自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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思ったよりも時間がかかってしまいました。できれば11月には最終章前編に入りたいと思います。


断章 騎士と詩人と魔術師の昔話
番外編その一 湖の乙女の花嫁修業と下っ端騎士の奮闘記


 アーサー王伝説。

 選定の剣を抜き、王となったアーサーを取り巻くこの物語には数え切れないほどの異文(ヴァリアント)が存在する。むしろ、異文しかないと表現するのが正しいかもしれないし、原典しかないと言い換えることもできるだろう。

 なぜなら、人によってどの異文を選び、どの原典を参照するかは当然それぞれの手に委ねられている。さらにその受け取り方まで異なるとなれば、差異が発生するのも道理だ。そもそも、唯一無二の正典を決めること自体が他の全ての物語を切り捨てる、限りなく残酷で愚かな行為と言えよう。

 アーサー王が関わる物語の中には、さりげなくぶっ飛んだものもある。

 例えば、神の召命を受けて聖杯探索に出掛けたアーサー王一行が、襲ってきた殺人ウサギを手榴弾で爆殺したり。

 例えば、バールで殴られた男がアーサー王の時代に転移して、現代の異世界モノみたいに八面六臂の大活躍を見せたり。

 細かいところで言えば、ガウェインの性格が陰湿で狡猾なゲスになっていたり、発狂したトリスタンがどこぞのシャルルマーニュ十二勇士の如く全裸になったり、なぜかモルガンとカエサルの間に子がいてしかもその子がオベロンだったり、ペレアスが寝取られて寝込んだり、ペレアスが寝取られて放浪したり…………などなど、各所に目を向けると枚挙に暇がない。

 これは、そんな異文で異聞の物語。

 無数の可能性のうちのひとつ。

 ───幼い頃、妖精たちがあたくしに語ってくれたように、その物語をお教えいたしましょう。古くから妖精の住まう島ブリテンで、彼ら彼女らが見聞きした騎士たちの物語を。

 語り部は僭越ながらあたくし、()()()()()()()()()()()が務めさせていただきます。お好きなお菓子と飲み物を用意して、上司からの連絡はブッチして、ペットがいるならそれを抱いて、耳の穴かっぽじってよくお聞きになりやがれくださいませ。

 あたくし、最も嫌いなことのひとつが話を無視されることなので。人の話を聞かないおファ○クな輩は全員、水妖に沈められれば良いと思っていますの。

 …………準備はよろしくて? 途中退席はお排泄物だけしか認めねえですので、あしからず。

 それでは、『湖の乙女の花嫁修業と下っ端騎士の奮闘記』の、はじまりはじまり─────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブリテン島、キャメロット。

 ペレアスが王城に招聘され、結婚式とハネムーンを終えて数日。彼は王様から城下町の郊外にある屋敷を賜り、領地をしばし後にして、そこを根城としていた。

 領地から連れてきたものはそう多くはない。エタードの城で飼われていたが、リースが引き取った魔獣と愛馬と従者のアルフ、そしてお手伝いさんくらいなもの。少数精鋭と言えば聞こえは良いが、単に人手が少ないだけである。

 しかも、そこに来て事件が発生する。ペレアス邸のお手伝いさん(八十五歳)がぎっくり腰を発症。リースの魔術により治癒はしたものの、再発の恐れがあるということでキャメロットには着いてこれなくなってしまった。

 だがしかし。そんなことでめげてはいられない。アーサー王の手により諸侯は統一されたが、北の異民族を筆頭として問題は山積しているのだ。

 時に。領主は自分の土地にあるお城やお屋敷に住まうものだが、様々な事情で領地を離れて出掛けなければいけないことがある。

 その間、お城の諸々の雑務や普段領主が担当していた仕事の一切が、妻の差配に委ねられる。つまり、夫が不在の間、家を切り盛りするのは妻の仕事なのだ。

 

「そう────妻である私のっ!!!♡♡♡」

 

 とある日の早朝、ペレアス邸。夫が宮廷に出掛けていくのを熱烈なキスによって見送った湖の乙女。彼女は熱に浮かされたような顔に両手を当て、くねくねと体をよじらせた。

 ペレアスの妻、すなわちリース。どんな世界線でもどんな歴史でもたったひとりの伴侶。リースはそのことを再度認識し、身悶えする。

 無双の騎士ランスロットを育て、王に星の聖剣エクスカリバーを授けた精霊。王都の酒場では夜な夜な吟遊詩人が彼女のことを唄っているものの、ここにあるのはただの色ボケだった。吟遊詩人の芸も浮かばれまい。

 

「お、奥様。正気に戻ってください!」

 

 と、リースのドピンクな思考を白紙に戻すかのような一石が投じられる。沼に沈みつつあったリースを引き戻したのは、まだあどけなさの残る少女だった。

 エプロンドレスを身に纏うその様はまさしく、どこからどう見てもデキる使用人そのもの。彼女こそは泣く泣くキャメロットへの出仕を見送ったお手伝いさんの八人目の孫であり、名をマーヤと言う。持ち前の器量と真面目さで、ペレアスの領地でも評判だった乙女だ。

 リースはけろりと表情を元に戻すと、人差し指の先を下唇に当てて、首を傾げた。

 

「あら、マーヤさん。お早いお目覚めですわね。もう少し寝ていても良いのですよ?」

「いえ、ご主人の方々より遅く起きるメイドなんてメイドの名折れです! それに今日は忙しくなる予定ですので!!」

「予定ですか? 今日は特に何もなかったと思いますが……」

「はい。僭越ながら、私が勝手に決めさせていただきました!」

 

 マーヤは両手を振ると、それぞれの指の間にはたきや焼き串などの家事用品が挟まれていた。まるで手品師の手並みである。

 

「───今日は、奥様の花嫁修業に当てさせていただきます!!」

 

 花嫁修業。リースはその響きを耳にして、やにわに頬を紅潮させた。

 

「花嫁修業……!! 確かに、花嫁なりたてホヤホヤの私には必要なことですわ! マーヤさん、私は何をすれば良いのです!?」

「やる気十分のようで何よりです。時に奥様は、家事の三本柱をご存知ですか」

「それはつまり───夜伽というこ」

「違います。というか三本柱と言いましたよね。なんでひとつなんですか。原始人の家ですか」

 

 こほん、とマーヤは気を取り直して、

 

「家事の基本は掃除・洗濯・料理。他にも雑事はたくさんありますが、とりあえずこの三つを押さえておけば問題ありません。聞くところによると、奥様は例の事件の際に侍女として潜入していたそうですが」

 

 リースはこくりと首肯する。

 例の事件とは言うまでもなく、ペレアスとガウェインのアレである。王都では官民問わずに笑い話として持ち切りになり、王が一部始終を聞いた時は鋼鉄のような表情が一瞬泣き笑いしたと言われる事件だ。

 リースは一時期件の婦人の城に侍女として入り込み、彼女の身の回りを任されるほどになっていた。そのことから、多少の心得はあるのではないかとマーヤは考えたのだった。

 

「ふふふ、伊達に1000年生きてませんから! お掃除とお洗濯は大得意ですわ!」

「そうですか。それでは、まずその二つから奥様のお手前を拝見しましょう」

「分かりましたわ。マーヤさん、こちらへどうぞ」

 

 リースはゆるりとマーヤの手を引いて、自らの側に立たせる。陶磁器のようにつややかでひんやりとした指の感触。たった一度触れただけで自分たち人間とは違うことを思い知らされ、マーヤはどきまぎする。

 そのせいで、彼女は気付かなかった。二人の周囲を丸く取り囲むように水が湧き出していたことに。

 水は瞬く間に膨張すると、濁流の如き物量と勢いで拡散し、屋敷を呑み込んだ。

 けたたましい音を立てて窓という窓が割れ、扉が開け放たれ、外界へと水が流れ出す。家財のことごとくが水流に浚われ、屋敷の外に広がる草原にガラクタの山が出来上がった。

 マーヤはあんぐりと口を開けて、

 

「…………これのどこがお掃除とお洗濯なんですか!!?」

「かのギリシャ神話の大英雄ヘラクレスはアウゲイアス王から家畜小屋の掃除を頼まれた時、川の流れを変えて丸洗いしたそうです。私もそれに倣ってみましたわ」

「そんな大英雄的な発想は誰も求めてないのですが!? 掃除というより一掃ですし!!」

「まるでノアの方舟ですわね」

「命の掃除────!!!」

 

 マーヤはがっくりと崩れ落ちた。そして同時に思い知る。精霊と人間の違いとはその能力の差や存在の差にあるのではなく、思考そのものにあるのだと。

 たとえ同じ力を持っていたとしても、家を丸ごと水洗いしようと考える人間は少ないだろう。ヘラクレスのような純正ギリシャ脳大英雄はともかく、精霊は発想のスケールからして人間とは一線を画しているのだ。

 マーヤの小市民的な脳みそはペレアスへの言い訳やこれからの再就職に思いを馳せる。夏の湿った熱気みたいにまとわりつく絶望を味わっていると、リースは水で象ったワンド───ハリー・ポ○ターに出てくる形の杖である───を振るった。

 すると、見るも無残な姿になった屋敷が時間を巻き戻すように修復され、家財も元通りに配置されていく。水気もすっきり抜かれて、屋敷はまるで新品同然になる。

 

「どうですかマーヤさん! 私の花嫁ぶりは!! これでようやく夜伽のターンですわね!?」

「そんなもの最初からありません! だいたい、そういうのは私には教えられな────」

 

 ごとん、とマーヤの言葉を遮るような物音が立つ。反射的に振り返った視線の先には、見知らぬ女性が水浸しの状態で横たわっていた。

 彼女の後ろには戸が放たれたクローゼット。そこから水の跡が点々と続いている。察するに、この女性はクローゼットから出てきたのだろう。

 彼女は肩で息をしながら立ち上がると、顔面にねっとりとした笑みをへばりつかせた。 

 

「奥様。閨事ならばこの私めにお任せくださいませ。太陽の騎士すら手球に取った手練手管を伝授して差し上げましょう……!!」

 

 マーヤはその言い草に強烈な心当たりを覚えた。無意識に口端がひくつき、己が疑念を言葉にする。

 

「この人、もしかしてエタード婦じ」

「いえ、我が家の屋敷妖精ことター子ちゃんですわ。特技はストーキングと媚薬作りです。どこぞの尻軽魔女とは何の関係もありません」

「太陽の騎士ってもしかしなくてもガウェイン卿……」

「きっとY字ポーズしてる人の方ですわ」

「誰のことですか!?」

 

 というツッコミを無視して、リースはター子ちゃんをおすわりさせる。かつての従僕である魔獣に紛れて、与えられた骨をかじるター子ちゃんの姿に人の尊厳はなかった。この家の闇を垣間見たマーヤは本日二度目の咳払いをした。

 

「と、とにかく。奥様にはヘラクレス流ではない、真っ当な掃除と洗濯の仕方を身に着けてもらいます」

「ですが、いちいち屋敷を回るよりも楽ちんですわ。マーヤさんのお手間も減ると思いますし」

「お言葉ですが奥様がしたことはどうせ後で生き返るからと言って、犠牲を見過ごすようなものです。〝でぇじょうぶだ、魔術で元に戻る〟と言っているようなものです。スーパーブリテン人です」

「な、なるほど?」

 

 リースは落ち着きながらも鋭い剣幕でまくし立てるマーヤに底知れぬ抗い難さを感じた。精霊とて人間に押し切られる時はあるのである。

 かくして、マーヤとリースは掃除&洗濯の練習に取り掛かった。ヘラクレス流掃除術の効果は覿面で、およそ目に見える場所はホコリひとつ存在しないくらい綺麗に洗い流されていた。

 が、やはりカバーしきれない部分はある。屋根裏や床下は汚れが残っており、前者に至っては手入れされていないも同然だった。

 各所を移動する間にも屋敷妖精(人間)ことター子ちゃんは、飼い主にまとわりつく犬のように追従してきていた。手持ち無沙汰な様子を見て、マーヤは掃除用具を差し出す。

 

「エタ……ター子ちゃんもやりますか?」

 

 ター子ちゃんははん、と鼻で笑い、

 

「は? そんな下女がやるような仕事を私にさせるつもり? 立場の違いってのをイチから学び直してきなさい、小娘」

「こらっ! マーヤさんにナメた言葉遣いをしてはいけませんわ! また媚薬製造ノルマを増やされたいのですか!?」

「クゥ〜ン……」

「えぇ……」

 

 悲しげな表情で面を伏せるター子。よほどリースに調教されているのか、ヒトが滅多に見せることのない本気の絶望で顔面が彩られている。

 この時、マーヤは心の底から思う。

 

(転職しようかな)

 

 ───そして、奇遇にも同じ思考を辿っている男がいた。

 場所はキャメロット、森を切り拓いた練兵場。その名の通り、王に仕える騎士たちが自身の技を磨き、仲間と切磋琢磨する特別な場所である。

 だが、この場所には曰くがあった。

 曰くとなる話の主人公は狂犬騎士ラモラックといつでもどこでも居眠りできるトリスタンの二人。ある日、ラモラックは馬上槍試合にて数十人の騎士を鎧袖一触に伏し、トリスタンに対戦の要求を持ちかけた。

 

〝トリスタン。貴様の名声は今やこの島全土に及んでいる。この世ならざる妖弦の使い手とな。おれと戦う覚悟はあるか〟

〝無論。……と言いたいところですが、貴方は既に多くの騎士を倒しています。技を競うなら、万全の貴方と戦いたい〟

〝ほう、たかだか数十人程度でおれが疲弊したとでも? 戦う価値もないと言いたいのかトリスタン〟

〝そ、そうではなく。何度も戦っている相手と連戦、というのは騎士道にも悖る行いでしょう〟

〝成程、貴様の言い分はよく分かった。決闘から逃げるなら、おれにも考えがある〟

 

 不穏な空気を残しつつ、その場は諍いもそこそこに幕を閉じた。しかし後日、ラモラックがトリスタンの恋人であるイゾルデに送りつけた贈り物が争いを招くこととなる。

 それは『不貞者が飲むと中身がこぼれる杯』という品だった。つまり、ラモラックは〝イゾルデが不貞を犯している〟と挑発したのだ。

 結果、トリスタンは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の騎士を除かねばならぬと決意した。王は人の心がわからぬ。トリスタンは、湖の海女である────ということで、

 

〝表に出なさい、ラモラック。卿の下劣な品性を我がフェイルノートにて叩き直して差し上げましょう〟

〝ようやくやる気になったか。おれの方こそ貴様の目をこじ開けて、一生まばたきができないようにしてやる。……ああ、ところで、杯は傾いたかね?〟

〝───その首が地に転がっても今の言葉を吐けるか見物ですね〟

〝───閉じているのか開いているのかも曖昧なその目で見れるのか? トリスタン〟

 

 ラモラックとトリスタンは三日三晩、血で血を洗う殺し合いを繰り広げた。そうして昔のジャンプ漫画よろしく、二人は互いの強さを認め合い、友誼を交わすこととなったのである。

 なぜ今こんな話をしたかと言うと。

 

「良いぞペレアス!! 貴様は中々に見所がある! おれに一撃を加えられる日もそう遠くはないだろう!! それが今であると嬉しいのだがな!!」

「気が早えんだよ堪え性なしが!! そんなにぶった斬られてえならそうしてやるから、大人しく棒立ちしてろ!!」

「ハッ、男が棒立ちするのは夜だけで十分だ!!」

「兄上!! 日の高い内から下ネタは言わないと、このパーシヴァルと約束したでしょう! 弟は悲しんでいますよ!!」

(めっちゃ転職したい)

 

 満身創痍で地面に転がされたペレアスの従騎士アルフは、半ば白目を剥いて達観する。

 およそ半分になり、おまけに天地が逆転した視界。そこに映るのは自分のように死屍累々と転がる仲間たちと、もみくちゃに圧し合う三人の騎士だった。

 ひとりは自らの主君。そして、一度はアーサー王も下したペリノア王が誇る息子たち、ラモラックとパーシヴァルである。

 マウントポジションを取るラモラックに対し、ペレアスは必死にガードポジションを維持していた。パーシヴァルは負けじと二人の間に筋骨隆々とした肉体を挟み込む。

 ラモラックとペレアスにサンドイッチされた状態から、パーシヴァルは筋肉の唸りで二人を引き剥がす。アルフの目には一瞬、パーシヴァルの体が膨れ上がったように見えた。

 

「兄上、ペレアス卿、今朝の訓練はここまでです! この場所で『狂犬ラモラックのツッパリ伝説』を増やすわけにはいきません!」

「ふ、仕方がない。弟の顔に免じて、午前はこれで切り上げてやる」

「午後も来るなよ? ……つうか、アンタ他にも伝説築いてやがんのか?」

「知らんな、周りが勝手に言っているだけだ。なあ、パーシヴァル?」

 

 と、兄に会話の流れを振られ、パーシヴァルは苦虫を噛み潰すような微笑をした。やんちゃな兄を持つ弟は必然的にその尻拭いをする役に回らされる。円卓の騎士と言えど、それは例外ではないのだ。

 

「ま、まあ、それはともかくとして。ペレアス卿に見所があるのは確かです。見習い騎士たちからの評判も良いと聞きました」

「地味な者同士で共感でもしたのか?」

「おい」

「いえ、ペレアス卿の訓練は教え方が分かりやすくて良いと伺いました。なんでも、〝ガウェイン卿やランスロット卿は天才すぎて超理論も甚だしい〟とか〝ようやく真っ当な技を教えてくれる人が来た〟、〝地味だけど地味に分かりやすいので地味に助かる〟などといった好評が……」

「待て、最後のやつここに連れてこい!! 地味キャラの誹りなんか受けてたまるか!!」

 

 ペレアスは吠えるように指摘した。なお、彼がいくら地味キャラの誹りを否定しようとそれが覆ることはない。死後においてもそれは決定している。

 無論、現在のペレアスがそんなことを知るはずもなく。彼は瞳の中に野望の炎をぎらぎらと滾らせた。

 

「見てろ、オレだっていつかド派手な剣だの技だのを手に入れて、叙事詩に語られるくらいの活躍をしてやる……!!」

「皮算用だな。貴様は色物枠として隅に置かれるのが上等だ。身の程を知れ」

「アンタみてえな狂犬に言われたくねえよ! 少しは後輩を応援する姿勢を見せてみろ!!」

「わ、私は応援していますよ。ペレアス卿ならば、いずれ我らと席を共にする時もやってくるでしょう」

 

 パーシヴァルはペレアスの背中を叩いて元気付ける。優しい手つきと声音は兄とはまるで真逆な振る舞いだ。

 ラモラックとは王都に来た初日から喧嘩を売り買いした仲だが、パーシヴァルは一方的にボコボコにされていたペレアスを助けに入った恩がある。

 ペレアスはその時から抱いていた疑問を口にした。

 

「……アンタら、本当に兄弟か?」

「腹違いだがな。ちなみにもう二人の弟も同じだ」

「はい。全員目元が似ていると昔からよく言われます。兄弟仲も良好ですよ、最近は四人で魔獣狩りに出掛けました」

「複雑な家庭のくせに、よくあるお家騒動もなかったんだな。それだけペリノア王と……パーシヴァルが優秀だったのか」

「貴様、なぜおれを外した?」

 

 ラモラックは槍の刺突にも劣らぬ鋭さの眼光を飛ばした。理由は誰にも明白だったが、ペレアスはあえてそれを告げることはしなかった。口にしたが最後、悪夢の第二ラウンドが幕を開けるのは見えているからだ。

 しかも、ペレアスには重要な仕事がある。朝の訓練を終えた後は、その仕事に向かわなくてはならなかった。ラモラックとの喧嘩に時間を使っている暇はない。

 屍山血河と化した練兵場の後片付けをアルフに任せ、出ていこうとしたその時。ラモラックはくつりくつりと喉を鳴らし、若き騎士の背に声を投げかけた。

 

「───精々気張れ。貴様が行く場所はこの国で最も複雑な家庭だ。呑まれるなよ」

「行ってこい、くらい普通に言えねえのかアンタは!?」

 

 ペレアスに任された仕事。それは王妃ギネヴィアの護衛であった。元々、一介の田舎騎士が就くにはあまりに破格の大抜擢である。当然、王妃の護衛には数人の騎士でもって当たるため、単独ではないが。

 王都に来て以来、彼女の名を聞かぬ日はなかった。ある者は王妃の麗しきを謳い、ある者は王妃を竜に捧げられた生贄と憐れむ。

 評判には好悪入り混じるのが人の世の常だ。ペレアスは方々から聞こえてくる意見を己の内に蓄えずに受け流していた。が、同時に無視できない他人の評判というものもある。

 

「来たかペレアス卿。鍛錬の様子は聞こえていた。無事で何よりだ」

「お気遣い感謝致します、アイアンサイド───イロンシッド? 卿」

「どちらでも構わぬ。所詮は発音の違いだ。敬語もよせ、我らの立場は同じなのだからな」

 

 それがこの男、アイアンサイド。またはイロンシッド。元は異国の騎士であり、『赤い騎士』という異名で呼ばれていた。

 彼はかつての恋人の兄弟が円卓の騎士に殺された恨みを果たすため、アーサー王の配下を手当たり次第に襲っては、根城の森にその遺体をぶら下げる蛮行を繰り返していた。しかし、彼が幽閉していた貴婦人を救いに来たガレスとの決闘に敗れ、彼女に忠誠を誓うようになる。

 人の心はそう簡単には変わらない。その根っこが憎悪ならば尚更だ。そんな前情報からして、ペレアスはアイアンサイドを警戒していたのだが。

 

「先日ガレス様から異国の葡萄酒をいただいた。俺では飲み切れぬ故、後ほど貴殿に贈りたい。伴侶と共に愉しむと良い」

 

 意外や意外、彼はどこに出しても恥ずかしくない騎士だった。少なくとも、先程盛大に喧嘩してきたラモラックとは比べ物にならないほどに。

 人は見掛けによらない───使い古されたその文句がようやく実感として理解できた。ガレスから彼を紹介された初対面の時は、丁寧に菓子折りまで持ってきていたというのだから、警戒も失せようというものである。

 

「そりゃありがたい。是非いただくとするよ。……王妃様は?」

「身支度の最中だ。それが終わり次第、王の代理として諸侯との会談、教会との折衝、民の謁見その他諸々がある」

「つまり、今日も忙しいってことか」

「不満か?」

「いいや、そっちの方がやりがいがある。本当に大変なのは王妃様だしな」

 

 そう、お姫様という職業は世間で夢見られているほど楽な仕事ではない。

 王の代理を任されることは多く、社交の場においてはともすれば王以上の影響力を持つ。その双肩にかかる重圧は余人には想像もできないだろう。

 王妃の寝室を目の前にした通路。ペレアスとアイアンサイドは背後に気配を感じ取る。彼らは通路の途中の曲がり角に向かって、聞こえるように会話を続けた。

 

「───うむ。王妃様はよくやっておられる。余人の共感能わぬ大役を日々成し遂げておられるのだからな。王も鼻が高いだろう」

「まったくだな。あんなに頑張ってる人はなかなかいない。生憎オレにとってはリースがダントツ一番だが、この世で二番目に美しい女性だと思うぜ」

 

 歯が浮くような褒め言葉を次々と羅列するペレアスとアイアンサイド。すると、曲がり角から居心地が悪そうにギネヴィア王妃が現れる。

 彼女は頬を紅く染め、スカートをぎしりと握り締めていた。

 

「…………気付いてました?」

「「もちろん」」

「むう、流石は百戦錬磨の騎士様。ちょっと驚かそうとした私が間違いでした」

 

 アイアンサイドは淡々と言う。

 

「我々はイタズラも大歓迎ですが、相手は選ぶことを勧めます。特にアグラヴェイン卿やアグラヴェイン卿などですね」

「ええ、それとアグラヴェイン卿には気を付けた方がよろしいかと」

「全員同一人物なのですが……忠告、しかと受け取りました。朝からあの気が滅入る毒舌を聞かされては敵いませんので」

 

 ギネヴィア王妃は虚空に視線を投げ、頬を指で掻いた。どうやら、アグラヴェインには大分痛い目に遭わされているらしい。

 ペレアスは思う。王妃という仰々しい肩書きはあれど、ギネヴィアはどこにでもいる普通の人間だ。話に語られる彼女は言わば虚像。他者が求めているのはそれに相違ないが、護衛としてこの実像だけは失わせてはいけない、と。

 ギネヴィアへ述べた賛辞は冗談であっても嘘ではない。彼女は王妃という分厚い仮面をよく保っている。自分たちに垣間見せた素顔が薄れてしまうほどに。

 せめて、それが薄れて削れて擦り切れて、無くなってしまわないように。ただし、それができるとしたら自分ではなく、王の他にいないと───────

 

「────、あ」

 

 議場へと移動する途上。ギネヴィアは小さく声を漏らした。

 

「お久しぶりです、ギネヴィア王妃。少し見ない間に一段とお美しくなられましたね。ペレアス卿が貴女の側にいることで、義母上も気が気でないでしょう」

 

 湖の騎士、ランスロット。円卓最強を謳われる騎士はさらりと照れくさい言葉を吐いてみせた。ギネヴィアはくすりと笑って、ペレアスを流し見る。

 

「まあ、お上手ね。精霊と言うくらいだから私のことなんて眼中に無いと思うのだけれど、リースさんは嫉妬深い方なのかしら?」

「心配は不要です。私が他の女性に心を傾けるなど有り得ないことを知っていますので。むしろ気の良い言葉ばかり垂れるランスロット卿こそリースに叱られると思いますが」

「あらお熱いこと。ランスロット卿、刺されないように注意してくださいね」

「それこそ心配は不要です。刺された程度で斃れるほどヤワな鍛え方はしていませんから」

 

 ランスロットはドンと胸を叩いた。その前に刺されない対策をする、というのは彼の頭にはないらしい。もっとも、万が一そんな事態になったとしても、ランスロットなら一瞬で制圧してしまうだろうが。

 

「ところで、大陸からの食糧支援のことなのですが─────」

 

 そこで、ペレアスは違和感を覚えた。

 それは既視感と言っても誤りではない。

 ギネヴィアの声に、瞳に、一挙一動に、

 

〝ペレアス様。胸はもっと大きい方がお好みですか?〟

〝媚薬です。ずずいっとお召し上がりくださいませ!!〟

〝子どもの数は最低でも馬上槍試合で団体戦できるくらい欲しいですわよね?〟

 

 彼女のような、艶が乗っていた。

 言われなければ気付かないような違和感。気付いてなお、心の迷いと切り捨ててしまえるほどの微かな色。あでやかな色が、ギネヴィアの実像に滲んでいる。

 脳裏によぎる、一抹の邪推。口に出せば、即座に吊るし上げられるであろう下世話な想像。けれど、ペレアスがその疑念を振り切るには多少の時間を要した。

 …………結局、午前の仕事は何事もなく終了した。諸侯との生き馬の目を抜くかのような会議も、教会勢力との厄介な交渉も、王妃は難なく果たしてみせた。そうして、しばしの休憩が言い渡された時のことである。

 

「───はあぁ〜〜〜…………!!」

 

 練兵場の隅。訓練用の武具が積み重なる場所に紛れるようにして、ペレアスは盛大なため息を吐き出した。

 息に乗せて吐こうとしたものは二つ。ギネヴィアに対する邪推と、堅苦しい場の中に置かれ続けた鬱屈とした感情だ。

 騎士として一通りの礼儀は押さえているが、宮廷となれば求められる振る舞いはそれこそ一挙一動に及ぶ。普段使わない筋肉を使い、ペレアスは妙な気怠さを感じていた。

 そんな首から下とは別に、脳内は例の疑惑で埋め尽くされていた。ペレアスは思考にこびりつくそれを振って落とすかの如く、頭を左右に行き来させた。

 

「…………うん、ねえな。絶対にない」

「───何が無いんだ?」

 

 ペレアスの独り言に反応したのは、王の義兄ケイ卿。腕っぷしはそこそこだが、異文の記述(キルッフとオルウェン)では手のひらから火種を放ち、機嫌次第で背が伸び、長時間水の中に潜っていられるという、某配管工の如き騎士だ。

 ペレアスはどこか遠くに視線を投げつつ、ニヒルな笑みを浮かべた。

 

「いえ……恋って、人を盲目にしますよね…………」

「お前が言うと説得力がすごい……」

 

 まあ、確かに。と言って、ケイ卿はペレアスの横に腰を落ち着ける。

 

「俺たちの王様が産まれた経緯を知ってるか」

 

 ペレアスは首を横に振った。

 

「ウーサー・ペンドラゴンはマーリンの魔術でコーンウォール公ゴルロイスに化けて、妻のイグレインを襲った。その落胤が王だ」

 

 さらにその際、ウーサーは自軍をコーンウォールに攻めさせており、戦いの中でゴルロイスは命を落としている。勝利の後、ウーサーは正当な戦利品としてイグレインを娶った。

 俗に言う略奪婚。この時代ではそう珍しくもない事例だが、ペレアスは眉根を寄せて口角を歪める。

 

「はっきり言ってクソじゃないですか」

「俺もそう思う。少なくとも今生きてるマーリンも処刑されるべきだと思う」

「そうですね。で、それをオレに教えてよかったんですか。オレのトラウマ知ってますよね?」

「寝てから言え。……言ってもいいから教えたんだよ。湖の乙女と関係を持ってるお前なら、もっと深いことも知れるだろうしな」

 

 今にして思えば王の義兄であり、王の武者修行に付き添った彼は全てを知っていたのだろう。

 マーリンとウーサーが、王を作った理由。何者にも明かせぬ王の秘密。それらを知りながら、ケイは運命を変える術を持たなかった。

 ケイは舌戦に長けている。口論に勝つ鉄則は相手の弱みと破綻を見抜き、容赦なく突き続けることだ。

 剣才の代わりに与えられた弁論の才。弱みを見抜く眼力をもってすれば、ギネヴィアとランスロットの関係を察することも可能だったのかもしれない。

 

「ウーサーは必要だったからあいつを作ったのかもしれないがな。他に女はいくらでもいるはずなのに、わざわざ敵国の妃を狙った。恋ってのは人を狂わせる毒みたいなもんだと思わねえか?」

「毒と薬は紙一重とも言いますよね。特に酒場の看板娘を連日ナンパしてるケイ卿が言うと説得力がないようなあるような……」

「待って、ペレアスくん。それどこで知ったのかな。誰にも言ってないよね。腹減ってるか? 俺が奢るけど。やっぱ肉か? 肉がいいか?」

 

 で。

 太陽が空の玉座を月に明け渡す時間帯。地平線の向こう側に沈んでいく陽の光を追い越すかのような勢いで、ペレアスとアルフは帰宅を果たした。無論、ラモラックの来襲を警戒してのことである。

 彼らが自宅の扉を開けたその時、

 

「お帰りなさいませペレアス様っ! 今日は私手ずから料理をお作り致しましたわ!!」

「マジか、それは楽しみだ。何を作ったんだ?」

「ふふふ、まだ内緒ですわ。さあ、どうぞこちらへ!」

 

 リースにぐいぐいと引きずられていく主君を見て、アルフは言い表しようのない悪い予感を得た。

 その前兆として、アルフは目の前で繰り広げられる光景に鬱屈する。リースはペレアスの下着を物凄い勢いで引っ張りながら、

 

「まずは部屋着に着替えなくてはいけませんわね!♡♡ 私がお手伝いしますわ!!♡♡♡」

「うおおおおお待てぇぇぇ!! それは流石にまだ日が高いィィィ!!!」

 

 必死の抵抗により、ペレアスと彼の下着は事なきを得たのだった。アルフは悪寒を募らせつつ、主君夫妻とともにダイニングルームへと向かう。

 そこには先客がいた。青褪めた顔で椅子に座るマーヤと、相変わらずの仏頂面で居座る湖の乙女(長女)。しかしながら、後者はほのかに頬を紅潮させて、フォークとナイフを握り締めていた。

 

「来てたのか、義姉さん?」

「ええ、お邪魔しているわ。リースの手料理が食べられると聞いて、すっ飛んできたの。花嫁修業だったかしら?」

「そ、そうです。掃除と洗濯の仕方を学び終えた途端、奥様が料理を作ると言い出して……厨房にも入れてもらえませんでした」

「あの子は凝り性かつ過集中ぎみだから。心配をかけさせてごめんなさいね、マーヤ」

(この人本当に奥様のお姉さん?)

 

 本日、マーヤはようやく精霊らしい精霊を目撃した。ちなみにター子ちゃんはペレアスの精神衛生上、屋根裏にて潜んでいる。

 

「……奥様は料理のご経験が?」

「多くはないけれど、昔はたまにやっていたわ。姉妹の中では一番だったのよ」

「精霊はオレたちみたいな栄養補給はいらないんじゃなかったのか?」

「そうね。私たちにとって人間の食事は娯楽以上の意味を持たないから。だけど、遊びは本気でやるものでしょう? 期待していいわよ」

 

 その時、厨房に繋がる扉が勢い良く開け放たれる。リースはお手製の食事を載せたワゴンを引き連れて、ペレアスたちの前に登場した。

 

「愛情たっぷりのミートパイですわ! 是非ご賞味あれ!」

 

 ミートパイ。古くは古代エジプト、オジマンディアスの壁画にも存在を確認されている料理だ。生地の中に挽いた肉を入れて焼き上げた、伝統的なイギリス料理である。

 ことん、と机に並ぶ四人の前にミートパイが置かれる。きつね色に仕上がった生地が食欲をそそる。湖の乙女の言葉通り、期待が募る見た目をしていた。

 一同は簡単に食前の祈りを行って、ミートパイにナイフを入れる。生地と牛肉をフォークで刺し、口に運ぶ。

 

「「────ブフォォォォォォォッッ!!!」」

 

 瞬間、アルフとマーヤはミートパイだったものを火山の噴火の如く噴き出した。

 口内を苛む痺れと痒みと辛味。火を付けられたかのような熱感が、舌を燃やしている。アルフとマーヤは水瓶を引っ掴み、浴びるように飲み込んだ。

 ドン、と水瓶の底がテーブルに着地し、二人は言葉をまくし立てる。

 

「なんですかこれは!? 未だに口の中が地獄なんですが!! 戦場でやむを得ず敵の喉笛噛み千切ったときもこんな不味くありませんでしたよ!!?」

「どんだけ調味料入れたんですか!? 塩が効きすぎててもはや海水です! 死海です! お肉も塩漬け通り越してミイラになってます!!」

「ま、参りましたわ。お二人の口調が被っているせいでどちらが喋っているか分かりません……!!」

「「…………それはそうですけど!!!」」

「いや、納得するなよ」

 

 と、ツッコんだペレアスにアルフは向き直った。

 

「平気なんですかペレアス様!?」

「愛の力があれば余裕だろ」

「そんなバフかけないと食べられない料理なんて人の食い物じゃないですからね!? まあこれそもそも料理じゃないですけど、ただの『死んだ肉と水のパイ生地包み』ですけど!!」

「オレたちが食う肉は死んでるだろ、元々」

 

 そう言いつつも、ペレアスの顔は見る見る内に血の気が引いていき、ついには椅子ごと後ろに倒れる。通常あり得ない濃度の塩分が彼の意識を刈り取ったのだ。

 

「いけませんわ! すぐに人工呼吸を!!」

「奥様は下がっててください!」

 

 アルフが即座に介抱に回ったその時、湖の乙女(長女)は空になった皿を突き出して、

 

「おかわり」

 

 マーヤは職業病故に皿を受け取り、我に帰って叫ぶ。

 

「……言い辛いのですが、この殺人兵器を食べて無事なのですか」

「言い辛さを微塵も感じさせぬ滑らかな罵倒ですわ」

「? 妹が作ってくれたものなら何でもおいしいに決まってるじゃない」

「この人も愛キメてる勢だった───!!?」

 

 常軌を逸した妹バカの発覚により、マーヤの味方は消えた。そして、彼女の眼前に広がるのは阿鼻叫喚。倒れたペレアスに人工呼吸を行おうとするリースと、それを全力で止めるアルフ。シスコン精霊はテーブルに残った残飯を妙に満足気な顔で貪っている。

 ───この地獄絵図を、私が作り出した?

 なぜ花嫁修業などと言い出したのか。リースをどこに出しても恥ずかしくない淑女にするため? 否、彼女は存在自体がどこに出しても恥ずかしいので、それは建前に過ぎない。

 ならば本音は───ぎっくり腰で無念のノックアウトをしたお婆ちゃんの代わりたる有用さを示すため。浅ましい功名心と自己愛が、眼前の光景を作ったのだ。

 なんたる不覚、なんたる愚かさ。そも、リースは精霊だ。そんな彼女を人間の常識で縛りつけるなんて、彼女の存在を否定するに等しいのではないか。

 

「私は縛られるのも好みですわ」

「リース、独白に水を差すのはよくないわ」 

 

 さらっと心の中を読んできている湖の乙女姉妹はともかく。マーヤの脳内で自身の至らなさと持ち前の責任感、異常な状況が混ざって弾け、

 

 

 

「びぇぇぇええええええ!! 十四の小娘がナマ言ってごべんなざいぃぃぃぃいいいい!! 本当は奥様をダシにして有能さを証明したかっただけなんです!! 褒められたかっただけなんですぅぅぅ!!」

 

 

 

 マーヤは床を転げ回りながらギャン泣きしていた。天井裏のター子ちゃんは突如発生した大声に驚き、どたどたと走り去っていく。

 リースはマーヤを抱き起こし、涙を拭き取る。彼女は子どもを寝かしつけるように言い聞かせる。

 

「そう自分を卑下してはいけませんわ。私はヒトとともに生きることを決めた精霊。マーヤさんが教えてくれる全てが私に必要なことなのです。そうして学びを得るたびに、私はマーヤさんを褒めてあげますわ」

「ふぐぅぅぅ〜〜……!! ドスケベのくせに優しいぃぃぃ〜!!」

「ということで、一緒に殿方の悦ばせ方を……」

「びぇぇぇええええええ!! せっかく良いこと言ったのに台無しだよぉぉぉ〜〜!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 西洋には五月祭という行事がある。

 キリスト教の伝来以前から続くこの催しは、辛く厳しい冬を乗り越え、新しい季節の到来と作物の豊穣を祝う祭りだ。

 その当日、5月1日は乙女たちが色とりどりの花で身を装い、柱の周りで舞を踊る。それ故か、五月祭を契機として新しい愛が数多く生まれる時期でもあった。

 マーヤのギャン泣き事件から一週間。王都は五月祭の準備に沸き立っていた。ペレアスも相変わらず王妃の護衛に就いていたのだが、今日は一風変わった仕事が待ち受けていた。

 ギネヴィア王妃は五月祭のために、花摘みに繰り出していた。この時ばかりは護衛の騎士たちも鎧を脱いで緑衣を纏い、少女のように野原を巡る王妃に振り回される。流石に剣は佩いているが、普段に比べれば格段な軽装だ。

 護衛の面子はケイ、アイアンサイド、ペレアス、他七人の騎士。野の花を摘むギネヴィアを見守りつつ、ケイ卿は重い息を鼻から吹き出した。

 アイアンサイドはそれを見咎める。

 

「景気が悪いな」

「つうか気味が悪いな」

「黙れお前ら。俺一応円卓の騎士だぞ、上司だぞ」

「俺の主はガレス様だけだ」

「そのガレスの上司なんだが!!?」

 

 ギネヴィアはくすくすと微笑んで、会話に割り込む。

 

「そして、私が貴方の上に立つ者です。不景気な振る舞いの理由を説明してくれるかしら、ケイ卿?」

「いえ、アグラヴェイン卿に小言を言われましてね。危機管理意識が低いだの何だのと。王妃様に代わって全部聞いておきました」

「そ、そうですか。それはご苦労様でした。この自然でぜひ心を癒やしてください」

「ケイ卿に必要なのは自然ではなく、酒場の────」

「よし、ペレアス。何が欲しい? 言ってみろ。俺に用意できるものなら何でも調達してやる。エクスカリバーか? まさかエクスカリバーなのか?」

 

 ペレアスは詰め寄るケイを躱しつつ、野花で花冠を編む。リースに贈ったものを思い出しながら。子どもの頃は随分と苦戦した思い出があるが、今となってはあの苦労が嘘のように手が動いてくれた。

 ギネヴィアは好奇の視線で手元を覗いてくる。

 

「手際が良いですね。私にも作り方を教えてくれませんか?」

「オレも上手い方ではないですが、それで良いなら。王様にでも贈ってあげてください」

「───うん、そうしようかしら。……昔はこうして外に出て遊ぶこともあったのだけれど、立場を得てしまうと難しいわ」

「分かります……とは言えないですね。王妃様の気苦労の多さはオレには想像もつきません」

 

 ギネヴィアは一輪の花を摘み取り、指の間で弄ぶ。

 

「気苦労は確かに多いですが、だからこそうしたひと時が尊いと感じます。王と王妃とは国のシステムに過ぎないのかもしれないけれど──────」

 

 ────今は、頑張っていられます。

 そう告げるギネヴィアの声には、瞳には、やはり微かな艶があった。

 意識の奥深くに植え付けられていた疑念の種が芽吹き出す。

 

「ペレアス!!!」

 

 それで、一瞬反応が遅れた。

 ギネヴィアの姿が視界から外れる。その直後、蹄鉄が地面を抉る音と馬群の威容に五感が圧倒される。

 遅れて、耳に届いたケイの叫び声を脳が認識し、それを糧に硬直が解けた手を一気に振り抜く。

 抜く手も見せぬ抜刀。咄嗟に繰り出した剣戟はしかし、馬上からの一撃に叩き落とされる。一合を経て、ペレアスはようやく事態を把握した。

 突如現れた重騎兵の一団。その先頭には黒い鎧を纏った男が、片脇にギネヴィアを抱えている。

 

「我が名はメレアガンス!! 私の目的は王妃のみだ、静観するならば殺しはしない!!」

 

 メレアガンス。ケイは即座にその名と人相を照らし合わせ、本人であることを確信する。さらにはその目的まで当たりをつけると、静かに切り出した。

 

「よし、わかっ」

「いきなり出てきてふざけたこと言ってんじゃねえ変態が!! お前脳みそついてんのか!? 王妃様を放して死ね!!」

(ペレアスの馬鹿───!!)

 

 この時点で、交渉という道は絶たれた。ケイは頭を抱えそうになる手をかろうじて押さえつけ、剣柄に指をかける。

 ギネヴィアは必死に暴れるものの、呆気なく抑え込まれてしまう。メレアガンスは後方に追いついてきた馬車の中へ、ギネヴィアを閉じ込めた。

 王妃は歯噛みし、馬車の窓に拳を叩きつける。

 

「……メレアガンス。自分が何をしたのか理解しているのですか。貴方の行いはこの国の全ての騎士を侮辱していると知りなさい!!」

「そんなことはどうでもいい。どうでもいいのです、王妃よ。私はかねてより貴女をお慕いしていた。故に今日、こうしたまでのこと!!」

 

 瞬間、ペレアスは剣を放り投げた。

 一直線に飛翔する刃は過たず、メレアガンスの肩口に突き刺さる。

 

「くっ……!! やすやすと剣を投げるとは、それでも騎士か!?」

「オイオイオイ、王妃攫おうってヤツがどの口利いてんだ? つくづく気色ワリーなクソ野郎。お前は騎士道以前に人道踏み外してんだろうが!!」

「ウーサー・ペンドラゴンはゴルロイス王からイグレインを奪った!! この愛を認めぬということは、アーサーの出自が如何に穢れているかを認めることに他ならぬ!!」

「ふざけた理屈ほざいてんじゃ────」

 

 ケイは飛びかかろうとするペレアスの襟を掴んで止める。彼は不自然な笑みを浮かべて剣を手渡し、ペレアスの背中を叩いた。

 直後、ケイは満面に怒気を広げて哮り立つ。

 

「よしぶっ殺せペレアス!! そいつは俺のいも───弟を侮辱しやがった。万回死んでも許さん!! 他の奴らも見てないでやれ!!」

 

 言うが早いか、ひとつの影が飛び出し、刃を振るう。

 何ら小細工を介さぬ横殴りの斬撃。しかしその一撃は強烈な衝撃波を巻き起こし、鮮烈なる血の徒花を咲かせた。

 アイアンサイド。太陽の位置に応じて膂力を増す加護を持つ騎士は、刃に付いた血を地面に払う。

 

「無論、貴殿に言われずともそうするつもりだ。奴らの骸を木にぶら下げてやる」

「よかろう、ならば貴様らの屍は野に打ち捨ててやる!!」

 

 メレアガンスの号令を受け、配下の騎兵は突貫する。

 人馬ともに武装し、馬上槍を携えた兵列の特攻。その速度と重量は余人の想像を絶する。槍に貫かれて死ぬか、馬に踏み潰されて死ぬか。迎える結末は二つしかない。

 だが、ペレアスとアイアンサイドは前へと駆け出した。

 鋼鉄の壁に身ひとつで挑むが如き無謀。なれど、二人の騎士はその無謀を成し遂げる。アイアンサイドは剛力をもって真正面から突進を打ち破り、人馬を微塵に砕き散らす。

 ペレアスの動きは、それとは対照的だった。

 喩えるなら風。変幻自在の疾風。敵陣の隙間を縫うように抜け、その通り道を血で彩った。太刀風はただひとり、メレアガンスの目前へと迫る。

 

「───『剣骸刃橋(ヴィア・ドロローサ)』!!」

 

 世界が反転する。

 群れる刃が行く手を阻み、彼我の間を埋め尽くす。

 それは固有結界に近しい魔術。自身に有利な環境を用意し、必勝を期す空間。メレアガンスが過去一度、大敗を喫した相手のために魔女の手を借りて得た切り札であった。

 ───たかが、一介の騎士にこれを使うことになろうとは。

 メレアガンスは奥歯を噛み締める。

 切り札は容易に見せぬからこそ切り札足り得る。一度衆目に晒した以上効果は半減する……メレアガンスの思考はそこで打ち切られ、己が目的に回帰した。

 ギネヴィアは既に手中にある。後は彼女を国に連れ帰るだけでいい。

 メレアガンスが身を翻そうとした瞬間、影が頭上に落ちる。空中にて剣を振りかざすペレアス。一足飛びに剣の橋を越えてきたのだと理解した時には遅く、

 

「殺す」

 

 咄嗟に翳した敵の刃ごと、袈裟に切り裂いた。

 それとほぼ同時に、ペレアスは舌打ちする。ケイに託された剣は半ばから割れ、柄にまで深々と亀裂が入っている。

 そのせいで、浅かった。斬撃は剣と鎧に阻まれ、命を奪うまでには至らなかった。メレアガンスはペレアスが馬車に着地するより早く、彼を蹴り落とす。

 ペレアスは瞬時に周囲を重装の騎士に囲まれた。彼は馬上から見下ろす敵へ、冷徹に告げる。

 

「お前ら全員、生きて帰れると思うな」

 

 武器を失い、鎧すら纏わぬ騎士。しかしその男は、抗い難い死の予感を突きつけた。

 その予感は果たして、現実のものとなる。

 アイアンサイドとペレアスはメレアガンスが残した配下のことごとくを始末した。草原は鉄と肉の残骸が散乱し、溢れ出る血液が地面を赤く染め上げた。

 血の泥地の真ん中で、ペレアスは折れた剣を投げ捨てる。無数の骸に紛れて倒れるケイの頭に拳を落として、呆れたように言う。

 

「オレたちの中に死者はなし。アンタの死んだふりが効いたな。円卓の騎士を殺れたと思って油断しやがった」

「マジで全員殺ったのかよ。ひとりくらい残しておけば尋問……いや、訊くこともねえな。よくやった」

「ああ、貴様にしては上々の戦果だ。否、王妃を連れ去られた時点で落第だが」

 

 くつくつ、と笑う声。ペレアスたちがへたり込む平原を、芦毛の馬に乗ったラモラックが訪れていた。

 

「ただし、これは貴様の落ち度ではない。王妃の動向が悟られていなければ、ここまでの誘拐劇は不可能だろう」

 

 ケイはラモラックに眼差しを傾ける。

 

「裏切り者か?」

「もしくは魔術によるものか。前者はともかく、後者ならばお手上げでしょう。優れた魔術師は全能ではないが万能に等しい。そうだな? ペレアス」

「オレに振るなよ。確かに湖の乙女の魔術はできないことの方が少ないけどな。それより追っ手を出した方がいい」

「そのことだが」

 

 ラモラックは馬から降り、鎧を着込んだ亡骸を踏み潰す。

 

「既にランスロットが向かっている。故に、貴様らはこの場の後始末を手伝え。この件は内密に処理すると決めた」

「誰がだよ」

「おれとランスロットだ。まさか、このような醜聞を表に出す訳にはいくまい。それで良いな、ケイ卿よ」

「ああ、後はランスロットに任せた。あいつならメレアガンスは死んだみたいなものだからな。後始末も承知した」

 

 だが、とケイは言葉を強める。

 

「ラモラック、お前はこれを知ってたのか。駆けつけるにはいささか早すぎるだろ」

「血と闘争の匂いに釣られたまでのこと。おれが殺し合いの機会を把握していて、我慢ができるほど紳士ではないと知っているでしょう」

「…………確かに。お前なら真っ先に殴り込んでくるな」

「狂犬っぷりがアリバイになるとか普段の行いどうなってんだ?」

 

 ペレアスは毒を吐く。ラモラックによるノールックのパンチが襲い来るが、スウェーバックで躱した。

 ラモラックは不機嫌に鼻を鳴らすと、

 

「……この一件はおれにも責任がある」

 

 ペレアスとケイは不可解な表情をした。ラモラックはそれを受けて、懐かしむように語る。

 

「メレアガンスとは以前に口論になったことがあったのだ。ギネヴィア王妃とモルガン王姉のどちらが美しいか、とな。その時は決闘にまで発展したのだが、殺しておくべきだったか」

「……アンタはそういうのに興味ないと思ってたぜ。結果は?」

「メレアガンス自体はつまらん雑魚だったが……ランスロットを釣る餌にはなった。奴との闘争は実に甘露だったぞ」

「ケイ卿、ラモラックは円卓から追放するべきでは?」

「ペリノア王が顧問官やってる状況で出来たら良いよな。出来たら」

 

 ───結局、王妃誘拐事件は民に知れ渡ることなく、ランスロットの活躍によって幕を閉じた。

 確かに略奪婚、略奪愛はこの時代では何ら珍しいものではなかった。だが、全ての行動には責任とリスクがつきまとう。たとえ時代に認められていようが、メレアガンスの犯した愚行は人に認められることはなかったのだ。

 恋とはかくも人を狂わせる。

 どんな魅了の魔術よりも、愛の霊薬よりも、実物の恋こそが恐ろしい。なぜなら、等身大の恋から出てくる感情は全てが本物だからだ。

 本物であり、真実であるが故に、誰の意思も介在する余地はなく、ひたすらに自分の正しさを信じていられる。

 

「まあそんな小難しいことを言わなくても、〝好きだからやった〟で片付く話ですわ。だって好きなのですから」

「そういうものか?」

「はい。ただ、好きだから誘拐するというのは人間の理屈ではなく私たち妖精の理屈ですわ。感情のままに行動してはいけない、とマーヤさんに習いましたもの」

「オレに対してならいいんだぞ?」

「───妖精の理屈バンザイですわ〜〜〜っ!!!」

 

 兎にも角にも、王妃誘拐事件は解決した。

 その後、ペレアスは聖霊降臨祭の馬上槍試合にて騎士たちを千切っては投げの大活躍、まさしくブリテン無双といった有り様で優勝を掴んだ。

 その次に開かれた祝宴で、ペレアスは円卓の騎士に叙任されることとなる。

 書に綴られているペレアスの物語としてはこれくらいなものだろう。多くの騎士が戦乱や聖杯探索において命を落としたが、かの騎士は湖の乙女の愛により、安楽な最期を迎えた。

 恋は人を狂わせるが、愛は運命を狂わせる。

 故にこそ、彼は生き延び──────

 

 

 

「ラモラック卿と我が姉の密通の件、委細承知した」

 

 

 

 ────故にこそ、彼は死んだ。

 円卓の騎士ラモラックと王姉モルガンの不義密通。ガウェインらの母である彼女と赤き盾の騎士の醜聞は、モルガンの子であるガヘリスの手によって暴かれた。

 ラモラックとモルガンは居城に遁走し、追っ手を逃れた。しかしそれは一時のその場しのぎ。ラモラックの運命は既に決していた。

 マタイによる福音書5章28節にはこうある。

 

〝しかし、わたしは言っておく。みだらな思いで他人の妻を見る者はだれでも、既に心の中でその女を犯したのである〟

 

 それが姦通という行為にまで達したのならば、もはや罪は免れない。そして、王は神の法と主の言葉を何よりも重んじなければならなかった。

 

「ガウェイン。ガヘリス。モードレッド。アグラヴェイン。卿らにラモラックの処罰を命じる。あの男の蛮行に対する報い、しかと応報せよ」

 

 草木も眠る丑三つ刻。

 燭台が仄暗く照らす部屋にて。

 王は四人の騎士に密命を下した。

 モルガンとの姦通を果たした騎士を処断するため、懐刀である円卓の騎士をも動員した。標的が円卓内においても精強を誇る男であるが故に。

 馬上槍試合にラモラックを呼びつけ、疲弊した後に四人を当てて暗殺する。王はどこまでも冷徹に冷酷に、命令を授けたのである。

 王が去り、仲間たちも消えた一室の中で、ガウェインは拳を握り締める。爪が皮膚を破り、肉に食い込んで血が流れるほどに。

 

「───ラモラック……!!」

 

 溢れ出る激情。困惑や落胆、憤怒といった名前をつける暇もなく、感情が溢れて止まらない。

 だが、確実なことがひとつある。

 あの男は、王を裏切った。

 それだけで、剣を取る理由には十分すぎる。

 きっと、私は。

 王を裏切った者なら。

 誰が相手でも、必ず斬ってみせるだろう。

 ───そうして、運命の日は来た。

 ガウェインの加護を最大限に活かすように、槍試合の時間は設定されていた。すなわち、午前九時から太陽が中天に位置する正午までの三時間を、暗殺に当てるために。帰路につくラモラックの前に四人の騎士が立ちはだかる。

 モードレッドは吐き捨てるように告げた。

 

「てめぇには反吐が出るぜ、ラモラック。あんな女のどこが良いんだ? そこらの獣のケツでも追っかけた方がまだマシってもんだ」

 

 ラモラックはくつりと喉を鳴らす。

 

「ああ、その通りだ。初めて気が合ったな。あの女は獣よりも下等なケダモノだ」

「ハッ! そりゃあ結構なこった。てめぇの狂犬ぶりもそこまで行くと見上げたぜ。四つ足野郎には墓を用意してやる手間も省けるからなァ!!」

「だが」

「……あ?」

 

 ラモラックは槍を構え、真一文字に投擲する。

 空気の壁を突き破り、音にまで達した投槍はモードレッドの兜に深々と傷を刻んだ。

 

「あの女を罵って良いのはおれだけだ。おれだけがあの女を支配する。おれだけがあの女の醜さを理解する」

「……ッ。トんでんのか、てめぇ───!!」

「御託は十分だ。かかってこい」

 

 瞬間、大気が爆ぜた。

 四人の円卓の騎士による裂帛の一刀。幻獣さえ寸断する殺意の殺到。ラモラックはそのことごとくを捌き、明後日の方向へ逸らす。

 その直後、いくつかの血滴が地面に落ちる。ラモラックの右手。人差し指の先が赤く濡れ、血液を滴らせていた。

 

「───く、っ!」

 

 視界の左半分が赤く色付く。ガウェインの額は浅く裂かれ、血が眼球に流れ込んでいる。

 

「おれをヒトと思うな」

 

 これは、ラモラックが灯す最後の輝き。

 ラモラックという男が迎えた決戦の日。

 

「獣を殺すつもりで来い。貴様らが騎士たらんとするならば!!」

 

 再び、四者の一撃がラモラックを襲う。

 それが、ラモラックという獣を殺す狩りの始まりだった。

 

 

 

 

 

「『転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)』!!」

 

 

 

 

 

 顕現する太陽の紅炎。

 人の力など及ぶべくもない、自然の暴威が解き放たれる。日輪の赤光は激しく荒れ狂い、赤き盾の騎士を呑み込んだ。

 

「───『我が驍勇の前に敵は無し(キャバルリィ・オブ・フェイス)』」

 

 絶死の火焔を、騎士は最短距離で突破する。

 あらゆる攻撃を吸収し、反射する赤盾。その完全解放。あらん限りの魔力を叩き込んだ得た護りをもって、太陽の聖剣を防いだ。

 けれど、それでも完全に防御することは不可能。全身の至るところに火傷の跡が焼き付けられ、左手首から先が炭化していた。

 それを物ともせずに騎士は征く。

 雷撃の如き刺突の嵐。右手と両足のみにも関わらず、ラモラックの攻撃はガウェインの肉体を捉え始めていた。

 

「もうすぐ正午を過ぎる。そろそろ限界か? ガウェイン!!」

「…………ラモ、ラック───ッ!!」

 

 こと向かい合っての戦闘ならば、トリスタンを除いた円卓の騎士の誰ひとりとしてラモラックを突破する術を持たない。常に前面に展開されている赤き盾が、反撃を返してしまう。

 太陽の位置は天の中心。加護の恩恵を最大に受けていながらも、ラモラックを相手取る上では数を頼みとするしかない。

 

「限界はお前もだろうが!!」

 

 背後よりモードレッドとガヘリスが斬りかかる。

 ラモラックは振り返りすらしなかった。既に右拳が放っていた打突。それらが盾の裏面を反射し、とどめの一刀を弾き返す。

 炭化した左手をガヘリスの顔面に打ち付け、右の貫手がモードレッドの喉を打つ。

 

「が、ぶっ……!!?」

「当然だ。貴様らのような強者との戦いではな」

 

 モードレッドは自らの血に溺れながら、暗転する世界の向こうへ手を伸ばす。

 ───何故だ、何故この剣は届かない。

 オレを造ったあの女。醜悪で醜怪な醜婦に心奪われ、色に堕ちたこの男に、何故この刃は届かない。何故ヤツを斬ることができない。

 その理由は単純で明快だ。

 オレは、ラモラックより、弱い。

 考えてみれば、それは道理だ。

 アーサー王は決して見誤らない。モードレッドが真にラモラックより強いのならば、無駄な人員を割くこともしない。

 そう、つまりは、モードレッドという人間は王に認められていない。王に信じられる実力も無い。その上、この任務まで果たせないとなれば、自身の存在価値は泡沫と消える。

 

(ふざけるな)

 

 時として。

 精神は肉体を超越し、動かぬはずの身体を駆動させる。

 

「おおおおおおッ!!!」

 

 王の信頼を裏切り、この国を踏み躙った貴様に下す鉄槌。

 モードレッドの肉体は意識の埋没とは裏腹に、かつてない鋭さの斬撃を放った。

 しかし。その一刀はラモラックの右手に握り潰され、破砕する。

 ───これで、終わりか。

 とうに意識を手放したモードレッドに、戦いの終着を見届けることはできない。が、その一撃が終着を作り出したことに変わりはなかった。

 伸び切った腕を絡め取る鉄鎖。アグラヴェインの操る戒めの鎖が、ラモラックを拘束する。

 そして、太陽の聖剣が騎士の背を貫いた。

 

「…………見事だ、ガウェイン」

 

 血は流れなかった。聖剣の帯びる灼熱が傷口を焼き潰し、血管を塞いでいた。剣を引き抜くとともにラモラックの体は崩れ落ち、地面に転がる。

 驚くほど呆気なく、ラモラックは息を引き取っていた。

 アグラヴェインはその亡骸を睨めつけ、忌々しげに吐き捨てる。

 

「化け物め」

 

 中天に輝く太陽が、焦土と化した大地を照らす。

 ラモラックはおよそ三時間もの間戦い続けた。すなわち、ガウェインの加護が切れるその時まで。しかも、四人の円卓の騎士を相手取りながら。

 単純な執念や妄念では片付けられぬ、神憑り的な粘り強さ。

 その根源は、あの女への想いか。

 果たして、彼の本心をうかがい知ることはもうできない。

 アグラヴェインはそれを不要な思考と断ずる。

 この男にとって、あの女にとって、互いがどんな存在であったかなど、知る意味すらない。この戦いに価値を見出すとするならば、穢れた円卓の浄化だ。

 円卓は一枚岩ではない。外部顧問監督官ペリノア王とその血縁。湖の乙女の息が掛かったランスロットとペレアス。亡きロット王の遺児たち。

 事情の違いは軋轢を産む。これを契機に、真に王へ忠誠を誓う者による円卓を形成しなければならない。

 

(……ランスロット。まずは奴の周囲を洗うべきか)

 

 ラモラックの一件は目に見えぬ無数の禍根を遺した。

 王への憎悪を募らせる妖妃。ロット王の遺児たちが抱く、ペリノア王への不信────あたかも、ブリテンの未来を暗示するかのように、澱は沈殿していく。

 折り重なる因果は螺旋を描き。

 定められた滅びへと、突き進んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ラモラックの訃報が届いて一ヶ月。ペレアスとリースはパーシヴァルの誘いを受け、ペリノア王の領地を訪れた。

 城を囲む森の中。澄んだ空気が木々の間を満たす。ひっそりと佇む無名の墓標。それは枝葉の隙間から射す光を浴びて、淡く輝いている。

 ラモラックは王を裏切った大罪人だ。葬儀も開かれず、墓碑銘を刻むことも許されない。だから、ペリノア王はこの場所に墓を建てたのだ。

 墓標の前には一輪の華が添えられていた。

 一目で常世のそれではないと判る代物。白い花弁が滲むような蒼い光を発し、ぽつぽつと点灯している。

 パーシヴァルは指の腹で花弁の輪郭をなぞり、呟いた。

 

「……先客がいたようですね」

 

 この華の由来はきっと、永遠に明らかになることはない。

 

「みたいだな。ラモラックにはもったいないくらい綺麗な花だ」

「血に染まっていれば兄上らしくなったかもしれないね。……下手に手を出したら呪われそうだ」

「でしたら、こうしましょう」

 

 リースは華に魔術をかける。

 蒼き幽玄の華は一気に成長し、墓標に絡みつくように伸びた。生態まで変化していそうだが、呪いを恐れたペレアスとパーシヴァルは口をつぐんだ。

 ペレアス夫妻はそれぞれ両肩に担いでいた鞄を地面に置き、中から次々と供え物を取り出す。

 

「ラモラックにぶっ壊された歴代の剣と防具と……あと何かあったか?」

「こちらの領収書をお忘れですわ」

「あれ? ここってゴミ捨て場でした?」

 

 ペレアスとリースはラモラックが家計に与えたダメージへの恨みを込めて、ガラクタとなった武具を積み上げていく。

 まあ、あの戦闘狂は死後も武器に囲まれている方が気楽だろう。と、パーシヴァルは自分を納得させた。

 

「パーシヴァル卿は何を持ってきたのですか?」

「兄上の好物です。私がこれをよそうと、兄上はいくらでも食べてくれました」

 

 と言って、パーシヴァルが出したのは両腕で抱え持つほどの巨大なボウルだった。その中には親の仇のようにマッシュされた野菜が積み込まれている。

 ペレアス夫妻は虚ろな目でそれを眺める。パーシヴァルはじっとりとした視線に気付き、はっとして言った。

 

「……そういえば腐ってしまうことを考えていなかった!! ここを腐臭塗れにするわけにはいきません、我らで分担して食べましょう」

「人間が食べ切れる量じゃねーですわ」

「オレたちの胃の何個分あるんだこれ?」

 

 明らかに人体の容積を超えた食材の山。一週間分の食糧にはなりそうなそれを、リースは鞄の中に詰め込んだ。空間拡張がなされた鞄ですら持て余しかける量である。

 パーシヴァルたちは墓の周りの見栄えを整え、各々祈りを捧げる。すると、パーシヴァルは唐突に切り出した。

 

「兄上は、醜いものをこそ美しく感じる質でした」

 

 ラモラックはおよそ常人が醜いと蔑み、遠ざけるモノに惹かれる性格だった。それは生まれながらの気質であり、ついぞ変わることはなかっただろう。

 だから、彼はモルガンに惹かれたのか。

 自らの息子にさえ醜いと蔑まれ、けれど、その醜さのままに生きるしかないあの女に。

 だとしても、彼とて巷で美しいと言われるモノを理解することはできる。意見を追随させることもできる。ただそこに、実感が伴わないだけで。

 

「兄上は言っていました。〝あの夫婦は美しい〟と。あの人は醜いと言うことは多くても、美しいと評することは滅多にない」

 

 そして。

 

「あなたたちは、そのままでいてほしい。これは、私の願いだ」

 

 パーシヴァルは消え入るような声で告げた。

 それが、どれほど難しいことか知っていたから。だから、ペレアスは答える。

 

「……ああ、見てろ」

 

 ────それから数年が経って、キャメロットは滅びた。

 騎士ペレアスは王都を追放され、カムランの丘の戦いに駆けつけることもなく、湖の乙女のために命を捧げた。王でも国でもなく、彼女を選んだ。

 今なら分かる。

 ラモラックは、選べなかった人間だ。

 モルガンへの愛も、王への忠誠も、どちらも等しく大切だったから、その狭間で生きるしかなかった。挟まれて摩耗して、いつか消えてなくなってしまうのだと知っていても。

 それはランスロットも同じだろう。

 彼も結局、ギネヴィアだけを選ぶことができなかった。ランスロットとラモラックは、愛した人だけの味方になることができなかった。

 だけれど、それは決して悪ではない。

 時の運と人の心は誰にもどうすることもできないから。

 彼らは、たまたま、選べる場所にいなかっただけだ。

 放浪の旅を始めて間もなく、リースは夫との間に生まれた赤子を抱えて、

 

「私には、この子を愛せる自信がありません」

「……そりゃどうしてだ?」

「半分はあなた様でも、もう半分は私です。私は、私のことがあまり好きではありませんわ」

 

 その時、幼子は小さな小さな手を伸ばし、母親の頬を撫で擦った。

 リースは数秒の間沈黙して、我に帰る。

 

「───ンギャッッかわいッッッ」

「で、何だって?」

「今のは忘れてくださいませ! やっぱりああいうノリは私には合いませんわ〜〜!!」

 

 とりあえず、この物語を締めくくる言葉があるとすれば。

 それはいつの時代のどこの場所でも使い古された、つまらないものになる。

 死に逝く命があれば、新たに産まれる命もある───たとえ、国が滅びたのだとしても、かの王が護り抜いた幸せは確かに、この世に根付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────めでたしめでたし」

 

 ぱたん、と本を閉じる。

 魔女のお手本のようなトンガリ帽子を被った語り部は、観客たちへと問い掛けた。

 

「さて、お感想を寄越しやがれくださいませ。言っときますが、これは妖精さんから聞いたリアルガチなドキュメンタリーですわ。その辺りを踏まえてどうぞ」

 

 クラシックなメイド服を着込んだ少女は興奮した様子で目を輝かせる。

 

「わ、私は面白かっ」

「───ドキュメンタリーはドキュメンタリーであって真実ではない。語るという行為には少なからず、語り部の主観が入るからだ。文学書を読み直したらどうかな、我が師よ」

「というか長いよね、話が。儂みたいなジジイには割とキツかったのだが。妖精が見たって体なのに心理描写までバッチシなのはどういう理屈?」

「よっしゃ後ろ二人は表出やがれですわ」

 

 そこは、この世ならざる幻影の島。

 地上全ての生物が焼き尽くされる大災害さえも手が出せなかった、別次元にありし無貌の地。

 それは人理焼却の失敗とともに、現世へと帰還していた。

 

「どちらにしろ表には出なければいけないだろう。私たちは魔術協会と聖堂教会に喧嘩を売ることになるのだから」

「奴らに喧嘩を売るのは四百年ぶりか。パラケルススくんは生きてるかな」

「もうとっくに死んでるって教えましたわよねぇ〜クソジジイ。虚数空間に放り込まれてえんですの?」

「この人なら普通に生きていけそうですけどね」

 

 かくして、四人の魔女は蠢動する。

 ───この星を、楽園へと至らしめるために。

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