自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

66 / 117
■■特異点 叛逆の英雄神 化外覆滅東征・葦原中津国
第58話 レッツゴー! 本能寺


 ここはどこ?

 わたしはだれ?

 目を覚まして最初に抱いた感想はあまりにありきたりすぎて、一生使うことはないと思っていたセリフだった。

 ここには何もない。何もない、というのは曖昧な表現だが、本当に何もないのだからそう言うしかない。自分が感じるもっとも適切な語句を用いるなら、無としか言いようがない場所だ。

 光がないから暗い、だとかそんな次元ではない。そもそも色がない。虚ろな白さえここには存在しない。

 だったら、なぜ自分はこうして生きていられるのか。完全なる無に放り込まれたなら、きっとどんな生物だって生きていられないだろう。

 溢れ出るばかりの疑問は、

 

「自覚しろ。オマエは疑似サーヴァント。三つの神格を宿した肉の器だ」

 

 その声で、一瞬にして解決した。

 …………ああ、そういうこと。

 理解した。

 自分がどうしてここにいるのか。

 この肉体は依代。本来有り得ぬ神霊の召喚、しかも三柱のそれを融合した複合神格を注ぎ込むためだけの魂の器にすぎない。

 あのような神をよりにもよって人間の体に移し替えるなんて、悪趣味にも程がある。

 でも、良い。確かにあの神は肉の器に入れてこそ真価を発揮する。否、あの神という言い方も変だ。なぜなら、私こそがソレなのだから。

 依代の意識を埋没させ、私は聞いた。

 ───何をすればいいの?

 

「オマエは造物主だろう。ならば、やることはひとつだ…………などと血も涙もないことを言うつもりはない。おれは血も涙もあるからな。好きなようにしろ。おれはオマエに何ひとつ強制するつもりはない」

 

 大体分かりました。

 でも、くだらない冗談ですね。

 つまらないです。

 

「これは手厳しい。我が娘たちを思い出す。そんなところも愛らしいのだが……おっと、これはいかんな。愛情が止まらなくなってきたぞ。抱きしめさせてくれないか?」

 

 死んでください。

 そこら辺の雑草よりどうでもいいです。

 あなたの愛ほど価値がないものはないでしょう。そんなだからあの人にも無視されるんですよ。とっとと帰ってひとり寂しく自分を慰めていたらどうですか?

 ……私のやることは、決まっていますから。

 

「そうか。では、オマエに名前をつけてやろう」

 

 要りません。キモいです。

 

「名は体を表す。特に英霊や神霊といった連中はな、名前があるからこそ存在できるのだよ。歴史に名を残さぬ英雄など誰が召喚できる? これはオマエの存在を安定させる儀式と知れ」

 

 はあ、理屈だけはいっちょまえですね。あなたのことだから、どうせ考えてきたんでしょう?

 

「うむ。これ以上はないというやつを考えてきた。喜べ、これは運命だぞ。依代の少女とオマエたちにとって、馴染み深い名前だからな」

 

 へえ……それは、つまらなくないですよ。

 

「行くがいい、三相一体の偽神(アルコーン)────()()()よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある日のカルデア。

 藤丸立香はぎこちない足取りで廊下を歩いていた。

 いつもの訓練を終え、夕食までの少ない自由時間。フォウくんをモフるか、湖の乙女が作る料理をつまみ食いするか悩んでいたところ、彼女の端末に一通のメールが届いていた。

 送り主はノア。内容は〝至急ダ・ヴィンチのラボに来い〟というものだった。さらに同じような文章がもう一通、ダ・ヴィンチ本人から送りつけられていた。まさしく悪魔の宣告である。

 時に、真に護身術を極めた者は自分より強い敵と戦おうとする際、潜在意識のレベルからそれを阻止しようとするのだという。具体的には周りが溶岩の海に見えたりだとかするらしい。

 それが、必ずしも護身術の達人に限った話ではないことを立香は知った。

 ダ・ヴィンチちゃんの研究室へと続く道。何の変哲もないはずの廊下が、無数の骸が打ち捨てられた屍山血河の様相へと変貌している。

 ごくり、と思わず息を呑む。肺を満たす空気は毒々しく粘ついていた。人間の思い込みがもたらす効果は何となく知っているが、ここまで来ると幻術を疑うレベルだ。

 とはいえ、行かなければそれはそれで何をされるか分からない。進むも地獄、退くも地獄とはまさにこのことだ。実際に地獄に行った経験があるダンテの話を真面目に聞いていればよかったと後悔する。

 足首にまとわりついたイマジナリー亡者たちを引きずりつつ、立香はダ・ヴィンチのラボの前に着いた。着いてしまった。

 扉に耳を押し当てる。

 敵を知り己を知れば百戦危うからず。

 孫子の教訓に則って耳をそばだてたところ、室内の話し声が聞こえてくる。

 

「まずは立香ちゃんの────に───を接続して────」

「そうだな。後はあいつに────で──させれば、────」

「これが発展したら世界が変わるぞぉ! テンション上がってきた!」

「俺たちが歴史に刻まれる日も遠くねえな! 俺とおまえ、そして誉れある実験体藤丸……ふっ、悪くねえ」

「「ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」」

 

 前半は聞き取れない部分があったものの、後半部分だけで立香の行動を決定させるには十分だった。

 

(よし、帰ろう!!)

 

 今時あんなお手本のようなゲス笑いをする人間が、ろくなことをするはずがない。〝藤丸立香は改造人間である〟などということになったら、人理修復を果たしたとしても意味がない。そもそもタグを変える必要がある。何のとは言わないが。

 魔術王より先にあの二人をどうにかした方がいいのでは。そんな考えを抱きつつ、立香は踵を返そうとした。

 その瞬間、研究室の扉が勢い良く開かれる。

 ぬう、と顔を見せたのはノアとダ・ヴィンチ。両者の顔は青白く変色し、ナイフで削ぎ落としたみたいに頬がこけていた。

 さらに、その眼球はギョロギョロと挙動不審な動きをしている。どこぞの聖女の右腕兼厄介なファンである男が乗り移っているかのようだ。

 

「……ギャーッ!」

 

 明らかに正気を失っているマッドサイエンティストたちを目撃し、立香は絶叫とともに飛び退いた。が、それも虚しくノアの右手に肩を押さえつけられてしまう。

 そのまま背後の壁まで追い詰められ、

 

「オイオイオイ、どうした藤丸。いきなり叫んで逃げ出そうとするなんてらしくねえな。何か悪いもんでも見たか?」

「今目の前にいるのがそれなんですけど!? リーダーとダ・ヴィンチちゃんは一回、自分の顔を鏡で見てください!」

「嫌だなあ立香ちゃん。私はこの通り、いつもの完璧に美しいモナ・リザフェイスじゃないか。ルーブル美術館に行って見比べてきても構わないよ?」

「眼球引っ込めてから言ってくれませんか!?」

 

 という痛烈なツッコミも、今の天才コンビには届いていなかった。

 周りに人影はなく、援軍も期待できない。よしんば誰かが通りがかったとしても、ダンテやムニエルのような不憫枠では火に油を注ぐだけだろう。絶体絶命の窮地に立たされた立香の顔を覗き込むようにしながら、ノアは焦点の定まらない目で言う。

 

「引きつった顔なんかやめて笑え! 今日という日は歴史に残るぞ! なんたってようやく俺たちの共同研究が完成したんだからな!」

「理論と方式と設計が確立してから五日───一睡もせずにモノを造り上げたんだ! アレが真の完成を見るには立香ちゃんのから……力が必要なんだよ!」

「今、体って言いましたよね!? 完全に実験体じゃないですか! ここはショッカーの本拠地ですか!?」

「ああん? 一号逃したのに二号でも同じ失敗したマヌケどもと同列に語るんじゃねえ。安心しろ、俺たちは改造人間だろうがバッチリ手元に置いて管理してやる」

「ショッカーを超えたショッカー───!!」

 

 立香は大いに戦慄した。このままではカルデアが悪の組織となる日も近いだろう。実際、カルデアは悪の組織とは言い切れずとも、表に出せない闇の組織ではあるのだが。

 1964年、アメリカの学生が264時間にも及ぶ断眠実験を行った。その記録には二日目で早くも目の焦点が不安定になり、四日目には幻覚が見えるようになったという。狂気の五徹を敢行した彼らがいつにも増してアホなのも当然の帰結だった。

 そこで、はたと気付く。

 距離が近い。少し背伸びすれば唇が触れ合ってしまうほどに。

 五日間に渡る徹夜のせいで、距離感が狂っているのか。せめてそのゾンビのような面をやめれば、赤面のひとつでもしてやったものを。

 何故か上から目線で呑気に考えていると、廊下の奥から、ズドドドドと冗談のような足音が響いてくる。

 咄嗟に六つの視線が音の方向を差す。その内の四つが正しい像を捉えられていたかは定かではない。

 

「ジャンヌさん、なにやら先輩がピンチに陥っています!」

「若干名見覚えのある眼球の飛び出し方してるんですけど!? 怖っ!」

「マシュ、ジャンヌ、助けて! この人たち頭おかしい!」

「それはいつものことでは……?」

「くっ、そうだった!」

 

 マシュとジャンヌは訝しみつつ、走る勢いのままに片手の人差し指と中指を突き出した。

 ずぶり、とノアとダ・ヴィンチの両目に指が刺さる。共同研究とやらでとうに体力を使い果たしていた彼らにとっては、それがとどめだった。二人は悲鳴もあげずに倒れる。

 立香は床に横たわる二つの亡骸から目を背ける。同情する余地などどこにもなかった。

 

「で、マシュとジャンヌはどうしてここに来たの?」

「はい。ドクターが緊急のブリーフィングを管制室で行うとのことで、わたしとジャンヌさんが呼びに来た次第です」

「もうアンタら以外は全員揃ってるらしいわよ。さっさと終わらせて夕食にしましょう」

「緊急のブリーフィング? ドクターがそんなに真面目だったなんて……」

 

 Eチーム三人娘は床に転がった天才コンビの足首を掴んで引きずっていく。

 スケジュールにない打ち合わせは今までにも何度かあった。優雅なおじさんのエサやり当番を決めたり。ただでさえ前例のない特異点修復という異常事態、予定通りに進むことの方が珍しい。

 今回もどうせ聖杯くんの管理担当を決めたりするのだろう。三人娘は根拠もなく、そんな予想をしていた。

 管制室の扉が開く。棺桶のように並んだコフィン。中央に座する地球の魂の複製体、カルデアス。それを取り囲む近未来観測レンズ・シバ───特に変わらぬ光景が広がっている。

 しかし、カルデアスの麓にはロマンを含めた全カルデア職員が召集されていた。ダンテとペレアス、湖の乙女もしっかり顔を見せていた。

 ロマンは立香たちと下に引きずられているモノを目にして、こくりと頷く。

 

「うん、全員揃ったみたいだね。……そこの二人がアレなのは聞かないでおくよ」

「お言葉ですがドクター、食事前にこんなガチガチのブリーフィングを開くことに関して、わたしは疑問を覚えています」

「マシュ、血糖値が上がった立香ちゃんがボクの話をまともに聞けるとでも?」

「そうでしたね。わたしが間違っていました。本題に入りましょう」

「マシュ、もうちょっと粘ろう?」

 

 鉄壁を誇るデミサーヴァントでもロマンの言い分には引き下がるしかなかったらしい。自分のサーヴァントに後ろから刺された哀れなマスターを尻目に、ロマンは話を切り出す。

 

「キミたちを呼んだのは他でもない。次の特異点攻略についてだ。これまでその特異点で得た聖杯を道標にして、レイシフトを行っていたんだけど、今回は事情が違う」

「嫌な予感しかしない言い方ですねえ。何があったのです?」

「第六特異点の聖杯から繋がるのはバビロニアの特異点だったのですが……そこに行くためのプログラムを組もうとしても、打ち込んだそばから数値が書き換えられてしまうというか」

「え、オカルト的な話ですか!? ヒィィ!!」

「地獄行ったやつがこの程度の怪奇現象で怖がるなよ」

 

 ペレアスはダンテの頭を軽く叩いた。地獄篇はスプラッタホラー的な様相を呈しているが、今回の事案はジャパニーズホラーに近い。ダンテにはそういった恐怖への耐性がなかったのだ。

 湖の乙女は顎を手に置いて、首を傾げる。

 

「問題はその数値が意味をなさない数列かどうか、ですわね。レイシフトに介入するということは、全く未知の時代に飛ばされてしまう可能性がありますから。魔術王の千里眼でも見通せないカルデアに干渉できるとは考えづらいですが……」

 

 普段脳みそが茹だっている精霊が真面目なことを口走っていた。精霊としての力のほとんどを失っていても、その経験と知恵は衰えていない。

 できることなら当分そのモードでいてくれると助かるのだが。ロマンは希望的観測を抱きながら、彼女に同意した。

 

「試しに改ざんされた数値でのレイシフトをシミュレートしてみると、行き先は今までは手出しができなかった特異点に繋がることが判明しました」

「そういえば、冬木から帰ってきた後に出てきた特異点って八つだったんですよね。もしかして……」

「そう、立香ちゃんの推測通り。その数値はバビロニアともうひとつ、最後に残った場所───日本へのレイシフトを可能にするモノだったんだ。というよりは、先にその特異点を片付けないとバビロニアには行けないと表現すべきかな」

 

 ロマンは解説する。

 要はすごろくと同じだ。魔術王が人類史というボードを利用して創り上げた七つのマス。カルデアはそれをひとつずつ進み、ついに最後のマスに辿り着くことを可能とした。

 だが、日本に現れた特異点───番外特異点とでも名付けよう───が新たなマスとして挟まってきた。残念ながら、カルデアが出せるサイコロの目はどこぞのピンゾロ賽よろしく、1しかない。これを無視して進むことはできないのだ。

 もっとも、無視できない理由は他にもある。ロマンが手元の機器を操作すると、カルデアスがぐるりと回転して極東の島国を前面にした。

 

「見てくれ。これが番外特異点に起きている異常だ」

 

 管制室がどよめきに包まれる。

 それはまるで、シールを剥がそうとしたところを途中で止めたみたいに。カルデアスに貼り付けられた島は、九州の西端から中国地方の東端までめくれあがっていた。

 人理そのものが剥ぎ取られている。それは視覚的に、計り知れない異常を脳裏に刻みつける。世界を閉じようとしていた獅子王でさえも、こんな事態は起こしていなかったのだ。

 周囲の目が立香に向けられる。なにしろ彼女はその国の出身者だ。受けるショックは大きいに違いない。

 

「先輩、これは───っ!」

「うん……もう二度と鳥取砂丘に行けないなんて!!」

「鳥取砂丘は二度も行きたくなるような大層な場所じゃないでしょうが!! もっと他に驚くなりしなさいよ!」

「ジャンヌさん、鳥取砂丘に失礼ですよ」

 

 ダンテはぼそりと呟いた。そもそも、砂漠は前回でこりごりである。鳥取砂丘などという緑化しつつある観光地を目指す人間など誰もいなかった。

 予想通りに予想外の反応をした立香に、ロマンは呆れた視線を飛ばした。哀れな指揮官は咳払いして場の空気を元に戻す。

 そして、彼は一冊の本を取り出す。それはアトラス院で名探偵から手渡された、『ワトソンくんでも分かる調査ノートその二』であった。シールでデコレーションされているのがそこはかとなく癪に障る。

 

「ノートのおまけ編によると、番外特異点はシモン・マグスが実験として創ったらしい。その目的までは調べ切れていなかったようだけど、次元を操る魔術師なら第六特異点の聖杯から繋がる道筋を書き換えることも可能だろうね」

「つまり、カルデアのことは認識できてないくせに、道を作り変えて強制的にレイシフトさせようってことか?」

 

 ペレアスの疑問に反応したのはロマンではなかった。今の今まで撃沈していたダ・ヴィンチとノアはがばりと起き上がり、シモン・マグスへの愚痴を吐き散らかす。

 

「ま〜たシモン・マグスかい!? どこまで構ってほしいんだアイツは! 自分で実験しておいて後片付けもしないなんて研究者の風上にも置けないやつだなぁ!! くそ、一発殴っておけばよかった!!」

「黒幕気取ってるアホが一番手に負えねえんだよ! 人の迷惑も顧みないで好き勝手しやがって! 次元跳躍のしすぎでまともな感覚失ってんじゃねえか!? もうおまえが人理修復しろ!!」

「うん、全面的に同意だけどキミたちにもブーメラン突き刺さってるかな!!」

 

 ノアとダ・ヴィンチのシモンに対する意見は大体カルデアの総意を表していたが、同時に誰もが思った。お前らが言うな、と。

 これでシモンの特異点を無視することはできなくなった。しかも、彼がそこにいる可能性は限りなく薄い。役目を終えた実験場に、わざわざ足を運ぶ研究者などいないだろう。

 実験場の処理をカルデアに押し付ける。魔術師らしく合理的かつ自らの労力を最低限に抑えるやり方は芸術的ですらあった。

 ロマンは目の色を変える。

 

「番外特異点に生じているのは他に類を見ない事態だ。これを便宜的に『人理剥落』と呼称、人理定礎値は異常性を鑑みてEXに決定した」

「ドクター、わたしたちが行く時代は何年なんです? それによって現地での対応も変わると思います」

「それが……ターニングポイントとなる時代が二度改変されているんだ。最初は672年だったのが、次は995年、今は1868年になっている。このままなら1868年かな」

「最後で随分飛びましたねえ。まるで聖杯が意思を持っているかのような……時代が切り替わるとは、本当に何から何までこれまでの特異点とは違うようです。ダ・ヴィンチちゃんは今回も来るのですか?」

 

 ダンテが気軽に問うと、ダ・ヴィンチは首を横に振った。

 

「ここはパスしとこうかな。シモン・マグスを直接殴れないんじゃ意味ないし……新装備の兼ね合いもあるから、こっちでサポートさせてもらうよ」

「新装備って、まさか」

 

 立香は背筋に寒気を覚えた。想起されるのは先程の呼び出し。ノアの手が肩に置かれ、びくりと震え上がる。

 

「おまえの考えてる通りだ、藤丸。レイシフト決行日までみっちり訓練するからな」

「リーダーと一緒に、ですか?」

「当たり前だ。弟子の面倒を見ない師匠がいるか。言っておくが、スカサハ並にスパルタだからな」

「……最初からそう言ってくれれば、私だって断りませんでした」

 

 ……といったやり取りを、ロマンとダ・ヴィンチ、ダンテとペレアス、湖の乙女の大人組は生温かい目で眺めていた。

 

「…………あっ、そういうことか!! え、嘘!!?」

「今更気付いたのかい? というか、私も訓練に関わるつもりなんだけど、どうしようかこれ」

「お邪魔虫かもしれませんねえ。立香さんは優しいですからそうは思わないでしょうが」

「う〜ん、じれったいですわね。やはり私の必殺技を伝授して……」

「絶対やめてくれよ!? 色んな意味で世界が終わるぞ!!」

 

 そんなこんなで、一週間後。

 カルデアの職員たちはバビロニアの解析を打ち切り、日本の特異点の調査に心血を注いだ。ここまでに六つの特異点を探ってきた職員の手練はもはや手慣れたもので、余計な仕事を増やしたシモンへの憎悪も相まって普段の倍の能率を実現したという。

 しかし、彼らの感情ももっともだ。思わせぶりな言動をするだけで何ひとつ重要なことを語らないシモンのせいで、並のブラック企業が裸足で逃げ出す重労働を課せられたのだから。

 職員の怒りと憎しみが結集し、レイシフトの準備は整った。特異点攻略においては石橋を叩き壊して別の橋をかけ直す慎重さが求められるが、それをEチームに期待するのは酷というものだ。

 つまり、何もかもが前例とはかけ離れた特異点で、人類の運命はまたもやEチームに託された。魔術王が設置した最後にして本命の特異点、バビロニアを修復するために。

 その日の管制室は静寂に包まれていた。

 とは言っても、完全な静寂ではない。

 葬式のお経のように、静かな空気に控えめな音が昇っていく。

 Eチームにロマンとダ・ヴィンチを含めた面子は、何か哀れなものを見るかのような目でソレを見つめていた。

 

「目標をセンターに入れてスイッチ……目標をセンターに入れてスイッチ……」

 

 立香は虚空に向かって身振り手振りしながら、ぶつぶつと取り留めのない言葉を呟いていた。おぼつかない足取りで管制室を歩き回り、時折コフィンに衝突している。彼女の奇行は今に始まったことではないが、それにしてもあんまりな光景である。

 その服装にはいくつかの変化が見られた。カルデア式礼装に加えて、腰回りにポーチが追加されている。右手は幾何学模様が走る黒い手袋に包まれ、前腕部に機械的な縄状の機器が巻きついていた。

 変わり果てた自分のマスターの姿に、マシュは目を剥いてノアとダ・ヴィンチに詰め寄った。

 

「これはどういうことですか!? 先輩が完全に壊れているのですが!!」

「いや、元からあんな感じだっただろ。夏休み明けのクラスメイトがちょっと大人びて見える現象と同じだ」

「あの夏の日はもう戻らないんだよね……」

「大人びてるどころか幼児退行なんですが。人格が土台から崩壊してるんですが。戻らないのはあの夏の日じゃなくて元の先輩なんですが。適当なこと言ってごまかそうとしても、そうはいきませんよ」

 

 マシュはじとりとした目つきになる。ノアは大仰に手を打ち鳴らして、

 

「そんな喪失を経験して人は大人への階段を上がるんだよ。常に前屈みで歩いてた中学二年生も直立するようになるんだよ。おめでとう、おまえはついに中三になった」

「マジで殴りますよ? わたしの拳はランスロットさんでさえも沈めましたからね?」

「落ち着きなさいマシュマロなすび。立香を正気に戻すならアレしかないでしょう」

 

 そう言って、ジャンヌは懐から小袋を抜いた。その袋の中には、きめ細かい白色の粉が詰まっている。職質されたら警察の目の色が変わりそうな見た目だ。

 マシュには見当もつかなかったが、とりあえずその動向を見守ることにした。

 小袋から粉をつまみ出し、立香の背後で宙に振り撒く。すると、彼女は獲物を発見したハイエナのような速度で振り向いた。

 

「この匂い……ホットケーキミックス!?」

「ほらね?」

「これで何を納得しろと!?」

「あ、あの。そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか!」

 

 ロマンは言いづらそうに叫んだ。これ以上彼女たちのアホに付き合っている暇はないのだ。

 

「今回レイシフトする場所は日本の京都に設定してある。比較的どの時代でも安定した人口が見込めるから、情報収集にはもってこいだろう。この特異点は時代が書き換わるからね」

 

 と言うと、サーヴァントたちは思い思いに口を滑らせる。

 

「京都ですか。こう言っては不謹慎ですが、楽しみですねえ。いきなり歌を詠まれても即座に返し歌できるように訓練してきました」

「エクスカリバーほどじゃないがカタナはかっこいいよな。オレも一度振ってみたかったところだ」

「私も欲しいわね、カタナ。なんとなく水着に合いそうな気がするわ。別の宝具も生えてきそうですし」

「紫式部さんと清少納言さんのサインを手に入れた私には一分の隙もありませんわ! ペレアス様とのデートプランもしっかり組んできましたのでっ!!」

 

 ロマンは遠い目になる。観光気分のレイシフトは今に始まった話ではない。むしろこれが彼らの本調子なのだと自分を納得させた。

 ジャンヌはホットケーキミックスの小袋を仕舞いながら、

 

「いつもアテにならないダンテの『暗黒の人類史』情報を聞いておきましょうか。一応。召喚されたサーヴァントは七体だから、これで最後よね?」

「ええ、この特異点にはいない可能性もありますが。たしか、言動から外見から特徴的な人でしたねえ。全身から胡散臭さが立ち込めていました」

「……ラモラックほどのロクデナシでないことを祈るわ」

「思うのですが、ダンテさんの情報が役に立った覚えがありません」

「マシュさん、その言葉は私に効きます。やめてください」

 

 英霊とは必ず何らかの分野で突出した存在だ。特徴的と言われても、地味なペレアスのように特徴的でないサーヴァントなど少ないだろう。

 そこで、立香はノアの目を覗く。

 

「私は修学旅行で行ったきりですけど、リーダーは京都に行ったことあるんですか?」

「いや、京都はない。魔術触媒の競売で所沢には行ったがな。その参加者のひとりが子どもの魂を詰めた呪詛の箱で霊脈を汚染しようとして、危うく関東の霊的機能が全滅するところだった。アレは大変だったな」

「待ってください。そんな一大事件を気軽に語られても困ります! 詳しく説明してください!」

「立香ちゃん、残念ながらそんな時間はないんだ。レイシフト実行が差し迫ってる」

 

 ロマンに勧められ、Eチームはコフィンに詰め込まれた。

 番外特異点へのレイシフト。自己が分解される感覚。とうに手慣れたそれを味わいながら、立香は溶けていく意識の中で思う。

 ロマニ・アーキマンは言った。自分が訊けば、ノアは自分の過去を教えてくれると。

 結局、あれから勇気を出して問うことはできなかった。彼にとって自分の過去が忌むべきものであるとしたら、それは古傷をえぐるのと同じだから。

 けれど、知りたいという欲求は日に日に募っていく。それでも一歩を踏み出せないのはきっと、過去を知って何かが変わってしまうことを恐れる心の弱さのせいだ。

 つまるところ、自分は自分が傷つくことを避けている。ロマンは勇気を出すのが自分の得意技とも言ったけど、それは他人のためならばであって、自分は含まれていない。

 だから、きっかけを待つしかない。浅ましくも、都合の良い展開を期待するしかない。

 その行為には代償があるだろう。

 北欧の主神が片目と引き換えにルーン文字を得たように。

 失うことなしに得ることはできない。望む展開が起きるのだとしたら、誰かが必ず割りを食う。故に、立香はまたしても、都合の良く願うことしかできなかった。

 ───せめて、その代償を支払うのは自分であるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。冷えた空気が肺を満たす。

 鼻腔を擽る戦火の匂い。燃え上がる赤炎が闇夜を明るく焼き焦がす。銀盤の月はどこまでも虚ろに、地上を見下していた。

 ───懐かしい風だ。

 燃え尽きる命、戦場に満ちる汚泥のような人の情念が空気に乗り、肌を撫でる。

 誰もが呪いを抱いて死んでいく。

 誰もが恨みを抱いて殺されていく。

 武器が衝突する金属音。苦痛に悶える呻き声。それを嘲笑うように弾ける火の粉。男は、五感すべてを用いてその惨状を堪能していた。

 小高い山の頂上。遠くの空を眺めていると、眼差しの先で天を貫く柱の如き雷撃が墜落した。遅れて甲高い落雷の音が鳴り響く。

 だが、轟く雷光はそれで終わらなかった。縦横無尽に駆け巡る蒼き稲妻。その中心には刀を振るうひとりの武者。彼女の目に色はなく、入力された命令を実行する絡繰のように、技の粋を出力する。

 対峙するのは幼い少女の形をした鬼。十重二十重に炸裂する雷電を掻い潜り、必殺の一撃を狙う。

 人と鬼。どちらが戦いにおいて有利であるかなど、語るべくもない。当たり前だ。生物としての格が違う。蟻が象に挑むようなものだ。勝てるはずもない…………その前提が、正しかったなら。

 その武者は人ならぬ神鳴りの化身。

 故に迸るのは神雷。人間の意思など及ぶべくもない、天上の雷霆。

 なればこそ、その戦いの結末は見えていた。

 男は目を細め、唇を吊り上げる。

 

「───フ、フフッ。成程。これはこれは……水が合わぬ者同士、戦いは避けられぬ運命。かくも皮肉な殺し合いがあろうとは」

 

 男の名は、蘆屋道満。

 平安最高の陰陽師、安倍晴明と幾度も呪術を交した怪人。彼は柳眉を歪め、つややかな妖しい微笑みを浮かべる。

 

「さて、どちらの側に付くべきか。……否、ここはあえて潜伏し、横面を張り倒すも一興。ンンンンン、選り取りみどりとはまさにこのこと! 迷いますねぇ」

 

 蘆屋道満とはどこまで行ってもそんな男だった。

 まともな手段など取れぬ。最高の一手ですら興に乗らなければ、ゴミのように捨て去る。

 求めるのは最悪。そして混沌。

 阿鼻叫喚の地獄を見なければ、魂が満たされることは決して無い。

 だからこそ、男は正しく、人類史の暗黒点であった。故にこそ、知恵の女神は彼を最後のひとりに据えた。

 ロベスピエールも、ダンテも、コロンブスも、オティヌスも、虹蛇も、ラモラックも────すべてすべて、前座に過ぎぬ。

 

〝お前は、私に似ている。私と同じ、しようのないろくでなしだ〟

 

 奴らに足りぬのは浅ましく醜く低俗な執着心。高尚な理念や信念で取り繕うこともしない、剥き出しの愚かさだ。

 黒く輝く錯綜した感情、感傷。それに水を差すのは、背中から浴びせられた声だった。

 

「…………貴方は、こんなところで何を?」

 

 道満はゆっくりと振り返る。

 そこには身の丈ほどの大弓を携えた少年。常人ならば一瞬で心を盗まれるであろう美貌。その肩には、一羽の雉が停まっていた。

 周囲への注意は怠っていなかった。この少年は道満が張り巡らせた警戒網をすり抜け、この場所に至ったのだ。

 殺すことが目的ならば接近する必要はない。その手にある大弓で遠巻きから射抜いてしまえば良いはずだ。道満は身構えもせずに、口車を回す。

 

「この地に召喚されたばかりでして、事情を伺っておりました。其の方は?」

「大体同じですよ。俺は戦いなんて嫌いですから、血を流すのは他に任せているんです」

「それはそれは、気が合いますな。戦など百害あって一理なし、為政者の都合で民草を翻弄する愚行に過ぎませぬ」

「ええ。お互い、あんな場所とは無縁でいたいですね」

 

 奇しくも、両者の表情は似通っていた。

 貼り付けたような微笑。表向きは話題を合わせつつも、互いの肚の内を弄り合う。

 限りなく細い綱渡り。小さな火花ひとつで、次の瞬間殺し合っていてもおかしくはない。それをおくびにも出さず、少年は笑みを深める。

 

「ところで、失礼ですが貴方の名前は?」

 

 そこで、道満は一瞬思考を巡らせた。

 名前とはそのものの存在を確定させる、この世で最も短い咒だ。名前を使った呪詛を警戒しない魔術師は二流である以前に、魔術師として認めることも憚られる。

 道満にとって下手な呪詛は逆効果。呪詛返しによって、術者を死に至らしめることも容易い。他の英霊に比べれば、真名を告げるリスクは少ないと言えるだろう。

 ならば、いっそ正直に教えてしまった方が後に引かぬというもの。

 

「安倍晴明と申します。以後、お見知りおきを」

 

 だが、やめた。つい一瞬前まではそのように思っていた。本当に。だが、まあ、やめた。

 理由はその場のノリが九割と実利が一割。

 この特異点には安倍晴明がいるかもしれない。もしそうならば、奴を踏み躙ることが第一だ。眼前の少年にカマをかけ、晴明についての情報を引き出す。

 安倍晴明と信じ込まれたとしても、それはそれで好都合。その立場を利用できる。

 少年は微笑を貼り付けたまま、

 

「───テメエ、嘘吐きだろ」

 

 大弓に矢を番えた。

 心臓を狙う鏃が月明かりに照り映える。

 道満はわざとらしく腕を組み、首を傾げた。

 

「はて、何を根拠に偽りと断ずるのです?」

「ああ、俺も嘘吐きだから。お仲間の匂いは何となく判るんだよ」

「……おや、おやおやおや。こちらは根拠を求めたのですが? 匂いがする、などと主観的かつ感覚的な言い分で返されても困りますねぇ」

「ハッ、そりゃそうだ。じゃあ手っ取り早く決めようか」

 

 ばさり、と翼をはためかせ、雉が舞い上がる。

 月輪を背負う両翼。少年の端麗な紅顔が月光に濡れる。その表情には寒気を覚えるほどの不吉さがこびりついていた。

 

「『誓約(うけひ)』。アンタも鬼道に通じるなら知ってるだろ」

 

 道満は答えなかった。答えられなかった。五体が縫い付けられたように停止し、微動だにしない。

 咒を紡ぐことすら奪われた陰陽師に、少年は告げる。

 

「汝が語りしが偽りの名ならばこの矢当たれ。汝が語りしが真の名ならばこの矢外れよ」

 

 そして、弓の弦が弾かれた。

 

「────『天下る糾罪の矢(あめのはばや)』」

 

 その矢の前に偽証は不可能。

 遍く罪を裁く、高天より下りし一矢。

 それはあらゆる因果を否定し、咎人の心の臓を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人はスリルを味わいたがる生き物だ。

 山に魅せられた登山家が危険なルートを切り拓いたり、学校からの帰路、白線以外は煮え滾るマグマに埋め尽くされていると仮定したり、誰も見ていないからと奇声をあげてみたりと、古代から人間はひりつくスリルに魅了されてきた。

 時代が移ろおうとも、その性根は変わらない。麻婆豆腐を見るたびに心が引き裂かれるのに、画面をタップする指を人は止められないのである。

 レイシフトが円満に実行され、ノアたちが辿り着いた場所もそんなスリルを求める人間が集まっていた。

 からん、と軽妙な音を立て、壺皿の中でサイコロが回る。

 

「さあ、丁か半か!」

 

 畳が敷かれた長屋に思い思いの予想が入り混じる。行われているのはサイコロの出目が偶数か奇数かを当てる賭博。最もポピュラーな賭けのひとつだ。

 ノアは着物を着た男たちに混ざり、目を血走らせていた。彼は周囲の喧噪を打ち消す大声でがなり立てる。

 

「丁ォォォ!!」

 

 その時、障子が破られ、

 

「賭けやってんじゃねえアホマスター!!」

 

 ペレアスはノアの背中を蹴りつける。190cmを超える大男が畳を転がり、まさに開示されようとしていた壺皿とサイコロを空中に吹き飛ばした。ついでに何人か巻き込まれてもみくちゃになった。

 となれば、黙ってはいないのが賭けに興じていた参加者たちである。彼らはペレアスに向けてガラの悪い文句を飛ばす。

 

「いきなり割り込んでくんじゃねえ南蛮人! なんだその鎧、大道芸人か!?」

「俺ァこれで借金返して、家出てった嫁と子どもを呼び戻すつもりだったんだぞ! 金払え馬鹿!!」

「ノーカウント……っ! この勝負はノーカウント……!! 認められるはずがない、こんなデタラメ……っ!」

「うっせえダメ人間ども! 昼間っから博打打ってねえで働け!!」

 

 負けじと言い返すペレアスに、次々と雑貨が投げつけられる。が、相手は円卓の騎士。四方八方から飛来する物体を難なく避けきった。

 こんな場所に長居するつもりはない。マスターの首根っこを引っ掴み、賭博場を後にしようとするが、ノアは地団駄を踏むように暴れる。

 

「放せペレアス! こっからが良いところだろうが! せめてもう一勝負やらせろ!!」

「あー聞こえねえ。腕が良いのは認めるがな、十分軍資金は稼いだだろ。お前がこれ以上やると店の元締めが出てくるぞ」

「令呪を以って命ずる。ペレアス、博打をさせ」

「おいバカやめろ!!」

 

 ぴしゃり、と障子を閉めて外に出る。後ろでは未だに騒いでいるが、ペレアスは鍛えられたスルースキルで無視した。

 ノアは土埃を払いながら立ち上がる。賭場で一体どれほど稼いだのか、じゃらじゃらと銭の擦れ合う音が響く。

 

「とりあえず立香ちゃんのとこ行くぞ。ついてこい」

「背中に気をつけろよ。少しでも隙を見せたらアゾット剣ブチ込むからな」

「上等だ円卓の騎士ナメんな。背負い投げで華麗なカウンターキメてやる」

「そのカウンターですら俺は読んでるけどな。アメリカ仕込みのパワーボム喰らう覚悟はできてんのか?」

「いーや、お前のパワーボムなんかオレにかかれば余裕も余裕だ。投げっ放しジャーマンで吹っ飛ばすからな」

「投げっ放しジャーマンなんて大技が俺に決まるとでも思ってんのか? 俺なら────」

 

 小学生以下の言い合いをしながら、二人は異国情緒溢れる街並みを進む。

 通行人の目線が密かに注がれる。この国は長年西洋人との関わりが薄かった。元々、現代でも目を引くような二人だ。注目を集めてしまうのも無理からぬことだろう。

 目に映る家屋のほとんどはどこかが破損していた。火事でもあったのか、ある一角では区画が丸ごと消し炭にもなっている。

 とにもかくにも情報が足りない。あの魔術師が関わっている以上、真っ当な特異点でないことだけが現時点で断言できる情報だ。

 ノアとペレアスが街角を曲がると、上から水を浴びせられる。その通りでは、

 

「遠からん者は音に聞け! 近くば寄って目にも見よ! 『円卓の騎士と湖の乙女の純愛劇場』の山場ですわよ〜〜っ!!」

 

 神秘の秘匿などクソ食らえの精神で水を操る精霊がいた。

 空中に浮かぶ巨大な水のスクリーン。光の屈折率を操り、まるでアニメーションのような映像を映し出している。無駄に洗練された無駄のない無駄な技術だ。内容は題名が物語っている以上のことはない。

 場面はちょうどエタードがシメられるところだった。スクリーンの両側で派手に水が噴き上がり、煌めく水滴がエタードの絶望の表情を彩っている。

 立香は湖の乙女の隣で虚ろな目をして佇む。彼女が両手で抱える箱には絶え間なくお金が投げ込まれていった。

 

「……リースさん、本当に弱体化してるんですか。こんなド派手な魔術使えるなんて聞いてないですよ」

「ええ、何だか私調子が良いみたいですの! それと、水を操るのは湖の乙女にデフォで搭載された機能ですわ! こんなの魔術の範疇に入りません!」

「リースさんってもしかしなくても、当時のブリテンを一番楽しんだ人ですよね?」

「言われてみれば、楽しい思い出ばかりですわね。それもこれもペレアス様と王様のおかげですわっ!」

「皮肉が通じない……この精霊、無敵すぎる……!!」

 

 遠くからその光景を見つめるノアはペレアスに一言言った。

 

「おまえの嫁だろ、早くなんとかしろよ」

「よせ、オレもアレに関しては諦めてる。そんなところも可愛いよな」

「惚気けんなぶっ飛ばすぞ」

 

 で。

 リースの上映会が終わった後、四人は暖かくなった懐で近場の団子屋に入った。賭博で稼いだ金だろうが、精霊の力で得た金だろうが、金は金だ。有り余る財力によって、団子屋の店主は光の速度で品物を用意した。

 立香はもさもさと団子を頬張りながら、話を始める。

 

「リーダーとリースさんが遊んでる間に聞き込みをしたんですけど、1868年なのに戊辰戦争が起きてないらしいですよ。代わりに、西から敵が攻めてきてるみたいです」

「京都にも二週間前に来たらしい。そいつらが特異点を作り出してる元凶で間違いないだろうな。そして、追い返せたってことはサーヴァントもいるってことだ」

 

 立香とペレアスとて、何もしなかった訳ではない。街の人々に聞き込みをして情報を集めていた。結果、浮き彫りになったのはこの特異点の異常性。立香は言葉を続ける。

 

「不思議なのが年代を訊いても人によってバラバラなんです。弘仁何年とか永禄とか……中には西暦で答える人もいて」

「それは不思議ですわね。色々な時代から人間を集めているのでしょうか。全員がこの時代に馴染めているのがおかしすぎますわ」

「まるでテレビゲームのNPCだな。町人の役割を果たせれば、中身は何時代でも関係ねえ。賭場ではノーカウントなんて英語使ってたやつもいたくらいだ。シモンの野郎はアホなのか?」

「じゃあ、年代が書き換わってたのも大した意味はないのかもな。ただ時代を進めてるだけで、歴史上の事件は起きてないんだろ。……言ってて頭がおかしくなってきた」

 

 そう、この世界はどこか杜撰だ。

 箱庭を用意して、そこに雑多な演者を放り込んでいるかのような違和感。一行はジオラマに迷い込んだ気分になっていた。

 ノアは湯呑みに茶を注ぎ、唇を湿らせる。

 

「そうでもねえぞ。このまま時代が進めば、いずれ2016年の人理焼却にブチ当たる。そうなったらこの特異点は修復できずじまいで終わりだ。魔術王を倒しても、日本だけは焼け野原なんてオチになりかねない」

 

 以上のやり取りを管制室で聞いていたロマン。彼は複雑な感情で顔面を塗りたくり、口元をひくつかせた。

 

「『…………皆さんにはいつもそれくらいの真剣さでいてくれると、スタッフ一同とても助かるんですが!!!』」

「ふっふっふ、私たちの知的な部分をドクターに見せつけちゃいましたね! 見直してくれても良いですよ?」

「ロマン、そんな目で俺を見るな。俺が天才なのは最初から分かりきってたことだろうが。ほら、褒めろよ」

「『ああ、元のアホに戻ってしまった……』」

 

 どうやら彼らの真面目さはこの場限りのものだったらしい。三分の制限がある光の国の巨人も、もう少し働けと叱るレベルだ。ロマンは思わず頭を抱える。

 

「マシュとジャンヌとダンテさんは大丈夫なんですよね?」

「『うん、初めてのはぐれ方だったけど、なんやかんやで不良集団が出来上がりそうだから大丈夫だよ。ノアくんにパスを経由してるおかげで、当面の魔力も問題ない。合流は急ぐべきだけどね』」

「なんやかんやの部分が意味不明すぎるだろ! 何をもってして大丈夫だと判断してんだ!?」

 

 ペレアスは盛大に困惑した。

 今までにないはぐれ方をした。それは良い。魔力の心配がないのも僥倖だ。だが、マシュたちが不良集団を作り上げていることを無視できるほど、彼は大人ではなかった。

 異常事態への耐性があるマスターコンビは遠慮なく団子を口に運ぶ。

 故に、一行は気付かなかった。

 周りを浅葱色のだんだら羽織を着た集団に取り囲まれていることに。

 

「そこの四人組、神妙にしろ」

 

 重厚な声が冷たく浴びせかけられる。

 黒衣に身を包んだ男。腰には大小の刀を差している。獰猛な目つきは常に鬼気迫った風情を纏い、全身から発せられる威圧感が肌を刺してくる。

 ノアは即座に彼を睨み返した。

 

「おいおい、穏やかじゃねえな。アイサツは大事って古事記にも書いてあんだろ。どこの田舎侍だ? 芋でも食いながら古典の勉強して出直してこい」

 

 びきり、と男の額に青筋が立つ。

 彼は刀を引き抜き、大上段から振り下ろして言った。

 

「新選組副長、土方歳三! これで十分か賭場荒らし南蛮人!!」

「ギャアアアアア!! いきなり刀振り回してんじゃねえ!! 俺たちの団子が見るも無残な姿になってんだろうが!!」

 

 辺りに団子が散乱する。今回ばかりはノアが正論だったが、土方は鬼の形相で詰め寄る。

 

「ああ? サマで稼いだ金で食った分得したと思いやがれ。こちとら市民からのタレコミが届いてんだ、言い逃れはできねえぞ」

「よしんば俺がイカサマをしてたとしても、そこら辺の一般人に見抜かれるはずねえだろ。サツが冤罪かけてなぁなぁで済まされると思うなよ。藤丸、何とか言ってやれ」

「ウチのリーダーがどうもすみません」

「俺の味方をしろォォ!!」

 

 土方歳三。言わずと知れた新選組鬼の副長である。その剣の腕もさることながら、男女問わず人の心を掴み、部隊の指揮にも長けた将才に恵まれた人物だった。

 その反面、彼は冷酷さをも併せ持っていた。必要とあらば容赦なく苛烈な手段を取り、目的を遂行する。拷問ひとつ取っても、ノアは満足すれば打ち切る可能性があるのに対して、土方は標的が目当ての情報を吐くまで続けるだろう。

 好き好んでやっていない分、彼にはどうあがいても逃げられないという恐ろしさがある。立香がノアを売るのもそんな側面を知っていたからだった。

 しかし、このままノアが拷問されるのを見過ごすのも人道に悖る。立香は試しに訊いてみることにした。

 

「たくあんあげたら見逃してくれたりします?」

「…………んな訳あるか。そんなんで見逃してたら新選組の名折れだろうが」

 

 少し考え込んでいたのは指摘しないことにした。ペレアスは深くため息をつくと、ノアと土方の間に割り込む。

 

「まあ、アンタの気持ちは大いに分かるが、こいつは自分に関する嘘はあんまり言わないやつだ。剣を納めてくれねえか」

「いや、お前も賭場荒らしのひとりだろ。変な鎧着た不審者が乱入してきたっつう情報が入ってきてんだよ。アレか、騎士気取りか?」

「気取りじゃねえよ! 晴れて名実ともに円卓に復帰した騎士で竜殺しのペレアスだ!」

「知るか」

「くそっ、オレにもっと知名度があれば!!」

 

 土方はペレアスの言をばっさりと切り捨てた。アーサー王物語の中でもマイナーなペレアスを、本格的に西洋の文化が流入する以前の日本人が知っているはずがなかった。

 一触即発の空気になりかける。そこに、腰に剣を差した少女が駆け寄ってくる。彼女は浅葱色のだんだら羽織を纏っていた。どうやら新選組の隊士のようだ。

 

「あれ、こんなところで会うなんて奇遇ですね土方さん! そちらも仕事ですか?」

「おう、沖田か。ちょうどいい、お前も手伝え。こいつらしょっぴくぞ」

「沖田……? え、その人沖田総司なんですか!?」

 

 沖田と呼ばれた女性は立香の問いに煌めくような笑顔で返した。

 

「ふふーん、その通り! 私こそが新選組一番隊隊長、沖田総司です! 鬼より怖い壬生の狼ですよ!!」

「えええええ!? あの肖像画と全然違うじゃないですか! また女の子だったパターンじゃないですか!!」

「雰囲気がほんのちょっとだけ王様に似てる気がしますわ」

「つーかどこが壬生の狼だよ。壬生のチワワだろ」

「え、なんですこの人たち。初対面の人間に対してめちゃくちゃ失礼じゃありません? 肖像画って何のことなんですか!」

 

 立香は電子端末を操作して、沖田総司の肖像画と言われる画像を本人に見せつける。

 その画像に映る沖田(仮)は日本画でデフォルメされた人物像をそのまま取り出したみたいな顔をしていた。ぽったりとした唇に下膨れの輪郭。当然だが、目の前の沖田とは似ても似つかない。

 彼女は全身の力を失い、地面に膝をついた。

 

「ナニコレ……ダレコレ……? まさか私、後世ではこんな風に伝わってるんですか。やだァァ!!」

「『あ、安心してください! その肖像画は沖田みつさんのお孫さんをモデルにしたものですから! みつさんが孫の顔を見て、〝どことなく総司に似てる〟と言ったらしいですよ!』」

「なんてこと言ってるんですか姉さん!? ひっどおおおおい!! 私のどこがこんな下膨れ顔なんですか!!?」

 

 それはそれで姉の孫に失礼である。

 一通り嘆き悲しむと、沖田は愛刀を抜いて立ち上がる。メンタルを掻き乱された状態ではあるものの、流石は天才剣士。刀を握る姿は研ぎ澄まされた殺気を一行に叩きつけた。

 ペレアスは即座に神殺しの魔剣を構える。その戦意に反応し、ベイリンに託された赤鎧が五体にまとわりつく。

 それを見て、沖田は口の端を吊る。

 

「おお、中々使いますね。仕事のついでにこんな人と斬り合えるなんて、僥倖です!」

「待て沖田、仕事っつうのは何のことだ。どうしてここに来た」

「さっき屯所に子連れの親御さんたちが駆け込んできたんですよ。この辺りで青少年健全育成条例に反した映画を上映してるとかで」

「あ? どういうことだ」

「簡単に言えば子ども相手にぬ、濡れ場を見せてたみたいで……」

「マジかよ、最高のご褒美じゃねえか!」

 

 喜んではいるものの、犯人には辿り着いていない様子の土方と沖田。しかし、立香たちには心当たりがありすぎるほどにあった。気付いていないのは当の本人だけだった。

 湖の乙女は顔色を青くする。

 

「恐ろしいですわね……人類の宝である子どもたちに悪影響を与えるなんて……!!」

「どう考えてもおまえだろドスケベ精霊」

「この人ほんとに1000年も生きたんですか」

「……オレはノーコメントで」

 

 一連の流れで全てを察した土方は額に血管を浮かび上がらせた。

 

「賭場荒らしに加えてそんなことまでやってやがったとはな! 沖田ァ!」

「───おふざけはここまでです。行きます!」

 

 沖田は一歩を踏み出す。

 ペレアスがその予備動作から動きを予測するよりも早く、壬生の狼は懐に入り込んでいた。

 縮地。多くの武道武術に存在する、相手との間合いを一瞬で詰める歩法。現代では体を深く前傾することで重力を借り、距離を詰める技と解釈される。

 が、沖田のそれは短距離の空間跳躍に等しい。

 この不意打ちは一度限り。相手の観察眼が研ぎ澄まされているほどに、効果は高くなる。

 一度限り───沖田には、それで十分だった。

 刃が閃く。

 鎧の隙間を狙った突き。

 一点を貫く剣閃はしかし、円卓の騎士の命脈を断つには至らなかった。

 ざり、と刀が鎧を削る。

 ペレアスは咄嗟に身を捻り、剣士の突きを回避していた。不意の一撃、それで命を落とすようなら、彼は円卓に名を連ねてはいない。躱せたのはつまるところ、騎士の意地だ。

 返しの剣撃。癒えぬ傷を与える魔の剣風を前に、沖田が選んだのは前進。縮地を用いて騎士の背後へ回り込み、刃を横に薙ぐ。

 瞬間、耳をつんざくような金属音が鳴り響く。ペレアスは剣の腹で一撃を受け止めていた。

 

「沖田総司、だったか? サムライってのは恐ろしいな! そんな剣を使うやつは円卓にもいなかったぞ!」

「お褒めいただき光栄です。私も、まさかあれを躱されるとは思ってもみませんでした。重そうな鎧でよく動けますね?」

「ハッ、騎士はこれでも軽装だけどな!」

 

 鍔迫り合いの状態。沖田が力でペレアスに勝る道理はない。騎士の指を折ろうと片手の握りを解いたその時、甲冑の肩当てが沖田を突き飛ばした。

 ペレアスは指を絡める直前の隙を突いて、体当たりを叩き込んだのだ。

 土方は地面を踵で削る沖田の体を、片腕で受け止める。

 

「ただの大道芸人じゃねえみてぇだな。助太刀は要るか」

「いえ、私の相手です。土方さんは副長らしくふんぞり返って見ててください」

 

 円卓の騎士と幕末の天才剣士。彼らの斬り合いは仕切り直しを経て、再度の激突を見る。沖田の突きの構えにペレアスが呼応し、睨み合いが生じた。

 ひゅう、と時代劇じみた風が吹く。

 この膠着状態は嵐の前の静けさ。自らの機と相手の隙が重なった刹那のみ、彼らは動くだろう。

 睨み合いが続く。沖田の頬を一筋の汗が伝う。それを皮切りに、彼女はだらだらと冷や汗を垂れ流し、ただでさえ白い肌を真っ青にする。

 次第に全身が震え出し、ついに抑えていたモノが溢れ出した。

 

「ごふううううう!!」

 

 沖田は盛大に喀血する。

 生まれたての子鹿のように四つん這いになって、

 

「あっやっぱり無理でしたさっきの体当たりけっこう良いトコに入ってました肺が痛いんで後は任せてもいいですか」

「侍が自分から相手を決めといてそれは通らねえだろ。さっさと立って戦え」

「ちょっと鬼畜すぎませんか土方さん!?」

 

 新選組コントを間近で見せられたペレアスは赤鎧を解いて剣を仕舞った。

 

「あー、ここは止めとくか? そっちにはサムライの誇りがあるんだろうが、オレにも騎士の誇りがある。そんな状態のやつと戦う訳にはいかねえ」

「目の前で倒れた敵をみすみす逃すのが騎士の誇りだと? 西洋の武士ってのはみんなお前みたいな甘い男なのか」

「いいや、オレが特別優しいだけだ。まあ、無駄な殺しをしないのも騎士の仕事でな。おサムライさんはこういうノリは嫌いか? アンタらの誇りを教えてくれると助かるんだが」

 

 その言葉は、異国の武士にどう響いたのか。土方は暫時黙り込み、忌々しげに舌打ちする。

 

「分かった。お前が手を引く代わりに、俺たちも今回の件は不問にする。これでいいか」

「もちろんだ。和解の印に握手でもするか?」

「ハ。女ならともかく、野郎と触れ合うなんざ御免だ。だがまあ、名前は覚えておいてやるよ、ペレアス」

「そりゃ良かった。是非新選組にオレの名前を広めておいてくれ。騎士は名誉と知名度が大好物だからな」

 

 土方は波打ち際の魚みたいに痙攣する沖田を乱暴に抱え上げ、円陣を形成する隊士たちに退却の命令を出す。

 去り際、彼は思い出したかのように告げた。

 

「本能寺に行ってみろ。南蛮かぶれのアホ殿がふんぞり返ってやがる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間を遡り、レイシフト直後。

 マシュとジャンヌ、ダンテは焼けた山の中腹で、一列に体育座りになっていた。カルデアのマスコットキャラクター、フォウくんはダンテの頭の上で正座している。

 山の澄んだ空気が、彼らの放つ瘴気に汚染される。水に絵の具を落とすように、爽やかな大気がすぐさま毒々しい色に塗り替えられていった。

 

「…………こんなことってあります?」

フォウフォウフォフォウ(奇跡も魔法もあるんだよ)

 

 マシュが絶望のままに口をこぼす。

 答える人間は誰もいなかった。ダンテもジャンヌも、眼下に広がる山々の風景を気怠げに見渡している。その背中はダービーで有り金を使い果たして、徒歩で帰ることになったおっさんのように煤けていた。

 ジャンヌは乾いた笑い声をくぐもらせる。

 

「サーヴァントだけはぐれるとか、レイシフトの技術はどうなってるのよ。本末転倒にもほどがあるでしょう」

「ま、まあ私はお二人と一緒で助かりましたよ。私独りでは死亡確定なので。魔力もしっかり送られてきていますし」

「『ノアくんのおかげですね。彼がパスを自分に経由させて、魔力を上乗せして送ってくれているようです。戦うのにも問題ないですよ』」

「ああ、そうでしたか。ノアさんはやればできる子なんですよねえ。ロマニさん、私たちに指示をくれますか?」

 

 ロマンはこくりと首肯する。彼の心中は安堵感に満ちていた。

 ダンテはカルデアではめっきり見なくなった絶滅危惧種の常識人だ。まともに話ができるというだけで護り抜く価値がある。

 手元のコンソールを操作して、解析が完了した一帯の地図を三人に共有した。

 この地域で一体何があったのか、地図に映る場所の大半が黒く焼け落ちていた。ダンテたちの目に見える範囲の焼け跡は氷山の一角にすらなっていない。

 

「わたしたちがいる場所は大江山の付近のようですね。源頼光が酒呑童子を征伐したとの伝承がある場所です。ドクター、これは俺の屍を越えてゆけ、ということですか?」

「『うん、全然違う。三人にはこの地域が焼けた原因を調べてほしいんだ。山火事ではないようだしね。しかも、ここは大江山だろう? はぐれサーヴァントをゲットできるかもしれない』」

「焼けた原因を調べるなんて言われても、私たちには見当もつかないわ。そういうのは学者の仕事じゃないの」

「この辺りに人が住んでいないとも言い切れませんよ?」

 

 ダンテがそう言うと、マシュはニタリと笑った。

 

「ダンテさん。そこは鬼が住む、でしょう。ここは大江山なのですから」

「おや、これは一本取られましたねえ。鬼の方々も見境なく命を奪うことはしないようですし、友誼を結べると良いのですが」

「その場合はまず上着を渡すことからですね。虎柄のパンツ一丁では冬を越すのは少々不憫です」

「……いやいや、何言ってるんですかアンタたちは。この御時世に、虎柄のパンツ履いてるテンプレみたいな鬼がいるはずないでしょう」

 

 ジャンヌは人を小馬鹿にするような笑顔になる。

 すると、彼らの背後でがさごそと林を掻き分ける音がした。

 出てきたのは見上げるような巨躯を誇る、虎柄のパンツを履いた二人の鬼だった。片方は赤く、もう片方は青い体色だ。前者にはイッカククジラのような一本角が、後者には牛のような二本の角がそれぞれ頭部に生えている。

 要素だけを切り出せば絵本に描かれている鬼と相違ないのだが、リアルの鬼は可愛らしくはなかった。ダンテたちとは絵柄が違う程度には凶悪な風貌をしていた。

 マシュは意地の悪い表情でジャンヌに詰め寄る。

 

「すみません、聞こえませんでした。もう一度言ってくれませんかジャンヌさん。ん?」

「うっさいわ寄るな! ええ、これで目的は達成できそうじゃない。第一村人発見よ!」

 

 マシュとダンテの首を掴んで立ち上がる。青鬼は彼らに気付くと、下卑た笑みで相方の肩を小突いた。

 

「アニキィ! なんかこんなとこに人間がいますよ! シメます? シメます?」

「男は身ぐるみ剥いで捨てとけ。そこの犬だか猫だかよく分からん謎生物はあんま肉もなさそうだし、放っとけ。どうせ大した出番もないだろ。空気だろ」

フォウフォフォウフォフォウ(おいそれは禁句だろぶっ飛ばすぞ)!!」

「フォ、フォウさん落ち着いてください! 今のあなたは輝いてますよ!」

 

 ダンテは無謀な突進をしようとするフォウくんの胴体を掴み上げた。こうなると四足獣には何もできない。だらりと猫のように胴が伸び、足が虚しく宙を掻く。

 ただし、と赤鬼はマシュとジャンヌにねっとりとした視線を送った。

 

「そっちの嬢ちゃんらには俺たちの住処に来てもらうぜェ! ブヘヘヘヘ!!」

「さすがアニキ! クズすぎて憧れます! 俺もおこぼれに預っていいですか!」

「は? キモ」

 

 ジャンヌは同時に旗を赤鬼の顔面目掛けて振り抜いた。壁に水風船を叩きつけたような水気のある音が響き、赤い巨躯が後ろに倒れる。

 ポキ、とあっけなく赤鬼の角が折れ、地面に転がる。その顔面は潰れたトマトよりも酷いことになっていた。

 青鬼は見るも無残な姿になった同胞を抱き締める。

 

「なっ、なにさらしてくれとんじゃァァァ!! アニキの立派なバベルの塔がポッキリいってもうてるやないか! 中折れしとるやないか!」

「はあ? こんな貧相なのが何本折れようが素材にすらならないんですけど? 粗大ゴミとして打ち捨てられるのがオチでしょう」

「健全の極みであるわたしたちに、不健全な言動をぶつけてきたのが悪手でしたね。ジークフリートさんにドラゴンをけしかけるようなものです」

「平然と鈍器ぶつけてくるお前らが健全なわけないだろ!!」

 

 青鬼決死の抗議もマシュの耳には届かなかった。次の瞬間には盾で脳天を打ちのめされ、滝のように血を流しながら気絶する。青鬼でも血は赤かった。

 マシュは彼の頭の上に移動し、花を手折るかのような気軽さで二本の角をもぎ取った。ついでに赤鬼の貧相な一本角も回収して、盾の内部に収納する。

 

「さて、出発しましょうか。この二人……二鬼? の足跡を辿れば、住処に行けるはずです。そこで聞き込みフェイズです」

フォウフォウフォウ(鬼よりも鬼じゃねえか)

「『マシュは本当にふてぶてしくなったなぁ……』」

 

 ということで、彼女らは鬼の本拠地を目指すことにした。

 日本の妖怪の中でも、最も知名度が高い妖怪のひとつが鬼だろう。鬼という漢字が使われだしたのは、古くは奈良時代。当時は広く怨霊や悪霊などの人ならざる存在を指していた。この字に〝おに〟という発音が付いたのは平安以降であり、和名抄によると隠が転じてこの形になったのだという。

 角に虎柄の下着、金棒といったイメージがいつから生み出されてきたのかは定かではないが、それ故に鬼という存在は尋常ならざる神秘を秘めてもいる。

 なればこそ、油断はできない。非礼を働いてもいけない。後者に関しては今更感溢れることではあるが。

 マシュたちが山中を進んでいると、何やら泣き喚く声が聞こえた。その声音は幼い少女のようであり、深い悲嘆の色に染まっている。

 三人の脳裏をよぎるのは最悪の情景。歩みは自然と早まり、徐々に視界が開けてくる。そうして、一行は本物の鬼を見た。

 

「清姫ェ! 酒だ、酒を持ってこい! とびっきり濃いやつをなあ!!」

「茨木さん、お酒弱いくせにここ数日ずっと飲みっ放しではありませんか。さっきみたいに吐瀉物ぶち撒けても知りませんわよ?」

「良いもん! 吾の悲しみと怒りは酒でしか誤魔化せぬのだ! この苦しみから逃れるためなら三千世界の鴉にゲロぶっかけてみせるわ!! 汝も鬼ならば分かるであろう、鬼の頭領を失った吾の気持ちが!!」

「いや、ですからわたくしは鬼ではなくて……」

「だって角あるじゃん」

「確かにそうですけれども!! これは龍的なアレであって鬼のそれではないと何度言ったら分かるんです!?」

 

 酒を瓶ごと飲み干す幼女姿の鬼と、第一特異点で共に戦った蛇娘がコントを繰り広げていた。最悪の想定を予想外の形で裏切られたマシュたちは、作戦会議を開くべく木陰に身を隠す。

 以下、三人は小声で、

 

「……なんか、どこにもアホっているのね」

「第一特異点のログを見たので清姫さんは知っているのですが、あちらのお嬢さんもサーヴァントですよねえ。マシュさん、ご存知ですか?」

「はい。わたしはデキる後輩なので。会話から察するに、酒呑童子の手下の茨木童子でしょう。相当高名な鬼のはずです」

「ダンテなんて一瞬でひねり潰されそうね」

「私を一瞬でひねり潰せないサーヴァントの方が珍しいですからね。……あっ、自分で言ってて悲しくなってきました」

 

 ともかく、とダンテは前置きする。

 

「あの様子なら普通に聞き込みをしても良いのでは? あんなに泣き腫らしていては戦うのにも一苦労だと思いますが」

「いえ、茨木童子は渡辺綱という剣士に腕を切断された逸話があります。もし、彼女が人間に恨みを抱いていたら……」

「結局、ダンテはひねり潰されるってことね」

「えっ、なんで私が行くことになってるんですか! やられる前提なんですか!? 私は悪魔会話はできても鬼は無理ですよ!」

 

 と、大声を出しかけたダンテの口を、フォウくんが押し止めた。

 茨木童子と渡辺綱。二人は一条戻橋の上で一騎討ちを演じた。茨木童子は渡辺綱に襲い掛かるも、逆に名刀髭切によって腕を落とされてしまう。その後、茨木童子は七日間の物忌みを行っていた渡辺綱からどうにかして腕を奪い返すことに成功する。

 その執念たるや、余人には計り知れない。マシュの言う通り、彼女が人間に恨みを抱いている可能性は否めない。

 

「なので、ダンテさんには鬼になってもらいましょう。茨木童子さんが何をもって鬼を区別しているのか分かりましたし」

「はい? 凄まじく嫌な予感がするんですが」

「……ああ、そういうこと。ほら、こっち向きなさい」

 

 待って、と言う前にダンテの頭に先程の赤鬼の一本角が刺さった。額から川のように血が流れ出し、顔面を赤く染めていく。彼は一拍置いて、大江山に絶叫を轟かせる。

 

「ウギャアアアアアア!!!」

 

 木陰から飛び出すダンテ。あまりにも急すぎる闖入者の出現に、茨木童子と清姫はびくりと体を震わせた。

 

「むっ、何奴!?」

「何奴というかほぼ死体ですわ!!」

 

 二人はダンテに駆け寄る。ドクドクと血を垂れ流す詩人は地面を這いずり、掠れた声で言う。

 

「た、助けてください……鬼畜なすびと暴力魔女に殺されかけてます……」

「ぐううう、吾の同胞をここまでいたぶるとは許せぬ! 清姫、こやつに手当てを!」

「……お酒かけて消毒しますわね」

 

 数分後、手当てを受けたダンテは清姫と茨木童子と酒盛りをすることになった。こうなればしめたもの、魑魅魍魎が策謀を巡らせる政界を登り詰めた手腕の見せ所だ。

 ダンテは茨木童子の酒器に並々と酒を注ぐ。

 

「私、こちらに来てから日が浅いのですが、一体ここで何があったんです?」

 

 茨木童子はまたしても涙を浮かべ、滴る水滴が酒器の水面にこぼれ落ちた。

 

「二週間前に東征軍が攻めてきて……あの卑劣な武者が、酒呑を討ってしまったのだ! 神の力に頼り、この大江山をも焦土に変えた奴らは決して許せぬ!!」

「…………()()()?」

「ええ、高千穂に召喚された英霊たちは自らを東征軍と名乗り、侵略を始めたのです。今では神州のおよそ西半分が手中に収められていますわ」

(……なるほど、これが特異点を成立させている歪みですか)

 

 ダンテは納得する。今回の敵はその東征軍で間違いない。シモンの特異点と言えど、歴史に存在するはずのない敵が発生して時代を歪める方式は変わっていないようだ。

 酩酊して思考能力の大半をドブにしている茨木童子と異なり、清姫はダンテの事情を幾ばくか見抜いているのだろう。彼女はさらに言葉を続ける。

 

「東征軍が勢力圏を伸ばす度に……何と言いましょう。昼夜が目まぐるしく入れ替わるのです。最初に彼らが出現してから、何年経ったのか、もう誰にも分かりません」

「そうですか。貴重な情報、感謝致します。あなたがたはこれからどうするおつもりで?」

「無論、酒呑の仇を取る! 我ら鬼がやられっぱなしで黙っていられるか!」

 

 茨木童子の決意は固かった。

 酒呑童子の仇を取る。彼女の戦意はカルデアにとって好都合だ。戦う理由がある以上、茨木童子はどこまでも命を燃やし続けるだろう。

 けれど、それはその覚悟と決意を利用する行為に他ならない。たとえ世界を救う大義名分があろうと、ダンテにとってそれは許せない行いだった。

 詩人は額に刺さった角を抜き、傅く。

 

「茨木童子さん、あなたに謝罪を。私は人理保障機関カルデアのサーヴァント、ダンテ・アリギエーリと申します。同胞を騙り────」

「角引っこ抜くとか阿呆かああああ!! 鬼の誇りだぞ!? 戻せ戻せ!!」

 

 茨木童子はダンテの言葉を遮り、角をもう一度彼の額に突っ込んだ。

 

「うがあああああ!! え、これ脳にまで達してません!? 前頭葉貫いてません!? プチロボトミー手術じゃありません!!?」

 

 このままでは埒が明かない。マシュとジャンヌは青鬼の角をそれぞれ額に貼り付けると、木陰から体を出す。牛の角が単品で額から生えたその格好は絶妙に間抜けだった。

 

「い、茨木童子様! わたしたちも仇を取るのに賛成です! 微力ながら共に戦ってもよろしいですか!?」

「言っておくけど私は強いわよ? そこのアホよりかは何百倍も」

「おう、戦力はいくらあっても足りぬからな! 歓迎するぞ! こうなっては新しい名前が必要か……」

「あぁ、胃が痛くなってきましたわ……」

 

 清姫は袖を濡らす。こんな調子で愛しの安珍様には巡り会えるのか。そう思うと、涙が止まらなかった。

 どんちゃん騒ぎの様相を呈してきた山中。茨木童子は初めて笑顔で、

 

「大江山愚連隊、ここに結成を宣言するっ!!」

 

 一部始終をモニター越しに眺めていたロマンは、すかさずポケットから胃薬を飲み込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地平線の向こう側に太陽が沈んでいく。

 時刻は黄昏時。現代のような明かりもないこの時代ではこの時間帯でさえ、相当に暗かった。朱に染まるのは空ばかりで、地上には闇の帳が降り始める。

 ノアたちは土方の助言を受けて、本能寺を訪れた。

 もはやそのキーワードだけで、誰が待ち構えているか想像がつく。この国で最も有名な人物の話になったら必ず挙げられるであろうあの武将である。

 ジャンヌ・ダルクと並ぶ、もしくは超え得るフリー素材。その名を冠した者はいまや星の数ほどいるが、運命のイタズラか、彼らは元ネタと相まみえることができるのだ。

 本能寺の門の前。立香は心の疼きを抑えるように拳を握る。

 

「ついに来ましたね、本能寺! 本物の織田信長に会えるなんてとんでもないですよ! サイン貰っていいですかね!? ツーショット撮ってもいいですかね!?」

 

 他の三人とは明らかにテンションが異なっていた。特にノアはまとわりつくように騒がれ、なけなしの高揚感にも冷水をかけられた気分になっていた。

 彼女とて歴史マニアほど織田信長に詳しくはないが、それでも幼い頃から存在を知っていた人物だ。創作物にも引っ張りだこな信長に会うことは夢だったのだろう。

 ノアはもったりと上のまぶたを下げる。

 

「どうせ織田信長も女なんだろ。火縄銃使って戦ったりすんだろ。第六天魔王とか名乗るんだろ。展開が読めてんだよ、つーことで帰るぞ」

「リーダー、変なこと言わないでください。あの織田信長ですよ? きっと私たちが予想だにしない空前絶後で前人未踏な人に決まってます!」

「オレはよく知らないが、日本でもかなり凄い殿様なんだろ? ノアの予想通りの人なわけねえな」

「ええ! 何と言っても戦国時代を代表する人物ですもの! 私たちの予想なんて軽々しく裏切ってくれるに決まっていますわ!!」

 

 そう。なぜなら、ここにいるのは織田信長。革新的な思考を有し、並み居る強豪相手に自らの勢力圏を伸ばし続けた英雄の中の英雄だ。

 彼ならば、必ずや期待を超えてくれる。

 一行は希望を胸に本能寺へと突撃した────!!

 

「うむ、よく来たのう! カルデアの者共よ! 我こそは第六天魔王織田信───」

「よし、帰るぞ」

「なんでじゃァァァ!!」

 

 残念ながら、ノアの予想通りの織田信長が待ち受けていた。高すぎるハードルを超えるのは、ヘラクレスの難業にも匹敵する難易度なのだ。

 信長は金ヶ崎の戦いの時くらい狼狽した。大物らしく待っていたのにこの始末。とても大人気戦国武将の扱いではない。

 

「わし織田ぞ? 第六天魔王ぞ? 普通ここは〝あの織田信長が女性だったなんて……!〟とか言ってひっくり返る場面じゃろうが!!」

「他の英霊なら少しはそんな反応もするがな、おまえに限っては見飽きてんだよ。女の信長が何人いると思ってんだ。沖田総司が女の方が衝撃的だったぞ」

「なにぃ!? 沖田だって女の設定になることはあるじゃろ! 幕末純情伝とか!」

「んな昔の映画誰が知ってんだ! たとえが古いんだよ!!」

 

 立香はノアを押し退けて、信長にサイン用紙を差し出す。

 

「ここにサインお願いしてもいいですか! 私、信長さんが巨大化して目からビーム撃つところが大好きで!」

「それ別の信長だけどネ! しかし、わしは松永の裏切りを二度許すほどの寛大さを誇るからの。花押(サイン)くらいならいくらでも書いてやろうぞ!」

「おぉ……人理修復したら絶対、お兄ちゃんに自慢します!」

 

 信長はどこからともなく筆を執り、真っ白なサイン用紙に慣れた手つきで花押を書きつけていく。

 その間、ペレアスと湖の乙女は辺りをきょろきょろと見回していた。

 

「へし切長谷部さんがいらっしゃいませんわね」

「そういえばそうだな。どっかで茶でもしばいてるのか?」

「え? わしこれにもツッコまないとダメ? 人間みたく言ってるけど刀なんじゃけど。へし切長谷部とか黒田にあげたんじゃが」

 

 怒涛のボケに苛まれ、信長は早くも疲弊し始めていた。これでは敦盛を舞う気力もないだろう。

 彼女はどっかと座ると、自ら茶を湯呑みに注いで一服する。

 

「で、本題入っていい?」

「もちろんです! まさか、一緒に戦ってくれるんですか」

「うむ。いくらわしが第六天魔王で最強だとしても、東征軍……この特異点の敵には分が悪いからの。二週間前の襲撃も、わしが跳ねっ返りのサーヴァントを束ねてギリ撃退できたくらいじゃ」

 

 信長は語った。

 二週間前、東征軍は京の都を手中に収めるべく大攻勢をかけてきた。大江山の鬼たちや新選組という戦力はあったものの、戦況は劣勢に立たされていたという。

 そこで、信長は強引に指揮系統をまとめて彼らを動かし、何とか東征軍を撤退させることができた。あくまで強引に指揮を乗っ取ったため、今ではその地位は雲散霧消。本能寺でひもじい暮らしをしていた。

 ノアはそこまで聞いて、首を鳴らす。

 

「おまえはどうしてカルデアのことを知ってた?」

「妥当な質問じゃな。では質問を返すが、わしはどうやってバラガキだの壬生狼だのに命令を聞かせたと思う? わしのカリスマが高いのは当然として」

「……さあな。弱みでも握ってたんだろ」

「ふふん、ハズレ。答えはそう、あの芋侍でも言うことを聞かざるを得ない旗頭がいたからじゃ!」

 

 四人は眉をひそめる。新選組でさえも無視できない存在。土方の振る舞いを見た以上、それこそ近藤勇でもない限り無理な話だろう。

 が、それでは新選組を従えられても、大江山の鬼は別だ。リースは天井を向いて考え込む。

 

「江戸の将軍様や、やんごとなき方々でしょうか。全く思いつきませんわね。私はペレアス様の命令にはどんなものでも従いますが」

「オレがリースに無理やり命令することなんてないけどな。……そうだな、発想を飛ばして、いっそ人間以外のやつだったりするんじゃないか?」

「お、それはほぼ正解じゃ! あまり尺をかけてもダレるからの、早速ご本人に登場していただこう!」

 

 信長は柏手を打つ。

 がらり、と天井の板が開き、床に小さな影が着地した。

 白い装束を纏った男児。年齢にして十にも満たない幼い子どもだった。長い髪の毛を後ろでまとめ、腰には身の丈に合わない剣を提げている。彼は輝く星のようなウィンクをして、両手の人差し指と中指を立てる。

 

「どうも、スサノオで〜す!!」

 

 空気が凍りつく。

 この男児、とんでもない名前を吐いた気がする。

 これが嘘ならばどれほど良かったことか。しかし、彼が発する空気感や微小ながらも英霊とは違った雰囲気。感情とは裏腹に、理性はそれらを考慮して真実であると判断していた。

 外で鳴いているカラスの声が大音量に聞こえるほどの静寂。

 四人はそれぞれ目を見合わせ、落ち着いた息を吐く。そして、声を揃えて、

 

「「「「はあああああああ!!?!?」」」」

 

 ばさばさ、とカラスが飛んでいく。

 彼らの番外特異点攻略は、こうして始まりを告げたのであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。