自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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第49話 騎士が捧げる王への献身

 モードレッドとラモラックがハサンの村を襲撃する一刻前。

 山中に築かれた陣の中で、アグラヴェインとモードレッドは先行させていた斥候の報告を受けていた。敵の陣地を攻める際の情報収集は何よりも重要だ。それはどんな英雄の戦であっても変わらない。

 斥候からの報告を聞き終え、モードレッドは小首を傾げた。

 

「───紙切れがついた縄が張り巡らされてる? なんだそれ」

「内界と外界の仕切り、結界だ。既に発動している結界を気取られずに掻い潜る術はこちらにはない。これで奇襲は不可能になった」

「力押しか。いいじゃねえか、オレはそっちの方が性に合ってる」

「……陣触れを出す。先陣を切れ、モードレッド」

 

 奇襲が効かないと分かった以上、思索に時間を掛けるのは愚策だ。相手がこちらに気づいている場合、対応する隙を与えることになってしまう。

 アグラヴェインとモードレッドはそれぞれ自らの配下を率いて出撃した。もはや襲撃を察知されることは確定している。彼らは陣形を組みつつ結界の手前まで接近する。

 その時、ひとりの先客が目に入る。アグラヴェインは鉄面皮を歪め、呪いを吐くように言葉をこぼした。

 

「なぜ……貴様がここにいる。ラモラック!」

「そう無碍にしてくれるな、アグラヴェイン。皆まで言うな、持ち場を離れたことを咎めているのだろう」

「分かってんならとっとと戻りやがれ。部隊の指揮まで放り出しやがって、それでも円卓の騎士か?」

「おれの部隊の指揮ならトリスタンに任せた。持ち場は同じだったからな。これは言うなれば我らのため───共に戦い、友誼を深めようではないか」

 

 アグラヴェインは奥歯を噛んだ。

 これは苛立ち。生前、ラモラックに抱いていた黒い感情。死後に英霊となった今もなお火種として残り続けていた憤りに、新たな燃料が注がれていく。

 彼の言葉は何もかもが胡散臭さに満ちている。そんなものが通ると思っているふてぶてしさも、常に自信と微笑に満ちた顔も、何もかもが憎らしい。

 脳裏をよぎる、醜悪な魔女の存在。それにつきまとうのはいつだって、ラモラックの笑みと喉を鳴らす音だった。

 ───そう、だからこそ、私はこの男を殺したのだ。王の利にならぬと知っていても。

 

「仲良く肩を並べて戦えと言うのか、貴様は。生前の因縁を忘れた訳でもあるまい!」

「生前のことは水に流そう。我らは人間だ。愛し合いもすれば殺し合いもする。それとも、まだ貴様らはあの女に囚われているのか?」

「てめぇがそれを言うのかよ、色ボケ野郎その二。死んで女の趣味も少しは変わったか、ラモラック」

「答えてもいいが、下世話な話になるぞ? 戦いの前に士気を下げることになってしまう。騎士としてそれはあまりにもな……」

 

 くつくつとラモラックは喉を鳴らした。

 その音がアグラヴェインの心臓をざわつかせ、苦い感情を沸き立たせる。彼はぶつりと唇を噛み切り、熱くなった頭を痛みで冷ます。

 一口に円卓の騎士と言っても、その性質は十人十色だ。文官としても傑出しているアグラヴェインは事実上の最高責任者だが、それぞれの階級は同等。作戦立案までは彼が描いた図絵の通りに進んだとしても、指揮権はそれぞれの現場と部隊で独立している。

 ラモラックがトリスタンと合議して加勢に来たというなら、アグラヴェインにそれを無理やり断ることは難しかった。

 

「貴様が我が方の加勢に来たことは了解した。それならば、貴様は私の指揮下に入ってもらうぞ。共に戦うと言ったのだ、文句はあるまい」

 

 この男は見透かそうと躍起になればなるほど泥沼にはまる。

 奴にかける時間すらも煩わしい。ラモラックが何を企んでいようが、自らの手駒として利用する。アグラヴェインはそう肚を決めた。

 ラモラックは恭しく胸元に手を当て、小腰をかがめる。

 

「かのアグラヴェイン卿の采配の下で戦えるとは、恐悦至極。この命、如何様にでもお使いください」

「…………この結界はおそらく半球状に展開される。モードレッドに続いて上空から村を攻めろ。少しは不意を突けるだろう」

「了解した。では」

 

 ラモラックは背面の縄に右手の甲を当てる。ばちりとした衝撃が走り、耳を劈くような高音が鳴り響いた。薄水色の魔力障壁が村をすっぽりと収め、ラモラックとモードレッドは同時に宙へと飛んだ。

 結界の天蓋が赤雷によって破られたのを確認し、アグラヴェインは全軍へ命令を下した。

 

「───行け」

 

 鬨の声が森を揺らし、聖都の騎士隊が突撃する。

 如何に巧緻な結界があろうと、内部にモードレッドとラモラックという毒を抱えた敵を滅するのは取るに足らない。外から小突けば簡単に倒れる相手だ。

 しかも、アグラヴェインが操る兵にはサーヴァントにおけるバーサーカーのような狂化が付与されている。連携によっては英霊も相手取れる実力だ。彼らを一糸乱れぬことなく統率する、それがアグラヴェインの強さだった。集団として見れば、円卓最強のランスロットにも引けを取らないだろう。

 結界の破壊も時間の問題。敵勢が集結するまでに済むだろう。そう思った矢先、彼らの頭上に薄暗い影が降りる。咄嗟に空を仰ぎ、目に飛び込むのは太陽を背に滑空する機械───オーニソプターと呼ばれる、鳥のように翼を羽ばたかせる航空機であった。

 機体の背の上にはひとりの女性。腕を組み、大地を睥睨する。

 

「孫子曰く、城攻めはやむを得ず行う最後の手段である! 準備に手間取って仕方ないし、下手に突っ込めば多数の兵を失うからね。……ん? 城なんかないだろって?」

「…………」

「そんな君たちに特別にお見せしよう、ダ・ヴィンチちゃんお手製の城壁を!!」

 

 ダ・ヴィンチは左手の指をぱちんと弾く。

 地響きが起こり、土が盛り上がる。石造りの防壁が地面を割って現れ、村を取り囲んだ。ノアたちが村を留守にしていた間に造り上げた仕掛けであった。

 この状況で唯一全ての戦況を見渡す存在であるロマンは、仕掛けの規模に若干辟易しながらも褒め称える。

 

「『良いぞ、腐っても流石は万能の天才! これでかなり余裕ができる! モードレッドとラモラックを倒すまでなんとか持ち堪えてくれ!』」

「いやあそれは難しいんじゃないかな? だって壁用意しただけだし。矢なり石なりで迎撃しないと、城壁と言ってもただのアスレチックだよ」

「『最悪じゃないか!! ここで敵に攻め込まれたら数で押されて一巻の終わりだぞ!』」

「───それをさせないために俺がいるんだろ?」

 

 その時、無数の矢玉が空を埋め尽くす。

 それらは弧を描いて地上の軍勢に襲い掛かる。突風を伴い、木を砕いて地を削る矢の雨は狂化が施された兵を次々と撃ち抜いていく。

 アグラヴェインは剣を抜き放ち、自分を狙う矢を切り落とす。その目が睨むのは城壁の上、深紅の弓を手にする男の姿。彼は矢を番えることなく、弓の弦を弾いた。

 だというのに矢は撃ち出され、兵の頭を貫く。彼の弓には装填の隙がない。自らの魔力を手元で矢に換えることで、弓術の常識を嘲笑うが如き連射を可能としているのだ。

 彼は突き上げるような声で言った。

 

「我が名はアーラシュ! 俺がいる限り、ひとりもここを超えられると思うな!」

 

 ここに立つは、かつて究極の一矢を叶えし救世の勇者。

 一騎で一軍を優に滅ぼす技量の持ち主。想定よりも遥かに高い壁を前にして、押し寄せる兵士の波は急速に鈍りつつあった。

 アーラシュの射撃はひとつひとつが下級宝具に匹敵する威力を持つ。盾で防ぐ、木陰に隠れる……全てが一切の無為。彼の千里眼は瞬時に敵の位置と急所を見抜くことができる。

 山肌に倒れ、転がる死体が徐々に増えていく。それでも、アグラヴェインだけは顔色ひとつ変えることがなかった。

 

「……確かに、外からでは落とせぬな」

 

 彼の周囲に黒き鉄鎖が蛇群の如く展開される。鉄の戒めと呼ばれるその鎖は本来敵の捕縛用に使うものだったが、それらは味方である騎士の死体に絡みつく。

 鎖に縛り上げられた死体が、がちゃがちゃと音を立てながら前進する。まるで操り人形のように、ぎこちない動きでソレは駆動させられていた。

 これならば兵が死のうと関係ない。むしろ命無きモノになった分、体の一部が千切れようが細切れになるまで動くことができるだろう。

 そこに慈悲はない。キリスト教の教えでは肉体とはいつか来る審判の日に復活するための器だ。故に死体であろうと保存されねばならないが、アグラヴェインが信ずるのは神でも救世主でもなく、自らの主君のみ。

 王の騎士ならば、死した後をも王に捧げよ。

 数いる円卓の騎士の中でも、アグラヴェインだけが取れる非情の戦術。彼は傍らの部下に囁くように伝えた。

 

「作戦変更だ、時間を稼ぐ。あの弓兵と女を釘付けにしておけ。私は暫し退がる」

「モードレッド卿とラモラック卿との挟撃が整うまで……ですか?」

「否、聖罰を要請する。王の手を煩わせることになるが、それだけの価値があると判断した。連絡を終えて戻ってくるまでこの場を保たせよ」

「はっ、了解致しました!」

 

 そして。

 ここからは、誰にも告げられぬ本音だった。

 

(ラモラック……貴様も王の光に裁かれるのなら本望だろう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 村内、中央部付近。

 上空より結界を破り侵入したのは、たった二人の騎士。ラモラックとモードレッドだった。しかし、彼らはともに円卓に名を連ねたその時代有数の実力者。聖都の騎士では足手まといにしかならないだろう。

 サーヴァントの数で言えば圧倒的に不利な状況でありながら、二人に萎縮や恐怖は全く存在しない。その顔貌には戦いの高揚があるのみだ。

 ラモラックは鞘に納めた剣を担ぎ、横に頭を傾けた。

 

「ふむ、思っていたよりも数が多いな。共闘といくか? モードレッド」

「てめぇと息合わせて戦えってか? 冗談じゃねえ。オレたちはここの人間を全員殺るために来たんだろうが、あいつらに構ってる暇はねえ」

「そうか、残念だ。おれひとりで彼らを相手取らねばならんとはな、骨が折れるぞ。比喩ではなくな」

「そういうことは気持ちの悪い薄ら笑いをやめてから言いやがれ」

 

 モードレッドはラモラックの肩を叩き、村の東側へと一直線に跳んだ。魔力放出を利用した跳躍は銃弾のように速く、一瞬で姿が見えなくなってしまう。

 即座に反応したのは呪腕と百貌、二人のハサン。この村を守る者として、モードレッドの行動は何よりも見過ごせなかった。

 

「おのれ、村人を狙うとは……奴を止めるぞ! 呪腕の!」

「うむ。ここは任せますが、よろしいですかな」

「アサシンのおまえらがモードレッドと正面切って戦うのは分が悪い。誰か真っ向勝負できるやつを連れていけ」

 

 べディヴィエールはノアの提案に同意する。

 

「それでは、私が。モードレッド卿の戦い方は知っているので、連携すればそう不利な戦いにはならないはずです」

 

 ノアはその目を覗き込むように見つめた。

 べディヴィエールは人間だ。肉体を魔力で構成するサーヴァントとは異なり、都合よく怪我を治すことは難しい。

 だが、それは彼も望むところ。べディヴィエールの瞳に潜む覚悟の強さを感じ取り、ノアは小さく頷いた。ペレアスはそれに続いて笑いかける。

 

「無理するなよべディヴィエール! 死んだら何もねえぞ!」

「ええ、ペレアス卿も気をつけてください!」

「───悪いが、それを見過ごす訳にはいかんな」

 

 土が爆ぜ、ラモラックは矢のように飛び出す。

 剣を抜くとともに鞘を打ち捨て、狙うはべディヴィエールの背中。しかし、刃の間合いに届く前にその進撃は止まることとなる。

 火竜の息にも等しき熱線の射出。白く輝く熱線は呆気なくラモラックに直撃し、炎の渦に巻かれてその姿は覆い隠される。ジャンヌは旗の石突で地面を叩いた。

 

「ふん、アンタこそそんな見え見えの突進を私が見過ごすとでも思った? 消し炭になりなさい」

「さすがジャン───」

 

 立香(りつか)が表情を晴らしたのとは対照的に、ペレアスは青ざめた顔で彼女の言葉を遮るように叫んだ。

 

「───まずい、跳ね返りが来る!! 防げマシュちゃん!!」

「な、なんだかよく分かりませんが防ぎます!」

 

 マシュは言われるままに最前方へと移動し、盾を構える。

 燃え盛る炎の中からくつくつと喉を鳴らす笑い声が響く。火炎は急速に勢いを失い、吸い込まれるように消えていった。

 炎が渦巻き、呑まれていく先はラモラックの前方に展開された半透明の盾。血に濡れたように赤いその盾は、ジャンヌが放った炎を余さず取り込んだ。

 

「竜の息吹にも匹敵する威力……素晴らしい。良い仲間を得たな、ペレアス」

 

 ラモラックは口の端を引き裂いたように笑む。

 赤盾が目も眩むような閃光を発し───

 

「『我が驍勇の前に敵は無し』(キャバルリィ・オブ・フェイス)

 

 ───熱線を解き放った。

 豪と唸る炎の一撃はまさしくジャンヌのそれと相違なく。

 大気を焼き、地を焦がして突き進むそれは、マシュの盾に当たってその進撃を止める。

 盾一枚を隔てた先は焦熱地獄。真っ向から受け止め続ければ、その余波が村を焼くだろう。彼女は背中を反らして盾を斜めに引き、上空へと流した。

 ジャンヌの頬に一筋の汗が伝う。

 

「私の炎を吸収して反射した……アレがラモラックの宝具ってわけ? ペレアス」

「そうだ。あの盾に当たった攻撃はそっくりそのまま跳ね返る。しかも実体化するのは攻撃を受けた時と返す時だけだ。アイツ以外の目には見えない」

「赤き盾の騎士。その異名に恥じぬ宝具ですねえ。いささか真っ当なモノには見えませんでしたが。あ、とりあえず強化はかけときますね」

 

 左手で文字を綴るダンテの表情は強張っていた。

 攻撃を反射する。この上なく単純ではあるが、それ故に打ち破り難い能力だ。武術を心得ない彼であっても、その脅威は肌身に沁みて理解できる。

 ラモラックは艷やかな仕草で首を縦に振る。

 

「この盾は魔女が鍛え直したものだからな。貴殿が感じたように、外法を詰め込んだ代物に仕上がったのだろうよ。おれが知ったことではないがな」

「口数が多いわね。余裕ぶってるつもり?」

「いえ、見たところ完全に余裕な気がしますが」

「それよりも、魔女が鍛え直したってもしかして……」

 

 立香は半ば確信に近い疑問を抱く。

 かつて、ラモラックはとある悪習が根付いた城の騎士たちをひとり残らず打ち倒した。その悪習とは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というものだった。

 初めはパロミデスとディナダンという二人の騎士が挑もうとしていたところを押し退けて、ラモラックは城の悪習に終止符を打ったのである。

 その城の城主とは。

 マシュは盾を握る手に力を込めて答える。

 

「───モルガン・ル・フェ。魔女とはその人のことでしょう。あの盾がどことなく騎士狩りの鎧と似ているのがわたしの癪に障ります」

「貴女こそそんなものを盾にして冗談のつもりか? クラスはさしずめ道化師と言ったところか。ククッ! 貴様らしいなペレアス。何故教えてやらぬ、彼女の……」

 

 その瞬間、ラモラックの足元から火柱が立ち昇った。彼は足の裏に目がついているかのようにそれを躱し、微笑を深めた。

 土を火へと変化させる元素変換。ノアはゲンドゥルの杖を片手に、赤き盾の騎士を睨みつける。

 

「生憎、こっちはおまえとお喋りしてる暇はねえ。モルガンが手を加えた盾に興味はあるが、大人しく俺たちに殺られろ」

「ラモラック、アンタに恨みはないが……いや、数え切れないくらいあるが、とにかく死んでも文句は言うなよ。今のオレらは敵同士だ」

「フッ、何を今更当たり前のことを。それならば有無を言わさずかかってくれば良いだろう。随分と優しいのだな?」

「いや、リーダーが優しいとかは絶対にないですけど。こっちはEチーム勢揃いです! 勝てるとは思わないでください!」

 

 立香はびしりと人差し指を突きつける。ラモラックはステッキを扱うように剣を弄び、瞳の奥に暗い光を覗かせた。

 

「ああ、おれは貴様らのことが───好きになってきた」

 

 ゆらり。騎士の像が陽炎のように揺らめき、音もなく地面を踏み込んだ。

 立香の目には強化を以ってしても、その場から消えたとしか思えない速さ。否、単純に速いだけでなく、その踏み込みには尋常の世界では及びもつかない技量が秘められていた。

 背筋に悪寒が走る。マシュは獲物を前にした獣の如き殺気を感じ、遅れて目が気づく。

 目と鼻の先、盾を隔てた前にラモラックがいることに。

 彼が右肩に担いだ白刃が僅かに揺らぐ。思考を挟む余地もなく、斬撃に備えてマシュの体は動いた。

 薙がれる刃に盾を合わせる───その瞬間、マシュの左脇腹にラモラックの爪先が食い込み、彼女を大きく吹き飛ばす。

 

「かはっ……!!」

「反応は良いがまだ甘いな。こうもあっさりと引っ掛けに惑わされる」

 

 言いながら、振り向きざまに斬撃を放つ。

 甲高い金属音が鳴り響き、ジャンヌは旗の穂先を引き戻した。間髪入れずに振るわれる剣を凌ぎながら、彼女は舌打ちした。

 ラモラックの赤盾は前方しか防げないとはいえ、こうして相対した状況ではとてつもなく厄介だ。反撃をしようとも反射されるのなら、ただ敵の攻撃を耐えるしかない。

 近距離の一対一では無敵に近い能力。一度捕まれば抜け出せず、そのまま磨り潰されるのを待つのみ。だが、これは一対一でもなければ、ひとりで戦っているわけでもない。

 ジャンヌはラモラックの肩越しに切りかかるペレアスを確認し、旗を振りかぶった。前後からの挟み撃ち。相手がどちらに振り向こうと、必ず背に一撃を与えることができる。

 ラモラックはジャンヌに背を向ける。左手で旗の穂先を掴み取り、逆手に持ち替えた剣でペレアスの一撃を受け止めた。

 ぎしぎしと両腕を軋ませながら、赤き盾の騎士は二人の得物を押さえ込む。

 

「片腕で止めるなんて、どんな力してんのよ!?」

「貴女の旗を馬鹿正直に受け止めていたら、今頃おれの腕は粉々になっているだろうな。力を流し、操作する……貴様に教えてやったことだ、ペレアス」

「そりゃ感謝してるが、アンタのことはまっっっったく尊敬してねえぞ! 何回殴り倒されたか知らねえからな!!」

「懐かしいな。アレが青春と言うのだろう? よせ、柄にもなく面映い気分になってしまう」

「相変わらず人の話を都合よく解釈しやがって───!!」

 

 言い放ち、ペレアスが放った足払いをラモラックは悠々と躱す。距離が空き、ペレアスは仲間たちに言った。

 

「この人との戦い方はオレが一番知ってる! オレが打ち合うから、他は各自隙を狙って攻撃しろ!」

「それしかないみたいね……! まだいけるでしょう、マシュ!?」

「先輩に治してもらったので問題ありません! 騎士狩りに続いてわたしを馬鹿にしたあの人をボコボコにします!!」

「よし、行くぞ!」

 

 三人は同時に飛びかかる。ラモラックも呼応して構えを取り、剣を振るう。ペレアスと打ち合う最中でさえも、彼は顔も向けずにマシュとジャンヌの攻撃を捌いていく。

 全身に目がついている。そう言われても納得してしまうほどに、ラモラックの勘はずば抜けていた。連携が取れた三人を相手にして、未だにかすり傷負っていないのがその証拠だ。

 単騎で複数を相手取るサーヴァントなら今までにもいた。踵以外は無敵の体を持つアキレウスや十二個の命を宿すヘラクレス、不死性を有する英霊は数の差を物ともしない。

 けれど、ラモラックは不死ではない。

 ペレアスの、マシュの、ジャンヌの武器が急所に当たれば必ず死ぬ。

 ただの一撃。それが、どこまでも遠く果てしなかった。

 立香はその戦いを後方から眺め、焦りを覚える。四者が入り乱れる乱戦。下手な援護は逆に劣勢を招きかねない。

 

「なんですかあの人。あの三人相手にまだまだ余裕そうですよ!?」

「あいつの盾が問題だな。正面を警戒しなくていい分、余力を他のところに回せる。単純な守りの堅さだけならキリエライトと張るぞ」

「どうやら、あの逸話は伊達ではなかったようですねえ。この状況では最悪の相手かもしれません」

「……あの逸話?」

 

 ダンテはこくりと頷いて説明する。

 それは、円卓の騎士ラモラックの死に様。彼はある時、王の名誉のために向かった馬上槍試合で優勝し、その帰路で襲撃を受けて殺された。

 馬上槍試合とは一般的にはトーナメント制である。優勝者となれば、多くの相手を倒さなくてはならない。帰り道に就くラモラックは体力を使い、万全の状態ではなかったと思われる。

 彼を襲撃したのは四人。その四人はどれも、史に名前を残す強者たちだった。

 

「───ガウェイン、ガヘリス、アグラヴェイン、モードレッド。ラモラック卿はその四人と三時間戦った末に、ガウェイン卿に背を打たれて死んだそうです」

 

 立香は目を丸くし、ノアは眉をひそめる。

 

「みんな円卓の騎士じゃないですか! あんなに強いモードレッドさんもいますし、そんな人たちに三時間粘るなんて、どうしたら……」

「確かに彼が強いことには変わりないですが、そう思い詰める必要もないかもしれませんよ。ねえ、ノアさん?」

「ああ、円卓の騎士が四人なら俺たちは六人だ。余裕こいたあいつに思い知らせてやるぞ。寄れ、俺たちがやることは簡単だ」

 

 三人は顔を突き合わせて、ノアが手順を説明する。ダンテが氷のように固まったのをよそに、立香はこくこくと首肯した。

 

「あの人は見たところセイバーですよね。対魔力で魔術が無効化されるから、やれることは実際それくらいしかないと思います」

「あの」

「そういうことだ。後はあいつらの機転に任せる。賭けとしては悪くねえ。準備は良いな?」

「はい! ラモラックだがヴェポラップだか知りませんが、ぎゃふんと言わせてやりましょう!」

「ちょっとォ! 無視しないでくれませんかねえ!? 私の役割がこの上なく雑なんですが!!」

 

 腫れ物扱いの壁を乗り越えて、ダンテは強引に割り込んだ。

 マスターコンビはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて、ダンテの肩を両側から優しく揉む。

 

「落ち着け、ダンテ。既に強化をかけたおまえが役に立てるのなんて宝具くらいだが、今回はそうでもない。これはでかいチャンスだぞ」

「そうですよ! せっかくの活躍できる機会を無駄にするつもりですか? こんなこともう二度とないかも……」

「くっ、仕方ありません。やりましょう! 決して活躍のチャンスに目が眩んだ訳ではありませんが!!」

 

 一方その頃、ペレアスたちとラモラックの戦闘は千日手を極めつつあった。

 ペレアスがラモラックの攻撃を凌ぎ続け、マシュとジャンヌが隙を狙う。死角より繰り出される攻撃の数々を対処しながら、ラモラックは片手で剣を振るい続ける。

 しかし、ラモラックの刃もまたペレアスを抉ることはない。彼らはともに攻めよりも守りに長けた騎士故に、互いの防御を突破できずにいた。

 

「……ク、ハハハハハッ!! 良いぞペレアス!おれが死んだ後によくぞそこまで練り上げた! 剣術だけならばおれを超える───さぞ王の役に立ったことだろう!」

「うっせえ!! アンタが言うと嫌味にしか聞こえねえんだよ!」

「貴様のトラウマの多さは知っているとも。しかし気にするな、おれが他人を褒める時はいつだって本気だ!!」

「だから質が悪いって分かんねえのか!?」

 

 口うるさく喚くラモラックとペレアス。マシュとジャンヌが微妙に割り込みづらい空気を感じ取ったその時、彼女たちは視界の端で赤いコートがひらつくのを捉える。

 桂冠詩人ダンテ。彼は詩を書きつけた紙束を握りながら、ラモラックへと爆走していた。

 

「聞きなさい! 私の宝具は相手を結界に取り込んで、問答無用で魂を昇天させるというものです! その盾で跳ね返せるとは思わないでください!!」

「なるほど、それは当たる訳にはいかぬな。おれに近付ければの話だが」

「ふふふ、そうです! 精々恐れなさい! 私の最強究極宝具を!!」

「普通に邪魔なんですけど!? 戻りなさいよ!」

 

 ジャンヌは怒声を飛ばす。が、マシュには見えていた。ラモラックの体捌きが微妙に変化しているのを。

 虹蛇の例は別として、ダンテの宝具は相手を結界の中にさえ収めれば、必中必殺と言っても過言ではない。ラモラックはダンテの宝具から逃れるため、その分の意識を割かなくてはならないのだ。

 マシュはぐっと目を凝らす。敵にある僅かな隙を突くために。

 ノアはゲンドゥルの杖を用いて、ルーンを描く。それはオーディンが最初に手に入れた十八のルーンのうちのひとつ。盾に彫るものであり、戦士に勇気と無事を与えるとされていた。

 

「……行け」

 

 ルーンの後押しを受けて、マシュはラモラックの間合いに滑り込む。

 刹那、ラモラックは初めてペレアスに背を向けようとする。それよりも速く、マシュの盾が振り上げられた。

 

「『瞬間強化』───!!」

 

 一秒の半分にも満たぬ、瞬間的で爆発的な強化。地面の間近くから頭の天辺まで振り抜くような打撃が、ラモラックの剣を粉砕する。

 燕尾服の一部が千切れ、布が宙を舞う。

 得物は奪ったが、生身には届いていない。ラモラックがマシュへと意識を傾けた一瞬の隙に、ペレアスは一刀を叩き込んだ。

 潰れるような打撃音。鋭い鋼鉄の籠手に包まれたラモラックの左手が刃を押し留めていた。その横合いから炎を纏った黒剣が飛来し、彼らを引き剥がす。

 ラモラックの頬を一筋の血が伝う。彼は頬に刻まれた切り傷から流れる血を拭い、舌で掬って嚥下する。

 

「使い魔と化したこの身でも、血の味は変わらぬか。剣も失った。これは不利というやつだな?」

「よく分かってるじゃない。セイバーが剣を無くしたらおしまいよ。円卓の騎士なんて割には歯応えがなかったわね」

 

 ジャンヌの挑発を受け、赤き盾の騎士はくつりと喉を鳴らした。

 

「茶を濁すようで悪いが……おれはセイバーではない」

「会話が通じるバーサーカー……? いえ、わたしと同じシールダーという線も───」

「いいや、そのどれでもない」

 

 ペレアスは確信をもって言い切る。

 

「アンタはランサーだ。そうだろ?」

「然り。おれのクラスはランサーだ。大した意味のある分類には思えぬがな」

「おいおい、槍なんてもんがどこにある。舐めプで隠してやがったのか? 下ネタに走ったら許さねえぞ」

「心配するな。おれは常に全力だ。股間に槍を隠していたなどと言うつもりもない」

「言ってんじゃねえか!! アンタのそういうところは死んでも治ってねえな!?」

 

 ペレアスは剣先を差し向けてツッコんだ。女性陣は蔑みを込めた冷徹な目つきになる。ラモラックはほくそ笑み、マシュを指差した。

 

「構えるといい。おれの槍をお見せしよう」

 

 マシュの警戒が最大値を超えて上り詰める。

 ラモラックは地面が砕けるほどに強く踏み込み、弓のように引いた右腕を突き出す。マシュは盾の表面を使って、その突きを滑らせた。

 髪の先がはらりと落ちる。逸らしてもなお、顔の間近を打ち抜く打撃。彼女は背筋に冷たいものを覚える。

 

「……ボクサーの間違いじゃないんですか!?」

「言ってる場合!? また囲んで叩くわよ!」

 

 ダンテを除いたサーヴァント三人の攻撃が殺到する。盾が潰し、旗が突き、剣が裂く。ラモラックはそれら一切を両腕で以って防ぎ切った。

 彼は流れるように貫手を放つ。ジャンヌはそれに対して旗を叩きつけるも、その手応えは鋼鉄そのもの。

 ラモラックの貫手は槍の刺突に等しい。彼の両腕の籠手は防具であると同時に、敵を貫く武器でもあった。

 開いた五指を振るえばそれは獣の爪となり、敵の得物を掴みにかかる。鍛え抜いた五体こそが彼の剣となり槍となる。故にこそ、ラモラックはランサーとなったのだ。

 マシュが背後を取る。視界に入れることなくそれを捉えたラモラックは、虚空に数発の突きを打つ。

 赤盾が姿を現す。反射された刺突が持ち主の横を通り過ぎ、マシュの攻撃を押し返した。

 自らの攻撃を反射し、背後への迎撃とする。マシュは思わず目を見開いた。

 

「なっ……!?」

「盾にはこういう使い方もある。どこをどう突けばどのように反射するか、おれには手に取るように分かる」

「べらべらと手の内を明かして……!! 絶対泣かす!!」

 

 ジャンヌの武器が炎を纏い、振り落とされる。

 籠手があろうと超高熱の打撃を受け止めることは腕を捨てるに等しい。ラモラックは半身になってそれを避けた。

 戦いの流れが押し戻される。ノアが次の策を練っていると、通信機が反応した。即座に通信を繋げると、短く問う。

 

「……どうした」

「『べディヴィエールさんたちの戦況が危ない。援護に行けそうかい?』」

「ラモラックが思った以上に厄介だ。サーヴァント連中は無理だな」

「『じゃあ……』」

「俺と藤丸が行く。それでいいな?」

 

 ノアは立香に言った。不意に話を振られた少女は泡を食って答える。

 

「は、はい! 準備万端です!」

「良し。おまえら聞け! 俺たちはべディヴィエールの援護に行く! 戻ってくるまでにそいつの腕一本くらいはもぎ取っておけ!!」

 

 マシュとジャンヌ、ペレアスは額に青筋を立てて怒鳴った。

 

「「「無茶振りがすぎる!」」」

「嬉しいな、貴様らのような強者にそう言われるとは!」

 

 斬撃が衝突し、橙色の火花が散る。

 三人に取りつかれている以上、ラモラックがノアと立香を追うことはできない。ロマンに指定された方角へ走りながら、立香は仲間たちに告げた。

 

「とにかくみんな頑張って! 一応ダンテさんもいるから!!」

「一応とかつけるくらいなら除外されてた方がまだマシだったんですが!?」

「ダンテ、おまえはいるだけで鬱陶しい。死ぬ気でラモラックにへばりつけ!」

「ノアさん、言い方を考えてください! 私の心はいま泣いていますよ!」

 

 ダンテの訴えも虚しく、ノアと立香は走り去っていった。がっくりと肩を落としたのも束の間、ダンテは右手に違和感を感じ取る。

 呪いを受け、黒く変色した右手。その皮と筋肉の境目で何かが蠢いているかのような感覚を覚える。考えるまでもなく、その正体はジャック・ザ・リッパーの意思だった。

 今の右手で文字を綴れば、それは対象を陥れる呪詛となるだろう。前回の特異点、アルジュナとの戦いで発露しかけた症状が再発している。

 否、とダンテは頭を振った。

 これは症状などではない。あの少女が力を貸そうとしてくれているのだ。

 だとしても、人を呪うという行為はダンテにはあまりにも重く。

 しかし、戦う仲間たちの姿を見て。

 拮抗した天秤を傾けるため、ダンテはラモラックに訊く。

 

「ラモラック卿。あなたを呪っても良いですか」

 

 ほんの一瞬、ラモラックは呆然とする。そして、今までの艶やかな笑みとは正反対、少年のように爽やかな笑い声をあげた。

 

「ふ、はははっ!! これはこれは、何と実直な男なのだ貴殿は! ここは戦場で敵同士だぞ!?」

 

 彼は不敵に言い切ってみせる。

 

「───ありったけの殺意と悪意を込めて、存分にこの身を呪うがいい。月桂冠を賜りし詩人よ」

「……感謝します。ラモラック卿」

 

 そして、ダンテは宙に漆黒の文字を走らせた。

 人類史有数の詩才。神秘の域にまで達した詩人の言葉。その祝福が世界に刻みつけられるものだとしたら、呪詛もまた同じ。

 世界に書き込まれた言葉が法則となって敵を呪う。三騎士のランサークラスには対魔力スキルがあるが、ダンテの呪詛に対しては全くの無意味だ。

 ラモラックの足取りがぐらりと揺れた。目と口の端から赤黒い血が流れ落ちる。

 踏み込みがままならぬ身では攻撃の勢いを殺せない。ペレアスが横薙ぎに放った一刀に押され、ラモラックは口内の血を地面に飛ばした。

 ペレアスは剣の腹で肩を軽く叩きながら、

 

「そんなに血を流すアンタは貴重だな。そろそろ体力も切れてきただろ」

「確かに生前のおれは力を使い果たしてあの四人に殺されたが……今のおれには王からの祝福がある。体力切れは期待するな」

「……王からの祝福だと?」

 

 ラモラックは遥か彼方の聖都を望み、返答した。

 

「おれが与えられた祝福は『無尽』。永遠に尽きぬ無限の体力。これがあればガウェインたちに殺られることもなかっただろうが、今となっては女々しい言い訳だな」

「なんで王様にそんな力があるんだよ。あの人は人間であって神様じゃないだろ」

 

 その言葉を聞いて、ラモラックは何かを笑い飛ばすように鼻を鳴らした。

 

「それは違うぞ、ペレアス。今の王は神に成り果てた。ひとつの目的を成し遂げるための歯車……ククッ、生前とそう変わらぬな?」

 

 そして、恍惚とした顔で、

 

「───故に、今の王は美しい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間を遡って。べディヴィエールとハサンたちはモードレッドを追い、騎士と相まみえる。

 ばちり、と紫電が弾けた。死体と血の海で覆われた地面はなおも帯電し、モードレッドの雷撃の威力を物語っている。何人死んでいるのかすら判別がつかないほどに、凄惨な光景が広がっていた。

 べディヴィエールは胸の奥に蟠る嫌悪感と怒りを吐き出すように叫んだ。

 

「モードレッド卿───これが騎士の行いと言えるのか!?」

 

 モードレッドは返り血を拭い、瞳だけを向ける。

 冷たく暗い光に閉ざされた眼に、敵への慈悲やかつての仲間に対する旧懐が介在する余地はない。

 

「王に歯向かう敵に与えてやれるのは死くれえなもんだろう、べディヴィエール。仮にも円卓に名を連ねた貴様がなぜ敵に味方する。騎士ならば王に忠誠を捧げろ」

「私は、虐殺に加担することが忠誠とは思わない」

「ハッ! 何が出るかと思えば綺麗事かよ、くだらねえ。王の命令を全うする以外に忠誠の形があるか。大層な理屈をつけて立派に振る舞えば騎士らしくなれるとでも? オレは見てきたぜ、王の名を利用して女を抱き、酒に溺れ、それでもなお騎士を名乗るクズ共をな! 今の王に従えぬというなら、所詮貴様もそんな奴らの一種だったってことだ!!」

 

 ───騎士たるならば、王にその全存在を捧げよ。モードレッドはそう宣い、哄笑を轟かせる。

 べディヴィエールは奥歯を噛みしめる。騎士王の治世であっても、反乱を起こす者はいた。モードレッドはそんな人間たちを余さず殺し、王に血を捧げる過激派だった。

 それこそが、モードレッドの忠誠の形であったから。

 百貌のハサンは息を吐くように笑った。

 

「忠誠がどうの騎士がどうのと煩わしい。貴様は獅子王の騎士であることに誇りを持っているようだが、そうやって血の中で笑う貴様は女を抱き、酒に溺れ、それでもなお騎士を名乗るクズ共と同じようにしか見えんぞ?」

 

 笑い声が途切れる。

 空気に亀裂が入るほどの殺気。それを一身に受けながらも彼女は動じることすらなく、言付けた。

 

「騎士の忠誠も見下げたものだ。そうしてかつての仲間にマウントを取るだけの道具と成り果てるとはな……同情を禁じ得んよ」

「───、殺す」

 

 モードレッドを中心に赤雷が巻き起こる。

 それはまるで血塗られた雷の塔。一帯を焼き払うに余りある莫大な雷をクラレントの刀身に凝縮し、解き放った。

 

「『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』!!!」

 

 世界がカタチを失う。

 その斬撃の前に障害物となるモノは存在せず。一直線に飛んだ雷撃が更地を作り出した。

 だが、如何に威力が高くとも、怒りのままに放ったそれは単調に過ぎた。結果として騎士の宝具は誰をも仕留めることはできず、べディヴィエールは剣を引き抜いて突撃する。

 呪腕のハサンは黒塗りの短刀を左手に、

 

「煽りすぎだ、百貌の! 敵を本気にしてどうする!」

「怒りに任せて暴れられた方が読み易い。真っ向勝負では勝てぬのだから、これくらいの仕込みは当然だろう」

 

 百貌のハサンの像が幾重にも重なる。個体で群体を成す彼女の御業が此処に顕現した。

 

「『妄想幻像(ザバーニーヤ)』」

 

 合計八十にも及ぶ群像が実体を獲得する。

 まともにモードレッドとぶつかっても勝てない。暗殺者と剣士では戦いの土俵そのものが違う。だからこそ、彼女は数で押すことを選んだ。

 それと同時、べディヴィエールとモードレッドは互いの剣をぶつけ合う。前者はその勢いに跳ね返され、足踏みした。

 力負け。魔力放出を駆使するモードレッドと打ち合えばこうなるのは当然の帰結だ。

 

「てめえ如きの剣技でオレに敵うと思ってんなら、そりゃ間違いだ!! もう一本の腕も切り落としてやるよ───!!」

 

 無数の剣戟が閃く。

 赤き電光を纏った刃が躍る様はまるで大輪の華。一合凌ぐ度に流れ込む電撃が五体の肉を焼いていく。べディヴィエールに出来るのは、ハサンの援護が届くまでの永遠にも思える一瞬を耐え抜くことだけだった。

 返しの太刀がモードレッドの右手に弾かれ、がら空きの首に剣が振るわれる。死の予感が足元に絡みついたその時、モードレッドは後方に大きく跳んだ。

 眼前を通り抜ける漆黒の短剣。ダークと呼ばれる暗殺者の得物だった。開いた間合いを埋めるように百貌の群体が雪崩れ込み、べディヴィエールは思わず膝をつく。

 呪腕のハサンは彼を労るように、手を引いて立ち上がらせた。

 

「アレと打ち合えばこちらが一方的に傷付く。付かず離れず戦うがよろしいでしょう」

「……ありがとうございます。ですが、心配は無用。こちらにも秘策がありますので」

 

 べディヴィエールは懐から護符を取り出し、魔力を注いで術式を起動した。先日、ノアから手渡された護符に刻まれていたのは、大神オーディンの守護のルーン。戦士の身を清め、敵の刃を防ぐと言われる文字だ。

 筋肉の痺れが失せ、傷口が閉じる。曰くルーン文字の真髄は物体に刻むこととされるが、それに違わぬ効力だった。

 これならばモードレッドとも打ち合える。確信を得たべディヴィエールに、呪腕のハサンは言う。

 

「一撃……掠り傷でも良い。それさえ成し遂げられたならば、勝ち筋が見えます。無茶のしどころはよくよく考えるように」

「承知致しました。必ず、一撃を加えてみせます!」

 

 百貌のハサンの群像に紛れ、べディヴィエールはモードレッドに切りかかる。最上段からの振り落としは、木の葉を払うように弾かれた。

 ハサンたちが放つ投剣の弾幕も、赤雷の一閃によって灰燼に帰す。

 

「雑魚がまとまれば獅子を喰えるとでも!? 暗殺者なら影に隠れてろ。餌は餌らしく喰われるのが定めだ!!」

 

 魔力放出による高速機動。類まれな直感で全方位からの攻撃にも対処し、赤雷で敵陣を散らす。モードレッドの言葉は決して傲慢などではなく、事実を悪辣に告げていた。

 べディヴィエールはかつて、隻腕でありながら普通の騎士の三倍の強さを誇ると言われた。人間の体ではあるが、その謳い文句に恥じぬ能力がある。

 が、円卓の騎士という集団にあっては、それは実力不足。尋常ならざる神秘の加護も、彼らに食らいつけるほどの剣技もない。

 …………けれど、一太刀。たったの一刀だけならば、彼らを超えられる。超えてみせる。

 

「纏めて死ね。『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』」

 

 視界に広がる魔の雷撃。

 この身が一体どれほどの盾になろう、敵勢全てを焼き焦がすに相応しい。

 

(───それでも!!)

 

 肉体の内で激痛が膨れ上がる。魂が削り取られる。もう二度とは戻ってこない致命的な感覚。取り返しのつかない傷と引き換えに、騎士は黄金の輝きを再現する。

 

「『一閃せよ、銀の腕(デッドエンド・アガートラム)』!!!」

 

 振るうのは腕。人のモノならざりし銀腕こそが剣と化す。

 夜空を裂く流星の如き剣光が、赤き雷の波濤を正面から掻き消した。

 

「貴様、そんなものをどこで……!!」

 

 鮮血が飛び散る。モードレッドは顔を歪めて、左の鎖骨から切り下げられた傷を押さえた。べディヴィエールの一撃は雷撃を断ち切るだけでなく、敵にすら届いていたのだ。

 しかして、べディヴィエールは膝をつく。その身に走る激痛が、彼から体の操縦権を喪失させた。自らの首を差し出すに等しい姿を前に、モードレッドは剣を振り下ろそうとする。

 瞬間、その背後に黒い影が忍び寄る。モードレッドの直感が警鐘を鳴らし、弾かれたように後方へ剣を振るった。

 横薙ぎに通過する剣を姿勢を低く屈めて避け、傷口目掛けて掌底を叩き込む。

 

「チッ!」

 

 そうして、モードレッドは敵の顔を見る。

 端正な顔つきの少女。静謐の異名を戴くハサンであった。その右手は彼女自身の血に塗れており、もう片方の手には両刃の短刀が握られていた。

 彼女は百貌の群れに紛れて、交戦時から今まで虎視眈々とこの機会を狙っていたのだ。

 モードレッドは静謐のハサンからすぐに視線を切る。今の掌底はただ押された程度、何の支障にもならない。それよりも取り立てるべきは。

 

「その腕、どこで手に入れた」

「……貴方の想定と同じだとして、どうするというのです」

「ク、ハッ! だとしたら笑い者だ、忠誠の意味を理解してねえのも納得できる───!!」

 

 べディヴィエールは激情を込めて、叛逆の騎士を睨んだ。

 

「確かにこの腕は私の罪……だが、それを貴方に言われる筋合いはない。王から何もかもを奪い、国を滅ぼした貴方だけには!」

 

 それで、気付いた。

 

「なぜ、貴方がそこまで忠誠に拘るのか……それは、王への叛逆という拭い切れぬ罪への償いだ。足元に転がる骸を見なさい。それこそが貴方がかつて、いや、今もなお刻み続けている罪の証だ!!」

 

 噛みつくように吼え、激昂する。

 モードレッドは砕けんばかりに歯を噛み締め、剣柄を握り、刃を振り上げた。頭頂まで上がった切っ先が小刻みに揺れる。両腕がだらりと下がり、足が地団駄を踏んだ。

 呪腕のハサンは右腕の戒めに手をかけながら告げる。

 

「静謐の五体は全てが毒。それを巡る血液ともなればその強度は計り知れぬ。傷口から取り込んだ毒は血流に乗って全身に回る。終わりだ、聖都の騎士よ」

 

 モードレッドは薄く笑み、武器を構えた。

 

「それが、どうした。この体でもてめえらを屠ることくらいはできる……!!」

 

 空気が破裂する。

 音を凌駕するほどに強く速く地を蹴り、モードレッドは渾身の一刀をべディヴィエールに叩きつけた。 

 

「がっ!?」

 

 べディヴィエールはかろうじて義手で防ぐ。しかし、剣戟の衝撃を殺し切れずに背後へ飛ばされる。

 モードレッドはその勢いのまま、ハサンたちに切りかかった。

 毒が回った体はろくに動かせない。それでもモードレッドが戦えているのは、魔力放出スキルの恩恵。武器や肉体に魔力を通し、放出する───モードレッドは全身に魔力を帯び、噴射することで無理やり体を操っているのだ。

 人形に爆竹をくくりつけて飛ばすが如き愚行。しかし、その分だけ繰り出される攻撃は強力だ。モードレッドは百貌の群像を切り裂きながら、絶叫を轟かせる。

 

「オレはあの人に───王に、忠誠を尽くす! そう決めた!! 今更戻れるはずもねえ! どいつもこいつも邪魔だ、オレの道を塞ぐ奴は誰も彼も殺してやる!!」

 

 さらに、剣は赤き雷を纏った。

 

「『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』!!」

 

 赤光が天地を穿つ。 

 モードレッドが獅子王より授かった祝福は『暴走』。かつての行いを咎めるかのようなこの祝福は、騎士に宝具の連続解放を許した。

 

「『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』───ッ!!」

 

 けれど、その激情は留まるところを知らず。

 灼熱の雷光が白銀の王剣より放出される。

 

「『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』ァァッ!!!」

 

 あるのは焦土だった。遍く敵対者を焼き滅ぼし、モードレッドは炎が照らす漆黒の大地に立つ。

 唯一残った百貌のハサンの群像は霧のように白け、消滅する。呪腕と静謐、そしてべディヴィエールをモードレッドの宝具から守り、その命を終えた。

 

「人の死なんてのはこんなもんだ。劇的な要素なんてどこにもねえ。英雄だからと格好つけて死ねると思うな」

「まだ、そんなことを……!!」

「黙れ、オレはもう生き方ってやつを決めた。説き伏せようなんて無駄だ」

 

 残された三人の余力は僅か。モードレッドの剣に再度赤雷が灯り────

 

「『破刃の呪法(Elder Rune Ⅲ)』」 

 

 ────霞のように消え失せる。

 宝具の強制停止。その異常事態に、モードレッドの目は闖入者へと向いた。

 ノアは杖を手繰り、原初のルーンを描いていた。敵の武器を鈍らにする、オーディン第三の秘法だ。彼は味方の人数を確認して、眉間に皺を寄せる。

 遅れて追いついてきた立香は眼前に広がる惨状を見て僅かに顔を伏せ、影を落とす。ノアは忌々しげに呟く。

 

「……くそ、遅かったか。藤丸、あまり死体を見るな。後に引きずるぞ」

「大丈夫です。私だってそんなにヤワじゃありません。モードレッドさんが、これをやったんですね?」

「答えるまでもねえな。お前らが誰か知らねえが、ここに来た以上は獲物だ。生きては帰さねえぞ」

「それはこっちの台詞だ。おまえも生きて聖都に戻れはしねえぞ」

 

 モードレッドはノアの啖呵を鼻で笑う。

 

「そりゃこっちも承知済みだ。近い内にオレは聖都には入れなくなる。所詮野垂れ死ぬなら何処だろうが変わりはしねえ」

 

 騎士の全身から電撃が迸り、地面を駆け抜けた。

 皮膚を、鎧を這う電流の勢いは加速度的に増加していく。それはクラレントの暴走であり、自分自身を燃料にする自殺行為だ。

 

「オレの全魔力と霊基を暴走させて、ここを吹っ飛ばす! 山ひとつは余裕で蒸発だ、絶対に逃がさねえ!!」

 

 その宣言を受けて、ノアたちは目を見張った。         

 味方ごと敵を殺すような自爆攻撃。それでも、この場所に結集した戦力を全滅させられるならばお釣りは来る。それどころか、人理修復の旅すらも終わらせる最悪の一手だ。

 立香は血の気が引くのを感じ、慌てて言った。

 

「り、リーダー! さっきのルーンで何とかできないんですか!?」

「あれは武器にかける魔術だ。本体にかけるのは本来の用途じゃない上に対魔力のせいで効き目が薄い。原初のルーンを全部使えば止められるが、準備する時間がねえ!」

「ならば、私共が。倒してしまえば自爆も止まるかと」

「そうでなくとも、私の痺れ毒も可能性があります。やるしかありません」

「それしかねえな。腹括るぞ!」

 

 呪腕と静謐、二人のハサンは一直線にモードレッドを目指す。

 無論、黙ってそれを許すモードレッドではない。溢れんばかりの魔力で体を傀儡のように動かし、電撃を放つ。  

 その密度はまさしく雷電の巣。立ち入る者をことごとく滅する必殺の領域。一手誤れば間断なく雷の牙に噛み砕かれるだろう。

 赤雷が巡り、呪腕のハサンを取り囲む。電流の檻に押し潰されるその直前、二つの声が重なって響いた。

 

「「───『Eihwaz(エイワズ)』!!」」    

 

 マスター二人による二重防壁。身に迫る雷撃を凌いだ呪腕のハサンは右腕の拘束を解除する。

 通常の二倍はあろう長さの異形の腕は、シャイターンのそれを移植したモノ。モードレッドまでの間合いを瞬時に埋め尽くし、その指先が触れた。

 

「『妄想心音(ザバーニーヤ)』!!」  

 

 掌中に現れるのはモードレッドの心臓を模したエーテル塊。魔神の右手はそれをぐしゃりと握り潰す。

 類感呪術では、同じ形、同じ役割の物体はたとえ離れていようが相互に影響を及ぼす。エーテル塊も同様に、それが潰されればモードレッドの心臓も潰れるのだ。

 叛逆の騎士を守るように迸っていた赤雷が途絶える。霊核はサーヴァントにとっての急所。毒に侵され、心臓を失ったモードレッドに出せる力は残っていなかった。

 

「───なんて、考えてんじゃねえだろうなァ!?」

 

 クラレントが振り上がり、シャイターンの右腕を斬り落とす。    

 

「なっ……!?」

 

 呪腕のハサンは腕を失ったことすら忘れて驚愕する。

 モードレッドに残された最期の切り札、戦闘続行スキル。たとえ急所である霊核を失おうが、即死を免れ、命を繋ぎ止める力であった。

 自爆に足る出力まではあとほんの少し。僅かな命であろうと、そこに手をかけることはできる───!!

 

「……『妄想毒身(ザバーニーヤ)』」        

 

 静謐のハサンはモードレッドに唇を重ねた。

 彼女の毒で最も強力なのは粘膜。唇を合わせるその様は蠱惑的である以上に、対象に死を注ぎ込む静謐に満ちている。

 

「く、そっ…………」

 

 霊基と宝具の暴走が停止し、モードレッドの手から剣が滑り落ちる。その時、行き場を失った雷電が直下を貫き、大地を割った。

 

「……え。う、わ───!?」

 

 地面の亀裂に呑まれかける静謐のハサン。咄嗟に伸ばした指先は土を掬うに留まり、墜落する。

 その寸前、

 

「静謐さん!」

 

 全速力で走り寄った立香が静謐のハサンの手を掴み、後ろに倒れ込むように体を引っ張り上げた。        

 

「ふう、間一髪でしたね! 危なかった〜」

「あの、私に触れたので、毒が……」

「あっ」

 

 立香はさあっと青褪める。ノアはすぐさま駆け寄ると、彼女の両手首をそれぞれ掴んだ。

 

「わっ、いきなり触らないでください! びっくりしますから! せめて一言かけるとか……」

「んなこと言ってる場合か。手が使えなくなったらどうするつもりだ。良いから診せろ」

「でも、何ともないですよ。ほら」

 

 ノアの目の前で両手をぱっと開く。見た目に変化はなく、その手に痛みや違和感などもなかった。ノアは目を凝らして観察するも、結局は立香と同じ結論に至る。

 

「……どうやらそうらしいな」

「ですよね? だから、その、ずっと握られてると困ります」

「研究材料として興味深い。手の皮を剥いで調べてもいいか?」

「いいなんて言うはずないじゃないですか!! 普通に心配するとかできない病気なんですか!?」

      

 空気が弛緩したその時、遠くの空が光り輝き、轟音と地響きが起こった。

 彼らが反射的に顔を向けた空にはいくつもの光点が渦巻き、そこから落ちる光の槍が周囲の山脈を次々と削り、消滅させている。

 地面に倒れたモードレッドは自身が消える間際、言い残す。

 

「あれは獅子王が下す裁きの光。どっちにしろ逃げ場はなかったってことだ。残念だったな」

「……モードレッド卿」

「べディヴィエール。仮にも忠義の騎士なんて言われてるくらいなら、それを果たせ。……敗者からの、負け惜しみだ」 

 

 叛逆の騎士は光の粒子となって消滅する。

 それを見届け、立香はノアに視線を傾けた。

 

「どうしましょう。ここが吹き飛ばされるのも時間の問題ですよ」

「…………とりあえず生存者を全員この場所に集めろ。あれだけの規模なら敵も巻き込まれないように撤退するはずだ。ロマン」 

「『分かってる。連絡は任せてくれ。ダ・ヴィンチとアーラシュさんも呼び戻すよ』」

「頼んだ。俺は少し用事がある。集まるまでには戻ってくるから、藤丸はべディヴィエールと呪腕の治療をしてやれ」

 

 空を照らす聖罰の光。

 それはこの村での闘争に終わりを告げる号砲であり。

 新たな戦いを呼び起こす先触れでもあった。                                                            

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