自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

93 / 117
第82話 それは、未来を奪い返す戦い④

 ソロモン王は唯一なる主より知恵を与えられたが、決してそれを妄りに晒すことはなかった。元よりその知恵は神のモノ、王はかの力を乱用することを良しとしなかったのである。

 しかしながら、誰もが羨む栄華を築き上げた王の名声はいまや留まることを知らず。ソロモンの名は諸外国にも響きわたっていた。

 その中には、あるひとりの女王がいた。

 エジプト・エチオピア───もしくは、アラビア地域に版図を持つシバ国。茫漠たる熱砂の国を支配する女王は、ソロモンが治めるエルサレムの土地を訪れることとなる。

 シバ国の位置がアラビアにあったとするのなら、紅海とヨルダン川を沿って移動する旅路はおよそ700kmにも及ぶ。現代ならばまだしも、神代におけるその道のりは魔術を以ってしても多大な危険を伴うはずだ。

 けれど、女王の一団がエルサレムに到達した時、民衆はその絢爛たる有様に思わず目を奪われた。

 折り目正しく並ぶラクダの列。一頭一頭の背には黄金と宝石が山と積まれ、かぐわしい乳香の薫りで空気が彩られる。異国の風情漂う従者たちは色とりどりの装飾を纏い、楽団が重厚な音を奏でている。

 女王は玉座の前で、初めてその姿をエルサレムの陽の下に晒した。

 

〝───お初にお目にかかりますわ、ソロモン王〟

 

 彼女は、たった一声で空間を我が色に塗り変えた。

 つややかな褐色の肌。ゆるやかに棚引く藤紫の髪。大地の豊穣が化けたかのような肢体。表情に顕れる妖艶さとは裏腹に、顔のつくりはまるで少女のようだ。

 しかして、女王の輪郭は常人のそれとはかけ離れていた。

 頭頂にてぴんと突き立った大きな耳。柔らかな毛を帯びた尻尾。ヒトのカタチに獣の要素が加わることで、既に万民を魅了するに値する美しさにコントラストを与えている。

 人間と霊鬼(ジン)の混血。彼女の美はそれこそ人間離れしていた。

 ソロモンは顔貌を微笑の形に作り変え、

 

〝はるけきシバの地よりよくぞエルサレムへ。砂漠の旅は身に堪えたでしょう。ガリラヤの湖畔に宮を建てました。今日のところはゆるりと休まれると良いでしょう〟

 

 女王はくすりと笑い、

 

〝それも楽しみではありますが……その前に。私がはるばるここまで来た理由、あなたほどのお方なら既に見抜かれておられるのでしょう?〟

〝さて、私には分かりかねること。父と違い、女性の心には疎いのです〟

〝あら、てっきり算盤のような人かと思ったら、そんな冗談も言える方だったのですね。でしたら、女心に疎いあなたにも分かりやすく伝えて差し上げます〟

 

 知性を宿した瞳に野性的な色が混ざる。

 彼女はうやうやしく礼を取り、静かに告げた。

 

〝───あなたの知恵を試しに参りました〟

 

 場の空気が張り詰め、殺気を帯びる。

 王の知恵を試す。それだけならば、問題はなかった。自らの優秀さを白日のもとに証明し、威光を確立する。王たる者に逃走は許されず、むしろその機会を利用することが求められるのだ。

 だが、ことソロモン王に限って、その言い分は通用しない。

 彼の知恵の根源は唯一神にある。ソロモンの知恵を試すとは神を試すことに他ならない。

 〝神を試してはならない〟────後の世において救世主が発した言葉のように、女王の目的はイスラエル全ての民を侮辱するに等しかった。

 やにわに沸き立つ玉座の間。ソロモン王は剣の柄に手をかける部下たちを、手のひと振りで鎮める。

 

〝どうぞ、貴女のお気の済むまで。長旅を終えられたのです。それくらいの支払いはして当然でしょう。取引は双方に理があるべきです〟

〝随分と、私好みの返答をなさるのですね?〟

〝ふふ。案外、私も父親似ということでしょうか〟

〝…………おもしろいヒト〟

 

 ぽう、と女の瞳に熱が浮かぶ。

 その心根を悟る者は、彼女以外の誰にもいなかった。

 ……そうして、シバの女王は知恵を試すべく、問いをソロモンに投げかける。

 

〝地から湧くのでも、天から降るのでもない水は?〟

〝汗、としておこうか。唾でも涙でも良いけれど、貴女を彩るものはそれが妥当だ〟

〝…………その頭を嵐が駆け抜け、身も世もなく泣きわめく。自由な者はそれを褒め、貧しき者はそれを恥じ、死せる者はそれを喜ぶ。鳥はそれを喜び、魚は嘆く〟

〝亜麻かな。亜麻の布は貴人が纏うものだが、貴女の肌には絹が似合いそうだね。それでも添え物にしかならないが〟

〝………………母が子にこう言います。お前の父は私の父。私の祖父はお前の父。お前は私の祖父の子で、私はお前の父の子である。この父と祖父とは?〟

〝どちらもアモン人の祖、ロトのことだね。滅びゆくソドムとゴモラから逃げた彼は洞窟の中で自らの娘と子を成した。……賢い貴女は彼の妻のように振り返りはしないだろう〟

 

 むぐ、とシバの女王は言い詰まってしまう。

 ソロモンは如何なる問いにも涼しげに答える。女王が寝る間も惜しんで考えた謎掛けは、赤子の手をひねるように解かれていった。

 彼女は頬をほのかに赤く染めて、恨めしげにソロモンを睨む。

 

〝い、いちいち私を引き合いに出すのはどういう了見なのです!? ダビデ王の子だけはありますね!〟

〝そう言われると少し気恥ずかしいな。女性は丁重に、わざとらしくなく褒めろと言われたものでね〟

〝わざとらしいにも程があります! 妻たちにもそんなことを囁いているのなら、とんだ色男ですわ!!〟

〝私を色男と評したのは貴方が初めてだよ。父に感謝すべきかな〟

 

 暖簾に腕押し、糠に釘。どんな難問もいちゃもんもどこ吹く風で応えるソロモンの牙城を突き崩すには、並大抵の問題ではそれこそ城壁に風を吹き付けるようなものだ。

 女王は窮し、とっておきの難問を繰り出すことにした。

 手のひらに収まるほどの香炉を取り出し、蓋を開く。すると、途端に濃厚な香りを纏う煙が湧き出し、王と女王の二人を包み込んだ。

 ソロモンは僅かに目を見開く。彼の目に映る光景は見慣れた王宮のそれから、見知らぬ一室へと変貌を遂げていた。

 所狭しと花が咲き乱れる空間。外界へ通じるのは一枚の扉と、カーテンに遮られた窓だけだ。

 

〝結界や幻術の類……ではない。むしろそれらより高度な術だ。香炉に閉じ込めていた空間を元の空間と置き換えた。素晴らしい魔術だ〟

〝お褒めいただき光栄です。これが私の最終問題……この部屋の花は一輪を除いて全てが造花。たったひとつの本物を当ててくださいませ〟

〝……うん。なるほど。これは難問だ〟

 

 ソロモンは手頃な一輪を手に取り、鼻を澄ませる。遜色がない、どころではない。見た目や匂いでは全く区別がつかず、手折った茎の断面まで寸分も違わなかった。

 女王が用意した造花はシバの国の職人と魔術師が技の粋を結集して造り上げた逸品。人間の感覚器官では見抜くことなどできようはずもない。

 ソロモンは淀みのない足取りで窓を目指し、カーテンを開け放つ。四角く切り取られた景色はエルサレムの街であった。香炉の空間はあくまで玉座の間と置き換わっただけで、それ以外には影響を及ぼしてはいない。

 ぶん、と羽音を響かせて、一匹のミツバチが窓から迷い込む。

 蜂はふらふらと宙を蛇行し、ある鉢植えのところで止まった。芳香を漂わせる、鮮やかな紫の花弁。ラベンダーの花。口吻を突き刺し、蜜を吸われるそれを、ソロモンは優しく手折った。

 王は女王へと微笑みかける。

 

〝……答え合わせを聞いても?〟

〝あ〜、もう! 負け! 私の負けです!! 降参こうさぁ〜ん!!〟

 

 女王は両腕を振り乱してのけぞった。

 ソロモンは支配者の威厳という威厳が消え失せた女王の醜態を他所に、そっと蜂を外に逃がす。

 

〝ヒトがいくら書を読み漁り、目を凝らそうとも見抜けぬ花の真贋を、蜂や蝶はいとも容易く看破する。この世に必要なのは絶対的な価値観ではなく、相対的な多様性だ。単一の種では見落とすことが多すぎる〟

 

 彼はラベンダーを女王の髪に挿した。

 

〝───私の負けだ。貴女は私の知恵を試したが、私は他者の力を頼るしかなかった〟

 

 ぽかんと呆ける女王の前に跪き、右手を取る。

 ソロモンは鮮やかな褐色の手の甲に唇を寄せた。

 

〝シバの女王よ。その知恵に心よりの尊敬を〟

 

 窓より差す陽の光を受けて。

 王はあっさりと、敗北を認めてみせた。

 数秒かけて事態を呑み込み、女王は耳まで顔を真っ赤にする。耳と尻尾は鉄の芯でも入っているかのように直立し、毛が逆立つ。

 彼女は慌ただしく後退ると、陸に上がった魚みたいにぱくぱくと口を動かして言った。

 

あびゃあああああああ(でしたらこれは引き分けですっ!)おろろろろろろろろ(勝手に負けなんて認めさせません!!)

〝逆! 逆になってる!!〟

 

 で。

 シバの女王による謎掛けが終わった後、彼女とその一団を歓待する宴が執り行われた。二人は常人が百回人生を繰り返しても稼げぬほどの黄金や宝石、香料を贈り合った。

 贈り物の量はすなわち、その王の度量と国の豊かさを端的に知らしめる手段でもある。かといって多すぎれば、相手に媚びていると反感をくらい、家臣団の不満を募らせる。逆に、過度な支払いを要求すればそれは相手への非礼となるだろう。

 かくも王とは、一挙手一投足までもが政の意思に支配される不自由な存在だ。

 だが、こと彼らにおいてはそのような息苦しさを微塵も感じさせぬ図太さを備えていた。ソロモンはゆったりと杯を口に運び、シバの女王は眼前に積まれた財宝の山とにらめっこをする。

 

〝……これ以上は1デナリもまからない、嫌味なほどに完璧な支払いです。存分に吹っ掛けようと思っていたのに、口を塞がれた気分ですわ〟

〝褒め言葉と受け取ってお〟

〝褒めていません。完璧すぎて憎たらしい、と言っているのです〟

 

 家臣たちに反感を抱かせず、シバ国の官吏たちに不満を与えない───地上に突き立つ針の穴に、月より糸を通すような絶妙な金額。ソロモンは事も無げに、そんな最適解を提示してみせた。

 シバの女王は蒼海の如き瞳に鋭い光を灯す。

 

〝普段の私なら、こんなことはしないのですが……少しばかり色をつけさせていただきます〟

〝補填は?〟

〝不要です。こちらへ〟

 

 女王の促すままに、二人は神殿を抜け出す。

 天の中心に居座る銀の月。夜の帳にはいくつもの星屑が散りばめられていた。若干の刺々しさを纏う冷めた空気が肺を満たし、白くなって抜けていく。

 二人は無言で歩いた。その先に待ち受ける事実の重さが、唇を縫い合わせているかのように。

 彼らの歩が止まったのは、とある沼地の前だった。そこには木でできた一本の橋がひっそりと佇んでいる。シバの女王は屈み、橋の木目を細い指でなぞる。

 

〝継ぎ目のない、木製の橋。あなたの国の職人は如何にしてこれを造ったのですか〟

〝……なんてことはない。一本の木から削り出したのさ。神殿の建材に使おうとも考えたのだけれど、不思議なことにどう切り出しても寸法が合わなかった〟

〝その木の由来はご存知で?〟

 

 ソロモンは首を横に振り、否定した。

 シバの女王はゆっくりと息を吸い、吐き出す。その肌には汗が滲んでいた。

 

 

 

 

 

〝───これは、知恵の樹でございます〟

 

 

 

 

 

 …………その昔、最初の人間アダムとその妻イヴは知恵の樹の実を食し、楽園を追放されてしまう。

 彼らは地上にて暮らす中で、多くの子をもうけた。世界最初の殺人を犯したカインとアベルが世を去り、アダムの歳が130を数えた頃、セトという息子が産まれる。

 このセトはアダムが病床に伏した時、楽園の門前にて病を治す手段を請うが、その願いは受け容れられなかった。しかし、大天使ミカエルはセトに一本の小枝を渡す。

 

〝その枝が実をつけた時、あなたの父の病は治るでしょう〟

 

 が、時既に遅く。セトが戻った頃、アダムはとうに亡くなっていた。彼は父の墓に枝を植え、それは悠久の時を経て大木へと成長する。

 ミカエルがセトに手渡した枝とは、かつて知恵の樹の一部であり────────

 

〝────そう、か。これが神の御心。君がここに来た意味。原罪を払拭し、人理を保障する最後の欠片〟

〝私はこれを見た瞬間、霊視を受け取りました。遥か未来、この橋から切り出された十字架が─────〟

〝良いんだ。分かっている。これをこのままにしてはおけない〟

 

 ソロモンは右手を振るう。橋はその重量を増したかのように泥へと沈み込み、そのまま地下奥深くに封印された。

 瞬間。

 ばちりと、目の奥で弾ける閃光。脳髄を流れ浚う情報の洪水、いつかどこかの未来の写像。まるで、一本の木の在り方を俯瞰するような視点。根は過去で、幹は現在で、枝葉は未来。枝が葉をつけ、果実を実らせ、地に落ちる。

 それは、ヒトの滅びを芽吹く種子。その多くはソロモンが育てた弟子たちと魔術によって防ぐことが能うモノだったが、それらもまた等しく滅びを生む。

 彼が見たのは、とある滅びの種が萌芽する一幕。いずれ第二の魔法使いが平行世界の存在を証明することで、否が応にも実現する可能性を持ってしまう───そんな罠。

 謀られた。一瞬にして事態を把握し、後悔と反省は刹那の内に済ませる。目を凝らし、濃い霧の向こうに佇むソレを見て、

 

〝…………()()()()()()?〟

 

 自分にさえも予想だにしない、誰かの名前が唇の間を抜けた。

 数秒ほど思考が空白に染まり。ソロモンはシバの女王に向き直り、頭を下げる。

 

〝ひとつ、頼みごとを受けてほしい〟

〝無論、相応の報酬を頂けるのでしたら。タダ働きは死んでもごめんです〟

〝ああ、言い値で対応しよう。しかも前払いでね〟

〝あら太っ腹。商談成立としましょう。まずはそちらの要求をお聞かせ願えます?〟

 

 ───それから数十秒、ソロモンの手によって、内に棲む私の意識は強制的に断絶された。

 そのやり取りの内容を知るのは世界で王と女王のみ。気づいた時には、二人は取引を終えていた。シバの女王は真剣な表情で言う。

 

〝……その役目、承りましたわ。さて、どうふっかけたものでしょうか〟

〝私に用意できるものだと助かるよ〟

〝ええ、当然。商談の必勝法は相手の資産を爪切り一本に至るまで把握して、ギリギリ呑める要求を突きつけることですから〟

 

 彼女はわざとらしく悩む仕草をして、ソロモンの眼前に詰め寄る。

 からかうような笑み。くすぐるような視線。瞳の奥にじくじくと滲み出す熱。シバの女王は指の先で男の胸をなぞる。

 

〝誰にも話したことのない、あなたの秘密。代金はそれで充分です〟

 

 王は不意を突かれたみたいに眉尻を上げ、そして柔らかく微笑む。

 誰にも話したことのない秘密。大なり小なり、人はそういったモノを抱えているだろう。とりわけ為政者という生き物は多くの秘密を持つ。露呈した瞬間全てを失う、そんな秘密を。

 ソロモンは王となるべくして産まれ、その生はすべて神に捧げられるものとして望まれた。

 

〝実は、私にはもうひとつの名前があるんだ〟

 

 ───だとするならば、それは。

 

〝名前による呪詛の強制力は契約と等しい。完全に術中に嵌められてしまうと、私にも逃れることはできないだろう。故に、魔術においてソロモンという名は真の名前ではない〟

 

 王となるべくして産まれ、その生を神に捧げよと望まれた男が。

 

〝母さえもそれは知らない。私に名を授けた神は天に在り、たった二人、名前を知っていた父とナタンは神の御許へ還った。まさしく、誰にも話したことのない秘密だ。それを君に教えよう〟

 

 初めて、王の衣を脱ぎ去った瞬間だったのかもしれない。

 

〝……ボクの本当の名前は───────〟

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……マジかよ」

 

 ノアは顔面蒼白で呟いた。

 白い肌に不健康な色味が混ざり、その拳は震えるほどに握り締められている。彼の横では立香とマシュが同じような面持ちで佇んでいる。

 確かに、今回の記憶はソロモン王の核心に触れるものだった。彼らが重く受け止めてしまうのも無理はない。ダンテはしんみりと目を閉じ、何度も頷いた。

 

「…………ええ、前回と負けず劣らずの衝撃的な話でした。まさか救世主の十字架伝説が真実だったとは。それに、ソロモン王のもうひとつの名前と言ったら、」

「───冷やし中華の発祥って中国じゃなかったのかよ……!!!」

「え、何の話ですか!!?」

 

 アンブッシュからのバックスタブをくらい、ダンテはひっくり返った。無表情でこめかみだけをひくつかせるジャンヌを背景に、立香は沈痛な声音で答える。

 

「じゃあ、私たちが今まで食べていたアレは一体何を冷やしてたんですか!?」

「先輩、冷やし中華の発祥は日本だそうです。それで言うなら、冷やし日本……ということになりますね」

「確かにこの時期はクソあちーので冷やしてほしいですわ」

「同じ島国でもブリテンとは次元が違う暑さなんだよな? どうなってんだ日本」

 

 ノアはペレアスの言に賛同して、

 

「たまには良いこと言うじゃねえかペレアス。俺が前に行った時なんてアスファルトの上で大量死したミミズどもが踏み潰されて、そういう模様みたいになってたからな」

「夏の風物詩ですね。何がミミズたちを死地へと駆り立てるんでしょう」

「どうせ大して味が変わらないのに冷やし中華を啜ってしまうわたしたち人間と同じなのでしょう。そう、ジャンヌさんが夜な夜なセンシティブな絵を描いては消してるように」

 

 その直後、マシュは火柱に呑み込まれた。ジャンヌはコンクリートの上で干からびたミミズみたいになったマシュを投げ捨て、冷たい声を浴びせかける。

 

「はい、燃やしなすび一丁」

「もはや焦がしなすびなんだけど!?」

「ひ、冷やしなすび始めてください……」

 

 痙攣するマシュ。すっかり彼らの勢いに押されていたダンテは正気を取り戻し、

 

「ち、ちょっと待ってください! ノアさん、いつものソロモン王オタクぶりはどうしたんですか!?」

「ごちゃごちゃ喚くなやかましい。ソロモンが女口説いてるの見せられてテンション上がるわけねえだろ。色ボケが色ボケだったってだけだからな。分かったら冷やしエルサレム持ってこい」

「どんな料理なんですかねえ!? 自分の発言に責任を持ってください!!」

「ダンテさん、今更それ言います?」

 

 ダンテの背後から胸を突き刺す、立香の指摘。じめんタイプにでんきタイプの技を撃つように、ノアという男に責任感を求めること自体が間違っている。

 が、今回のダンテは一味違った。なにせ魔術王の玉座は間近だ。まさかラスボスの前でアホを晒すわけにはいかない。彼の腐った性根を浄化する最後の機会は今なのだ。

 そう。ここは心を鬼にしてヤツに鉄槌を下さねばならない────!!

 

「ええ、ソロモン王が変態というのは揺るぎない事実です。鏡張りの床にシバの女王を立たせて太ももを堪能するような人ですから」

「『ダンテさん? いきなり話が逸れてません? ソロモン王はそんなことしないと思いますよ?』」

「ですが! かのオジマンディアス王も同じようなことをしているのです! つまり、王様という役職は相応の性癖を備えてこそ務まるのでしょう……!!」

「『何言ってるんですかこの人!?』」

 

 ダンテには二つ誤算があった。それは自分もまたEチームの一員であること。そして、ぼんやりと未来を悟る力を持つ捨て設定によって、ノアに背骨を粉砕される結果を幻視したこと。結局はダンテもアホであった。

 マシュは頬に氷袋を当てながら言う。

 

「性癖と言えば先輩は自他ともに認めるガチャ狂ですが、きっかけはあったのですか?」

「『いや、それよりやることが他にあるよね?』」

「そうね。私はそのガチャへの執念で喚ばれたみたいなものですし。気になるっちゃあ気になるわ」

「……確か、アレは私が幼稚園児の時────」

「『ここで回想!!?』」

 

 ───過ぎし日の藤丸立香(五歳)。幼稚園から帰った彼女は、母親に連れられて近所のスーパーを訪れていた。

 子どもにとって、デパートやスーパーはありとあらゆる欲望を喚起する堕落の園である。ある者はおもちゃコーナーの中で泣き叫び、ある者はアーケードゲームの筐体の前で地団駄を踏む。そういった数え切れない絶望や悲哀が人を大人にしていくものだが、藤丸母娘はおもちゃコーナーにもアーケードゲームにも目を向けなかった。

 二人が真っ先に足を運んだのは、粉物が並ぶ陳列棚。彼女らは眉間にしわを寄せ、顔面に深い影を落として棚を睨む。

 

〝───ホットケーキミックスの品揃えはやっぱりここが一番ね。りっちゃん、好きなやつを選びなさい。母が許します〟

〝ふぉぉ……!! じゃあこれ! 箱がかわいい!!〟

〝あら、ジャケ買いしちゃう!? 五歳にしてその度胸、畏れ入ったわ!〟

 

 そこで、ジャンヌは感情の熱を取り去った表情をする。

 

「……あの、ガチャよりもっと深刻な性癖が屹立してるんですけど。ホットケーキミックスのジャケ買いなんて言葉聞いたことないんですけど」

「先輩の起源はホットケーキミックスだった……?」

「オイ、これホットケーキミックスの話だろ。ただのホットケーキミックス狂いのアホ母娘だろ。つーかいつからあんなもんにハマってんだ!?」

「あんなもんってどういうことですかリーダー!? ホットケーキミックスに謝ってください! あと話はここからですから!!」

 

 ……藤丸母娘はカートの下段いっぱいにホットケーキミックスを詰め込み、三日分の食料を買い込んだ。当面のホットケーキミックスを確保した二人がホクホク顔でレジを抜けたところ、サッカー台の奥にガチャガチャのコーナーが新設されていた。

 ガチャガチャの世界は奥が深い。誰に需要があるのか不明なシリーズから大人気アニメ・漫画の商品───公式とは限らない───までもが入り混じる、混沌の世界である。

 新設ということからか、その一角はそれなりに賑わっていた。硬貨を入れ、出てきたカプセルの中身に一喜一憂する。そんな人たちの様子を見て、母親の手に引かれる立香は立ち止まった。

 

〝あれなに?〟

〝ガチャガチャよ。お金を入れて回すと、ラインナップの中からひとつだけ出てくるの。やってみる?〟

〝うん!〟

 

 立香が選んだガチャは『猫の変顔』。フレーメン反応を起こした猫や顎が外れた猫、マタタビでキマった猫などのフィギュアが詰まっている。

 藤丸母は百円玉を立香に渡す。

 

〝どれが欲しいの?〟

〝これ! 『うんこした後走り回ってる猫』と『寝起きの白目猫』!!〟

〝良いチョイスね! 運にその身を委ねるのよ、りっちゃん!〟

 

 ごくり、と立香は生唾を飲み込み、硬貨を投入する。

 レバーを掴む手が震える。呼吸が浅く速くなり、心臓の鼓動だけが鼓膜を揺らす。用意された種類は七つ、残ったフィギュアの個数と割合が分からない以上、正確な確率は導き出せない。幼い立香にそこまでの思考はなかったが、分が悪い勝負であることは直感的に理解していた。

 ───そうして、少女は知る。

 荒れ狂う龍の如き、確率の大海嘯。その渦中へと身を投じ、もがき、苦しみ抜いた先に己が望みを掴み取ることの意味を。

 緑色のカプセルが排出される。ガチャガチャ特有の異常に剥がしづらいテープを爪で削り取り、中身を覗く。

 ビニールの包装に閉じ込められた猫は、柔らかな腹を剥き出しにして白目を剥いていた。

 目当てのひとつ。脳みそからドーパミンが放出され、血流が加速する。立香は白目猫を握り締めながら、うめき声を漏らす。

 

〝ワァ……ァ……〟

〝まさかの一発直撃!? すごーい!!〟

 

 はしゃぐ母の横で、立香の目はガチャのラインナップに向けられていた。

 うんこダッシュを敢行する猫。しかも猫用トイレのミニチュア付き。視界が炙られた飴みたいにとろけ、心に湧き出す想い───この流れならイケるのではないか。

 軍資金は首から提げたポーチの中にある。両親と親戚からのお年玉が詰まった全財産。立香は吐息混じりにそれを両手で包んだ。

 藤丸母はエコバッグを担ぎ直し、ガチャガチャに背を向ける。

 

〝それじゃあ、帰ろっか。今日のご飯はハンバーグよ! パン粉の代わりにホットケーキミックスを使って…………〟

 

 その時、藤丸母は異様な音を聞いた。硬貨が立てる金属音と、レバーを回しカプセルが落ちる音。その二つが交互に連続し、まるで重奏を奏でているかのようになる。

 藤丸母は恐る恐る振り向き──────

 

「───そこには、ガチャを一心不乱に回し続ける未就学女児の姿が……っ!!!」

「くだらなっ! 長い割にくだらなっ!? 聞いて損したわ!!」

「いえ、わたしはとても興味深い話でした。これからはりっちゃん先輩とお呼びしても良いですか」

「些細なことから人生は変わっていく……まるでベアトリーチェとすれ違った私と同じですねえ。立香さんへの親近感が湧いてきました」

「……結局、うんこダッシュしてる猫は当たったのか?」

 

 ペレアスは呆れつつも、何の気なしに訊いた。立香はこくりと首肯する。

 

「はい……でも、うんこダッシュ猫を一匹手に入れるのに五匹の白目猫と十一匹のマタタビキマり猫が出てきました……今でもみんな家の机に並べてます」

フォウフォフォフォウ(スラム街の光景かな)?」

「なるほど、おまえがアホな理由がよく分かった。母親然り兄貴然り、先祖代々アホ遺伝子を受け継いだアホのサラブレッドがおまえってことか」

「魔術師一家に舞い降りたアホの麒麟児に言われたくないんですけど!?」

 

 リースは閃いたように指を弾いた。

 

「ということは、二人はお似合いですわねっ!」

「何的はずれなこと言ってんだ恋愛脳。一回その脳みそからピンク色が落ちるまで丸洗いしてこい」

「リーダーもどす黒いお腹洗ってきた方が良いと思いますけど。……そんなに的外れですか?」

「ああ。どれくらい的外れかと言ったら、番外位とかいう苦し紛れの設定を誇ってるアホと同じくらい的外れだ」

「おい」

 

 ペレアスのチョップがノアの脳天を穿つ横で、むっと立香は唇を尖らせた。むすりとしたその表情を眺めて、ノアはくつりと喉を鳴らす。

 

「そんな次元は通り越してる。そういうことだ」

 

 彼は少女の肩を叩き、前へと歩を進める。

 すると、立香は固有時制御四倍速並の速度で振り向いた。

 

あびゃあああああああ(ど、どういうことですかそれ!?)おろろろろろろろろ(詳しく説明してください!!)

「『逆! 逆になってる!!』」

 

 で。

 そろそろ尺が詰まってきたことを予感したマシュは、顔面の穴という穴から血を垂れ流して微笑む。

 

「破壊された脳が漏れてやがりますわ……!!」

「ドクター、次に目指すのは廃棄孔という場所だそうですが、何か分かっていることはありますか?」

「『う、うん。廃棄孔は最初から存在していた訳ではなく、途中から現れたみたいだ。魔術王の特異点は七つ……もしかしたら、英霊たちの力は借りられないかもしれない』」

「ロマニさん、その心配は無用だと思いますよ?」

 

 ダンテは確信的な響きをもって言い切った。

 彼らの前には廃棄孔への門。遠い昔、詩人が見た地獄の入り口のように立ちはだかるそれを、今度は微塵の恐怖もなく見据える。

 

「たとえ虚構の世界であろうとも、繋いだ絆は千切れません。あの特異点を創ったシモン・マグスがここまで考えていたとしたら厄介ですが……今は頼りにさせてもらいましょう」

 

 詩人の手が扉を開く。

 魔神たちは既にEチームを待ち受けていた。彼らは開門を認識すると、慌てて早口で喋り出す。

 

「再起せよ再起せよ廃棄孔を司る九柱即ちムルムルグレモリーオセアミーベリアルデカラビアセーレダンタリオン我ら九柱欠落を埋めるも」

「はい、どーん!!」

 

 魔神一同決死の高速詠唱は、中域を覆い尽くすかのような豪風の渦に呑まれて消えた。

 オティヌスよりも荒々しく、強大で、端的に言ってしまえば雑な嵐の権能。そんなものを行使できる存在はカルデアのデータにもただ一柱しかいない。

 日ノ本の神話世界最強の荒神スサノオ。彼はカルデア一行が慣れ親しんだ稚児の姿で登場を果たし、呵呵と大笑をぶち上げる。

 

「さっさと口上を述べる腹積もりだったのじゃろうが、残念無念!! 安易な文字数稼ぎは許さぬのが儂の信条じゃあ!!」

「だったらまずおまえから黙れよ」

「えっ? なにそれ? 儂の存在自体が文字数稼ぎだと思ってる? これでも番外特異点のキーパーソンなんじゃが?」

「いーや、おまえは精々もののけ姫のジコ坊が関の山だ。ケツ丸出しで斜面転がり落ちてるくらいがお似合いだろ」

「嫌じゃ! せめてヤックルがいい!!」

 

 と、スサノオが嘆く背後で、魔神たちは復活を遂げる。

 

「貴様らの魂をタタラ場に追放してやる!!」

 

 魔力を解き放つ───その寸前。魔神たちの周囲に数本の杭が浮かび上がり、結界を構築する。彼らを取り囲むように展開した結界は、魔神の一撃を受けても傷ひとつ見られなかった。

 結界の縁が狭まる。朝の満員電車のようにぎゅうぎゅう詰めになる魔神たち。それでも結界の縮小は止まらず、骨肉が潰れる嫌な音が響く。

 

「ならば、貴様らにはこう返そう。〝死ね、そなたは醜い〟とな」

「どこの世界線のアシタカだァァァ!!!」

 

 魔神一同はピンポン玉の大きさにまで圧搾された。結界が解かれると肉の球体が弾け、辺りに散乱する。

 胸に一本の杭が突き刺さった男。神話においては最古の別天津神の次に産まれた、神代七代の四代目───角杙神と活杙神。陰陽一体のツヌグイは神らしく、不遜に口角を歪めた。

 

「星見台の旅人よ。人間ならば人間らしく我らに護られていろ。そして勝った暁には我の神社を建てるがよい」

「あ、気にしてたんだそれ。まあ儂は氷川系だけでも全国280社あるけど。ツヌグイは両手で足りるくらいじゃったっけ?」

「黙れ! 量より質だ! 貴様は中身のないデータを誇っていろ!!」

「いやぁー、それは無理があるじゃろ。質でも勝ってるし。八坂神社とかオススメよ? のう、頼ちゃん?」

「わ、私に振られても畏れ多すぎると言いますか……」

 

 源氏大将、源頼光はぎこちなく言葉を返した。彼女とスサノオには牛頭天王という大きな繋がりがあるが、ツヌグイの手前、流石にどちらかに肩入れする訳にはいかなかった。

 立香はスサノオとツヌグイのやり取りを見て、かくりと肩を落とす。

 

「……日本の神様っていつもあんな風にマウント取り合ってるんですか」

 

 それに答えたのは、天孫降臨神話の主役ニニギノミコトだった。

 

「一時期高天原で自身を祀る神社の数で競う遊びが流行ったんだ。あれ以来人間関係がぎこちなくなってしまった……アマテラス様も八幡神に負けたショックで天岩戸に引きこもられて……」

 

 そう語るニニギのまぶたには涙が溜まっていた。太陽の女神は人知れず第二のニート期に突入していたらしい。ちなみに一度目の引きこもりを発生させた元凶は素知らぬ顔で耳を傾けている。

 ジャンヌは冷や汗を流して、口角を引きつらせた。

 

「な、生々しすぎるんですけど。SNSのフォロワー数競ってるみたいなものじゃない。それでも神様?」

フォウフォウフォウ(ロクな神がいねえな日本)

「私もいたたまれなくなってきました。……あ、私は世界三大詩人ですが、ペレアスさんはどれくらいの知名度でしたっけ?」

「おいふざけんな! せっかく最近は知名度のことも忘れかけてたってのによォ! いきなり蒸し返してきてんじゃねえ!!」

 発狂するペレアス。好きな円卓の騎士と問われて彼の名を答える人間は逆張りか極度のマニアかのどちらかである。

 対して、ダンテはイタリアでは義務教育で必ず触れる人物であり、世界中に研究者がいるような詩人だ。マイナー円卓の騎士が太刀打ちできる相手ではない。

 嘆きの騎士モードに入ったペレアスの両肩に、慰めるように二つの手が置かれる。それは藤原秀郷と渡辺綱のものだった。

 

「善く行く者は轍迹なし。武名を求めるのは武士の常だが、世の平安を支えてきたのはあなたのような人々だ。自らの生に誇りを持ってくれ」

「今のオレに優しくすんな! 結局無名ってことだろうが! オレが欲しいのは名声なんだよ、あと聖剣!!」

「うむ、心が哀しみに包まれている時は他人の言葉なぞ響かぬものよ。そんな時は腹一杯に米をかき込んで寝てしまうのが良い!」

「いや、米なんてどこに────」

 

 ペレアスの声を遮るように、藤原秀郷は担いだ米俵から大量のお米を噴出させた。火山の噴火をも連想させる米の濁流。ペレアスはただただ圧倒され、口をあんぐりと開ける。

 

「……ブリテンにいたら救世主になってたレベルだぞこれ!?」

「これぞ我が対宴宝具『無尽俵』!! 龍神より頂戴した至高の宝物よ! 生米なのが欠点だがな!」

「それでもダグザの大釜に匹敵するめちゃすご宝具ですわ。王様も大喜び確定です」

「あの島の作物とか芋と木の根の見分けつかなかったからな」

「試される大地すぎるんじゃが。どうやって食いつないどったんじゃ」

 

 歩くフリー素材こと織田信長は怪訝に首を傾げた。この世に支配層ができてから現代に至るまで、食糧問題は常に為政者の頭痛の種であった。その点、ブリテンという地は即リスタート確定な呪われた大地だ。

 リースは唇に人差し指の背を添わせて、考え込む仕草を取った。

 

「ランスロットが大陸から食糧を仕入れたり、私とお姉様で土をドーピングしたり、ペレアス様がガレスちゃんさんやギャラハッドと一緒にピクト人の備蓄庫を襲撃したり……その場しのぎしかできませんでしたわ」

「懐かしいな。ピクト人が食ってるもんの方が美味かった時は流石に泣いたぜ」

「そんなことしてたんですかペレアスさん。蛮族より蛮族じゃないですか。ノアさんの召喚に応じた一因が分かりました」

「こいつと一緒にすんじゃねえ。俺だったらピクト人どもを乗っ取ってキャメロットを攻め落とす」

「リーダー、理由の補強にしかなってないです」

 

 立香に続いて、マシュも口撃に加わる。

 

「到底騎士の行いとは思えませんね。いえ、円卓の騎士が汚らしさに満ちていることは理解していますが」

 

 妙に辛辣な言い草だった。この時、別の宙域で戦っているランスロットの背筋が冷えたことは言うまでもない。

 が、信長ら武士連中は感心した声音で、

 

「わしなら褒美と感状取らすけど。武士の生き様此処に在り! な益荒男ぶりじゃのう」

「源氏武者としても立派な戦ぶりです。私たちはどちらかと言うと魔性の誅伐が主でしたので、興味深くもありますね」

「俺などは人を斬るのが苦手だからな。行って斃せばよい怪異とは戦いの複雑さが違う。尊敬するばかりだ」

「腹が減っては戦はできぬ。新皇を名乗るあの男と刃を交えた時は心が傷んだものよ。あやつの兵は端から端までやせ細っていてな……」

 

 高評価を述べる武士たち。マシュはこの瞬間自身の敗北を悟った。雰囲気に騙されかけていたが、彼らはあくまで非情に徹することができる人間なのだ。

 一連の流れを聞き届け、スサノオは誇張でいっぱいの驚き顔をした。

 

「奴らは血の気が多くて困るのう。……人斬りサークルはどう思う?」

「誰が人斬りサークルだそのアホ面ぶった斬るぞニート神」

「というかどの口が言ってるんですか。普通にドン引きするんですけど」

「……ハハッ」

「「何か言えよ」」

 

 土方と沖田は同時にスサノオの脛を蹴りつけた。隙を生じぬ二段構えである。

 弁慶の泣き所を抱えて悶絶するスサノオ。彼の苦悶の声をBGMにして、立香たちは生米を炊くべく準備を進めていた。

 大鍋に米を投入し、蓋を被せる。ジャンヌが早速点火しようとすると、佐々木小次郎はそれを手で制する。

 

「待て、美味しいお米を炊く秘訣は米に水を浸漬させることだ。三十分は手出し無用!」

「はあ? 私の完璧な火加減に掛かればインディカ米もゆめぴりかですから。一体何なの?」

「なんだかんだと聞かれたら答えてあげるが世の情け───長らく言いそびれていたが、実は私は武士でなく一介の農民! 故に米には一家言持ち合わせている!!」

「ええー? ほんとにござるかぁ?」

「それは私の持ちネタだァァァ!!!」

 

 突然のインターセプトを果たしたノアに、佐々木は切りかかるかのような剣幕で叫んだ。ノアはダンテなら失禁するほどの威圧感を飄々と受け流して話す。

 

「おまえの燕返しを映像で見たが、ありゃあ第二魔法の領分、多重次元屈折現象だ。剣には理合ってのがあんだろ、教えろ。そこの壬生のチワワも来い」

「もしかしてチワワナメてます? 原種のチワワって意外とデカいですからね? ひょんなことで目玉飛び出したりしますからね?」

「なんと儚き命よ……チワワとは人の手を借りなくては生きられぬ奴隷の名であったか」

「遠回しに沖田さんのことディスってませんかこの佐々木小次郎モドキ!?」

 

 がるるるる、と沖田は歯を食いしばって威嚇した。その威容たるや、まさしく壬生のチワワである。彼女はシリアスな場に置きさえしなければ、一介の美少女サーヴァントでしかないのだ。

 ノアの号令で剣を振らされる佐々木と沖田。リースと清姫はそれが遠い異国のことであるかのように無視して、正座のまま向かい合っていた。

 

「……もう一度会えたことを嬉しく思いますわ、清姫さん」

「……ええ、私も嬉しゅうございます。リースさんとは幾度となく恋バナを交わした仲ですが、最も大切なことを訊き忘れていたので」

「時ここに来たり───という訳ですわね」

「言い換えるなら、敵は本能寺にあり───ですわ」

「ちょっと待って? さらっとわしのトラウマ刺激するのやめてくんない?」

 

 カッ、と眼光を放つドスケベ精霊とヤンデレ蛇娘。東西の恋愛モンスターは同時に言い放つ。

 

「「いざ、殿方の○○○を○○して○○○する方法を──────」」

「ガンドガンドガンドォォォォ!!!」

 

 藤丸立香渾身の魔弾が両者を打ち据える。

 しかし、二人はとうに道理など飛び越えた存在。精々が頭にたんこぶを作るくらいで、ロクなダメージを与えられていなかった。具体的には1ターンもスタンさせられていなかった。

 リースはたらりと鼻血を垂らして、

 

「ちょうどいいですわ。立香さんも知っておくべきことです。そして───頼光さん。あなたからは私と似た空気を感じますわ」

「……っ。分かってしまいますか。何を隠そう、私も母なのです」

「くっ! こんなところにまだ化け物が……!!」

 

 立香は戦慄した。今まではまともだと思っていた頼光の宗旨替え。日ノ本最強のムツゴロウこと桃のあの人に次ぐ鬼殺し、源頼光は立香の手に余る存在だ。

 母。その単語を聞きつけて、茨木童子は舌を放り出した下品な笑顔で歩み寄る。

 

「母ぁ〜? 貴様がか!? 腹がよじれて止まらぬわ! 卑劣な手段でしか吾らに勝てなかった分際で夢を見るのはやめておけ!!」

「……虫の囀りは耳に障りますね。醜い死体も遺さぬほどに焼き払って差し上げましょう」

「ヒト風情がよく吼えた! 行くぞダンテェェ!!」

「私を巻き込まないでください!」

 

 炎と稲妻の刀身がぶつかり合う。もはや完全に魔神の存在は忘れ去られ、復活する度にツヌグイの結界によって圧殺されていた。無間地獄とはこのことを言うのかもしれない。

 スサノオは凄絶な戦いを眠たげに眺め、しみじみと語る。

 

「母ちゃんに懸ける想いは皆強大よな。儂の母ちゃんなんか腐ってるけど」

「スサノオさんはお母さんに会うために高天原まで行きましたからね。ニニギさんのお父さんもその時産まれたと聞きました」

「『誓約(うけひ)』のことだな。唯一スサノオが太陽の女神に勝利した所以だ」

 

 スサノオは母親のいる冥界へ向かう前、高天原の姉神に断りを入れるべく天を目指した。太陽の女神はその行為をスサノオによる天への叛逆とみなし、男装をして迎え撃った。

 その際、スサノオが自身の身の潔白を証明するために提案したのが『誓約』。互いの持ち物を交換し、子どもを生むことで心の清らかなることを証明しようとしたのである。

 結果、太陽の女神はスサノオの剣から三柱の女神を生み、スサノオは勾玉から五柱の男神を生んだ。

 そこで、両者は重大な事実に気付く。

 

「───そういえば、何がどうなったら儂に翻意がないのか決めてなくね? と」

「『アホなんですか!?』」

 

 スサノオは窮し、ある理屈をぶち上げた。

 

〝おっ、男神を生んだ俺の勝ち!! 姉ちゃんは自信がないからそんな手弱女を生んだんじゃ! しかもこの子の名前は『正勝吾勝勝速日(まさかつあかつかちはやひ)天之忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)』に決定!! これはもう完全に姉ちゃんの負けじゃァ!!!〟

〝は? は?? は???〟

 

 ちなみに、上記の神の名前を極めて雑に訳すなら、『まさに勝った俺が勝った勝ちに勝ったり天の美しき稲穂の神霊』という意味になる。日本最古のキラキラネームと言えるだろう。

 要は、スサノオは屁理屈にもならない自分ルールで勝手に自分の勝利を決めたのだ。子どもの名前に勝ち名乗りを入れてまで。アメノオシホミミには同情を禁じえない。

 己の理屈を通す。八つ首の龍を討伐した武勇と知恵のみならず、スサノオは我の強さにおいても頂点だ。

 ノアは豊洲市場に並べられた魚のような目をして、Eチームに告げる。

 

「よし、さっさと次行くぞ」

「はい。時間の無駄遣いしてられません」

「『次でいよいよ最後の宙域だからね。気合い入れていこう』」

「待って? 少しは反応して?」

 

 Eチームはすたすたと歩いていく。

 その行く先を小さな影が遮る。身の丈ほどの大弓を携えた、輝くような美男子アメノワカヒコ。かの特異点においては、誓約の矢にて立香の心臓を物理的に射抜いた弓手であった。

 彼はなめらかな柳眉を寄せ、煩わしそうに頭を掻く。

 

「……あー、藤丸立香さん。俺の全力土下座で笑い転げる覚悟はできてますか」

「気持ちだけ受け取っておきます!! アレはサクラのせいっていうのも知ってるので!」

 

 ……それに。

 少女は、アメノワカヒコだけに聞こえる距離で囁く。

 

「───あなたのおかげで、良い思いができました」

 

 いたずらな笑みは年相応の可憐さと、裏に寒気を覚えるほどの妖しさを秘めていた。

 脇を通り抜けていく人間たち。アメノワカヒコは思考を白紙化させ、今の少女の顔によく似た───伴侶の笑顔を思い浮かべる。

 そうして数秒。彼は唇を歪めて、忌々しげに呟く。

 

「女って怖えぇぇ〜〜…………」

「お前もようやっと気付いたか。儂もかなり苦労し」

「うるせえニートマザコンロクデナ神」

 

 つーか、とアメノワカヒコは前置きして、

 

「あのクソ馬鹿陰陽師どこいった?」

「……あっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後の宙域、生命院サブナック。

 創世母神との壮絶な戦いが繰り広げられた第七特異点。立ちはだかった敵の戦力は八つ全ての特異点を見渡しても、確実に頂点に位置する。

 それは味方においても同様。ティアマトの打倒は女神たちの助力なくしては決して叶わなかっただろう。

 以上を踏まえて。

 

「もう一思いにやれよォォォォォ!!!」

 

 せっかく真体を晒したにも関わらず、魔神たちは最初から勝利を放棄していた。

 ソロモン王の魔神は群体にして個体。仲間たちが今までどのような目に遭わされてきたのか、文字通り身をもって体感している。

 英雄たちが与えた無数の絶望が、彼らを諦観の淵に突き落としたのだ。

 その英雄たちの究極。ギルガメッシュは心底興味の失せた瞳をしていた。瞳孔が細まり、一切の諧謔を挟まずに嘲る。

 

「───ハ。所詮は贋作より生まれし魔術式。正真の魔神であったのならば、我を愉しませることもできたであろうが……端から勝利を諦めた塵め。それ以上我の目を穢す前に疾く失せよ」

「言い過ぎだよギル。彼らも僕と同じ誰かの道具、性能は使い手に左右されるのが道理だ。意思なきモノを蔑むなんて、君の価値を下げるだけさ。……ん? これフォローになってるかな?」

 

 緑髪の青年はEチームに顔を向けて、

 

「君たちはどう思う?」

「なんか性格変わってません!?」

 

 立香は返答より先に巨大な違和感をぶつけた。

 あのギルガメッシュをあだ名で呼ぶ不遜。それを当たり前かのように許されている不自然。さらに言えば、彼は瞳の色を除いてキングゥと全く遜色のない外見をしている。

 キングゥの顔を持つ彼は、困ったように笑った。

 

「ああ、これはすまない。僕はエルキドゥ。魂は違えど、この肉体が君たちを覚えている。キングゥがだいぶお世話になったみたいだね」

「世話っつうか殺し合った仲だろ。結局俺たちには敵わなかったけどな」

「うん。性能差を覆す戦い、お見事だったよ。特に、そこの騎士と精霊の連携は舌を巻いたよ」

「ありゃ経験値と愛の力でなんとかしたみたいなもんだ。今アンタとやったら結果は違うかもな」

 

 リースはぶんぶんと首を横に振る。

 

「エルキドゥさんはステータス、スキル、宝具の全てに隙がありませんわ。ですがっ! ブリテンベストカップルに選ばれた私たちならどんな敵も目じゃないですわ!!」

 

 意気揚々とふんぞり返るドスケベ精霊。その姉と花の魔術師は微妙な顔をして半ば独り言のように言った。

 

「文句はないけれど……うん、ほぼ消去法ね」

「ウチのカップルは大抵片方が死ぬか両方死ぬから……まあ相手がいなくてもほとんど死んだけどね!」

「やはりブリテン島は魔境ですねえ……」

フォウフォウ(そりゃ滅びるわ)

 

 かの時代のブリテン島では、心を結んだ恋人たちは必ずと言って良いほど悲しい最期を遂げる。加えて、アーサー王物語終盤の死亡ラッシュはZガンダムのそれに匹敵する。フォウくんの物言いもやむなしであろう。

 対して、ギルガメッシュはニタリと嘲笑を浮かべる。

 

「円卓などという集団を抱えるからそうなるのだ。独力で国を率いるが王たる者の資格よ」

「ハッ、私の力がなきゃティアマトに勝てなかった癖して、とんだ言い草ね。このイシュタル様の手に掛かれば、ウルクはもっとゴールデンな街になってたわ」

「いたのか雑種オブ雑種。貴様の力なぞ運動会の綱引きの文化部にも劣る貧弱さであったぞ。エルキドゥ、このアホの戦績を言ってやれ」

「個人成績だとサクラにボコられて、知恵の女神に冥界へリリースされたくらいかな。おや困った、全戦全敗じゃないか」

 

 ウルク最強ズッ友コンビは淡々とイシュタルを煽った。

 ギルガメッシュ叙事詩では、総力をもって殺し合った三人。彼らの遺恨は一度や二度の共闘で失われるほど、根が浅い問題ではない。

 なにしろ、イシュタルは王の盟友エルキドゥの命を奪うだけでなく、数多くのウルク人を死に追いやった。Eチームがウルクに転移したあの日、彼女の神殿が残されていたのが不思議なほどの悪行だ。

 しかし、そこはワガママ度ならスサノオにも肩を並べる駄女神。イシュタルは諸々の自業自得を忘れ去って、ピキピキと青筋を立てた。

 

「へえ、なるほど。あの時の再現でもしたいのかしら?」

「あの時の再現と言うと、アレかな? 僕にグガランナの足を投げつけられて、ギルにフラれてギャン泣きして逃げ帰った───」

「イシュタルさんって昔からぽんこつだったんですか?」

「黙りなさい立香。それは一時の気の迷いよ。そして今の私のポンコツさは全部依り代のせいなんだから!!」

 

 イシュタルは他人に全ての罪を押し付けた。断っておくと、依り代の少女はぽんこつなのではない。ただ重要な場面で絶対にうっかりをやらかす呪いのような遺伝子が受け継がれているだけなのだ。

 ダンテは周囲を見回し、得た違和感を恐る恐るイシュタルに問う。

 

「そ、その。エレシュキガルさんの姿が見えないようですが、イシュタルさんはご存知ありませんか」

「……ああ、そのこと。本当なら教えてあげる義理なんてないんだけど、せっかくだから説明してあげる。心の贅肉よ」

「マシュ。これもツンデレ?」

「はい。最近溢れ出るアホさによって、ツンデレ属性が失われつつあるジャンヌさんの目を覚ますかのようなツンデレです」

「こぉんのボケなすび、自分が何十話も前に真面目属性を失ってるからって……!!」

 

 ポンコツ化が進む魔女と、属性がなすびに一本化されつつある自称後輩は脇に置いて。イシュタルはエレシュキガル不在の理由を語る。

 エレシュキガルは冥界の管理を使命付けられた女神。故に、青空を垣間見ることも叶わぬ地の底で悠久の時を過ごさねばならなかった。

 それはただ、状況や役割がそうさせたのではなく。エレシュキガルの存在の一片までをも冥界の管理に殉じさせるため、〝自分のために望まない〟という誓約を結ばされたのが原因だ。

 彼女は死者のためだけにある冥界の機構を私的に利用し、その誓約を破った。契約破りの罪への報いは存在の消滅。第七特異点に在ったという事実さえも消し去られ、この場所に駆けつけることはできなかった。

 イシュタルは突き放すように結論付ける。

 

「立香。貴女たちに明かさなかった理由、分かるでしょう? そこの血も涙もないアホ白髪と違って、貴女は覚悟を揺らがせるかもしれないから」

「そうですね。ちょっぴりムカついてきました。───そんな事情があるなら、もっと応援してあげたのに、って」

 

 イシュタルは微笑み、

 

「ぐうの音も出ない正論ね。その言葉を聞けなかったのが、エレシュキガルへの罰ってところかしら。ざまあないわ」

「あ! あとリーダーには血も涙もありますよ! ただ冷血なだけで!!」

「先輩、人はそれを血も涙もないと言います」

「煮浸しにされてえかキリエライト」

 

 マシュは脳天に振り下ろされた手刀をさっと回避する。今に喧嘩を始める猫のように睨み合う二人を、牛若丸は懐かしげに眺めていた。

 

「ノア殿は見れば見るほど兄上の気風を感じます。誰にも容赦のないところがよく似ています!」

「世が世なら王となっていたかもしれませんね。見たところ良い筋肉をしていますし、是非ともスパルタに欲しい人材です」

「王は王でも魔王だけどな」

「ペレアスさんの言う通りですねえ。その点、現代に産まれたのは幸運というか不幸というか……」

 

 ジャガーマンはマタタビを貪り喰らいながら頷く。

 

「古代も古代で良かったけど、現代の飽食には魅力を感じざるをえないニャ。今こうしてる間にも何万本のちゅ〜るが生産されているか考えると背筋が冷える思いだぜ……!!」

「人類は絶賛滅亡中なのでジャガーマンさんの背筋は冷え損ですね。冷やし背筋です」

「んなこたぁ魔術王とかいうのをヒネってやれば秒で済む話デース!! 私たちの手できっとルチャを取り戻すのよ!」

「ルチャの何がこの(ひと)の琴線に触れたんだろう……」

 

 立香は悶々と疑問を募らせた。

 メキシコプロレスの代表格ルチャリブレ。確かにケツァル・コアトルは古代メキシコ地域で信仰された神霊なので、繋がりがない訳ではない。

 それにしても、神が人間の文化に影響されること自体が稀である。他の国で喩えたなら、オリュンポス十二神がサッカーチームを組んで出てくるようなものだ。

 そんなギリシャ神たちと浅からぬ因縁のあるアナは盛大にため息をついた。

 

「もう帰っていいですか。そこの魔神連中も戦意喪失してるみたいですし、いる意味がないです」

「ここまで来といてそれは通らねえぞ。せめて魔術王に特攻して華々しく散っていけ。サーヴァントの霊基を暴走させて大爆発を起こす魔術をかけてやる」

「魔術王より先にこの人を始末すべきでは!?」

「というかいつの間にそんな非人道的魔術を開発してたんですか!? とても主人公のやることとは思えないんですが!!」

 

 ダンテはそそくさとノアから距離を取った。まず最初にサーヴァント爆弾にされるなら、確実に自分であるという確信があったためである。

 ギルガメッシュ&エルキドゥの前につくばっていた魔神たちは震える膝に鞭打って立ち上がる。彼らは清廉たる戦意を胸に叫ぶ。

 

「く、この外道め! やはり人間如きに世界を任せてはおけぬ! 玉座に辿り着く前にひとり残らず滅してやる!!」

「『どうしよう、まったく反論できない』」

「オイオイオイ、人類皆殺しにした悪党が今更ぶってんじゃねえよ! おまえらなんざ俺のダンテ爆弾で一網打尽にしてやる!!」

「えっ? まさか私既に爆弾化させられてます? ショッカーでももう少し手心加えますよ?」

 

 魔神たちは一斉に飛び上がり、敵へと殺到した。

 

「貴様らのような人間の屑に負けてたまるかァーッ!!」

「『強制封印・万魔神殿(パンデモニウム・ケトゥス)』!!」

「うごあああああああぁぁぁぁぁッッ!!」

 

 どろどろと溶けていく魔神の五体。

 それは世界有数の魔眼による、生命の強制溶解。太陽に近付いたイカロスの蝋の翼のように、彼らはグロテスクな色彩の液体となって地面に降り注いだ。

 三相一体の魔獣女神、ゴルゴーン。北壁にて大暴れした魔眼の女神はジュースと化した魔神を、巨大な足で執拗に踏み付ける。

 

「張り合いがない。所詮はこの程度か、虫けらめ。これならばそこの男のように自爆特攻を仕掛けてきた方がまだ絢爛に散れたものを」

「……自分に同意するなんて本末転倒ですが、その通りです。かませの美学を弁えるべきでは?」

「い、いやあ、あんなにも恐ろしかった魔眼が味方になるとこうも頼もしいとは! 人間爆弾になった甲斐がありますよ!」

「地獄巡りで得た負の適応力……」

 

 マシュはぽつりと呟いた。世にも恐ろしい魑魅魍魎が目まぐるしく襲ってくる地獄において、ダンテはとうに自らの運命を諦める術を心得ているのだ。

 ゴルゴーンはじとりとダンテを見つめる。人間を一瞬で石化させる魔眼の視線に射抜かれ、彼は思わず身を竦めた。

 

「相変わらず、他人頼りか。あの男の背に隠れていた時から成長しておらぬな、詩人よ」

「ウェルギリウス先生のことですか。……まさか、地獄でのことを覚えているんですか?」

「貴様が旅した世界はキリスト教徒の価値観によって歪められた神霊・英霊の領域。元よりこの身は怪物として広く知られている。そのせいか、受ける歪みも小さかった」

 

 ───だから、貴様のことも然と記憶にある。

 英霊の座は時間と空間を超越した場所にある。それ故、英霊はどれほど過去の存在でも、たとえ未来の者であっても、召喚者のもとに写し身を送ることができる。

 であるのならば、彼らはいつの時代のどこの場所に現れてもおかしくはない。

 ジャンヌは眉をひそめて、ゴルゴーンを咎める。

 

「この人間爆弾が何人の偉人や英雄と会ったと思ってるんですか? そんな状況ありえないでしょう」

「ジャンヌさん、私でも受け止めきれていない事実を突きつけないでください」

 

 ジャンヌの問いに答えたのはゴルゴーンではなかった。

 ギルガメッシュは抜き身の刀のような瞳で詩人を見据えて告げる 。

 

「少しは頭を使え。多数の英霊・神霊が召喚される状況───そんなものを貴様たちは()()()経験してきたであろうが」

 

 ダンテは泣くような笑うような顔をした。

 ギルガメッシュが言わんとすること。それはもはや考えずとも察することができる。

 ありえない、と頭の片隅で理性が叫ぶ。

 アレは魔術王さえも人理焼却の際にしか打ち込めなかった楔。世界の可能性。それがあの時代に在るのは不可能。だが、何よりも彼の魂が否定し得ぬ確信を抱えていた。

 つまり、詩人が生前迷い込んだあの世界は。

 

「…………と、特異点?」

 

 ギルガメッシュはあえて応えず、沈黙を保っていた。なれど、それこそが揺るがぬ証明。ダンテが捻り出した憶測が正しいという証左だ。

 エレインは頭痛を抑えるように、手のひらを額にあてがった。

 

「マーリン。あなたなら何か知っているでしょう」

「もちろん。だけどね、こればっかりは話せない。話さないんじゃなくて話せない。迂闊に口を出して認めた瞬間、それが真であると確定してしまう。私が口下手なことは知っているだろう?」

「そう言うと思ったわ。頭が痛くなってきた……」

「心配無用ですわ、お姉様。たとえどんな苦難が待ち受けていようと、必殺ラブラブパワーで乗り越えてみせますので!!」

 

 リースは両の拳を構えて意気込んだ。エレインはくすりと微笑み、妹の頭を慈しむように撫ぜる。

 

「そうね。そのことについてはまったく心配していないわ。私の自慢の妹だもの」

「やはりお姉様、さすがお姉様! 金輪際現れない完璧で究極なお姉様ですわ!」

「え、ええ。だから、私にもう一度見せてちょうだい。あなたたちのハッピーエンドを」

 

 エレインは優しくリースを突き放し、言った。

 

「───それじゃあ、いってらっしゃい」

 

 魔術王の玉座。

 因果と因縁の集結する場所。

 Eチームは一歩一歩を噛み締めるように進む。

 彼らに付随する小さな白い影。一匹の獣に、花の魔術師は問い掛ける。

 

「美しいものは見れたかい? キャスパリーグ」

フォフォウフォウフォウ(次はお前が身投げしろよ)

「…………さーて、アルトリアと少年の愛の物語でもリピートしてこよっかな!!」

 

 フォウくんはマーリンの顔面に唾を吐き捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ローマ合従軍。彼らは息つく暇もない全力ダッシュを敢行し、生命院サブナックの宙域を目前に捉えていた。なお、ネロとダビデが荒い吐息を吐く横で、ソフィアとテスラは涼しい顔で浮遊している。

 ダビデは脇腹を抱えながら、

 

「君たちのそれずるくないかな!? 玉座に辿り着く前に死に体なんだけど!」

「そうだそうだ! 余の脳内では既にサライが流れ始めているぞ!!」

「すみません陛下。この魔術はひとり用なのです」

「素材さえあればタケ○プターを造ることもできたのだがな」

 

 うそぶくソフィアとテスラ。いっそ知恵の女神の肢体にしがみついてしまおうか、とネロの脳裏に邪な考えがよぎったその時、

 

「急急如律令!!!」

 

 津波の如き呪いの奔流が彼らを襲った。

 東洋呪術に対魔力は通用しない。並のサーヴァントならば触れただけで容易く消滅させる波濤はしかし、ソフィアたちの手前で爆ぜて失せる。

 四人の視界には神妙不可思議にして胡散臭い男がひとり。彼はありったけの憎悪と殺意を込めて哮り立つ。

 

「この時を待っていたぞ、知恵の女神!! よもやこの儂に晴明の術式を使わせる愚行───その命をもって支払うがいい!!」

「黙れわらび野郎」

「ソッ!?」

 

 蘆屋道満ことわらびマンは本気の殺意をすっぱりと切り捨てられ、思わず目を剥いた。ソフィアは仏頂面でつらつらと言葉を吐き捨てる。

 

「何が不満だ、蘆屋道満。むしろ感謝されるのが筋合いだろう。なにしろお前はニニギノミコトに手も足も出なかったのだから」

「ぐ……あの戦いは単なる相性による劣勢! 日輪の継嗣相手に呪術師が勝てる道理など無し! 故に拙僧、私情にて貴女を殺しまする!!」

「なんてクズ野郎だ……恥を知れ! そして僕のような真人間になれ!!」

「という戯言は置いておいて……何がなんだか要領を得ないぞ。ヘレン、説明するがよい」

 

 知恵の女神は頷き、つまらなそうに語った。

 

「何も複雑なことはありません。あの男が神と戦っていたところを私が手助けしたというのに、何故か逆恨みされているのです」

 

 はあ、とソフィアはため息をついた。どこまでも馬鹿にした反応に、道満の苛立ちは募るばかりである。

 ネロは腕を組み、首を縦に振る。

 

「なんと恩知らずな男よ。助けられたというのなら相応の態度をもって感謝すべきであろう、クズわらびよ!!」

「ンンンンンン!! 誰がクズわらび!? 拙僧は最高級本わらびにてございます!!」

「結局わらびではないか」

「色味もなんだか似てるよね」

 

 道満の額から血液が噴出する。張り詰めた血管が限界を迎えたのだ。

 仁王像の如く立ちはだかるわらび。ソフィアは再度盛大なため息をつくと、観念したかのように手を打ち鳴らした。

 

「分かった分かった、私が悪かった。お前がボコボコにされていたとはいえ、仇敵の術式を使わせたのは配慮が足りなかったな」

「ようやく理解していただけたようで何より。拙僧も大人です。これで手打ちにしましょう」

「ああ、お前程度に割く文章も惜しいんだ。さっさと消えてく」

「────とでも行くかと思いましたかなァ!? ハアッ! 急急如律令!!!」

 

 知恵の女神ただひとりに向けて、空間を捻じ曲げるほどの呪いが放たれる。

 しかし、道満が狙ったはずの場所に彼女はいない。

 

「クズ同士、考えることは同じだな」

 

 ぞくりと背筋に走る悪寒。それに気付き、振り向こうとした瞬間、ソフィアの右手が肩に触れていた。

 

「『天の落涙(ヘヴンズティアー)』───一足先に天国へ送ってやる。お前には過ぎた幸福だろう?」

「そ、ソフィア、貴様ァァァァァ!!!!」

 

 かつてイシュタルに使用した、対象を強制的に天国送りにする右手の術式。それによって、道満は現世から姿を消した。

 知恵の女神は何事もなかったかのように居直る。

 

「さて、では急ぎましょう」

「このやり取り全カットでも良いのではないか!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 またまた一方、エリザベートとコロンブスとベオウルフの即興トリオ。三人は溢れんばかりの米の海に紛れ、廃棄孔を潜り抜けようとしていた。

 

「オイオイ、なんだこのライスの海はよぉ! 俺ぁ海の男でも専門は水の方なんだよ!」

 

 エリザベートは頬をリスのように膨らませて言う。

 

「落ち着きなさい歯茎!! これは決戦前の腹ごなしよ! それでも男なの!?」

「男女を語る前に生米喰らうのやめとけよ嬢ちゃん!?」

「こいつはトカゲだぜ? 俺たちとは胃袋の構造が違ぇんだよ」

「なるほどな。それで竜殺しの血が騒ぐわけだ」

「ベオウルフ、まさか貴方その二本の立派なブツで私をどうにかするつもり!? 私はアイドルだからそういう需要も理解してるけど、単なる消費と尊敬ある性欲は別物よ!?」

 

 盛大に勘違いしたエリザベートの物言いに対し、コロンブスとベオウルフはスン、と無表情になる。

 

「調子乗ってんじゃねえぞトカゲ娘。お前なんか良いとこ動物図鑑に掲載されるくらいだろ」

「まあアレだ、特殊な性癖のやつには刺さるんじゃねえか? 現代人の倒錯っぷりは聖杯知識で習ったしな」

「ハァイぶっ殺す!! そこ動くんじゃないわよおっさんども!!」

 

 米の海でわちゃわちゃと騒ぎ立てる即興トリオ。信長は虚ろな目でそれを眺めていた。

 

「……ナニアレ?」

「妖怪の類では?」

 

 頼光はさらりと結論付けた。歯茎男とトカゲ娘に関してはあながち間違いではないのが質の悪いところである。

 宙をふよふよと漂っていたスサノオはニヤリと右の口角を吊り上げ、

 

「…………ほーう?」

 

 いたずらな笑みを象った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───固有結界、『破卵の天球儀(ディアプトラ・コスモス)』。

 満点の星空を映す王座の空間。その場に集いしは三匹の獣。黄金の玉座に坐す大淫婦は瑞々しい唇で弧を描いた。

 

「結末は決まりきっている。そうだな? シモンよ」

 

 金色の髪と褐色の肌。黒銀のローブを纏った魔術師は首肯する。

 

「そうです、我が王よ。勝敗がどう転ぶにせよ、旧き世界は終わり、新しき世界が始まる。共に見届けましょう、美しき決戦の日を」

 

 赤い蛇を模したパーカーを着た幼子。左腕を吊るように包帯を巻き、右目を眼帯で覆った体の表面にはいくつもの傷が生々しく残っていた。

 

「ぼくとしては魔術王を応援したいな。うん、獣として完成した彼は強大だよ。ぼくみたいな半端者じゃ太刀打ちできない」

「みたいな、と言うことは他にいると?」

「そうだよ、王様。未だヒトにもカミにもなりきれていないのがいるじゃないか。……ただまあ、どちらが勝とうと────」

 

 その言葉を引き取り、第二の獣───バビロンの大淫婦は妖しく笑む。

 

「───この()()()()にて勝者を待ち受けるのみ」

 

 それは、行き止まりの人類史。

 知られざる敗者の歴史。

 いつか、どこか、ある地点で間違い、剪定されるはずだった世界。

 太陽系を貫く一本の大樹が如きカタチをしたこの世界が、一体何を間違え、誤り、袋小路へと行き詰まったのか。

 それを知る者は、まだいない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。