自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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第72話 アテナ様の冥界案内ツアー

 ウルク王殿、玉座の間。

 その日、ギルガメッシュが鎮座する王宮は慌ただしさに包まれていた。草木も眠る夜更けに見合わぬ騒々しさである。

 右から左へ、前へ後ろへ錯雑する人の群れ。声が紛糾し、雑音が絶えることなく辺りに反響する。普段なら王の一喝が飛ぶところだが、彼は目を閉じたまま玉座に腰を落ち着けていた。

 寝ている、のではない。

 そもそも王の就寝を邪魔する者は問答無用で王宮から叩き出される。三女神同盟との戦いが始まってから彼がまともに寝たことは片手で数えられる程度だが。そのせいか、彼の顔色は死人のように白く、目の下には黒々としたクマが浮き出ている。

 その沈黙はおよそ二十分ほどは続いていた。

 金色の秀眉が逆立つ。

 左の人差し指が肘掛けを軽く叩く。

 ギルガメッシュはゆっくりとまぶたを開き、小さく舌打ちをした。

 

「この眼差し……幾度か見覚えがある。ついに馬脚を現したか、女神の成り損ないめ」

 

 未来視の能力を有する者は時として同じ世界を観測することがある。その結果、彼らの視線はぶつかり合い、互いに互いを認識する。

 時間軸を超越した繋がり。常人にはけして及びもつかぬその感覚を以って、ギルガメッシュは未だ見ぬ敵の影を掴んでみせた。

 そしてついでに。玉座の間に集まる部下たちへと告げる。

 

「壁の端に寄れ。十秒以内だ」

 

 簡潔に過ぎる命令。しかし、その言葉は周囲の喧噪を真っ二つに断ち切り、静まり返らせた。王の命を受けた彼らはすごすごと壁にへばりついていく。

 ぱちん、とギルガメッシュは指を打ち鳴らした。一見不可解なその動作は彼が寝る間も惜しんで改良したウルクの結界を解くものであった。

 すると、瞬く間に王宮の天井が崩落する。

 広間の中心にぽっかりと空いた隙間。そこに瓦礫とともにいくつかの人影が連なって落ちてくる。それはまるで下手な落ち物パズルみたいに不格好な塊を形成した。

 

「きゃあーっ♡ 落ちてしまいますわペレアス様っ♡ いつものように熱く激しく抱きしめていてくださいませっ!!♡♡」

「どちらかというと抱きしめているのはリースさんです。ペレアスさんの顔が紫色になっています。わたしのように」

フォウフォフォフォウフォウ(なすびであることを受け容れるな)

「つーか重いわ! マシュマロなすびの盾の先っぽが背骨削ってきて痛いし! とっとと離れなさい!!」

 

 ギルガメッシュが望む理想の宮殿にはまったく相応しくない声が次々と響き渡った。ちなみにダンテは下敷きにされ、白目を剥いて気絶している。

 人が重なる山の中腹。立香は口をとがらせて、横にいるノアへと文句を付けた。

 

「リーダー。こう言ってますけど、もう少し着地地点を考えられなかったんですか。第六特異点の時の二番煎じになるところでしたよ」

「あいつが追ってきてる中でいちいち細かく設定してられるか。ただでさえ全軍にロケッ……飛行のルーン掛けたんだぞ、雑兵と俺たちを分けるので精一杯だ」

「いまロケットって言いませんでした?」

「ですが、とても助かったことは事実です。兵に被害を出さずに逃げられましたから。テルモピュライの時にあれば……」

「鞍馬山で修行すれば空くらい飛べますよ?」

 

 そう言って、牛若丸はするりと山を抜け出した。微妙かつ緻密なバランスを保っていたそれは彼女の離脱によって、一気に崩壊する。

 雪崩を打って床に転がるノアたち。ギルガメッシュは崩れ去るジェンガを想起しつつ、静かに問う。

 

「エレイン、ゴルゴーンとの戦いの顛末を報告せよ」

「……了解いたしました」

 

 エレインは努めて淡々と語り出す。

 黒化したキングゥ、ゴルゴーンとアナ、そしてサクラがマーリンを手にかけ、キングゥから聖杯を奪取したこと────挙句、彼女は北壁を破壊し、ウルクの軍へ追撃を図った。

 そこで、ノアは第六特異点の際に使用した飛行のルーンで味方を逃がしたのであった。ウルクの兵たちは今頃街の外に墜落しているだろう。

 ギルガメッシュは肘掛けを指で叩き、ノアたちを受け入れるために解いた結界を張り直す。目頭を数度揉みほぐすと、一息ついて口を開いた。

 

「───またしてもサクラか!!!」

 

 その場の全員が思わず肩を震わせるほどの声量で、王は叫んだ。

 簡潔。しかしながら、多くの人間の心情を代表するかのような言葉。ノアと立香は腕を組んで、こくこくと頷いた。

 

「初めて気が合ったじゃねえか。あいつは顔出してからこっち、俺たちの邪魔しかしてこなかったからな。カレーについてるらっきょうみたいなもんだからな」

「らっきょうを邪魔者扱いしないでください。まあ、あんな見た目してやってることは掲示板の荒らしみたいなものですけど」

「く───まさか貴様らのような雑種と心を共にするとは……!! この屈辱、奴の魂魄を万回切り裂こうとも拭えるものではないぞ!!」

「あの、それはそれとして、マーリン様が討たれたことはよろしいのですか?」

 

 シドゥリは言いづらそうに口を差し挟んだ。ノアと立香という雑種二大巨塔と同レベルなことに苦心していたギルガメッシュはすっと表情を戻して、

 

「無論、良いとは言えぬ。だがアレとエレインとの間にはひとつ策を仕込んでおいた。過度な悲嘆や憂慮は不要だ」

「『策、ですか。ボクたちに共有したりは……』」

「すると思うか、魔術師。そこの羽より軽いであろう口を持つ雑種どもに秘奥を教授しろと?」

「『そうですね、ボクが間違いでした!』」

「ドクター、少しは粘ってください」

 

 マシュは秒で降参したロマンに冷ややかな視線を向けた。が、彼女こそカルデア中の弱みという弱みを握ろうとしている悪の権化である。口の軽さではマスターコンビにも劣らないだろう。

 エレインはリースによって酸欠状態になっていたペレアスを救出すると、Eチームに言った。

 

「ウルクにおいて、最も命の価値が低いのは私とマーリンよ。私たちは今も生きているし、サーヴァントの体は写し身に過ぎないから」

 

 さもそれが当然であるかのように。

 感慨もなく、彼女は言い切ってみせた。

 それに対して、立香たちはむっと眉間をしかめる。

 

「おっと、それは禁句ですよ! 体は偽物でも心は本物なんですから!」

「ええ、私なんて正規の英霊とは言えない身の上だもの。今も生きてるとか生きてないとか関係ないでしょ、それ」

「まったくお二人の言う通りですねえ。命に価値をつけること自体ナンセンスです。それに、強さで言えば真っ先に処刑されるべきは自分ですからねえ!!」

フォフォウ(泣くなよ)

 

 というやり取りを生温かい目で見守っていたペレアスは何の気なしに口をこぼす。

 

「まあ義姉さんが大事なのは当然として、サクラはどうしてキングゥから聖杯を奪ったんだ? また自前の特異点でも創ろうとしてるのか?」

 

 その疑問は的を得ていた。

 サクラは肉体そのものが聖杯の機能を有しているが、前回の特異点ではスサノオの神剣によって自らが創り出した世界を切り刻まれた。特異点とは人理焼却という事態だからこそ、相応の規模をもって発生することができる。微小なものならばともかく、今更大きな特異点を人類史に打ち込む隙間はありはしない。

 だが、キングゥの聖杯を用いてこの特異点を作り変えることならば───造物主たるサクラには造作もないことだろう。

 ギルガメッシュは首を横に振った。

 

「その可能性も否定できぬが、聖杯ほどの魔力リソースを手に入れたならば、行動は決まっている……ティアマトの復活だ」

「もちろん、ゴルゴーンの方ではないんでしょうねえ」

「そうだ。聖杯という魔力炉心を得たティアマトは即座に覚醒する。今までは海の底にて眠りについていたが、ひとたび動き出せばティアマトは地上の生命を一掃するまで止まらぬだろう」

 

 創世母神ティアマト。地上のあらゆる生命の母であり、大洪水を起こす荒れ狂う竜とも形容される海洋の神。海の豊穣と暴虐、その二面性を持つが故に彼女は優しく寛大な神として描かれることもあれば、メソポタミアの神々と争ったように苛烈な側面を覗かせることもある。

 ですが、とロマンは疑問を呈した。

 

「『ティアマトに神々を滅ぼす理由はあっても、人間を滅ぼす動機はないように思えますが』」

「ハ、それこそ人の傲慢というものよ。地球の支配種たらんとする人間にとって、新たな生命、新たな霊長を産み出す母神など滅びの種にしかすぎぬ。故にティアマトは切り捨てられ、封印されたのだ」

「……ということは、ティアマトは自分自身を切り捨てた私たちに復讐すると?」

 

 ダンテの考えに、ギルガメッシュは首を縦に振って返した。それと同時に、詩人の顔から急速に生気が消え失せる。

 封印されていたティアマトが復活する。それはつまり、英霊を劣化した状態で喚んだサーヴァントとは異なり、真性の神が相手となるということ。

 その脅威は今までのどの敵を対面に置いたとしても、比較になるかどうか。ダンテは殺虫剤を吹きかけられたゴキブリみたいに悶えた。

 

「お、恐ろしい……ッ!! 殺意の波動に目覚めたティアマトなんて明らかにサタンレベルの恐怖度なのですが!? 誰かウェルギリウス先生を呼んできてください!!」

「お前のサタンどこにでも出てくるだろ。この前なんてY○uTubeの広告もサタンとか言ってたじゃねえか」

「ペレアスさん、それはサタンはサタンでも貴重な時間を奪うサタンです! 人命を奪うサタンとは天と地ほどの差が隔たっているのです!!」

「それアンタからしたらこの世のすべてがサタンなんじゃないの?」

 

 ジャンヌの鋭い一言がダンテの背中から胸を抉る。動画サイトの広告は最短でも5秒を我々の人生から収奪する悪魔の化身である。知恵の実をロゴにしたどこぞの会社の広告などはサタンにも等しい。

 ダンテが思わず信仰心への疑念を抱いていると、ノアと立香、マシュはどこからか持ってきた果物をしゃくしゃくと頬張りながら言う。

 

「そもそも自分で産んどいて自分で殺すとか何考えてんだ? モンスターペアレントにも程があるだろ。地球規模の児童虐待とか聞いたことねえぞ」

「もしかしたら寝起きで機嫌が悪いのかも? 私も朝は低血圧ですし、何度歯ブラシを鼻に突っ込んだことか分かりません」

「先輩、話が大幅に変わっています。ただのドジを披露したことになってます」

「……待て、貴様ら。その手に持っているものはなんだ」

 

 ギルガメッシュは額に青筋を浮かべながら、ノアたちを睨みつける。彼らは目を合わせると、ある一点を指差した。

 その指の先には絢爛の装飾が施された金ピカな祭壇。台の上には金銀宝石から家畜の肉まで、豊富な資源が所狭しと並べられている。

 王はわなわなと五体を震え立たせる。肩口より発せられる怒気は宮殿全体を振動させるかのような圧倒的なエネルギーを秘めていた。

 神気にも等しい意気に当てられ、マスターコンビとなすびの擬人化はごくりと口内の果物を飲み込んだ。そんなアホ面を晒す三人に、ギルガメッシュは目を見開いて叫んだ。

 

「それは我への進物だアホどもがァーッ!!!!」

 

 この時代に窓ガラスがあれば、ことごとくが吹き飛んでいたのではと思わせる怒声。音が暴風と化して吹き荒れ、髪が煽られる。

 怒鳴られることに慣れているノアと、先生に叱られる前の雰囲気を感じ取った立香は先んじて耳を塞いでいたが、マシュだけはその怒声をまともにくらってしまう。

 ふらふらと立ち眩みを起こすマシュ。ギルガメッシュはなぜか口を大きく開けたまま佇んでいた。

 

「…………あ、かっ」

 

 王はか細い声を絞り出して、直立した状態で固まる。

 部屋が嘘のように静まり返る。静寂の真っ只中にあってもなお、ギルガメッシュは石化の魔眼に魅入られたみたいに無反応を貫いていた。

 シドゥリが血相を変えて駆け寄り、ギルガメッシュの首筋と手首に手のひらを当てる。

 立香は愛想笑いをしながら、

 

「……ど、どうしたんですか?」

「死にました」

「ええええええええええ!!?!?」

 

 ギルガメッシュ王、まさかの臨終。

 玉座の間に詰めていた誰もが耳を疑い、どよめきが場を埋め尽くす。

 ノアは王の遺体に近づくと、じっくりとその全身を観察する。数秒経過して、彼は死んだ魚のような目で告げた。

 

「よし、おまえら葬式の準備しろ」

「おいマジで死んでんのか!? ギルガメッシュ王が!? あんな死に様オレでも見たことねえぞ!!」

「どうやら叫んだ時に脳みその血管が切れたらしいな。くそっ、人間ドックさえ受けておけばこんなことには……!!」

「それお前らのせいじゃねーかァァァ!!!」

 

 ペレアスは渾身の飛び蹴りをノアの顔面に見舞った。彼は転倒したマスターに流れるようにマウントポジションを取る。

 元凶の仲間である立香とマシュの脳天には、フォウくんによる二段蹴りが叩き込まれた。

 凄惨な打撃音が響く中、エレインは口元に手を当てて考え込む。

 

「そういえば、王の顔色が悪かったわね。ずっと重労働をしていたせいで、もともと限界だったんじゃないかしら。遅かれ早かれ死んでいたと思うわ」

「確かに、いつもよりも王の筋肉が悲しげに見えました。あれが最後のSOSだったのかもしれません」

「こちらのお葬式の文化は土葬でしたっけ? 鞍馬山で風水も齧ったので、良いお墓の場所を選んできましょうか?」

「牛若丸さん、その必要はありません」

 

 シドゥリは涅槃の境地に達したかのような悟り顔で、声を響かせる。

 

「現代のブラック企業を揶揄する言葉として〝死ぬまで働け〟という文句があるそうですね」

「『オルガマリー所長の口癖のひとつでしたね。もはやカルデアのスローガンと言っても間違いないです』」

「それならば、ウルクのスローガンは〝死ぬまで働け〟ではなく〝死んでも働け〟!! 王には冥界から連れ戻してでも働いてもらいます!!」

「『究極のブラック企業───!!!』」

 

 空中に投影されたスクリーンをロマンの驚き顔が占拠する。死んでも働かされることに何か思うところでもあるのか、その表情は迫真極まっていた。

 シドゥリは怒涛の勢いで指示を飛ばす。

 

「Eチームの皆さんはクタ市から冥界に行って王を連れ戻してきてください! 他は私とともにウルクの日常業務です! 三日三晩の不眠不休は覚悟しておくように!!」

 

 その様はトップクラスの英霊もかくやとばかりの覇気を放っていた。呆けた顔をしていた同僚たちも、シドゥリに圧倒されて慌ただしく動き出す。

 世が世なら王様にもなれたのでは。今のシドゥリはエレインがそんな感想を抱くほどの働きぶりをしていた。

 ともかく、ウルクの意思決定をすべて担っていたギルガメッシュの崩御が与える影響は大きい。シドゥリひとりで回らないのは確かだ。

 エレインは玉座の横に移動しつつ、マーリンから受け取った小瓶を取り出す。

 

「牛若丸とレオニダスは街の外に落ちた兵を再編成して、周辺の警備をお願いできる?」

「もちろんです、エレイン殿。さんすうドリルで鍛えた私の計算力をご覧に入れましょう」

「え、ええ。期待してるわ」

「エレインさん、それは一体?」

 

 牛若丸は小瓶を覗き込んだ。水晶で拵えられ、透明な液体を閉じ込めたそれは周囲の光を複雑に照り返していた。エレインは薄く笑みを広げて答える。

 

「月の雫……とある霊薬の素材よ。出来上がったらあなたにも見せてあげる」

 

 かの妖精郷においても、入手の難しい幻の品。出処はマーリンがモルガンのところから盗み出したものだということは伏せておいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウルク北壁周辺。人類と魔獣の絶対防衛線であった面影は今や見る影はなく、人も獣もその土地から消え失せていた。

 響く音は荒涼と吹く風のみ。戦いの影響でめくれた地面から砂が起こり、風の流れに乗って空へ舞っていく。

 薄寂れた荒野に、四つの影があった。

 ひとつは黒白の少女。四つん這いになった黒いきぐるみの女の背を踏み締め、対面を見下ろす。

 偽神の瞳が射抜くのは、純白の外套を纏った女。彼女はぐったりと倒れ込んだ緑髪の獣を膝の上に乗せ、慈しむように髪を撫でていた。

 一方が差し向ける視線の刃を、もう一方は気にも留めずに受け流す。その静かな戦いはおよそ10分以上は続いていた。きぐるみの女は手足を高速振動させる。

 

「あ、あの、そろそろこの体勢がキツくなってきたんですが」

「黙りなさい、アホ下僕」

 

 サクラは足先でブラックジャガーマンの背中をぐりぐりと踏んだ。

 

「ギニャアアアアアア!! 痛っった! そこツボ、ツボだから!」

「あら、随分と疲れが溜まってるみたいですねぇ〜? せっかくなのでもっとしてあげます♪」

「うがあああああ!! あっ、ちょっと痛気持ち良くなってきた!!」

「足でイジメられて気持ちよくなっちゃうなんて、はしたないケモノですね。最低最悪な無様を晒す覚悟はできてますか?」

「くっそぉ〜……!! タグにR-18なんて付けていないというのに……!!」

 

 などと意味の分からないことを宣うテペヨロトル。サクラの足が一層強く、彼女の背中を突き刺した。というかほぼ蹴りつけていた。

 テペヨロトルの絶叫をよそに、黒白の少女は視線にさらなる力を込める。そして、彼女は苛立ちとともに目の前の女へ言いつける。

 

「───で、そこの眠りこけてるお人形さんを渡してくれません? 処分するので」

 

 女は怜悧な目を返し、くすりと笑う。

 

「敗者に鞭を打つなよ。造物主ともあろう者が狭量だとは思わないか?」

「あいにく、私は下々の評価なんて気にしないタイプの神様です。昨今はコンパクト化も進んでますし、小さい器って見た目も可愛らしいと思いますけど」

「それもひとつの考えようだな。私にはお前が可愛らしくは見えないが」

「良いんですよ、それで。私のことは恐れてもらわないと。神様ってそういうものでしょう。ねえ、テペヨロトル? 私恐いですよね?」

「恐いというか痛いです!!」

 

 サクラは手中に鞭を創造し、テペヨロトルの尻を弾いた。

 女はため息をつくと地面にキングゥの体を横たえ、彼を庇うように立った。自身の周囲に三冊の魔導書を展開し、黒白の少女を睨む。

 

「私にもいくつか矜持のようなものはある。キングゥを殺すというのなら、こちらも剣を抜かざるを得ないぞ」

 

 清廉な殺気。テペヨロトルはぞくりと背筋を粟立たせ、空気が冷え込むような感覚を覚える。

 しかし、サクラはどこ吹く風だった。眉間にしわを寄せて唸り、唇に人差し指をあてがう。

 

「……う〜ん。これ、戦う雰囲気ですか?」

「確実にそうっすよ! あの女殺意マシマシじゃないっすか!!」

「うんざりなんですよね、そういうの。私を倒せる人なんてどこにもいないじゃないですか。何回も意味ない攻撃されて、ノイローゼ気分です」

「この女、やる気が死んでいる……!!」

「はい、後でおしおきです。───ってことなので、戦うのやめておきますね。スプラッタとかグロとか今更流行らないんで」

 

 サクラは屈託のない笑みを浮かべて、そう告げた。女からの返答はなく、そのかんばせには微塵の感情と滲んではいなかった。展開した魔導書を収め、彼女は問う。

 

「サクラ。お前はこの世界で何を成す」

 

 黒白の少女は一拍置いて返事をする。

 

「とりあえず滅ぼしますよ、この特異点も、魔術王も、世界も。そして私だけの遊び場(セカイ)を創って───ああ、藤丸立香さんだけは残してあげてもいいですね。あのアホ面が涙でぐちゃぐちゃになって歪んだところを愛してあげたいです」

 

 酷薄な、それでいて恍惚とした響き。

 少女の白い肌がほのかに赤く染まる。その声音は未だ見ぬ逸楽に震え、紅き瞳は現実でなく空想こそを見つめていた。

 女はほんの数瞬、思案を巡らせた。彼女の思考の過程と結果は余人に知る由もなく、ただ口角を吊り上げることで感情のみを表現している。

 サクラにさえ及びのつかぬ意図。黒白の偽神はぷくりと右の頬を膨らませた。

 

「何を笑っているんです? 授業中に自分の世界に入って通信簿に書かれるタイプの人ですか?」

「ああ、私は学校に行ったことがなくてね。通信簿を書いてもらうのが夢だったんだ」

「そういう話じゃなくね?」

「冗談だよ。ところで、お前。シモンに大分肉体を弄くられたようだな」

 

 サクラは己の下腹部に刻まれた紋様に目を向ける。その赤い刻印を指でなぞり、こくりと頷く。

 

「どうやらそうみたいですね。私はその人に会ったことはないですけど。私を送り出したのも名前をつけたのも、ワカメみたいな髪の毛した人ですから」

「その刻印は『秘儀・聖体化(サクラメント・カリス)』。臓器を聖母マリアのカタチに整形し、聖杯としての機能を付与する術式だ」

「……へえ、それがどうしたんですか?」

 

 ソフィアは白の外套を掴み、肌をさらけ出す。

 柔らかな曲線を描いた腹部。その臍の下にはサクラと全く同じ刻印が施されていた。

 思わず目を細める少女に、女は伝える。

 

「同じ(はら)を持つよしみだ。お前の行く先を見届けてやる」

 

 サクラは妖艶に微笑み、

 

「……行く先を見届ける、じゃなくて、自分が視た未来と同じになるか確かめる、でしょう? 言っておきますけど、私はいずれあなたも殺しますよ」

「それでいい。お前がその未来を紡げるならな」

「いいえ、違いますね。───創るんです、私の理想の未来を」

 

 ほぼ同時に、二人は空の向こうに視線を飛ばした。遥か彼方、海洋の底にて眠る母なる神を望むように。

 テペヨロトルは背中にサクラの体重を感じながら、滝のように冷や汗を垂れ流した。そして、心の中で本音を盛大に撒き散らす。

 

(……めっっちゃ逃げてぇ〜〜!!!)

 

 ───だって、サクラの理想は自分の理想じゃないし。

 テペヨロトルは欲望に塗れた思考を募らせつつ、サクラとソフィアを運ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 クタ市は冥界神エレシュキガルを信仰する街である。

 かつてノアたちがクタ市を訪れた時は住民も家畜も冥界に呑まれていた挙句、キングゥの宝具によってクレーターとなった呪われた場所だ。

 ギルガメッシュ臨終に際し、Eチームはまたしてもクタ市を目指すことになった。エレインが氷で造った馬車に揺られること二日半、彼らはクタ市こと巨大クレーターに到着したのだった。

 神や人間が冥界に下る話は世界各地で数多く認められる。ギルガメッシュやイシュタル、ギリシャ神話のオルフェウスなどはその最たる例であろう。我らがEチームのダンテも冥界経験者のひとりだ。キリスト教世界では第一人者と言っても良い。

 日本にも冥界に下ったイザナギが、腐り果てた妻の姿を見て逃亡する神話が存在する。〝儂の父ちゃん酷くね?〟とはスサノオの言である。

 つまりは、神や英雄であろうと無事では済まないのが冥界なのだ。前回はエレシュキガルを強請ることで事無きを得たが、今回は違う。

 ギルガメッシュを取り戻すため、冥界を攻略する。Eチームはかつて多くの英雄が敗れた偉業に挑むのだ────!!!

 

「……いや、無いだろアレは。あそこで死ぬのは無いだろ。あんだけ強キャラ感出しといてアレは絶対に無いだろ。仮にもギルガメッシュだろうが、死ぬならせめてビッグブリッヂで死闘を演じてからってのが筋だろ」

 

 クタクレーター周縁。すり鉢状に抉れた大地を眺めて、ノアは独りごちた。彼はクレーターの縁に体育座りでへたりこんでいる。

 その横にはまったく同じ体勢の立香とマシュ。二人は虚ろな目をして、どこか遠くの空をぼんやりと見つめていた。時間が経ってようやくギルガメッシュの死を現実として受け止めた立香は普段の快活さからは予想もつかないほどに静まり返っていた。

 

「あ〜あ、これで私も人殺しかぁ……ジャンヌは私が捕まったら毎週少年院にジャンプ差し入れに来てね」

「漫画の展開より自分の将来を心配しなさいよ!?」

「既に終わっていることに目を向けるのは建設的とは言えません。それに先輩はレフさんのとどめを刺したので二殺目です。アレはもはや魔神でしたが」

「…………魔神殺しの立香ってかっこよくないですか、リーダー」

 

 すべてを諦めた目でニタリと笑う立香。ノアは乾いた笑い声を夕焼け空に響かせて、

 

「だったら神殺しのヤドリギを持つ俺と、前科持ちコンビでも組むか? 中国で贋札偽造犯として指名手配されてるしな」

「良いですね! これからのEチームはアウトローで売っていきましょう、ボニーとクライドみたいな感じで! 他のチームにはない魅力ですよ!!」

「「……ブヒャヒャヒャヒャ!!」」

「『いやキミたちはもともとアウトロー街道爆走してるからね!!?』」

 

 ロマンは完全に機能停止したアホマスターコンビに食ってかかった。何しろこの二人は平和だったカルデアの治安をスラムの路地裏レベルにまで低下させた、アウトロー中のアウトローである。通信を聞いていた職員たちは一斉に同意した。

 兎にも角にも、人理修復の要であるマスターが発狂しているのはいただけない。しかもその横にはなすびまで添えられているのだから。

 ここはサーヴァントとしての器量を見せる場面。ペレアス夫妻とダンテ、ジャンヌはおぞましい瘴気を放つ三人ににじり寄る。

 

「そ、そこまで気にすることはありませんわ。ああ見えてギルガメッシュ王は老齢なので、近く訪れる定めだったのでしょう」

「そうだな。つまみ食い癖はどうかと思うが、食欲旺盛なのは良いことだ。王様とかほとんど腐ってる肉でも貪り食らってたからな」

「生きていればこういう不幸な偶然もあります。私なんて出張から帰ってきたらフィレンツェが黒党に支配されてましたからねえ!! どうか元気になってください!!」

「いつでもどこでもアホなのが取り柄でしょ。アホですらなくなったアンタらなんてただの悪魔なんだから、さっさと元に戻りなさい」

 

 こん、と旗の先がマシュの頭を軽く打つ。鉄の塊をつむじに落とされた彼女は頭を抱えてのたうち回った。

 

「んんんん!! Aチーム主席のわたしの頭脳がッ!!」

「嘘つけおまえがキリシュタリア以上なわけねえだろ」

「まだ残ってたんだ、その設定。清楚さと一緒に消えたと思ってたけど」

「何を言っているんです!? わたしの成績はカンニングでもデータ改竄でもなく、れっきとした実力です! 獲るべくして獲った主席です! ドクターも何とか言ってください!!」

 

 ロマンは優雅にコーヒーを啜り、某特務機関総司令のように両手を組んだ。

 

「『……ホント、なんで主席になったんだろうね? ボクの考えではダ・ヴィンチちゃんかベリルくん辺りがちょっかい出すために試験のデータを書き換えたとしか────』」

「ドクター、わたしが帰還したらマジで地獄を見せるので覚悟してください」

「『ノアくん、立香ちゃん、助けてくれ』」

「そろそろ冥界に行くか、立香」

「はい。ドクターの代わりに下見しておきましょう」

 

 ロマンの嘆願を無視した二人は何事もなかったかのように立ち上がる。通信機からとてつもない絶叫が轟き、管制室の職員たちは音を一旦ミュートにした。

 Eチームはクレーターを滑り降りる。前回は赤熱化していた地面も冷え、岩石が砕かれた砂に覆われていた。

 Eチームのほとんどは無事に窪地の中心に到達する。唯一、坂から転がり落ちたボールみたいに下ってきたダンテを、ペレアスは足でトラップする。

 

「……で、どうやって冥界に降りる? 前はノアの魔術で地面を掘ったよな」

「今回もそれで行くぞ。───投影、『金鉄の神猪(グリンブルスティ)』」

 

 ノアは腕輪を投影し、そこから巨大な金色の猪を造り出す。グリンブルスティは鋭く伸びる牙を地面に押し当てて、猛烈な勢いで掘削を始めた。

 その光景を見て、ダンテはほろほろと溢れる涙をハンカチで拭き取る。

 

「おお、今まで活躍の機会を得られなかった彼がこんなにも……!!」

「流石にトップサーヴァントの相手は荷が重いですもんね。こういう土木作業なら大活躍ですよ!」

「仮にも俺の術式だからな。そこの犬だか猫だか分からねえ化け物とは違うってことだ」

フォウ(おい)

 

 フォウくんがノアの顎を蹴り上げた瞬間、クレーターの中央から何本もの杭が突き出した。

 灼熱の雷撃を纏う槍の穂先。それらはグリンブルスティを貫き、その熱を以って融解させる。

 融けた黄金の雫がノアの手首に戻る。辺りを照らす雷撃が収束し、その光を失う。すると、どこからともなく灰色の幽霊が飛んできて、一枚の粘土板をEチームに叩きつけた。

 そこにはエレシュキガルの似顔絵とともに〝出禁なのだわ〟と簡潔な文面が綴られている。

 ジャンヌはそれを手に取り、ノアとそのサーヴァントたちを睨めつけた。

 

「……これ、絶対アンタらが脅したせいじゃない」

「待ってください、脅したのはノアさんです」

「ついでに内臓を脱脂綿と入れ替える契約まで結ばせようとしてたぞ」

「そりゃ出禁にするに決まってますわ」

 

 絶対零度の目線がノアに突き刺さる。彼はすべての感情が消え失せた無表情を保っていた。清々しいまでの無視だ。

 こうして冥界へ下る手段は失われた。冷たい風がひゅるりと吹き抜け、薄ら寒い雰囲気が辺りに立ち込める。

 そんな時、彼らの頭上に声が届く。

 

(お困りのようだな……人の子よ……)

 

 尊大なのか丁寧なのか分からない中途半端なスタンスの声に導かれ、Eチームは視線を彷徨わせた。

 左右と背後を振り向き、行き着くのは正面。雷撃によって黒く焦げた地面から生えた小高い樹木。それは青いオリーブの実をつけていた。木の頂上には一羽のフクロウが留まっており、たすきのように蛇が巻き付いている。

 そのフクロウはぱくぱくと口を動かした。

 

「冥界に行けず途方に暮れていたのだろう? あな……貴様らのためにわた──妾が手ずから地下への道を造っておいた。とりあえず頭を垂れてつくばうがよい。どうしてもと言うならそのままで構わぬ」

フォフォウ(どっちだよ)

 

 言葉を不自然に途切れさせる、樹上のフクロウ。普段ならば珍獣として捕獲されていたところだが、そのモチーフは世界でも有名なとある女神を想起させる。

 いち早く気付いたのはダンテ。彼は目を輝かせて、フクロウに礼を取った。

 

「オリーブの木と、知恵の象徴たるフクロウ……あなたはまさか─────」

「ふふふ……分かるか、人間。では名乗ろう、栄光に満ちた我が名は────」

「───アテナ様ですか!?」

「───アト・エンナである!!」

「「…………アレ?」」

 

 フクロウとダンテは首を捻る。

 ギリシャ神話の女神アテナはオリーブの木とフクロウを象徴にしていた。前者は自身が守護するアテネの贈答品に因んでおり、後者は知恵の女神としての側面を表している。目の前のフクロウはどこからどう見てもアテナの象徴を使っていた。

 ギリシャ神話オタクでもあるダンテの期待が急速に陰っていく。そのことに危機感を覚えたのか、フクロウは泡を食って述べる。

 

「ふ、復唱せよ! 栄光に満ちた女神アト・エンナの名を!!」

「誰だよ」

「ぐふゥーッ!!」

 

 ノアの冷たい一言に一刀両断されたフクロウ。彼女は盛大に血を吐き散らかし、樹上から墜落した。

 見たこともないような量の血を吐いて痙攣するフクロウを横目に、Eチームはひそひそと話し合う。

 

「オレもアテナしか思いつかないんだが、実はこっちの方が間違ってんのか?」

「わ、私の見当違いでしたかねえ。あれだけの特徴、私にはアテナ神しか思いつかないのですが」

「あの人……あの鳥はアト・エンナと名乗っていましたね。Aチーム主席を誇るわたしも聞き覚えがない名前です」

「やかましいわ。リースは一応1000歳でしょう。何か覚えとかないわけ?」

「う〜ん……アフリカの方にそんな名前があったような気がしますわ」

 

 フクロウはよろよろと立ち上がり、彼らに言った。

 

「や、やっぱりアテナでお願いします」

「言い方からして妥協なんですが……ちゃんとした名前で呼んだほうがいいですよね! えーっと、アト・エンナさん!!」

「うへへ……その優しさが痛い。私なんてほんのちょっとしか名前が残らなかったマイナー神なので気遣っていただかなくても大丈夫です……友達もいないので、ぼっち・ざ・ごっですとでも呼んでください」

「おい、この期に及んで流行りに乗ろうとしてるぞこいつ!!」

 

 ノアはアテナの名前をパクっただけでなく、流行も見据えたフクロウを鷲掴みにして揺さぶる。

 最初の威厳はどこに行ったのか、地面すれすれの低姿勢で話すフクロウことアテナことアト・エンナ。彼女は立香の手で樹上に戻された。

 再びフクロウと対面するEチーム。立香は会話の間合いを図りつつ、

 

「「それで」」

 

 声が重なる。よくある会話の交通事故が発生し、フクロウはキツツキみたいな速度で何度も頭を下げた。

 

「どどどどどうぞ、喋ってください」

「あ、はい。冥界に行く道を造ってくれてたって話でしたけど、私たちを案内してくれますか?」

「……信頼してくれるのですか? こんな駄女神を?」

「サクラよりはマシですから!」

「先輩、そんなのと比べたらイシュタルさんやアルテミスさんでさえマシな類になります」

 

 眼前のぼっち・ざ・ごっですがサクラよりマシな部類であることは言うまでもなく明白だった。あの邪悪の権化がEチームのために道を造るなど、天地がひっくり返る大事態だ。

 立香はノアに振り向く。

 

「リーダーもいいですよね?」

「ああ。妙な動きしたら全身の羽むしり取ってやる」

「お、脅すのやめてくれませんか。オリュンポスの奴らにボコられたトラウマがあるので……」

「アテナのくせに!?」

 

 オリュンポス十二神のはずのアテナがオリュンポス十二神にボコられるという異常事態。矛盾を隠す気もない発言に、ジャンヌは目を丸くした。

 とはいえ、このフクロウはなぜかアテナを称するアト・エンナ。決してアテナその()ではない。そんなこともあるのだろうとEチーム各員は己を納得させる。

 アテナ(仮)の案内に従って彼らは移動する。ほぼ崖のようなクレーターの斜面にフクロウは降り立ち、翼で土を払った。

 地面に浮かび上がる石の扉。それはひとりでに開き、暗く冷たい冥界への道を露わにした。立香は満面に笑みを広げてアテナに抱きつく。

 

「すごいじゃないですか! 流石は女神様!」

「そ、そうです! 私はすごいのです! 地母神であり冥界神でもありますから、このくらいはちょちょいのちょいです!!」

「そんなナリして冥界の神なの? アンタ。神も見かけによらないのね」

「はい、どちらかと言うと重要なのは巻きついてる蛇の方なので。蛇は地母神の象徴ですからね。昔はヤギの生皮を剥いで着てたりしてたのですが」

「どんなファッションセンス?」

 

 反応に困ったジャンヌはへらりと口元を歪ませる。そんな彼女にアテナは得意げに笑った。

 

「ふふふ……見かけによらないでしょう? 私を畏れて信仰してくれても構わないのですよ?」

「ヤギの生皮とか衛生面が心配だから遠慮しておくわ。ダンテ辺りに頼みなさい」

「私が信仰するのは父なる神と神の子だけですので……ペレアスさんはいかがです?」

「いや、オレも一応キリスト教徒だからな。リースは違うけど」

「精霊は信仰するよりされる側ですわ」

 

 意外にもEチームの牙城は堅牢だった。そも、彼らの生きた時代とは誰しもが宗教を意識しながら生活を送ることになる。サーヴァントの勧誘は非常に難しいと言えよう。

 一方、現代を生きる立香たちは、

 

「私は深夜2時教です」

「俺が信仰すんのは俺だけだ」

「わたしはジャンヌさんはとことんイジる教です」

「現代人の皆さんは複雑怪奇すぎませんかねえ!!?」

「串焼きにされたいの? マシュマロなすび」

 

 などと言いつつ、Eチームは次々と扉に足を踏み入れていた。この程度の言葉のドッジボールは既に慣れたものだ。

 ノアもまた続こうとした時、立香の手が彼のそれを縫い止める。

 それはもはや二人にとって特段珍しいことではないけれど。この近さが当たり前になったことを噛み締めながら、立香は言った。

 

「そういえば幽霊苦手でしたよね、リーダー」

「仮にそうだとして何が言いたい?」

「きっかけとか、あったんですか」

「……本当に訊きたいか」

「もちろんです。私が握るリーダーの弱みは増やしておきたいですから」

 

 口角が意地の悪い笑みを形作る。

 ノアは心底面倒くさそうにため息をついた。

 これは勝った。立香が内心ガッツポーズを取った瞬間、繋いだ手が勢い良く引き寄せられる。

 縮む距離、迫る息遣い。心臓が弾けるみたいに脈打ち、じわりと体温が上がる。真白い睫毛、碧い瞳、薄い唇が徐々に近づき、観念して目を閉じた。

 びしり、と額に衝撃が走る。反射的にまぶたを開けると、ノアの馬鹿にしたような笑みが目に飛び込んだ。

 

「エジプトの墓地でテレビから髪の長い女が出てくる日本の映画を見てたら苦手になった、それだけだ。仮定の話だがな」

「……い、いまのは?」

「俺の弱みを教えるなら等価交換だ。おまえのアホ面は見物だったぞ。……で、何を勘違いしてた?」

「うぐぐぐぐぐ……!!!」

 

 自ら繋いだ手を振り払い、泣く泣く敗走する。

 そうして冥界に飛び込んだ先には、広大な荒野がどこまでも続いていた。暗く、冷たく、乾いた世界の空気は粘性を有しているかのようにまとわりつく。

 人はいずれ地に還る。現世の誰もが名も姿も失い、塵を貪る亡者と成り果てる。この時代を生きた人々が想像し、恐怖した冥界の謂れそのものが目の前に成り立っていた。

 いつの間にか立香の隣にいたマシュは感嘆する。

 

「これが冥界ですか。思っていたより寒いですね」

「まあ、そんなハレンチなへそ出しスタイルしてたらね」

「今ばっかりはギャラハッドさんの趣味を恨んでよいでしょうか。それともギャラハッドさんもへそ出しだった……?」

「いや、アイツはちゃんとした鎧着てたからな?」

 

 冥界を下りながら、ギャラハッドの性癖について疑いを募らせるEチーム。アテナは物知り顔で微笑んだ。

 

「分かります。良いですよね、へそ。ギリシャみたいに布巻きつけるとか、人間の本来の姿からかけ離れた邪道ですよね」

「こいつただのギリシャアンチだろ」

「生憎、この場に布巻いてない人間はいませんねえ。それはそれとして、アテナさんはなぜ私を助けてくれたのです?」

「そうですね。色々と見られているので詳しくは言えませんが、私と一緒に戦ってくれている仲間の口癖をお借りして答えましょう」

 

 アテナはくわっと目を大きく開く。

 

「〝今はまだ語るべき時ではない〟───〝待て、しかして希望せよ〟と!!」

 

 気付いたのはマシュとダンテ。前者はともかく、後者のセリフを放った人物は見たことがある。

 アトラス院にて急に現れたかと思えば、シモンの腕をもぎ取って急に去った不審者エドモン・ダンテス。小説モンテ・クリスト伯の名台詞だった。

 彼に回収されていったホームズも何かと情報を出すことを躊躇っていたフシがあった。アテナの仲間とはエドモンとホームズのことなのかもしれない───と、Eチームでもマシな頭脳を持つ二人は結論付ける。

 

「あなたたちには冥界の歩き方というものを教えてあげましょう。なに、難しいことはありません。拾ったものは食べない、知らない人についていかない、化け物を見たら土下座する、これさえ守っておけば無事に帰れます!!」

「みたいだけど、地獄ソムリエダンテの意見を聞こうかしら」

「概ね同意ですねえ。後は〝困った時はウェルギリウス先生に頼る〟があれば完璧だと思います」

「それが一番ハードル高いんですけど!!」

 

 神曲の地獄篇と煉獄篇を一言で評するならば〝ウェルギリウスがなんとかしてくれました〟である。ダンテの言もやむなしであろう。

 Eチーム一行は坂を下り切り、開けた場所に出る。その中央には巨大な石扉が屹立していた。ペレアスは万が一に備えて剣を引き抜いた。

 その警戒は正しく。吹き溜まっていた瘴気が旋風となり、寄り集まる。腰に長剣を佩いた二体一対の霊。彼らが発する並々ならぬ殺意を受けて、ペレアスは剣を構える。

 

「おもてなしが出てきやがったか! サクッと倒してギルガメッシュ王を連れ戻すぞ!」

「エレシュキガルさんに仕えるというガルラ霊ですわね。ですが私たちの敵ではありませんわ!!」

「よく言ったドスケベ精霊。こいつらを人質にしてエレシュキガルを脅すぞ。いいな立香」

「リーダー、心のゲスを隠す努力くらいはしてください」

 

 立香は『魔女の祖(アラディア)』でノアの尻をべしりと叩く。ガルラ霊×2は腰の剣を抜き、見るも恐ろしい形相でがなり立てた。

 

「「エレシュキガル様を強請った貴様らを通す訳にはいかぬぞ! あの日以来、エレシュキガル様は我々から隠れた場所で猫を愛でるようになったのだ!! 合法的にあの笑顔を拝む機会を失わせた貴様らは絶対に許せぬ!!」」

 

 怒気を伴った声音が突風と化して一行を襲う。ノアはそれを笑い捨てる。

 

「ハッ!! 逆恨みも甚だしいなァ!? 霊は霊らしく大人しく井戸の中で沈んでろ! やれ俺の下僕ども!!」

 

 しかし、アテナとダンテは滑り込むように土下座した。

 

「「どうもすみませんでした」」

「なにやってんだァァァ!!」

「忘れましたかノアさん。冥界ツアーの鉄則は化け物を見たら土下座ですよ!?」

「わ、私、男の人の怒鳴り声が苦手で……少し黙ってもらえますか」

「神のくせに小せえこと言ってんじゃねえ!! つーかおまえも戦え!」

 

 ノアの怒声にアテナはびくびくと震えながら、

 

「ふへへ……地母神なので戦いに直結する権能とかないんですよね。本体の方でもタイマンならサーヴァントに負けるので、そういうのはアテナに頼んでください」

「アンタ仮にもアテナでしょ!?」

フォウフォフォフォウ(というかお前もアテナだろ)

 

 肩口から炎を立ち昇らせるジャンヌ。そのやり取りを見かねたガルラ霊は同時に剣を振るった。

 地を裂き迫る烈風。マシュは盾を用いてそれを弾き、魔力を込めた右脚でガルラ霊の下顎を打ち据える。

 

「「ぐぼおおおおッ!!」」

「今更名無しの一般霊がわたしの前に立ちはだかれるとでも!? 二度と物が噛めなくなる覚悟をしてください!!」

「「可愛らしい見た目をしてそのゲスな発言、見下げ果てたぞ!」」

「あら、そっちとは気が合いそうね!」

 

 黒炎が噴き上がり、二体一対の霊を焼き払う。ガルラ霊は急速にその実体を薄れさせていき、地面に倒れ込んだ。

 竜の吐息の如き熱を受けてもなおカタチを保ったのはその身に湛えた神秘の強さか、冥界の女神に仕える挟持か。だが、その隙を生んだ時点で彼らの運命は決まっていた。

 紅き鎧を纏った騎士が駆け抜ける。

 差し出すように垂れた頭。黄金の斬撃が閃き、ずるりと頭蓋が首の骨と泣き別れた。

 ペレアスは外装を解き、肩に剣の腹を置く。

 

「ま、こんなもんか。オレたちの相手をするには役者不足だったな!」

「「くっ、こんな地味なやつに……!!」」

「おいこのまま2ラウンド目行ってもいいんだぞ」

 

 ガルラ霊の体が砂のように崩れ去る。山のように積もった白い砂。立香は杖の先でそれをつついた。

 

「……幽霊がこんなになっちゃって、大丈夫なんですか?」

「実体を維持する魔力が消えただけですわ。しばらく放っておけば復活してくるでしょう」

「じゃあ早く先に行きましょう。再生怪人の厄介さはサクラで身に沁みてますから」

「前に来た通りなら、扉の向こうにエレシュキガルがいるはずだ。とっとと締め上げてギルガメッシュを回収するぞ」

 

 ノアは石の扉を蹴り開く。

 瞬間、一行の目に映るのは由緒正しき日本の和室の風景。見覚えのある三人が冥界産のコタツを囲み、何やら口論を繰り広げていた。

 

 

 

「───え、じゃあ何? ウルクの英雄王ギルガメッシュ様は脳みそが切れて御臨終したってこと? あれだけ威厳と最強感出しておいて!? しかも一回も戦わずに!? 人類最古の過労死をした気分はどうなのかしら。ああ、答えなくていいわよ。こめかみに血管浮き出たその顔で十分だから。また切れないように気をつけないとねぇ〜?」

「ハッ、貴様がそんなことを言える立場だと思っているのか? 大方あの女に惨めにも敗北したのであろう。その厚顔さは評価しないでもないが些か無様だな。とはいえ、今更貴様の敗北について語るのも無粋か。なにせ登場してから今まで、貴様がまともに敵に勝利したことなど一度もないのだからな!! 敗北者は敗北者らしく家に帰って不貞寝でもしているのが分相応よ! おっと、家は焼かれたのだったな、ホームレス(イシュタル)?」

「……せめてルビは反対にしなさい、金ピカ。ウルクに宝具叩き落とすわよ」

「ほう、貴様にもまだ傷つけられるだけの矜持は存在していたか。虫ケラが背伸びとは滑稽なことよ」

「「………………殺す!!!!」」

「それ、他所でやってくれると助かるのだけれど」

 

 

 

 居間から連想される団欒とは真逆の地獄がそこに広がっていた。みかんの入った籠を挟み、ゴルゴーンもかくやの視線で睨み合うギルガメッシュとイシュタル。

 エレシュキガルは殺意に満ちた口論を冷めた目で眺めていた。その膝の上には猫の亡霊が小さく丸まって眠りについている。

 冥界の女主人は若干の居心地悪さとともに、湯呑みを指で包んだ。

 

「……見なさい。迎えが来たみたいだわ」

 

 エレシュキガルは一行を顎で指し示す。ギルガメッシュは胡乱げに鎌首をもたげた。

 

「遅いぞ、雑」

「───あら! 私を助けに来てくれたってわけ!? 最初はどうしようもない人間だと思ってたけど、見直したわ! さ、行くわよ!!」

「そこの者どもは我の迎えだ、すっ込んでいろ駄女神が!!」

 

 ギルガメッシュはイシュタルの顔面に湯呑みを叩きつける。老人好みの熱い茶がぶちまけられ、金星の女神はその美貌を手で押さえて転げ回る。

 

「ンギィィィャァァァァあっつぅ!!」

 

 じたばたと跳ねる足がコタツを微塵に粉砕する。数秒の悶絶ののち、イシュタルは即座に跳ね起きる。その両手がみかんを鷲掴みにすると、メジャーリーガー顔負けのピッチングでギルガメッシュの両目に激突した。

 芳醇な香りを纏った酸味のある果汁が紅い瞳に染み込む。ギルガメッシュはしばらく絶句して、空間に開いた宝物庫の門から無数の武装を引き出す。

 

「おのれイシュタル……ここでその首を刎ねてウルクの門前に晒してやる!!」

「そんな老体でどこまでできるってのかしら!? 金星に代わってお仕置きよ!!」

 

 凄惨な殺し合いを繰り広げる賢王と女神。

 すっかり置き去りにされたEチーム一行は死んだ目でその光景を処理していた。ノアはおもむろに懐に忍ばせていたお菓子を取り出した。

 

「どっちが勝つか賭けるか。俺はギルガメッシュに一票だ」

「私はギルガメッシュさんが勝ちそうなのでイシュタルさんに賭けます。場代はグミで」

「先輩の思考がギャンブラーすぎるのですが」

フォウフォウフォフォフォウ(ギルガメッシュにちゅ〜る一本)

「『少しは止めようとする努力をしてくれないかな!?』」

「ドクター、あんな化け物たちの戦いをわたしたちにどうにかできると思いますか」

 

 マシュの反論が飛び、ロマンは二の句を見失った。あの二人の戦いに割って入ったとしても被害は増すばかりだろう。むしろこちらが狙われる可能性まである。

 だが、この不毛な争いを収めなくてはならないのは確かだ。一か八か、ダンテが土下座をしようとしたところで、アテナが勇敢に飛び立つ。

 

「ここは私に任せなさい、人間。太女神たる心の広さを以って、この戦いを終わらせてみせましょう!!」

 

 ギルガメッシュとイシュタルの闘争に割り込むアテナ。武装と光弾乱れる空間を潜り抜け、彼女は相争う二人に厳然と告げた。

 

「そこまでです、この戦いは私が預かりました!! 無用な諍いは双方の品位を貶める行為です! あなたたちが王であり女神であるというのなら、全世界に轟くアト・エンナの名のもとに矛を収めなさい!!」

「「誰だァーッ!!」」

「ぐっはああああっ!!」

 

 王と女神の放った拳が突然の乱入者に見舞われる。

 停戦を試みたアテナはEチーム一行の手前まで吹き飛ばされる。フクロウの体が残像を残す勢いで震え、うっすらと透明になっていく。

 立香は慌ててフクロウを抱きかかえた。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「私にできることはやりきりました……あとは任せるので私は退去させていただきます……」

「おい、せっかく消えるなら情報をよこせ。あの不審者と言い武蔵と言い、何か暗躍してるだろ」

「───もし、世界を救えたのなら、()()()()()()()を辿りなさい。それが敵の正体です」

 

 それと、とアテナは言い残す。

 

「オリュンポスの奴ら、宇宙から来訪してくるとか反則じゃありません……?」

「知るかァァァ!!! 陰謀論もほどほどにしろアホ神!!」

「どんだけボコボコにされたの気にしてるんですか!?」

 

 ふっとアテナの像が消え失せる。役立つかも分からない情報と手垢のつきまくった古代宇宙飛行士説(ギリシャ版)を残して、彼女は退去したのだった。

 しかし、ギルガメッシュとイシュタルは相変わらず争うのみ。エレシュキガルはそれを見かね、両者の背後に八本もの槍を顕現させる。

 膨大な熱と電流を発する槍が円を描き、その中心に光すら吸い込む深淵を映し出す。王と女神は瞬く間に中心へと引きずり込まれていく。

 エレシュキガルは膝上の猫を撫でながら、

 

「これ以上私の冥界で好き勝手するつもりなら容赦はしないのだわ。ここよりも暗く深い場所に落とされる準備はいい?」

 

 宣言を受けた二人は一筋の冷や汗を流す。

 この場で最も力を持つのはエレシュキガル。彼女の支配領域である冥界において、その権能を弾くことはほぼ不可能だと言っても良い。ギルガメッシュやイシュタルでさえ、冥界の法則には従わざるを得ないのだ。

 彼らは縋るようにEチーム一行を見た。

 

「お、我を助ける権利をやろう。何が欲しい? ウルクには我が集めた宝物が幾千とある。くれてやるのもやぶさかではない」

「やめておきなさい、そんなやつ!! 私を助けるのが正解よ! 加護とか宝石とかモリモリあげるから!! それにこの美貌を見なさい!?」

「助けられる態度がなってねえな。どっちが上の立場か分かってんのか? 改めないようなら俺は帰る」

 

 吐き気をもよおす邪悪な表情をするノア。彼はこれみよがしに踵を返し、その場から立ち去ろうとする。

 その時、ギルガメッシュの腕から飛んだ鎖がノアの首に巻きついた。

 

「うがあああああ!! 折れるゥゥゥ!!」

「踏みとどまれ下郎、我がその場に戻るまでな!!」

「ふざけんな、道連れだろうが!! おまえの額にヤドリギぶちこんでやろうか!?」

「そこの二人は置いといて、イシュタルさんはなんでここにいるんですか?」

 

 立香は何の気なしに問う。イシュタルは両手を土に突き立てて返答した。

 

「ソフィアっていう女に冥界送りにされたのよ! そ、そう! 私を助けてくれたら貴方たちの味方をしてあげる! なんでもするから!!」

「それじゃあ、このスクロールに名前書いてください」

「こんな時に!?」

 

 口ではそう言いつつも、イシュタルは受け渡された羊皮紙に名前を書きつけた。エレシュキガルはそれを見て指を弾き、深淵への門を閉じる。

 彼女は小さく息をついて、肩を竦めた。

 

「話がついたなら、早く帰った方がいいわ。滅びの日は近い……もうじき母が復活する。私も冥界の管理で忙しくなりそうだから」

 

 イシュタルは鼻を鳴らし、乱れた髪を整える。

 

「そう、貴女は死者が増えた方が都合が良いものね。ムカつくくらい合理的だわ」

「合理的、そうかもしれないわね」

 

 だけど、とエレシュキガルは小さく笑う。

 

「これは最近気付いたことなのだけれど、私はけっこう感情的で、論理も道理もどうでもいい性格をしているから」

 

 微かに流出する神気。その笑みの裏には冥界の闇よりもなお深く、冷たい憤怒が渦巻いていた。

 

「───原初の母を弄ぶ連中を、許してはおけないのだわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───それは、竜のような、女のようなカタチをしていた。

 生命の源である海。黎明の混沌より産まれた神格は淡水と塩水の混ざり合うペルシャ湾より姿を現した。

 彼女の足元より湧き出す泥。それは新たなる生命を産む、可能性の原質。現住生命体を旧きものに貶める泥が、瞬く間に流れ出す。

 母なる獣、始まりにして究極の一。

 ティアマトはただ、嘶いた。

 

「───Aaaaaaaa……!!」

 

 産声にも似た咆哮。

 世界への怨嗟の絶叫が泥濘に波を生む。

 人理を喰らう原罪の獣は、確かに大地を踏み躙った。

 

「……永遠に女性的なるものが我らを高みへと引き上げ、昇らせていく。───皮肉だな。一度切り捨てられた者が、此度は切り捨てる側に回るとは」

 

 知恵の女神は押さえつけるようにまぶたを閉じる。

 ティアマトの足元で走り回るサクラとテペヨロトルを拒絶した訳ではない。ただ、この先の未来を見据えるために。

 この獣は敗者だ。神々へと叛旗を翻し、英雄神に討ち取られ、その体を世界の礎とされた。

 その敗者が人類を滅ぼすというのなら。

 すべてが潰えた地平に勝者はいない。

 たとえ彼女が産む生命体が地球を支配するのだとしても、彼らはまた母を裏切るだろう。自らの繁栄のために、人類と同じことを繰り返す。

 ぐ、とソフィアの眉間が狭まる。

 

「ああ、これは救いがないな。誰も彼もが貶められ、打ち捨てられる。まったくもって、救いがない」

 

 けれど。

 彼女の唇は、つややかな弧を描いていた。

 

「敗けて、堕ちて、死んでしまえ」

 

 ───そんな君たちこそを、私は抱きしめて(あいして)やる。

 現在は未来へと突き進む。

 誰にも止められぬ時計の針。

 勝者なき明日へと、滅びは歩み始めた。

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