自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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第59話 コードキャスト

 化外。

 ひとつの視点において、自らの法に染まらぬ場所を指す。

 その地に住まうは、まつろわぬ民。異なる価値観、異なる習俗、異なる神とともに生きる人間たちだ。そして、人類史の常として、異なる価値観を抱く集団が出逢えば血が流れた。

 同じ法を戴けぬというのなら。

 服従させ、恭順させなくてはならない。

 たとえどれほどの命が燃え落ちるとしても。

 誰も彼をも認められぬから、誰も彼をも殺すしかない。

 この国でも、それはあった。

 時の薩摩藩は貿易の利益を求めて琉球王国を攻めた。

 征夷大将軍坂上田村麻呂は蝦夷と呼ばれた異民族を平定した。

 化外を我が色に染め変える。

 理由と目的の違いはあれど、規模の大小に関わらず、そのような戦いはいつだって存在しただろう。それこそ世界中で、人は人の土地を求めて無数の骸を築き上げてきたはずだ。

 かつて、神が神に、そうしたように。

 人はその行為を、なぞり続けるのだ。

 葦原中津国における最古の生き場の奪い合い。

 それは───────

 

「…………高天原から伝令です。俺とクラミツハ、あと誰かひとりで京を攻めろと。ということで、ちゃっちゃと選んでください」

 

 日向の国の霧島連山、高千穂峰。

 現代の宮崎県と鹿児島県の県境に連なるこの火山群は古くから山岳信仰の対象となり、霊峰として崇められてきた。多くの修験者が修業を行ってきた場所でもある。

 高千穂峰の頂上には雲にまで届こうかという巨大な木造の柱が突き立っていた。表面に魔力を秘めた幾何学模様が血管のように駆け巡っている。継ぎ目ひとつない霊木の柱。それが人の手によって造られたモノではないことは誰の目にも明らかだ。

 身の丈ほどの大弓を背負う少年は頭の後ろで手を組む。眉と唇が垂れ下がり、いかにも気怠げな風情を演出していた。退廃的に歪む紅顔は常人ならば性別問わず魅了されてしまうような魔力を秘めている。

 男は魔貌とでも呼ぶべきそれを真っ向から見据え、

 

「もちろん拙者が……と言いたいところですが、何故全員で攻めぬのです? 一気呵成に攻め取ってしまえばよいものを」

「さあ。神様のお考えなんて考えるだけ無駄ですよ。俺としてはアンタに代わってもらいたいですけどね。弓の腕ならそっちが上だと思いますし」

「そう謙遜なされますな。貴方ならば龍神を喰らう大百足なぞ射抜くことは容易いでしょう?」

「嫌味にしか聞こえないんですが?」

 

 少年は不穏な微笑みで言い返した。男はおどけたように肩をすくめるが、瞳に灯す光に諧謔の色は存在しなかった。もっとも、そんなものがあれば少年は即座に弓を手に取っていただろう。

 空気が微弱に震える。少年の機嫌ひとつがこの世界に直結しているように。白髪の剣士は腰に佩いた剣の柄に指を添える。

 

「頼光様は大江山の一戦で傷ついておられる。俺が出ましょう」

「いえ……あのアホ神のせいで頼光四天王はもう貴方ひとりです。今の彼女と意思疎通できるのは貴方しかいない。留守を任せても?」

「承知した。では……」

「うむ。私が行こう。これもまたとない語らいの機会、無碍にする選択肢はありませぬな」

 

 進み出たのは、背丈にも及ぶ長刀を携えた男だった。

 少年は頷く。その表情からは弛緩が消え、一定の緊張を取り戻したように見えた。すると、電波が乱れた液晶画面のように上空にノイズが走る。

 彼らの頭上を光が照らす。雲間を横切るノイズから、山岳に匹敵する巨体を誇る船が現れる。その船を構成するのは葦。黄金色の葦が無数に編み込まれ、船体の両側から天を覆うが如き翼が展開された。

 これなるはアメノトリフネ。さる争いにおいて、猛る神鳴りの武神に随伴する伝令神である。

 その来訪を歓迎するかのように、遠雷が轟いた。遠け離れた山の頂上。ひとりの武者が、溢れ出る涙とともに雷を撒き散らす。その目に正気の色はない。かといって、狂気ですらない。ほとばしる電流に載せた悲壮だけが、彼女が心を表現する唯一の手段であった。

 ───自分を連れて行け、と。

 少年は拳を強く握り締め、唇を噛む。

 

「これだから、神ってやつはどうしようもねえ」

 

 無自覚に吐き捨てたその言葉は、自らの胸を抉っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬼と言えば、どんなイメージを持つだろうか。

 人間に害をなす恐ろしい存在か。傍若無人に振る舞う荒くれ者か。奪った金銀財宝を肴に宴を催すお調子者か。はたまた、体良く主人公に懲らしめられるだけの悪役か。

 きっと、そのどれもが間違いではない。

 彼らには彼らなりの生き方がある。それは得てして刹那的で破滅的だが、だからこそ円熟した果実が燃え落ちるかのように鮮烈だ。

 その結果、犬と猿と雉を連れたディスカバリーチャンネルの化身に蹂躙されることもあれば、縫い針で体内を滅多刺しにする残酷極まりない方法で退治されることもあるが、そこはご愛嬌。負ける姿も劇的なのが鬼の人気の秘訣だと言えよう。

 竜の魔女、ジャンヌ・ダルクが当初持っていた感想はそんなところだった。

 その在り方に思うところはある。同情などと柄ではない感情を抱いてすらいる。あのフランスで悪の華を咲かせた者として、一抹の感傷を禁じ得ない。

 なぜなら、彼らは多くの物語で悪であれ、敵であれと望まれたが故の存在だ。非業の運命を遂げた聖女が、復讐の魔女へと堕した彼女とはまるで同質。違いがあるとすれば、真作と贋作であるということくらいだろう。

 どこぞの脳内花吹雪な皇帝や五十個の星を背負うライオン大統領、太陽系ファラオに比べればよっぽど水が合う、かもしれない。ジャンヌはそんな淡い期待を脳の隅っこに押し込めていた。

 昼。太陽の騎士が元気三倍絶好調になる頃合い。深夜まで飲み明かしていた茨木童子は二日酔いを気合いで鎮めると、妙に落ち着いた表情で言う。

 

「思ったのだが、大江山って住みづらくないか。なんかどこも焦げてるし……清姫もそうであろ? 鬼として」

「最後の一言は余計です。まあ、鬼でなくとも焼けた山の中で暮らしたい物好きは少ないと思いますわ。私は安珍様とならどこでも極楽浄土ですけれど」

「私も地獄の風景が蘇るので移住したいところですねえ。京の都にでも行ってみます?」

「やはり京都か……いつ出発する? 吾も同行する」

「そこは大江山愚連隊の頭領である茨木さんが主体になるべきなのでは……?」

「待てマシュ。酒呑がやられたことを思い出して泣いてしまうであろうが!!」

 

 と言って、いじけ始めた茨木童子にアルコールを投与し、一行こと大江山愚連隊は京の都を目指した。二週間前の戦いで生き残った配下の鬼を連れたその姿はまさしく百鬼夜行である。夜ではないのだが。

 京都の街は碁盤の目とよく言われる。中国における都市計画の思想、条坊制に端を発する言葉だ。風水の考えとも結びつき、当時の街作りでは基本となった。

 大江山愚連隊の百鬼夜行が真っ先に向かったのは羅城門。後世では羅生門とも呼ばれ、かの文豪が今昔物語集をベースにして、死体の髪の毛を引っこ抜く老婆をボコボコにする下人の話を描いた舞台ともなっている。

 加えて、茨木童子とも何かと縁深い場所だ。渡辺綱が羅城門で鬼の腕を切り落とした話が残っており、その鬼と茨木童子は同一視されることが多い。

 そんな因縁の場所で、一行は深夜のコンビニの前の不良のようにたむろっていた。

 茨木童子はどこからか巨大な筆を持ち出して、門に自らの似顔絵を書きつける。乾いていない墨が流れ、低い画力と相まって恐怖的な風情を醸し出していた。

 

「うむ、中々良い感じだ! 吾らの縄張りとするなら一目でそれと分かる目印が必要だからな!」

 

 振り向く茨木童子。取り巻きの鬼たちは一瞬前まで微妙な顔をしていたが、強引に表情筋を笑みで固めた。下っ端の悲しい性である。

 

「ゲヘヘへへ! 流石です茨木童子様! 昨今のなんだかよく分からない絵を描けば売れる現代アートブームに乗れば億は行きますよ!」

「すげえっす! 魔除けになりそうなくらい恐ろしいっす! 安倍晴明の呪術も形無しっすよ!」

「魔って俺たちのことじゃね? 除けられるのこっちじゃね?」

「いやあ、幼い娘が描いてくれた私の似顔絵を思い出しますねえ。温かみを感じます」

 

 その時、ジャンヌは思った。

 ───ああ、こいつらはアホだ。

 しかも、Eチームの穀潰しであるダンテは違和感なく鬼たちに溶け込んでいる。政治家時代に培われた下っ端精神の賜物だった。額に角が刺さっていることを抜きにしても、とてもサーヴァントの姿ではない。

 ジャンヌは胸の内で鬼への同情と共感が冷え込んでいくのを感じた。竜の魔女とて期待を裏切られれば落ち込みもするのだった。

 彼女はそのまま目線を横に傾ける。そこでは、昨日角をへし折られた赤青鬼コンビが駕籠を担いでいた。その中にはマシュがだらけたジャージ姿で寝そべっている。

 

「良い揺られ心地でした。褒めてあげましょう」

「お褒めに預かり光栄です! マシュの姉貴なら火の中だろうとあの子のスカートの中だろうと運んでいけますよ!」

「ええ、わたしが今行きたいのは先輩の腕の中ですが。青鬼さんもご苦労でした」

「いえいえ! 俺たちはもはや去勢された犬みたいなもんですから! ジャンヌの姉貴もどうですか?」

 

 赤青鬼はニタニタと卑屈な笑みを浮かべていた。去勢された犬に比べれば可愛らしさに欠けている。ジャンヌの木綿糸より脆い堪忍袋の緒はそれでブチ切れた。

 旗の一振りとともに炎を放ち、駕籠を炎上させる。ジャンヌはアフロになったマシュの胸元を引っ掴んで前後に激しく揺さぶる。

 

「いつからこいつらの姉貴になったんですかアンタはァァ……!?」

「落ち着いてくださいジャンヌさん、これは合理的な判断です。わたしたちが消耗していては勝てる戦いも勝てません。なので、こうしてお二人をパシ……駕籠かきにしているという訳です」

「ああそう、だったらそこのパシリにアンタを1話の状態に戻す薬でも持ってきてもらおうかしら」

「ジャンヌの姉貴、いくらなんでもそれは無理ですよ。漫画や小説じゃないんですから」

「アンタらには訊いてねーわよ!!」

 

 黄金の瞳がぎらりと青鬼を睨みつけると、彼は光の速さで土下座した。人間でも妖怪でも、生物は敵わない相手を前にするとどこまでも惨めになれるのだ。

 ダンテは青鬼のそばに屈み、難しい顔で顎をつまむ。

 

「ふむ、良い土下座ですが隅々にまで意識が届いていませんねえ。指先をきっちり揃えて背中は真っ直ぐにしましょう。すすり泣きができれば文句なしなのですが」

「土下座ソムリエの解説なんていらないわっ! アホなの!? アホだったわ!」

「指摘するには遅すぎますね。ダンテさん、茨木さんはどうしたのですか?」

「ああ、彼女なら羅城門の上で阿波踊りを……」

 

 ダンテの視線の移動に合わせて、マシュとジャンヌは羅城門に首を振った。

 そこでは、

 

「沖田ァ、今何時だ」

「えー、二時三十三分です土方さん」

「よし、二時三十三分器物破損その他諸々の罪で現行犯逮捕だ。おら、御用改めだぞアホ鬼」

「なんでだああああああ!!」

 

 茨木童子がだんだら羽織の一団、新選組のお縄についていた。両手首を手錠で拘束され、上半身を荒縄でぐるぐる巻きにされている。清姫は生温かい目でそれを眺めていた。

 マシュたちは絶句しながら、とぼとぼと歩いていく小さな鬼の背中を見送る。

 

「……え、普通に逮捕されてるんですけど。鬼が鬼の副長に連行されてるんですけど」

「不良と警察は水と油ですからね」

「ゾクの終わりって儚いっすよね」

「あなたはそれで良いんですか赤鬼さん!? 仮にも現在の大江山のトップですよ!?」

「ダンテの兄貴、俺たちが壬生狼相手に何かできるとお思いで? カリカリにすらなれませんよ。せめて留置所にジャンプ差し入れに行くくらいしかできません」

 

 赤鬼は真顔で言った。無論、鬼より恐ろしい壬生の狼とて鬼を喰らうのは遠慮願いたいところだろう。カリカリとは比べることすら失礼だ。

 確かに、茨木童子のやったことは犯罪と言えなくもない。そこら辺の建物に落書きをして許されるのはバンクシーくらいなものだ。もちろん作品の出来は雲泥の差である。

 物悲しい雰囲気に辺りが包まれる。茨木童子の調子はどこへやら、まぶたに涙を溜めてマシュたちに助けを求めている。

 マシュは盾を手に取り、黒の甲冑で身を包む。暴発した髪の毛は微塵も変わっていなかった。

 

「茨木さんを取り戻しましょう。人を助けるのはEチームの得意技ですから。つまり、大江山リベンジャーズです!!」

「あのアホリーダー以外はね」

「ノアさんも助けるとは思いますよ? その恩を百倍で売りつけてくるだけで」

 

 言いつつ、三人は新選組の前に立ちはだかる。

 土方はギロリと鋭い眼差しを注いでくる。相対する者全てを射竦める殺気に晒され、ダンテは思わず身震いした。

 マシュはそんな殺気にも臆さず、

 

「お待ちください、新選組の皆さん。その人は少し精神不安定なだけで、情状酌量の余地があると思われます!」

「いや、お前はまずそのへそ出しスタイルをなんとかしろよ」

「「たしかに」」

「今更歩く公然猥褻みたいに言われる筋合いはありませんが!? もっときわどい服装の人はいたでしょう、ネロさんとか三蔵法師さんとか!!」

「きわどい格好してる自覚はあるじゃないですか」

 

 沖田の刀よりも鋭い言葉がマシュの心臓を貫いた。流石は突き技の名手といったところだ。

 痴女の領域に踏み出しつつある格好の少女は盾の後ろに身を隠し、顔だけをひょっこりと出す。安珍との追走劇で磨かれたストーキング技術によって、いつの間にか隣に忍び寄っていた清姫は密やかに微笑む。

 

「やはり最近の流行りは清楚系───!! 安易な露出など悪手に次ぐ悪手、あなたもわたくしのようなお清楚美少女になるべきですわ……!!」

「やめてくれませんか清姫さん。わたしはどこからどう見ても清楚の極みです!」

「なすびのきぐるみ着てたやつが言えたことじゃないわね」

「現在進行形でアフロ頭ですからねえ」

 

 一連の会話を聞いて、沖田は首を傾げる。

 

「清姫って、どこかで聞いた覚えが……」

「……あれだろ。イイ面した坊さんに一目惚れして追い掛けて、最後は龍に変身して坊さんを寺の鐘ごと焼き殺したっつう」

「めちゃくちゃヤバい人ですね。どこが清楚なんですか。ヤンデレの権化じゃないですか」

「ふふふ、分かっておりませんわね。人とは表と裏のギャップにときめく生き物なのです。そう、わたくしの清楚は言わば前フリ! 龍に変化する衝撃を底上げするためのものなのです!!」

「それ結局清楚捨ててるじゃねえか! これ以上付き合ってられるか!!」

 

 土方は剣を抜き放つ。合わせてジャンヌや清姫も身構え、唯一得物のないダンテは地面に四肢をついて土下座の準備態勢を取った。

 

「昨日に続き今日も南蛮人の相手をしなきゃならねえとはな! 斬られたくなかったらそこを退け!」

「…………もしかしてその南蛮人って、白髪と赤髪と金髪と黒髪のアホのハッピーセットだったりしない?」

「あ? なんで知ってんだ。ついでに言うなら白髪のアホは賭場を荒らして、黒髪のアホは公衆の面前でR-18映画を上映してやがったぞ」

「リーダーはともかくリースさんまで!? やっぱりあの人もやらかす側の存在でしたか……恋愛で頭バグった精霊ほど質が悪いものはありませんからね……!!」

フォフォウフォウ(ひでえ言われようだ)……」

「なんだか親近感を感じますわね」

 

 清姫の目がきらりと光る。その様子を見て、マシュたちは背筋が寒くなるのを感じた。清姫と湖の乙女。この組み合わせは明らかに混ぜるな危険だ。

 はぐれたノアたちとの合流は最優先事項のひとつだが、このままでは東西の恋愛モンスターを引き合わせてしまうことになる。

 マシュたちが計画のどん詰まりを予感したその時、茨木童子が手枷と荒縄を引きちぎる。彼女は両腕を車輪のように振り回して、拘束しようとする沖田をはね飛ばした。

 見た目は可愛らしいものの、鬼の膂力が伴えば威力は凶悪だ。沖田は腹部を抱えて地面にうずくまり、背中をダンゴムシみたいに丸める。

 

「ぐふぅーッ!! え、なんか昨日もこういうことありませんでしたか!? 沖田さんの体はもうボドボドですよ!!」

「フハハハハ! 人間の分際で吾を簀巻にしたツケだ田舎侍め! ダサいだんだら羽織なぞ着おって、京の流行りが分かっておらぬ! 吾らシティーオーガとの格の違いが露呈してしまったなあ!!」

「はああああ!? この鬼、聞き捨てならないことを口走りましたよ土方さん! この羽織カッコいいですよね!?」

「………………いや、まあ、正直、初めて見た時は俺もダサいと思った」

「えええええ!?」

 

 新選組のシンボルとして扱われることもあるだんだら羽織だが、土方を含め隊員からの評判はすこぶる悪かった。池田屋事件では敵味方識別のために着用していたが、以降は黒装束を主な隊服としていたのだとか。

 なお、このだんだら羽織を作る費用として近藤勇と芹沢鴨は大坂の庄屋から百両もの大金を押し借りしている。巨漢二人に迫られた心情は推して知るべしであろう。

 そんな経緯のあるだんだら羽織だが、道半ばにして命を落とした沖田にとっては新選組とのかけがえのない繋がりだ。彼女は剣を抜いて茨木童子に向き直った。

 

「ふふふ……あなたは渡辺綱に腕を叩き斬られたそうですね。右ですか? 左ですか? まだ繋がっている方の腕を私が斬り落とします!」

「えーその、私の土下座でなんとか」

「ダンテ、黙っておれ! これは悪くないぞ。汝と吾が奴らの前後にいる……つまり挟み撃ちの形になるな」

「その前に戦いを回避しようとしないのですかねえ!!?」

 

 土方は適当な調子で指摘する。

 

「他の女どもならともかく、そこの南蛮人が挟み撃ちの役を果たせる訳ねえだろ。どう見ても雑魚だぞ」

「間違いないわね」

「ジャンヌさん、同意するのはやめてあげてください。わたしたちの仲間を甘く見てもらっては困ります!」

「ま、マシュさん……!!」

 

 マシュは鬼より恐い鬼の副長に啖呵を切ってみせる。見事な気の入りようにダンテは瞳を潤わせて感激した。

 巨大なピンク色の毛玉と化した髪の毛を振り乱し、マシュは叫んだ。

 

「なぜならダンテさんの宝具は世にも麗しい美女を呼び出し、相手を強制的に天国へと絶頂させる恐ろしいモノですから!!」

「天国へと……絶頂、だと!? くっ、なんて羨まし───恐ろしい宝具だ! ちなみに胸はデケえのか!?」

「ちょっと待ってください! 表現に悪意があるんですが!? あと胸の大きさはよく知りません、ほぼ他人なので!」

フォフォウ(答えるなよ)

 

 沖田と土方は背中を預け合う。それぞれが見据えるのは茨木童子とダンテ。かたや鬼の腕を落とすために、かたや美女に昇天させられるために標的に目をつけた。

 

「よっしゃ行くぞ沖田ァァ!!」

「来い、新選組ィィ!!」

 

 英霊同士の激突が巻き起こり、京都の街を衝撃波が撫ぜた。何の罪もない町民にとっては良い迷惑だ。

 そこから幾ばくか離れた地点。群立する建物の上で、そんなアホたちのじゃれ合いを眺める複数の人影があった。

 ノアたちEチームと織田信長、そして、

 

「う〜む、やっぱ人の子は面白いのぉ。やることなすこと全てが痛快で興味深い! 必死こいて戦った甲斐があるというものよ!」

 

 妙にテンションが高い、スサノオだった。

 建速須佐之男命(タケハヤスサノヲノミコト)。三貴神の一角を担う神である。最も有名な逸話はやはり八岐大蛇の討伐であろう。スサノオは日本の神代で最大最古の怪物を討ち果たし、伴侶となるクシナダヒメを救った。ペルセウス・アンドロメダ型神話の一例としても語られる怪物退治の物語だ。

 この国における最古の英雄。それは彼のことを指すのかもしれない。現代に至るまで絶えることなく信仰を集め、歴史にその名を深く刻み込んでいる。

 そんな神様が、現在はどこにでもいそうな男児の姿で屈託のない笑みを浮かべていた。ノアたちからの何とも言えない視線に気付くと、スサノオは得意げに唇を歪めた。

 

「お、なに? 儂がおっさんになるまで泣き続けた話でもする?」

 

 ノアはぶっきらぼうに返事をする。

 

「いらねえよマザコン神」

「あぁ!? マザコンで何が悪いんじゃ! 誰だってお母さんは大好きじゃろうが! なんか全身腐ってたけど! 蛆とか湧いてたけど!!」

「父親に言い渡された海原の統治もしとらんじゃったろ。三十過ぎまで大工やってたジョニデ似の救世主を見習えぃニート神が」

「うっせー! うつけのノッブに言われとうないわ!! 未来の民草なんてニートだらけじゃろ! あの頃の儂と大して変わらんじゃろ!」

「神様と同列に語られるニートたちのプレッシャーを考えてあげてくれません?」

 

 立香は冷静にツッコんだ。ヤマタノオロチを斃したスサノオと言えば彼女も聞いたことはあるが、もはや尊敬の念は消え失せていたのだった。

 スサノオは生後、父のイザナギに海原の統治を命じられる。だが、彼は母のイザナミに会いたいと言ってはばからず、髭が胸元に達する年齢まで仕事もせずに泣きじゃくっていた。しかも、その泣き声に合わせて海が荒れ狂い、悪霊が大量発生し、山が枯れるというはた迷惑な所業を成し遂げている。

 ノアと信長の言い様は完全にスサノオの心を打ち抜いていた。途中でニートたちにも流れ弾が飛んだが、そこはコラテラルダメージだろう。

 立香は体育座りで泣く寸前のスサノオに問う。

 

「それで、どうしてそんな姿になってるんですか? 昨日は蹴鞠とか花札に付き合わされたせいで教えてくれませんでしたけど……あまり強そうに見えないというか」

「おお、そうじゃったの。とはいえ長い話ではな」

 

 彼の言葉を湖の乙女の声が横切る。

 

「私は子どもの姿も良いと思いますわ。初めて会った頃のペレアス様なんて小さくて可愛らしくて……あ、もちろん私はどんなペレアス様でも大好きですわよっ?」

「そんなこと言われなくても知ってるよ。オレからも伝えた方がいいか?」

「ここでは些か恥ずかしいですわ。人目につかないところで……」

「え? ナニコレ? いま儂が喋る流れだったよね。普通に惚気けるのやめてくんない? これ割と重要な話なんじゃが」

「そこのバカップルに構ってたら日が暮れるぞ。良いから話せ」

 

 ということで、スサノオは気を取り直して喋り出す。

 東征軍が高千穂に現れた672年。史実では壬申の乱が起こり、大海人皇子が大友皇子から国家支配の座を奪うターニングポイント。

 敵は英霊のみならず、高天原の神々をも引き連れて侵攻を開始した。壬申の乱で疲弊していた朝廷に対抗する力はなく、あっさりと敗北してしまった。そこで、スサノオは抑止力に召喚され、東征軍に単騎で攻撃を仕掛けたのだという。

 

「九割方儂が仕留めたんじゃが力を使い果たしての。こんな体になってしまった。ずるずると敗戦が続いて京の喉元にまで迫られたという訳じゃ」

「…………あの、さらりととんでもないこと言いませんでした?」

「儂、控えめに言ってめっちゃ強いし? まあ、敵も手練れじゃったな。なんかゴールデンな武者とか死ぬ気で特攻してきてビビったのう。まさか人間に傷をつけられるとは思わんかったわ」

 

 単騎で敵の九割を殲滅する神を相手に傷をつけられるゴールデン武者とは一体何者なのか。立香の脳裏でそんな疑問が浮かび上がった。

 ノアはスサノオの話を呑み込むと、率直な感想を述べる。

 

「で、今のおまえは何ができんだ? 大手企業の面接に挑む就活生の気持ちで答えろ」

「え、えーと、学生時代最も力を入れたことは姉ちゃんにイタズラすることで……」

「不採用」

「クッソォォ! これだから面接官は嫌いなんじゃあ! 選ぶ側だからといって調子に乗りおって!」

「いや、誰がやっても不採用じゃろ。わしがクビにした佐久間父子より使い物にならんのじゃが」

 

 立香はスサノオを励ますように彼の背中を優しく叩いた。

 

「まあまあ、そこまで言うことはないですよ。新選組と大江山の鬼にも命令できる旗頭なんですから! リーダーも99%邪悪なツンデレなだけで慣れればへっちゃらです!」

「うん、慰めてくれて嬉しいけどそれもう邪悪の化身じゃね?」

「藤丸、人聞きの悪いこと言ってんじゃねえ。俺ほど慈悲に満ち溢れた人間はいないだろうが」

「……それじゃあ、私にも優しくしてくれますか?」

 

 細い指先がノアの袖を掴む。

 交錯する視線。無遠慮にこちらを覗く碧い瞳を、縋るように見つめ返す。自らの心根の一部でも伝わってほしい、と。

 言葉を介さずにこの想いに気付いてもらおうだなんて、ずるいことは知っている。

 でも、この男は普段から散々やりたい放題にしているのだ。少しくらいわがままを言っても、バチは当たらないはずだ。

 その時間は一瞬。されど、少女にとっては数分にも感じられるほど長く。

 ノアはどこか、意表を突かれた表情をしていた。

 彼が口を開こうとしたその瞬間、

 

「■■■■■■■■───!!!」

 

 天に響き渡る咆哮が、鼓膜を揺らした。

 

「「…………ん?」」

 

 取っ組み合いの喧嘩をしていた沖田と茨木童子までもが、絡み合った状態で空を見上げる。

 蒼天を切り裂くが如き巨龍。それは体躯の一切を透き通る純水によって構成していた。降り注ぐ太陽光を体内で複雑に反射し、まるでソレ自体が発光しているように見えた。

 水龍は鎌首をもたげる。透明な双眸が地上を睨めつけた。たったそれだけの動作で周囲の大気が押し出され、突風が街中を吹き抜けていく。

 存在の格が違う。弱体化の極致にありしスサノオとは全くの逆。溢れんばかりの神威が龍より発せられていた。

 新選組と不毛な争いを繰り広げていたマシュは優先順位を入れ替える。

 

「何か来ます! 皆さんはわたしの後ろに────」

 

 少女の横を二つの影が追い抜く。

 沖田と土方。彼らは先程までとは一風異なった真面目な顔で告げる。

 

「一時休戦だ! お前らはそこら辺で隠れてろ! くれぐれも邪魔すんじゃねえぞ!」

「あれは東征軍が有する神の荒魂(あらみたま)です! 後詰めが来るので注意を!」

 

 その背中を追う者は誰もいなかった。直前まで拳を交わしていた茨木童子でさえも、怒気を鎮め見送るのみ。それが東征軍の出現が無関係でないことは想像に難くなかった。

 新選組はあくまで水龍の対処のために。後詰めに対応できるとしたら、大江山の面々しかいない。

 マシュはそこまで思考すると、横合いへ視線を投げた。

 長大な刀を背負う剣士。彼は荒れた街並みに目を配り、優美に笑む。

 

「栄枯盛衰とは真に儚きものよ。人の命までもがそうだ。何事も何者も、滅び朽ちていく様こそが雅らしい」

「……あなたも、わたしたちの敵ですか」

 

 剣士は背より長刀を抜く。常人ならば───否、たとえ剣技に長けた者であっても、このような刀を握れば人間の方が振り回される。

 彼はそれを、小枝を振り回すかのような気軽さでマシュへと差し向けた。

 

「佐々木小次郎。それが今の私に与えられた名だ」

 

 その真名を受け止め、ジャンヌは口角を吊り上げる。

 

「へえ、今回は巌流が敵ってこと。日本の剣豪は私の炎も斬れるのかしら───!?」

 

 火炎が噴き上がる。波打つ炎の鞭が剣豪佐々木小次郎に叩きつけられた。

 

「生憎、我が剣は巌流でなく我流。孤剣あるのみよ」

 

 彼はただ微笑み、剣を薙ぐ。ふぉん、と風を切る音。剣風が迫り来る炎を切り裂き、宙へ霧散する。

 

「吹けばそよぐ火など斬るは容易い。吹けども扇げども空を往く燕に比べればな。何しろ、アレを斬るために幾年月をかけたのだから」

「どんな燕よ!? 魔界にでも住んでたのアンタは!?」

「ふっ、ならば大江山在住の鬼は斬れるか!?」

 

 身を翻して襲い掛かる金髪朱瞳の鬼。その手には業火を纏う骨刀。焦熱の旋風とともに剛剣が唸りを上げた。

 その一撃はもはや斬撃というより打撃に近い。鬼の膂力を以ってして振るわれる大刀は、相手の長刀など一合で叩き割ってみせるだろう。

 故に、剣士は刀を下段に置いたまま全ての攻撃を躱していく。反撃を封じられた彼は瞬く間に追い詰められ、得物を振り上げた。

 しかし、続く一撃が放たれることはなく。

 下げられた刃先が地を這う。足を削ぐ一刀。茨木童子が跳ねた瞬間、ほぼ同時に長刀が彼女の右腕を撫で切る。

 腕が中空を舞う。が、それはひとりでに動いて元通りに接合する。彼女は大きく後方に跳びながら、顔色を真っ青にした。

 

「うおおお!? あっぶな! 吾の右腕を狙うなんてどういう当てつけだ!?」

「生前に斬られといて良かったではありませんか」

「何を言うか清姫ェ! あの痛さを知ればそんなことは口が裂けても言えぬわ! 全員で囲んで殴るぞ、良いなダンテ!」

「なぜ私に振るんです!?」

 

 佐々木小次郎の力量に疑うところはない。が、この戦いは五対一。ダンテを抜いたとしても四倍の差がある。決して勝てぬ相手ではない。

 マシュは盾で前面を遮りながら突撃する。

 

「わたしと茨木さんで釘付けにします! ジャンヌさんと清姫さんは隙を見て焼いてください!」

「あの、私は?」

「土下座でもしててください! 作戦名、『ダンテ以外はガンガンいこうぜ』です!」

「マシュさん、私の心にはヒビが入っていますよ! 『ダンテだいじに』でお願いします!」

「それ以上無駄口叩いてたら『ダンテにガンガンいこうぜ』にするわよ?」

 

 とはいえ、ダンテは全くの役立たずという訳でもない。空中に白き祝福の詩を走らせ、四人のステータスを底上げした。

 四騎のサーヴァントは一気に加速する。剣聖の心眼であろうと囲い込んでしまえば、物理的に回避することは不可能。散開しようとする直前、初めて剣士は自らの得物を構える。

 そこに殺気など欠片も存在しない。戦意も殺意も消え失せ、ただただ冷たい刃が陽光を照り返していた。

 脳内に鳴り響く警笛。心臓が縮み上がり、体内を巡る血の温度が下がる。まるで時間の進みが遅くなったように、目が極限まで彼の一挙一動を追おうとする。

 それは脳が肉体に強制した生存への一手。マシュは半ば無意識に動いた。

 

「『いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)』!!」

 

 聖なる城の正門が顕現し、

 

「『降神(こうじん)経津主(フツヌシ)』」

 

 剣神の一刀が空を裂く。

 聖壁と斬撃が衝突したのは刹那、横殴りの一斬は理想の城に傷ひとつ付けることさえできなかった。

 全身を駆け巡る悪寒が収まり、マシュは息をつく。安堵も束の間、突如轟音が背中を押す。

 マシュは後方を見やる。

 宝具で防げたのはあくまで斬撃の一部のみ。あの一撃は刀の刃長を遥かに飛び越えていた。延長線上の家屋を薙ぎ倒し、さらにその先、地平線にそびえ立つ山をも真っ二つに切り裂いていた。

 崩落していく山の上半分を見て、マシュたちは口をあんぐりと開けた。

 

「…………燕斬るのにこんな威力が必要なんですか!?」

「恥ずかしながら、これは私の力ではない。これは────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────『御厳(みいつ)』、とでも呼ぼうかの。東征軍のサーヴァントが有する切り札じゃ」

 

 大江山愚連隊と佐々木小次郎の戦いの一部始終を見ていたスサノオはそう言った。

 

「儂に斃される前に天津神(あまつかみ)が一計を案じおっての。英霊に分霊を降ろすことで、人の子に権能を与えたのじゃ。経津主に見込まれるとはあの男、とんでもない剣の使い手じゃのう」

 

 彼は髭を撫でるような手付きで顎を擦る。

 立香は顔をしかめて、

 

「まるで獅子王の祝福みたいですね。リーダー、どうします?」

「俺たちはあの龍を何とかする。ニート神、あいつの情報を教えろ」

「せめてマザコン神にしてくれ! ……あれは闇御津羽(クラミツハ)の荒魂じゃの。見ての通り水の神で、龍神でもある。話は通じないと思うとけ」

「オレらからすればそっちの方が気兼ねなくぶっ倒せるが、荒魂ってのはなんだ?」

 

 ペレアスの問いに、スサノオは答える。

 神道において、神霊は二つの異なる側面によって構成されているとされる。それが荒魂(あらみたま)和魂(にぎみたま)。前者はその神の猛々しく荒ぶる属性であり、後者は対照的に柔和で慈しみに満ちた面を指す。

 例えば、雷は家屋を焼いたり山火事を起こすことがあるが、反面雨を伴うことから作物の育ちを助けることもある。こうした自然の特性から、この国の神々には相反する属性があるとされたのだ。

 ペレアスは得心して頷いた。

 

「なるほど。あのクラミツハは水害の化身みたいなもんなのか。そりゃ野放しにはしておけねえな」

「そういうことじゃ! 儂は戦えぬからな、気張れよ人草よ!!」

「つーことで、こっからはわしが指揮を執るぞ! ここが我らの桶狭間じゃあ!」

「はい! 私たちに本能寺の変はありえません!」

 

 と、意気込んだその時、上空のクラミツハが顎を開く。

 縦に裂けた口腔内には光り輝く割れ目のような断層があった。断層から覗く景色は目も眩む白。そこから大量の水が湧き出し、球状に圧縮される。

 遠く離れた地上からでも肌を突き刺す魔力の蠢動。瞬間、龍は圧縮した水球を束ね、扇状に薙ぎ払った。

 それは極大のウォーターカッター。矮小なる人間の作り出した建造物などいとも簡単に破壊する。人の骨肉は濡れ紙を突くより容易く千切られる。

 水流が都を切り払い、無数の人の命を散華させる。天より地を見下ろす龍には、土地が赤く染まっていく様が見えたことだろう。

 これぞまさしく神の暴虐。

 傲慢な気まぐれさ故に塵の如く人命を奪う、自然の化身であった。

 間一髪、先制攻撃を凌いだノアたちは怒気を以ってクラミツハを睨みつける。

 

「これは……マシュたちの援護には行けませんね。全員で対処しないと」

「藤丸、アレの準備しとけ。クラミツハに近付いてぶっ放すぞ。……ロマン、ダ・ヴィンチ、聞こえてるか」

「『もちろん。技術的なことは任せておきたまえ。私たちが揃えば鬼に金棒、いいやアーサー王にエクスカリバーさ!』」

「『そう言ってる間にクラミツハの魔力反応が増大してる! 第二射来るぞ!』」

 

 水龍の口腔に位置する裂け目から、再度水が溢れ出す。

 しかし、此度は圧縮の過程を経ず。

 滾々と湧く水を、ただ解き放つ。

 結果、撃ち出されたそれは地を走る巨大な津波となって現れた。

 何もかもを押し流す清浄の波。死体を、瓦礫を巻き込み突き進む水の壁は加速度的にその激しさを増していく。

 そこで、ノアたちは津波に背を向けて走る顔見知りを発見した。

 

「へばってんじゃねえぞ沖田ァ! 血反吐撒き散らしてでも走れ!」

「怒鳴られなくてもやりますよ! ……あ! 見てください土方さん、昨日のやらかし南蛮人たちがいます! あと炎上系戦国大名とニート神も!」

「誰が炎上系戦国大名じゃァァ!! 確かに比叡山とか焼いたけど!」

 

 砂塵を巻き上げながら爆走してくる新選組コンビ。通常の津波なら巻き込まれたところでダメージはないが、これは神秘を伴った水流だ。如何にサーヴァントと言えどひとたまりもない。

 ノアたちへと向かってくる二人とは反対に、湖の乙女は波へ向かって歩き出す。

 

「こんなにもたくさんの水を用意するだなんて、悪手ですわね。───『遥か永き湖霧城(シャトー・デ・ダーム・デュ・ラック)』」

 

 がらり、と世界が入れ替わる。

 立ち現れしは湖の精霊が住まう霧の城。

 変幻自在の防壁が水流を受け流し、さらには己の糧としていく。新選組を含め、仲間たちは城壁によって津波の難を逃れていた。

 今のリースには水辺でしか扱えぬ『空想具現化』。世界を己の意のままに作り変える精霊の特権。一度放たれた水にクラミツハの支配権は存在しない。水の精霊たる彼女はそれを利用して、自らの居城を顕現させたのだ。

 水が増える度に霧の城は体積を増大させ、一層護りを固めていく。城の出現を知覚したクラミツハはただちに水の放射を停止した。

 信長は高らかに笑う。

 

「これは一夜城どころではないのう! 生前であれば一国を分け与えても惜しくない逸材じゃ!」

「お褒めいただき光栄ですわ。ですが、私にできるのはこの城を操る程度。後はお任せいたします」

「うむ、城を盾にしながら接近する。一向宗徒の気持ちになって突撃せい! 欣求浄土厭離穢土って感じで!」

「『大敗したのによく言えますね!?』」

 

 自在に変形する霧の城は言わば移動要塞。水のあるところなら、どこまでも進むことができる。

 霧が蠢き、突撃のための陣を組む。

 それを、空から観察する弓手がいた。

 

「…………んな簡単に行くかよ」

 

 大弓に矢を番え、五度射掛ける。

 霧の城は完成すれば堅牢だが、変形には多少の隙を生じる。針の穴に糸を通すが如き難事なれど、彼の矢は防壁を掻い潜り、標的の喉元に滑り込んだ。

 すなわち、城主たるリースの元へ。

 しかし。

 黄金の剣閃が瞬く。五つの矢はことごとくが切り刻まれ、残骸となって地面に落ちた。

 ベイリンの鎧を纏ったペレアスは弓手へ向けて剣先を突きつける。

 

「残念だったな。オレがこいつから目を離すとでも思ったか!」

「…………チッ。良い勘してますね、異国の武士。その鎧ごと貫いて───」

「きゃーっ!♡ ペレアス様かっこいいですわぁーっ!♡ またまた惚れ直してしまいました……っ!!」

「クソ、別の奴狙えばよかった!」

 

 少年は空中で頭を抱える。随行する雉は慰めるように、彼に頬を擦り付けた。

 スサノオは少年を見て、眉をひそめる。

 

「むう、あいつはまずい。ノッブ、人員を二つに分けよ。無視してクラミツハを倒せるほど奴は甘くないぞ」

「分かっとるわい。背を取られた時点でそんなのは決定事項じゃ。カルデアの白髪マスター、そなたの意見は?」

「俺とおまえと沖田でクラミツハを叩く。あっちのアーチャーは藤丸たちが何とかする。できるな?」

「当然です! 私もマスターで一番弟子ですから、リーダーはドンと胸を張っていてください!」

 

 立香は精一杯自信げに答えた。ノアはほんの少しだけ口角を上げると、帽子を外して少女の頭にぐりぐりと押し付けた。

 

「よし。ロマンは俺、ダ・ヴィンチは藤丸をサポートしろ。行くぞ、南蛮かぶれと壬生のチワワ」

「チワワって意外と凶暴ですからね? 沖田さんの三段突きが火を吹きますよ?」

「言っとる場合か壬生のポメラニアン」

「ちょっと! だんだん小さくするのやめてください!」

「『はいはい、ふざけるのはそこまでにして戦いますよ! ちなみに一般的にはポメラニアンよりチワワのほうが小さいです!』」

 

 かくして、標的は定まった。

 三人はクラミツハ目掛けて走り出す。リースは城壁の一部を切り取り、彼らの周囲に追随させた。未だ上空に浮かぶ龍は三度、口腔に水を溜める。

 

「『無限を象る黄金(ドラウプニル)』」

 

 ノアの両手首に金色の腕輪が投影される。その目が見据えるのは水龍のみ。

 

「『炎星の首飾り(ブリーシンガメン)』」

 

 蒼き星の輝きが灯り、流星群が墜落する。

 ───まずはクラミツハのスペックを確かめる。

 荒れ狂う水の化身たる荒魂と言えば聞こえが良いが、神とは荒魂と和魂の両方が揃ってこその神だ。どちらか一方だけで成り立っている存在など、半身を削り取られているに等しい。

 ノアが用意した首飾りはしかし、クラミツハが放つ水の散弾に撃ち落とされてしまう。

 だが、それこそが彼の狙い。敵の一手を迎撃に消費させ、本命の一撃を与えるための陽動。手首に戻った腕輪をひとつに融かし、三分割する。

 

「『武神の手甲(ヤールングレイプル)』、『戦神の力帯(メギンギョルズ)』────『雷神の鎚(ミョルニル)』!!」

 

 トールが擁する三種の武具。その神性を象徴する鎚と、それを扱うための手甲。そして、力を二倍にすると言われる腹帯であった。

 今回は振るうのではなく、投げる。そのためにリソースを三等分してまで帯を投影した。身体への強化魔術と帯の効果により、雷神の鎚は一直線にクラミツハへと突き刺さる。

 同時に、雷撃が弾ける。龍の体を電流が巡り、強烈な閃光を発した。

 雷神の鎚が手元に戻る頃には、水龍はいくらか体積を減らしていた。水の電気分解が生じた結果だ。が、減少した分の水量は即座に回復してしまう。

 

「『解析結果が出た。どうやらクラミツハを構成する水は鎧のようなものらしい。水に魔力を通して操っているだけだから、ミストルティンも効かないだろう』」

「逆に考えれば水を操る本体があるってことだ。そこまで調べはついてんだろ?」

「『す、スタッフ一同可及的速やかに調査に当たらせていただきます……』」

「おお、いつの時代でもはぐらかし方は変わらぬのう」

「新選組ならぶん殴られてましたよ」

 

 信長は両手と周囲に火縄銃を出現させる。

 銃列が龍に向き、立て続けに火を吹く。

 銃弾がクラミツハの体躯を削り取る。切り離された水が落ち、それは二度と戻ることはなかった。

 必要とあらば神仏すら意に介さず踏み潰した彼女の攻撃は、神性や神秘を有する相手に特攻を得る。銃弾はクラミツハが纏う水の神秘そのものを殺したのだ。

 信長は銃弾を浴びせ続けるが、その度に龍は水を生み出して体積を補填していた。

 

「このまま撃ち続けても千日手じゃのう。本体のアテはあるか?」

「口の中の裂け目が怪しそうです。散々あそこから水を飛ばしてるじゃないですか」

「クラミツハは渓谷の水源を表す神だ。水の供給源───あの裂け目が本体の可能性は高いな」

「つまり、口に入ってあそこをぶった斬ればいいんですね! …………無理ゲーでは!?」

 

 沖田は自分で言って自分で目を丸くした。口腔の断層を斬ろうと飛び込んでも、水圧に押し潰されて目も当てられないことになるだろう。

 

「その無理ゲーをヌルゲーにするのがマスターの役割だ。俺があいつを引きずり落とすから、うつけは撃ちまくって水の鎧を剥ぎ取れ」

「とどめは沖田さんですか。良いですね、滾ってきました!」

「『と言ったところ悪いんですが、クラミツハが降りてきてます!』」

 

 ロマンの声に触発されて、三人はクラミツハに視界を戻す。

 高所の利を捨て、地上に降り立つ水龍。鋭く尖った尾をしならせ、地深くに差し込む。

 

「おい、カルデアの指揮官! クラミツハは何をやっとるんじゃ!?」

「『え、えー……地下水脈と接続しているようです。確か京都盆地の地下には約211億トンの水があるので、これ全部をクラミツハが手中に収めて地中から攻撃したら……』」

「どうなるんです!?」

「『何もかも雲の上まで吹っ飛びます!!』」

「「「…………はああ!?」」」

 

 京都盆地の地下に埋蔵された水量は琵琶湖の総量に匹敵する。極論、その全てがクラミツハの体となれば身動ぎしただけで地面は崩落し、ノアたちは生き埋めになるだろう。

 

「じ、じゃが計画に変更はナシ! 戦国大名はうろたえない! こっちは本体さえ殺ればいいんじゃ、やるぞ───『三千世界(さんだんうち)』!!」

 

 長篠の戦いにおいて武田勢を完封した銃列陣。三千丁の火縄銃による一斉射撃がクラミツハを襲────

 

「■■■■■■ッッ!!」

 

 ───それよりも早く、無数の水滴が発射される。

 横殴りの豪雨。その雨粒のひとつひとつが高圧で研ぎ澄まされた鋭利な水の針。如何に三千丁の一斉射撃といえど、数の差は比べるにも値しない。

 

「……一瞬で仕留めろ、壬生狼」

 

 告げて、ノアは両の腕輪を解いた。

 

「投影、『無の淵源(ギンヌンガガプ)』」

 

 バギリ、と耳障りな音を立てて空間が割れる。

 突き出した手の先に開いた極黒の断層。それは雨の針を吸い込み、ここではないどこかへと追放していく。

 ギンヌンガガプ。北欧神話において、世界創造の前から存在していた巨大な裂け目を指す。ノアは独自にこれを仮想的に再現し、投影した。

 もっとも、それが実在したであろう裂け目の劣化品であることには変わりない。大きさは彼の身の丈ほどで、機能も作り出した隙間へ吸い込む。ただそれだけなのだから。

 けれど、これは物質や道具の複製を造り出す投影魔術の領分をも超えた魔術。もはやその特性を借り受けているのは、想像を現実へ引きずり出すという点にしかない。

 故にその代償は大きく。

 『無の淵源(ギンヌンガガプ)』を投影していられるのは最大で0.5秒。さらに腕輪を使い捨てる形で発動するため、一定時間武具を投影することはできない。

 しかし、沖田総司にはそれが当然だった。

 時間が足りない、なんてことはもう飽きるくらい経験してきた。

 肺を結核に冒されたあの日から。

 剣を極める時間が足りない。

 誠の旗に捧げる命が足りない。

 それでもなお、磨き上げた剣技は此処に。

 京を護るという使命はまだ、終わってはいない。

 信長の宝具が放つ弾雨がクラミツハの頭部を弾き、本体を露出させる。

 彼我の差は30間。0.5秒でこれを埋める────!!

 

「───十分すぎます」

 

 一歩、狼は音を越え。

 二歩、既に彼我の間は無く。

 三歩、剣先が閃いた。

 

「『無明三段突き』!!」

 

 秘剣、三段突き。

 三度の突きが全く同時に重なる、事象飽和現象。

 その剣の軌跡に存在するモノは例外なく消滅する。

 血風吹き荒れる幕末の世、襲い来る剣客を仕留めるために編み出された対人魔剣はしかし、

 

「■■■、■■■■■■────ッ!!」

 

 神をも、貫いた。

 びしり、と輝く断層から空間が放射状にひび割れる。その割れ目から血が溢れ出し、壬生の狼を赤く洗い流す。

 彼女は快活な笑顔で振り向き、ガッツポーズを取って飛び跳ねた。

 

「いぇーい! 沖田さん大勝利〜!! 見ましたか、私の最強技!?」

 

 全身血塗れで走り寄ってくる沖田。ノアと信長はその姿に、害虫や害獣を獲って見せてくる犬猫を幻視する。

 その途中で沖田は突然立ち止まり、膝をついて倒れた。

 

「……こふっ!!?」

「あーあ、結核持ちなのに走り回るから」

「血みどろで寄って来られても困るがな。これが本当の赤セイバーか?」

「わ、私はあんな赤とは違う桜セイバーです……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間を巻き戻して。

 宙を舞う少年は雨霰の如く矢を撃ち落とす。

 彼を捉えようと追い縋る霧の壁。少年は間隙のすべてを見抜き、容赦なく矢玉を射る。リースと立香、スサノオを狙った射撃はしかし、土方とペレアスの剣によって切り払われていた。

 少年の足元に風が渦巻く。彼はそれを自在に操り、空を飛翔していた。迫る霧を突風で打ち払い、舌打ちする。

 

「あぁ〜めんどくさっ! 手足で済ませてやるからさっさと射たれてくれませんかね!?」

「ナメたこと言ってんじゃねえぞガキ! 街を荒らしといてその言い分が通るとでも思ってんのか!」

「……ハッ、そりゃそうだ!」

 

 土方は長銃を撃つが、少年はその弾丸を軽々と手で受け止める。彼を囲う風圧の壁が銃撃を減衰させたのだ。

 こちらからの攻撃は届かず、敵は安全圏からの射撃を敢行できる。この戦いの主導権は少年の側にあった。

 ペレアスは背を向けたままスサノオに疑問を投げかける。

 

「スサノオさん、あいつは風の神様か何かなのか!?」

「いいや、あいつは死んだ時に『疾風(はやち)』という風で高天原に上げられての。おそらくその逸話を利用してるんじゃろう」

「『その口振りだと、真名は知っているんだろう?』」

「うむ。だが、まだ言わぬぞ。せっかく明かしてやるなら、奴の心を揺さぶれるようなタイミングが良い。これでも戦の妙味は知り尽くしておるからな」

「……さすが、竜殺しの先輩だけあって意地が悪いな!」

 

 ペレアスとスサノオは示し合わせたかのように悪い顔をした。

 舌戦もまた戦いの内だ。相手の士気を下げ、怒らせることができたならしめたもの。激情した敵ほど与し易いものはない。

 モニターの向こう側で、ダ・ヴィンチは微かに笑んだ。

 

「『さて、立香ちゃん。相手はスサノオも知る神様だ。私たちの新戦力の見せ所としては悪くない。敵をあっと驚かせる準備はできたかい?』」

「───はい! 敵どころか味方まで驚かせてみせます!」

「『良い返事だ。さあ、ノアくんに良いところを見せてやろうじゃないか!』」

「どうしてリーダーの名前が出るんですか!?」

 

 立香は右腕に巻き付いた銀の鉄鎖を左手で引き抜く。

 それは引き抜かれた途端に淡い蒼色の光芒を発した。カシャカシャと音を立ててパーツが繋がっていき、一本の銀色の棒へと変形する。

 

「カルデア式融合礼装『魔女の祖(アラディア)』、起動」

 

 棒の先端が幾重もの層になって開く。

 まるで、爛漫と咲き誇る蓮のように。

 立香の手中に収まる蓮の杖。金属で造られた華は、目覚めるかのようにその中心に球状の光を灯した。

 ───個人認証、完了。

 ───バイタルリンク、起動。

 ───疑似魔術回路、構築。

 ───霊子演算装置、シミュレートを開始。

 

「『遠隔補助術式のセットアップ、終了だ』」

 

 ───魔術基盤、接続。

 杖の側面が戸のように開き、端子を露出させる。

 立香は腰のポーチから手のひら大のカートリッジを取り出し、杖の端子に差し込んだ。

 ───術式、装填。

 杖の先端に灯る光の色が鮮やかな赤色に変化する。

 立香は杖を手繰り、弓手へと向けた。

 

刻印術式(コードキャスト)───『shock(32)』」

 

 杖の先端より赤色の弾丸が飛ぶ。

 少年はそれに対して、目を向けることすらしなかった。

 彼の対魔力はA+ランク。現代の魔術師が傷をつけられるレベルにはない。ノアの『炎星の首飾り』でさえ、彼は無傷で耐え抜いてみせる。

 そして、サーヴァントとはいえ神格を持つ彼の神秘にもまた、現代の神秘は格落ちも甚だしい。

 これを超えることなど、現代の魔術師……ましてや英霊の影に隠れているような小娘には不可能だと、彼は嘲りも油断も込めずに、あくまで合理的に判断した。

 故に無為。

 無意味。

 無価値。

 ────だが。誤算というのは、いつだって劇的に起こるものだ。

 

「っ、が……───!?」

 

 鳩尾にめり込む弾丸。

 赤き火花が弾け、少年から肉体の操縦権を奪い取る。

 彼を浮かび上がらせていた風も消失する。困惑のままに着地したその時、白刃が閃いた。

 袈裟に切り込まれた胸板から血が滴る。下手人は鬼の副長、土方歳三。彼は般若にも劣らぬ形相で言い放つ。

 

「何が何だか分からねえが……地に堕ちた気分はどうだ? クソガキ!」

「クソッ……!!」

 

 傷は浅い。戦闘に大した支障はない。消失していた感覚も戻っている。首を狙った斬撃を屈んで躱し、再度飛び上がろうと風を呼び出す。

 

「させるか」

 

 しかし、その目論見はペレアスの一刀に阻まれた。

 神殺しの魔剣が頭上を通過する。不死身の半神半人を斬ったその剣は少年にとっての致命傷になり得る。故にこそ、上空へ退避するよりも回避を優先しなければならない。

 土方とペレアスによる挟撃。絶え間なく振るわれる斬撃の鳥籠に、少年は押しやられた。

 ───カルデア式融合礼装『魔女の祖(アラディア)』。

 ノアとダ・ヴィンチの共同研究の成果。魔術と科学、本来相反する二つの学問を混成した、誰でもどんな人間でも魔術を使えるようになる装備である。

 杖の先端に搭載された霊子演算装置とカルデアのトリスメギストスで世界のシミュレーションを行い、カートリッジに刻まれた法則の通りに、マナを用いて物理現象を引き起こす。

 だからこそ、対魔力は意味が薄い。物理現象であるが故に、完全な無効化が不可能なのだ。

 使用する魔術基盤は、科学信仰。表の世界を支配する科学に対して培われた信仰を用いて、電脳世界の理を現実に当てはめる。

 物理現象をプログラムし、マナによって出力する。扱う言語がルーンであるか機械言語であるかという差だが、それは見事に効力を発揮した。

 これは科学が発展することで効果を強める。科学への信仰が人類の中から消えない限り、この魔術は科学の進化に相乗りできるのだ。

 

「ゆ、故に融合礼装! アラディアとはウィッカの信仰における魔女たちの救世主! 廃れゆく魔術世界を救うことを願い、この名を与えられたのだ───!!」

 

 そうして、立香は解説を終える。その表情は耳まで真っ赤に染まり、恥辱で全身が打ち震えていた。

 リースとスサノオはぎこちない笑みを形作る。

 

「え、ええっと……か、かっこいいですわよ?」

「う、うむ。儂も昔はそういうのやってたのう。自分の剣に天羽々斬(アメノハバキリ)とか名付けてたし」

「んぐぅーッ! その気遣いが痛い! リーダーとダ・ヴィンチちゃんに解説しろって口酸っぱく言われてたんです! そもそもなんですかこの中二病みたいな名前は!」

「『何を言うんだい立香ちゃん! 私とノアくんで辞書をひっくり返して考えたんだぞ! これ以上のネーミングはないと断言できるよ!!』」

 

 研究成果の実戦お披露目を目の当たりにできたダ・ヴィンチのテンションは少々おかしいことになっていた。立香はノアがいないことに安堵する。

 思考の端でそのやり取りを捉えていた少年は舌打ちした。理屈はともかく、あの少女も脅威だ。ペレアスと土方に比べれば優先順位は落ちるが。

 顔を歪めて連撃を避ける彼に、スサノオの声がかかる。

 

「ふん、必死じゃのう。お前のそんな顔は珍しい」

「何か用ですか? マザコン神。戦えもしない木偶の坊は黙っててくれませんかね?」

「二週間前の戦いでサボってた奴に言われたくないわい。思うにお前、殺し合いは嫌いであろう?」

「好きな奴がどこにいるんです?」

 

 スサノオは嘲るように、

 

「───ならば貴様、何故戦っている」

 

 少年は沈黙し、彼は続けた。

 

「国譲りをけしかける尖兵としてやってきた貴様は結局高天原を裏切り、オオクニヌシに付いたであろう。それが、何故今更高天原の味方をしているのかと……そう問うたのだ」

「答える義理がありませんね。俺はあなたに付いたことは一度もありませんから」

「そうか。ふ、見損なったぞ。貴様が国津神に付いたのは、女の色仕掛けに籠絡されたからなのだな。そうでなくては、一度裏切った場所に出戻りするなどという恥知らずな真似はできまい」

「……テメエ」

 

 少年の表情から一切の熱が消え失せる。

 眼光は冷徹に染まり、無表情に殺意の色を塗りつける。それとは裏腹に、スサノオは影に満ちた笑みを向けた。

 

「儂は悲しい。貴様の理想がそんなにも低俗なものだったとは」

 

 逆鱗を撫で、弄くり倒す。

 

 

 

 

「───のう、天若日子(アメノワカヒコ)よ」

 

 

 

 

 その瞬間、弓手を中心に竜巻が生じる。

 挟撃を行う二人を弾き飛ばし、天若日子は叫んだ。

 

「────殺す!!」

 

 例外はない。

 全員の息の根を止める。

 スサノオも。

 ペレアスも。

 湖の乙女も。

 土方も。

 そして─────

 

(あの娘が、いない)

 

 スサノオは目を伏せて、

 

「……お前は、他人の話を聞きすぎる」

 

 赤き髪が翻る。

 霧の階段を踏み場に、少女は杖を振るう。

 

術式(コード)装填(セット)

 

 その声に導かれて振り向いた時にはもう、遅かった。

 

「───『mistilteinn_ragnarøk』!!」

 

 第四特異点、ノアがパラケルススとの魔術戦で編み出した奥義。

 神殺しのヤドリギを用いた魔術。

 プログラム化された秘術が此処に、神を穿つ。

 黄昏の光が少年の半身を呑み込む。

 おびただしい量の血が流れ、肉片が風に巻き上げられて飛んでいく。風が止むとともにその体は地につくばった。

 上半身の右半分を消し飛ばされた死体。サーヴァントだろうが即死だ。生き残る術はない。

 しかし、立香は違和感を覚える。

 サーヴァントの死とは消滅。肉体を織り成す魔力が霧散し、粒子となって座へ還る。今まで幾度も見てきた現象が、彼に限っては訪れない。

 天若日子の左手が動く。五本の爪が土を掻き毟り、徐々に立ち上がる。

 ふらふらと、振り子のように残った左半身が揺れる。その目は立香でもスサノオでもなく、景色の向こう側。死に逝くクラミツハを望んでいた。

 

「貴様、死ねぬ体にされているのか」

「天の使いなんて職業は辛いんですよ。……帰ります。今回はこれくらいで十分でしょう」

「このまま帰ろうだなんて虫が良すぎるだろ───!!」

 

 土方は少年の首目掛けて刀を振るう。

 驚くほどあっさりと、その首は泣き別れた。

 頭が転がり、体が仰向けに倒れる。

 その時、地を照らす柔らかな光。白く青い空を刳り貫く葦の大船が、別次元から浮かび上がった。

 

「……アメノトリフネ」

 

 スサノオはその船の名を呟く。

 葦の翼より、二条の光線が投射される。

 一方は天若日子。もう一方は、

 

「これで終わりか。是非もなし、勝負は預けよう」

「勝負は預ける、だと? 馬鹿め! 汝がおめおめと逃げ帰るなら、紛れもなく吾らの勝ちよ!」

「当然の論理ですね。これはわたしたちの完全勝利です!」

「五対一だということを忘れていませんか?」

 

 清姫はがっくりと肩を落として、ため息をついた。

 佐々木小次郎は周囲からのブーイングを飄々と受け流し、アメノトリフネが照射する光に呑まれる。

 光が先細り、失せた時には既に彼の姿はなかった。天の葦船はノイズにまみれ、テレビの電源を落としたように姿を消す。

 天若日子の体も回収され、後に残されたのは荒廃した街と人間のみ。

 立香は杖の端子からカートリッジを排出し、礼装の稼働を停止させる。役目を終えた杖は縄状に戻り、右前腕に巻き付いた。

 深く息を吸い込み、そして吐く。

 自分が倒した、などと自惚れるつもりは毛頭ない。

 この力はみんなのものだ。仕組みからして、カルデアの霊子演算装置の計算能力を借り受けている。それに、ノアとダ・ヴィンチから教えられなければ扱えなかった。

 だから───そう思って、自分を戒める。

 けれど、ほんの少しだけ。

 

「話は聞いたぞ。藤丸、よくやった」

 

 この人に、もっと褒めてほしいと思うのは、いけないことだろうか。

 

「リーダーって罵倒の語彙に反して褒めるの苦手ですよね。いつもよくやったとか、褒めてやるとかだけじゃないですか」

 

 ノアは一瞬、目をそらして述べる。

 

「……オーディンの箴言92節〝女の愛を得んとする者は、きれいごとをいって贈物をし、女の美しさをほめよ。お世辞をいう者は首尾よくいく。〟───オーディンが残した言葉だ。どう思う?」

「神様のくせに随分俗っぽいというか……女の子のこと舐めてません?」

「そういうことだ。おまえを褒めるのに余計な言葉を使う必要なんてない」

「それじゃあ、これからは都合の良いように解釈しちゃいますから!リーダーは褒めるの苦手だから仕方ないですよね!」

 

 そう言うと、ノアは微かに笑った。

 

「……それだけか?」

 

 口の端から息が漏れる。

 脳裏をよぎる、いくつもの可能性。

 ───それは、勘違いしても良いということなのだろうか?

 動けないまま、視線が重なる。

 しばらくそうしていると、

 

「……クッ」

 

 ノアは意地の悪い顔で吹き出す。

 立香に預けていた帽子を被り直し、煮え切らない目線で見守るペレアスたちの方へと歩いていく。

 そこで、彼は捨て台詞を吐いた。

 

「俺と駆け引きしようなんざ百年早え! 褒め言葉を引き出そうとしたんだろうが、残念だったな! ヒャハハハハハ!!」

 

 立香の頭の中で何かが切れる。

 

「ガンドォォォ!!」

「うがああああああ!!!」

 

 魔弾を撃ち込まれ、のたうち回るノア。それを呆れ混じりに眺めながら、ロマンはスサノオに話しかける。

 

「『その、聖杯について訊きたいことがあるのですが……』」

「聖杯は天に在る。西洋の魔術師殿は分かるであろう? 東征軍の首魁が誰か」

「『……敵に回っているのが天津神と聞いた時から、見当は』」

 

 スサノオはこくりと頷いた。

 

「───そう。敵は、我が姉だ」

 

 ただし、と彼は付け加える。

 

()()()()()()()()()()()()()()()。こんなやり方を好む人ではない。……おっと、人ではなく神だったな! これは失敬!」

「『すみません、笑えません!!』」




・コードキャストの補足説明
 ノアとダ・ヴィンチの共同研究。要は科学の力で魔術の現象を再現するというもの。ただし、魔術である要件を満たすために科学主義への信仰を擬似的な魔術基盤として扱っている。そのため、対魔力で無効化できるのはコードキャストの魔術要素のみであり、最高峰のランクであっても半減させるに留まる。もちろん当たってくれるかは別問題。
 道具にカートリッジをセットするだけで扱えるため、誰でもプログラムに書き込まれた魔術を発動することができる。杖には霊子演算装置であるフォトニック結晶が埋め込まれているが、これはノアがトライヘルメスとトリスメギストスのデータを解析して、無属性魔術で再現したものである。ダ・ヴィンチが言っていた遠隔補助術式というのは、トリスメギストスの演算能力を杖に上乗せするためのもの。杖だけでも魔術を行使できるが、その場合は再現できるモノが限られてくる。高威力だったり複雑な工程を経る魔術がそれに該当する。
 言語化できるなら大抵の魔術は再現できるため、ミストルティン無しで『終約・黄昏の天光』をも発動できる。ただし、神殺し・不死殺しの特性を切り捨てて威力を追求した魔術であるため、死ねない体にされていたアメノワカヒコを仕留めるには至らなかった。また、これは遠隔補助術式がなければ使用できない。
 画期的な技術だが、魔術の欠陥そのものを改善するには至っていない。これがクリアできていない問題点はおおよそ三つ。
 ①そもそも神秘の衰退を防げない。
 ②マナを利用しているため、地球のマナが枯渇した場合はガラクタになる。
 ➂現代の技術レベルで量産化を目指す場合、無属性魔術でフォトニック結晶を用意しなくてはならないノアが過労死する。
 ノアが目指すアルス・ノヴァにはまだまだ程遠いのが現状である。
 …………ということから、EXTRA世界のコードキャストとは名前が同じだけの別物。今回登場した『shock(32)』だが、使った記憶がない。

・神様解説、クラミツハ編
 古事記では闇御津羽、日本書紀では闇罔象と書く。イザナギがカグツチを斬った際、剣の柄についた血が指の間からこぼれ落ちた際に、クラオカミとともに生まれた神である。日本書紀ではクラヤマツミという神も同時に生まれている。この三神をセットと捉えるなら、クラミツハもまた三相一体の女神であると定義できるかもしれない。
 クラミツハが水神となっているのは血と水の液体としての繋がり、また、剣柄から滴り落ちたことから刀鍛冶で刃をそそぐ水を表している、などの説がある。
 クラミツハが象徴するのは峡谷や渓谷の水の出始め。水の神が龍神とされるのはよくあることで、古代中国の竜神信仰に端を発していると思われる。
 山間を流れる川の女神であるクラオカミと一緒に成った(スサノオにやられた)、かつ、本編では荒魂だけの状態だったので大体四分の一くらいのスペックだった。もし二神揃った完全体だったなら、総力戦でなくては勝てなかっただろう。
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