自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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第67話 ジャガーマンが倒せない

 地球表面上より約600km上空。

 蒼き星の大気圏を外れた宇宙の領域。

 凍てつく漆黒の大海。あらゆる生物の生存を拒絶する天空に、ひとつの人影が漂っていた。

 虚ろなまでに白く、泥土の如く濁った黒の少女。まるで水面を浮かぶように宇宙を停滞し、地球の重力にその身を引かれることすらない。

 血の雫を結晶にしたような瞳が太陽を、月を、地球を睨む。その全てを卑下し、見下すように。

 そして、ため息をこぼす。

 ───魔術王の神殿へ至る最後の特異点にしては、面白味に欠ける。

 そもそも。造物主たる自分を差し置いて新たな世界を創ろうなんて馬鹿げている。しかも魔術王を名乗る存在は被造物。そんなものが君臨する世界なんて笑い話にもならない。

 いっそのこと、自ら魔術王を下して計画を乗っ取ってしまおうか。日ノ本を照らす太陽の女神の位地を騙ったあの時と同じように。

 黒白の少女は陽炎の如く思考を揺らめかせる途中で、遥か600km下方の地上に視線を移す。大地に繁茂する木々の海、死の気配漂う無人の街。その中に、見知った顔を捉えた。

 くすり、瑞々しい唇が弧を描く。

 病的なまでに白い肌の手。その人差し指がメトロノームみたいに右へ左へ行き交う。

 

「ど、ち、ら、に、し、よ、う、か、な────」

 

 振り子が止まる。指先が選んだ場所を眺め、少女は一層深く微笑んだ。

 

「とりあえずは、目先の娯楽に集中しましょうか」

 

 水中を泳ぐように頭と足を入れ替える。トン、と両足が虚空を蹴り、その五体は地球へと墜落した。速度は優に音速を超え、一条の流星と化す。

 少女の胸に高鳴る高揚。冷めた石のような体に熱が灯り、唇の端が大きく吊り上がる。

 金星の女神イシュタルをひと捻りにし、不死を殺すヤドリギさえこの命を奪うことはできない。遍く神と不死の命を奪う武器ですらこの身を滅ぼせないというのなら、一体誰が、何が、自分を倒せるだろうか。

 この蒼き星も、その上を這いずる虫も、すべては愚弄すべき玩具。我が手中で転がし、生命の限りまでつつき倒されるのが玩具たる役割だ。

 ならば、身の程というものを分からせてやらなければならない。この物質界を創造した造物主の威光を以って、愚かな被造物たちを教化してみせよう。

 ───きっと、自分の可能性はどこへだって届くから。

 砂場にそびえる山を足で踏み躙るような全能感とともに、偽神サクラは始動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 粘ついた暑気が肌にまとわりつく。

 視界を埋め尽くす、鬱蒼とした森林。枝や木の葉、蔦が地面を這いずり回り、身を潜める生物の息遣いが反響する。背の高い木々が日光を遮っているはずが、もうもうと立ち込める熱気は奥へ踏み込んでいくたびに増しているかのようだった。

 立香たちはそんな熱帯林をがさがさと突き進んでいた。そこかしこに生い茂る植物を掻き分けて進む様は、歩くというよりも泳いでいるように見える。

 立香はがっくりと肩を落として、盛大なため息をついた。

 

「あつい、あつい……あつい……」

「大丈夫ですか先輩。わたしの盾は比較的ひんやりしていますのでくっついてください。何だったらわたしでも構いません」

「アンタの下心が見え隠れしてるんですけど」

「言うほど隠れてますか?」

「アナ。この子たちにはツッコむだけ無駄よ」

 

 密林を掻き分けて進む一行はEチームかしまし三人娘に、元ネンバト広告戦略担当のアナと湖の乙女三姉妹の胃痛枠エレインを追加したメンバーだった。普段、醜態を晒している面子でもここまで揃えば華やかだ。

 先日、Eチーム各員は一週間の仕事に従事することで、ギルガメッシュに利用価値を示すことに成功した。

 人間性に難があるEチームにも強みはある。それは二人のマスターがいること。彼らこそが諸悪の根源ではあるが、マスターが二人いることで二つの局面に対応できるのだ。

 そこで、ギルガメッシュはノアと立香のそれぞれに異なる任務を与えた。立香は熱に浮かされた頭でぼんやりと王の命令を回想する。

 

〝アホの極み乙女よ、貴様は配下にアナとエレインを加えてウルクより南のウル市を調査せよ。あの場所は密林に閉ざされておる。市民の生死すら不明な状況だ。臨機応変かつ適切な判断を求める……が、貴様には無理だろう。エレインを頼れ、以上だ───なに!? イシュタルめが厚顔にも供物の催促をしているだと!? ネンバトのクズカードでも叩きつけておけ!!〟

 

 という訳で、立香一行はウル市を目指すこととなった。ウル市の規模はウルクにも劣らない。その市民を助け出すことができれば、三女神同盟との戦いでは大きな力になるだろう。まさかギルガメッシュがネンバトプレイヤーとは思いもよらなかったが。

 道なき道を分け入ること数十分。立香は肩を落とすどころか腰をも曲げて、火照った吐息を漏らした。

 

「あつい、あつい……あつい……」

「せ、先輩が明らかにコピペした台詞で喋ってます! あついbotです!」

「よく今まで戦ってこられましたね。なんとかできないんですか?」

「立香にとってのエリクサーであるホットケーキミックスがあれば良かったんだけど。エレインは?」

「暑いのだけが問題なら、冷やせるわ」

 

 何食わぬ顔で言い切ったエレイン。ジャンヌは湿った視線を彼女に差し向ける。

 

「……早く言いなさいよそれ!?」

「もし森に敵が潜んでいるとしたら、私の魔術で魔力反応を出すのは悪手よ。『空想具現化(マーブルファンタズム)』も理屈は違うけど同じ。居場所を晒すことになるわ」

 

 自然を改変、再構成する能力で周囲の気温を下げたとしても、この密林に一か所のみ温度が低い地点を生み出してしまう。敵や原生生物にとって彼女らを発見するのは容易いだろう。

 ウル市の状況が不明な現在、無用な交戦は避けるべきだ。ジャンヌが納得しかけたその時、カルデアとの通信機からロマンの姿が投射される。休暇を経たためか、いつものくたびれた様子は鳴りを潜めている。

 

「『医者として言わせてもらうと、熱中症はとてつもなく怖いので……立香ちゃんだけなら涼しくしてもバレないと思います。このままbot化しても困りますし』」

「そ、そうね。こちらとしてもマスターの判断力が鈍るのは不利益だから」

「あつい、あつい……あつい……」

「これ文字数稼ぎしようとしてません!?」

 

 ここが敵地である可能性も忘れて、アナは叫んだ。ネンバト運営陣としてマシュとジャンヌとの交流でEチーム耐性を身に着けていたにもかかわらず、マスターはそれを軽々と飛び越えてきたのだった。

 エレインは氷の杖で立香の背中を優しく撫でる。虚ろに落ち窪んでいた目が生気を取り戻し、直立姿勢になる。まるで類人猿からヒトへの進化図だ。

 600万年の進化を数秒で成し遂げた立香の眼前に、エレイン特製アイスが差し出される。立香は即座にそれを頬張った。

 

「氷おいしいよおおおおお!!」

「立香が貧乏な家の子どもみたいに……!!」

「『ま、まあとりあえずはこれで良かった良かった! お腹壊さないように気をつけてね!』」

「体が冷えてもわたしが暖めるので安心してください」

「この調子でよく今まで勝ち続けてこられたわね……」

 

 エレインは嘆息した。今更と言えば今更だが、目の前でアイスを貪っている少女はこれまで七つの特異点を乗り越えてきた人間だ。人は見掛けによらないとはまさにこのことだろう。

 立香は額の汗を拭い、先程までの胡乱げな雰囲気を吹き飛ばす笑みを浮かべた。

 

「それはもちろん、色んな人に助けてもらいましたから! 大発明家エジソンの顔がライオンだったって知ってます?」

「何がどうなったら人間の顔が獅子になるのかしら……!? 先祖にケット・シーでもいたのかもしれないわ。同じネコ科だから」

「逆スフィンクスと思うと可愛らしいですね。是非モフらせていただきたいです」

 

 エレインとアナはほのかに頬を紅潮させた。なお、二人が思い描いているエジソンはマスコットキャラクターのような可愛らしい風貌だが、実物は筋骨逞しい大男である。

 ロマンはその会話を聞き届け、ネコ科でひと括りにされたエジソンへ哀悼の意を捧げた。実は女性だったパターンの英霊は伝承の齟齬で話が済むが、生前の写真まで残っているエジソンのライオン顔はカルデアでは未だに謎なのだ。

 立香は髪の毛の先を指に巻きつけて、

 

「……あと、リーダーもなんだかんだ助けてくれますし」

 

 妙に湿度の高い言動と表情。エレインやアナ、ジャンヌがなんとも言えない顔をする中、それを目の当たりにしたマシュは途端に胸を押さえて、盛大に吐血した。

 

「……ぐふぅっ!! くっ、違います、わたしがランスロットさんやガウェインさんと同類なはずがありません……!!」

「アホという点ではガッツリ同じ穴の狢だから安心しなさい」

「エタードに押しかけられて苦しんでたペレアスが重なって見えるわ」

「円卓の騎士は倒錯した趣味を持たなければならない掟でもあるんですか?」

 

 立香は何事もなかったかのように調子を戻すと、エレインに向き直る。

 

「そういえば、エレインさんはべディヴィエールさんからエクスカリバーを受け取ってアヴァロンに行ったんですよね。サーヴァントって死後じゃなくてもなれるんですか?」

 

 サーヴァントとは基本的に死後、英霊の座に祀り上げられた英雄の写し身だ。だが、ベイリンに殺害された末妹、ペレアスと添い遂げたリースと違い、エレインはその命を終えていない。

 無論、アヴァロンにて生涯を遂げた可能性はあるが、精霊の寿命は人間の尺度で計れるほど短くはないだろう。エレインは言いづらそうに答える。

 

「マーリンは言ったわ。〝ギルガメッシュ王の時代にまだ自分たちは産まれていない。つまり、存在していないんだ。これはもう死んでるのと一緒じゃないか〟と」

「理屈が雑すぎません!?」

「リーダーの屁理屈以下ですね」

「私もそう思うわ。でも、やってみたらできたのよ……ギルガメッシュ王の召喚に応えるという形でね」

「じゃあ、アンタとマーリンの本体はアヴァロンにいるってこと?」

 

 エレインはジャンヌの言に頷いた。

 彼女によるとアヴァロンには肉体のみを残し、サーヴァントの体に意識を移したのだとか。マーリンと湖の乙女はアーサー王伝説のキーパーソンとして、現代でも一定の知名度を誇る存在だ。その要因も大きかったとエレインは説明する。

 とはいえ、そんな芸当ができる魔術の腕を持つ者は限られる。少なくとも立香には見当もつかないことは確かだ。

 エレインはぐっと両手を握り締める。

 

「だから、いざとなったら私が立香を身を挺して守るわ。どんと構えていてちょうだい」

「その心配はカルデア最強シールダーのわたしがいる時点で杞憂ですが。ところで、アナさんの真名をお訊きしても?」

「秘密です」

 

 アナは即答した。光速の返答にマシュは面食らう。

 

「ともに働いたあの記憶は嘘だったと!?」

「ほぼ拉致ったみたいなものだったでしょ」

「秘密は女の美しさを際立たせると姉さ……知人も言っていました。そんな訳なので、私の名前も伏せさせていただきます」

「でも、予想するのは自由ですよね? 何かヒントがあったら私がずばりと当ててみせます!」

 

 そう言って、立香は意気込んだ。

 趣旨が大分変わっている。アナは内心で呆れを覚えた。爛々と目を輝かせてくる立香を無碍にあしらえるほど、アナという少女は意地悪くはなかった。

 

「……ディ○ニーのキャラクターに同じ名前の人がいます」

「ふふふ、もう分かりましたよ。アナと雪の女お」

「『そうだったら隠す意味なくないかな!? そもそもアナは偽名だよ!?』」

「ただでさえクソ暑いのに、アホな会話のせいで脳みそが茹だってきたわ。これ何時着くのよ」

 

 額から汗を流しながら、ジャンヌは愚痴をこぼす。エレインは地図を回転させながら眺めると、むっと眉を寄せてそれを懐に仕舞い込む。

 

「……きっとすぐそこよ。人の気配が集まっているわ」

「もしかしないでも方向音痴ですか? エレインさん」

「完全に地図読めない人の特徴でしたが」

「そ、そんなのじゃないわ。昔は地図がなくて困ったことなんてないんだから」

「『う、うん。まあこっちの機器でも方角は正しいから、このまま進んでいけばウル市には着くだろう』」

 

 と、その時だった。

 最初に彼女たちが知覚したのは音。木の葉を揺れ、枝が折れる。短い拍を打ちながら断続的に響く音はまるで、この森そのものがざわめいているかのようだった。

 次に追いついたのは視覚。周囲を縦横無尽に行き交う影。立香の目では強化魔術を以ってしても、その残影しか捉えることは叶わない。単騎か、複数か。それさえも

 だが、ひとつだけ彼女がサーヴァントと同程度に感じ取れる要素があった。それは全身を突き刺す鋭気。正体不明の影が発する気勢だ。

 マシュたちはマスターを取り囲むように陣取る。ジャンヌは肩から黒炎を立ち昇らせて、残影へと吼える。

 

「あら、大層なご歓迎ね! ちょこまか動いて私たちを脅そうって算段かしら!?」

「出てきたところでわたしたちには勝てずに、そこら辺のボロクズになるのがオチですが」

「ええ、念入りに切り刻んでウルクの畑に撒いてあげます」

 

 背丈ほどの長大な鎌を構えるアナ。瞬間、彼女の正面の樹木が爆発的な衝撃とともに根っこから空へと吹き飛んだ。

 しかし、それは攻撃ではなく。

 辺りを駆け巡る影が、音を置き去りにする速度で距離を詰めるための踏み込みにすぎなかった。

 

「───フッ。どこぞの金ピカならいざ知らず、この私が低俗な煽りに効くとでも思ったかァーッ!!」

 

 野性味に溢れた、底抜けに気楽な声。突進に合わせ、己が目が姿を確認するよりも早く、アナは鎌を振り上げる。

 左脇から右の鎖骨へ抜ける軌道。その逆撃は確かに敵を切り裂いた。が、肉を裂き骨を断った手応えはなく、仕留めた確信は感触とともに消えた。

 アナは咄嗟に面を上げる。斬ったはずの敵は、小高い樹木の上にいた。ソレは高らかに笑い声を響かせる。

 

「馬鹿め、それは残像だ! 視力検査の結果とかボロボロだったタイプ? いかんぞ寝る前のスマホは! いくらイベント中だからって周回ばっかりしてたら目が悪くなっちゃうぞ!!」

 

 妙に現代的なことを宣うサーヴァント。彼女の姿を表すなら、血に飢えた野獣の如き獰猛さと戦士の如き勇猛さを兼ね備えた威容…………なんてことはなく、ネコ科の四足獣を模した着ぐるみを纏った変人女だった。肉球型の長柄の棍棒を担いでいる。

 立香ら一行は一斉に目を白くした。

 残像を利用し、敵を欺く体術もさることながら、壊滅的なファッションセンスが彼女の脅威を頭から消し飛ばしていた。ハロウィンの渋谷にいても浮く衣装だ。

 今まできわどい格好をしたサーヴァントは何人となく見てきたが、これは別の意味で衝撃だった。立香は目を何度も瞬かせる。

 

「……ま、マシュ! いつもみたいに真名の解説を!」

「アメリカのゲームに出てくるチーターマンでしょうか。無限ジャンプを駆使する強敵です!」

「あんなバグゲーキャラと一緒にするでニャいわ!! つーか今の時代知ってるヤツとか数少なくない!? 独り善がりなボケは軋轢を生むと知れぃ!!」

「存在自体がクソボケなあなたが何を言っているんです?」

 

 アナの冷たい一言が着ぐるみ女を突き刺す。エレインはそれ以上に凍える目つきをしていた。

 着ぐるみ女はぎくりと震えると、肉球棍棒の先を立香たちに差し向ける。

 

「ともかく! ナワバリを荒らす人間には立ち去ってもらう! 我が肉球のシミとなるがいい……ニャ!!」

「取ってつけたような語尾───!!」

 

 立香が言葉を発するのと同時。ぱん、と木の枝が弾けた。着ぐるみ女は樹上から飛び降りる勢いを得物に乗せ、地面に叩きつける。

 豪風が吹き荒ぶ。風の合間に混じる岩石が雨霰の如く降り注ぐ。神秘のこもった岩の弾丸はサーヴァントをも挽き肉に変え得る威力を秘めていた。

 エレインは指一本も動かさずに、視線のみを傾ける。

 弾丸が到達する刹那、分厚い氷の壁が出現する。それは表面に一筋の罅割れもなく、岩の雨を防ぎ切ってみせた。

 しかし、その堅牢な壁は一瞬にして崩壊する。

 

「脆い、脆いわ! どれくらい脆いかと言うと、気になるあの子と出掛けた夏の日の思い出くらい脆い!!」

 

 あろうことか、着ぐるみ女は頭突きで巨大な氷壁を破壊した。

 

「それは脆いというよりも儚いと言うべきです!!」

「大分暗い青春送ってきたみたいね、トラ女!!」

「トラじゃねぇー! もう誰にも私をタイガーと呼ばせないと誓ったのだ!!」

 

 愚直なまでに正直な突進。故に先を読むのは容易い。アナの鎌とジャンヌの旗が交差するように、着ぐるみ女を狙う。

 双撃。果たしてそれは掠り傷すら女に見舞うことはなく。肉球棍棒のひと振りで腕ごと弾き返される。

 彼女は隙を晒したジャンヌとアナを足蹴にして、立香へと迫った。

 

「『gain_str+agi(32)』」

 

 筋力と敏捷を底上げするコードキャスト。

 マシュはその効果を一身に受け、一個の砲弾と化して着ぐるみ女と得物を衝突させた。盾を渾身の力で押さえつけながら、

 

「チーターでもタイガーでもないとなると、あなたは何のネコ科なんです!?」

「ククク、真名とは隠すもの。昨今のサーヴァントにはミステリアスさが足りぬ! やすやすと名前を明かすジャガーマンではないわ!!」

「先輩! これはツッコむべきですか!?」

「ごめん、私にも分からない!!」

 

 ジャガーマン。その名を聞いて、エレインは得心する。

 

「……狭義の意味での召喚術によって、精霊を自身に降ろすメソアメリカの戦士。そのファッションセンスにも納得がいったわ」

 

 かつて、メキシコから中央アメリカに栄えた文明。その呪術師たちは人間以外の動物や自然現象に変身・憑依する力を持っていたと言われている。中でも、動物霊の力を借り受ける者は実際にその毛皮を纏うことで、変化を成し遂げていた。

 立香はノアのうんちく魔術講義での記憶を想起する。

 

〝ダンテが魔神柱に変身したように、霊的存在を憑依させる。これが召喚術の元々の意味だ。北欧でもベルセルクなんて奴らが熊の毛皮を被って戦いに出ていた。要はそれが触媒だ。そういう連中は裸にひん剥いてやれ〟

 

 ……とは言うが、ジャガーマンを脱がせるのは普通に倒すよりも難易度が高い気がする。あのスピードを誇る相手を捕らえるなど、夢のまた夢だ。

 そんな立香の思考を読むように、エレインは告げる。

 

「その通りよ、立香。アレは英霊ではなく神霊。ジャガーに変身すると言われるテスカトリポカ神の一側面が具現化した存在……殺すつもりで戦いなさい」

 

 地面より何本もの氷の杭が噴出する。マシュだけを避けるように出現したそれはしかし、瞬時に樹上へ飛び移ったジャガーマンの尻尾さえも捉えられなかった。

 目にも留まらぬ速さで辺りを疾走するジャガーマン。鬱蒼とした植物に紛れ、林中に彼女の声が響き渡る。

 

「なぜ分かった!? やはり天才か!」

「アンタが自分で言ったんでしょうが!!」

「だが、ジャガーは考えるのが得意なフレンズニャ! 頭脳戦で遅れを取るはずがない!」

「……36×4は?」

「ぜんぜんわからん!」

 

 エレインは虚ろな目でため息をついた。ジャガーの頭ではレオニダス考案のファランクス算を理解できなかったようだ。

 森林を舞台としたジャガーマンは変幻自在かつ神出鬼没。この環境は狩り場に等しい。

 絶え間ない連撃の前に、立香たちは防戦を強いられていた。

 

「ニャははははははは!! 手も足も出ぬようだな! 勝敗を決するのは知性ではなく暴力!! 密林フィールドでバフがかかった私に勝てる者はあんまりいない!!」

「……へえ。アンタの強さは森のおかげってわけ」

「自分で自分の弱みを語ってくれるなんて、案外優しいのね」

 

 ジャンヌとエレインは背中合わせに、それぞれの武器を構えた。立香はマシュの背後に回りつつ、アナの手を取って引き寄せる。

 熱気と冷気が膨れ上がり、黒炎を纏う旗と氷の杖が同時に振るわれた。

 

「勝敗を決するのは───」

「───知性と暴力よ!!」

 

 莫大。その表現すら生温い火炎と吹雪が、密林を隅々まで席巻する。

 結果、ウル市を閉ざす密林を、黒白のコントラストが塗り替える。ことごとくが炭と化した焦土と、氷に覆われた凍土が一瞬の内に現れた。

 木々に潜み、獲物を刈り取るジャガーにとって、森林という環境は彼らの狩り場でありながら、人々の恐れと畏れを集めた信仰の基盤だ。

 故に、それを失えば神霊と言えども弱体化は避けられない。

 ジャンヌの正面では、物理的に尻に火がついたジャガーマンがのたうち回っていた。

 

「ギニャアアアアアア!! あっつ! アッツゥ!! 自然保護団体に怒られろ!」

「むしろあなたが怒られてください」

「エレインさん、どうします? このままだと私たちが自然保護団体から叩かれちゃいますよ」

「ジャガーマンに構ってる暇はないわ。だから」

 

 エレインは杖の先でジャガーマンを凍土の方へ突き飛ばす。すると、物理演算がイカれてるとしか思えない速度と挙動でジャガーマンが氷の上を滑っていく。

 

「摩擦力をとびきり弱くした特別製の氷よ。そのまま滑っていきなさい」

「ち、ちくしょー!! しかし私がやられたとしても第二第三のジャガーマンが───」

「『こんなのが何人も出てきたら悪夢すぎる……』」

 

 ロマンはモニター越しからでも、ジャガーマンの面倒臭さを感じ取っていた。

 で。

 一行はようやくウル市に到着することができた。

 ウルはギルガメッシュ王の要請を受けてもなお音沙汰のなかった都市だ。全滅という最悪の可能性も考えられたが、意外にも住民たちは普通の暮らしを送っているように見えた。

 変わったところと言えば、街中にまで植物が入り込んできているくらいなもの。景観的には向上していると言えよう。

 一行はジャガーマンとの戦いですり減らした神経を回復するため、通りの軽食屋で休憩していた。

 

「ジャガーマンが神霊ってことは、あいつが三女神同盟の一柱なわけ?」

 

 自然保護団体大激怒の放火を行ったジャンヌは、椅子にもたれかかりながらぼやいた。

 マシュは気の抜けた声で返事する。

 

「だとしたら拍子抜けですね。魔術王は最後の特異点だからと手を抜いたのでしょうか」

「確かに。むしろ最初の方が気合い入れるよね」

「はい。この世を創造した神様は七日目は休んだと言いますが、六日目は絶対適当だったと思われます」

「……六日目に人間創ったんですけど」

「人間の体なんて欠陥ばかりでは?」

 

 ジャンヌは口をつぐんだ。神は自分に似せて人を創ったが、人間の体は生え変わらない歯や巻き爪、抜け落ちすぎる髪の毛といった欠陥をいくつも抱えている。宗教的な観点からしても、神が集中を欠いていたことは確かだ。

 という暴論がEチームの外で通用するはずがないのだが。エレインは給仕の女性を呼び止める。

 

「そこのあなた。少し訊きたいことがあるのだけれど」

「なんでしょう?」

「私たちはギルガメッシュ王の命を受けて、ウルの調査に来たの。どうして密林に覆われた街から逃げ出そうとしなかったのかしら」

「逃げ出す理由がないというか……森のおかげで魔獣も入ってきませんし、森の女神の法を守ってさえいれば何事もなく過ごせます」

 

 密林のせいで出ようにも出られず、森の女神とやらの言いなりになるしかなかったのだろう。エレインはそう結論付けた。

 

「ですが、その森は既にジャンヌさんとエレインさんが───」

 

 立香は余計なことを口走りかけたマシュの口をパッと塞ぐ。アナは両の眉を寄せて、

 

「神が決めるルールは抜け道があったり、率直に言ってクソだったりすることがほとんどです。森の女神の場合はどうなんです?」

「い、一日に一度、エリドゥに男性限定で生贄を差し出すという契約で……」

「ああん!? そんなことしてたのアイツ!? さっき丸焼きにしておけばよかったわ!!」

 

 ジャンヌは怒りとともに炎を噴き出した。熱波が顔面を撫でつける。立香たちは苦い顔をした。その直後、彼女らの頭上で高笑いが轟いた。

 

「生贄を殺す時代はもう古い! 人間とは限られた資源───有効的に活用しなくてニャ!! エリドゥに集められた男たちはいま、監獄の中でナンバーワンルチャドールを目指してエゴイズム剥き出しの死闘を繰り広げているのだ!!」

 

 などと意味不明なことを宣うジャガーマン。屋根の上に君臨する彼女は、臀部周辺だけ黒焦げになった間抜けな姿をしている。

 それにしても信じがたい内容だった。嘘をついている可能性もある。立香は咄嗟にエレインの方を向く。

 

「妖精眼お願いします!」

「…………残念ながら、嘘は言ってないわ」

「人が亡くなっていないのは喜ばしいですが、嘘であってほしかったですね……」

 

 マシュは肩を落とした。そこにもうひとつ、聞き覚えと見覚えに溢れた人物が現れる。

 

「待て! そのジャガーマンは偽りのジャガーマン! 私こそが真ジャガーマンだ!!」

 

 通りを爆走してきたジャガーマンは、屋根上のジャガーマンと違って小奇麗な見た目をしたジャガーマンだった。何を言っているか分からないがそういうことだった。

 ロマンは驚愕のあまり、手に持ったコップからコーヒーを垂れ流す。

 

「『…………ジャガーマンがふたり!?』」

「……普通に考えて、傷ついてない方が偽物では?」

「いえ、私たちと戦った時から既に入れ替わっていたのかもしれないわ」

 

 慌てふためくロマンを尻目に、エレインは妖精眼を発動していた。

 屋根上のジャガーマンも、今しがた走ってきたジャガーマンも嘘はついていない。

 考えられる可能性は三つ。両方とも本物か、自分が本物であると思い込んでいるか、あるいは妖精眼を欺くほどの隠蔽を施しているか。

 しかし、Eチーム三人娘は別の可能性に辿り着いていた。

 

「……これって、もしかして」

「サクラ、かもしれません。スサノオさんの姉にも化けていたくらいですから」

「そうね。もう一度あいつを発狂させてやるわ」

 

 エレインは意識の端でその会話を認識していた。ぱちん、と指を弾き、魔術を発動する。

 屋根上のジャガーマンは赤色の毛皮に、もう一方のジャガーマンは緑色の毛皮に変化した。ジャガーマンズは互いの毛色を見て、嘲りの笑みを浮かべた。

 

「ふっ、緑とは永遠の二番手に定められた色……その時点で私が本物であることは確定的に明らか」

「浅いな、赤ジャガーマン。赤こそ永遠の不人気を運命付けられた色! 地面に埋められるのがお似合いだぞ!」

 

 赤ジャガーマンと緑ジャガーマンは腕で押し合いをしながら、灼熱の視線を激突させる。

 赤ジャガーマンは言った。

 

「この世に神は数あれど、ジャガーマンを選んで偽った審美眼は褒めて差し上げよう! だが世界にジャガーマンはひとりで事足りる! 真の姿を現せバケモノめ!!」

「バケモノはそっちじゃ偽ジャガーマンが! ラーの鏡さえあればその醜い本性を暴けるというものを! 誰かムーンブルク城まで行ってきてくれニャい!? ちゃんと毒消し草も用意するから!!」

「ここに来て他力本願とは見下げ果てたぞ緑ジャガーマン!! タイガーマンに改名するのが妥当よ!!」

「おいそれは禁句だぞ! ジャガーマンはジャガーマンであってそれ以上でもそれ以下でもない! 貴様はジャガーマン以下のジャガーマンだがなァ!!」

 

 世界で一番くだらない戦いが巻き起こっていた。走り出す理由がたとえどんなにくだらない人でも走り出せないレベルである。

 

「「───ならば! 力で決するより他はない!!」」

 

 ジャガーマンズは拳で殴り合う。砂煙の中から頭と手足だけが飛び出る古典的な光景ながらも、神霊同士の喧嘩は周囲に甚大な被害をもたらした。

 衝撃波が拡散し、地面がめくれ上がる。拳を叩きつける音は砲弾が炸裂しているかのようだった。余波だけで建物が傾き、ばたりと倒壊する。

 立香たちは背を向けて、はた迷惑な喧嘩から逃げ出す。

 

「うわあああああ!! やっぱり神様って迷惑な人しかいない!!」

「放っといたらウル市民にも被害が出るわよ! なんとか止めないと!」

「そう言われても、どっちが本物か分からないまま戦うのは危険では!?」

「それに、下手に横入りしたら被害が拡大するだけです!」

 

 マシュとアナは突撃しようとするジャンヌの肩を掴んで引き戻した。

 エレインは足を止め、杖を地面に刺す。

 

「───私が宝具を使うわ。異界なら街に被害は出ないから」

 

 ぱきり、と地中の水分が凍る音。

 氷の杖が地面に吸い込まれていくにつれて、放射状に霜が広がる。

 白く包まれる世界。肌を突く冷気。立香が身震いを覚えたのはその気温故か、はたまた。

 

「『悠か妙なる(トゥール・デ・ダーム)─────」

 

 しかし。

 現実と空想が入れ替わる瞬間。

 異界より呼び込まれた冷気が、中空に輝く神霊にかき消される。

 

「どっちが本物か分からない……そんな時は!」

 

 それは人の形をした太陽。

 アステカ神話における第二の主宰神。

 大気の破裂とともに、神は空中より墜落した。

 

「どっちも殴ってしまえば良いのデース!!」

 

 蹴撃一閃。ドロップキック気味に繰り出した両足の先が、赤緑ジャガーマンズの顔面に激突する。

 ジャガーマンたちは凄まじい勢いで突き飛ばされ、自身の五体で地面に長大な轍を刻んだ。

 如何な神霊と言えど、戦闘不能は間違いない一撃。だがしかし、砂塵の奥でジャガーマンの片割れがゆらりと立ち上がる。

 砂のカーテンの向こう側。緑ジャガーマンの首根っこを掴んで引きずるソレは、既にジャガーマンのカタチをしていなかった。

 少女は左の五指で頬をまさぐる。

 

「…………いッッッた。せっかく掻き乱せそうだったのに、邪魔されちゃいました」

 

 自らの肢体を影で覆う黒白の少女。下腹部に刻まれた紋様が妖しく光を放つ。

 

「なので」

 

 偽神サクラは華やかに笑い、

 

「───全員、ぷちっと潰してあげます」

 

 その背より、灰色の石翼を羽ばたかせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 立香たちがウル市の密林でさまよっていた頃。

 カルデアの董卓ことノアとそのサーヴァントに牛若丸とマーリンを加えた一行は、ギルガメッシュ王の勅命を果たすためにメソポタミア地域を歩いていた。

 一行が無言を貫く中、通信機の向こう側ではダ・ヴィンチちゃんがムニエルを介護していた。

 

「『おお、今日は靴下も履けたみたいだね。偉いぞムニエルくん』」

「『ウン。ガンバッタ』」

「『今日はみんなの昼食のサンドイッチにパセリを乗せる仕事をしてもらおうか。ムニエルくんはできるかなー?』」

「『ウン、ボク、ガンバル』」

 

 ムニエルは青白のストライプ柄のパンツと白い靴下のみを身につけた半裸状態だった。彼はひたひたと管制室の外へ出ていく。

 未だにムニエルはノアの霊薬の副作用から脱しきれていないらしい。ひとつの人格の崩壊を目の当たりにしたダンテは両目から大粒の涙を流した。

 

「ム、ムニエルさんがあんなことになっていたなんて……!!」

「おいおい、この特異点クリアしたら後は魔術王ぶっ飛ばすだけだぞ。全部元通りになる前に治ってもらわなきゃ隠蔽できねえじゃねえか」

「よしんば治ったとしてもオレが告発するからな!?」

「サーヴァントの分際でマスターに逆らえるとでも思ってんのか?」

 

 牛若丸はからからと笑って、

 

「ノア殿は一般的にクズと言われる人種ですね! その腹黒さは兄上と仲良くできそうですが!!」

「いえ、ノアさんは権力欲もあるので頼朝さんとは相性が悪いタイプだと思いますわ」

「王の下にはつけない人間だね。あの頃のブリテンにいたらアヴァロンに追放してたかもしれない」

フォフォウ(それお前だろ)

 

 そもそも、アヴァロンの妖精たちもノアの襲来はお断りだろう。その場合は現世の人間とアヴァロンの妖精でノアを巡った熾烈な争いが起きるに違いない。

 ローマの変人皇帝ネロは彼を宮廷魔術師に任命したが、シモンもまた同じ。ロクデナシであることは変わりない。ノアは邪悪に微笑んだ。

 

「安心しろ、俺が自ら下につきたいと願う王はソロモン王だけだ。神に見捨てられても領土を回復させてやる」

「『…………もしソロモン王がとんでもないポンコツだったらどうする?』」

「首輪で縛りつけて真人間に更生させてやるよ。ただそれは仮定の話だ。ソロモン王は女癖以外は完璧だからな!!」

「ダビデさんの息子ですからねえ」

「血は水よりも濃いと言います! 私と兄上もそうでしたから!」

 

 ノアはソロモン王トークに火がつくと周りが止めても話を続ける傾向にある。その上、牛若丸の頼朝トークが乗っかればどんな地獄が繰り広げられるかは想像に難くない。

 それを避けるため、ダンテは上を向いて記憶のページをめくり、話題を変えることにした。

 

「そ、そういえば。典拠にもよりますが、マーリンさんは湖の乙女に言い寄って封印されたんですよねえ。三姉妹の誰にやられたんですか?」

 

 何の気なしに問われると、マーリンは青褪めた顔で震え出した。

 

「…………の、ノーコメントで」

 

 ぼそりと呟くマーリン。相当なトラウマを負っていることは明白だった。その経緯を知っているであろうリースとペレアスは苦い顔をして言う。

 

「「あの時は色々ありすぎた……」」

「え、何があったんですか!? とてつもない闇が渦巻いているのを感じるのですが!!」

「『歴史の実態は記述と異なるということだろう。私も気になるけど、踏み込みすぎない方が良さそうだ』」

 

 誰にも何にも踏み込んではいけない領域はある。それが急所となればなおさらだ。

 ペレアスは気を取り直すと、鋭い視線でマーリンを咎めた。

 

「つうか、お前。色々暗躍してたそうだが、どうして第六特異点には来なかった?」

「正確にはEチームがレイシフトする前はちょくちょく幻影を飛ばしてきましたわ。手紙も届けてもらいましたし」

「私にはやるべきことが沢山あるからね。この特異点から離れる訳にいかなかったのさ。うん」

 

 ペレアスは取り繕うような語調に違和感を覚え、マーリンの後ろ暗さの正体を言い当てる。

 

「……王様に会うのが気まずかったんだろ。ベイリンもいたしな」

「まっ、まままままさか! 何を言ってるのかなペレアスくんは!? それにベイリンく……ベイリンちゃんは関係ないだろう!」

「嘘だな。お前が王様の次に肩入れした人間はベイリンだろ。天罰から助け出して墓に名前を刻んでやったくらいだからな」

「あー聞こえない! ところで、みんなはギルガメッシュ王から授かった任務は覚えてるのかな!?」

 

 マーリンは話の流れを強引に分断した。

 ノア一行は出発前、ギルガメッシュが述べた任務の内容を思い出す。

 

〝全世界雑種最底辺トーナメント優勝者、貴様には『天命の粘土板』を捜索してもらう。我が冥界より帰還した折、クタの地で書いたものだ。天命とはすなわち運命……粘土板には未来の出来事が記されている。これを敵に奪われれば痛手だ。必ず回収せよ。───ほう、レオニダスが四則演算をマスターしただと? 次は()(かっこ)を使った計算だと伝えておけ!!〟

 

 レオニダスは順調に算数の学習を進めていた。北壁の防衛を行いながら、少ない時間で勉強したにしてはかなりの学習速度である。

 それは別にして。ウルクの守護女神がイシュタルだとすれば、クタはその姉エレシュキガルを崇める街だ。ギルガメッシュが冥界から帰ったというのも、冥界との繋がりが強い場所だからだろう。

 シドゥリの補足情報では、現在クタ市の住民は眠るように死に絶え、呪われた地として誰も近づかなくなってしまったのだとか。

 粘土板を狙う小悪党もいないという意味では幸運だったが、波乱の予感しかしない土地だ。ギルガメッシュの当てつけというのは考えすぎかもしれない。

 地獄ソムリエ一級資格持ちのダンテは肩を竦めた。

 

「冥界の類はこりごりなのですが……ギルガメッシュ王の命令とあらば断る訳にもいきませんからねえ。皆さん、ウェルギリウス先生役は任せました」

フォフォフォウ(結局他力本願かよ)

「それにしても、予言までできるなんてギルガメッシュ王は凄いですね。内容を覚えてないのが何とも言えませんが」

「霊媒ってのはそういうもんだ。自動書記なんかじゃあ、本人ですら書いた文章を覚えてない事例まである」

 

 意識をこの世ならざる場所に繋げる、予言の秘奥。常人でも見た夢の内容を忘れてしまうように、現世の肉体が曖昧な記憶しか持たぬとしても不思議ではない。

 マーリンは影のある笑みを形作り、ノアに言う。

 

「メソポタミアの神話では、エンリル神が持つ王権の象徴も天命の粘土板と称される時がある。つまり、全宇宙の支配者たる資格だ。興味あるだろう?」

「ドロケイに乗じてギルガメッシュの宮殿で探そうとしたんだがな、牛若丸に阻止された」

「遊びとはいえ勝負は本気で臨むべきです! 第二回が開催されても、八艘飛びは自重しません!」

「人間が天命の粘土板を手に入れても大事にはならないけどね。神かその血を引く者でなくては意味がない」

 

 その昔、アンズーという怪鳥がエンリルから天命の粘土板を盗んだ。しかし、アンズーが世の覇者となることはなく、エンリルの息子であるニヌルタに奪い返されたのだ。

 王たる資格を有する存在は選ばれた神のみ。なれど、半神半人のギルガメッシュは王権を簒奪してみせた。その事実が意味することは。

 マーリンはノアを試すように問う。

 

「キミなら可能性がある。オーディンの後継者であるバルドル、半神半人の英雄バルデルス。キミが編み出したあの術式を用いれば、あるいは……ね」

 

 花の魔術師はからかうような口調の裏側に、抜き身の剣の如き鋭さを隠していた。

 向かい合う相手にしか分からぬように、そっと忍ばせた刃。

 ノアは小さく笑い飛ばす。

 

「ハッ、アホか。研究材料としては興味深いが、その程度だ。魔術の権威をぶち壊そうってやつが王権にしがみついてどうする」

 

 それに、と彼は続けた。

 

「───アレを使うのは、俺があの俺を許した時だけだ」

 

 真っ直ぐと言い切る。

 その碧い眼差しを覗き、マーリンはくすりと笑う。

 

「……うん、なるほど。少しキミという人間への理解が深まったよ。いや面白いな、これは得難い感情だ。私たちは人間ほど複雑な精神性を有してはいないからね」

「私たちは、というよりマーリンさんが、ですわ」

「キミほど単純な欲求に塗れた精霊はいなくない!?」

 

 リースはペレアスの片腕に抱きつく。

 

「半夢魔のマーリンさんに言われたくありませんわ。私のペレアス様への愛は多角的かつ多元的───これを複雑と言わずして何と言うでしょうか!!」

「僕が半夢魔なのは間違いないけど、キミはもはや淫魔じゃないかなぁ!? ペレアスくんも何とか言ってくれ!!」

「…………ノーコメントで」

「『ううん、相変わらずシリアスが長続きしないなあ』」

 

 そんなこんなで、一行はクタ市を目前にするところまで移動した。

 クタの街には人影ひとつ見当たらなかった。それどころか、鳥や家畜、虫の姿でさえありはしない。

 すべての生命がこの地を遠ざけている。そんな印象すら覚える、虚ろな都市。入り口から歩いてしばらくすると、ダンテは両脇にノアとマーリンを引き寄せる。

 

「まずい……これはまずいです……私の第六感が在りし日の恐怖を訴えています! 皆さん、私の四方を取り囲むように立ってください! そうでなくては動けそうにありません!!」

「サーヴァントのおまえが一番厳重に守られてんじゃねえ!! つうかおまえの第六感が赤信号以外を発した時があんのか!?」

「う〜ん、ダンテさんが女の子だったら役得なんだけど。アヴァロンにそういうことができる子たちがいるから行ってきてくれるかい?」

「遠回しに助けないことが確定したのですが!? けれど、ジェンマには悪いですが生き延びられるなら性転換も許容しますよ!!」

「『はるばるアヴァロンまで行かなくても私が執刀するよ?』」

 

 ヘタレここに極まれり。ノアとマーリンは無理やりダンテの腕を外し、先に進む。ダンテは負けじとノアの腰にしがみつき、そのままずるずると引きずられた。

 ともかく、任務は天命の粘土板の捜索と回収。手当たりしだいにクタ市を歩き回るしかない。

 牛若丸は辺りに目を配りつつ、

 

「しかし、ここまで生命の気配がないのは異様ですね。壇ノ浦の後より酷いです」

「草木たちも沈黙しておりますわ。エレシュキガル神の街だけに冥界の影響が強いのでしょうか」

「自分を崇める人間がいなくなったら神様も困るんじゃねえか? エレシュキガルがどんな神様か知らないが」

「エレシュキガルは自分の領域に人間を引き込むために、地上に病気の概念をもたらした神だ。万が一邂逅したとしても、安易な期待はするべきではないだろう」

 

 冥界の女主人、エレシュキガル。冥界の管理者であると同時に、人間を積極的に死に引き込む側面を持つ。その反面、性のエピソードも伝わっており、彼女もまたゲーデのように性と死の双極性を有している。いつの時代も生と死は表裏一体なのだ。

 メソポタミアの神話では、人間は神々の労働を代行する存在として生み出された奉仕種族である。神々が人間の生き死にに頓着しないのは当然でもあった。

 マーリンの話を聞いて、ダンテは唸り声をあげる。

 

「その話を聞いて一段と恐ろしくなってきました。くっ! 手汗で滑る!」

「にしても、どうやって粘土板を探しましょうか。見当をつけるにしろ、隅々まで回るにしろ、人数が足りません」

「ペレアス、令呪を以って命ずる。分裂しろ」

「無茶言うんじゃねえ!!」

 

 良い案も出ずに街をふらついていると、曲がり角から純白の衣を纏った青年が現れる。彼はなだらかに吹く風のような声で語りかけた。

 

「その仕事、ボクにも手伝わせてくれないか」

 

 腰まで届く緑髪、透き通る紫の瞳。

 青年の出現を受け、ダンテは甲高い悲鳴を捻り出した。

 

「ヒィーッ!! こんな場所にいるなんて亡霊か悪魔に違いありません! 第六感もそう言ってます!!」

「ケツに顔を押し付けてくんじゃねえ気色悪ぃ!! おまえの第六感が役に立ったことなんかねえだろ、死に設定だろ、フォウだろ!!」

フォウフォフォフォウフォウ(存在が忘れられてたのは昔の話だぞ)!!」

「この人たちは置いといて、貴方はなぜクタにいるのです? 口振りからすると私たちの事情も把握しているようですが」

 

 牛若丸は佩刀の柄に指を添わせる。紫色の瞳はその動作を認めながらも、青年は余裕に満ちた表情で口角を吊り上げる。

 

「今しがた召喚された身でね、キミたちの会話を盗み聞きさせてもらった。警戒していたとはいえ、失礼なことをしてすまない」

「謝るのはこっちかもな。アホな会話聞かせた上に亡霊扱いだ。悪かった。アンタの名前は?」

「───エルキドゥ。神々に造られた人ぎょ」

「あ、それ嘘ですね」

 

 ダンテは真顔で言い切った。

 しん、とただでさえ静かなクタが寒々しい静寂に包まれる。

 エルキドゥ(嘘)は目を閉じ、ゆっくりと開くと微量の殺気を声に乗せて問う。

 

「……なぜ嘘だと?」

「す、少しだけ心を読めるスキルを持ってまして」

「そうか。それは予想外だった。じゃあ、ボクが考えてることは分かるかい?」

 

 ひゅっとダンテが息を漏らした瞬間、大気が揺れる。

 ペレアスと牛若丸は滑るように走り込み、青年の首に触れる寸前で剣を止めた。

 

「ダンテに訊くまでもねえ。つまりはこういうことだろ」

「心を読む力がなくとも、押し付けてくる殺気だけで十分です」

「腐っても英霊───人間にしてはそれなりのスペックか。うん、まあまあ楽しめそうだ」

 

 二つの刃が首に食い込む直前、青年の足元より無数の鎖が巻き上がる。

 それはさながら鉄の竜巻。渦巻く鎖は空高く突き上がり、弾ける。無形の大気を踏み台にして空中に留まり、エルキドゥを偽称した彼は膨大な魔力を発散した。

 

「ボクはキングゥ! キミたち人間を滅ぼす者の名だ───!!」

 

 静かな湖面に岩を投げ込むように。

 キングゥの踏み込みによって空気が波打ち、波紋を生じた。

 まるで嵐に見舞われたみたいに、人の造りし家屋が根こそぎ吹き飛ばされる。その力の全てを一点に凝縮した一撃は容赦なく、ノアとダンテへ叩きつけられる。

 

「投影、『金鉄の神猪(グリンブルスティ)』!!」

 

 キングゥの動きはノアの目でさえも追えない。けれど、魔術の発動が間に合ったのは幸運ではなく必然。敵を警戒する本能のままに動いた、その結果だった。

 両者の間に巨大な金色の猪が立ちはだかる。勝利の剣を携えし豊穣神フレイの乗騎、これを模した獣は鼻尖によってキングゥの一撃を受け止め、呆気なく破裂する。

 キングゥの追撃はなかった。ペレアスと牛若丸が割って入り、マスターへの道を塞ぐ。

 

「チッ! 役に立たねえなアイツ!!」

「前にもこんなことありましたよねえ!? あの子の扱いが酷くありませんか!?」

「動物の扱いには気をつけた方が賢明だ。映画を見ても人間が酷い目に遭うより犬猫がそうなる方が嫌な人も多いからね」

「うるせえ、おまえも戦え!!」

 

 ノアはマーリンを引き寄せ、尻に蹴りを入れる。

 

「ちょっ、キャスターに殴り合いさせるとか死刑宣告も同然なんだが!?」

「ああ、後方でネチネチできない魔術師に意味はないね……!!」

 

 キングゥはよたよたと前線に入り込む花の魔術師へと、右拳を叩きつける。胴を四散させるに余りある拳撃。それはマーリンを打ち抜く寸前で、血の華を咲かせる。

 成したのは、魔術師の手中に輝く黄金の剣。指揮棒を手繰るかのような優雅さで、その斬撃はキングゥの表皮を裂いていた。

 

「───ふ。一山いくらの運動不足キャスターたちと同列に語られては困るというもの! 今のトレンドはアウトドア系なのさ!!」

「お前の場合は詠唱すると舌噛むからだろ」

「しかも何百年もアヴァロンの塔に引き篭もってるので、人類史最大級のインドア系ニートですわ」

「うん、そこのバカップルは黙ろうか!!」

 

 ダンテが宙に祝福の詩を解き放つ。

 ペレアスと牛若丸、マーリンにその光が宿るとともに、キングゥとの戦闘が幕を開けた。

 花の魔術師が与えた傷は瞬時に癒えていた。加えて、その五体から繰り出される攻撃はすべてが自然の暴虐を体現し、必殺の威力を秘めている。

 ペレアスの全身に紅蓮の鎧が取り憑く。攻撃に伴う余波の防御を甲冑に任せ、騎士はキングゥの懐へ入り込んだ。

 神殺しの魔剣が奔る。

 マーリンの斬撃でさえ素手で捌くキングゥは、この時初めて攻撃を回避した。

 

「その剣だけはくらう訳にはいかないな。少しばかり痛そうだ!」

 

 後方へ跳び、突き出した両の袖口から鋭い杭のついた鎖が溢れ出す。

 退くペレアスとは逆をつく牛若丸。彼女は地面を蹴り跳び上がると、鎖の奔流を足蹴にキングゥへと肉薄する。

 風切り音が鳴る。緑髪の房が千々に分かれ、宙を舞う。

 すれ違いざま。キングゥは右足一本で小さく跳び、体の捻って牛若丸へ左足刀を加える。

 べきり、と受け止めた柄が破砕し、牛若丸は血を吐いた。キングゥの力を殺し切れず、その一撃は身体に届いていたのだ。

 

「『治癒の呪法(Elder Rune Ⅱ)』───マーリン!!」

「応ともさ!!」

 

 原初のルーンによる治癒が牛若丸に降り注ぐ。マーリンが地面に黄金の剣を突き立てると魔力の波濤がキングゥを襲い、もう一方の手で杖の仕込み剣を放り投げる。

 牛若丸は即座にそれを掴むと、キングゥへ斬撃を見舞った。

 流れ出した血液が地面に点々と赤い染みを滲ませる。

 

「───ああ。これは、埒が明かないな」

 

 キングゥの親指が頬に刻まれた切創を拭う。流れる血、傷さえ修復され、その肌に残るモノはひとつ足りとも消失していた。

 

「だったら降参でもするか? この程度で音を上げる根性の持ち主なら俺の勝ちだがな。桃鉄100年徹夜プレイやってから出直してきやがれ」

「ただ、キミたちの実力を測ることはできた。その結果から言うと、うん、皆殺しにできるかな。紅い騎士の剣さえ気をつけていればどんな風にも殺せる」

「まあ俺に勝てるやつなんてこの世のどこにもいない訳だが。キングゥつったらマルドゥーク相手に裸足で逃げ出した腰抜けだからな。おまえがキングゥそのものかは知らねえが、その通りにしてやるよ。天才の力に恐れおののけ!」

「だけど、こんなに傷を受けたのは初めてでね。この憤りは並の殺し方じゃ発散できそうにない。そうだな、蒸発させてみようか。大地の養分にもなれないのがお似合いさ」

「会話がまったく噛み合ってないんですが!!?」

 

 ダンテ渾身のツッコミはノアとキングゥには届かなかった。

 キングゥは屈み、クタの地に手のひらをつける。どくり、と地が心臓の如く脈動する。光り輝く魔力が汲み上げられ、キングゥの肉体に凝縮される。

 それは大地の力。

 生命の出発点にして終点を担う権能の発露。

 矮小なるヒトの力など及ぶべくもない甚大なエネルギーを金色の鎖へと変え、キングゥは存在の核たる宝具の名を唱えた。

 

「『母よ、始まりの叫をあげよ(ナンム・ドゥルアンキ)』!!!」

 

 地より解き放たれた星が天へと飛翔する。

 雲を突き抜け空を超え、地球の重力を振り払う。

 一条の光星はそこでようやく上昇を終え、母なる大地へと帰還する。

 世の終わりと見まごうかのような威容。その墜落による鳴動はメソポタミア全土に及び、ノアたちだけを殺すべく加速した。

 これを防ぐ術は、花の魔術師マーリンすら持ち得なかった。

 

「投影、『炎星の首飾り(ブリーシンガメン)』」

 

 そして、星が堕ちる。

 世界より色が消え、音が失われる。

 キングゥの特攻はクタ市を吹き飛ばすだけでなく。

 周辺数十kmの何もかもを、蒸発させてみせたのだった。

 赤熱する爆心地。地中の岩石と鉱物が融解し、どろどろと流れ出す。常なる生物の生存能わぬ土地の中心で、キングゥは独り言を呟く。

 

「…………逃げられたか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クタ市の地下。

 死の瘴気が充満する荒野にて、いくつかの人影が落ちた。が、ひとつを除いてそれらは綺麗に着地する。

 例外は頭から地面に激突し、頭頂から噴水のように血を噴出させた。

 

「うごおおおおおお!! え、大丈夫ですかこれ!? 脳みそまろび出てません!?」

 

 イタリア最大の詩人、ダンテ。彼は両手で頭を抱えながら、ひっくり返ったゴキブリみたいにのたうち回る。

 ノアたちは思ったより元気な様子を確認すると、示し合わせたように額の汗を拭って息を吐き出した。マーリンは杖で地面をこんこんと叩く。

 

「うん、ここはクタ市の地下……冥界みたいだね。ノアくんの思いつきは上手くいったようだ」

「魔術で地面を掘って冥界に逃れる、ですか。よくそんなこと思いつきましたね? 兄上に迫る機転です」

「スサノオが同じことをやってたからな。神代なら現世と冥界は陸続きだ。それもこれも天才たる所以だが。おまえらにこの偉業を後世まで語り継ぐ権利をやる」

「いや、オレたちもう死んでるからな。マーリン以外」

 

 すると、牛若丸は目を輝かせた。

 

「スサノオ神に会ったことがあるのですか!? どんな見た目でした? 性格は!?」

「見た目は大体子どもでしたわね。最後は馴染みのあるヒゲもじゃになりましたが」

「性格は…………知らない方が良いと思うぞ?」

「おお……人伝えに神の本性を知るなど畏れ多いということですね! 是非一目見てみたかったです! 神剣が水没する原因を作った私が言うのもなんですが!!」

 

 牛若丸は興奮した様子ではにかんだ。

 なお、彼女の心配は杞憂だろう。スサノオはアホだがそんなことを根に持つほど狭量ではない。むしろ腹を抱えて爆笑する破綻者である。

 笑い転げるスサノオを想像するペレアス夫妻の横で、ダンテが幽鬼の風体で立ち上がる。彼はふらふらとゾンビのように手を前に突き出して、所在なさげに歩く。

 

「は、早くここから逃げましょう! この空気と雰囲気はまさしく地獄です! 死んだ私たちがサーヴァントになって冥界に来るとかどういう冗談ですか!?」

「やかましいぞダンテ。せっかくの冥界探索をフイにできるか。まずはエレシュキガルを脅して天命の粘土板の場所を吐かせる」

「確かに、地上にないとなると粘土板があるのは冥界だろう。そもそもキングゥが蒸発させた可能性もあるが」

「聞いた限りじゃあ、エレシュキガルって神様が教えてくれそうにはないけどな……」

 

 ペレアスは苦い顔をした。

 神話の記述を信じるなら、エレシュキガルは人間の頼みごとを気軽に請け合うタイプではない。試練を押し付けられた挙句、横紙破りをしてくることも考えられる。

 ダンテはライブで熱狂するヘビメタファンのように頷く。

 

「ええ、間違いありません! きっとその神は恐ろしい見た目をしているのでしょう……あのサタンのように! ヒィーッ!!」

「自分で想像して自分で怖がってますわ……!!」

「エレシュキガルなる神様はどこにいるのです? 冥界の支配者というくらいですから、やはり最奥でしょうか」

「そんなアナタのために、マーリンお兄さんがそれっぽいところを探しておいたよ。こっちだ」

 

 駄々をこねるダンテを、ノアがリード付き首輪で強制連行する。

 マーリンに案内されたのは、見上げるほどに巨大な石の扉。ゾルディック家の試しの門をうかがわせる。それは冥界にありながら、一際異様な雰囲気を放っていた。

 しかも、その扉の隙間からは甲高い声が断続的に漏れ出している。

 

「こ……この声はまさか拷問───!?」

「にしては切羽詰まった声してねえな。俺が拷問の何たるかを教えてやる」

「私のマスターが悪魔すぎる件について!」

フォウフォフォウ(スレ立て遅えよ)

 

 ノアは石扉を勢い良く蹴り開いた。

 そこにいたのは、

 

 

 

 

「にゃーん♡ にゃんにゃん♡ にゃ〜ん♡」

 

 

 

 

 ネコの亡霊と戯れる、金髪美少女だった。髪の色以外はイシュタルと同一人物と思えるほどに酷似した容姿をしている。

 侵入者たちと少女の目が合う。

 金髪美少女は顔を真っ赤にして、泡を食いながら名乗りをあげた。

 

「────わ、我が名はエレシュキガル。私の冥界に土足で踏み込むとは、良い度胸なのだわ。這いつくばって頭を垂れなさい」

「いや、それは無理がありますよねえ!!?」

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