自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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第69話 氷の精霊と霧の乙女

「……はあ、酷い目に遭いました」

 

 ウルクより遥か北方。人類と魔獣が争う戦線さえも越えた先、厳然とそびえる山岳の合間に気の抜けたため息が響く。それは夜の冷気で白く霞み、闇に溶けていった。

 

「ふ、ふへへ……ククるんとイシュタルの宝具でバーガーにされても復活するなんて、ヤバイっすねサクラの姉貴! マジリスペクトっす! マジ最強っす!!」

 

 にへら、と媚びた笑顔で振り向くジャガーマン、ことテペヨロトル。彼女は背中にサクラを乗せ、四つん這いで険しい山中を進む。黒色の体表はまるで暗闇と同化しているようだ。

 借りてきた猫みたいになったテペヨロトル───実際は奪ってきた猫なのだが───をサクラは冷たい眼差しで見下す。

 彼女はどこからともなく創り出した乗馬用の短鞭で、黒猫の尻をぺしぺしと叩く。

 

「元はと言えばあなたのせいですよ? 主人を見捨てた罪をしっかり噛み締めなさい、この駄猫」

「ぐゥゥ……ッ! この絵面はまずい……見ようによってはハードな調教モノになってしまう……!!」

「なったとしてもあなたには需要とかありませんよね」

「おいやめろォ! ちょっと気にしてるんだから!!」

「はい、口応え。サクラちゃんポイントマイナス500億点です」

 

 サクラの鞭が臀部を強く打ち据える。清々しいほど軽妙な音が山間に鳴り響き、次いでテペヨロトルの悲鳴が湧き上がった。

 黒白の少女はくすくすと笑う。鞭の先でテペヨロトルの後頭部をほじくるように弄りながら、わざとらしく嘆く。

 

「あ~あ、またしても負債が増えちゃいましたねぇ? あなた如きの内臓じゃあ全部売り払っても足しにすらなりませんよ?」

「なんというモラハラにパワハラ……労基に言いつけるぞ!」

 

 労働基準監督署を盾に雇用主を脅すテペヨロトル。現代の冴えない社員に足りない精神性を発揮した恐喝はしかし、さらりと受け流される。

 

「別にいいですよ。というか、私がやってるのは内臓ハラスメントなんで」

「なにその新概念! ヤのつく界隈でしか通用しニャいよ!? ハードな調教モノじゃなくてハードな極道モノになっちゃうよ!?」

「それサバンナでも同じこと言えるんですか?」

「え? どういうこと? まさかサバンナの動物たちがみんな内臓ハラスメントやってると思ってる? 弱肉強食ってそういう意味じゃないからね?」

 

 などと、愚にもつかない会話を繰り広げる駄猫と偽神の前に、白い影が降り立つ。

 長い緑髪をなびかせる青年。線の細い中性的な容姿とは反対に、内包する魔力と拡散する隔意は荒れ狂う大河の如くに暴力的であった。

 場に充満する大気にさえ影響を与える重圧。それを一身に受けてなお、サクラとテペヨロトルは身動ぎひとつしない。それどころか冷めた顔つきで青年を眺めている。

 

「あいにく、ここから先は立ち入り禁止区域でね。Uターンしてもらえると助かる」

「他人にモノを頼む時はまず自分が譲歩するのが必須でしょう? せめて土下座して靴を舐めるくらいはしてもらわないと」

「キミの変態的かつ倒錯的な趣味に付き合うのはそこの駄猫くらいなものさ。対等な話し合いに自分の嗜好を入れるべきではない」

「…………対等?」

 

 サクラは首を傾げる。見開いた瞳が赤光を帯び、顔面に貼り付いた笑みは石で誂えたように無機質だった。

 

「何を勘違いしてるんですか? あなたと私は対等なんかじゃありません。サバンナのライオンがシマウマにへりくだるなんてありえないんですけど」

 

 黒き影に覆われたつやつやしい上体を反らす。その反動のままにサクラはテペヨロトルから飛び降り、石翼を展開する。

 下腹の紋章が妖しく輝き、赤色の光彩が夜闇に灯る。その光は紅玉のように澄み渡り、血液のようにどろどろと闇を塗り潰した。

 

「なので、さくっと捻り潰してあげます。行きなさいテペヨロトル」

「そこは自分で行くところでは!?」

「ライオンの王様は手下が獲物を取ってくるのを待つものですよね。したっぱオブしたっぱのあなたが働かないと、群れの長は生きていけないというのに……」

「それサバンナでも同じこと言えんの!?」

「言えますけど?」

 

 その叫びを無視して、サクラはテペヨロトルの尻を蹴り飛ばす。その様はさながら地を這うロケット。一直線に飛翔する彼女はそれでも両手の爪をぎらりと閃かせる。

 

「くらえ、ワシントン条約執行拳───ッ!!」

 

 交差するように繰り出された斬撃。緑髪の青年はそれをするりと潜り抜けると、瞬時にサクラを己の間合いに捉えてみせた。

 黒白の少女は迎撃も回避も行うことすらなく。

 ただ両腕と両翼を広げ、顔面へ迫りくる拳を受け容れた。

 ぱん、と。いっそ小気味良いとすら思える破裂音とともに、血肉と脳漿が弾ける。

 首から上を失った漆黒の五体がぐらりと揺れる。一歩、二歩とサクラの足がたたらを踏み、立ち止まる。その途端、時間を巻き戻したように頭部が修復された。

 元と寸分違わぬ造形の頬に人差し指をあてがう。唸るような、呻くような声が数秒続き、サクラは腹の底からため息を捻り出す。

 

「……今の攻撃、0点。なんだかこういうのも飽きました。再生するのもいい加減マンネリです」

「さすが姉貴! そこにシビれる憧れる! キノコ中毒の配管工が星取った状態より無敵じゃないっすか!!」

「まあ、それはどうでもいいんですけど。あなた、聖杯持ってますよね?」

 

 緑髪の青年は奥歯を小さく軋ませた。

 

「……なぜ、そうだと?」

「私自身も聖杯ですから。触れ合った一瞬で色々分かっちゃいました。たとえば……」

 

 サクラは顔の端に右手を添え、瑞々しい下唇を中指で歪めた。見下し、嘲る笑みが周囲に満ちる暗闇をくり抜くように白く浮かび上がる。

 

「───キングゥ。あなた、意外とマザコンなんですね」

 

 直後、サクラの腹部が半ばから飛散した。

 目にも留まらぬ速さの蹴撃。偽神の背後に回ったキングゥは振り向きざまに手刀を放つ。少女の腕ごと胴体を割るはずだった一撃は、不自然に空中で逆方向に弾かれる。

 何故───キングゥの脳の片隅に残った冷静な部分が疑問を抱く。それが解消されるよりも速く、サクラは告げた。

 

「アホですね。いくらやっても無駄なのに。どんなに肉体が壊れても私を殺すことなんてできません。たとえ一原子残らず消滅させられたとしても」

 

 ぎゅるり、と飛び散った臓物が舞い戻る。

 

()()()()()()()! 神に造られた肉の器でしかないあなたには及びもつかない概念でしょうが───魂を精神によって掌握している私に勝てる道理はないんですよ……!!」

 

 石の羽毛が舞うとともに、彼女は言い切った。

 キングゥの脳髄を炙る激情の火が陰る。魂を精神によって掌握する。それをありえないと断ずるのは簡単だが、現にこうしてサクラは生きている。

 彼女にとって、魂は肉体の上位にある。ならば、魂そのものを傷つける攻撃でなくては殺せないのか。

 それもまた否。ケツァル・コアトルとイシュタルの宝具を同時に受けたのなら、肉体に紐付けされた魂ごと消滅していたはず。二柱の女神がそれを見逃すはずがない。

 キングゥに考えられる理由はふたつ。しかもそのどちらもが最悪と言っても良い。その内のひとつを、彼は口にした。

 

「…………魂の物質化、第三魔法か」

「ぶっぶー、大ハズレ。私の魂は星幽界にあるんです。あなたがこの物質界に在る限り、勝負にもなりませんよ」

「参ったな。もうひとつの方か。うん、ボクにキミを倒す方法はなさそうだ」

「ようやく格の違いが分かりました? 大人しく負けを認めて這いつくばりなさい」

 

 聖杯たるサクラの魔力炉心が稼働し、莫大な魔力が発露する。

 魔力量においてはキングゥとサクラは互角。その身に聖杯を宿すが故に。だが、前者に後者を倒す術はない。その時点で、二人の勝負は決着が見えていた。

 いつか必ず訪れる敗北。それを前にして、キングゥは冷ややかに微笑んだ。

 

「本当のキミは何処に在るんだい? 物を考え、言葉を喋る肉体は此処に在り、しかし魂は別の場所に在る。キミは何処に行ってもどこまでいっても孤独だ。常に誰かの障壁となるのはきっと……」

 

 毒を潜ませるように。

 刃を滑らせるように。

 彼は、囁くほどの声で言った。

 

「───サクラ。キミは案外寂しがりなんじゃないか?」

 

 脳裏に蘇る、少女の言葉。

 

〝───とってもかわいそう〟

 

 ぞわりと、心がざわめく。

 夜空は凍える月を頂点に戴く。

 降りしきる月光はとうに雲の向こう側。天よりの光は失われ、ただ影のみが大地を埋めた。

 空気の揺らめきが木の葉の擦れ合う音を立たせ、静寂を彩る。

 その無音が果たしていつまで続いたのか、それは当人たちにも知り得なかった。

 テペヨロトルは滝のように冷や汗を流し、ついには沈黙に堪えかねる。黒色の体躯をもって闇夜に紛れ、忍び足でこの場から逃れようとする。

 サクラは無造作に手を伸ばし、テペヨロトルの尻尾を掴んだ。

 

「他に行くところを思いつきました。タクシー代わりになりなさい」

「ここまで来て!? 報酬もなしとか福利厚生を疑うぞ! ちゅ〜る一年分を所望する!」

「たったそれだけで良いんですか? ちゅ〜るなら琵琶湖一杯分くらい用意できますけど」

「……さあ、背中にお乗りくださいサクラ様! このテペヨロトル、ネコバス以上の乗り心地を約束致します!!」

 

 別れの言葉も交わさずに、サクラとキングゥは決別した。

 テペヨロトルの背の上で揺られながら、黒白の少女は親指の爪を噛む。それは造物主たる彼女自身も気付かぬ動作だった。

 深く、己の内へと意識を埋没させる。

 魂よりも肉体よりも、精神が掻き乱されている。サクラは自分自身を冷静に分析すると、機械的にその迷いをどこかへ放り捨てた。

 悩みと苦しみは要らない。どちらも不要な感情だ。それで人間が成長することはあっても、この身は神。すでに成長の余地などない完璧な存在なのだから。

 そうして。

 サクラはキングゥの聖杯から読み取った情報を総覧し、一寸の狂いなく正しいと思える結論を導き出した。

 

「……うん。きっと面白いことになります」

 

 そのためには。

 

「少し、盤面を整理しましょう」

 

 狂いなき結論。それがどれほど狂っているかも知らぬまま、偽神は胸を躍らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニップル市。魔獣の襲来に備えるために築かれた北壁のやや北方に位置する都市。王権を与える最高神エンリルを祀る都市でもあり、その宗教的・政治的価値からギルガメッシュより後の時代の王たちはニップルを巡って闘争を繰り返した。

 未来、数え切れない人の血が流れ、幾度も戦火に晒されるこの地が人間と魔獣の戦線となることは定められし運命か、果たして。

 とにかくひとつ言えることは。

 メソポタミア地域の政教における最重要地点を北壁の外に切り捨てるギルガメッシュの判断は、まさしく神をも恐れぬ剛毅な所業であった。

 北壁がウルクの城壁であるとするならば、ニップルはその出城だ。ウルクの防御を固める要地であり、北壁との挟撃や補給を担う拠点。

 レイシフトEチームはエレイン特製氷の馬車に乗り、ニップルに足を踏み入れていた。

 時刻は夕方。ギルガメッシュの命令を受けてから約一日の時間が経っている。地平線の向こう側に沈む太陽が世界を茜色に染め上げていく。

 城砦の一室。ウルク以北の地図が広げられた部屋の中に、彼らはいた。なぜか天井には大きな楕円形の鏡が設置されている。

 

「……リーダー」

「……なんだ、藤ま」

「え、ごめんなさい聞こえませんでした」

「…………チッ。なんだ、立香」

 

 人類最後にして空前絶後のアホマスター、立香とノアは真剣そのものとしか言いようがない表情で佇んでいた。会話の内容は別として。

 彼らを冷めた目つきで見るのはEチームサーヴァント陣と宮廷魔術師コンビ、そしてアナだった。

 立香は神妙な面持ちでウルク以北の地図を眺める。

 

「ヤ○ルト1000であんなに効くなら、ヤク○ト5000とかになったらとんでもないことになっちゃうんじゃないですか……?」

「アホの思考やめろアホ」

 

 ごす、とノアの手刀が立香の頭に落ちる。彼女は脳天を抱えて床にうずくまった。そんな様子を見て、リースは腕を組みつつ頷いた。

 

「私も昔は調味料は入れたら入れただけ美味しくなると思ってましたわ」

「懐かしいわね。あの頃は食事の度にペレアスが引っくり返ってたわ」

「精霊は元々食事を必要としないからね。味音痴になるのも仕方ないさ」

フォウフォフォフォウ(お前は人の心音痴だよな)

 

 フォウくんの指摘がマーリンの心臓を深く抉り、花の魔術師は激しく血を吐いた。マーリンとフォウくんの謎の敵対関係はなおも根深いようだ。

 カルデアは日夜Eチームリーダーとの戦いが行われる修羅の国。マシュは特に感慨もなくその光景から視線を外し、辺りを見回した。

 

「ところで、レオニダスさんの姿が見えないようですが」

 

 北壁の守将レオニダス。ギルガメッシュはEチームに彼の援護を命令したものの、その本人がここにいなかった。急な来訪ということもあるが、将が持ち場にいないのは問題だ。

 ダンテはノアとペレアスの間に挟まり、二人の腕を両側でがっちりとロックする。戦争の空気でトラウマが刺激されたのか、その顔は死人のように青ざめている。

 

「も……もしかして、やられてしまったのでは……!?」

「余計な憶測する前に離れろダンテ。今更だが男のくせにみっともねえぞ」

「手汗が服貫通してきてんだよ、汗腺ぶっ壊れてんのか? また閣下に改造してもいいんだぞ」

「なんてこと言うのですお二人とも!? ノアさんは魔術師でペレアスさんは騎士、かたや私はただのおっさん───私を守るのが役割じゃないですか!!?」

「「もうお前がマスターやれ!!」」

 

 ノアとペレアスは同時に腕を振り払った。ダンテ最大の過ちはサーヴァントとして召喚されてしまったこと。彼は心の中で神曲を書いたことを密かに恨んだ。

 その時、部屋の扉が勢い良く開かれる。

 強烈な熱気を背負い現れたのはレオニダス。ただし彼は頭の頂点から足の爪先まで血液で真っ赤に染まりきっていた。

 レオニダスは荒い息を吐きながらふらふらとにじり寄る。その様子はパニックホラーお馴染みのゾンビの様相を呈している。

 ダンテはカサカサと壁にへばりついた。

 

「ギャアアアアア!! レオニダスさんが地獄で見た罪人くらい酷いことに! その出血量ではもはや……!!」

「いえ、これはすべて返り血です。我が筋肉は健在なので、ご心配は無用でございます」

「戦いに出ていたのかい?」

「ええ、兵を率いて遅滞戦を仕掛けていました。水を浴びる暇もなく……お見苦しい姿を見せることをお許しください」

 

 すると、エレインは氷の杖をかざした。見る間にレオニダスの全身にこびりついた血が霧散し、赤い霧が窓の外へ流れていく。

 水の精霊にとってこの程度の芸当は容易いのだろう。エレインは率直に問う。

 

「成果はどうだったかしら?」

「はい。損害は軽微、死傷者はなし。エレイン殿考案の『スーパーつるつる地獄』に嵌めることにも成功しました。明日の早朝までは時間を稼げたでしょう」

「素晴らしいわ。アレにかかったなら『さむさむ串刺しマウンテン』も発動する……戦力低下も望めるわね」

「いや、ネーミングセンス!!」

 

 ジャンヌは叫んだ。彼女もまたノアと同じく中二病、ネーミングセンスには一家言持つ身である。懐に収めたドイツ語の辞書を取り出しかねない心情だった。

 そんなジャンヌの気持ちを他人が知る由もなく。手刀のダメージから復活した立香は小首を傾げて、

 

「エレインさん考案……北壁にも来たことがあるんですか?」

「ええ、ニップルと北壁には何度も訪れているわ。第六特異点のあなたたちの戦いも北壁の上から見ていたのよ」

「勝手知ったる土地ってことですか。レオニダスさんもいますし、これはもう勝ったも同然ですね!」

「敵が魔獣の群れだけならばそうなのですが、斥候より報告がありまして」

 

 レオニダスが二の句を継ごうとしたと同時、頭上から自信に満ち溢れた、むしろ自信しかなさそうな声が割り込んだ。

 

「『それについては我から説明してやろう。しかと拝聴せよ、雑種共!』」

 

 天井に設けられた大鏡。その一面に、ギルガメッシュの顔が大きく映し出されていた。鏡自体が振動することで王の声を再現し、部屋中にくまなく音を届ける仕組みになっている。

 いつにも増して傲慢に笑うギルガメッシュ。彼のまぶたの下にはうっすらとクマが浮かんでいた。ウルク全土を指揮する激務は中々に堪えているらしい。

 ダンテは今日幾度目かの驚愕を露わにした。

 

「ギルガメッシュ王!? なんだかテンションがおかしくありませんか!?」

「『霊山でしか採れぬ薬草を三日三晩煮詰めた湯を飲んだ故な。妙な頭痛と心臓の疼きを感じるが問題はあるまい』」

「人類最古のエナジードリンク───!!」

「『ウルクの医者はふん縛ってでもギルガメッシュ王を寝かせるべきじゃないかなぁ!?』」

 

 ロマンは空になったエナジードリンクの缶を握り締めながら言った。ギルガメッシュを縛って寝かせられるような医者はどこにもいないだろうが。

 部屋の各所から王を心配する目線が向けられる。ギルガメッシュはそれを無視し、人類最古のリモートワークを続けた。

 

「『現在、メソポタミア随所で魔獣の異常発生が確認されているが、ニップル以北は他所とは到底比べ物にならぬ数に膨れ上がっている』」

 

 ───その発生源と思しきはニップルよりさらに北、レバノン杉の山林に位置する神殿。三女神同盟の一柱、ティアマトを名乗る神霊の根城と推測される場所である。

 ウルクに大挙して押し寄せる魔獣の大軍。これを討ち果たしたとしても、時が経てば新たな魔獣が産まれ、都市を襲う。

 故に狙うべきは神殿と神霊の攻略だ。対症療法では体力を失い続けるのみ。原因を根絶することこそが、人類の生きる道なのだ。

 そして、斥候からは神殿にて魔力の胎動が見受けられたとの報告があった。神官団の予言を見ても、ティアマトが動く可能性は高い。

 ギルガメッシュの説明の後、マーリンは情報を付け加える。

 

「地母神だけが有する権能『百獣母胎』。ウルクを襲う魔獣はその生命を創造する能力によって生み出されているのだろう。善にも悪にも転じる力だが、ティアマトは善い方向に使うつもりはないようだ」

「……当たり前でしょう。三女神同盟の中でも一番のロクデナシが今回の女神ですから」

 

 アナは僅かに目を伏せて言った。その声音にはどこか、忸怩たる感情と微量の殺気が含まれていた。

 確かにケツァル・コアトルはルチャにドハマりしたサンバ女神で、エレシュキガルはネコを愛でるドジっ娘神霊だ。ティアマトと比べれば大分親しみやすさがある。

 納得しつつ、ジャンヌは首肯した。

 

「自分だけ引き篭もって手下にやらせようなんてヤツがネアカな精神してるはずがないわね。私が森ごと神殿を焼いてもいいわ」

「『逸るでないわ脳筋魔女。下した命令はレオニダスの救援である。女神の討伐ではない。精々ダチョウ並みの脳みそを捻って作戦を練るが良い』」

「私はいつも通り宝具を使うしかできませんが……そういえば、牛若丸さんは何をしておられるのです?」

「『牛若丸には別の任務を与えた。貴様らに他人を気にする余裕などないぞ、敵が本物のティアマトであるのならばな』」

 

 そう言い残して、鏡からギルガメッシュの像が消え去った。彼を見上げていた一同は首をもとの位置に落ち着ける。

 リモートワークを終えた後の独特な空気感がこの場に充満する。解放されたは良いのだが、少し手持ち無沙汰なあの感覚だ。

 マシュは咳払いすると、輝く目で立香を見据える。

 

「女神襲来に備えた作戦を考えろとのことでしたが、栄えあるローマ帝国軍師を経験したこともある先輩にお話を聞きましょう」

「なんて無茶ぶり!? 私が知ってる戦術は包囲殲滅陣しかないから!」

「包囲殲滅は確かに戦の理想形ではあるけれど、数で大いに劣る私たちでは難しいと思うわ」

「エレインさん、真面目に言われると私の心が死にます!」

 

 浅い知識から放った言葉へのカウンターは時として物理的な殴打よりもダメージになり得る。元ローマ帝国軍師は再度床にへたり込んだ。

 しかし、ただでは転ばないのが藤丸立香という少女である。ダチョウよりはいくばくか高性能な脳みそにひらめきが訪れる。

 

「相手が神様ならリーダーのヤドリギとペレアスさんのエクスカリバーMk.2が効きますよね!?」

「ああ、その神殺しの宝具なら通用はするだろう。問題は殺せても復活する点にある」

「どういうことだマーリン?」

 

 ペレアスの問いに、マーリンは答えた。

 敵が地母神の権能を有しているのは明白。地母神とはその名の通り大地の母であり、豊穣の具現だ。

 女神信仰の歴史は果てしなく古い。古代より農耕民は大地母神を崇め、恩恵を授かってきた。農作物の萌芽と収穫のサイクルをより円滑にするために。

 それは死と再生の円環。蒔かれた種は成長し、収穫されるも厳しい冬を経て再び芽吹く。そのサイクルを司るのもまた地母神であるのなら。

 

「───地母神は復活の権能を持つと考えるのが妥当だ。ヤドリギは神と不死を殺すが、その復活までは否定できない。なぜなら、それが殺した唯一の神バルドルが復活を果たす神であるからだ」

 

 ダンテはムンクの叫びのようなポーズを取って戦慄いた。

 

「じゃあ倒す方法がないということじゃないですか! 確信しました、人類は滅亡します!!」

「……この人の情緒崩壊してません?」

「アナ、無視しなさい。カルデアでは日常茶飯事よ」

「まあ、神の信仰の根源となる神殿を破壊すればヤドリギで殺せる訳だが。今回は防衛に専念すべきだ。王が言っていたようにね」

 

 反攻に転じるには手段も戦力も足りない。マーリンの意見は意外にも真っ当なのだが、

 

「おまえの話を長々と聞かされるこっちの身にもなってみろ。そういう頭の良い役回りは俺しかいないだろうが」

「大丈夫です。リーダーにその役は永遠に回ってこないんで。書類選考落ちなんで」

「おい誰が就職氷河期だ」

「我がスパルタは健康な男子なら即採用ですよ?」

フォフォウフォウ(その分研修が地獄だろ)

 

 しかもスパルタは選考漏れした男子は生まれた時点で捨てられる魔界である。300人で大軍に立ち向かう勇士を産む土壌は伊達ではないのだ。

 さすがのロマンにも危機感はある。話題が拡散した議論はネット掲示板の罵詈雑言と変わらない。彼はまごつきながら切り出した。

 

「『それで……作戦は?』」

「そうね。ひとりでも正気の人間がいて助かったわ」

 

 エレインの白い指が地図に描かれた線───北壁をなぞる。

 

「背後には長城があり、前からは地を埋め尽くすほどの大軍が迫る。この状況、リースとペレアスには覚えがあるでしょう?」

「……ハドリアヌスの壁か。ピクト人のヤバさは身に沁みてる」

「むしろ覚えしかありませんわ」

「宮廷魔術師マーリンさんにも覚えがあ───」

「そうよ。これは異民族との戦いととてもよく似てるわ」

 

 マーリンのインターセプトを、エレインは無表情で阻んだ。サッカーなら名ディフェンスとして語り継がれるであろう手際だ。

 

「───だから、()()()()()()()()をしましょう。防衛戦の名将レオニダスもいるのだから、負ける道理がない。そうでしょう?」

 

 珍しく自信げに、彼女は言った。

 窓から覗く景色は既に暗がりへと変わり始めていた。太陽が沈み、月が訪れる余韻の時間。なれど、魔獣の襲来が見えているニップルに安穏とした空気が流れるはずがなく。

 城内城外を問わず忙しなく動き回る人間。隙間なく敷き詰める声と熱気は戦争の緊張をそのまま表していた。

 都市を取り囲う氷の城壁。その外、離れた平原ではパンパンに張り詰めた白い袋を引きずって走り回るノアとEチーム三人娘の姿があった。そのほど近くでは、うつ伏せに倒れるダンテをアナが木の枝で突いている。

 

「……なにやってんだあいつら」

 

 都市城壁の上。ペレアスは口角を引きつらせて呟いた。リースは彼の背中からひょっこりと顔を出して、

 

「ノアさんによると〝戦争の常識をおまえらに見せてやる〟とのことらしいですわ」

「不安しかないんだが!? あいつの常識は非常識と同じ意味だぞ!」

「まるで私たちの恋みたいですわ」

「どこがだ!?」

 

 思わず絶叫するペレアス。その隙をついて、リースは彼の懐に入り込む。長年培われた熟練の技は今も失われてはいなかった。

 恋愛脳精霊はぽっと頬を赤らめて、騎士の顔の輪郭に手を添える。

 

「では、ここからは18歳以下お断りの時間ということで……」

「なんでだ!! 展開が唐突すぎるだろ!!」

「そう───人生何しも重要なことは唐突にやってくるのですっ! あなた様と私の出逢いのように! なのでこれも仕方がありません!!」

「やめろォォォ!! 世界が終わる!!」

 

 ティアマトの襲来より早く世界にハルマゲドンが訪れようとしていたその時、忍者の如く現れたエレインが氷バットで妹の尻を叩く。

 リースは床につくばって、産まれたての子鹿みたいに震えた。

 

「ペレアス様っ♡激しいのも嫌いじゃありませんわっ!!♡♡」

「いや、これに関してはオレじゃねえ!!」

「『大丈夫ですかペレアスさん! エレインさんを呼んでおきました!』」

「よくやったロマン!」

 

 世界を滅亡から救った救世主エレインはこめかみを指で揉みほぐす。もう一方の手でマーリンのフードを掴んで連行している。

 

「見回りの途中で良かったわ……マーリンもいつも通りサボっていたけれど、あなたたちは死んでも変わってないのね」

「こんなところ見せといてアレだが、そう悪いものじゃないだろ? 義姉さん」

「ふふ、そうね。懐かしい気持ちというのはアヴァロンでは中々体験できないから。……千里眼で覗き魔してるマーリンと違って」

「私は誰かの物語を摂取しないと感情を得られないのさ。食事のようなものだと思ってくれたまえ」

 

 さらりと述べたマーリンの言に、ペレアスはやや表情を固くした。

 彼とて人ならざる者との混血。人でなしなのは確実だが、そもそも半分人でないのだから人間とはかけ離れた精神性をしているのも道理ではある。

 だからといって、同情はできないのだが。

 四人は城壁の上を歩き出す。その最中、ロマンは何気なく訊いた。

 

「『精霊と言うと近寄りがたいイメージがありますが、湖の乙女のお二人はそんなことありませんね。感情も豊かですし』」

 

 マーリンは首肯する。

 

「若干名シモに寄ってはいるけど、そうだね。ブリテンのために協力するという選択肢を取ったこと自体も一般的な精霊としては異例だ」

 

 かの時代、ブリテン島の騎士王は神代の終わりを担った。世界の舵取りを神から人へと移す偉業。だがそれは、人間以外の者には不都合な変動だっただろう。

 妖精や精霊にとって、神秘の否定とは自らの存在の否定。自身の消滅を肯定できる者など、人でも人以外でも少ないはずだ。

 湖の乙女姉妹は顔を見合わせる。

 

「湖の乙女ならぬ湖の幼女時代はそれなりに妖精ムーブをしていましたわよね?」

「ええ、よく水妖の真似事をしていたわ」

 

 二人は在りし日の記憶を思い返した。

 場所は現代のドイツ、ライン川。湖の幼女三姉妹は豊かな丘陵に囲まれた大河を眼下に捉えていた。ライン川は多数の船でひしめき合い、渋滞している。

 船上で右往左往する人間たち。湖の幼女末妹はそれを指差して甲高い笑い声をあげた。

 

〝あっははははは!! 見て、氷と霧のお姉様! あの必死そうな人間の顔! 渦潮を起こしてみたらどうなるのかしら!!〟

〝この前調教したケルピーさんを放り込むのも面白そうですわ。お姉様は何か良いイタズラを思いつきまして?〟

〝水面を凍らせてみましょうか。船が動かなくなった人間がどれだけ困るか楽しみだわ〟

〝それじゃあ、間を取って全部やりましょう? そしてギリギリのところで助けて人間を言いなりにするの!〟

 

 そうして、ライン川はさらなる騒乱に巻き込まれた。人間を言いなりにする目論見は領主の軍が駆けつけてきたことで失敗。しかし湖の幼女たちを捕らえられるはずもなく、人間たちは涙を呑んだという。

 そこまで聞いて、ペレアスとロマンは苦虫を噛み潰したみたいな微妙な顔をした。反面、マーリンは微笑の仮面を被っている。

 

「『ライン川ってローレライ伝説が有名だった気がするんですが……』」

「た、たまたまだろ多分。他にも水の妖精なんていっぱいいるからな」

「うん、面白い話だね。そんなにも妖精然としたキミたちがこうして人類のために戦っているとは」

 

 花の魔術師はその微笑みのままに、

 

「───何か、きっかけがあったのかな」

 

 数秒の沈黙。

 エレインは簡潔に、単純に、事実を述べた。

 

「見たのよ。茨の王冠を被らされた男の死を」

 

 風が吹く。ほのかに冷たい夜の風が。

 湖の乙女が人に携わることを決めた契機。

 それはあまりにも、エレインの核心に触れすぎていた。

 リースはペレアスとエレインの腕に飛びつき、二人を引きずろうとする。

 

「もうすぐ夕飯時ですわ! こんな花びらひらひらマンは放っておいて、みんなで食事にしましょう! 私が腕によりをかけて作ります!!」

「……あ〜、そうだな。リースの飯は世界一美味い。義姉さんのアイスも久々に食べたいな」

「いいわよ。私はそれしかできないけれど」

「そんなことありませんわ。私がお姉様にお料理を教えて差し上げます!」

 

 ぽつねんと取り残されるマーリン。彼は横に振り向いて、消え入るような声を発した。

 

「……まさかとは思うが、私ってコミュニケーションに難がある類なのかな?」

「『そうですね、間違いなく。ノアくんに調教してもらったらどうです?』」

「あんなモヒカンになるのは御免だね。そうそう、彼についてキミに話したいことがあったんだ」

「『なんですか? アホ花吹雪』」

「カルデアの人間は罵倒の語彙が広すぎないか!!?」

 

 ロマンはニヤリと笑った。普段は蹂躙される側の人間だが、マーリンという格好の標的を見つけた今、彼は秘めた攻撃力を発揮しつつある。

 マーリンは頭を振って平静を取り戻す。

 

「彼があの術式を使わない理由。もう知っているんだろう?」

「『……そうですね。ダ・ヴィンチちゃんから訊きました。自分が自分を許せるまで、と』」

「それだよ。私が思うに、そんな日は永遠に訪れない」

「『───随分と言い切りますね』」

 

 強まる語気。花の魔術師は飄々とそれを受け流す。

 

「人が人を許す過程は人それぞれだが……自らの罪を自ら許せる者は少ない。相手が自分である以上、〝ごめんね〟で済む簡単な話ではないからだ」

「『……だから?』」

「誰かが心に刺さった棘を抜く必要がある。問題は本人がその棘を大切に仕舞い込んでいることだ。それを取り払えるのはキミしかいない……と、思う」

「『神の力に頼らずとも彼らは立っていける。あの術式を使わないという判断はボクも同じだ』」

 

 だとしても。マーリンは突きつけるように言う。

 

「どれだけ否定したい自分であっても、それはその人間の一部だ。打ち捨てられたままでは忍びない。程度にもよるが、自分を肯定できない人間は得てして不健康だよ」

 

 それは、己を問い詰めるような。

 目の前の男に釘を刺すような、言葉だった。

 その会話の真意を知る者は両者の他に無い。

 

「故に」

 

 夜空を舞う、鮮やかな花弁。花の魔術師はその杖の先を、ただの人間に差し向けた。

 

「───自も他も救ってみせるがいい、ロマニ・アーキマン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早朝。大地の下辺より太陽が登り来たる。

 目眩く曙光が照らすは押し寄せる魔獣の群体。猛き津波の如く疾走する獣はその雄叫びとともに剥き出しの殺意を叩きつける。

 第三特異点。アカモートに生み出された水魔はアトランティスの残骸島改め愛の逃避行丸を何千もの数で襲った。

 が、平原に広がる魔獣の数はそれとさえ比べるに値しない。大地の色は既に魔獣の体色に塗り替えられている。

 対するは城壁のもとで軍を率い、野戦の構えを取るレオニダス。そして、それを城壁の上から見渡すEチーム一行だった。

 

「……多すぎません!?」

 

 ダンテの悲鳴があがる。彼は両腕で自身を抱きすくめ、目にも留まらぬ速さで膝を振動させていた。

 ノアはいつもの醜態を晒す詩人を低い声で質す。

 

「ダンテ、トロイア戦争でなぜトロイアが負けたか分かるか」

「あ、アキレウスの活躍と答えるのが一般的でしょうが……私の推しのオデュッセウスの存在が大きかったと思いますねえ。膠着した戦況を打ち破ったのが彼ですし」

「違うな。トロイアが負けた理由───それは俺がいなかったからだ!!」

「何言ってるんですかこの人!?」

 

 ダンテの文句を無視して、ノアは立香に顔を向けた。彼女は防音用の耳あてを装着し、正方形の鉄箱に赤い半球のテンプレのようなスイッチを持っている。

 

「やれ、立香!」

「はい! スイッチオン、です!」

 

 かち、と人差し指がスイッチを押す。

 瞬間、平原のど真ん中で巨大な爆炎が噴き上がった。遅れて衝撃波がニップルに到達し、さらに轟音が辺りをびりびりと振動させる。

 当然、爆心地を通っていた魔獣は無事に済むはずがなかった。空中を無数の獣が舞い、肉片と血の雨が降り注いだ。

 赤いまだら模様に彩られる戦場。常人ならば嘔吐確実のグロテスクな景色を目の当たりにして、ペレアスは昨夜のことに思い至った。

 

「……戦争の常識ってこれのことか!?」

「お前にしては察しが良いな。俺が昔発明した魔力爆弾の改良型を一帯に埋めてきた。これからの時代はテクノロジーこそが戦争の勝敗を左右するんだよ」

「テクノロジーっつうか体の良い実験台にしただけだろうが!」

「おいおいおい、目の前の戦果を見てもそんな口がきけんのか? かつてラブホを破壊した爆弾が人類の敵を討つんだぞ、これ以上の美談はねえ」

「美談じゃなくて猥談だろ!!!」

 

 と、議論を交わしている間にも立香はスイッチを押し続けていた。その横には同じ装備を整えたマシュとアナも加わり、断続的に轟音が巻き起こる。

 アナは深い影を落とした笑みを形作る。その指は高橋名人も凌駕するほどの高速連打を実現していた。

 

「これがラピュタの雷を落とした大佐の気分……この力ならあいつも……ふふふ、魔獣がゴミのようです───!!」

「先輩! 何やらアナさんが不穏なことを口走っています! 闇堕ち寸前です!!」

「え、なに? 耳当てのせいで聞こえない」

「とか言いつつスイッチ連打してるの怖すぎません?」

 

 ジャンヌはほんの少しだけ魔獣たちに同情した。彼らもまさか自身のフィールドである地面が爆発するとは思ってもみなかっただろう。

 かちかちかち、と虚しい音が響く。地中に埋没した爆弾はすべて役目を終えていた。アナはそれを認めると、雑にスイッチを投げ捨てた。

 豊かな平野は火と煙、死体が散乱する荒野へと姿を変えていた。相手が人間であったなら、恐慌を起こし退却するであろう圧倒的な戦果。が、人類廃滅を望む女神が産んだ魔獣は、戦いに不都合な感情は削ぎ落とされている。

 故に、打算も逡巡もなく、ただ荒れ狂う殺意のままに魔獣は特攻に踏み切った。

 

「『悠か妙なる幻氷塔(トゥール・デ・ダーム・デュ・ラック)』」

 

 その望みですらも、湖の乙女は握り潰す。

 世界の実像が入れ替わる。

 凍てつく空に、一片の雪花が揺れた。

 それは純白の銀世界。

 精霊種エレインが擁する、雪と氷の異界。

 白く霞む遠景。天を突くかの如き氷の幻塔が屹立する。

 塔の出現と呼応して、エレインの杖が変形する。先が細く尖り、無数の氷の帯が捻じれ織り成すひと振りの槍。その槍の穂先は無造作に前方へと向けられた。

 

「───ロンゴミニアド」

 

 白光が閃く。

 一条の閃光は聖槍の名に相応しき威容をもって、敵勢の中央を砕き散らした。

 それを視認したレオニダスは槍を取り、己が軍勢へ号令をかける。

 

「突撃! 我らには頼もしき味方がついています、目の前の敵を討ち果たすことのみを考えて進みなさい!!」

 

 一糸乱れぬ隊列が敵陣の陥穽に侵入し、傷口を広げる。その様は一網打尽、鎧袖一触と表現するに相応しい。エレインは二つ結びの髪の房を払い、小さく息を吐く。

 

「アルトリアのビームぶっぱ&突撃戦法……やはり敵地ではこれが効くわ」

フォフォウ(大雑把すぎん)?」

「スパルタほどではないとはいえ、ウチもかなりの脳筋揃いだったからね。シンプルな戦術の方が対処のしようがないというものさ」

「国境付近で戦う時は大体これだったな。まあオレは指咥えてビーム見てただけだったけど。ハハッ」

「またペレアス様のトラウマが……」

 

 エクスカリバーMk.2の柄に手を掛けながら、ペレアスはどんよりと落ち込んだ。

 立香とマシュは置物と化した騎士を押し退け、エレインの槍を観察した。

 

「見れば見るほど、獅子王の槍とそっくりです。わたしが完全に防ぎ切った獅子王の槍と」

「その情報付け加える意味あった?」

「これは聖槍のレプリカよ。アレを最も上手く扱えるのはアルトリアだけれど、最も深く理解しているのは私。道具作成スキルと、ちょっと世界を騙す幻術があれば誰にだってできるわ」

「ちょっとの程度がわたしたちにとってはバベルの塔くらい高いのですが」

 

 湖の乙女は数多くの宝具宝物を騎士に与えた。聖剣や聖槍といった例外を除いて、それらは彼女たちの手で造られたモノ。その道具作成スキルは並み居るキャスタークラスでも最高峰に位置する。

 ロンゴミニアドの複製。聖槍への理解を誰よりも深めた湖の乙女だからこそ叶う御業であった。

 ノアは花の魔術師に厳しい目線を向ける。

 

「マーリン、おまえアヴァロンに帰っていいぞ」

「おおっと、それは聞き捨てならないなぁ〜! 湖の乙女に幻術を教えたのは何を隠そう、このマーリンだ! 半分は私のおかげだと思ってもらいたい!!」

「マーリンさんが湖の乙女の魔術の師匠というのは有名な話ですからねえ」

「ああ、そのせいで幽閉された時はまんまとハメられたんだけどね」

「アホかこいつ」

 

 自業自得とはまさにこのことだった。

 その間にも魔獣の掃討は進んでいた。ノアの爆弾とエレインの聖槍、そしてこの異界が敵だけにもたらす冷気。元より屈強なレオニダスの軍が負ける要素は微塵も存在しない。

 そう、ひとつの可能性を除いて。

 銀世界の像が乱れる。空間に亀裂が生じ、異物の侵入を許す。

 それは見上げるほどの巨躯を誇る、一柱の女神だった。長大な紫の髪の先は大蛇の如くに変貌し、その歩を進める度に地面が鳴動する。

 数km先からでも伝わる、刺し殺すような殺気。その巨体をもって地上を見下ろす眼差しは言い表しようのない凶気と狂気を孕んでいた。

 

「羽虫の如き人間共がよく足掻く。一切合切、絶望を枕に己の罪業を噛み締めながら去ぬがよい」

 

 立香は喉を鳴らし、拳を握り締める。

 ───アレは違う。ケツァル・コアトルとも、イシュタルとも、サクラとも違う。ただただ人の世の終わりを望んでいる。その望みに余計な雑味は混ざっていない。憤怒や憎悪といった感情でさえ、目的に重ねてはいない。

 だからこそ、どうしようもない。どうしようもなく、戦うしかないのだと分かってしまう。

 立香が口を開こうとした直前、金切り声が鼓膜を揺らした。

 

「ヒィエエエエエエエ!! みなさん、早く後ろを向いて目を瞑ってください! アレを見てはいけません!!」

 

 その場でうずくまり、女神に背を向けて両手で目を覆うダンテ。マシュとジャンヌはこの異界よりも冷たい視線で、怯懦な男を突き刺す。

 

「ダンテさん……今日という今日は本当に見損ないました」

「恥っていう概念がないんですか? この男」

「いえ、これはガチですから! 直接目にした訳ではありませんが、精神が地獄で体験した彼女の魂を覚えています!」

「……地獄? 地獄でティアマトに会ったことがあるんですか?」

 

 立香は首を傾げる。神曲の内容は知っているが、彼がティアマトに遭遇した場面はないはずだ。ダンテはぶんぶんと頭を横に振る。

 

「いいえ、アレはティアマトなどではありません!! ゴルゴーン────いえ、メドゥーサです!!!」

「「「…………はい?」」」

「詳しくは神曲第九歌を思い出していただければ!!」

「『そこまでのダンテさんオタクはいないなぁ……』」

 

 ぽかん、とEチーム三人娘含め全員が困惑の色を表す。

 無論、こんな状況で神曲地獄篇を持ち合わせている人間はいなかった。そんな彼らに、ダンテは自らの体験を語った。

 堕天使が収容されるディーテの市という場所を目指していた頃。ウェルギリウスは不安に駆られるダンテを介護しつつ進んでいたが、二人の目前に突如巨塔が迫り来るのである。

 その塔に棲むはギリシャ神話における復讐の三女神。彼女らは二人を見るや否や、メドゥーサを呼び出すのだった。

 

〝ダンテ。おまえは後ろを向いて目を閉じていろ。あれと目が合えば、二度と地上には戻れぬぞ〟

〝先生! 背中にとんでもない視線を感じるのですが!! 背筋の辺りが石化してないかちょっと見てくれませんか!!〟

〝安心しろ、石化はしていない。まもなく天の遣いが来───〟

〝本当ですか、本当ですよね!? それが真実であるかどうか聖句を唱えながら神に誓ってください! お願いします! さあ、早く!!〟

〝………………〟

 

 その時、一同の心に生まれたのはウェルギリウスへの強烈な同情心だった。少なくともノアならディーテの市を囲むステュクスの沼にダンテを突き落とすだろう。

 ともかく、ダンテが女神をメドゥーサと断ずる根拠は分かった。彼は魂や心を知覚できる能力がある。頭ごなしに可能性を否定することはできない。

 一連の話を聞いたアナは、傍目にも分かるほどに冷や汗を肌に浮かべる。何を恐れているのか、全身がガタガタと震えていた。

 彼女は親指の爪を噛み、口をこぼす。

 

「そ、そんな真名看破アリ……? この流れに乗って私も名乗った方が……いやいやいや…………」

 

 立香はアナの顔をのぞき込んで、

 

「だいぶ顔色が青いですけど、具合悪くないですか? 治癒魔術かけます?」

「い、いえっ! お構いなく! それよりもゴルゴーンをどうにかしましょう!!」

「アナの言う通りよ。まずは…………」

 

 エレインの氷槍が光を発する。

 膨大な冷気が渦巻き、魔力が収束する。それと同時、湖の乙女は槍を突き出した。

 

「ロンゴミニアド───!!」

 

 雪白の光線が煌めく。凍気を纏ったそれは軌道上の空気を個体化させながら、真っ直ぐにゴルゴーンを狙う。

 女神はその魔眼を発動することすらなく、

 

「……キングゥ」

 

 その一言で、事足りると知っていた。

 

 

 

「───『母よ、始まりの叫をあげよ(ナンム・ドゥルアンキ)』!!」

 

 

 

 刹那、天を割り空を裂く流星が堕ちる。

 黄金の尾を引く箒星が氷槍の一撃を打ち破る。否、それだけに飽き足らず、照射される光条を意にも介さず突き進んだ。

 キングゥの宝具はクタ市を跡形もなく蒸発させた。これが着弾すれば最期、ニップルとて異界ごと消滅するだろう。

 

「マシュ!」

「メイン盾にお任せを!」

 

 マシュは弾丸の如き勢いで城壁を飛び出した。

 見計らったように空中に出現する氷の足場を瞬時に辿り、レオニダスたちの前方に身を乗り出す。

 衝突は一瞬。キングゥとマシュの視線が交錯する。

 

「『いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)』!!」

 

 聖なる白亜城の顕現。黄金の流星とてそれを撃ち抜くには力不足。魔力の衰退とともに、両者は弾かれるように後方へ跳んだ。

 ノアは手袋をはめ直しながら、

 

「俺たちがキングゥをどうにかする。ゴルゴーンには槍を撃ちまくれ。行くぞ」

「あ、私はみなさんに強化を掛けておいたのでここで見てます」

「私もそうしていよう。キャスタークラスは後方に回るのが定石だよね」

「おまえらは後で拷問にかけてやる。覚悟しておけ」

 

 恐怖の宣告をダンテとマーリンに与え、ノアは城壁を跳び降りた。立香たちも彼に続く中、エレインはリースの背に呼びかける。

 

「気付いているかしら、リース?」

「当然ですわ! 私たちは同一存在、そういうことですわよね」

「ええ。思う存分にやりなさい」

 

 姉妹は頷きを交わす。湖の乙女にそれ以上の言葉は要らなかった。

 一方、レオニダス。魔獣の掃討は粗方済んでいた。これからは神霊と英霊が激突する。たとえ神代の優秀な人間たちとはいえ、ギルガメッシュから預かった兵を巻き込むことはできない。

 ゴルゴーンとキングゥの隙を突いて彼らを退却させる。

 果たして、それだけの間隙を作れるか。

 

「投影、『天佑の大船(スキーズブラズニル)』」

 

 軍勢の足元から船体がせり上がる。全ての神々が乗り込めると言われるオーディンの船。それはひとりでに風呂敷のように畳まれ、ノアの手に収まる。

 兵士を全員収めた布が元素変換で生成された風に流され、ニップル上空に辿り着くと、

 

「解除」

 

 それは船の形態に戻り、城内に兵士をふるい落とした。

 屈強な男たちの稚児のような叫びがニップルから轟く。その中にはノアへの恨み言が多分に含まれていた。が、この悪魔はそれを気にも留めずに口角を吊り上げた。

 

「こっからは俺たちの時間だ。ゴルゴーンとキングゥを涙目敗走させるぞ」

「お前この後兵士全員に土下座して回れよ」

「……スパルタ的にはヨシ! 筋肉を信じればたとえ成層圏から落下しても耐えられます!」

「それもはや信頼じゃなくて狂信の域に至ってるんですけど!!」

「レオニダスさんは本当に耐えそうなのが怖いですね……」

 

 言いつつ、マシュは敵へと視線を移す。

 キングゥ、そしてゴルゴーン。かたや神霊に匹敵する力を持ち、かたや石化の魔眼を有する蛇神。当然、明確な勝算などある訳がない。

 だがそれ以上に、負けるつもりは微塵もなかった。

 キングゥは忌々しげに吐き捨てる。

 

「ゴルゴーン、か。ダンテ・アリギエーリ───どうやら彼だけは殺しておかなければならなかったようだ」

 

 ジャンヌとマシュはニタリと意地の悪い笑みを浮かべて、

 

「ハッ、Eチーム最弱のダンテですら仕留められないとか、もしかしなくても無能ですかぁ? なんだか期待して損した気分だわ〜!!」

「ダンテさんの戦力はミジンコと同レベルであることが学会の研究によって明らかになっています。つまりこの人はミジンコ以下なのでは?」

「だったら後ろにいるヘビ女はゾウリムシってところかしら。微生物コンビがニップルくんだりまでご苦労なことね」

「いえ、ゾウリムシはわたしの推しなので、アメーバくらいにしておきましょう」

「なんで煽る時は仲良いの!?」

 

 立香は肩を怒らせて声を飛ばした。犬猿の仲である二人だが、犬と猿とてライオン相手には結託することもあるだろう。つまりはそういうことである。

 キングゥとゴルゴーンの返事は来ない。嵐の前の静けさはしかし、長くは続かなかった。

 

「「───殺す」」

 

 その殺意は、言葉よりも行動が雄弁だった。

 降り注ぐ鎖の雨、地を舐め尽くす尾の一打。上下左右何処に逃げようが殺す。必殺を期した双撃は音速を遥かに超えた速度で迫り来る。

 なれど、この程度を凌げぬ者が七つ目の特異点に手を掛けることなどできない。

 各々が対処に回る直前。

 

「『遥か永き湖霧城(シャトー・デ・ダーム・デュ・ラック)』っ!!」

 

 幽玄なる霧の城が、全ての思惑を無に帰した。

 無数の鎖も、蛇神の打撃も、城の防壁はことごとく押し留める。皆が喫驚するなか、リースは鼻歌交じりに霧を手元に寄せ集め、一本の剣を形成する。

 それは今までの『空想具現化』とは異なる、生前の力に近しい防御力。ペレアスは困惑の裏腹に歓喜の色を混ぜた声音で言う。

 

「……水辺でしか使えないんじゃなかったのか!?」

「私とお姉様は同一存在。あらゆる状態を共有できます。この異界の中ならば、私とお姉様は同じものと見做される───つまり、サーヴァント級の能力を使えるのです!!」

「強化されたドスケベ精霊とか悪夢すぎるだろ」

「うるせえアホ! 黙ってろ!!」

 

 この雪の世界はエレインの異界。彼女の領域であり、魔術工房であり、体内に等しい。内部にリースという同じ存在を取り込むことで、彼女は世界にエレインと同一と判断され、霊基の性能も同期される。

 生まれた時と場を同じくし、魂の色も形も変わらぬ湖の乙女だからこそ叶う裏技だ。

 ゴルゴーンは目を剥き、ぎしりと奥歯を軋ませた。

 

「ネミ湖の女神を起源とする精霊……か? 小癪な……!!」

「ネミ湖? 女神? 何を言っているのか分かりませんが、私は大好きなお姉様と妹と一緒に産まれた湖の乙女ですわ」

「それこそは女神の古き形、三相一体であろう。己の根源も知らぬとは、精霊の名折れも甚だしい」

「名折れとは世界の敵たるあなたの方でしょう。ゴルゴーン三姉妹……あなたのお姉様が今のその姿を見たら、悲しむに違いありませんわ」

 

 リースは持ち前の知識とカルデアの記録でしかメドゥーサの姉の片割れ───エウリュアレを知らない。

 けれど。

 水魔水妖が跳梁跋扈する海上で。

 かの女神は確かに戦い、言ったのだ。

 

〝私たちは所詮、過去の亡霊よ。だから、未来へ歴史を繋げるために私は戦うわ。───女神として、信仰する人間がいないのは寂しいでしょう?〟

 

 あの時、彼女が口走った想いの丈とともに剣を突きつけて。

 

「あなたは何よりも大切な家族を踏み躙っているのです。それが分からないうちは、私たちの誰にも勝てない」

 

 かつてのエウリュアレの言葉は、ただひとりの少女にしかと届いた。

 だがしかし、魔眼の蛇神はそれを一蹴する。

 

「訳の分からぬことを。そのような欺瞞でこのティアマトを騙せると驕り高ぶったか───!!」

 

 蛇髪が躍り、尾が振るわれる。ゴルゴーンの攻撃に小細工はない。必要ない。その巨躯と膂力を暴虐のままに振るう。それだけで決着はつくのだ。

 だが、霧の城を穿つ尾は寸前で真っ二つに切断された。

 地面を抉り、空へ振り上げられる形で放たれた氷槍の斬光。切断面が凍結し、尾の再生を阻害する。

 その一撃を皮切りに、ノアたちとキングゥは動いた。

 ヤドリギを刺すことが叶えば、ゴルゴーンは死なずとも殺せる。何度も再生を果たした虹蛇のように、復活には代償が伴うはずだ。

 それによって相手を退却に追い込む。

 キングゥは素早く進路を塞ぎ、機先を制した。

 

「神殺しのヤドリギは大した脅威じゃない。ボクが恐れているのはキミだけだ」

 

 紫の眼光がアナを射抜く。

 それを遮るように、ペレアスとリースはキングゥの前に立ちはだかった。

 

「油断大敵って知ってるか? どんなに強い奴でも油断や慢心には足を掬われる。お前、まだ負けたと感じたことないだろ」

「ああ、まだ敗北の苦渋を知らなくてね。そして、これからも知ることはない」

「そりゃあ敗北を正しく刻んでないだけだ。ノア、こいつはオレとリースに任せろ」

 

 ノアは既にキングゥから視線を切り、ゴルゴーンへと向けていた。彼は素っ気なく答える。

 

「任される権利をおまえにやるよ。負けそうなら言え。この先おまえが自由に呼吸する権利と引き換えに助けてやる」

「どっちにしろ死ぬじゃねえか、ふざけんなクズマスター!!」

 

 ペレアスはノアの尻をげしりと蹴りつけた。

 そうして、騎士はキングゥに向き直る。緑髪の青年は握り締めた五指を軋ませる。その動作はいささかの稚気を帯びていた。

 

「このボクもナメられたものだ。人間と精霊如きが勝てるなどと付け上がっている。それこそを油断と言うべきじゃないか」

「人間と精霊? それは少し違うな」

「はい───()()()()人間と精霊ですわっ! 月とスッポン、牛乳とカルピスくらい別物です!」

「…………本当に気持ちが悪いなキミたちは───!!」

 

 キングゥの突撃を霧の城が受け止める。

 痺れる大気。その戦いを壁上より眺めるダンテはさらなる強化のために祝福の文字を走らせながら、

 

「リースさんが力を取り戻したのは嬉しい誤算ですが……勝てますかねえ?」

「ステータスとスキルだけを見れば、100回やって10回勝てれば良い方かしら」

「逃げましょう、今すぐに」

「けれど、確実に言えることがひとつある」

 

 エレインはくすりと笑う。

 

湖の乙女(わたしたち)の中で、いちばん戦いが強いのは───リースよ」

 

 ───緋金と白妙の剣閃が織り混ざる。

 騎士と精霊が意思を交わすのに言葉は不要。刻々と変化する戦況にも即応し、キングゥを攻め立てていく。

 湖霧城が変幻自在だとするならば、精霊の剣技もまた同じ。自由自在に刃の形状を変え、縦横無尽に急所を狙う人外の剣技だ。

 まばたきすらも許さぬ剣撃の応酬。その中心に取り込まれたキングゥの五体は、未だかすり傷すら負っていなかった。

 

「……なるほど。二人揃ってこそ真価を発揮する。それがキミたちの性能か───」

 

 ざざ、とキングゥは姿勢を低く屈めて地を滑る。

 間合いが空く。一帯に充満する霧は即座にいくつもの槍に変形した。それぞれが大樹に匹敵する大槍が、キングゥへと殺到した。

 

「───がっかりだよ」

 

 周囲の地面が発光する。

 それは地球を流れるマナの発露。

 キングゥの肉体(ハードウェア)は神に造られし宝具にして武具、つまりは神造兵装だ。

 創造の女神が粘土より形を見出し、知恵の神より名を与えられ、軍神から力を授かった、神々の最高傑作。

 この大地を生命の起源とするが故に、それは彼の身体の一部も同然。キングゥの求めに応え、地面より無数の武装が突き出した。

 リースの大槍との衝突は一瞬の拮抗すら許さず、その形を霧散させる。

 神秘はより強い方が勝つ。

 だとするならば、46億年の歳月を経てなお存在し続ける大地に勝てる神秘はあり得ない。

 

「攻守逆転だ。必死に逃げ回るといい!」

 

 土塊を素材とした武装が蛇のようにのたうち、騎士と精霊を襲う。

 リースはただ霧剣を掲げ、振り下ろした。

 その瞬間、剣の延長線上十数kmに渡って燃焼と爆発が巻き起こる。波の如く攻め寄せる武装はそれに晒され、機能を停止させてしまう。

 

「こういうのを水素の音と言うのですよね?」

「らしいな。どうして現代人はこんなのを有難がってんだろうな?」

「う〜ん……今度立香さんに訊いてみましょう」

 

 水素爆発。ある一定の水素・酸素濃度を越えた気体に点火することで生じる物理現象。湖の乙女リースは水を構成する水素分子、酸素原子さえも操り、その現象を引き起こしたのだ。

 起点は精霊の能力だとしても、続く事象に神秘の介在する余地はない。

 たとえキングゥが生成する武装が宝具に匹敵するとしても。神秘で勝てないのなら、別の分野で戦えば良い。

 ───くだらない。

 キングゥは敵の工夫を心中で一蹴した。

 所詮はスペックで劣るからこその浅知恵。

 自分が敗北を知らぬのだとすれば、彼らが知らぬのは条理も不条理も踏み越え、猪口才な策を一撃で無為にする圧倒的な力の存在。

 強大な力をそのまま振るう。

 それで良い。それだけで良い。

 力はシンプルであるほどに、手も足も出しようがないのだから。

 

「『母よ、始まりの叫をあげよ(ナンム・ドゥルアンキ)』」

 

 故に、思考の過程も単純明快。

 宇宙より墜落する隕石に等しい威力の宝具を、そのまま敵にぶつける。

 クタ市で使った際のそれとは助走が無い分、破壊力は落ちるが速度でカバーする。

 箒星は騎士と精霊を吹き飛ばし、都市城砦を貫通し、北壁を穿つ。この特異点に刻まれた長大な轍は彼の殺戮の跡だった。

 それでも彼は止まらない。

 完全なる人間として、愚昧なる人類に引導を渡すために。

 そう、このまま全てを破壊し尽くす─────!!!

 しかし。

 額に一本の人差し指が当てられる。

 流星の疾走は、たったそれだけで止められた。

 

「……強大な力をそのまま振るう。確かに、正解のひとつではある」

 

 密やかに咲く花のように。

 

「だが、この世に限りなく在る真実のひとつに過ぎないのもまた事実。強大な力なんて案外何処にでも転がっているのさ。……さっきの攻防で気付けたはずだったのにね」

 

 その魔術師は、微笑っていた。

 

「ペレアスくんに代わって僕が言おう。己の敗北を正しく刻め、キングゥ」

 

 とん、と指が額を小突く。

 キングゥの身体が僅かに後ずさる。

 それは、幻想から現実へ戻すための。

 

「───素敵な夢は見られたかい?」

 

 意識が覚醒する。

 花の魔術師の真価。

 対象を夢へと誘う幻術。

 嵌められたと気付いた時にはもう遅かった。

 

「マーリン!! 貴さ」

「『運命絶す神滅の魔剣(ミストルティン・ミミングス)』!!」

 

 咄嗟に庇った左腕を斬り飛ばし、胴を袈裟に斬り込む刃は紛れもなく現実。

 数瞬遅れて、血の華が盛大に花弁を散らした。

 全身から力が抜け、地面に倒れ込む。

 

「…………っ、が────!!」

 

 キングゥの敗北。それに最も速く反応したのは、ゴルゴーンとエレインだった。

 

「ロンゴミニアド!!」

 

 氷槍の光がキングゥに飛来する。

 その刹那、ゴルゴーンは対面する敵の何もかもを無視して、凍てつく光とキングゥの間に割り込んだ。

 

「な……っ」

 

 誰よりも驚いたのは、護られた者。

 光線がゴルゴーンの胸の中心を削り抜く。女神は穿たれた穴を庇わずに、その手でキングゥを掬い上げた。

 

「……退くぞ、キングゥ」

 

 まだできる。そう言おうと口を動かすことすらできない。少しでも動けば、傷口から真っ二つに割れてしまいそうだったから。

 ゴルゴーンの退却。この防衛戦における勝利条件。ジャンヌとマシュ、ノアが同時に何かを口走りかけたその時、立香たちは一斉にその口を塞ぎにかかった。

 

「「「───むごぉっ!?」」」

「引き際のトラッシュトークは戦場の華……しかしこのレオニダス、涙を呑んで止めさせていただきます!」

「レオニダスさん、そのままリーダーを頼みます! アナさんはジャンヌを!」

「令呪使った方が早くないですか?」

 

 この三人は虚構特異点の最後、サクラを煽り倒したことで無用な危機を招いている。その二の舞をここでする訳にはいかないのだ。

 ゴルゴーンはノアたちを一瞥すると、容易く異界を破り、神殿へと退いていく。

 そこでようやく、煽り三人衆の拘束が解かれた。ノアは額に血管を浮き立たせながら、盛大に愚痴をこぼす。

 

「逃げるにしても情緒ってもんがあんだろ。こっちに見せ場を渡してから退場するのがあいつらの役目だろうが。あのバカップルの活躍とか需要がなさすぎるんだよ」

「要はリーダーが見せ場を独占したかったってことですよね。気持ちは分かりますよ。リーダーが光り輝いたことなんて二、三回くらいですから……」

「おまえの目は節穴か? 立香。俺なんて光り輝いてしかいないだろ、人型の太陽も同義だろ。そのまぶたしっかり開かせてやる」

「ああああああ!! ちぎれるちぎれる!!」

 

 両手の親指と人差し指で立香の両目を限界以上に開かせようとするノア。そんな無駄に満ちたやり取りをしていると、ニップルの城門から兵士たちがぞろぞろと出てくる。

 彼らは会議室に取り付けられていた鏡を持ち出していた。その表面にはギルガメッシュの顔が映っている。まるで巨大なギルガメッシュの生首を担いでいるようだ。

 王は狂気的な笑い声を響かせた。

 

「『戯れに見ていれば、貴様らにしては上々の戦果だ! 褒めて遣わす! 特にダンテには褒美をくれてやると伝えておけ!!』」

 

 どこか目が縦長になった立香はギルガメッシュのテンションに気後れする。

 

「み、妙に興奮してますけど……」

「『そうか。この我の姿を目に焼き向けることを許そう。王のエキサイトは凡人の一生をいくら積み重ねても、垣間見ることすらできぬ貴重なものだぞ』」

「いいから本題に入れよ」

「『黙れ雑種。貴様は神殿の裏で折檻だ』」

 

 ノアに言葉を吐き捨てると、ギルガメッシュは真剣な表情をした。

 

「『ゴルゴーンの再侵攻に備える。ウルクに戻り、休息を取ったあとはエリドゥに向かってもらう。あの都市に残る神具を用いれば、ゴルゴーンめを神殿ごと潰せるはずだ。奴は必ず次で仕留める』」

「……神具とは一体、何なのですか?」

「『よくぞ訊いた、なすび娘。エリドゥに在りしはマルドゥークの手斧───かつてティアマトを打ち倒した神の武器だ』」

 

 神々の王マルドゥーク。神話の時代、神々へ戦争を仕掛けたティアマトを打倒し、その体を引き裂いて世界の礎を創った英雄神。

 蛇とも竜とも言われるティアマトを倒した武器ならば、蛇神たるゴルゴーンにも必ず通用する。

 ───ギルガメッシュの宝物庫にも似たような宝具はあるのではないか。マシュはそう思ったが、決して口に出さなかった。

 鏡を介した通信が途絶する。

 ウルクの玉座の上で、ギルガメッシュは不機嫌に鼻を鳴らした。

 

「神の武具に頼るなど業腹極まるが……精々利用してやる」

 

 ダンテは言った。人は神を利用するようになった、と。ならば、その権能の一端までも奴隷の如くに使い潰す。それもまた訣別の形だ。

 王は未だ定かならぬ未来を見通すため、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリドゥ市。

 空を占拠するかのような巨大な斧が突き立つ大地。

 森の女神ケツァル・コアトルが根城とするこの都市は、彼女の信仰の源流である太陽の神殿が設けられている。

 祭壇には世界の過去と現在すべてを示す、巨石のカレンダー。その円形の石版はケツァル・コアトルの権能と神性の核でもあった。

 石の暦は語る。

 太陽神ケツァル・コアトルの現在を。

 

「……ぐっ」

 

 浅からぬ傷が総身に刻まれ、血を流す神霊。都市は隅々まで破壊され尽くし、瓦礫の海が広がっていた。

 太陽の祭壇に置かれた石の暦。黒白の少女がそれに腰掛ける。蔑み、見下し、愉悦する笑みを浮かべて。

 

「あっけないですねぇ〜……人間を逃がすために身を挺して庇うなんて、神様らしくないですよ?」

 

 右手に猫じゃらしが創り上げられる。それを適当に振ると、テペヨロトルは何かに操られるみたいにパンチを繰り出した。

 ケツァル・コアトルはあらん限りの力を込めた視線を少女に叩きつける。

 サクラはわざとらしく身をよじって、

 

「やん、こわぁ〜い♡……とかかわい子ぶってみましたけど、これは私のキャラじゃないですね。ああ、ここで殺すつもりはないんで安心してください。ゲームはプレイヤーが多い方が楽しいでしょう?」

 

 手首を弾き、猫じゃらしを放り投げる。既にその魅力に囚われているテペヨロトルは四本足で跳び、地面に落ちた猫じゃらしと戯れる。

 黒白の偽神は右の翼を長く伸ばした。

 ケツァル・コアトルの視界。空の何割かを占めるマルドゥークの手斧が翼に隠され、そっと折り畳まれる。

 太陽神は目を見開く。

 その遠景に、手斧は存在していなかった。まるで手品のように忽然と、それは姿を消していた。

 くすくす、くすくす。サクラは翼で口元を隠して笑う。

 

「───どうなるか、楽しみですね?」

 

 黒白の偽神。誰に問いかけたのかは、自分自身にも分からなかった。

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