【更新停止中】緋雷ノ玉座   作:seven74

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 ドーモ=ミナサン。
 一時間程前に投稿したサーヴァントプロフィールを閲覧された方は一時間振りですね。本日の前書きに関してはそちらで全て書きましたので、早速本編となります。

 今回はエリシオ達の話です。
 前回スメラギと出会った彼らは現在どのように過ごしているのか、それではどうぞッ!


皇の見極め

 

 太陽が煌々と照らす、シュレイド異聞帯。

 古き時代より続く、広大な大自然に包まれた世界。その一部である森林に、何度も乾いた音が鳴り響く。

 

 

「フッ……ハッ!」

 

 

 木漏れ日が差し込む中、ひたすらに木刀を振るい続ける者が一人。

 柄を握る両手に力を込め、強く踏み込んでからの一閃。木刀の持ち主―――エリシオの気迫の籠もった一撃は、しかし眼前に立つ巨漢には通用しない。

 

 

「まだまだ甘いのぉ、はっはっはっ」

「く……ッ!」

 

 

 上半身を後ろに逸らす事でエリシオの渾身の一撃を容易く回避してのけたスメラギから微かな気配の変化を感じ取り、エリシオがすぐに距離を取ろうとする―――が。

 

 

「踏み込みは甘く、判断も遅い。そんなものでは儂に一太刀も浴びせられぬな」

 

 

 瞬きの瞬間さえ介在しない。距離を取ろうとした瞬間になにかが背中に触れて振り返る。そこには、先程まで眼前にいたはずのスメラギが立っており、エリシオの脳天に手刀を振り下ろそうと―――

 

 

『変われエリシオッ!』

「―――ッ!!」

 

 

 自身の内からの叫び声に、即座に意識を内側へ潜り込ませる。瞬間、エリシオの人格と入れ替わりに表層へ浮かび上がってきた龍の意識が彼の体を動かした。

 頭上に落ちてくる手刀を体を捻るようにして回避したジーヴァは、右手で握っている木刀を肩に担ぎ、右手を地面に着けるという獣のような構えを取る。

 これで決まると思っていたのか、それともエリシオが肉体の主導権をジーヴァに渡すと予想していたのか。「ふむ」と髭の生えた顎に指を添えるスメラギに、ジーヴァが迫る。

 

 龍のそれと融合した左手と両足で地面を抉り取りながら駆けたジーヴァが木刀を振るう。

 地面スレスレから足を狙った一撃を、スメラギは軽く飛び越えてジーヴァの後方へ着地するも、追撃の様子は見せない。ならばとジーヴァが空振りに終わった斬り払いの遠心力を利用してスメラギと向き直った瞬間に跳躍して斬りかかった。

 

 

「オォラッ!!」

 

 

 気迫の籠った、上段からの振り下ろし。当たればスメラギの脳天を揺るがし、大きな隙を生じさせるであろう一撃。

 しかし真上から来る一撃など、スメラギからすればなにも問題ではない。一歩左へ移動するだけで回避するも、直後に視界が土色に染め上げられた。

 

 む、と、スメラギの眉が顰められる。

 木刀が地面に叩き付けられる音が聞こえなかった事から、恐らく地面に当たる直前に木刀を止めたのだろう。結果として、木刀に宿っていたジーヴァの膂力はその真下にあった地面を抉り、砂埃を発生させたのだ。

 瞬く間に周囲を埋め尽くす天然の煙幕。目を開けていれば微小サイズの砂が目潰しの役割を果たし、呼吸をしてしまえば同様に砂によって乱される。

 ならばと瞼を閉じ、呼吸を止めたスメラギ。周囲の砂埃に惑わされる事なく冷静にその場に佇む彼に、忍び寄る影が一つ。

 

 

(今―――ッ!)

 

 

 肉体の主導権をジーヴァから返却されたエリシオが、腰溜めに構えた木刀を振るう。

 エリシオという楔、彼の肉体という器がなければ現界を維持できない幻霊であるジーヴァだが、それでも彼は生前、いずれは古龍の王に成り得る可能性を秘めた強大なる存在。そんな彼が肉体の主導権を持っていれば即座に悟られると判断したエリシオは、この一撃を振るう存在は、ただの人間である自分であるべきだと判断したのだ。

 その考えは正しかったのか、気付かれても回避はできないであろう距離まで接近しても尚、こちらに背を向ける彼がエリシオに気付いた様子は見せなかった。

 

 獲れる―――そう思った瞬間、エリシオの意識は真っ暗になった。

 

 

 

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「まるでなっとらんの」

「はい……」

 

 

 時は夕刻。中天に座していた太陽も今は橙色になり、その役目を月に譲ろうとしている時間。

 そんな時間までたっぷりと気絶して目覚めた直後に投げかけられた言葉に、エリシオは肩を落とすしかなかった。

 

 

「木刀の振りが甘い、次の行動までの間隔が長い、考えてから行動している、気配はダダ漏れ……軽く挙げるだけでもこれじゃ。まだまだ精進が足らんの、(わっぱ)

 

 

 エリシオの三倍程の大きさを誇る大岩の上に座ったスメラギに対しなにも言えず押し黙るしかない。

 

 今彼が聞かされているのは、先の訓練を通してスメラギが見つけた、エリシオに足りない要素だ。

 手渡された木刀で、一発でもスメラギに当てられれば成功。逆にスメラギからの攻撃で倒れてしまえば失敗の、ごく単純な訓練だ。

 その訓練を終えてからのスメラギの指摘は、一切の否定さえも浮かばない程に正しかった。

 

 今思い返してみれば、あの時の自分達の攻撃はあまりにも単調すぎた。次の行動に移るまでの『繋ぎ』が出来ていなかったのだ。そして、攻撃を続けていたエリシオに対して、主に回避に徹していたスメラギは、その回避すらも次に移る為の『繋ぎ』があるように感じられた。

 

 

『ククッ、闇雲に突っ込んでたからな、こいつは。そりゃ当たるわけもない。俺様みたいにもっと機敏に動けるように―――』

「闇雲に突っ込んできたのはお主も同じよ、ジーヴァ」

『あ?』

 

 

 エリシオの右腕を自身の頭部に変化させていたジーヴァが笑うも、スメラギの鋭い眼光が彼を射抜いた。

 

 

「確かにお主のパワーやスピードは目を見張るものがあるが、頼り過ぎじゃ。エリシオとはまた別に攻撃が単調すぎる」

『ぐ……』

「加えて言うならば、お主は突っ走りやすいの。相方(エリシオ)の肉体を動かす時、その後に相手が感じる疲労を度外視しとる。ジーヴァもエリシオも、儂に一発当てるという目標に囚われて気付いとらんかったようじゃが、動きが大分鈍っておったぞ。気配が漏れていたのもそれが原因じゃ」

「そういえば……そうかも」

 

 

 言われてから気付く、訓練時の自分の状態。思い返してみれば、ジーヴァの起こした砂煙の中でスメラギに奇襲を仕掛けようとした時、やけに体が重かったように感じていた。それにスメラギの言葉通りなら、あの時の自分は肉体面だけでなく、精神面でも疲弊していたかもしれない。

 

 

「僕らもまだまだ、ですね……」

 

 

 思わず口を突いて出てくる、自分達の未熟さに対する悔しさが滲んだ呟き。

 エリシオからすれば独り言にも等しきものだったが、しかしスメラギはそれを容易く聞き取り、「いや?」と首を横に振った。

 

 

「確かに、お主らはまだまだ精進が足らん。じゃが、成長していないわけではない。儂の攻撃にも少しずつ対処出来るようになっているからの」

「そうでしょうか?」

「うむ。最初の頃と比べれば遥かに、お主は強くなっておる。儂が保証しよう。……それに、お主らももう自分達の課題はわかっておるのじゃろう?」

「は、はい」

「よし、言ってみるがよい」

 

 

 スメラギに促され、エリシオは自分の課題について口にし始めた。

 

 

「まず……僕は純粋に力が足りません。ジーヴァと融合して、貴方と過ごすようになってから大分鍛えられましたけど、それでも足りないと思っています。他に挙げるとするなら、どうしても頭で考えてしまいがちになるところでしょうか。『これからどうすればいいか』を戦闘中にも無意識に考えてしまい、それで次の行動が遅れてしまうのは、これまで何度もありましたから。他にも色々思い付きますが……主な課題はこの二つですね」

「では、ジーヴァはどうかの」

『……動きが単調で、エリシオの事が時々頭からすっぽ抜ける事だ』

「儂の指摘まんまじゃのぉ」

『事実だし俺様も同じ事を考えてたんだ。仕方ないだろ』

 

 

 忌々し気に口元を歪めるジーヴァ。

 彼ら自身の口から課題点を説明させたスメラギはしばし瞼を閉じたものの、すぐに「うむ」と頷いて瞼を開いた。

 

 

「しっかり自分達の課題を理解しているようじゃのぉ、感心感心。これまでは身体作りに集中しておったが、これからは訓練の数も増やして良さそうじゃの」

「……大丈夫でしょうか……。すぐに解決できるようなものとは思えないのですが……」

 

 

 にこやかに笑うスメラギに対し、エリシオの表情は不安で曇っていた。

 先程自分やジーヴァが口にした課題は、自分達が薄々感じていたものだった。これまでの間にもなんとか治せないものかと努力はしてきたが、それが実を結んだ感覚はまるでない。実を結んでいれば、先の訓練だってもう少しはまともな結果になっていたかもしれなかったのだ。

 そんな状態に次のステップに映ってしまってもいいのだろうか、と考えるエリシオの気持ちを読み取ったのか、スメラギは「不安がる必要はなかろう」と一言置いて続けてきた。

 

 

「元より、お主らがすぐ解決できるとは思っとらんわい」

『エリシオ、こいつぶん殴っていいか? こいつ今ハッキリ言いやがったぞ』

「まぁまぁ抑えて……。その、やっぱりそうですかね?」

「すぐ解決できれば誰だって苦労はせんし、世界ももっと豊かになってるじゃろ。それが出来るのは一握りの天才か、生まれながらに世界と繋がった超越者じゃ。お主らはそのどちらにも該当しない。そこはジーヴァも例外ではない」

『俺様は古龍の王だッ!』

「確かにいずれはそうなったじゃろうが、それだけ(・ ・ ・ ・)じゃ。王だからと言って完璧ではない」

『ぐ……』

「今のお主らがやるべき事は『努力』じゃ。天才でも超越者でもないお主らが頂点に喰らいつく為には、それしか―――む?」

 

 

 腕を組んでいたスメラギの視線が、エリシオ達から見て左へと向けられる。

 彼に釣られてエリシオ達もそちらを見やると、そこにある茂みの中から一体の獣人種が姿を現した。

 

 

「ニャ。ニャニャニャ、ニャニャニャニャ」

「うむ、相分かった。すぐに戻ろう」

 

 

 身振り手振りでなにかを説明した獣人種―――栗色の体毛を持つアイルーにスメラギが頷けば、彼は「ニャッ!」と大きく頷き返して来た道を引き返していった。

 しかし、エリシオやジーヴァからすればアイルーがなにを伝えてきたのかわからず、彼らの間でどのような会話が行われたのかも理解できていなかった。

 

 

「スメラギさん、今のは?」

「夕食が出来たようじゃ。丁度いい事じゃし、今日はここまで。集落(・ ・)に帰るとしようかのぉ」

『おぉ、飯かッ!』

「わかりました」

 

 

 よっこいせ、と大岩から降りて歩き出したスメラギの後に続き、エリシオは天然の訓練場を後にした。

 

 

 

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 エリシオがスメラギと出会ったのは、今から二か月程前の事だった。偶然助けた少女に連れられた村をあの白き女性に住民ごと滅ぼされた後、彼女によって飛ばされた先で、エリシオはなぜか全裸で素振りをしていたスメラギと出会ったのだ。

 あの後自己紹介をしたスメラギに「酷い顔をしておるが、どうした?」と訊かれたため、エリシオは村が滅ぼされた事や、それを成した女性の事、そして、そんな彼女に自分は怒りを抱いているという事を告げた。

 それを静かに聞いた後、スメラギはゆっくりと口を開いた。

 

 

『ならば、お主の目標を聞かせてみよ』

『目標? そんなもの、彼女を倒す事に決まっています。人殺しを見逃すなんて、僕には出来ません』

 

 

 当時のエリシオは、彼女に対する憤怒しかなかった。

 彼女に殺された人々が、他者からの施しのみを欲する怠惰の集団だという事は理解している。自分が助けた少女もその一人……いや、自分が子どもだという立場さえも利用している分、より質の悪い部類にあるという事も。

 しかし、それでも作業のように村ごと皆殺しにするのは間違っていると思ったのだ。

 それに、彼女はその作業が自分の家族もしてきたと口にしていた。彼女単独ではなく、複数による殺害なのだ。自分が知らないだけで、これまでも多くの村が彼らに襲われ、滅ぼされてしまったのだろう。もしかしたら今この瞬間も……。

 そう考えると、「彼女達を止めなければ」という使命感が胸の奥底から湧き上がってきた。

 

 

『……そうか。ふぅむ……』

 

 

 拳を握り締めて締め括ったエリシオに対し、しかし当時のスメラギはどこか悩むような表情だった。

 なにかを考えているのか、数秒程空を見上げながら口の中で言葉を転がしていたスメラギは、やがてその視線をエリシオへ戻して閉ざしていた口を開いた。

 

 

『志は立派じゃが、まだまだ青いの。よし、儂がお主らを鍛えてやろう。若人を導くのも年寄りの務めじゃ』

『え、い、いいんですか……? ですが……』

 

 

 それは、エリシオからすれば願ってもない申し出だったが、同時に彼の表情には『高齢者にそんな事を任せてもいいのだろうか』という遠慮がありありと刻まれていた。

 しかし、それを見たスメラギは呵々と笑い、『心配いらん』とバシンとエリシオの肩を強く叩いた。

 

 

『儂はこれでもかなり強いんじゃぞ? そこにいる龍ならば、儂の強さはわかっておるじゃろ?』

『……そうなの、ジーヴァ?』

『…………あぁ。そいつ、正真正銘の化け物だからな。甘えておけ』

『……それなら、よろしくお願いします』

『うむ。これからよろしくの、勇者の卵よ』

 

 

 こうしてエリシオとジーヴァは、スメラギという師を得たのだった。

 

 

 

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 時は戻って現在。

 アイルーの後に続いたエリシオ達が到着したのは、この一週間世話になり続けているアイルー達の集落だ。

 外敵であるモンスター達に発見されにくいよう入念に隠されて配置された無数の出入口は、エリシオとスメラギが使うものを除けばアイルー達が通れる最低限の大きさとなっており、中に入ればこの集落のシンボルである巨大な大樹が目を惹き、アイルー達の住居はそれを囲むように建てられている。

 さらに、彼らは独自で肉食モンスターが苦手とする香を開発したらしく、それによって小型の肉食モンスターがこの地に入り込んでくる事もないそうだ。長くこの地で暮らし続ける中で身についたもののようだ。

 

 その大樹の前では今、焚火を囲んでアイルー達が今日一日を生きた事に対する喜びを表すように踊っており、エリシオ達はそれを少し離れた場所で見ながら夕食に舌鼓を打っていた。

 

 

「ほっほっほっ、これはいいのぉ。酒が欲しいわい」

「またそんな事を……。でも、本当に美味しいですね」

 

 

 大樹から切り取った枝と葉を組み合わせて作った椅子に座った彼らが手を付けているのは、肉や野菜がたくさん盛り込まれた鍋だ。

 自分達が朝から訓練に明け暮れている中、アイルー達も自分達のすべき事をしたのだろう。この鍋に入っている具材は、全て彼らが狩猟や栽培で手に入れたものだ。

 

 なぜ、彼らがアイルー達の集落で食事を取っているのか。それは一週間程前に時間を遡る。

 

 彼らとアイルー達の出会いは、いつものエリシオの救助活動が発端だった。

 スメラギとの旅の道中、アイルー達の叫び声を聞きつけたエリシオはすぐにそれが聞こえてきた場所へ向かい、そこで“盾蟹”ダイミョウザザミに襲われている彼らを発見。ジーヴァの力を借りながらもダイミョウザザミを討伐した彼に、アイルー達は怖れよりも深い感謝を抱き、彼らを自分達の集落へと招いたのだ。

 それからは、エリシオはジーヴァの力を借りながら、スメラギは時折己の武器である太刀を振るって彼らと集落を護り、アイルー達はそんな彼らに食糧や寝床を提供するという関係に落ち着いたのである。

 

 

『おい、俺様にも食わせろッ! そこの肉寄越せッ!』

「わかってるよ、ジーヴァ。はい、どうぞ」

 

 

 木彫りのスプーンで鍋から汁と具材を掬ってジーヴァ用に皿に入れれば、待ってましたとばかりにエリシオの右腕を自身の頭部に変えたジーヴァが早速それに顔を突っ込んだ。

 どうせ荒っぽい食べ方をするんだろうな、と予想していたエリシオが敢えて汁を少なめにしていた事により汁が周囲に飛び散る事はなかったが、それでもジーヴァの口の端からボロボロと零れた具材が地面に落ちている。

 

 

「もう少しまともに……駄目か」

『美味ェッ! もっと寄越せッ!』

「はいはい。でも僕も食べるんだから、これが終わったら左腕に移ってね」

 

 

 自分の食べ方を顧みるつもりはないのか。ガツガツと一瞬で食べ終えてしまったジーヴァに言われるままエリシオが多めに具材と汁を取って左側に置けば、ジーヴァは頭部を彼の左腕へ移動させて食べ始めた。

 ジーヴァが左腕に移動した事で利き腕を使えるようになったエリシオが食事を再開すると、「エリシオ」とスメラギに声をかけられた。

 

 

「はい、なんですか?」

「お主の心に、まだ彼女への怒りはあるか?」

 

 

 体格の違い故、エリシオの持つものよりも二回り程大きい皿を置いたスメラギに見下ろされ、エリシオは無意識に背筋を正した。

 

 

「……はい。今この瞬間にも、僕の心には、彼女に対する怒りがあります。時折、あの時の記憶を夢に見るんです。その度に『彼女を許してはならない』と、強く思っています」

 

 

 あの事件があってからというものの、エリシオは時折当時の記憶を夢として見る事があった。

 

 悲鳴を上げる間もなく消されていった人々。

 倒壊した家屋。

 本性を隠す事なく、自分が子どもである事を利用して助けを請い、そして消された少女。

 

 あの日目にした全てが、欠片の忘却すらない鮮明な夢となり、それによって目覚める度に、エリシオの胸中にはそれを引き起こした彼女への怒りが再燃した。

 

 彼女にこれ以上、人々の命を奪われるわけにはいかない。

 彼女を止めなければならない。いや、彼女だけではない。彼女が出てくるまでの間、それを行ってきたであろう彼女の家族達もだ。

 

 止めなければならない。止めなければ、より多くの人々が殺されるかもしれない。

 そうだ、止めるのだ。いや、止めるだけでは足りない。金輪際二度と、彼女らがそのような手段に出ないように、徹底的に叩きのめさなくてはならない。

 

 それでも、どうしようもなければ、その時は―――

 

 

『―――ぃ。おい、エリシオッ!!』

「……ッ!!」

 

 

 自分の体内外、その両方から聞こえてきたジーヴァの呼び声に、エリシオはハッと顔を上げた。

 いつの間にか自分の世界に入り込んでいたようだ。すぐに(かぶり)を振って先程までの思考を掻き消し、じっとこちらを見つめ続けているスメラギに頭を下げた。

 

 

「すみません。つい、考え込んでしまって……」

「よい。お主の考えはわかっておる。止めると口にしてはおるが、その実、必要ならば殺しても構わないと思っておるのじゃろう?」

「……やっぱり、こういった考えは悪いですよね。止めても無駄なら殺すなんて……」

「確かにのぉ。じゃがな、エリシオ。お主の考えは、別に間違っているわけでもないのじゃぞ?」

「え?」

 

 

 予想していなかった言葉に、思わず目を丸くする。

 

 

「この世界は弱肉強食、それが普通じゃ。どんな考えを持っていようと、最後には生き残った者の意思が優先される。それにの、どうしようもなければ全力でぶつかりに行くのは正解じゃ」

「ぶつかりに行くのが、正解?」

「もちろん、交渉で解決できれば万々歳だがの。この世界はそう単純なものではなかろう。でなければ、殺す気概で挑むのも大切じゃ。あちら側は元より、そのつもりのようだからの」

「殺し合い……ですか」

「そうじゃ。その時は必ずやって来る。……じゃが、まだお主らは未成熟じゃ。今のまま挑んだところで、軽く一蹴されるのが関の山じゃ」

『……まぁ、そうだよな』

 

 

 モンスターとしての本能で感じ取っているのだろう。確信した様子でジーヴァが口元を歪める。

 結局のところ、エリシオもジーヴァも彼女らと事を構えるのはまだまだ先なのだ。経験や技術も、なにもかもが足りない状態なのである。

 

 

「鍛えないといけないね、ジーヴァ。いつか来るその時の為にも」

『おうッ!』

 

 

 落ち込んでいた気持ちを振り払い、なんとか気持ちを新たにしたエリシオにジーヴァが頷く。

 そんな彼らの姿に「ほっほっ」と笑ったスメラギは、置いていた皿を手に取って鍋に手を付け始めた。

 

 

「若いのはいいの。じゃが、今は飯時じゃ。そういった物騒な話は一旦脇に置いて、今はこの時を楽しもう。……すまなかったの、いきなりこんな話をしてしまって」

「いえ、そんな事は。僕としても気持ちの整理が出来ましたし。ほら、ジーヴァも食べて」

『お、肉多めかッ! 気が利くなッ!』

 

 

 スメラギに促されるまま、エリシオとジーヴァも食事を再開する。

 

 

『クククッ、美味ェッ!』

「あはは。本当にね」

 

 

 楽しく笑いながら鍋をつつく彼らを眺めながら、スメラギはふと物思いに耽る。

 

 

(人として当たり前の善性を持ちながら、必要であれば殺しさえも許容する青年。そして、王に至る可能性を秘めた龍か……。抑止力もよくこのような組み合わせを考えたものじゃ。それとも……)

「? どうかしましたか?」

「いや? ただなんとなく、お主を見ていただけじゃ」

「なんですかそれ」

「気にせずともよい。さ、食事を続けようかのぉ」

 

 

 呵々、と笑って具を口に運ぶスメラギに首を傾げるも、エリシオはすぐに食事に戻るのだった―――。

 

 

 

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 コツコツと、軍靴の底が物静かな廊下に聞き心地のいい靴音を響かせる。

 数多の勲章が付けられた軍服に取り付けられた、足首まで届く程の長さを持つマントを靡かせて歩く彼女は、己の(オリジナル)であり姉でもある女性の下へ向かっていた。

 

 壁の燭台にある蝋燭で仄明るく照らされた、一定の間隔で扉が設置された廊下を一切の迷いなく進んでいく彼女は、その中でも一際大きい扉の前に立ち、ノックする。

 

 

「どうぞ」

 

 

 扉の奥にいる存在も自分の気配に気づいていたのだろうか、返事はすぐに返ってきた。

 「失礼します」と言ってから扉を開けると、燭台のそれとは全く違う、自然由来の光が見えた。

 

 

「こんな時間に君が来るなんて珍しいね。アルバ」

 

 

 テラスで一人、満月の光に照らされていたルーツが、扉を開けた女性―――アルバに向き直る。

 

 

「ムフェトに関して、なにかあった?」

「いえ、彼についてはなにも」

 

 

 ルーツからの質問を、アルバは首を横に振って否定する。

 この異聞帯の“王”であるムフェト・ジーヴァには、現在龍脈を通じて外の世界を観察させている。同時に、古龍達によって斃された英霊達の情報体からも、彼らの生きた歴史や出会った人々についての知識も吸収させており、一日毎に少しずつ成長していっている。

 もちろん、戦闘技能の向上も忘れていない。定期的にやりすぎた(・ ・ ・ ・ ・)モンスターや、ムフェト討伐に向かってきた英霊達の対処に向かわせている。火力が高すぎて敵を周囲一帯ごと消し飛ばしてしまう事もあるが、そこについては今後調整させていく他ないだろう。

 

 しかし、今回アルバがルーツを訪ねた目的は他にあった。

 

 

「上姉上。明日、少し城から離れます。我が好敵手の気配を感じました」

「好敵手……。そう……、彼もこの世界に来たのね」

 

 

 アルバが口にした『好敵手』という言葉に、ルーツは「やはり」と言った様子で目を細めた。

 弟妹達の中でも全体的に高水準の能力を持ち、自分を除いた“禁忌”の中でも最強と謳われる彼女がそう形容する相手は、長い歴史の中でたった一人しかいない。

 

 恐らく、かなり初期の段階から召喚されていただろう。しかし自分を始めた誰もが今の今まで彼の存在に気付かなかったのは、偏に彼が自らの気配の一切を遮断していたからだろう。

 アサシンクラスの適性を持たないが、あらゆる全てのハンターと比べても別次元の実力を持つ彼は、その狩猟技術も折り紙付きなのだから。

 

 

「戦いに行くの?」

「……場合によっては」

 

 

 否定し切れない様子で答えるアルバにしばし考え込む。

 “禁忌”の最強格であるアルバと、狩人の最強格であるスメラギ。両者がぶつかれば凄まじい被害が周囲に齎される可能性が高い故に、アルバはこうして事前に話を通しに来たのだろうか。

 普通ならば却下するところだが、こちらを見つめるアルバの瞳には、「彼と戦いたい」という意志はそれ程感じられない。どちらかと言えば、「彼と話をしたい」という感情の方が大きく感じられる。

 ならばどうするか、と「ん~……」と迷った末、ルーツは答えを導き出した。

 

 

「……うん。行ってもいいよ」

「ッ! 本当ですか?」

「ただし、ボレアスを監視役に付けるよ。もしもの為の仲裁役としてね」

「もちろんです。上兄上ならば安心できます。ありがとうございます、上姉上」

「いいんだよ。久しぶりのライバルとの再会、楽しんできてね」

「はい」

 

 

 恭しく頷いて扉の向こうへと消えていく妹の背を見送った後、ルーツは静かに満月を見上げる。

 

 

(スメラギがこの世界に来て、カルデアも異聞帯を六つ乗り越えた。残る異聞帯は南米とここだけ……)

 

 

 時が経つのは、いつだって早い。八つあった異聞帯も今は残り二つまでに数を減らし、この異聞帯には最強の狩人が現界していた。

 カルデアと直接ぶつかり合う時も、そう遠くはないだろう。その時、彼女達の傍にあの青年もいてくれたらと、ルーツは静かに願うのだった―――。

 





・『エリシオ&ジーヴァ』
 ……スメラギによる強化訓練で実力を上げている。これまでは主に身体作りを中心にしていたが、今後は技術の向上に努めていく事に。

・『スメラギ』
 ……最強の狩人。エリシオの怒りを知りながらも「まだまだ青い」と判断し、彼らの師となり教え導く事になる。アサシンクラスの適性はないが、モンスターを狩る者としての気配遮断能力は段違いであり、森などの自然環境の中では山の翁レベルで気配をカットできるが、攻撃態勢に入れば一瞬で消える上、周囲の生き物は即逃げ出す。
 適性クラスはセイバーとルーラー。


 次回、スメラギとアルバ再会です。彼らがどのような会話をするのか、楽しみにしていただければと思いますッ!
 それではまた次回ッ!
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