自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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第68話 傲慢の偽神

 イシュタルの神殿。

 金星の女神は疑似サーヴァントとしてこの時代に召喚され、自由気ままに生活を送っていた。近隣の農家から家畜を強制的に徴発するのは朝飯前。片っ端から金銀財宝を奪って愛でたり、なんだか気分が晴れないので目についた場所を矢で吹き飛ばしてみたりと、悪行三昧を謳歌していた。

 が、人間たちはそれでもまだ生温かったのだと知る。数日前、イシュタルがサクラに敗北したその日から、女神の傍若無人な振る舞いは過熱の一途を辿ったのだ。

 イシュタルが負けた憂さ晴らしをする様を見て、ある人はこう表現した。〝山脈でドミノ倒しをしているかのようだった〟と。

 さらには周辺住民を掻き集め、人間ジェンガ大会を開催する始末。ギルガメッシュの意向によって、ウルクの片隅に設けられたイシュタルの祭壇は放置の果てに心霊スポット顔負けの廃墟になっていた。

 そんなことはいざ知らず。イシュタルは各所から巻き上げた金銀宝石の山の上で貪っていた惰眠から意識を覚醒させる。

 寝ぼけ眼を擦り、ふわふわと宙を漂って寝所から屋外へ出ると、大量の捧げ物を積んだ荷車が停車していた。その御者である男はイシュタルへ礼を取った。

 

「イシュタル様! ギルガメッシュ王の命により供物の献上に参りました!」

 

 ふむ、とイシュタルは空中で肘をつく。

 

「あの金ピカにしてはやるじゃない。やっと私の威光を理解したってことかしら。中身、見させてもらうわよ」

 

 荷車に載っていたのは、成人男性二人分ほどの高さの袋。高さに比例して体積も大きい。イシュタルは鼻歌混じりに軽々と袋を掴みあげると、それを引っくり返して中身をばら撒く。

 どさどさと音を立てて、袋の中身が流れ出す。それは地面にうず高く積まれた宝石───ではなく、何やら絵と文章が刻まれた粘土板の山だった。

 イシュタルは殺伐とした表情になる。

 

「…………は? ゴミの山?」

「現在ウルク市内で大流行中の新感覚カードゲーム『粘☆土☆王 バトルマスターズ』、略してネンバトのカードですね」

「なによそのパクリのオンパレードは!? カロリー高すぎて胃もたれするわ!!」

「若い頃は大丈夫だったのに年取ると一気にキャパが狭まりますよね」

「そうそう、食後の血糖値が……って違うわ!」

 

 びしり、とイシュタルは男に対してデコピンを放つ。

 神のデコピンはそれこそ人間離れしていた。男の体が空中を三回転し、地面に肩ほどまで埋まる。奇怪なオブジェと化したウルクの遣いを背景に、イシュタルは一枚の粘土板を手に取った。

 それは他の粘土板と異なって絵が描かれておらず、金箔が貼られた豪奢な見た目をしている。

 そこにはこう書かれていた。

 

〝駄女神イシュタル。たとえ貴様が何処に出しても恥ずかしい雑種の中の雑種だとしても、ウルクの都市神である以上、王の役目は果たさねばならぬ。そこでネンバトのカードを贈ることにした。明日のパンとも引き換えられぬクズカードだが、不埒な悪行を尽くす貴様の身には相応の代物であろう。駄女神は駄女神らしく貧相なデッキでも組んでいよ(笑)貴様には共に遊戯に興じる相手などおらぬだろうがな(爆)〟

 

 文章を読み終わるか終わらないか、その時既にイシュタルの怒りは天元突破していた。五指で粘土板を粉砕し、目元に涙を溜めながら、全身をわなわなと震えさせる。

 

「あんんの金ピカァァァ……!!!」

 

 ───決めた。絶対に殺す。

 並大抵の殺し方ではこの屈辱、この怒りは静まりそうにない。芸術的かつ前衛的、誰も見たことがない無様な死に様を晒させてやらなければ気が済まない。

 例えば、どこぞのへっぽこに切り札を使うことを躊躇った挙句に腕を斬られて、ついでに頭も射抜かれて聖杯の孔に飲み込まれるとか。

 殺意の波動に目覚めたイシュタルは即座に天舟マアンナを呼び出した。

 その、直後。

 イシュタルの神殿から遥か遠方。爆ぜる閃光と莫大な熱。女神の五感は素早くそれを察知すると、ウルクの遣いの首根っこを捕まえて空に飛び上がる。

 金星の女神は見た。

 天空を穿ち、大地を叩き斬る光の柱を。

 振り落とされる光はさながら一本の剣。光の奔流は不自然に軌道を変えると、イシュタルの眼下を潜り─────

 

「ちょ、ちょっと、待っ」

 

 ────彼女の神殿を跡形もなく蒸発させる。

 およそ五分、イシュタルは白目を剥いて立ち尽くしていた。一旦はその瞳が元の位置に戻るものの、目の前の現実を受け入れきれずに目玉が引っくり返ってしまう。

 それを繰り返すこと数度、イシュタルはようやく現実を直視する。

 蒐集した宝物は影も形もない。女神の神秘によって底上げされた神殿の防御はまるで意味をなしていなかった。だが、女神の収集物の中でひとつ、無傷で残っているものがあった。

 手を近付けるだけで指が落ちてしまいそうな刃を煌めかせる、ひと振りの剣。イシュタルはその柄を迷いなく鷲掴みにすると、ぼろぼろと涙をこぼしながら歯を食いしばる。

 

「どこのどいつか知らないけど、ぜっっったいに許さないんだから────!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クタ市、地下冥界。

 メソポタミアでは、死後の世界は人が住む大地の下にあると考えられてきた。

 神だけが永遠の生命を持ち、人間はみな現世の地位や功績に関わりなく、非力な幽霊として暗く乾燥した地下世界に送られる。

 誰もが荒涼とした地下の闇をさまよい、土と埃を食む存在に成り果てる。冥界の女神エレシュキガルはそんな世界を支配しているのだ。

 しかし。

 こぽぽぽ、とティーポットからカップへと紅茶が注がれる。女神の手によって注がれたそれは、人骨製のちゃぶ台を取り囲む面子それぞれに差し出された。

 ちゃぶ台の中央にはマカロンやクッキーといったお茶請けが並べられていた。ペレアスはクッキーを一枚つまみ取って、まじまじと見つめる。

 

「……これ食ったらペルセポネみたいになったりしねえよな」

「まあ大丈夫だろう。あれは冥界の食べ物を口にしたからこそだ。これらの素材はすべて地上のものでできているよ」

「そういうことなら問題ないですわね。はいペレアス様、あーん♡」

「……あーん」

 

 堂々とクッキーを食べさせ合いながらイチャつくバカップル。それを間近で見せつけられたマーリンの顔面からすべての感情が消え失せる。彼らを尻目に、エレシュキガルは紅茶を口に運んだ。膝の上には先程戯れていたネコの亡霊が背を丸めて寝転んでいる。

 マーリンはペレアス夫妻からやや距離を取りながら、ネコの亡霊を見据えた。

 

「こうして見ると、なぜ人間たちが何千年もネコを愛してきたのか分かる気がするなあ。これで鳴き声がフォウとかだったら、あれほどの地位は得られなかっただろう」

 

 間髪入れず、フォウくんの飛び蹴りがマーリンの右頬に激突した。頚椎から嫌な音が響き、壊れた人形みたいに首ごと頭が左に折れ曲がる。

 ノアはマーリンの髪を掴んで首の位置を元に戻しつつ、

 

「俺は猫より断然犬派だがな。あんな生意気な生物の何処が良いんだ?」

「ノア殿は一度自分を振り返って見るべきでは?」

「やめろ牛若丸、俺を俺の栄光の輝きで盲目にする気か?」

「そういう意味で言うならノアくんは既に盲目じゃないか?」

 

 ダンテは指先に熱を伝えるように、ティーカップを手で包む。エレシュキガルのあの姿を見て多少毒気は取り除かれたものの、冥界の恐怖は如何ともし難く、その手はガタガタと震えている。

 

「そ、その。なぜ紅茶なんです? お菓子もそうですが、この時代にはないはずでは?」

「依代の趣味に影響されたのよ。疑似サーヴァントは本来召喚できない神霊を、肉の器を利用することで喚び出すモノだから。まあ別に悪い趣味ではないから良いのだけれど」

「ということは、容姿が似ておられるイシュタルさんも疑似サーヴァントなる存在なのですか?」

「ええ。そういうことになるわね」

 

 エレシュキガルはつっけんどんに言った。紅茶を嗜む動作は肉体に染み付いている。たとえ別の人格に乗っ取られようと、習慣は消えないということだろう。

 にしても、神にまで影響を与えるとは、元の少女はどれほど剛毅なのか。ダンテは苦笑いするしかできなかった。

 

「カルデアにも紅茶が趣味のおじさんがいらっしゃいますわ。確か名前は……」

「優雅なおじさんに名前なんて無さそうだけどな」

「ボケたこと言ってんじゃねえペレアス。あの優雅なおじさんだぞ、とてつもなく優雅な真名を隠してるに決まってんだろうが。なんたって優雅なおじさんだからな。さぞかし優雅な名前してるに違いない」

「お前は優雅なおじさんに魅了の魔術でも掛けられてんのか!?」

 

 相変わらずどこから来ているか分からないノアの優雅なおじさんへの信頼だった。エレシュキガルはため息をついて、ティーカップをそっと置く。

 

「優雅なおじさん……名を持たず、ただその在り様が優雅と評されたおじさんということかしら。興味深いわね」

「ほら見ろペレアス、冥界の女神でさえもこれだ。まともな審美眼を持ってるやつは優雅なおじさんに惹かれざるを得ないんだよ」

「エレシュキガルさんの方はともかく、ノアさんの眼は曇りに曇っていますわ。80代の視力ですわ」

「老眼の心配なら旦那にしとけドスケベ精霊。ダ・ヴィンチ、カルデアの誇りをエレシュキガルに見せてやれ」

「『ふっふっふ……職員たちがせこせこ貯めた、おじさん秘蔵フォルダが火を吹くぞぉ!』」

 

 と言って、ダ・ヴィンチがスクリーンに映し出したのは、食堂で紅茶を味わう優雅なおじさんがバストショットの構図で撮られた写真だった。

 ティーカップから漂う湯気。やや吊り上がった唇。紳士の落ち着いた雰囲気がもたらす効果は殺風景な食堂を宮殿の一室さながらの輝きにまで仕立て上げている。ルーブル美術館の一角に並んでいても遜色のない名画である。

 微妙な顔をするペレアス夫妻とダンテとは裏腹に、牛若丸とマーリンは感嘆の声をあげた。後者はいささかわざとらしさに満ちていたが。

 

「この余裕が表れた表情と知的な眼差し、まるで京の公家のような空気を感じます……!!」

「ベイリンちゃんになかったものをどちらも持っているね。うん、彼になら円卓の一席を預けても良いんじゃないかな?」

「お前は一回王様とベイリンに殴られろ」

「むしろボコられてくださいませ」

 

 一方、エレシュキガルの反応はと言うと。

 彼女はしばし言葉を失っていた。まばたきさえも忘れたその姿は集中によるものか、放心から来るものか、はたまた感動によるものか。傍目からは見分けがつかなかった。

 ふ、と鼻を鳴らし、微量の紅茶で唇を濡らす。冥界の女神の振る舞いはどこか、優雅なおじさんを想起させる。

 女神は一息つくと、一瞬すべてを受け容れたような笑みを浮かべて、

 

 

 

「お父様ぁぁぁぁぁっ!!?!?!?」

 

 

 

 勢い良く背後へ倒れ込んだ。彼女の膝に乗っていたネコは短く鳴き、俊敏な動きでエレシュキガルの転倒に巻き込まれることなく走り去ってしまう。ネコ特有の神速の反射神経だ。

 女神の突然の奇行。ただでさえ静かな冥界がさらに静まり返る。そこら辺を這っていた亡者たちまで、居心地が悪そうにしている。

 当然、ノアたちがエレシュキガルの事情を知るはずもない。そのため、彼女の叫びを額面通りに受け取ってしまうのも無理からぬことだった。

 ダンテの顔色が急激に青褪める。

 

「エレシュキガルさんの父君……!? まさか、優雅なおじさんの真名は────」

「───アヌ、もしくはエンリルか。どっちにしても神には変わりねえ。なるほど、あの優雅さは権能だったのか!!」

「『じゃあ、立香ちゃんのガチャ結果はもしかしてとんでもない神引きだった……!?』」

フォフォウフォフォウ(もうツッコむ気力もねえよ)……」

 

 今までの常識が根底から覆される発言だった。進化論を初めて知った人たちもこんな反応をしただろう。問題はノアたちの常識は幻想であるという点だが。

 エレシュキガルは頭を抱え、肘と膝を地面についてうずくまる。多大なるショックを受けた彼女の脳内では、ふたつの意識が暴れまわっていた。

 

「ふ、ふぬぬぬぬぅぅ……!! よ、依代の意識がっ! 頭が割れてしまいそうなのだわ……!!」

「おいダ・ヴィンチカメラ回せ! 依代とサーヴァントの主導権争いだ、こんな貴重な現象はねえ!!」

「『心配せずとも冥界に入った時点で記録は開始しているとも! 一部始終はばっちり録画済みさ!』」

「…………え? 録画?」

 

 エレシュキガルは顔だけをくるりと向けた。冷や汗を流す肌は病的なまでに白く、見開かれた目の瞳は小刻みに揺れている。

 ノアは顔面をゲスな笑みで染め上げた。

 

「ああ、おまえが媚びた声で猫をモフってる場面も記録してあるぞ。よかったな」

「イヤアアアアアアア!!! こんなの一生の恥よ! デジタルタトゥーなのだわ〜〜っ!!」

「でも、可愛らしかったですわよ? タトゥーはタトゥーでも、ミ○キーの入れ墨が入っているようなものです」

「それはそれで背中に龍背負ってるよりイタイじゃない! 普通の入れ墨よりヤバい感じがするじゃない! そんな慰め要らないから、はやく動画を消してちょうだい!!」

 

 偏見を垂れ流しつつ、涙声でわめくエレシュキガル。イシュタルなら力尽くでデータを抹消しにかかっていただろう。

 冥界の女主人とは一体。ダンテは自分の中で彼女への恐怖が急速に薄れていくのを感じた。威厳という威厳が崩れた醜態を見せつけられれば無理もない。

 が、ノアにダンテのような他人の心を慮る慈悲は、それこそネコの額ほども存在しない。彼は面相を魔王の如き邪悪で染め上げて、エレシュキガルに詰め寄った。

 

「だったら交換条件だ。おまえの言うことを聞く代わりに、おまえは全てを差し出せ」

「要求と対価が全く釣り合ってないんだけど!?」

「デジタルタトゥーだって人生終わりみたいなもんだろ。前向きに絶望するか後ろ向きに絶望するか選ばせてやると言ってんだぞ?」

「なにその選ばせてやるから感謝しろみたいな言い方!? 完全にクズなのだわ! クズクズの実の全身クズ人間なのだわ!!」

 

 この時、ノア以外の全員の心がエレシュキガルの発言に同意していた。ひとりと一柱の口喧嘩を尻目に、ダンテは泡を食って提案する。

 

「先程からずっとエレシュキガルさんが可哀想なのですが! 誰かあのゲス野郎を止めてください!!」

フォフォウ(自分でやれよ)

「しかし、戦略的に考えればここは好機です。苦労せずして神霊という戦力を得ることになりますから。戦力確保は兄上も苦労してましたし」

「その通りだ。ついでに天命の粘土板の場所も聞き出せたなら、言うことは何もない。流れに任せてみようじゃないか」

「お前が流れに任せて良い結果になったことが一度でもあったか!?」

 

 ペレアスの正論がマーリンに突き刺さる。仲違いと擦れ違いばかりの円卓だが、これに関しては全会一致の見解を得られることだろう。

 一同が騒然としている間にも、ノアとエレシュキガルの交渉は進んでいた。冥界の女主人はちゃぶ台の上に広げられたスクロールとにらめっこしている。

 

「こことここにサインしろ。今回はおまえの財産で勘弁してやる」

「す、少し待ちなさい。なんか紙の隅っこにミクロサイズの文章がある気が……」

「おいおい、ちょっとした汚れに決まってんだろ。今時そんな古典的な方法で騙すかよ」

「そ、そうよね。支払いが遅れる度に内臓を脱脂綿と入れ替えるなんて契約あるはずないもの……」

「鬼畜すぎるだろうが!!」

 

 ペレアスはノアの後頭部を掴んでちゃぶ台に叩きつける。骨製の台はいとも容易く爆散し、スクロールごと塵に還った。

 見るからに資源に乏しい冥界に、ノアが望む大金は期待できないだろう。もしこの契約が成立すれば、エレシュキガルがワタワタの実の全身脱脂綿神霊と化すのは時間の問題である。

 困惑するエレシュキガル。ダンテは滔々と諭すように言った。

 

「エレシュキガルさん、あなたは騙されています。このような悪魔の契約書にサインしてはいけません。ここは公平に取引をしましょう」

「取引───それなら分かるわ。ただし、神と人間の取引はほとんど人にとって不幸な結末を辿るわ。覚悟はできているのね?」

「……それこそ、悪魔との契約ですねえ」

 

 人ならざる者との契約は代償を伴う。当人が望もうと望むまいと。だが、それは当然だ。人ならざる者の恩恵を人である者が扱いきれるはずがないのだから。

 そもそも。人間たちが争うこの世界で上位存在に頼るなど、ゲームでチートを使うようなものだ。

 詩人は真っ直ぐと神を見据え、

 

「じゃあ、丁重にお断りさせていただきま」

「動画を消すのと引き換えに、天命の粘土板の在り処を教えてもらおうか。もちろん名義人はダンテさんで」

「…………マーリンさん!!?」

「良いわ。それでいきましょう」

「エレシュキガルさんまで!? え、どうして私が命懸ける展開になってるんですかねえ!?」

 

 ダンテは喚きを散らしながら、ペレアス夫妻と牛若丸に助けを求めようとする。しかし、三人は彼が伸ばした手からそそくさと逃れた。

 考えるまでもなくノアに頼る選択肢は絶無である。ちゃぶ台に頭をめり込ませたまま沈黙する彼に意識はないだろうが。

 エレシュキガルは右往左往するダンテを意識から排除する。

 けれど、と彼女は言い含めた。

 

「天命の粘土板の在り処を訊いても意味はないわ。私でさえ知らないもの。天命とは神に定められた使命、すなわち運命。在るべきところに在り、相応しき者の手に収まる」

「『ふむ。それはまた、都合が良い代物だね』」

「都合が良いというよりも、不合理であると言うべきよ。曖昧な未来を書き記した代物なのだから、その在り方が合理的である方がおかしいのだわ」

 

 エレシュキガルが纏う雰囲気がほんのりと威厳を帯びる。流石は神霊といったところか、理外の理には精通しているようだ。

 湖の乙女リースの表情に真剣味が宿る。カルデアではイリオモテヤマネコ並みに珍しい現象である。

 

「一理ありますわね。元より宝具や神具とはそういうもの。運命こそが担い手を決定する……選定の剣はその最たる例ですわ」

「アルトリアに関しては私とウーサー、湖の乙女が仕組んだが……それすらも定めと言えるのだろう。ペレアスくんは聖剣に恵まれる運命になかったということだね」

「ハッ、そう言えばオレが発狂するとでも思ったか? リースと逢う運命だけでエクスカリバー100本でもお釣りが来るくらい恵まれてんだよ。しかも今はエクスカリバーMk.2があるからな!!」

「…………ペレアス様。今日の夕飯は精がつくものを───」

フォフォウ(おいやめろ)

 

 フォウくんの握り締めた拳がペレアス夫妻の顎をかち上げる。

 あのギルガメッシュが粘土板を置き忘れてくるという失敗をした時点から、因果は渦巻いていた。二つの物体の間に糸が張るように、天命の粘土板は縁が結ばれるのを待っているのだ。

 エレシュキガルは頬を紅く染めて、わざとらしく咳払いした。

 

「だ、だから、今だけ要求を変えることを許しましょう。これでは取引の体をなさないから」

「おお、太っ腹な神様ですね! てっきり知らないものは教えられない、とか言って自分の要求だけ押し通してくるかと思ってました」

「ふふ、私は信じていましたよ。神様は人間より契約に忠実ですが、特にエレシュキガルさんはお人好しの気があると感じていたので」

「…………やめておきなさい。神に無責任な親しみを抱くのは」

 

 彼女は、目を伏せて言った。その声は消え入るように小さく、そして冥界の女主人はその後ろめたさを抱えたまま告げる。

 

「私は三女神同盟の一柱。人類の廃滅を望む神。クタの人間を冥界に囚えたのは私よ」

 

 クタ市に人間の気配はなかった。あらゆる生命の侵入を拒絶する無人の街。冥界神としての権能を用いれば、それを創り出すのは容易に違いない。

 つまりは、ウルクとカルデアの敵となる存在。

 場を包む静寂が、微かな殺気を滲ませる。相手は神霊であり、ここは冥界。人間が海の中で鮫と戦うようなものだ。たとえ戦闘になったとしても、勝ち目は薄い。

 ノアはちゃぶ台から頭を引き抜き、血まみれの視線を女神へと向けた。

 

「で、それが取引に何の関係があんだ? おまえの動画は消してやるから、俺たちを地上に帰せ」

 

 マーリンはくすりと笑って、

 

「彼女の言葉を信じるなら、クタ市民は全員殺されている訳だが。それについてはどう思う?」

「だから義憤で殴りかかれってか? おまえがそんな殊勝な質とは思わなかった。見守っててやるから、エレシュキガルとのタイマン張ってみろ」

「絶対に嫌だね! どう足掻いても勝てる気がしない!!」

 

 自信満々に言い切る花の魔術師。フォウくんは冷めた眼で顔をしかめた。牛若丸は首を傾げてノアに問う。

 

「天命の粘土板はどうします? 探しようがありませんが」

「問題ない。相応しい者のもとに収まるってんなら俺以外にありえねえからな。もう見つかったも同然じゃねえか」

「いきなりガバガバすぎませんかねえ!?」

「黙れ幸運E。おまえと違って天に愛されてる俺が相応しくない訳がない。ここにいるだけ時間の無駄だ。冥界探索ができないのは心残りだがな」

 

 エレシュキガルは唇の端をひくつかせた。妹のイシュタルもギルガメッシュも自信家には違いないが、彼もその類なのだろう。この三人の相性は果てしなく悪いと思われるが、自信家とは得てしてそういうものだ。

 地上には様々な人間がいる。だが、彼らはいつか、この冥界で名も姿も失い土を食む亡霊に成り果てる。故に、エレシュキガルは永き時を生きながらも、真に人を知ってはいなかった。

 なぜなら、彼女は未だ冥界の外を知らないから。

 

「───取引は決まり。地上への門を開いてあげる」

 

 彼女の手に現れる、膨大な熱を宿す槍。

 その穂先を地に突き立てると、ひとりでに土石が盛り上がり、地上と冥界の空間を繋ぐ門が組み上がっていく。

 それを眺めながら、ペレアスとダンテは言いづらそうに切り出す。

 

「……お前、あんな生まれだろ。まだ地下を冒険するつもりだったのか?」

「そうですねえ。私なら完全にトラウマですよ」

「知るか。神代の冥界なんて現代じゃあ絶対に来られねえんだぞ。これを見逃す魔術師はアホだ」

「魔術師の方は尻尾巻いて逃げ出すのが一般的だと思いますわよ?」

 

 直後、地上への門が完成した。

 ノアたち一行はぞろぞろと門の中へ足を踏み入れていく。その間際、エレシュキガルはノアの背へ声を投げかける。

 

「アナタも、地の底にいたのね」

「ああ」

「……初めて外に出た時、どう思った?」

 

 からん、と耳飾りが音を響く。

 彼は、ニタリと微笑んだ。

 

「───自分で確かめてみろ。とっておきのアホどもを紹介してやるよ」

 

 答えは、言葉よりもその表情が物語っていた。

 ノアはすぐに視線を切り、門の向こう側へと消えた。冥界の女主人はしばしその跡を眺め、下方へ視界を移動させる。

 足に頭を擦りつけてくる、ネコの亡霊。エレシュキガルはネコの腹に顔を埋めようとして、周囲に目を配った。

 そうして誰もいないことを確認すると、

 

 

 

「…………にゃあ〜ん♡♡」

 

 

 

 一方、地上。

 エレシュキガルの力を借りて地上へ戻ったノア一行は目を剥いた。

 眼前に広がる光景。クタ市の原形は跡形もなく消滅し、巨大なクレーターが作り上げられていた。岩石が剥き出しに晒され、赤熱する地面から煙が立ち込めている。

 キングゥの宝具。あの一撃がこの光景を作り出したのだ。すり鉢上に抉られた地面の中心で、湖の乙女リースは背中を折り曲げて息を吐いた。

 

「ガッデムホットですわ……早めにここを離れましょう。ペレアス様、だっこしてくださいませ」

「そういえば今は縁日の金魚並の儚さだったな」

「私もクレーターを歩くのは面倒くさいかな。ダンテさん、おんぶしてくれたまえ」

「無理です! 私はどちらかというと、おんぶしてもらう側───サタンの体を登った時もウェルギリウス先生にしがみついてたので!!」

フォフォウ(恥を知れよ)

 

 そこで、灼熱のクレーターにすっとんきょうな声が響いた。その発生源は牛若丸。彼女は足元を指差して、

 

「皆さん、見てください! ノア殿が!!」

 

 指の先には、潰れたカエルのような格好で倒れるノア。その頭頂には華美な装飾が施された粘土板が突き刺さっていた。

 見るからに異色の気配を放つ粘土板はネンバトの最高レアもかくやとばかりの神秘的な空気を纏っている。ノアの血液で汚れているのが残念だが。

 マーリンは粘土板を引き抜き、ガッツポーズを取った。

 

「よし、天命の粘土板ゲットだ!!」

「『尊い犠牲を必要としたけどね……』」

フォウフォフォウ(言うほど尊いか)?」

「これは相応しかったと見るべきなのか、今までの悪行への報復と見るべきか……」

「……とりあえず、運命に嫌われてるのは間違いねえな」

 

 ということで、尊くもない犠牲を出しつつ、一行の任務は完了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───よく、人類は地球にとっての癌細胞だなんて言われたりしますけど」

 

 灰の石翼を延ばす、黒白の偽神。

 彼女はジャガーマンの首を掴んで引きずりながら、ゆっくりと歩を進める。

 

「それって、人間の傲慢だと思うんです」

 

 サクラはせせら笑う。

 目に映るもの全てを嘲るように。

 

「人がいくら煙モクモクさせても、核爆発起こしても、地球はへっちゃらなんですから。自然と人類を分けて考えてる時点で頭が高いっていうか……人間も自然の一部でしょう?」

 

 どぷり、と彼女の肉体を広く薄く覆う影に波紋が生じる。

 サクラはジャガーマンを包み込むように抱き締め、

 

「ほっ」

 

 体を押し付けると、その身中にジャガーマンを取り込んだ。

 サクラが纏う影は虚数の影。何もかもを吸い込み、捕食する負の空間。それは難なく神霊の一柱を取り込んでみせた。

 しかし、彼女はまだ足りないと言うかのように腹を撫でる。ぐに、と瑞々しい唇を人差し指と中指で歪め、立香たちと太陽の神霊を見据える。

 サクラとジャガーマンを蹴り倒した神霊は腕を組んで首を傾げた。

 

「……で、いまの話に何の意味があったのデス?」

「え? 人間って馬鹿で可愛いですよねって話です。というか、他人を蹴っておいて自己紹介も無しですか?」

「ふっ、良いでしょう。下のお嬢さん方にも伝わるように名乗ってみせます!」

 

 太陽の神霊はその神威を表すが如く、周囲に陽光の粒を振りまく。

 

「私はアステカ神話第二の太陽、ケツァル・コアトル!! ルチャを愛しルチャに心臓を捧げる、しがないルチャドールデース!!」

「はー?」

 

 陽気な宣言が大空に響き渡る。サクラは無機質な顔で困惑の声をこぼした。

 彼女と心を同じくするのはエレインやアナ。だが、Eチーム三人娘はもはや変人ならぬ変神に慣れきった古強者。評論家の眼差しでアステカ産ルチャドールを見る。

 

「なるほど、今回はそういう方向性で来たか……」

「愛キメてるアルテミスさんやただ単にアホだったスサノオさんとは一風変わった奇人です」

「変な趣味にハマってるだけで他はまともそうなのが救いだわ」

「なぜ皆さんはそんなに冷静なんです?」

 

 アナは短剣で脇腹を刺すように呟いた。

 いくばくかの冷静さを取り戻したエレインは己の思考を口にする。

 

「ケツァル・コアトル……森の女神とは彼女のことのようね。三女神同盟の一柱と考えて良さそうだわ」

「如何にもその通り! 私の領域で振るわれる暴力はエンターテイメントしか許しまセン! プロレスの美学も理解しない輩はメキシコ仕込みのルチャで成敗させていただきマース!!」

 

 空を蹴り、ケツァル・コアトルは突貫する。立香たちの合間を風よりも速く縫い、サクラへメキシカンな水平チョップを繰り出した。

 黒白の偽神は己が腕でそれを受け止める。衝突の影響で大気が弾け、突き進む二柱が通りを一直線に断ち割る。

 ウルの街を舐める豪風。太陽の神霊と黒白の偽神はそのまま中空へ上がり、神気を炸裂させた。

 光と影がせめぎ合う。

 その攻防によって、ウルに林立する建造物はみな草の根を抜くように取り払われていた。

 エレインは杖を振るう。雨の如く降り注ぐ瓦礫が一瞬のうちに凍結し、無数の氷粒へと破裂する。

 ジャンヌは眉根を寄せて舌を打つ。

 

「チッ! 赤緑ジャガーマンの喧嘩よりも厄介じゃない! どうすんのよこれ!?」

「結局、あの二人を止めるしかありません。とりあえず、前回の特異点の黒幕であるサクラを叩くべきだと思います」

「ケツァル・コアトルは三女神同盟、私たちの敵です。共倒れを狙うべきでは」

「どちらかを援護するか、共倒れさせるか……選択肢は三つかしら? 立香」

 

 エレインは立香に目線を送る。マスターである少女は間もなく首を横に振った。

 

「いいえ、私たちが選ぶのは第四の選択肢───ウル市民を連れて逃げる、です!」

 

 ケツァル・コアトルとサクラ。二柱の戦いはこうしている合間にも甚大な被害を撒き散らしていた。この土地が更地になるのも時間の問題だろう。

 そうなれば、ウルの住民は少なくとも大半が死滅する。それだけは避けなければならない事態だ。マシュたちは力強く首肯した。

 ───白雲棚引く青空に、光輝と暗影の軌跡が複雑な模様を描く。

 ケツァル・コアトルとの戦闘の最中、サクラはEチームの会話を捉えていた。

 

「それは困りますね。おもちゃが減っちゃいます」

 

 ウル市民のせいで彼女たちが逃げてしまうのなら、原因を排除してしまおう。

 

「と、いうことで」

 

 サクラは天へその右手を掲げた。

 刹那、雲を貫き宇宙へ届く光の柱が右掌より発生する。

 膨大、莫大といった言葉さえ陳腐と化す光と熱。絶え間なく放出されるそれは神霊が魂を燃やし尽くしてもなお匹敵するエネルギーだった。

 

「お待ちかねの、サクラビームっ!!」

 

 右腕を振り切る寸前、ケツァル・コアトルは自らの足によってそれを蹴り弾く。

 その光条は街を外し、明後日の方向へを焼き尽くす。ウルを囲う密林を蒸発させ、大地を抉り、それでもなお破壊の奔流は限界を知らない。

 熱線の射線上には──────

 

 

 

 

 ───ウルク。王殿の玉座に坐すギルガメッシュは険しい顔つきで鼻を鳴らす。

 都市の全周を防御する結界。王の宝物庫に在りし宝具をも利用した魔術障壁。並の対城宝具ならば無傷で防いでみせる防壁がひび割れ、軋みを立てた。

 遠方より放たれた光の一撃。攻撃が停止するよりも、結界が壊れる方が早い───そう判断したギルガメッシュは、自身が信頼を置く防壁を変形させる。

 攻撃を受け止めるのではなく、どこかへ逸らす。光り輝く熱線はウルクに微塵も被害をもたらすことなく、射線を変更した。

 しかし、それは王にとって、自らの精力を注ぎ込んだ作品が敗北したことに他ならない。

 ギルガメッシュは忌々しげに口をこぼす。

 

「…………贋作者(フェイカー)風情が」

 

 

 

 

 ───光条が刻んだ轍は遥か地平線の彼方まで続いていた。一部始終を目の当たりにさせられた立香たちは、冷たい手で心臓を鷲掴みにされたかのような錯覚を覚える。

 そして。ロマンはモニター越しにそれを見ていた。数多の観測機器を用いて導き出された結果に、彼は戦慄した。

 

「『獅子王の全力と同等か、それ以上の出力に破壊規模……しかも魔力の反応がないなんて、どんなズル技だ!?』」

 

 サクラは薄く笑う。

 見せつけるように伸ばした左手。その人差し指と中指の間にくすんだ銀色の硬貨───現代の日本政府が発行する、一円玉が挟まっていた。

 

「『E=mc²』って、知ってます?」

 

 立香とジャンヌは取り繕うように腕を組んだ。

 

「り、りろんはしってる」

「し、塩かけて食べるとなかなかイケるわ」

「あなたたちには訊いてないですよ? アホは黙っててください」

 

 くすくす、とサクラは二人を嘲る。

 ジャンヌの綿あめの繊維より細く柔らかな怒りへの導火線が一瞬にして燃え尽きた。

 

「立香、宝具を使わせなさい! アイツを丸焼きの串刺しにしてやるわ!!」

「落ち着いてジャンヌ! 多分こういうところがアホって言われるんだと思う!」

「うわ、少し煽っただけで爆発するとかからかい甲斐がありすぎて昂ぶっちゃいます。やーい、ばーかばーか♪ 脳みそつるつる♫」

「うがああああああ!! 絶対ぶっ殺す!!」

 

 ジャンヌの全身が黒い炎に包まれる。かつてない熱量を秘めた黒き爆炎が黒白の偽神を呑み込まんと噴き上げる。その様はまるで火山の爆発だ。

 だが。

 竜の息吹の如き火炎の一切を、サクラは漆黒の五体に取り込んだ。

 瞬間、太陽の神霊が駆ける。

 彼女の手には翡翠剣マカナ。アステカの戦士たちの象徴たる武具だ。

 黒曜石の刃が走る。ケツァル・コアトルの膂力から繰り出される斬撃はまごうことなく必殺。サクラの石翼は自動的に迎撃を行い、空間が歪むかのような衝突を起こした。

 翼の表面が僅かに割れる。息つく間もなく次撃が飛来し、剣戟と石翼の応酬が上空を席巻する。

 

「1グラムの質量は90兆ジュールのエネルギーと等価。分かりますか? 一円玉でも都市ひとつ消し飛ばすのに十分なエネルギーを秘めているんです」

 

 ウルから地平線の先まで蒸発させた攻撃の正体は物質のエネルギー変換。サクラは微量の物質から超越的なエネルギーを生成し、それを放射し続けることで光の柱を作り上げた。

 加えて、これは魔術ではなく、権能によって制御された物理現象。対魔力は無意味。サーヴァントの宝具とて都市を壊滅させ得るモノはあるが、彼女は一切の魔力を消費せずにあの規模の破壊を連発することができる。

 

「まあ、それはまったく無駄なく変換した場合ですけど。人間には夢物語ですよ。人類の叡智を結集して考え出した最大限の発電方法がお湯沸かしてタービン回すだけとか、最高に笑えますよね」

「ええい、ぐだぐだとうるさい女の子ね! 戦いに必要なのは理論ではなく情熱と気合い! そういう講釈はノーサンキューデース!!」

「情熱だとか気合いだとか、無駄の中の無駄です。精神論者はこれだから……」

「精神論を馬鹿にするなんて、感情がない系の中二病と同じよ!」

 

 太陽の神霊は弧を描いて打ち出される右翼をマカナで絡め取り、蹴撃を見舞う。

 サクラの鳩尾を貫通するはずだった打撃は左翼に防がれていた。与えられた衝撃を利用し、偽神はより高く舞い上がった。

 

「うん、良い位置」

 

 ぱらり、とサクラの指の隙間から一円玉がこぼれ落ちる。

 戦場の誰もがその意図を理解する。サクラは艶めかしく口角を吊り上げた。

 

「───十枚、落としました。私が考えるウルの価値なんてうまい棒一本分です♡」

 

 十枚の一円玉。

 これがもし、一切のロスを生じずに熱エネルギーに変換されるとしたら、壊滅するのはウルだけに留まらない。

 マシュは弾かれるように動き出す。絢爛なるキャメロットの聖門を顕し、仲間を護るために。

 しかし、彼女が警戒した現象はいつまで経っても起こらなかった。

 一円玉は一円玉のまま地面に墜落する。マシュの背後に落ちた一枚の硬貨を、氷の杖が砕く。

 

「『空想具現化(マーブルファンタズム)』。物理現象だったら、私にだって干渉できる」

 

 エレインは冷たく言い切った。

 自然を思うがままに再構成する精霊種の能力。サクラのエネルギー変換が神秘や魔力を介さぬ物理現象であるが故に、それは能力の対象となる。

 物質を支配する力と自然を支配する力。

 これらに上下はなく。ただ、相互に干渉可能であるという事実だけがあった。

 切れ長の怜悧な目が、黒白の偽神を睨めつける。

 

()()()()()()()()()()()、楽ができたわ。……案外、馬鹿なのね。ああ、私は黙れとは言わないから」

 

 凍てつく言葉がサクラの心を沸騰させる。表情筋を歪ませて、少女は吐き捨てた。

 

「言ってくれますね、精霊おばさん」

「…………おばさん?」

 

 エレインは眉をひそめる。

 人類史上、女性に言ってはいけない言葉トップ10に常にランクインしているであろうキラーワード。少なくとも立香は同じようなことをほざいたノアがスカサハに制裁される場面を見ていた。

 立香は真っ向からサクラを指差して、強く言いつける。

 

「今の言葉、訂正してください! たとえ敵でもそれはライン越えです! スカサハさんが影の国から槍投げてきますから!!」

「しかもリーダーは第五特異点の後、魔槍の呪いで重度の痔に悩まされていました。お尻の平穏を望むなら早急に頭を下げるべきです」

「大体、精霊に年齢のことを言うのはナンセンスの極みでしょう」

 

 そもそもスカサハはこの二人にこそ槍を投擲するべきではないのか。アナはそんな考えを抱いたが、すごすごと口をつぐんだ。

 エレインは首を縦に振る。

 

「そうね、訂正すべきよ。私は2000歳以上なのだから、おばあちゃんと呼んでほしいものだわ」

「……そっちですか!?」

「ええ、おばさんなんて言葉で若作りしたら、みんなに笑われてしまうもの」

「だったら、おばあちゃんとは呼んであげません。笑われながら死になさい、おばさん───!!」

 

 哮りとともに、偽神はエレインへと飛翔した。

 その機先を、黒曜石の刃が断つ。右翼の半ばが切り離され、石の羽毛を散らした。ケツァル・コアトルは翡翠剣の平で肩を叩く。

 

「私を忘れるとは、視野狭窄デスネ! 速やかな病院での診察をおすすめしマース!!」

「……うっざ。邪魔すぎです」

 

 再度の激突。烈風が大地に吹き荒ぶ。立香はそれを堪えながら、エレインに目をやった。

 

「エレインさん、今のうちに住民を逃しましょう!」

 

 湖の乙女は氷の杖を身の丈ほどに肥大化させ、数百の結晶に分割する。それらはウル全土に凍雨のように降り注いだ。

 氷粒のひとつひとつが空中で膨らみ、人型に成形される。エレインを120cmほどの身長に縮めた姿。本体はウル全域へ声を飛ばした。

 

「『人形に着いて逃げなさい。魔獣くらいは簡単に追い払える子たちよ。ギルガメッシュ王が受け容れてくれるわ』」

 

 ウル市民は一目散に逃げ出した。彼らとて過酷なこの時代を生き抜いた上澄みの人間だ。己の命を繋ぐにはどうすれば良いのか、理屈ではなく体感で知っている。

 ケツァル・コアトルは苛烈な斬撃を巻き起こす一方で、気の抜けたため息をついた。

 

「領民がいなくなるのは寂しいですね……それもこれもアナタが悪い!!」

 

 横薙ぎの一刀。合わせて、地上より電子の魔弾が翔ぶ。

 

「『shock(64)』!!」

 

 サクラからすれば取るに足らぬ攻撃。たとえ直撃したとしても、なんら影響はない。刃と翼が交錯する。直後、左肩で魔弾がはじけた。

 ぴり、とほんの微かな違和感が走り、即座に消える。

 思った通り、魔弾は命を脅かすどころか、僅かな間隙さえも作れはしなかった。

 けれど、それはサクラの気を引くに値する事実。

 なぜなら。

 

(……対魔力のランク。とりあえずA++にしておいたのに)

 

 サクラは神をも騙る自己改変能力を有する。それを使えば、スキルのランクを改竄するなど朝飯前。如何なる能力であれど、手軽に再現できる。

 あんな普通な人間の、矮小な魔術が通じるはずがない。

 そこで、黒白の偽神は思い出した。

 自身が創った虚構特異点。アメノワカヒコというおもちゃは一度、あの少女に殺害されている。

 ───ああ、潰したいほどにいじらしい。赤子の手をひねるように殺せる虫みたいな人間が、歯向かってくるなんて。

 

「ケツァル・コアトル。あなたはこの子と遊んでいてください」

 

 下腹部の刻印が光を放つ。サクラはそこへ右手を突き込むと、虚数空間から黒い影を引きずり出す。

 それは先程呑み込んだジャガーマンだった。ただし、全身に纏う毛皮は夜空の如き色と模様を描いている。有する武器も肉球を象ったそれではなく、荒削りの黒曜石の矛となっていた。

 黒きジャガーマンは軽々と空気を足蹴にして、ケツァル・コアトルへ矛を叩きつける。

 

「ニャッハハハハハハハ!! ブラックジャガーマンもといテペヨロトル爆・誕!!! 貴様には三食猫缶を恵んでもらった恩があるが、太陽神の権能を活かせぬまま死んでゆけ!!」

「ち───洗脳されましたかジャガーマン! あれ、どうしよう全然悲しくない!?」

「人の心を失ったかケツァル・コアトル! それが貴様の敗因だァーッ!!」

 

 瞬間、無数の連撃が迸った。

 ケツァル・コアトルの意識さえも掻い潜る神速。太陽神の肩口に切創が走り、血が飛び散る。

 翡翠の瞳が背後へ通り抜けた漆黒の影を追う。ブラックジャガーマン───テペヨロトルは黒曜石の刃にこびりついた血を舐め取り、高く矛を掲げた。

 

「───『其は太陽を喰らいし牙(ヨワリ・エエカトル)』」

 

 紙に墨を垂らすように。

 黒き刃を基点として、青空が塗り変わる。

 太陽が隠れる。

 光が消え失せる。

 天上の座を占めるは暗き月。

 輝きに満ちた空は瞬く間に夜へ変わっていた。

 テペヨロトルの輪郭が夜闇に溶け、完全に形を失くす。しかして、相変わらず気楽な声だけが響いた。

 

「夜の太陽神など粉がかかってないハッピーターンのようなもの! つまりアンハッピーターンだ! 己の不幸を呪うが良い!!」

 

 テペヨロトル。アステカ神話の夜を司る九つの神王の一柱。太陽へ跳ねるジャガーを象徴とし、山脈や大地を司る神性として崇められる。

 その神はしばしばテスカトリポカと同一視されてきた。ある伝説においてはケツァル・コアトルを謀り、太陽の座から蹴落とした夜の神と。

 なればこそ。

 夜を表し、太陽を喰らうジャガーは。

 ケツァル・コアトルの天敵として、此処に君臨した。

 

「隙ありィー!!」

 

 太陽神の背後より、ジャガーの牙が忍び寄る。

 首を喰い破る寸前、ケツァル・コアトルは目にも留まらぬ速度で体勢を入れ替え、テペヨロトルの顔面に拳を炸裂させた。

 脳を揺らす黒きジャガー。太陽神は月よりも凍てついた声音で告げる。

 

「───夜の闇が、陽の光を奪えるなどと付け上がるな」

 

 ……サクラはそのやり取りを地上から眺めていた。

 

「バトル展開。嫌いではないんですけど、少し疲れます。とっくにレベル99なのにスライムを殺戮してる気分っていうか」

 

 鼻歌を紡ぐかのような気軽さで、少女はゆったりと歩を進める。

 

「くっ、こいつ───!!」

「攻撃がまったく効かない……!?」

 

 爆ぜる黒炎、閃く斬撃。ジャンヌとアナの波状攻撃を意に介さず、サクラは歩く。興味を抱いた少女のもとへと。

 

「お話、してくれますよね?」

 

 次の一歩を踏み出そうとしたその時、サクラの全身が凍りつく。

 エレインによる水分支配。体内の水分を結晶化させる必殺の手品。ジャンヌは豪快に旗を振るい、氷像と化したサクラを打ち砕いた。

 

「ねえ、藤丸立香さん」

 

 生存本能が警鐘を鳴らすより早く。

 黒白の偽神は立香の背を取り、首と胸元に手を這わせる。

 

「え……」

 

 唇の端からか細い吐息が漏れる。ひたりと触れる手は石像のように冷たい。心臓はかつてない速度で拍動し、電流の如き怖気が皮膚の感覚を麻痺させた。

 それでも、思考を働かせることはやめない。

 ただひとつ、確実なのは。

 サクラは自分の前後を護るマシュとエレインの警戒網を嘲笑うかのように潜り抜けたことだけだ。

 なぜ、どうやって。形を得ぬ思索に、サクラが啓示を与える。

 

「あれは分身です。本体の私は空気になってみました。あ、比喩じゃないですよ」

「……は、反則すぎません?」

「私はヤルダバオトでありデミウルゴスでありサクラス……物質界の創造主。何にでもなれるし何でも創れますから。これくらいの芸当、ちょちょいのちょいです」

 

 ───こんなことも分からないなんて、馬鹿で可愛い。

 サクラは耳に唇を寄せて、囁いた。

 

「あなたみたいに弱くてアホな人間は大好きですよ。英霊の影から援護するところなんて、蟻が背伸びしてるみたいで健気で……私の中で黒く染めて、ずうっと飼ってあげたいです」

 

 サクラの爪が襟から胸元の布を裂く。

 

「あの矢傷も綺麗さっぱり治ってますね。丁寧に手入れされてるようで感心です」

「……手入れなんかじゃない」

「…………口応えは聞きたくありません。こんな首くらい、秒でへし折れます」

 

 ぐ、と五指が首に浅く食い込む。

 この状況、サクラは自分の命なんて一瞬で奪い取れる。仲間たちも彼女を刺激しないために、静観を続けるしかない。

 その時。

 立香が得た感情は。

 絶望でも戦慄でも恐怖でも悲嘆でもなく。

 

「何にでもなれるってことは、自分が無いってことだよ」

 

 その余裕を崩してやりたい。

 そんな、意地の悪い感情だった。

 

「だから、姿形を自由に変えて、空気なんかにもなれる。同じ力を持ってたとしても、私はできない。元の自分が変わるのが怖いから。人間を見下すのだって、他と比べて相対的な自分を見てるだけ」

 

 イメージするのはアホでクズなあの悪魔。

 十分の一でも彼の邪悪さを表現すべく、必死に笑顔を取り繕ろう。

 

「それなのに、ただ戦うのが強いだけでマウント取って良い気になってるとか……」

 

 小さく震える少女の手に爪を食い込ませて、

 

「───とってもかわいそう」

 

 憎たらしく、吐き捨ててやった。

 命を懸けて発した言葉ではない。彼女なりの打算を軸に最大限の時間稼ぎと憂さ晴らしをしたまで。

 既にコードキャストの術式は組み上がっている。

 遍く物質を滅する黄昏の矢。自分も被害を受けるだろうが関係ない。絶死を免れることができるのなら。

 強くまぶたと唇を切り結び、術式を発動する──────

 

 

 

 

 

「見つけたわ、サクラァァァァァ!!!」

 

 

 

 

 

 ────寸前、天より堕ちた光の矢がサクラを脳天から叩き潰した。

 誰もが思わず空を見上げる。

 暗き夜空に輝く金星の具現。天舟マアンナに騎乗する女神は、なぜか号泣しながら挽き肉と化したサクラを睨んでいた。

 彼女は両手をわなわなと震えさせて、甲高い怒号を叫ぶ。

 

「一目見た瞬間に金星レーダーがビビッと来たのだわ! 私の寝床と金銀財宝、その他諸々の鬱憤───アナタの命で贖いなさい!!」

 

 などと意味不明な不満をさらけ出すイシュタル。立香たちが呆けていると、サクラの血肉がひとりでに寄り集まり、寸分違わぬ原形に仕上がる。

 

「……私にボロ負けしたくせに何の用ですか?」

「私の神殿を更地にしたごんぶとビーム、アナタのせいでしょう!? アレのせいで今日から私は根無し草よ!!」

「ほんとしつこい(ひと)ですね。台所の茶色いやつみたいです」

「誰がしつこい油汚れ!!? もういいわ、大地のシミになりなさい!!」

 

 夜空を切り裂く金色の流星。サクラは石翼を交差させてその一矢を受け止める。瞬く間に彼女は漆黒の中空へ連れ去られた。

 イシュタルは立香を一瞥する。

 

「アナタの啖呵、なかなか良かったわ。今回はおまけで助けてあげる」

「ここに来たのはイシュタルさんの私怨ですよね?」

「ラピスラズリ、大事にとっておきなさい。私の……ラストコレクションだから……」

「無視ですか!?」

 

 金星の女神はマアンナに飛び乗り、サクラを追った。なお、イシュタルの宝石コレクションは全て善良な市民から巻き上げたものだ。

 星雲棚引く夜空。それを彩るのは二柱の影と二柱の光星。人知の及ばぬ闘争は一層激しさを増し、神威の激突が加速する。

 ジャンヌは胸にわだかまる憤りを息に乗せて吐き出す。

 

「立香。怪我はない?」

「うん。それより服が……」

 

 マシュは鼻血を垂れ流しつつ、

 

「先輩の格好がセンシティブなことになっているのはまずいですね。Eチームの取り柄は健全性なので」

「まずその鼻から垂れてるものを止めてから言ってください」

 

 ずばりとアナは言い放った。マシュは盾の収納スペースからティッシュを取り出して鼻に詰める。その光景をロマンは泣くような笑うような顔で眺めていた。

 エレインが指を打ち鳴らすと、裂かれた胸元の布が時間を巻きもどすみたいに修復される。

 

「ギルガメッシュ王の任務はほぼ達成したようなものだけど……どうするのかしら、マスター」

「どうせならサクラを殴って帰りましょう。イシュタルさんとケツァル・コアトルさんに比べて話が通じないですから」

 

 イシュタルとケツァル・コアトルの立ち位置は未だ明白ではない。が、その二柱とカルデアにとってサクラは共通の敵だ。

 あらゆる神と不死を弑するヤドリギを以ってしてもなお、滅すること能わぬ存在だとしても。

 一発もやり返さずに逃げ帰るなんてできない。

 

「策は?」

 

 アナは端的に問うた。立香は『魔女の祖(アラディア)』を力強く握り締め、答えを返す。

 

「サクラは私たちをナメてます。一撃だけなら通るはず。後は流れで!」

「メイン盾のわたしは二の舞を防ぐために守りに専念します。いのちだいじにしつつガンガンいきましょう」

「ふっ、両方やらなくっちゃあならないのがEチームの辛いところね。行くわ!」

 

 ジャンヌはアナの外套を掴んで走り出す。それと同時、立香は杖に術式が刻まれたカートリッジを挿し込んだ。

 礼装が機械音声を朗々と詠う。それは北欧に伝わる魔術。セイズと呼ばれる呪歌であった。

 杖の先にて十八の原初のルーンが円環を成す。

 それらは呪歌が進むたびに混ざり、溶け合い、一体化した。

 

「『matrix_odin』!!」

 

 大神オーディンの刻印。

 人の手によりて再現されし秘法。

 その一撃は神々の攻防を掻い潜り、偽神を穿つ。

 

「───バレバレですよ」

 

 背より羽ばたく石の翼がそれを遮る。血の通わぬ無機の羽根は、本体から独立した別個の機能。それ故、サクラを害するには至らない。

 だが。

 刹那、無数の文字が翼に侵食する。偽神でさえ止めようがないほどに速く。

 全てのルーンの根源を詰め込んだ刻印はたとえ狙いを外そうとも、その裡に秘めた膨大なルーンを解き放つ。

 嵐の如き侵略と掠奪。敵対者の全能力を強制停止させる、電子の魔術。如何な対魔力であろうと、完全に無効化することは不可能であった。

 その効力はもって数瞬。けれど、女神たちには欠伸が出るほどの隙に相違ない。

 陽炎と光線がサクラを襲う。

 必中を期した双撃はしかし、夜を駆ける影によって阻まれた。

 

「ご褒美はちゅ〜るとマタタビです」

「よっしゃあ! これぞホワイト企業! 猫缶三つで重労働を強いられるククるんの職場とは格が違った!!」

「……霊基が変わっても、アホはアホのままなんですね」

「それだけ救いようがないのよ、こいつは!」

「何奴!?」

 

 テペヨロトルは首を左右に振るが、声の出処さえも掴めない。否、黒きジャガーの五感はほんの一瞬の時間があれば、その位置を特定してみせたであろう。

 だが、そうはならなかった。

 闇夜に二つの斬撃が踊る。それはサクラの背後から、石の両翼を断ち切った。その瞬間、ジャンヌとアナの像が浮かび上がる。

 空気中の水分を操り、光を屈折させることで得た隠形。エレインの小細工が、テペヨロトルの探知を遅らせたのだ。

 

「この程度────」

「────『女神の抱擁(カレス・オブ・ザ・メドゥーサ)』」

 

 魔の眼光が、偽神を射抜く。

 アナの眼差しに貫かれサクラは完全に肉体の操縦権を喪失した。

 

石化の魔眼(キュベレイ)……!!」

 

 天と地より、恒星の如き魔力が発生する。

 すなわち。

 灼熱の光輝放つ太陽神、傲慢なる金星の女神による─────

 

「『炎、神をも灼き尽くせ(シウ・コアトル)』!!」

「『山脈震撼す明星の薪(アンガルタ・キガルシュ)』!!」

 

 ────宝具の開帳であった。

 天に坐すは夜空を吹き飛ばすほどの大炎。

 地より撃ち上がる、猛き明星の弾丸。

 それらに呑まれる直前、サクラはテペヨロトルを呼びつけようとするも、とうに彼女は脱兎の如く逃走していた。ネコ科のくせに。

 

「こッの、駄猫…………!!!」

 

 そうして、黒白の偽神は二つの宝具に挟まれる。

 テペヨロトルが創り出した夜の猟場は既に崩壊し、青空を取り戻してもまだ権能の放出は止まらなかった。

 死なない相手をどうやって殺すか。

 少なくとも肉体があり、物質として存在しているのなら。

 サクラを構成する要素、その原子までをもひとつ残さず消滅させる。

 宝具の発露が終わりを見たのは優に三分を経過した時だった。

 無論、周囲に被害が出ない訳もなく。

 地獄絵図と化したウルに、二柱の女神の高笑いが響き渡る。

 

「「ふぅ……一件落着!!」」

「先輩、あの人たちに絡まれない内に帰りましょう」

「うん。あんなスーパー女神大戦に付き合ってられないしね」

「『Eチーム女子はたくましいなぁ……』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウルク中央神殿、王の間。

 Eチームの報告を受けたギルガメッシュはどこか機嫌が悪いのか、眉間にしわを寄せていた。

 

「ウルクの益虫見習いにしては上々の成果だ。この働きには報いねばなるまい。後に褒美を取らそう」

 

 経緯はともかく。ノア一行は天命の粘土板のおつかいを達成し、立香一行はウルの市民をウルクに移住させることに成功した。Eチームにしては真っ当すぎる成果と言えるだろう。

 未来の情報が書かれた粘土板はもちろん、人手はあればあるほど良い。大いにウルクの助けとなるはずだ。

 だというのに、ギルガメッシュは殺伐とした表情をしていた。ダンテはおそるおそる問いかけた。

 

「王のお加減が優れないようですが……」

 

 古代のキャリアウーマンであるシドゥリは言いづらそうに答える。

 

「報告にあったサクラとやらのビームで、危うくウルクの結界が破れかけまして。王お手製の結界なので、なんだか負けた気がすると……」

「その発言、撤回せよシドゥリ。あれは完璧なる勝利である。柔を以って剛を制したのだとな」

「という風に取り付く島もなく、夜な夜な神殿を抜け出して結界の改良に勤しむ有様で」

「『王様もDIYをする時代か……』」

「今は古代ですけどねえ」

 

 しみじみとするロマンとダンテ。妙に癪に障る並びだ。

 今回二手に分かれたEチームだが、目的地までに往路と復路それぞれ二日を要している。約四日ぶりの勢揃い。立香は無表情で座り込むノアの目の前で鼻を高くする。

 

「───って、私は言い返してやったんです! リーダーのクズさも役に立つことってあるんですね!」

「耳元で騒ぐなアホ。俺なんて天命の粘土板が頭にぶっ刺さってたんだぞ。もっと俺の脳を労れ」

「じゃあ頭撫でてあげましょうか。私のハンドパワーでリーダーの脳みそから邪念を取り去ってきれいなリーダーにしてあげます」

「何言ってんだ。俺ほど綺麗な人間は未だかつて存在したことがないだろ。自分の頭に手ぇ当ててろ」

 

 立香が伸ばす両手をノアは片腕一本で防御する。二人のじゃれ合いを目撃したマシュは無言で床を蹴った。

 

「───ケッ…………ケッ!!」

 

 漆黒の闇がそこに広がっていた。リースは憐れみに満ちた目をしながら、ぼそりと呟く。

 

「なんだか最近マシュさんが怖くなってきましたわ」

「あら、アンタにも恐怖心があったのね。ピンク色の感情しかないと思ってたわ」

「私は昔から怖がりでしたわ。お姉様と妹に挟まれないと寝付けませんでしたから」

「昔はあんなに純粋だったのに……」

 

 さあっとエレインは涙を流した。よりにもよって妹が二人とも恋愛で暴走する未来など、どんな予言者でも言い当てられないだろう。

 ところで、とアナは思い出したかのように言う。

 

「サクラは倒したと見て良いのでしょうか。この先何度もあんなのと戦うと思うと気が落ち込みます」

 

 ギルガメッシュはこれまた不満げに、

 

「楽観視はすべきではない。あの手合いは己の無敵性が揺らがぬ限り命を落とすことはない。神話にて、無敵と謳われた者が死するようにな」

「そう、厄介なのは弱点を突かなくては倒せないという点だ。それが何かは私にも分かりかねるが、お手軽無敵殺害アイテムのヤドリギも効かないほどだ。用心するに越したことはない」

「王の宝物庫にはひとつくらいありそうですが……まさか打って出たりしないですよね?」

「当たり前であろう、シドゥリ。誰が戦場での死を避けるためにブラック労働をしていると思っているのだ!」

 

 笑い声を響かせる王の目はどことなく焦点が定まっていなかった。全サーヴァント最強と噂される英雄をしても、労働の苦しみは同じなのだ。

 

「Eチーム貴様たちは休むが良い。馬車馬にも休息は必要であるからな。くれぐれも騒ぎは起こすな」

 

 と言ってEチームを王殿から追い出そうとした時、甲冑を着込んだ男が息も絶え絶えに駆け込んでくる。

 瞬間、場の全員が不穏な気配を察知した。その兵士は息を整えると、

 

「レオニダス将軍より急報です! 北壁に魔獣多数接近! 加えて神官団の星見の結果では、さらなる災いの予兆ありとのことです!!」

 

 北壁。ウルクを襲う魔獣と人類が争う、最大防衛拠点。その守将を務めるレオニダスからの早馬が届いていた。

 王の間に静寂が舞い降りる。

 なれど、それは数秒。ギルガメッシュは即座に判断を下した。

 

「───Eチームよ。貴様らに次なる任務を与える。北壁に急行し、レオニダスの援護をせよ! 休息は先送りだ!!」

「…………労災は降りますか!?」

「侮るでないわダンテ! 我がウルクの福利厚生はメソポタミアイチである!!」

「『う、羨ましい……カルデアも見習うべきだぞこれは!!』」

 

 かくして、戦場は定まった。

 人と人ならざるモノを隔てる防衛線。

 第七特異点の因果渦巻く地は、静かに運命の訪れを待つ。

 その未来は最古の英雄王にも、花の魔術師にもまだ見通せなかった。

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