自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録 作:なまゆっけ
騎士狩りを撃退したEチームは百貌のハサンの案内を受けて、難民たちのキャンプを訪れることになった。
百貌のハサンによると、そう遠くない場所にキャンプ地はあるらしい。だからこそ、彼女が対処に出てきたのだろう。騎士狩りが聖都の勢力しか狙っていないとはいえ、危険な行為には違いない。
これまでの経緯を聞いた二人は感心して頷いた。
「なるほど。獅子王に対抗する上で、これほど力強い味方はいないな。私の幸運も捨てたものではなかったか」
「ペレアス卿も流石ですね。今まで数々の英雄と共に戦ってきたのでしょう。同じ円卓として誇らしく思います」
「なんたってオレはファヴニールも斬った竜殺しだからな! それにヘラクレスやアキレウスとも戦ったし、最近はクー・フーリンとも……」
「それ以上に無様な姿を晒してますけどねえ、ペレアスさんは」
「ダンテ、お前にだけは言われたくねえ!!」
……キャンプへ向かう道中。
我らがEチームのメイン盾にして妖怪ピンクなすびことマシュ・キリエライトは、肩を怒らせて大股で先頭を突き進んでいた。その後ろ姿からは轟々と燃え盛る怒気が誰の目にも見て取れる。
彼女が何に対して怒っているのか、立香には何となく見当がついていた。
全身を真紅の甲冑で包んだ双剣の騎士。マシュは騎士狩りと呼ばれるあの騎士に、自らがこれまで苦楽を共にしてきた盾を笑われたのだ。
しかもその相手にはまんまと逃げられる始末。時間が経つごとに憤りは高まり、マシュのフラストレーションは爆発寸前であった。
立香は忍び足でマシュの背後を取り、首筋を人差し指でなぞり下げる。
「ふおっ!? な、何をするんですか先輩!」
「ブヘヘ……いい声出すじゃねえか姉ちゃん。そうは言っても体は正直だぜ?」
「くっ! ジャンヌさん待っててください、わたしは絶対に負けません……!!」
「なんで私が寝取られる側になってるんですかァ!?」
というEチーム三人娘の茶番を見て、初恋のベアトリーチェが銀行家に嫁いだことを思い出したダンテは頭を抱えて唸り出した。
「の、脳を破壊されたトラウマが……っ!!」
「おまえは違うだろ」
「
「それは分かってますけどォ!? わざわざ傷を抉り出そうとしないでください! 脳は特定のジャンルに限らずいつだって壊れる可能性を秘めているんです!!」
(どうしてこいつらに協力を要請してしまったのだろう)
百貌のハサンはEチームのアホさ加減を痛感した。その表情は仮面に隠されて見えないが、少なくともマイナス方面のものであることは確かだろう。
べディヴィエールはペレアスに視線を流す。
同じ円卓の仲間として、彼の事情は知っている。というか何度も聞かされている。過去に脳を破壊された経験があることも、度々トラウマを発症することも織り込み済みだ。
そんな訳でペレアスが嘆きの騎士の本領を発揮しないか監視しようとしたのだが、彼は見るからにどんよりとした暗雲を背負っていた。がっくりと肩を落とし、とぼとぼと歩くその姿は子犬のようですらある。
先程まで怒りを漲らせていたマシュとは正反対。ペレアスはマリアナ海溝まで意気消沈していた。肌も土気色で生気が失せており、ゾンビの様相を呈していた。
だが、長年王の側近を務め上げたべディヴィエールは気遣いの達人である。騎士とは得てして周りに気を遣う生き物だが、彼は特に他人の心持ちを察する術には長けている。
「心中察します、ペレアス卿。かつての主君と仲間が敵となり、伴侶を狙う者まで現れる始末。私も微力ながら力を……」
「三度目だ」
「え?」
「王様と戦うの、これで三度目なんだよ!」
「えぇ……」
べディヴィエールは驚愕した。今更ペレアスの言葉を疑う余地もないが、それにしても信じがたい気分だった。何の因果で主君と三度も刃を重ねなければならないのか。
ご愁傷さま、という言葉すら出てこないほどにいたたまれなくなるべディヴィエール。ペレアスはぶつぶつと言い続ける。
「二回目は直接戦ってはないけどな……なんかどっちも全身黒染めだったし。つうかオティヌスとか誰だよ……王様のキャラが迷子になってるじゃねえか」
「おまえの方がよっぽど叛逆の騎士だろ。竜殺しより王殺しの称号が似合ってんぞ」
「おい、べディヴィエールの前でそういうことを言うな! 王様ガチ勢なんだから! ガウェインだったら決闘仕掛けられてもおかしくねえぞ!?」
「むしろ貴方は王様ガチ勢ではないんですか!? 円卓の騎士にまでなっておいて!?」
ペレアスは自嘲的に笑み、
「まあ……カムランの戦いにいなかったしな、オレ。ハハッ。お前は良いよな、聖剣の返還なんて最高の役目貰って。オレなんて本当は円卓追放されてるからな。にわかもにわかだろ……」
「……実力の割に卑屈すぎないか? この男」
「百貌さん、ペレアスさんの異名は嘆きの騎士ですから。調子乗ってる時とヘコんでる時の差が極端なんですよねえ。無視してあげてください」
「下手に優しい言葉をかけても逆効果だからね」
ダ・ヴィンチがこくこくと頷く横で、ノアは気取られぬようにべディヴィエールの顔を覗いた。
眉根を寄せて、唇を切り結ぶ。注意していなければ気付かないような表情の変化は、ノア以外の誰の目に入ることなく元に戻る。
ノアは帽子を外して、それで顔を扇ぐ。
「湖の乙女に返した聖剣はその後どうなったんだ、べディヴィエール?」
「さ、さあ……それはペレアス卿の方が詳しいのでは? 剣を渡したのは湖の乙女ですから」
「いや、剣を受け取ったのは湖の乙女の長女だろ? 聖剣の行方はオレも嫁も知らない。湖の乙女は全員顔も声も同じだから勘違いしたのか……頭の良いお前でもそんなことあるんだな」
「……そうですね。少し失念しておりました」
べディヴィエールは俯く。ノアはその顔を見届けて視線を切った。密かに眉をひそめて思案する彼の前には、気付くと立香がいた。
彼女はいぶかしむような目つきでノアを見上げる。
「リーダーが悩み事なんて、珍しいですね。何かあったんですか?」
「……おまえはアサシンか。人のパーソナルスペースを軽々と飛び越えてんじゃねえ」
「悩み事があるのは否定しないんですね。私が相談に乗ってあげてもいいですよ?」
「おまえに相談するくらいならシーマンと話した方がまだマシだ。ケリがついたら教えてやるから、ルーンリーディングの練習でもしてろ」
そう言って、ノアは内ポケットからルーンを書き付けた紙を手渡した。
ルーン文字の意味は使い手や用途によって変わるため、ルーンの読解は暗号の解読をするに等しい。立香はその紙を難しい顔で眺めると、それを折り畳んでしまい込む。
さっさと諦めたと思ったのか、ノアは咎めるような視線を送った。立香はその視線を飄々と受け流す。
「こういうのってその人の癖が出ますよね。私、リーダーが書いたやつならすぐに読めるようになっちゃいました」
「あまり俺を舐めるなよ藤丸。自己暗示をかければ文章の癖なんていくらでも変えられる。それがいつ書いた文なのか俺も分からないくらいだからな……ククク」
「いや笑ってる場合じゃないですよ! 別の人格に乗っ取られるフラグじゃないですか!?」
「わたしたちにとってはメリットしかありませんね。むしろどんとこいです。次のリーダーはうまくやってくれるでしょう」
「
最近隠す気すらなくなってきたマシュの闇はひとまず、一行の前に砂塵に紛れた目的地が見えてくる。
いくつもの幕屋が立ち並んだキャンプ地。少なからず人影が点在しているものの、活気は見受けられなかった。難民という事情を鑑みれば仕方のないことではあるだろう。
一行がそこに足を踏み入れようとした時、どこからともなく声が響く。
「そこで止まれ。如何な目的でここに来た、異邦者たちよ」
厳然とした声音。静かな拒絶感の奥にはどこか無理をしているような響きがあった。
ジャンヌはペレアスとべディヴィエールをじとりと見つめる。
「アンタらの格好のせいで獅子王の手下だと間違われてるんじゃないの? 脱ぎなさいよ」
「砂漠のど真ん中で裸になれと!?獅子王の手下より全裸の不審者の方が怪しいだろ!」
「とりあえず全裸になってみてから考えたらどうだい? 減るものでもないしさ」
「どこがとりあえずなんですか!? こんなところで裸になるなんて、人間としては終わったようなものですよ!」
ダ・ヴィンチの言い草に、べディヴィエールは思わず叫んだ。ここは良識のある者が割りを食う理不尽な空間なのだ。
百貌のハサンは彼らを押し退けて前に出る。
「彼らは一応協力者だ。騎士狩りを退けるために共闘といえることも行った。少なくとも敵ではない……と思う」
「う、うむ。いちいち歯切れが悪いのが気になるが、まずは良しとしよう」
黒い影が像を結ぶ。一行の前に現れたのは、髑髏の仮面を被った男。右肩から右手の先までを黒い布で覆った不気味な外見をしていた。
が、単に不気味な見た目をしているだけならEチームの害悪度の足元にも及ばない。立香とノアは彼の目の前でひそひそと話し出す。
「なんか右腕怪我してませんあの人? 治してあげたらどうですか」
「おいおい見て分かんねえのか。あんな風に右腕隠すやつなんて中二病以外の何物でもないだろうが」
「マジですか。その幻想をぶち殺したり邪王炎殺黒龍波撃てたりするんですか。巻き方を忘れちまったりするんですか」
すると、腕を布でぐるぐる巻きにしたハサンはくぐもった笑い声を鳴らした。
「ククク……如何にも、我が右腕は魔神シャイターンのそれを移植したモノ。これを一度解き放てば、あらゆる生命を食い尽くすまで止まりませぬぞ?」
シャイターン。その単語を聞いた途端、ダンテは楳図かずお風の恐怖顔で震え始める。
「ヒィィ! シャイターンといえば英語でサタンを意味します! あんな強大な悪魔の王の右腕を取り込むなんて、外法も外法! なんて恐ろしいことに手を染めたのですか!!?」
「おや、そこな赤いコートの御仁はよく分かっているようで。呪腕のハサンと謳われた私の───」
「シャイターンはシャイターンでも魔王などと大層なモノではなく精霊だがな、そこの男の右腕は」
「あ、そうなんですか。ビビって損しました」
「
急に落ち着きを取り戻したダンテ。フォウくんは彼の頭頂に登ると、その肉球で頭皮をべしりと叩いた。
ノアはダ・ヴィンチから眼鏡を受け取って装着する。
「そもそもサタンという言葉は様々な意味を内包している。堕天使ルシファーの称号であったり、サタンという悪魔の個体を指す言葉だったり、はたまたサタンそれ自体が悪魔という意味を示すこともある。つまり、一口にサタンと言っても魔王から雑魚悪魔までピンキリってことだな。ちなみに1969年にアントン・サンダー・ラヴェイが出版したサタンの聖書という魔導書の中では、サタンはキリスト教の権威を否定する存在の象徴として扱われている。そこのハサンの腕がシャイターンのものと言っても、ダンテが見たサタンのモノとは限らない。ちなみにサタンの聖書の続編にはラヴクラフトの創作神話の影響が───」
「長えよ!! お前のうんちくを垂れ流すにしてももう少し脈絡ってのを考えろ!」
「良いなあノアくん。私も役に立たない知識を見せびらかしたかったよ」
「あの、そろそろ話を進めてもらって良いですか。ペレアスさんのツッコミもなんだか煩わしくなってきました」
マシュは大盾の先で砂をどすどすと叩きながら言った。立香のイタズラで戻った平静だが、やはりあの騎士への苛立ちは根深かった。魔神柱も裸足で逃げ出す殺気を放つ彼女の威容に圧され、呪腕のハサンはキャンプ地の案内を始めた。
難民たちの顔に笑みはない。怪我をしている者も少なくなく、彼らは皆一様に沈痛な面持ちをしている。
呪腕のハサンは一行に語りかけた。
「彼らはみな、聖都にて行われた聖抜から逃亡してきた者です。身ひとつでここまで逃げ延び、私共山の民が保護いたしました」
彼と百貌のハサン以外の全員が首をひねる。
聖都と聖抜、そして聖罰のことは百貌のハサンから聞いている。獅子王と円卓の騎士の根城である聖都、そこで行われる民の選別───聖抜と聖罰。その選別は一度受ければ最後、聖都への立ち入りを許されるか命を落とすかしかない。
特別な力を持たぬ人間がサーヴァントに抗うのは不可能だろう。ジャンヌは率直な疑問を口にした。
「聖抜から逃げたっていうの? どうやって?」
「話を聞いたところによると、赤い甲冑を着た二刀流の剣士に助けられたとか。つまるところ、我々が騎士狩りと呼ぶあの騎士ですな」
「またあの人ですか!? 今度は普通に善行を成し遂げているのが一層わたしのムカつきを加速させますね……!!」
「マシュの恨みが深すぎる件について」
立香は口元をひくつかせた。それと同時に、ある種の違和感をマシュに覚える。
マシュ・キリエライトは変人を相手にするスペシャリストである。その経験はノアがカルデアに来てからさらに磨かれ、ペレアスやダンテと戦えるまでに成長している。その原因が立香にもあることは明白だが、彼女自身はそのことに全く気づいていなかった。
そんなマシュがあの真紅の騎士に執着している。普段の彼女なら気分を切り替えて然るべきが、これほどまでに苛立ちを引きずっているところに立香は違和を感じたのだ。
とはいえ、それが何に起因するのかは立香にも分からない。
ペレアスとべディヴィエールは他の誰にも聞こえないような小声で相談する。
「あの盾を馬鹿にしてたってことは円卓の関係者かもな。オレは話にしか聞いたことがないが、べディヴィエール、騎士狩りはもしかして……」
「ええ、私も同じ考えです。あの剣と実力、ほぼ間違いないでしょうが……かの騎士はあんな鎧を着ていなかった。顔が見えれば良かったのですが」
そこで、一行は密集した幕屋から離れた位置にある広場に辿り着く。その広場では多数の怪我人や病人が簡素な毛布の上に寝かされていた。
重篤な容態の者をここに集めているのだろう、戦場さながらの異臭が漂っている。聖抜を逃れる際に負った傷、そしてここまでの道のりで病んだ体。けれどこれは、獅子王の選別がふりまく不幸のほんの一部に過ぎない。
呪腕のハサンは言った。
「これが獅子王がもたらす選別の結果。否、彼らはまだ運が良い。他の人間は全員、聖都へ入るという希望を奪われた末に殺されたのですから」
もっとも、こうして苦しむくらいならば生き延びずとも良かった、と願う人間もいるだろう。どちらにしろ、この光景に救いはない。
ペレアスは深いため息をついてその場に座り込んだ。その顔色に混じるのは失望と落胆。気の抜けた声で彼は呟く。
「……円卓は何やってんだ? こんなことに手を貸すなんてらしくないぞ」
それに応える者は誰もいなかった。王と円卓を知るべディヴィエールでさえも、口をつぐむことしかできない。
ノアはゲンドゥルの杖を右手に握ると、杖の先で地面にルーンを刻んでいく。うめき声だけが響く静寂の中、しばし砂と土を削る音が連続した。
彼は呪腕のハサンを向いて言う。
「この特異点に存在する勢力はおまえたち暗殺教団と獅子王、そして十字軍が召喚したエジプトの王……で間違いないな?」
「ええ、そのはずです」
「俺たちの目的は聖杯の回収だ。どこの勢力が聖杯を握ってるか分かるか」
呪腕のハサンは首を横に振った。カルデアの目的はあくまで聖杯。獅子王以外の勢力が聖杯を所有していた場合は手を組むことだってあり得るだろう。
だが、聖杯の所在は未だ判明していない。ダ・ヴィンチは大きく伸びをして、地面にへたり込んだ。
「流れで考えるならエジプトの王が十字軍から離反する時に聖杯を奪ったのかな? 何にせよやることはいっぱいだ。これからどうするつもりだい?」
「難民を連れて我らの村に行こうかと。聖都の追手から逃れられますし、戦力強化の目処もあります故」
「いたれりつくせりじゃないですか! この人たちを運んでいくのはちょっと大変そうですけど……」
「これを見てもそう言えるか?」
ノアは地面に刻んだルーンにヤドリギから作り出した槍を突き刺した。
オーディンが得た十八のルーンの内のひとつ。傷と病を治す癒やしのルーン。曰く、ルーン文字とは最適な場所に最適な文字を書き込むことで、たったひとつの文字でも絶大な効果を発揮するという。
地中の穂先から無数の根が伸び、病人たちに絡みつく。ヤドリギの槍に魔力を注ぎ込むと、途端に槍は黒ずみ、粉々に崩壊する。黒い塵の山に向かって火のルーンを刻み、それを燃やした。
すると、伏せっていた傷病人たちが続々と身を起こしていく。
呪腕のハサンは感嘆の声を漏らす。
「ほう、治癒の魔術ですか。これは有り難い。感染呪術の接触の法則を利用したのですかな?」
「ああ、一度触れあったモノは遠隔でも影響を及ぼす。さらに怪我と病気を槍に肩代わりさせたって訳だ。ハサンってのは魔術にも精通してんのか?」
「私の切り札は共感魔術の理論を応用したものでして。特に呪術は人並みには扱えるかと」
「我々に殺し方のこだわりはないからな。魔術も立派な暗器のひとつに成り得る。魔術師としては認め難いか?」
「いいや、魔術使いってだけだろ。現代にも魔術師殺しなんてやつがいるくらいだしな。むしろおまえたちが使う魔術に興味がある……つーことで」
ノアはくわっと目と口を見開いて、
「さっさと起きろ難民どもォォ!! 俺の完璧な魔術で健康体になったことに毎秒感謝しながら、常に平身低頭で着いてこい!!」
「せっかく良いことしたのに台無しなんですけど!!? もう少しその鬼畜成分を我慢できなかったんですか!!」
「焼いて黙らせる? ヤドリギと融合してるくらいだしよく燃えるんじゃない?」
「ジャンヌさん、わたしも協力します。色々溜まった鬱憤を晴らすチャンスなので」
「上等だ、スモール脳みそ三人娘どもが! この際だからEチームの上下関係ってもんを叩き込んでやるよ!!」
一触即発を優に過ぎた空気感になった四人の間に、べディヴィエールは身を呈して割り込む。猫のじゃれ合いを眺める目つきのペレアスたちとは大違いだった。
べディヴィエールはぐるぐると目を回しながら、四人の間で揉みくちゃにされる。
「お、落ち着いてください! 仲間同士で争っても何も始まりませんよ!! ランスロット卿の裏切りとモードレッド卿の反乱を立て続けに見てきた私が言うのだから間違いありません!!」
「悲しいほどに説得力がありますねえ……」
「しかもべディヴィエールは最古参のひとりだからな。何ならオレより歳上だし……あれ、涙が……」
「二人とも、見てないで手伝ってくれませんか!?」
ヤケクソになったべディヴィエールの奮闘によって、四人はなんとかじゃれ合いを止める。王の最期の時まで仕え続けた忠義の騎士は伊達ではないのだ。
一行の短期目標はハサンたちの村に着くこと。こんな砂漠に長期間滞在する理由もない。難民たちは慌ただしく準備を始めた。
その最中、ペレアスの元をノアが訪れた。彼は難民たちの持ち物から調達したひと振りの長剣を持っている。
「ペレアス」
「あん?」
「おまえの剣とこれを交換しろ」
ペレアスはぽかんと口を開けた。
彼が今使っている剣はロンドンにて、ジャバウォックを倒すために造り出されたヴォーパルソードと呼ばれるモノである。
ジャバウォック以外にはほとんど意味のない礼装だが、ペレアスはそれなりに愛着を持ってそれを使っていた。彼は赤子を抱く母親のようにヴォーパルソードを抱き締めると、
「嫌だ、これはオレの剣だ! 『エクスカリバー Mk-2』は誰にも渡さねえ!!」
「そのナマクラのどこがエクスカリバーだ!? しかもちゃっかり後継機にしてんじゃねえ! 良いからそれを寄越せ、おまえの剣なんてしょっちゅう折れるだろうが!!」
「いーや、オレはこの剣だけは絶対に折らない! そんなどこの馬の骨とも知れない剣を使えるか!!」
「……ビームを撃てるようになってもか?」
瞬間、ペレアスは目を剥いた。
今まで憧れ続けてきた必殺技。その可能性をチラつかされ、心の動揺が体の震えとして現れる。
「べっ、べべべ別に羨ましくねーよそんなもん!」
「だったら良い。あーあ、せっかくこの俺がおまえの剣を作り変えてやろうってのに」
「よし待て、この剣を貸してやる。その代わりに傷つけるなよ、絶対だぞ!」
「…………意思が弱すぎるだろ」
茫漠と広がる砂漠。
広大な砂の大地にいくつか点在するオアシスには、エジプトの王の手が及んでいる。
灼熱の光輝を宿す幻獣。王家に仇なす存在に牙を向く守護聖獣───スフィンクス。人の顔に獅子の体が組み合わさったその幻獣は、下手なサーヴァントならば一撃で屠る武力を有していた。
どさり、と砂に倒れる巨体。数少ない砂漠の緑地を守るために配置されていた三体のスフィンクスは、真紅の騎士の手によってその命を終えた。
二つの刃が空を切る。剣身を汚す血と脂が振り払われ、斬れ味を取り戻した抜き身をそのまま引きずっていく。三体のスフィンクスを倒した疲れは一切見えない。
真紅の騎士は鬱蒼と立ちはだかる植物を払って進む。森を分け入っていくと、眼前に湖が立ち現れる。
騎士は空を仰いで鼻を鳴らした。その様はまるで狼の高鼻に似ていた。
「───魔女め」
森が、地が、湖がざわめく。
真紅の騎士が土を蹴ったと同時に、周囲の自然そのものが武器と化して襲い掛かった。
葉の矢玉が放たれ、根が鞭のように振るわれ、水が網となって降りかかる。地面は全てが落とし穴。足元が崩壊するより前に地を蹴り、攻撃を潜り抜ける。
雷霆を纏う剣。それが振り抜かれると、辺りは一瞬にして更地と化す。
化かし合いは彼女たちの本領。生半可な覚悟で太刀打ちできるものではない。焼けた地面を踏みしめ、真紅の騎士は憎悪を吐き出した。
「貴様は、必ず見つけ出して殺す」
───どこかの湖。
森の隙間から覗く空を見上げ、彼女は答えるように呟いた。
「そんなあなたに、私は殺せない」
カルデア一行がハサンたちの村を目指して一日と半分。
砂漠地帯を抜け、険しい山道を乗り越えて、一行はハサンたちの山間の村を目前にしていた。
通信を阻害する砂嵐から逃れたことでカルデアとの連絡も可能になり、情報共有も行うことができた。ダ・ヴィンチ特製アーマードカーの臨終を最も喜んだのは言うまでもなくロマンである。
日は既に沈みかけ、山麓を朱と黒のコントラストが彩っていた。そんなこんなで村に入った一行が遭遇したのは、
「俺はアーラシュ。よろしくな」
「私はハサン・サッバーハのひとり、静謐の異名を持つ者です。その……私には触れないようお願いします」
立香は目を丸くして言った。
「棚からぼた餅ならぬ村からサーヴァント───!! ジャンヌの召喚の時もこんな簡単に出てきてくれればよかったのに!!」
「
「『ボクも夜なべしてアロンアルファでくっつけた聖晶石が全て無くなるとは思ってもみなかったよ……』」
「───え? アロンアルファ? そんな石で私喚ばれたの? 嘘でしょ!?」
ジャンヌの葛藤は別にして、立香の言う通りこれは思いがけぬ幸運だった。最悪、エジプトの王と獅子王を相手取らなくてはならない今の状況で戦力はいくらあっても足りない。
それに、アーラシュといえば西アジアでは高名な大英雄だ。ダ・ヴィンチはきらりと眼鏡を光らせる。
「アーラシュはペルシャとトゥルクの国境を作った英雄だね。最高の弓手のひとりと言っても差し支えないだろう。イラン人の間でアーラシュという名前がよく名付けられるほどだ。ペレアスさんとは比べ物にならない知名度───」
「やめろオレをオチに使おうとするな。人理修復の暁には世界を救った竜殺しとして有名になるつもりなんだよ!」
「ほう、竜殺しか。これは頼もしいな。ペレアスは西洋の名前か、そっちじゃ大層有名な英雄なんだろうな」
アーラシュの善意に満ちた言葉がペレアスの胸にぐさりと突き刺さる。ペレアスは両目からだくだくと涙を垂れ流した。
「まあな、オレは竜殺しで円卓の騎士だからな! アハッ、アハハッ、アハハハハハハ!!!」
「哀れすぎて何も言えませんねえ。下手に見栄を張っても自分が辛くなるだけですのに」
「なんか、すまんかった」
「アーラシュさんは気にしなくていいですよ。そっちの静謐さんはどうして触っちゃいけないんですか? 潔癖症? ウェットティッシュあげましょうか?」
立香は静謐のハサンにずいと近づいた。彼女は髑髏の仮面の下で顔を引きつらせて、そそくさと距離を取る。
それに応じて立香も詰め寄るが、静謐のハサンはさらに後ずさった。さながら猫とルンバの対決の構図である。見かねた呪腕のハサンは助け舟を出すことにした。
「彼女は全身が毒の塊でして……よほどの耐性がないと触れるだけでへんじがないただのしかばねになってしまいますので、どうかご理解を」
「な、なるほど。さすがにそれは困りますね。現実は教会でお金払っても復活できませんし……静謐さんもごめんなさい」
「大丈夫です。慣れてますから。それよりもお疲れでしょう? 食事の準備をしますので、ぜひ召し上がってください。……私は手伝えないんですが」
「い、色々と大変なのね……」
ジャンヌは不憫な静謐のハサンを哀れんだ。
全身が毒そのものである彼女の五体は触れただけで生命を死に至らしめる。毒とは滞留するものであり、その手で触れたモノにも毒性が宿ってしまう。料理の手伝いなどすれば、すぐさま全員が食中毒待ったなしだろう。
人生全てを暗殺の業に注ぎ込んだような存在。仮面の下の美貌としなやかな肢体に釣られて命を落とした人間は数が知れない。およそ普通の生活を捨てて得た肉体なのだから、彼女にとって普通の日常というものは限りなく生きづらいものなのだ。
立香は両の拳をぐっと握り締めた。
「でも、ご飯は一緒に食べられるんですよね。触りさえしなければ良いんですから!」
「ですが、私は吐息までもが毒です。なるべく近寄らない方が良いかと」
「大丈夫ですよ! ちょっとくらいならリーダーに治してもらえばバッチリなんで!」
「毒の類をルーンで治したことは少ないからな。貴重なサンプルが取れそうだ。むしろ俺が触ってデータを取っても良い」
「それはセクハラなんで普通にやめてください。許可なく女の子に触るとかノンデリカシーの極みです」
立香は静謐のハサンに近寄るノアをぐいぐいと引っ張る。その様子を見て、ダンテは吹き出した。マシュは彼の顔面を見て視線を尖らせる。
「ダンテさん、なんでそんな気持ち悪い笑顔をしてるんです?」
「いえいえ、微笑ましい光景を見てしまったもので。ところで、呪腕さんが言っていた戦力強化の目処というのはアーラシュさんと静謐さんのことですか?」
「いえ、我ら山の翁の初代様の力をお借りしようと思っていたのですが……」
百貌のハサンが言葉を引き継ぐ。
「この近くにあるアズライールの廟だな。初代山の翁は以降に続く我らとは比べ物にならないほどの力を誇るお方だ。俗世より離れられた初代様に助力を求めることは自らの力不足を露呈するに等しいからな、できれば使いたくない手段ではある」
「まあその時は私の首が物理的に飛ぶだけですので、貴方がたは気楽にしておられるとよろしい。俺、この戦いが終わったら結婚するんだ……金魚の餌やりもしないとな……」
「死亡フラグを死亡フラグで打ち消そうとするのやめません?」
ダンテは冷静にツッコんだ。
初代山の翁とは言うなれば真のハサン。彼よりハサン・サッバーハという名が始まり、暗殺者の技が連綿と紡ぎ上げられてきた。今では初代はアズライールの廟に隠居し、教団を監視する任に就いている。
そんな彼に後塵を拝する立場の山の翁が助けを求めるとあらば、断罪を受ける可能性は高い。なぜなら自分の役目を放棄して、他人に縋ろうというのだから。
アーラシュは呪腕のハサンの覚悟に賛同する。
「助勢を求めるなら早めが良い。聖都の騎士の手が及ぶのはそう遠くないはずだ。この村は隠れるにはうってつけだが、防衛となると心許ないからな」
「確かにこの村はなんか違うんだよね……貧弱すぎるというか……ひねりがないよねぇ……私が魔改造を施してあげないと可哀想だよ!!」
「『ダ・ヴィンチがまた何か変なこと考えてるぞ!? みんな止めてくれ!!』」
ダ・ヴィンチは持てる限りの資材を持って彼方へとすっ飛んでいく。思わず顔面を蒼白にするロマンに、追い打ちをかけるようにノアは言った。
「俺もダ・ヴィンチに賛成だ。結界くらいは張らないとおちおち夕飯も食えない。藤丸と……べディヴィエールは着いてこい」
「私は別に良いですけど、べディヴィエールさんもですか?」
「俺たちと肩を並べて戦うんなら少しはしごいておかねえとな。俺たちマスターの仕事ぶりを見て恐れおののけ。そして平伏せ」
「お、お手柔らかにお願いします……」
そうして、彼らは村の外周を回ることにした。結界を結ぶ方法はいくつかあるが、最も単純かつ効果的な方法は境界を区切ることである。
結界という考え方は世界共通であるが、言葉そのものは仏教用語だ。元の意味は聖域や修行場を定めることであり、密教ではさらに魔を退ける意味も加わった。かつて仏陀の瞑想をマーラが妨害したように、仏教の修行者にとって修行の妨げとなるのは超常的な存在も含まれるからだ。
そのために、彼らは境界線を引いて外界と聖域を区別した。結界は修行者の周りを囲むだけのものもあれば、山ひとつをまるごと収めてしまうものまで存在する。
ノアは紙垂を取り付けた縄を用意して、木から木へと渡していく。立香とべディヴィエールも同じ縄を持たされていた。
「結界という概念が最も根付いた国はおそらく日本だろうな。神社の鳥居は代表的だが、茶室のにじり口も結界の一種だ。この結界も神道の方式に則ることにする」
「神社でよく見かけるしめ縄ですね!」
「そうだ。これで村とその外を区切って結界を作る。効果は侵入者を知らせる警報と、ルーンも混ぜて防壁にでもしておくか」
「それは良いのですが……ここまで分かりやすいと気付かれてしまうのでは?」
べディヴィエールは率直な疑問を投げかける。
敵の侵入を告げる警報ならば、敵に気付かれては元も子もない。相手が魔術師であれば解除するか抜け道を作りそうなものだ。
ノアは不敵に笑い、縄を木に縛り付けた。
「この結界は気付かれることに意味がある。俺たちがやってるのは文字通り縄張り───つまり敵への示威行為だ。縄をどうにかしようとした時点でそいつは敵に違いねえ。縄に干渉しようとした時点で警報と防壁が発生する仕組みにしてある」
「なるほど。魔術というのは奥が深い。勉強になります。私たちの宮廷魔術師はその……ほら、アレでしたので」
「リーダーも似たりよったりだと思いますよ?」
(貴女も大概な気がする……とは言ってはいけないのでしょうね、多分)
べディヴィエールは喉元で言葉を呑み込んだ。世の中では事実を指摘しても罪になることがある。彼はこの場の誰よりも遥かに大人の理屈を弁えているのだ。
立香は背伸びして縄を巻きつけながら、
「それで、どうしてべディヴィエールさんを呼んだんですか? 人手が要るなら宝具だけが取り柄のダンテさんでも良かったんじゃ?」
「そうですね。私もそこが気になっていました。もちろん、騎士として求められた仕事はきちんと受けるつもりですが」
「確かに、宝具だけが取り柄のアホのダンテでも良かった。俺がべディヴィエールに訊きたいことがあるから呼んだ。答えても答えなくてもいいがな」
「……それは、一体?」
ノアは何でもないように、平坦な声で告げた。
「───おまえ、人間だろ」
その言葉を受けて、立香とべディヴィエールは氷像のように硬直した。数秒後、氷が溶けた立香はぼそりと声をこぼす。
「…………いや、見れば分かりますけど」
「そういうことじゃねえ! そいつはサーヴァントじゃなくて人間なんだよ!」
「ええーっ!? そうだったんですか!?」
「せっかく俺がシリアスな感じにしようとしたのに台無しにしやがって! どうしてくれんだ! べディヴィエールが微妙な顔になっちゃってるだろうが!!」
冷や汗を流すべディヴィエール。彼はもつれる舌を強引に動かして、問い返した。
「……な、なぜ分かったんですか。私がサーヴァントではない人間だと」
「俺はなんでもできる大天才だが、傷を治す魔術には特に自信がある。医学が発達する前は呪術師なんかが病気の治療をしてたから、ある種魔術の本領ではあるがな」
「意外ですね。性格的にはどう考えても真逆なのに」
「黙ってろ。俺は人間もサーヴァントも治したが、両者の傷の治りは必ずしも同じじゃない。サーヴァントは言っちまえば魔力の塊だからな。その上でおまえが人間だと判断した」
サーヴァントは魔力で肉体を構成しているため、人間と同じように体温があり、傷付けば血を流す。だが、肉体が魔力で作られている以上、同じ治癒魔術を掛けたとしても実体の肉を持つ人間と比べて差異が生じる。
それは微細な違和感。気にも留めないような感覚だったが、数々の人を治した経験と妙なところで細かい性格がべディヴィエールに災いしたのだった。
ノアは懐に手を入れ、続けて言う。
「おまえが抱えてる事情も見当はつく。俺は寛大だ、やりたいようにやらせてやるよ。だが、その体でサーヴァントと戦うなら準備が要る」
ルーンが書きつけられた護符を押し付けるように渡す。べディヴィエールは義手でそれを受け取ると、深く俯いて全身をわななかせた。
「私の罪のせいで貴方がたにここまで気を遣わせてしまうとは……謝罪の余地しかありません。あ、こんなところに都合よく縄が……」
「うわー! ストップストップ! その縄はそういう使い方をするものじゃないですから! 輪っかにしたら駄目ですよ!」
「ネガティブなのはペレアスで十分なんだよ! 円卓はこんな奴らばっかりか!?」
聖都中央、獅子王の居城。
その一室にて、六人の円卓の騎士が一堂に介していた。
空気が斬れ味を帯びるほどに張り詰める。円卓を囲む騎士たちに言葉はなく、鋭い眼差しだけが飛び交っていた。そんな静寂を打ち破ったのは、燕尾服を着た片眼鏡の男───ラモラック。
彼は組んだ両足を卓上に載せ、銀の柳眉を歪める。
「円卓がたった六人になるとはな。つまらん。ガヘリスやパーシヴァルは……ああ、貴様らが殺したのだったか。せめて半殺し程度に留めておいてくれれば、話し相手には困らなかったものを」
視線が射抜くのは、赤い長髪の騎士。彼の両眼は二度と開くことがないように閉じられていた。ラモラックは憂いと失意に塗れたその顔を指して、
「我が友トリスタンもこの調子だ。目を潰し、生来の人格すらも変えてしまった。なんと律儀で繊細な男よ、かつての仲間を殺した程度でこうなってしまうとは。おれは悲しい」
言葉とは裏腹に、声音と顔色は喜色に満ちていた。
円卓の騎士が数を減らしたのは十字軍との戦いによるものではない。獅子王に召喚されたその時、彼らは殺し合ったのだ。
獅子王に味方する者と、獅子王を否定する者同士で。
モードレッドは獰猛に牙を剥き、身を乗り出す。
「トリスタンはオレたちと違ってお優しかったからな。理解なんてできねえし、する必要もねえ。───ああいや、もう一度てめぇを殺せば少しは感傷ってやつも出てくるか?」
「貴様がおれを殺す? ククッ、構わんぞ。ガウェインとアグラヴェインも連れてくると良い。ガヘリスはここにはいないがどうする? 墓でも掘り返してくるか?」
「…………オレに殺れねえとでも思ってんのか」
殺気が満ちる。
両者はまるで対極。怒りを隠しもしないモードレッドと、微笑が仮面の如く貼り付いたラモラック。二人の激突は避けられないように思われたが、太陽の騎士の一声がそれを打ち消した。
「───やめなさい。ここは王の居城、剣を抜くなどあり得ない」
「そこな問題児の言葉を本気で受け止めている。その時点で器が知れるぞ、モードレッド」
太陽の騎士ガウェインに続いたのは、黒い甲冑の男。切り立った目つきと厳めしい面構えをした彼は冷たい瞳をラモラックに向ける。
ラモラックは笑い、大げさな仕草で顔を背けた。
「やめてくれ、アグラヴェイン。おれ如きが問題児などと言われては困る。モードレッドやランスロットに比べたらな」
「口の減らねえ野郎だ。遊び相手がいなくて寂しいのか?」
「そうかもな、モードレッド。おれは寂しい。ペレアスのように打てば響くやつはいないものか……あいつは良い玩具だった」
「そりゃあ残念だったな。あの色ボケ野郎ならオレが番外位の席ごと追放した。誰かが円卓を割ってくれたおかげですんなりいったぜ」
モードレッドの目線がランスロットに飛ぶ。
裏切りの騎士ランスロット。王妃との不義に始まり、仲間をも手にかけた騎士はモードレッドの言葉と瞳を黙って受け入れる。
その様を見て、アグラヴェインは小さく息を吐いた。
「……本題に入る。モードレッドの偵察によって山の民の拠点が割れた。エジプトとの不可侵条約がある今、山の民だけが王を脅かす勢力だ。聖都の防衛としてガウェインを置き、残りの全軍で奴らを叩く」
ラモラックは笑みを深め、トリスタンへと顔を傾ける。
「ふむ、これは盛大な祭りになりそうだ。非戦闘員はどうする? 捕らえて聖抜にかけるか?」
「否、根絶やしがよろしいでしょう。人の恨みは禍根を残します。何より、女子供といえど聖都に仇なす王の敵……見逃す理由などありはしない」
そう言うトリスタンの声音に温度は存在しなかった。鋼のような冷徹さだけが彼の心を物語る唯一の手掛かりだ。
以前の彼とはまるで正反対。昔のトリスタンを知るラモラックは友の変わり様に、喉を鳴らして目を細めた。
アグラヴェインは頷き、変わらない調子で告げる。
「然り。トリスタンの言葉通り、此度の戦いにおいて敵にかける慈悲はない。根切りだ。兵にもそれを徹底させろ」
「ハッ、言われるまでもねえな。王の威光を理解しない愚か者にくれてやるのは死くらいなもんだ」
不敵に笑うモードレッド。根切り……皆殺しの提案に反対する者は誰もいなかった。ガウェインは面を伏せ、話し合いを行方を見守るに留めるのみだ。
ランスロットは強張った表情で言い放つ。
「待て、それを決めるのは早計にすぎる。敵とはいえ、中には聖都に導かれるべき魂も存在するはずだ。彼らを聖抜無しに殺すというのは王の目的に反するのではないか」
直後、空気が固まる。
殺意にも等しい冷気。アグラヴェインの鉄面皮の下からは、覆い隠せぬ感情が溢れ出していた。
最初に口を開いたのはモードレッドだった。室内を埋め尽くすかの如き哄笑を轟かせ、叛逆の騎士は言い返す。
「いいか、聖都に導かれるのは罪の穢れ無き純白の魂───王という絶対の正義に歯向かう敵対者にそんな資格があると思うか?」
「それを決めるのは王であるはずだ。無闇に命を奪うなど、正しい騎士の在り方とは言えない!!」
「───貴様が、騎士の正しさを語るか」
ずぐり、と。腹の底を突き刺し、心の奥に硫酸を流し込むような。痛みすら帯びた重い言葉が、アグラヴェインの口から這い出した。
「王の敵は我らの敵だ。騎士とは王の手足だ。それ以上でもそれ以下でもない。無闇に剣を振るい、闇雲に殺せ。それ以外は求めない。求めてはならない」
「それではまるで、傀儡だ……!!」
「そうだ。それのどこに問題がある。傀儡に徹し切れなかった貴様に最も必要なことだろう。それともまた刃を向けるか? 過ちを繰り返す恥知らずの汚名を避けぬならば、そうすれば良い」
「────貴様!!」
その時、彼らが取り囲む卓に深い亀裂が入り、真っ二つに裂ける。
それを成したのはランスロットでもアグラヴェインでもなく、ラモラックだった。彼は卓上に足を載せた姿勢から踵に力を込めただけで、これを破壊してみせたのだ。
くつくつと愉快げに笑みを広げ、ラモラックは立ち上がった。
「おれが一番嫌いなことは他人の喧嘩を傍観している時だ。割り込みたくなってしまうからな。という訳で、おれはどちらから先に殴ればいい?」
「……座りなさいラモラック。そこの二人は既に、貴方のせいで萎えています。おかげで、とは言いませんが、この弓を使う事態にならなかったことに関しては感謝しましょう」
「──ククッ! そうか、それは勿体無いことをした。我ながら堪え性がない。モードレッド、この机を片付けておけ」
「ふざけんな、てめぇがやれ!」
急速に弛緩した雰囲気を引き戻すように、アグラヴェインが言う。
「配置は追って伝える。すぐに部隊をまとめて準備しろ」
そして、円卓の騎士たちは次々とその部屋を出ていく。トリスタンが扉を開けようとすると、ラモラックは彼の肩を掴んで引き止める。
「トリスタン、頼みがある」
その顔は、どこまでも微笑に満ちていた。
カルデア一行が山間の村に到着した二日後。
呪腕のハサンと百貌のハサンを加えたEチームは初代山の翁がいるというアズライールの廟の前にいた。険しい山の間にあるこの寺院に着くため、彼らは二日の時間をかけて山を歩いた。ダ・ヴィンチやべディヴィエールなどの他の面子は村の守りとして居残りになっている。
寺院は重厚な石造りをしており、きらびやかで華美な印象は全くと言って良いほど存在しない。入り口から流れ出して来る空気はひんやりとして、否応なしに冥界のそれを想起させた。
廟としては簡素ながらも、漂う雰囲気は厳然そのもの。決して贅を凝らした装飾のみが美しいのではないと分かる見た目だ。
燦々と照りつける太陽の下、マシュは身の丈ほどの巨大なしゃもじを肩に担いでいた。
「それでは『突撃! 隣の昼ご飯』特別編、アズライールの廟からお送りいたします。聞くところによると、初代山の翁とはハサンを始末するハサンなのだとか。そんな人がどんなものを食べるのか、非常に興味深いですね」
「それじゃあ早速突撃しよっか。お邪魔しま」
意気揚々と踏み込もうとした立香の言葉を遮るように、百貌のハサンが怒号を飛ばす。
「いやちょっと待てェェェ!! そんな奇っ怪な板を持って突撃するアホがどこの世界にいるんだ!? 不敬にもほどがあるぞ!」
「百貌さん、今のはヨネスケさんへの侮辱と受け取って構わないですね? 確かにあの人は見知らぬ家庭の晩ご飯にあやかるようなプライドの欠片もない人ですが、巨大しゃもじを背負い続けてきた屈強な男でもあります」
「それはしゃもじというにはあまりにも大きすぎた。大きく、分厚く、重く、そして大雑把すぎた。それはまさにしゃもじだった───」
「結局しゃもじじゃない! 巡り巡ってしゃもじに帰ってきてるじゃない!」
なぜか自分のことのように絶望するジャンヌ。呪腕のハサンは髑髏の仮面を貫通するほどの冷や汗を噴出させる。
「あの……本当に洒落でなく私の首が飛びそうなのですが。大丈夫ですか。こんな形で退場するとか流石のハサンも遠慮願いたいというか……どこぞの金ピカや腹ペコ蟲少女にやられるならまだしも」
「日本では他人の家にお邪魔する時は巨大しゃもじを携えていくのが一般的なんじゃないですか? ヨネスケなる人物はきっと日本の国民的英雄なのでしょう」
「あいつは世が世なら托鉢僧として活躍できただろうな。『しゃもじ持って突撃したらタダ飯食えた件〜おかわりなんて言われてももう遅い〜』 みたいな感じで」
「ノア、お前の発言の節々からヨネスケへの敬意の無さが見て取れるんだが!? もう少し尊ぶフリくらいしてみせろ!」
ペレアス渾身のツッコミも虚しく、ノアたちはぞろぞろと霊廟の中に突入していってしまう。ハサン二人は渋々その後を追った。
石造りの寺院は特に変わったところはなかった。が、そこに入った途端、鉛の膜を被せられたような重圧が襲い来る。
生命が、魂が、全存在がここにいることを拒んでいるかのような感覚。ダンテは身震いして辺りを見回した。
「な、なかなか雰囲気がありますねえ。なんとなく地獄の空気に似ている気がします」
「『計器は特に異常を示していないのですが……今までの経験からして、嫌な予感しかしないですね』」
「ええ。初代ハサンというのはどういうお人なんですか? 教団を監視し、教主が衰えた時に始末しに来るそうですが」
「初代様はある意味死の化身のようなお方だ。武器や技で人を屠る我らなど、初代様からすれば未熟も良いところだ。何しろ、あの人は刃を振るう標的の運命を殺す」
百貌のハサンが言い終わると、Eチームは顔を見合わせた。運命を殺す、とはすなわちどうあがいても逃れられぬ死を与えるということだろう。
マシュは無表情で言う。
「……もう初代様だけで良いのでは? 運命を殺すなんて言われたら、獅子王もイチコロでしょう」
「今回の特異点も長かったね。次回で最終回かぁ……」
「待てそれは困る! まだ嫁にも会ってないのに!」
「───然り。魔術の徒……汝らの旅路は未だ途上、我が剣の振るわれる時ではない」
不意に響く声。瞬間、ハサン二人は即座につくばった。暗殺教団の長が捧げる最敬礼。それに値する人物はひとりしかいない。
初代山の翁。対象の運命を殺すという、およそ暗殺者の頂点に位置するかの如き力を誇る真のハサン。その声だけで、一行を取り巻く重圧は遥かに増加する。
未だ姿を現さぬ彼に、マシュは堂々と立ち向かった。
「突撃隣の昼ご飯です! 名高き初代山の翁様とお見受けしますが、ずばり好きな食べ物はなんですか!?」
「…………」
「やめてェェェ!! 初代様困ってるから! 本当に冗談でなく私の首が飛びますから! 初代様はそういうのを超越した存在だから答えるはずが───」
「暗き死こそが我が馳走。振る舞う側だがな」
「答えちゃったよ! しかも暗に殺すって言ってるよ! やるならどうか私ひとりの命でご勘弁を!!」
喚き立てる呪腕のハサンを咎めるように、百貌のハサンは視線を送る。
「やめろ、初代様の前で見苦しい。自分のキャラをしっかりと保て」
「むしろそれだけ冷静な方が疑問なのですが……?」
「───ふっ。諦めたのさ、何もかもをな」
「先に諦めるなんてずるいですぞ! せめて共に汚名を被って死にましょう!」
ノアは半狂乱になっているハサン二人の口を後ろから手で塞ぐと、姿無き初代ハサンを望むように虚空を見つめた。
「単刀直入に言う。俺たちに手を貸せ」
「『……ノアくん、大人の交渉っていうのは自分の要求を伝えるだけじゃなくてね?』」
「ロマンの言いたいことは分かるが、この人相手に腹の探り合いが通用すると思うか? こういうのはずばりと物を言った方が楽だ」
ペレアスはそう言って、ノアの頭を強制的に下げさせた。姿も見せていない初代ハサンだが、Eチームはとうに痛感していた。彼は今まで会ったどの英霊よりも異質であると。
最強、などと陳腐な言葉は似合わない。彼とはきっと戦いにすらならないからだ。武器を振るい鎬を削り合う───そんな真っ当な戦いの概念とは、明らかにかけ離れている。
初代ハサンはこの場の誰に向けた訳でもなく、独り言のような調子で呟く。
「因果が捻じれている。獅子王の軍勢と一度も刃を交わさずに此処に辿り着いたか、魔術の徒よ。晩鐘の音が遠退いていく……告死の剣、振るうべきは母なる獣でなく、楽園に潜みし天魔の王か」
「おいおい、おまえも意味深なこと言って去るクチか? そういうのはオティヌスの野郎でうんざりだ。老人の独り言は───」
その言葉が最後まで紡がれることはなかった。呪腕と百貌、二人の肘が跳ね上がり、ノアの顎を打ち据える。ノアはカエルの死体をひっくり返したみたいな格好になり、ぴくぴくと痙攣を繰り返した。
ハサンたちが跪こうとしたその時、大剣のひと振りが彼らの眼前を薙いだ。
「「ッ───!!」」
「呪腕、百貌。浅ましくも我が助勢を請う驕傲、今は赦そう」
彼はその五体を露わにしていた。
人々が思い描く死神の典型。漆黒の外套を纏う骸がそこにいた。ひとつ異なるのは彼が持つ得物。命を刈り取る鎌でなく、分厚い一本の大剣を携えている。
彼は確かにそこにいる。だというのに、瞬きをしたらその姿を見失ってしまいそうなほどに隠形が染み付いていた。
「魔術の徒よ、我が力が欲しくば答えよ。汝らの信念が魔術王の首を刎ねるに足るか、此処で見極める」
「『……あの、ちなみに答えがお眼鏡に適わなかったら?』」
「示す必要があるか、魔術師」
「『まっっったくありません!!!』」
「毎度のことながら、ヘタレですねドクター」
マシュは肩を落とした。ロマンとて好きでヘタレなのではない。魂の芯からヘタレなのだ。付け加えれば、彼はEチームの存在証明等々雑務をこなしているのだが、あまり目立たない地味な仕事である。
ノアは何事もなかったかのように起き上がると、調子を確かめるために首を鳴らした。
「ロマンのアホのどこが魔術師なんだっつう話ではあるが……藤丸、おまえが答えろ」
「なんで私!?」
「私は文句ないわ。立香の答えなら斬られても納得できるし」
ダンテとペレアス、マシュはジャンヌに同意して頷いた。
「ノアさんはアレなので立香さん一択ですねえ。大丈夫です、こういうのは大抵何とかなりますので」
「わたしも先輩なら安心です。リーダーとは天と地の差です」
「だな。ばーんと答えてやれ!」
立香は腕を組んでうなり声を上げる。
そうは言われても、大層な信念なんて持っていない。あるのは小さな願い。それも素朴で、意外性なんて全くない願望だ。
だとしても、それで良いのなら。
彼女は真っ直ぐな瞳で答えた。
「もう誰も失いたくない、それだけです。つまらない答えかもしれませんけど、これ以外思いつきません」
それを、数多の命を奪い続けた男はどう受け止めたのだろう。
彼は大剣の柄を音が立つほどに握り締めた。
「何故自分の願いを卑下する。それなるは汝が掴んだこの世で唯一の宝であろう。然らば───」
切っ先が石の床を抉る。大剣を地に突き立て、彼は命ずる。
「───それを貫き通してみせよ。青臭い願望も貫き通せば究極の一と転じる」
「それじゃあ……」
「砂に埋もれし知識の蔵。アトラス院を目指せ、魔術の徒よ。其処で汝らは人理焼却の因果を知り、その先に待ち受ける災いの兆しを見るだろう。それが叶った時、我はこの剣を振るおう」
「……その先だと?」
ノアは訝しんだ。その先という言葉が示すのは人理焼却の末に起こる出来事なのか、もしくはこの事態を収めた後に起こる出来事なのか。どちらにせよ、聞き逃すことはできなかった。
初代ハサンは蒼き炎のような瞳をノアに向け、静かに述べる。
「遥か北欧、白き神の名を冠する者よ。その手に在りし黄金の枝が何を撃ち抜くべきものか、ゆめ忘れるな」
そして、彼はその場を去った。
去った、という表現が果たして適切かは分からない。ただ姿を消しただけでそこにいるのかもしれないし、現世ならざる幽世に還ったのかもしれない。
それを知覚する術を持たない一行には、答えがどうであろうと詮無いことだった。彼らは強張った体を引きずって廟の外に出る。
ハサンたちは重たい息を吐きだして、地面にへたり込んだ。
「あれ……生きてる……ナンデ……?」
「あの世の景色って現世と変わらないんですな……」
「
「根性がねえな。仮にもハサンだろうが」
「私は二人の気持ちが痛いくらいに分かりますよ! あの人の前に立ってたら、どっと疲れが……」
立香の精神的ダメージもかなりのものであった。生ある者が死の化身と向かい合ったのだから、その疲労は当然と言えるだろう。
マシュは手持ち無沙汰になった巨大しゃもじを廟の壁に立てかけながら、
「ここからまた二日かけて帰るのですが……わたしも憂鬱になってきました。せめてこのしゃもじは廟に供えておきましょう」
「初代様の廟にゴミを置いていくな」
「用事も済んだことだし、オレたちはすぐに戻るべきじゃねえか? 村も心配だしな」
村にいるべディヴィエールに通信機を持たせてはいるが、敵の襲撃を受けている可能性は常につきまとう。対抗馬としてはダ・ヴィンチの暴走が考えられるが、一行は深く考えることはしなかった。
ダンテはペレアスの言に首肯する。
「いやあ、飛行機が欲しいですねえ。空をひとっ飛びして目的地に行けるなんて、まさしく夢の機械ですよ」
「こんな時に願望を垂れ流してどうするのよ。空を飛ぶなんて便利な手段があるはずないでしょうが」
「あるぞ」
言い放ってみせたのはノアだった。場の視線が一気に集まり、彼は空中にルーンを描いて見せる。
「戦士の魂を運ぶワルキューレの伝承を参考に原初のルーンを派生させてみた。これを使えば目的地までひとっ飛びだ」
立香はにっこりと笑って、
「最高じゃないですか! タケコプター的なやつですよね!?」
「いや、カタパルト的なやつだな。もっと言えばミサイル的ですらある」
「あ、やっぱりいいです。みんな、徒歩で帰ろっか」
「ここまで話を聞いといて使わないなんて選択肢はねえなァ!! おまえら全員俺の魔術の実験台だ! 覚悟決めろ!!」
「というかワルキューレが飛んでいく先ってヴァルハラですよね!? 思いっ切り死後の世界ですよね!? 嫌な予感しかしないんですけど!!」
直後、立香の嫌な予感は的中することになる。
ふわりと内臓が浮き上がる感覚。天地の上下が喪失し、吹き付ける豪風と疾走感が思考の自由を奪う。そして、襲うのは急激な落下。ジェットコースターを遥かに凌駕する高低差への下降に苛まれ、気づくと両手両足が地面に触れていた。
恐る恐るまぶたを開く。視界に映し出されたのはハサンの村の光景だった。どうやら移動自体は上手くいったらしく、体には傷ひとつついていない。
「よし、実験大成功だな。俺の才能が留まることを知らなすぎて恐ろしい……」
が、そんなことでこの悪行が許されるはずもなく。
マシュとジャンヌ、ペレアスに加えて二人のハサンがノアに飛びかかった。彼らが一通りノアをタコ殴りにしていると、妙に焦った顔のべディヴィエールが走り寄って来る。
「皆さん、どうしたのですか!?」
「ノアのアホがオレたちを空高くぶち飛ばした。こんなことなら普通に二日歩いて帰ればよかった」
「そうならそうと言えよ」
「お前が! 話を! 聞いてねえからだろ!!」
「……いえ、もしかしたら正解かもしれません」
ノアたちはべディヴィエールの言葉に疑問を覚える。それと同時に、陶器が割れたような音響が鼓膜を揺らした。
「チッ───襲撃か、ノア!?」
「ああ、これは確かに正解だったかもな」
先日、ノアが仕掛けた結界。その警報装置が作動した証であり、村をドーム状に覆う魔術防壁が展開される。
その直後に、目も眩むような赤き雷が上空より降り注ぎ、天蓋が砕け散った。その雷は防壁を砕いてなお勢いを止めず、村の中心に突き刺さった。
湧き上がる絶叫。鼻腔を貫く血と肉の焦げた匂い。散らばった死体の中心にいる騎士の顔を視認して、立香は叫んだ。
「───モードレッドさん!?」
「気安く名前を呼ぶんじゃねえ。だが、この名を覚えることは許そう。王の威光とともに我が名を刻みつけて死ね!!」
叛逆の騎士、モードレッド。かつてロンドンの地で共に戦った騎士は、あらん限りの敵意と戦意を以って立香たちを睨みつけた。
ペレアスたちサーヴァントは咄嗟に武器を構えて前に出る。この場に限るなら数は圧倒的に有利。モードレッドといえど、敗色は濃いだろう。
しかして、運命はそれを許さない。
破れた天蓋より、燕尾服の男が舞い降りる。
執事風の服装に似合わぬ刺々しい籠手を両腕に纏い、彼は破顔した。
「なんと、これは当たりも当たり、大当たりだ!! 旧知の仲間が二人もいるとはな! おれは寂しかったぞ、是非とも慰めてくれ───ペレアス、べディヴィエール!!」
「よりにもよってアンタかよ───ラモラック!!」
不退転の騎士、ラモラック。
彼の笑みは圧倒的な数の差を前にしても、揺らぐことはなかった。