を滅ぼしたのは獅子王が率いし円卓だ。今は、私たちの敵でもある」

 

 磁石に引きつけられる砂鉄のように。

 全ての目がべディヴィエールに向いた。

 彼の前で仁王立ちするペレアス。ノアはびしりと指を突きつけて言いつける。

 

「ペレアス、そいつ捨ててこい。獅子王の間者(スパイ)だ」

「嫌だ、こいつを捨てるなんてオレにはできねえ! ちゃんとエサもやるし毎日散歩もするからここに置いてくれ! そもそも円卓が敵って決まったわけじゃないだろ!!」

「オイオイオイ、捨て犬拾ってきた子どもみてえなこと言ってんじゃねえ。おまえの加護が反応してたってことは、少なくともランスロットは殺る気満々だろうが」

「それはランスロットがオレの敵になる可能性があるってだけだ! べディヴィエールは関係ねえ!」

 

 ノアはべディヴィエールに視線を送る。彼の像を透かして向こう側を覗くように。  

 口元を手で隠し、誰にも聞こえない音量で呟く。

 

「…………そういうことか──?」

 

 数秒後、ノアは目線を切った。

 

「ここはおまえを信用してやる。ちゃんと首輪付けとけ」

「リーダーにしてはあっさり引き下がりましたね。わたしはてっきり喧嘩になるかと思いました」

「猫のじゃれ合いみたいなものよ。真面目に見てたらIQがマッハで下がるわ」

「猫のじゃれ合いは癒やされるけどこっちはそんな効果の欠片もないからなあ。暗殺教団はなぜ獅子王と戦っているだい? 十字軍を倒したんだから味方になりそうな気もするけど」

 

 百貌のハサンはダ・ヴィンチの言葉にこくりと頷く。

 

「それはもっともだ。が、獅子王は許されぬことを始めた」

 

 彼女は砂漠の彼方、おそらくは聖都を方角を振り向いて、

 

「───聖抜。必要な人間だけを選別する殺戮の儀式だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Eチームが特異点を訪れる一週間前。

 ……聖都。

 壮麗にして絢爛なる白壁の都。聖地に現前した楽園の正門には、大勢の人間が群がっていた。生後間もない赤子から年老いた老人まで、ありとあらゆる人間が門に詰め寄せている。

 彼らはか細い希望を求めて、砂漠と荒野を乗り越えてきた旅人。道中で家族や友人を亡くした者も少なくない。

 それでも過酷な道のりを歩んできたのは、この聖都に受け入れてもらうため。地平線に太陽が沈み、夜空に月と星が浮かんでもまだ門は開かれなかった。

 白壁の上にひとりの騎士が現れる。

 精悍な顔つきをした白銀の騎士。彼だけはこの夜にあって、天より降り注ぐ陽光をその身に浴びていた。

 それはまるでスポットライト。

 忠義の騎士此処に在り、と彼を照らす光の柱。

 太陽に愛されし騎士は熱を帯びた剣をすらりと抜き、かつりと地面に突き立てた。

 眼下に広がる光景を彼は噛み締める。ひとりひとりの顔を脳裏に焼き付けるように総覧し、側に控える騎士に伝える。

 

「総員、配置につきなさい」

「───ハッ!」

 

 配下の騎士たちは淀みなく動く。彼らは聖都正門に詰めかける難民たちを取り囲むように陣形を組んだ。

 太陽の騎士は夜の冷えた空気を吸い込み、眼下の難民に告げる。

 

「長く苦しい旅路を越え、見事この聖都に辿り着いた貴方がたに敬意を」

 

 民衆はざわめき立つ。

 空腹に苛まれることもないのだと。

 亡者に怯える必要もないと。

 真っ当な住処を得られるのだと。

 ───ようやく、救われるのだと。

 

「しかし、聖都に立ち入ることができるのは王の赦しを得た者のみ。悪の病巣に犯されぬ純白の魂のみが、最果てに導かれる資格を得るのです」

 

 歓声がぴたりと止む。

 唖然、呆然。誰しもが救われる訳ではないという理を突きつけられ、民衆は思考を空白にした。

 太陽の騎士に嘘はない。冷徹な声音がそれを何よりの真実と物語ってしまっている。

 民の感情が無から怒りへと変わる直前、まばゆい閃光が彼らを包んだ。

 白む視界。だというのに目は焼かれず。

 その光が途絶えた時、獅子王による選別は終わった。

 太陽の騎士はゆっくりと目を伏せ、力強く開く。

 

「────導かれるべき魂は存在しなかった」

 

 穢れなき魂を持つ者は聖抜の光に包まれる。その資格を有する人間は、ここにはひとりとしていなかった。

 

「これよりは()()。始めなさい!」

 

 号令を受け、騎士たちは得物を手に躍りかかった。

 その対象は救いを求めてやってきた難民。

 血飛沫が上がる。絶叫と悲鳴が轟き、人という人が冷たい刃に身を裂かれる。そこに救いはない。ただただ、選ばれなかったから殺しているだけだ。

 殺す人間に区別はなく。

 赤子も老人も、血の海に命を落とした。

 全員を掃討するのに時間はかからなかった。元より相手は長き旅路で疲弊している。聖都の騎士たちが仕損じることはない。

 ───何たる罪事か。

 浮上する想いを、太陽の騎士は切り捨てた。

 この身は王に捧げたモノ。

 生前の間違いを二度と犯さぬように、ひと振りの刀剣として在ることに決めたのだ。

 刀剣に迷いはいらない。

 人斬り包丁は主に使われることこそが至上なのだから。

 太陽の騎士は壁を降り、撤収の指示を始めようとする。

 

「何たる残虐。何たる暴虐。人の業、醜さの一端がここにある」

 

 くつり、くつり、と。

 愉快げに喉を鳴らす男がいた。

 黒を基調とした燕尾服。右眼に嵌め込んだ銀の片眼鏡。その両腕は鋭く研ぎ澄まされた刺々しい籠手に包まれている。

 色気のある面を歪めて、その男は聖罰の光景をせせら笑う。

 どこから来たのか、いつの間にいたのか。そんな疑問を捨て置いて、太陽の騎士は初めて感情を声に出した。

 

「何故、貴方がここにいるのです……!!」

 

 配下の騎士たちは指示されるまでもなく、太陽の騎士と男の間に人の壁を作った。男は大げさなほどに表情を怒りに染めて、芝居がかった言葉を述べる。

 

「無論、貴様を殺しに来たのだよ! ガウェイン!! おれは今もなお覚えているぞ、貴様に背中を貫かれたあの時の痛みを!!」

 

 男は右の人差し指を突き出す。

 

「四人がかりで襲った挙句、背を討つとは騎士の風上にも置けぬヤツ! 円卓の騎士とはどうやら虚名のようだな!」

 

 挑発を繰り返す男に堪えかねた配下の騎士たちは、敵意とともに刃を向けた。

 

「貴様、黙って聞いていれば!」

「これ以上の愚弄は到底聞き逃せぬ! その償いは貴様の命で支払ってもらうぞ!」

 

 剣を、槍を携えて、騎士たちは男に襲い掛かる。

 

「駄目です、待ちなさい!!」

 

 太陽の騎士ガウェインの制止は届かず、刃が振るわれた。

 鋼鉄を岩に打ち付けるような痛々しい音が響く。数瞬して、騎士たちはばたばたと倒れていく。彼らの鎧は武器で殴ったように歪み、手足がありえない方向に折れ曲がっている。

 対する燕尾服の男は全くの無傷。身じろぎひとつすることなく、ただ立っているだけで相手を蹴散らしたのだ。

 

「安心しろ、殺しはしていない。否、殺されもできなかったと言うべきかな」

 

 彼は地につくばう騎士たちを一瞥し、適当なところで背中を丸めてひと振りの剣を拾った。

 

「これでいい。さあ、やろうか」

「戯れを───!!」

 

 一陣の風が吹く。瞬間、ガウェインの姿は消え失せ、男の背後に回っていた。振るうは灼熱の聖剣。超常の膂力を持って振るわれる斬撃は、正しく必殺の威力を秘めている。

 燕尾服の男は剣を背面に回して受け、さらに身を捩って衝撃を流す。

 男とガウェインの瞳が重なる。男は太陽の騎士がまたもや背後を取ることを予期して、疾風の如き剣刃を閃かせた。

 ガウェインは迎撃するでもなく、愚直に防御と回避を行う。刃が衝突する瞬間も押し返さず、受け止めるだけに留めている。

 太陽の騎士ガウェインは日中、その力が三倍に増すという加護を持っている。現在は夜だが、獅子王に授かった祝福『不夜』により常時三倍の力を発揮している。

 そのガウェインが、防勢に立たされ続けている。否、この男を目の前にしては、誰もが受けに回らざるを得ないのだ。

 故に、ガウェインは徹底して防御に専念していた。反撃の機会を捨ててまで。

 一際大きな金属音が高鳴り、二人は間合いを空ける。

 

「おれは満足した。もう良いぞ、ガウェイン」

「……貴方はいつも挑発がすぎる。ここに来た理由は」

 

 問われ、男の顔から喜色が消えた。

 

「───王に忠誠を尽くすため。貴様に殺された時と同じだ」

「それを信じろと?」

「決めるのは王だろう。聖抜がおれを選ばなかったというならそれまで」

「な……っ」

 

 聖抜に慈悲はない。

 たとえ忠義を捧げた部下であろうと、条件にそぐわぬなら一切の容赦なく罰が下る。

 男はその実態を間近に見てさえ、それを受けると言ってみせた。

 彼は血溜まりの中で臣下の礼を取る。その目が望むのは虚空。未だ姿を見せぬ獅子王に対してだ。

 

「王よ。この度の遅参、弁解の余地もありませぬ。我が身は王の剣槍、使い物にならぬ武器は廃棄されるが必定。誠に勝手ながら、もう一度私を王の手元に置いて頂きたく存じます」

 

 騎士の臣従を受けて。

 夜空に、無機質な声が響き渡る。

 

「『聖都が選ぶは揺るがぬ魂のみ。貴様の事情が如何ほどの罪になろうか』」

 

 天に光点が灯る。それは獅子王が振るう光のほんの一欠片。燕尾服の男の真上に点いたそれは、一欠片といえど果てしない魔力を内包していた。

 

「『だが、ガウェイン卿に対する挑発と私闘は目に余る。武器ならば武器らしくその身を研いでいよ』」

 

 ぎちり、と空気が引き締まる。

 それは光点が渦巻いたのと決して無関係ではないだろう。

 

「『故に、我が聖罰を以って選別とする。見事耐え抜き、我が手元に戻ってくるが良い』」

 

 その声は、男の名を呼んだ。

 

「『────不退転の騎士、ラモラック卿』」

 

 圧倒的な威容。

 神霊すら慄く力の奔流。

 上空を席巻する光の渦を見上げ、男は短く答えた。

 

「────有り難き幸せ」

 

 渦が引き絞られ、一筋の光条と化して不退転の騎士の頭上に落ちる。

 あまりの轟音に聴覚が機能を停止する。ガウェインは思わず目を細め、吹き荒ぶ豪風を耐え抜く。

 その衝突は刹那。並の英霊なら掠めただけでも致命傷を負う光の槍。極度の高温に砂が焼かれ、ガラス化した地面の中心に男はいた。

 満身創痍。全身からおびただしい鮮血を流し、火傷を負っている。それでも、彼は五体の形を保ち、聖罰を生き抜いたのだ。

 くつくつ、と喉を鳴らす音。

 ラモラックは血を振り乱し、破顔した。

 

「……クッ、ハハハハハハハハッ!! 聖罰、感謝致します我が王よ! あまつさえ登城を赦されるとは、この身に余る光栄!!」

 

 あろうことかそのまま立ち上がり、聖都への道を突き進む。ガウェインはその背を追いかけ、自らのマントをラモラックの肩に掛ける。

 ───この男が選ばれることは分かっていた。

 何者にも侵されず、揺らぐことなき不動の魂を擁する者ならば彼を置いて他にない。いついかなる時でも自身の信念を貫いた英霊、一本の槍の如き在り方がラモラックだ。

 彼は顔だけをガウェインに向けて問う。

 

「ガウェイン。おれの死後、第七席に就いたのは誰だ?」

「……ガレスです」

 

 ラモラックは愉悦に浸るように口角を上げた。

 

「おれを排除し、ガレスを据えたか。彼女は優秀な騎士だ。立派に使命を遂げたことだろう。それもまたアグラヴェインの策謀なのだろうな。クク、聡いやつだ」

「恨んでいないのですか。私たちは四人で貴方を襲撃し、手にかけました。如何なる非難も受け入れる覚悟です」

「恨んでなどいないさ。むしろ、貴様らが騎士の誇りに悖るような行いをしてまで殺しに来たことが嬉しいのだ」

 

 だからこそ、彼は知恵の女神(ソフィア)に選ばれた。

 人類の罪業を顕す七人の英霊、『暗黒の人類史』に。

 彼は脳裏にとある魔女を思い浮かべる。

 

「───おれは、醜いモノをこそ美しく感じる質だからな」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。