自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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第62.5話 ノッブのテコ入れ大作戦

 あれから三日が経った。

 茨木童子率いる黄泉軍(よもついくさ)は太宰府という施設を根城にしていた。残す天御柱(あめのみはしら)はあとひとつ。東征軍が最初に現れた高千穂のみなのだが、彼らはしばし太宰府に留まることにしていた。

 その理由は来たる決戦に向けての休養と準備、そしてアメノワカヒコの一矢を受けた立香のリハビリ。戦いで体を張るのがサーヴァントであったとしても、その要たるマスターが不安定ではどうにもならない。寝不足かつノー勉で試験を受けるようなものだ。

 たった一週間寝込んでいただけでも、人間の筋力は15%落ちると言われている。立香はそれを取り戻すため、マシュやジャンヌたちとともに運動に励んでいた。ノアは〝これを飲めば筋力を取り戻すどころかクマもひとひねりにできる〟と毒々しい緑の液体を渡してきたが、それはダンテに渡した。貧弱なステータスも多少はマシになるだろう。少なくともDになればアーチャーと腕相撲はできる。

 彼女らは適当な広場を見つけて、そこでリハビリをすることにした。

 点々と雲が浮かぶ青空に、気の抜けた笛の音が鳴り響く。

 

「よし、次は腕立て伏せ3000回だ。へたばるにはまだ早えぞ小娘ども!!」

 

 なぜか全身が土や埃で薄汚れた土方が、真剣を竹刀に持ち替えて怒号を飛ばしていた。おまけに頬や手には擦り傷がついている。服で見えない部分も同じような傷があることだろう。

 つい数秒前に地獄のマラソン訓練を終えたEチーム三人娘は荒々しい息を吐きながら、地面にへたり込んだ。

 

「この鬼の副長、鬼すぎる……!!」

「ふっ……変身していないわたしだったら五回はコンティニューしていたことでしょう。無敵付与があって助かりました」

「…………アンタの発言はひとまず。どうしてあの副長は小汚い格好してるんです?」

 

 ジャンヌは息を整えつつ、素朴な疑問を口にした。会話のターゲット集中は発動していなかったマシュを隅に置いて。

 立香とマシュは示し合わせたみたいに首を横に振った。二人とて気になってはいたが、下手に口答えすれば竹刀が飛んでくる可能性がある。魔術を飛ばしてくるノアとは五十歩百歩だ。

 不意に、彼女らの背後から声が起こる。

 

「それについては私が説明しましょう」

 

 天草四郎時貞。彼もまた土方と同じだった。衣服と肌に少なからぬ傷を持っている。合戦の帰りと言われても納得してしまいそうな有様だった。

 

「いつの間にわたしたちの後ろに……もしかしてニンジャ!?」

「いいえ、一般的な聖職者です」

「英霊を一般的な聖職者とは言わないような気がしますけど。リーダーが一悶着起こした聖堂教会、でしたっけ? 天草さんはそこの人だったんですか?」

「生前はそうではなかったのですが、色々ありまして。……ええ、色々と」

 

 天草はごぷりと吐血した。底知れぬ闇を抱えた彼の姿を目の当たりにして、立香は表情を引きつらせた。微笑みを浮かべながら血を吐く様子はまさしくホラーである。

 

「なんで唐突に血ぃ吐いてんの? この男は」

「すみません、貴女の顔を見ると気分が……」

「は?」

 

 ジャンヌは殺気に塗れた目線を彼に差し向ける。聖女と邪竜について何か重大なトラウマを抱えているらしい天草は、その視線を受けてぎこちなく説明する。

 殺気に震えていた天草の話を立香なりに要約すると。須佐の天御柱を巡った戦闘で、蘆屋道満は悪路王と天津甕星を失い、俵藤太───藤原秀郷の乱入に対処するためにやむを得ず土方と天草を味方に取り込んだ。

 その方法が三合火局の陣。陰陽五行説に基づいた四柱推命という占術において、能力の向上やエネルギーの隆盛を表す。自身と二人を合わせてそれを形作ることで、藤原秀郷に対抗した。

 ツヌグイやアメノワカヒコ、渡辺綱を討たれて撤退した東征軍。土方と天草は道満を捕まえようとしたが、身ぐるみを剥いだだけで逃げられたのだとか。

 禍福は糾える縄の如し。三合火局によって最高潮に高まった能力・運勢はそれが変動すれば、後は落ちていくのみ。先程その陣が解除された結果、二人は────

 

「───全ステータスがダンテさん並みになっている、と」

「救いようがないわね」

「運勢は変化するものだから時が経てば戻るそうだがな。それにしてもあの野郎、ろくなことをしやがらねえ」

「全くもって同意ですね。しかも幸運に至ってはEランクすら下回っている状態です。なので、こうして歩くだけでも」

 

 天草はおそるおそる一歩踏み出す。すると、その足はつるりと滑って地面を転がり、土方を巻き込んで馬屋に激突する。

 倒壊した壁から何頭もの馬が脱走し、土方と天草を踏みつけていった。もうもうと立ち込める砂煙から血塗れの天草がはい出してきた。

 

「……こ、こうなる訳です」

「ふ、不憫にも程がある……」

「もはや不運とかそういうレベルじゃないのですが。世界が悪意を持って殴りに来てるのですが」

「ダンテは口癖のように〝ステータスなど飾り。幸運などご都合主義〟なんて言ってますけど、それが極まるとこうなるのね。ああはなりたくないわ」

 

 ジャンヌがそう言葉を漏らすと、マシュは口元を意地悪く歪める。

 

「でも、ジャンヌさんも幸運の値はEランクですよね?」

 

 急所を貫く一言。ジャンヌは銃弾で撃たれたみたいに肩を飛び上がらせる。お手本のような図星である。彼女は泡を食って答えた。

 

「だ、だからどうしたってんですかァ〜? 今の話に関係あります? それ」

「いえ、別に。今までダンテさんの幸運が触れられる度にビクビクしてたのかなとかそういうことを考えていたのではありませんが?」

「そそそそそんな訳ないでしょ!? 大体アンタみたいな特に面白味のない能力値のやつに言われたくないんですけどぉ〜!?」

「サーヴァントが物理じゃなくてステータスで殴り合うところなんて見たくなかった……」

 

 立香はすこんと肩を落とす。

 このままではマシュとジャンヌによる模擬戦という名の決闘に発展しかねない。すっかり目的のリハビリが頭から抜け落ちていたその時、視界の端に人影を捉える。

 濃紺の礼装に身を包んだ真っ白な男。それがノアであると認識するまでに時間はかからなかった。即座に寄っていきたい気持ちを抑え、見て見ぬフリをしつつ、彼がここに来るのを待つ。

 ヤツは人の弱みを把握・掌握することに長けたバケモノだ。そう簡単に尻尾は振れない。湖の乙女リースは尻尾を振りすぎて千切れてもなお突撃するタイプだが、アレもアレでバケモノなので参考にはならないだろう。

 ノアは一直線に近付いてくると、ぶっきらぼうに切り出した。

 

「藤丸、来い」

 

 しかし立香はそれを華麗にスルーして、

 

「……そういえばジャンヌ、サーヴァントって走っただけで疲れるものなの?」

「人によるとしか言えないわね。まあ、さっきのは全身に重りつけてたから、それなりに疲れたわ。頭につけてるコレとか普段の200倍の重量よ」

「なにそのドラゴンボールみたいな修行法!? かっこいい! 私もやりたい!」

「聖女の方といい、ジャンヌさんの毛根の強さはどうなってるんです?」

 

 目の前で完全な無視を決められたノアは一連のやり取りを苛立たしげに眺めていた。口元をひくつかせて、呟くように呼ぶ。

 

「……()()

「はいっ! なんですか?」

 

 立香は何食わぬ顔で笑みを向けた。まるで今気付いたとでも言うように。わざとらしさを隠そうともしないそのふてぶてしさに、ノアの苛立ちはただでさえ低い上限を突破した。

 赤い髪から飛び出したアホ毛を右手で握り込む。感情を取り繕いもしない眼差し。低い声で脅すように彼は言う。

 

「おい、このやり取り繰り返すの何回目だと思ってんだ。名前呼ぶたびにいちいちいちいち面倒くせえんだよ。今度こそアホ毛引っこ抜くぞ」

「いくら私のアイデンティティを人質に取ったとしても、リーダーの脅しには屈しませんから。立香って呼んでくれるだけで時間の無駄は減らせますよ?」

「ああ? この俺がおまえに合わせる時点でこの世の法則が乱れてんだよ。おまえは俺の部下(げぼく)弟子(どれい)だろうが、俺に従え」

「久しぶりにルビが最低なことになってるんですけど」

 

 相変わらずの天上天下唯我独尊ぶりだった。釈迦も助走して説法するレベルだ。この場に三蔵法師がいないことが悔やまれる。

 アホ毛を掴んでいた右手が移動し、立香の左手首を引っ張った。

 

「こんな余計な会話してられるか。いいから来い」

 

 その横暴に抵抗する気はなかった。が、良いようにしていると思われるのも癪だ。手首を握る五指を軽く振りほどいて、互いの手を握り合う。

 こちらの指が緩く畳まれる。一瞬だけ逡巡し、自分のそれよりも太く大きい五本の指が強く握り返してきた。力加減が分かっていないせいか圧迫感がある。

 自然と笑みがこぼれる。元よりこの男に丁寧なエスコートなんて求めていない。手放さないと言ったのだから、これくらい強くなくては困るというものだ。

 去っていく二つの背中を見て、マシュは膝から崩れ落ちる。その顔は絵の具を塗りたくったみたいに暗く青褪め、真昼中だというのに冷凍庫に放り込まれたように震えていた。

 

「……ジャンヌさん」

「……なによ」

「今ようやくペレアスさんとダンテさんの気持ちが分かりました」

「半数が脳破壊経験あるチームとか悪夢にも程があるわ!!」

 

 で。

 ノアが立香を連れ出した目的はそんなロマンチックなものではなかった。ノアにそんなものを期待するだけ無駄ではあるが。

 コードキャストを扱う礼装『魔女の祖(アラディア)』。カルデアが誇る二大マッドサイエンティスト、ノアとダ・ヴィンチによる一品だ。何でも、最近ダ・ヴィンチが新たにアイディアを閃いたそうで、礼装の改造のために呼び出されたらしい。

 今回ばかりはダ・ヴィンチに感謝しよう。マッドでサイコな方面に入り込みさえしなければ、比較的真っ当な万能の天才なのだ。

 屋内の一室。杖の内部を開き、見たこともない器具で中身を弄くり回すノア。立香は彼の横でその作業を眺めていた。レイシフト前にみっちりと長い講習を受けたから構造自体は理解しているが、ノアは一旦骨組みから組み直していた。

 

「───そもそも、魔術師が根源を目指す方法として魔術を採用しているのは、最もメカニズムが知れ渡っていない学問だからだ。呪術的な観念ってのは人類の根源的な思想だ。当然ではあるがな」

「コードキャストが科学信仰を魔術基盤にしてるのも、科学はみんなが知ってるけど仕組みはよく知らないからですよね。私が相対性理論の論文とか読んでも意味分からないでしょうし」

「ああ。あくまで科学信仰であって科学そのものじゃないのがミソだ。水素をブチ込んだだけの水がエビデンスもなしに、美容や健康に良いなんて言う連中も存在するくらいだからな」

「色々と角が立ちすぎです。私はソシャゲのガチャは絶対に遠隔操作してると思いますけど、これも科学信仰みたいなものですよね」

「おまえは頭にアルミホイル巻いてこい」

 

 あれから何かが劇的に変わったかと言えば、そうではない。

 目に見えて変化したところは距離感だろうか。どちらが意識しているわけでもなく、二人でいる時は軽く触れるくらいの位置に落ち着く。

 僅かに寄りかかる立香の体温を、ノアは何も言わずに受け止めていた。

 

「というかこれ、私を連れてくる意味ありました? 礼装さえあれば手直しできたんじゃ?」

「仮にも俺の一番弟子なら師匠の研究くらい把握しておけ。おまえほどのアホが理解できるってことはこの世の全員が理解できるに等しいだろ」

「ほほう、つまり私がアルス・ノヴァの希望、と。お兄ちゃんがエジプト人の占い師と研究してる永久機関とどっちが早いか競争ですね!」

「俺の高尚な研究をおまえのアホ兄貴のおままごとと一緒にすんじゃねえ」

 

 あんまりな言い草だったが、反論はなかった。できなかったと言った方が正しい。

 藤丸兄からの最後の便りはカルデアに来る前、空港で手渡された写真。サハラ砂漠を背景に例のエジプト人と肩を組んでガッツポーズを取っている光景だった。その手前にはSF映画のセットのようなブリキの機械があったが、まさかアレが永久機関という訳ではないだろう。

 くだらないやり取りを繰り返す。くすぐったいような、もどかしいようなこの感覚が心地良い。

 胸中にじわじわと滲み出していく熱に身を任せていると、どこからともなく声が響いた。

 

(聞こえますか立香さん……今あなたの脳内に語りかけています)

(フ○ミチキください)

(この時代にファミ○キはありません……2006年まで待つのです……藤丸立香よ……)

(念話までしてするのがこんな話でいいんですかリースさん)

 

 声の主は死後もなお恋愛脳が治るどころか悪化している暴走精霊、リースだった。いたずら好きな妖精らしく、その力を乱用している。弱体化している設定はどこにいったのか、甚だ疑問である。

 あるいは近傍から念話を発しているのかもしれないが、神出鬼没の湖の乙女を立香の実力で見つけ出すのは難しい。黙って彼女の金言を受けるが吉だろう。

 リースはその声音に力一杯精霊の威厳を漂わせ、お告げを伝えた。

 

(攻めるのです立香さん……彼のひねくれ、腐った心の牙城を突破するには攻めるしかありません……星占いによると押し倒すが吉と出ています……)

(腐った城壁に突撃するとか嫌なんですけど。攻める前にボロボロなんですけど。放っておいただけで倒壊しそうなんですけど!?)

(故にこそチャンスなのです……取り柄といえば才能と見た目だけの他は邪悪の権化、『約束された敗北の屑(エクズカリバー)』な彼に惹かれる物好きはいません……廃城を攻める軍はいないのです……)

(地味に私までディスってません? アーサー王まで流れ弾喰らってません?)

 

 元々は自分が所有していた聖剣をもネタにする精霊に端から勝ち目はなかった。二の句を継ぐ前に念話の感覚が消える。どこまでもお騒がせな妖精である。

 立香は今の横槍を忘れることに努めた。この妖精の言うことを聞いていたら、少なくとも破滅が待ち受けていることは確かだ。

 しかし、だからといって退く選択肢はない。

 ノアの横顔をちらりと覗き見る。鼓膜になだれ込んでくる魔術講座、もというんちくを聞き流して、決めた。

 そっと手を伸ばして帽子を摘み、彼の頭から抜き取る。

 

「……何やってんだ、返せ」

「え、嫌です。この帽子のせいでたまに目が見えなくて邪魔なんです」

「俺が丹精込めて作った礼装にケチつけんじゃねえ。防御術式と魔眼避けと低気圧頭痛防止と安眠効果が備わった逸品だぞ」

「でも、リーダーならもっと良いモノを作れますよね? あ、別に無理ならいいですよ無理なら。天才なんていうのも嘘だったんだなってだけですから。はい、じゃあ返してあげます」

 

 目の前で帽子をチラつかせる。すると、ノアの顔色は途端に変わった。彼の豆腐より脆い堪忍袋の緒が切れ、額に青筋が浮かぶ。

 

「オイオイオイ、誰に向かって物言ってると思ってんだ? 日々常に進化する天才をナメんな、そこらの宝具にも見劣りしねえ礼装を作り上げてやるよ!!」

「本当にアホだこの人……」

「あ? なんか言ったか」

「何でもないです。あ、どうせならピアスとかネックレスが良いんじゃないですか。目も隠れないし、せっかく綺麗な髪の色してるんだからもったいないですよ」

 

 立香は自身の髪飾りを見せつけるように触れる。ノアが自分のために作った、特別な品だ。

 

「それとも、私とお揃いにするとか」

「……今から1000匹のゴキブリに囲まれる夢を見る呪いをかける。動くなよ」

「私ゴキブリ平気なんで大丈夫です」

「じゃあ蛇だな。巻きついてきたニシキヘビにうんこ擦り付けられたおまえのトラウマを再現してやる」

「それだけはやめてください!! 泣きますよ!?」

 

 ───あれから何かが劇的に変わったかと言えば、そうではない。

 けれど、こんなふとした時、いつも自覚させられることがある。心臓の奥で確かな温度を持った想いが、日増しに熱くなっていることに。

 だから、自分の心の温度が相手に伝えるように、伝わるように、より体重を彼に預ける。

 いまはまだこれくらいしかできないけれど、きっと───ぼんやりと考えたその時、出し抜けに伸びてきた手が触れていない方の肩を掴んだ。

 胸の鼓動が跳ねる。全身を巡る血の温度が上がる。石像のように固まった少女に、ノアは小さく言った。

 

「……なるほど。そのやかましい口を黙らせる方法が分かった。───意外と雑魚だな、おまえ」

 

 性根の邪悪さを満面に押し出した笑み。腐り切った性格が存分に表現された顔を見上げて、立香は忸怩たる想いを抱く。

 

(……や、やられた───!!)

 

 それでも、文句を言うこともできず。

 ただ、その手の感触を受け止めるしかできなかった。

 

「いや、わしらの出番は!!?」

「いきなりどうしたんですか、大きい声出して。場面飛んだかと思われますよ」

 

 …………一方その頃、黄泉軍が駐留する太宰府の一角で、天上の高天原にも届くような声が轟く。

 その張本人は女体化、ロボ化、悪魔化等々の可能性を兼ね備えたシュレディンガーの猫ならぬシュレディンガーの織田信長だった。その隣には今も昔も婦女の心を惹き付けてやまない天才剣士、沖田総司。彼女は虚ろな目でばりぼりとせんべいを貪っていた。

 

「いやまあ、言わんとすることは分かりますよ。でも、ああいう睦み合いに割り込むのは人としてどうかと思いますよ。馬に蹴られて死んじゃいます」

「そういう問題ではないわい! これは由々しき事態なんじゃあ!!」

「前言撤回します。何言ってんだか理解できません」

 

 沖田は片腕に抱えた皿からせんべいをつまむ。流れるように口に運ぼうとしたところで、横から伸びてきた手がそれを奪い取る。

 神速の突きを誇る剣士といえど、さすがに不意を突かれてはどうにもならない。かすめ取られたせんべいは信長の口に消えていった。

 ぼりぼりと音を鳴らして噛み砕く。沖田はその様子を変質者を見るような目で睨んだ。

 

「沖田。お主、何をされたか言うてみよ」

「……アホ面晒した第六天魔王(笑)にせんべいを横取りされました」

「そう、そういうことじゃ沖田ァ!! そのせんべいはすなわち出番! そして出番とは限られた資源、尼子や毛利が争っとった石見の銀山に等しい! わしらはその骨肉の争いに負けたんじゃあ!!」

「回りくどっ!? そんなことしてるから裏切られるんですよ!」

「織田の家系は回りくどいのが特徴じゃ! 姉川の時のお市とか酷かったからネ!? あんな小豆袋送られてどうしろっつうんじゃ! まあわしは天才だから気付いたけど!!」

 

 そもそも裏切られなければ良かったのでは。沖田は口を抜け出しかけた言葉を寸前で押し留めた。裏切り云々の話では、新選組もあまり言えた口ではない。伊東甲子太郎とか。

 いつの間にか信長のペースに持ち込まれていたことに気付き、沖田は一旦深呼吸を挟む。こめかみに走る微痛は病弱のせいではないだろう。

 とりあえず、このめんどくさいうつけをどうするか。剣士の冴え渡る直感は瞬時に最善の一手を導き出した。

 

「武蔵さんと手合わせしてきます。こんなアホな会話に付き合ってられないんで」

「おまっ、それは自分で出番を捨てる行為じゃぞ!? わしらはなあ、出番がない間は死んでるのと同じなんじゃ!!」

「私たちもう死んでるじゃないですか」

「……つまり、何が言いたいかと言うとじゃな」

「話聞けよ」

 

 沖田は刀の鞘でうつけの脇腹を小突いた。信長はしばし悶絶したのち、息を浅く繰り返しながら言の葉を継ぐ。

 

「わしらはもっと出番を奪えるようなキャラになるべきじゃ。幸い主役二人はアホ面晒して機械弄ってる最中……この隙にわしらが主役の座を奪うんじゃあ!!」

「そんなに見せ場が欲しいですか!? 大体、私たち原作や漫画でメイン張って───」

「うん、そこを持ち出すのはやめよっか。いまのわしらはグレーゾーンで戦ってるから」

 

 信長は人理焼却レベルの破滅を感じ取った。額からだらだらと流れ出す汗は沖田の突きのせいではないだろう。沖田は顔に深い影を落とす信長に訊く。

 

「それで、具体的に何がしたいんですか」

「うむ。よくぞ聞いた、壬生のチワワよ。要するに、わしらも主役を奪えるキャラ付けを考えようという訳じゃ!」

「はあ、テコ入れですか。ですけど、それだとかなり高い壁があるっていうか」

 

 得心しない信長は首を傾げた。沖田は淡々と理屈を述べる。

 

「織田信長のキャラ付けなんて、もうやりつくされてるじゃないですか。主役の座を奪う前に、並み居る何人もの織田信長たちを超えないとそもそも影が薄いですよね。正直女体化くらいだったら薄味にも程が……」

「う、う、うるせー!! そんなサメ映画みたいなキャラ付けされとうないわ! 逆に訊くが、どうしたら他の織田信長に勝ったことになるんじゃ!?」

「世界線超えて殴り合うのは設定的にキツいんで、やっぱり知名度とか?」

「知名度だったら本物に勝てる気がせんのじゃが。まだまだキツいんじゃが。今更設定とか気にしとるんか」

 

 むむむ、と沖田は唸る。どうして信長が信長に勝つために信長の戦い方を考えなくてはならないのか。そんな思考は脳内からすっ飛んでいた。

 そして、彼女は手を打ち合わせる。

 

「映画ですよ! この時代、大衆の目に触れやすい形式で宣伝を行えばいいんです!」

「例えば?」

「『ダブルヘッドノッブ』とか『ノッブネード ラスト・本能寺』とか……あとは『ゾンビノッブ』も良いですね」

「結局サメ映画じゃん!! 巡り巡ってもB級じゃん!! そんなの一部の煮凝りみたいなクソ映画愛好家しか知らんじゃろ!!」

 

 変なキャラ付けをされるという意味では織田信長もサメも同じだった。巨大化して目からビームを撃つ信長も、続編の度に頭が増えるサメも大して変わりはない。

 こんな調子で二人が騒いでいると、いきなり部屋の障子が開け放たれた。

 

「話は聞かせてもらいました! 二天一流宮本武蔵、面白そうだから協力するわ!」

 

 現代もなお語り継がれる伝説の剣豪、宮本武蔵。彼女はうどんを啜りながら現れた。話を聞いていたにも関わらず妙に登場が遅いのは巌流島のオマージュだろうか。

 武蔵はうどんとつゆを全て腹に収め、お椀を脇に置いて座り込む。食欲を満たした彼女にもはや隙はなかった。

 

「いつの世も小さくて可愛いものは愛されてきたわ。かの清少納言も〝ミノムシとかめっちゃエモくね?〟と書き残しています」

「清少納言そんな口調じゃないじゃろ」

「確かに小さくて可愛いものは母性や父性を刺激するわ。我ら人間が最も庇護欲を掻き立てられる存在……それは美少年! 美少女!! 織田のお殿様もそんなキャラ付けをすべきよ!!!」

「それ武蔵さんの性癖じゃありません!?」

 

 沖田の言を受けて、武蔵はニタリと笑う。

 

「大丈夫、私的にはあなたたちも守備範囲内だから!」

「そういう話じゃないんですけど!?」

「このストライクゾーンの広さ、無敵か……!?」

「ふふふ、お困りのようですねえ」

 

 にわかに割り込んでくる声。信長たちは天井に目を向けた。天井の板が開き、覗いたのは月桂冠を被った男の顔。ダンテ・アリギエーリその人だった。

 

「私とて作家の端くれ、キャラ付けの妙味は心得ています。このダンテが信長さんを仕立てて差し上げましょう……!!」

「おお、イタリア最大の詩人と謳われるお主か! わしはイエズス会とも繋がりがあったからの、南蛮の知恵とやらを聞かせてもらおうではないか!!」

「信長さんって本当に外国かぶれだったのね?」

「新選組的には攘夷の対象ですね。私はそこまで過激じゃないですが」

 

 不穏なことを宣う壬生の狼。ダンテはそこはかとない危険を感じながら、自身の考えを告げる。

 

「人気が出る、もしくは出番を貰えるキャラ付けというのは必ずしも主人公だけではありません。私は地獄を旅する中で様々な人物と出会いましたが、最も助けられたのは我が師匠、ウェルギリウス大先生です」

 

 ローマの詩人、ウェルギリウス。その最高傑作と称される『アエネーイス』は、ラテン文学の頂点の一角に置かれ、以後のヨーロッパ文学史に多大な影響を与えた。

 地獄に迷い込んだダンテを煉獄の終点まで導いてくれるのがウェルギリウスだ。ダンテは自らの詩の根源をウェルギリウスとするほどまでに彼を尊崇している。事あるごとに師匠に助けられるダンテが描かれた『神曲』は世界で一番知られた夢小説といえるだろう。

 

「そう、信長さんは師匠ポジションになるのです! ちょうど秀吉さんという良い弟子になれそうな人もいることですし、かっこいい師匠キャラはきっと人気が出るはずです!!」

 

 ダンテは天井裏から自信満々に言い切った。

 信長らは無言で顔を見合わせ、同時に、

 

「「「…………なんか地味」」」

「えっ」

「悪くないとは思うんじゃが……」

「なんか、期待を裏切ってきませんでしたね」

「生来のまともさが出てる感じがあるわ」

 

 ダンテの表情からありとあらゆる感情が消え失せる。Eチームに変人数多しと言えども、彼は比較的まともな類なのだ。精々がヘタレなだけで、生前の地獄巡りも実直な態度を保っている。

 

「ぐっ、Eチームの地味キャラ担当はペレアスさんで十分ですのに……!!」

「ンンンンン! では、貴方も新しいキャラ付けを模索してみてはどうですかな? 見神の詩人ダンテ・アリギエーリよ!」

「───はい?」

 

 ぴしゃりとダンテが顔を出していた板が閉まる。十秒間ほど屋根裏でガタガタと振動が巻き起こると、凄まじい轟音とともに天井が崩壊した。

 木片が雨のように降り注ぐ。散乱した木片の中には赤いコートを着たダンテの姿もあった。その全身はところどころが黒く煤けている。

 白目を剥いて気絶する彼を尻目に、三人はそれぞれの得物を抜く。

 

「その胡散臭さときな臭さと臭さが悪魔合体したみたいな声は、蘆屋道満ね!」

「のこのこ私たちの陣地に入り込んでくるとかナメてます? ぶった斬って晒し首にしてあげます」

「おうおう! この剣豪コンビに狙われたくなかったら大人しく降りて来い! さもなくば乳首焼き討ちにするぞ!!」

 

 信長による恐怖の宣告。最悪の未来を想像した天井裏の声は少し震えながら、

 

「ンンソンン……それは困りますねぇ。しかしィ! マスターさえ始末すればこの軍を壊滅せしめるには事足りまする!」

「なんかソが混じってない?」

「なんと卑劣なやつじゃ! 芹沢の寝込みを襲った沖田くらい卑劣じゃのぉ!」

「芹沢と取り巻きの新見は局中法度無視するアホでしたからね。斬ったことに後悔はないです」

「恐ろしや、壬生の狼! 拙僧の乳首が比叡山と化すのを免れるためにも、ここは退散させていただきましょう!!」

 

 屋根裏からどたどたと物音が響く。未だ姿を見せぬ怪人蘆屋道満を追うため、信長たちはボロ雑巾と化したダンテを放置して部屋を後にした。

 所変わって、立香とノアがいる部屋。障子は開ききっており、白い煙が流れ出していた。白んだ空気の中には時折、オレンジ色の火花が散っている。

 蠢く二つの人影は頭部をすっぽりと覆う金属製のマスクを着用していた。その内の片方、ノアは工具を手にし、深く息を吐いた。

 

「後は仕上げだな。目ぇかっ開いて見てろ藤丸」

「……」

「……立香」

「はい! ドライアイになるくらい注視します!」

 

 室内の煙が外に逃げていく。日本家屋の魅力のひとつは風通しの良さだ。なお、障子が使われ出したのは平安時代後期頃とされている。壬申の乱直後のこの時代に存在している可能性はとても低いが、そこにツッコんではいけない。

 二人はマスクを脱ぎ、床に置かれた金床に視線を注ぐ。その上にはピンポン玉ほどの大きさの円盤が銀色に輝いていた。

 立香にはそれが何であるか即座に気がついた。伊達にノアの長ったらしい魔術講座を受講してはいない。

 

「ふふふ……天才美少女立香ちゃんには分かりますよ。ペンタクルですよね、これ」

 

 ノアは首肯する。

 

「黄金の夜明け団の流れを組む近代儀式魔術では、ペンタクルは四大元素の地属性と結び付けられた。アレイスター・クロウリーが確立したセレマ魔術ではより解釈を広げて、ペンタクルに各術師が想像する宇宙を描くことになっている。アキレウスの盾と同じだな。そもそも現代で見られるペンタクル……魔法円の元ネタのほとんどはソロモン王だ。漫画やアニメで出てくる魔法陣なんかの源流と言ってもいい。そして当然、俺が意識するのは当然ソロモン王だ。黄金の夜明け団とアレイスターの用法も中々悪くねえが、俺が唯一尊敬するソロモン王には及ばない。ソロモン王の魔法円と言えば人類誰もが知るのが六芒星と円の組み合わせだが、俺はここにシジル魔術とカバラ数秘術を混ぜ合わせる。シジル魔術は象徴を利用するから魔法円とも相性がいい。なぜ数秘術を使うのかというと─────」

「す、ストップストップ! 文字数稼ぎはもういいです! 早く作業を進めてください!!」

「ここからが良いところだろうが。俺の緻密な魔術理論を一言一句覚えろ」

「聞かせたいなら少なくともオタク特有の早口は自制してください」

 

 とめどない情報の濁流をくらい、立香の脳みそは破裂の危機を迎えていた。次々と登場した専門用語の意味は知っているが、それを咀嚼する前に情報を詰め込むという拷問に等しい時間だった。

 ただでさえ容量の低い立香の脳は立ちくらみを起こしかけ、ふらりと上に目を向ける。

 眼球に飛び込んできた光景を認識した直後、彼女は腰から床に崩れ落ちた。

 

「ギャッ……ギャアアアアアア!! り、リーダー! 上に全裸の変態がいます!!」

「んな訳ねえだろ、アホが極まりすぎて魂にまで侵食したか? よしんば妖怪だったとしても人前に出てくるはずが……」

 

 ノアは馬鹿にした笑顔で立香に目線を合わせる。

 天井の端から端まで渡された梁。仄暗い闇が覆うその場所に、見覚えがありすぎる男が全裸でしがみついていた。

 ノアがそれを呑み込むまでに数秒。そして、彼は大口を開けて叫び出す。

 

「うおわあああああ!? どうしてこんなところにいやがる、蘆屋道満!!」

「フフフ、式神を使役するは陰陽師の十八番にて! 貴方がたを潰しに来た次第でございます! そちらの有力な術師は貴方ひとり、魔術防護の薄さが仇となりましたな!!」

「つーかなんで全裸なんだよ。最近イベント出たからってハイになってんのか?」

「おやめなされ! それ以上のメタ発言はおやめなされ! 世界観が壊れてしまいまする!」

「言うのが60話は遅いですよ」

 

 何はともあれ、道満の目的は判明した。自身に模した式神によって、マスターを始末しに来たのだ。感情豊かな反応からして、本体はどこかで式神を操っているに違いない。

 立香の指摘を無視して、道満は下卑た笑みを満面に広げた。

 

「これ以上こんなアホな会話に付き合う道理はなし! 二人まとめて消えてなくなれい! 急急如律令!!」

「───『Wird』!!」

 

 呪詛と閃光が衝突する。

 空気が弾け、衝撃波が辺りを舐めるように破壊する。結果、その一角は吹きざらしになる。日本家屋の風通しの良さがさらに向上した。

 道満は砂塵に紛れ、高らかな笑い声をあげる。

 

「東洋呪術と西洋魔術───どちらが上か、いざ競いましょうぞ!!」

「誰がおまえなんかと戦うか。呪術比べなら安倍晴明とでもやってろ!」

 

 ノアの後方より銃声が鳴る。眉間目掛けて放たれた弾丸を、道満は顔を逸らして回避した。

 砲火に追随するように信長と沖田、武蔵が駆けつけてくる。

 

「わしらが来るまでよう耐えた! 分身といえどもそやつは敵じゃ、ぶっ叩くぞ!」

「ぶった斬るの間違いよ、それ!」

 

 武蔵は一足飛びに間合いを詰め、二刀を振るう。目にも留まらぬ速度、とはありふれた表現だが、彼女の斬撃は五感全てを欺く技量を秘めていた。

 陰陽師と剣士とでは戦いの土俵そのものが異なる。さしもの道満であっても、天眼が合わさった一刀を見切ることは能わない。

 肩口から両断され、道満の像が溶けるように消える。しかし、そのすぐ背後に傷ひとつない道満の姿があった。ついでに服も来ていた。

 敵の真贋を見抜けぬ武蔵ではない。故に導き出した結論はひとつ。

 

「分身から分身を作ったのか、マトリョーシカみたいなやつめ!」

「お褒めいただき恐悦至極! 返礼は我が粋を込めた呪詛で以って贈らせていただきましょう!」

「この世で一番いらない贈り物だわ! どうやって倒すの!?」

「封印だ。式神を作るには触媒が要る。だったら、その触媒すら利用できない状態に追い込めばいい」

 

 立香はまさかの本格バトル展開に巻き込まれて目を回した。

 ノアの礼装造りを見学していただけなのに、どうしてこんな状況に放り込まれなければならないのか。そう考えると、ふつふつと苛立ちが湧き上がってくる。

 『魔女の祖(アラディア)』を起動し、眼球に魔力を通して戦況を確認する。さすがは蘆屋道満と言うべきか、剣豪コンビと信長の猛攻をのらりくらりと躱していた。

 道満にコードキャストの知識はない。当てることさえできれば、必ず効果はある。ならば───思考の駒をひとつずつ進めていく最中、騒ぎを聞きつけたマシュとジャンヌが駆けつけてくる。

 

「無事ですか、先輩!」

「ま〜たあの陰陽師? 顔もそろそろ見飽きたわ」

「遅えぞおまえら。さっさと突っ込んで羽交い締めにしてこい」

「アンタが行きなさい」

 

 ジャンヌはノアの尻を蹴り飛ばす。

 ただの蹴りとはいえ、サーヴァントの筋力が相まったそれはほぼ殺人兵器である。ノアの五体はカタパルトで射出されたかのように飛び、彼の頭頂が道満の顔面に激突した。

 

「ンンソンン! よもや人間ロケットとは! しかしこの程度で拙僧を倒せると思うならば愚の骨頂!!」

「さっきからちょくちょくソ混ぜてくるのなんなんじゃこいつ?」

「私たちが止めます! 長くは保ちませんが!」

 

 道満の動きが止まる。彼の両足にはそれぞれ土方と天草がしがみついていた。ここに来るまでどんな不幸に見舞われてきたのか、普段の姿とは似ても似つかない見た目になっている。

 今の土方と天草のステータスはダンテ以下。止めていられるのは一瞬だろう。

 だが、事前に術式を立ち上げていた立香にはそれで事足りた。

 

「『shock(64)』!!」

 

 プログラム化された魔弾が飛翔する。

 それは吸い込まれるように道満の股間に着弾した。

 

「ン゙ン゙ン゙ン゙ン゙!!!!」

 

 瞬間、激痛の雷撃が全身を駆け巡る。平安の怪人はぱったりと倒れ込み、生まれたての子鹿を百倍速にしたみたいに震えた。

 

「ソソソソソ……ソソソソソ……ソソソソソソソソソ…………」

「全部ソになってるじゃないですか」

 

 悲痛な声を絞り出す道満。場の男性陣が沈痛な面持ちになる一方で、沖田は何の気なしに言った。天草は慣れた手つきで十字を切る。

 

「…………私たちが被った不幸の代償にしては、少し重すぎましたかね? 土方さん」

「…………だ、妥当だろ。これに懲りたら俺らにちょっかい掛けてくんのはやめることだな」

 

 道満は涙を蓄えた両眼で土方を睨むと、無言で消えていく。封印するまでもなく陰陽師は退散したようだった。自業自得ではあるのだが、どことない後ろめたさを残す後味の悪い結果だ。

 信長は火縄銃の銃口を下げて、ぽつりと呟く。

 

「どうやってオチ付けるんじゃこれ……」

 

 答える者は誰もいなかった。

 沖田は振り向いて、カメラ目線で言い切る。

 

「次回、新選組剣風伝第六十三話『薩長滅亡! 新選組希望の未来へレディーゴーッ!!』、絶対見てくださいネ!!」

「こいつ、次回予告を乗っ取りおった!」

「いや、次回予告とかないですけどね。私たち」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 道満の襲撃を受けた後、あの場に居合わせた人間で敷地に張り巡らされた結界を張り直す作業に当たった。とはいえ、あのような悲劇が起きれば、あの道満も反省するだろう。

 そして、日が沈み月が空に浮かび上がった。黄泉軍のサーヴァントとマスターたちは広間で一堂に会し、高千穂攻略の作戦会議を行うことになった。つまり、いつもの流れである。

 ずらりと並べられた膳の前に、各人が着く。その際、ペレアスはへばりついてくるリースと左手一本で格闘しながら、ノアに言った。

 

「どうしたお前、イメチェンか?」

 

 ペレアスの視線の先。ノアは愛用していた帽子を脱ぎ捨て、両耳に銀のピアスをつけていた。平たい銀盤には円と六芒星、そしていくつかの数字が彫り込まれている。

 

「まあな。いつまで経っても地味さが拭えないおまえと違って、俺は向上心の塊だ。イメチェンくらいするだろ」

「分かっていませんわね、ノアさん。ペレアス様はそんな地味なところも良いのです! たまにほんのり派手になるところがギャップ萌えを生み出すのです!!」

「結局オレが地味ってことになってるだろうが!!」

 

 という地味なペレアスを横目に、立体映像で投射されたロマンが話の流れを分断する。

 

「『はいはい、始めますよ! スサノオさん、お願いします!』」

 

 神だけに上座についているスサノオは力強く頷いた。

 

「うむ。残す天御柱はあと一本じゃ! 立香も元気になったことじゃし、いよいよ最後の攻勢をかけるぞ!」

「まあ、それしかないじゃろうの。誘いや罠の可能性は考慮せんのか?」

「どちらにしろ天御柱は根こそぎぶっ壊さねばならん。周囲の土地を神代に変えるとかいう物騒なモンは残しておいても争いの種になるじゃろうからな」

 

 天御柱は徐々に周辺の土地を侵食し、神代の環境に作り変える。すなわちそれは時代を固定するということだ。たとえこのまま特異点の修復が成ったとしても、九州だけが神代に取り残されることも有り得る。

 故に、天御柱を無視することはできないのだ。

 そこで、清姫はそそくさと手を挙げた。

 

「天御柱を根こそぎ伐採したとしても、聖杯を取らぬ限り特異点は修復されないのでしょう? その聖杯はどこにあるのです?」

 

 その疑問に答えたのはロマン。手元の資料をめくりながら、

 

「『こちらも九州に上陸してから探査が済んだのですが、聖杯の反応は高千穂峰直上の遥か上空に認められました。その高度は約500km……外気圏です』」

「むう、外気圏とは何だ。吾は分かるが、他の者にも伝わるように説明しろ」

「『地球の大気層の一番外側ですね。これを超えると宇宙空間になります。息ができなくて死んじゃう……前に熱圏で燃え尽きますね』」

「地球こわい」

 

 茨木童子はガタガタと恐怖を露わにした。

 国際宇宙ステーションの高度は400km圏内であるが、外気圏はそれよりも高い位置になる。高天原は天上の世界とされるが、外気圏ともなるとそれに違わぬ高度だ。

 すっかり復活したダンテはつんのめるようにして言った。

 

「天国に行ったことはありますが、高天原がそんな物理的な高さとは思いませんでしたねえ。マシュさんが焼き茄子になってしまいますよ」

「ダンテさん?」

「『おそらく、日本の神代においては高天原は外気圏に実在したんでしょう。それが神代の終わりとともに世界の裏側に消え、別次元に移動したと考えられます。問題は、どうやって行くかなんだけど……』」

「……ドクター、そんなことは簡単です」

 

 マシュは味噌汁を飲み下して、悪い笑顔で言い切った。穢れ切った彼女の姿を目の当たりにして、ロマンは何度目になるか分からぬ心の涙を流す。

 悪い笑顔の反面、そこには揺るがぬ確信と自信に満ちている。

 

「『Re︰ジャンヌロケット』ということで、ジャンヌさんの火炎放射で高天原まで一直線に飛んでいけば万事解決です」

「おい」

「私も見てみたいなあ、ジャンヌのロケット飛行。名無しの女王に監禁されてたり、心臓撃たれたりで忙しくて見れなかったから」

「命の危機を忙しいで片付けないでくれます!?」

 

 それを聞いて、ロマンは軽快に笑った。

 

「『立香ちゃんの治療中、ずっと手を組んで祈ってたからね! なんだかんだでみんなのことが大好───』」

「アンタは帰ったら焼くわ」

「『なんで!?』」

 

 ロマンの顔が青くなる。ただでさえ青い立体映像だというのに。

 以上のやり取りを受けて、スサノオは口元を痙攣させながら言った。

 

「聖杯の回収については儂に任せい。三本目の天御柱の魔力を吸収したら、ほんの少しは本気が出せるからの。ちょちょっと行って取って来てやるわ」

 

 今や稚児の姿になっているスサノオだが、一本目二本目の天御柱の魔力を吸ったことで、初対面とは比べ物にならない神気が満ちている。

 前回の戦いでは、天御柱一本分の力だけでツヌグイの防御を打ち破り、とどめを刺してみせた。単純な強さで言うのなら、この場の全員を束ねたとしても勝ち目はないだろう。

 信長は鼻を鳴らして、不機嫌そうに応える。

 

「ふん、むしろ神なのだからそれくらいやってもらわねば困るわい。全員蹴散らしてくれれば楽なんじゃがな」

「そりゃ無理という話よ。姉ちゃんとやり合う前に力の無駄使いはできん。姉ちゃんは高天原の象徴じゃ、絶対に立ちはだかってくるじゃろう。じゃが、う〜ん……」

 

 スサノオは顎に手を当てて考え込む。豪放磊落を地で行く神がここまで思い悩むのは尋常なことではない。

 土方は鋭い目つきで提案する。

 

「アホがひとりで悩んでも大した結論は出ねえぞ。もったいぶってねえで言いやがれ」

「お、おう。……やっぱり姉ちゃんが敵とは思えないんじゃよな。いざとなったら武力を使う冷酷さはあるが、人草を殺す残酷さはないのが姉ちゃんの良いところでもあるし」

 

 ───スサノオ曰く。

 太陽の女神とオオクニヌシの間で行われた国譲り。地上の人々の合意無しに、神々だけで支配者を決めるという仕業は蛮行であるが、その反面、評価すべき点もある。

 それは神々だけが争ったこと。たとえ武力を用いていようが、地上の人々は誰ひとりとして死ぬことがなかった。天津神の相手はあくまで国津神であって、人を虐げはしなかった。

 太陽の女神はそうして、自らの光を出雲に届かせた。高天原の法下にあらぬ化外の地を、天の色に染め変えることに成功したのだ。

 それこそは、この国において初めて行われた化外の者との闘争。生き場の奪い合い。もし、国譲りの戦いが異なる結果に転んでいれば、後の世は大きく形を変えただろう。

 そこまで聞いて、ノアはスサノオを笑い飛ばす。

 

「おまえの長ったらしい話は聞き飽きた。その上で答えを教えてやる。───おまえが正しい」

「嘘つかないでくださいリーダー」

「アンタみたいなアホに分かるわけないでしょ」

「それが天才と凡人の差だ。真の天才ってのはいつの時代も迫害されんだよ。その後で大衆は自身を愚者と認めざるを得なくなるがな」

「お前のやっつけ天才論はどうでもいいからさっさと根拠を言え」

 

 ペレアスに肩を小突かれ、ノアは得意げに喋り出す。

 

「アメノワカヒコは最期に〝あの太陽が偽りの神であるならば〟なんて『誓約』をして矢を射ってた。この国で太陽といったらスサノオの姉だろ」

「それが偽りの神ということは……ですか。誰かが成り代わっているのですかねえ」

「神に成り代われるやつなんてどこにいるんだ? 多神教の神様ならそういうことも有り得るのか?」

「神仏習合なんて言いますし、あり得なくはないと思いますわ」

 

 リースはぽっと頬を赤らめて、

 

「まあ、ペレアス様の代わりなんていませんがっ!!」

「……あー、オレもだよ」

「…………ペレアス様。私、なんだか体が火照って───」

「留まることを知らねえのか!!?」

フォウフォウフォフォウ(マジでこの精霊出禁にしろ)

 

 ノアはペレアスと湖の乙女を腕で弾き飛ばし、会話の主導権を取り戻す。

 

「それに、アメノワカヒコがした『誓約(うけひ)』には〝俺が愚か者であるならば〟なんてのもあった。これは明らかに矛盾だ」

「どうしてです?」

「占いは自明ならぬことや、自分ではどうにもならぬことを知るためのものだからのう。自分が愚者であるかどうかなぞ、判定する基準も曖昧じゃろ。タカミムスヒも困るじゃろうな」

「そこのニート神の言う通りだ。こんな『誓約(うけひ)』が成立するはずがない。アメノワカヒコがやったことは俺が〝俺が天才であるならば〟なんてことと同じだからな」

 

 それだけは天地がひっくり返ってもない。ノア以外の全員が心の中でツッコんだ。

 死んだ目で膳の料理を貪っていた茨木童子は、ダンテの膳から甘味だけを奪い取りつつ、眠たげな声で言った。

 

「んで、結論は何なのだ。長々と喋りおって、危うく吾の頭が破裂するところであったわ」

「確かにそうですねえ。問題点はなぜアメノワカヒコさんの『誓約(うけひ)』が成立したのか。どうなんです? ノアさん」

「…………立香、ここまで言えば十分だな? 俺の代わりに答えろ」

「いや全然分からないんですけど!? リーダーだって絶対分かってないですよね!?」

 

 収集がつかない事態に発展することを危惧したロマンは自分でも驚くくらいの大声で、

 

「『そ、それじゃあスサノオさん! この場をまとめてください!!』」

「どんと任せい魔術師殿! 兎に角にも高千穂攻略作戦の概要はこうじゃ───儂以外の全員で天御柱を破壊し、後は儂がどうにかする! 以上!!」

「雑すぎるだろうが!!」

「織田家ならクビじゃぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霧島連峰、高千穂。

 その地はかつて太陽の継嗣が降り立った聖地。神話においては、この場所より日の本の歴史は始まった。東征軍の本拠として高千穂より適した場所は存在しないだろう。

 連なる山々を照らすが如く、銀色の月が夜空に輝く。煌々と照る銀盤は冷たい光をたたえ、虚空の中央に鎮座する。太陽の対となる天体はまさしく、天元の花であった。

 それを撫でるように、白刃が踊る。

 斬る。それのみに特化した白き刃金。その刃は月に届かんとするかのように長く、淡く光り輝いていた。

 その一刀を手繰るはひとりの剣士。月明かりに濡れる彼のかんばせはどこまでも白く、月に色付けられていく。

 その剣舞に終わりはない。

 漆黒の天に浮かぶ月を斬るまで止まらない。

 斬ることのみが存在意義。

 断つことだけがこの名を与えられた意味。

 佐々木小次郎。宮本武蔵との決闘で命を落とした剣士。名も無き剣の徒はその名だけを与えられ、この世界に喚ばれたのである。

 故に、その剣が表すは巌流でなく我流。なれど、自らの全てを注ぎ込んだ剣技は巌流に劣りはしない。

 なぜなら、彼の存在をあらしめるのはその剣だ。名前そのものに意味はない。剣の技量故に巌流を背負うことを命じられたのならば、彼の剣は巌流に届くはずだ。

 宿敵の名を持つ女の顔を脳裏に思い描く。

 二天一流、宮本武蔵。彼女こそが、己が剣を高みへと導く壁だ。

 燕を斬ることで魔剣を編み出したように。

 武蔵を斬ったのならば、この剣は何処へ辿り着く─────?

 

「……ふっ」

 

 沈黙する月に新たな燕を投影し、名も無き彼は、ただ微笑んだ。

 そして、一方。

 同じ月を眺める者がいた。

 白き外套が風に揺れる。

 朱色の酒器に注がれた神酒を傾け、遥かなる天を望む。

 荒ぶる神、スサノオ。風を纏う戦神は空の座に胡座をかき、眼光を研ぎ澄ます。

 ───戦い、勝つ。それにしか道はない。

 彼の遠い子孫、オオクニヌシが告げたことがある。

 

〝貴方は『戦う者』だ。だからこそ、こんな冥界に引き篭もっている〟

 

 オオクニヌシはこの国を率いるに足る三柱の神をそれぞれの属性に分類した。

 太陽の女神は『統治する者』。

 スサノオは『戦う者』。

 そして、オオクニヌシは『産み育てる者』、と。

 もし、スサノオが頂点に立てば平和な国にはならない。戦い、勝つという理は他者を虐げることと同義。少数の上に立つ者だけが莫大な幸福を甘受し、多数が負債を追わねばならない。

 無論、スサノオはそれでも勝ち続けるだろう。こと戦に関して、彼の右に出る神は高天原にも葦原中津国にも存在しない。他者から全てを吸い付くし、新たな標的を求めてその国は膨れ上がっていく。

 そんな仕組みに未来はない。

 八千代の先にまで続く国は造れない。

 だからこそ、スサノオは身を引いた。尊敬すべき兄のように。

 

「ツクヨミ兄ちゃん。アンタはいま、何を想う?」

 

 一日の半分を支配する月。その化身たるツクヨミは語られる伝承も少なく、記紀に登場する回数も数えるほどしかない。

 それは、太陽の女神に己が権勢を譲ったからだ。

 輝く太陽の位地を脅かさぬように、自らの夜の食国に身を隠した。

 それが正しいかどうかは神にさえも分からないけれど。

 いま、この時だけは隠れる訳にはいかない。

 戦って、勝たねば人の世は終わる。

 魔術王が宣う完全な世界が開かれる。

 完全───それは素晴らしいことに違いないが、真に完全完璧を謳うならば、他者を虐げて成り立つことさえも克服してみせるのがスサノオの道理であった。

 だが、そんなことは神でも不可能だ。

 人の先達たる神であっても完全には程遠いのだから。

 例えばそう、あの大化生を相手取った時。

 八岐大蛇。この国に現れた最強の怪物。

 八つの頭、八つの尾、八つの谷を渡る巨体を有するその魔物を評するならば、星の怒り。

 自身の体に巣食い、穢す、全ての生物に対する地球の憤怒こそが八岐大蛇。神すらも喰らう龍と荒ぶる神が衝突したのなら、その勝敗に関わらず葦原中津国は人の住めぬ土地になっていただろう。

 だから、八塩折の酒を用いて謀殺した。

 この地上を壊してしまわぬように。

 それでもやはり、完全ではなかった。相容れぬから殺すという理屈を振るっただけで、最善の結末には遠かった。

 

「見ていろ。オレはこの愚かしさで、人の世を未来に繋ぐ」

 

 酒器に波打つ酒を飲み干し、愛刀を月に掲げる。

 それは誓い。

 どこかで見ている兄に。

 かつて斃した大いなる竜に。

 いつか逢うための人類に。

 必ず勝ってみせるという、神の誓約であった。

 ───今度こそ、最高で最善で完全で完璧な結末を見るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いよいよ天王山。世界の趨勢はこの一戦に託された…………フッ。くだらぬこと」

 

 濃密な闇に包まれた山中。

 淡く光る天御柱を見上げ、男は笑う。

 ぎちりと吊り上がる唇。鋭さを増す瞳。微笑みの裏に粘ついた憎悪と戦意を隠し、術師はただ宣言した。

 

「かの神と神器を手中に収め───儂はお前を超えるぞ、晴明!!」

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