筋肉の刃 作:けちんげまん
「いやー、めでたい、めでたいなぁー。筋肉しか取り柄の無いお前が、こんな別嬪さんを拾ってくるなんて」
「大熊殿、恥ずかしいから止めておくれ」
「そうですよ大熊、筋太郎だって年頃の
「ううん、だが狐よ、筋太郎が女の子を連れ込むなんてよ」
「それは・・・そうですけども」
「おい、お狐殿、大熊殿、彼女も聞いとるのだ。いい加減止めい」
これは、一体どういう状況なのだろうか。
私は鬼狩りの少年に殺されたのではないのか。それが何だ、まだ私は生きている。それも、何処とも知れぬ屋敷の中に居た。その中でも客間と思われる場所に、布団を敷かれ、その上に眠っていた。
そして起きてみるとどうだ、魑魅魍魎が居る。
そりゃあ私だって人外の類、鬼の身であるが、それでも目の前の奴らは化け物だ。
全長20尺はある巨大な熊と狐、それが人語を解して、これまた人外じみた巨躯の男と会話している。鬼となって200年ほど生きてきたが、鬼以外にあのような怪物が存在するなど耳にしたことが無い。
そうだ、あの時・・・鬼狩りの少年に頸を撥ねられる寸前に、私は助けられたのだった。目の前の人外の如き益荒男に。
それと、助けられた時に、奴は何と言った?
『俺の嫁にする』
確かにそう言った。
誰を嫁にするつもりで言ったのだ?まさか私を?ああ、そんな風に言っていた気がする。鬼を嫁に向かえるとは、真正の馬鹿者だぞこいつは。
200年と少しの生の中で、初めて向けられた異性からの好意。
鬼と化したこの身に残った乙女心がときめいて、心臓が早鐘を打つ。それと同時に私は茹蛸のように赤面して、目の前の男に言い放った。
「貴様の嫁になぞなるか!馬鹿!」
♦♦♦
「あっはっは、嫌われてしもうた!」
「筋太郎、あれがツンデレという奴か?」
「そうだな!きっとそうだ!」
「そういうものでしょうかね」
筋太郎と呼ばれた益荒男は、巨大な熊と狐の呆れ顔をよそに高笑う。
彼が拾ってきた鬼の少女は、起きた途端に赤面したかと思うと、叫んで逃げ出してしまった。それも一糸纏わぬすっぽんぽんで。
だからだろうか。筋太郎は全身の筋肉をパンプアップさせて、顔から鼻血をダラダラと垂れ流していた。人生で初めて目撃した女人の全裸というのは、彼にとっては些か刺激的すぎたらしい。
「おう筋太郎、変なポーズをしとらんで、嬢ちゃんを追いかけたらどうだ。本当に逃げられてしまうぞ」
「変なポーズではない!サイドチェストだ!」
「いいから追いかけなさいよ」
大熊と狐に責められた彼は、「わかったよう、大熊殿、お狐殿・・・」としおらしくなって走り出した。勿論鬼の少女が去って行った方に、である。
「ああッ、あんな筋肉達磨に何を恥じらう必要があるのか!私は鬼なのだぞ!」
その頃、鬼の少女は屋敷の廊下で頭を抱えていた。今が何時かわからぬ以上、迂闊に外に出るのは自殺行為に他ならず、行き場をなくして立ち往生していたのである。
「クソッ、何で綺麗に包帯が巻いてあるんだ!」
傷口が膿んで痒い。
鬼の再生力があればこんな傷、少し休めば治るのに。何故化膿などするんだ。訳が分からん。しかも外れんように包帯はギチギチに結んであるし、畜生め!
「あの男、何がしたいんだ・・・」
鬼を殺すわけでもなく、嬲るわけでもなく拾って、嫁にするのだとほざく。正気の沙汰ではない。
「だから、お前を嫁にすると言っとろうが」
聞こえた声に少女は溜息をつく。
「お前・・・意味わかって言ってるのか?」
「重々承知しているとも。そんな事よりもだな・・・その、これでも着ろ」
声の主は益荒男・・・筋太郎であった。彼は少女に着物を差し出し、着るように促した。
「はあ?着物、何故着なければならん・・・あッ」
少女は彼の言葉で初めて自分の今の格好を自覚したらしい。
「・・・そうも露出が高いと、目のやり場に困る」
みるみるうちに全身を赤く火照らせた彼女は、筋太郎から着物を奪い取ると、「あっち向いてろ!」と怒鳴っていそいそと着替え始めた。
「おい、こっちを見るんじゃないぞ!」
見たら殺してやる!
「わかった、わかったよう・・・」
筋太郎は呟いて、目を逸らした。
♦♦♦
数分の静寂。衣擦れの音だけが、耳に伝わる。
(アッッッッッッッ!何と破廉恥な!エロスの極みやんけ!)
筋太郎は内心、そんな風に悶えていた。顔の血管はビキビキと浮き立ち、鼻からは血がボタボタと滴り落ちる。目は血走って、完全に狂人の様相であった。
(アカン、変な妄想が頭から離れん!アカンて!)
彼の脳裏には、あられもない姿でこちらを惑わす鬼娘のビジョンが纏わりついて離れない。
(前世含めて初めて見た女人の裸じゃけえ、仕方ないか?いや、自制せねば、あ、ああ、勃起!)
モッコス
彼の股間が不自然に盛り上がり、テントを張る。
ところで彼が先程述べた『前世』という言葉通り、彼には前世の記憶という物があった。明治元年である今から100年以上後の未来、彼はそこでまず生を受けた。そして17歳の誕生日を迎えたと同時に、DQNの乗った暴走バイクに跳ね飛ばされて昇天。今に逆行転生したわけである。
(鎮まれ、鎮まりぃやワシの豊年祭、早う奉納されて!)
そんな彼は、前世では健全で真面目な学生であったため、ムッツリスケベになった。学校で猥談を堂々とする輩を一番に嫌い、家などのパーソナルな空間で自家発電することこそが至高という思想を持つ人間に成長した。
そのため、ぶっちゃけその辺で「お○んこ!」と叫んでいる馬鹿に比べれば、知識だけはいっちょ前になった。いつかは自分もエロ漫画のようなシチュエーションに遭遇しないか・・・そんな事を、頭の片隅(50%)で考えたりもしていた。
そして今、正しく今!転生してからを合わせて30年の時を経て!そういうシチュエーションに遭遇したのである!
手負いの娘を助けて!嫁にして!それはもう言えないようなアンナコトやソンナコトを!ズッコンバッコン!ズッコンバッコン!これぞ理想形!勃起もやむなし!お咎めなし!神は微笑んでいる!
「・・・い、おい」
誰だ、俺の素晴らしい妄想を汚す輩は!
「おい、お前聞いてるのか?」
甘い声だ。脳をふやかすような、そんな声。
「・・・ふぁい」
彼は間抜けな返事をして、声の方に振り向く。
その先に居たのは、紫陽花の模様があしらわれた着物を着た、白髪の美少女―――!
「うわッ、顔キモッ・・・」
鬼の少女は見た。顔じゅうを血で濡らした、間抜け面の男の姿を。
(何でこいつ顔面血塗れなの?何で口が半開きなの?)
疑問は尽きない。
しかし今はともかく、礼を言うべきだろう。
「お前、助けてくれてありがとう。正直もうダメだと思った。あと服も貸してもらって、悪いね」
お前は食わないでおいてやるよ。この言葉は口には出さずに心に留めて、笑って見せる。
「ふぁ、ぞも。ふぇいはおふぃつねどにいっへくれ(あ、どうも。礼はお狐殿に言ってくれ)」
「いや、何言ってんのかわからんし」
「ふぁあ」
「まあ、いいや。取り敢えずお前、顔洗って来いよ。スゲーキモイから」
「ファッ!?」
これには筋太郎も傷つく。
泣きながら井戸のある方へ走って行った。
「お、おい、いくら何でも泣く程か?」
鬼娘は呆然とその後姿を見送る。やはり馬鹿なのではないか、と呟きながら。