【更新停止中】緋雷ノ玉座   作:seven74

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 ドーモ=ミナサン。
 サムレムコラボイベで地右衛門の格好良さに惚れ直したseven774です。

 ネットで正雪先生が不逞浪士達にドスケベインナーだのなんだの言われてますが、正直その通りすぎてなにも言えないのが笑えますね。一気にpixivやXでイラストが増えたのは嬉しいです。
 外見以外でも、先生の新たな宝具(人の心)や彼女の設定を知る事が出来たのは嬉しかったですね。森宗意軒先生の理想がまさかあんなものだとは思っていませんでした。
 伊織君やヤマトタケルの事もより深く知れたので、今回のイベントは個人的に大当たりでしたね。
 『伯爵』についての情報もある程度出てきたので、次回のオーディール・コールのストーリーで登場するのですかね? 今から彼(または彼女)を殴るのが楽しみですッ!

 それでは本編、どうぞッ!



広がる歪み

 

「な、なぜですかメリュジーヌ様ッ! そいつは半端者のガレスですよッ!? それにここにいる連中は、尊きあの御方の温情を無視し続けた、どこまでいっても家畜根性の奴隷共じゃないですかッ!」

「違う、彼女は半端者じゃない。立派な騎士だよ。そして……家畜根性の奴隷と言ったね? それって自己紹介のつもりかい?」

 

 

 メリュジーヌが乱心したと思って叫ぶ兵士は、彼女の振るう刃によって首を落とされた。

 その瞬間、ガレスもまた動き出して硬直している騎士や兵士達を薙ぎ払い、強く大地を踏みしめて敵の群れに飛び込んでいった。

 

 

「止むを得ん、迎撃し―――」

 

 

 剣を持つ腕を大きく振って仲間達に報せようとした男を盾で弾き飛ばし、斬りかかろうとしてくる兵士の剣を槍で受け止め、押し返す。

 メリュジーヌの加勢があっても自分の生命が燃え尽きる寸前である事には変わらない。しかし、それによって本能が無意識に全身にかけていたリミッターを解除し、短時間限定ながらも、ガレスの肉体を一騎当千の英霊に匹敵する程のものへと変貌させてくれている。

 

 体の底から際限なく湧き上がるパワーに身を委ね、ひたすらに迫りくる敵を迎え撃っていく。

 

 

「クソクソクソッ! こうなったらッ!」

「ひ……ッ!」

「う、うわぁああッ!」

 

 

 ガレスが一撃振るう度に仲間達が吹き飛ばされていく光景に恐怖を抱いた兵士の一人が、偶然視界の片隅に映り込んだ親子に剣を振りかぶる。

 なんとか息子だけでも護ろうと彼を抱きしめた母親。二人の悲鳴に気付いたガレスが走り出そうとするも、両者の間には多数の騎士や兵士達がおり、とても間に合いそうにない。

 

 やめて。

 叫びかけたガレスの目の前で兵士が親子に剣を振り下ろし―――

 

 

「フ―――ッ!」

 

 

 瞬時に親子の前に現れたメリュジーヌによって、剣を持つ腕ごと首を刎ねられた。

 

 

「早く逃げて」

「は、はいッ!」

 

 

 自分達はもう死ぬと思っていたのだろう、まだ自分達が生きている事を信じられない様子であった親子だが、メリュジーヌの淡々とした言葉に従って走り出した。

 メリュジーヌとガレスに恐れをなしたのか、それとも彼女達よりも無力な者達を殺すべきと判断したのか。親子を殺そうと動き出す者達が少なからずいたが、彼らは一人の例外なく流星によって細切れにされた。

 

 血煙を吹き飛ばして次の市民を救いに行ったメリュジーヌに心中で感謝しながら、ガレスは襲ってきた騎士を正面から受け流し、がら空きになった背中に槍を突き刺した。

 

 突き出された槍の穂先が鎧を砕き、奥にある柔肌も貫く。

 裏切ったとはいえ、かつては仲間として共に戦った相手を串刺しにしたという事実に吐き気を覚えながらも、背後から自分に斬りかかろうとしている相手を薙ぎ払おうとするが、そこでがくん(・・・)と突然槍を握る手から力が抜けた。

 

 

「え……ぁッ!!?」

 

 

 突然の脱力、そして間髪入れずに襲ってくる浮遊感に呆気に取られた直後、兜に大きな衝撃が走る。

 ガァンッ! と、頭蓋に亀裂が走り、脳が揺さぶられる。

 一瞬視界が真っ白に染まったと思いきや、途轍もない激痛と吐き気がガレスを襲う。

 

 

「こン……のォオオオォォオッッ!!」

 

 

 しかし彼女はそれらの不快な感覚を必死に無視し、雄叫びを上げて腕に力を込める。

 再び力を取り戻した腕は彼女の思い通りに、貫いた騎士ごと背後の兵士を薙ぎ払い、遠心力で無理矢理槍を騎士から引き抜いた。

 

 

(わ、私……い、一瞬死んでた……ッ!)

 

 

 荒い呼吸を繰り返しながら騎士達を迎撃する中、頭の片隅でどこか冷静な自分が、先程の自分の状態を把握する。

 先程の不意な脱力感。あれは間違いなく、『ガレスが死んだ』という事実が起きた瞬間だった。

 

 極限まで高まった興奮と、戦わなければならないという決意がなんとか彼女を現世に留めたものの、あそこで終わってもおかしくなかった。

 戦う意志とは無関係な脱力感、そして微かに感じた、体があらゆる重力から解き放たれたような浮遊感。

 

 あれこそまさに、死の感覚。

 温かさも冷たさもない、ただ『そうである』と定められた感覚。

 

 今こうして戦えているのは奇跡に等しいはずだ。また同じ感覚に襲われたら、今度こそ完全に死んでしまうだろう。

 

 ―――終わらせないと……ッ! この命が終わる前に、絶対にッ!!

 

 

「―――アァアアアアアッッ!!」

 

 

 メリュジーヌが見逃してしまった、逃げ遅れた市民を襲おうとする兵士を見つけたガレスは、雄叫びと共に彼に突進した。

 

 

 

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(……あれは……)

 

 

 血と油のついた(けん)を振るったメリュジーヌは、自身を鼓舞するように、急かすように吼えるガレスの姿を見て目を見開く。

 その叫びが、まだアルビオンであった頃の彼女が度々耳にしていたものと酷似していたのだ。

 

 それは、闘争の中で己の終わりを悟った生物が、最後に轟かせる生命の咆哮だ。

 最期の一瞬まで自分という存在がこの世界にいたのだと刻み付けるかのような、魂の叫びだ。

 

 それを、ガレスは行った。

 己の死を悟り、どうしようもない終わりに直面しながらも、『まだ生きたい。まだ死ねない』と叫んだ。

 

 

(……私が、もっと早く動いていれば、君は……)

 

 

 より一層力を増して敵兵を薙ぎ倒していくその姿に、メリュジーヌは下唇を強く嚙み締めた。

 

 

 

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「ま、待てッ! 俺は悪くないッ! 悪いのは命令し―――」

 

 

 鬼気迫るガレスに恐怖し、悪いのは自分ではないと叫ぼうとした男を蹴り倒し、その顔面に槍で突き刺す。

 誰かの名を口にしようとしたのだろうが、最早顔面を貫かれた男に、その続きを話す事はできない。

 

 ……尤も、今のガレスに、それを気にする余裕などないのだが。

 

 

「それで最後だよ。……お疲れ様、ガレス」

「はぁ……はぁ……はぁ……お、終わったぁああ……」

 

 

 この男が最後の一人とメリュジーヌに伝えられ、ガレスはようやく終わったと、崩れ落ちるように瓦礫に背を預ける。

 

 

「ガレス姉ちゃんッ!」

「お姉ちゃんッ!」

「……セム、サマリア……」

 

 

 座り込んだ自分の下にやって来た二人の子どもを、ガレスは小さく笑顔を作って迎える。

 

 

「よかった……無事だったんだね……」

「なに言ってんだよ……ガレス姉ちゃんが護ってくれたんじゃないか……」

「あれ、そうだっけ……あはは、もう必死すぎて、覚えてないや……」

 

 

 ただ戦い、護る事しか考えていなかった。具体的に誰を護ったのかまでは覚えていなかったが、セムがそう言うのならそうなのだろう。

 

 

「私達だけじゃないよ……おばあちゃんも、ユーリもオッドもカムリも、みんな護ってくれたんだよ……? 他にもいっぱい、お姉ちゃんは助けてくれたのッ! 本当にありがとう……ッ!」

「そう、かぁ……。……あ、ごめんね。ちょっと、メリュジーヌ様と話したいから……」

「え……? う、うん……」

 

 

 本当ならもっと話したいのだろう。しかしサマリアはガレスの気持ちを尊重し、セムと共に彼女から離れた。

 二人と入れ替わるように近づいたメリュジーヌに、ガレスは少しだけ頭を下げた。

 

 

「……ありがとう、ございます。メリュジーヌ様……」

「……感謝なんて、しなくていい。私は……」

「……わかっています。貴女は、本当はあちら側だったんですよね……? ですが、貴女は私と戦ってくれました。だから、ありがとうございます……」

 

 

 それにしても、痛いなぁ。

 節々に走る激痛に思わず漏らすと、メリュジーヌは小さく唇を震わせ、そっとガレスの手に自分の手を重ねた。

 

 

「メリュジーヌ様……?」

「……昔、母がこうしているのを見た事があった。こうすれば、より相手の傍に寄り添う事が出来るんだって、教えてもらったんだ」

「『はは』……なんですか、それは……?」

「……そうか。君は母というものを知らないんだね。そうだね……簡単に言うのなら、とても温かくて、優しくて、大切な存在だよ」

 

 

 本当ならもっと語りたい。しかし、その全てをひっくるめて言うのであればこうなのだろうと思ったメリュジーヌの言葉に、ガレスは小さく肩を震わせた。

 

 

「……あはは、メリュジーヌ様、その人が大好きなんですね……」

「……そうだよ。とっても温かくて、大切な(ひと)。もう二度と会えないけど、あの方との記憶は、私の中で永遠に生き続けている。そして君も、ほんの数分の短い時間だったけど、私の中で生き続ける」

「……私も、忘れません……。改めて、ロンディニウムを、護ってくれて……私と、戦ってくれて……ありがとう、ございます……」

「…………」

 

 

 ガレスの言葉に、メリュジーヌは理解する。彼女の命が、間もなく尽きるという事に。

 

 

「み、んな……元気で、ね……」

 

 

 メリュジーヌと入れ替わりに離れていた老婆や子ども達に、掠れた声で伝えるガレス。

 その言葉に彼らが涙ぐむのがわかり、メリュジーヌは心が抉られるような罪悪感に襲われた。

 

 瞼を閉じ、その姿を変えていく騎士。

 

 鎧が。

 槍が。

 肌が。

 

 自身を構成していたもの、その全てをまとめて木片へと変えた彼女を、メリュジーヌはそっと撫でて立ち上がる。

 

 そして、一言、「ありがとう」とだけ告げ、空へと飛び立った。

 

 

 

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 数分後、メリュジーヌが降り立ったのはソールズベリーの教会。

 自分の身についた汚れを落とさぬままに歩く彼女に目を細める妖精達を無視して階段を上り、奥にある扉を押し開ける。

 

 

「あら、メリュジーヌ。どこへ行っていたのかしら?」

 

 

 そこにいる妖精は、いつもと変わらぬ笑顔を浮かべていた。

 

 

「……ちょっと、空を飛んできてたんだ。とっても気持ちよかったよ」

「そうなの? 羨ましいわ。こんなに立派な翅があっても飛べないのって、不便よね。……あぁ、そういえば、私の騎士達はどこにいるのかしら。昨日からずっと見ていないの。メリュジーヌ、彼らがどこにいるのかわかるかしら」

(……やっぱり、君は覚えていないんだね)

 

 

 彼女が言う騎士達とは、先程自分がガレスと共に皆殺しにした者達の事だ。

 そして、彼らにロンディニウムへの攻撃を命令したのは、他ならぬオーロラ自身。張本人である彼女が、自分が彼らになにを命じたのか微塵も記憶していない。

 

 

「……彼らは、もういないよ。もう、君の下へ戻ってくる事はない。そして、もう僕も戻らない」

「……どういう事かしら」

 

 

 訝し気に、悲しげに見つめてくるオーロラに、メリュジーヌは思わず今の言葉を撤回したくなる。

 しかし、ここで退いてはいけないと自らの心を奮い立たせ、彼女の問いかけを無視して話す。

 

 

「メリュジーヌ。私にこの名前を与えてくれた事、感謝しているよ。この名前は、これからも大切にしていく。でも、君とはこれまでだ」

「―――」

 

 

 メリュジーヌがなにを言っているのか理解できないのか、オーロラが目を見開いて固まる。

 しかし、それも数秒の事。

 やがて口元から微笑みが消えた彼女が、震える声で訊ねてきた。

 

 

「どうして? どうしてそんな事を言うの?」

「君は、あまりにも自由すぎる。その自由は……この國を滅ぼしてしまう。だから……」

 

 

 シャキンッと音を立てて出てきた(けん)を向け、一気に距離を縮める。

 オーロラも目の前にいる存在が自分の命を狙っている事にようやく気付いたのか反撃の素振りを見せるも、メリュジーヌからすれば欠伸が出そうな程に遅い。

 

 蹴り飛ばされたオーロラの体が壁に叩きつけられ、立ち上がろうとする前に喉元に切っ先を突き付けた。

 

 

「チェックメイト。もう君は、僕に抵抗する事さえできない」

 

 

 切っ先が喉元に触れ、赤い玉が出てくる。

 オーロラが息を吞み、メリュジーヌを見上げる。

 

 その瞳に宿るのは、絶望か、恐怖か。それとも、それ以外のなにかか。

 

 

「本当なら、ここで君を殺すのが正しいんだろう。そうするだけで、この國の未来は大きく変わる」

 

 

 オーロラという妖精は害悪の化身だ。そこにいるだけでも、無自覚に周囲を破滅に導く。

 汎人類史であれば誰からも相手にされず、己の使命や在り方を失って人知れず消え去るだろうが、妖精達の世界であるこのブリテンでは違う。何物にも影響を受けやすい妖精達の國では、彼女とその『使命』はなによりも恐ろしい毒となる。

 深く考えなくともわかる。彼女はこれ以上生きてはいけない女だ。ここで殺す……いや、殺さなくてはならない。

 

 ―――だが、メリュジーヌの記憶が、それを邪魔をする。

 

 どれだけ害悪な存在でも、他ならぬ彼女の手によって救われた。彼女の美しさに焦がれ、この姿(カタチ)を得た。

 それから数百年、共に過ごした日々は幸せで、そして辛いものだった。

 

 彼女の願いを叶える為に、罪のない多くの命を奪った。彼女の期待に応える為に、背負う必要のない罪を背負った。

 

 けれどもそれ以上に、彼女と共に在るのは幸せだったのだ。

 

 そして―――境界の竜は、選択を誤った。

 

 

「メリュジーヌ……?」

 

 

 爪を納めた彼女に、オーロラは訝し気な視線を送る。

 

 

「……今回だけは、見逃してあげる。それが君への、最後の恩返しだ」

 

 

 踵を返し、彼女に背を向ける。

 

 

「さようなら、オーロラ。私の愛しい妖精(ひと)

「ねぇ、待って。メリュジーヌ、待ちなさい。私を置いていかないでちょうだい……ッ! メリュジーヌッ!!」

 

 

 背後から聞こえてくる懇願にも近い叫びに、しかしメリュジーヌは振り向かずに扉を開けて―――その前に立つ怒気に顔を赤くしているコーラルに目を見開いた。

 

 

「メリュジーヌ、貴女―――」

「ちょっとごめん」

「え、きゃっ!?」

 

 

 今まさに怒りを言葉にしようとしたコーラルの手を引き、オーロラの部屋から離れる。

 教会内でも一目に付かない場所に移動してから手を離したメリュジーヌは、コーラルに有無を言わせずに口を開いた。

 

 

「コーラル。これは忠告だ。死にたくないのなら、オーロラから離れるべきだ。彼女の恐ろしいまでの純真さは、いずれ君の命を奪うだろうから」

「で……ですが私は……」

「彼女の補佐だから無理、とでも言うつもり? ハロバロミアの件を忘れたつもりじゃないよね? 彼がどんな目に遭ったのか、君は知っているはずだ」

「そ、それは……」

 

 

 反論しようとして、コーラルは口を閉じてしまう。

 

 ハロバロミアはかつてオーロラに仕えていた“風”の氏族の男の名だ。

 純粋に國の事を想っていたが、たとえ自分よりも上の立場のオーロラが相手でも物怖じせずに正論を叩きつけていた真面目に過ぎる男でもあった。

 そして、それがいけなかった。

 

 正論を言っていたがために、彼はオーロラによって追放されてしまった。

 

 コーラルもまた、彼程ではないにせよ、時折正論を言う時もある。

 それがいつ、彼女の逆鱗に触れるかわからない。

 

 彼女自身、それを理解しているのだろう。

 

 

「今すぐに、とは言わない。私だってここまで決断するには時間がかかった。かかりすぎた、と言ってもいい程に。でも、君はそうじゃない。なるべく早く決断するんだ。自分を護る為には、どうするのが一番最適なのかを正しく理解するんだ」

 

 

 わかったね?―――と言われ、コーラルは僅かに迷ったように考え、そして小さく頷くのだった。

 

 

「ごめんね、いきなりこんな事言って」

「……いいえ。貴女に悪意がない事は、わかっています。私も考えてみたいと思います。ありがとうございます、メリュジーヌ」

「……そろそろ行くよ。もう、ここに戻る事はない。またどこか会おう、コーラル」

「はい。……また会いましょう、メリュジーヌ」

 

 

 でも、せめて見送りはしたい。

 そう思ってメリュジーヌと教会の外まで歩き、彼女がスラスターを噴射して青紫色の空に飛んでいくのを見送る。

 

 彼女の光が見えなくなり、教会に戻ろうとしたコーラルだったが、カツン、とつま先がなにかを蹴った事に気付き、思わず視線を下に向ける。

 

 

「……これは……」

 

 

 拾い上げたそれは、掌に軽く収まる程に小さな、メリュジーヌのスラスターの欠片だった―――。

 

 

 

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 ―――間に合わない。

 酷い焦燥感の中、作業用の椅子に座っていたモルガンの心に絶望と恐怖が生まれる。

 

 カリアに協力してもらい、素材を集めてもらった。あらゆる魔導書を読み、これまでの経験全てを結集し、分身達と何度も議論を交わした。

 

 しかし、作れない。満足な代物が作れない。

 

 魂が腐りかけているバーヴァン・シーの治療薬は、未だ完成に至っていない。

 この世にある何物よりも愛しい存在である彼女の魂である以上、完全な形で修復したい。しかし、魂は繊細なものであるため、ほんの小さな違いであっても魂を砕いてしまう可能性がある。

 そして、替えの利くものではないのはもちろん。同じ魂を持つ存在などどこにもいないため、他者を実験台にして薬の効き目を確かめる事も出来ない。

 

 今はカリアに彼女の負荷を可能な限り肩代わりしてもらっているが、それもいつまで持つか……。

 

 

「陛下」

「……カリアですか……。すみません、まだ、薬の調整をしたいのです……後で分身(わたし)を送りますので、話があるのなら彼女に―――」

「陛下。それ以上自分を追い詰めてはいけない。もう一週間近く休んでいないじゃないか」

「ですが……」

「ベストコンディションでなければ満足な成果など得られるはずもない。ここは休みたまえ。それでも休めないというのなら……」

 

 

 ―――またボクを使ってほしい。

 

 鎧と、その奥にあるインナーを消滅させたカリアが、胸に手を当てる。

 所々に黒紫色の鱗が目立つ、ヒトから竜種のものに変化しつつある胸元に宿った仄かな紫色の光は、彼女が妖精騎士達が抱える負担を背負っている証拠。それを魔術で施した張本人であるモルガンは、彼女がなにを求めているのかを即座に理解した。

 

 だが、理解した瞬間に、彼女は首を横に振った。

 

 

「……駄目です。貴女には沢山の恩があります。そんな貴女に、これ以上の負担を与えるなど……」

「ボクはバーヴァン・シーのサーヴァント。主に危険が及ぶのなら、それを身を挺して護るのが使命なのだがね」

「ですが、それ以上背負ってしまえば、貴女は最早、その内にある力を制御できなくなるのでは……?」

 

 

 モルガンはバーヴァン・シーが彼女を召喚してから、彼女の霊基情報の全てを閲覧した。

 そして知ったのだ。彼女の霊基には、カリアという人間以外にも、別の存在の情報が刻まれている事に。

 

 そして彼―――いや、彼ら(・ ・)の力は、弱ったカリアの精神を間違いなく蝕んでいる。

 これ以上彼女を弱らせてしまえば、いずれ彼ら(・ ・)が彼女の肉体と精神を塗り潰すだろう。

 

 その危険性は、彼女が一番理解しているはずだ。だというのになぜ、彼女はそこまで自分の身を捧げられるのか。

 

 呆然と見つめるモルガンに、狩人はいつもと変わらぬ笑みを浮かべて答えた。

 

 

「それが、今のボクがマスターに対して出来る、最善だと思うからだ」

 

 

 恐れるものなどなにもない。

 自分の意識が消え、精神も肉体も奪われるかもしれないというのに、『だからどうした』と笑い飛ばすような豪胆さを宿している笑みに、改めてモルガンは彼女が真の狂人であると悟り、立ち上がった。

 

 

「……ありがとう、ございます」

 

 

 深々と頭を下げられたカリアは、「女王がただの臣下に頭を下げるものじゃない」と呟き、モルガンの顔を上げさせる。

 

 

「使えるものは全て使いたまえ。ボクだけでは心許ない。他に彼女を護る術がある場合は、そちらも使ってみては?」

「護る術……。……そうですね、早速連絡しましょう」

「おや、これは驚いた。陛下が娘を任せられると判断した相手がいるだなんてね」

()は義理堅い人間です。裏切る事はないでしょう。元より、私が動けない場合などは動いてもらうように要請はしていましたから」

 

 

 万が一の場合には彼に娘を匿ってもらおうと思い、直に話し合った事もある。短い付き合いだが、彼には邪念の欠片も見受けられなかった。信頼に値するだろう。

 

 通信用の装置を作動させたモルガンの前に、一人の男の姿が映し出される。

 

 

『女王陛下。この魔術装置を使用したという事は……』

「貴方に、いえ、貴方方に頼みがあります。聞いてくれますか―――プロフェッサー・K」

 

 

 モルガンからの言葉に、顔を仮面で隠した男は『もちろんです』と頷くのだった―――。

 





・『メリュジーヌ(アルビオン)』
 ……ガレスと共闘してロンディニウムを守り抜き、オーロラと決別した。どうしようもなくなる前にそれができたのは、ある意味幸運なのかもしれない。少なくとも、その手が愛する者の血で染まる事はないのだから。
 自分が生まれたこの世界の“祖龍”を『母』と呼ぶが、アンナ(ルーツ)は母ではなく、『異なる世界の母だが母ではない同一人物』と捉えており、それはボレアス達に対しても同じ。しかし、同一人物の別人であったとしてもアンナ(ルーツ)達の言葉に背を押されるぐらいには好いている。

・『ガレス』
 ……メリュジーヌの助太刀もあり、殺されるはずだった市民を救ったが、戦闘終了後に力尽き死亡。その身は最後の『巡礼の鐘』となり、『予言の子』の力となる。

・『オーロラ』
 ……メリュジーヌに一方的に決別されるが、なぜ彼女がそうしたのかが理解できないでいる。そして、彼女はもう二度とメリュジーヌと出会う事はない。

・『モルガン』
 ……分身と協力し、一度の失敗も許されない魂の治療薬を作ろうとしているが、バーヴァン・シーと同じ魂など存在しないため、精神的にも肉体的にも疲労がたまっている。娘の負荷をより重く背負う事になったカリアには感謝してもし切れないが、その分凄まじい罪悪感を抱いている。
 カリアから『自分以外にも使えるものは全て使え』と言われ、プロフェッサー・Kに協力を要請する。

・『カリア』
 ……バーヴァン・シー、バーゲスト、メリュジーヌの三妖精が背負うはずだった負荷を背負っている事から、肉体に変化が生じている。バーヴァン・シーは魂が腐りかけているため精神面でもかなりダメージを受けており、またバーゲストの獣性を抑える代わりに自身がその飢餓感を背負っているため、それも加わってかなり危険な状態。それによって自分の内に存在する龍/竜種の霊基が表に出ようとしているが、根性で抑え込んでいる。しかし、龍/竜種に彼女の肉体を乗っ取ろうという考えはなく、ただカリアという容器が壊れて漏れ出そうになっている状態。


 今回は正直なところ、難産でした。前回と二本に分けていたのですが、そのままだと短いなと感じて文字数を付け足したのですが、その足すところで結構時間をかけてしまいまして……。
 これまではパッと思い浮かんでいたので、ここまでうんうんと頭を悩ませたのは初めてです。
 しばらくこれが続くと思いますが、私は頑張ります。こんな私が投稿する小説でも読んでくださっている皆様の為にッ!

 それではまた次回ッ!
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