自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録 作:なまゆっけ
第7話 野生の聖女×2が現れた!
第一特異点へのレイシフト当日、カルデアは緊張感に包まれていた。
この特異点は人理修復への足掛かり。ただの一度たりとも敗北は許されず、その身に背負うのは世界の命運。それが生き残った人間全員にのしかかっているのだ。
当然、職員たちの中に楽観的な気分の者は誰もいなかった。朝から緊張した空気が流れ、ロマンでさえも表情を険しくしている。
カルデアの指揮官を任されたロマンは、いまやこの施設のトップに立つ人間だ。必ずやマスターたちを生還させる義務があった。
短く息を吐き、管制室に入る。集められたマスターとサーヴァントたちは、何やら一箇所に固まっていた。普段は賑やかな彼らも、言葉をなくしている。
──そうか、皆も同じ気持ちなのか。
ロマンは身が引き締まるような思いだった。ここは年上として、なにより指揮官として彼らを励まさなくてはならない。
声を掛けようとした直前、ノアが粛々と口を開いた。
「……
「……なんでしょう」
いつになく真剣な目つきで言葉を交わす二人。曲がりなりにも、ノアと
その緊張感は他の職員の比ではないだろう。ロマンの位置からは顔色は見えないが、その背中が覚悟の強さを物語っていた───
「ベルばら6巻寄越せ」
「まだ私が読んでます。待ってください」
「遅すぎだろ! どんだけひとコマひとコマじっくり見てんだよ!」
「リーダーこそもっと時間を掛けて読んでくださいよ! ペレアスさんなんかかぶりつくように読んでますよ!?」
「先輩、ペレアスさんは全部飛ばして8巻のベッドシーン読んでるだけです。中学二年生と同レベルです」
──訳ではなかった。どうやらロマンの目は節穴だったらしい。彼は深く息を吸い、声を張り上げる。
「キミたちは何をやってるのかなぁ!!?」
「落ち着けよロマン。俺たちは第一特異点の予習してただけだ」
「そうですよ。フランスといったらベルサイユのばらじゃないですか」
「いやレイシフト先は百年戦争の時代だからね!?
その言葉に、ノアと立香は雷に打たれたように固まる。手が痙攣し、指の隙間からベルばらの単行本が落ちた。露骨に落ち込んだ二人は、床に手と膝をつく。
そんな馬鹿たちを、マシュは遠い目で見つめた。
彼女も何度かレイシフト先のことを告げていたのだが、ベルばらに夢中だった二人には声は届いていなかった。言わなければ分からない、とは言うが、言っても分からない人種もこの世にはいるのである。
ロマンは気を取り直す。変人との付き合いは色々と慣れているのだ。決して慣れたくはなかったが。
「それで、百年戦争については知ってるかな?」
「知らん」
「一年戦争なら知ってます」
「……うん、そんなことだろうと思った」
つくづく歴史に疎いマスターたちであった。
百年戦争とは簡単に言ってしまえば、フランス王国とイングランド王国がフランスの土地を巡って勃発した戦いである。
およそ116年間続いた戦争だが、その間常に戦闘が行われていた訳ではなく、休止状態の時期もあった。
「キミたちが行く時代は1431年。百年戦争の休止期間だね。そして、かの有名なジャンヌ・ダルクが処刑された年でもある」
「ジャンヌ・ダルクなら知ってますよ! スマホゲームでSSRにされがちな人ですよね! 私も何回ガチャを引かされたことか……」
「先輩のそのガチャへの熱意はどこから来るんです?」
ジャンヌ・ダルク。現代では織田信長と並んで、フリー素材化が進んでいる偉人だ。そのような扱いも知名度の高さ故であろう。
ロマンは腕時計を確認する。予定の時間はすぐ迫っていた。慌ててマスターたちをコフィンに押し込める。
「え、えーと、キミたちならやれる! 頑張ろう!」
「おいロマン、ペレアスがまだベルばら8巻読んでやがるぞ!」
「ちょっ、もうレイシフト始まってるから早く!」
「…………この人たちの辞書に平穏という文字はないのでしょうか」
1431年、フランス──オルレアン。
かつてこの都市で行われた包囲戦は、両国の威信をかけたものであった。
オルレアンはイングランド王国がフランス中央部へ侵攻するための最後の壁であり、フランス王国にとってはパリの喉元を守る重要な土地。
ここを失えばフランス全土の征服も近い。そのため、フランス王国は何としてでもこの都市を守りきらねばならなかった。
しかし、戦況は不利。フランス王国軍はかろうじて占領を防ぐ、綱渡りのような状況。誰もがその敗北を確信したに違いない。
それを打ち破った英雄こそが、かのジャンヌ・ダルク。半年間続いた包囲戦を、彼女はなんと9日で勝利に導いたのである。
だからこそ人々は讃えるのだ。
救国の聖処女よ、オルレアンの乙女よ──と。
「
今やフランスは退廃している。
崇めた聖女は灰に。
偽りの平和を甘受する悪人の巣。
だが、しかと胸に刻め。
この身は一切の痛苦を覚えている。
あの時受けた屈辱も陵辱も、決して忘れはしない。
故に燃え盛れ。
故に焼け落ちろ。
その命の尽くが罪だ。
貴様らに生きる価値などない。
男も女も子供も老人も、すべて平等に焼き尽くす。
「我らは罪を滅する硫黄の火」
オルレアンは燃えていた。
空を飛び交う無数の飛竜。
人の生き血を啜る吸血鬼。
悔恨と憎悪の果て、狂気に落ちた黒騎士の手によって。
魔女は逃げ惑う人々へ告げる。
「主は言った! 『逃れて、自分の命を救いなさい。後ろを振り返って見てはならない』……あなたたちも逃げなさい──ロトの妻のようになりたくなければ!!」
カルデア一行が転移したのは、どこまでも続く草原の上だった。
炎に包まれていた特異点Fは全く異なる風景。緑の平原と青い空は実に目に良かった。ともすれば、この場所が世界を滅ぼす原因と信じられないほどに。
しかし、異常は確かにあった。
天空に輝く光輪。膨大な魔力で構成されたそれは、煌々と地上を睥睨している。
だがそれとは別に、カルデア一行は窮地に直面していた。
「……あの、とんでもないことに気が付いちゃいました」
立香が青ざめた顔で、恐る恐る手を挙げる。三人の目はそれに集中したが、彼女の真意を汲んだ者は誰もいない。
一体何があったというのか。立香は真剣な表情で切り出した。
「私、フランス語喋れないんですけど」
「「「……あ」」」
言語の壁は現代でも如何ともし難い問題である。
むしろなぜレイシフト前に気付かなかったのか、カルデアのスタッフたちは憤慨していたのだった。
ノアはペレアスを指差して、
「ぺ、ペレアス、おまえの宝具フランス語だろ。通訳は任せた」
「オレこの時代から数百年前の人間なんだが。文法はいけそうだが発音とか通じんのか?」
「通じない可能性は大いにありますね。発音は誰もが使うものなので、たった百年の間でも大分変化することがあります。それが数百年となると……」
「じゃあ終わりじゃねえか! どうすんだ俺たち!? ボンジュールだけでコミュニケーション取るのは無理だろ!!」
現代の日本人が、鎌倉時代の日本人と会話するようなものと言えば分かりやすいだろうか。
当然、漢字は楷書体ではないし、発音も全く違う。鎌倉時代でなくとも、もしタイムスリップして織田信長に会えば、言葉が通じずに斬られるはずである。
が、Eチームはともかくカルデアの精鋭メンバーがそのことを考えていないはずがない。
カルデアの通信機が音を立てる。
「『それについては安心すると良い! ダ・ヴィンチちゃん特製翻訳機があるから大丈夫さ! 人間はついにバベルの塔の試練を超えた!』」
「凄いじゃないですか! 人理修復したら特許取って売りましょうよ! ガチャ引き放題ですよ!?」
「カルデア、もとい俺が人類を支配する時も近いな。パンドラの箱はもう開いちゃってるんだよね」
「『ああ、神がなぜ言語を分断したのか分かる気がする……』」
さあっと涙を流すロマン。彼の背中は悲哀に包まれていた。
問題を解決したカルデア一行は、特異点初の人間を発見する。鎧を着込んだ青年。どうやらフランス軍の兵士のようだ。
即座に話しかけようとしたノアをペレアスは掴んで引き止める。
「待て、お前が話すと絶対にこじれる」
こくこくと頷く立香とマシュ。Eチームリーダーに対する信頼は、もはや無いに等しかった。
そもそも、現代人とのコミュニケーションも満足に取れないノアである。1431年のフランス人と良好な関係を築けるはずがないのだ。
ノアは珍しく、言われるままに引き下がる。
「それなら藤丸、おまえが行け。ペレアスは剣持ってて警戒されるし、キリエライトは格好が痴女だ。エグザイルの群れに女優放り込むようなもんだな」
「えっ、私の心配はしてくれないんですか!? そんな朗らかに話す自信ないんですが!」
「リーダー、そんなに血が見たいですか。そろそろ殴りますよ」
「『なんだろう、すごく怒られそうな予感がするぞ……』」
立香はフランス兵の元へ向かう。他の三人は、離れた木陰からそれを見守っていた。
声は聞こえないが、その様子は見て取れる。現時点では特に問題なく話は進んでいるようだ。
「ほら見ろ、良い感じじゃねえか。俺の目は間違ってなかったな」
「まあ消去法だったので。一番最初に脱落したのがリーダーですが」
「それで言うならおまえは二番目だからな。へそ隠してから出直して来い」
「リーダーはまともな脳みそに取り替えてから出直してきてください」
フランス兵が何やら後方に合図を送ると、ぞろぞろと兵士がやってくる。
特異点Fで逃げ足の重要さを学んだ立香は、ノアたちが隠れる方向に手を振りながら走り寄った。何かを叫んでいるのか、その後ろにはフランス兵たちが追走していた。
ペレアスはそれを見てにこやかに笑う。
「ははは、見ろ、新人の兵士っていうのはああいうことをやりたがるんだよな。ピクト人と戦ってた時も──」
「何言ってるんですかペレアスさん!? どう見ても襲われてるじゃないですか!!」
前の特異点から鍛錬は欠かさなかった立香である。一足先にノアたちの元にたどり着くと、肩で息をしながら、膝に手をついた。
「ほらやっぱり駄目だったじゃないですか! フツーに怪しまれてフツーに仲間呼ばれたんですけど!」
「いや、収穫はあったぞ。俺が魔術で暗示かけて喋れば良かったという結論に辿り着いたからな。いま」
「それ絶対知ってて黙ってましたよね!? あーっ、あの時すんなり引き下がったのはそういうことですか!」
「切り替えろ藤丸。降りかかる火の粉を振り払うぞ」
「ど、どの口が……!?」
そう、ペレアスに引き止められた時、ノアがあっさり退いたのをいぶかしむべきだったのだ。
立香は後悔した。この男を前にして気を抜くということは、オモチャになりに行くことと同義であった。
なし崩し的に戦闘に入るも、サーヴァントの力は圧倒的だった。兵士ということから普通の人間より強いのは間違いないが、人間の域から外れた存在を相手にしては分が悪い。
時間にして十秒経たずに、フランス兵たちは地面に転がされていた。まだ気を保っていた兵士を拘束すると、ノアは問い詰める。
「暗示をかけるのは俺の趣味じゃない。なんでこんなところにいたか教えろ。怪しい情報を持ってるなら全部話せ」
「お、お前らみたいな不審者に話すわけないだろ! 大方あの魔女の協力者か何かじゃないのか!」
「魔女? 俺は魔術師だが」
「魔術師!? キリスト教的にそれアウトだから!」
無理もないが、完全に怯えきった様子だ。
これでは話を聞き出す以前の問題だ。ノアは暗示をかけるため、兜を外して視線を合わせようとする。
それを止めたのは、ペレアスだった。
「おいおい、尋問のやり方ってのがなってねえな。こういうのは腕の一本でも折ってやればペラペラ喋り出す奴が多いんだよ」
「えっ」
「なるほどな。じゃあペレアスそっち持て、せーので折るぞ」
「ちょっと待て、せーのの『せ』で行くのか『の』で行くのか教えろ」
「イヤアアアアア誰か男の人呼んでええええええ!!」
そんなじゃれ合いを見て、立香とマシュはため息をこぼした。カルデアから一部始終を覗いていたロマンも、頭を抱え込む。
「暗示が趣味でないというのは……」
「うん、苦しんでる姿を見れないからだろうね」
「『な、なんて邪悪なドSなんだ!』」
サディストからすれば反応が淡白な相手ほどつまらないものはない。ノアが暗示を使わないのは、つまりそういうことなのだ。
これではどちらが悪役なのか。カルデアのスタッフたちは、皆一様に引っかかりを覚えたのであった。
腕を折られかけた兵士は、結局無傷なまま情報を話した。彼によると、先日オルレアンは無数の飛竜の襲撃を受けたのだという。フランス兵がこんなところにいたのも、哨戒任務に就いていたからだろう。
竜とは言うまでもなく幻想種。神話の時代、数多の人間を喰らい、数々の英雄譚を彩ってきた超常の存在だ。
その竜がこの時代に顕現している。およそ尋常な手段では成し得ない、竜の召喚と使役。それを叶えることができるのは、まさに聖杯しかない。
そして、何よりも重要なのが竜を操る首魁の存在だ。竜の魔女と呼ばれるその女はこう名乗ったという──
「ジャンヌ・ダルク……彼女が今回の敵であることは間違いないでしょうね」
マシュはそう断定すると、口を切り結んだ。
伝承通りの聖女なら、オルレアンの虐殺を行うはずがないだろう。しかし、彼女はいまや処刑されている。それが聖杯の力で蘇ったとなるなら。
自らに拷問を加え、灰になるまで焼き尽くした人間たちに報復するという可能性は、決して否定できるものではない。
一行は前の特異点のように召喚サークルを設置するため、霊脈地を目指していた。
「俺たちはアーサー王に勝った。ジャンヌ・ダルクだろうと何だろうと恐れる理由は無い」
「これは情緒の問題ですよ。同情とかしないんですか」
「処刑された最期についてはな。今やってる悪行に同情の余地はねえ。俺たちの敵になるなら潰すだけだ」
「それはそうなんですけど、でも、私はあまり割り切れないです」
そこに、ペレアスが口を挟む。
「見解の相違、価値観の違いってやつだな。オレはどっちも正しい……いや、正しさを決めることがナンセンスだと思うがな。お前も立香ちゃんをいじめてやるな」
「フォーウ!」
「ギャアアア!? こいつ何処から湧いて出やがった! 顔にへばりつくんじゃねええええ!!」
突然マシュの盾から飛び出したフォウくん。ノアが彼を顔から引き剥がすと、華麗に宙を転がって着地した。無駄に洗練された動きである。
ロマンはほっと息をつく。
誰もが知る聖女が敵になると分かった以上、チームワークにしこりを残すのは危険だ。特にマスターたちが迷えば、それはサーヴァントにも伝わる。
無論、相手に手心を加えるような人間は、このチームにはいない。それでもマスター二人の見解の相違が積み重なると、いつかそれは大きな破綻を招く。
ペレアスは彼らのまとめ役をしてくれたのだ。
「『上手くまとめましたね、ペレアスさん』」
「まあな、諍いの種ってのは大きくなる前にやっつけといた方が良い。後はアイツらがなんとかするだろ。円卓もすれ違いが積もり積もって滅びたようなもんだしな!」
(『わ、笑えない……』)
そう言って笑い飛ばすペレアス。
彼としては上手い冗談を言ったつもりなのかもしれないが、これほどのブラックジョークはない。ロマンは気の抜けた笑い声で返すことしかできなかった。
ところで、太陽は地平線の向こうに沈みかけていた。前回は冬木市が特異点だから良かったものの、今回はフランス全土。相応に霊脈地も遠い場所にある。
この時代には鉄道も自動車もない。ほぼ一日中、徒歩で目的地に行かなくてはならなかった。
だが、それももはや少しの辛抱。カルデアから指定されたポイントを発見し、
「………………なんだこれ」
ちょうどその真上にうら若き乙女が行き倒れていた。
地面の上にうつ伏せになっているその女性は、微弱ながらもサーヴァントの気配を発していた。傍らには墓標の如く旗が突き刺さっている。
一行がしばし固まっていると、腹の虫が力なく鳴いた。その発生源は行き倒れ女からである。ノアは小さくため息をつくと、
「近くに旗も立ってることだし、埋めて供養してやるか」
「わーっ! ちょっと待ってください! 今起きますから!」
パチパチと焚き火が弾ける。
太陽はすっかり沈みきってしまい、空の支配権は月に譲られていた。
明かりの多い現代と異なり、この時代の夜は一寸先も見えないような闇が広がっている。
しかも彼らが野営するのは森の中。火がどれほど人類の生活を支えてきたのか、立香は身をもって知ることになった。
先程行き倒れていた女性は、カルデアから送られてきた食料を次々と口へ運ぶ。その食べっぷりは、見ていて清々しさすら感じられる。
彼女は一息つくと、食器を丁寧に置く。
「申し遅れました。私はジャンヌ・ダルクと言います。倒れていたところを助けていただきありがとうございま──」
「敵じゃねえか」
「ひ、ひどい! どういうことですか!?」
マシュはカルデアの事情と竜の魔女がオルレアンを襲撃したことを話した。しかし、ジャンヌはそれに対して首を横に振る。
「私が召喚されたのは今日のことです。竜を使役する手筈なんて分かりませんし、やろうとも思いません」
「確かにそうですね。指揮官がひとりであんなところに倒れているはずがありませんし」
「……ま、まあそういうことです」
それに、今日召喚されたというのも嘘ではなさそうだった。ルーラーという特殊クラスで喚び出されたジャンヌだが、その性能を十全に発揮することはできていなかった。
つまり弱体化している。処刑されたのも数日前であるため、自分がサーヴァントだという自覚も薄いのだとか。
ちなみに、あそこで倒れていたのは極度の空腹のためであった。
礼装の手入れをするノアの隣に、立香が腰掛ける。彼女の面持ちは暗く、全身をガタガタと震えさせていた。
「リーダー。貞子って知ってますか」
「……日本の映画に出てくる幽霊だろ。それがどうした」
「私、見ちゃったかもしれません」
「何言ってんだ、アレはフィクションだろうが。まあ本当にいたとしても、魔術師が幽霊を怖がってたらお終いだけどな」
「そう言いながら体が震えてますよね。明らかに怖がってますよね」
「オイオイオイ、いいか、そもそも何処で見たんだよ。まずはそれを確かめないことにはどうにもならないだろ。後これは肌寒いだけだ」
立香はノアの横の草むらを指差す。
しんと静まる闇の向こう。特に怪しい気配も音もしない。ただ茫洋たる暗闇が立ち込めているだけだ。
彼らはほっと息をつく。その直後、茂みがガサガサと音を立てて揺れた。
草を掻き分け、暗い青髪の女性が這い寄ってくる。顔面を覆い隠すように垂れ下がった髪の毛は、まさにジャパニーズホラーの金字塔を思わせる。
それを見た瞬間、二人は飛び退いた。
「ギャーッ! 出たぁぁぁ!!」
「ちょっ、俺を盾にするんじゃねえ!」
ノアの足元までにじり寄ると、それはぱたりと力尽きた。よく見ると腹部から出血しており、他の箇所にも手酷い傷を負っている。
だが、傷ついていても彼女が纏う空気は人間とは違う。サーヴァント特有の雰囲気を持っていた。さらには、ジャンヌと近い──聖人・聖女の風格を有していた。
その女性は、うわ言のように言葉を呟く。
「……竜」
「「竜?」」
「……殴り飛ばしたい」
「「どんなうめき声!?」」
騒ぎを聞きつけて、他の三人が駆けつけてくる。
まさかの声に呆気に取られていたノアと立香だったが、即座に気を取り戻す。
「超天才の俺が最高の治癒魔術で処置する! おまえらは補助しろ!」
「は、はい! 薬とか用意してきます!」
「わたしも魔術の手伝いならできます。任せてください」
「じゃあ俺がその子を運ぼう。ロマンにも診てもらったほうがいいだろうしな」
ばたばたと慌ただしく動く四人を前に、ジャンヌは泡を食った。
自分も何かできることをしなければならない。そう考えて捻り出したのが、
「わ、私は残ったご飯を食べます! お残しはいけないと教えられてきたので!」
「おい、この聖女食い気が強すぎるぞ!」
そんなこんなで、フランスでの初日は終わりを告げたのだった。