自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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第66話 Eチームのお仕事仲良しハッピー大作戦

 湖の乙女、仮称エレインの打ち出した『お仕事仲良しハッピー大作戦』。その内容は変人揃いのEチーム各員がウルクの街で役割を持ち、一週間の仕事に従事するというものだった。

 サファリパークの猛獣をドッグランに放つが如き所業。ただしそのドッグランことウルクを経営するのはただの人間ではなくギルガメッシュ。彼がこの作戦に当たってEチームに発した〝妙な真似をすればウルクの地下で強制労働の刑に処す〟という言葉のもとに、Eチームの奇行愚行は機先を制される形となったのである。

 一方カルデアではEチームの反応消失から三日間の捜索、シモン・マグスの工作の判明、第七特異点攻略に対する機材やシステムの変更等々激務を超えた激務に追われ、続々と職員が倒れていた。

 まさしく陰と陽、光と闇。ウルクとカルデアの格の差が露呈した瞬間であった。代わりに前者のトップは息つく間もない重労働を担っているが。

 そこでギルガメッシュから打ち出された一週間の業務従事命令。Eチームの介護は最低限で済む。カルデア職員たちは計らずも長期の休暇を得ることになった。そのおかげか、ノアが作り置きしていた霊薬もとい劇薬を投与され、廊下を全裸で走る狂気に陥ったムニエルも、下着を履くくらいの理性は取り戻すことに成功した。

 ムニエルがりんごを食べた直後のアダムとイヴ程度の羞恥心を取り戻しかけていた頃、ウルクでは六日が経っていた。奇跡的に何事も起きずに。

 最終日を目前にした夜。すやすやと眠りについていた立香の夢枕に湖の乙女が現れる。

 まさかあのドスケベ精霊が夢の中にまで侵略してきたのかと一瞬戦慄したが、髪型が異なることから平静を取り戻した。

 湖の乙女の長女、仮称エレイン。リースと同じ容姿、同じ声音ながら性格は全く違う水の精霊。彼女は月琴を響かせるかのような声で告げる。

 

〝明日はみんなの職場を回って監査をするわ。立香、あなたにはその監査官の任を与えます。……マーリンの代わりに〟

 

 寝ているのに起きている。そんな不思議な体験をしているところに、さらりと重大な使命がのしかかってきた。

 立香とて幾度となく英霊と出会ってきた身だ。神話や伝承にも多少は詳しくなった。それで言うと、人間が神や精霊からの使令を断るなど狂気の沙汰ですらない。

 そんな事情を抜きにしてもエレインの命令に文句はないが、ひとつ伝えることがあるとすれば、

 

〝……あの、普通に言えば良かったんじゃないですか?〟

〝あなただけに伝えたかったのよ。監査なのだから、抜き打ちでないと意味がないわ。特にほら、ノアトゥールはその時に限って外面を取り繕いそうでしょう〟

〝確かに〟

 

 というか、これについてはほぼ確実と言って良い。人の悪辣さを煮詰めたみたいな性格の彼が、エレインが懸念したことを行わぬはずがない。世が世なら大悪党になっていた男なのだから。

 精霊として数え切れない人間の生を見てきたエレインには何もかもお見通しなのだろう。ノアの悪運も尽きる時が来たらしい。

 

〝まあ、私には妖精眼があるから虚偽は通用しないのだけれど。起きたら私が迎えに行くまで良い子に待っていなさい〟

〝極秘作戦ですね! なんだかテンション上がってきました!〟

〝……ええ。あなたの顔を見ていたら、年甲斐もなく高揚してきたわ。明日のために今日はよく眠るのよ〟

 

 くすりと微笑むエレイン。立香はその表情から、大人の女性の余裕というものを感じ取った。同じ顔のつくりでこうも雰囲気が変わるのか、と。

 しかし、それ以上思考が続くことはなかった。エレインの魔術によるものか、まったりとした眠気に意識が沈められていく。

 意識と無意識の曖昧な境界で、立香はある声を聞いた。

 

〝…………夢枕に立つのは私の専売特許じゃないかな?〟

〝うら若き乙女の夢に入る半夢魔とか事案以外の何物でもないわ〟

フォウフォフォウ(むしろ存在が事案)

〝はい、泣きま〜〜す!!〟

 

 そういうやり取りはオフレコにしてほしい。立香は切にそう願ったのだった。

 そんなこんなで翌日。古代人の朝は早い。今のウルクは総力を挙げて敵と戦っている最中であり、一分一秒も惜しい状況だ。現代でも美徳とされる早寝早起きは当然のこと、アブラハムの宗教が誕生する以前であるため一週間に一日休む戒律も存在しない。

 ただし、曜日の概念は古代バビロニアが発祥と言われている。この時代はバリバリ天動説が幅を利かせているので曜日の並びは現代と様相を異にしているが、Eチームにも馴染みやすい制度であった。

 ちなみに、金星を基にしている金曜日はイシュタルの日だ。そのせいか、金星の日だけはギルガメッシュの機嫌がほんのり悪くなるらしい。

 シュメールの王朝において後の安息日、休日が設定されていなかったかと言えばそれは違う。週の最後の七日目は神々に対する祭儀が執り行われ、その間は様々な行動が制限される。今日は新月から数えて十四日目であるが、非常事態故に神殿で簡素な儀式をするに留まっていた。

 そんな古代バビロニア事情は置いといて。

 エレインはウルク市街を歩いて、立香たちの仮宿を目指していた。

 できる限り自然の姿を審査するため、エレインはここ数日間Eチームとの接触を遠ざけていた。情が湧いて贔屓してしまうからという理由ではない。決してない。

 妹と義弟がいる時点でその理論は崩壊しかけていたが、なんとか自分を納得させて仮宿の前に立つ。

 こほんと咳払いをして、

 

「立香、いるかしら」

 

 薄暗い室内に呼びかける。

 すると、奥の方からがたがたと物音が響き、玄関から倒れ込むようにして立香が飛び出てくる。目は半開きで寝癖は伸び放題になっており、上半身は地面につきそうなほどに前のめりになっていた。

 彼女が残した最後の意地か、寝間着ではないのが救いだろう。エレインは低血圧の極みをここに見た。立香は消え入るような音量で言う。

 

「おやすみございます」

「……睡眠導入のための魔術が効きすぎたみたいね」

 

 エレインは氷の杖の先端を立香の頬に添える。

 ひんやりとした心地の良い感触───を飛び越えて、生命の危機すら感じる冷気が脳髄に染み渡った。

 

「……冷たっ!? おはようございます!」

「はい、おはよう。目は覚めた?」

「あわや永眠するかと思ったくらいには覚醒しました」

「じゃあ行くわよ。最初は誰の職場から見ていこうかしら」

 

 立香は一も二もなく答える。

 

「リーダーのところに行きましょう。私と同じ職場ですし、放っておいたら一番やばい人だから早めに目をつけておかないと」

「有識者の意見ということね。私も異論はないわ」

 

 Eチームリーダーへのマイナス方面の厚い信頼により、最初に抜き打ち検査を受ける場所は決まった。本人がこの場にいれば反論は確実だっただろう。

 立香とエレインは並んでノアの職場へと向かう。氷の杖を携えて歩く湖の乙女はそこにありながらも遠く感じるような、人間的ならぬ風情を漂わせていた。

 神霊とはまた一風変わった気配。妖精や精霊に魅了される人間は数知れないが、立香はそれらは決して創作だけではないと思い知る。

 エレインは立香の方をちらりと見ると、言いづらそうに切り出す。

 

「その、あなたに訊きたいことがあるのだけれど」

「何ですか? 乙女の秘密以外ならどんな質問でも答えますよ!」

「恋ってどういう感情か教えてくれる?」

「乙女の秘密───!!」

 

 エリア53レベルの乙女の最重要機密だった。

 立香は即時に頭を戦闘モードに切り替える。相手の虚偽を見抜くという妖精眼がある以上、エレインに嘘は通用しない。が、思考を読まれる類でないなら、あのアホド外道白髪リーダーのことまでは露呈しないはずだ。

 恋という感情がどのようなものか教える。それだけに尽力すれば良いのだ。リスとタメを張るほど小さい脳をフル回転させて、その結論を導き出した。

 言葉の意味ならともかく、感情を教えることは難しい。言葉は共通性があるが、感情は個々人で抱くタイミングも感じ方も様々だ。立香は腕を組んで首を傾げる。

 

「とりあえず壁ドンとかしてみます? トキメキを感じられるかも」

「壁ドン……隣人が騒がしいからと壁を殴る行為のことでしょう? それは私もペレアスの屋敷に泊まった時にやったことがあるわ」

「それは元ネタの方です! あと体験談が生々しい!」

「そ、そうね。朝からする話ではなかったわ」

 

 そもそも、と立香は前置きする。

 

「どうして知りたいと思ったんですか? 私より何倍も長生きなのに」

「それはその……ほら、妹たちがアレだから…………」

「ああ……モンスターですもんね……」

 

 二人の間に流れる空気が一気に冷え込む。

 恋愛モンスター二体を妹に持ってしまった姉は辛い。しかもその二人は自身と同一存在なのだからなおさらだ。妹たちに理解できて自分に理解できぬということはない。それがエレインの懊悩の原因だと立香は思い至った。

 気まずい空気のまま歩いていくと、立香たちは広場に出た。表通りからは少し外れたその場所に響く音は少ない。エレインはどこからともなく粘土板を手に出現させる。

 

「立香とノアトゥールの仕事は寺子屋ね。この辺りのはずだけど……」

 

 現在のウルクは早朝から大人たちが働きに出てしまう。彼らの仕事は城壁の建築に魔獣の退治、軍事調練等々、農作業ならばともかく子どもが同伴できないものが多い。

 そういった事情から、親が帰ってくるまで子どもたちの面倒を見る人間が必要だった。未来を担う存在をあの邪悪の化身に任せることに関しては各所から不安の声が上がったが、立香の同伴を認めることで事無きを得たのだった。

 アホマスターコンビが揃って本当に事無きを得ているのかという疑問は脇に置いて。少なくとも今日まではノアの凶悪さも鳴りを潜めている。

 立香とエレインは周囲を見回す。広場の隅に、ノアと数人の子どもたちが地面に座り込んでいた。

 

「……つまりだな。このめしべとおしべが───」

「こ、これが生命の神秘……!!」

「すごいよノアの兄ちゃん、興奮が止まらなくなってきた……!!」

「ふっ。おまえら、その感覚を忘れるなよ。それが学びを得る素晴らしさだ。そして俺を崇め讃えろ」

「「いや、それはないけど」」

 

 ノアは何やら地面に絵を描いていた。道具として用いているのはゲンドゥルの杖。これを与えたオティヌスが見れば、苦い顔をすることは間違いない。

 それを遠巻きから観察するエレインと立香は拍子抜けした気分になる。

 

「植物の勉強かしら。なかなか真面目にやっているようね」

「ですね。てっきり裏で洗脳教育を施すくらいはしてるかと思ってました」

 

 エレインは相変わらずの信頼度に内心を冷やした。二人は授業に熱心なノアたちの後ろに忍び足で回り込んで、その様子を覗く。

 地面に描かれていたのは精巧な男体と女体だった。生命の神秘には違いないだろう。神秘すぎてモザイク必須な上に年齢制限が必要なことを除けば。

 表情を凍てつかせる立香とエレイン。そんな二人の事情などいざ知らず、ノアと子どもたちは真剣そのものの様子で授業を続ける。

 

「ここからは教科書を使うぞ。ToLOVEる全巻持ってこ───」

「ダークネスすぎるんですけどォォォ!!」

 

 赤面して黙り込むエレインを押し退けて、立香の華麗な飛び蹴りがノアの後頭部に突き刺さった。

 ノアの顔面は地面と熱烈な接吻を交わす。その衝撃でダークネスな絵は諸行無常の塵となって、風に巻かれていった。儚くも悲しげな光景を目の前にして、ノアの生徒たちは頭を抱える。

 

「ああああああ!! 人類の叡智の結晶が!!」

「叡智っていうかHじゃね」

「この時代にアルファベットないだろ」

「王様はあらゆる宝具の原典持ってるらしいし、楔形文字がアルファベットの起源ってことにしよう」

「未来人の慌てふためく様子が目に浮かぶな」

「子どものくせになんか汚いわねこの子たち!?」

 

 エレインは喫驚した。彼女自身、幼い人間と知り合った経験はかつてのペレアスくらいなものだが、トラウマに塗れる前の彼は一応純粋ではあった。

 湖の乙女をも驚かせる汚い子どもたちは、ニタリとひねくれた笑みを浮かべる。

 

「子どもだって綺麗な面ばかりじゃないですよ……蟻の巣に水ぶちまけたり、トンボの羽もいだりするじゃないですか」

「私も小学生の頃は机の奥でぶどうパンカッチカチにしてたなあ……」

「立香、せめてあなたはこちらの味方をしなさい」

 

 ぶどうパンに存在意義がないことは確定的に明らかである。机の奥で石になるのもやむなしであろう。

 そこで、ノアは土埃を払いながら復活する。ゴキブリを超越した生命力の持ち主には、渾身の飛び蹴りも形無しであった。彼は額に青筋を立てて、ただでさえ悪い目つきを悪くする。

 

「堂々と遅刻かました挙句、この暴行はどういう了見だ? 俺はこいつらに生命の神秘を教えてやってただけだぞ」

「まず年齢を考えてください! いくら何でも早すぎますから! それとToLOVEるは刺激が強すぎるんで、せめてあやトラにしてください!!」

「おいおいおい、性教育こそ早めにやっておくべきものだろうが。そうやって恥部から目を背けるから変なサイト覗いてスマホにウイルス感染させたりすんだよ。いい加減おまえも価値観のアップデートをしろ」

「価値観より先に倫理観のアップデートした方が良いですよ。リーダーのOS旧式なんで」

 

 価値観のアップデートもバグっていたとしか思えない会話だった。魔術という旧式の技術に縋る魔術師には古風な価値観の者もいる。ノアの場合は本人の気質に依る部分が大きいが。

 ぎゃあぎゃあと言い合いをするアホマスターコンビを差し置いて、エレインは彼らの寺子屋の生徒たちに向き直った。

 ここに来た理由はEチームの仕事具合を見る監査。元々使命には忠実な湖の乙女である。目の前でアホの口喧嘩を見せつけられたとして、平静を欠くほど短慮ではない。

 

「みんな。あの二人の評価を聞かせてくれる?」

 

 彼らはこくりと頷いた。

 

「「「「「「アホ」」」」」」

「…………ほ、他には? 個人評があると嬉しいわ」

「そうだなあ、ノアのにーちゃんの方は……」

 

 寺子屋の生徒のひとり、ノアが描いていた絵を一番間近で見ていた男子がここ数日間の記憶を回想する。

 

〝今日は魔術を教える。絶の修行は一旦打ち止めだ〟

〝そんな……せっかくオーラを閉じれるようになってきたのに!〟

〝でも魔術使えるようになってもな。戦場に出られる訳じゃないから無駄だろ〟

〝敵をぶちのめすための魔術なんてのは本来邪道だ。治癒魔術を教えるから、帰ったら親にでも使ってやれ。ちょっとした傷なら治るし疲れも取れる程度のやつを伝授してやる〟

 

 彼は腕を組んでしみじみと言う。

 

「───こんな感じで、割と役に立つんだよな。あと何気に教えるのが上手い。それ以外はアレだけど。水見式とか言って川から水汲ませてきたりするし」

「なるほど。人の子は見掛けによらないと知っていたはずだけど……案外こういう仕事に向いてるのかもしれないわね。立香の方はどう?」

「う〜ん、ねーちゃんの方は……」

 

 立香は監査官に任じられているとはいえ、きっちりとギルガメッシュに評価される立場でもある。エレインは意気込んで、少年の声に耳を傾けた。

 

〝午後はウルク全土を巻き込んだ最強のドロケイをやります……!! 外に出るのと、城壁に登るのはナシ! 特別ゲストで牛若丸さんも呼んできたから、さっそくチーム分けしよう!!〟

〝牛若丸いる方の勝ちじゃね?〟

〝そこは大丈夫、リーダーの魔術でステータスを下げてもらうから!〟

〝あえて己の能力を制限する……これもまた修行! 鞍馬山で培った脚力を見せて差し上げましょう!〟

 

 ガキ大将のような思いつきで始まったドロケイは熾烈を極めた。完全に手慣れているとしか思えないノアの泥棒ムーブによって、捕らえられた仲間は何度も脱獄を繰り返した。その様は泥棒は泥棒でも押し入り強盗だったという。

 さらにノアと数人の仲間はギルガメッシュの神殿に侵入を試みた。本気の窃盗を働こうとした寸前で、牛若丸の八艘飛びによって一挙に拿捕。泥棒チームはその後崩壊の一途を辿った。

 さながら刑事ドラマのような話を聞いて、エレインは眉をひそめる。

 

「ノアが闇のアホだとするとねーちゃんは光のアホかな。ためになることは言わないけど遊ぶと楽しい」

「先生というよりは保母さんね。……うん、聞き取りの協力感謝するわ。ご褒美をあげる」

 

 そう言って、エレインは実に現代的な棒アイスを造り出し、少年に手渡した。星の触覚たる精霊のみに許された特殊能力『空想具現化(マーブルファンタズム)』によるものだ。

 氷菓を構成する棒も果汁も氷も、元を辿れば自然のモノ。自然を改変、再構成する能力を応用した結果である。少年がそんな経緯を知るはずもなく、アイス片手にノアたちの元へ戻っていく。

 エレインは子どもたちに囲まれる二人の姿を見て思った。あれはあれで懐かれているのだ、と。

 

(まるでリースとペレアスを見ているような……)

 

 不意にその考えが頭をよぎった瞬間、家屋の屋根の上からひとりの少女が飛び降りる。

 大胆に肌を晒した衣装に、しゃなりと踊るつややかな黒髪の房。(さね)(おどし)の意匠が見受けられる衣装からは、かろうじて日本の中世甲冑の趣が感じ取れた。

 彼女こそは牛若丸。先のドロケイでノアたちを一斉検挙し、近年大河ドラマでも活躍した英雄だ。

 牛若丸は小脇に革製の鞠を抱えていた。鮮やかな彩色が施されたそれは貴族の間で大流行したスポーツ、蹴鞠に用いられるものだった。かの清少納言も〝様あしけれど、鞠もをかし(品はないけど、蹴鞠はおもろいよな!)〟と書き残している。

 牛若丸は鞠を踵でぽんぽんと跳ねさせながら、

 

「九郎判官義経、遅ればせながら参上致しました! 今日は何して遊びましょうか!」

「その鞠使ってドッジボールでもやるか」

「でもこのボール、革でできてて当たったらかなり痛そうですよ」

「安心しろ、内臓破裂くらいなら俺が治す」

「結局痛いことには変わりないじゃないですか!!」

 

 それで、エレインは気付いた。

 

(───精神年齢が、子どもと同じなのね)

 

 だから、この仕事にも適していたのだろう。

 Eチームがウルクを訪れる前も彼らのことは知っていた。騎士王に与える以前に所有していた聖槍、その担い手たる獅子王とオティヌスの繋がりを辿って。

 それ故、持ち合わせている情報は断片的だ。けれど、分かることはある。

 人の子の多くは戦いの中で変化を余儀なくされる。特に己が手で命を奪い合う戦場に置かれた者は、元の人格が見る影もなく変わってしまうのも珍しくはない。

 それがすべて、悪いと言うつもりはないが。

 ただ、彼らはどんな敵の強さにも打ちのめされることなく、魔術王の玉座へとにじり寄ってきたのだ。

 エレインは頬を緩め、苛烈なドッジボールを繰り広げるノアへと声をかける。

 

「ねえ、ノアトゥール。あなたはどうしてこの仕事を選んだのかしら」

 

 きっと、純粋な想いが聴けると信じて。

 ノアは耳飾りを揺らし、不敵に笑んだ。

 

「俺が創る学問は独りでやるものじゃない。目的達成にはどれだけ人手があっても足りねえからな。人材の育成も大きな問題だ」

「人類単位での知の継承。確かにそれは魔術では成し得ぬことだわ。ここでの経験が後進の育成に役立つと考えたのね?」

「色ボケた妹と違って姉は頭が回るみてえだな。そう───これは準備の一環だ。俺に従順かつ忠実な部下(どれい)を量産する計画のなァ!!!」

「…………」

 

 こつ、と氷の杖が地面に触れる。

 接地面から白い霜がノアの足元へと伸び、彼の下半身に分厚い氷がまとわりついた。ボールが転々と転がる。それを見事な反射で拾った牛若丸は容赦なく、宙に浮かせた鞠に超人的な脚力を叩き込んだ。

 

「天狗直伝必殺波動球───ッ!!」

「ぐふううううううう!!」

 

 辺りに突風を巻き起こす殺人シュート。超次元サッカーならぬ超次元蹴鞠の必殺技がノアの鳩尾に直撃する。その長身は綺麗なくの字に折れ曲がった。

 エレインは粘土板に講評を書きつける。

 〝Eチームマスター両名の働きぶりに生徒たちは概ね満足している様子。ただしノアトゥールは危険思想の持ち主であるため、早急な倫理教育が必要である。ドロケイでは王殿への侵入を実行しようとしていたことから、警備体制の見直しが必要と思われる〟───まとめると、一番教育が必要なのは先生の側だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次はウルク市外に出て、軍事調練の場を見に行くわ。担当者はリースとペレアスよ」

 

 エレインは平らな語調で述べる。

 彼女の視界には立香とノア、牛若丸も含めた寺子屋メンバー。爽快な笑顔の牛若丸とは裏腹に、彼女に蹂躙されたノアと生徒は全身が薄汚れていた。

 この大所帯が移動するとなっては、極秘作戦の体は総崩れだ。監査を明かす以上隠す意味は乏しいが、素の姿を見られない点では不都合にもなる。

 だが、この面子は言って聞く連中ではないだろう。エレインは少し困ったように両の眉を寄せた。

 

「……別に、あなたたちまでついてこなくても良いのよ?」

 

 牛若丸はそこはかとなくとぼけた表情で答える。

 

「異国の訓練がどのようなものか興味があるので。場合によっては源氏の心構えを授けることもやぶさかではありませぬ!」

「そ、それは頼もしいわ。ノアはどうせ屈強な兵士を手懐けてクーデターを起こすつもりなんでしょう」

「何言ってんだ、俺がそんな極悪非道をやる訳ねえだろ」

「第五特異点の時はケルト兵を調教して、世紀末モヒカンにしてたじゃないですか」

 

 立香の指摘がノアの頭上に鉛の如くのしかかる。ノアは無反応を貫いたものの、エレインの警戒度はさらに高まった。

 でも、と立香は翻し、ノアの手を握る。

 

「リーダーは放っておく方が危ないんで、傍で見張っておかないと。エレインさん、この倫理観が崩壊した悪魔は私に任せてください!」

 

 妖精眼は嘘を見分ける。今の立香の主張には真実と嘘が入り混じっていた。建前としては本当だが、裏の目的を隠している。彼女の行動を見れば、まさしく一目瞭然だ。

 結局は嘘を吐けない人間なのか、乙女の策略というものか。人間とはいささか離れた感覚を持つと自覚しているエレインは、その虚偽を指摘はしなかった。

 ノアは手を握り返しもしないで、

 

「俺は常に評価する立場だ。監査官に相応しいのは俺しかいない。今日は社会科見学だ、大人の働きっぷりってやつを目に焼き付けろ」

「つまり、オトナの社会科見学ってこと……!?」

「卑猥な意味にしか聞こえない」

「無理やり卑猥にしてるだけじゃね」

 

 子どもたちの会話を聞き、エレインは苦い顔をした。

 もしやこのウルクキッズたちは精神年齢だけならば、中学二年生男子の域に到達しているのかもしれない。どれもこれもノアが生命の神秘を教えたのが一因だろうが。

 もんもんとした不安を抱えるエレインをよそに、一行はウルク市外に移動する。

 ティグリス川、ユーフラテス川が流れる南メソポタミア地域は肥沃な大地であった。文明の誕生地には大河が付き物であるように、ウルクも灌漑技術の発展から誕生した都市だ。

 主な都市のエネルギー源は木。鉱物資源に乏しいウルクでは、木は大きな生活の助けであった。ギルガメッシュとエルキドゥはかつてレバノン杉の森の番人フンババと死闘を繰り広げたが、その理由はウルクの生命線である木の採集を円滑にするためだったのであろう。

 そういった条件を活かして向上した都市の食料生産能力は人口増加をもたらした。ウルクの人口は一説によると紀元前3100年の時点で約四万人と言われている。

 そんなウルクが名君ギルガメッシュのもと、全力で軍備拡張に取り組めばどうなるか。

 一行はウルクの全力を垣間見ることとなった。

 

「ファランクス───それは男の浪漫、男の本懐ッ!! 己が戦友らと一丸となり、一切の隙を生じぬ筋肉の城壁となるのです!! Aroo! Aroo!!」

 

 それは、筋肉であった。

 半裸の屈強な男たちが盾と槍を携え、芸術的ですらある密集隊形を取る。掛け声とともに一斉に突き出される槍の穂先、一糸乱れぬ行進。ウルク周辺の平野を所狭しと駆け回る男たちの姿は筋肉の濁流と言っても過言ではない。

 ノアは陣頭指揮を執る男に既視感を覚える。

 第二特異点。孔明の罠に引っかかった自分たちと戦った英雄、レオニダス一世。スパルタの中のスパルタ、男の中の男がウルク兵をしごきにしごいていた。まさしくスパルタによるスパルタ教育だ。

 彼らのナイスバルクだけで固定資産税がかかりそうな景色。目を輝かせる牛若丸とは逆に、立香とエレインは味の濃い料理を口内に満載された気分になる。

 立香は目を瞬かせて呟いた。

 

「アレ? 筋肉しか見えない。もしかして幻術?」

「落ち着きなさい、あれはリアルよ」

「つーかペレアスはどこ行った。仕事ほっぽってドスケベ精霊と乳繰り合ってんじゃねえだろうな」

「オトナの社会科見学───していいですか」

 

 保健体育の授業を一番熱心に聞いていた少年の頭に、ノアの拳が落ちる。

 彼がしばらく悶絶していると、ファランクスの横合いから少数の騎馬隊が突撃する。その先頭の二騎はペレアスとリースであった。

 訓練用の木剣を振るい、ファランクスの陣形が横に裂かれる。ペレアス率いる騎兵は一直線に走り抜け、徐々に襲歩から並足へと速度を落とし、停止する。

 

「密集陣形の弱点は側面と背面だ! 一度でも隙を突かれればこうなる! 実戦では騎兵が横を守るから前だけに集中しとけ!」

「逆に騎兵がやられたらおしまいなので、その時は死を覚悟してくださいませ!!」

「言い方考えろ!!」

 

 マケドニアの征服王アレクサンドロス───イスカンダルは従来のファランクスを改良し、側面に騎兵、背面に軽歩兵を配置する陣形を編み出した。

 移動が遅い密集隊形をカバーすると同時に機動力によって敵を撹乱し、主力のファランクスを当てる戦法で破竹の進撃を成し遂げたのである。

 ウルクの人間にとっては遥か未来の戦法だが、端から見た様子では騎兵も板についていた。一週間で仕込んだにしてはなかなかの練度だ。

 ノアは意気揚々と馬を駆るペレアスを眺めて、

 

「……あいつ、いつから騎士になったんだ?」

「私も久々に騎士らしいところを見た気がします」

「おい聞こえてんぞ!! 円卓の騎士ペレアスの名を忘れたとは言わせねえ!!」

「「円……卓……?」」

「よしお前らそこで待ってろ騎兵突撃の恐ろしさ思い知らせてやる」

 

 ペレアスがノアと立香を追いかけ回すのを尻目にリースは軽快に馬を操り、エレインの横で鞍上から飛び降りる。

 脳内メーカーがピンク色に汚染されていても流石はランスロットの師匠といったところか、その動作は堂に入っていた。

 

「お姉様、こんなところで一体何を?」

「あなたたちの仕事ぶりを見ろとギルガメッシュ王に仰せつかったの。訓練の出来はどう?」

「ええ、ウルクの人々はみな優秀ですわ。馬もすぐ乗りこなせるようになりましたから。ロバに戦車を牽かせていた経験があるそうなので、ノウハウがあったのでしょう」

「それは頼もしいわね。問題は武具に使う金属かしら。ウルクは鉱物が乏しいから……私が空想具現化(マーブルファンタズム)で持ってきても良いのだけど」

 

 むむむ、と頭を悩ませるエレイン。リースは何の気無しに提案する。

 

「ギルガメッシュ王の宝物庫から供出してもらうのはどうでしょう。全員が宝具を持った騎馬隊とかロマン溢れる最強チームですわ!」

「私も前に似たような提案をしたけど、王の発言を意訳すると……〝我のコレクションを出すのはやだ〟みたいな感じだったわ」

「それじゃあ、弓とかどうですか!?」

 

 興奮した様子で言ったのは牛若丸。彼女は軽やかに馬に飛び乗ると、腰を捻って後方に弓矢を引く動作を見せつけた。

 

「日ノ本には押し捩りという技がありまして! こうして矢を射れば逃げながら攻撃ができる素敵な技でございます!」

「世界史の人気語句パルティアンショットですわね。魔獣の表皮を貫ける弓矢を用意しなくてはなりませんが……」

「……良い考えだと思うわ。王への進言案に加えておきましょうか」

「───否、弓矢に頼る必要はありません」

 

 レオニダスが神妙な声を響かせて、三人の会話に割り込む。

 

「飛び道具が要るのであれば、投槍で十分! 一から弓術の訓練をするよりも習熟が早いはずです!」

「使える人がいるのといないのとじゃ大違いでしょう。なにも与一の腕に並べと言っているのではありませんし」

「そういえばスパルタ……ギリシャの方では弓は卑怯者の使う武器なんて言われていたわね」

「騎士道も同じ考えですわ。ランスロットにも弓は教えませんでした」

 

 そこに、ひとまず溜飲を下げたペレアスが駆けつけてくる。遅れて馬に追い掛け回されていたノアと立香が肩で息をしながら戻った。

 騎士もスパルタも弓を忌避する価値観は同じだ。が、ペレアスは何食わぬ顔で、

 

「相手は魔獣だからな。戦に卑怯もクソもねえんだ、弓だって使えばいいんじゃねえか」

 

 それを受けて、立香は赤い髪の騎士を思い出した。

 

「トリスタンさんも弓使ってましたけど、あれは文句言われなかったんですか?」

「立香さん、逆に訊きますわ。あれが弓だと思いますか?」

「…………あの人がアーチャーなら、クラス分けってかなりガバガバなんじゃ?」

「ペレアスっつう消去法でセイバーになった地味男もいるしな」

「おい」

 

 またしても一触即発の空気になる。ちなみにペレアスのクラス適性はセイバーとランサー、ライダーである。非常に騎士らしい適性ではあるのだが、面白みに欠けるとも言えよう。

 エレインはこめかみを指で揉んだ。

 

「ま、まあこれならギルガメッシュ王も満足するはずよ。歩兵と騎兵の連携は問題ないのでしょう?」

「そりゃ当然だ。レオニダスとは前に戦ったこともあるからな」

「ええ、一度殺し合った相手は誰でもダチですから!」

「血濡れた友情───!!」

 

 湖の乙女(長女)の驚愕を背景に、ノアは平坦な口調で述べる。

 

「あのクソ音痴トカゲアイドルといい、一回消滅したサーヴァントが記憶を保持してんのはどういう理屈だ?」

「ネロさんとかは覚えてなかったですもんね。エリザベートさんがギャグ漫画の出身者だったってだけですよ」

「ふふふ……知らぬのならば教えて差し上げましょう」

 

 レオニダスは上腕二頭筋を漲らせる。続いて僧帽筋、大胸筋、腹筋が流れるように膨れ上がり、彼は言い放った。

 

「たとえ魂と精神が記憶を失くしていたとしても、血を流し傷ついた我が肉体がそれを忘れるはずはありませぬ!! 聞くところによると、エリザベート殿はさぞかし見事な筋肉をしているのでは……?」

「いや、おまえと戦った時にいた女だぞ」

「ではアレです。心の筋肉が」

「言ったそばから論理破綻してるじゃねえか!!」

 

 残念ながらスパルタの理論は現代人には通用しなかった。同じく現代人である立香はレオニダスに問う。

 

「レオニダスさんが筋肉マニアなのは分かりましたけど、他に趣味とかないんですか? 武術とかはナシで」

「そうですね……やはり計算でしょうか。数式との戯れは実に良いものです」

「おお、インテリマッチョ。数学のテストで3点を取ったことがある私とは格の違いを感じる……!!」

「低すぎだろアホ」

 

 スパルタは計算が禁止されていたが、レオニダスはどうやら違ったらしい。筋肉を適切に育てるのにも知性や知識は不可欠だ。鍛錬へのあくなき執念が彼を数学へと駆り立てたのかもしれない。

 レオニダスに胸を張った。

 

「無論、アルキメデスやピタゴラスといった数学者の方々には遠く及びませんが、私自身、発明した数式もございます」

「レオニダスが発明した数式なんて聞いたことがないわ。後学のために教えてもらえる?」

「ファランクス算です」

「ファランクス算」

 

 エレインはあまりにも聞き慣れない単語を耳にして、思わずオウム返しするしかできなかった。その反応に驚愕と羨望を見出したレオニダスは、鼻息荒く話を続ける。

 

「スパルタにおけるファランクスの最小単位(エノモタイア)は三列縦隊の36人で組むのですが、なんと36を部隊の数と同じだけ数えると全軍の兵数が手に取るように把握できるのです!! これは革命的な数式と言えましょう!!」

「それただの掛け算じゃねーか!! オレでも分かるぞ!?」

「人類で初めて掛け算を発見した人も同じこと言ってそうですわ」

「ある意味天才かもしれないわね……」

 

 嘆息しつつ、エレインは粘土板に評価を書き出す。

 立香はそれを覗き込んで、

 

「次は誰のところに行くんです? 残ってるのはダンテさんと魔女なすびコンビですけど」

「ダンテの評価はギルガメッシュ王が直々に行うらしいわ。後はマシュとジャンヌだけよ」

「俺を差し置いてダンテが特別扱いだと? 世の法則が乱れてるレベルだぞ。何やってんだあいつ」

「王の補佐官よ。下仕えからいつの間にか成り上がったみたいね」

 

 ノアはびきりと額に青筋を浮かび上がらせる。

 

「…………はあ!!?」

 

 苛立ちに満ちた怒声が、青空に響き渡った。

 エレインの講評〝兵の調練は滞りなく進んでいた。騎馬隊の練度も十分実戦に耐え得る質である。弓騎兵採用については要検討。レオニダスへの褒美は算数の教科書が妥当と思われる。九九の存在を教えたらこの世の終わりみたいな顔をしていた〟───過日のスパルタはどのように国を運営していたのか。巨大な謎を残す結果であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウルク中心部、ギルガメッシュの神殿。

 王の間では、次々と上がってくる情報をギルガメッシュがその身ひとつで捌き切っていた。

 常人には決して務まらぬ治世。秦の始皇帝も個人で膨大な案件を処理していたそうだが、時代も国も違うギルガメッシュにおいてもその姿勢は変わらないようだ。

 案外二人は似た者同士なのかもしれない。始皇帝を見たことがないのにも関わらず、ダンテはそんなことを頭の片隅で考えていた。

 王の補佐官たちは少しでもギルガメッシュの負担を減らすため、民からもたらされた情報を集積して判断だけを王に丸投げする作戦を取った。緊急の報告はその限りではないが、結果的に事案の解決速度は上がっている。

 ダンテは文字を柔らかな粘土板に書きつけ、ギルガメッシュに差し出す。

 

「王よ、これで午前の分は最後になります。ご確認を」

 

 血濡れた紅玉の如き瞳が文章を追う。ダンテはテストの採点を受ける生徒のような気分で、所在無さげに待っていた。

 ギルガメッシュは粘土板を突き返し、短く告げる。

 

「民よりの陳情、把握した。貴様は休憩に入るがよい」

「承りました。厚かましいようですが、王もご無理をなさらぬようお気をつけください」

 

 ほんの小さく頷き返す王の姿を認め、ダンテは広間の隅に用意された椅子に座り込む。仮宿から持ってきた小包を開き、中身のサンドイッチを頬張った。

 これは楽しむための食事ではなく、単なる栄養補給。王の補佐官は他にもいるが、ブラック労働に励むギルガメッシュの補佐をするのだから当然激務に苛まれる。

 味を楽しむ余裕などあるはずもなく。ダンテは煤けた笑顔を浮かべて、心の声を暴れさせた。

 

(さ、寂しい───!! おまけに息苦しい!! 本当は私も寺子屋とかやりたかった……立香さんの恋路の援護をしようとしたのがこうも裏目に出るとは!! 誰でも良いから頭を使わない話がしたい! ノアさんでも可! いややっぱりノアさんは無理!!)

 

 詩才ばかりが取り沙汰されるダンテだが、下級貴族の出身からフィレンツェの統領に成り上がった手腕の持ち主でもある。

 神殿の雑用から補佐官に取り立てられたことは嬉しい。嬉しいが、ここまで忙しいとは夢にも思っていなかった。

 王宮が激務の真っ只中にある原因に心を巡らせる。この都市が戦時下にあるから───それで片付けられる話ではないだろう。

 ダンテはギルガメッシュを、そしてウルクの街に行き交う人々を流し見る。

 そう、結局はウルクの民が優秀なのだ。子どもから老人に至るまで例外なく。だから即座に問題を洗い出して、王の指示通りに改善し、また新たな欠陥を見つけ出してしまう。

 こうも人材が揃っているのは、この時代の人間が優秀と言うよりは。

 

(───そういった上澄みしか生き残れなかった。神の癇癪ひとつで都市ひとつが一瞬で消滅するこの時代は、あまりにも過酷すぎる)

 

 水筒に蓄えた水を飲み下そうとしたその時、背後の壁からマーリンがすり抜けてきて、

 

「やあ、少し遅い昼食かい? ダンテさん!」

「ぐふぅっ!?」

 

 たった今飲みかけていた水が逆噴射する。

 ダンテは咳き込みつつ、ポケットからハンカチを抜き出して口元を拭う。しばらくして落ち着きを取り戻した途端、フォウくんを抱き留めたシドゥリが王の間に駆け込んだ。

 

「こ、こんなところに……エレイン様とともに監査を務める手筈だったのでは!?」

「あ、うん。そういうのはガラじゃなくね。しかも彼女は私に対しては塩対応の極みで、草木相手に王の話でもしてろと言われたのさ。こうなってはサボるのもやむなしというか」

「行ってください、フォウさん!」

フォォォォウッ(死に晒せェーッ)!!」

 

 シドゥリがハンマー投げのようにフォウくんを放り投げると、その両足がマーリンの両眼に激突する。

 マーリンは手で顔面を覆って床を転がった。

 

「ンンンンン!! ンンンンン!! ンンンンンンンンン!!!」

「それ別のロクデナシですよねえ!?」

 

 ダンテは転げまわるマーリンの頭上に、笑顔でサムズアップする平安の全裸陰陽師の幻影を見た。フォウくんは唾を吐き捨てると、ダンテの頭上に飛び乗る。

 彼はサンドイッチを半分に分けてフォウくんに与えた。

 

「シドゥリさん。監査というのは?」

「ここ一週間のEチームの働きぶりを査定する任務が宮廷魔術師コンビに与えられているのです。お伝えしておくべきでしたね、すみません」

「いえいえ、シドゥリさんも仕事が溜まっていたでしょうし、仕方ありません。評価される立場になるのは久々ですねえ」

「今日中にエレイン様がいらっしゃる予定です。ダンテ様の政務能力に疑いようはありませんので、お気を楽に」

 

 ダンテは内心でガッツポーズを取る。評価という名目で短時間でも激務から逃れられるなら儲けものだ。

 心が晴れ上がるとともにサンドイッチの味に感動していたところ、冷たい目で先程のやり取りを眺めていたギルガメッシュが口を開く。

 

「否、ダンテの評価は(オレ)が執り行う。いくつか尋ねるゆえ、しかと答えよ」

 

 ぽろりとサンドイッチが床に落ちる。

 ダンテはそれを拾い直して無理やり口にねじ込み、さらに水で胃に押し流そうとするが、

 

「───むごぉっ!!」

フォウ(きたねえ)!!」

 

 あまりの緊張感から、胃が食べ物を拒絶した。

 この問答に掛かっているのは評価に非ず。風前の灯の如き自身の命である。少しでも妙な受け答えをすれば、その瞬間にギルガメッシュは───。最悪の未来を想像し、ダンテは始まってもいないのに死に体になる。

 ダンテは縋るようにシドゥリに視線を送った。

 目は口ほどに物を言う。その時、彼らは言葉を介さずして意思を交わし合う。

 

(骨は拾います───!!)

(死ぬ前提なんですか───!?)

 

 膝を高速振動させるダンテ。彼は頭を抱えて苦悶の声を捻り出した。

 

「ンンンンン……ンンンンンン!!」

「さっきからそれ誰なんです!?」

 

 シドゥリは思わず叫んだ。知らない方が良いこともこの世にはたくさんあるのだ。

 ギルガメッシュの左横の空間が波打ち、金色に染まる。王は黄金の波紋に手を差し入れ、一冊の本を取り出す。

 

「戯れに貴様の書いた神曲とやらを読んだ。地獄篇における貴様の無様には失笑を禁じ得なかったぞ」

「さ、作品にする際に色々組み替えたりしたので、私の体験そのものではありませんが……ですが、しょっちゅう気絶したりするのは本当で……」

「この書にある神とやらは不定形に過ぎる。この世すべての原動力───愛。それこそが神であると貴様は言う」

「如何にも。私が見た神そのものを伝えるには、私の言葉では力が及びませんでした」

 

 実力不足、とダンテは悔やんだ。

 言語はすべて物の喩えであり、グループ名だ。それ故初めて認識したものでも別の何かになぞらえて表現できるが、見たそのままを伝えることはできない。

 単に犬と言われても、人によって連想する犬種は違うだろう。柴犬だったりブルドッグだったり。

 

「星を、宇宙さえ動かす力を神と呼ぶなら、人は永遠に神の手元に在り続けることを強いられる。それを許容することも罪深い。まさしく奴隷の精神に他ならぬ」

「否定はできません。しかし奴隷と言うには人類は狡賢く……免罪符を売り捌いて儲けを掻っ攫い、戦争の理由に神の威光を持ち出す……時代は徐々に神を都合良く利用する方針へと切り換わっていきました」

「それもまたひとつの依存の形に過ぎぬ。だが……ふむ。神との真なる決別は未だ遠いか」

 

 独り言のように、王は呟いた。

 それで、ダンテはこの問答の意図を理解する。

 神との決別。ギルガメッシュは神々への反攻によって、神が主体となる世界から人が主体となる世界への橋渡しを行った。その変化は数千年をかけて緩やかに起きたが、その初発を担った王こそがギルガメッシュなのだ。

 しかし、その先にあるのは神の血を引く自分自身の否定ではないのか。

 途端に、彼への同情心が湧いて。

 命を賭けた問答であることも忘れて、言の葉を紡いだ。

 

「まあ、気長に待ちましょう。人と神の関わり方は時の流れに左右されるものです。古代の名君の治世が現代に通用するとは限らないのと同じように、その時々で適した変化をしているだけなのですから」

 

 ふ、とギルガメッシュは鼻を鳴らす。

 これは生き残ったのでは。ダンテの心象風景でカーニバルが開催される。見れば、シドゥリもほっと胸を撫で下ろしていた。

 両眼が陥没したマーリンはふらふらと起き上がった。

 

「後世の人々に期待しすぎるのもいけないが、しなさすぎるのもそれはそれで陰険だ。人間には神を利用するほどの図太さがあるのだから」

フォウフォフォフォウフォフォウ(なんか良いこと言おうとしてんなこいつ)

「それっぽいことを言うのが私の役割だからね! ダンテさんも分かるだろう?」

「ええ、フィレンツェの統領の仕事の二割は耳障りの良い言葉を述べることでしたからねえ!」

「───ほう、では貴様は我に対しても同様の態度を取っていたと?」

 

 がしゃり、と金色の門から鎖が放たれ、ダンテの首に巻きつく。彼の体はそのままギルガメッシュへと引き寄せられる。

 その最中、ダンテは顔面を絶望に歪めて、

 

「イヤアアアアアア誰か助けてくださいィィィ!!!」

 

 悲痛な絶叫が、ウルク中に轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ダンテの声が聞こえなかった?」

「一ノ谷で奇襲した時の平氏みたいな叫び声でしたね」

「いつものことだがな」

「カルデアにいればダンテさんの絶叫なんて聞き慣れますしね」

 

 ウルク市内に戻った一行。生命の危機に瀕しているダンテの話題はそこそこに、彼らは最後の場所へと向かった。

 残るはマシュとジャンヌが営んでいるという焼き物屋だった。確かに後者は火力に定評のあるサーヴァントだ。最近邪悪さばかりが取り沙汰されるマシュも手先は不器用でないため、突拍子のない職業ではないだろう。

 一行がずんずんと進撃していると、社会科見学中の子どもたちが小声でなにか話し合っていた。

 

「ここって……アレじゃん」

「ああ……俺たちの聖地だ」

 

 曲がり角を折れて、マシュとジャンヌの店に面する通りに出る。

 そこには、道の両端を埋め尽くすほどの人混みができていた。年齢層は若年に偏っているが、大人の姿も混じっている。通りは悲喜こもごもの声に包まれていた。

 周辺を包む異様な熱気。ほんのり怖気付いた立香は僅かに後退り、ノアの裾をつまんだ。

 

「……めちゃくちゃ盛況ですね。永沢くんの家が燃えた時くらい熱気を感じます」

「どこの作品のキャラだおまえは」

 

 とツッコミを入れると、寺子屋の生徒たちが二人の横をすり抜けて、人の海の向こう側にあるであろう焼き物屋へ突撃していく。

 

「ヒャッホォォォ!! ネンバトだぁぁぁ!!」

 

 意味不明な単語を発して走り去っていく子どもたち。ぽつねんと取り残された四人は無言で目を見合わせる。

 

「……とりあえず、裏口から入りましょうか。お客さんの邪魔になってしまうわ」

 

 彼女らはそそくさと裏口に回る。雑然と散らかった資材に紛れて、なすび柄のエプロンを纏ったマシュが四人を待ち構えていた。

 

「ふふふ……待ちくたびれました。わたしたちの職場が大トリとは、エレインさんは演出の妙を理解しているようですね」

「あら、知っていたの?」

「わたしの情報力を見縊ってもらっては困ります。ウルク各地に配置した販売員から、何やら先輩たちがぞろぞろ歩いていると聞いたので、推理をしたまでです」

「賢いのね。お店も繁盛しているようだし、期待できそうだわ」

 

 会話から推測するに、マシュは相当手広く商売を行っているらしい。立香はやにわに嫌な予感を察し、己がサーヴァントに問いかける。

 

「すごい繁盛してたけど、何を売ってるの? 焼き物っていうと壺とか?」

「よくぞ聞いてくれましたね、先輩。わたしも当初は壺やお皿を作っていたのですが、ある漫画雑誌から着想を得て、新しい商売を始めることにしました」

「もう既に嫌な予感しかしない」

「先輩には特別に、新発売の商品を差し上げます」

 

 と言って、マシュは一旦店の中に消える。数十秒経って出てきた彼女は、塔のように積み重なった粘土板を抱えていた。

 立香はそれらを受け取るが、粘土板の荷重に耐え切れず後ろにのけぞってしまう。

 

「お、重い重い!! なにこれ!?」

「人類史上誰も思いつかなかった空前絶後かつ超絶怒涛の新感覚カードゲーム『粘☆土☆王 バトルマスターズ』、略してネンバトのスターターデッキですが。ウルクで大流行しているのに知らないんですか?」

「パクリのオンパレードじゃねえか。聞き覚えしかねえよ」

「よしんばパクリだとしても、パクリ元はこの時代に無いのでこれが原典ということになります。事と次第によっては法廷闘争も辞さない覚悟です」

「法廷で戦うよりマスターの危機をどうにかして!?」

 

 マシュは立香の腕からネンバトのスターターデッキを受け取り、地面に置いた。

 圧倒的な既視感のあるゲーム。現代人であるマスター二人とは違って、エレインと牛若丸はいまいち要領を得ず、首を傾げる。

 

「ゲーム、なのよね? 娯楽は人間に欠かせないものだし、良いんじゃないかしら」

「花札みたいなものですか? それがあんなに売れるなんて驚きました!」

「この売れ行きに一番戸惑っているのはわたしなんですよね。うだうだ文字数稼ぎしていてもしょうがないので、店内をご覧いただきましょう」

 

 マシュに導かれるまま、一行は店内へ案内される。

 室内にはうず高く積まれた粘土。その隅にこぢんまりとした作業場が設けられている。青いツナギを着崩したジャンヌは赤熱した旗の穂先で、鉄板に絵を彫り込んでいた。

 

「こちら、ネンバトのイラストとフレーバーテキストを担当しているジャンヌさんです。こうして用意した鉄板を粘土に押しつけることで、大量生産が可能になりました」

「ジャンヌが手を貸すなんて意外というか……犬猿の仲なのに」

 

 ジャンヌは旗を下げ、自嘲気味に口角を吊り上げる。

 

「このなすびは私が書いてた小説をいつの間にか見つけ出して、公開と引き換えに協力を迫ってきたのよ! 屈辱にも程があるわ……!!」

「ちなみに内容はドラゴンのハーフで邪眼の力を持つ主人公ジャネットが、ヒロインのリッカとともに世界の滅亡に立ち向かうラノベで……」

 

 ごす、と鈍い音が響く。それはジャンヌの旗がマシュの頭頂を叩いた音だった。

 真っ赤に染まったなすびが床に伏せる。ジャンヌは無表情で何事もなかったかのように、作業場にいたもうひとりの従業員を連れてくる。

 目元を隠すような黒いフードを被った紫髪の少女。彼女は小さく会釈をした。

 

「こいつがゲームバランスの調整と広告戦略担当のアナよ。自己紹介しなさい」

「街を歩いていたら突然勧誘……ほぼ拉致されたアナです。嫌いなものはワカメです。今は広告戦略担当として、プレイヤーがじゃぶじゃぶ課金したくなるような射幸心を煽りまくる文章を考えています」

「現代の闇が古代に伝染してんじゃねえか。ウチにはそこの放火魔女喚び出すために聖晶石使い切ったやつがいるんだぞ」

 

 立香は瞳だけを虚ろな黒に染め、とぼけた顔をして、

 

「一体誰のことでしょう。そんなクズ運の人がEチームにいるなんて!」

「立香、記憶が……!?」

 

 ジャンヌは顔面蒼白になる。ロマンが必死にアロンアルファでくっつけた聖晶石のありがたみはとうに忘れ去られていた。

 人は痛みを忘れる生物である。たとえ幾度確率の壁に敗北しようとも、忘れてしまえば無かったのと同じだ。失われた通帳の数字は二度と戻ってこないが。

 だがしかし、気付けば残高が減っていたというのは貞子にも劣らぬホラーといえる。エレインはなんとなく現代社会の罪深さを思い知ったのだった。

 頭頂から首元を血で濡らしたマシュはよろよろと立ち上がる。彼女は作業台の上から一枚の粘土板を手に取って、立香たちに見せつけた。

 その粘土板は鮮やかな彩色が施されていた。イラスト部分には長い金髪をなびかせ、金ピカな鎧を着た女性が描かれている。

 

「こ、こちら、本日発売の新弾の目玉となる『ウルクの女帝ギルガメッシュ』です。五枚入りのパックに低確率で入っていますので、先輩もいかがでしょうか」

「リーダー、ちょっとお金貸してください」

「ふざけろ。俺が引き当てて高値で転売するに決まってんだろうが」

「……盛り上がっているところ悪いのだけれど、ギルガメッシュ王に許可は取ったのかしら?」

 

 エレインの思わぬ発言に、マシュ以下ネンバト製作メンバーたちはさっと目をそらした。

 

「……アナさん。その辺りの権利関係はどうなっているんです?」

「ウルクは王こそがルールなので……」

「私は悪くないわよ。そいつに脅されて描いただけなんだし」

 

 その瞬間、上空より降り注いだ一条の光線が屋根を突き破り、マシュの手元の粘土板だけをピンポイントで破壊する。

 周囲に衝撃波が拡散する。粘土の山が勢い良く崩れ、作業場が見るも無残な残骸の海と化した。

 光線の着弾点には短く〝発売停止、発禁処分。すぐさま回収に動くべし〟と、焼け跡が文章を紡ぎ出していた。

 マシュは血液で真っ赤な顔を青く塗り替える。

 

「───すぐに回収してきます!!」

 

 排泄後のネコを思わせる俊敏さでマシュは走り去っていく。アナはがっくりと地面に両手をついた。

 

「せ、せっかく考えた売り文句が……っ!!」

「これは詫び石確定ですね」

「……なすびは自業自得だけど、客は気の毒ね。新しいカードでも考えてみるわ」

「それでしたら、源氏デッキを所望します! 兄上が私を墓地に送ったらフィールド魔法鎌倉幕府を発動できる効果で!!」

「ブラックジョークがすぎるわ!!」

 

 そうしてしばらく経った後、エレインは最後の講評を書き殴る。

 〝『ウルクの女帝ギルガメッシュ』は廃案となったものの、補填として売り出された源氏デッキの売上は好調だった。ただし射幸心を煽りまくる売り出し方には問題アリ。しかし、店を訪れた人はみな笑顔で帰っていった。私も円卓の騎士をテーマにしたデッキで遊んでみたが、アルトリアのエクスカリバーで薙ぎ倒していくのは爽快だった〟───なお、ペレアスの性能は可も不可もなかったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽が地平線の彼方に沈んでいく。

 王の間までもが朱の色に染まり、薄暗い影を落とす。

 今回仕事を終えたEチームは玉座の前に並べられている。ギルガメッシュは彼らに一声もかけることなく、神妙な面持ちでエレインの報告書に目を通していた。

 王はため息をつき、読み終えた粘土板をシドゥリに渡す。

 ギルガメッシュの一挙一動がこの空間を支配しているかのような。立香には張り詰めた空気が物理的な圧力すら伴っているようにすら思えた。

 

「完璧と言うには程遠いが……それなり、まあまあ、いやほんの少しはこの都市に利益をもたらしたようだな。害虫が益虫となったのだ、その進化に自ら打ち震えるがいい」

 

 ノアとジャンヌが殺風景な表情をする一方、立香たちは苦笑いをする。

 なにせ相手はギルガメッシュ。傲岸不遜を地で行く英雄王。カルデアが集めた亜種聖杯戦争の記録には、彼を召喚した直後に殺害された魔術師もいたほどだ。

 

「現在、ウルクは戦争状態にある。敵は三女神同盟を自称する神霊どもだ」

 

 ギルガメッシュは言った。

 三柱の女神、それがこの特異点における敵。加えて、その内の一柱はメソポタミアの創世母神ティアマトを名乗っている。

 それは原初の大海にして混沌。この世の生命はすべてティアマトより生じた。かつて彼女に対抗できたのはただ一柱、至高神であり英雄神たるマルドゥークのみ。

 

「だが、我らは人の手により神を超え、己が起源に叛逆する。貴様らが人たらんとするならば、しかと心に刻め。これは世界を護る戦いでもなければ、魔術王めに至る前座でもない。人と神の生存闘争だ!」

 

 その声に、その言葉に、口を挟める者などいはしなかった。

 生存闘争。種の生き残りを賭けた戦い。物語に描かれる英雄譚のように優雅でもなければ、知略に満ちた策謀もない。どれだけ醜かろうと、地を這い泥を啜ろうとも勝つ───それのみを目的とした殺し合い。

 王たる挟持を捨てても勝つ。言外にそう告げてみせた英雄王を、誰が否定できようか。

 

「此度の件で少しは使い物になることが判明した。故に、貴様らには最初の任務をくれてやる。その光栄に浴し、歓喜の涙を流すがよい!! 我が許す!!」

 

 朗々と鳴り響く、王の命令。

 この時こそが、第七特異点攻略の始まりだった。

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