自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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第75話 サクラのセカイ

 なぜ、魂は腐るのか。

 魂とは元来不滅の存在。永遠のものであるが故に、劣化することはない。しかし、この三次元上においては魂とは肉体に紐付けられた霊体として存在している。

 人が人として生きていれば、日々痛感するように。

 人の肉体とは、悲しいほどに儚い。

 たった数十年で若々しかった体は老いる。皮膚は水分を失い、骨は脆く、筋肉は減っていく。魔術世界ではそれらを免れる術はいくらでもあるだろうが、真に不老不死を成し得た者を数えるには片手の指で事足りるだろう。

 なぜなら、本来不滅たる魂は肉の器に注がれることによって、魂が器の劣化に引きずられてしまうからである。

 肉体───すなわち、物質とは目に見えざるモノをこの世界に閉じ込める枷にして檻にすぎない。そうして、不出来な容れ物に注がれた魂は容器の劣化とともに腐っていく。魂を有限たらしめるのは、いつだって肉体だ。

 魂が物質の器に紐付けられている以上、肉体の劣化は魂の腐敗に繋がる。たとえ全身を人を喰らう虫に入れ替えようが、永遠の象徴たるヤドリギを体に取り込もうが、それは変わらない。

 ならば。

 容器自体が非の打ち所がないほどに完璧かつ完全であったとしたら。

 その中身である魂は、たとえ悠久の年月を経たとしても劣化することはないのではないか?

 まあ、包み隠さずに言うと、それが私だ。特に隠す意味もないし、劇的な暴露なんてありはしない。

 そんな訳で、長年人類を観察してきて思ったことがひとつある。

 

 

 

 ────なんか、もうどうでもいい。

 

 

 

 延々と動画の広告だけを見せつけられているような。

 何か始まりそうで、何も始まらない。芽生えた希望もいつかは抜き取られていく。例えるなら、連載を引き延ばすために何度も新たな脅威が生まれ続ける漫画みたいに。

 この世界は、惰性で危機を繰り返している。

 そうとさえ思えた。

 だが、何事にも終わりはある。

 人理焼却。人類史においても未曾有の大災害。誰も彼もが予告なく焼き尽くされ、灰さえ残らぬ終末の日。私が日課の映画鑑賞をしている時に、それは訪れた。

 ……なるほど、屑のような人類でも燃える様は見物だ。

 ほんの少し、好奇心が刺激されて。テキトーにサイコロを振って、私はこの一件に介入することを決めた。

 

〝人類史に打ち込まれた特異点(くさび)は七……いや、ここでは八つか。所詮最後のひとつ以外は余興だ、お前らはお前らの好きにしろ〟

 

 暗黒の人類史、と大仰な名前を付けた七体のサーヴァント。人類史に暗黒でないところなどないというのは置いといて。あいつらを送り込む前に、私は問うた。

 すなわち、お前たちにとっての最大の悪とは何か。

 

〝不平等、不公平。それこそが悪だ。この世の誰ひとりとして、その苦しみを享受することはあってはならない〟

 

 マクシミリアン・ロベスピエール。

 ギロチンによる粛清の嵐が吹き荒れたあの時代。ひたすらに理想を抱き、溺れ死ぬまでそれを離さなかった男は変わらぬ瞳で言った。

 もし、ロベスピエールが宝具の力を最大限に引き出していたのなら、あの特異点の主となるどころか、独立した世界線をも創り出していただろう。

 

〝いやいやいやいや、答える余裕なんて無いんですが!? せっかく尊敬するカエサル帝に会えると思ったのに、魔神柱埋め込まれるとか洒落にならないですよ!! 誰か助けてくださいィィィィ!!!〟

 

 ダンテ・アリギエーリ。

 人類でただひとり、物語によって言語の統一を成し遂げた詩人。ヤツは血を吐くかのような形相でのたうち回っていた。

 レフ・ライノールが持ちかけた契約に応える義理などなかったのだが、ダンテの慌てふためく姿を見れただけあの男の死には価値があった。神曲のように気絶しなかったのは残念だが。

 

〝ハッ、悪だの善だの正義だのを考える暇があんなら算盤弾くのが商人ってモンだ! 悪なんつうのは見方でいくらでも変わるが、金はそれよか安定してるからなァ!!〟

 

 クリストファー・コロンブス。

 あいつは善意も悪意もない、ただ欲に塗れた笑顔で言い放った。

 今だからこそ言える。断言できる。ヤツこそが暗黒の人類史という名を背負うに最も相応しい男。この世に英霊は数多いが、あいつほどに人の業を体現する存在は十指にも満たないだろう。莫大な功罪を成したその人生はまさしく、数え切れぬ発展と犠牲をもたらしてきた人類史の縮図に違いない。

 

〝己が使命を果たせぬ者。それに価値はない。無価値であることは悪だ。私のようにな〟

 

 ワイルドハントの率い手、オティヌス。

 邪神たるオティヌスの力の器となったブリテンの騎士王は自分の体を突き刺すような声音で、無感情に述べた。

 結局、彼女が真のオティヌスとなることはなかったが、それで良かったのだと思う。泡沫の写し身でまで、役割に囚われる必要はないから。

 

〝外海より来訪し、無数の民を虐殺した悪魔ども。挙句にはその罪を忘れ、自由と正義を振りかざす恥知らずの国。これを悪と言わずしてどうする〟

 

 虹蛇───虹と雨の創造神の集合体。

 彼女はあらん限りの憎悪と憤怒を総身に湛え、それでもなお尽きぬ感情の瀑布を身中に抱え込んでいた。

 彼女の目的は果たされるべきだった。その土地に暮らしていた人たちを殺しまわり、屍の上に国を立ち上げ、今となっては平等だのと耳障りの良い言葉を並べる。自分の幸福が誰の犠牲のもとにあるかも理解していない愚者は、ひとり残らず打ち砕かれれば良かったのだ。

 

〝おれにとっての悪、か。無論、忠義を果たせぬことよ。騎士道を貫くことができなくなった瞬間、おれはおれでなくなる。───故に。感謝するぞ、知恵の女神〟

 

 円卓の騎士、ラモラック。

 何がそんなに愉快なのか、彼は口角を大きく吊り上げ、くつくつと喉を鳴らして笑っていた。

 理解できない。忠義というものはそうまでして護られるべきなのか。醜いと罵りながらも愛した女より、ただ王とその国を構成する歯車になることを選んだ。……と言うには、ヤツは破天荒に過ぎたが。

 

〝これはこれは、知恵の女神と名乗る割には可愛らしい問いにございますな。拙僧に言わせれば、やは〟

 

 まあ、こいつはどうでもいいだろう。蘆屋道満。知っての通りのアホだ。こいつに割く文字数ももったいないくらいだ。私の未来視を超えて、ニニギノミコトを一殺してみせたことだけは褒めてやっても良いだろう。

 そうして、こいつらをそれぞれの特異点に送り出した後。レフ・ライノール───魔神柱フラウロスによる手引きを受け、魔術王の玉座へと謁見した。

 

〝そういうことだ、魔術王。私もこの戦いに一枚噛ませてもらった。要求には全て応えよう〟

〝構わぬ、所詮は前座だ。たかが英霊が七騎増えたところでさざ波すら起こせまい。私に先を越され、暗躍している魔術師のようにな〟

〝……シモン・マグスか〟

〝旧知の仲であることは知っている。少なからず情は芽生えているだろう〟

〝私があいつに? 悪い冗談だな。吐き気がしてきた。…………お前がカルデアに負ければ今度はあいつの番だ、ぜひ勝ってもらいたいが〟

 

 魔術王は小さく鼻を鳴らし、

 

〝ならば、第七特異点は貴様が勝利に導け。キングゥ……あの泥人形では役者不足だと考えていたところだ〟

〝良いだろう。だが、私にできるのは勝利に導くことではない。───敗北に引きずり込むことだけだ〟

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして今、この世界は終局を迎える。

 母なる獣の手によって。

 ティアマトが臨むはウルクか、そこに住まう人類そのものか。いずれにしろ、彼女は止まらない。かつて自らが産んだ生命のことごとくを誅戮するまで。

 混沌の海洋が大地を覆い尽くす。

 蒼き空はどこまでも暗く染まり、絶え間なく雷光を瞬かせた。

 ティアマトに追随する二柱の女神はウルクを間合いに捉えたところで歩みを止める。

 サクラとソフィア。黒白の偽神はもったりとした目つきで、外はねした髪の毛を手櫛で直していた。彼女は刺々しい声音でソフィアに言う。

 

「…………私、起こしてくれなきゃキレるって言いましたよねぇ?」

 

 知恵の女神はどこか遠い目をしていた。彼女はひとつあくびをして、涙の浮いた目元を擦る。

 

「仕方ないだろう、私とて寝坊をしたのだから」

「それって完っっ全にあなたのせいなんですけどぉ〜!! アラーム設定しておくとかそういう知恵はなかったんですか!?」

「お前は酷なことを言うな。2000年もニートをしていた私に、アラームを付けるなどという習慣があると思っていたのか?」

「ニート特有の正当化やめてくれます? 社会じゃそういうの通用しないんで。生活習慣病で体イカれますよ」

 

 そもそも間に合ったのだから良いだろう、などとぼやくソフィアを無視して、サクラは前方へ視線を向けた。

 鋼鉄の壁に囲まれたウルクの街。見れば、街は随分と様変わりしていた。所狭しと並ぶ兵器、民家は全て取り除かれ、街というよりは要塞の様相を呈している。

 くすり、とサクラはほくそ笑む。

 ───なんて可愛らしい抵抗。神の権能の前には人の備えなど意味を成さない。悪い狼は煉瓦の家を壊せなかったけれども、私は鋼鉄の城なんて息を吹きかけただけで倒せる。

 サクラは手元に拡声器を創り出し、高らかに声をあげた。

 

「ってことで、今の内なら降伏を受け入れてあげちゃいまぁ〜す! こんな大特価セールを見逃す手はないですよね、五つ数える間にパパッと決めちゃってください!!」

「『山脈震撼す明星の薪(アンガルタ・キガルシュ)』ゥーッ!!」

 

 瞬間、金色の閃光が爆ぜる。

 ただでさえ桁外れの天体の質量が超高速で撃ち出される。あまりに手荒な返答。サクラは心底つまらなそうにため息をつき、蚊でも払うかのように手の甲を振りかざした。

 弾丸は明後日の方角へ逸れていく。漆黒の雲海をくり抜き、青空を露出させる。

 真っ白な頭のてっぺんから、ぴんと寝癖が立つ。

 

「うーわ、つまんな。あなたは宝具をバカスカ撃ちすぎなんですよ、格ってものを考えてください。いちいちルビ振る手間だってあるんですから」

 

 砲撃を放った張本人、イシュタルが額に血管を浮き立たせてサクラの前に現れる。

 

「訳のわかんないことをごちゃごちゃと……!! ここで会ったが百年目、ボコボコにされる覚悟はいいかしら!?」

「イシュタルさんが私を? 冗談のセンスもないんですね……なんだか可哀想になってきました。頭が悪くて面白くなくて胸もないなんて」

「ああん!? 胸は依代の都合よ! 本当の私はもっとグラマラスなダイナマイトボディなんだから!!」

「その言い方だと頭が悪くて面白くないのは本当ということになるが?」

 

 ソフィアは歯ブラシを咥えながら言った。左手のコップの水を口に含んでゆすぐと、眼下に広がるケイオスタイドの海へと吐き捨てた。

 

「ちなみに私も降伏を勧めよう。ティアマトはこの世界におけるビーストⅡ、人類の宿痾たる悪性より産まれし回帰の獣。本来はグランドクラスのサーヴァントをもって当たるべき敵だ」

 

 口元をタオルで拭きつつ、言外に言ってのける。お前たちの中にそんなサーヴァントはいないのだから降参しろ、と。

 対して、Eチームのサーヴァントたちはというと。

 

「いきなりビーストなどと言われても困るのですが。とりあえずわたしは一騎しかいないシールダーなので、実質グランドシールダーということでどうでしょうか」

「どうもクソもないわ。アンタはグランドなすびくらいがお似合いでしょ、もしくはなすビーストでしょ」

「どちらにしても、ですねえ。オジマンディアス王ですら唸らせた私のグランド土下座で丸く収まったりしません?」

「お前のただの土下座に何の価値があると思ってんだ!? グランド土下座っつーかグラウンド土下座だろ!! 正気に戻れグランドヘタレ!!」

 

 明らかに目の焦点が合っていないダンテ。ペレアスはその頭を容赦なく引っ叩いた。

 ある意味でグランド級なサーヴァントたちの姿を見て、彼らのマスターである立香とノアは無表情で平坦な言葉を交わし合う。

 

「……リーダー、勝てる気が無くなってきました」

「ハッ、情けねえな立香。それでもEチームのマスターか? 次そんなことを宣ったらアホ毛の無事はないと思え」

「リーダーは私のアホ毛に何か恨みでもあるんですか!? グランドアホ毛なんですか!?」

「安心しろ、おまえは紛れもなくグランドなアホだ。そして俺はカルデア最強のグランドマスター、負ける理由なんて微塵も存在しねえ!!」

「結局私がグランドなアホになってるんですけど!!?」

 

 もはやグランドとは何なのか。ロマンはモニター越しに行き場のない疑問を抱いた。その結果選んだのは沈黙。彼らには何を言おうと暖簾に腕押しなのだ。

 ソフィアはふっと吹くように息を吐く。どこからか湧き出した感情の残りかすを飛ばすように。

 

「……仕方がないな。始めろ、サクラ」

「私に命令しないでくれます? それに、こんなのすぐに終わりますよ」

 

 サクラは右手を勢い良く突き出す。

 手のひらの先、風が逆巻き空間が歪む。ねじれた空間が戻ると同時、発光する二つの粒子が生まれ、ウルクへと狙いを定めた。

 

「───ティアマトの力を借りなくたって、ね!!」

 

 対となる粒子。これらを亜光速まで加速した上でウルクの上空で衝突させ、ブラックホールを発生させる。

 一度発生したブラックホールは即座に視界の範囲全てを呑み込む。生物も無生物も関係なく、潮汐力で棒のように引き延ばされて余剰次元へと送られるのだ。

 多くの死は劇的には訪れない。

 みんなスパゲッティみたいになって、どこかの次元をふよふよ漂う滑稽な結末こそが人類には相応しいだろう。

 

粒子魔術(ウロボロス)

 

 魔力を乗せた言霊が響き渡る。

 静かな、しかし驚くほどの変化。

 それを感じ取ることができたのは、たったの数人であった。

 素粒子を介した物理法則の書き換え。サクラが放った二つの粒子は衝突を果たすものの、暗黒天体を形成する結果には至らない。

 ソフィアは形のない空気を弄ぶように、指先を踊らせる。

 

「あらかじめここ一帯に粒子を撒いていたか。私の儀式場も効果は半減……それなりに準備はしてきたようだな」

「なに感心してるんですか? せっかく私がサクッと終わらせようとしてたのに」

「違うな、早期決着を望むならこうするべきだ。───ティアマト」

 

 原初の母神が絶叫を轟かせる。大気がたわみ、地面を覆う混沌の泥が波を生じる。母なる獣は悠然と、慄然たる歩みを進めた。

 彼女は終末の具現。人間が幾千年と積み重ねた宿業の化身。人類に設定された自滅機構であるが故に、その一挙一動は遍く滅びを体現する。

 それはあらゆる時代・地域の人々が恐れた災害。

 ケイオスタイドが隆起し、津波となって押し寄せる。

 触れたもの全て、自らの仔へと変える混沌の泥。ティアマトはその巨躯を、内に秘める魔力をも使う必要がない。ただ、泥に堕とすだけで現生人類は愛すべき我が子へと新生するのだ。

 人の造りし城壁など小石程度。壁を壊せずとも、圧倒的な物量でその中身を満たしてみせるだろう。

 だが。

 その破滅の波濤を前にして。

 表情を曇らせる者はひとりとしていなかった。

 玉座のギルガメッシュは高笑いする。

 

「貴様ら如き雑種の手をこの我が読んでいないとでも思ったか!! シドゥリ、スイッチを押す栄誉を貴様にくれてやる!!」

「では、恥ずかしながら……ウルク、戦闘形態に移行します!!」

 

 シドゥリの指が手元のスイッチを力強く押す。

 地を揺らす振動。街を取り囲んでいた城壁がさらに地中から盛り上がり、正門へと向かって舟型を形作るように位置と高度が整えられていく。

 そうして、一際大きく地面が揺れる。足をつける大地そのものが上昇し、城壁との高低差を埋めていった。城壁と、一体化した地面が同時に持ち上がり、緩い弧を描く底面がケイオスタイドの海に乗り上げる。

 ソフィアはその全景を視界に収め、頭を抱えた。

 

「……馬鹿か、あいつら?」

 

 変形を終えたウルクの姿は船のような形状をしていた。

 王の趣味か、黄金に光り輝く船体が自身の数倍は巨大な波を乗り越えていく。それはウルク一個分の大質量を思わせない軽々しさだった。ギルガメッシュは哄笑とともに叫ぶ。

 

「これぞ!! 汎用船型決戦兵器ウルク・フリングホルニ───ウルクの総力を結集し建造した神殺しの船である!! 恐れ慄け、女神どもよ!!」

 

 ティアマトはさて置いて、サクラとソフィアは白い目でギルガメッシュの口上を聞いていた。次いで、白紙化した思考にダ・ヴィンチちゃんがギラリと眼鏡を輝かせて追い打ちをかける。

 

「『説明しよう! 汎用船型決戦兵器ウルク・フリングホルニとは綺羅星の如き三人の天才による叡智の結晶!! 私が基本設計を担当し、ギルガメッシュ王の兵器とにノアくんの魔術的機構が組み合わさったこれは神をも弑する兵器となった!! ちなみにフリングホルニとは北欧神話に登場する世界一大きな船で、バルドルが所有したと言われる──── 』」

「『知ってはいたけど……会議が十数分で爆発四散したくせになんてもの造ってるんだキミたちは!!? こんな超兵器ダ・ヴィンチちゃんの黒歴史ノートにもなかったぞ!?』」

「口を慎めよロマン。これは俺たち三人の力だけでできるものじゃねえ。この時代の人間全員の協力があってこそだ。おまえの発言は人の意志を踏み躙ってるに等しいぞ」

「『ちょっ……こんな時だけ良いこと言って株を上げようとするのは反則だぞノアくん!? さあその邪悪な本性を表すんだ!!』」

 

 ノアは通信機を弄り、ロマンの音声をミュートにした。自分の株を上げた反面、ロマンの株を下げるという悪魔ならではの行動だ。

 船の後方より噴出する火線。強烈な勢いのままに泥の波を破り、三女神を射程に捉えた。

 ギルガメッシュは歯を食いしばり、断腸の思いで告げる。

 

「───撃鉄を起こせ!! 『王の号砲(メラム・ディンギル)』!!!」

 

 船の至る場所から、数多の光が炸裂する。百や二百では到底及ばない数。幾千の光条が意思を持った蜂群の如く敵へと殺到した。

 全天を照らす流星を眺め、サクラは嘲るように鼻を鳴らす。

 

「私はライフで受けます。あなたは……避けないとバラバラになって死にますよ?」

「それは嫌だな、涙が出そうだ」

 

 ───術式参照、次元跳躍。

 知恵の女神は一瞬にして三次元上から離脱する。その横で、サクラは無数の光に切り裂かれて微塵も残らず焼き尽くされた。

 ソフィアはそれを間近で目撃し、光線の正体に至る。

 

(……宝具を弾頭にしているのか。成金趣味が極まったな金満王め)

 

 ウルクより発射された光はそのひとつひとつが、ギルガメッシュの有する宝具の原典。選ばれし英雄が生涯を懸けて獲得するはずの宝物だ。

 ヒトが重ねた歴史。それは幾千もの刃となって、創世の母神を穿った。

 けれど。

 

「────Aaaaaaaaaaa……!!!」

 

 叫びとともに、獣は狂い咲く。

 その肉体には一筋の傷もついていなかった。

 たとえ何千もの人の可能性を束ねようとも、創世母神にして滅びの獣たるティアマトは路傍の石のようにそれを弾き飛ばす。

 人の意志など通じるべくもない天災。古来より人間が荒れ狂う神に対してできることは祈り許しを乞うか、抵抗の果てに諦観を抱くかしかない。

 

「ティアマト僅かに後退!! 損害はなし! 想定通りではありますがめちゃ硬です!!」

「その言葉遣いはどこで覚えたのだシドゥリ!? だが良い、ここからが本番だ! 砲撃を続けたまま奴らを叩け!!」

 

 戦艦ウルク・フリングホルニ、船首付近。

 そこにはウルクが擁する英霊と神霊が揃い踏みしていた。牛若丸は自身の愛刀と天叢雲剣を握り、武者震いを噛み締める。

 

「この雨、この雷!! 越中で雨宿りした時のことを思い出します! まああの時はあんな神様なんていませんでしたが!!」

「私はアポロン様から神託を賜ったことがありますが……ティアマト神は真逆の風体ですね。もっと光り輝いているものかと」

「光り輝くのは私のような太陽神の特権!! 天に坐す太陽はひとつで十分なのデース!!」

「まあ太陽の座はテスカトリポカに奪われたんだけどニャ」

「ジャガーマン、後で神殿裏に来なさい」

 

 ケツァル・コアトルの右手がテペヨロトルの尻尾をみしみしと圧搾する。彼女は全身の毛を逆立たせ、脱兎の如く走り出した。

 手と尻による綱引きが数秒ほど続き、

 

「あ」

 

 ぶちん、と尻尾が千切れる。

 テペヨロトルはまぶたに涙を溜めて絶叫した。

 

「あああああ痛っってえニャァァァアアアアア!! もはや許しておけるかティアマトォーッ!!」

「『ツッコミどころが多すぎません!?』」

 

 テペヨロトルが怨念を抱いたのはティアマトだった。自身の飼い主には逆らえないケモノの虚しい性である。

 アイデンティティのひとつを喪失したジャガーマンは一息に空中へ飛び出す。

 空気を足蹴にティアマトへと迫る。黒きジャガーの疾走は天より降る雷よりも速く、吹き荒れる豪風よりも疾い。彼女は標的を見据え、黒曜石の矛を担ぐように構えた。

 

「『震え立て、大いなる山の心核(ヨアルテウクティン・テペヨロトル)』!!」

 

 己の五体を大地の質量と置き換え、同規模の魔力炉心とする権能。内包する魔力だけでさえ、サーヴァント数百体と比べることもままならない。

 ───だが、それが何になると言うのか。

 テペヨロトルが地の化身というのなら、ティアマトもまた同じ。かつて、彼女の遺体はいくつもの部位に引き裂かれ、メソポタミア世界を構成する材料となった。

 すなわち、ティアマトとはこの世界そのもの。その質量はテペヨロトルとさえ比較にならないだろう。

 母なる獣は無造作に右手を振りかざす。

 条理も不条理も等しく塵に帰す一撃。しかしそれは、黒きジャガーを叩き落とす寸前で停止した。

 ティアマトの足元を割り、体を縫い止める無数の大牙。さながら人間の肋骨を抜き出した形状をしたそれは、トラバサミのように女神と泥を食い止めている。

 

「ナピシュテムの牙!! 我が仕掛けを施したのはウルクだけではないわ!!」

「王よ、アレひとつ造るのにウルク来年度国家予算の大半が吹き飛びました。財政破綻まっしぐらです」

「その負債はカルデアにツケておけ。領収書と一緒にな」

「『だそうだけど、どうするんだい?』」

「『げ、原子炉とセラフィックスを売ればなんとか……』」

 

 返済計画を立て始めたロマンをよそに、二柱の神霊が駆けた。

 

「尻尾、一応返しときましょうか? なんかウネウネ動いて気持ち悪いし」

「捨て置け! 私は過去を振り返らない女だァーッ!!」

 

 紅炎と暗影の軌跡がティアマトの全身を巡る。その合間に幾重もの斬撃が生じ、肌に亀裂を刻み込む。が、それは瞬く間に再生してしまう。

 ケツァル・コアトルは尻尾の巻きついた右腕をぶんぶんと振り回しながら、

 

「全力で斬り込んでもかすり傷とは恐れ入りマース!! っていうかあなたの尻尾なに!? めっちゃ絡みついてくるんですが!!」

「それが尻尾の恨みということだ、ククるん。で、死なないやつを斬り刻んで意味あるのかニャ? なんかノリで戦ってたけど」

「もちろん、今ので大体見極めたわ。ティアマトの象徴であろう角を壊します。私からルチャを取ったら一般的太陽系美女となるように、神にとって象徴は大きな意味を持ちますから」

「なるほど。ちなみに私から着ぐるみを取ったらどうなる?」

「無よ」

「無が着ぐるみ着てるってどういうこと!? 中身無いじゃん! 着ぐるみ掛け器ですらないじゃん!!」

 

 異形の神とはそれだけで自らの神性を露呈させているに等しい。なぜなら、常人と異なる姿形をしていることで、ヒトと隔絶した存在である事実を表しているから。その象徴を破壊することは神としての機能を奪うことだ。

 ティアマトの大角。滅びを担う獣としての象徴。ケツァル・コアトルとテペヨロトルは同時に突撃した。

 

「合わせなさい駄猫!!」

「任せろ!! 私の全力を見せてやる!!」

「───『炎、神をも灼き尽くせ(シウ・コアトル)』」

 

 直後、周辺数十kmに渡って衝撃波が吹き荒れる。

 太陽の如き火球が宙に現出し、ナピシュテムの牙ごと標的を巻き込む。二柱の神霊が得物を振るい、斬り抜けた背後。ティアマトは首を仰け反らせていた。

 双眸が一層光を増し、緩慢とも言える速度で鎌首をもたげる。

 湾曲した左角の根本。そこが僅かにひび割れていた。

 

「私も、見ているばかりではいられませんね……!!」

 

 レオニダスは船首に足をかけ、一本の槍を手に取る。

 樹木を無骨に削りあげた大槍。レオニダスの身の丈を超えて余りある長さ。その表面にはルーン文字が穂先から石突に至るまで彫り込まれていた。

 常人ならば振るうどころか持ち上げることすら不可能な代物。レオニダスはそれを軽々と担ぎ、腕を振り抜く。

 超遠距離の狙撃。微かに割れたティアマトの角目掛けた投槍を防ぐ者はいなかった。槍は触れると同時に跡形もなく砕ける。

 蚊の一刺しにもならないはずのそれはしかし、小さな亀裂を徐々に深くしていく。

 

「死のルーン。死の概念を与えるまではいかずとも、ティアマトの不死性に爪を立てることは叶ったか。流石は大神オーディンの知恵だ」

 

 知恵の女神は他人事のように述べた。

 彼女の視線の先に在るのはEチーム。彼らは一様に身構え、執拗にソフィアを視界のうちに捉え続けている。

 ノアは牙を剥く肉食獣のような獰猛な表情で言った。

 

「流石なのは俺の才能であってオーディンじゃねえ。分かったらすぐに平伏しろ」

「私の頭は軽い方だと自負しているが、それでも秤に掛けるとしたらこちらに傾きそうだな。お前の脳みそと比べて」

「ああ? 今までこそこそ引き篭もってた分際でマウント取れるとでも思ってんのか? さっさと退場させてやるから負け台詞でも考えておけ」

「負け台詞か。私は2000年ほど前から用意済みだが、お前の方こそ考えておくといい。人生で最期の遠吠えだ、負け犬にも負け犬の風格というものがある」

 

 辺りに満ちる重圧。立香たちが針の筵に座らされる気分を味わっていると、ダンテがおずおずと喋り出した。ノアを盾にしながら。

 

「知恵の女神ソフィア。あなたはなぜ『暗黒の人類史』などというサーヴァントを送り出したのですか」

「そうね。ダンテなんて役立たずを送って人類を滅ぼすどころか裏切られてるもの」

「ジャンヌさん?」

「ふむ。確かにその男はダントツで最弱で話にならないくらいの雑魚で取り柄と言えば宝具しかないヘタレだが、私が召喚した英霊の中では優秀な部類だ。役立たずと罵倒するのは程々にしておけ」

「あなたが一番罵倒してるんですがねえ!!?!?」

 

 ソフィアはダンテの悲痛な叫びを聞き流して、

 

「質問に答えよう。お前たちを召喚したことに大した意味はない。ただ……引き篭もるのにも飽き飽きしていたから、何かやってみたいと思ったんだ」

「ニートの更生にしては規模が大きすぎますね。知恵の女神を名乗っているくせに善悪の判断もできなかったのですか」

「聞け、なすび娘。善悪というのは後から着いてくるものだ。人理焼却の是非もまた同じ……当事者に物事の善悪を決める権利は存在しない」

「あなたの理屈は傍観者のものでしょう。ですが、被害者であるわたしたちは違います!!」

 

 マシュが盾を振るおうとしたその時、頭上から影が降り注いだ。

 黒雲に瞬く雷光を遮り、深き闇を押し広げる獣の形影───ティアマト。創世母神はその背より翼を広げ、高く飛び立っている。

 立香はあんぐりと口を開けた。

 

「と、飛んでるんですけど!? あんな巨体で!!」

「しかもアレで突っ込んでくる気じゃねえか!? ノア、なんか気の利いた兵器とか造ってねえのか!!」

「おいおい、あのティアマトを撃ち落とすものがある訳ないだろ。ロマン、アレが落ちてきたらどうなる?」

「『白亜紀末期の隕石衝突以上の被害規模になることは確実!! このままだと回避は間に合わないし結界なんて軽々突き破って、みんな塵も残らないぞ!! ……え、これまずくないか!?』」

フォフォウ(判断が遅い)

 

 が、ノアはそれまでの流れを一蹴する。

 

「あいつを撃ち落とす兵器はないが、ぶった斬る武器ならある。見てろ」

 

 その時、暗天を切り裂く流星が飛翔する。

 翼をはためかせる母なる獣。大いなる母神へ向かって、一条の光が飛来した。その光の正体とは金星の女神イシュタルとその舟マアンナ。そして、

 

「この舟、速度は最高ですが乗り心地は最悪ですね。とてつもなく狭いです」

「蹴り落とされたいのかしら、ワンコ系源氏武者!! マアンナは一人用なのよ、私の舟に乗れたことを最高の栄誉として噛み締めなさい!!」

「分かりました! 兄上からいただいた褒め言葉のように我が魂魄の一片に至るまで刻みつけます!!」

「それはそれで重いし怖いわ!!」

 

 牛若丸はマアンナの上に飛び乗り、二本の足で立つ。雨風が殴りつける足場の不安定さなど微塵も感じさせない立ち姿。彼女はだらりと両腕を垂れ下げた。

 さながら襲い掛かる寸前の四足獣。深く息を吸い込み、吐き出し、止める。

 

「いやあ、あそこまで飛ばれたら私じゃ何にもできねえニャ。人類滅亡前最後の一服してきていい?」

「マタタビキメる暇があるならもう少し右寄りに立ってくれる?」

「ちょっと待って、私から見て右なのかククるんから見て右なのか、それはもはや左なのでは─────」

「───さあ、行きなさい源氏ワンコ!!」

 

 矢のように放たれる牛若丸。イシュタルの魔術による後押しを受け、ティアマトへと飛び上がっていく。

 その途上。牛若丸はテペヨロトルの頭を踏みつけ、

 

「『壇ノ浦・八艘飛』!!」

 

 ───獣の片翼に肉薄する。

 そこから先は、時間にして一秒にも満たなかった。

 

「からの、『神剣・天叢雲剣』!!!」

 

 神の肉体を足場として繰り出される八度の斬撃。

 それらはひとつ余さず、万物万象を切断する神剣の権能を宿していた。

 ティアマトの両翼が根本から断ち切られ、墜落する。

 前人未到の偉業を遂げた牛若丸は口端から血を流し、空を真っ逆さまに落ちていく。虚ろな瞳はぼんやりと、ともに墜ちるティアマトを追いかけていた。

 人の身にして神剣を振るった代償。八度、神の斬撃を再現した牛若丸の霊基はひび割れ、砕けかかっていた。

 金星の光が尾を引き、彼女を回収する。

 イシュタルは牛若丸を抱えたまま、ウルク船上のEチームのもとへと帰還した。

 

「アホ白髪魔術師、治してあげなさい。その間ソフィアの相手は請け負うわ」

「まさかお前ひとりでかかってくるのではないだろうな? 三番煎じは天丼がすぎる。戦い方も宝具も味のしないガムだぞ」

 

 イシュタルはビキビキと血管を筋立たせた。足のつま先はドリルめいた動きで地面を抉り、もう片方の足は忙しなくリズムを踏んでいる。

 

「へ、へえ。だったらEチーム一同にも手伝ってもらおうかしら。無味無臭が一番怖いってことを思い知らせてやろうじゃない」

「いいえ、私たちは無味無臭なんかじゃありません! 何度味わっても飽きない魅惑の食材、ホットケーキミックスです!!」

「立香、あんなものに魅了されてるのはアンタくらいよ」

「最古のホットケーキミックスも一瞬で貪ってましたからね」

 

 何に納得しているのか、ソフィアはこくこくと頷いた。

 

「まるで劇毒だな。喰らうには骨がいりそうだ。───私も、本気を出そう」

 

 身に纏う純白の衣に手をかける。

 本気を出す───そう言われて警戒しない人間などいない。

 服の下に武装を隠しているのか、はたまた別の礼装を着込んでいるのか。ましてや、この動作自体が気を引きつけるためのブラフかもしれない。

 立香は無意識に杖を強く握る。

 魔術師を相手にする時は敵の一挙一動にまで意識を向けなくてはならない。魔眼を持つ者はひと睨みで、そうでなくても指一本で描いた術式でも人を殺せるのが魔術師という人種だ。

 ソフィアは白い装束を脱ぎ捨てる。

 その下には何もない。魔女の武器である短剣も杖もなく、礼装さえも着ていない。

 つまり、

 

「……へ、変態だァァァァ!!!」

 

 一糸まとわぬ、全裸であった。

 思わず叫んだ立香に続き、リースは戦慄のあまりに青褪める。

 

「人前で肌をさらけ出すなんて、とんでもない破廉恥ですわ!! 恥を知りなさい!!」

「正論なのに正論に聞こえませんねえ……ペレアスさん、どうですか?」

「おい頼むからオレに振るな」

「落ち着けアホども。見てくれに騙されんじゃねえ」

 

 ノアは両手首に黄金の腕輪を投影する。全裸のソフィアを真っ直ぐ見据えていた視線を遮るように、彼の顔面寸前で『魔女の祖(アラディア)』が蓮の花めいた杖の先を展開した。

 当然、杖を操るのは立香。ノアは杖をがしりと掴んだ。

 

「この切羽詰まった時に何してんだおまえは!?」

「たとえ切羽詰まった状況で相手が敵だとしてもセクハラはセクハラです。見ないでください」

「どう考えてもハラスメントぶちまけてんのはあいつだろうが!! それに忘れたか、魔女の正装ってのはローブでも下着姿でもなく全裸なんだよ!!」

 

 ───魔女宗の信仰において。

 術者は儀式を執り行う際、男も女も関係なく、必ず全裸でなくてはならないという決まり事があった。

 それは単なる伝統や習俗だけに依拠することではない。

 一糸まとわぬ裸体とは取り繕わぬ真実の象徴。アダムとイヴが知恵の実を食す前の人間の真なる姿であるが故に、それは神秘性を纏う。

 これは魔術の世界において、ひとつの単語で表現される。

 

「───スカイクラッド。原初の魔女の本気、その目に焼き付けるといい」

 

 空を纏った女は告げる。

 躍動する四冊の魔導書。それらは同時に世界への干渉を開始した。

 

「第40儀式場『怒りの日(ディエス・イレ)』展開」

 

 それは全人類へと降る審判の日。

 ダビデとシヴィラの予言の如く、世界を灰燼へ帰す裁きの時。

 いつか来たる終焉が、魔女の手によって始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウルク王宮、玉座の間。

 

「やっぱり、狙うなら王様からですよね」

 

 守衛の全員を撫でるように薙ぎ倒し、黒白の偽神は王とその従者の前に現れる。

 くに、とサクラは鮮やかな唇を自らの人差し指と中指で歪める。無機質な顔面を無理やり微笑ませるかのように。

 王は玉座より黒白の少女を見下ろす。紅き瞳は磨かれた鏡面の如く、サクラの姿を写し出している。

 

「さて。武器の貯蔵は十分か───とか訊いておきます?」

「御託はいい。貴様に費やす時間すら無用だ。来るなら来い」

「……その態度、今からグッチャグチャにしてあげます!!」

 

 賢王と偽神の戦いは、どこまでも呆気なく始まりを迎えた。

 サクラは一足飛びにギルガメッシュへの距離を詰める───そうして踏み出した右足を、銀色の鎖が絡め取った。間髪入れず彼女の全身に鎖が巻き付き、きつく締め上げる。

 しかし、黒白の偽神はその膂力のみで鎖の戒めを破壊する。自己改変スキルによってA++ランクにまで向上した筋力に物を言わせた結果だ。

 戒めを解いたサクラは見る。自身の前後左右上下を埋め尽くす、王の蔵の門を。

 

「はー……」

 

 瞬間、宝具の全門掃射がサクラを襲う────

 

「ギルガメッシュっていうのは、随分とつまらない戦い方をするんですね?」

 

 ────が、放たれた宝具はそのことごとくが真逆の方向へと反射した。

 全方位へ弾き返された武具が天井に壁に床に突き刺さる。

 サクラはあらゆる物質だけでなく、エネルギーをも操ることができる。彼女は刹那、自身に向かう全ての攻撃の運動エネルギーの方向を反転させたのだ。

 黒白の少女は体に付着した埃を手で払うなり

 

「自分は玉座でふんぞり返って、余裕アピールですかぁ? このまま宝具飛ばすだけの成金みたいな戦い方なら、最弱はあなたで決まりですよ?」

「ほう。愚者の見識とはここまで狭く浅いものか。自身の状態も理解できないとはな」

「……は?」

 

 どろり、とサクラは血を吐く。

 眼の両端から血の涙が溢れ、倒れ込むように膝をつく。手指の先はふるふると震え、澄んでいた視界は急速に曇り始めた。

 肉体を壊されたのなら即座に修復できる。けれど、この体に直すべき部位はない。だというのに、この肉の器は壊れかけている。

 サクラが答えに辿り着くのは早かった。

 

「……魂を攻撃された───?」

 

 霞む世界。かろうじてその目が見たのは、ギルガメッシュの横に輝く銀色の輪。金属的な光沢を放つその表面にはいくつもの発光する青色のラインが通っている。

 

「我は古典を愛でるが最新にも理解はある。これは遥か未来の人類が産み出す発明───『次元転移装置』。アストラル界に存在する貴様の魂を捉えるなど容易い」

 

 ギルガメッシュの蔵に収められるのは彼が直接蒐集した物品だけでなく、過去現在未来あらゆる人類の産物を自動的に懐に入れる。

 王はいつかどこかの人類が生み出すであろう装置を用い、別次元に存在するサクラの魂そのものを攻撃したのだ。

 結果はこの通り。精神を魂によって掌握し、魂によって肉体を隷属させるサクラの唯一の弱点、霊魂への一撃は功を奏していた。

 

「…………だから、どうしたって言うんです?」

 

 血が止まる。

 眼球の充血が引いていく。

 サクラは緩慢に立ち上がり、ほうと息を吐いた。

 

「誰もが勘違いをしています」

 

 つややかな唇が弧を描く。

 

「第三魔法が魂の物質化なんて言ってますけど、魂は元々物質なんですよ。いえ……物質とエネルギー双方の性質を持っていると言いましょうか」

 

 ────だから、造物主である私は魂を操るなんてお手の物。

 創世記2章7節〝主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった〟

 魂を与えられて、人は初めて生物となる。それは確かに人の裡にあり、心臓を鼓動させる原動力となる。

 ならば、魂とは単なるエネルギーに過ぎない。ただ、現代の機器では検出できないダークエネルギー。そして、エネルギーと物質は相互に転化することができる。偽神サクラにとれば、ヒトの根源たる魂はその程度のモノでしかないのだ。

 

「あなたの攻撃は私には効きません。しかも」

 

 偽神の双眸が人間───シドゥリを射抜く。

 

「そんな足手まといを連れて、勝てると思っていたんですか?」

 

 石の双翼が彼女を襲う。

 ギルガメッシュは、微動だにしなかった。

 

 

 

 

「───キミの語る世界はつまらないな」

 

 

 

 響く声。空気を伝わる振動が鼓膜を揺らした時すでに、シドゥリを狙った翼は半ばからねじ切られていた。

 草原のように鮮やかな緑色の髪が棚引く。紫の瞳は鋭く研ぎ澄まされ、サクラを突き刺す。

 少女は苛立ちとともにその名を呼んだ。

 

「…………キングゥ!!!」

 

 神の泥人形は微笑み、

 

「そう呼ばれずとも知っているさ、自分の名前くらいはね」

「───ふ、負け犬風情が今更来たところで未来なんて変えられませんよ。三人仲良く叩きのめしてあげます!!」

 

 サクラは両手を突き出す。

 刹那、空間をまばゆい光が埋め尽くした。

 反物質精製。ノアの粒子魔術が届かないこの場所なら、物理法則はサクラの手中にある。

 後はこれを解き放つだけでウルクは消し飛ぶ。サクラは膨大な熱量を束ね、一気に撃ち放った。

 

「馬鹿め」

 

 光と熱の奔流は1ジュールも逃さずに白銀の輪の中へと引きずり込まれていく。

 別次元への通り道。その出口が設定されているのは当然、サクラの魂が在るアストラル界。彼女が放った反物質は彼女自身の魂を灼いた。

 ぐらりと少女の五体が傾く。

 その隙に、キングゥの拳がサクラの全身を砕き散らした。

 ここまで痛めつけたとしても、偽神の命は奪えない。キングゥは即座にギルガメッシュの手前にまで後退する。

 王はやや咎めるような声音で、

 

「……貴様はウルクに仇なす者であったはずだが?」

「まあね。だけど今は、自分の感情を優先することにした。サクラにコケにされた分はきっちり返済しておくつもりだ」

「だと言うのならば、我もヤツには幾度か辛酸を舐めさせられた。手を組んでやるのもやぶさかではない」

「良いよ、ここは一時共闘といこうか」

 

 シドゥリはくすりと笑った。

 キングゥはエルキドゥとは違うと知りつつも、重ねずにはいられない。

 若き王と、その親友の姿を。

 ───サクラは不幸だ。あの二人が揃って戦う時、勝てる者はどこにもいなかった。

 

「…………今度こそ、本当にムカつきました」

 

 飛び散った肉片を撚り合わせ、繋ぎながら、偽神は背の翼を大きく広げる。

 キングゥは身構え、

 

「だったら、どうするって言うんだい?」

「は? 潰すに決まってるでしょう。コンビ組んだところで雑魚は雑魚ですから」

「ハッ! そのみすぼらしいナリで何を言う! 貴様は負け惜しみのセンスすら無いのか!?」

「チッ……うざうざうざうざ。まあ、雑魚は雑魚でも少しは歯応えがあるようですし」

 

 かり、とサクラは親指の爪を噛み切る。

 彼女の足元を這う影。白紙の上に墨汁を垂らしたみたいに、その影は床を染めていく。

 

「見せてあげます、私の宝具」

 

 例えるなら、暗い部屋の照明をぱちりと点灯させたように。

 世界は、サクラの色に塗り換わった。

 漆黒の大地。

 白濁の空。

 何もかもが無機質な世界。折り目正しい灰色のブロックが積み重なり、風景のようなものを創り出す。

 世界の中心、サクラの背後に一本の巨木が突き立つ。

 石の彫刻を思わせる意匠。樹がつける花の色はどれも虚ろな灰色だった。

 無機質な石の桜が爛漫と花弁を散らす。

 造物主は絶頂の如き全能感とともに告げた。

 

「これが私のセカイ─────」

 

 

 

 それは、絶望と欺瞞の物質界。

 

 

 

「─────『この世全ての罪(ポイマンドレース)』」

 

 

 

 

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