自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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放送デキナイ禁断霊映像というホラービデオが大好きだったのですが、久しぶりに見ようとしたら3と4だけを残してアマプラから消えてました。悲しいです。


第78.5話 はじめてのお誕生日パーティー

 『超☆天才探偵のワトソンくんでも分かる調査ノートその二』より。

 2004年。日本のとある地方都市にて、総勢七騎のサーヴァントと七人のマスターが聖杯を巡って争う戦いが勃発した。

 七つの陣営がたったひとつの願望器のために殺し合うバトルロイヤル。しかし、それは勝者となる者が絞られた、仕組まれた戦争であった。

 その地方都市を根城とし、聖杯鍛造と戦争のシステムを構築した御三家。彼らはいずれかの参加者を優勝者にすべく、三騎士のクラスを分かち合っていたのだ。

 セイバー、ランサー、アーチャーが有する対魔力スキル。魔術の干渉を退けるその力は現代の魔術師はおろか、ランクによってはサーヴァントの魔術さえ無効化する代物だった。

 互いに反目し合う御三家と言えど、三者の地位は盤石。家名をあげて蒐集した聖遺物を用い、史に名高き英雄を喚び寄せた彼らの勝利は確実に思えた。さらには、対魔力という出来レースのためのシステム。御三家のマスターたちだけでなく、全員がこう考えたことだろう。

 キャスター陣営の勝利はあり得ない、と。

 

〝…………さて、聖杯は私たちのものだ。礼を言わせてくれ、キャスター〟

 

 ───戦いは、あまりにも一方的だった。

 期間は実に二日。キャスターとそのマスターは傷ひとつ負うことなく、聖杯を手に入れてみせた。淡々と、レベル99の勇者がスライムを伝説の剣で屠っていくように呆気なく。

 

〝それにしても、ライダーのマスター────まさか、当時の時計塔の君主をことごとく激昂させた彼が生きていたとは。順当に行けば、ライダー陣営の勝利だっただろう〟

 

 二日間の幕閉じである最終戦。それはライダーとキャスターによるものだった。

 ライダーは宝具である太陽船を駆り、はるか成層圏の高高度からおよそ千を超える爆撃を敢行した。それらのことごとくが太陽に匹敵する熱量。戦争が二日で終結した原因はキャスターの存在のみならず、ライダーが初日にホムンクルスの大家と土地の所有者の屋敷を念入りに消し飛ばしたことも関わっているだろう。

 ともかく。この土地を地図から消すほどの絨毯爆撃を、キャスターは無傷で防ぎ切った。

 そして、キャスターは次の瞬間にライダーを強制的に退去させた。

 ライダーのマスターは姿をくらませたものの、もはや追う必要はない。史に名を残すほどの魔術師であっても、キャスターの前には如何なる奇襲・強襲も通じはしない。

 けれど、ひとつの違和感。キャスターは梅雨の湿り気みたいにじとりとへばりつく感覚を、手中に握り込む。

 ───ライダーの真名が予想通りだとすれば、サーヴァントの強制退去にさえ抗えたであろうものを。

 しかし、その疑問を解消する気概はなく。

 ただ、どうでもいい。この戦争の勝敗は既に決した。とうに魔術師ひとりが如何な策を弄そうとも状況は傾かない。キャスターはいつものように疑念を切り捨てた。

 ライダーが振るう圧倒的な火力と、キャスターが統べる理不尽な法則の激突。勝敗の天秤はより不条理な方へと傾いた。

 それが、この戦いの顛末だった。

 

〝君とも大いに関わりのある話だ。彼がいなければ、君の思想は今もなお大英博物館の奥底で眠ったままだったはずだ〟

〝興味はない。書は書であって思想そのものではない。そこを履き違える人間は多いが……聖書が良い例だ。アレに載っているのは神の子の言葉であって、神の子の思想ではないのだから〟

〝それでも、救われた人間がいたことも事実だよ。君の書もまた、誰かを救っていた……この瞬間にも救っているかもしれない〟

 

 ……あんなもので、救われる人間はいないだろうに。

 私は独り言のように呟く。マスターは虚ろな笑みを顔面に広げていた。

 

〝さあ、キャスター。君の願いは──────〟

 

 そこで、意識は覚醒する。

 空になったコーヒーカップの匂い。全身が気怠さに包まれ、特に頭はワイヤーか何かで締め付けられているみたいに軋んでいた。

 そんな痛みも、寝起きで微睡む意識には一種のスパイスだった。矛盾した心地良さを堪能するのも束の間、ごすんと脳天に固い衝撃が落ちる。

 眩む視界。揺れる瞳が捉えたのは見慣れた顔だった。

 

「ようやく起きやがったな。この俺を呼び立てといてぐっすり眠りこけてんじゃねえ」

 

 ノアトゥール・スヴェン・ナーストレンド。傍若無人かつ悪逆無道のEチームリーダー。彼はホームズから託されたノートを片手に、不機嫌さを隠しもしない面持ちでこちらを見やっている。

 冷たい眼差しを受けて、ロマニ・アーキマンは頬を緩ませた。

 彼とももう長い付き合いだ。そのツンデレはしっかりと理解している。ロマンは余裕な笑みを浮かべて言う。

 

「ボクが起きるまで待っててくれたのかい? キミにも人の心が芽生えてきたみたいで嬉しいよ」

 

 からかうような口調。ノアは涼しい顔のまま、懐の手鏡を見せつけた。

 鏡面に映る顔にはくまなく落書きがなされていた。一面を覆う白塗りの下地の上に、目元は黒の隈取り、唇は赤い口紅が塗りたくられている。

 しかも、髪型はワックスで剣山のように固められていた。まるでブラックメタルバンドのジャケ写である。あまりにも無駄な執念を発揮したいたずら心に、ロマンは戦慄した。

 

「…………よく起こさずにここまでやれたね!? もはや感心するレベルだよ!!」

「そんなに褒めるな、照れるだろうが。いっそバンドデビューでもしたらどうだ? 次回からタイトルを『ろまん・ざ・めたる!』に変える必要があるがな」

「最終決戦前にタイトル変更とか聞いたことないんだけど!? それに白塗りメイクのキャラしか登場しないアニメなんて嫌だぞボクは!!」

 

 ロマンは机に突っ伏して訴え掛けるが、人の不幸を食い物にする悪魔にとってはご馳走以外の何物でもなかった。何食わぬ顔でノートをめくる姿がさらに憤懣を募らせる。

 ノアは物憂げな雰囲気で肘をつく。もったりとした目つきはロマンが彼に対して幾度となく抱いた嫌な予感を想起させた。

 

「大体、最終決戦が本当に最終決戦だったことなんかあるか? どうせ魔術王倒したら人造人間編が始まったりすんだろ、仲間のハゲが敵に発情したりすんだろ、もう分かってんだよ、先の展開が見えてんだよ」

「ノアくんの目には何が見えてるんだ!? ただドラゴ○ボール読んでるだけじゃないか!!」

 

 ロマンは叫んだ。もう少し声が高ければメタルバンドのライブの一幕として十分耐え得る光景だったに違いない。

 すると、そこに立香とマシュがやってくる。彼女たちはメタルバンド風のメイクを施されたロマンにツッコミもせず、

 

「先輩、わたし自体人造人間みたいなものなのですが、これはもしかして後の伏線ですか?」

「突如現れた人造人間───ミシュとムシュ! マシュの妹を名乗る彼女たちの目的とは……!?」

「人造人間編っつうかなすび増殖編じゃねえか。アからンまで出す気か?」

「それなら引き延ばしも効くので好都合ですね。まだキャラが弱いので、全員ベリルさんに指を折られていることにしましょう」

「よくそれネタにできたね!? 正直ボクはまだ殴り足りないくらい怒ってるぞ!?」

「その顔で言われると説得力がすごい……」

 

 立香は某閣下風のメイクで叫ぶロマンの顔に若干の恐怖心を覚えた。これが助走をつけて殴ってくるとしたら、巨漢も裸足で逃げ出すレベルだ。

 そんな恐怖映像を前にしつつも、立香は気を取り直す。

 

「そのノート、ホームズさんから渡されたやつですよね。何か暗号でも隠されてました?」

「魔術的にも科学的にもそんなもんはなかった。過去に一度行われた聖杯戦争……その場所は冬木。俺たちが最初に攻略した特異点だ」

「なるほど、怪しいってことですね!」

「そうだ。だが、そんなことはどうでもいい」

 

 ノアはノートをめくり、見開きの二ページを突きつける。

 冬木の聖杯戦争に参加したマスターとサーヴァントの一覧。さすがは名探偵と言ったところか、そこには召喚された英霊の真名のみならず、切り札である宝具の情報まで記載されていた。

 だが、ライダー陣営に関して語られたことは簡潔な一文。〝今はまだ語るべき時ではない〟と綴られているのみだ。申し訳程度に貼られている泣き顔のシールがそこはかとなく苛立ちを誘う。

 ノアはシールを剥がし、ロマンの額に貼り付けながら述べる。

 

「武蔵もそうだったが、ホームズが情報を伝えられないってことは確実にシモン絡みだ。あの変態魔術師は少なくとも十二年前から何かを仕組んでやがる」

 

 ノアは指先を向け、立香に告げた。

 

「立香、ソフィアを出せ。あいつに全部吐かせるぞ」

「出せって言われても、やり方が分からないんですけど。すっごく魔力吸われて辛いですし」

「……ハッ!! リーダー、まさかそれにかこつけて魔力供給をするつもりですか!? わたしはそんなこと許しませんよ!!」

「マシュ? 魔力供給はそういう意味じゃないからね?」

 

 口元をひくつかせるロマン。歪んだ右頬の上に、ひとりでに文字が浮かび上がる。

 〝私もこう返そう。今はまだ語るべき時ではない、とな〟───ロマンは手鏡で変わり果てた自分の顔面を見ながら、喉を震わせた。

 

「……あの、みんなボクの顔に恨みでもあるのかな?」

「動くなロマン。今からおまえの顔を使って筆談する。いっそ全裸にしても良いな」

「くっ、せめてパンツだけは許してくれ!」

「それで良いんですか!? 半裸になられると以前の面影すら消滅してます!! ドクターがかつてドクターだった生き物になってます!!」

 

 マシュは強引にシャツを頭上から被せた。そこで、無地のシャツに柄が生まれる。知恵の女神ソフィアの顔面をデフォルメしたアイコン。それは自我をもって喋り出す。

 

「少々不憫な光景が見えたから来てやった。魔力を奪われている感覚はないな? 立香」

「ま、まあ……」

「よし。『魔力を失う感覚を消す』術式は上手く機能しているようだ。では話を始めよう」

「待ってください!! それごまかしてるだけじゃないですか!? いきなりぶっ倒れるなんて嫌なんですけど!!」

「そもそもボクを媒介にして話すのやめてくれません!!?」

 

 ソフィアは立香とロマンの訴えを無視して、

 

「結論から言おう。私は確かに全知だが、それを今ここでお前たちに話すようなことはしない。未来に関わる内容にならざるを得ないからな」

 

 ───東洋占術の世界には、天命漏らしという概念がある。

 世の多くの予言者や占い師は得てして曖昧な表現で未来の出来事を話すが、彼らの不鮮明な言動には重大な理由があった。

 それこそが天命漏らし。曰く、未来の出来事を語った者・聞いた者は『その未来まで生きた』とカウントされ、その時点までの寿命を失ってしまうのである。

 否、寿命を失うだけならばまだ生温い。それは個人の運命をすり減らす行為であり、余命を超過した未来を知ってしまった場合、世界はその者が支払うべき負債をなんとしてでも取り立てるだろう。自己破産は許されない。

 生と死、矛盾の狭間。そこに囚われた人間が一体どうなるのか。全知の根源接続者、ソフィアはあえて口をつぐんだ。

 

「立香。お前は私を背負っていくと約束したはずだ。お前が天寿を全うしない未来など私は認めない。死ぬならうんざりするくらいの幸せを飽きるまで続けて逝け」

 

 シャツが引っ張られるみたいにロマンの体ごと回転し、ノアを向く。知恵の女神は不敵に告げた。

 

「それでも知りたいと言うのなら、お前だけがここに残れ。ノアトゥール。教えてやるよ、クソ弟子の計画の全ても、世界が辿る未来も、何もかもをな」

「……チッ。すっこんでろアホニート。二度とおまえには訊かねえ」

「是非そうしてくれ。お前たちは魔術王に勝利しなくては明日の太陽すら拝めぬのだ、クソ弟子の不出来な計画にかかずらっている暇も余裕もないはずだ。なあ、ロマニ・アーキマン?」

「な、なぜボクに振るんです?」

「お前が少し滑稽に見えただけだ。見た目のことではないぞ? ……それじゃあ私は戻る。貯まった漫画を消化するので忙しいからな」

 

 そう言って、シャツの柄がふっと消える。

 おそらくは立香の影の中に戻ったのだろう。ソフィアに影を間借りさせている立香は片足を持ち上げ、自分の影をじっと見つめた。

 

「…………あの人、私の影の中でニートライフ満喫しすぎじゃ?」

「一応最近まで敵だったくせにあの態度、先輩はソフィアさんから高級マンションくらいの家賃を取っても良いと思います」

「立香ちゃんに不労所得を与えたら全部ガチャに溶けていきそうだ……」

 

 ロマンは小さく呟いた。が、ことガチャに関して藤丸立香という少女は怪物である。場合によってはソフィアから与えられる家賃程度では満足できないだろう。どんな人間も必ず狂気的な一面を持っているのだ。

 ソフィアから地味な敗北感を植え付けられたノアは忌々しげに眉をしかめた。

 

「んな話よりも俺をここに呼び出した用件はなんだ。こちとら魔術王をぶちのめす準備で忙しいんだよ」

「ああ、そういえばそうだったね。実はダ・ヴィンチちゃんの工房でメディカルチェックを受けてほしいんだ。本来はボクがやるべきなんだが、この通り忙しくて」

「……おまえはアホか? それくらいの連絡なら端末で済ませ────」

「まあまあ、良いじゃないですか!! ドクターがまぬけなのはいつも通りですし! さあさあ行きましょう!!」

 

 立香はノアの腕を捕まえて、ぐいぐいと引っ張る。マシュはマスターを助けるべく、その逆から力士の如きつっぱりでノアを室内から追い出していった。

 部屋を出る寸前、ノアを除いた三人は目を合わせて頷き合う。

 ───魔術王の神殿へのレイシフトは明後日。長かった人理修復の旅も、これが最後の二日間。

 ロマンは壁のカレンダーに視線を送る。

 日付はあの惨劇の日から進んでいない。

 2016年12月24日。世界に訪れるはずだった明日は、未だ宙吊りのまま停滞している。

 けれど、止まった時計の針が動き出す日は近い。望むべき明日は必ず来る。だからこそ、彼は明日を前倒すことに決めた。

 なぜなら、12月25日は彼が産まれ、大切な家族を失い、血族を手にかけた日。

 

〝───自も他も救ってみせるがいい、ロマニ・アーキマン〟

 

 花の魔術師の言葉が脳裏をよぎる。

 彼はすべてを見抜いていた。知恵の女神もまた同じ。事情を知る者からすれば、今のこの姿はひどく滑稽に映っているに違いない。

 それでも。

 それでも。

 それでも。

 拳を握り締め、虚空に向かって独りごちる。

 

「救われた人間はいたよ、マリスビリー」

 

 ボクには、こんなことしかできないけれど。

 せめて、彼の思い出にこびりついた血を拭ってやりたい。

 ────来たるべき明日に、ボクはいないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レオナルド・ダ・ヴィンチ。数々の名画を残した芸術の才は語るに及ばず、多分野で才覚を発揮したこの偉人は人類史に燦然と輝いている。その知名度はペレアスを束にしても敵わないだろう。

 当時の芸術家の多くは建築家や工学者を兼任し、それぞれの学問は密接に繋がり合っていた。すなわち、現代ほど学問の専門性が高くなかったのである。しかし、彼女ひとりが万能の天才と呼ばれるのには訳がある。

 それはあらゆる分野を高い練度で修めたこと。この現代でも万能の才覚は陰りを見せず、今やカルデアのドラえもんとして不動の地位を確立していた。

 そんな彼女のアトリエ兼工房兼実験室。かつてはムニエルのムニエルとフォウくんのフォウくんを入れ替えるという狂気の実験がなされた場所に、Eチームの面々は集められていた。

 

「さあムニエルくん、これを飲むんだ。ノアくんの霊薬の後遺症から立ち直るための処方箋だよ」

 

 ダ・ヴィンチちゃんは片手にカプセル剤を、もう片方の手に水の入ったコップを持っていた。床にはブリーフと靴下、手袋だけを身に着けたムニエルが足を広げて座っている。

 彼は以前、過労に耐えかねてノアの霊薬に手を伸ばした結果、廊下を全裸で全力疾走する錯乱状態に陥った過去がある。長らく後遺症で幼児退行していたものの、ついに復活する時が来たのだ。

 ダンテはほっと胸を撫で下ろす。

 

「いやあ、ムニエルさんが正気に戻れてよかったですねえ。最終決戦に赤ちゃんが紛れ込んでいる事態になりかねませんでしたから」

「それで言ったらアンタもですけど。せめて宝具用の詩100冊は用意してきなさい。それなら魔術王も昇天させられるでしょ」

「ジャンヌさん、無茶を言わないでください! 私は時間を掛けて一作を仕上げるタイプなんです! いつも強化のために綴る即興詩も正直納得してません!!」

 

 詩人は迫真の表情で言った。ダンテの代表作である神曲は放浪生活の中、十数年もの月日を掛けて完成している。彼の才能と技量からすれば詩など湯水の如く湧いて出てくるものだが、作品として仕上げるのはまた別の話なのだ。

 ペレアスは咎めるような目つきを向ける。

 

「仕上げるっつってもお前、帝政論と俗語論書き上げてないだろ。いいから書けよ」

「心無いその言葉が過去何本の筆を折ってきたと思うんです!? 放浪しながら神曲を完成させたのをもっと褒めてくれてもいいんじゃないですかねえ!!?」

「リーダー、私たちはこの醜い争いをいつまで見てればいいんですか」

「醜いのはダンテだがな。ダ・ヴィンチ、とっととムニエルに薬飲ませろ」

 

 ダ・ヴィンチは部屋の隅を見つめ続けるムニエルの口元を掴み、薬を注ぎ込む。

 喉が震え、薬を嚥下する。のっぺりしていたムニエルの目つきに鋭さが戻り、表情を青くして頭を抱えだした。

 

「ウ、ウゥッ……お、俺は今までいったい何を……!? サンドイッチの上にパセリ乗せたり、刺身にタンポポ置いたりしてた記憶だけが蘇ってくる…………!!!」

フォフォウフォウ(乗せなくてもいい仕事)

 

 ノアは気味が悪いほど穏やかに微笑み、ムニエルの肩を抱く。

 

「大丈夫かムニエル……!! おまえは魔術王の呪いで一時的に正気を失ってた。よく戻ってこれたな、俺たちにはおまえが必要だ」

「り、リーダー……!! くそっ、やめてくれ! 俺はそういうツンデレに一番弱いんです!!」

「ここぞとばかりに好感度稼ぎに行ってんじゃねえアホマスター!! ムニエル騙されんな、そいつは相変わらず邪悪の化身だぞ!!」

「というかアレ、魅了の魔術かけてません!? ムニエルさんがノアさんの奴隷にされてしまいますよ!!」

 

 結局、ムニエルの正気はたった十数秒でまたしても失われた。パンツ、靴下、手袋の三種の神器を身に着けた彼はノアを護るように仁王立ちする。

 まるでテレビゲームの雑魚敵のような出で立ち。マシュとジャンヌは同時に己の得物を構えた。

 

「まさかムニエルさんが洗脳されるなんて! 心苦しいですが、やるしかありません! これがわたしたちのFATAL BATTLEです!!」

「ククク……心優しいお前たちにかつての仲間を手にかけることができるかなァ!? このムニエル、堕ちたりと言えども甘く見ると火傷するぞ!!」

「くっ、この威圧感……家の近所に出没するパジャマおじさんと同等かそれ以上! みんな、油断しないで!!」

「立香、落ち着きなさい。あんなの半裸の変態よ!? ていうかパジャマおじさんって誰!!?」

 

 ノアの魔術の後押しを受け、ムニエルは夏場の蚊のように飛びかかる。無駄に洗練された無駄のない無駄な動きは見事にサーヴァントたちを翻弄──────

 

「『吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)』!!」

 

 ────するはずもなく、後方のノアごとムニエルを焼き払った。

 煤まみれになった二人は人形の糸が切れたみたいにぱったりと倒れる。立香は白目を剥いて呻くノアに駆け寄って、

 

「どうせ無事でしょうけど、大丈夫ですかリーダー!!」

「お、俺は誰だ……分からない……昔の記憶だけが蘇ってくる……遠見の魔術でインサイダー取引してボロ儲けしたり、触媒の市場で礼装流して価格破壊したり、ネット魔術の実験で違法エロサイトに呪いの画像バラまいたり、あと─────」

「過去の悪行多すぎません!? いや、最後のは珍しく善行ですけど!!」

「なんでこいつ時計塔の連中に捕まってないのよ」

「ノアさんですからねえ」

 

 ジャンヌとダンテ含め、その場の全員が頬を引きつらせた。与えられた才能を間違った方向に用いるのは魔術師あるあるだが、ノアは意図的にやっている分さらに質が悪い。

 放っておけば無限に過去の悪行が出てきそうなところで、立香のクルミ大の脳みそに閃きが生じる。

 先に行った魅了の魔術のように、人の精神に作用する類の術には掛かりやすい状況、効きやすい場面が存在する。立香はノアの目の前に人差し指を突きつけ、くるくると円を描く。

 

「り、リーダーはだんだん私のことがす、好───」

 

 マシュは立香の背後からぬっと顔を出す。その表情は昆虫もかくやと思わせるほどに無機質かつ機械的だった。

 

「先輩? まさか暗示をかけようとしている訳ではありませんよね? ん? どうなんですか? 流石に卑しすぎると思いますよ?」

「あ、暗示なんて滅相もない。私には無理でございます。このように魔力も……」

「先輩には髪飾りがあるでしょう。貯まった魔力を全ツッパすれば、今のリーダーには効くはずです。ということで、肝心の暗示の内容についてお聞かせ願えますか」

 

 立香は残像が生じるスピードで振り向く。

 

「ジャンヌ、助けて」

「罪を受け容れなさい。それが救いに繋がる唯一の道よ」

「なんか聖女の方みたいなこと言ってる……!!?」

「盛り上がってるところ悪いけど、そろそろメディカルチェックを始めてもいいかな? ノアくんとムニエルくんは治療からだけど」

 

 そんなこんなで、若干名の重傷者を出しながらもダ・ヴィンチちゃんによるメディカルチェックは開始された。体重・身長の確認から始まり、五感の機能測定等々、彼女にして真面目すぎるくらいの基礎的な内容である。

 ───しかし。それこそはローマ帝国天才美少女軍師藤丸立香と、カルデアの音の鳴る置物ことロマンによる仕込みであったことをノアは知る由もない。

 昨日の夜。ロマンはボイラー室に立香とマシュを呼び出した。うら若き少女二人を人気のない密室に誘うという、傍から見れば犯罪になりかねない行為に彼女たちが応じたのは奇跡と言っても良いだろう。

 

〝二人とも、ボクたちの身近で12月25日と言えば何を思い浮かべる?〟

〝人の淫らな欲望が弾けて混ざる現代のサバト、でしょうか〟

〝スマホゲームのイベント……限定ガチャ……延々と続く通常演出……溶けていく石……ウッ! 頭が!!〟

〝キミたちほんとに年頃の女の子!? もっとこう、あるじゃないか! 捻くれずにありのままの答えを出してくれ!!〟

 

 あまりに必死な三十代男性の問い掛け。マシュはため息とともに述べる。

 

〝仕方ありません。答えはずばりクリスマ〟

〝リーダーの誕生日ですよね〟

〝その通りだ立香ちゃん! 人類悪一歩手前の邪悪の化身だけど、たまにはご褒美をあげても良いと思うんだ。第七特異点の祝勝会兼ノアくんの誕生日会を開くつもりなんだけど〟

〝どうせだったらサプライズにしましょうよ! リーダーの顔が驚きで歪むのを見てみたいです!〟

 

 マシュは自信満々に言い放った回答を華麗にスルーされ、床に両手足をついて項垂れた。暗雲立ち込めるなすびを背景にして、立香とロマンは軽快に話を進めていく。

 

〝でも、カレンダー的には24日で止まったままですよね。カルデア時間だととっくに過ぎてますし……なんか中途半端じゃないですか?〟

〝うん。でもね、キミたちが生きるべきは人理焼却なんて関係ない時間だ。祝い事なんだから、一日くらい前倒ししても構わないだろう?〟

 

 それに、とロマンは続ける。

 

〝ほら、魔術王に負けたら誕生日会どころじゃないし…………〟

〝動機が後ろ向きすぎません!?〟

 

 そうして、サプライズの準備は進められた。クリスマスにしろ誕生日会にしろ、多くの人がメインと考えるであろうイベントがプレゼントだ。

 だが、サタンともドS談義を繰り広げられるであろうノアに下手なものを渡せば、最悪魔術王より先に彼を排除しなくてはならなくなる。けれど、せっかくの贈り物なのだから彼が喜ぶ物が良いだろう。

 ちなみに、どこで聞きつけてきたのかリースが〝裸にリボン巻いて閨で待ち構えてればイチコロですわ〟との念話を送ってきたが、立香は全力で無視した。

 余計な邪魔もありつつ、三人は絶賛幼児退行中だったムニエル以外のカルデアメンバーを抱き込み、ある作戦を展開することにしたのだった。

 

「メディカルチェックもこれで終わりだ。全員の精神状態を把握するために、ダ・ヴィンチちゃん特製マシンで仕上げと行こう!」

 

 そう言って、彼女はお手製の装置を引っ張り出してくる。

 マッサージチェアのような形状をした椅子。背もたれの頂点からモニターが伸びており、絶妙なバランスの悪さでありながらも何とか自立していた。

 ダ・ヴィンチは咳払いをひとつ挟み、濁った裏声で、

 

「てれれってれ〜、『究極完全態・思考透視装置』〜〜。おっと、頭にアルミホイル巻いてる人は外してくれよ? じゃないと電波が遮断されちゃうからね!」

フォフォウフォウ(超技術も大概にしろ)

「いきなり究極完全態を出されても困るのですが。進化モンスターは段階を踏まないと燃えません」

「メンタルケアにしてもプライバシー侵害が甚だしくねえか?」

「心をすべてさらけ出すことが治療に繋がるとは思えませんがねえ……」

 

 作戦の一環であることは知りつつも、マシュとペレアス、ダンテはツッコまざるを得なかった。どんなゲームにしろ、進化とは積み重ねがあってこその進化である。力みなくして解放のカタルシスはありえないのだ。

 座った者の思考を映像としてモニターに投影する装置。これを用いて、立香たちはノアに適したプレゼントを選ぶ腹積もりであった。

 

「思考を映像化すると言っても、考えたことをそっくりそのまま反映する訳じゃない。こちらが投げかけた質問に対して反射的に浮かんだイメージを形にするものと思ってくれ」

フォフォウ(パクノダかな)?」

 

 つまり、虚偽は通用しない。装置が読み取るのは深層の意識。これを潜り抜けられるとしたらジキルとハイドくらいなものだろう。

 立香はちらりとノアを流し見る。物欲のタガが外れたノアは早くも興味深そうな目で『究極完全態・思考透視装置』を眺めていた。

 無論、ヤツに装置を渡す選択肢はない。彼がこれを手にすれば、行く末はひとり1ロールアルミホイルを携帯しなければならない絶望の未来である。

 ムニエルの肩に悪魔の手が這い寄る。

 

「行け、ムニエル。おまえがトップバッターだ」

「誰が好き好んで脳みその中身晒さなきゃいけないんだ!? 言っとくけどなあ、取り繕ってない人間の考えなんて99.9%犯罪的だぞ!? 昨今のインターネットを見れば分かるだろうが!!」

「オイオイオイ、そこまで拒否するってことは何か後ろめたいことでもあんのか? 企画変更だ、おまえの闇を事前に暴いてやる」

「闇だらけのくせに後ろめたさとかないアホが何か言ってるよォォォ!!!」

 

 ムニエルは強制的に連行され、椅子に縛り付けられた。自分に矛先が向くことを恐れた立香たちは遠い目でムニエルの処刑を見守っていた。

 ダ・ヴィンチは塗装もされていないヘッドギアを被せて問う。

 

「ムニエルくん、キミがいま最も欲しいものは何かな?」

「───唸れ俺の良心んんん!!」 

 

 ────夕暮れの教室。

 朱く染まる学び舎に残る人影はとうに少なくなっていた。音と言えば練習に精を出す運動部の声が遠くから響く程度。普段は喧噪に包まれている室内は嘘のように静かだった。

 反面、心臓はうるさいくらいに胸を叩いていて。

 その原因がどこにあるかなんて、火を見るよりも明らかだった。

 

〝オタクくんってさぁ……モブの量産機が名有りの専用機に一矢報いるのとかが好きなんでしょ? マジチョロ〜い♪〟

 

 ふわりと香る、柔らかな匂い。肩が触れ合い、肌が粟立つ。互いの椅子をくっつけあい、彼女にからかわれ続けるのが放課後の日課になっていた。

 

〝うぅっ……あ、あとは無能力者が持ち前の機転と技術で能力者を倒したりするのが……〟

〝えー、ほんと? 私もだよ! ふふ、アタシ、だんだんオタクくんの好み分かってきちゃった〟

 

 彼女は唐突に立ち上がる。端正な顔が近づき、にまりと笑みをかたどった。左手が胸元に、右手がスカートの縁にかかる。

 その両手はゆっくりと動いていき、布の下に隠された秘密を垣間見せていく。

 

〝じゃあ、こういうのも好きでしょ。マスクが割れて素顔が出ちゃうやつ……♡♡〟

〝そっ、そんなっ、日曜日の朝がギルガメッシュNIGHTになっちゃうよォォォォ!!!〟

 

 そこで、モニターの映像は打ち切られた。

 しん、と薄ら寒い静寂に包まれる工房。ムニエルは装置の上でこの世の終わりみたいな顔をして、ノアとダ・ヴィンチを睨んでいた。

 殺意に塗れた視線を飄々と受けつつ、ノアは平坦な口調で言う。

 

「オタクに優しいギャルがおまえにも優しいと思うなよ」

「うるせェェェェ!!! お前に俺のギャル子ちゃんの何が分かんだ!! あの娘はみんなに優しいくせして俺にだけはちょっと意地悪してくるんだ!! なぜなら俺のことが好きだからァ!!!」

フォフォフォウフォフォウ(なにこの哀しきモンスターは)

「……にしても、よく反射的な思考であそこまでストーリー立てた映像が出てきたな?」

 

 ペレアスは首を傾げる。ジャンヌは呆れた表情で答えた。

 

「どうせ普段からああいう妄想してたんでしょ。じゃないと咄嗟にあんなの出てこないわ」

「ここまで痛々しい感じは久しぶりですね。わたしは共感性羞恥で叫びたくなってきました」

「ま、まあ、妄想する分には誰にも迷惑をかけませんから。古今東西の作家を見てください、研究のためという名目でプライバシー侵害レベルの所業をされてますよ」

「ダンテさん、それ慰めになってます?」

 

 立香に言われ、ダンテはばつが悪そうに沈黙した。世界三大詩人と言っても、言葉で言い返せない時はあるのだ。

 羞恥で真っ白に燃え尽きたムニエル。目の焦点は合っておらず、唇の端から唾液が垂れている。ダ・ヴィンチちゃんが拘束具を外すと、彼は床でガクガクと痙攣しながら呻いた。

 

「お、俺は誰だ……? 複数人で行った夏祭りであの娘と途中で抜け出して二人きりで花火見たり、スキー場で遭難して何とか見つけた廃屋で暖めあったりした記憶がある気がしないでもない……」

「リーダー、ムニエルさんの頭のセーブデータがまた消し飛びました!!」

「ファミコンのカセットくらい儚いな」

「儚いっつっても存在しない記憶だろ」

 

 ペレアスは心の中でムニエルに対して十字を切る。

 意外な犠牲はあったものの、計画は続行中だ。なんとかしてノアを装置に座らせなくてはならない。ペレアスはさらりと言った。

 

「ノア、次はお前が座────」

 

 椅子をなんとなしに見遣ると、今の今まで沈黙していたリースが期待で頬を紅潮させながら腰を落ち着けていた。

 

「…………何してんだ!?」

「見ててくださいませあなた様っ! この機械でペレアス様への愛をみなさんに知らしめてみせますわ!」

 

 一体何の自信があるのか、リースはがっぽりとヘッドギアをはめ込んでいた。立香は全体重をかけて引っ張るが、置物と化したリースは動く気配すらない。

 

「ここにいる全員うんざりするくらい見せつけられてきましたけど!! 本来の趣旨を忘れてません!?」

「先輩、恐れる必要はありません。質問さえしなければ装置は動かないはずです! 質問さえしなければ!!」

「うん、全くその通りだ。で、リースさんが欲しいものは?」

「「ダ・ヴィンチィィィィ!!!」」

 

 そうしてモニターが映し出した光景は、

 

 

 

 

 

 

 

〝あんっ♡ あっ♡ ああっ♡♡ ペレアス様っ、わた〟

「ガンドォォォォォォ!!!!」

 

 案の定、アウト寄りのアウトだった。

 藤丸立香渾身のガンドがモニターを粉砕し、装置から黒煙を噴き上がらせる。ダ・ヴィンチはわざとらしく顔面を手で覆い、泣き伏せる。

 

「な、なんてことをするんだ立香ちゃん!? 私のかわいい作品が墓地にリリースされちゃったじゃないか!!」

「それはこっちの台詞です! R-18の領域に片足突っ込んでたじゃないですか!」

フォウフォフォウ(言うほど片足か)?」

「流石はダ・ヴィンチちゃんでしたわね。私が今欲しいものを寸分の狂いもなく再現してみせるなんて……みなさんも驚いたのでは!?」

「結果なんて分かりきってたわ! こんなつまんないオチなかなか見ないってくらいにはね!!」

 

 ジャンヌは額に青筋を立てて怒鳴りつける。湖の乙女は実写版電撃ネズミのように顔をくしゃっと歪め、両の人差し指を擦り合わせた。

 

「ひでーですわ……ジャンヌさんとはいつも円卓の騎士のカップリング妄想を語り合っている仲ですのに……」

「ちょっ」

「何をしているんですかジャンヌさん。第三特異点の時のアレで懲りなかったんですか」

「ちなみに最近の推しはラモラック卿とペレアス様だそうですわ」

「それをリースさんはどんな気分で聞いてるんですかねえ!?」

 

 思ったよりも倒錯した内容だった。相変わらず無敵を誇る精霊は平然としているが、ジャンヌは己の急所を暴かれ、赤面して座り込む。

 次々と秘密が曝け出されていく地獄。立香は計画が音を立てて崩れ去って行くのを感じた。ノアは既に装置に興味を失い、茫然自失のムニエルに霊薬の治験をさせようとしている。

 立香は心中でムニエルに合掌を捧げつつ、ノアに問い掛けた。

 

「……いま、欲しいものってあります?」

 

 ノアは即答する。

 

「魔術王とシモンのアホどもが馬鹿面晒して死ぬ呪い」

 

 ───なんとかしてソフィアに訊いてみよう。立香は自身の影を爪先でつついたのだった。

 なお、知恵の女神からの返答は〝最近流行りのChat GPTにでも訊け〟とのことだった。最近とはいつの最近のことなのか。気付いてはいけないことに気付きかけた瞬間、その問答の記憶は消されたと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 西の空にベツレヘムの星が輝くより以前。

 その時代に誕生した魔術師の家系は、興りの際に神から責務を授かる。

 それはヒトへの命令であり、絶対遵守の使命。一族の血の一片までをも命令に殉じさせ、辿るべき運命をも決定する不可侵の掟。

 すなわち、冠位指定。

 長き歴史を持つ魔術師の家系は呪いとも言うべき命令の成就に、今もなお縛られ続けている。ともすれば、魔術師に与えられた最大にして最後の命題───根源への到達を度外視してでも。

 

「それじゃあ、シモンにも冠位指定はあるんだね」

 

 七つの結晶を戴く舞台。結晶に取り囲まれるようにひとつのピアノが置かれ、礼服を着込んだ碧眼の美男子が十本の指で黒白の鍵を踊らせる。

 その音色は筆舌に尽くし難く。

 失意のうちに湖を渡る葬送のゴンドラ。打ち寄せる波は緩やかで、空は分厚い雲に覆われている。湿り気を帯びた空気は粘りつくように肌にまとわりつく。男の演奏は、そんなイメージの中へと観客を引きずり込む異能だ。

 赤い蛇を模したパーカーを纏った幼子は、それを最前席にて聞き入っていた。

 その表情に色はない。まさに体感している失意も、不吉な予感も、凪のように受け止めている。

 その隣。褐色金髪の女魔術師、シモン・マグスは軽やかに答えた。

 

「その通りだよ。知恵の女神たるソフィアから私はひとつの使命を授かった。〝神の偽なるを証し、世の流出源へ辿り着け〟とね」

「……ふ〜ん」

 

 ヘビパーカーの子どもは左腕で籠を抱えていた。その籠には山盛りのキノコが詰まっている。幼子は見るからに危険な緑色をしたキノコを手に取り、口に運ぶ。

 

「あの人も、そうなのかな」

 

 光の失せた虚ろな瞳が、結晶の一角を見据える。

 透き通る水晶の内にはひとりの青年が囚われていた。

 天をそよぐ川のような金色の髪。白を基調とした礼装を纏い、細身の剣の如き杖を携えている。

 端正な美貌は微動だにしない。さながら眠りについた瞬間から、時間が止まったみたいに。

 魔術師は小さく頷く。

 

「かもしれないな。冠位指定にしろ自らが抱いた願いにしろ、彼が目的を果たさんとする世界は確かにあったさ」

「見てきたみたいな口振りだね」

「ああ、見てきたとも。そして、そこに到る芽は私たちでひとつずつ丹念に刈り取っていっただろう?」

「うん。どうしてシモンはそんなに物知りなんだい? 知恵の女神でもないくせに」

「それは──────」

 

 その時、紡がれていた音色が崩壊する。

 壇上の男は両手を鍵盤に叩きつけていた。鍵盤が炸裂し、辺りに黒と白の鍵が散らばる。男はそれらを踏み砕き、怒り狂った相貌を二人に突きつけた。

 

「…………君たちは誰が演奏しているのか理解しているのか?」

「きみ以外にいるのかな、六本指」

「またピアノを壊したな。困ったやつめ。これで何台目だ?」

「黙れクソ客風情が!! ここは私のステージで私の独壇場だ! ならば、初めて恋を知った乙女のように我が音色に酔い痴れていろ!! そうして最後には気絶するのが良い客というものだ!!!」

 

 男は鼻が触れ合う距離まで近付いていた。シモンと幼子は彼の頬を肘で押し潰しながら遠ざける。

 虚ろな瞳の子どもは男の鼻の穴にキノコを突っ込んで、言い放つ。

 

「きみの演奏は心を揺らすけど、魂にはあまり響いてこないよ。その指、もっと上手い使い方があるんじゃない?」

 

 男は一瞬面食らい、

 

「………………──────ふ、ふふふふ」

 

 くぐもった笑い声を響かせ、拳を握り固める。

 

「そういうことは楽譜を読めるようになってから言えクソガキがァーッ!!」

 

 そして、彼は年甲斐もなく全力の打拳を子どもの顔面目掛けて振り抜く。

 べきり。骨が潰れる不協和音。ただしそれが鳴り響いたのは幼子の顔面ではなく、男の拳からだった。

 幼稚園児が描いたみたいに不格好な右手を押さえ、彼は床をのたうち回る。

 

「うがああああああああ!!!」

「……商売道具の手を台無しにするなんて、この人ほんとにキャスターなのかい?」

「紛れもなくキャスターだよ。魔術師という称号を担うにあたって、彼ほど適したピアニストはいまい」

「囀っている暇があるならこの手を治せシモンンンンン!! 私の指は人類の宝そのものだぞ!!」

 

 シモンはため息をつき、治癒魔術をかけるべく立ち上がる。が、途端に彼は視線を上方に飛ばした。

 コンサートホールの天井が裂けている。隙間より覗くのは青き空ではなく、この世ならざる虚空。

 ぎょろり、と無数の眼光が閃く。

 ひとつひとつが極度の呪詛を伴った魔の瞳孔。シモンもまた床に虚空を開き、未だにのたうち回る男を蹴り落とす。

 裂け目を押し広げる触手の群れ。七十二の魔神の名を冠する柱が、彼方と此方の断裂を固定する。

 渦を描く魔神たちの中心より、ひとつの影が降りた。

 

「我が計画の裏で蠢く蟲ども。目障りだ、不愉快極まる」

 

 ───故に、ここで排除する。

 魔術王。人理焼却を引き起こした黒幕は、凍てつく眼でシモンらを見下す。

 吹き荒れる殺意の嵐。悪意の氾濫。常人ならばその一片でさえも発狂死する気勢の最中、魔術師は刹那、意識を他所に傾けた。

 異次元を隔てた場所に到達するには、向こうからの干渉またはその場との繋がりが必要だ。密室に閉じ込められた人間が外界を知り得ないように、知らない場所に行くことはできない。

 次に考えるべきは前者と後者、どちらの経路を使ったか───否、そんなことは分かりきっている。

 両方だ。

 魔術王の権能をもってすれば、己の眷属が接触していたAチームとの繋がりを辿ることなど容易。

 

(加えて、ピンポイントで私の座標に来たということは)

 

 ■■■が手引きをした。黒白の偽神サクラを送り出し、その最期を看取った悪魔外道。

 ヤツの性は誰かに試練を与えることだ。

 道を阻み、惑わし、それなのにその先へと進むことを望む矛盾の塊。魔と呼ぶに相応しいあの存在は、果てのない愛をもってヒトを魔道へと突き落とす。

 故に、これもまた試練。魔術王を乗り越えよという命令。───だが、前のめりになる戦意を、小さな手で制される。

 

「ぼくがやるよ」

 

 両頬をリスのように膨らませて、子どもは言った。

 口内に満載したキノコを一息に飲み下し、手のひらを擦り合わせる。

 

「ごちそうさまでした。シモン、ロクスタにはもっと毒味が強い方が好みだって言っておいて」

「随分と余裕だな? 相手は魔術王だぞ。本来なら『三位一体の獣(トリニティ・ビースト)』全員でかかる敵だ。ましてや未だ幼体だろう」

「余裕なんかじゃないよ。油断もしてない。子どもだからって過保護にならないで、任せてよ」

「……そうか、分かった」

 

 シモンは劇場の最後列の席に座り、幼子と魔術王の対峙を眺めた。ヘビパーカーの子どもは長く伸びた前髪から透かすように、魔術王の姿を捉える。

 

「ずっと気になってたんだ、きみのこと。ねえ、世界を焼いた気分はどうだったのかな」

「……感傷などありはしない。人間が路傍の石を蹴飛ばしたところで何も思わないように、ただ焼いただけだ」

「そっか、ならよかった。だから駄目だ」

 

 足元から伸びる影。それは不自然に赤く、大きく広がっていき、ホールを埋め尽くす。

 その影が作り出す絵は赤き竜。

 質量をも伴う幻像であった。

 

「命を奪う行為はすべからく悪だ。牛を育てる人間も、牛を屠殺する人間も、牛の肉を食べる人間も、全員が罪深く許され難い。もちろん、人間だけじゃないけれど。ぼくもきみも、みんなが悪だ」

 

 竜の影は爪を立て、牙を剥き出しにする。

 

「計画のためとか、ただ焼いただけとか、そういうのは言い訳にならない。数十億の人間を殺した罪悪の重みにきみは堪えられるのかな」

「貴様はひとつ勘違いをしている」

 

 魔術王が言葉を発した瞬間、魔神柱と竜の影は激突した。

 

「私は赦しなど請うてはいない。数十億のヒトが恨みを抱くのもまた道理だ。そんなモノに意味はないがな。死者の想いが現世を歪めるというのなら、あの世界は私が手を下さずとも滅んでいたはずだ」

 

 赤き竜は牙を用いて肉を喰い破り、爪を振るって根元から一度に数十本の触手を刈り取る。しかし、魔神柱は即座に再生し、影にその身を突き立てる。

 

「…………うん、確かに。でもね、確実に言えることがひとつあるよ」

 

 だが、影は揺らぐことすらなかった。

 次元が違うとはまさにこのこと。かたや別次元から投射された己の影、かたや自らが従える眷属。その戦いに余人の理解は及ばない。たとえサーヴァントであろうと、彼らの前には赤子も同然だろう。

 なぜ、本体が動き出さないのか。

 それは相手に手の内を明かすことを恐れたが故。たった一手の誤りが王手と化す獣同士の戦いは小康状態に陥りつつあった。

 

「普通に考えてもみなよ」

 

 幼子は舌なめずりをする。

 その舌の先は、蛇のように裂けていた。

 

「世界を滅ぼしたラスボスと、世界を取り戻そうとする人間たち。こういうのはね、前者が負けるって相場が決まってるんだ。ドラゴンでクエストなRPGよろしく、さ。自分から魔王の役どころを狙うなんて、もしかしてきみは負けたがりなのかい?」

 

 異次元の小競り合いが止まる。

 魔術王は表情を深く大きく歪め、殺気を込めて、呪いのように言葉を吐く。

 

「何を言い出すかと思えば、くだらぬ。蒙昧なる人類が考え出した話の筋書きに私を当てはめるとは」

 

 幼子はこてんと首を傾げて、

 

「ぼくにはきみが人間に見えるけれど……?」

 

 直後、両者は動いた。

 示し合わせたように、右腕を振りかざす動作。

 魔術王の右手首から先がかじり取られたみたいに消滅し、子どもの右腕から肩にかけてが炭と化して崩壊する。

 力の差は歴然。一度の衝突で、 両者は既に魔術王の勝利を確信した。

 

「ぼくたちの計画を潰すのなんか簡単さ。きみが勝てばいい。それだけでぼくたちは存在意義を失うよ」

 

 今、ここで全身全霊をかけて戦ったのなら、やはり魔術王の勝利は揺るがない。しかし、相手もまた獣。再生も復活も能わぬ痛手を被る可能性さえあるのだ。

 果たして、その傷を抱えたままでカルデアに勝てるのか────当然だ。が、那由多の果てほどの確率、敗着に至る道筋を残すことになる。

 であれば、退くか。受けた傷はとうに治った。この程度はかすり傷にも満たない。目の前の幼き獣一匹、楽に捻り潰せるだろう。

 魔術王が導き出した答えは、

 

「私に貴様と戦う不利益が勝ると思わせてみろ。次第によっては見逃してやる」

「いいね、そうしよう。シモン、ぼくが死んだら墓前にきのこを供えておくれよ」

「仕方ない。癪だが、きのこの山を用意するとしよう」

「きのこの山なんてあるのかい? 困ったな、お腹いっぱいになりそうだ」

 

 魔術王と赤き竜はその真体を打ち明け。

 獣同士の闘争を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、カルデア。

 

「勝手に戦え!!!」

 

 マシュとともにパーティーの計画を練っていたロマンは唐突に叫んだ。マシュは含んでいたコーヒーを噴き出し、咳込みながら言う。

 

「い、一体どうしたんですか、ドクター」

「いや、なんか言っとかなきゃいけない気がして…………」

「仮眠でも取ったらどうです?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い部屋に一台のテレビが据えられ、光を放っている。

 それは往年の心霊番組を流していた。

 ───これは、S市お住まいのT・Sさんの本当にあった怖い話。

 元々体が弱く、休みがちだったTさん。その日は早退し、昼間に帰路についたと言う。

 人混みでごった返す街中。Tさんはひとりの女性とすれ違い、刺激的な感情を覚えた。

 白昼夢。その女性をナイフでバラバラにして、血の海に沈める幻覚。

 Tさんはそのことを気の迷いで見た夢として片付けた。翌日、朝の校門にはその女性が待ち受けていた。

 走り、逃げても執拗に女は追ってくる。

 ついに路地裏に追い詰められ、彼女は告げた。

 

「『───わたしを殺した責任、ちゃんと取ってもらうんだから』」

「「ギャアアアアアアアアア!!!」」

 

 立香とノアは抱き合って叫び声をあげる。

 ノアの自室。照明が落とされた部屋の中で、二人は『カルデア職員特選ホラー集Vol.3』を鑑賞していた。

 提案したのは立香。朝食を終えたすぐ後、彼女はノアにホラー鑑賞会を提案したのである。

 ミッション前の宇宙飛行士が別室に隔離されるように、決戦を控えたマスターたちはとにかくコンディションを崩さないように行動を制限されていた。

 つまりは暇。しかも昼には例のサプライズも用意しているため、ノアが会場の食堂に入り込まないようにしなくてはならない。

 そこで立香が取った手段は幽霊が苦手なノアの醜態を見ることだったのだが、ひとつ大きな誤算があった。

 ───なんだかんだ自分も、怖いのは苦手だった。

 

「そ、そんな大きい声出して、リーダーの威厳ってものを考えてくれないと。やっぱり怖いの嫌なんじゃないですか」

「おいおいおい、おまえこそ敬語が出てんぞ。動揺してる証拠じゃねえか。さっさと負けを認めやがれ」

「いやいやいやいや、これはまだ慣れてないだけですから。今までずっとこれで、いきなり変えるなんて難しいですよ」

「今のところはそういうことにしておいてやるよ。次のホラビ持ってこい」

 

 立香は適当に二本のホラービデオを手に取る。

 

「『カレー女、パスタを食う』と『美少女メイドの心霊スポット探訪記 〜部屋をお連れします〜』のどっちにします?」

「おいなんでグルメレポートが混ざってんだ。今回の趣旨と外れてんじゃねえか。一択に決まってんだろ。……『カレー女、パスタを食う』を再生しろ」

「やっぱり怖いんじゃないですか!! 明らかに無難な選択肢取ってるじゃないですか!!」

「こういうのが案外怖かったりすんだよ。ケツ出し幼稚園児のアニメだってたまに怖い話挟んでくるだろ。いいからやれ」

 

 立香は渋々『カレー女、パスタを食う』を再生した。

 で。

 

「『…………ええ、カレーしか食べない先輩が、なぜかパスタを食べてたんです。あれには参りました。前世はインド人確定って人がパスタですから。驚いてナンにも言えませんでしたよ』」

「「ギャアアアアアアアアア!!!」」

 

 先程の反応が焼き直しされる。

 テレビの中では、眼鏡を掛けた優男がすりガラス越しに証言していた。普段カレーしか食べない女性がいきなりパスタを食べるのである。その恐怖と驚愕は想像を絶するに違いない。

 しかし、転んでもただでは起きないのが藤丸立香という少女である。

 こちらを抱き寄せるたくましい腕。胸板は厚く、自分がすっぽりと収まってしまう。否応なしにも分からされる違いに、心臓はせわしなく動いていた。

 これは悪くない。むしろ良い。目的とは異なるが、これはこれで役得である。

 胸元を両手で引き寄せつつ、

 

「じ、じゃあ次は『美少女メイドの心霊スポット探訪記 〜部屋をお連れします〜』で。ノアが入れてください」

「カレー女以上のが出てくるとは思えないがな。……くっついてくんじゃねえ、邪魔だ」

「大丈夫です、私のことはひっつき虫くらいに思ってください。ほんと大丈夫なんで」

「俺の都合を考えろアホ!」

 

 ノアは自分に特大ブーメランが突き刺さる言葉を吐きつつ、映像を再生する。

 直後、テレビに映る赤髪の美少女メイド。彼女は画面越しの立香たちに人差し指を向け、誘うように円の軌跡を描いた。

 

「『このビデオはご覧になっているあなたをまず準備運動がしましょう』」

 

 誤字に誤字を重ねたような発言。助詞がバラバラになっており、理解につかえる内容。立香とノアはそれを聞き、意識を彼方に連れ去られた。

 ……数十分後。サプライズの用意が整い、マシュは立香の部屋を訪れた。無論、ヤツらが二人きりになっていることへの不満はあったが、彼女はそれを飲み込んで扉を開ける。

 

「先輩、リーダー。昼食の時間です」

 

 マシュが目にした光景は、テレビの前に体育座りする二人。液晶の中ではメイドがモップを右へ左へと揺らしていた。

 二人は錆びたゼンマイ人形みたいに振り向く。その目のハイライトは消え失せている。

 

「ノ……リーダー、マシュを来ましたよ。ご飯が食べに行きましょう」

「そうだな。ちょうど腹に減ってたところだ」

「……お二人とも? 口調がおかしくありません? 誤字報告されてしまいますよ?」

「何言ってんだキリエライト。俺たちに普通だろ。とっとと飯食いは行くぞ」

「やっぱりおかしいんですが!? 本当に何があったんですか!!?」

 

 立香はへらへらと笑う。

 

「嫌だなあ、私たちにいつも通りなのに」

「だから言葉! 言葉が変です! え、新手のスタンド使いの攻撃ですか!?」

 

 そこで、マシュはテレビの前に転がるDVDのパッケージを発見する。嫌な予感を覚え、彼女は二人を押しのけてそれを掴んだ。

 『美少女メイドの心霊スポット探訪記 〜部屋をお連れします〜』。双子だろうか、瓜ふたつの少女が並んでポーズを取っている。

 カバーの裏から別のカバーがはみ出ている。マシュは表を剥ぎ取り、下に隠されたタイトルを目撃した。

 

「『美少女探偵の催眠講座 〜あなたを犯人です〜』…………こ、これはっ!!」

 

 彼女には見覚えがあった。数年前のカルデア、職員の誰かが持ち込んだこのDVDは甚大なミーム災害をもたらした。それ以来倉庫の奥深くに封印されたはずだが、なぜかこの呪物はここに存在している。

 

「オブジェクトクラスをSafeからEuclidに格上げしなくてはなりませんね……!! 先輩、お許しください!!」

 

 ごすごす、とマシュは二人の脳天に鉄拳を落とした。

 すると、彼らの目に光が灯る。

 

「……ハッ!! 私たちは一体何を!?」

「ああ───俺でさえ何をされたか分からなかった。頭がどうにかなりそうだった……催眠術とか超スピードとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ、もっと恐ろしいものの片鱗を味わった気がする……」

「いいえ、それは催眠術です。そして頭がどうにかなってるのはデフォルトです」

 

 ということで、カルデアが誇る後輩なすびのファインプレーによってミームの感染は未然に防がれたのだった。

 DVDを倉庫に押し込めた後、三人は食堂に向かう。

 一行が食堂に入り込んだのと同時、クラッカーの破裂音が盛大に鳴り響いた。サンタのコスプレをしたロマンは両手を上げて、

 

「ノアくん! 一足早い誕生日祝いだ! おめでとう!!」

 

 殺風景な食堂は豪華に装飾されている。サーヴァントからスタッフまで勢揃いしており、渋々ではあるが拍手を打っていた。

 ノアは一瞬目を見開き、口角を持ち上げる。

 立香は得意げに彼の顔を見上げた。

 

「ふっふっふ……どうですかリーダー! 言葉も出ないみたいですね! 泣いてもいいんですよ!?」

 

 ノアは無言のまま食堂を横切り、用意された上座に腰を落ち着けた。彼は流れるような動作でサンタ帽を被り、机に足を乗せる。

 

「趣旨は理解した。おまえら、全身全霊を懸けて俺をもてなせ。俺が主役だ。ペレアス、まずはビーム出せ」

「無茶言うんじゃねえ!! そういうのは王様の役割なんだよ!」

「進歩のない野郎だ。ダンテは俺の肩を揉め。そこの放火魔女は召使いだ。五秒以内に酒持ってこい」

「工業用アルコールと石油のカクテルで良い?」

 

 早々に暴政を振るうノア。昔話なら今にも手痛いしっぺ返しが来る場面だ。もしこの場にスパルタクスがいれば、間違いなく圧政判定されていただろう。

 ダンテは政治家時代に培われた下っ端根性でノアの肩を揉みつつ、その慣れた姿勢に戦慄する。

 

「ノアさんがここまでおもてなされのプロとは……まさか奴隷とか飼ってました?」

「安心しろ、おまえたちが俺のファーストスレイブだ。言っておくが俺は誕生日会のスペシャリストだぞ。並大抵の段取りで満足させられると思うな」

 

 ロマンは肩を落として、

 

「えっ、そうなの?」

「ロンドンにいた頃は毎年アリスの婆さんがやってたんだよ。常連客も交えてな。まずは全員でムニエルのPCフォルダ閲覧会だ」

「誰が見せるかバーカ!! パソコンなんて人の醜さが全部詰まった特急呪物だぞ!? ワンチャン懲戒免職されるレベルだから!!」

「チッ。まあいい、おまえの最近の趣味が女教師モノってことは黙っておいてやるよ」

「言ってんじゃねえかァァァ!!!」

 

 早速ひとり目の犠牲者が出たところで、ロマンは話題を切り替えることにした。

 

「じ、じゃあ、少し早いけどメインイベントといこう! みんな、プレゼントを出すんだ!」

 

 誕生日の目玉と言えばプレゼントである。誕生日がクリスマスと被った人間は両方のプレゼントをひとまとめにされる悲しいイベントでもあり、サンタの正体を知ってしまう、大人への階段を一歩登る機会でもある。

 トップバッターはノアのファーストサーヴァントでもあるペレアスとその妻リース。彼らが差し出したのは色とりどりの花で編まれた冠だった。

 

「オレとリースで作った花冠だ。魔術で劣化しないようにしてある。捨てんなよ」

「私が完っっ璧にペレアス様にオトされた思い出の品ですわ。ぜひ立香さんに贈ってあげてくださいませ」

「どうしてそこであいつが出てくんだドスケベ精霊。ドライヤー掛けにでも使ってやる」

フォフォウ(ちぎれるだろ)

 

 言いつつ、ノアは首に花冠を通した。どうやらドライヤー掛けにはならないようだ。

 次鋒はダンテ。彼は詩人らしく、丁寧に装丁された本を手渡す。

 

「俗語論完成版です。ノアさんにはお金になるものが良いと思いまして」

「……あの、とんでもない希少価値なんですが。世のダンテ研究者が全身の穴から手を出して欲しがるレベルです。ドブに捨てていいんですか」

「誰がドブだマシュマロなすび。人理修復したらオークション開くぞ」

 

 学術的価値、歴史的価値の両面でトップクラスの本を懐に仕舞い込む。これが競売にかけられた暁には、世界各地で骨肉の争いが繰り広げられるだろう。

 マシュとジャンヌはダンボール箱を担いでくる。二人はその中身を全員に配っていった。

 渡されたのはキーホルダー。マシュの盾ことテーブルを精巧に模している。

 

「わたしが土を練り、ジャンヌさんが焼き上げた盾型キーホルダーです。みなさんにわたしの護りがつくようにと願いを込めました」

「風邪でもひいたか? なすびのくせして意外と真っ当じゃねえか」

「ええ、カルデア名物として売り出すつもりなので。どうですか、ジャンヌさん?」

「……自分で焼いといてアレだけど、中学生が修学旅行の土産屋で買ってくる剣のキーホルダーみたいだわ」

「お兄ちゃんも集めてたなあ、あのキーホルダー。おかげで一時期カバンが武器商人みたいに……」

 

 その場のノリで買った挙句、しばらくして必ず行方不明になるキーホルダーと同じ扱いだった。

 キーホルダーが詰め込まれた箱を除けつつ、立香とロマンは小箱をテーブルに並べた。それらはEチームの人数分用意されている。

 ロマンはそのうちのひとつを取り出し、ノアに差し出す。ノアはそれを訝しげに見つめた。

 

「…………ホットケーキミックスってオチじゃねえだろうな」

「あ、それも考えたんですけど、これはドクター発案です。絶対これが良いって聞かなくて」

「うん。しかもノアくんのは特別製だ。開けてみてくれるかな」

 

 小箱を開く。

 純金で造られた指輪。ロマンは頬を掻いて、

 

「憧れの英霊を訊いた時、言ってただろう? ソロモン王の指輪が欲しいって。実物とはいかないしボクが作ったから不格好だけど、受け取ってくれるかい?」

「……ソロモン王の指輪の素材は真鍮と鉄だ。金じゃねえぞ」

「ま、まあ、それは黄金色に輝く謂れを再現したことにしておいてくれ。あ、みんなのはちゃんと真鍮と鉄でできてるよ」

 

 ノアは緩く微笑む。

 その瞳はまるで、初めてかの王の知に触れた時のように輝いていた。

 

「……寸法を変えるぞ。いいな?」

「うん。指輪は付ける位置も重要だからね」

 

 魔術によって指輪の円周が拡大する。ノアは黄金の指輪を左手の親指にはめた。

 

「───親指に指輪をはめると願いが叶う。古代ローマの信仰だ。俺たちが叶えるべき願いは分かるな?」

 

 惨劇を超え、生き残った人間たちは力強く頷く。

 ただひとつ、たったひとつ、成就すべき願いを抱いて。

 

「魔術王をぶっ飛ばして、全員で朝日を拝む。それだけだ。絶対にあの野郎を倒すぞ」

 

 そして、その日は来る。

 人理修復の最終決戦。

 魔術王の玉座へのレイシフト。

 管制室の中心。並び立つEチームに向けて、ロマニ・アーキマンは宣言した。

 

「───これが最後の戦いだ。ボクがみんなに望むことは多くない。いつもみたいに、誰ひとり欠けずに勝つ!! 生きて帰ってくるまでが人理修復だ!!」

「ドクター、バナナはおやつに含まれますか」

「含まれる含まれないの話じゃなくておやつの持ち込みは禁止です!! レイシフト開始するぞ!!」

 

 立香はコフィンの内部でその時を待つ。

 恐れはある。緊張もある。

 けれど、それ以上に負ける気がしない。

 仲間がいるだけで、暗い未来の景色なんて簡単に吹き飛んでいく。

 でも、あと一押し。

 少しだけ勇気と希望が欲しくて。

 彼女は、ノアに言った。

 

「……リーダー」

「……なんだ」

 

 ───私はその眼を見据えて、

 

「この戦いが終わったら、話したいことがあります。私の部屋に来てくれませんか」

 

 ───俺はその顔に惹かれて、

 

「分かった」

 

 最後の戦いへと、赴いた。




・湖の乙女(長女)のステータス
クラス:キャスター
真名:湖の乙女(ヴィヴィアンなど)
属性:中立・中庸
ステータス:筋力 D 耐久 C 敏捷 C 魔力 A+ 幸運 A 宝具 A
クラススキル
『陣地作成:EX』……魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。湖の乙女の陣地とは自身が持つ異界であり、精霊としての基本性能のひとつなのでいつでもどこでも陣地を展開できる。故にEXランク。
『道具作成:A++』……魔力を帯びた器具を作成できる。数々の聖剣、宝具を騎士に与えた湖の乙女はこのスキルを最高のランクで有する。本編では、このスキルとマーリン印の幻術を使って聖槍のレプリカを発射した。
保有スキル
『妖精眼:A』……ヒトが持つ魔眼ではなく、妖精が生まれつき持つ世界を切り替える視界。真実を見抜く魔眼。嘘とかめっちゃ分かる。湖の乙女はこれを利用して宝具を与えるに相応しい者を選んでいた。なお、ペレアスに付随する形で召喚される場合のリースは著しく弱体化しているため、妖精眼も失っている。
『水の精霊:A+』……水を司る精霊としての能力。精霊の能力の他、自由自在に水を操ることができる。長女の場合はその中でも固体としての水、つまり氷の扱いに長けている。雑魚相手(精霊基準)なら魔術をぶっ放すよりもこの力で体内の水分を沸騰させたり干からびさせたり血液を凍らせたりする方が魔力も使わないので楽。グロい。
『悠久の智慧:A』……二千年以上を生きた精霊の知識。現代の魔術師が到底知らぬ魔術の秘法、再現できない神秘をいとも容易く扱う。おばあちゃんの知恵袋である。この歳で湖の乙女と名乗るのはアレな気がするというのが最近の悩み。
 心が乙女ならノーカンでは?(妹's談)
宝具
『悠か妙なる幻氷塔』
ランク:A 種別:結界宝具
 トゥール・デ・ダーム・デュ・ラック。湖の乙女が有する異界を現世に出現させる。リースは湖に浮かぶ霧の城だったが、長女は雪が降りしきる銀世界に立つ氷の塔。異界内では湖の乙女のステータスは全てワンランク上昇し、あらゆる魔術やスキルが格段に強化される。
 サーヴァントの状態で聖槍や聖剣のレプリカを造るには、世界の修正を受けないようにこの宝具を展開しなければならない。また、湖の乙女は三人全員が同一存在なので、この中にいると弱体化状態のリースでもサーヴァントクラスの能力を発揮できる。
 エレインは雪原に聳える氷の塔。リースは湖に浮かぶ霧の城。末妹は雨が降り川が流れる水の庭園。末妹の庭園は魔獣の巣窟でもある。湖の乙女最強形態はこれら三つの異界が共存し、合体すること。ちなみに本編では氷の塔が最果ての塔として機能したが、フルスペックのリースの場合は霧の城がキャメロットとして、末妹の場合は庭園がブリテンの国土そのものとして機能する。
 マーリンは湖の乙女によって、アーサー王物語の途中で魔法の森や塔に閉じ込められることになる。型月ではそれがアヴァロンで、よく王の話をしてるところであるが、そこにマーリンを連行したのがこの長女。とりあえず自分の氷の塔に収容してから、アヴァロンにぶち込んだ。
 いやぁ、おかげで頭が冷えたよ。物理的に。(マーリン談)
 いっそ氷漬けにしてくれてもよかった。シャーベット状でも可。(フォウくん談)
『逆行起源・湖の女神』
ランク:EX 種別:対人宝具
 オリジン・ドゥ・ラ・ダーム・デュ・ラック。湖の乙女が三人に分かれる前の原初の姿、湖の女神へと回帰する宝具。発動するためには事前に霊薬を造っておくことが条件。また、その素材がない限り、この宝具を発動することはできない。サーヴァントの霊基を無理やり神格の域にまで拡張するため、宝具解除とともに消滅してしまう。
 湖の乙女の起源は度々論争の対象となってきた。一説にはナルト叙事詩における海神と精霊の娘サタナ、一説にはケルト神話の水の女神コヴェンティーナ、一説にはローマ神話においてネミ湖を聖域とするディアナ…………などなど、多数の説が群雄割拠している。この宝具はそういった水を司る女神のイメージに立ち返り、擬似的な神性を獲得するもの。その力は本体をも超え、ティアマトの足止めを叶えるほどであった。要は特撮の映画限定フォーム。

 カルデア式召喚で湖の乙女が出てくる場合、来てくれるのはほとんどの確率で長女になる。リースはペレアスがいなければ来ないし、末妹は世界を救うとかどうでもいいので興味が湧いた時以外来ない。むしろ場合によっては敵になる。そんな性格なので、普通の聖杯戦争で彼女を喚んだマスターは高確率で破滅する。が、姉二人のことは大大大大大好きなのでどちらかひとりでもいれば颯爽と寝返る。結局彼女を喚んだマスターは破滅する。
 妹二人が恋愛脳と化したのでそういうことには忌避感を抱いているが、実は恋というものにとても興味がある。めちゃくちゃある。最大関心事と言っても良い。
 絆レベルを上げていくと、自分に名前をつけてほしいとせがんでくる。ああああとか、もょもととか名付けてはいけない。

・湖の乙女のどうでもいい裏設定
 コヴェンティーナ(ヴィヴィアンの語源とされるケルトの女神)が三相に分裂した……というのがここでの湖の乙女の起源という裏設定。現実のアーサー王伝説では、初期は単に水の妖精だったところから徐々に肉付けされる形で人物像が発展し、後期流布本系統で一躍大人気キャラクターに躍り出たランスロットとの関わりができた。ランスロットと湖の乙女に関わりの大きいペレアスも同時期に作られた騎士であると思われる。
 三相一体の女神に多く見られるのが、処女・母・老婆の属性に分かれていることである。FGOのサーヴァントで例を示すとメイヴちゃんの三相がまさに上述の三つだったり、アルテミスが処女神として三相一体のひとつに組み込まれたりすることがある。
 これは当時の価値観における女性の一生を表しているともされる。以下それぞれの対応と解説。
 エレイン→老婆の属性。サクラにおばあちゃんと呼んでほしいと言い放ったのはこれがあったためでもある。三相一体の女神としてここに当てはめられる神はヘカテーやケリドウェン、エレシュキガルなど。知恵の女神や魔術神、冥界神であることが多い。歳を重ねた見識を持つ反面、訪れる死を予兆している。死に関してはインドのカーリーなどが顕著な例である。死の季節といえば冬なので、エレインの象徴は氷。
 異界のシンボルが塔なのは、古代の塔の役割は宗教的なモニュメントとしての側面があったことから、魔術神の名残を示している。湖の乙女の中で最も魔術に長ける。
 リース→母の属性。三相一体として当てはまる代表的な女神はヘラやみんなのトラウマデメテル。特にデメテルはDemeterと綴るが、meterは母親の意味を示している。子を産み育てる優しい面を持つ反面、暴虐を振るう苛烈な側面もある。三相一体ではないが、それこそティアマトなどに顕著な母神の特徴と言えよう。湖の乙女の中で一番戦いが強い。結局お母さんが最強なのである。
 ただし、リースのキャラクターはニンフという妖精のイメージから作った。ニンフとは結婚適齢期の女性、子を持つ若い母を意味する言葉であり、中世に魔女や妖精を表すようになった。ニンフは湖や木陰を住処としており、人間に恋をして情欲を駆り立てるように誘惑したり、強引に連れ去ることもある。ドスケベ精霊たる所以である。ある意味、三姉妹の中で最も妖精らしい性格をしている。
 また、ニンフは英雄を産んだり育てたりする。おそらく、アーサー王伝説においてランスロットの義母でペレアスの妻となる湖の乙女のモチーフにはニンフの影響があるのではないかと思う。
 末妹→処女の属性。当てはまる代表的な神はやっぱり、処女神アルテミス。ヘラもアルゴスの泉で沐浴することで処女に戻る話がある。なので、ヘラはひとりで処女→母→老婆(以下無限ループ)という三相のサイクルを繰り返す女神なのかもしれない。
 処女母という概念がある。最も知られているであろう処女母は聖母マリア。過程を飛ばして子を身ごもることを言う。何が重要かと言うと、三相一体の女神は処女→母→老婆という当時の女性観における女性の一生を表しているため、必ず子を産むことが決定付けられているのである。一生の始まり、生命の始原を表すが故に、末妹の異界は魔獣を産む。リースよりも生命を産む母神の要素が強く現れている。
 湖の乙女の中で一番やべーやつ。彼女もリースのように恋人にフロラールという名前をつけてもらっている。そのものの名前をつけることは存在を規定すること。己の起源も定かでない湖の乙女たちは、最も愛する者に自身のすべてを委ねることを望んでいる。
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