自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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終局特異点 極天の流星雨 冠位時間神殿・ソロモン
第79話 それは、未来を奪い返す戦い①


 人はみな、運命の奴隷だ。

 誰もが生まれるべき時に生まれ、死ぬべき時に死ぬ。その定めを覆す術はなく、また、逃れる道もない。たとえそれが苦難に満ち溢れたものだとしても、全ての人間は盲目の白痴の如くに運命を受容することを強いられる。

 呆れるほどに積み重なり、懲りもせず螺旋を描いていく運命という名の鎖。

 彼もまた、そのしがらみに囚われたひとりだった。

 

〝わたしがイスラエルの神、主をさしてあなたに誓い、あなたの子ソロモンがわたしに次いで王となり、わたしに代って、わたしの位に座するであろうと言ったように、わたしはきょう、そのようにしよう〟

 

 イスラエル全土を制覇した偉大なる父。王の理想とも謳われた先王は自らの末子に神の王国を託した。

 全ては天の主の託宣のように。他の継承者たちの策謀も甲斐無く、選ばれた末子は当然の如く王へと祭り上げられたのだ。

 

〝祭司ザドクは幕屋から油の角を取ってきて、ソロモンに油を注いだ。そしてラッパを吹き鳴らし、民は皆「ソロモン王万歳」と言った。民はみな彼に従って上り、笛を吹いて大いに喜び祝った。地は彼らの声で裂けるばかりであった。〟

 

 その時の彼の心持ちは如何様だっただろうか。

 新しき王を祝福する民衆の熱狂。姿を見せるだけで平伏し、頭を下げる神官たち。それは、この世の全てを手に入れたと錯覚するほどの光景だろう。

 だが、王国には除かねばならぬ腫瘍があった。

 長兄アドニヤ。彼もまたダビデの子であり、王位を狙っていた。軍の司令官ヨアブと祭司アビヤタルを取り込んだ彼の勢力は巨大な派閥を形成し、しかし、ダビデの決定によって望みを絶たれたのである。

 外戚が王と国にとって禍いとなった例は史上数多い。ダビデを継ぐ者はアドニヤを排除する必要があった。

 

〝ある人がこれをソロモンに告げて言った、「アドニヤはソロモンを恐れ、今彼は祭壇の角をつかんで、『どうぞ、ソロモン王がきょう、つるぎをもってしもべを殺さないとわたしに誓ってくださるように』と言っています」。〟

 

 結局、長兄に王たる器はなかった。

 敗北が確定すれば部下たちに責任を取る度量もなく、自ら王のもとを訪れる度胸もなく、無様にも命乞いをする腰抜け。

 ソロモンはそんな兄の現状を聞き届け、困ったように微笑んだ。

 

〝───ああ、困ったなあ。私はそんなこと、一度たりとも考えたことはないのに。王の子として育てられた彼が王座を望むのは仕方のないことだ。君、兄にはこう伝えてくれるかい〟

 

 若き王は兄の愚かさを笑って許した。

 王位継承の順位は確かに兄の方が上で、幼き頃より周囲から後継者として期待を注がれていた────それを台無しにされ、己が得るはずだったあらゆる栄誉を弟に奪われる。そんな人の心を、彼は否定しなかった。

 

〝もし彼がよい人となるならば、その髪の毛ひとすじも地に落ちることはなかろう。しかし彼のうちに悪のあることがわかるならば、彼は死ななければならない……とね〟

 

 使者は一句たりとも違えることなく、アドニヤに王の言葉を伝えた。彼はそれを受け容れ、王の地位は揺るがぬものとなる。

 そして、ダビデは息を引き取り、イスラエルは真にソロモンのものとなった。

 ただし。アドニヤの命運はとうに尽きていた。神によるものではなく、王によるものではなく、ただ、彼の愚かしさ故によって。

 

〝彼女は言った、「どうぞ、シュナミびとアビシャグをあなたの兄弟アドニヤに与えて、妻にさせてください」。〟

 

 シュナミ人アビシャグ。イスラエル国中から選び出された絶世の美少女。歳を重ね、冷えていくダビデの肉体に熱を与えた侍女。アドニヤは彼女を我がものとするため、ソロモンの母を介して懇願したのである。

 ダビデはアビシャグを湯殿に招き、閨に呼んでいたものの、決して彼女と交わることはなかった。だが、アドニヤは己が情欲のために彼女と体を重ねようとしているのだ。

 だから。

 

〝主はモーセに言われた。姦淫をしてはならない、と。自身の情欲のために女を求めることもまた同じだ。彼は既に心の中で姦淫したのだから〟

 

 ソロモンはあの時と同じく。

 困ったように、微笑んでいた。

 

〝うん、殺すしかないかな。彼は彼自ら、心のうちに悪があることを証明した。その命は絶たれなければならない〟

 

 当時、姦淫の罪を犯した者に対する刑はただひとつ。死刑であった。

 肉親の殺害に一切の感情を滲ませることなく、王は刺客を放ち、兄を暗殺した。

 しかして、王の辣腕は留まるところを知らない。

 

〝アビヤタルは許す。彼は我が父のために契約の箱を運び入れた功労者だからね。ただしヨアブは別だ。彼は父の預かり知らぬところで他の軍長の子を二人殺した。主の道に背き、国を揺るがす大罪人だ。よって死刑とする〟

 

 淡々と。

 眉ひとつ動かさず。

 彼は冷酷なまでに命令を降した。

 かくして、王国は堅く定まる。

 長兄の勢力を排除し尽くして。

 それが、神の定めた運命であったから。

 誰かが、彼を見てこう思った。

 ───王は人の心がない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長く短い浮遊感を経て、Eチームはレイシフトを遂げる。

 無数の星々が散りばめられた獣の中域。満点の星空に放り出されたかのような景色の中で、彼らは息を呑んだ。

 この光景に、ではない。

 今、垣間見た王の記憶───全ての魔術師の祖にして、神に比類なき知恵を与えられた男の姿が、確かに網膜に焼き付いていた。

 

「『これが、貴様が憧れる男の真実だ』」

 

 綺羅星の宙域に響く声。

 その音色は重厚で、どこか、哀れみに満ちていた。

 

「『奴に人の心はなかった。それどころか、己を奮い立たせる矜持も、人々に捧げる慈愛もなく、ただ神の下僕として国を治めた』」

 

 魔術王。かの王の名を称したはずの存在は、他人事のようにソロモンを語る。

 それは、魔術王の瑕疵を表していた。

 

「ようやく正体を現しやがったな、解釈違い野郎。で、まだ玉座に引き篭もったままか? ソロモン王の名前を借りなきゃ人前にも出てこれないヘタレが!!」

「今回ばかりはわたしもリーダーに同意です。七つも仕込んだ特異点を攻略されたからとビビっているのですか?」

「途中でひとつ余計なのもありましたが。主にサクラとかいうアホのせいで」

「いやあ、もはや懐かしいですねえ。私がこんなところに来るなんて思いもしませんでしたよ。今回は替えの下着も持ってきました」

「ああ、そういや第四特異点で漏らしてたな、お前」

「───そ、そう! ここまで来たからには絶対に逃がさない! 私たちであなたをフルボッコにします!!」

 

 立香は放っておけば雑談が始まりそうな空気を強引に断ち切って、中空に指を突きつける。

 虚空に響く声はどこまでも傲慢に言い切った。

 

「『囀るな、小娘。退路を断たれたのは貴様らの方だ。あの日焼き残した塵芥を、今ここで無に還そう』」

 

 大気が震える。

 大地が捻れる。

 天地の鳴動とともに、魔の尖塔が氾濫した。

 ───魔神柱。魔術王の眷属にして、その権能の象徴たる七十二柱の魔神。そのことごとくが姿を現し、おぞましき威容をもって屹立する。

 

「『血肉を撒き散らし、我が許へと寄り縋るがよい。貴様らは歩を進める度に知るだろう。あの男が如何に愚かしく、虚ろであったかを!!』」

 

 魔術王の哮りとともに、魔神柱の群れは一斉にその眼球を輝かせる。

 岩肌の如き体表を埋め尽くす、瞳の閃き。それらは全く同時に煌めく。閃光、赤光、眼光。いくつもの輝きが折り重なり、虚空の中域を無色に塗り潰す。

 ひとつひとつが対軍宝具に匹敵する威力を秘めた群星のカーテン。神を僭称するに相応しき威光の発露を前に、ノアはニタリと唇を歪めた。

 

粒子魔術(ウロボロス)

 

 瞬間、天を覆う光の層が逆流する。

 たった一言。それだけで、魔術王が支配する一帯の法則は彼の手に明け渡された。

 空そのものが落ちてくるかのような魔力の濁流は余すことなく魔神柱へ翻り、その身を焼き潰した。赤熱し、崩れ倒れていく敵の姿を見て、ノアは満面に魔神柱の威容も薄れるほどの邪悪な笑みを広げる。

 

「ヒャハハハハハハハ!! グロ大根如きが今更何本出てこようがフォウの屁の突っ張りなんだよ! 全員まとめて三角コーナーに追放してやる!!」

「冬木の時は秒で逃げてたくせに……」

「何か言ったかキリエライト。天才の天才たる所以は成長するからこそだろうが。いや、コネでAチーム主席取ったおまえには理解できない話だったな。すまなかった、気にすんな凡才なすび」

「先輩、この人を殴る許可をください! 今日という今日はどちらが上か証明してみせます!!」

「こんな時に!?」

 

 ノアの粒子魔術は無属性魔術で創った素粒子を周囲に散布することで、射程圏内の物理法則を改竄する。それは神秘の領域に属するマナ・オドといった魔力も例外ではない。

 魔神柱をも脅かす力。魔術という枠組みと概念を数十歩飛び越えた、超常の御業。だが、この魔術には二つの難点があった。

 ひとつは素粒子を介して任意の現象を起こすための演算の負荷。もうひとつは無属性魔術特有の莫大な魔力消費。特に後者は一流の魔術師が束になっても足元にさえ及ばないノアであっても、無視はできない負担だ。

 しかし、今の彼の表情はそんなデメリットは微塵も見受けられなかった。即座に復活する魔神柱はみな、その手のひと振りで砕き散らされていく。

 サーヴァントのお株を奪う光景を目の当たりにして、ダンテは冷や汗をハンカチで拭った。

 

「いやはや、ノアさんは末恐ろしいですねえ。当分私たちの出番はなさそうです」

「アンタの出番は永遠にないかもしれないですけど?」

「それに、末恐ろしいっうならあいつの方だけじゃねえ。あいつをここまで成長させちまった魔術王と─────」

「────ダ・ヴィンチちゃんの技術力ですわ」

 

 彼らの背後に佇むカルデア。人理を護る基地はいまや、誰も肉眼では捉えられなかったであろう全容を晒していた。蟻の巣の如く通路を張り巡らせた要塞。カルデアはその至る箇所から雪花のような粒子を散らしている。

 

「『対終局特異点ひみつ道具、衝撃のファーストウェポン───架空粒子拡散装置!! ノアくんがこの前十五回ほどぶっ倒れながら創った素粒子をふんだんに撒き散らすカラクリさ! そのまま魔術王まで感動のフィナーレといこうじゃないか!!』」

「ああ、俺たちの戦いはここからだ!!」

「ダ・ヴィンチ先生の次回作にご期待ください───!!」

「『ねえこれ本当に最終決戦なのかなぁ!?』」

 

 相変わらずのアホさを発揮するマスターコンビに、ロマンは迫真の表情で叫ぶ。もはやとっくに慣れたはずだが、期待は悪い方向に裏切るのがこの二人なのだ。

 一方的に嬲られる魔神柱。幾度目かの砲撃もあっさりと跳ね返され、自らの身を焼いてしまう。

 しかし。吹き荒れる魔力の乱流を、ひとつの影が切り裂いて抜ける。

 

「ならばその旅路、ここで打ち切りにしてやる!!」

 

 三つ首の犬頭を持ち、烏のように黒々とした大翼をはためかせる怪物。その姿形を視認し、ノアとロマンは同時に真名を見抜いた。

 

「「『────ナベリウスか!!』」」

 

 ソロモン七十二柱、序列二十四位ナベリウス。人間のあらゆる技芸・学問を発達させ、失われた名誉を回復する力を持つとされた悪魔。

 ナベリウスは魔神柱に堕した不完全な体を脱ぎ去り、伝説に語られる真体へと羽化を遂げていた。

 失われた名誉を回復する───ナベリウスの権能。それは、この宙域より失われた魔術王による法則の支配権をノアの手元より簒奪する。

 ノアは両の眼を冷徹に細め、首を鳴らす。

 

「想定済みだ。素粒子の性質を書き換えてもいいが───出し惜しみはしねえ。立香ァ!!」

「はいっ! マシュたちはリーダーへの日頃の恨みをナベリウスにぶつけて!」

「了解です。見せてあげましょう……わたしの新必殺技『決戦術式アラウンド・マイマスター』を!!」

「格ゲーじゃないと使えないじゃない、それ」

 

 ジャンヌはマシュの尻をナベリウスへと蹴り飛ばした。ペレアスは剣の腹で肩を叩きつつ、空いた手をダンテの背に打ち付ける。

 

「よし、オレたちも行くぞ。確かお前も新必殺技あったよな?」

「ええ、『嘆願術式ヘルプミー・マスターウェルギリウス』のことですね」

「全く新しくありませんわ。持ちネタですわ。味がしない天丼ですわ」

 

 ダンテを除いたサーヴァント一同はナベリウスに向かって駆け出す。

 三つ首の烏は飛翔する。戦闘機の最高速度にも匹敵する速度の突進はサーヴァントのみならず、マスターらを狙うものであった。

 空気が破裂し、衝撃が耳朶を叩く。ナベリウスの突貫は他所に一切の被害を振りまくことすらなく、盾の前に阻まれる。

 マシュは眉ひとつ歪めなかった。左足を杭のように地面に打ち込み、全身の捻りでナベリウスを振り飛ばす。

 

「軽い、軽すぎます! どれくらい軽いかと言えば歌舞伎町のホストが囁く愛の言葉くらい軽いです!!」

「『それは流石に軽すぎない!?』」

「軽い言葉は他人だけでなく自らをも呪ってしまいますわ。囁くものが愛なら尚更です。やはり適度な重さがなくては」

「真面目に語ってるけど、アンタの重さは度を越してるでしょうが!!」

 

 ジャンヌは額に青筋を立て、ナベリウスの片翼を焼き千切る。直後、黄金の剣閃が残った翼さえも斬り落とした。

 ペレアスは流れるように三つ首目掛けて刃を払う。だがその寸前、横合いから放たれた熱線がナベリウスを蒸発させる。

 騎士に傷はない。

 彼の瞳は瞬時に熱線の源を向く。

 視線が合う。横たわる魔神柱の表面に咲いた、菱形の眼球。ナベリウスを焼いたのはまさしく、その瞳であった。

 ───何故?

 同士討ち。考えるまでもない下策中の下策。完全を名乗る魔神柱たちが選ぶはずもない選択肢。その答えを、騎士はすでに知っている。

 

「……()()()()()。お前らでもこれは怖いか」

 

 魔の尖塔がざわめく。ノアに打ちのめされた魔神柱たちは復活を遂げ、地上に氾濫する樹木のように、あるいは生地に押し寄せる津波のように、天へと林立していた。

 魔神柱たちは並列に繋げた思考回路を用いて、瞬時に脅威度を測定する。

 最も警戒すべきはノアトゥール・スヴェン・ナーストレンドによる素粒子の性質変化。ナベリウスの権能ごと法則を改変し、魔術王の支配権を再奪取されること。それをしたとしても、権能とのいたちごっこだが───彼は魔術回路を回すどころか、これみよがしにあくびを決め込んでいた。眠くもないくせに。

 そして、もうひとりのマスターは脅威として考慮はするが、その度合いは極小。故に狙うべきはノアとペレアス。魔神柱の群れは大気に満ちるエーテルに干渉し、破裂させる。

 

「……『add_invalid』」

 

 けれど、彼らが望んだ現象は起きなかった。

 蓮の花弁にも似た半透明な結晶の重なり。少女が携える杖の先端は淡い光を放っていた。

 

「『対終局特異点ひみつ道具、撃滅のセカンドウェポン! フォトニック結晶クラウド化システム!! ふっふっふ、これからはIoTの時代なのさ。時代遅れの魔神柱諸君にはちょっと理解が及ばないかな?』」

「魔力の流れからして俺たちを吹き飛ばそうとしてたみてえだが、無駄だったな」

「魔神柱の攻撃も簡単に防げる。そう『魔女の祖(アラディア)』ならね」

 

 フォトニック結晶。『魔女の祖』の演算能力の核となっている物質である。そしてこれはカルデアの運営を支える発明、霊子演算装置・トリスメギストスを構成する素材でもある。

 『魔女の祖』はトリスメギストスの演算能力をネットワークを通じて借り受けることで、コードキャストの性能を著しく上昇させた。

 そう、この空間そのものにコードキャストの効果を書き加えるほどに。

 

「ジョ○ズもびっくりの新技術だ! とっとと死ね大根詰め合わせパックが!! おまえらとの文字数稼ぎももう飽きたんだよ!!」

「リーダー! いま活躍してるのは私です! 調子に乗るべきは私なんですから、勝手に相乗りしないでください!!」

「私もその調子に乗らせてもらってもいいですかねえ。出番とかなさそうな気配ですし」

「無賃乗車やめてくれます?」

 

 空間にさえも作用するコードキャスト。その強化の後押しを受けたペレアスたちを止める術は魔神柱たちにさえもなかった。

 とん。ノアたちには知覚できようもない玉座の上で、魔術王は肘掛けを軽く叩く。

 故に、彼らには突如その変化が起きたように見えただろう。

 繭を内側から割る蝶のように。

 一斉に、魔神柱たちは偽りの肉体を脱ぎ捨てていた。

 それぞれが通常の霊基の格など容易く飛び越えた存在。未だ復活を許されぬフラウロスを除いた七十一の魔神の軍勢。ヒトがどれほど小細工を弄そうと、彼ら魔神は単騎でさえ不条理に踏み砕く。

 有無を言わさぬ数の暴力。

 単純だからこそ抗いようのない理不尽の具現。

 なればこそ、今までの特異点は児戯だったのだろう。面影など見るべくもない肉の柱如きを送り込んでいたのだから。

 勝ちの目が崩れ去る。たとえ法則を操ろうと、空間に法則を書き込もうと、決して揺るがぬ盾があろうと────これほどの群れを前にしては意味がない。子どもが虫の足をひとつずつ捥いで遊ぶみたいに、ゆっくりとなぶり殺しにされる。

 

「全権能、並列接続。重奏射撃」

 

 七十一の魔神による権能の協奏。

 世界にかかる負荷は甚大。空間にノイズが生じ、人間たちを取り囲むように星が輝く。

 それはまるで、断頭台の刃のようだった。

 

「「だから───────」」

 

 けれど。

 

「「────それが、どうした!!!」」

 

 今を生きる人間に、そんなことは関係がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたたちならそう言うと、信じていました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星空に棚引く、聖なる旗。

 それは彼女の誇りであり信念。

 ひとりの少女が背負った運命。

 ひとりの少女が手にした矜持。

 ひとりの少女が捧げ持つ慈愛。

 謳い上げるように、彼女は唱えた。

 

「『我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)』!!」

 

 天使の護りが、神の愛が、降り注ぐ。

 能力を数値で表したならば、魔神の重奏はその護りをも貫く。旗が貯め込んでおけるダメージの許容量など容易く突破していた。

 だがしかし。

 それは正真の天使による守護。

 天の御使い、神の下僕より与えられたそれを超えることは───神の隷奴であったソロモンの魔神であるが故に───不可能だった。

 全ての魔力を吸収し、揺るがぬ矜持に傷はひとつも無し。

 旗の聖女は振り返り、咲き誇る花のように微笑む。

 

「まずは賞賛を。あなたたちは険しい道のりを踏破し、この場所へと辿り着きました。もう一度、私にその苦難を乗り越える手助けをさせてください」

「……先輩、とんでもない問題が発生してしまいました」

「うん……これは絶対に見過ごせない……!!」

「な、何がです?」

 

 立香とマシュは虚ろな目をしたジャンヌを引き寄せて、

 

「「こっちの黒い方とどう呼び分ければいいんですか!?」」

「………………真ジャンヌとかどうでしょう?」

「は? それだとアンタの方が上みたいで嫌なんですけど。宝具の撃ち合いで負けたこと忘れたんですか?」

「仕方ねえな。俺が決めてやる。邪竜にまたがる方とまたがられるほ」

 

 ドゴ、とペレアスとオルタの方のジャンヌの拳がノアを撃沈させる。地面に倒れ伏した彼に足で追撃を加える二人を背景に、立香たちは考え込む。

 

「順当に行けば聖女の方と魔女の方ですが。先輩はどう思います?」

「腹ペコの方とツンデレの方じゃない?」

「ルーラーの方とアヴェンジャーの方、ですかねえ」

「どちらか一方でも区別できれば良いのですわ。神風怪盗の方とか」

「あの、どっちもジャンヌなのが問題なんですけど。しかもどっちも神風怪盗じゃないですし」

 

 いつにも増してアーパーな物言いをするリースに、立香は突き刺すように言った。そんな会話を見届け、魔神たちは哮り立つ。

 

「くだらぬ。たかが英霊一騎が増えたところで、我らを斃せると付け上がるな!!」

 

 殺意の波濤が辺りを舐める。

 ひねくれてない方のジャンヌは打って変わって、研ぎ澄まされた眼差しを中空に投げかけた。

 

「たかが英霊一騎。その通りです」

 

 ───ですが。

 

「救世の戦いに私だけが駆けつけるほど、彼らは薄情でもなければ無欲でもありません」

 

 いくつもの流星が空を飛び交う。

 ただ一度。

 たった一度。

 カルデアと肩を並べ、刃を交えた。

 繋がりと言うにはあまりにも細い糸。

 しかし、その糸は誰にも断ち切れぬほど(つよ)く。

 邪竜と人間が命を散らした草原。

 三者の王が覇を競う血濡れの野。

 数多の海賊が宝を求めた大海原。

 常に暗き闇に閉ざされた霧の都。

 人の業を果てなく積み上げた荒野。

 聖槍の女神がヒトを選別する聖地。

 ■白の偽■が創■■天照ら■葦■原。

 創世の母神が呑み込まんとした大地。

 共に戦い、殺し合った八つ───七つの特異点の英霊たちが、輝ける星の如く舞い降りる。

 その輝きの前に、魔神たちは成す術なく砕き散らされていく。

 極天に降り注ぐ流星雨の下、聖女は高く高く旗を掲げた。

 

「───聞け! この領域に集いし一騎当千、万夫不当の英霊たちよ!!」

 

 その旗は希望。数多の命が蝋燭の灯のように消えていく戦場で、兵士たちが前に進み、奮い立ち、つるぎを振るうための輝き。

 

「本来相容れぬ敵同士、本来交わらぬ時代の者であっても、今は互いに背中を預けよ!」

 

 故にこそ、彼女の他に相応しき者はいなかった。

 

「人理焼却を防ぐためではなく、我らが戦友(とも)の道を開くため!」

 

 神の命を受け、ヒトを率いる紅蓮の乙女。

 最期の最期まで誰かのために生き続けた少女にこそ、数多の英霊を導く旗手となる使命は与えられた。

 

「我が真名はジャンヌ・ダルク! 主の御名のもとに、貴公らの盾となろう!!」

 

 ───カルデア管制室。司令塔たるその場所は絶え間なく押し寄せるアラート音に包まれている。

 それは警報でも警告でもなく、歓喜に震えるラッパのように。

 ロマニ・アーキマンは胸の内で早鐘を打つ心臓の猛りを声に乗せて吐き出す。

 

「ああ───そうか。そうだ。これが!!」

 

 思わず胸元を握り締める。

 その光景が、星々の輝きが眩しすぎて、頭を下げてしまう。

 ダ・ヴィンチは彼の襟を掴み、無理やり前を向かせた。

 

「おいおい、どんな絵画も落書きに見えるような奇跡だ。かぶりつきで見るのが礼儀ってものだろう?」

「……うん、そうだね。まだ始まったばかりだ。最後まで、見届けないと」

「全くだ。振り返ってみなよ、あの引きこもりもおめかしして出てきてるぜ?」

 

 ダ・ヴィンチが親指で指した先。白い装束を纏ったソフィアが机に腰掛けていた。ロマンが何かを言う前に、知恵の女神は告げる。

 

「安心しろ、この空間は特殊だ。私が出てくるのに立香の魔力は必要ない」

「……あなたも、一緒に戦ってくれるんですか?」

「私はもっぱら観客で、舞台に上がる趣味はないが───とびきり一番大好きな役者がいるからな。握手くらいはさせてもらうさ」

「本当に、それだけかい?」

 

 意識に滑り込むようなダ・ヴィンチの問い。

 ソフィアは背を向け、管制室の扉に手をかける。そこで彼女は立ち止まり、不敵に言う。

 

「聖女があいつらの道を開くというのなら、ロマニ・アーキマン。私が、お前の道を仕立ててやる」

 

 そうして、知恵の女神は去った。

 彼はその背中を見送り。

 決意するように、手中に何かを握り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「再起せよ。再起せよ。溶鉱炉を司る九柱。即ち、ゼパル。ボディス。バティン。サレオス。ブルソン。モラクス。イポス。アイム」

 

 九つの悪魔は重唱する。

 

「我ら九柱、音を知るもの。我ら九柱、歌を編むもの」

 

 その存在意義を、燃やすべき信条として。

 

「七十二柱の魔神の名にかけて、我ら、この灯火を消す事能わず……!!」

 

 魔神の編隊が襲い来る。

 その機先を制すべく、彼は宝具を解き放った。

 

「『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』!!」

 

 黄昏の斬撃が敵陣を浚う。

 竜殺しを成し遂げた無双の聖剣にして魔剣。邪なるモノを討つという点において、世に並ぶ武装はあれど超えるものはない。

 その一撃は九柱の魔神を余さず死に至らしめた。

 マシュはじとりとした目で呟く。

 

「……あれだけ大仰に登場して一撃でやられるなんて、わたしだったら一週間は部屋から出てこれません。恥ずかしすぎて」

「枕に顔埋めて暴れたくなるよね」

「むしろ後々思い返して発狂したくなるのが質悪いですよねえ」

「そこら辺は流石竜殺しの先輩ってところだな。尊敬するぜジークフリート」

 

 ジークフリート。ペレアスにその真名を呼ばれた英雄は無表情のままに答えた。

 

「俺はあなたが羨望を覚えるほどの者ではない、ペレアス。俺はひとりの妻も幸せにできなかった不出来な男だ」

 

 ずぅんと重い雰囲気を纏うジークフリート。その様子は竜殺しの大英雄という称号も陰らせるような闇で色づいている。

 苦笑いするしかできない立香に並んで、カルデアの良妻賢母代表リースはむむむと唸り声をあげた。

 

「ですが、ジークフリートさんの愛はきっと伝わっていたはずですわ。クリームヒルトさんに求婚するために試練を乗り越えている訳ですし」

 

 クリームヒルト。ブルグント王グンターの妹であり、絶世の美少女と名高き姫。ニーベルンゲンの歌の中では、ジークフリートは彼女の噂を聞きつけてブルグントを訪れ、求婚するに至っている。

 グンターとその妻ブリュンヒルトとの確執、ハーゲンによる夫の暗殺、それらを経てクリームヒルトは復讐を誓い、物語の主軸は彼女に移っていくことになるのだ。

 ジークフリートはその強靭さが嘘のように背中を丸める。立ち絵の時点でだいぶ丸めているのに。

 

「俺は口下手なんだ。初めて彼女に会った時も、あまりの可憐さに怖気付いて逃げ去ってしまった。こんな夫ですまない……もし君たちが彼女に会うことがあったなら、愛していると伝えてくれないだろうか……」

「きゃーっ! めっちゃあまずっぺーですわ! ドキがムネムネしますわ!! 私がその時代にいたら絶対やらしい雰囲気にしてさしあげましたのに!!」

「マジでやめろよ!? ハーゲンより先に首斬られるぞ!!」

「コイバナの気配を嗅ぎつけてわたしが参上! マリーにもお聞かせ願いたいわ!」

 

 ガラスの馬を駆って颯爽とインターセプトを果たしたのは、パンがなければケーキを喰らうことでお馴染みのフランス王妃だった。

 

「ニーベルンゲンの歌、当然私も読了済みです! 愛の言葉を言えないのなら行動で示せば良いじゃない!」

「えっと、マリーさん。マリーさんにまでそこのドスケベ精霊と同じようなことを言われるのは……」

「? どういうこと立香さん? 想いを手紙にしたためるとか、花束を贈るとか、色々あるでしょう?」

 

 マリーは純真無垢な顔で疑問をあらわにする。立香は清楚さにおける完全敗北を思い知り、逃げるみたいにマシュとジャンヌに向く。

 

「……どうしよう、いつの間にか染められてたかもしれない!!」

「安心してください! わたしもむっつりです! ピンクなすびです!!」

「解決になってねーのよドアホなすび!!」

 

 と、コイバナとも名状し難い冒涜的な混沌が繰り広げられている裏で、魔神たちは復活を果たしていた。

 ジャンヌは上空から落ちる一撃を大きく足を開いて受け止めながら、

 

「あの、こちらも手伝っていただけないでしょうか!? そろそろキツいです!」

「え、それ僕に言ってる? 無理無理、こんな場所で音楽家にできることなんてスピーカーになるくらいだから」

 

 モーツァルトはどこぞの騎士の如く、ポロンポロンと音を奏でていた。愛しのマリーが男はなかなか立ち入れない乙女話に興じているという悲しみのセレナーデである。

 そこに、既にダンテを捕獲していたノアがやってきて、首を掴んだ。

 

「芸術系の英霊どもはどいつもこいつも使い物にならねえな。俺が全員バーサーカーに改造し直してやる」

「『とりあえずバーサーカー出しとけば勝てるからね。もう全員バーサーカーで良くない?』」

「何を言ってるんですかダ・ヴィンチちゃん!? サーヴァントのクラス差別は深刻な問題をもたらしますよ!!」

「そうだそうだ! まあ僕たちはクラス以前の問題だけど! 主に人格が!」

フォフォフォウ(自覚あるのかよ)

 

 反論にならない反論をするモーツァルトとダンテはずるずると引きずられていく。その悪魔の歩みを黒い甲冑の騎士が止めた。

 

「Arrrrrrrr……」

 

 手を前に出し、首を左右に振るランスロット。ペレアスはそれを見て訝しむように目を細める。

 

「……お前、余計なこと喋らない分バーサーカーの方がマシじゃねえか?」

「Aurr!?」

「なんか動揺してるのは分かりますわね」

「mum……」

「単語は喋れるんですね。ますますセイバーの方より好ましく思えてきました」

 

 ペレアスとリース、マシュはじっとりとした視線をランスロットに差し向けた。なお、この宙域のどこかでセイバーの方が謎の寒気を覚えたことは言うまでもない。

 ランスロットは逃げるように魔神たちへと突撃していく。狂したりと言えども武技は衰えず、周囲のあらゆる物質を宝具化させることで暴れ散らかしている。

 さらに。地面より無数の杭が突き上がり、魔神を刺し貫く。ランスロットは杭の一本を引き抜き、敵へと投擲した。

 

「……さて、ペレアス卿。以前交わした約定を果たしてもらうぞ。忘れたなどと申すことは許さぬ」

 

 ランサー、ヴラド三世。ワラキアの公主は緩やかに微笑み、騎士の横に並んだ。

 ペレアスもまた応えるように獰猛な笑みを広げ、

 

「当たり前だ! 約束を守らない騎士は騎士じゃねえ───オレたちでサクッとあいつらを倒すぞ!!」

「ああ、存分に踊るが良い! 余が指揮を執ってみせよう!」

 

 公主と騎士は同時に敵の群れへ飛び込んだ。数え切れぬほどの杭が咲き乱れ、黄金の斬撃が散華する。二人の戦いを止め得る者は誰もいなかった。

 リースは携帯端末のカメラをその光景に向けながら嘆息する。

 

「私の旦那様がかっこよすぎて困りますわ……推し活が捗ってしまいます。またHDDを用意しなくては」

「ふふふ、分かりますよその気持ち。私たちにも最高の推しがいますので」

「ええ、推しは精神と生活を豊かなものにしてくれます」

 

 ぬっ、と現れるセイバーとキャスターのジル・ド・レェ。むっつりな方のジャンヌとむっつりな方のジャンヌは鏡合わせみたいに微妙な表情をした。

 

「……アンタらも来てたのね。しかも別側面のコンビで」

「わ、私は喜ばしく思いますよ。何も知らぬ田舎娘の私を公私で支え続けてくれたジルにはとても感謝しています」

「ジャンヌ、貴女がいるのなら私は火の中水の中あの子のスカートの中だろうと駆けつけてみせましょう」

「しかし、それだけではありません。私たちにはあるひとつの夢があるのです」

「「嫌な予感しかしないんですが」」

 

 ジルコンビは同時に眼球を飛び出させて、絶叫するように言い放つ。

 

「「そう、この戦いに勝った暁には『Wジャンヌに両耳から囁かれる安眠ASMR』を作成販売するという夢が!!!」」

 

 刹那、疾風迅雷の速さで両ジルの眼球に指が叩き込まれた。武田信玄も拍手を打つレベルだった。立香とノアは地面をのたうち回る変態二人を乱雑に押し退ける。

 

「同じ顔してるだけあって息が合ってるじゃねえか。いっそ合体したらどうだ?」

「腹ペコとツンデレが合わさり最強に見えますね。そういえば、マルタさんとゲオルギウスさんの姿が見えないんですけど……」

 

 すると、ホムンクルスのために世界の壁を飛び越えてそうな方のジャンヌはスマートフォンを取り出して、ぎこちなく操作する。

 

「あのお二人からはL○NEの聖人グループで〝今立て込んでるからまた後で会いましょう〟というメッセージが……」

「いや、聖人グループってなに? 聖人が何人いると思ってるのよ」

「私も把握しきれてはいませんが、毎年バレンタインの日は聖ウァレンティヌスさんがチョコのスタンプを連打するので彼は有名ですね」

「もうそれヤケクソだろ」

 

 ノアはどうでもよさそうにツッコんだ。なんとなく聖ウァレンティヌスの闇が垣間見えた瞬間である。

 立香はちらりと瞳を横に流し、ひそひそと話す。

 

「ヤケクソと言えば、アレどうします?」

 

 立香に視線を合わせると、その先では、

 

「ロベスピエール……!! 貴様、性懲りもなく王妃を狙うつもりか!!」

「王妃を狙う? は、ギロチンの刃で首を落としたお前に言えたことか!! 首切り役人ならば人形の如く佇んでいろ!!」

「うん、もう駄目だな、これ」

 

 激しく切り結ぶロベスピエールとサンソン。それをデオンは腕を組んで眺めていた。彼、もしくは彼女の美貌は虚ろな諦念で塗り潰されている。

 革命の嵐が吹き荒れた時代。ロベスピエールら権力を掌握したジャコバン派は、何人もの人間をギロチンの刃によって打ち首にしていた。

 ルイ十六世、マリー・アントワネットに始まり、数々の権力者・著名人を殺した。中にはでたらめな暗殺計画を何故か成功させてしまったひとりの少女もいて。そのほとんどの処刑に関わったのが、サンソンであった。

 そして、ロベスピエールの首を刎ねたのもまた。

 ───牢獄を訪れた時、この男は嘲るように微笑っていた。

 

〝……まもなく処刑が始まる。法が、民衆が、望んだ結末だ〟

〝知っている。逃れるつもりはない。私の死によってフランス革命は完成する。この国は生まれ変わるぞ、あの男の栄光の下にな〟

〝───あの男?〟

 

 ロベスピエールは笑みを深める。

 

〝ナポレオン・ボナパルト。私の弟が見出した軍人だ。アレの才覚はこの狭い国に収まらない。必ずや熱狂の時代を創り上げるだろう〟

 

 一寸先に死が迫る状況で。

 未来を思い描くように、奴は言った。

 

〝……貴様の関係者ならば、今頃逮捕されているはずだ。その男もいずれ処刑される〟

〝いいや、処刑などできはしない。この国に使える将校はもはやいない。ルイに引きずられるように、貴族どもが国外へ逃亡したからな。だから、この国はたったひとりの青年の手に受け渡される〟

 

 背筋が凍る思いだった。

 脳裏を過ぎる、ひとつの悪い想像。

 もし、もしも。

 ロベスピエールが徹底的に政敵を、時には仲間すらもギロチンにかけてきたのは、革命の淀みを全て己に集約し、死によって濯ぐことでナポレオンという男に権力の座を明け渡すためだったのではないか、と。

 けれど。

 

〝だが────ああ、私の理想は、成せなかったか〟

 

 理想に溺れ、それでももがき続けた男は拳に血が滲むほど悔やみ、首を刎ねられた。

 平等の実現という理想。

 誰もが等しいという夢想。

 そこにかけた情熱は、誰もが認めざるを得なくて。

 だから、多くの人がロベスピエールという偶像に惹かれた。ロベスピエールという名の光に焼かれた。

 叶えることも馬鹿馬鹿しい理想は。

 きっと、何よりも美しくキレイだった。

 ギン、と刃が火花を放つ。

 

「『死は明日への(ラモール・エス)────」

 

 サンソンの宝具はギロチンの刃によって相手の首を断つ処刑の具現。

 それは逸話の再現だ。

 サンソンによって処刑されたロベスピエール。第一特異点と異なり、理性の女神無き彼にその再現から逃れることはできない。

 刃が振り落とされる直前、サンソンとロベスピエールの頭上に鋼鉄の拷問器具が落下した。

 

「ギロチン。苦痛なく命を絶つ処刑器具……なんてつまらないのかしら」

 

 かすかに漂う、血の匂い。

 血の伯爵夫人、エリザベート・バートリー───カーミラ。彼女は粉砕されたギロチンの残骸に腰掛け、二人に向けて命令を飛ばす。

 

「貴方たち、服を脱いで絡み合いなさい」

「『何言ってるんですかこの人!?』」

「黙りなさい、下男。これは趣味よ。生前なんて夫と私の愛人同士をまぐわら───」

「はいストップストップ!! R-18発言はこの藤丸立香が許しませんよ!!」

 

 人類最後のマスターは咄嗟に止めに入る。

 正直、カーミラには近寄りがたい。まだまだ経験も少なかった頃に交戦したサーヴァントで、生身まで傷付けられている。召喚に応えたということは敵対するつもりはないのだろうが、それでもあの記憶は拭えない。

 が、人にはやらねばならぬ時がある。不健全な発言を許すわけにはいかないのだ。

 カーミラは立香の顔を見て、ふっと微笑む。すると、その真っ白な手を立香の頬に当てた。

 

「……あら、綺麗になったじゃない。(いろ)を知ったのね」

 

 どきりと心臓が跳ね上がる。

 経験豊富な大人の女性の余裕。まるで心の内をまっさらに暴かれているかのような眼差し。蛇に睨まれた蛙みたいに硬直する立香の後ろで、リースはうんうんと頷いていた。

 

「やはり分かってしまうものですわね。女が美しくなる時、そこには常に恋の影があるのです」

「後方師匠面やめてくれますかリースさん。わたしは決して認めませんよ!!」

「前方後輩面してるアンタに何の権利があると?」

「ああ、せっかくシリアスっぽくなってたのに……」

 

 人間要塞の方のジャンヌはさあっと涙を流した。分かってはいたつもりだったが、ここにはあの時いなかったリースという追加戦士がいる。その戦闘力は聖女を持ってしても計り知れなかったのだ。

 マスターの片割れが危機を迎えているのを他所に、ノアは地面に突っ伏すサンソンとロベスピエールの背中を踏み締める。

 

「おまえらの乳繰り合いは13話の時点で飽きてんだよ、主人公の俺に台詞を明け渡せモブども!!」

「私の上に立つ必要が何処に在る、馬鹿が!!」

「俺が人の上に立つ人間だからに決まってんだろうが。俺の名の下に全ての人間は平等だ」

「ひ、人はそれを不平等と言う……」

 

 サンソンは土を食みながら呟く。

 互いに対する戦意も萎えかけてきたその時、ぱからぱからとガラスの馬がやってくる。デオンを伴に連れた馬上には当然、フランス王妃マリーがいた。

 ロベスピエールはノアを跳ね除けると、剣の柄に手をかけた。その瞬間、王妃を護るべく、デオンとサンソンは咄嗟に身を割り込ませる。

 しかし、ロベスピエールはその剣を柄ごと投げ捨てた。

 

「……貴女に訊きたかったことがひとつある」

「答えましょう。貴方にはその権利があり、わたしにはその義務があります」

 

 男は、真摯に王妃を見据える。

 

「王家は、本当にフランスを見捨てたのか」

 

 それは、彼自身の疑念を抉る問いだった。

 ヴァレンヌ事件。ルイ十六世、マリー・アントワネットを含む時の国王一家が革命の機運の高揚に際して、国外へ逃亡しようとしていたことが明るみ出た事件である。

 これは当時のフランス国民に多大な衝撃を与えた。

 本来国を治めるはずの王家が、民を護るはずの王族が、どちらをも捨てて逃げようとしている────この一件は王朝の凋落を決定付けてしまう。

 結局、一家は捕縛され、パリへと連れ戻された。国民たちの怒りと憎しみの全てを背負わされて。

 そうして、ルイ十六世は裁判の末に処刑された。

 …………ロベスピエールは瞼を伏せ、あの光景を思い浮かべる。

 二万人の群衆が詰め寄せるコンコルド広場。その場は沈黙に覆われていた。民衆が向ける視線には好奇と、憎悪と、憤怒と───あらゆる混沌とした感情が渦巻いていた。

 王は言った。

 

〝私は無実のうちに死ぬ〟

 

 厚顔無恥な男め。

 

〝……私は無実のうちに死ぬ〟

 

 貴様こそがあらゆる禍根の源だ。

 

〝私は私の死を作り出した者を許す〟

 

 誰も貴様の許しなど請うてはいない。

 誰もが貴様の罪を許しはしない。

 

〝私の血が二度とフランスの地に落ちぬよう、神に祈る〟

 

 遂に、貴様は愚かなままに幕を閉じた。

 お前の死を作り出したのはお前自身だ。

 許されたかったのは他の何者でもないお前自身だ。

 ルイ十六世に王たる度量はなかった。否、フランス王家に人の上に立つ器量はなかった。そうでなければ、道々に物乞いが溢れ、死体が転がり、年端もいかぬ子どもが犯罪に手を染めるアラスの町ができるはずがない。

 故に王妃も同罪だ。

 彼女も例外なく、ギロチンの刃にかけられなくてはならない。

 その斬首がなされた後、民衆は口々に叫んだ。〝共和国万歳(Vive la République)〟と。

 彼女が愛したフランスは、もうなかった。

 数日後、一枚の手紙が発見された。

 王妃が義妹に宛てた手紙。要は遺書だ。

 その文面に、死への恐怖はなかった。

 ただ、家族への愛があった。神への信仰心があった。

 手紙は涙でインクがところどころ滲んでいた。その涙はきっと自分のためでなく、愛する者たちのために流れたものだった。しかして、心に生まれたひとつの疑問。

 こんな人間が、本当に民を見捨てられるのか───?

 

「……あんなこと、したくはありませんでした」

 

 王妃はぽつりと語る。

 

「あなたたちの悲しみは、憤りは、すべてすべてわたしたちの罪。それが、どんなにフランスの民の心を傷付けるか分からないはずもなかったのに」

 

 でも、と彼女は唇を噛む。

 ぷつり、と皮膚が切れ、血が流れるほどに。

 

「でも、それでも、わたしは───我が子を、失いたくなかった…………!!」

 

 そう。

 つまるところ。

 彼女は、聖女にはなれなかった。

 見知らぬ誰かのために命を擲つよりも、身近な愛する人の命を護ることを選んだ。

 

「ごめんなさい。降りしきる雨の中で賛辞を捧げてくれた貴方を、最後まで、太陽の下に連れ出すことができませんでした」

 

 ロベスピエールの学生時代。

 彼は学院を訪れたルイ十六世夫妻に対して、500人の生徒の中からスピーチを捧げる代表に選ばれた。

 数時間も雨に降られ、読み上げた言葉を聞く二人は馬車の中。それが終わると、彼らはすぐに立ち去ってしまったという。

 その経験が、後の革命家に与えた影響はあまりにも大きく。

 ロベスピエールは心中の汚濁を吐き捨てるように笑う。

 

「そうか。もういい」

 

 彼の手に灯る、白き炎の灯明。

 それは彼が信じた理想の体現、理性の光であった。

 

「王妃よ。貴女もまた……救われるべき人間だったのだな」

 

 ───それが分かっただけでも、十分だ。

 ロベスピエールはノアを見据える。

 

「全ての人が等しいという理想。それはまだ果たされていないのだったな」

「ああ。だが俺がやる。キリシュタリアってやつもな。英霊の座で目ぇかっぽじって見てろ」

「ならば征け。魔術王とやらを討ち果たし、理想の果てを実現してみせろ」

 

 天に掲げる、理性の光。

 理想の灯火のもとに、彼は告げた。

 

「お前たちの道は私が照らす!! 神を名乗り、王を騙る不届き者なぞことごとく否定してみせろ!!!」

 

 彼の輝きは人に自由を保障する光。

 従属を強いる契約などもってのほか。それはこの光が否める悪に他ならない。

 なればこそ、魔術王の眷属たる魔神は近付くことすらできなかった。現在七十一体の魔神から九つが切り離されてしまえば、その戦力の低下は甚だしい。

 Eチームは、その路を駆けた。

 魔術王の玉座への扉を開くために。

 

「ジャンヌ・ダルク!!」

 

 聖女は叫ぶ。

 自らの名ではなく、彼らとともに戦う少女の名を。

 

「───貴女に、神の御加護があらんことを!!」

 

 彼女は口の端を吊り上げて、

 

「ハッ! 余計なお世話……!!」

 

 視線も交わさず、その言葉を受け止めた。

 次なる宙域に入る寸前。ノアは振り返り、ひとつの小袋を聖女に投げ渡す。

 

「……これは!?」

「開けりゃ分かる! しくじるなよ腹ペコ聖女!!」

「太らないように気をつけてくださいね!」

「サーヴァントは太りませんが!?」

 

 そんなこんなで、溶鉱炉はなんやかんや突破されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………アレ、私の出番は!!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「再起せよ。再起せよ。情報室を司る九柱。すなわ」

「ちょぉぉぉっと待ったああああああ!!!!」

 

 魔神たちの名乗りを遮り、立香とノアは聞き慣れた美声に顔をしかめた。

 今まで多数の出演を果たしてきたトカゲアイドル娘は肩を怒らせながら、Eチームに詰め寄る。

 

「私、第一特異点にいたんだけど!! なんで一切触れられてないわけ!? 私準レギュラーでしょう、視聴率取るなら出す以外の選択肢ないじゃない!!」

「キーキーうるせえなトカゲ娘。おまえだけだぞ、誰にも望まれてないのに出演してるやつ。おまえというキャラは骨の髄までしゃぶり尽くされてんだよ、せめて全身メカになるくらいのインパクト背負ってから来い」

「そうですよ。それに大人の方が登場したんだから良いじゃないですか。ウチのフォウくんなんて長らく存在を忘れられてたんですよ?」

フォウフォウフォフォフォウ(マジで忘れたやつ許さねえからな)

 

 フォウくんはぺっと唾を吐いた。唾棄すべき世界への一撃と言えよう。

 来るなりそんなやり取りを見せられたロード・エルメロイⅡ世もとい諸葛孔明は精神安定剤のたばこを口に運ぶ。

 

「……相変わらずのようで安心だ。いや、失望したと言うべきか。その体たらくでよく今まで戦い抜いてこられたな」

「グレートビックベン☆ロンドンスターじゃねえか。いきなりヤニ吸ってんのか? 肺がゴキブリ色になるぞ」

「黙れ。これは各種薬草を巻いたモノだ。あとその呼び方をやめろ」

「まあいい。今頃あいつの家に仕込んだ魔術が発動して慌てふためいてるだろうからな。世界が元に戻った時が楽しみだ」

「おい何をした!? まさかそっちの私はイタズラ騒ぎの最中に焼却されたのか!?」

 

 ノアは何も言わず、邪悪な笑みでもって返した。

 かの征服王イスカンダルの少年期である英霊アレキサンダーはからからと笑って、

 

「トンチキと言えばこの特異点もそうだったよね。ローマ三国志大戦、またやるかい?」

「私は構わんぞ。レフの排除に手を取られたが、今度やれば私が勝つ!!」

 

 と、来た見た勝ったの三拍子揃った皇帝カエサル。ダンテは額を流れる冷や汗をハンカチで拭き取る。

 

「わ、私は勘弁してほしいですねえ。どこ行ってもローマとか地獄でしかなかったんで。魔神柱に変身した時なんてジャンヌさんに燃やされましたから」

 

 Eチーム三人娘は懐かしむように頷いた。

 

「そういえば最初敵でしたね。あの時はまあまあビビりましたよ?」

「あのミステリアスはどこに行ったのか……わたしたちはそれを探るためアマゾンの奥地に向かった……」

「アマゾンの奥地でも失ったミステリアスさは見つからないでしょうけど。まさかここまでヘタレでポンコツでアホとは思わなかったわ」

「ほらこんな有様ですよ!! こんなことになった原因の半分はカエサルさんにあります、傷ついた私のために謝ってください!!」

 

 カエサルは心底どうでもよさそうに、

 

「貴様に頭を下げるくらいなら元老院の議員どもに踏まれた方がマシだ。むしろ貴様が私に土下座しろ。貴様が弱すぎるせいで負けたも同然なのだからな!!」

「えっ、土下座で許してくれるんですか? オプションで靴舐めもお付けしますが?」

「お前にはプライドとかねえのか!?」

 

 ペレアスは自然な流れで屈み込んだダンテを掴んで立ち上がらせる。土下座ソムリエ第一級資格持ちの芸術的な土下座は陽の目を見ることはなかった。

 そこで、立香とノアは背筋に目線を感じる。振り向くと、薔薇の皇帝ネロ・クラウディウスがリスのように頬を膨らませて二人を見つめている。

 

「立香、そしてノアトゥールよ。ほんの片時とはいえ、栄えあるローマ帝国の軍師と宮廷魔術師を務めたのだ、まずは余に挨拶するのが筋であろう!!」

「それ構ってもらいたかっただけだよね?」

 

 勝利の女王ブーディカは苦笑した。ローマへの隔意は拭えるはずもないが、このポンコツ姿を見せつけられては少しは緩むというものだ。

 ノアは目を平べったくして、びしりと人差し指を突きつける。

 

「それよりシモンのアホを躾けておけよ。ラスボス面で暗躍してやがるぞ」

「正直とんでもなく迷惑です。なんで雇ったんですか」

「なぬ!?」

 

 思ったより辛辣な反応をされて、ネロは後退った。

 

「し、シモンはすごい魔術師だったのだぞ? 余もついついシモンの像を建ててしまったほどだ。ロクスタとは犬猿、否、ム○クガチ○ピンの仲だったが……」

「『別にその二人は仲悪くないですからね!?』」

「先輩、わたしは知ってますよ。すごい魔術師なんて大体人格破綻者だということを」

「うん、身近に良い例がいるからね」

 

 その元凶はわざとらしく首を傾げる。

 

「全く見当がつかねえな。誰のことだ?」

「「…………」」

「…………苦労しているな」

 

 孔明は悲壮感を纏う少女たちの背中に思わず同情したのだった。彼も才能ある魔術師に振り回される経験は人並み以上にあるほうだ。模造ナイフで英霊を喚ぶアホとか、銀髪美少女が関わるとアホになるアホとか。

 敵前で堂々と話し込む彼らの声を遮るように、魔神たちは謳い上げる。

 

「さ、再起せよ。再起せよ。情報室を司る九柱。即ち、オリアス。ウァプラ。ザガン。ウァラク。アンドラス。アンドレアルフス。キマリス。アムドゥシアス。我ら九柱、文字を得るも」

「───そうだ。お前たちもローマに他ならん」

「!!?!?」

 

 驚愕する魔神一同。神祖ロムルスは槍の切っ先を彼らへ突き立てる。

 

世界(ローマ)とはローマである。そして、我ら皆にローマは宿る。ローマから生まれし者であるが故に。我が(ローマ)に還れ、お前たちがローマであるならば!!」

「ローマ版人類補完計画か?」

 

 ノアはさらりと言った。立香はローマの濁流を耳から流し込まれ、くらくらと目を回していた。

 リースは何食わぬ顔で、

 

「私はペレアス様のお嫁さんですわ」

「善き(ローマ)を得たな、ペレアス」

「いや、オレたちはローマっつうかブリテン……」

「それもまたローマである」

「ジャンヌさんはツンデレかポンコツかどっちですか?」

「おい」

「否、ローマである!!!」

「なにこれローマbotなの?」

 

 またもやブーディカは苦笑した。ロムルスはEチームの面々をひとつずつ眺め、小さく口角を吊り上げる。

 

「いずれ顕れる我がローマの罪は私が浄める。如何なる苦境であろうと面を伏せるな、なすびの如き少女よ」

「そこはローマじゃないんですか!?」

 

 マシュことローマは目を見開いて叫んだ。

 ロムルスは言いたいことだけを告げ、魔神の群れへと身を投げる。そこには既に、血肉を撒き散らして戦うバーサーカーたちがいた。

 

「魔術王! 我らが人類史に対する圧制者! これぞヒトの自由を示す闘争!! 総身に走る痛みこそが誉れの証───故に! この歩みは果てに至ろうぞ!!」

「■■■■■■■■■────!!!」

 

 圧制への叛逆者スパルタクス。そして、征服王の好敵手ダレイオス三世。狂奔の極致に在りし二体のサーヴァントは、魔神の攻撃をその身で受け止め、返す刀で確実に相手の息の根を刈り取る。

 そこにロムルスが加われば、辺りは凄惨なる殺戮場から勇壮なる戦場へと一変する。全てを貫き、全てに通じる槍───その穂先は一度に数十の打突と化す。

 その様は蹂躙と言う他ない。

 ダンテは安堵の表情で肩を下げる。

 

「もうあのお三方に任せておけば良いのでは?」

「いいや、武功を見逃すなんて勇者の恥さ。ということで行くよ、先生!!」

「仕方あるまい。名軍師の策を振るってみせよう」

「貴様もだ、ダンテ。今度こそ私の役に立て!!」

「ヒィィイィィイイイイイ!!!」

 

 かつての超神聖ローマ帝国とネオローマ連合の王と宰相コンビは走り抜けていく。それに続いて、ブーディカも己の戦車に飛び乗った。

 

「それじゃ、私も行こうかな。ちょっとばかり良いところも見せておかないとね!!」

 

 第二特異点に集いしは皆、並ぶ者無きであった。

 だからこそ、この場は誉れ高き武勲を手にすることができる楽園。世界を救う。それに勝る武功などあるはずもない。

 一度敵が定まっているのなら、過去の怨恨は朝露の如し。

 彼らが語らうべきは命の火が燃え盛る戦場だ。魔術王の眷属を前にして、戦士たちは一様に笑顔を浮かべていた。

 

「……で、アンタは行かなくていいの?」

 

 ジャンヌは視線を傾ける。

 

「征くとも。けれど……そうか。こういう戦いも、あるのだな」

 

 フン族の大王アルテラ。あらゆる文明を破壊する巨刃、神の鞭は星を望む夢想家のように目を細め、戦士たちの闘争を瞳に収めていた。

 彼女にとって、戦いとは破壊することであった。

 そこに情は存在しない。余計なしがらみなど剣を惑わせるだけの鎖だ。

 だのに、彼らは溢れんばかりの情を抱えていて。己を戒める鎖を引きずりながら戦っている。

 何故、と己に問いかける必要はない。

 なぜなら、彼女はもう知っている。

 詩人が見せてくれた天上の薔薇を。

 いつかどこかで、真の姿を受け止めてくれたマスターを。

 彼らがこんなにも眩しいのはきっと、

 

「───これは、未来を創る戦いだ。未来を奪い返す戦争だ。だったら、私はひと振りの刃としてではなくひとりの人間として道を繋ごう」

 

 光子の剣が灯る。

 情もしがらみも愛しく抱きかかえて、彼女は言い告げた。

 

「私に、ついてこい」

 

 その刃は破壊のためでなく。

 ヒトの歴史を紡ぐために放たれた。

 

「『軍神の剣(フォトン・レイ)』!!!」

 

 千紫万紅の光条が敵陣を貫く。

 アルテラの背を追うEチーム。薔薇の皇帝は満足げに頬を緩め、己が剣を手に取る。

 

「……ネロ帝」

 

 不意に、おずおずとした声がかかる。その声の主を視認し、ネロはあんぐりと口を開けた。

 

「ヘレネー───ヘレネーか!?」

 

 女はこくりと頷く。

 

「皇帝にお会いしたく、この場までやって参りました。戦場とは存じておりますが、お目通り叶うでしょうか」

「む、無論である! 近く寄るがよいぞ!」

「では、お恥ずかしながら」

 

 すとん、とヘレネーはネロの前で座り込んだ。その振る舞いに困惑するのも束の間、彼女は小さな声で喋り出す。

 

「私は、あなたの美しさに目を奪われていました。あなたが演じたパリスの姿は今も私の瞼に焼きついています」

「そうであったのか? てっきり余は退屈な劇と思われていると感じたのだが」

「いいえ、腹がよじれそうでした」

「演出の意図とは違うが、褒め言葉と受け取ろう。だいたい、それを少しは顔に出してくれても良かったのだぞ!?」

 

 ヘレネーはそれを無視して、

 

「あなたの最期を、私は知っていました。知っていながら助けようとしませんでした。如何なる罰も受ける所存です、皇帝よ」

 

 三度の落陽を迎えた果ての絶命。

 それを見過ごした私を裁いてほしいと、彼女は言う。

 ネロは剣を握り締める手の力を抜く。こつり、と切っ先が地面を叩き、ついには転がった。

 

「うむ。皇帝として、貴様に罰を与えよう」

 

 薔薇の皇帝は女の隣に腰を落ち着ける。

 手を重ね合わせ、瞳を突き合わせた。

 

「───真の名を余に教えよ、ヘレネー」

 

 目を見開く彼女に、まだまだ言葉を浴びせかける。

 

「確かに余の最期は……うむ、あれは最悪だった。痛いし、苦しいし、寂しくて泣きそうだった。というか泣いた!」

 

 だけど、とネロは翻す。

 視線を外し、二つの眼がそれを追う。

 先代皇帝、カリギュラ。かの男もまたこの宙域に集い、人類史の仇敵へと拳を振るっていた。

 

()は知っていた、この身が誰かに愛されていることを。私は知った、全てを捧げても良いと思える奏者(マスター)を。なればこそ、あの最期も、まあ、許せる!!」

 

 その瞳は、月を映していた。

 見たくなかった。

 見ようともしなかった。

 英霊としての皇帝ネロ・クラウディウスの物語を。

 もし、あの時と同じような結末を遂げていたらと思うと、遣る瀬無くて仕方なかった。

 それでも、彼女は刹那の内に垣間見た。

 遥か月の戦場で、己が信ずる者と歩む光景。

 くすり、と笑みがこぼれる。

 ───やっぱり、まだ、人間は捨てたものじゃなかった。

 

「……私の名はヘレン。ただの、ヘレンでございます」

「そうか、ヘレン。良い響きだ。この宙域で成したいことがあるのだろう。言ってみよ、余がその手助けをしてやる!!」

 

 首肯し、ヘレンは立ち上がる。

 

「とある男と約束を結んで参りました。かの王への道を仕立てる、と。ついてきてくれますか」

「あったりまえだ! しかし、ヘレンよ。戦えるのか?」

「少しは。お目汚しかと思いますが、本気を出すため私は脱ぎます」

「むっ!!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………結局、少ししか出番貰えなかったんだけど!!!?」

 

 なお、トカゲアイドル娘はさらなる出番を求めて走り出すのだった。

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