自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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『うけひ』は登場人物は『うけい』と発音していると思ってください。


第60話 朱に染まる魁星

 東征軍の襲撃を防いだ数時間後。

 太陽はすっかり地平線の向こうに沈み、空は黒々とした闇に染まりきっていた。

 合流を果たしたEチームと、共闘するに相成った新選組と大江山メンバーは本能寺にいた。本能寺の変以外にも何度か炎上したこの場所だが、幸運にも今回の戦いの被害からは逃れていた。炎ならまだしも水にやられる訳にはいかないのだ。

 それはともかく、時刻は夜。各地の家庭は夕餉の準備を始める頃合いである。本能寺の前庭でもすっかり牙の抜け落ちた鬼たちが調理に取り組んでいた。若干二名牙どころか角まで失っているが。

 どこぞのライオン発明王がトースターの売上を伸ばすために一日三食を広めたのは有名な話だが、日本でそれが一般的になったのは江戸時代のことだ。古代から中世の終わりまで、人々は朝と晩の二回食事を摂っていたと言われる。

 つまり、昨日から一日信長とスサノオと行動していた立香は昼食を抜かしていた。食い意地だけならば英霊にも劣らない彼女にとって、それは拷問に等しい。戦闘を行ったこともあり、その空腹感は最高潮に達しつつあった。

 だが。

 

「───……そしたらペレアス様ったら、私のことを抱きすくめて何度も愛の言葉を囁いてくれたんですの〜〜っ♡♡」

「きゃーっ! 砂糖よりも蜜柑よりも甘酸っぱいですわ! 体が火照りすぎて龍になってしまいそうです! あなたもそう思いませんこと、立香さん!?」

「お、おもいマス……」

 

 脳みそがピンク色に茹だった精霊と蛇女に両脇をがっちりと固められ、空腹を感じるどころではなくなっていた。心なしか周囲の空気が梅雨頃のように湿度を増しているような気もする。

 蛇といえば暗く湿った場所を好む。そしてリースは水の精霊である。この二人は東西の恋愛モンスターというだけでなく、そういった意味でもコンボが生じてしまうのだ。

 料理をつまみ食いしようと人気のない場所を通ったのが運の尽き、じめじめと恋愛トークに興じていた二人に立香は捕まってしまったのだった。

 

「ええ、ええ! そうでしょうとも! さすがは六つの特異点を攻略してきた勇士ですわね! 私とペレアス様の睦み合いをもっとお聞かせして差し上げますわ!」

「別に頼んでないんですけど。いつも聞かされてますし」

「言うなれば私たちは同類……果てしない恋情に取り憑かれた仲間ですわ。誰でも本気を出せば龍くらいにはなれますのよ?」

「別になりたくないですけど!? 同類判定がガノトトスの当たり判定くらいガバガバじゃないですか!」

 

 恋や嫉妬に狂った女性が人ならざる怪物に変化するのは日本ではよくある話だったが、ここにいるのはその頂点とも言うべき清姫と純度100%精霊のリース。普通の人間である立香がこの境地に至るのは無茶振りも甚だしい。

 逃げ出そうにもべったりと貼り付かれているせいで身動きもできない。そもそも清姫から逃げ出そうと考えること自体無意味だ。安珍の末路が何よりの証拠である。

 徐々にヒートアップしてきたモンスターたちは息を荒くして立香に迫った。その目は見たことがない色に染まっている。

 

「まあまあ、そう言わずに。私たちが立香さんに想い人の追跡方法から───」

「ありとあらゆるシチュエーションの立ち振る舞い方まで───」

「「手取り足取りしっかりと教えて差し上げます……!!」」

「イヤアアアアアア!! 恋キメてる変質者に襲われる! 誰か助けてェェェ!!」

 

 立香は迫真の表情で絶叫した。すると、上空から黒い影が落ちる。それは彼女が契約したファーストサーヴァントにして時々頼れる後輩のマシュ・キリエライトだった。

 彼女はどこで手に入れたのか、ぶつ切りにされた食材が連なった串焼きをハムスターのように貪っていた。もう片方の手にも同じような串焼きを握っている。

 

「そこまでです、お二人とも! そっちの世界へ先輩を引きずり込もうとしても、そうはいきませんよ!」

「マシュ……!」

「防戦に優れたマシュさんとはいえ、装備が盾でなく串焼き二本なら恐れるに足りませんわ!」

「弱体化したからと侮られては困ります。未来への素質に満ちた立香さんを手放す訳にはいきませんわ!!」

「この人たちの目には一体何が映ってるの!?」

 

 手放す。その言葉を聞いて、マシュはチベットスナギツネのようなじっとりとした目つきになる。その瞳には一切の感情の色が見えなかった。

 そうして、ぽつりと呟く。

 

「手に入れるのが勝利なら手放すのは敗北でしょうか───?」

「少なくとも恋においては敗北では?」

「…………先輩、どうしましょう。リースさんに論破されました」

「諦めるのが早い! もう少し粘って!」

 

 無論リースの意見であり主観的なものではあるのだが、マシュにはこれといった反論が浮かばなかった。しかも、ここには大追走劇を演じた清姫までもがいる。想い人を繋ぎ止める握力は計り知れない。

 そこで、マシュは思い出したかのように、口をつけていない串焼きを立香に差し出した。

 

「あ、それとこちらの串焼きは先輩に。赤鬼さんに調理中のやつを分けてもらいました」

「それ今やること!? いただきます!」

「立香さんの手首にはモーターでも仕込まれているのですか?」

 

 超高速の手の平返しを見て、清姫は訝しんだ。当たり前のように赤鬼をこき使っているマシュはともかく、ただの食欲で自分たちの押しを打ち破られたことには戦慄を禁じ得なかった。

 狂気を上回られた清姫はもはや一般美少女サーヴァントでしかない。我が魂の先輩を奪還したマシュはハムスターみたいに膨らんだ頬をもちゃもちゃと動かして、

 

「ところで、スサノオさんから本堂に皆さん集まるようにとのお達しがありました。ご馳走が続々と運び込まれていますので、食い荒らされる前に行きましょう」

「よし行こうすぐ行こう! リーダーなんて他人の好物を狙い撃ちして取っていく人類悪の化身だからね!」

「くっ、立香さんをこちら側に引き込む作戦が……!!」

「いいえ、まだです。いずれ必ず、リースさんと私のしつこさをお目に入れてみせましょう……!!」

 

 立香とマシュは冷たい情念の炎を燃え盛らせるモンスターたちに寒気を覚えながら、本能寺本堂へと歩を進めた。

 そこには毎日顔を合わせている面子に加えて、新選組の二人と茨木童子が殺気の篭った視線をぶつけ合っていた。上座のスサノオと信長は全てを諦めた目でその様子を眺めている。

 彼らの前にずらりと並べられた膳。土地柄当然といえば当然なのだが、非の付け所がない和食が盛り付けられている。立香は妙な懐かしさを覚えた。カルデアの献立でも和食が並ぶことはあるが、こうも豪勢なのは久しぶりだ。

 立香は無意識にノアへと視線を送る。彼はペレアスとダンテ、ジャンヌとともに、茶色い物体が載せられた小皿を見下ろしている。彼らは一様に何かを食いしばるような表情をしていた。

 

「……腐った豆の塊か? これ。流石のブリテンでもこんなもん食ったことないぞ」

「っていうか普通に臭いんですけど。誰が食べるのよこんな汚物」

「じ、ジェンマの豆スープを思い出しますねえ。アレは口に入れた瞬間トイレに駆け込むほどの劇物だったのですが、これもその同類である予感がします」

「劇物じゃねえ、納豆だ。等しくはあるがな。これを食うくらいだったらフォウの汚えケツの穴舐めてた方が百倍マシだ」

フォウフォウ(風評被害やめろ)

 

 フォウくんはノアの顔面を蹴り上げる。

 しかし、そんなことで動じるようではEチームのリーダーは果たせない。鼻からボタボタと血を垂れ流しながら、納豆の小皿をスサノオに押し付けた。

 

「おまえ腐っても日本の神だろ。このナウシカの腐海みたいな食いもんをどうにかしろ」

「ちょっ、儂納豆とか無理だから! なんか吐き戻した豆みたいな見た目じゃろ、そういうのオオゲツヒメの一件でトラウマになっとるんじゃ!!」

 

 スサノオは青褪めて後ずさった。彼はオオゲツヒメという女神に歓待を受けた時、その食材が彼女の口や尻から出てきたものであることを知り、斬殺するに至っている。現代の価値観ではやり過ぎ感が否めないが、排泄物を食べさせられたとなると怒るのも詮方ないことだろう。

 何か感じ入るところがあるのか、信長はこくこくと頷いた。

 

「まあゲロとかうんこ食わされたらわしもぶった斬るわい。にしても、やっぱ南蛮人に日本食は合わんのかのう。ルイス・フロイスとか弥助も苦労しておったし」

「オレはそうでもなかったけどな。ツナマヨのおにぎりとかうまいよな」

「ペレアスさんは食の荒野出身ですからねえ。私も日本食の中だと特に抹茶ラテが好きですよ」

「結局日本食はラーメンが最強だろ」

「は? カレーこそナンバーワンでしょう」

「なんか全部微妙に外してね?」

 

 信長は口元をひくつかせた。当たらずも遠からず。明後日の方向に的を外している訳ではないのだが、どこか釈然としない感覚である。

 立香と湖の乙女はぬるりと会話に滑り込む。

 

「リーダー、納豆苦手だったんですね。次からイタズラする時は落書きじゃなくて納豆を使うことにします」

「やるならおまえも相応の被害を受ける可能性を考えておけよ。全身の毛穴にネバネバを注ぎ込まれる呪いをかけてやる」

「けれど、ペレアス様が一番好きなのは私の手料理ですわよね?」

「まあな、言うまでもない。嫉妬でもしてくれたか?」

「……もう、今日のあなた様はいじわるですわ」

 

 そこはかとなくしっとりとした空気が辺りに漂う。マシュは口内に砂糖の塊を突っ込まれたような気分になり、どっかと膳の前に腰を置いた。

 

「……ケッ。茶番はここまでにして、本題に入りましょう。スサノオさんが呼びつけたということは無駄話をする気はないのでしょう?」

フォウフォフォフォウ(急に知性を見せつけてくるな)

 

 というフォウくんの言葉も伝わることはなく。土方はたくあんを丸ごと齧りながら、マシュに追随する。

 

「俺たちはここに馴れ合いに来た訳じゃねえ。スサノオ、アンタがやりそうなことは分かってる。そこのチビ鬼を呼んだのもそういう理屈だろ」

「吾にそれは禁句だぞ人間! 一度痛い目に遭わせないと分からぬか!? かーっ、これだから田舎上がりの芋侍は!」

「おう上等だアホ鬼! 俺を痛い目に遭わせてえなら胸を盛ってから出直して来やがれ!!」

「土方さん、それ痛い目というかエロい目です」

 

 光の速さで乱闘になりかける。犬猿の仲とはまさにこのこと。人と鬼の隔たりは未だ深かった。そこにスサノオが強引に割り込んで、

 

「あーやめいやめい! 喧嘩なんてしてもまったく得にならんぞ、古事記にもそう書いてある!」

「高天原を追放されたやつの言葉は含蓄が違うのう」

 

 信長に背を刺されつつ、スサノオは咳払いして仕切り直す。

 

「お、お主らを呼んだのは他でもない。東征軍に対抗するため、是非我らで手を組もうではないか! 戦において数は多ければ多いほど良いからのう!」

 

 それはカルデアにとってはこの上ない提案だった。東征軍のサーヴァントは天津神の分霊を与えられている。彼らの戦力は通常の英霊を遥かに超えるだろう。スサノオがほとんどの敵を討ち滅ぼしたというのに、国土のおよそ西半分を奪われているのが良い証拠だ。

 まさしくスサノオの言う通り、戦力は多いに越したことはない。大江山の鬼と鬼の副長率いる新選組が加わるとなれば、心強さは百人力では済まない。

 茨木童子と土方は物理的な衝撃すら伴うかのような視線をぶつけ合った。その鬩ぎ合いは留まることはなく。できる限りドスの利いた声を互いに向けて捻り出す。

 

「吾には酒呑の仇を討つという大義がある。そのためなら、人間どもと組んでやるのもやぶさかではない。精々吾の下で働くが良いぞ、新選組ィィ……!!」

「ガキみてえなナリした小娘に睨まれたところで微塵も怖くねえなァ! 殴る蹴るしか能がないお前らに戦の指揮ができんのかァァ……!?」

「もうやだこの蛮族たち…………」

 

 スサノオはほろほろと涙を流した。母親に会いたい以外では泣かなかった神を泣かせるという偉業が成し遂げられている。正直、蛮族度合いで言えばスサノオも大概なのだが。

 立香はその姿に憐れみを感じた。このまま険悪でいられては、誰にとっても得はない。右手で串焼きを口に運びつつ、もう片方の手を勢い良く挙げた。

 

「はい! 不肖藤丸立香、僭越ながら提案があります!」

「おう、威勢が良いな立香! 儂がいくらでも聞き届けようぞ!」

「誰が私たちの指揮官になるか決めるべきだと思います! 一番上が決まっちゃえばこうやって争うこともないですよね。カルデアはドクターがアレなのでアレですけど!」

「『立香ちゃん! それだけで言葉のトゲを隠し切れるとでも!?』」

 

 強烈な流れ弾がロマンに突き刺さった。呑気にコーヒーを飲んでいた彼はコップの中身をすべて床に撒いていた。ムニエルの業務がひとつ増えた瞬間である。

 立香の主張は妥当といえば妥当だ。かたや鬼の頭領を酒呑童子に譲った存在、かたや旧幕府軍の指揮官。茨木童子にしろ土方にしろ、そういった決まり事には厳しい。

 二人は背を向け、カチャカチャと己の得物を用意しながら同意した。

 

「アホの仲間にしては良い提案じゃねえか。とりあえずそこの鬼を叩きのめせばいいんだな?」

「ほざいたな人間! 吾の剣でタコ殴りにしてくれるわ!!」

「い、いや、そういう決め方じゃなくてもっと平和的な方法にしましょう! くじ引きとかじゃんけんとか!」

 

 手を組むための会合で血みどろの戦いを演じられては元も子もない。茨木童子と土方は渋々武器をしまった。それを見て、沈黙していた信長は瞳に野心の火を灯す。

 

「やっぱトップはわしがやるしかないじゃろ、常識的に考えて。裏切り者にも優しいし、褒美はちゃんと取らすし、手柄を立てれば昇格もアリアリぞ?」

「『カルデアよりホワイトですね。この三人から決めるとなると、立香ちゃんが言ったようにくじ引きかじゃんけんが無難そうですが……』」

「おいおい、何言ってやがる。ここにカルデア最強マスターがいるだろうが。サーヴァントを使うのはマスターの仕事だ、こいつらを従えるのに最適なのはどう考えても俺だろ」

「アンタがトップ張るくらいなら私は裏切るわ」

「ええ。敵は本能寺に在り、です。カルデア大炎上編です」

 

 ジャンヌとマシュは容赦なく口撃した。Eチームのリーダーに人望などあるはずもない。立香は何度目になるか分からないカルデアの危機を感じ取った。

 ともかく、候補は四人。全員一癖も二癖もある面子だ。ノアは論外としても、土方と信長の将器にもはや疑いようはない。集団のまとめ役という点から考えれば、茨木童子も相応の働きができるだろう。

 そこで、スサノオはどこからともなく寿司が並べられた木製の台を持ってくる。

 

「ここはいっちょ神様らしく人草の仲介をしてやろう! あ、もちろん儂が指揮を執ってやっても良いぞ?」

「「「「すっこんでろニート神」」」」

「え、何こいつら。神への尊敬とかないんか? ちょっと泣いていい?」

「旗頭はふんぞり返ってるくらいが丁度ええんじゃ。余計に動かれても困るわ」

「傀儡にしてた足利義昭に包囲網作られただけはありますね。それで、どうやって決めるんですか?」

 

 沖田の問いに、スサノオは頷いた。

 

「うむ。時にお前たちは『誓約(うけひ)』というものを知っておるか?」

 

 その場の大多数の人間は釈然としない反応をした。これを受けて、彼は解説する。

 『誓約(うけひ)』。万葉仮名では宇気比と表記される。これは古代日本で行われた占いの一種である。記紀神話においては度々登場する概念だが、一義的に語の意味を定義することは難しい。

 その一例としてはニニギノミコトとコノハナノサクヤビメの逸話が挙げられる。ニニギはサクヤビメを娶り、褥を共にすると、彼女はその一夜で子を身篭った。妊娠までの期間が短すぎることから、ニニギはその子が自分の子ではなく、国津神との子ではないかと疑ってしまう。

 そこで、サクヤビメは出産の際に産屋に火を放ち、〝この子がニニギの子でなければ無事に産まれない。この子がニニギの子であるなら無事に産まれる〟と宣誓し、ニニギとの子を産んだ。

 AならばBである、と条件を定義し、自らの行動で証明することで、それが真実であることを問答無用で確定させる。

 子がニニギとの子であることと、産屋に火を付けて無事に出産することに論理的な妥当性は存在しないが、『誓約(うけひ)』はそれを無理やり保証するための占術なのだ。

 

「ま、そもそも神話に論理性を求めても仕方ないよネ」

フォウフォウ(お前が言うな)

 

 神様として身も蓋もないことを言ったスサノオ。彼はニヤリといたずらっぽい笑みを浮かべる。

 

「この寿司のいくつかは大盛りのわさびが仕込まれておる……これを占いに使うのじゃ」

 

 急に空気が不穏になる。場の全員が抱いた不安は見事に的中した。

 

「───つまり、ここで行う『誓約(うけひ)』とは〝わさび寿司を引き当てた者は指揮官に相応しくない。わさび寿司を引き当てなかった者は指揮官に相応しい〟という史上類を見ない全く新しい占いなのじゃあ!!」

「「「どこがだァァァ!!!」」」

 

 信長、土方、茨木童子のジェットストリームアタックという名のドロップキックをくらい、スサノオは床に転がされる。

 彼らはその胸倉を掴むと、激しく前後に揺さぶった。

 

「なぁ〜にが史上類を見ない全く新しい占いじゃ、このアホ神が!! パクリにも程があるじゃろ!!」

「こちとらそんな使い古された罰ゲームやりに来てんじゃねえんだよ! 少しは新しいものを生み出そうとしやがれ!」

「神のくせに食べ物を粗末にするとはどういう了見だ!? 人間のくだらぬ遊びに毒されおって!」

「う、うっせー! 人の子のバラエティ番組に憧れてたんじゃ! 儂だってそれくらいの夢は見てもいいじゃろうが! はよう食え!!」

 

 もみくちゃになる英霊と神霊。サーヴァントに対する畏敬の念がまたしても失われた場面だった。立香はノアの顔を覗くと、彼は心底興味が失せたような表情をしていた。こういう時は真っ先に飛びかかるはずだというのに、今は嘘のように大人しい。

 

「リーダーは行かなくていいんですか」

「誰があんなことやってられるか。俺以外がやる出来レースは嫌いなんだよ」

「…………()()()()()?」

 

 立香は首を傾げる。

 バラエティ番組の罰ゲームじみた占いだが、何かが仕組まれているようには思えない。本当にバラエティ番組ならヤラセがあるだろうことは別にして。

 発言の意図を尋ねる前に、信長ら立候補者たちは寿司を手に取る。その足元には大の字になったスサノオが白目を剝いていた。

 サーヴァントであろうが味覚は人間のそれと同じだ。辛いものを食べれば辛いし、酸っぱいものを食べれば唾液が分泌される。

 つまり、彼らとてわさび寿司を食せば苦しむのは避けられない。三人は恐る恐る寿司を口に運んだ。

 小さな咀嚼音ですら反響する静寂。

 寿司をごくりと嚥下する。

 咀嚼音すら絶えたその瞬間、信長と土方の肩が小刻みに震え出し、

 

「「ぐぼおおおぉぉぉッッ!!!」」

 

 凄絶な断末魔とともに無残な姿になった寿司を吐き戻した。

 砂浜に打ち上げられた魚みたいに痙攣する二人を一瞥し、茨木童子は満面の笑みでガッツポーズを取る。

 

「よっしゃぁぁぁ!! ふはは、見晒せ人間ども! 東征軍なぞ一撃で粉砕してくれるわ! のう、清姫!!」

「なぜそこで私に振るんです!? あなたが指揮官なんて悪夢にも程がありますわ!!」

「悪夢上等ォ! 吾らこそが奴らにとっての悪夢になるのだからな!」

「第六天魔王と鬼の副長に勝つなんてすげえっす! マジパネェっす! さすが茨木の姉貴!」

 

 いつの間にかここにいた赤青鬼が茨木童子を胴上げする。途端に室内がやかましい喧噪に包まれた。

 その騒音に紛れて、立香は先程の疑問をノアに投げる。

 

「出来レースってどういうことだったんですか? 誰も怪しい動きをしてるようには見えませんでしたよ?」

 

 茨木童子に公衆の面前で隠し通せるようなイカサマの技術があるようには思えない、とは彼女の名誉のために言わなかった。

 

「……『誓約(うけひ)』ってのは支離滅裂な証明に妥当性を保証する儀式だろ。だったら、誰がその妥当性を保証すると思う?」

「え───儀式を見てた私たち、とか……?」

「惜しいな。答えはこいつだ」

 

 ノアはスサノオの首根っこを掴んで、立香に突きつける。

 

「こいつはひとつ大事な説明を省いてやがった。それは『誓約(うけひ)』が()()()()()()()()()()ということだ」

 

 神意を窺う。『誓約』は術者が真であると証明したい出来事に対して、神という絶対的な後ろ盾を付けることで正しさを得るものなのだ。

 だからこそ、ニニギはサクヤビメが産んだ子を自分の子どもであると認めざるを得なかった。彼らの儀式においてどの神が介入したかは定かではないが、この場ではそれは明白だった。

 『誓約』は神意を窺う儀式───であるならば、その神とはスサノオに他ならない。

 

「異邦の魔術師がよく勉強したのう。そう、この集団の長に茨木童子を選んだのは儂じゃ」

「それは、どうしてですか? 人を率いることに関しては信長さんと土方さんの方が適任な気がしますけど」

「そうじゃの。あやつらはまったく見上げた人間よ。ノッブは天下の礎を築き、土方は負け戦でも幕府のために命を捧げた。神代なら儂の剣を譲ってやっても良いとすら思える武士たちじゃ」

 

 しかし、と彼は翻す。

 

「敵は東征軍。化外の地を統一せんと目論む英霊じゃ。ならば、奴らを相手取る首魁は化外の者でなくてはならん」

 

 この国の始まり。西の地より大和を目指したかの東征はそういうものであったはずだ。

 天照らす光を味方に付け、高天原の法下にあらぬ土地を侵略する。仮にもその東征を掲げる戦士と刃を交わすのなら、化外に住まう者こそが相応しい。

 

「───のう、鬼とは不憫な連中だと思わぬか? 奴らは確かに傍若無人で悪逆無道の怪物じゃが、生きるためにはそうするしかなかった。大江山なぞに引き籠もっていたのが良い証拠じゃ。そして朝廷に目をつけられ、桃太郎だの源頼光だのに討伐される」

 

 けれど、それもまた仕方のないことだ。

 彼らが人を虐げたのは事実で、人はそんな怪物を討たねばならない。

 どちらが正義であるかなど、傍観者に過ぎない自分たちが一方的に決めることは許されない。だが──────

 

「儂はここに証明するぞ。蔑まれた鬼であろうと、この地に住む全ての者に天照らす光は降り注いでいるのだとな」

 

 ─────その鬼こそが、この特異点を救うのだとしたら。

 ノアは鼻を鳴らす。不機嫌にも見える仏頂面。しかし、立香には高揚が滲んでいることが分かった。

 

「時の権力者に敗北した、という点では土方もアリじゃったがな。異名も鬼の副長じゃし……」

 

 それを遮って、ノアは言う。

 

「名前を決めろ。東征軍を震え上がらせるようなやつをな。格好もつけられないんじゃあ示しがつかねえ」

「……ふっ、そんなことなら考えてあるわ。儂の大好きな母上にちなんで───」

 

 スサノオは獰猛に歯を剥いた。

 

「───黄泉軍(よもついくさ)。死者の国が擁する鬼が、東征軍を討つのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 茨木童子率いる黄泉軍が発足して数日後。

 彼らは鬱蒼と木々が生い茂る山中を徒歩で突き進んでいた。天空に輝く太陽は爛々と地上を照りつけ、茹だるような熱気を醸し出している。

 しかし、黄泉軍の軍容は名だたるサーヴァントと新選組、大江山の鬼たちである。この酷暑もなんのそのであった。ペレアスは名だたっていないという指摘は禁句だ。

 それでも、湿度の高い日本の暑さは慣れない人間にとっては辛いものであることに変わりない。

 

「「「あ〜〜…………」」」

 

 気の抜けた声が弱々しく溶け込んでいく。

 それを発したのはノアとダンテ、そしてジャンヌであった。彼らは上着や外套を脱ぎ捨て、項垂れたまま歩いている。

 力ない足取りでは集団に置いていかれるばかりだった。ノアとジャンヌは悠々と先を行く仲間の背を忌々しげに睨んだ。

 

「……ねえ、アンタいっつも無駄な魔術ばっかり開発してるでしょう。こんな暑さくらいどうにかしなさいよ」

「うるせえ、こんなジメついたところでモチベなんか出せるか。おいダンテ、空飛んで日光遮って来い」

「無茶言わないでください。天使じゃないんですから。私だって放浪生活を思い出して鬱々としてるんです」

「というか、あのなすびはどうして平気なのよ。南極出身のくせに」

 

 耳聡くそれを聞きつけたマシュは胸を張って答える。

 

「わたしは確かに南極人ですが、皆さんみたいな根性なしと一緒にしてもらっては困ります。それにほら、へそ出しスタイルなので。ギャラハッドさんの趣味でしょうか」

「あいつはそんなんじゃないと思うぞ? ランスロットと違って」

「あまり人間らしい面を見せない人でしたから、案外良い趣味してるのかもしれませんわよ?」

「あのランスロットさんの息子ですからね」

 

 ダンテはランスロットが草葉の陰で血涙を流している情景を想像した。彼とて最高の騎士、そこまで言われる筋合いはない……のかもしれない。

 ノアたちが呻きながら歩いていると、沖田と土方が水を持ってやってくる。

 

「おら、飲め。少しは楽になんだろ」

「熱中症は怖いですからね。池田屋の時とか猛暑で沖田さんも吐血しましたから」

「沖田さんの吐血は熱中症のせいではないと思いますが……ありがたくいただきます」

 

 ダンテは水を受け取り、ノアとジャンヌに手渡した。二人はそれを豪快に飲み干して、ダンテに突き返す。

 水を摂取したことで多少回復したのか、彼らの足取りにも力が戻る。全員が先頭集団に復帰したところで、狙い澄ましたかのように立香は訊いた。

 

「随分歩いてきましたけど、目的地はまだなんです?」

「安心せい、もうすぐじゃ。ここを登ったら見えてくる」

 

 スサノオに導かれるまま、彼らは坂を登る。

 爽やかな微風が吹き抜ける。森林を抜け、晴れた視界には豊かな緑地の奥にどこまでも続くような海原が広がっていた。

 人の手が加わっていない自然の風景。しかし、そこにはあまりにも巨大な異物が紛れ込んでいた。

 地から天へと伸びる木造の柱。こと長大さだけで言うならば、あのトライデントですらそれには及ばない。地面を踏み台に、その柱は雲の上にまで到達している。

 

「───天御柱(アメノミハシラ)。あれがこの国を人理から引き剥がしている張本人よ」

 

 レイシフトの前。カルデアスに投影されていた日本列島はおよそ西半分がシールのように剥がれるという事態を示していた。

 魔術王の人理焼却とも異なる現象。それをロマンは『人理剥落』と呼称した。あの異常は聖杯によるものではなく、天御柱が引き起こしたのだ。

 

「天御柱は自身を起点に周囲の土地を高天原の環境へと塗り替える。あれが設置された場所は三つ。東征軍が最初に現れた高千穂と、長門国の須佐────そして、ここ、出雲大社じゃ」

「『なるほど……アメリカの時と似ていますね。東征軍の勢力圏に応じて特異点が広がってしまう。この特異点の年代が何度か書き換えられたことに関係が?』」

 

 そこで、Eチームはダンテに共有された情報を思い出す。

 清姫は言っていた。東征軍が勢力圏を伸ばす度に、昼夜が目まぐるしく入れ替わると。これは特異点の年代が672年、995年、1868年へと変遷していったことと呼応する。

 

「あめりかと違うのはそこじゃな。天御柱が影響範囲を拡大させると、時代だけが進む。2016年の滅びへと向かってな」

「あの、前も思ったんですけど、995年から1868年って飛び過ぎじゃないですか? 大体900年近く経ってることになりますよ?」

 

 立香は首を傾げた。

 日本の国土が特異点と化しているなら、出雲……現在の島根県を占領したところで、天御柱が影響圏を伸ばすとしても、時間の進みが早すぎるように思われる。

 天御柱が北海道の最北端まで手中に収めた時に2016年に達するのではないか。そんな考えを、スサノオは否定した。

 

「奴らは東征軍じゃからの。東征は大和に辿り着いて終結したであろう? 現代では奈良県じゃったか?」

 

 それが意味する事実は。ノアは額に青筋を立てて、

 

「…………ってことは、奈良県まで侵食されたら2016年になんのか?」

「あ、うん。そうじゃけど」

「大ピンチじゃねえかァァァ!! よくもここまで黙ってやがったなアホ神が!!」

「ウギャアアアアア!! 言っても焦るだけだと思ったから黙っとったんじゃああああ!!!」

 

 スサノオはノアにバックブリーカーを仕掛けられ、山中に絶叫を轟かせた。メキメキと背骨が嫌な音を立てる。

 東征軍は大和までの国土を掌握すれば良い。故に西半分が天御柱の影響下に置かれた今、1868年まで時代だけが飛んでいるのだ。信長はだらだらと冷や汗を垂らして言った。

 

「……東征軍だから大和まで占領すれば終わり、と。は? 天下布武ナメてんの? 武田と上杉に胃を痛め続けたわしの苦労は?」

「生前に台無しにされてるんだから慣れてるじゃないですか」

「何を言うか沖田ァァ!! あんな勝ち確ムードの時に裏切るなんか誰も思わんじゃろ! あ、思い出したらなんかムカついてきた、ちょっとあの金柑頭ぶっ殺してくる!!」

「それはそれで新たな特異点ができそうなので、わたしとしては御免被りたいのですが」

フォフォフォウ(むしろ異聞帯じゃね)?」

 

 という会話の裏で、スサノオの背骨は真っ二つに叩き折られていた。彼はくの字形になった体でも生存しているのはまさに神の御業である。

 

「じ、じゃから天御柱をみんなでぶっ壊して回るんじゃ……アレが蓄えとる魔力を奪えば、儂の力も多少は戻るし……」

「…………で。どうすんだ、黄泉軍の総大将?」

 

 くの字になった体を元に折り曲げつつ、土方は茨木童子に目線を配った。

 

「ふん、そんなことも分からぬのか? 全員でバーッと行ってガーッとやってドーンで終いよ!」

「高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応、ということですかねえ」

「小難しい言い方をするとそうなるな!」

「普通に行き当たりばったりですわ!」

 

 清姫は思わずツッコんだ。ここ最近ペースを掻き乱されてばかりの事実に気付いて、がっくりと項垂れる。

 茨木童子が立案したのは作戦とも呼べぬ行動だ。出雲大社に待ち受けているであろう東征軍には心許ない。が、信長は愉しげに口元を歪めた。

 

「総員で攻めるのは悪くない。戦力を分散させる理由もないからの。力押しも立派な戦術よ」

「『では、このまま出発する段取りで……』」

「しかし! 戦の勝敗を分けるのはどれだけ準備したか、これに尽きる! 策とも呼べぬ仕込みじゃが、やるべきことはしておかねばのう!」

 

 そうして。

 一時間後、黄泉軍は目的地の間近まで接近した。

 八雲立つ出雲の国の大社。此処に祀られしは国造りの大偉業を成し遂げた神、大国主(オオクニヌシ)。スサノオから与えられた数々の試練を達成し、一度は葦原中津国の支配者としても認められた大神だ。

 彼は太陽の女神に国を譲り、その見返りとしてこの社を贈られた。かの太陽神と似せて造られた宮殿は『天日隅宮(あめのひすみのみや)』と呼ばれるなど、支配者の地位を退いてなおその存在は強大だった。

 国を造った者と、それを託された者。

 両者の間に憎悪はなく。

 託された以上、かの女神は国造りの意志をも受け継いでいたはずだ。

 ───けれど。

 天と地を繋ぎ止める大社は、跡形もなく破壊されていた。

 かつての姿は見る影もない。散々に焼かれ、潰された社を背後から見下すように、天御柱が輝く。

 柱がたたえる光は無情にして冷徹。

 遍く天地を包み込む陽の光とは真逆の凍てつく光だけを発していた。

 ペレアスは剣の柄に手をかけた。敵の奇襲を警戒しながらも、その目は社の残骸に向けられている。

 

「これは……徹底的だな。敵はこの神殿に恨みでもあるのか?」

 

 スサノオは顔をしかめる。眉間に込められた感情は怒気とも殺気ともつかぬ、月のような凍気だけがあった。

 

「…………姉にとってオオクニヌシのやつは国譲りの大恩人じゃ。こんなことをするはずがない」

「しかも弟の子孫でもある。そんな存在を誰も無碍にはできぬであろう。部下が暴走したとかでもなければのう」

「分からないことを考えていても仕方ないですよ。それより敵は何処です? 沖田さんの三段突きがまたしても火を吹きますよ!!」

「などと可愛らしい顔をしているが、この女、実は狂犬である……」

 

 と、立香が独りごちたその時。

 鼓膜を揺らす風切り音。咄嗟に上空を見上げ、瞠目する。

 鋭く尖った木の杭が烈風を伴って落ちる。十階建てのビルにも相当する規模の杭。それが六本。圧倒的な質量の暴力が地上を蹂躙する─────その直前、

 

「お、らああぁぁぁっ!!」

 

 炭も灰も残さぬ絶大な火力。

 黒き炎の波濤が、ことごとくを焼き払った。

 総身に火を纏い、ジャンヌは吼える。

 

「いきなり不意打ちとは随分なご挨拶じゃない! 辺り一帯を焼かれたくなかったら姿を現しなさい!!」

「竜の魔女ムーブやめてくださいジャンヌさん!!」

 

 マシュの悲痛な訴えの直後。彼女たちの視線の先の地面から芽が突き出した。

 それは急速に成長し、人間の形を取る。漲る新緑のように青い髪を棚引かせ、胸元を大きくはだけさせる純白の装束を纏う。胸から背を貫く一本の杭。その表面を慈しむかのように撫でさすり、男は微かな笑みで顔面を覆う。

 

「くくく、なんとも剛毅よな。人の身で我が一撃を焼き払ってみせるとは」

 

 柔らかな声音。しかし、そこから受け取れる感情は。

 立香は『魔女の祖(アラディア)』を構える。

 ───サーヴァント、ではない。 

 魔術師としては未熟な彼女にもありありと伝わる、幽玄にして清廉な神秘の気配。その存在の在り方は東征軍の英霊、あのアメノワカヒコと比べてさえ一線を画すほどに異質だった。

 スサノオは口をあんぐりと開けて、

 

「ゲエーッ! ツヌグイとイクグイ!」

「だ、誰なんですか!?」

「奴らは神世七代(かみよななよ)───天地開闢の時に産まれた神じゃ! こと神秘の古さだけなら儂や姉にも勝る!」

 

 角杙神(ツヌグイノカミ)活杙神(イクグイノカミ)。国産みを成したイザナギとイザナミよりも前に生まれた、神世七代の第四代。男女一対の双神である。

 土方は刀と長銃を両手に、ツヌグイを睨みつけて言った。

 

「……二人いやがるのか? あいつはどう見ても一人だぞ」

「あの胸に刺さっとる杭がイクグイじゃ。男女一対、つまり陰陽一体となることで自らの力を底上げしとる」

 

 陽神と陰神の合一。互いに欠けたものを補い合い、神格を完成させている。己が半身と魂の半分を失っていたクラミツハとは同じ神であれど、存在の格が違う。

 

「───じゃあ、オレたちの出番だな。ノア」

「ああ、相手が神なら好都合だ。一発当てれば殺せる」

 

 真紅の鎧を装った騎士は神殺しの魔剣を抜き、白き魔術師は神殺しのヤドリギを心臓から取り出す。

 神も不死も一刺しで殺す武装。

 それは紛れもなく天敵。神が神である限り、その死から逃れることはできない。

 ツヌグイは表情を凍てつかせ、黒く濁る汚泥の如き言の葉を紡いだ。

 

「───不敬である。それは人草の手に余る代物だ」

「ハッ! 上から目線で宣いやがって、ビビってんのか!? やれペレアス!!」

「おう!」

 

 真紅の騎士は駆ける。

 その一刃はたとえかすり傷であろうが、ツヌグイには致命傷になる。向かい来る騎士を前に、神は両の掌中より人間大の杭を顕した。

 

「来い───渡辺綱、源頼光!!」

 

 杭が砕ける。

 雷撃がほとばしり、剣風が吹き荒ぶ。

 身を捩って電撃を躱し、剣風の隙間を掻い潜る。顔を上げたその瞬間、既に白髪の武者は剣を振り抜いていた。

 刃が重なる。鳴り響く轟音。激突の刹那、突風が辺りを席巻し、騎士の五体を軽々と後方へ打ち飛ばす。

 

「ど、んな馬鹿力だよ……ッ!?」

 

 踵を地面に突き立て、ブレーキをかける。

 脳裏をよぎるベイリンの存在。あの騎士もまた常軌を逸する怪力の持ち主だったが、白髪の武者のそれはベイリンを凌いでいる。身体能力を超越した異能の域だ。

 ───おそらくは、分霊を与えられたが故の。

 後方へ下がるペレアスと入れ替わるように、茨木童子が跳び掛かる。

 

「ここで会ったが百年目!! この手で引き裂いてくれるわ! 綱、頼光ォォォ!!!」

 

 武者は応えず。ただ、己が主君に前衛を明け渡した。

 酒呑童子征伐の英雄、源頼光。

 鬼を斬り、土蜘蛛を斬った彼女の目に色はなく。

 打ち込まれた命令を実行する機械のように、総身に漲る力を解き放つ。

 

「『■王■来・天■■々(降神・建御雷)』」

 

 英霊の自己証明たる宝具。

 それさえも荒ぶる雷の武神に染められた一刀はまさしく、天下る神雷に相違なかった。

 蒼き極光が満ちる。その一撃に指向性は不要。猛る神鳴りを制御する必要はない。何者にも手を付けられぬ力なのだから。

 ただ、堆積した感情を吐き出すように。

 放射状に拡散した雷轟は、成層圏にまで到達した。

 光が収束し、世界が元の明度に戻る。周辺は隕石が墜落したかのようなすり鉢状に蒸発し、焼けた土の中にきらきらと透明な粒が輝いていた。

 頼光が放った電撃は、その熱で以って地中に含まれる珪砂をガラスに変えたのだ。

 

「───『いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)』……!!」

 

 なれど、少女の盾は仲間たちを護り抜いていた。

 その心が折れず、穢れぬ限り、絶対の守護を実現する円卓の盾。ジャンヌは左の口端を吊り上げ、肩を竦めて呟く。

 

「……なんでゲスなアンタがそんな宝具使えるのよ」

「助けられておいて言うことがそれですか!? ぶん殴りますよ!?」

 

 ツヌグイはくぐもった笑い声をあげる。

 

「あの雷を凌いでみせるとは、これは神の名も形無しか。茄子のような髪の少女よ、貴様は確かに仲間を護り抜いてみせたのだろう。人間にしてはよくやった」

「先輩、あの人殴っていいですか。わたしを完全に馬鹿にしてますよね」

「髪の毛がなすびみたいなのは本当だけどね」

「───しかし、見よ! 貴様らの仲間のひとり、茨木童子は建御雷の神雷に焼かれ、塵すらも残らなかったぞ! 愚かしくも独り先駆けたおかげでなァ!!」

 

 轟く哄笑。ツヌグイは空を仰いで高らかに嗤った。十数秒の間それは続き、渡辺綱は初めて口を開く。

 

「ツヌグイ様。前を御覧に」

「……ん?」

 

 促されるままに面を下げる。マシュの背後、サーヴァントたちのさらに後ろ、ノアと立香の間に呆けた顔の茨木童子が立っていた。

 彼女はきょろきょろと左右に首を振る。

 

「……いつの間に!? 吾、完全に死んだかと思ったのだが!!」

「俺がおまえを助けてやった。泣いて感謝しろ」

 

 ノアの掌の上には折り畳まれた布があった。木目模様の布は溶けるように液状化し、金色の腕輪となって彼の両手首に戻る。

 『天佑の大船(スキーズブラズニル)』。ドヴェルグが造ったと言われる、全ての神々を乗せられるほどの大船である。それは布のように折り畳んで持ち運べるという特性を有する魔法の帆船であった。

 ノアはこれを開き、茨木童子を船に乗せた瞬間に畳むことで彼女を瞬時に手元に移動させた───そこまで説明すると、彼は鬼の頭に拳骨を落とす。

 

「いだぁ!? 何をする人間!!」

「それはこっちの台詞だ。おまえは一応俺たちのアタマだろうが。何も考えずに前に出てんじゃねえ。角引っこ抜くぞ」

「それリーダーが言います?」

 

 ツヌグイはピキピキと脳天に熱い血を昇らせた。

 

「ぐ、くっ……綱、頼光、そいつらを殺れ! 俺も本気を出す!!」

「おいおいおい、アテが外れた瞬間に怒り心頭か!? 神のくせに肝が小せえな! やれ、俺の英霊(げぼく)ども!!」

「土方さん、この人性格がゲロ煮込みです!」

「放っとけ、そいつは芹沢と同類のアホだ!!」

 

 そして、乱戦が幕を開ける。

 地を、空を、縦横無尽に走る雷電。かすりでもすれば最期、肉体は炭と化して崩れ落ちる。源頼光を中心に広がる電流の鳥籠は敵の一切合財を始末する殺意に溢れていた。

 それでも、土方と沖田は臆さず走った。紫電飛び散る雷雲に単身で特攻するかの如き疾走にはしかし、恐れも迷いも存在しない。

 なぜならば、それこそが彼らを突き動かす誠の意志そのものであったから。

 縮地による短距離瞬間移動。雷轟の化身たる女武者の背を取り、いくつもの突きが閃く。

 が、正気を失いながらも身体に染み付いた技量が陰ることはなく。剣閃を躱し切り、背後に迫る土方へ一刀を見舞う。

 白刃が交差したとほぼ同時、土方の全身を電流が這いずり回る。

 肉が焼け、血が蒸発する音。その身に莫大な雷を蓄える頼光の斬撃は、全てが防御不可能。ただ打ち合う、それだけで敵の五体を焦がす。

 英霊の身にあっても、彼女と正面から斬り合うことは死を意味する。

 

「───それがどうした」

 

 硬直する筋肉を意志の力で捩じ伏せ、返す刀を振り抜く。

 再度の衝突。

 体の芯を貫く痛みは無為。

 死への直滑降を、彼は突き進む。

 

「投影、『武神の手甲(ヤールングレイプル)』」

 

 腕輪を溶かし、一対の手甲を二組複製する。雷神トールがあまりに強大な鎚から己の身を護るための防具。ノアはそれらを沖田と土方に投げつけた。

 

「さっきの水の借りは返す! それを両手に着けろ、少しはマシになるはずだ!」

「……ハ、ちったぁ気が利くじゃねえかアホ白髪!!」

「でも、戦ってる間にどう着ければいいんですか!」

「知るか」

「急に雑!?」

 

 沖田は頭上を通り抜ける雷撃を屈んでやり過ごすと、慌ただしく防具を装着する。

 その様を見て、ペレアスは剣の腹で肩を軽く叩く。甲冑の奥から覗く眼光は白髪の剣士、渡辺綱に移り変わった。

 

「あっちは当分保ちそうだな。オレは渡辺綱ってのとやってくる」

「また吹っ飛ばされるなよ。おまえの無様はカルデアの記録にしっかり残ったからな」

「うるせえ、アレは忘れろ!!」

 

 真紅の騎士は剣士へと突撃する。

 それを黙って見ているはずがない。下段に構えた剣が跳ね、真空の刃を弾き出す。

 神に授かりし剛力と、彼自身の技量があって初めて成立する剣風。騎士は魔剣を以って切り返し、間近へと接近する。

 互いの剣が容易く届く間合い。刹那、両者の視線が交錯し、剣戟の華が咲く。

 怪力はなるほど、確かに脅威だ。大抵の敵は一閃で片がつくだろう。けれど、それ以上に彼の剣技はおよそ余人には及びもつかぬ超常の領域に在る。

 つまり、渡辺綱の技の前には神より与えられし剛力でさえも付属品に成り下がる。繰り出される斬撃はとうに英霊の域をも外れていた。

 だが。

 

「知ってるぜ。怪力馬鹿も、とんでもない剣を使うやつもな!」

 

 流す。流す流す流す。

 嵐と見まごう剣舞の一切を、己が剣によって逸らす。

 日中、自らの全能力を三倍にする太陽の騎士がいた。

 他を寄せ付けぬ圧倒的な技を誇る湖の騎士がいた。

 彼らの戦い方は、彼らとの戦い方は、たとえ死んだ後でも記憶にへばりついている。

 要は、ガウェインとランスロットが合わさった敵を相手取ると考えれば良い。

 ───いや、それは大分無理があるが。

 思考を過ぎるツッコミを振り払うように、ペレアスは剣を叩きつけた。

 一際大きな刃鳴りが響き、間合いが開く。渡辺綱は腕をだらりと下げると、静かに告げる。

 

「俺に憑いた分霊は『天手力男神(アメノタヂカラヲノカミ)』。かの太陽神を岩戸から引きずり出した神だ」

「……そりゃ有り難い情報だな。言ってよかったのか?」

 

 綱は首を横に振る。ゆっくりと剣を構え、呟くように続く言葉を述べた。

 

「ただ、貴殿とは対等に死合いたい。それだけだ」

 

 愚直にすぎるその在り方を、ペレアスは胸に受け止めて。甲冑の下で、白い歯を覗かせる。

 

「なるほど、おまえみたいなやつは好きだぜ───!!」

 

 剣が交わる。織り紡がれる斬撃を眺めていた茨木童子は、

 

「吾も行くぞ! あやつも大江山を攻めた酒呑の仇だ!」

 

 激情のままに言い切った。走り出そうとする彼女の肩を、黒い右手が掴んだ。

 振り向いた先にはダンテ。彼は咎めるでもなく、言い含めるでもなく、ひたすらに柔らかな声音で伝える。

 

「茨木さん。あなたは私たちを率いる人物です。それをお忘れなきよう」

 

 詩人は多くを語らなかった。

 否、余計な言葉は不要と断じた。

 彼女は賢者ではないが、決して愚者でもない。

 だからこそ、黄泉軍の首魁として在るべき姿は自分で導き出せる。

 茨木童子は呪いに染まった右手に自らのそれを重ね、力強く頷いた。

 

「分かった。吾は、この戦いの大将だ」

 

 ───これは、鬼の在り方ではないかもしれないが。

 黄泉軍の総大将は、真っ直ぐに戦場へ躍り出た。

 その背を見送り、感心したように信長は微笑む。

 

「ふ、小娘を一介の将に仕立ておった。案外侮れぬ男じゃな、ダンテ・アリギエーリ」

「その代わりに戦力としてはアレだけど」

「ジャンヌさん? 余計なことは言わなくていいんですよ?」

「もはやこのやり取りが余計ですが。わたしたちの相手はツヌグイです!!」

 

 マシュは空中を仰ぎ見る。

 ツヌグイは周囲に何本もの杭を浮かべ、彼女らを見下ろしていた。その一本一本が宝具に匹敵する威容。神気に満ち溢れた凶器だ。

 

「最初の一手はくれてやる。如何様にでも攻めろ。誰でも良いぞ?」

 

 彼はすっかり余裕を取り戻していた。武器を滞空させ、今まで手を出さなかったのは絶対的な自身の現れに違いない。

 立香は杖を固く握り締めた。

 

「私たち、完全にナメられてますよ。なんだかムカムカしてきました」

「奇遇だな、俺もだ。あいつの顔面を原型がなくなるくらい歪めさせてやる」

「こればっかりは賛成ね。絶対に燃やすわ。木みたいなものだからよく燃えるでしょ」

「武士的にナメてきたやつは殺すのがデフォじゃからな。あいつのしゃれこうべを盃にしてやるわい」

「で、誰がやるんじゃ?」

 

 スサノオが疑問を投じると、四人はそれぞれ顔を見合わせた。沈黙すること数十秒、視線による暗闘を終えた彼らは示し合わせたかのように、ツヌグイへ向き直る。

 

「『終約・黄昏の天光(ミストルティン・ラグナロク)』!!」

「『mistilteinn_ragnarøk』!!」

「『吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)』!!」

「『三千世界(さんだんうち)』!!」

 

 二条の黄昏が飛翔し。

 燃え盛る黒炎が噴き上がり。

 神秘殺しの弾丸が降り注ぐ。

 予想通りの結果に、マシュとダンテ、スサノオは冷めた目つきでそれを眺めていた。

 ツヌグイは微動だにしなかった。

 動く必要すらなかった。

 黄昏の光が神の周囲を取り囲む幾層もの薄い球体の膜を浮かび上がらせ、黒炎がその輪郭を彩る。神秘殺しの弾雨も、その膜を貫通してツヌグイに辿り着くことはなかった。

 

「約束通り、一手だ。今度はこちらから仕掛けるぞ」

 

 杭が流星雨の如く墜落する。

 サーヴァントはともかく、人間の身では余波だけで細切れになる。マシュは躊躇いなく宝具を解放した。

 

「『いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)』!!」

 

 ツヌグイが撃ち出した杭は白亜の城壁に阻まれ、次々と木片に化していく。

 神は散乱する杭の破片の隙間を縫うように飛び、城壁の間合いの内側に滑り込む。

 マシュの宝具を破ることはできない。ならば、大元を潰してしまえば事足りる。

 右手より杭を放とうとした彼の前を、ジャンヌと信長が遮る。二人は剣を抜き、ツヌグイ目掛けて一直線に斬りつけた。

 ギン、とガラスを踏み砕くような音が高鳴る。ツヌグイを覆う球体膜。それは彼女たちの斬撃を傷ひとつなく防いでいた。

 

「無駄だ! 貴様ら如きに我らが権能を破れるものか!!」

 

 そうして、ようやく立香はツヌグイの力を得心する。

 

「あれって……結界、ですか?」

「ああ、単なる魔術的防御とは訳が違う。本来土地を護るための結界を、自分の周りだけに張って動かしてやがる」

「縄張りをどこにでも移せる感じですね。やっぱり、難しいどころじゃない……?」

「当たり前だ。結界を動かすなんて芸当ができる人間は噂でしか聞いたことがねえ。あいつは神だからそれくらいはやってのけるだろうな」

 

 ノアは目を細めて、ツヌグイの胸を貫通する杭───イクグイを見通す。

 あの杭を起点として結界を張っている。極論、あれを破壊してしまえばツヌグイの防護は失われるだろうが、車の鍵を車内に閉じ込めたようなもの。結界を無効化するために結界を破らねばならないという、本末転倒の結果になりかねない。

 おまけに、結界は幾重にも張り巡らされている。目算ではおよそ千。これを正面から打ち破るなど夢物語だ。

 

「ようやく理解したか、人間!! 神たる我を殺す、傷付けるなど思い上がりも甚だしい! 貴様らの敗北を以って、高天原の法をいま一度地上に知らしめてやる!!」

 

 天下に轟く宣言。

 地上の神々の代表であるオオクニヌシが天上の太陽神に国土を譲ったその時から、否、その前からもこの地は天照らす光を受けていた。

 しかし。いつしか人は神の威光を忘れ、自らの権力を不動のものとするために神話を編纂し、神を利用し始めた。ツヌグイの言葉は傲慢なれど、人の道具に成り下がった神の悲哀に満ちている。

 この地上を、神の手に取り戻すのだと。

 それを、信長は一笑に付す。

 

「くだらぬ。栄枯盛衰は世の常よ、終わったことを引っくり返して喚くでないわ。……まあ、それはそれとして光秀は許さんが」

「自己矛盾。人草が抱える病だ。故に貴様らはここで敗ける」

「敗ける? ふ、わしらと貴様らの勝利条件は全く別じゃ。そら、後ろを見てみるが良い。面白いものがあるぞ?」

 

 振り向くまでもなく、異常は明らかになる。

 大気を揺らす咆哮。音に気付いた時にはもう遅く、地から天へ伸びる長大な柱は真っ赤な炎に焼かれ、燃え盛っていた。柱の麓には一匹の大蛇。竜への転身を遂げた清姫だった。

 唖然とするツヌグイ。もはや天御柱の焼失は免れない。信長は大口を開けて高笑いをあげる。

 

「フハハハハハッ!! こんな単純な陽動に引っかかるとはのう! ツヌグイよ、貴様確かに強いが腹黒さがちと足りんわ!!」

「いやあ、誰かの仕事を待つというのもなかなか辛いですねえ。私はハラハラしっぱなしでしたよ」

「アンタ何かしましたっけ?」

「とりあえず作戦成功ならオールオッケーだよ! ですよね、リーダー!」

「一応はな。あいつらをぶっ倒す楽しみ……仕事はまだ残ってるぞ」

 

 黄泉軍の目的はあくまでも天御柱の破壊。時代の進みを止め、スサノオの力をを復活させることが第一義。それに比べれば東征軍の討伐は二の次だ。

 故に、たとえ不利であろうが粘ってさえいれば良かった。スサノオが戦力に復帰すれば、逆転できる可能性はいくらでもあるのだから。

 ツヌグイは唇を噛み、一筋の血液を流す。

 人間に出し抜かれた。

 それは事実として受け止めよう。

 それでもまだ、滅ぼされぬ限りは負けではない。信長が告げたように、両者の勝利条件は異なるのだ。

 天御柱が焼かれたとしても、スサノオはその魔力を取り込まなくては力を取り戻せない。

 今のスサノオならば、杭の結界を用いて二度と出られぬように封印できる────!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『狂瀾怒濤・悪霊左府』!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗黒太陽の顕現。

 やにわに夕空は暗く塗り替えられ。

 京の都ひとつを呪殺せんとした大呪術が、東征軍・黄泉軍を区別なく呑み込んだ。

 これを逃れ得たのは、超多重結界を有するツヌグイ。そして、咄嗟に宝具を展開したマシュを含め、ツヌグイと相対していた者だけだった。

 

「…………クッ。クククク、フフフハハハハハハハハハッ!!!」

 

 怪人は嗤う。

 心底愉しげに。

 彼はすり鉢状に窪んだ地面の縁にいた。

 慈しむように両手を広げ、呪いを受けて倒れゆく英霊たちを存分に視界に収める。

 

「ンンンンンン!! これぞ! まさしく!! 絶景!!!」

 

 恍惚とした笑みで、彼は叫声を轟かせた。

 その目は呪詛を逃れた者たちへと向き、相も変わらぬ笑顔のままに告げる。

 

「さて、ここで名乗りをひとつ! 我が名は蘆屋道満! 人間の罪業を背負いし『暗黒の人類史』最後のサーヴァント!! 若干名見知った顔はありますが───ともかくともかく! 以後、お見知りおきをォッ!!」

 

 ノアと立香は唖然とその光景を捉えていた。

 蘆屋道満。あの微小特異点で聖杯くんを使った悪事を目論んでいた陰陽師。彼は間違いなくビーチバレー対決で消滅したはずだ。

 だというのに、道満はまたしても現れた。しかも、カルデアの人間しか観測できていなかったこの特異点に。

 不幸中の幸いか、頼光さえも今は停止している。ノアは腕輪を戻すと、道満を真っ向から眼光で突き刺す。

 

「一回俺たちに負けた雑魚が何の用だ。もしかして負けるのが大好きな異常者か?」

「拙僧、倒錯した趣味を抱えている自覚はありますが、好き好んで負けを選ぶほど後ろ向きではありませぬ」

「気取ってんじゃねえ。おまえの趣味は十分後ろ向きだろうが。この程度で満足するようなら安倍晴明に負け続けたのも納得だがな」

「……フッ。死に急ぐというのなら、よろしい。ええ、存分に踏み躙って差し上げましょうや!!」

 

 人差し指と中指を立て、剣印を結ぶ。

 途端に道満の足元の影が蠢き、渦巻いた。

 

「急急如律令! 出でよ、悪路王(あくろおう)!!」

 

 漆黒の影が飛び出す。

 泥のような瘴気に包まれた黒き武士。両目はくり抜かれたみたいに空洞が開き、そこから血の涙が溢れる。無事なところなどひとつもない。全身を剣や矢、折れた槍に突き刺されていた。

 その手に携えしは身の丈ほどの大刀。刃は乱雑に欠けており、付着した血が黒ずんでこびりついている。

 自らの傷を知らぬかのように、武士───悪路王と呼ばれた妖物はノアたちへ躍りかかった。

 大振りの斬撃。マシュはそれを防ぐとともに弾き返す。その瞬間、ずしりと五体の駆動が鈍化する。全身にまとわりつく空気全てが鉛に入れ替わったみたいに。

 

「くっ……皆さん、気を付けてください! アレと打ち合うと体が重くなります! 女子の天敵です!!」

「ごめん、今は笑えない!!」

「だったら私かそこの第六天魔王が遠くから仕留めるしかないわね!」

 

 ツヌグイは眼前の敵に目もくれず、道満を見据えた。

 

「人間の術師風情が! 貴様の骸は切り刻んで地に撒いてやる価値もないわ!!」

 

 結界を纏い、神は空を翔ける。

 さしもの道満といえど、千以上にものぼる防壁を展開した彼を殺す手段はない。それを貫通する威力の魔術も、結界を超えて神を蝕む呪術もありはしない。

 だが。自分にそれがないのであれば、奴を殺し得る者を用意すれば良いだけのこと。

 道満は知恵の女神の言葉を反芻する。

 

〝───異星の神と異星の使徒、か。くくっ、中々どうして難儀な世界もあったものだ。……いや、こちらも大概かな〟

 

 人の視座を超越した彼女はなぜか、虚ろな白に染まった地球を見て愉しげに微笑っていた。

 

〝アルターエゴ、ハイサーヴァント……面白い。お前もその通りに作り変えてやる。堕ちることが望みならばな〟

 

 そして、女神は無感情かつ無気力に。

 

〝教えてやるよ。低俗な英霊召喚などとは異なる、反魂の法を。ただしこれは外法中の外法。世界の理を騙せるのは二回が限度だろうな〟

 

 反魂の法。一度天寿を全うした生命を再びこの世に呼び戻す、究極の術法。

 既に一回、悪路王のためにこの力は使った。

 残りはただ一度。道満は、それを惜しげもなく使い潰す。

 

()()()()()()()()九十(ここのたり)

 

 〝……ああ、異星の神か?〟

 

布留部(ふるべ)由良由良止(ゆらゆらと)布留部(ふるべ)

 

 〝残念だが、ここには顕れんよ。ビーストⅦの位地は既に埋まっている〟

 

「かく為せば、死れる人は返りて生きなむ」

 

 〝だから、お前はただ好きにやれば良い〟

 

「ソラの彼方より来たれ───天津甕星(アマツミカボシ)!!」

 

 朱色の空に堕ちる、一条の流星。

 太陽を喰らわんほどに輝くソレは光の尾を引き、地上の山々を消し飛ばしながらツヌグイへと迫る。

 天津甕星。星を体現するまつろわぬ悪神は此処に復活を果たした。その身にたたえしは灼熱。山岳を容易く蒸発させてなお余りある膨大な熱量。

 小細工は不要。通り抜けるだけで、遍く敵は一掃される。

 その進撃を阻むように、天より二本の杭が舞い落ちる。それらを繋ぐように白き光の幕が降り、防壁を形成した。

 あちら側とこちら側を隔てる境界。

 世界を切り分けることによる絶対防御。

 それを、天津甕星は己が身ひとつで難なく破壊した。

 

「な───ッ!?」

 

 まつろわぬ悪神はツヌグイの眼前に到達する。

 江戸時代の国学者、平田篤胤によれば天津甕星は金星を表す神であるとされる。三貴神の二柱を除いて、唯一星を象徴するこの神は太陽の座を奪わんと煌めく金星の光であった。

 故に。

 振るわれる拳には金星の総質量4.867 × 10^24 kgが与えられ──────

 

「が、あああああああああッ!!!」

 

 ツヌグイの超多重結界を破り、空の果てまで殴り飛ばす。

 ノアたちは絶句する。彼方へ消えたツヌグイを見て、ダンテは全身をガタガタと震わせた。

 

「な、何ですかアレは!? あんなのどうやって倒せと!?」

「あ、アンタの宝具でなんとかしなさいよ! 仮にも一撃必殺でしょう!?」

「いや、あんなバケモノに近付くとか無理なんですが!!」

「…………落ち着け。確かにあいつは規格外だが、さっきまでいた悪路王が消えてる。一体までしか使役できないか、もしくは────」

「────現界させる魔力は自分で支払わないといけない、ですよね?」

 

 立香の言葉に、ノアは頷きで返す。

 その考察は果たして、道満はまぶたと唇の端から血を流していた。天津甕星の顕現は、ハイサーヴァントたる彼にすら極度の負担を強いているのだ。

 が、道満はそれを気軽に笑い飛ばした。

 

「フ、フフフウウゥゥ……たかが魔力程度、屁の突っ張りにもならぬ! 天津甕星ならば数秒あれば全員を滅殺するに足る!! そう───私自身が害されぬのなら何秒だろうと維持してみせよう!!!」

 

 そこで、マシュはすっとんきょうな声をあげて、道満の背後を指差した。

 

「…………あっ」

「ン─────?」

 

 ざん、と白刃が閃き、道満の首が飛ぶ。

 崩れ落ちる怪人。彼の体躯に隠されていた下手人の姿が露わになる。

 

「いやはや、この世界に来て数秒も経たぬ内に剣を抜くなんて……なんか悪そうなやつだから斬っちゃったけど、多分これで良いのよね!」

 

 二刀流の女剣士。明朗快活な雰囲気を纏い持ち、澄んだ瞳は凛と煌めく。両手の白刃がきらりと光を返し、彼女は晴れやかな笑みを浮かべた。

 

「二天一流、宮本武蔵ここに推参! カルデアのみんなの味方をするためにやって来ました!!」

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