自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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第6話 未来を奪い返す物語

 レフ・ライノール。

 管制室の爆発に巻き込まれ死んだと思われていた男は、聖杯の前で怒声をあげた。

 その様子は、普段見かけた紳士然とした印象とは遠くかけ離れている。牙をむくように語気を荒げ、眼光を滾らせる。

 纏う雰囲気は殺気立ち、荒々しく周囲を威圧していた。

 付き合いの浅い立香(りつか)たちでさえ、違和感に身を竦める。オルガマリー所長がどうであるかなど、言うまでもないだろう。

 ノアだけはそれを笑い飛ばし、前に進み出る。

 

「──ハッ、良い表情するようになったじゃねえか。イメチェンか? だったら夏休み明けにでもやっておくんだったな。クラスメイトに白けた目で見られるのがオチだが」

「黙れ! 貴様の言葉はすべて軽々しい。道化の歌を聴いているようで虫酸が走る!」

「ほざけよライノール。俺は相手に応じて言葉を変えてるだけだ。薄っぺらいおまえには軽々しい言葉が似合ってんだろ」

「どこまでも忌々しい人間だ……!! ゴキブリのように殺したと思っても這いずっている! 貴様はなりふり構わずに殺しておくべきだった!!」

 

 言いながら、ノアは立香に視線を送った。彼女は気づかれないように小さく頷き、所長の手を握りしめる。

 その手は氷のように冷たく、汗でじっとりと濡れていた。

 

「所長。絶対に、行っちゃダメです。辛いでしょうけど、今のレフさんは普通じゃありません」

「え、ええ。分かってる、分かってるわ……あんなのがレフなはずないもの……」

 

 自分に言い聞かせるように、所長は何度も分かっている、と繰り返した。

 それも無理はないだろう。アニムスフィアの一人娘として、浅い経験ながらもカルデアを背負ってきた彼女を支え続けたのは、紛れもなくレフなのだから。

 だからこそ、彼の変貌は信じられない。いっそ、偽物であってくれと願うほどに。

 睨み合うノアとレフの間に、ロマンの声が割って入る。

 

「『……まさか、この一連の事件はあなたが原因なのですか。レフ・ライノール!』」

「ああ。そうだよ、ロマニ・アーキマン! これを見ろ、貴様らが希望を抱く未来の地球とやらの姿だ!!」

 

 空間が捻じ曲げられ、カルデアの管制室が現れる。中央のカルデアスは未だ赤く灼け爛れていた。

 所長は、悲鳴にも似た声を出す。

 

「……どうして、カルデアスが真っ赤になっているの?」

「マリー、それは君のせいだよ。私が暗躍していることにも気付かず、思うままに動いてくれたおかげだ。そう、()()()()()()()()人理は焼かれ、人類史は終わりを告げたのだ!!!」

 

 瞬間、ふわりと所長の体が浮いた。

 あたかも磁石が引き合っているかのように、彼女の体はカルデアスへ向かって流されていく。

 立香は必死にそれを繋ぎ止めながら、想いをこぼさずにはいられなかった。

 

「く、ぅっ……どうして!? なんで所長だけが!!」

「人間にも分かりやすいように教えてやる。マリーの肉体は既に死んでいる──あの爆発に巻き込まれてな! 魂だけの人間はカルデアに帰還する際に消滅する。だからこうして彼女をカルデアに戻してやろうというわけだ。感謝しろ、私の慈悲に!!」

「…………そん、な──」

 

 元々、所長にはレイシフト適性がなかった。それが魂だけの状態になることで、初めてレイシフトの適性を手に入れたのだ。

 カルデアスは地球の魂を転写した超高密度情報体だ。人間の魂も似たようなものではあるが、質量が圧倒的に違う。

 人間ひとりの人生が蓄えられる情報と、地球が歩んできた46億年の歴史。もはや比べることすらおこがましい情報量の差があった。

 つまり、遊星がブラックホールに吸い込まれるように、彼女の魂はカルデアスに引きずられているのである。

 所長が生き延びる可能性は全くの無。カルデアスに触れれば永劫の苦しみを味わい魂ごと消滅させられる。カルデアに帰還した途端に戻るべき肉体を見失い、魂も消失する。

 

「ああ嫌だ…!! わたしは何も成し遂げてない、誰にも認められてないのに! 信じてた人にも裏切られて、こうして死んでいくなんて認められない……!!」

 

 それは、所長の数少ない本音だった。

 ひとりで戦ってきた少女の、密かに抱いていた願い。とうの昔に踏みにじられ、二度と手に入れることのできない希望。

 ──あの時、許せないと思った。こんなのはおかしい、と憤ったはずだ。

 だというのに、悪意はそんな想いをいとも容易く打ち砕く。

 自分では彼女の心も命も救えないのだという事実は、何よりも重くのしかかる。

 立香は涙で顔を濡らしながら叫んだ。

 

「リーダー! どうにかならないんですか!?」

 

 ぎり、と歯噛みする。

 オルガマリーが助からないことは、ノアが一番理解していた。

 なぜなら、死後に復活を果たした預言者でさえ、その遺体は手厚く保存されていたのだ。

 肉体とは魂の容れ物。魂をこの世に留める器だ。肉体の死とは、すなわち魂の死なのである。

 ノアは二つのルーンを組み合わせ、『nautiz(ナウシズ)』で締めくくる。左手の中に淡い光を閉じ込め、彼は言った。

 

「……助ける方法がある。藤丸、手を離せ」

 

 立香は笑顔を光らせる。

 彼の人格はともかく、Eチームのリーダーとして、立香はノアに全幅の信頼を置いていた。

 ここまで来るのに、何回も助けられた。最初は辛かった魔術の特訓も、低級の怪物なら退けられるようになり、マシュを援護することだってできる。

 マシュが宝具を使った時だってそうだった。自分を守らせることで、きっかけを与えるやり方は危険だったが功を奏した。

 どれもこれも、彼の助言があったからこそ。

 だから、今回も立香は言うのだ。

 

「──! お願いします……!!」

 

 ノアは左手を所長に向ける。

 彼は勢い良く手を開き───

 

 

 

 

 

      「所長、俺を恨め」

 

 

 

 

 

 ───光り輝く氷の刃が、所長の胸を貫いた。

 

「……あ」

 

 苦痛なく命を断つ眠りの刃。何かを言いかけ、所長は泡となって消えた。

 せめて最期は苦しまぬように。

 直後、レフの哄笑が高らかに響き渡る。

 

「く──はははははははっ!! 助けるなどとほざいておきながら、やることは結局それか魔術師!! カルデアスに呑まれるよりマシだとでも思ったのか!? 死は死だ、貴様ら人間にとっては永劫の喪失に変わりあるまい!!!」

 

 立香は、呆然とノアを見上げていた。

 自分の言葉が何を意味していたのか気が付いたから。

 マシュは顔を覆い、ペレアスは剣を握り直す。

 暫時、ノアは顔を伏せていた。

 みしり、と音を立てて拳が軋む。

 これほどの怒りを感じたのは、いつぶりだっただろう。これほどの侮辱を感じたのは、きっと初めてだ。

 助けられなかったことを悔いる、などという次元の低い話ではない。死ぬべきでなかったはずの人間が死ぬという不条理こそを彼は憎む。

 ……あれも、背負うもののひとつであったのだ。

 荷を失ったというのに、その身にかかる重力は増しているようですらあった。

 ノアは面を上げ、噛み付くように言う。

 

「──これで、おまえを許せない理由がまた増えた」

「……なに?」

 

 一歩、また一歩とレフの元へ歩み寄る。

 

「ひとつは俺のカルデア所長就任を阻んだことだ。あいつを無事に帰す条件がこれでご破算だ。それだけでも万死に値する」

「何を言い出すかと思えば功名心に塗れた薄汚い欲望か! 未だ死を克服できぬ劣等種(にんげん)らしくはある!」

 

 レフはまたもや笑い声を迸らせる。

 人間という種そのものを嘲弄するような絶叫は、もはやノアには届いていなかった。

 

「ふたつ。俺は完璧主義者だ。カルデアの人間全員を支配して人理修復を成し遂げるつもりだったが、おまえのせいで計画の変更を余儀なくされた。俺の未来の部下たちを殺した罪はあまりにも重い」

「くだらんな、貴様の言葉はやはり全てが軽い。まるであの娘のようだ!」

 

 レフはノアの言葉を嘲って切り捨てる。彼はそのことが、ノアにとって何を意味するのか思い至るはずもなかった。

 ノアひとりに対してでなく、カルデアに向けた侮辱。それが、幾人の逆鱗に触れたであろうか。

 

「そして、俺は期待を裏切る人間が嫌いだ。俺はおまえがちょうど良い下僕になると思っていた。その期待を裏切った上に、所長の信頼も不意にした。大人しくここで死ね」

「それは無理な話だな。魔術師風情がこの私を殺すことなどできようはずがない!」

 

 かつ、とノアはレフの目の前に到達した。

 手を伸ばせばすぐに届く。彼らはともに飛び抜けた技量を有する魔術師だ。この距離であれば、相手を殺す手段はいくらでもある。

 如何にして殺すか。レフの思考は一時それに傾いた。

 互いの一挙一動が死に繋がる。その場面で、ノアは呑気に考え込む素振りをすると、思い付いたように手を叩く。

 

「──()()()()()()()()()()()()()

 

 左手に薄青色の光の線が走る。

 

「俺の部下どもを泣かせた罰だ! 死に晒せェェェッ!!!」

 

 乾坤一擲。全体重を乗せた左ストレートが、見事にレフの顔面に突き刺さる。

 使用した魔術は身体の『強化』のみ。後は何ら変哲のないパンチだった。とはいえ、その威力は侮ることはできない。

 ぐちゃり、と粘ついた打撃音が響く。

 レフの体はゴム毬のように跳ねた。地面を何度も転げ回り、10メートルほど先の聖杯に激突して、ようやく止まる。

 

「ぐっ、がぶぅっ……!!!?」

 

 顔の中心からぼたぼたと血がこぼれ落ちる。辺りにはピンク色の肉片と歯の破片が散らばっていた。脳を直接揺らされたことで視界はねじ曲がっている。

 痙攣する手で顔を確かめると、殴られた部分が無残に陥没していた。指が触れた僅かな衝撃で、目玉がずるりと落ちる。

 無論、頭がここまで損傷していれば首も無事ではない。頚椎は粉々になり、振り子のように頭が踊っていた。

 ノアは左手の手袋を噛んで抜き取る。そしてレフへと投げつけ、

 

「おまえ、その怪我で生きてるってことは人間じゃねえだろ。さっさと正体を現せ。汚い脳みその色を見るのも飽きた。俺が相手してやるよ、一対一(サシ)だ」

 

 レフは地を這いつくばりながら考える。

 

(……馬鹿が! 衝動で生きる貴様と違って私がこの程度の挑発に乗るはずがないだろう! もうじき退去が始まる。ここは退いて後の特異点で───)

 

 彼に矜持はない。侮辱されたからといって衝動的に動くこともなければ、判断を違えることもない。

 なぜなら、その精神の何もかもすべてが、彼の主たる者に捧げられている。その者の意思でのみ彼は動き、思考するのだ。

 故に、一個体(じぶん)の感情などいくらでも封殺できる。たとえ相手が殺したいほど憎らしい男であっても。

 

〝油断したな、フラウロス〟

〝マスターを全員殺せず、あの騎士王も役には立たなかった〟

〝全責任は貴様にある〟

 

 その時、レフにある勅令が下る。

 彼以外の誰にも聞こえない、遥か上位存在よりの言葉。この世の何よりも尊いと崇めるそれは、無慈悲に告げた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……ぶわり、と粘ついた汗が噴き出す。

 凍りつくような底冷えした声。取り立てて責めるような語気ではないが、奥底には失望の情が渦巻いていた。

 顔面は蒼白に、全身がガタガタと震え、歯の根も合わなくなる。

 かの王を落胆させた。

 命令を遂行できなかった。

 それだけがただ唯一の存在理由だというのに。

 

「………………殺す。貴様ら全員塵と消えろ!!!」

 

 レフの骨格を折り曲げながら、その体は異形へと組み替えられていく。

 単なる変身ではない。肉が膨張し、魔力量が跳ね上がる。魂の格そのものが上昇する存在の変革。

 

「『なんだ、この数値は……!! サーヴァントですらない、まるで伝説上の悪魔だ!』」

 

 ロマンの声が洞窟内に反響する。

 自己変革を終えたレフの姿は、元の面影をどこにも残していなかった。

 屹立する巨大な柱。暗黒の塔。赤く輝く眼球がその表面を割って、ぎょろぎょろと辺りを覗く。禍々しさ、という一点で言えば堕ちた騎士王すら凌ぎうる醜悪な姿。

 だが、レフはそれを見せつけるようにうねらせ、多数の視線でもって立香たちを射抜いた。

 

「……さて、一対一だったな?」

「──ふっ」

 

 ノアは小さく笑い、

 

「いやそれは無理だろ!!」

 

 踵を返して遁走する。当然、その逃走を許すレフではない。その背中に照準を合わせ、呪いを込めた眼光を発射する。

 熱線の如き視線。だがそれは、マシュの盾によって遮断される。聖剣の一撃に比べれば児戯に等しい威力。彼女は苦もなくそれを凌ぎ切った。

 

「リーダー、退去が始まります! それまで耐え抜きましょう!」

「よし分かった。ペレアス、そいつをぶっ殺せ!!」

「……ええ!!? 話聞いてましたか!?」

 

 ペレアスは逡巡する。

 心は奴を斬れと叫んでいる。今までの問答でアレが碌でもないということは分かっていたし、どちらにしろ殺すつもりではあった。

 問題は立香だ。所長が死んだあの瞬間から、彼女はその場にへたり込んでしまっている。これが戦士であればペレアスも檄を飛ばしたであろう。しかし、生まれてこの方、命の奪い合いに縁遠い少女に立てと言うのは些か不合理だ。

 相手の手の内も分からない内に、マスターたちから離れるのはリスクが高い。

 

「行ってください、ペレアスさん」

 

 堂々巡りの思考を、立香の声が吹き飛ばす。

 目を赤く腫らしながら、歯を噛み締めて、ゆらゆらと立ち上がる。射殺すような眼差しは、異形と化したレフに向けられていた。

 

「あの人は、私たちの未来を踏み躙りました」

 

 脳裏に浮かぶ、キリシュタリアやヒナコ、職員たちの顔。彼らには輝かしい未来があった。共に歩んでいける世界があった。今となっては分からないことだけれど、きっとそれは幸福だったに違いない。

 無念だろう。

 悔しいだろう。

 ……だから、こんなふざけた脚本は書き直す。

 取り戻すでは足りない。この怒りは伝わらない。

 

「──奪い返しましょう、あの人が壊したすべてを!! みんなの無念を晴らすために!!」

 

 少女の宣言に、レフの怒りは臨界点を超えた。

 

「吼えたな小娘─! 人間如きでは埋めることの叶わない力の差を教えてやる!」

 

 直後、衝撃波を伴った黒い霧が撒き散らされた。

 威力はそれなりだが、大きな力を振るっているだけ。カルデアの誇るサーヴァントたちはそれを悠々と回避し、漆黒の柱へ突撃する。

 無数の光線を掻い潜りながら、ペレアスは柱に斬撃を叩き込んでいく。彼は獲物を前にした肉食獣の如く笑った。

 

「随分と三下じみた言葉を吐いたなァ! 実が伴ってねえと見苦しいだけだぜ!」

 

 それにマシュも追随し、

 

「ええ、全くです! まるでリーダーみたいで無様と言わざるを得ません!」

「おい」

「わたしたちの未来を軽く見た、それがあなたの敗因です!!」

「良い感じにまとめようとしてんじゃねえキリエライトォォォ!!」

 

 大盾を膨張したレフの体に突き立てる。

 まさしく会心の一撃。芯に響くほどの打撃を受け、レフは大きく身をよじらせた。

 

 

 

「情報室、開廷。過去を暴き、未来を堕とす──焼却式 フラウロス」

 

 

 

 それは、レフ──否、フラウロスの切り札。人類の積み重ねてきた罪を露わにし、その未来を貶める。人類の原罪を開示するため、サーヴァントであっても人間である以上、それを逃れることはできない。

 この場の人間全員に死を与える必殺の術式。故に、その宝具の影響を避けることはできなかった。

 

「『死に逝く騎士に、湖光の愛を(ル・アムール・ド・ダーム・デュ・ラック)』!!」

 

 自らの死の運命を回避するペレアスの宝具。

 フラウロスは驚愕する。

 

「──焼却式が、発動しない……!?」

 

 聖剣を回避した際の宝具は、ペレアスを中心にしたものだった。今回は他者対象。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それと同時に、カルデアの面々の体が薄れていく。レイシフトによる帰還が始まる証であった。

 彼らがこの特異点を去る瞬間、ノアとレフの視線が交錯する。

 

「おまえは──」

「貴様は──」

 

 濃密な殺気。

 

「俺たちが、」

「この私が、」

 

 滾る殺意。

 

「「殺す!!!」」

 

 宣戦布告。すべての感覚が閉じ、特異点からの退去が実行される。ともに帰るはずだった人間は、もういなかった。

 

 

 

 

 

 

 カルデアで待っていたロマンたちは、彼らの生還を歓迎した。けれど、それは戦いの終わりではなく始まりに過ぎない。

 冬木の特異点は確かに消滅した。だが、未だ人類史の復興は成されておらず、カルデアだけがそれを免れていた。

 

〝シバで観測を行った結果、新たに()()()特異点が観測された。冬木の特異点とは次元の異なる、歴史のターニングポイントともいえる時代と地域にそれが巻き起こっている〟

 

 歴史には修正力がある。ちょっとやそっとの過去改変では、人類の辿ってきた歴史を変えることはできないのである。

 だが、今回カルデアが発見した八つの特異点は、全てが現在の人類を決定付けた歴史の重大事。人類史を破壊し得る巨大な歪みなのだ。

 つまり、Eチームはこれから八つの特異点に挑まなくてはならない。もっとも、彼らの返答は聞くまでもなかったが。

 

「……」

 

 寝返りを打つと、ぎし、と寝台が音を立てる。

 立香の脳内を巡る、所長の姿。

 ──優しい人だった。普段の態度は、周りの期待と重圧に押し潰されていたせいで、余裕を持てていなかっただけなのだろう。

 少なくとも、決戦前の彼女はEチームを気遣ってくれていた。

 けれど、死んでしまった。

 殺させてしまった。

 ──何を勘違いしていたのだろう。リーダーなら何でもできるだなんて、そんな身勝手な幻想を抱いていた。

 

「謝らなきゃ──」

 

 彼女はゆっくりと起き上がり、カルデアの廊下を歩く。

 あれほど賑やかだったこの場所も、すっかり静かになってしまった。あの冬木の街のように、人だけが忽然と消えてしまったかのように。

 しばらく歩いていると、前方に人影が見えた。軍服のような礼装を着込んだ男──ノアだった。

 互いに姿を認め合うと、上手く声を出せないことに気付く。

 氷の刃が所長を貫いた瞬間から、立香とノアは言葉を交わしていなかった。数秒の沈黙。立香は意を決して、

 

「ごめんなさい、リーダー」

「藤丸、悪かったな」

 

 声が被る。

 気まずい雰囲気はまだ消えない。横を通り過ぎようとするノアを、立香は掴んで引き止めた。

 あの時切断された右手。確かに体温が宿った、人間の手。

 

「自分だけで抱え込むのはやめてください。私も一緒に背負います。──せめてこの手だけでも護り切れるように、強くなりますから」

 

 真っ直ぐ見つめる、澄んだ瞳。

 

〝ヴォーダイム、教えろ。どうしたら部下を護れる……おまえのように〟

 

 炎に包まれる前の管制室、ノアはキリシュタリアにそう訊いた。

 

〝その才能は誰かのために使え。さもなくば、終わりに待つのは自分自身の破滅だ〟

 

 キリシュタリアと立香はまるで反対だ。

 前者は究極的に言えば、誰の手を借りずとも歩いていくことができる。失敗など知らない、敵など存在しない。故に人々はその足跡に縋り、追い付こうともがく。

 一方、立香の道には峻厳な山が広がっている。何回でも失敗を積み重ね、体を傷付け、その果てに苦難を踏破したとしても、次に待つのは更に高い山脈。だからこそ、人々は彼女を助けたいと思う。あらゆる人間に支えられ、彼女は困難を乗り越えていくのだ。

 ──そう、彼にとっての(りそう)とは。

 ノアはその手を握り返して、言う。

 

「……藤丸。おまえは死なせない」

 

 その言葉に、立香は呆気に取られた。キャラが違いすぎる。こんな殊勝なことを言う性格ではなかったはずだ。

 そんな考えを見抜かれたのか、もう一方の手で額を弾かれる。地味な痛みに彼らの手は離れた。

 

「そうだ、体にヤドリギを寄生させてるとかって。そんなことして大丈夫なんですか?」

「ああ、それか」

 

 なんでもないことかのように、ノアは言った。そもそも、立香にとっては植物が人間の体に寄生している時点で不可思議なのだが。

 

「正確には寄生じゃなくて共生だ。術式が確立する前は魂ごと吸い取られて、全身が木になった奴もいるらしい」

「え、エグいですね……その共生っていうのは?」

「こっちが魔力を与える代わりに生命力を受け取る。理論上は魔術回路を稼働させ続ければ、寿命で死ぬことはない。魂が腐って死ぬがな」

「魂って腐るんですか!?」

 

 ナーストレンド家はヤドリギの保存を第一義とした家系だ。その栽培方法はもちろん、警戒しなくてはならなかったのが他者による略奪である。

 彼らが引き籠もった理由は後者が大きい。万が一略奪者に遭遇した際の対処として思いついたのが、とにかく死なない体になって逃げることであった。

 ドルイドの信仰では、ヤドリギは生命力の象徴だった。当然、バルドルを殺したそれとなれば、秘めた力は想像もつかない。

 そう考えたナーストレンド家の先祖たちは自らの体にヤドリギを埋め込んだ。しかし、ノアの語ったように逆に魔力を吸われ、生き残った者は少数だった。

 そこで、生存者たちは近親婚を繰り返した。ヤドリギの寄生に耐えられる体質を残し、特化させるために。

 

「……家系図が恐ろしいことになってそうですね」

「良い所に気付いたじゃねえか。俺も一回書き起こしてみたことがある。聞きたいか?」

「いえ、やめときます!」

 

 口に出すことも憚られる、血の所業。その中で徐々にヤドリギとの共生が行われ、完成していった。

 

「だが、俺に言わせれば欠陥だらけの魔術だ。当時八歳だった俺は術式に改良を加え、ヤドリギを外付けの魔術回路として使えるようにした。そんな訳で俺にヤドリギの影響が出ることはない」

「もしかしてリーダーって天才……!?」

「まあな。天才を超えた超天才と言え!」

「超が続いてて超読みにくいんですが」

 

 そこで、立香はノアの腕のことを思い出す。

 

「出血が少なかったのも、ヤドリギのおかげなんですか?」

「そうだ。生きていくために血液に頼る必要がないからな。ただ、魔術的に血ほど便利なものはない。契約に使ったりな」

「だから最低限は確保してると。色々考えてるんですね。……そういえば、リーダーのことを聞くのは初めてな気がします」

 

 その時、二人の背後からロマンが肩を組むようにして絡んでくる。片手に酒瓶を持ち、アルコールの匂いを漂わせていた。どう見てもダメ親父である。

 笑い上戸なのか、常に笑顔なのが逆に恐怖を駆り立てた。

 

「二人ともこんなところで何をしてるんだい!? 男女の逢瀬かなぁ〜!? みんなで飲もうよ!」

「私未成年なんですけど!?」

「世界が絶賛滅亡中なんだから法律なんて無視しちゃっていいんじゃないかな!?」

「おい、ここにとんでもない人類悪がいるぞ!」

 

 二人の抗議もむなしく、ロマンに引きずられていく。途中で何度か抵抗しようとするも、そうすると泣き出すため、空振りに終わらされる。

 辿り着いた場所は、いつもの食堂だった。

 扉を開くと、ペレアスと見慣れない女性が酒の入ったグラスを傾けている。テーブルの上は開けられっ放しのつまみが散乱する地獄絵図であった。

 ペレアスは鎧を脱いでおり、どこで見つけてきたのか半袖短パンのラフな格好をしていた。一歩間違えると夏休みの虫取り少年だが、下手に良い見た目とスタイルのせいで先鋭的なファッションモデルにも見えなくもない。

 彼らはノアと立香が来ると、

 

「よお、とりあえず飲め」

「君たちが世界の脅威に立ち向かうマスターかい? ……良い目をしているな、それに度胸もいい、とか言っておこうかな」

 

 なるほど、つまりカルデアの年長組が酒盛りをしていただけだったらしい。ノアと立香は無理やり席につかされる。

 立香は栗毛の女性に対して頭を下げた。

 

「初めまして! お名前は何と言うんですか!?」

「よくぞ聞いてくれた! 私は世に謳われた万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチ! ダ・ヴィンチちゃんと呼んでくれると嬉しいな!」

「…………あの、私でも知ってる名前が出たんですけど。髭もじゃのおじいさんじゃありませんでしたっけ」

「ああ、そこはほら、私天才だから」

「そう言われても分かんないんですが……」

 

 困惑する立香だったが、ノアはなぜか納得したように頷いていた。

 

「天才故の苦悩ってやつだな。俺も超天才だからよく分かる」

「お、イケる口だねえ。私も生前は色々とよく悩んだものさ」

「例えば?」

「「………………」」

「無いのかよ!! もはや気楽なだけのアホだろお前ら!?」

 

 憤るペレアス。サーヴァントにもアルコールは効くのか、酔いが回って感情表現が大げさになっていた。

 そんな彼を見て、ダ・ヴィンチとノアはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「まったく、これだから戦士は困るなあ。学者には学者の戦場ってものが〜」

「違いねえな。学会もまた謀略と策謀渦巻く戦場なんだよ。俺が聞いた話では〜」

「お前ら『〜』に頼ってれば、知らなくてもどうにかなると思ってるだろ。勝手に補完してくれると思ってるだろ」

「「〜」」

「よし、表に出ろ。喧嘩売ってることは分かった」

 

 ノアとダ・ヴィンチは組ませてはいけない。立香はそのやり取りから学んだのであった。

 翌日、立香を除く四人は二日酔いで撃沈。カルデアの業務は大いに遅れた。




次回、閑話をひとつ挟んでオルレアンに行きたいと思います。特異点がしれっとひとつ増えてましたが、キャメロットの後を予定しているので当分先に。舞台は日本です。
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