自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

92 / 117
第81話 それは、未来を奪い返す戦い③

 ソロモンには友好を交わした王がいた。

 現レバノン共和国、海に面する都市ツィリスの王ヒラム。そして、この国には彼と同じ名の青銅細工師がおり、他の職人の追随を許さぬ技を誇っていた。後世のとある世界的オカルト組織では、職人ヒラムの伝説を模倣した儀式を執り行うほどに。

 ソロモンはギブオンにて唯一なる主より知恵を授かった後、父王ダビデの遺言通りにエルサレム第一神殿───ソロモン神殿の建設に取り掛かることとなる。

 その際に頼りとしたのがヒラム王であった。彼は神殿建設のための資材を海路を通じて取引し、ツィリス随一の職人である同名の細工師を遣わせた。

 ソロモンは十八万人もの人材を投じて主の宮を造り上げた。そうして、大いなる天の主は王に囁くのである。

 

〝あなたが建てるこの宮については、もしあなたがわたしの定めに歩み、おきてを行い、すべての戒めを守り、それに従って歩むならば、わたしはあなたの父ダビデに約束したことを成就する。そしてわたしはイスラエルの人々のうちに住み、わたしの民イスラエルを捨てることはない〟

 

 神がダビデに約した恩寵───それなるはヒトとの間に交わした七大契約のうちのひとつ、ダビデ契約であった。

 ダビデが王座についていた時。契約の箱は天幕の内に据えられるのみで、簡素な安置をされていた。ダビデはその現状を嘆き、箱を納めるための神殿の建設を考える。

 そこで、神は預言者ナタンへの託宣を介して、王に言葉を授けた。

 

〝主があなたのために家を興す。あなたが生涯を終え、先祖と共に眠るとき、あなたの身から出る子孫に跡を継がせ、その王国を揺るぎないものとする。この者がわたしの名のために家を建て、わたしは彼の王国の王座をとこしえに堅く据える。〟

 

 言うなればそれは、ダビデと彼の血筋に対する契約だった。

 ①主の名を以ってダビデの家を興隆させる。

 ②ダビデの跡継ぎが治める王国を守護する。

 ③跡継ぎは神殿を建て、その玉座の地位を永遠に保証する。

 これらの条件を成し遂げ、恩恵を受けたのは───────

 

〝────主を讃えよ! 永遠の王国を讃えよ! 我らの神、全能なる父は下々の地に降り、我らとともに住まわれる! 先王ダビデの約定は今此処に果たされるのだ!!〟

 

 ソロモンはイスラエル全ての民に向けて、契約の達成を宣言した。

 王へ、神へと捧げられる民衆の歓声はまさに天地を揺るがすが如く。年端もいかぬ子どもから寝たきりの老人までもが王の声を聞き、王国の未来を祝福する。

 なぜならば、神は彼らが住まう王国が久遠に続くことを約した。その国を治めるのは比類なき知恵を備えたソロモン王であり、かの玉座もまた、永久に朽ちることはない。

 それはすなわち、己のみならず、自身の子孫の未来までもが約束されているということ。尽きることなき永遠の幸福の訪れを、彼らは心魂を込めて讃え上げた。

 ───()()。それを聞いた時、思わず魂が震えるのを感じた。胸の内に空いた虚ろな孔が暖かいもので満たされていくのを実感した。

 人間は不完全で、愚かで、間違いを認めて正そうともせず、また同じ過ちを積み重ね続ける。

 くだらない。そんな感情を何度も抱いた。飽きもせずに、呆れもせずに。

 だが、それももはや終わる。

 ソロモンが建てるとこしえの王国。神の法が不完全な人民を支配し、王の知恵によって蒙昧にして迷妄なる人心を統制する。その国においては王でさえも、支配構造の歯車にすぎない。真の統治者は唯一絶対不可侵の神であるが故に。

 であるならば、その永遠に瑕疵はない。

 私は確信した。

 これこそが、自身が気付いてもいなかった理想の具現であると。

 

〝……私の使命は終わった〟

 

 ソロモンは玉座の上で、そう独りごちた。空気に溶ける吐息のように、その言葉は誰にも届かず消えていく。彼の声音には役目を成した達成感もなく、ただ無情の響きだけを伴っていた。

 ───何を言っている? この男は。

 貴様の使命に終わりはない。

 神の知恵を得た王として、永遠の王国を永久の玉座から永劫に統治する。それこそが地上でただひとり、ソロモン王だけが成し得る奇跡だ。

 ならば、その魂魄の一片まで、永遠の実現に捧げるべきではないのか。

 そう言うと、ソロモンはあの時と同じ、困った笑みを広げた。

 

〝■■■■■。君はひとつ、勘違いをしているね〟

 

 滔々と、教えを諭すように。

 

〝───私は、預言を果たす者ではない〟

 

 ソロモンは、そんなことを宣った。

 意味が分からない。

 理解ができない。

 ダビデ契約は間違いなくソロモンを指している。あの内容に当てはまる者など、奴をおいて地上にひとりも存在しない。ソロモンはその思考を見抜いた上で、告げる。

 

〝私たちが視るべきものは現在ではなく未来だよ。神が望む永遠を叶えるにはまだ、解決すべき問題は山ほどある。対処すべき脅威もそうだ〟

 

 王は語る。

 この世界に存在する滅びの種子、そのほんの一部を。

 

〝1万4000年周期でこの銀河に飛来する遊星。その眷属たる白き終末の巨神。遥か彼方の地に眠る水晶の蜘蛛。そして、月の最強種(アルテミット・ワン)────タイプ・ムーン。この世には、世界を滅ぼす力なんて腐るほど転がっているんだ。…………だから〟

 

 玉座から腰を起こす。全てを見抜く千里眼は遊女たちに裁決を下したときのように、ここではないどこかを覗いていた。

 

〝始めようか。不確かな未来の証明を〟

 

 そうして、王は西洋魔術を創始することとなる。

 魔術回路を利用した奇跡の行使法。王は魔術を伝え教えるため、相応しき才覚を有する数人の弟子を招いた。

 今までに魔術師と呼ばれる者は何人もいた。それでもソロモンが魔術の始まりを担ったと言われる訳は、より多くの人間にその灯明を分け与えたことに由来する。

 神に選ばれし者でなくても、あらゆる人間を超越する才能を持っていなくても、ただ魔術回路があるだけで力を獲得できる。魔術とはヒトが辿り着く神秘の閾値を下げたのだ。

 王は弟子たちに魔術の粋を叩き込んだ。彼の教え方に、普遍的な師が持つ遠慮や慈悲はなかった。

 愚直なまでに知識を分け与え、実践を積ませる。その繰り返し。とても易しいとは言えない王の教授は、常人であれば一日と経たずに道を諦めるものだったに違いない。

 しかし、ソロモンが集めた弟子にはそれで十分だった。彼らはひとつの概念を伝えただけで、それを無数の事象と結びつけてさらに多くの理解を可能とする人間であったから。

 王もそれを知っていたからこそ、無駄な配慮は最初から切り捨てていた。1を教えて100を理解するならば、1000を詰め込む。

 加速度的に成長し、叡智を深める賢者の集団。ソロモンは驚くほどの早さで魔術という技法を学問として成立させてみせた。

 そんなある日、ソロモンはひとりの弟子を呼びつける。

 

〝キシュア。君に教えることは何もない。君は君の研究に心血を注ぐと良い〟

 

 その弟子は、眉根ひとつ動かさずに神殿を去った。

 平行世界の証明。それがキシュアと呼ばれた男に課された命題。彼は後の世に至上命題を達成し、第二魔法の担い手となって朱い月を撃破する。

 そんな未来を垣間見て、ソロモンは小さく息を吐いた。

 王は無感情に呟く。

 

〝───まずは、ひとつ〟

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……マジかよ」

 

 ノアは慄然と言葉をこぼす。

 魔術王の神殿。ロンドンにて共に戦った英霊たちが管制塔より次の宙域へと道を拓いた少し後、Eチームの脳裏には魔術王の記憶が刻みつけられていた。

 星海に揺蕩う大地を走り抜ける影。ノアを除くEチーム一行は、リーダーに生温かい眼差しを注ぐ。その中でも、特に深い見識を持つダンテはもごもごと喋り出す。

 

「今までは聖書に綴られている内容に魔術王の解釈が伴っている感じでしたが……まさかソロモン王が弟子を取っていたとは思いませんでしたねえ」

「そうか? 魔術を広めるなら良い手段だろ。確かに初耳だったけどな」

「ペレアス様。驚くべきはその中にかの魔道元帥がいたことですわ。彼は第二魔法の使い手ですから、実質ソロモン王が発端となったとも言えます」

「魔法なら私もバッチリ知ってますよ! 魔術よりもなんかすっごいやつですよね!」

「立香、それは知らないのと同じよ」

 

 ジャンヌはさめざめと言った。かくいう彼女も魔法について深く理解しているとは言えないのだが、マシュにマウントを取られることを警戒してそれを露わにはしなかった。

 そのマシュはノアの方をちらちらと流し見ながら、

 

「……ところで、リーダーの様子がおかしいのですが」

「いつものことじゃない?」

「そうですね。わたしが間違ってました。リーダーの様子がいつもよりおかしいです」

 

 ノアは全身を震わせて、飛び跳ねたり転げ回ったりしながらEチームを先導していた。さらに、時折笑い声をあげたかと思えば、歯を食いしばって石を蹴り飛ばしている。

 まるでバグありRTAの主人公のような挙動をするノア。彼の奇行は今に始まったことではないが、それにしても常軌を逸している。立香はそんな彼に声をかけた。

 

「落ち着いてくださいリーダー。現実世界で裏技でも見つけようとしてるんですか。ワザップですか」

「これが落ち着いていられるか!! ソロモンの弟子……時代が違ってれば絶対に俺が選ばれてた!魔法だって百個くらい開発してた!!」

フォフォウ(子どもかよ)

「キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ……あいつだけは許さねえ。俺の席を奪いやがって!!!」

「逆恨みがすぎませんかねえ!!?」

 

 逆恨みというか誤射だった。どこかでこれを見ているかもしれない宝石翁も、これには困惑を抱かざるを得ないだろう。

 ペレアスはのたうち回るノアを羽交い締めにする。

 

「キシュアってのが第二魔法……? の使い手らしいが、その人は助けに来てくれたりしねえのか? ソロモン王は脅威に対処するためにも弟子を取ったんだろ?」

「それは難しいと思いますわ。平行世界の観測者である彼が来てしまえば、この世界線を確定させることになってしまいますから。この世界の自分と競合する可能性もあるでしょうし」

 

 ノアは多少落ち着きを取り戻し、リースに続いて言う。

 

「そもそも魔法使いほどの存在が動けばいくつも歪みができる。地球が地震を起こして人を殺すみたいにな」

 

 例えば、極大の質量を持った星はそこに在るだけで、自らの重力によって時空を歪める。魔法使いやそれに類する規模の存在も同じように、その一挙一動が世界に影響を及ぼしてしまうのだ。

 そして、平行世界を司る宝石翁は世界線を認識すると、その世界を確定させてしまう。それが滅びを迎えるモノだとしても。

 故に、魔法使いは簡単には動けない。

 魔術王による人類史の焼却───そんなものは、彼が数え切れないほど見てきた滅亡のひとつに過ぎないのだから。

 そこで、立香はあることに気付く。

 

「───なんかリースさんが真面目!!」

「立香さん、私はいつだって真面目ですわ! 真面目にドスケベなのです!!」

「ついに自分で言い出した……!!」

「……そんなドスケベリースは魔法に詳しいみたいだけど、事情でもあるわけ?」

 

 ジャンヌは冷たく訊いた。同時に魔法への不理解を悪魔なすびに悟られぬための冴えた判断である。

 

「単に長く生きたこともありますが……西暦にすると20年でしょうか。その辺りから、死徒が現れるようになったのです。朱い月の影響ですわね。私たちはブリテン島に来る死徒を片っ端から駆除していたのです」

 

 立香は勢い良く挙手した。

 

「はい! 朱い月ってなんですか! 私の中の中学二年生が疼いてます!」

「月から地球を支配しに来たやべーやつですわ」

「……もしかして、この世界って魔術王が何もしなくても滅んでたんじゃ?」

 

 リースは苦笑する。気付いてはいけない事実に気付き、立香は正気度ロールを余儀なくされた。彼女に正気があるのかと言われれば疑問なのだが。

 

「それがソロモン王が危惧していたことなんでしょうねえ。これが聖書に記されていれば、後世の評価も覆ったでしょうか」

「そんなことねえだろ。ソロモンがシバの女王とヤッた話なんてクズそのものだぞ」

「『それはあくまでエチオピアの伝承! 伝承だから!! ソロモン王は無実に違いない! きっとそうだ!! というかノアくんはどっち側なんだい!?』」

「なぜドクターがソロモン王の肩を持っているんです?」

 

 マシュが不可解な視線を向ける裏で、ジャンヌはリースに問いをぶつける。

 

「じゃあ、湖の乙女は死徒から人間を守るために戦っていたってこと?」

「いいえ。ブリテン島を、ですわ。あの頃の私たちは割と人間とかどうでも良かったので……もちろん今は違いますが! ペレアス様にガッシリハートを掴まれてしまったので!」

「それはオレもだけどな。死徒はブリテン島を狙ってたのか?」

 

 リースはこくりと頷く。

 ───ブリテン島とは星の臍。地球に存在する神秘の心臓部であり、テクスチャを縫い留める最果ての塔が屹立する場所でもある。ブリテンにおける最果ての塔の端末が、アーサー王の聖槍ロンゴミニアドであったように。

 ブリテン島には絶大な価値がある。もしこの世界をひっくり返そうという魔術師がいたのならば、その者は間違いなくこの地に工房を構えるだろう。

 朱い月の目的は地球を真世界に戻すこと。それ故、地球法則を塗り替える場所としてブリテン島は最適だった。増殖する死徒とその親玉に対抗するため、魔術師たちはゼルレッチを頭目として同盟を組んだのだ。

 

「私たちはブリテン島を奪われると困るので、魔術師とは別に死徒を排除していました。そんなこんなで朱い月と魔道元帥の決戦を見たので、第二魔法に関してはちょっと詳しいのです」

「ペレアスさん。私初めてリースさんのことを歳上だと実感したかもしれません」

「そうか。ありがとう立香ちゃん」

「褒めてませんけど!?」

 

 兎にも角にも、リースの話はそれで終わりだった。魔術師の同盟と、魔法使いによる侵略者の討伐。そのどちらも、ソロモン王の行動がなければ達成できなかっただろう。

 少年の日、かの王の読み漁っても知り得ない物語。ノアは胸に高揚が満ちるのを感じながら、脳髄を冷ややかな思考に包んだ。

 

(……シモン・マグス。あのクソボケドアホ変態野郎は────)

 

 しかし、彼は思考を打ち切った。

 眼前を遮る門。次なる宙域への扉を蒼き瞳の内に捉える。

 ───今はこの瞬間に全霊を尽くす。魔術王は余計な迷いを抱えたままで勝てる相手ではない。

 

「あ、そうだリーダー」

「……なんだ、立香」

「生まれた時代が違ってたら、とか言っちゃダメですよ」

「あん? 俺が何言おうと俺の勝手だろうが」

 

 立香は得意げに微笑んで、

 

「だって、私と会えないのは嫌ですよね?」

 

 数瞬。ノアは呆けた顔をして、立香の額を指で弾く。

 

「───かもな!」

 

 走る勢いのままに、扉を蹴破る。

 魔術王の玉座への関門は半分を超えた。

 順当に行くなら、ここにいるのは第五特異点の英霊たち。

 また魔神たちの長ったらしい口上を聞くのかと思うと憂鬱だが、そこは文字数稼ぎになるので問題ないとして。

 立香とノアは真っ先に足を踏み入れる。直後、二人の眼前に魔神の姿が飛び込んだ。不完全な魔神柱としての肉体を捨てたそれは、有翼の鹿。尾は燃える炎のように揺らめいている。

 ソロモン七十二柱、序列三十四位フルフル。雷霆を操り、男女の情愛を呼び起こす悪魔の大伯爵。咄嗟にノアと立香が身構えると、

 

「ぐぼああああああああッッ!!!」

 

 悪魔は絶叫とともに、体内から飛び出した棘によって爆散する。

 マスターコンビの頭上におびただしい量の血液と臓物が降りかかる。人間ならば確実に致命傷だが、フルフルは二人の足元でピクピクと蠢いていた。

 その首筋に、紅き槍の穂先が突き刺さる。

 

「───遅えぞ。ここは戦場だ。チンタラ走ってんじゃねえ、小僧ども」

 

 ケルトの狂王クー・フーリン。彼はフルフルの首を蹴り飛ばし、マスターたちに詰め寄る。その迫力たるや、背後のダンテが地面に頭を擦り付けるほどだった。

 しかし、ノアは頭頂にへばりついた肝臓を投げ捨て、負けじとメンチを切る。

 

「俺たちに臓物ぶっかけといてなんだその態度は? まさかホワイトハウスで俺の魔術にぶっ飛ばされたのを忘れた訳じゃねえだろうなァ……!?」

「地味な騎士と反吐みてえな性根した槍女のおかげで得た戦果で粋がってんじゃねえ。サシでやる度胸がてめえにあんのか?」

「あるに決まってんだろ節穴。おまえこそあの地味男とボケが始まってきたタイツ女にやられる程度で、俺に勝てると思ってんのか?」

「俺が節穴、か。訂正しろ、アレはボケが始まってんじゃなくてもうボケてんだよ」

「ボケてることを訂正しろォォォ!!!」

 

 クー・フーリンとノアの臀部を槍が貫く。

 彼らは悲鳴すらあげる間もなく撃沈する。その槍を放った影の国の女王、スカサハは天に尻を差し出して痙攣する二人の背中を踏み締めてEチーム一行に近付いた。

 彼女は短く咳払いして、何食わぬ顔で口を開く。

 

「───遅いぞ。ケルトが練れておらぬ。武功を我が物にせんという気概はないのか」

「スカサハさん、この状況からリセットするには無理があります」

 

 立香は冷静に指摘した。地面に三つの無残な死体が転がった今、リセットボタンを押すには遅すぎたのである。

 スカサハは立香の抗議をさらりと無視してそっぽを向く。

 

「魔神と聞いて期待したが、的外れだ。私独りであれば多少は血湧く戦になったであろうものを」

 

 彼女が顎で差した方向では、数人のサーヴァントが肉塊の山を取り囲んでいた。

 

「良いぞディルムッド。もっとチタタプするんだ。フィオナ騎士団イチの剣技を見せてくれ」

「王よ。この剣一応海神から貰い受けたものなのですが。あと剣技関係ないです」

「待て。そんなに細かく刻んでは再生に時を要するのではないか? 戦を終えるにはまだ早いだろう」

「……付き合いきれねえ…………」

 

 フィオナ騎士団の主従とイワーク使ってそうな巨漢、そして竜殺しの王。この場唯一の常識人であるベオウルフは魔神のミンチの前で頭を抱える。

 Eチーム一行は半ば白目を剥いて、そんな光景を眺めていた。

 ジャンヌは愕然と、

 

「……最終決戦の中ボスがあんな扱いでいいんですか。ミンチになってるんですけど、ナレ死どころじゃないんですけど!?」

「魔神柱とはサンドバッグのことだった……?」

「せっかく真の姿を晒したというのに、登場してからこっち、株を下げ続けていますね。ジャンヌさんのように」

「1話から読み直してきなさい暴落なすび」

 

 第四の壁を飛び越えた危険な会話がなされているのを他所に、ダンテは諸手を挙げてタップダンスをキメる。

 

「す、既に形勢を決してしまったということですか!? さすがはケルト戦士ですねえ! 味方となるとこうも頼もしいとは!」

「否、それは違うぞダンテ」

 

 太陽神スーリヤの子、カルナ。黄金の鎧を肉体に宿す英雄はいつの間にかダンテの横に降り立っていた。

 その隣には同じくマハーバーラタの大英雄アルジュナ。共に英霊そのものであるなら、たとえソロモン王が操る正真の七十二柱でも持て余すであろう面子である。

 カルナは仏頂面のままで言った。

 

「オレたちインド戦士のことを忘れてもらっては困る。来るのがもう少し早ければ、チキチキ魔神討伐レースを見せられたのだが」

「お前ら仲直りしたんだな。殺し合っただけはある。よかったじゃねえか」

「いいえ、ペレアス。前回のアレは相討ちでした。チキチキ魔神討伐レースも今は停止中……決着はまだ着いていません」

「アルジュナさんって自分のことブレーキだと思い込んでるアクセルペダルですよねえ」

 

 ダンテはしみじみと告げた。事故不可避の存在である。自分でも認識していなかった事実を明らかにされて、アルジュナはぎくりと震える。

 

「そ、そんなことはありません。生前はむしろクリシュナを止める立場だったので」

 

 アルジュナ唯一無二の親友、クリシュナ。前世は双子の聖仙であったと言われるこの二人は、ともにドゥリーヨダナ率いるカウラヴァ陣営との大戦争を戦い抜いた。

 アルジュナにとってクリシュナとは時に助言を受け、時に叱咤される精神的支柱であった。カルナとの戦いにおいては、その助言が死後も続く宿縁を生み出したのだが───それは横に置くとして。

 彼の心理的にクリシュナがどれほどの位置を占めていたかと言うと、

 

「寝てる間に全身の毛穴からクリシュナを呼んだことがある程度です」

フォウ(なんて)?」

「ほとんどホラーじゃねえか」

「我が父スーリヤは神妃ドゥルガーに全身の毛穴から光線を発射する力を与えている。毛穴で名前を呼ぶくらい訳はないだろう」

「訳しかねーですわ」

 

 インドの毛穴事情は複雑怪奇であった。アルジュナの話を聞いて、この世のありとあらゆるブロマンスに目がないジャンヌは、頬をほのかに赤く染める。

 

「男の友情……イイじゃない。カウラヴァ陣営は特攻野郎カレーチームだったみたいだけど、ブレーキ役はいなかったんですか?」

「オレたちにそのような者はいなかった。……否、いなくなった、と言うべきか」

 

 ───誰よりも自信に満ち溢れているくせに、誰よりも性根が小さく、その口で正義を語ったかと思えば爛漫と悪事を成す、どの目にも明らかな矛盾を恥じもせずに体現する……そんな男がいた。

 やることなすこと無茶苦茶で、道理やしがらみよりも自分の感情を優先するような人だったから、周囲の人間はどうにかしてそれを止めようとする。

 けれど、彼は知っての通り道理の通じない男だったから。そんな努力は甲斐無く水泡に帰した。結局、音を上げるのは道理に従った方で、彼はそれを認識してすらいない。でも、彼のもとを去ろうとする者がいなかったのは。

 

「彼が、オレたちのような切り捨てられた者にとっての星であったからだ。路傍の小石と宝石を等しく扱う性だったからこそ、取りこぼされた人間は惹かれざるを得なかった」

 

 ───その点では。

 

「エジソン。お前は彼に、似ていたな」

 

 急に名指しされたライオン大統王は分厚い胸板をドンと張った。

 

「ふっふっふ、お褒めに預かり光栄だカルナくん! 私はあのすっとんきょうとはレベルの違う発明王であるからな!聞けば、私の名は遠い東洋の地にも響いているとか……」

「エジソンさんが偉い人なのは常識ですからね!」

「うむ。しかし反省すべき点もある。私は平気だったのだが、一日二十時間の労働を社員に強いてしまったからな」

「『え、それって普通じゃないですか?』」

「「………………」」

 

 そう言ってコーヒーを啜るロマンの瞳は、墨で塗り潰したみたいな混沌の闇を湛えていた。社畜として完成した男に一般的な価値観は通用しないのだ。

 立香はロマンの背中に無数の亡者がへばりつくのを幻視し、話を逸らそうとする。

 

「と、ところで、エレナさんはどこですか? 出番に貪欲すぎるあの人がいないのも不気味ですけど」

「ああ、そうだったな。実はエレナくんから伝言を預かっているのだ。ここで開封してみようではないか」

 

 エジソンは封筒を取り出し、口を留めているシールを剥がす。すると、封筒を閉じていた糊がめくれ、一枚の紙となって地面に落ちた。

 開いた紙面。封筒の内側であった紙上には、円を複雑な装飾が彩る魔法陣が描かれている。

 魔法陣が光を放ち、エレナ・ブラヴァツキーの像を形成する。

 

「『久しぶりねみんな! 変わりないみたいで何よりだわ!』」

「こちらのことは認識できているのかね?」

「『モチのロンでバッチリよ! 本当は私もそっちに行くつもりだったけれど、とんでもない問題児の面倒を見なきゃいけなくなったの。ごめんなさい』」

 

 エレナはぺこりと頭を下げた。見れば、彼女の一挙一動に倦怠感が吹き溜まっている。ダンテは同情心とともに頭を上げさせた。

 

「問題児、ですか。カルデアにもそういう人がいるので気持ちは大いに分かりますねえ」

「リーダーのことですね」

「先輩のことでもあると思いますが」

「アンタもそこにガッツリ含まれてるのよ!」

「落ちゲー並みの連鎖が起きてますわ」

「いや、お前も連鎖の一部だぞ?」

 

 結局誰のことだか分からなかった。Eチームを指して問題児を当てることに意味はないのだ。

 立香はけろりとした表情で訊く。

 

「その問題児はどんな人なんですか?」

「『…………自称人類悪(ビースト)の他称世界最大悪人?』」

「めちゃくちゃヤバい人じゃないですか! すぐに逃げてください!!」

「『それがそういうわけにもいかなくて……』」

 

 その時、エレナの写像が乱れ、聞き覚えのない男の声が響いた。

 

「『───今は彼らにかかずらわっている時ではなかろう、ブラヴァツキー夫人よ! さあ、一緒にアヘンをキメて悠久の彼方へ飛び立とうではないか!!』」

「『ちょっ、そういう霊媒法はやめなさいって言ったでしょうがぁーっ!!』」

 

 ぶつり、と映像が断絶する。

 魔法陣を描いた紙はひとりでに発火し、いくつもの灰となって風に吹き流されていった。

 遣る瀬無い風情が辺りに漂う。提案者のエジソンは居心地悪そうに身をよじらせていた。一部始終を目撃していたロビンとラーマは呆れ果てた顔で、

 

「どうして魔術師って人種はああなのかねぇ。何事もシラフが一番ですよ。毒使ってる俺が言えたことじゃないが」

「意外だな。銀河一周の旅を終えた汝がそう言うとは」

「アレはどうかしてた時のやつでしょうが!!」

「どうかしてた……? それはいけません、後遺症が心配です」

 

 がしり、とロビン・フッドの肩を掴む両手。ゼンマイ人形のようにぎこちなく振り向くと、死人さえも墓から飛び出す迫真の表情が待ち受けていた。

 言語は通じても話は通じないバーサーカー、フローレンス・ナイチンゲール。彼女は近代の英霊にあるまじき筋力でロビンを引きずっていく。

 

「やめろォォォ!! もうレプティリアンとグレイの戦争に巻き込まれるのは嫌だァァァ!!」

「むっ! 支離滅裂な言動、まずいですね。早急に治療しなくては! ですが、まずは急患から処置することにしましょう!!」

 

 ナイチンゲールは包帯を使ってロビンを拘束する。暴れる患者を安静にさせるための鮮やかな手前である。

 彼女はつかつかと歩いていく。立ち止まった場所には、未だ尻に槍が刺さった男二人組がいた。

 両手に手袋をはめ、柄を鷲掴みにする。ノアは血の気のない肌をさらに青褪めさせた。

 

「おい、そっと抜」

「摘出ッッ!!」

「「ンギャアアアアアアアア!!!」」

 

 見るもおぞましき場面が演出される。クー・フーリンは膝を揺らしながら立ち上がるものの、ノアは岸に上げられた魚みたいに跳ねる。

 

「またボラギノール生活に逆戻りじゃねえか!! とっくに座薬の方は切れてんだよ、何が悲しくて軟膏タイプ使わなきゃなんねえんだ!?」

「ハッ、薬なんざクソの役にも立たねえよ。気合いで治すのが男ってもんだろ」

「おいクソという言葉を使うな! こっちは今敏感なんだよ! つーかおまえもほぼ死に体だろうが!!」

「この程度でくたばれるんならよ、俺は英雄になんぞなってねえ……!!」

「うるせェェェ!! 頼むからくたばれ!!」

「この人たち本当に主人公と特異点のラスボス?」

 

 立香は首を傾げた。普段ヒロインにあるまじき醜態を晒している彼女の言えたことではない。

 鼻腔をくすぐる甘い香り。女王メイヴはくすりと微笑を浮かべ、立香に囁いた。

 

「あら、ここは悦ぶべきよ。好いた男が無様を晒す景色は何にも代え難い愉悦だもの」

「いや、私はそこまで倒錯した趣味じゃないんで」

「取り繕わなくても良いのよ。私はクーちゃん、あなたはアホ白髪魔術師。それぞれのために全力を尽くしてスカサハを潰しましょ?」

「断ります! お尻に槍突っ込まれるとか洒落になりませんから!」

 

 思わず臀部をガードする立香を尻目に、スカサハは嘲るような笑みをメイヴに突きつける。

 

「ほう。貴様が私を潰すと。無理とは言わぬぞ? 番狂わせは往々にして起こり得るものだ。貴様にそんな奇跡が起こせるとは思えんがな」

「上等!! 来なさいよ、ゲイボルクなんて捨ててかかってきなさい!!」

「……ケルトねるねるしてる連中の喧嘩っ早さは格が違った───!!」

「待て、そいつを潰すなら俺も混ぜろ」

 

 ノアはボラギノールで応急処置を行い、スカサハにガンを飛ばした。影の国の女王は目元を切り立たせて、厳しく告げる。

 

「たったひとつのゲッシュも果たしていないくせに粋がるな、未熟者。私が与えてやったルーンも粗末な扱いをしているようだしな」

「そのことについては感謝しておいてやるよ。今や俺のルーンの腕はおまえを遥かに超えた!! 恐れおののけ!!」

「ケルトの一戦士と競う程度の魔術師とは……呆れたものだ。知っていたか? 貴様が歩く度に頭の中で脳みそが転がる音がしていることに」

「うるせえ!! 大体、おまえらがルーン文字使ってること自体おかしいんだよ! アイルランドならオガム文字だろうが!!」

 

 立香は思い出す。今となっては遠い記憶のようにすら思える、特異点Fの戦い。冬木にて出会った蒼き魔術師───キャスターのクー・フーリンは当時のノアが知らなかったルーンを操っていた。

 その時も、彼は同様の疑問を抱いていた。なぜケルトの英雄が、ゲルマン民族の文字であるルーン文字を使っているのか、と。

 

「有用ならば異国の技術であろうと利用するのが戦士だ。それに、私は雪靴の女神と浅い縁がある。私のルーンはそれらが由来だ」

「キャスターのクー・フーリンさんがルーン使いなのはそういうことなんですね」

「……魔術師のアレと会ったことがあるのか?」

「はい、クー・フーリンさんと先輩とミキプルーンの苗木はわたしの宝具を覚醒させた恩人です」

「なるほど」

「なるほどなんですか!?」

 

 スカサハは自身の額の前にルーンを綴る。

 オーディンが得た十八の原初のルーン、その十四番目は知識のルーン。神々や妖精が所有する知識に接続し、閲覧する。その力を用いて、スカサハは余人が立ち入ること叶わぬ知識の蔵へと足を踏み入れた。

 なれど、ルーンの灯明が続いたのは二秒程度。彼女は斜に構えた笑みを顔面に貼り付ける。

 

「───北欧の大神も難儀なものだ。馬鹿弟子といい騎士王といい、存在の大きさ故に迂遠な干渉しかできぬとは」

「『それって……』」

「話はここまでだ。細切れにされた魔神も復活する頃合いだろう。疾く征け」

 

 スカサハは槍の穂先を煌めかせて、Eチームを急かし立てる。彼女はその背を押すように、言葉を投げかけた。

 

「ノアトゥール。誓約破りの報いは理解しているな」

「意味がねえ。負けても破っても死ぬんなら同じだろ。まあ、俺たちが負けるなんてありえねえけどな」

「ならば進め。口だけの男ではないと証明してみせろ!!」

 

 肉塊の内部より飛翔する、赤炎の鳥。不死鳥の名を冠する魔神の頭部を、紅き呪槍の投擲が貫き通す。

 それを皮切りに、サーヴァントたちは再生を遂げる魔神の群れへと向かっていく。明らかな過剰戦力は瞬く間に哀れな悪魔たちをひき肉に変えていった。

 それを、虹蛇は遠く離れた場所から眺めていた。生きた時代も、生まれた地域も異なる英雄がひとつの敵に立ち向かう様に、雨と創造の蛇神は目を細める。

 

「……多数からひとつへ。これがその具現とでも言うのか、エジソン」

 

 かつての仇敵。大統王エジソンは強く首肯する。

 

「然り。何者も切り捨てず、否定せず、渾然一体と群れを成す。それこそが我が国家の理想である。もう二度と、あなたを貶めた不幸を生み出させはしない!!」

「貴様は死人だろう。現世の合衆国にその精神が残っているとは限らん」

 

 この世に永遠は未だ無く。

 今までどれほどの人間が、どれだけの英雄が、脅威に打ち勝ち希望を示してきたとしても、悲劇は必ずどこかで繰り返される。

 人は死ぬ。どうしようもなく死ぬ。個体が得た経験と記憶は、誰かに託すことでしか引き継げない。人類は本当の意味で先人の苦痛を体感することはできない。だから、人は他人を容易に踏み躙っている。

 それが悲劇の円環の源だとするならば、いっそ救いなどないのだと諦めて。そういうものだと受け入れてしまうのが正しいのかもしれない。

 

「……たとえ合衆国に残っていなくとも。私は今を生きる彼らの姿の中に理想を見た。であるならば、それを護り抜くのが我らの使命だ!」

 

 ───だけど、そうやって諦めてしまうのは簡単だ。

 その歩みが蟻の歩幅に満たないとしても。

 それでも、進み続けるのがヒトの使命だから。

 虹蛇は観念したように苦々しい笑みを浮かべた。

 

「では、まず貴様がニコラ・テスラと和解して先を示してみろ」

「それは!! 無理だ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「再起せよ。再起せよ。覗覚星を司る九柱。即ち、バアル。アガレス。ウァサゴ。ガミジン。マルバス。マレファル。アロケル。オロバス───我ら九柱、論理を組むもの。我ら九柱、人理を食むもの。七十二柱の魔神の名にかけて、我ら、この憤怒を却す事、断じて許さず……!!」

「おお、珍しく口上を言い切りましたよリーダー」

「あいつらの尺稼ぎに目が眩んだだけだろ」

「いよいよ彼らの存在意義が分からなくなってきましたねえ」

「黙れ!!!!」

 

 九柱の魔神による魔力砲撃が放たれる。ほとんど自暴自棄のうちに発射されたそれは、ひとつの影の前にくるりと反転した。

 

「えっ────」

 

 呆気のない断末魔。自らが撃ち出した攻撃に呑まれ、彼らは盛大に爆発四散する。

 

「……ク。ククッ」

 

 くつくつと、喉を鳴らすような笑い声が響く。

 敵を一掃するかの如き光の波濤を、たった一騎で対処してみせたサーヴァントの前方には、透き通る赤い盾が展開されている。

 彼は突風を起こすかのような勢いで振り向き、Eチーム一行へと突撃する。颯爽と迫るその顔面は、気味が悪いほどに喜色で塗りたくられていた。

 

「───邪魔者は片付けた! 魔神とやらは実に歯応えがないのでな、あの時の続きと行こうではないか!!」

 

 円卓の騎士、ラモラック。カルデア一同の脳裏に忘れ得ぬ奇人として刻みつけられた騎士は、己が武器である右腕を振りかざす。

 ペレアスは真剣白刃取りのように、ラモラックの腕を掴み取った。

 

「あの時の続きつってもアンタの負けで終わってんだよ! 騎士なら潔く降参しろ!!」

「そうつれないことを言うな、ペレアス。欲求不満を解消するのは貴様の得意技だろう。おれは覚えているぞ、毎朝萎びた顔で来る貴様を!!」

「お恥ずかしい限りですわ」

「おいマジでやめろ!! オレはカルデアでは健全一本でやってきてんだよ!!」

「地味一本の間違いでしょ」

 

 言いつつ、ジャンヌはペレアスごとラモラックを焼こうとする。が、その寸前、二人の騎士の間に不可視の打撃が生じ、彼らを突き飛ばす。

 

「ラモラック。円卓は下ネタ禁止の清廉潔白な集団です。口を慎みなさい」

 

 ポロロン、と妖弦を爪弾く赤い髪の騎士。トリスタンはその弓───と言うにはいささかアレな竪琴によって、ラモラックとペレアスを打ったのだ。

 ラモラックはぷらぷらと右腕を振って、トリスタンに言う。

 

「人に口を慎めと言う前に目を開けろ。特異点の貴様のように目を潰した訳でもあるまい」

「それに関しちゃオレも賛成だな。常に居眠りしてるみたいで気味が悪いぞ」

「私はただ糸目なだけですが? 分かってて言ってますよね。人の心とかな……人の心……ぐふぅっ!!」

「自分で言って自分でダメージ受けてんじゃねえ!!」

 

 トリスタンは自ら墓穴を掘り、背中から地面に倒れ込んだ。

 早速新鮮な死体がひとつ出来上がると、全身に包帯を巻いたミイラたちがトリスタンを連行していく。

 そのミイラたちの親玉、ニトクリスは杖で地面をつついて声を飛ばす。

 

「こら、あなたたち! ファラオに挨拶もなしとは不敬ですよ! 真っ先にオジマンディアス様の前で土下座するのが礼儀でしょう!?」

「ニトクリスさん、アレを見てください」

「なんですか。〝あ、UFO〟とか古典的なやつですか。私には通じません……が、ファラオとしてあえて受けて立ちましょう」

 

 ニトクリスは立香が指差す方向に目線を合わせる。

 簡易的な玉座に腰を落ち着けるオジマンディアス。ゆったりと鎌首をもたげる視線の先には、絵画にも並ぶ美しさの土下座を披露するダンテがいた。

 それだけならば普通の光景なのだが、ダンテは捧げ持つようにして、両手の上に黄金色のサンダルを掲げていた。オジマンディアスは端正な顔貌に嗜虐の色を滲ませる。

 

「見神の詩人ダンテ・アリギエーリよ。その舌でそれを磨くが良い。磨き終わったら始末しておけ」

「承知致しました。───ジャンヌさん。チョコソースと塩を用意してください」

「おいしく靴舐めようとしてんじゃないわよ! 甘いしょっぱいのコンボキメようとしてんじゃないわよ!!」

 

 立香はゆったりと腕を組んで、

 

「……ということです」

「どういうことですか!?」

 

 ニトクリスは困惑した。所詮は死霊系美少女ファラオサーヴァント、Eチームという深淵の前には呑まれざるを得ないのだ。

 そこで、麗しい女性には目がないガウェインとランスロットがやってくる。湖の騎士はマシュににじり寄った。

 

「ふふふ、貴女たちの愉快なノリは相変わらずのようですね。それにしても一段と美しくなりましたか、マシュ?」

「ええ、ランスロットさんは一段と救いようがなくなったように見えます。ガウェインさんと並ぶとまるでCHAGE and─────」

「マシュ、やめましょう。その表現は角が立ちすぎます。角しかありません」

「お前という存在が円卓の角だけどな」

「ペレアス?」

 

 登場するなりタコ殴りにされたランスロットは思わず身動ぎした。ちなみにガウェインはその予感を察知して口を噤んでいた。

 太陽の騎士はきょろきょろと辺りを見回し、ある一点を凝視した。ペレアスは冷たい目でそれを咎める。

 

「……何見てんだ? 既婚者のくせにナンパ相手でも探してんのか」

「いえ、そういう訳ではないのですが、あちらの女性に見覚えがないと思いまして」

 

 ガウェインが指したのは、長い金の髪をリボンで雑にまとめた女性だった。身長はペレアスと等しく、腰に二振りの剣を佩いている。鎧の上からでも鍛え上げられた筋骨は一目瞭然だ。

 ペレアスは得心して、

 

「ああ、あの人は」

 

 その言葉を遮るように、ランスロットはペレアスを押し退けた。湖の騎士は事件現場に訪れた名探偵のような顔付きをする。

 

「確かに、キャメロット中の子女を収めた私の脳内フォルダにも存在しませんね。出で立ちからするに騎士と思われます」

「なんと、あの特異点に彼女のような可憐な姫騎士がいたとは! 自分の不甲斐なさに怒りが湧いてきました……!!」

フォフォウ(ほんとにな)

「ふむ。強そうだな。喧嘩でも売ってくるか」

 

 ラモラックは一足飛びに駆け出そうとする。その直前で、べディヴィエールが彼の腰に飛びついた。

 

「ま、待ってくださいラモラック卿! 彼女は私たちの仲間です!」

「そうか、それは嬉しい限りだ。トリスタンやランスロットのように殴り合えるのだからな!」

「なんという狂犬───!!」

 

 ラモラックはべディヴィエールをずるずると引きずっていった。件の女性はため息をつくと、頭を掻いて不機嫌そうに告げる。

 

「挑戦は受けて立つが、じろじろと見てくるのはやめろ。視線が鬱陶しい。円卓の名が聞いて呆れるぞ」

 

 彼女の声音を聞き、ガウェインははたと思い至った。

 

「その声───まさかベイリン卿!?」

「……貴様にしては勘が悪かったな、ガウェイン。魔女の鎧をペレアスに移したのだから無理もないか。生前は、お前の前で兜を脱いだこともなかったな」

「ほう、ベイリン卿か。マーリンにさえも讃えられた双剣の騎士。ペレアスはともかく……べディヴィエール、なぜ知っていた」

 

 ラモラックは殺気を解き、疑問を呈した。それに答えたのはべディヴィエールではなくベイリンだった。

 

「王とマーリン、べディヴィエールだけには素性を明かしていた。同僚に事情を知る人間がいた方が何かと都合が良いだろう」

 

 それに、と双剣の騎士は付け足す。

 

「王は当然、マーリンとべディヴィエールは信頼できる奴らだったからな」

「「───は???」」

 

 ガウェインとランスロットは今世紀最大級の疑念を吐き出した。場のマーリンという男を知る人間はみな、驚愕するか苦虫を噛み潰したみたいな表情をするかの二択だった。

 さしものラモラックも微笑を維持してはいるものの、顔の端に一筋の冷や汗が伝っている。

 ランスロットは爆弾処理部隊のように詰め寄った。

 

「ベイリン卿、貴女はなにかまずい魔術を掛けられている可能性があります! 早めの解呪をおすすめします!!」

「心配するな、私は呪われた騎士だぞ。そんじょそこらの魔術なぞ海に絵の具を一滴垂らしたようなものだ」

「ベイリン卿、それはもはやヤケクソです。既に借金まみれだからと負債を増やす債務者と変わりありません」

 

 べディヴィエールは突き刺すように言った。ただ、天然であるベイリンに彼の説得が届くはずもなく。双剣の騎士は佩剣を抜き、刀身にラモラックを写す。

 

「喧嘩を買ってやる。どこからでもかかってくるがいい」

「いや、止めだ。おれは弟がいる人間に弱くてな。幼きパーシヴァルの顔を思い出すと、つい殴るのを躊躇ってしまう」

「嘘つけ!! お前の最期なんてガウェインたちと殺し合ってんだろ!!」

「それとこれとは別の話だ、ペレアス」

「そんなことも分からないのか。貴様に鎧を渡した私の決断を無為にするつもりか?」

「なんでアンタまでそっち側だァァァ!!」

 

 ラモラックとベイリンに翻弄され、ペレアスは絶叫した。円卓内では文句無しの最長寿と言えど、先輩より強い後輩など存在しないのだ。

 ベイリンは桜色の唇をむっとすぼめる。

 

「前にも言ったが、私たちに敬語を使わないのはどういう了見だ? 先達には敬意を払うのが騎士というものだろう」

 

 ぐうの音も出ない正論。ランスロットとラモラック、ガウェインは腕を組んで頷いた。

 

「流石は私に並ぶ円卓最強の騎士。全てが道理です。ペレアス、焼きそばパンを買ってきなさい」

「無論、全裸で逆立ちしながらだぞ? 四十秒で用意しろ」

「ペレアス、エタードの件について謝ってくださ────ギャアアアアアアアアア!!!」

 

 ガウェインの額をぶっすりと刃が貫通し、彼はカエルが潰れたみたいな格好で地面に倒れた。さしもの太陽の騎士でも、神殺しの刃には分が悪かったらしい。

 ペレアスはべディヴィエールの肩を叩き、

 

「───今日からお前が円卓最強最高の騎士だ……!!」

「……あまり嬉しくない…………」

 

 という円卓の騎士たちによる雑言の応酬を、立香たちは遠巻きから観察していた。

 

「……王様って大変なんですね?」

「い、いえ、苦難を承知で選んだ道です。気遣いは無用です」

 

 色々と大きくなったアーサー王、聖剣ならぬ聖槍を手繰るアルトリア・ペンドラゴンは目眩を堪えつつ答えた。聖槍の女神として君臨していた頃の超然とした雰囲気は見受けられない。

 ノアはまぶたをもったりと垂れ下げながら宣う。

 

「トカゲアイドルと違って、毎回変わり種を出してくる点は評価してやる。だが登場しすぎだ。俺に出番を譲れ」

「何のことを言っているのです!?」

「特異点の登場回数だけで言うなら、名前を言ってはいけないあのトカゲと同数ですからね。わたしは歓迎ですが」

「アルトリアさんとエリザベートさんは同類だった……?」

 

 立香が不敬極まりない発言をする横で、リースは数枚のフリップを用意した。

 

「それでは、王様に『エクスカリバーのここがすごい!』プレゼンをさせていただきますわ」

「……み、湖の乙女リース。いきなりどうしたのです? まさか私が聖槍を選んだことを根に持っているのですか」

「いいえ、確かにお姉様の聖槍は聖剣に勝るとも劣らない武装ですわ。何と言っても世界一のお姉様が調整を施したモノですから。王様の選択に賛成こそすれ、反対するなどありえません。ですが!! やっぱりちょっぴり悔しかったので!!」

「やはり根に持たれている───!!」

 

 ここに在りしアルトリア・ペンドラゴンは、聖剣ではなく聖槍を主武装に携えた未来の姿だ。

 彼女はペリノア王との決闘でカリバーンを失い、その代わりとしてロンゴミニアドを握ることを選んだ。その世界線においては、マーリンに導かれた湖畔で待つ湖の乙女はエレインであったのかもしれない。

 フリップを携えるリースの前に、英霊たちがぞろぞろと集まって座り込む。

 エクスカリバーとは最高格の聖剣。無類の力を誇るが故に、真名を露呈するリスクが非常に高い。そのため、騎士王は光を屈折させる風の結界で以って剣を隠すほどだ。

 そんな宝具の話を、しかもそれを与えた精霊から聞くことができる。円卓関係者でなかろうと惹かれることは請け合いだった。

 リースはフリップをめくり、ヘタウマな絵を見せつける。その中心にはエクスカリバーと思しき剣があり、それを取り囲むように六人の羽が生えた小人が配置されている。

 

「星の聖剣エクスカリバー! 何かと鞘のすごさが語られがちですが、剣の方も超一級品でございます。なにしろ六翅の妖精(はじまりのろくにん)が白き巨神を打ち倒すために造り出した決戦兵器、世界を救った保証書付きの名剣ですわ!!」

「湖の乙女が造ったのではなかったんですか。妖精は気まぐれと言いますが、サボらなくてよかったですねえ」

 

 ダンテは口の端に付着したチョコソースを拭いながら感想を述べる。それを聞いて、ノアは小馬鹿にするような笑みで鼻を鳴らした。

 

「ハッ、世界滅亡の瀬戸際にサボるやつがどこにいるってんだ? ニートですら一日一回行動から三回行動くらいにはなる事態だぞ」

「クラーゴンくらい強くなるんですね」

「ハハハ、そうでしたね! 世界が滅ぶという時にサボる人なんていませんか!」

「人じゃなくて妖精ですけど。まあ、いくら妖精がとぼけてても働く時は働くでしょ」

 

 と、ジャンヌは締め括った。彼らよりも妖精のなんたるかを知るペレアスは内心、何らかのフラグが屹立したことを感知する。

 ハサン×3はこくこくと頷いた。

 

「サボりはいけませぬぞ、サボりは。かといって働きすぎるのもアレですが。ウチの教団なんて初代様が働きすぎたせいで、それが当たり前になってしまいましたからな」

「私は百人に分裂できるがな」

「それはチートすぎるのでは……?」

 

 静謐のハサンは眉をひそめる。ありとあらゆる企業が欲しがるであろう人材、それが百貌のハサンであった。吸血鬼の能力を会社運営に利用しているような死徒は嬉々として研究に乗り出すだろう。

 リースは白い巨人の胸を突き刺すエクスカリバーが描かれたフリップを手に、アルトリアへと詰め寄った。

 

「ということで、いかがですかエクスカリバーは! 今なら湖の乙女の三年メンテナンス保証付きでお買い求めいただけますわ!」

「…………ペレアス卿、いかがですか」

「王よ、無礼を承知で申し上げます。私は確かにエクスカリバーに憧れていますが、それは王様が携えるモノであって、王様以外が握るなど解釈違いを超えた解釈違いです。私めにはこの『DXエクスカリバー』で十分でございます」

 

 ペレアスはどこからともなく取り出したDXエクスカリバー(希望小売価格6000円)の柄のボタンを握る。

 かちりという音が鳴り、例のBGMを背景に、アーサー王迫真の真名解放ボイスが虚空に響いた。

 赤面して面を伏せるアルトリアとは裏腹に、円卓の騎士たちは盛大に沸き立つ。

 

「ペレアス、何処でそのような宝具を手に入れたのですか!? 義母上、次の誕生日プレゼントはこれでお願いします!!」

「観賞用保存用布教用の三つは確保しておくべきですね……弟妹を動員するしかありませんか」

「ならば、おれも弟たちを使うしかないな。この時ばかりは父の好色さに感謝だ」

「べディヴィエール。お前の右腕を改造したらどうにかならないか」

「ベイリン卿。無茶振りやめてください」

 

 べディヴィエールは冷静にベイリンの提案を切り捨てた。ベイリン&ベイランという円卓屈指の脳筋姉弟の尻拭い役を務め上げた手腕は伊達ではない。

 そこで、危うくミイラ化させられかけていたトリスタンが這いずってくる。防腐剤が塗りたくられているせいか、植物的な異臭を漂わせていた。

 

「聖剣の乙女よ。貴女の気持ちは理解しますが、王はそれぞれの良さがあるのです! その辺りを考慮していただきたい!」

「……そこまで言うのなら、トリスタンさんの最推しをお聞かせ願いますわ」

「もちろん、〝殿方の悦ばせ方は知っています〟と言い放つ王に決まって─────」

 

 次の瞬間、トリスタンは儚き塵と化した。

 ほぼ同時に剣を振り上げていた円卓の騎士たちは思わず目を剥く。今のは自分たちが手を下したのではない、他者によるものだと。

 いつの間にか再生していた魔神たちは、彼らへと怒号を飛ばす。

 

「この変態どもめ!! やはり人は醜い! その魂の一片まで消し去ってくれる!!」

フォウフォウ(マジでがんばれ)

「トリスタンさんのR-18発言を止めるとは、腐っても魔神のようですね。敵ながらあっぱれと言っておきましょう」

「いや、止められてなかったんですけど。ほぼほぼ言い切ってたんですけど。殿方の悦ばせ方知っちゃってたんですけど」

 

 マシュとジャンヌがアホな会話をする一方、円卓の騎士とその他英霊たちは魔神へと特攻していった。まるで何かから目を背けるように。

 ダンテは唇を噛んで、懐かしむように思い返す。

 

「そういえば、地獄巡りでトリスタンさんの魂を見たのを思い出しました。数十年越しに彼があそこにいたことが納得できた気がします」

 

 第二圏、愛欲者の地獄。その名の通り、色欲・愛欲によって罪を犯した者が刑罰を受ける地獄である。そこでは、無数の罪人の魂が長大な列を成して黒い風に巻かれていた。

 その風は罪人たちを痛み苛む、苦痛の嵐。抗う術はなく、渦潮に放り込まれた小魚のように、ただそれを受け入れるしかない。

 数多の霊魂のうめき声が埋め尽くす地獄。ぶらり地獄ふたり旅の真っ只中であったダンテとウェルギリウスは、亡霊たちを見て、ある会話をする。

 

〝せ、先生、あの人たちも辺獄(リンボ)にいたような偉人なのですか〟

〝是であり否だ。確かに歴史に名を残した者も多い。例えば……アレはアッシリアの女帝セミラミス、クレオパトラ、アキレウスにパリスにトリスタン…………〟

〝トリスタン卿が不貞を犯したのは媚薬のせいでしょう。それでも地獄に落とされるのですか!?〟

〝うむ。性愛とはかくも恐ろしいということだ、ダンテ。たとえ他者から与えられる愛であっても、否、そうであるが故に人を滅ぼす。彼のように高潔な騎士であってもな〟

 

 というダンテ苦しみの回想録を、同じく長旅ならお手の物な三蔵法師と、他人の命でやる方のステラと組まされがちな元祖ステラが耳をそばだたせて聞いていた。

 

「異教の方でも地獄っていうのは恐ろしいわね……!! 御仏はキリスト教の地獄にも蜘蛛の糸放流してほしいわ……!!」

「俺も嵐の真っ只中に置き去りにされたことはねえな。良い鍛錬になりそうだ」

「地獄を真っ二つにしてしまいそうなアーラシュさんはサタンもお断りでしょうねえ」

「よし、じゃあ宝具使って魔術王の神殿真っ二つにしてみろ」

「いいぜ!」

「よくないです!!」

 

 立香は両手をわちゃわちゃと動かして、宝具の発動を食い止めた。なにしろ魔神たちは不死身であり、そう安易な爆発オチが通用する相手ではない。

 太陽王は黄金の玉座より、あくまで不遜に言い告げる。

 

「貴様らのくだらぬ話にももう飽きた! こうして余を働かせているのだ、疾く魔術王を斃さねば支払いは積もるばかりだぞ!!」

「オジマンディアス様の仰る通りです! これ以上ぐだぐだしているようなら、スフィンクスの肉球地獄に落としますよ!」

 

 二人のファラオはその光熱とミイラを用いて、Eチーム一行を駆り立てる。アルトリアは慌ただしく逃げていく彼らの背へ叫んだ。

 

「マシュ・キリエライト! あなたの盾は我らが円卓の誇りにして未来を保障する礎────たとえどのような苦境にあろうとも、私たちがついています!!」

「次なる宙域は廃棄孔、ヒトの悪性が澱となって降り積もる深淵である! だが、仮にも余を討ち果たした勇士ならばその程度、鼻歌交じりに乗り越えてみせよ!!」

 

 獅子王と太陽王、かつて相争った双王は全く同時にその声音を響かせた。

 

「「───武運を!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ローマ合従軍。彼らはのらりくらりと獣の宙域を渡り歩いていた。

 第四の宙域と第五の宙域を繋ぐ回廊。第五代ローマ皇帝ネロ・クラウディウスを先頭とした一行はのどかに星の海を征く。

 ネロは眉根を寄り合わせ、むむむと唸った。

 

「こう代わり映えのしない景色だと飽きが来るな。誰ぞ余をどっと笑わせる話でも持っておらぬか」

「僕の竪琴の腕を見せる時かな? サウル王の悪霊を追い払った腕前をご覧に入れようか」

「私はそれをBGMにエネルギー・周波数・振動の観点から見た宇宙の秘密を講義してみせよう。エジソン如きには辿り着けぬ天才の叡智だ」

「……むかしむかし、あるところにチェイテピラミッド姫路城が────」

「ヘレン。それは本当にこの世界の話か!?」

 

 知恵の女神ソフィアことヘレンは、未来を見据える瞳をきらりと輝かせる。

 

「どうやらEチームは隠された宙域、廃棄孔アンドロマリウスに到達したようです。私たちも少し急ぎましょう」

「───その心配は、要らないと思いますよ?」

 

 彼らの頭上から響く、鈴を転がすような声音。途端に、一行は中空へと視線を投げた。

 くすくす、くすくすと微笑む黒白の少女。第七の特異点において、知恵の女神とともにEチームの前に立ちはだかった虚構の偽神。彼女は影に包まれた肢体をぐっと伸ばす。

 

「虚構の世界で繋いだモノであろうと、縁は縁。マザコンアホニート神が頑張ってます。あなたたちはのろのろナメクジさんみたいに歩いて、貴重な出番逃しちゃってください♡」

 

 三相一体の造物主、偽神サクラ。白と黒の少女は両手を重ね合わせて、あざとく言ってみせた。

 ネロたちはぎょっと顔をひきつらせる。

 

「あの顔、余には見覚えがあるぞ!? もしやドッペルゲンガーというやつか!?」

「うーん、これはアビシャグ。だけど性格がアレっぽいからお断りかな。その邪悪さを何とかしてくれたらなぁ」

「肉体を包んでいるのは虚数の影か? 良い研究対象になりそうだ」

「……なんかムカついてきましたね。サクラビーム、いっときます?」

 

 サクラは一円玉を指で弾く。1グラムの質量を90兆ジュールに変換する攻撃を受けてはソフィアやテスラはともかく、この神殿そのものを揺るがしかねない。

 知恵の女神は女神らしく、傲岸に少女を見下した。

 

「……どうやら、自ら手を下すつもりはないらしい。高みの見物とは良い身分だ」

「まあ私、神様なんで? 他にやることもあるんで? ここに来たのは暇つぶしです。Eチームが勝つにしろ負けるにしろ、じっくり愉しむつもりですから」

「という割に手を貸す有様か。この前から思っていたのだが、お前に悪役は向いていないんじゃないか」

「ハッ、戯言ですね。勝手に寝返ったあなたをここで始末してもいいんですよ?」

 

 ソフィアは嘲笑うように鼻を鳴らす。

 

「お前との戯れは十分だ。特等席で舞台を観ていろ。お前には無理な話だろうがな」

「…………もしかしなくてもナメてます?」

 

 知恵の女神はこくりと首肯し。

 そして、致命的な一言を吐き出した。

 

「───お前、立香に恋をしているだろう」

 

 サクラは数秒ほど停止して。

 ぼん、と火山が噴火するみたいに顔色を真っ赤に染めた。

 

「………………はあああああああ!!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第五の宙域。並み居る特異点の中でも頭抜けた数の戦闘狂を擁するこの場所は、見るも凄惨な魔神の虐殺が繰り広げられていた。

 エリザベートとコロンブスは頭に枝葉を突き刺し、物陰からその様子を覗く。

 

「おい、トカゲの嬢ちゃん。このままだと今回が終わっちまうぞ。俺たちの出番はどうすんだ」

「落ち着きなさい、歯茎のおっさん。これは後の三巡を買っているのよ。宝具の用意はできてるんでしょうね?」

「当たり前だろうが。で、誰にぶっぱなせばいいんだ」

 

 エリザベートは入り乱れる戦場を睨み、カッと眼光を閃かせる。

 

「あそこよ! あの男を捕らえなさい!!」

「任せろ! 『新天地探索航(サンタマリア・ドロップアンカー)』!!」

 

 コロンブスの背後より鎖が放たれ、標的に絡みつく。鎖は恐るべき速度で二人の元へと回収されていった。

 

「ぐもおおおおおおお!!」

 

 二刀を携える半裸の男。

 彼は鋼鉄の鎖に全身を拘束され、苦悶の叫び声をあげていた。といっても、その口と首は締め付けられているせいで、満足な声量を伴っていない。

 

「私の栄えある最新のファン、ベオウルフ!!英文学最古の叙事詩に語られる大英雄! このネームバリューを以って更なる出番を奪うのよ!!」

「なるほどな、俺には劣るが最高の人選じゃねえか! こりゃあ良い投資になるってもんだ!」

 

 徒手にて巨人を討伐し、老いてなお竜と相討った英雄にして王。彼は無理やり口元の鎖を引きちぎると、荒い息をこぼしながら叫ぶ。

 

「勝手に話を進めてんじゃねえ! 俺がそこのトカゲアイドルのファンになったのは確かだがな、まずは話の筋を通せ!!」

「おいおいおい、お前は利用される側であって文句をつけられる立場じゃねえんだよ。大人しく俺たちの客寄せパンダになりやがれ」

「その通りよ。私のファンなんだから存在の全てを私に捧げるのが当然でしょう? ほら、行くわよ!!」

「ふざけんなァァァァ!!!」

 

 ずるずると引きずられていくベオウルフ。彼の苦悶の声は次第に小さくなっていく。一部始終を見届けていたディルムッドは眉間にしわを寄せて、疑問を露わにした。

 

「……アレは何なのです?」

「私の親指かむかむによると、〝ちくわ大明神のようなもの〟という結果が出ているな」

「その親指早く切り落としてください」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。