自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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いつもより遅れてしまいました、申し訳ありません。後書きは興味があったら読んでください。


第61話 『神剣・天羽々斬』

「二天一流、宮本武蔵ここに推参! カルデアのみんなの味方をするためにやって来ました!!」

 

 散華する暗黒太陽。周辺を覆っていた道満の呪詛が解けていく。天津甕星(アマツミカボシ)は目も眩む金星の輝きをその体表から消滅させる。まつろわぬ悪神はとうに肉体を構成するだけの魔力を失い、吹いて飛ぶように霧散した。

 そんなことよりも、立香たちが何よりも目を奪われたのは突如現れた女剣士だった。しかもその名前は多くの人間が知る剣豪。沖田や信長がいる手前、性別が伝承と違うことは今更指摘すまいが、続く言葉は聞き逃せない。

 カルデアの味方をする。彼女はそう言った。今までの特異点で共に戦った英霊は数多いが、最初から自分の意志で味方になるために来たサーヴァントはいなかった。

 

「わたしたちのことを知っているような口振りですが、武蔵さんは一体……?」

 

 マシュが投げかけた疑問は立香たちの心境を代弁していた。それを問われることは予想内だったのだろう、武蔵は待っていましたとばかりに頷く。

 

「私自身ちょっと複雑な事情なんだけど……ホームズさんとナントカ・カントカさんに言われて来たのよ。線引き? に抵触するだとかで詳しいことはまだ言えないの。ごめんなさい」

 

 妙に折り目正しく頭を下げる武蔵。立香はかの剣豪とのイメージの乖離をそこはかとなく感じた。意外に几帳面なのだろうか。名探偵の後に続く人物の名前はさっぱり原型が残っていなかったが。

 しかし、前者については、ここに三日放置された鍋の底を掬ったかのような濃度のファンがいた。彼女はきらきらと目を輝かせる。

 

「やはりホームズ……!! さすがホームズ……!! おそらくシモン・マグス案件なのでしょうが、ライヘンバッハの滝からも生還したホームズさんはその恐るべき頭脳でわたしたちを助けてくれたのですね!!」

「それは良いんだけど、ナントカ・カントカさんってナニモン・ナンデス?」

「エドモン・ダンテスさんですよ!? 分かってて言ってますよねえ!?」

 

 わざとらしく首を傾げる立香に、ダンテは声を飛ばした。モンテ・クリスト伯は神曲を下地にしているという説もあるため、一目見ただけでもその存在は印象的だったのだろう。

 ダンテの言葉にピンときたのか、武蔵はぽん、と手のひらを叩いた。

 

「そうそう、そんな名前よ! いやあ、外国の人の名前ってなんだか覚えづらくて」

 

 彼女は笑顔で語った。屈託のない表情に一同は毒気を抜かれかけるが、そこはEチーム。フグの卵巣のように糠漬けにしても、彼らから毒が消え去ることはない。

 

「いや、この場の半分くらい外国人なのですが。わたしに至っては南極人ですし」

「ほぼUMAだよね」

「人理修復が終わったら南極なすびとして売り出すか」

「じゃあ私が焼き上げて出荷するわ」

「え、もしかしてこの人たちってヤバい感じ?」

 

 武蔵は表情を引きつらせる。颯爽と登場した出鼻をくじくカウンター。これがボクシングだったらダウンを取られていたところだ。

 ダンテは苦い顔で武蔵に同情した。仲間を止める術は彼にはない。心の中で十字を切りながら成り行きを見守ることしかできなかった。

 すると、両手にずしりとした重さがのしかかる。反射的に握っていたそれを見ると、一振りの刀が信長に手渡されていた。ダンテは思わず目を細める。

 

「……ジャパニーズカタナ?」

「おう。道満もやられたことじゃ、あいつの呪いで動きが止まった東征軍にとどめを刺すぞ。手伝え」

「えええええ!? なんで私なんですか! 宗教上の理由でお断りしたいのですが! 〝剣を取る者は皆、剣によって滅びる〟と言われてますし」

「ならばわしはこう返そう。〝たとえ私が死の陰の谷を歩むとも、私は災いを恐れない〟とな。そもそもサーヴァントなぞ全員死人じゃ、消えて当然であろう。なに、喉を突けば素人でも殺れるわい」

 

 ぐ、とダンテは言い詰まる。信長が当時の大名の中では先進的な考えを持っていたことは知っていた。が、この切り返しは予想外だった。

 旧約聖書詩篇23篇4節。かつてダビデが神を牧者とする仲間たちへ述べた心構えだ。神がついているのだから、どんな場所で何をしようとも恐れることはない───信長のそれは十字架の教えからは離れた用法だが、ダンテが真に慄いたのはそこではなく。

 異国異教の考えであろうと取り込み利用する。彼女の恐ろしさとは武力でも知略でもなく、その姿勢にあることをダンテは知った。

 

「───ほう。誰がやられたと?」

 

 悩ましげに響く声。

 首から断たれた道満の頭が唇を動かし、かっと目を見開いていた。声帯を介さずしてどのように発音しているのか、その声は空気そのものを揺らしているかのようだ。

 陰陽師の頭と体がいくつもの咒となって解けていく。サーヴァントの消滅にも似た現象。しかしそれは、真逆の結果を術者にもたらした。

 呪文が寄り集まり、怪人の骨肉、そして服までをも形成する。

 その現象は再生というよりも、存在の巻き戻し。武蔵に斬られた首は傷跡ひとつ残っていない。それは自らを構成する肉体、精神、魂の情報までをも術式に置き換える秘術。

 答えに辿り着いたノアは吐き捨てるように言った。

 

生活続命(しょうかつぞくみょう)の法、か。不死性だけなら第三魔法にも近い魔術だ。どこでそんなもんを手に入れた?」

「これなるは拙僧が編み出した法術。貴方も見たでしょう、我が反魂の法を。であるならば、自らの魂魄を手中に収めることは容易にすぎるというもの」

 

 知恵の女神より授けられた反魂の法。他者の魂を呼び戻し、術者の魔力で肉体を用意することで英霊召喚よりも高性能な形で故人を再現できる。

 道満の生活続命の法は、言わばそれを流用したもの。魂への理解を深めることで、自身の全情報を術式に変換した魔法級の絶技であった。

 反魂の法をどこで手に入れたのか。ノアはその答えを確信することができず、ただ黄金のヤドリギを掌中に握り込んだ。

 道満は数枚の呪符を両手に用意してそれに応え、不敵に口角を吊り上げる。

 

「神殺しのヤドリギ。成程、確かにその宝具ならばこの命脈を絶つことも可能でしょう。それは遍く神と不死に終わりをもたらす……ただし、この身を貫くことが叶いますかな!!?」

「叶うに決まってんだろうが。おまえが動けなくなる程度にボコってからヤドリギをぶっ刺してやる」

「───貴方にそれができるとでも? ノアトゥール・スヴェン・ナーストレンド」

「……誰が自分でやるなんて言った?」

 

 その直後、二刀の剣士が突撃する。道満は咄嗟に咒を紡ぎ上げ、剣士へと放った。

 撃ち出した呪いは合計六つ。触れたが最期、魂をも蝕む呪詛の弾丸。音の速度を超えて飛来する六つの殺意を、武蔵はひとつ残らず叩き斬る。

 

「出会ってほんの少しだけど、私は彼らの味方よ、だから斬るわ! それに、なんだかその顔見てるとムカつくのよね!」

 

 そこに来るのが分かっていた、などというレベルではない。予定調和のように剣を振るい、刃に吸い込まれるかのように呪詛の弾丸が霧散する。それは戦いというよりも、互いの応手が定められた殺陣のように流麗だった。

 瞬きよりも速く、武蔵は敵を間合いに捉える。

 閃く剣刃。鮮血とともに道満の両腕が飛び、左剣の突きが眉間・心臓・鳩尾の正中線を貫いた。どぶり、と血が溢れ、陰陽師は苦痛を微塵も表さずに口唇を操った。

 

「来やれ、悪路王!!」

 

 道満は術師。希代の剣士たる宮本武蔵を相手取った接近戦では後手を踏むしかない。

 ではどうするか。呪術だろうと陰陽術だろうと、魔術師ならば考えることは同じ。自分が最強である必要はない。自分が倒せない敵がいるなら、倒せる手駒を用意するだけのことだ。

 影より顕現する漆黒の武者。悪路王は身の丈以上の大刀を振り上げる。刀身に込められた呪いは傷つけることはおろか、打ち合うのみで相手を冒す。

 しかし、その一撃が放たれることはなかった。

 銃声とともに鉛の弾丸が武者の頭を撃ち抜き、遅れて到達した炎の波がその全身を包み込む。

 次の瞬間、背後から叩きつけられた盾を道満は再生した両手で受け止めた。

 

「落ち武者や神様に任せずのこのこと出てきたのは失策でしたね。先輩はともかく、リーダーならこういうことは部下に任せてふんぞり返っていましたよ!!」

「あまり褒めるなキリエライト。敵に俺の有能さを露呈させてどうする。能ある鷹は爪を隠すんだよ」

「ノアさん、クズが露呈してます」

 

 という会話をよそに、マシュとジャンヌ、信長と武蔵は道満を取り囲む。如何に生活続命の法を得た不死身であろうと、神殺しのヤドリギはその不死こそを殺す。

 故に、道満の動きを止めさえすれば良い。

 だが、四方を囲まれてもなお彼の余裕は崩れなかった。

 

「ンンンンン、まさしく正論!! ですが、こうは考えなかったのですかな? 拙僧が姿を現す理由があったと!」

 

 暫時、彼以外の全ての人間が思考を巡らせる。

 道満の言葉に応えるように、雲間を裂いて金の葦船が降臨する。アメノトリフネと呼ばれる天の御使いから二条の光が射し、渡辺綱と源頼光をその裡に取り込んだ。

 アメノトリフネの背後の空間にノイズが走る。金色の船体が黒いさざめきに呑まれる寸前、小さな人影が葦の翼からこぼれ落ちた。

 一羽の雉を伴った弓手。少年は身の丈に合わぬ大弓に矢を番え、素早く射掛ける。

 山をも削り飛ばす豪風を纏った一矢。それが狙うのはただひとつ、蘆屋道満の額だった。

 豪風が生み出す真空の刃から逃れるため、包囲を築いていた四人は即座に退避する。対して道満は前方に呪符を展開し、真っ向から射撃を迎え撃つ。

 即席の結界。単純な攻撃力で言えば呪符の壁など障子紙のように貫いてみせたはずの矢は果たして、結界に触れることすらなく明後日の方向へと軌道を変えた。

 少年───アメノワカヒコは嘲りの色を顔面に塗りたくり、道満を中空より見下ろす。

 

「矢避けの呪術ですか。わざわざそんな対策をしてくるなんて、相当ビビってます? 流石、晴明とかいう陰陽師に呪詛を見破られて都から逃げただけはありますね」

「おや、そこな小娘に半身を消し飛ばされた不覚者に揶揄されるとは思いもよりませんでしたねぇ。一度神に逆らった貴方が今や神の使いとは……滑稽なザマを晒すのはやめていただきたい。腹が捩れますゆえ」

「滑稽? それはこっちの台詞ですが。そちらこそどこぞの神に唆されているんじゃないですか。自分を棚に上げるのは小物の常套手段ですよ」

「フ、東征軍の神でなくサーヴァントとして召喚された惨めな下僕の貴方に何を言われようとも響きませぬ。その様子だと分霊をも与えられているのでしょう?」

「いきなり出てきてなに喧嘩してんだこいつら」

「やるなら別のところでやってもらえません?」

 

 並々ならぬ因縁を覗かせる道満とアメノワカヒコ。ノアと立香は眉間に皺を寄せて鋭い言葉の刃を彼らに突き立てた。

 道満が姿を現した理由。それはまさしく、アメノワカヒコを誘き出すためだったのだろう。二人の間に何があったのか、ノアたちに知る由はない。

 アメノワカヒコは立香の顔を一瞥する。磨かれた水晶を思わせる瞳と目が合い、底知れぬ不穏さが彼女の胸中に湧き上がった。

 少年は道満と立香の双方から目を外し、言い捨てる。

 

「テメエみてえなバグは消せとの高天原のお達しだ。───もう一度殺してやるよ、アホ陰陽師」

「良いでしょう。まずは貴方の態度を踏み躙らせていただきます。───人間ひとりも仕留められぬマヌケ神よ」

 

 ノアたちを置き去りに、アメノワカヒコと道満は激突する。上空より降り注ぐ矢玉の雨と、地上から飛び立つ無数の呪詛。二人の目に他の人間は映っていない。ただ、目の前の敵を手にかけることだけを考えて戦っていた。

 敵と敵の敵が殺し合うというのなら好都合。横槍を入れれば彼らを倒せるかもしれないが、ここには道満の呪いを受けた仲間がいる。

 相手の戦力を減らすことよりも、自分たちの戦力を維持する。ノアはEチームのリーダーとしてその決断に至り、指示を飛ばす。

 

「倒れてるやつらを確保して一旦退避するぞ。あいつの呪いは伊達じゃねえ。今はまだ大した支障はないが、放っとけば間違いなく死ぬ」

「安全なところで治療するんですね。それじゃあ、力持ちのジャンヌにみんなを運んでもらいましょう」

「ええ、私の筋力はAランクだもの。どこぞのメイン盾や貧弱詩人とは格が違います」

「マシュさんはともかく、私と比較したらほとんどの英霊が超一流サーヴァントですけどねえ」

 

 などと言いつつ、彼らは呪いの影響で昏倒したサーヴァントたちを引きずって戦地を離れる。目指すは清姫の炎によって絶賛炎上中の天御柱。スサノオに柱の魔力を吸収してもらい、力を取り戻すことも視野に入れた行動だ。

 その最中、信長は顎に手を当てて眉根を寄せ、うめき声とも唸り声ともつかない声を喉の奥から捻り出した。しかもその横では、先程から黙りこくっていたスサノオも似たような険しい表情をしている。

 シンクロ競技なら文句なしの満点を取れるであろう光景。立香は何の気無しに問い掛けた。

 

「ど、どうしたんですか?」

 

 信長は面を上げて半ば独り言のように、

 

「おかしいのう。東征軍はなぜ、京を襲った時に戦力を全ツッパしなかったのか? ツヌグイとクラミツハが同時に攻めてくるだけでもわしらには悪夢じゃ」

「それは、私たちを侮ってたとか? ツヌグイなんてガッツリ人間のこと見下してましたよ」

「ま、あんな態度で空の果てまで殴り飛ばされてたら世話ないわね」

 

 立香の返答にジャンヌが忸怩たる感想を付け加えた。とはいえ、立香の説明は納得がいくものではなかったのか、信長は再び考え込んでしまう。

 思えば、確かに引っかかるところはある。東征軍にとって先日の戦いは決勝戦になり得たはずだ。大和までを占領すれば勝てるのだから、全戦力を投入して反攻勢力を叩き潰してしまえば良かった。

 そして、今日の戦いも同じだ。出雲大社の天御柱は前哨基地であるとともに、東征軍の勢力圏を伸ばす霊的兵器でもあった。だというのに、ここでも敵は戦力を分散させていた。アメノトリフネを使えば援軍など容易く配置できるはずなのに、である。

 普段1ミリも使用していない脳をフル稼働させて、立香も思考を巡らせた。ぷすぷすと思考回路をショートさせる彼女を尻目に、ノアは不満げに鼻を鳴らす。

 

「神なんて連中は大抵人間にマウントを取るのがデフォだろ。多神教も一神教もな。詳しくは旧約聖書を読め」

「旧約と新約の神を同質な存在として語るのは、私としては疑問が残りますがねえ。ただ、多神教の神様は自然の化身でもあるので人間に辛辣な方は多いですね」

「はい。ギリシャ神話が良い例です。アルテミスさんに軽いノリでトライデントを発射されたことからしても明白でしょう」

 

 神と人間では、同じ人間に対する接し方に違いがあるのは当然だ。前者は後者に絶対的な存在として信仰されていた者なのだから。

 神の傲慢さ故に東征軍はこの状況を招いたのか。

 ───否。信長は論理を数段飛ばしで答えに至る。

 

「…………奴ら、わしらを誘い出しておるな」

 

 それは武将としての勘がもたらした天佑。

 その呟きを聞いたスサノオは、ただ拳を握り締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 道満とアメノワカヒコの争いから退避した黄泉軍は天御柱(あめのみはしら)にて、別行動していた清姫と大江山の鬼、新選組の隊士たちと合流した。

 ごうごうと燃え盛る天御柱の麓でノアは呪いに冒されたサーヴァントたちの治療を行った。道満の呪術に呪詛返しのルーンが効くことは常夏の島で実証済み。呪いを返された道満がアメノワカヒコと如何に戦うのかは定かではないが、

 

「ククク、あのアホ陰陽師のツラが見れねえのは残念だ。呪い返しで悶絶するあいつの顔は最高だったからなァ! ゲヒャハハハハ!!」

「あれ? 儂らって世界の敵だったっけ? こんなゲスい顔する味方いたっけ?」

「おいおい、神のくせに知らねえのか? 人間の世界で正義を語るやつは大体悪でも正義でもないバケモノなんだよ」

「『いよいよ悪役みたいになってるけど!?』」

 

 かくして、ゲスなマスターにより、期せずしてアメノワカヒコが援護されることになった。道満ほどの術者ならば誰が下手人か分かることだろうが、無論手出しできるはずもなく。

 治療はスキルになるほどの病弱さを抱えていた沖田から行われた。

 彼女が生きたほんの少し後の時代、結核は日本の国民病と称される重大な不治の病だった。当時の人々が結核をどれほど恐れていたかは想像に難くない。

 沖田という英霊にまで刻みつけられたそれを治すことはノアにもできなかった。無属性魔術で健康な状態の肺と入れ替える案もあったが、沖田の必死の抵抗により案は案のまま立ち消えした。ここにどこぞの小陸軍省な婦長や蛇遣いの医神が居れば、狂気の開胸手術が実施されていただろう。

 そんな訳で、最初に復帰したのも沖田だった。彼女の肌は普段より青白く、頬はげっそりとやつれていた。それが身体的理由だけでないことは明らかだ。

 心身ともに疲弊し、手持ち無沙汰の沖田は信長と武蔵と並んで、天まで伸びるキャンプファイヤーを眺めていた。

 

「次は土方か。左腕サイコガンになるか、全身赤タイツになるか選べ」

「普通に治せェェェ!! どっち選んでも結局コブラじゃねえか! 後者に至っては着替えただけだろうが!!」

 

 ……背後で行われている惨劇は無視するとして。

 呆けた顔で盛大な焚き火を眺める信長はほう、と息を吐く。

 

「いやぁ〜、やっぱ火を見ると落ち着くのう。延暦寺の生臭坊主どもを焼いたあの日を思い出すわ」

 

 と言って、彼女はしみじみと茶を嗜んでいた。信長家臣団の間で一大ムーブメントとなった、利休仕込みの茶の湯である。もっとも、ほのぼのとした風情は発言の不穏さによって打ち消されていたが。

 それを聞いていた沖田と武蔵は平坦な調子で言った。

 

「「本能寺で焼かれたのに?」」

「おうそれはライン越えじゃぞ貴様らァ!! あの金柑頭の話はするな、わしは今めちゃくちゃ機嫌が悪いんじゃ!!」

「情緒がジェットコースターすぎません?」

「精神統一には瞑想がおすすめよ?」

「ジェットコースターに乗せたのはお前らじゃろうが!!」

 

 そんなこんなで、出雲大社での戦いは終わった。これ以来、信長は火を見るたびに光秀を思い出すようになったという。この戦いの代償は甚だ大きかったと言えよう。

 そこから四日後、黄泉軍は現代で言う島根県出雲地域を抜け、石見地域の大田市に移動していた。かの有名な石見銀山のある土地だ。

 石見銀山は一時期、世界の銀産出量の三分の一を占めていた宝の山だった。その名は大航海時代、ヨーロッパの船乗りたちにも知られていた。

 石見銀山の銀は江戸時代でほとんど掘り尽くされてしまったが、ここは特異点。時代だけが進むという異常な特性により、手付かずの銀山には大量の銀が埋まっているに違いない。

 その情報に食いついた人間は意外に多かった。中でも特に気合いが入っていたのは、案の定金の亡者であるEチームマスターコンビであった。

 二人は麦わら帽子に薄手の作業着という、鉱山をナメているとしか思えない格好で待機組に告げた。

 

「俺たちは石見銀山の銀という銀を取り尽くしてくる。後で分け前を要求しても一厘足りとも分けてやらねえからな」

「これはガチャを引いて引いて引きまくるための千載一遇の好機───ジャンヌ、私はここで一生分のガチャ資金を稼ぐことに決めたから!」

「なんて虚しい人生───!!」

 

 ということで、鉱山組は出掛けていってしまった。リースとのヤンデレ恋愛話に花を咲かせようとしていた清姫や日本の風景を糧に詩を綴ろうとしていたダンテも、金に目が眩んだ茨木童子に引きずられていってしまう。

 ここ数日、彼らが根城にしていたのは物部神社という場所だった。その名の通り、物部氏の祖神を祀った神社である。彼らがそんな場所を間借りすることができたのは、スサノオの力だった。

 

〝物部神社の主祭神はウマシマジ。ウマシマジの親はニギハヤヒで、ニギハヤヒの親はアメノオシホミミ。アメノオシホミミは儂が産んで姉ちゃんが養子にした神じゃ。だったらもう儂のものみたいなもんじゃね?〟

 

 ジャイアンもひっくり返る暴論だった。

 史実と地続きになっている構造で書かれた記紀神話において、神々の血統の重要さは計り知れない。なぜなら、それこそが壬申の乱に勝利した権力者の正統性を保障するものであったからだ。

 そんなものを持ち出されては、物部神社の一同も言い返せるはずもなかった。ジャンヌの脳内には神主の笑っているような泣いているような表情が未だにこびりついていた。今回一番不憫なのは間違いなく彼だろう。

 物部神社の境内前。広く場所を取られた庭では、数十もの巻藁が林立していた。その中心に佇むのは沖田と武蔵。二人はそれぞれ一本の剣を差し、腰を落とす。

 閉じていた両目が眼光を放ち、二人は交差する。その数秒後、周囲の巻藁が等しく真っ二つに断たれ、ごろりと地面に転がった。

 彼女たちの手に剣は握られていなかった。抜刀し、納める。その動作を突き詰めた神速の抜き打ちは斬撃の視認を置き去りにしたのだ。

 そんな技を見せられたペレアスとリースは両手を打ち鳴らして褒め称える。

 

「抜く手も見せぬ居合斬り、お見事ですわ。お見逸れいたしました」

「こんな使い手はキャメロットでもほとんどいなかったぞ。基本的に剣というものを勘違いした奴らばっかりだったからな」

 

 妙に影があるペレアスの発言は置いといて、沖田と武蔵は照れくさそうに頬を掻く。

 

「私の本領は突きなんですけどね。まあ、褒められるのは悪い気がしないです!」

「ええ、武芸上覧なんてどこも堅苦しい雰囲気だったから、気が軽くて助かるわ」

「まさか私は、宮本武蔵が女性だとは思いもしませんでしたけどね」

「沖田が言えたことじゃないじゃろ」

「お前が言えたことでもねえよ」

 

 変なコンボが決まっていた。正確には武蔵だけは事情が違うのだが、シモンの到来を警戒した彼女は口をつぐんでいた。

 武芸上覧とは誤解を恐れずに言ってしまえば権力者の娯楽とご機嫌取りである。穢れとされていた血を流すことなどもってのほか、剣を抜く前も抜いた後も常に礼儀を求められる。隻腕の剣士と盲目の剣士がやったような殺し合いは無いに等しい。

 

「武芸上覧……騎士で言う馬上槍試合か。オレたちのは祭りみたいな感じだったけどな。エタードの時も────」

「あなた様?」

「……い、いや、この国の試合もそう悪くないんじゃねえか!? 少なくとも痴情のもつれに発展したりすることはないだろ!? ハハッ、ハハハハハッ!!」

「尻に敷かれてんのか?」

 

 土方は目の形をのっぺりさせて言った。ペレアスは尻に敷かれているのではない、ただトラウマの数が人より何倍も多く、嫁に振り回されているだけなのだ。

 ジャンヌはいくつか用意されていた打刀の一振りを掴むと、磨かれた鏡面のような刀身を鞘から引き抜く。数度軽く振り回し、得心する。

 

「細身な割に重さはあるのね。軽いものとばかり思っていたから、意外です」

「鋼を何層も折り返して造るから、当然それなりの重さになる訳じゃ。モノにもよるがの」

「へえ、見かけによらないってこと。にしても、こんなに細かったら簡単に折れるんじゃないの?」

「受け方を間違えたらすぐに折れますよ。池田屋の時なんて、永倉さんでさえ剣を折られましたから。まああの人すぐに敵の得物奪って戦ってたんですけど」

 

 日本刀は取り扱いを誤れば脆く折れてしまう武器だった。池田屋事件は圧倒的人数不利の状況から始まったため、刀を酷使するのも必然だったのだろう。

 ペレアスは感心したように頷いた。

 

「こっちの剣とは全く違うんだな。刀身を掴んで鍔の部分でぶっ叩くとかできなそうだ」

「どんな使い方しとるんじゃ。刀でそんなことやってたらしばき倒すわ」

「鈍器と間違えてんのか?」

「せ、西洋剣術のハーフソードと呼ばれる構えですわ。籠手を着けていれば手を切ることもありませんから」

 

 リースは冷や汗を浮かべて補足した。柄ではなく刃を掴む奇異な構えだが、取り回しの易しさから防御に優れた型でもある。

 異国の剣術にも興味があるのか、武蔵はきらきらと瞳を輝かせた。

 

「剣あるところに歴史あり。戦法ひとつ取っても先人たちの積み重ねが生きている……くうーっ! ロマン、ロマンを感じるわ!」

「『え、呼びました?』」

「誰も呼んでないわっ! すっこんでなさい!」

「『ぼ、ボクもたまにはボケたかっただけなのに……』」

 

 涙目になって退出するロマン。良い歳してポニーテールにしている男性の泣き顔はなかなかに無様だった。気を取り直して。ジャンヌは意地の悪い笑みを形作り、ペレアスを顎で指す。

 

「ところで、ここにしょっちゅう剣を折ってる騎士がいるんですけど」

 

 はぐれ騎士はぎくりと揺れる。彼は取り乱した様子で、

 

「ふ、普通の剣じゃあオレの技にはついてこれなかったって言うかァ!? 西洋の甲冑は関節にも鎖帷子あるから強引に斬らないといけないしィ!? そもそも剣なんて折れて当然の消耗品だからな!!」

「おお、随分とペラが回るのう。サルを思い出すわ」

「つーか折れないように戦うもんだろ。消耗品であることを盾にしてんじゃねえ」

「直すのも新しく拵えるのもお金かかっちゃうのよね。やっぱり騎士様ともなるとお金持ちなのかぁ……」

 

 ペレアスを見る周囲の目の色がにわかに変わる。彼とて円卓の騎士で、王の名のもとに自分の領地を持っていた人物だ。清貧を旨とするキリスト教徒といえど、困窮した生活は送っていなかっただろう。

 脳裏をよぎる、生前の記憶。ペレアスはランスロットの部隊と連携して行動を取っていた時、同じような話になったことを思い出した。

 

〝剣? 折れる? ハハッ、何を言っているのですかペレアス。アロンダイトは不壊の剣、折れることなどありえません。貴方も聖剣を持てば分かります。というか普通に使ってれば折れないと思いますが。折れるんですか? あ、折れるんですね。新しい知見を得ることができました。感謝いたします、ペレアス卿〟

 

 その後、とりあえず馬から蹴り落としたことは言うまでもない。喧嘩の匂いを嗅ぎつけてラモラックがやってきたのは予想外だったが。

 相変わらず過去のトラウマに弱すぎるペレアスは青褪めた顔面を隠すようにうなだれた。

 

「剣からビーム撃てる連中にオレの苦労が分かってたまるか……!! 結局ミミングス使っても多少派手になっただけだしな……!!」

「……アンタの旦那でしょ、早くなんとかしなさいよ」

「こうなったペレアス様は止まりません。そんなところも愛おしいのですが」

「流れるように惚気けるのやめてくれます?」

 

 ペレアスを見る目に同情の色が混ざり始め、武蔵は呟いた。

 

「……剣からビーム───?」

 

 まさか武蔵も剣術を勘違いした人種なのか。ペレアスの疑念が表出するより速く、彼女は右の人差し指をうねうねと動かして、

 

「武と云うよりは舞、舞踊ね。しかし何故剣からビームを……?」

「飛び道具が欲しいなら弓なり銃なりを持ってればええじゃろ」

「努力の方向性間違ってません?」

「大体剣から光線出してどうすんだ。源為朝みてえに船でも堕とすのか?」

 

 ペレアスの期待は良い意味で裏切られた。召喚されてからこの方、ノアに散々厭味ったらしく愚痴を吐かれていた記憶が浄化されていく。

 一転、彼の表情は明るくなる。リースとジャンヌに振り向いた笑みは晴れやかだった。

 

「もうこいつらが円卓の騎士で良いんじゃねえか───!?」

「アホなの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、石見銀山。

 魔術の灯に照らされた坑道は、むせ返るような熱気と熱狂に包まれていた。

 

「掘れえええええ!!! 掘った分だけ俺たちの財産が増えるぞ! 手が千切れたら足で、足が折れたら齧りついてでも目の前の岩を砕け!!」

「リーダー、まずいです! 目の前の岩盤が全部ガチャを回す石に見えてきました! もしかしてここが天国…………!!?」

「しっかりしてください先輩! それはただのクズ石です! 一銭にもならないガラクタです! シルバーラッシュに乗り遅れますよ!!」

「鬼と言えば金銀財宝! 人間どもには銀粒一粒もたまるかァ!! この戦に勝利した暁にはここを新たな大江山としてくれるわ!!」

フォウフォフォウ(もうだめだこいつら)

 

 猛然と砕けていく岩盤。雑然と盛られていく土。サーヴァント二体を擁した金の亡者たちは恐るべきスピードで銀を掘り出していた。

 やはり目を見張るべきはマシュと茨木童子。ツルハシを使うことすら煩わしい二人はかたや盾で、かたや素手で堅い岩壁を豆腐のように粉砕していく。

 石見銀山の内部を虫食いにするまで彼らは止まらないだろう。銀の魔力はかくも恐ろしい。場合によっては銀塊争奪戦が起きてもおかしくはなかった。

 スサノオと清姫、ダンテは放っておけばどこまでも突き進んでいきそうな連中を後ろから眺める。

 

「……良いのですかスサノオ様。このままだとトンネルを開通させかねない勢いですわよ」

「まあ良えじゃろ。血気盛んな奴らにとやかく言っても火に油を注ぐだけじゃ。ソースは儂」

「説得力がありすぎますねえ……確か高天原で悪行を犯したんでしたっけ」

 

 ダンテは額から流れる変な汗をハンカチで拭いた。

 スサノオはこくりと頷く。

 

「うむ。姉ちゃんの田んぼを荒らしたり、それを印立ててパクったり、神殿にうんこ撒き散らしたり……それで姉ちゃんが拗ねて天岩戸(あめのいわと)に引き篭もったんじゃが」

「やってることが小学生以下ですわ! 日本最古のヤンキーであらせられまして!?」

「完全に末っ子気質ですねえ。東征軍と戦うより先にお姉さんに謝った方が良いのでは?」

「わ、儂だって反省しとるわい! それに謝ろうと思っても高天原から追放されてる上に連絡しても着拒されとったんじゃ!」

フォウフォウ(ケータイねえだろ)

 

 ちなみに、その他にもスサノオはここでは言えないような狼藉をやらかしている。さらに彼は追放される際に高天原での財産全てを没収され、髭を剃られ手足の爪を抜かれた状態で地上に落とされている。命を取られなかっただけマシだろう。

 

「ですが、追放の後に八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を倒していますよねえ。何か心境の変化があったので?」

 

 それとなく紡いだ詩人の言葉に、スサノオはただ視線を返した。

 その瞳は、凪いだ海原の静謐を宿していた。

 返答に窮しているのではない。

 昔の記憶を探っているのでもない。

 返すべき言葉は決まっている。記憶など探らずとも蘇ってくる。その全てを承知した上で、スサノオは言葉を使うという選択をしなかったのだ。

 激しい掘削音を背景に、会話を織り成していた声は止まる。どちらともなく口を開きかけたその瞬間、前方から怒号が飛んでくる。

 

「おまえら、雑談してる暇があったら手を動かせ!! 俺たちがこの特異点で何しに来たのか分かってんのか!?」

「稼ぐためとでも言いたげですが、私たちは聖杯を手に入れに来たんですよ!?」

「この世の大抵のものは金で手に入る。だったら金と聖杯はほぼ同じだろうが」

「う〜む。この男、屁理屈を言わせたら天下一品じゃな」

「感心してないで言い返してくれませんかねえ!?」

 

 ダンテは思わずスサノオに縋った。少年期に幾度も神学論争を繰り返した彼でも、ノアは相手が悪かった。常人の理屈は狂人には通用しないのだ。

 だが、スサノオは乱雑に転がされていたツルハシを拾うと、ノアたちのもとへ歩いていく。

 

「天御柱の魔力を取り込んで少しは力が戻ったからの。ここいらでいっちょ神様らしく強いところを見せてやろうではないか!」

 

 道具を肩に担ぎ、ドンと胸を張る。

 見た目は子どもだろうと、全身より発する覇気はまさしく神のそれだ。今までとは打って変わって頼もしい様子に、立香たちは感嘆の声をあげた。

 

「ついに見られるんですね、ヤマタノオロチを倒したスサノオさんの力が!」

「登場してからこっち、株を下げ続けていましたが、なんだかんだ日本ではトップクラスに人気な神様です。きっと上手くやってくれることでしょう」

「情けない動きをするようなら吾が旗頭の地位まで乗っ取ってやるからな!」

 

 茨木童子は限りなく不遜な言葉を吐いた。が、スサノオはひたすら余裕に微笑んで、

 

「ふふん、そう言われてはガチらぬ訳にはいかぬな。心して見るが良い! 荒ぶるスサノオの飄風を────ッ!!」

 

 さながら野球の打者のように構え、勢い良く振り抜く。

 ごう、と狭い坑道内を暴風が跳ね回る。極大の嵐をひとつに固めて打ち出したような一撃。それはあっさりと分厚い岩石の壁を打ち破り、銀山にトンネルを作り出した。

 神の名に違わぬ威力であることは疑いようもない。これでまだまだ力は戻っていないというのだから、スサノオの凄まじさがうかがえる。

 ただし。

 

「……あっ。やべっ」

 

 通常山の中を掘り進める際は、崩落を防ぐために道を補強しながら作業を行わなければいけない訳で。

 ズシン、と低く重たい音を立てて周囲の壁が振動する。ぱらぱらと天井からこぶし大の土塊が降り注ぎ、揺れは次第に大きくなっていく。

 そこで、ようやく事態を把握したノアたちは皆一様に表情を歪めた。ノアは真っ先にスサノオに駆け寄ると、その胸ぐらを掴み上げる。

 

「オイオイオイ、誰がこの穴貫通させろなんて言った!? 突貫工事にも程があんだろ、開発がガバガバすぎんだよ! 俺たちが逝く羽目になってんだろうがァァ!!」

「うごご……ちょ、こんな命の瀬戸際に下ネタはやめい! いや、こんな時だからこそかもしれんけど!」

「こんな時に下品な会話は慎んでくださいませ! 逃げないと全員生き埋めですわよ!?」

「あれ……こんなにガチャ石が降り注いでる…………百連でも二百連でも引き放題だぁ! アッハハハハハハ!!!」

「あああああ! ただでさえポンコツな先輩の頭が完全にぶっ壊れました!!」

 

 地獄の釜の底でも見れないような惨状が広がる。一部始終をモニター越しに眺めていたロマンは全てを諦めた顔で、胃薬を混ぜたコーヒーを啜るのだった。

 人はパニック状態になると正常な判断ができないものだが、生存本能の命じるままに彼らは出口へ向かって全力疾走した。発狂した立香はマシュが背負っている。

 坑道の外へ走る一同の姿はまるで崩落する魔王城から脱出する勇者パーティだった。面子が勇者どころか新たな魔王を生み出しかねないことを除けば。

 

「ヒィィィィ!! 地獄の森で狼に追いかけられた時よりキツいんですが!! 誰か助けてくださいィィ!!」

 

 カルデア文句なしの最弱サーヴァント、ダンテが盛大に出遅れていた。サーヴァントはともかく、ノアの走力にも負ける体たらくである。地獄の森で追い詰められた時は師と崇めるウェルギリウスと運命の出会いを果たすが、生憎ここに彼はいない。

 空中を駆ける赤い右手がダンテの服の胸元を握り、一息に牽引する。坑道が土砂で埋め尽くされる寸前、ダンテの体は外へと引っ張り出されていた。

 赤い右手はひとりでに茨木童子の右腕に戻る。まるで昭和の巨大ロボットである。

 ダンテは地面に四つん這いになり、荒々しく肩を上下させた。

 

「し、死ぬかと思いました……助けていただき感謝いたします、茨木童子さん」

「ふ、吾は東征軍の大将だからな! 配下を助けるのは当然だ! もっと感謝するがいい!!」

「神様救世主様茨木童子様!! 心よりの謝意をあなたに!!」

「誇りとかないんですか?」

 

 言いながら、清姫はぱたぱたと扇子でダンテの顔を扇いだ。マシュに背負われていた立香ははたと意識を取り戻し、辺りを見回す。

 

「……ここはどこ!? 私たちが集めた銀は!?」

「残念ながら、土砂に埋もれてしまいました。その前にもスサノオさんのゴッドパワーで吹き飛ばされたので回収は困難でしょう」

「これまでの努力は水の泡ってこと!? 聖杯で時間を巻き戻せたら……!!」

「本末転倒の極みでは? 埋蔵金で造った機械で埋蔵金を掘るみたいな話ですわ」

 

 そもそも、と清姫は前置きする。彼女が目線を投げた先、先程まで掘り進めていた坑道は埋没し、岩石が流れ出していた。

 

「この惨状を関係各所にどう説明するか……」

「スサノオがやったのだからそう言えば良いであろう。何を心配することがある」

「物部神社の人に怒られる、ということですね。お膝元でこんな狼藉を働いた訳ですから、勝手に唐揚げにレモンをかけられた時くらいキレると思われます」

「それはもう、誠心誠意謝るしか……」

 

 と、ダンテの真っ当な意見をノアの提案が遮る。

 

「道満に罪をなすりつけるぞ」

 

 一同は目を見張る。当事者でない赤の他人に押し付ける下衆の手法である。スサノオとダンテは口の端をひくつかせた。

 

「張本人の儂が言うのもなんじゃが……」

「さすがにそれは……」

 

 それに対して女子たちは、

 

「「「「じゃあ、それで」」」」

「ええ!? 良いんですか!? こんなの完全に悪役ムーブですよ! しかも結構小物がやるやつですよ!?」

「ダンテさん、よく思い返してみてください。あの人の言動と顔を」

 

 立香に促され、渋々記憶のページをめくる。

 

〝ンンンンンン!! これぞ! まさしく!! 絶景!!!〟

〝おや、そこな小娘に半身を消し飛ばされた不覚者に揶揄されるとは思いもよりませんでしたねぇ。一度神に逆らった貴方が今や神の使いとは……滑稽なザマを晒すのはやめていただきたい。腹が捩れますゆえ〟

〝フ、東征軍の神でなくサーヴァントとして召喚された惨めな下僕の貴方に何を言われようとも響きませぬ。その様子だと分霊をも与えられているのでしょう?〟

 

 ダンテは口元を手で擦りながら、

 

「………………まあ、確かに」

 

 なんか、そういうことになった。

 身の振り方を決め、一行は物部神社に帰ることになった。言い訳は考えたものの、努力が無に帰したことでその足取りは果てしなく重い。中でもガチャ天国から現実に引き戻された立香の落ち込みようは群を抜いている。

 幸せな夢を見た朝のような喪失感。酔ってもいないのにふらついた動きをする彼女に話しかけられる者は誰ひとりとしていない。

 帰路の途上。きゅるるるる、と茨木童子の腹の虫が鳴く。彼女は恥ずかしがるでもなく、肩を深く落とした。

 

「そういえば銀の採掘を始めてからこっち、何も食べていなかったな……しかも銀も無くなるし、無一文だし」

「それでしたら私、軽食を持ってきていたのですが」

 

 と言って、ダンテは懐から布の小包を手に取る。

 上面の結び目が解かれ、素朴な甘い香りがほのかに漂う。布に包まれていたのはドライフルーツやナッツが練り込まれた細長い形状の焼き菓子だった。

 意外と甘い物には目がないのか、茨木童子は瞳をきらめかせて覗き込む。

 

「おおお……!! ダンテ、これは何という食べ物なのだ!?」

「カントゥッチ、もしくはビスコッティという名のお菓子です。地元のトスカーナ発祥で、ちょうど私が生きていた時代に生まれたものですね。本当はお茶と一緒にいただくのが良いのですが」

「まさか自分で作ったのか? マメな男じゃのう」

「宝具が本体にしてはやるじゃねえか」

「ノアさん? 普通に褒められないんですか?」

 

 四方八方から手が伸び、ビスコッティを摘んでいく。クッキー生地のザクザクとした食感、ドライフルーツの自然で優しい甘味、どこをとってもそつがない絶品だった。

 茨木童子は両頬をリスのように膨らませて、ビスコッティを咀嚼する。ダンテは微笑をたたえて語る。

 

「茨木童子さん、人間も捨てたものではないでしょう?」

 

 鬼の少女はふいと顔を背けて、

 

「…………こういうものを生み出す腕に関しては認めてやらぬでもない」

「良いにしろ悪いにしろ、生み出すことにかけては人の子は一流じゃからな」

「スサノオさんも含め、日本の神様はしょっちゅう生み出しているとわたしは思いますが」

「儂らが用意できるのは実物だけじゃ。万人に再現できぬその場限りのものにすぎぬよ。その点、こういう料理はレシピと材料があれば誰でも作れるじゃろ?」

 

 マシュは得心して頷いた。

 神は人智を超えた道具を創り、何らかの技術や文化の祖となることはあるが、具体的な方式や手法を伝えてくれることは少ない。あくまで概念を生み出すだけで、発展させるのは人間の手に頼らざるを得ないのだ。

 ダンテはスサノオの言を補足する。

 

「スサノオさんは日本最古の和歌を歌った神様ですよねえ。一介の詩人として私、尊敬しております」

「このアホをか?」

「おい」

「ま、まあそれとこれとは別です。私の師匠も男色の罪で捕まりましたが、それで何が変わる訳でもないですから」

「愛は何者にも止められないのですわ」

 

 清姫が暗い目で言い切ったところで、赤いコートの端から手元の布へと小さな粒が転がり落ちた。

 儚げにきらめく白い粒。人差し指の先に乗せてもなお小さな銀の欠片だった。立香とノアはそれを見て、盛大なため息をつく。

 

「……ガチャ一回分にもなりませんね」

「精々駄菓子一個買えるくらいか?」

「そうですねえ。では、これは茨木童子さんに」

「……良いのか?」

 

 ダンテは優しく首肯して、

 

「もちろんです。私には必要のないものですから。それに、こうもあります。ルカによる福音書6章38節、」

 

 続く言葉を、一行の誰でもない声が引き取る。

 

「───〝与えよ。そうすれば、自分にも与えられるであろう〟……良い言葉ですね」

 

 柔和な男の声音。全員が後ろを振り返ると、赤い衣にカソックを着た男が微かに笑っていた。漂白されたような白髪と褐色の肌に服装も相まって、日本人離れした風貌だ。

 ノアは両腕にドラウプニルを出現させ、神父風の男を睨む。

 

「この時代の日本にキリスト教の神父がいるはずがねえ。名前を言え」

「シロウ・コトミネ───というのは捨てた名でしたね。……私は天草四郎時貞と申します」

 

 天草四郎時貞。島原の乱を先導し、数々の奇跡を起こしたと言われる少年だ。人を人とも思わぬ重税と暴政を強いていた時の藩主に反旗を翻した英雄でもある。

 スサノオは虫眼鏡越しに覗くように天草四郎を見透かした。

 

「分霊は憑いておらぬな。東征軍のサーヴァントではないようじゃが」

「私は幕府に逆らった罪人ですから。化外の地を侵略せしめんとする東征軍───権力の象徴とは水が合いませんよ」

「じゃろうな。お主はむしろこちら側よ。して、用件は?」

 

 天草は用意してきたかのように言の葉を継ぐ。

 

「貴方がたが次に攻める天御柱は長門国の須佐。地名から分かる通り、スサノオ、貴方にちなんだ場所です。そこにランドマークを置くことで貴方を一層弱体化させている」

「大陸の方に出掛けるときに名付けた場所じゃからな。そのせいで儂の海神としての力は未だに戻っておらぬ」

「黄泉軍でツヌグイに敵うのは貴方だけだ。その貴方も多少力を取り戻したとはいえ、父より与えられた海神の側面を奪われている……そこで、東征軍に勝つための策を献上したく存じます」

 

 それはつまり、仲間になるも同然だった。

 願ってもない展開だ。同時に、あまりに黄泉軍にとって都合が良い。一同が警戒心を高まらせる中、茨木童子が腰に手を当てて仁王立ちする。

 

「話は物部神社で聞く! 少しでも不審な動きをしたら刻んで犬のエサにしてやるゆえ、覚悟しろ!!」

「初めて大将らしい言動をしましたわね……」

 

 で。

 物部神社にて銀山採掘組と待機組は合流した。戦果があまりに少なすぎることに関してツッコむ人間はいなかった。

 天草にサーヴァントたちが自己紹介している最中、

 

「邪竜ファヴニールを倒した円卓の騎士ペレアスだ。よろしくな」

「ジャンヌ・ダルク。あの聖女サマとは別物だから、間違えたら燃やすわ」

 

 これを聞くと天草は顔面を蒼白にして頭を抱えた。

 

「邪竜……ジャンヌ・ダルク……グゥッ!! 頭が!!」

「いきなりどうしたんじゃこいつ。わしが長政に裏切られた時みたいな顔しとるけど」

「少し、いえ、かなり色々あったもので……気にしないでください」

 

 天草に対する目が冷たくなる。別世界の記憶でも持っているのか、その顔貌は混沌とした感情に塗れている。

 立香は言いづらそうに問う。

 

「それで、天草さんの策っていうのはどんな感じなんですか?」

 

 天草は深呼吸して、心に平静を取り戻す。閉じ、開いた眼の色は清廉さに満ちていた。

 

「───『黄泉(よもつ)落とし』。スサノオとツヌグイを冥界に落とします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アメノワカヒコと蘆屋道満の戦いは三日三晩続いた。

 共に死ねぬ体、決着がつかぬのは必然であった。幾度も殺し殺され、滅し滅された。その戦いは凄絶というよりは不毛。互いの血肉を削り合う、生と死の寸劇だ。

 四度目の朝日を見た時、両者はどちらともなく戦いを切り上げた。戦士としての勘か、霊的な啓示か───次なる戦いに備えるため、彼らは溜飲を下げたのである。

 弓を携えた少年神は肉混じりの血を吐き出し、地面に倒れた。

 道満の呪詛に魂が軋む。悪路王の刀剣に込められた憎悪が血を沸騰させる。天津甕星(アマツミカボシ)の拳に潰された骨肉が泡立つ。

 彼はもはや、人の形をしていなかった。

 息をする肉塊。死んでいるはずの体は徐々に再生し、元の形へと作り直していく。

 散らばった骨を組み換え、付け足し、肉を纏わせていく。その作業は常人なら発狂しかねない苦痛を伴っていた。

 アメノワカヒコは伏したまま、無事な右目だけを上に向ける。

 視界の中心にありしは一羽の雉。

 かつて自分が殺した、鳴女(なきめ)という名の神鳥であった。

 

「…………く、そっ」

 

 それは太古の昔。

 オオクニヌシは国造りの偉業を成し遂げた。

 その国を支配しようとした高天原の神々はアメノホヒという神を地上へ送り、オオクニヌシに懐柔され、命令を果たすことがなかった。

 アメノワカヒコは次に地上へ遣わされた神だった。しかし、彼はあろうことかオオクニヌシの娘と契りを交わし、そのまま地上に住み着いたのである。

 これを神々は〝アメノワカヒコが我らに取り代わり、葦原中津国を手中に収めんとしている〟と考えた。

 ───高天原への邪心はなかった。

 

〝あなたを葦原中津国へ遣わしたのは、国津神たちを説得して地上を平定するためのはず。それなのに、なぜ八年もここに留まっているのか〟

 

 それでも、ただ、思ってしまった。

 この地に降り立ったそのときに。

 

〝……ああ、この鳥の声はなんて煩わしいのでしょう。こんなものは、射殺してしまえばよろしいのです〟

 

 天照らす光が敷く法よりも。

 オオクニヌシの世界の方が良い、と。

 かくして、アメノワカヒコは天より与えられた弓矢で鳴女を射殺した。

 高御産巣日神(タカミムスヒノカミ)はその矢を拾い、ひとつの『誓約(うけひ)』を行った。

 

〝アメノワカヒコに逆心があるならば、この矢は当たる〟

 

 アメノワカヒコは、そうして死んだ。

 高木の神が放った返し矢によって。

 彼は鳴女を見やる右眼に渾身の憎悪を込める。

 

「愉しいか、タカミムスヒ。お前に心の臓を貫かれた男は、天の遣いとして血肉を撒き散らしているぞ」

 

 鳴女は答えない。

 その声は虚しく響くだけだった。

 タカミムスヒとは天地開闢の折に産まれた最古の神、造化三神の一柱。あらゆる万象の生成を司り、その意思はすなわち高天原の法則となる。

 ならば、神意を問う『誓約(うけひ)』とはタカミムスヒの意思によるものに他ならない。

 天の神を裁く権利は、天界の法にあるのだ。

 

「貴様は審判を誤った! 俺には逆心も邪心も存在しなかった! 貴様は恐れたのだ────天の法に染まらぬオオクニヌシの国を!!!」

 

 アメノワカヒコは立て続けに叫んだ。

 

「俺の死後に武神を遣わしたのがその証拠だ! お前たちは結局、武力を盾に脅すことでしかこの地上を支配できなかった! 反吐が出るんだよクズが───!!」

 

 そこで、終わりだった。

 不可視の力が彼の全身を縛り上げる。

 その間も、体は修復されていた。

 天の御力を受け入れろとでも言うように。

 ───アメノワカヒコに与えられた分霊は高御産巣日神。

 それはかつての戒めか、それとも裏切りの神への天罰か。

 だが、どちらにしても。

 彼は、死してなお天の奴隷で在り続けるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ふふっ。ああ、なんて、カワイソウ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長門国、須佐。

 東征軍の支配の象徴である天御柱は厳然とそびえ立っていた。

 国土を走る龍脈から膨大な魔力を吸い上げ、天へと献ずる。人が物言わぬ自然に対して雨乞いを行うように。

 ツヌグイは上空より黄泉軍の配置を観察していた。

 天津甕星に殴り飛ばされた傷は完治していた。千層の結界を壊されたとしても、この体を壊されたとしても、あれは負けではない。むしろ渾身の一撃を耐え抜いたのだからこちらの勝ちだ。アホ面を引っ提げた魔術師たちの一斉攻撃なんて傷ひとつ付けられなかった。そもそもあれは油断していたからであって─────そんな思考を打ち切り、ツヌグイは目を見開いた。

 山間の狭い平地。そこには前に見覚えのある面子が顔を揃えていた。赤髪のアホと白髪のアホ、炎上系魔女になすび系盾女、そして第六天魔王とスサノオだった。

 スサノオは両手を拡声器のように口に添えて叫ぶ。

 

「おぉーい!! 聞いとるかツヌグイ! お主なぁ、神世七代とは言うがその後の神話には全く出てこないし正直影が薄いぞぉーー!! え、つーか誰がお前みたいなやつ知ってんの!? 祀られてる神社少なすぎじゃね!!?」

 

 ────よし、殺す。

 逆鱗をガシガシと掻き回され、ツヌグイはマッハの速度で空を飛んだ。

 神への侮辱は同じ神であろうと許されることではない。それが自分より後に産まれた神であるなら尚更だ。その殺意は留まることを知らなかった。

 大地を揺らすかの如き怒気を纏い、ツヌグイはスサノオたちの前に降り立つ。

 

「口先だけが取り柄か、スサノオ! 貴様が高天原で犯した狼藉は後世にしかと刻まれているぞ、俺とは違ってな!!」

「有名すぎるのも考えものじゃのう。わしなんてフリー素材にされてるし」

「女体化もされてますもんね!」

「うん、立香、それは元々じゃからな?」

 

 呑気に話す立香と信長。ツヌグイの怒りは一層高まった。ノアはさらに馬鹿にするような笑みを見せつけて、黄金の腕輪を投影する。

 

「おまえ程度のぽっと出キャラに取ってる尺はねえ。今回限りでおまえの出番は終わりだ。覚悟はいいか」

 

 ツヌグイは心に燃え滾る憤怒の火に身を任せ、数十本の杭を展開する。長大かつ巨大な杭の群れは流星雨の如くに地上へ落下した。

 圧倒的な天の暴威。だがしかし、それを今更恐れる者はここに存在しない。マシュは微笑み、盾を構える。

 

「───『いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)』」

 

 如何に天津神の力であろうと、純白の城壁の前には全てが無為。杭の絨毯爆撃はその直撃も爆風も破片も、彼女らに届くことはなかった。

 砂塵の幕の向こう側から、漆黒の光が煌めく。

 

「『吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)』!!」

 

 火山の噴火を思わせる邪竜の息吹。

 その奔流を余すことなく受けてなお、ツヌグイを取り囲む千の結界は揺らぎさえしなかった。

 ツヌグイは思う。芸が変わらぬ、と。

 どちらも攻撃が通じぬ防御を有しているというのなら、勝敗を分けるのはその防御を維持する力だ。

 マシュの盾は宝具である以上、必ず魔力を消費する。それを供給するのは立香とカルデア。後者のエネルギーは膨大だが、仲介するマスターはと盾を担う少女は人間だ。いつまでも戦い続けられるはずがない。

 故に、無敵の盾に陥穽が生じる。

 盾が無敵であっても、それを支える人間は無敵ではないのだから。

 炎の奔流を抜け出し、敵を視界に収めようと考えたその直後、ツヌグイの体は固定されたように自由を奪われていた。

 

「……投影、『獣縛の幻鎖(グレイプニル)』」

「『elder_rune_Ⅹ』!!」

 

 神喰いの魔狼を拘束した鎖が結界に巻きつき、オーディン第十の秘法がツヌグイを空に留める。

 

〝魔女が空中を舞うのを見るときは、第十のまじないをわしは知っている。わしは、彼らが、家に残してきた体に、その住居に戻れぬようにしてやる〟

 

 空飛ぶ者を空に縛り付ける秘術。幽体離脱を駆使する魔術師を無力化するためのものでもあるが、今回行使されたのは前者。電子化された原初のルーン。それは遺漏無くその性能を発揮した。

 炎が陰る。

 黒塗りされた視界が捉えた地上に、スサノオはいなかった。

 ならば────考えるまでもなく、ツヌグイは頭上を睨む。

 

「儂とお主でタイマンじゃ! 夕焼けの河原とはいかぬが、とびきりの舞台へ招待してやる!!」

 

 スサノオは固く握り締めた拳を叩きつける。

 そこに込められた力は凝縮された大気。神威の暴嵐を宿した拳は余波だけで地上の木々を吹き飛ばし、大地をめくれ上がらせた。

 けれど、その一撃を喰らっても砕けた結界は一枚。残り999もの結界を破壊してようやく、ツヌグイを傷つけることが叶うのだ。

 加えて、魔力を送り込めば結界は再構築される────その余裕を打ち砕くように、スサノオは続けて拳を振るった。

 乱打に次ぐ乱打。

 連撃に次ぐ連撃。

 ツヌグイを地面に叩き落とし、地中を掘り進めてもまだ攻撃は終わらない。

 時間にして十二秒。

 砕けた結界は再構築した数を含め2965。

 そこで、彼らの潜行は終わりを告げた。

 岩盤を突き破った先、眼下に広がる広大な空間。暗く冷たく、死の匂いを纒った岩肌の荒野。

 それこそは神話に語られた地底の国、根の堅州国または黄泉の国。死者の住まいし冥界であった。

 

「天御柱は侵食した領域を高天原───神代の環境へ塗り替える。神代であるなら、冥界は地下に存在する。そういうことで儂の隠居所に到着という寸法じゃ!」

 

 ハデスの冥府、ヘルヘイム、そして黄泉の国。多くの神話において、死者の行き着く場所は地下に存在する。

 人は死ねば大地に還る。冷たく暗い土の中へと。

 だがしかし、スサノオにとってはその冥界こそが泣いてまで求めた母の住処であり、国造りの英雄神との出会いを果たした場所であった。

 だからこそ、根の国はスサノオの本領。弱々しく衰えた権能の数々を補強する独壇場だ。

 

「荒ぶる嵐の化身にして海原の支配者、そして根の国の領主───なけなしの力を底上げしようと必死だな、スサノオよ。以前の貴様であったなら、息吹ひとつで我が結界を全壊せしめたものを」

「ふん、スペックしか見れぬのかお前は。結界が何枚あるから強いだとか、ステータスが低いから弱いだとか、そんなことに囚われているようではまだまだよ」

「…………ならば貴様は何を見る」

 

 スサノオは掌中に剣を出現させる。

 青銅の両刃剣。片側の刃の一部は小さく欠けていた。

 

「何がなんでもやってやる、そんな根性よ。貴様にそれはあるか、ツヌグイ」

 

 応酬は杭の乱射。

 青銅剣が閃き、ことごとくを斬り刻む。

 それを幕開けに、彼らの戦いが始まった。

 息もつかせぬ杭の乱撃をスサノオは剣一本で防ぎ切る。攻撃の発生、迎撃、それだけで自然を荒らす神の戦いは、命無き冥界にて存分に振るわれる場を得た。

 

「なぜ貴様は化外の者に力を貸す! 天照らす光の法下にあってこそ、この国は存続を成し得たというのに!!」

「出たー、神特有の上から目線!! そういうの辞めた方がええぞ、人草に嫌われるから! あ、だから神社少ないんか!」

「黙れ!!」

「黙らぬとも。儂は荒ぶる神、嵐のようにやかましいのが特徴じゃ!!」

 

 迸る風の神力。

 結界ごとツヌグイを吹き流し、スサノオは空を蹴って接近する。

 

「この国の人草にあった選択肢は二つにひとつ!」

 

 迎撃の杭が飛び、スサノオの進撃を停止させる。止まった足を貫くように大木の如き杭が飛来する。それを彼は右脚で蹴り返した。

 

「姉ちゃんの光のもとに天の支配を受けて生きるか、オオクニヌシとともに地の恵みを育て生きるか、これだけじゃ!!」

「そうだ。結果は前者───オオクニヌシは高天原に国を譲り渡した。それは自らの法が天よりも劣っていると認めたからには他ならぬ!!」

「いいや、それは違うぞ。国譲りは間違いだった」

「……なんだと」

 

 睨め返すツヌグイ。スサノオはきっぱりと言い切る。

 

「どちらの法を選ぶか……これを決めるのは人間でなくてはならなかった。姉はオオクニヌシに天津神を送り込み、オオクニヌシは天津神に息子が負けたことで高天原の支配を認めた」

 

 オオクニヌシの二人の息子。事代主(コトシロヌシ)は天より送られた神の前に戦うことなく国譲りを認め、建御名方(タケミナカタ)は両腕を奪われ諏訪の地から出ぬことを誓った。

 それを経て、オオクニヌシは国譲りを認めたのである。

 

「故に、どちらも間違いじゃ。この話に人間は介在しておらぬ。神々が身勝手に争って身勝手に支配者を決めたのだからな。国のトップを決めたいのなら、人草の前でプレゼンでも選挙でもすれば良かったじゃろう」

「それが神だ。神は人を支配し、人は神を戴く。人が神を選別するなど、思い上がりも甚だしい」

「果たして本当にそうか? 我らが幽世に隠れた遥か未来でも、神無き世で人は生きている。それをもう一度手元に置こうなど、巣立った鳥を鳥籠に引き戻すが如き愚行よ!」

 

 その言葉をツヌグイは噛み締め。

 重く、苦しい声音を絞り出した。

 

「人は弱い。人は争う。人は死ぬ。人は苦しむ。人は忘れる。故に、我らが管理しなければならない。それが、彼らにとっての幸せだ…………!!!」

 

 そこで、スサノオは思った。

 ツヌグイは。

 弱く、争い、死に、苦しみ、忘れる人が。

 苦痛を得ることなく生きていて欲しいのだ。

 

「……お前は、優しすぎる」

 

 それは停止だ。

 それは退化だ。

 尽きることなき幸福を甘受し、穏やかに生きる。それは素晴らしいことに違いないけれど、代わりに進化の余地を奪われる。

 何より、その世界に至るのだとしたら。

 人が人の手によって辿り着かなくてはならない。

 

「故にスサノオ、貴様はここで死ね」

 

 八本の杭がスサノオを包囲する。

 杭の間に光の膜が生じる。八角形の方陣はまたしても結界。荒ぶる神を閉じ込める断絶の壁であった。

 古代の日本では、村や家屋の入り口に杭が打たれることがあった。その杭は外界を内界を区切る仕切りであり、生活圏を主張する役割を担っていたと考えられている。

 そして時代は下り、生きる世界を区切る杭は外より来たる魔性を阻む魔除けとなった。

 つまり、ツヌグイとは人を守り、魔を退ける防塞神であったのだ。

 あちらとこちらを仕分ける境界の神。

 それを越えることはすなわち、世界を移動することと同義。

 

「……ここに顕現せしは魔を斬滅する究極の一」

 

 だが。

 スサノオはかつて境界を越えた。

 地上の海原から、天上の世界へと。

 天と地。その狭間を人類が乗り越えたのは長い人類史で見ればつい最近のこと。

 幾人もの犠牲を出し、しかし夢物語は現実となった。

 それは神の手元で寵愛されていたままではできぬことだったはずだ。

 焼却された世界で。

 人類の可能性を護り抜くために。

 スサノオは、剣を振るった。

 

「────『神剣(しんけん)天羽々斬(あめのはばきり)』!!」

 

 一閃。

 その斬撃は日本最強最古の怪物、八岐大蛇を斬った一刀。

 この剣に距離の隔たりは意味をなさず。

 この剣に境界の壁は通用しない。

 なぜなら、スサノオの権能の本質とは、嵐と海原を司ることでも、冥界の神であることでもなく、何にも縛られぬことにこそあった。

 身を守る千層の防御結界。

 世界を断絶する境界。

 ───そんなものは、自分以外でやっていれば良い。

 相性や特性、能力といった全てを例外なく踏み躙る理不尽の化身。とめどなく荒ぶる圧倒的な力がスサノオという神の根源だ。

 スサノオを囲う結界とツヌグイを護る結界。そのすべてを、神剣は容易く斬り裂いた。

 

「……ッッ─────!!」

 

 ツヌグイの体が横真っ二つに断たれる。

 泣き別れた下半身が消滅し、即座に再生する。が、その隙は最古の怪物殺しの前には致命的だった。

 トン、と胸を突き刺す金色のヤドリギ。

 口端からか細い音が漏れる。

 遍く神と不死を滅するヤドリギに例外はなかった。

 ヤドリギは生き返りそのものは否定しない。バルドルは新世界での復活を約束されていたから。けれど、それは他者による蘇生であって独力での蘇生を否定する。

 ───ツヌグイが擁する再生の力はここに否められた。

 スサノオは告げる。

 

「人はいつか、天の果てにも手をかけるだろう。それは()たち神にはできないことだ。星より巣立つ日が来るならば、神はとうに忘れられているかもしれない」

 

 だけど。

 

「星々の海を越えて、世界の裏側にさえも到達した時……神と人は再会する。神と人は対等に生きられる」

 

 ───俺は、その日を待っている。

 ツヌグイは笑って、

 

「なんと甘い夢だ。不条理の体現たる貴様にそんな願いがあったとは。……そんなものをどこで手に入れた」

「───ハッ、こっ恥ずかしい。んなこと言えるかよ」

 

 人を守る神、ツヌグイの体が消滅する。

 きっと、いつの日か、守る必要のなくなった彼らと会うことを夢見て。




・神様解説、タカミムスヒ編
 タカミムスヒは神世七代よりもさらに前に生まれた最古の神の一柱。アメノミナカヌシ、カミムスヒとともに造化三神としてカテゴライズされている。
 その性格としては司令神であり、ムスという生産と生成を意味する動詞があったという推測から生成や生産を司っているともされる。ただし、ムスという語については諸説あるので注意。基本的に天津神の地上への派遣を決めているのはタカミムスヒであり、アメノワカヒコを遣わした場面から高木神という別名でも呼ばれるようになる。アメノミナカヌシと違って出番が多いのも特徴。大体その出番は国譲りや東征の際に派遣する神を決めることだったりするので、高天原でも相当偉い神様なのだろう。
 タカミムスヒとカミムスヒは前述の生成・生産を名前に持っていること、そして最初に生まれた神の一柱であることから、天と地における根源的な力であると捉える説がある。本編ではこちらの説に則り、タカミムスヒを日本の神話世界のルールそのものと設定している。タカミムスヒとカミムスヒを祖神としている氏族も多かったらしく、人気は相当高かったと思われる。

・神様解説、ツヌグイ・イクグイ編
 造化三神を含む別天津神の次に生まれた神様のグループ、神世七代の第四代。神世七代はクニノトコタチとトヨクモノ以降は男女一柱ずつ生まれ、それをワンセットで一代と数える。ツヌグイとイクグイはその四代目。ちなみに最後の七代目がイザナギとイザナミである。
 クイという名前には、地面に打ち込む杭や地中から植物が生えてくる様子を表しているなどの説がある。本編で結界を使っていたのは前者から、再生の力があったのは後者から取っている。
 記述が少ない神様なので特にエピソードが存在しない。しかし古事記と日本書紀にしっかり記されているので、有力な氏族が祖神としていたりしたのかもしれない。古代の豪族は祖先に神を持っていたので、古事記や日本書紀を読んで「ウチの神様出てるじゃん、すげー!」となっていた可能性がある。
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