自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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第56話 最果ての王と円卓の騎士 中編

 聖都主街区。

 絢爛の都はいまや見る影もない。戦火に焼かれ、死体が路傍の石のように打ち捨てられる叫喚の戦場が繰り広げられていた。

 世界の趨勢を占う争いとは、かくも醜い。騎士道物語に描かれる壮麗さはどこにもない。互いが互いの正しさを認められぬ故に手を血に染める、ヒトの暴力的な本能があるだけだ。

 戦争の醜悪さは、騎士道や理想、誇りといった綺麗な言葉では到底取り繕えない。むしろ、汚物を飾り立てるように、その汚さがより際立ってしまうだろう。

 しかし、取り繕うべきモノを持たぬ男がここにいた。

 太陽の騎士、ガウェイン。灼熱の聖剣を振るい、騎士は黒き死神と斬り結ぶ。

 建物の屋根から屋根へ、渡り鳥のように翔びながら剣技をぶつけ合う。白銀と漆黒の激突は一合ごとに大気の悲鳴を響かせる。

 騎士道を捨て、理想を捨て、誇りを捨てた。残ったのは、かつて果たし切れなかった王への忠義のみ。激情の如く燃え盛る忠心はまさしく、輝く炎の束となって解き放たれた。

 

「『転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)』!!」

 

 触れたもの皆焼き焦がす業火。聖剣の一閃は太陽のプロミネンスじみた威容を以ってハサンへと襲いかかる。

 至近距離から薙ぎ払われた炎の刃を回避する術はない。ましてや生半可な防御は無意味だ。熱したナイフでバターを切るように、聖剣は一太刀で敵を解体するだろう。

 たとえ相手が超常の暗殺者であろうと、それは変わらない。自らの矜持たる刃はあらゆる敵を滅する───騎士の確信はしかし、一瞬で裏切られた。

 髑髏の死神は踵を返し、昏き夜の外套を翻す。

 ただそれだけで、聖剣の一撃は中空に受け流された。さながら蝋燭の火を息で吹き消すように。

 

「くっ、私の宝具ですら……!!」

 

 動揺が思わず顔を出す。ガウェインの加護『聖者の数字』は太陽が中天に輝く時、最大の力を騎士に与える。つまり、今の一刀は掛け値なしの全力だったのだ。

 それをたった一動作で対処された。これが意味する事実は甚だ大きい。

 悲嘆に暮れる暇はない。他の手を考える余裕もない。この敵を前にしては、僅かな意識の揺らぎでさえも死に直結する。

 ハサンは返す刀を留め、騎士から距離を取る。蒼き炎の双眸が微かに上空へと向いた。その直後、太陽王と獅子王の砲撃が青空の中で煌々たる光の大輪を咲かせた。

 

「互いに時は残されておらぬようだ、太陽の騎士よ」

「……互いに? 急がねばならないのは其方の側でしょう」

「同じことだ。終わりは近い───構えよ、我が剣の粋を見せよう」

 

 予告と同時にガウェインは動いていた。相手に先手を渡せば凌ぎ切れる保証はない。脊椎が丸ごと氷の塊に入れ替わった寒気を振り払うように、剣戟を繰り出す。

 両者の剣が幾度となく衝突する。太陽の騎士の連撃は神速にして必殺。なれど、死神の処刑剣は決まりきった楽譜に拍子を合わせるかのように捌き、返しの刃を放つ。

 隔絶した剣技。太陽を中天に頂くガウェインを以ってしても、相手は遥か高みに位置していた。

 だとしても、その事実は負けを認める理由にはならない。それどころか、騎士は淡く微かな勝利を求めて一層激しく聖剣を走らせる。

 

(この剣は───王の喉元に届き得る!)

 

 神と化した獅子王に対しても、死神の凶刃は変わらず在り続けるだろう。未だ底すら見せぬ暗殺者は王の首を断つに違いないと、直感が叫んでいた。

 人のための騎士であることを捨てた彼に残されたのは、王の騎士であることだけだ。

 ソレが、王を護り切れぬことなどあってはならない。

 思考を研ぎ澄ませる。

 時間の流れが遅滞する。

 聖剣の柄に埋め込まれた疑似太陽が駆動し、目眩く光を刀身に流し込む。

 そして、顕れるは怒濤の斬撃。太陽の熱を宿す白刃が無数に閃く。赫赫たる剣舞は炎の嵐を巻き起こし、王の敵対者へと降り注いだ。

 

「……見事」

 

 賞賛のみを告げ、暗殺者は剣を振るう。

 その技に太陽の騎士ほどの苛烈さはなく、きらびやかな輝きなどは一切見受けられなかった。敵の攻撃が最高速に達する前に留め、炎の嵐を正面から突き進む。

 質実剛健を絵に描いたような剣技。合理性を突き詰めたその剣に、一軍を一撃で滅するような威力は不要だ。

 ガウェインの全身を粘着質の焦燥感が包む。

 相手を突破する一手がない。光の届かぬ深海の底で冷たく重い水を掻き分けるように、剣の勢いが鈍っていく。

 あと数歩踏み込まれれば間合いが潰されかねないほどに接近を許す。しかしそれは、ガウェインの望むところでもあった。

 聖剣の真名解放は外套の一振りで防がれる。が、これはハサン・サッバーハであろうと直撃すれば命はないということだ。

 ならば、通常の剣戟に織り交ぜる形で宝具を解放する。疑似太陽は既に臨界、魔力の流れから次撃を予測されることはない。

 太陽の騎士は小さく剣を引き戻し、

 

「『転輪する(エクスカリバー)────」

 

 その意識の傾きを、暗殺者は見逃さなかった。

 流れる風のように距離を詰め、騎士の眼前に迫る。

 

「……ッ!」

 

 忘れていた。この男はアサシン。影に潜み、対象の虚を突く技を修めている。相手の意識の狭間に滑り込む戦いこそが真髄だ。

 ハサンは聖剣の持ち手である右手首を左の五指で押さえる。人体の構造上、関節を鎧で覆うことはできない。手首を潰されることを警戒したガウェインは咄嗟に腕を振り払おうとした。

 全身に鈍痛が走る。骨を折られたのではない、神経網を駆け巡るような痛みに騎士の動きは硬直する。

 ハサンが押さえたのは、東洋医学で言うところの経穴。ただしそれは人を癒やすためのものではなく、効率的に人間を殺めるための外法だった。

 ガウェインが体の操縦権を取り戻すまでの一瞬は、サーヴァントにとって致命的な隙だ。

 騎士は死を覚悟するが、ついぞその瞬間が訪れることはなく、地上に放り投げられた。

 地面に墜落したその時、呆けた声が辺りから上がる。

 

「呪腕さん、空から円卓の騎士が!!」

「いやそれ普通に大ピンチですぞ!?」

 

 ダ・ヴィンチと呪腕のハサン。軍勢の指揮と足止めを担当していた二人は思わぬ乱入者に目を剥く。

 ガウェインはすぐさま体勢を立て直す。三対一、なおさら勝ち目は薄くなった。彼の意識が思考に費やされようとした時、上から声が降り掛かった。

 

「汝の天命は此処に在らず。人の騎士たることを捨て、王の騎士たらんとするならば、己が意のままに進むが良い」

「……貴方は一体、どこまで見抜いておられるのですか」

「この身は晩鐘に従うのみ。右も左も分からぬ若輩者と変わらぬ。この目に映るものなどそう多くはない」

 

 蒼い眼差しを向ける告死の剣士の言葉には、淡々と事実を述べる無機質さがあった。太陽の騎士は深々と礼をする。

 

「貴方のような剣士と一時なれど鎬を削り合えたこと、感謝致します」

 

 ガウェインは剣を納め、王城へと駆け出した。ダ・ヴィンチと呪腕のハサンにそれを止める力はない。万能の天才は鼻を鳴らして戯けた。

 

「謙遜も度を過ぎると嫌味だぜ? そういうのが許されるのは私みたいな天才だけってね」

「それオール傲慢なんですが! というか初代様に気軽に話しかけられるのすごくないですか!?」

「ほう。呪腕よ、汝は我に対して隔意を抱いていると。そういうことか?」

「どう答えても角が立つ質問……!!」

 

 呪腕はだらだらと冷や汗を垂れ流した。初代山の翁はとにかく身内には厳しい。ひとつ返答を誤れば、素っ首を叩き落とされる可能性もあるのだ。

 

「君を前にして隔意を抱くなという方が難しいだろう。しかも彼は山の翁、初代の偉大さを知らぬ方がおかしい」

 

 愉悦を孕んだ声。反射的に視線を送る。太陽と聖槍の光が炸裂する青空の真ん中に、ソレはいた。

 シモン・マグス。魔術王の偉業の裏で蠢く、もうひとりの敵。巌窟王エドモン・ダンテスに千切られたはずの腕は元通りになっていた。次元を超える魔術師はヒトの手が届かぬ空から地上を睥睨する。

 その瞳が見つめるのは、この場に存在する三人のサーヴァント。なぜここにいるのか、そんな疑問を考慮する時間はない。彼らは身構え、魔術師を睨み返す。

 

「……アレがアトラス院で遭遇した魔術師で?」

「ああ、間違いないよ。伝承とは性別が違うけど、そこはまあ私もお互い様か。造形美に関しては私の方が勝ってるとして」

「私は目的、君は性癖。動機としてはそんなものだろう? 君のルッキズムで勝敗をつけられるのはいささか不愉快だね」

 

 言葉とは裏腹にシモンの声音には相手を試す優越の色が滲んでいた。話題の逸れ方に理解が及ばない呪腕は視線を右往左往させる。

 そんな暗殺者を尻目に、ダ・ヴィンチは得意気に笑った。

 

「私がこの体になった動機が性癖だなんて見当違いにも程がある! 私の女体化はすなわち愛! モナ・リザへの溢れんばかりの愛情さ!」

「ならば私も同じだ。人類への愛ゆえに私は体を造り変えた! その点では私と君は対等という訳だ!!」

「なるほど、私たちは相容れぬ敵同士ってことか……!!」

「これ何の話!?」

 

 呪腕のハサンが叫ぶ横で、ダ・ヴィンチは確信する。Eチームを見送った際に抱いた嫌な予感は、このことだったのだと。

 互いに重なる部分がある。自分と同じでねじれ曲がった性根を持つ相手。それ故に、万能の天才は限りなく薄い予感を得ていたのだ。

 

「ところで、物語の筋を弁えられないのかい君は。大ボスっていうのは最後の最後までふんぞり返って主人公を待つのがお決まりのパターンだろう? 神秘性を失った敵なんて噛ませ以下だよ」

「ふっ。我が王に比べれば、私は所詮中ボスだよ。前回は私の独断だが今回は違う。安心してくれ、Eチームの戦いに手を出すつもりは毛頭ない。彼とはもっと劇的な再会をしたいんだ」

「おいおい、微妙に会話が噛み合ってないのに気付いてるかい? 私はこう言ってるんだ、君みたいな部外者は引っ込めってね───!!」

 

 ダ・ヴィンチが携える籠手と杖。それらは瞬時に詠唱を紡ぎ上げ、魔術を発動する。

 綺羅星の如き光条が、空飛ぶ魔術師の五体を寸分違わず射抜く。人体の構造に精通したダ・ヴィンチの攻撃は、一発でも当たれば敵の命を奪うに余りある精密さを秘めていた。

 だが、光の束は魔術師の体をすり抜ける。シモンは微動だにしていなかった。その体には一切の傷はなく、衣服は揺れてすらいない。

 魔術を行使した気配はない。躱した可能性なんてないことはこの目が見届けている。立て続けに呪腕が短刀を放るが、結果は変わらなかった。

 何故。ダ・ヴィンチが答えを導き出すより早く、魔術師は告げる。

 

「空間の層が違うのさ。セル画やレイヤーに喩えたら分かりやすいかな。レイヤー1を黒く塗りつぶしたとしても、下のレイヤー2には何の影響もないだろう? それと同じことだと思ってくれ」

 

 つまり、シモンとダ・ヴィンチたちとではそもそも存在している場所が異なる。視覚的には目の前にいるように見えても、両者の間にはいくつもの空間が隔たっているのだ。

 通常の空間(レイヤー1)からあの魔術師を倒すには、それこそ次元や空間を超える一撃でなければならない。

 ダ・ヴィンチと呪腕がそう結論付けた瞬間、髑髏の死神は飛び掛かった。

 その手にありしは告死の剣。振るわれる斬撃に小細工は一切無い。だというのに、魔術師は初めて表情を固め、横薙ぎの刃から後退る。

 

「っ、く────やはり貴方は、格が違う」

 

 その首には一本の切創が走っていた。瑞々しい褐色の肌を真紅が彩る。細長い五指を首にかざすと、動画を巻き戻したみたいにゆっくりと傷口が閉じていった。

 この世で不変にして普遍の概念、死。存在する限り、逃れ得ない宿命。山の翁の手に在りしは告死の剣、普遍の死を与える刃は如何に空間が隔たっていたとしてもその役割を執行する。

 シモンは大きな身振りで初代山の翁に向き直る。

 

「我が王の勅命だ。冠位のアサシン、ハサン・サッバーハ。貴方の命を貰い受ける」

 

 殺気が膨れ上がる。その源流は山の翁のひとり、呪腕のハサン。彼は強く短刀を握り締め、怒りと殺意混じりの気勢を声とともに吐き出した。

 

「……その言葉、本気か」

「もちろん冗談だとも、呪腕のハサン。今ので分かっただろう、私に彼を倒す力はない。威力偵察さ。強さを測っておかねばならないのでね」

「じゃあ早く帰ってくれないかな? 正直蛇足だよ、君の存在は」

「ただ、私にも闘争心というものがある。やられっぱなしでいられないし、王に面目が立たない。故に」

 

 魔術師を中心に魔法陣が展開される。

 青い空に描かれる幾何学模様。それはまるで大木が広げる枝葉のようだった。

 緻密かつ膨大な魔術式の全てはたった数秒で書き上げられた。天に刻みつけられた紋章はこの世界に穿たれた孔であり門。人ならざる獣を喚び出す方陣だ。

 

「接続、解錠」

 

 陣が横に切断される。門を開ける、などという生易しい表現は似合わない。向こう側から何かが錠前を食い破り、虚空の底から眼光を輝かせる。

 ぴしり、と空間に亀裂が入る。蜘蛛の巣のように張り巡らされたそれは、ヒトが未だ到達し得ぬ異次元の景色を覗かせていた。

 空に切り開かれた絶遠のクレバス。心臓が鼓動を速め、全身がここから逃げ出せと騒ぎ立てる。人間が文明を持たぬ頃の原始的な生存本能が、アレには敵わないと叫ぶ。

 動いたのはただひとり、初代山の翁。冠位の暗殺者は自らの衣を解き、辺り一帯を陽の光すら遮断する砂嵐で覆う。

 しかして、魔術師の一言により、術式は完成した。

 

活動界(アッシャー)へと降りて来い。第一の獣よ」

 

 ガラスの板を金槌で叩くように。

 穢れなき新雪を足で踏むように。

 その獣はこの世界に実像を得た。

 すなわち、それは────

 

 

 

「■■■■■■■■────ッ!!!」

 

 

 

 ────()()()()()

 咆哮が、砂塵を消し飛ばす。

 白日の下に晒されしその色は赤。

 血の滴るような赤。

 皮膚を剥いだ肉のような赤。

 あるいは、世を滅ぼす火のような赤。

 ありとあらゆる凶々しさをその体色に表した獣は、竜のカタチをしていた。

 一般的な最強の幻想種である竜などとは異なる、純粋な力の塊。その圧倒的な威容と振り撒く恐怖とは反面、存在そのものには不安定さがある。

 この世界に実像は得たものの、実体を得ることはできていない。竜は不完全さを表すように、塗り絵を乱雑に塗り潰したような姿だった。

 けれど、その不安定さを補って余りある部位がある。

 それは頭部。鋭く切り立つ七本の角。頭頂には天使の輪の如き十個の光輪が輝く。その光輪は竜が戴く王冠のようであった。

 終極を告げる赤き竜。

 人類種の天敵。

 獣はその咆哮だけで冠位の暗殺者の衣を容易く裂いてみせた。

 

「…………、あ」

 

 その声は、誰がこぼしたモノだったか。

 時が凍りついたみたいに戦いが停止する。相争う両軍はサーヴァントだけを残して、全員が地面に倒れ伏した。

 彼らの目からは一様に光が失われていた。筋肉が弛緩しているのか、だらりと四肢を放り出して両顎は開きっぱなしになり、舌が外へ放り出されている。

 それはもはや人間ではなく、肉の塊だった。

 莫大な音量で気絶したのではこうはならない。

 彼らは砕かれたのだ。

 肉体という器に注がれた、魂そのものを。

 

「さあ、追ってこい。カルデアが魔術王を騙る偽物を打ち倒し、楽園に足を踏み入れるまで───私たちが貴方の試練となろう!!」

 

 竜の像が霧散し、虚空の門が魔術師の半身を呑み込む。

 次元を渡る、魔法級の魔術。わざわざ入り口を造り出したのは、山の翁を誘い出すために違いない。

 山の翁は独り呟く。

 

「……やはり、この未来に辿り着くか。晩鐘は原初の母でなく天魔の王を指し示した」

 

 果たして、その瞳には何が見えているのか。

 今はシモンとハサン以外に知る由はなく。

 山の翁は自らの後進に言い残した。

 

「呪腕よ。腕を失くした不覚者なれど、今や後を託せるのはお前のみ。我らの民と土地を、頼む」

 

 自分以外の全ての山の翁を斬った彼らしからぬ発言だった。アズライールの霊廟にて暗殺教団を見守る男は、初めて後進に頼るということをしたのだ。

 それは、あの魔術師を追うことで初代山の翁たる役目を果たせなくなる可能性があるということ。

 呪腕のハサンは直ちに跪いた。

 

「我が身命を賭し、その役目を果たすことを誓います」

 

 山の翁は頷き、次元を繋ぐ門に飛び込んだ。

 しん、と辺りが静まり返る。上空に輝く砲撃の衝突音もどこか、壁を隔てたみたいに他人事だった。

 

「……気に入らないな」

 

 ダ・ヴィンチは端正な顔を歪め、握り締めた手のひらに爪を突き立てる。

 その怒りにも、憎しみにも似た激情がどこに行き着くのか。それは万能の天才にすらも予期し得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「貴様を───倒す!!!」」

 

 円卓の騎士、アグラヴェインとランスロットは同時に吼えた。

 殺すのではなく倒す。相手を完膚なきまでに叩き潰し、己の優位を示す行為。ただ殺すだけでは生温いからこそ、二人はその言葉を選んだのだ。

 殺し、殺された騎士たちは二度目の生を得てもなお、命を奪い合う。

 湖の騎士は不壊の聖剣を手に、一直線に突進する。

 

「その剣を、私に向けるか」

 

 その突撃は、アグラヴェインの配下たちによって遮られた。狂化を施された従騎士は主の意のままに隊列を組み、聖剣の一刀に我が身を晒す。

 噴き出す血飛沫。従騎士は仲間の死を目の当たりにするも、動揺する者は誰ひとりとしていなかった。

 剣槍が湖の騎士を刺し殺さんと迫る。

 肉体の限界を超える狂化と強化を施されているとはいえ、ランスロットはそれら全てに反撃を叩き込むこともできた。が、彼は地面を蹴って後退する。

 黒き鉄鎖が地面を突き破る。ランスロットが足を止めていたら、この鎖に捕縛されていただろう。そうなれば一巻の終わり。無数の刃に体を貫かれて、勝敗は決していた。

 単純な剣の腕前で湖の騎士に勝る者はいない。真っ当に斬り合えば、勝負がどう転ぶかなんて目に見えている。

 だからこそ、アグラヴェインは配下とともに戦った。数で押し、鎖で拘束するために。

 ひとりまたひとりと湖の聖剣は従騎士の命を散らす。ランスロットは単騎ながらも多数の敵と互角以上に渡り合っていた。

 アグラヴェインは仲間の亡骸に鎖を巻きつけ、傀儡のように操作する。

 

「見ろ! 貴様はまたしても王を裏切り、仲間を殺した!! その剣が生み出すのは罪だけだ! ベイリンなどはまだ生温い……貴様こそが真に呪われた騎士であることを思い知れ!!」

「過去の罪を取り繕うつもりはない。だが、今は人の世を救うために剣を振るう!」

 

 四方八方より襲い来る黒鎖。雪崩を打つ騎士の壁。一切を狂いなく対処しながら、湖の騎士は叫んだ。

 

「それこそが間違いだとまだ気付かないのか。人の世のために剣を振るうというのなら、王に付き従うことが最善の道だ」

「王が、そうしろと何時望んだ」

「……何だと?」

「忠誠とは主君が求めるものでなければ、周囲から押し付けられるものでもない。王は人に助力を求めることはあっても、それを強いることはなかった。貴様の忠誠の形を他人に押し付けるな」

 

 その言葉はあの時の刃よりも深く鋭く、アグラヴェインの胸に突き刺さった。

 ばつん、と脳の奥で何かが千切れる音がした。鉄の鎖をカッターで切断するように荒々しく。汚泥の底を掬った感情が、背骨を伝って血管の隅々に流れ出す。

 嘔吐感にも近い混濁した激情。それを知ってか知らずか、湖の騎士はさらなる一刀を叩き込む。

 

「開戦前にペレアスが言ったことを忘れたか、アグラヴェイン。これは答えの出ない問題だ。所詮忠誠とは自己満足、それを高尚なものとして扱うのは誤りだ」

 

 それが、限界だった。

 どこまでも相容れない。

 人のための騎士と王のための騎士。

 互いに互いを認められぬ、対極の存在。

 ランスロットはあろうことか、アグラヴェインの根幹を切って捨てた。

 

〝アグラヴェイン。貴方は円卓の内部に入り込んで奴らを破滅させなさい。配下を失った王ほど脆いものはないわ。こんな国は滅んだ方が良いと思うでしょう?〟

〝アグラヴェイン。私には卿の力が必要だ。組織は清らかな水だけでは成り立たない。辛い役目を押し付けることになりますが、私だけは貴方を見ている。共に、この国を生き永らえさせましょう〟

 

 魔女は円卓の崩壊と王国の滅亡を我が子に望み。

 騎士王は共に国を栄えさせることを騎士に望んだ。

 王こそが希望の体現だと思った。滅びに向かって突き進むブリテンを救うことが叶うのは騎士王ひとりなのだ。そう信じてやまなかった。

 ただの人間であったアグラヴェインは、王と出会うことで騎士となったのだ。

 そこで、初めて思った。この体に流れる魔女の血。他人を省みず、己が妄執だけに囚われたあの女と自分は同じではないのだと。

 ───私も、他人のために生きることができる。

 だが、辿った結末は。

 ランスロットの不倫を暴いた挙句に円卓を崩壊させ、王国の滅亡を招いた。

 そう、結局は、あの女の目論見通りだったのだ。

 アグラヴェインは自らの忠誠の果てに滅亡の引き金を引いた。否、それ以前からもその予兆はあったのかもしれない。魔女の愛人であるラモラックを仲間とともに殺したのは、本当に王のためだったと言い切れるのか。

 魔女の大切なものを奪うことに少しも愉悦を感じなかったと、王の前で言い切れるのか。

 だからこそ、アグラヴェインは獅子王に剣を捧げた。

 今度こそは完璧な理想の国を創る。それこそが騎士の忠誠であり、贖罪なのだ。

 

「貴様は、それを────!!!」

 

 視界を赤く染める殺意。

 生温かったのは自分だ。相手を倒すためならば、どれほど非情な手段でも選んでみせるのが自らの騎士道だったはずだ。

 足元にいくつもの黒斑が浮き上がる。影が渦巻く点から次々と騎士が這い出し、漆黒の狂化を施される。

 獅子王の下僕たる粛正騎士。その実力は一般兵とは数段異なる。王の手駒でさえも、騎士は彼らを自分の色に染め上げた。

 アグラヴェインが手を前に出すと同時に、粛正騎士は突撃をかける。先頭の騎兵は味方の死体を踏み潰し、槍の穂先を打ち出す。

 頭部を狙った一撃。湖の騎士は紙一重でそれを躱し、すれ違いざまに騎兵の腹を断ち割った。

 

「…………ッ!?」

 

 割られた体の断面から血濡れた黒鎖が飛び出し、ランスロットの左腕を絡め取る。

 部下の体内に鎖を仕込む荒業。ランスロットが敵を斬る度に拘束の手は増え、強制的に詰ませる一手だ。

 湖の騎士は即座にそれを看破し、鎖を切断しつつ後退する。それより僅かに速く、粛正騎士たちは自らの体を切開した。

 顎の下から下腹部まで、一直線に切り下げられた傷口から鉄鎖が奔る。都合五十人の命を犠牲に、黒鎖は奔流となって湖の騎士を追う。

 氾濫する黒き鉄の河。もはや打ち払うという行為は無為。激流に放り込まれた人間のように、力なくもがくことしかできない。

 しかし、立ち向かうのはランスロット。湖の乙女より聖剣を賜りし、円卓最強の騎士。

 物量で圧されることには慣れている。ハドリアヌスの北壁を超えた先の異民族はいつだって数倍の戦力で以って攻め込んできていた。

 それに比べれば────!!

 

「う、おおおおおおっ!!!」

 

 果てしない物量を、神速で以って凌駕する。

 湖の騎士、その全身全霊を懸けて剣戟を放つ。それはランスロットという存在が持ち得る最大限の可能性を費やし、迫りくる鋼の河を切り裂く。

 此処にいない誰かのために。

 断末魔さえあげられず散っていった人々のために。

 騎士は、その魂を燃焼させた。

 視界が晴れる。

 鋼鉄の闇が砕ける。

 その時点で、勝敗は決まっていた。

 

「……づ、ぐ」

 

 ずぶり、と腹の肉を掻き分ける冷たい鉄。

 ざくり、と背中を突き刺す鋼の槍。

 湖の騎士の五体は数人の従騎士の狂気に串刺しにされていた。

 英雄は全てを注ぎ込んだ。

 己の魂と命を糧に戦った。

 なれど、それは決して選ばれし者の特権ではなく。

 むしろ、歴史の波に呑まれ消えていった名も無き誰かの本領であった。

 

「とどめだ」

 

 アグラヴェインが剣を振り上げ、ランスロットの首には刃をかざす。

 回避は不可能。決死の騎士たちが心血を注いで縫い止めていたから。

 勝利の天秤は、一方に傾いた。

 

 

 

「■■■■■■■■────ッ!!!」

 

 

 

 瞬間、赤き竜の咆哮が轟く。

 魂を砕く声。従騎士の指先から力がこぼれ落ちる。

 その機会を、湖の騎士は見逃さなかった。

 刃金が鳴る。

 必殺を期した一撃を聖剣が弾き返す。

 神経を巡る痛みなど二の次。遠くない先に待つ死など恐れるに値しない。ランスロットは淀みなく返しの太刀を放った。

 

「く、そ……!!」

 

 そうして、二人の騎士は剣を交わす。

 一合の度にアグラヴェインは追い込まれる。分かりきった結果だ。両者の剣技はそれほどまでに隔絶している。

 ────認めない。

 この男に負けることだけは決して。

 ────気に入らない。

 その力を王のためだけに使わなかったことが。

 溢れる衝動。増えていく傷。アグラヴェインは従騎士に施していた狂化を、自らに課した。

 目の前の男を超えるために。

 目の前の男が犯した罪に手を染めた。

 

「───ランスロットォォォッ!!」

 

 脳の片隅で大事な何かが弾けた。

 全身の骨が爆ぜ、その勢いのままに剣を薙ぎ払う。

 威力、速度ともにアグラヴェインの限界を超えた一撃。

 肉を裂き、骨を断つ感触。宙を舞うのはランスロットの左腕。血濡れた視界の片隅でそれを捉えるが速いか、二の太刀を構える。

 爆ぜた骨と砕けた脳を補強するように、騎士の五体を鎖が覆う。

 肉体がガラクタと化しても、これならば問題はない。鎖に動作をプログラムし、敵に最期の一刀を繰り出す。

 

「『縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)』」

 

 光の斬撃が、その一撃ごと騎士を断ち切った。

 決して折れぬ聖剣に膨大な魔力を込めた斬撃。傷口より見るも輝かしき青の光が溢れ出し、アグラヴェインの肉体を崩壊させていく。

 地に伏せた騎士に、ランスロットは言った。

 

「……私は王のもとに行く。それが、私なりの贖罪だ」

 

 死にかけの体を引きずり、湖の騎士は王城への長い一歩を踏み出す。

 薄れゆく視界でその背中を追い縋る。

 とうに動かぬはずの手は、肌を裂くほどに強く握られていた。

 最期に残った感情。それを留める理性は霞み、口をついて零れた。

 

「まだ……まだ終わっていない……!!」

 

 その言葉は空気に溶けて消えていく。

 負けない。負けたくない。そんな子どもじみた想いは、ランスロットに届くことはなかった。

 

「その言葉、おれが聞き届けた」

 

 掠れた声が、静寂を裂く。

 湖の騎士の前に。その男は、ラモラックはいた。

 彼からは生気という生気が失われていた。肌は死人のように青白く、失った右腕の断面からはもはや血液すら流れていない。

 死んだ体を引きずって、赤き盾の騎士はここに辿り着いたのだ。

 

「……何故です、ラモラック。どうしてその体で動ける」

 

 唇の血を拭い、騎士は答える。

 

「王の祝福だ。無限に尽きぬ体力があるのなら、死なぬ限りどこまでも戦える。おれの生き汚さは知っているだろう」

 

 アグラヴェインの目には、かつての死に際のラモラックと今の彼が重なって見えた。

 ガウェイン、ガヘリス、モードレッドとともにあの男を襲撃した時。ラモラックは致命傷をいくつも受けながら、ガウェインの加護が切れるまで戦い抜いてみせた。

 戦闘続行スキル。そう言ってしまうのは容易い。ラモラックが今こうしていられるのは、単純な理由だった。

 

「おれは捧げるぞ。この命の一片までをも、王に!」

「ラモラック、貴方はまだ───!!」

 

 赤き盾の騎士と湖の騎士は互いに互いのみを見据え、激突した。

 宝具の赤盾がある以上、正面からラモラックを倒すことはできない。必然、ランスロットは防戦に徹するしかなかった。

 勢いの衰えた突きを、力なき聖剣がかろうじて受け流す。二人の技は明らかに精彩を欠いていた。ランスロットは致命傷故に、ラモラックは静謐の毒故に。

 死が決定した者同士の戦い。ラモラックは冷たい体をなおも動かし、ランスロットは熱い血潮を飛び散らせる。

 

「それが貴方への罰か。王の刀剣として死ぬまで戦えという祝福……だからこその無限の体力!」

「いいや、それすらも祝福だ。おれの騎士道にはこれが相応しい。貴様もここで死ぬのなら本望だろう。自らの罪を償えぬと知っているなら、王に裁かれることなく死んでいくのが真の罰だ!」

「だとしても、私はそこを通る」

「ならば、ここを通す訳にはいかぬ」

 

 誰のために、とは言わなかった。

 ラモラックにはもう何もない。ペレアスに心臓を貫かれた時点で、王の盾たる役目は終わっていた。王の騎士たるラモラックは死んだ。契りを結んだ女の形見も捨て、血の通った志をも弟子に託した今、ここにいるのはひとりの幽鬼。ラモラックの形をした残滓だ。

 毒の影響で左眼の視力は完全に失われ、右眼も茫洋とした像を捉える力しか残されていない。

 それでも、彼を動かしていたのは。

 祝福ではなく。

 スキルでもなく。

 

〝死なないで。いかないで。私をひとりにしないで〟

 

 愛という、曖昧模糊な力だった。

 一瞬、元の精彩を取り戻した貫手がランスロットの胸を刺す。

 糸の切れた操り人形のようにもたれかかる男に、赤き盾の騎士は呟いた。

 

「おれは、醜いな」

「私も、貴方と同じだ」

 

 この距離ならば盾は防げない。ランスロットはラモラックの喉元を噛み千切り、正真正銘のとどめを刺す。

 

「私たちは共に愛してはならぬ(ひと)を愛した。その果てに破滅が待ち受けていると知っていても。だから、ですが……ああ────」

 

 ────あれは、綺麗な記憶だった。

 政略の道具に使われた女がいた。

 玉座を我が物にしようと企んだ魔女がいた。

 きっと、彼らの出会いは運命と呼ぶに相応しくて。

 その運命は、滅びを望んでいた。

 けれど、せめて、全てを自分のせいにできるなら。

 その罪罰をもって、あの愛だけは嘘偽りないと認めることはできるだろうか。

 

「───理解できぬ。忠誠を超える愛などというモノが……求める度に奪われる関係が、王国を滅ぼしたのだぞ」

「本当に、そうか?」

 

 お前の中に、愛という言葉に置き換えられるモノは何ひとつとして在りはしないのか。

 続くその言葉を、ラモラックは眼差しに込めた想いで補った。

 魔女がアグラヴェインに吹き込もうとした、国を滅ぼすほどの激情。その対極に位置するのは、王に誓った揺ぎなき忠誠。

 それが終わりを招くモノなのだとすれば。

 彼にとっては反対の忠誠こそが、■と呼べるのかもしれなかった。

 

「……認めない」

 

 認めてたまるものか。

 認めてなるものか。

 そんな感情が騎士の中に存在して良いはずがないのだと、彼は最期の最期まで否定しきって。

 三人の騎士は、同時に命を手放した。

 今際の際に想うのは、我が子の力を受け継ぐ少女のこと。

 仲間とともに笑い合える彼女ならば。

 聖槍を大したことがないと切って捨てられる彼女だからこそ。

 きっと、真に人のために生きられる。

 確かな勝利の予感を胸に、湖の騎士は瞼を閉した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を遡って。聖都王城、玉座の間。

 双剣の騎士と救世の勇者はついに、獅子王に相対する。

 その身に纏うは純白の鎧。碧き瞳は星の輝きを閉じ込めたみたいに淡く煌めいていた。手に携えた聖槍は待機状態ながらも、宝具に匹敵する神威を放っていた。

 凍りついたような表情にはおよそ人の感情は見受けられない。変わり果てた王は冷たい眼差しを向けて、平坦な調子で述べる。

 

「…………ベイリンか。そなたは、私に敵対する道を選んだのだな」

「それが私の騎士道だ。貴様を斬ることに躊躇いはない。虚飾に塗れたこの都とともに滅びろ、現代風に言うと貴様は解釈違いというやつだ」

「現代風に言う意味あったか?」

 

 刺々しい空気が肌を刺す。獅子王は眼前に敵を捉えつつも、殺意や殺気の一欠片さえ向けてはいなかった。

 存在としての強度の差がまるで違う。向かい合うだけで精神が警鐘を鳴らすほどに、彼らの力は隔絶しているのだ。

 カッ、と空中で閃いた砲撃の光が玉座の間を照らす。優位に立っている点があるとすればひとつ、この戦いは太陽王とニトクリスを含めた四対一だということ。

 遥かな距離を介した砲撃戦がいつまで続くのかは分からない。最強の一角に違いない太陽王とて英霊、神霊たる獅子王との地力の差は明白。故に、ベイリンは走った。

 数十メートルの距離を一歩で埋め、騎士は双剣を叩きつける。

 人外の膂力を込めた斬撃は、聖槍の一振りで弾かれた。

 

「あの剣はどうした、ベイリン卿。湖の乙女がかけた呪いは手放した程度で消失するものではなかろう」

「それはこちらの台詞だ。星の聖剣はどうした。折られでもしたか?」

「戯言を。我が槍を忘れたか」

 

 大気が破裂する。

 瞬間、無数の流星が輝いた。

 獅子王が繰り出したのは秒間数百の刺突。音速を優に超える速度の槍は伴う衝撃波だけで、この王城を揺らした。

 さらにその穂先はサーヴァントであっても、一度受ければ原子に分解されるほどの光を湛えていた。双剣の騎士はそれらを掻い潜り、間合いを空ける。

 足を止めて打ち合うのは愚の骨頂。現に、一合でベイリンの剣は融解を始めていた。

 なるほど、確かに獅子王の疑問も当然だ。

 湖の乙女に授けられた聖槍に対抗するには、同じ湖の乙女から奪った聖剣が必要不可欠だと。

 ベイリンはそれを鼻で笑った。

 

「あんなモノに頼るのはもう辞めた。言っておくが今の私は聖剣を持っている頃より強いぞ。頼れる球投げ選手がいるからな」

「俺の本業は弓だ! 変な風評被害はやめろ!」

 

 矢玉の雨が降る。

 ひとつひとつが下級宝具の一撃に匹敵する威力。人体の急所全てを狙ったそれはしかし、聖槍より発せられた魔力が全弾を撃ち落とす。

 小さく舌打ちしながら、アーラシュは即座に次弾を射つ。獅子王がここまでやることは想定していた。後は、如何に射撃を通すか。

 命を懸けた宝具ならば通用する。が、それは正真正銘の切り札。たった一度の最終手段だ。

 獅子王を取り巻く斬撃と射撃。絶え間ない連撃の渦に囲まれてもなお、その表情が変わることはなかった。

 刹那、聖槍に光が集まった。ベイリンとアーラシュが身構える間もなく、それは解放される。

 

「「がっ───!!」」

 

 膨大な熱が全身を叩く。路傍の石を蹴り飛ばしたみたいに体が弾かれ、床を転げた。

 その速度は光速。

 それ故、回避は不可能。

 

「この程度では仕留められぬか。些か貴公らの実力を見誤っていた。私に光槍を使わせることを誇るが良い」

 

 再度、槍に光が灯った。

 拡散させるのではなく、収束させる。

 もはや獅子王に通常の間合いの概念は通用しない。

 聖槍が虚空を突き穿つ。直前、ベイリンは転がるように回避していた。攻撃が躱せないのなら、動作を予測して事前に避けるしかない。

 だが、それは光という現象の前には余りにも遅かった。

 光の槍は双剣の騎士の左脇腹を蒸発させ、城の窓を突き破って空の彼方へと消えていく。

 

「……これで思い出しただろう、我が槍を。聖槍の加護を受け入れよ、ベイリン。私が貴様の王だ」

 

 王はあくまで冷たく言ってみせた。

 これで理解できぬのなら仕方がない。もう一度槍を向け、塵も残さずに消滅させるだけだ。

 ばきり、とベイリンが纏う鎧が音を立てた。

 魔女モルガンが作製した呪いの甲冑。着装者の血を吸い、力を高める呪物が騎士の傷に根を張り、その輪郭を変化させていく。

 

「貴様は、仲間を覚えているか」

 

 端的な問い。獅子王は眉をひそめる。

 

「愚問だ。我が刀剣たる円卓の騎士を忘れることがあるものか。モードレッドの策略により番外位は抹消されたが、貴様とペレアスの記憶はしかと在る」

「───()()()()()()()()

 

 赤血の鎧はより禍々しく、凶相を形作る。狂戦士ベイリンが抱える憤怒が、失望が、見るも悍ましき魔人を作り上げていく。

 

「貴様の仲間とは円卓だけだったのか。否、王はいつも眉間に皺を寄せていたぞ。死に逝く兵を悼み、飢え苦しむ民を想い、心から血を流し続けた」

 

 ベイリンが知る騎士王とは、そういう存在だった。

 何もかも完璧にできる人間はいない。戦の度に犠牲は出る。国の何処かで人は死んでいく。全員に手を差し伸べることなんて、できるはずがない。

 だから、王は常に悲しんでいた。

 途絶えていく命を。

 己の無力さを。

 

「お前の目に人は写っているか、獅子王!! こうしている合間にも聖都の兵と民は傷付き倒れていくぞ! お前が私の王だと言うのなら、少しは悲しむ素振りでも見せてみろ!!」

 

 そんな人間だからこそ、支えたいと思った。差し伸べられた手を取った。人々のために、国のために心を砕いた王のことを忘れるなんてあり得ない。

 

「王は人間だ。人間だった。貴様の如く大上段から人間を見下ろす神が───人を守るための剣を振るえるものか!!」

 

 そうして、騎士は立ち上がった。

 殺意に塗れた凶相で、悲痛なまでの叫びを響かせて。

 アーラシュはその背を叩き、

 

「行けよ。俺が援護してやる」

 

 頷くが早いか、ベイリンは赤き雷と化して駆けた。

 その疾走を飾るのは無数の射撃。獅子王が光の槍を放つには、力を収束させなくてはならない。それは刹那の内に完了するが、迎撃と防御を一手で両立できないということでもある。

 ベイリンに対処するか、矢を撃ち落とすか。

 二者択一を迫られた獅子王が選んだのは、そのどちらでもなかった。

 

「愚かな」

 

 確かに光の槍は収束という過程が必要だ。だが、拡散させる場合は溜めた力を解放するだけで事足りる。

 ベイリンの突進を阻み、射撃を防ぐ一挙両得の手。もう一度、輝く熱波が玉座の間を埋め尽くす。

 白んだ視界が元の色を取り戻した時、双剣の騎士は獅子王の眼前に迫っていた。鎧に傷を走らせて、肉を焼き焦がして、それでもなお騎士は剣を手放さなかった。

 剛力が剣柄を握り潰す。ベイリンは満身の力を込めて、それを振り抜こうとして、

 

〝駄目だよ、剣はもっと丁寧に扱わないと〟

 

 いつかの言葉のままに、優しく刃を薙いだ。

 ぽたり、と床に血の雫が落ちる。それは獅子王の左頬に刻まれた赤い線から流れ落ちていた。

 続く太刀を槍の一突きで粉砕し、ベイリンを跳ね飛ばす。王は頬を拭い、視線を鋭く研いだ。

 

「───聖槍、抜錨」

 

 告げる言葉はない。

 聖槍を抜いた以上、敵は死ぬと確定していたから。

 純白の穂先に光り輝く星の光が集まる。遍く敵対者を焼き尽くす滅びの燐光。空間が絶叫し、軋みを立ててもまだ臨界には到達しない。

 

「オジマンディアスと撃ち合ってる最中でも使えるのかよ……!!」

 

 アーラシュは歯を軋ませた。

 聖槍とは最果ての塔の子機。権能を行使する操縦機に過ぎない。ならば、最果ての塔からの砲撃と聖槍の解放は両立して然るべきだ。

 問題はその範囲。山間の村で見た規模の一撃がここで生じるなら、その被害は計り知れない。Eチームがそのまま消し飛ぶことだってありえる。

 ベイリンはアーラシュの服の裾を縋るように掴む。

 

「アレに対抗できるのはお前の一射だけだ。頼めるか」

 

 それが何を意味するのか、知らぬベイリンではなかった。

 東方の大英雄アーラシュの宝具。

 自身の命と引き換えに放つ究極の一矢。

 ここで死ねと言うのに等しい懇願。英雄は爽やかに口角を吊り上げた。

 

「ああ、頼まれちゃあ仕方ねえ! 困った人を助けるのは英雄の得意技ってな、俺に任せておけ!!」

 

 アーラシュは短く息を吐き、矢を番えた。

 穿つは星。

 この世の収束を望む滅びの光星。

 人の力など及ぶべくもない、神の力による破滅。

 しかし、見よ、此処に立つは救世の勇者。

 相争う二つの国に国境を刻み、安寧をもたらした大英雄。

 2500kmの距離を飛翔し、大地を割ったその絶技は誰かを害するためでなく、人々を救うために使われた。

 なればこそ、彼は正しく英雄だった。

 犠牲にしたのは自分自身のみ。誰をも殺すことなく、誰をも悲しませることなく平和を実現した彼の偉業を後の世の人々は高らかに祝福した。

 その宝具は誇りだった。戦争に明け暮れた自分が、殺した敵の数ではなく助けた人の数を数えることができるから。

 それを使えと求められたならば、断る理由なんてない。

 だから、アーラシュは底抜けに爽やかな顔で笑った。

 かくして、二つの光が出揃った。

 片や万の軍勢を跡形もなく消滅させる光。

 片や万の人間に安らかな平和を与えた光。

 その衝突は、一瞬だった。

 

「『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』」

「『流星一条(ステラ)』────ッ!!!」

 

 輝ける星の墜落。

 指が弓の弦を離れた側から勇者の体は瓦解していく。

 その顔は、最期まで笑みを崩してはいなかった。

 ────教えてやるよ。誰かを殺そうとする力よりも、誰かを救おうとする想いの方が強いってことを。

 極大の熱を撒き散らす恒星を、飛翔する流星が撃ち抜く。

 光の粒が宙に舞う。あれほど暴力的な魔力はいまや、世界を彩る装飾へと転じていた。

 

「…………貴公こそが、最高の弓手だ」

 

 獅子王は敵に賛辞を贈った。その左腕は黒く焼かれ、だらりと垂れ下がっている。流星は聖槍の一撃を貫くだけでなく、その先の獅子王に届いていたのだ。

 

「───だが」

 

 これで相手は聖槍に対抗する手段を失った。

 太陽王が砲撃を行おうが、戦局が集中した今、権能を分割しても対処できる。向かい来る双剣の騎士に先んじて、獅子王は魔力を紡ぎ上げる。

 誤算があるとすれば、それは。

 

「『入射角良し、出力全開! 最大戦速で突っ込みます!!』」

「『───フ。一手仕損じたな、獅子王!!』」

 

 決死の攻撃を仕掛けるのは、アーラシュだけではないということだった。

 天より落下する黄金の神殿。

 自身の加速と重力の相乗効果。

 導き出される威力はかつて恐竜を絶滅させた、天体の衝突と同等。

 最果ての塔と聖槍の分割・並列起動。神としての合理的な判断はこの瞬間、悪手に成り下がった。太陽王の特攻は片手間で防げるほど生易しくはない。

 純白と黄金が交錯する。発生した衝撃波が聖都を席巻し、空間を揺るがす大音量が天へと鳴り響いた。

 倒壊する王城。瓦礫の雨に紛れ、赤い鎧が落ちていく。

 

「私では、届かなかったか」

 

 ───マーリン。お前は今も、王を見ているのか?

 ベイリンとその弟ベイランは互いに血を分けた肉親であることに気付かずに戦った。その身に七つの致命傷を与え合う凄惨な殺し合い。

 

〝───その人の一番大切なモノを壊すことよ〟

 

 呪われた聖剣に定められた運命は、最も愛する者を手にかけるというものだった。湖の乙女が最期に残した呪いは騎士を悲劇へと追いやったのだ。

 それでも、救いがあるとすれば弟の死に顔を看取りながら逝けたことか。

 ベイリンは七つの致命傷を負った体でも、夜から明朝まで生き延びた。騎士が息を引き取った後、マーリンはベイリンが埋葬された墓を訪れた。

 マーリンは呪いの聖剣を引き取り、柄を取り替えた。これが後のギャラハッドの佩剣である。

 その墓にベイリンの名前は刻まれていなかった。騎士は埋葬を頼んだ司祭に弟の名前は教えたものの、自らの名前は語らなかったからだった。

 ───私のような呪われた騎士の名など、残らぬ方が良い。

 その想いは果たして伝わったのか。花の魔術師は双剣の騎士の塚に金文字でこう刻んだ。

 

〝嘆きの一撃を成した騎士、ベイリン・ル・サバージュここに眠る〟

 

 墜落の最中、ベイリンは目を伏せて唇を歪めた。

 

(…………それは余計なお節介だよ、マーリン)

 

 あいつはロクデナシだったが、悪い奴ではなかった。

 戦場を転々としていた自分を見つけてくれたのは彼で、聖槍の呪いによる被害から助けてくれたのも彼だ。その上、あんな贈り物などをされては、何を返せば良いか分からなくなる。

 全身を貫く衝撃。思わず意識が飛びかける。けれど痛みはない。痛みを感じられないほどの死の際に立っているのか。

 

(お前のように、私も何かを残せるかな)

 

 そこからどれくらいの時間が経ったのかは分からない。一瞬だった気がするし、長い眠りについていた気もする。

 声が聞こえる。耳元で騒ぎ立てる大きな声。幸せなあの頃、布団を剥ぎに来た父親のような、毎朝私を起こしに来てくれた弟のような、優しい声。

 薄く目を開き、その顔を確かめる。

 

「───おい、大丈夫か先輩! 生きてるよな!?」

 

 …………ああ、お前か。ペレアス。

 陽射しが眩しい。逆光に照らされた男の顔は焦燥と不安に満ちていた。

 慈しむように、その頬を撫でてやる。そして、もう一方の手でペレアスの剣を掴んだ。

 

「最期に見るのが、お前の顔で良かったよ」

「何言ってんだ、そんな傷くらいノアが治せる。オレたちで獅子王を倒すぞ」

「……そうだな。でも、違うんだ。お前の旅路の果てまで、私の想いも背負っていってほしい」

 

 ───何か、私に残せるものがあるとすれば。

 ずぐり、と掴んだ剣身で自分の心臓を貫く。ペレアスは青褪めて、

 

「何やってんだ馬鹿!? 自殺なんてするタマじゃねえだろ!!」

 

 鎧がほどけていく。ベイリンを覆っていた枷が外れていく。

 ばさり、と長い金の髪が踊る。切れ長の柳眉に赤い瞳。白磁のような白い肌にはその戦歴が見て取れる傷が残っていた。

 双剣の騎士は桜色の唇を吊り上げて、咲き誇る花のように微笑む。

 

「…………アンタ、もしかして、おん」

「ペレアス。私と弟の鎧をお前に託す」

 

 殺された者から殺した者へ乗り移る甲冑。

 ───今の私には、これくらいしか残せないけれど。

 

「だから───私たちも、連れて行ってくれ」

 

 その瞬間、ペレアスの表情は引き攣り、澄み渡った戦意と決意が表れた。

 

「分かった。オレの英雄譚(モノガタリ)を見てろ」

 

 …………うん、楽しみにしているよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 金色の風が吹く。

 空高く舞い上がっていく双剣の騎士の残滓。

 一面を覆い尽くす瓦礫の丘の上で、ついに獅子王とEチームは邂逅した。

 

「此処が、最果ての地だ。貴様達にとっても、私たちにとっても。全ての因縁に決着をつけよう」

 

 体の芯を突き刺す濃密な殺気。

 そんなものに怖気づく人間はここにはいない。大理石の塊を強く踏みつけながら、ノアは切り返した。

 

「初対面のくせにどこかで見たことがあるような顔しやがって、作画コストの削減でもしてんのか? ここで終わるのはおまえだ、ぶっ潰してやるよ三下が!!」

「その言い方だとこっちが三下です! でも、神様だろうが何だろうが負けるつもりはないですよ!!」

「そうね。そもそも神と戦うのも今更って感じですし、数が多い方が強い法則を知らないのかしら?」

「まあ、カルデア最強デミサーヴァントであるわたしにかかればどんな敵もワンパンですが。サクッと倒して終わらせてみせましょう!」

 

 マシュが地面を踏みしめたその時、背後からの声がそれを咎める。

 

「その言葉は、私を倒してから言ってもらいましょう」

 

 太陽の騎士ガウェイン。陽光の輝きを宿す騎士は聖剣を抜き、王の敵へ切っ先を差し向けた。

 獅子王と太陽の騎士。

 彼ら双璧こそが最後に立ちはだかる宿敵。

 ベイリンを看取ったペレアスはゆっくりと振り向く。呼応するように剣を構え、ガウェインを見据える。

 

「こっちはオレが受け持つ。べディヴィエール、王様はお前に任せた」

「…………承りました、ペレアス」

 

 円卓の騎士は背中を預け合う。

 べディヴィエール。その名前を聞いた獅子王は、眉を寄せた。

 

「そこな騎士はべディヴィエールと申すのか。その死に体で何ができる」

 

 場が糸を張り詰めたような緊張に包まれる。

 この特異点に円卓の騎士を召喚し、十字軍を打倒した獅子王。聖剣ならぬ聖槍を携えしアーサー王が、円卓の騎士たるべディヴィエールを忘れるなどということがあるのか。

 ダンテは言いづらそうに切り出す。

 

「そういえば、疑問だったのですが……なぜ獅子王はべディヴィエール卿を召喚しなかったのです? ペレアスさんやベイリン卿は円卓を追放されていたので理屈は通りますが、べディヴィエール卿は────」

 

 騎士王の最期を看取った、忠義の騎士ではないか。

 その続きは紡がれず。べディヴィエールはただ首肯した。

 

「お教えいたします、私の罪を」

 

 ───妖精郷には、人型の岩があった。

 アーサー王の最期。カムランの丘の戦いで命数を使い果たした王は、星の聖剣を湖の乙女に返還することを言い残した。

 その担い手はべディヴィエール。しかし彼は二度聖剣の返還をためらい、三度目にしてようやく湖の乙女に聖剣を手渡すこととなる。

 それが本来の筋書き。伝説や物語に記された、騎士の行いだ。

 

「ですが、私は三度目すらも躊躇った」

 

 聖剣の返還。それを三度果たせなかった騎士が戻った時、王はそこにいなかった。

 それで、気付いたのだ。

 王が最期に与えた使命を三度も裏切ったばかりに、王は妖精郷に辿り着くこと叶わず、現世を彷徨う亡霊になってしまったことに。

 星の聖剣には不老の加護があった。王を探すこと実に1500年、それでも在りし日の王は見つけられず、この世ならぬ妖精郷に着いた時には肉体も魂も朽ちていた。

 マーリンは言った。

 聖槍の女神と化した王を止めるには、今度こそ聖剣の返還を成し遂げるしかない────花の魔術師は星の聖剣をべディヴィエールの右腕に造り替え、この特異点へと送り出した。

 

「これが、私の全てです。自らの心の弱さ故に王を聖槍の女神に仕立て上げ、それを貴方がたに打ち明けることもしなかった」

「───……べディヴィエール」

 

 ガウェインは呆然とその名を呟いていた。獅子王に仕えたことに後悔はない。使命を遂げられなかった彼を責めるなど以ての外。

 言葉に込められていたのは、悪辣な運命への諦観。ペレアスは、それを笑い飛ばした。

 

「ハッ! マーリンの野郎もたまには粋なことをするじゃねえか! 何度失敗しても最後にはやり遂げるのが円卓の騎士だろ、そんな小せえことを気にすんな!!」

「ええ、ペレアス様の言う通りですわ! 三度も待ちぼうけを食らわされたお姉様が不憫ではありますが!」

「…………ペレアス────」

 

 べディヴィエールは唇を噛み締める。

 全ての悔恨を出し切り、騎士は澄んだ瞳で力強く頷く。

 ノアはそれを見届けて、ペレアスの横に立った。

 

「話は終わったな。ガウェインは俺とペレアスとアホ精霊で仕留める。おまえらは獅子王をやれ」

「リーダーもそっちに行くんですか?」

「不安か? 藤丸」

 

 立香はにこりと笑って、ノアの背中を軽く叩いた。

 

「いいえ! 私が言いたいのはしくじるなよってことだけです!」

「俺がしくじるなんて天地が引っくり返ってもありえねえな。三倍だろうが三億倍だろうが知ったことか。……おまえは死ぬなよ」

「はい! これで勝って終わらせましょう!」

 

 盤上に駒は出揃った。

 今、最果ての地にて最後の戦いが幕を開ける。

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