自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録 作:なまゆっけ
「マルタです。世間では聖女などと持て囃されているそうですが、どうぞ気軽にマルタと呼んでください」
翌日、目を覚ました聖女は、世界的な超ビッグネームを言い放った。
聖女マルタ。かつて民衆を苦しめていた悪竜タラスクを鎮めた伝説を持ち、人類の原罪を背負って死んだ預言者とも縁深い人物だ。
その知名度たるや、ノアもはたと思い至るほどであった。魔術師で聖書を読んでない者はいないのだとか。
マルタは昨夜助けられるまでの経緯を語る。
竜の魔女はフランスを滅ぼすための尖兵として、数体のサーヴァントを召喚した。その内のひとりがマルタであり、強制的に付与された『狂化』とルーラークラスが持つ令呪によって従わされていた。
竜の魔女はオルレアンを焼いた後、召喚したサーヴァントを将として各地に飛竜を放った。マルタは他二体のサーヴァントを連れ、ボルドーの街近辺の砦を襲ったそうだ。
「ですが、その街には私たちの他にもサーヴァントがいました。おそらくは宝具──眩いばかりの光を受けると、私たちの狂化は消え、竜の魔女との契約も断ち切られていました」
そこで、引っ掛かりを覚えたのはノアだった。
「契約が切られた? それなのに現界を維持できてるってのはどういう理屈だ」
「もっともな疑問です。正確には契約を必要としない状態になったとでも言いましょうか。そう、ちょうどそこの彼女のように、はぐれサーヴァントと同じ状態になったと理解しています」
「『そんなことができる宝具……一体そのサーヴァントは何者なんだ……?』」
ロマンが口に出した言葉は、おそらく誰もが抱いた疑念に違いない。
答えを知り得るのはマルタひとりだったが、推理するにも材料が少なすぎる。そのサーヴァントの真名に辿り着くことはできなかった。
話を戻そう。光を浴びたマルタたちは、引き連れていた飛竜を殲滅した。それによって異常に気付いた竜の魔女は、即座に追手を放ったのだという。
マルタは囮を務め、二体のサーヴァントを逃した。しかし、かの聖女といえども竜の魔女が率いるサーヴァントには敵わない。
窮地に立たされたマルタ。彼女が咄嗟に思いついた方法は、
「タラスクに私を吹っ飛ばしてもらいました。
「……先輩、こういう時わたしたちはどういう顔をすれば良いんですか」
「笑えばいいと思うよ」
そういうわけで、命からがら逃れた先がこの場所だった。吹っ飛ばされた先がここだったことは、天に愛されているとしか思えない偶然である。幸運A+は伊達ではないのだ。
朝食を胃袋に収めたジャンヌは、何の気なしに訊く。
「一緒にいた二人のことは分からないのですか?」
「真名だけ聞いてそのままね。たしか…シャルル・アンリ・サンソンとシュヴァリエ・デオンだったかしら」
「リーダーは知ってますか? ちなみに私は分かりません」
「あまり俺を舐めるなよ藤丸。……知らないということを知っている」
「無知の知を逃げに使わないでください」
とはいえ、これはカルデア一行にとっても幸運だと言えよう。
いずれぶつかることになる竜の魔女の軍勢から三体のサーヴァントが離脱し、その内のひとりはこうして仲間にできたのだから。
彼女らを解き放った謎のサーヴァントの正体も目的も分からないが、敵と決まった訳でもない。立香には、状況が悪いとは感じられなかった。
「……竜の魔女には、ファヴニールという邪竜がいます。今のままでは、私たちに勝ち目はないでしょう」
「でも、マルタさんも私たちと一緒に戦ってくれるんですよね?」
「それは無理だな」
否定したのは、ノアだった。周囲から向けられる懐疑の視線を物ともせず、彼は続ける。
「表面的に傷は完治したように見えるが、体内には重度の呪いが蓄積している。戦闘行動を取ろうとすれば、直ぐに消滅するだろうな」
「私も同意見です。洗礼詠唱を試したのですが、呪いの進行を止めるだけで解呪には至りませんでした。この呪いを解くにはもうひとり私と同じような力を持つ人が必要です」
同意したのはジャンヌ。彼女とてタダ飯を食らっていた訳ではないのだ。
マルタ自身が洗礼詠唱を使えればよかったのだが、彼女の容態は想像以上に悪い。英雄故に苦痛を顔には出していないが、常人なら耐え難い苦痛であるはずだ。
ノアとジャンヌという何から何まで正反対な二人の意見は、だからこそ説得力があった。この場に集う全員の脳が、しばし思考に没頭する。
考えるのは当然、この後どう動くかということであった。
最初に発言したのは立香。彼女は高らかに言い放つ。
「だったら話は簡単ですね! ファヴなんとかをやっつけられる人と、聖人をもうひとり見つければ、勝ったも同然ってことじゃないですか!」
「そういうことだ。そもそも俺がいる時点で勝利は確定しているがな!」
「……とまあこんな人たちですが、悪い人では……なくもないのでよろしくお願いします」
「「悪人なんですか!?」」
二人の聖女の叫び声を受け、木々にとまった鳥たちが慌てて空へ飛び出す。
激動のフランス二日目は、こうして幕を開けた。
霊脈地を出発した一行は、南下してリヨンという街を目指していた。
二つの川が流れるリヨンは古くから交易・商業が盛んな土地だ。そのため、街は成長を遂げ、文化も発展しやすい土壌を備えている。
美しい街並みと美食。果たして、竜の魔女がいなければ、人々はそれらの楽しみを当たり前に享受できていたのかもしれない。
青い空が広がる草原の上、ずるずると何かを引きずる音が響く。
木を削り出して作ったソリ。その上には顔を真っ赤にしたマルタが乗っている。ソリを引っ張る縄の先には、無表情で歩を進めるノアがいた。
聖人とソリと言えばサンタクロースなのだが、この場合は子供たちに夢と希望を与えられるようなものではない。トナカイからノアに変わっただけで随分と意味合いが邪悪になっている。
「……なんで俺が引きずってんだ?」
そう問い掛けるも、Eチームの中で反応する者は誰もいない。唯一ノアに慈悲を見せたのは、ジャンヌのみであった。
彼女は苦笑しながら、
「わ、私が代わりましょうか?」
「是非そうしてくれ。この聖女割とおも──」
「ふぐぅっ! やっぱり重かったんですね私!? プロフィールだと49kgしかないのに! 村でもチヤホヤされてたのに!」
マルタは顔を覆った。彼女がソリに乗っている理由。それは呪いを受けた体を気遣ってのことだった。が、なぜかノアが運び手を任されている。
度々通る旅人や避難民から冷ややかな視線を投げられ、ノアのトドメであまりの羞恥に打ちひしがれる聖女。
これを好機と見た立香は、意気揚々と口撃に回った。
「リーダーはそういうデリカシーのないこと言うから駄目なんですよ。
「どこの辞書だよ!? プライバシーの概念狂ってんのか!」
「それはアレですよ。私の心の辞書というか、えーと、ナポリタンさんみたいな」
「……せ、先輩、おそらくそれはナポレオンです。不可能という文字がない人です!」
立香はマシュの方を振り向いて固まる。次の瞬間、ソリの上で世を儚む彼女の姿があった。
「あーあ、一番恥ずかしいやつだよこれ。ふと思い出した時に悶絶するタイプの失敗だぁ……ふふっ、こんな世界継続する意味あるのかな? いっそ焼却──」
「なんでおまえまで乗ってんだァァァ!!? さっさと降りろ! これはネガティブなやつだけが乗れるソリじゃねえんだよ!!」
「また重いって言われたまた重いって言われたまた重いって言われた」
「いつまで落ち込んでんだ聖女! 寝てろ!」
そんな波乱もありつつ、一行はリヨンが見える位置まで来ていた。やはりと言うべきか、平時の美しい街並みは無く、瓦礫と廃墟だけが立ち並んでいる。
元々住んでいた人々は既に逃げ出してしまったのか、浮浪者がうろつく有り様だ。
ばさり、と空を扇ぐ音がする。
それは人間の手が届かぬ上空。地を這う者共を嘲笑うかのように旋回する。おとぎ話の挿絵からそのまま取り出したような飛竜がそこにいた。
その姿を認めたペレアスは、空中で大の字になって飛び跳ねる。
「よっしゃああああ!! 竜だ! 感謝します神様王様お嫁様! 竜殺しにオレはなる!!」
「『油断しないように! リヨンには三つ、サーヴァントの反応がある! 敵の可能性が高いぞ!』」
「おまえら! ペレアスを止めろ! あいつあのまま突っ込んでく気だぞ!」
「確保! ペレアス、確保ーっ!」
マスターたちの指示を受け、マシュとジャンヌはどうにかこうにかペレアスを引き止める。
彼らはひとまとまりになって、作戦会議を始める。真っ先に口を開いたのは、ジャンヌだった。
「特に弄する策もありませんし、このまま戦うしかないとは思うのですが、どうでしょう」
「戦えるサーヴァントの数は同数ですから、まともにぶつかっても勝機は十分でしょう。先輩とリーダーはどう思いますか?」
「ふふふ、マシュはひとつ見落としをしてるよ。言っちゃってくださいリーダー!」
「ああ、キリエライトとペレアス、そして腹ペコ聖女だけじゃねえ。俺たちを加えれば五対三だ! つまり数的有利! これはもう勝ったな!」
ジャンヌはがっくりと地面を叩いた。彼女とて七つの大罪の暴食に抵触しない範囲で食事を楽しんでいるだけなのだ。問題は人より必要とする量が多いだけなのだ。
そんな聖女を尻目に、ペレアスは大いに同意した。彼は今にも走り出しそうな様子である。人参を目の前に吊り下げられたロバのようだった。
「まあ嫁に『ランスロットと戦えない』加護を掛けられたオレだが、まさかこんなところにアイツがいるわけねえしな!」
「おいおい、英霊が何人いると思ってんだ。今こんなタイミングでランスロットが出てくるとかどんな確率だよ」
「そうだな、心配のしすぎだったか! 念願の竜を前にして、オレも気分が浮き立ってるらしい!」
「「アッハッハ!!」」
ノアとペレアスの笑い声が草原を駆け抜けていった。マシュがこの馬鹿二人を生温かい目で見つめていたことは言うまでもないだろう。
最後にケチがついたが、方向性は整った。道中、爆睡していたマルタを放置して、カルデア一行はリヨンへ走り出す。
ワイバーンを引き連れている以上、相手は竜の魔女の軍勢である可能性は高い。
故に先手必勝。奇襲をかけることで有利に持ち込む。先手に勝る手など無いのだ。
「よし、ここで全員ぶっ飛ばして竜の魔女とやらをちびらせるぞ! ついて来いペレアス!」
一足先に抜け出したノアが呼び掛けるが、返事はない。不審に思った彼が振り返ると、ペレアスははるか後方にいた。
ペレアスはその場で足踏みしているのだが、全く進む気配がない。
「…………何やってんだおまえ。昔のドラクエの主人公か?」
「あいつがいる」
「は?」
「ランスロットがいるんだよ! 加護が発動してるからそもそもリヨンに辿り着けねえ!」
「それもはや呪いだろ!!」
何度か解説したことだが、ペレアスは湖の乙女の手によって『ランスロットと戦えない』加護を与えられた。
ある馬上槍試合。ペレアスとランスロットは対立する陣営に配置されたのだが、彼らが手合わせすることなく試合は終わってしまう。
というのも、ペレアスはその馬上槍試合の会場に行くことができなかったのである。加護のために道に迷い、ランスロットとの対戦を回避させられたのだ。
そもそもペレアスとランスロットが戦うことになっていたのかは別なのだが。
とにかくペレアスは、ランスロットと戦うことになる場所には赴けない、という加護であると解釈するのが妥当だろう。
ジャンヌはあたふたしながら、
「いきなり作戦が破綻したのですが!?」
「うろたえるんじゃねえ、カルデア最強マスターはうろたえない! さっきの理屈で言うならまだ四対三だ! 行くぞ!」
「あれ、私遺書書いてきたっけ……短い人生だったなぁ……」
「先輩!? 不吉なことを言わないでください!」
「うわああああランスロットのバカヤロー! なんでお前が寄りにもよって敵なんかになってんだよ!!」
一行が街に足を踏み入れたその瞬間、無数の杭が飛来する。
目にも留まらぬ超高速。荒々しく削り上げられた杭の雨のことごとくを、ジャンヌとマシュは防いだ。
旗が乱舞し、大盾が踊る。無論、背後にいるマスターたちにはかすり傷ひとつ付けさせない。
一瞬の攻防。それを見届け、ワラキアの王は鼻を鳴らす。
「──ああ、これくらい防いでもらわねば、歯ごたえがない」
威厳のある透き通った声。一種の妖艶さすら感じさせるかんばせを歪め、彼は笑う。
童女を惹き付けるような笑みは果たして、凍りつくような殺意をも内包していた。
彼の横に、新たなサーヴァントが姿を現す。
白磁のような白い肌の女性。その美貌は息を呑むほどつややかで、ただそこにいるだけで扇情的ですらあった。しかし、その美は見た者を破滅へと誘う食虫植物の如き危険を兼ね備えている。
「抜け駆けなんて、悪いお方ね? 王様」
「弱者を嬲るのにも飽きていた。許せ、血の伯爵夫人。それにこうでもせねば──」
その言葉は、中断されたのではない。
睨み合う敵味方の間に隕石の如く飛来した黒騎士が奏でた轟音。それによってかき消されたのである。
もはや騎士の正体は考えるまでもない。
数々の英雄が集う円卓において、最強と謳われた剣士。
かつて円卓を二つに割った裏切りの騎士──ランスロット。
その手に幾多の戦場を共にした愛剣はない。傷付いた槍と両手剣を片手ずつに持ち、それを得物としていた。
だが、その武器は事実英霊にすら通用し得る。手にした物を宝具化するという破格の力のためだ。
彼に正気はない。敵を打ち払うために存在する殺戮兵器。その登場に、血の伯爵夫人と呼ばれた女性は、呆れたように言う。
「……ええ、そうでしたわね。この狂戦士は他人の獲物も喰らう節操無しですから」
「横取りされぬためには、我らも武器を取るしかあるまい──貴様ら、やすやすと死んでくれるなよ」
殺意が破裂する。
同時に駆け出したのは、漆黒の狂騎士。空気の壁を突き破るかのような速さで疾走し、ジャンヌ目掛けて刃を振り下ろす。
空間が軋むとすら思わせる刃鳴り。体の芯を突き抜ける衝撃。旗を握る手が雷に打たれたようにびりびりと震え、ジャンヌは唇を噛んだ。
──生前を含めても、これほどの強敵はいなかった。
その戦慄を見抜いたか。杭と血の棘が一斉に掃射される。
前者はサーヴァントを、後者はマスターを狙った攻撃。その数は先の二倍どころではない。マシュとジャンヌが取りこぼした射撃が、マスターたちへと向かう。
「
防御のルーン。完全性を意味する『sowelu』を組み合わせ、さらに効果を高めた防壁。
血の棘が光の壁に遮られる。その向こう側にいるノアと立香には、何ら痛痒を与えられていなかった。
「マスター狙うなんざセコい真似してんじゃねえ! 正々堂々サーヴァントを倒してから来い!」
「リーダー、それはわたしたちが言う台詞では!?」
ノアとマシュのやり取りを見て、白き美丈夫は口元を歪める。
「ふ、向こうには中々愉快な道化がいるようだ。ならば、その挑発に乗るのも悪くない。貴様はどうする」
「お生憎様、
二人は互いに視線を切る。男は槍を構えてマシュへと突貫し、女はあくまで後方で杖を振るう。
示し合わせた訳ではないにせよ、役割分担が行われている。肉食動物の縄張りのような危うい関係ではあるが。
そこでカルデアから、マスターたちに向けて通信が入った。
「『二人とも! やり取りなどから察するに、敵の真名は串刺し公ヴラド三世とエリザベート・バートリーだ!』」
「そう言われても私たちは知らないんですけどね! 何か弱点とか無いんですか!」
「『共に吸血鬼伝説の元ネタになったほどの人物だから、日光とかニンニクとか十字架とか……』」
「昼でもバリバリ動いてるあいつらに効くとは思えねえがな!」
言いつつ、ノアはジャンヌのバックアップに向かう。
現状、最も危険なのが狂戦士と化したランスロットだ。彼は何かに取り憑かれたように、執拗にジャンヌを付け狙っている。
狂したりと言えども、染み付いた武芸が衰えることはない。
鮮烈に、流麗に、体の一部のように武器を操る。
荒れ狂う暴風が人の形を成している。そう思わせるほどの圧倒的な武の狂乱。
「Arrrrrrrrrr!!」
咆哮。
怒濤の斬風がジャンヌを襲う。
目で全て追い切ることは不可能。反射と第六感に身を任せ、一心不乱に体を動かす。
一手間違えれば首が飛ぶ。
一歩踏み込めば胴が断たれる。
反撃を差し込む隙など一切存在しない。
呼吸すらも止めたその時、ランスロットが放った蹴撃によって間合いが空けられる。
そして、ようやく左肩に走る痛みに気付いた。
動かせないほどの深手ではないが、数合打ち合えば必ず左腕は機能しなくなる。
この男を前にしてそれは、死を表していた。
「
彼女の体が淡い光に包まれる。肩の傷が癒え、腕に力が戻る。
ジャンヌは決して狂騎士から目を離さず、後方の男に礼を言う。
「ありがとうございます。助かりました」
「キリスト教にとっては異教の魔術だけどな。そこんところは良いのか?」
「主は汝の隣人を愛せよと仰いました。奉じる神の違いなど、何ら問題ではありません。ましてや私たちは仲間です──良い援護を、期待していますよ」
そう言って、彼女はランスロットの脳天へ旗の穂先を叩き付ける。それは容易く躱され、再度打ち合いが始まった。
──ああ、なるほど。
これが聖女たる由縁。
人に愛されるという才能。
彼女の旗下に人が集う理由とは、これなのだ。
理解して、ノアは口角を僅かに上げた。
似ている人間を知っている。
ならば、やることはもう決まっていた。
「ロマン、サーヴァントの反応は本当にここにあるので全部か?」
「『うん、そうだけど…何だってこんな時に?』」
「何故、あいつらはここにいた? 俺たちの足取りを追っていたはずでもないだろ」
「『…………そういうことか! 賭けだけどやってみよう! 機器の精度を上げてみる!』」
ノアは懐からいくつかの木板を取り出す。
手のひらに収まるほどの木板には、一様にルーンが刻まれていた。彼はジャンヌへそれを投げ渡す。
「……これは!?」
「魔力を通せばさっきの魔術と同じ効果が得られる。俺は少しここを離れる、あとは任せた! できれば藤丸たちと合流しろ!」
「──はい!」
彼女の返事に迷いは無かった。
竜の魔女に対抗する仲間として、ノアを信じたのだ。
良い援護を期待している──彼がその言葉に違うことがないと願って。
剛腕が唸る。
吸血鬼の隔絶した腕力。それを惜しみなくマシュの盾へ叩き込む。
如何に人外の力と言えども、聖剣の一撃を防いだ守りを崩せるはずもない。
ぞくり、と少女の背中に悪寒が走る。
「くっ!?」
マシュが立っていた地面から、血の杭が突き出す。森のように群生した杭を回避しきれず、千々に鮮血が飛び散った。
彼女は転がるように立香の元へ戻る。どうやら直撃は避けたようで、戦闘不能なほどの重傷にはなっていない。
数多の戦場を経験し、生き延びたヴラド三世とマシュでは、潜り抜けてきた死線の数が違う。単純なスペックでは埋め切れない実力差があった。
立香は魔術礼装を起動し、マシュの傷を治癒する。
「助かります、先輩…!」
「気にしないで。ジャンヌさんの方は──」
言葉を遮るように、横合いからジャンヌが跳んでくる。それに遅れてランスロットが跳び込む。
不思議と狂騎士が追撃を行うことはなく、鎖に繋がれた獣のようにジャンヌを見据えていた。
「おかしいですね。あれほどジャンヌさんを狙っていたのに、急に大人しくなるなんて」
「それもそうだけど、リーダーはどこに?」
「何かすることがあるそうで、どこかに走っていきました。今は彼を信じましょう」
立香とマシュは顔色を青くする。
「り、リーダーを……」
「信じる……?」
「えっ、そういう扱いなんですか!?」
立香は大いに頭を悩ませ、
「うーん、あれはあれで能力だけは本物だから……ジャンヌさんも騙されないように注意してくださいね!」
「は、はい。もしかして私も騙されて…?」
「──随分と呑気なのね、聖女様は。なんて愚かしいのでしょう」
蒼天に響く乙女の声。それは歌うように軽やかで、隠し切れない……隠そうともしていない憎悪が熱狂していた。
堕ちた聖女。
黒き外套を纏い、空を埋め尽くすほどの飛竜を従える。
竜の魔女とジャンヌ。姿形こそ瓜二つだが、その性質は正反対。決して相容れぬ溝があることを、立香は感じ取った。
けれど、本人たちの目にその姿はどう映っただろうか。
竜の魔女は、聖女を愚かで無知な童女と断じ、ジャンヌは───
「──誰ですか、貴女は」
分からない。
その有り様が、心根が。
彼女の内に渦巻くのは、世界を焼く憎悪のみ。
感情の波濤を無理やり人型に押し込めて、皮をかぶせたような異質さがあった。
故に、理解できない。
たとえどんな人生を送ろうとも、憎しみしか持たぬ人間は生まれ得ぬのだから。
「信じられぬのならば何度でも教えましょう。私はジャンヌ・ダルク。祖国フランスを救うため戦い、そして殺された! あの屈辱を忘れたなどとは言わせない!!」
魔女は吼える。たちまち彼女の周囲に炎が燃え広がり、上空の飛竜が鳴動した。
ジャンヌは呟く。
「貴女は、憎しみしか知らないのですね。暴力でしか、生き様を表現できないのですね」
悲痛に顔を歪ませ、かつて多くの同士を導いた旗を握り締めながら。
「私には、貴女のそんな在り方が、ひどく……哀しい」
──聖女の慈悲。
汝の隣人を愛せよ、と。
それは敵にも贈られるものなのだと、彼女は主張した。
しん、と辺りが静まり返る。
嵐の前の静けさか。
龍の魔女の逆鱗に触れた。それは間違いない。
どちらにしろ、彼らに勝機はない。
まず数が違いすぎる。敵サーヴァントは今や四体。さらには空の覇者たる飛竜が軍勢を成して、リヨンを蓋している。
逃げ場は無く、勝ち目は潰された。
決着をつけるには一言で良い。
竜の魔女は言った。
「殺しなさい」
言い終わるが早いか。
瞬間、ふわりと風が吹く。
この場には似つかわしくない、爽やかな薫風。
見るも鮮やかな薔薇の花弁を乗せ、それはどこまでも駆け抜けていく。
魔女は風の生まれた先、廃墟の屋上へ目を向けた。
そこにいたのは、音楽家を侍らせたひとりの乙女。彼女は初めて恋を知った少女のように笑い、詩を吟じるように言葉を紡ぐ。
「わたし、とても感動しました」
穢れがない。
虚妄がない。
「あんな風に敵を愛せるヒトを、わたしは初めて知ったから。子どもの頃憧れた聖女さまは、想像以上に最高なのね!」
喩えるなら、彼女は一輪の華だ。
我ここに在りと咲き誇る大輪の乙女。
「マリー・アントワネット、フランスのために戦います!
マリー・アントワネット。非業の運命を辿った王妃は、跪く音楽家へ声を掛ける。
彼は天上の如き音を轟かせ、名乗りを上げた。
「僕はヴォルフガング・アマデウス──」
「『
……上げようとした。だが、どこからか巻き起こった蒼き魔力の津波が、空中の飛竜を消し飛ばしていく。その轟音でかき消されてしまった。
せっかくの口上を不意にされた音楽家は、目を丸くする。
「……アレェ!? いま絶対そういう流れじゃなかったよなぁ!?」
あまりにも膨大な魔力ゆえに、その出処を探ることは難しくない。物陰で、こそこそと二つの影がうごめいていた。
「今のは俺に向けられた言葉ではなかったのか」
「どう考えてもそうだろ状況的に俺らなわけねえだろ。シリアスな空気が壊れちゃっただろうが」
「こういう時はどうすれば良いんだ?」
「とりあえず表出て謝ってこい」
建物の陰から、ひとりの大男が姿を現す。
褐色の肌と銀色の頭髪。竜殺しの代名詞とも言うべき大英雄は、ぺこりと頭を下げて、
「すまない、空気が読めないサーヴァントで本当にすまない」
「許します! 貴方とっても強いのね!」
「いや、僕は許してないからな!?」
稀代の音楽家は頭を抱えてのたうち回る。
騒ぎの合間を縫って、ノアはひっそりと立香たちの横に戻る。すると、彼女たちの何とも言えない視線が突き刺さった。
無論、そんなものに気圧される彼ではない。散歩にでも行ってきたかのような気軽さで喋り出す。
「とまあ、こういうことだ。あいつらがこんな街にいたのは俺たちを待ち構えてたんじゃなく、あの竜殺しを探してたってわけだ!」
「あの、過程をすっ飛ばしすぎです」
「先輩の言う通りです。しっかり説明してください」
なぜ、リヨンに敵がいたのか。そもそも奴らの目的はカルデア一行を倒すことではなく、この街に逃げ延びた竜殺しを追うことだったのだ。
竜の魔女は一行の動向を把握してはいなかった。彼らが出会ったのはここが初めてで、辿るであろう道筋を推定することもできない。
結果的にリヨンでの遭遇戦はどちらにも想定外のことだった。
ノアはジャンヌと別れた後、カルデアのレーダーを頼りに微弱なサーヴァント反応を見つけ出した。それがかの竜殺しの英雄であったのだ。
竜の魔女は、噛み付くように叫ぶ。
「なぜ動ける──!? その身には呪いが刻まれているはず!!」
「そこの彼の治療のおかげだ。呪いに侵された体でも、宝具を撃つことくらいはできる」
ケルト民族の神官、ドルイドの信仰ではヤドリギは生命力の象徴とされていた。しかし、ミストルティンは北欧の伝承であってケルトの伝承には登場しない。
既存の魔術基盤との融合。ノアはヤドリギという一点を以って、ミストルティンをドルイドの魔術と結び付けることに成功していた。
自己完結していた魔力と生命力の交換・譲渡。それを、他者とも行うことを可能としたのだ。
ノアは右手の手袋を外す。手のひらの皮膚を突き破って、植物の種が出てくる。
「これを飲むことで魔力と生命力の受け渡しができる。ヤドリギに寄生されることなくな。つまりいくら呪いに侵されてようが、耐えられる肉体があれば動くくらいは訳ねえ! ああ、俺の才能が怖い!」
「すみません、手から種出すのグロいんでやめてもらっていいですか!」
「藤丸、おまえも一個いっとくか?」
「遠慮しておきます! 私中学生まで錠剤飲めなかったんで!」
けれど、それは完全な治癒ではない。
いくら魔力や気力が満ちていようと、呪いは解けていない。綻びた体を動かしても、それは徐々に崩れていくだけだ。
邪竜の血を浴び、不死身の肉体を手に入れたジークフリートだからこそ、この無茶は通る。ノアがマルタに同じ処置を行わなかったのは、このような事情のためだった。
つまり、竜殺しの大英雄は万全の力を発揮できていない。それは、竜の魔女とて理解しているだろう。
「──退きます。飛竜たちでは、あの剣には対抗できない。総員、矛を収めなさい」
竜の魔女の指示を受け、彼らは武器を収めた。が、ただひとり、ランスロットだけは聖女を斬らんと殺意を漲らせている。
魔女は、冷ややかに命じた。
「退きなさい、ランスロット」
令呪を込めた一声。何かに縛り付けられたようにランスロットは一瞬硬直し、飛竜に飛び乗った。
飛び立つ寸前、竜の魔女とジャンヌは互いを見据える。
言葉はなかった。
しかし。彼女たちの目は、言葉以上に本心を伝え合う。
(──ああ、また、神の声は聞こえなかった)
その悔恨が誰のものであるかなど、今は彼女たちにすら分からなかった。