自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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第63話 天孫降臨

 ───物質界の上位世界、永遠の領域(プレーローマ)

 神性に満たされ、無窮の光が無上無辺に輝く次元。魔術王による人理焼却が完遂した直後、知恵の女神は陰陽師に向けて語った。

 

〝……さて。反魂法は体に馴染んだようだな〟

 

 魂を現世へと呼び戻す秘術、反魂法。

 サーヴァントとは英霊の写し身だ。全てのサーヴァントが何らかのクラスに当てはめられ、要素を切り取られている。故にその能力は生前のそれとは大きく異なる。

 しかし、蘆屋道満は魔法にも匹敵する魔術を与えられ、魂の扱いにおいては生前の能力を超えた。

 式神に自分自身を転写する生活続命の法も術式そのものの封印には耐えられず、また、霊魂が現世から離れれば舞い戻る手立てはない。

 比して反魂法とは、魂が現世に戻るための術だ。物質界でしか活用できぬ生活続命の法とは天地に等しい差が存在する。

 他人の魂を呼び戻すのは二度が限度だが、己のそれとなれば話は別だ。そもそもサーヴァントとは英霊の座から物質界に転写された存在。召喚という過程で物質界への移動は承認されている。後は現世で用意した式神に自らを宿すことで何度でも蘇れるのだ。

 

〝貴女に感謝を。知恵の女神ソフィア〟

 

 ソフィア、と呼ばれた女は微かに口元を吊り上げる。その瞳は陰陽師の姿ではなく、その向こう側にあるモノを捉えているかのようだった。

 

〝不死身などというろくでもない存在になった気分はどうだ?〟

〝はて、これは異なことを仰る。貴女によれば拙僧はろくでなし……それが今更上塗りされただけのこと。感慨も後悔もありませぬ〟

〝そうか。ところでお前、ドラゴ○ボールは読んだことがあるか。シャーマ○キングでもいいぞ〟

〝……………………ン??〟

 

 道満は思わず首を傾げる。

 平安時代に漫画があったら歴史上の大発見だ。朝廷の公文書から密教の秘伝書まで、必要とあらば数多くの書物を読み漁ってきたとはいえ、そんなものを目にした経験があるはずがない。

 ソフィアは怪人とまで謳われた男の混乱を眺め、くつりと喉を鳴らした。

 

〝ふ、冗談だよ。しかし、お前にとってはそれでは済まされない〟

 

 相手の反応を待たずに、二の句を継ぐ。

 

〝死の淵に立つ、生き返ることで強くなる。魔術的にその考えは正しい。死んだ魂は根源の渦へと還る……それはつまり、この世の全てと一体化するに等しい。その体験を持ち帰ることができれば、物質界においては隔絶した力を手に入れられるだろう〟

 

 魂は根源へと還る。万物万象が記録された座に至り、根源に存在する知識を覚えたまま現実に帰ることができたのなら、その者は誰にも負けぬ力を身につけるはずだ。

 それを生きながらにして実現してしまうのが根源接続者───道満は眼前に佇む女を見据えて言う。

 

〝では、反魂法を用いて蘇る度に強くなる。そういうことですかな?〟

〝魂が根源での経験を覚えていれば、な。そんなことができた人間は人類史上でもたったの数人だよ。そもそも、お前〟

 

 鋭く、重厚な刃を突き刺すように。

 知恵の女神は言い放つ。

 

〝───()()()()()()()()()()()()、などと思ってはいないか〟

 

 道満は顔面に貼り付けた笑みを崩し、

 

〝…………さ、さっきと発言が真逆ですが〟

〝それとこれとは別だ。私はこう問うているのだ。死に、生き返る際に失われるモノはないのか、とな〟

〝人間性や魔力、というつまらぬ答えではないでしょうな?〟

〝いいや、もっとつまらぬ答えだよ。生き返りを実現すれば死を失う。誰もが迎える真っ当な結末を喪失せしめた者が辿る運命は多くの神話が語る通りだ〟

 

 ギリシャ神話の医神アスクレピオスは、アテナより授かったメドゥーサの血を用いて死者を蘇生する霊薬を造った。しかし、その力を恐れたゼウスの雷霆によってアスクレピオスは命を落とすのである。

 生き返りを実現した者ならずとも、生き返りを望んだ者でさえその結末は望みを達成できずに終わる。───たったひとりを除いて。

 

〝世の理を侵したろくでなしに、ろくな未来が与えられると思うなよ。お前は茨の王冠を被った男ではないのだから〟

 

 道満は暫時考え込み、悪辣さを見せつけるように破顔した。

 

〝それがどうしたと言うのだ、知恵の女神よ! 運命や未来などという曖昧な言葉でこの身を戒めることは能わぬ!!〟

 

 石像の如く無機質な表情で啖呵を受け止めるソフィア。その裏に秘めた情動の色は同情と哀憐。道満は女の目前に自らの眼光を突きつける。

 

〝無尽の闇に包まれた未来とて、貴女の眼は白日の下の如く見渡せるはず。我が運命の末路を教えよ、それを打ち砕いてみせようぞ……!!〟

 

 ソフィアはくすりと笑い、

 

〝───未来を見るのは、もうやめたんだ〟

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霧島連山、高千穂峰。

 東征軍の武威の象徴たる天御柱が突き立つ霊峰はいま、分厚い雷雲を戴いていた。バケツをひっくり返したみたいな豪雨の最中、時折響く雷鳴が雨音をかき消す。

 地に降る轟雷はまさしく天の怒り。

 猛る雷光が荒れ狂うその場所はもはや余人が立ち入ることを許さぬ戦場であった。

 山の頂上には三体のサーヴァント。

 今までの戦いで仲間を討たれ、数で圧倒的に劣るはずの彼らはそれでも焦りの色を滲ませることはない。

 源頼光、佐々木小次郎、藤原秀郷。この状況でも勝利を確信しているのか、はたまた敗北を受け入れているのか、真実を読み取ることはできなかった。

 この国に打ち込まれた楔の最後の一本。遥か上空の高天原に坐す聖杯を掴むための最終戦。日の本の歴史が始まった土地を前に、Eチーム含め黄泉軍は戦意を漲らせていた────!!

 

「……いや、既に萎えてきたわ」

 

 ということもなく。

 眠たげな目をしたジャンヌは呟いた。地面に旗を突き刺し、体重を預ける彼女からはめらめらと炎が立ち昇っている。雨粒が赤い火に触れたそばから蒸発し、辺りに水蒸気を撒き散らしていた。

 そんな人間加湿器とは対照的に、湖の乙女リースは普段の三割増しで存在感を発揮していた。水の精霊にとっては災害級の豪雨も恵みの雨と同義なのだ。

 

「私は雨のおかげで元気百倍ですわ! 精霊なので!」

「アンタはそうでも私は違うのよ。地面もぬかるんで泥だらけですし」

「分かりますよジャンヌさん。地獄ではステュクスの沼という場所で罪人たちが殺し合っていたのですが、それからというもの私は泥を見るとあの時の光景が…………」

「そこまで実感のこもった同情は求めてないんですけど!?」

「ダンテさんの地獄トラウマ集多すぎません?」

 

 立香はジャンヌから漂ってくる蒸気を払い除けながら言った。彼女自身、地獄には行ったことがないので一歩引いた目線にならざるを得ないのだが。

 しかし、天草は腕を組んでこくこくと頷いていた。

 

「主の小羊のひとりとして、貴方の旅路には尊敬を覚えます。私は原城に籠城した時の兵糧攻めが地獄でした」

「光秀もサルもやっとったが兵糧攻めは酷いからのう。え、わし? わしは金ヶ崎じゃな! 松永の交渉がなかったら死んどったわ!」

「私は新免無二のクソ親父に辻立ちやらされてた時かしら。あと関ヶ原もやばかったわね」

「北の異民族との戦いは大体地獄だったな。領地の外側なら王様がエクスカリバーぶっぱするだけで終わることもあるんだが、内側に入られると直接殴り合うしかねえ」

フォフォフォウ(なにこの地獄トーク)?」

「全くだ。戦場なんざどこもかしこも地獄だろうが、くだらねえ」

 

 土方は苛立たしげに刀の鞘と鍔を打ち鳴らした。フォウくんの言語を理解している理由は不明である。

 

「うむ! お主の言う通りじゃ土方ァ!!」

 

 彼の言に同意したのはスサノオ。自らの愛刀である天羽々斬を肩に担ぎ、空中に飛び上がる。ただそれだけの動作で陽光を遮る黒雲は渦を巻いて捻じれた。

 吹き付ける風雨と墜落する電光がさらに勢いを増し、しかしてそれら全てを振り払うかのような大声が発せられる。

 

「確かに、この浮世には地獄が蔓延っておる! じゃが前を見よ、残る敵は三人! つまり儂らの勝ち確状態じゃ! たとえ雨が降り風が吹き雷が落ちたとしても───此度の地獄はお前たちが経験してきたそれよりは遥かに生温いぞ!!」

 

 スサノオは呵呵と笑い声をあげる。その声に応じるかのように一帯を包む嵐が逆巻き、大地が微動する。彼が秘めたる神力はその一挙一動でさえもが自然に影響を与えていた。

 鳴動する大気はそれそのものがスサノオの意思を伝達する声となる。神は高みより人間を見下ろし、抱くように両腕を広げる。

 

「誰ぞ儂に続いて檄を飛ばす者はおらぬか!? 今なら何を言っても無礼講じゃ! こんな独壇場は中々ないぞ!!」

 

 その求めに真っ先に応じたのはマシュだった。

 

「はい! このマシュ・キリエライト、大将軍級の鼓舞をしてみせる自信があります! 私に任せてください!」

「良いぞなすび娘! お主に任す!」

「は? そこは吾では? 吾総大将なのだが?」

「総大将は一番後ろでドンと構えているものですよ、茨木童子さん」

「なるほど、さすがは清姫! 人語を話せる系バーサーカーなだけはあるな!」

 

 アホで助かった、と清姫は心の中で安堵した。そんなやり取りをスルーしたマシュはスサノオの後押しを受け、数歩前に進み出る。

 盾を携え、誰よりも前に立つその背にかつての不安定な面影はない。それはギャラハッドの力を宿すに足る姿だった。

 ロマンはそそくさとハンカチを目元にあてがいながら、

 

「『おお、あの控え目な女の子だったマシュが今やこんなに……!!』」

「あいつが控え目だった時なんて一度もねえだろ」

「『何を言ってるんだノアくん!? 昔に遡れば多分あるよ! 具体的には60話くら───』」

「ドクターにそういうボケをされると、私たちの立つ瀬がなくなるのでやめてください」

 

 立香は通信機を操作し、禁断の領域に触れかけたロマンの言葉を無理やり遮った。

 その数秒後、マシュはたっぷりと間を取って喋り出す。

 

「ドクターが言ったように、マシュ・キリエライトは控え目で純粋可憐かつ薄幸の美少女です。当然知っていたとは思いますが。そんなわたしには皆さんを守るという唯一無二の役割がありまして」

「一言一句間違ってんぞピンクなすび」

「寝言を言いたいなら私が気絶させてあげるわよ?」

「…………このように、アホリーダーと放火魔女も守らなくてはならないのが辛いところですが、今のわたしはたくさんの戦う理由に満ちています。その中のひとつを紹介しましょう」

 

 降りしきる雨の中、彼女の声は不思議とよく通った。

 自然と場の視線が黒き鎧を纏う少女に集められる。それを一身に背負い、マシュは淡々と言の葉を紡いでいく。

 

「これはリーダーや先輩に振り回されるようになって、しばらくしてから思い出したことです。わたしは昔、ベリルさんという人に指をへし折られました。最近、そのことでよくもやもやしていたのですが……」

「いきなり重すぎない!?」

「大丈夫です、先輩。その場はドクターがベリルさんに鉄拳制裁を行って丸く収まりましたから」

「拳を持ち出した時点で丸く収まってませんがねえ」

 

 ダンテはマシュに聞こえるか聞こえないか程度の声量で独りごちた。デミサーヴァントの聴覚はそんな小言もしっかり捉えていたが、あえて無視する。

 マシュは盾を構え、上体をやや前のめりにして柔らかくなった地面を踏みしめる。今にも走り出しそうな体勢だった。

 

「とにかく、このもやもやはいきなり指を折られたことに対する怒りであると気付きました! ハンムラビ法典には〝目には目を〟とありますが、わたしの場合は指には指───人理修復を果たした暁にはあの人の指をへし折ってみせます! それが私が戦う理由のひとつです!! さあ行きますよ、突撃ィィィ!!!」

「アホかァーッ!!」

 

 その左足が泥を蹴ろうとしたその時、ジャンヌの旗の穂先がマシュの脳天に振り落とされた。彼女の体は顔面から地面を滑り、岸に打ち上げられた魚みたいに痙攣する。

 開戦前にほぼ死に体と化したマシュに追い打ちをかけるように、ジャンヌは肩を怒らせて怒号を飛ばす。

 

「そんな話で士気が上がる訳ないでしょうが!!? もっとマシな理由を持ってきなさいよ!!」

「は……走り出すその理由がたとえどんなにくだらなくても……」

「くだらなすぎるわっ!!」

 

 立香は自らの契約サーヴァントたちによるコントを眺めて、

 

「いつにも増してジャンヌのツッコミが走ってますね、リーダー」

「正反対だからこそ高め合う時もある。メドローア然り悟空とベジータ然りな」

「高め合ってるというより殺し合ってるようにしか見えないんですけど」

 

 そうしていると、土方と武蔵が撃沈したマシュの横を通り抜けて突撃する。既にその手には刀が握られており、殺気を波立たせていた。

 

「これ以上お前らのおふざけに付き合ってられるか! 四の五の言わずに突っ込めェ!! 遅れたやつは沖田が後ろから刺すぞ!!」

「ヒィィィィィ!!」

 

 瞬間、脱兎の如く駆け出したのはダンテ・アリギエーリだった。敏捷Eランクといえど、地獄を生き延びた逃げ足は伊達ではない。仮に逃げ足のスキルがあるとしたら、ダンテのそれはBランクに匹敵するだろう。

 しかし、その能力を以ってしても単純な走力の差は如何ともし難い。誰よりも早く走り出した彼の横には数秒後既にノアたちが並んでいた。

 陸上選手の動き出しが古代より洗練されているとしても、アキレウスより速くゴールテープを切るのは不可能だ。ダンテはその逆。徐々に遅れ始めた背中を沖田が人差し指がちょいちょいと突く。

 

「ほらほら、もっと死ぬ気で走らないと沖田さんの三段突きが炸裂しますよ?」

「イヤアアアアア!! ペレアスさん、私をおぶってください!」

「仕方ね」

「ペレアス様の背中は私専用ですわ。他の人にしてくださいまし」

「いまペレアスさんが何か言いかけてたのですが!?」

 

 いよいよ沖田の必殺技が炸裂しそうになる直前、茨木童子の腕がダンテを尻から抱え上げる。

 幼女鬼の肩にすっぽりと収まる形になったダンテ。成人男性ひとり分の重量を持ち上げてもなお、その速度は落ちるどころか伸び始めていた。鬼の膂力の賜物だ。

 ダンテは沖田の三段突きを免れてほっと息をつく。その安堵の様子は十字を切りかねない勢いだった。

 

「ありがとうございます茨木さん! 助かりました!」

「おう、弱い者は喰らうのが鬼の美学だが吾は総大将だからな! 慈悲の心で助けてやろうではないか!」

「絵面は情けないことになってますけどね」

「逆戸愚呂兄弟みたいになってんぞ」

 

 山間を駆け抜ける一行。スサノオは上空からその進撃を睥睨していた。緩やかに持ち上がる頬の上には冷たい光を湛える瞳が輝いている。

 ひとつの表情に混在するふたつの感情。荒御魂と和御魂を擁する神が故の二面性。なれど、黄泉軍の進行を見下ろす者はスサノオただ一柱だけではなかった。

 三人の東征軍。彼らの内のひとり、長大な刀を担いだ剣士はそれを抜き放つと、山肌を一直線に駆け降りる。

 単騎による特攻。強大な武力を有するサーヴァントのそれは捨鉢でもなく、殉死を望んだ突撃でもない。

 ましてや、その身に宿りしは刀剣の神・経津主。

 最上段から振り落とされる一刀。常ならぬ刃長の物干し竿をしても、敵との距離を埋めるには頼りなかったが─────

 

「『降神・経津主』」

 

 ────その斬撃は、天をも裂いた。

 空を覆う黒き天蓋に、大地に連なる山々に、等しく一条の轍が刻まれる。

 天御柱へと迫る黄泉軍、上空のスサノオをも両断せしめる剣閃。スサノオは咄嗟に天羽々斬によってそれを防いでいた。電撃のような衝撃が走る剣を手で押さえつけ、スサノオは顔面を引きつらせた。

 

「フツヌシの権能を人間が振るうとか、つくづくイカれた剣技じゃのう! 普通にビビるわ!」

 

 例えば、この世界が一枚の紙に描かれたモノだとして。

 フツヌシの斬撃はカッターで紙そのものを切り取るような力だ。対象の硬度は関係ない。通常の手段では対抗することすらできないだろう。

 並び立つことが叶うのは、フツヌシの権能を上回るか、それに対抗する概念のみ。そして、それを成せたのはスサノオの剣と、

 

「『いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)』……ッ!!」

 

 絢爛なるキャメロットの正門、ただふたつ。

 乱れる雨足に紛れる足音。武蔵は一層強く剣柄を握り固め、誰よりも前に躍り出る。

 暗き虚空に閃く白刃。武蔵は己が二刀をもってそれを弾き返す。

 宮本武蔵の魔眼、天眼が林間の闇を睨む。最初に瞬く雷光を照り返す刃が、次にその全身が暗澹に浮かび上がる。

 佐々木小次郎。その出現を認め、武蔵は視線を固定したまま告げた。

 

「この男とは私がサシでやるわ! みんなは先に行って!」

 

 場に張り詰める緊張感。

 その裏側にはいくつかの疑念。

 攻めの手を遅らせる理由はこちらにはない。相手が単騎ならば、総員で当たれば負けることはありえない。加えて、前回の戦いでは沖田と彼女の二人をしても、相手を仕留めるには至らなかった。

 これは理屈で考えれば跳ね除けるべき申し出だ。

 しかし、宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘を知らぬ者はいない。たとえ偽りの名前を背負わされた者と、異世界の剣士という歪さはあれど───無論、ノアたちには知る由もないことだが───そこに意味を見出さぬ訳にはいかなかった。

 ノアは雨で濡れた前髪を掻きあげる。

 

「最低条件は相討ちだ。絶対にそいつを俺たちの元に来させるな」

「ふ、完全無欠の大勝利を挙げちゃっても良いんでしょう?」

「死亡フラグ乙、と言いたいところじゃが。まあ悪くはないのう。少ない戦力での相手の足止めは戦の理想じゃ。安心して散るとよい」

「ちょっと! なんで死ぬ前提!?」

 

 と言いつつも、彼女は一秒たりとも敵から視線を外してはいなかった。

 黄泉軍の敵たる佐々木小次郎に動く気配はない。彼もまた、運命の名を持つ相手との死合を望んでいる。

 Eチームが彼らの横を通り抜ける去り際、

 

「そうだ、Eチームのみんなに伝言! 〝コフィンの中に凍結されているマスターたちの状態を調べ直すといい〟───ホームズはそう言ってたわ!」

 

 立香は振り返り、手を振りながら声を張り上げた。

 

「武蔵さん、死なないでくださいね!」

「ええ、もちろんよ! みんな、また会いましょう!」

「はい、約束です!」

 

 そうして、脇目も振らずに山を駆け上がる。ノアは通信機の向こう側にいるロマンへ語りかけた。

 

「……聞いたな、ロマン」

「『ああ、コフィンの状態は定期的に見ているはずだけど……ムニエルくん、もうすぐ休憩なのに悪いが今から頼んだ!』」

「『特別手当とか出ますよね!?』」

「『それは人理修復後に申請してくれ!!』」

「『俺の休み時間がァァァァ!!!』」

 

 通信機を介してムニエルの悲痛な叫び声が山中に響く。

 その音が遠ざかり、聞こえなくなった頃に二人の剣士は下げていた構えを平時のそれに戻した。

 もはやこの死合を妨げるものは存在しない。

 佐々木は背に担いでいた鞘を地面に打ち捨てる。

 

「……小次郎敗れたり! とでも言えばいいのかしら」

「鞘を擲つは合戦の作法であろう? なればこそ、私はそれに則ったまでのこと」

「なるほど、その心意気嫌いじゃありません! 神様の力でも何でも使ってかかってきなさい!」

「お前との立ち合いでアレは使わぬよ。純粋に、己が剣技のみで死合おうではないか」

 

 遠雷が轟く。

 降る雨の粒ひとつひとつが捉えられるまでに感覚が研ぎ澄まされる。

 まるで時が遅滞したかのような境地に足を踏み入れた瞬間、両者はどちらともなく動き出した。

 交わる剣閃。

 暗色に染まった世界を照らすのは無数に織り成される剣戟の火花。留まることなく加速する剣は一層絢爛に斬撃の花を咲き誇らせていく。

 鍛え上げた剣技に淀みはなく。

 互いが互いのみを敵として認識するこの殺し合いに、嘘も情もありはしない。

 けれども、両者の目的は異なっていた。

 宮本武蔵にとって眼前の男は自らの技を高みへと押し上げる土台であり。

 佐々木小次郎にとって眼前の女は自らの技が高みに届くことを証明する試し物。

 なのだとすれば、彼らの剣に嘘や情が介在しないのは当然の帰結であった。

 土台を踏みしめる。

 巻藁を斬り捨てる。

 そこに余計なモノが立ち入る隙はない。

 どこまでも強欲に、傲慢に、相手を我が剣技の糧とする。

 それだけが、両者の共通点だった。

 夜天の銀盤の端の如く、佐々木の剣が弧を描く。二刀の刃を重ねて受け止め、小太刀でもって絡め取ろうとするも、相手の剣身はするりと拘束を抜け出す。

 返しの太刀を打ち込むこと数度。突き、薙ぎ、払い、全てが物干し竿の表面を滑り逸らされる。

 まるで雲や霞を斬ったかのような手応え。超常の剣技をまざまざと見せつけられながらも、武蔵の顔色は何ひとつ変わらなかった。

 斬る。その他に考えるべきことなどないのだから。

 

(そのためならば、何も要らない)

 

 武蔵が斬り捨てるのは佐々木のみならず己自身。

 剣を振るう度に、心が削がれていく。

 刃を合わせる度に、心が打ち直されていく。

 個我の希薄化。物言わぬ木石のように、存在を一本の剣へと洗練する。

 この道こそが、佐々木を斬る───空位に到達する唯一の方法であると武蔵は確信していた。

 限りなく自我を希釈した先にあるのは自然との一体化。草や木、土と同じ精神に至ることができたならば、人の域に留まる剣は自然、世界そのものとなる。

 畢竟、世界と同化した剣に斬れぬモノなど何処にあろう。

 実現したソレは物質を構成する原子をも容易く断ち、宇宙の彼方に浮かぶ星すらもこの地より割ってみせるはずだ。

 一合ごとに鋭さを増していく剣戟の嵐。佐々木は飄々とそれらを払いつつ、小さく呟いていた。

 

「───こうか。否、違う。ならば」

 

 ああでもない、こうでもないと自問自答を繰り広げ、導き出した答えを検算するかのように剣を繰る。

 それは迷妄に取り憑かれた狂人のようにすら思えた。だが、仮にそう問うたとしても、彼は否定も肯定もしないだろう。

 己の正気を保証できるのは自分だけだ。

 ともすれば、人類皆誰もが狂っている。

 正気、狂気。そう評されるようではまだまだ目指す境地には程遠い。

 余人に理解されぬ位地を欲するのならば、言葉による形容を超えた先にそれはあるはずだ。

 だからこそ、佐々木は自身の迷いを口にする。この言の葉を紡ぐ糸が途切れた時に、自分は自分が望む場所に到達するのだと考えて。

 眼前の敵を斬る。

 二人が同じなのはそれだけだった。

 かたや自我を薄めることで高みを目指し。

 かたや己に問い続けることで高みを掴まんとする。

 鏡写しの剣。相容れぬ技。まるで正反対の存在はしかし、奇しくも同時に、両者の剣技の冴えは限界を踏破した。

 

「「───ここだ!」」

 

 振り落ちる二刀。

 跳ね上がる一刀。

 その交錯を制したのは、佐々木の側であった。

 

「ぐっ……!」

 

 武蔵は肩口を深く切り込まれ、思わずたたらを踏む。

 突破したはずの限界。なおも佐々木の剣は我が身の上を行った。

 限界を超えた、というのは夢幻だったのか。

 否。同時に限界を超えたとしても、あの男の剣技の方が高かった。それだけのこと。

 物干し竿の切っ先から鮮血が滴り落ちる。鮮やかな血は雫となって落ち、雨に洗い流されて地面に吸い込まれていった。

 

「宮本武蔵。お前は道を誤っている」

 

 聞き捨てならぬ宣告。希薄化していた心が揺り起こされ、熱い血潮が脳髄に沸き立つ。

 殺気に溢れた眼差しを柳の如くに受け流し、佐々木は漆黒の空を仰ぎ見た。

 

「喩えば、月を目指す男がいたとして。その男は何をする? 志を共にする同胞を募るか、月にも届く梯子を作るか、はたまた───いつか月の土を踏めると信じて飛び跳ね続けるか」

 

 血濡れた刃が武蔵を指し示す。

 

「武蔵よ。お前は月に向かって無為に跳躍を繰り返している。高みに至るにはこれしかないと、他の可能性に目を向けることすら考えずに」

 

 たとえ、どれほどの研鑽を積み重ねていたとしても。

 根本から間違えていれば、望む場所に辿り着くことなんてできはしない。

 そも、ヒトとは目標を設定し、適切な努力を積むことで種を発展させてきた。かの仏でさえも、無駄な修行は容赦なく排除した果てに悟りを得た。

 

「迷い続けた先にしか進化はない。───お前にまだ、無我の境地は早い」

 

 無我の境地。それは聞こえの良い言葉だろう。言い換えるならば他の思考を完全に排した極度の集中。しかし、それもまた間違った方向に向けていたのなら、間違った場所にしか辿り着くことはない。

 武蔵の剥き出しにした犬歯が唇に食い込み、突き刺さる。

 ───何たる失態。何たる愚かしさ。言葉による表現が届かぬ空位、無を目指す者が、言葉に囚われていたなんて。

 ばちん、と乾いた音が鳴る。武蔵は自分の両頬に打ち付けた手の指を数度開閉すると、気丈に微笑んだ。

 

「敵に塩を送ったみたいだけど、私は有り難くあなたを超えます。後悔するなら今のうちよ!」

「高きものほど手中に収めた時の高揚は筆舌に尽くし難い。それに、後悔先に立たずとも言うしな。未来のことなど誰にも分からぬよ」

「な、なんだか一本取られた気がするけど……まあいいわ! 次は私が決める番だから!!」

 

 地面を蹴り、二刀の剣士は躍りかかる。

 耳をつんざく刃鳴り。ぎしりと軋む衝撃が肩の痛みを揺り動かす。歯を食いしばり、振るう剣はにわかに激しくなっていく。

 迷い、乱れる己の心を表すかのように。

 どう踏み込めば間合いに入り込めるのか。

 どう剣を振るえばあの男を斬れるのか。

 だが、この男を斬ることは手段に過ぎない。自らが志す境地に至るための足掛けだ。故に、見据えるべきはその場所へ辿り着く方法。

 赤く濡れた剣先が鼻先を通り過ぎる。

 活路は前方にしかない。切り返しが来るより速く間合いの内側に入り、天眼が淡く煌めいた。

 未来測定の魔眼の一種。対象の切断に特化したその瞳は最善最適の未来を手繰り寄せる。

 頸部を狙い戻る一刀を左の小太刀で押さえつけ、右の太刀を振りかざした。

 飛び散る鮮血の粒が頬に点々と跡を残す。佐々木の左肩から右の胸元にかけて、一条の刃傷が走っていた。後方に跳ねる敵を、武蔵の体は思考を介さずに追いすがる。

 それは数多の戦闘経験が選択した一手。

 刹那、彼女は見た。

 それは突きのような構え。

 今まで無形の剣を振るっていた男が、初めて勢法らしき型を取っていた。

 全身の細胞が危険信号を発する。足を止めかけた瞬間、既にその技は発動していた。

 

「『秘剣・燕返し』」

 

 三重の斬撃が閃く。

 それは第二魔法の領域に手をかけた秘技。

 三つの斬撃が全く同時に襲い掛かる、多重次元屈折現象。平行世界から剣撃を呼び寄せる、何者も逃れ得ぬ剣戟の牢獄。翼を持たぬ人間に無限を体現する剣を躱す術はない。

 斜面を転がる人影。おびただしい量の血液を流し、武蔵は地に伏せていた。

 左腕の感覚がない───どころか、そのものが、ない。右足に切り込まれた傷は骨にまで達している。

 極めつけは、右眼。額から真っ直ぐ切り下げられ、視界の半分が消失していた。

 傷口から流れる血の温かみも冷たい雨に融かされる。残った右手が刀を握っているかすらも曖昧になる。全身が鉛の重石に包まれているかのように重い。

 無事な左眼の視界さえも暗闇に引きずり込まれたその時、武蔵の唇が弧を描いた。

 

「…………見えた」

 

 剣を杖に立ち上がる。

 左眼をも閉じ、光無き世界に我が身を堕とす。

 

「───見えたとは、何がかな」

「ヒミツ。正真正銘、次で決めるわ」

 

 佐々木は鼻を鳴らし、

 

「……ああ、見せてくれよ。お前の道を」

 

 その攻防は、たった三秒で決着を迎えた。

 宮本武蔵は漆黒に塗れた視界の中、ひたすらに敵へ向かって突き進み。

 佐々木小次郎は再度の秘剣で相手を仕留めるため、構えを取る。

 二天一流の勢法は二刀のみにあらず。

 勢法一刀之太刀。これを経て二刀の扱いに進む。

 武蔵は自身が編み出した最初の型に、一本の刀に全てを委ねた。

 視界に広がる無明の闇。

 遍く光が途絶えた世界にこそ、武蔵は無を見出した。

 仏教における四大元素。火水地風の色法より解き放たれた無窮の空。世界を構成する物質を認識できなくなった今こそ、無にして空の光景は広がっている。

 だったら、これを剣で表現することが。

 

「『秘剣・燕返し』!!」

 

 宮本武蔵が至りし究極の一────!!

 

「『六道五輪・倶利伽羅天象』!!!」

 

 それはこの世の始原にして中心、天元を斬り、あらゆる可能性をひとつの斬撃に収束させる宝具。

 故に、あらゆる可能性を多次元から引きずり出す燕返しを破り得る、ただひとつの技であった。

 その一刀は三重の剣を打ち破り。

 佐々木の霊核を袈裟に叩き斬った。

 

「───そうか。無限を否定し得るのは無のみ。私も未だ、道を歩み始めたに過ぎなかったか」

 

 無明に身を置く武蔵にとっては、手の

ひらに残る手応えだけが勝利の確信。直後、身体は限界を迎え、その感覚は消えていく。

 

「だが、この死合は引き分けにさせてもらう」

 

 心臓を貫く、冷たい鋼。

 胸元から血の塊がせり上がり、口の端から溢れる。

 武蔵は膝から崩れ落ち、水を含んだ地面に倒れる。全身を染め上げる死の予感は抗い難い。意識が暗い水底に引き込まれ、もがく力さえ持っていなかった。

 けれど、心は満足感に満たされていた。

 望み、焦がれた境地に辿り着くことができた。

 ただ、心残りはある。

 この特異点に来る前に戦っていた敵のこと。

 そして、立香と結んだ再会の約束を果たせぬこと。

 勝つためならば何でもするのが武蔵の流儀だが、義に卑しい人間になった訳ではない。自分がそうなってしまったことに一抹の悔しさを覚える。

 そんな感情すらも暗澹の底に呑まれる。眼前に広がる無の景色に自身の命すらもが溶けようとした今際の際で、声が響いた。

 

〝わた……妾の愛しき戦士、宮本武蔵よ。其方に死なれては困っちゃ……困ります。類稀な其方の武を失う訳にはいかない。故に、我が権能をもってその命を保証しよう〟

 

 全身に漲る活力。

 武蔵は苦々しい笑みを浮かべた。

 

〝そう、全世界に轟く我が名アテナ───じゃなくて、アト・エンナの誇りにかけて!!〟

 

 まあ、その名が全世界に轟いているかは別として。

 ───とりあえず、約束は果たせそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高千穂峰、中腹。

 佐々木小次郎を宮本武蔵に任せて山を駆け登っていた黄泉軍は現在、

 

「おわあああああああ!! 助けてくださいノアさん! 私のことも手放さないでください!!」

「享年五十六歳の良い年した男が引っ付いてくんじゃねえええええ!!」

 

 源頼光の雷撃によって、大いに足止めをくらっていた。

 当然だが、下から見上げるよりも上から見下ろす方が視界が広い。斜面の上方に陣取る武者からすれば、敵の位置は明白だ。

 ノアは腰にすがりついてくるダンテを引きずりながら、木陰へ跳ぶ。その直後、放たれた一本の矢が木をやすやすと貫いて頭上を通過する。

 その矢は勢い衰えることなく直進し、次々と森林を倒壊させていく。山間の闇に呑まれ視界から消失した後でも、木を砕く音は響いていた。

 ダンテの顔面を右の五指で圧搾しながら、ノアは舌打ちする。

 源頼光の砲撃は前にも見たことがある。如何に広範囲かつ高威力だろうと、これだけのサーヴァントが揃っていれば攻略するのは苦もなかっただろう。

 砕けた木の陰から斜面の上方を覗く。

 身の丈ほどの大弓を扱う武者、藤原秀郷。またの名を俵藤太。時の朝廷に反旗を翻した不死身の怪人を討伐し、龍神をも喰らう大百足を三本の矢のみで仕留めた逸話を持つ。

 

「藤原秀郷。この国の大英雄ってところか。ペレアスとは大違いだな」

「おい聞こえてんぞ!! 円卓の騎士ナメんな!!」

「番外位の分際で調子乗ってんじゃねえ! 本当は数字が欲しかったんだろ、言ってみろ!」

「ねえよ! ただちょっと番外じゃなくて第零席次とかにしてほしかっただけだ! なんかかっこいいだろ!!」

「このマスターにしてこのサーヴァントあり、ですわね」

 

 自身の悪評には閻魔大王くらい耳聡いペレアスの怒鳴り声が右斜め後ろから響く。ちらりとその方向に視線を送ると、湖の乙女にコアラみたいに抱きつかれているペレアスがいた。

 雷撃によって敵を散り散りにし、秀郷の矢が各個撃破する。ノアが契約しているペレアスとダンテはパスを辿ることで位置の把握が叶うが、それ以外はどこにいるかも分からない状況だ。

 

「……いや、もうひとりいたか」

 

 まばらに突撃をかけても相手の狙いが惑わされはしない。反攻に転じるなら同時にやるべきだ。

 そのために必要なことは少しでも多くの人数と合流すること。

 ノアは両腕に黄金の腕輪を投影すると、ダンテの服の襟を掴んで、

 

「ペレアス、ついてこい! ───投影、『金鉄の神猪(グリンブルスティ)』!!」

 

 液状化した黄金の腕輪は五階建てのビルに匹敵する体積に増加する。それらが形作るのは黄金色の大猪。必勝の剣を携えしフレイ神の乗騎、グリンブルスティであった。

 ブロックとエイトリというドヴェルグの兄弟がロキとの賭けに際して、ドラウプニル、ミョルニルとともに創造した神獣。原典の再現度はいざ知らず、ドヴェルグの血を引くノアがそれを投影することは容易い。

 金色の神猪が大地が揺れるほどの嘶きとともに突進する。それに合わせて、ノアとペレアスは走り出した。

 

「ほう! 黄金の猪とは、まったく豪奢という一言に尽きる! 仕留めたのならば末代まで自慢できるであろうな!!」

 

 瞬く間に発生した雷電が猪を打ち据え、その突進を停止させる。

 間髪入れずに飛来した一矢が眉間を貫き、低い嘶きをあげてグリンブルスティは黄金の腕輪としてノアの元へ還った。

 

「チッ! 動物愛護団体を敵に回したぞあいつら!!」

「特攻させたのはノアさんですけどねえ」

「むしろお前が訴えられろ」

「天才は法廷でも天才だ。フィリピンであらぬ疑いを掛けられた時は自分で弁護人やったからな」

 

 だが、グリンブルスティの尊い犠牲は無駄にはならなかった。元よりあれは時間稼ぎ、移動の隙さえ埋められれば良い。

 彼らが向かった先は、

 

「リーダー!」

 

 Eチーム三人娘のいる場所だった。

 さすがはシールダーと言ったところか、マシュが前衛を務めることで立香とジャンヌには傷ひとつない。開戦前の戯言が薄まる奮闘ぶりである。

 立香は自然とノアの袖を摘む。

 

「髪留めの魔力を辿ってきたんですよね。そうすると思って、攻めやすい位置を選んでおきました」

 

 立香の言う通り、そこから敵の位置までは比較的斜面も緩く、身を隠すための木や岩が残っていた。ノアは満足気な表情を取ると、手袋を嵌めたままの手で赤い髪を撫でつけた。

 

「よくやった。おまえも俺の小指の先くらいのマスター振りは身につけたようだな」

「……っ」

 

 整った髪型を崩す手つきに、顔の温度が上がる。この雨のせいか、大きな手のひらから伝わる暖かさはいつもより高く感じられる。

 しかし今は戦闘の真っ只中。自制を計ろうとして、頭の違和感に気付いた。

 

「…………なんか、湿っぽい感触があるんですけど」

「……ああ。手に泥がついてたからな。褒めるついでにハンカチ代わりに────」

「ふんっ!!!」

 

 立香はその体勢のまま、さながら宇宙に打ち上がるロケットの如く跳び上がる。

 バレー部の跳躍力を活かしたジャンプは見事、Eチームリーダーの下顎に頭頂を激突させることに成功する。ノアは背中から地面に倒れ込んだ。

 ジャンヌはニタリと口角を吊り上げる。

 

「ざまあないわね。……で、ここからどうするの? 全員仲良く突撃でもします? そこのなすびとダンテを盾にして」

「ジャンヌさん?」

「それか、私とペレアス様が宝具を使って突っ込むのもアリですわ。名付けて愛の暴走列」

「───いえ、わたしに冴えた案があります。それはもう、かの名軍師諸葛孔明と韓信も引っくり返るようなやつが」

 

 マシュは自信満々に言った。それを受けた一同は総じて微妙な顔になる。盾としての役割に文句の付け所はないが、言動に関しては今やマスター二人に並ぶ不安材料だ。

 ペレアスはギャラハッドの心情に思いを馳せながら、

 

「と、とりあえず、聞くだけ聞こうか」

「はい。つかぬことをお伺いしますが、皆さんは『はたらくじどうしゃ』という本を読んだことがありますか?」

「…………わ、私は一応あるけど。それとどんな関係が?」

「そう急ぐことはありません、先輩。わたしは特にブルドーザーが好きなのですが、そこで落雷の如きひらめきが舞い降りたのです」

 

 マシュは手招きすると、立香の耳元でそのひらめきとやらを述べた。

 立香は数秒考え込み、瞳をきらりと輝かせる。

 

「……案外いけるかもしれない!」

 

 一方、土方は岩陰で仰向けに寝そべって身を隠していた。その隣には沖田と信長が同じような姿勢で、互いを押し出そうと肘で小突きあっていた。

 空を駆け抜けていく電気の奔流を視界の隅で捉えつつ、長銃に弾丸を込める。

 

「相変わらず馬鹿げた火力だ。平安時代の日本はバケモノの巣窟か? 沖田、お前の縮地で突っ込んでこい」

「無理寄りの無理ですよ! あそこまで届きませんし、沖田さんは急には止まれないですから!」

「ほんっと使えんのう。ここに長可のやつがおったら真っ先に特攻しとったぞ」

「じゃああんたが行ってください大うつけ」

 

 げしっ、と沖田は信長を岩陰から蹴り転がす。

 ごろごろと回転し、遮蔽物も何もない場所でぴたりと止まる信長。第六天魔王は大いに表情を崩して叫んだ。

 

「……ええええええ!? なにしてくれとんじゃ沖田ァ!! あんな雷に焼かれたら本能寺炎上どころじゃないよ!? 信長灰も残らないよ!?」

「上手い感じに異世界とか現代に転移できんだろ」

「それ別の信長だから!!」

 

 慌てて戻ろうとする信長だったが、いつまで経っても攻撃が来ないことに気付く。

 ごごごごご、と地鳴りが起きる。

 不意に視線を傾けるとそこには、

 

「おらあああああああっ!!!」

 

 宝具を展開した状態で突っ走るマシュの姿があった。その後ろにはEチーム一行が追随している。

 雷撃と射撃の集中砲火を受け止め続けてもなお、その聖壁は揺るがない。

 その様はまさしくブルドーザー。どれほど攻撃を撃ち込んでも猛然と迫ってくる壁を前にして、藤原秀郷は初めて焦った顔をした。

 

「うおおおおっ!?」

 

 マシュの盾が敵を根こそぎ吹き飛ばす寸前、二人の武者は全力で背面へ跳躍する。

 突風じみた衝撃波が、木片混じりの土石流を引き起こす。頼光と秀郷は佩刀を振るい、難なくそれを切り分けた。

 返礼とばかりに、頼光の太刀が電流を迸らせる。あらゆる敵を焼き尽くす雷轟の一刀。しかしそれが放たれることはなく、既に距離を詰めていたペレアスの剣を防がされる。

 一瞬の後、ジャンヌは背で黒炎を爆発させ、旗の穂先をすれ違う形で秀郷に叩き込んだ。

 自身の火力を攻撃のみならず推進力として費やした一撃。両手に伝わる感触は肉や骨のそれではなく、硬い金属のものだった。

 

「……ま、これくらいで殺られるようならサーヴァントになんかなってないでしょうね。相手にとって不足はないわ」

「それは光栄だ。共に全身全霊をもって武を競い合おう。所詮仮初めの生、華々しく散るも散らすも我ら次第故な!」

「残念、仮初めの生とやらでも私にとっては本物なのよ───!!」

 

 波の如き炎が巻き起こる。

 それは一方的な殲滅が戦闘に姿を変えた瞬間だった。

 ダンテは戦闘の余波から逃れるため、そそくさとマシュの影に移動して、周囲に散った仲間たちに呼び掛ける。

 

「ここは私たちEチームが受け持ちます! 皆さんは天御柱に直行してください! あの柱さえ壊せば後はスサノオさんが何とかしてくれるので!」

 

 最も早く呼応したのは、茨木童子。なぜか清姫とともに地面の中からぼこりと顔と腕を出して土から抜け出す。

 

「あのアホに頼りっきりになるのは気に食わんが、仕方あるまい! 大江山愚連隊の一員として無様を晒すのは許さんぞダンテェ!!」

「清姫さんも気をつけてくださいませ〜っ! またコイバナ百物語に耽りましょう!」

「ええ、リースさんも。また西洋のお話を聞かせてほしいですわ」

 

 土方や天草も彼女らに続いて山頂へ向かう。

 ノアはヤドリギを一片抜き取り、土方へ放り投げた。彼はそれを視線も向けずに掴む。

 

「あの全裸陰陽師が大人しくしてるとは思えねえ。反魂の法で不死身になってようがそれをぶっ刺せばイチコロだ。取っとけ」

「……ああ、任されてやる」

「まさしく切り札、ですね」

 

 素っ気ない返答。土方は確かに神殺しのヤドリギを握り締め、脇目も振らずに駆けた。

 ノアもまたそれを見送りもせず、オティヌスより授かった王笏ゲンドゥルの杖を取る。

 その視線は雷火入り乱れる戦場へと。

 

「さて、これから言うことを頭に叩き込め。目標は最低でも完全勝利だ。行くぞ」

「要するにいつも通りですね!」

「わたしたちEチームは既に百戦錬磨ですから。それくらいの縛りプレイでないとヌルゲーすぎてあくびが出ます」

「私だけイージーモードという訳にはいきませんかねえ……」

 

 ダンテは最低難易度でもトントンなのではないか。立香はその言葉を飲み込んだ。

 間近に轟く雷鳴。地を走る電撃はもはや見慣れたものだが、今回に至ってはその規模が違う。

 武神建御雷の荒御魂に憑かれた頼光の一撃は威力だけを取るならば神域に指をかけている。

 さらには。

 

「ペレアス様っ!」

「分かってる!」

 

 頼光との剣戟の最中、ペレアスは剣を後ろ手に回す。すると、見計らったように飛んできた矢が剣身と衝突した。

 

「私と戦ってる時にペレアスを狙うなんて、ますます火力が上がりそうよ……!!」

「気に障ったか? 殺し合いにおいてそれは命取りだぞ。まずは一から学び直してくると良い。その程度の余裕は大人として持たねばな」

「………………ふっ。今ので完っ全にキレたわ!!」

 

 ヘリウムより沸点が低いジャンヌの炎が爆ぜる。

 ノアたちはそれを盾の裏側から眺めていた。ダンテは援護のための祝福の文字を両手で別々に綴り、小声で嘆いた。

 

「あ、あれはあれで絶好調なのでしょうか」

「好意的に解釈すれば、まあ……?」

「それで、私たちはどうします? リーダー」

「俺たちがやるのは完全勝利だ。まずはスサノオの望みを叶えてやる」

 

 ダンテは上を向いて記憶の糸を辿る。

 

「頼光さんとスサノオさんは少なからず繋がりがあるので、できれば正気に戻してあげたい……でしたか」

「源頼光の兄弟である丑御前は牛頭天王の化身とされています。スサノオさんと牛頭天王は同一視されることもありますが……」

 

 伝承では、鬼子として産まれた丑御前は兄である源頼光の手で討たれている。スサノオが執着を抱くならば、自分と同一視される牛頭天王の化身、丑御前であるのが妥当だ。

 

「これがややこしいことに、丑御前と源頼光は同一人物だったんじゃな。雷を操る力も分霊のせいではなく、元々備わってた性質じゃ。牛頭天王の源流はインドラ神だからのう。雷神という共通点でタケミカヅチの荒御魂はぴったりだったのじゃろう」

 

 いつの間にか現れたスサノオはそう言って飛び去っていった。

 マシュは飛び火してくる雷と矢を防ぎながら、目を細める。

 

「ちくわ大明神かのような登場でしたが……実際、あの人を正気に戻すことなどできるのでしょうか」

「人語話せない系のバーサーカーだったら難しいけど、中の神様をどうにかすればいけるかも?」

「立香の案しかない。『魔女の祖(アラディア)』を出せ。……少し、やる気が出てきた」

 

 丑御前と源頼光が同一人物だとするならば、その育ちが真っ当なものであったとは思えない。現代とは価値観の異なる平安時代、周囲から向けられる目は決して羨望や憧憬のみではなかっただろう。

 生まれに左右される運命。それが今となっては神の力に狂わされている。

 ───少なからず、同情はできる。

 立香は指示されるがままに『魔女の祖』を起動する。蓮の花に似た形状の鉄杖を抱える立香に、ノアはどこかあらぬ方向へ目線を投げつつ告げた。

 

「この前追加した機能を使う。準備しろ。───ペレアス! 死ぬ気でそいつを縫い止めろ! 地味な宝具も出し惜しみせずに使え!!」

「地味は余計だろうが!!」

 

 剣と剣がぶつかり合い、ペレアスと源頼光は後退る。少しでも間合いを空ければ雷の砲撃が飛んでくる。ペレアスは間断無く距離を詰め、横薙ぎに剣を振るう。

 相手は日の本きっての怪物殺し。剣技による応酬は千日手と化していた。

 立香は杖にカートリッジを挿す。

 それからともなく、馴染みのない言語による音色が辺りに響き渡る。

 その発生源は他でもない『魔女の祖』。そして、広がる音色は機械音声───ルーンを記述ではなく発声によって発動する、ガルドルという魔術形態であった。

 立香は顔を赤らめて、

 

「あ、『魔女の祖』の追加機能は発声を介した詠唱の実現! (まじな)い歌に代表されるように、音声言語による詠唱の効果は甚だ大きい! ちなみに機械音声の元になったのはダ・ヴィンチちゃんの美声である───!!」

「よし、良い解説だ。褒めてやる」

「うっ、やっぱり恥ずかしい……! でも、この術式なら!」

 

 杖の先に魔力が収束する。

 源頼光は深く斬り込む。ペレアスの防御が跳ね上がり、返す刀が首元に滑り込んだ。

 

「……『死に逝く騎士に、湖光の愛を(ル・アムール・ド・ダーム・デュ・ラック)』」

「───正気を失ってる分、演技には弱いみてえだな」

 

 刃は騎士の首をすり抜ける。ペレアスは伸び切った相手の腕を絡め取り、ノアの手元で令呪の赤い光が解き放たれた。

 

「そのまま押さえてろ、ペレアス」

 

 辺りに満ちる機械音声が途切れる。

 杖に集まる瑠璃色の光。ノアは己が手のゲンドゥルの杖を交差させた。

 十八の原初のルーンが円環を象る。

 その術式は、次の一声によって撃ち出された。

 

「「『大神刻印(matrix_odin)』!!」」

 

 全てのルーンを費やした奥義が頼光目掛けて飛翔する。

 武者は咄嗟にペレアスの体を振りかざすも、宝具を発動した彼に致命傷になり得る攻撃は通用しない。ルーンの一撃は騎士の体を通り抜け、標的の鳩尾に突き刺さった。

 かつて、オジマンディアスが変身した魔神柱アモン・ラーの炎を無効化したように。その攻撃は相手の能力を強制的に停止させる。

 それは確かに建御雷の分霊を撃ち抜いた。

 全身の力が失われ、地に伏せる。だが、その前に。上から見えない糸で繰られているかのように、五体は持ち直す。

 はらり、と垂れた前髪が両眼を覆う。

 

「…………そう。これは、そういうことなのですね」

 

 凛とした厳然たる声音。起き抜けのような語気ながらも、そこには清らかで澄み切ったものを感じさせた。

 

「ですが…………ええ、これは、困りましたね」

 

 急所を貫かれたというのに、彼女の口調は落ち着き払っていた。その瞬間にも秀郷との戦いを続けていたジャンヌは、敵の一刀を旗の柄で阻み、荒々しい息を吐いて叫ぶ。

 

「ちょっと! こんな時に悩まないでくれます!? 敵になるか味方になるか切腹するか選びなさい!! あと他の奴らは私を援護しろ!!」

「……だそうですが。確かにジャンヌさんの援護をした方が良さそうです」

「ダンテ、あいつの悩みを解消してやれ。そういうのは政治家の十八番だろ。とりあえずノアじゃ無理だからな」

「政治家の十八番は解消するのではなく解消した気にさせることですが……まあ、話すくらいならやりましょう」

 

 ペレアスに促され、ダンテは恐る恐る頼光に近付く。一応剣の間合いの外にはいるが、電撃を放たれた場合はなす術無く炭になる距離だ。

 

「一対多数だけど、これでも余裕ってやつは保ってられるのかしら!?」

「ふ、武士とは常に心に隙間を作っておかねばならぬ生き物だ! どんな状況に置かれてもそれが失われることなどありはせんよ!!」

 

 戦闘の光景を背に、ダンテは意を決して頼光に声をかける。

 

「あの、何かお困りですか」

外国(とつくに)の御方ですか。包み隠さずに言うなら、困っています。残りの時間をどう生きるべきか」

「どう生きる……何か考えがおありで?」

「人類史を滅する片棒を担いだことに罪悪感はあります。その反面、スサノオ様や貴方がたに部下を討たれた恨みがあることも否定できません。どちらに傾くべきか、分からないと言うべきでしょうか」

 

 人間の感情はそう単純なものではない。

 気持ちの矛盾なんてしょっちゅうあることで、自分でも自分の心が分からない時だって珍しくない。

 

「ならば、分からないままで良いのでは?」

「そんな、無責任ではいられません」

「そうですね、無責任かもしれません。ですが、心に渦巻く感情に名前をつけるのは良いことばかりではないでしょう。何かを見て、曖昧な気持ちを得たとしても、それに嫌悪や憎悪という名前をつけてしまえば画一的な見方しかできなくなる」

 

 それなら、いっそ。

 

「ただ、ありのままで。残された時間くらいは曖昧に思うがままに動いても、誰も文句は言わないでしょう」

「……その、ありのままでいたら、目も当てられない人間になりそうなものですが」

「はい。身近にそういう人がひとりいますね。世間一般的に言うならクズ……いえ、クズの部類でしょう」

「言い直す必要はどこに!?」

 

 頼光は思わず引いた。その二秒後、どこからともなく飛んできた魔力の弾がダンテの後頭部に直撃する。

 ぱったりと倒れたダンテを見て、彼女は微かに笑む。

 ───ありのまま。血に縛られ、名に縛られ続けた自分が、名も無き感情に身を委ねる。

 今は、それが悪くないことのように思えた。

 ばちり、と蒼い電流が白刃を走る。

 思考を脳以外のそれに任せ、無心で刀を振り抜いた。

 

「『牛王招雷・天網恢々』!!」

 

 漆黒の空を駆ける一条の雷光。

 流星の如き輝きは、高天原へそびえ立つ天御柱を穿った。

 なけなしの魔力を使い果たし、五体が霞のように薄れていく。透ける手を眺め、ぽつりと言の葉をこぼす。

 

「───悪辣な誰かの顔を歪ませることくらいは、できたでしょうか」

 

 ……一方その頃。

 無数の魔術が、コードキャストがたったひとりの男を狙う。合間を縫って奔る、斬撃と打撃。そして炎。そのどれもが、彼には掠りもしない。

 藤原秀郷。我が身に襲いかかる殺意のことごとくを察知し、一手の狂いなく捌き切る。

 苛立ちを通り越して凄いという感想が、それを超越する気味の悪さすら覚える身のこなし、武芸。耐え忍ぶだけに飽き足らず、矢を射ち返し、剣を薙ぐ。

 命の瀬戸際で秀郷は笑い、風切り音が鳴る。

 矢が空を切る。当然のようにマスターを狙ったそれを、マシュは盾を用いて弾いた。

 

「いっっったァ!?」

 

 跳ね返った矢がジャンヌの背に刺さる。

 それを目撃したマシュは即座に頭を下げた。

 

「ご、ごめんなさい! 今回はわざとじゃないです!」

「今回なんて言ってる時点で信用がないわ!」

「いや、わざとだ。あいつが跳ね返りを計算して射ちやがった! 躱した後も注意しろ!!」

 

 敵を取り囲み、殺到する攻撃の密度が一段と増していく。

 それでもなお、藤原秀郷は笑っていた。

 訳の分からぬままに召喚され、天からの命令を受けて戦ってきた。

 そこに信念はない。

 あるのは戦いの逸楽だけだ。

 だとするならば、自分はこの世界の敵なのだと気が付いた。

 なぜなら、あの男も笑っていたから。朝廷に反逆し、後の世では三大怨霊にも数えられた不死身の将。朝敵となった彼はその反乱が長くは続かないと知っていたはずなのに、戦場では誰よりも凄絶に、壮絶に笑っていた。

 悪を気取るにも作法というものがある。

 たとえば、弱者を助ける悪役なんて三流だ。自分よりも弱いと見たらとことん踏み躙るのが悪役の作法だろう。

 それに、生まれ持った性として。

 ───戦いになると、いつだって血が沸き立ってしまう。

 この質のおかげで、一流の悪役にはなれずとも二流程度には見えているだろうか。

 

「五人掛かりでも倒せないって……」

「……ラモラック以来か。だが」

「五人で駄目なら六人!」

「六人で駄目なら七人じゃあ!!」

 

 刹那、剣が閃き、銃弾の雨が降り注ぐ。

 秀郷は無理やり体を捻り、最小限の被害でその奇襲を潜り抜けた。

 今の今まで潜伏していた沖田と信長。後者は銃砲を響かせながら、高らかに笑い声をあげる。

 

「孫子曰く、兵は詭道なり! 奇襲は効いておるぞ、このままやれい!!」

「───ジャンヌ!!」

 

 立香は令呪を切る。三画分の膨大な魔力が一気に流れ込み、ジャンヌは溢れんばかりの力を解放した。

 

「『吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)』!!」

 

 魔神柱をも一撃で葬り得る炎の嵐が顕現する。

 当然、それはサーヴァント一騎など優に焼き焦がす。なれど、秀郷はその命を保っていた。

 彼を長大な帯が繭状に包む。それは分霊建葉槌の権能。タケミカヅチやフツヌシでさえ討てなかった星の神を封印した力。その具現たる帯が、炎が触れるそばから吸い込んでいるのだ。

 これは我慢比べか───否、ひとりの騎士だけは炎の嵐を物ともせずに直進し、魔剣の真髄を開帳する。

 

「『運命絶す神滅の魔剣(ミストルティン・ミミングス)』」

 

 運命を断つ斬撃と、触れたもの皆封じ込める権能。

 それを制したのは、神殺しの魔剣であった。

 ばらり、と帯が崩れ、血が垣間見える。

 ペレアスが捉えた敵の最期の姿は矢を番え───────

 

「『八幡祈願・大妖射貫』」

 

 ────それを放つところであった。

 騎士の左腕が吹き飛ぶ。因果や運命を超える一撃。あの男は、最期にその絶技を実現してみせたのだ。

 黒炎の只中で、ペレアスは呟く。

 

「……戦ってる時以外のアンタは、どんな性格してたんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し時間を巻き戻して。

 高千穂峰、山頂。空を真っ二つに割るが如き天御柱の根本に、土方らはようやく到着する。

 後は宝具なり何なりを叩き込むだけ。坂を登りきったと同時に、一行は既視感に満ちた人影を発見した。

 土方は濃密な呆れの感情を顔面に集め、深い深いため息をつく。天草や茨木童子、清姫も似たような反応だ。

 

「まぁたテメェか、蘆屋道満」

「そろそろ賞味期限切れですよ?」

「意外性とか何もないですわね」

「一旦謹慎してきたらどうだ?」

 

 怒濤の言葉責め。道満はそれが全く聞こえていないかのように振る舞い、額に手を当てて辺りを見回す仕草をする。あまりにも嘯きすぎていて、もはや指摘する気力もなかった。

 

「おや、先日拙僧の股間にハルマゲドンを起こした小娘はおらぬようですなァ」

「できればそのまま死んで貰いたかったがな。今度は俺たちの手でそのタマ叩き割ってやろうか?」

「それか吾が引きちぎってやっても良いが」

 

 容赦のない言葉のトゲに刺され、道満は冷や汗を流す。

 

「ふ、ふふふふ───こ、これではどちらが世界の敵か分かりませぬな。しかし! ここに来た以上貴方たちは終わりです!!」

 

 暗天を突き抜ける哄笑。

 冷たい目にも負けずに、道満は言の葉を継ぐ。

 

「なぜならば!! この最後の地こそが東征軍の終わりにして新たなる始まり! 疑問には思いませんでしたかな? なぜ東征軍は最初から全力で攻めてこなかったのか、と!!」

 

 そこで、初めて土方の瞳が真剣味を帯びる。

 Eチームと大江山愚連隊と手を組んだ最初の京都での戦いから、東征軍は全軍で攻め込むことはせずに、戦力を小出しにしていた。

 仮にツヌグイや他のサーヴァントたちを最初の戦いに当てていたなら、勝算は遥かに高かったはずだ。

 結果、彼らは敗北を重ね、一度は戦闘不能にまで追い込んだスサノオを復活させてしまっている。

 

「───天津神が初めて地上支配に本腰を入れたのは何時か? オオクニヌシの国譲りか、はたまたこの東征か」

 

 否、と道満は否定する。

 

「それは太陽の女神の継嗣たる神が、三種の神器という王権の象徴を持って、地上に降りた時に違いないでしょう!!」

「だからどうしたのです? 話が繋がっていませんよ」

「ン! ンンンンン! これは失敬! つい興奮が抑えきれず、台本を飛ばしてしまいました! ───つまり」

 

 先程までの誇張とわざとらしさに塗れた笑みとは真逆の、静謐さすら纏う微笑み。

 

「本来、この東征とは一柱の神だけで十分だったのですよ。ンン、ンフフフフ!! わざわざ戦力を小分けにしたのも、神霊と英霊を倒させ、魂を燃料にソレを喚び出すため!! この天御柱は魔力を集約するモノでもあるのです!!」

 

 道満の両の袖から、滝のように呪符が溢れ出す。

 それは渦を描いて飛翔し、天御柱の周りを旋回する。茨木童子は泡を食って、首を左右に振った。

 

「ど、どういうことだ!? 何が起きるか教えよ清姫ェ!?」

「とにかく、何かろくでもない存在を召喚しようとしているみたいですわ!」

「その前に天御柱を破壊するしかありません!!」

「ンンンフフフフフフゥ!! たったの四人、足止めする程度は朝飯前……いえ、前日の夕飯前でございまする! 我が呪詛を受けよォ!!」

 

 そうして、道満が呪詛を撒き散らそうとした瞬間、目も眩む雷光が天御柱を撃ち抜いた。

 土方らはぽかんとした顔でそれを眺め、道満はぎこちない動きで振り向く。

 

「………………ンン!!?」

 

 目玉が飛び出すのではないかと思うほどに、彼は目を見開いた。天御柱が深く抉れ、赤熱した着弾面からもうもうと煙を噴き出している。

 土方は長銃を肩に担ぎながら、

 

「……で。お前の計画は潰れたらしいな。こっからどうすんだ」

「お前の計画は潰れた? フフフ、戯言を! こんなこともあろうかと、既に召喚式は発動しておりまする!! 多少の性能低下は仕方ないとして、ンンン……残り十五秒ほどでありましょうか」

「「「「────はあ!!?」」」」

 

 驚く側と驚かせる側が逆転する。

 茨木童子は鋭い犬歯を剥いて食いかかった。

 

「じ、じゃあなぜ足止めなどとほざいておったのだ!?」

「ノリです!」

「今さっき驚いていたのは!?」

「それもまた、ノリにございます!!」

「ふざけるなァァァァァ!!!」

 

 彼が宣言した十五秒が過ぎていく。

 その時、真っ黒な雲に閉ざされていた空が暖かな陽光とともに開けた。 

 

「さあ!! 刮目せよ!!」

 

 肌が粟立つ。

 息が詰まる。

 平衡感覚が乱される。

 彼らの視線は一様に天へ向けられた。

 穢れ無き真白の衣に身を包んだ男神。

 その右手には鉄剣が握られ。

 背後には鏡と、縄で括られた三つの勾玉。

 絶大な神威は大気を揺らし、大地を振動させる。

 人の力など及ぶべくもない天上の神。

 日嗣の神子にして王権の継承者。

 

「これぞ三種の神器を授かりし天津神、邇邇藝命(ニニギノミコト)!!」

 

 神の額には、その顔を覆い隠すように呪符が貼り付けられていた。

 

「───そして、この瞬間より、真の東征が始まるのだ!!!」

 

 陰陽師の宣言が荒天に響き渡る。

 召喚されたその神はただ、人形のように佇んでいた。

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